J apanese tex t 2013年 秋/冬号 日本語編 旅 左ページ ・七石舞台。能の公演やコンサート、ウエディングなどに使わ 閑かなる森の呼び声 れている。 ―二期倶楽部 上・10 年計画の「庭プロジェクト」の「庭 I」はツリーハウスクリエーター の小林崇氏が手がけた。二期倶楽部の所有する横沢の森に立つツリー ハウス。「庭Ⅱ」建築家・石上純也氏がランドスケープをてがけるシェ 撮影=太田宏昭 文=編集部 アファーム。植物園のように美しい農場になるという。 p.086 下左・東館に面する水田。 下右・東館のパビリオン。 川と川の出会うところ、水は滔々と流れ、あたりは広葉樹の 森と篠笹に覆われている。「ここにホテルを建てよう」 。そうし て生まれた小さなホテルは人々の集う場所となりアートの発 信地となった。 Architecture p.088 ホテルを訪れるとわりと高い頻度で石畳の道を歩くこととな ホテルから二會川を挟む対岸の森の中に七石舞台「かがみ」 がある。四国は香川県の石の里、庵治町から運ばれてきた 七つの巨石と鏡面ステンレスを組み合わせた舞台、というよ りは石の彫刻だ。彫刻家イサム・ノグチは石に惹かれ、四 国にアトリエを構え数々の作品を生み出した。そのイサム・ ノグチと創作を共にした和泉正敏氏が石師として「かがみ」 の設置に参加。構想は日本文化の研究者・松岡正剛氏、建 築設計は内藤 廣 氏という二期倶楽部が仕掛けたこの舞台 は、二期倶楽部の描くアートコロニー構想の象徴といえる場 である。 木立が映り込むステージに立つと、いやでもこの森の空 間的な広がりを意識せずにはいられない。そこは人を拒む 原生の森ではなく、かといって人の手が入りすぎてもいない、 『森の生活』の著者ヘンリー・D・ソローが好みそうな思索 的な森だ。そしてその森を含む広大な敷地の中心にこれも また象徴的な水田がある。 風土が文化を形作るなら、縄文の文化を生んだいかにも 日本的なこの広葉樹の森と、日本の生活様式の生成に深く 関わった稲作の風景の中を歩くことで、ゲストは日本文化の ルーツを肌で感じることができる。それは、他のホテルとは 異なる存在意義を究めようとする二期倶楽部の精神の源泉 に触れるということでもある。 Copyright - Sekai Bunka Publishing Inc. All rights reserved. Reproduction in whole or in part without permission is prohibited. る。敷地内で客室とダイニングなど施設を繋ぐ通路としての 石畳は、見方によっては森と建築物との緩衝地帯のような存 在に思える。同時にそれは人を繋ぐ。 1986 年、二期倶楽部が誕生した時、たった 6 室のメンバー ズクラブからのスタートだったことはよく知られているが、そ の佇まいは森の中の小さなホテルというにはあまりに存在感 のある大谷石の壁と石畳、アカマツの太い梁による建築で、 ホテル創業者の個性的な美意識を強く人々に印象づけた。 大谷石は蔵や城の外壁などに使われてきた伝統的な石材だ。 その伝統素材を大胆かつモダンに用いた渡辺明設計のこの 建築は、二期倶楽部と聞いて誰もが最初にイメージする光 景の一つとなった。 本館客室の前に広がる小石で造形された池は、それ自体 が水のインスタレーションとなっている。波紋が一番美しく 広がるという深さ 5 センチの水位に設定され(つい小石を投 げ込んでしまう) 、雨の日には軒からの落ちる雫が水面に模 様を描く。ベンチに腰掛け、その様子を見て過ごすゲストも 多いという。 大谷石の敷石に導かれて渓流に向かって傾斜の急な階段 を下りて行くと、空間デザイナー・杉本貴志氏の設計による 別館客室に至る。2010 年にリニューアルされた客室は、渓 流沿いの陰影に富む庭園とより一体化する造りだ。かけひや 灯籠が白いパラソルと共存する無国籍風な庭。 Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 旅 ] 1 テレンス・コンラン卿が手がけた東館(NIKI CLUB & SPA) もつ特徴を最大限にいかして完成させていくそのプロセス の客室は、石畳の小さな広場を囲むように建てられた 24 棟 は、日本人独特の感性です」と二期倶楽部の北山ひとみ社 のパビリオンになっている。ゲスト同士がこの広場空間で交 長は語る。 流するという、二期倶楽部らしい仕掛けだ。確保されたプラ 岸 真由美、 児玉靖枝、 中井川由季や中島晴美、 板橋 イバシーを謳う宿とは逆の発想。日本の湯治場と同じように 廣美、加藤 委……と挙げていけばきりがない。公共スペー 現代の Spa は人が集う場所なのだ。 スにさりげなく置かれているが、これは美術館を訪ねている パビリオンの外壁は、縦組み志向の日本の木造建築とは ようなものだ。しかし、アートコロニーというホテル創立時 異なる横組みの木製のルーバー。森の木々の垂直線と交差 に決めたコンセプトの目的は、アートの蒐集ばかりではない。 する水平線が、この広場一帯にモダンな気配を漂わせてい たとえば、ホテル敷地内にある「アート・ビオトープ那須」 る。 はアーティストたちの創作をサポートするレジデンスで、招 聘されたアーティストは 2 ∼ 3 か月滞在しながら併設された (p.089) 陶芸やガラスの工房で製作をする。 左ページ・栃木県の大谷町周辺で産出される大谷石を使った建築はモ ダンな神殿のようにも見える。壁は土蔵の外壁などで使われる、漆喰の 盛り方が特徴的な海鼠壁という伝統的手法が用いられている。 上・杉本貴志氏がデザインした本館の屋根は小石が敷き詰められ、川 「良い環境を整えれば、それに響く良い人間たちが集まる。 予算がある方は二期倶楽部に泊まればいいし、ない方はアー トビオトープに泊まる。でも心は一緒。理想論かもしれない から続く河原を描く。写真はコンラン卿の手がけた東館パビリオンの屋 けれど、本気でそう思って仕事をしてますね」 根だが、同じ表現によって調和がはかられている。 二期倶楽部の祭り「山のシューレ」 。アーティストや文化 中・建築と植栽の間を縫うようにつくられている東館の石畳の道。時を 人が集まってシンポジウムや体験プログラムを行うイベント 経るに従い景観に溶け込んでいく。 も始まって 6 年になる。その顔ぶれの多彩さ。「集い」がこ 下・二期倶楽部で最初に建築された平屋建ての本館。波紋の美しい池 にすべての客室が面している。 のホテルでは常に進化を続けている。 (p.090) 上・レセプションの前にある中井川由季の陶芸オブジェ。 Art 右ページ上段左から、ダイニングにかかる児玉靖枝、小池頌子、小川 p.090 建築も一つのアートだが、文字通りアーティストが建築に携 わっている例もある。杉本貴志氏がデザインした本館にある 待子の作品、中段左から本館のライブラリー、ダイニングに架かる岸 真 由美、加藤 委の各作品、下段左から、観季館バーのかつての名バー「ラ ジオ」の若林奮作のカウンター、小池頌子の作品、畠山耕治のブロン ズ壁。 ブロンズの金属壁だ。メタルアーティストの畠山耕治氏が担 当したこの壁は、設置から十数年経た今もその色合いを変え ることなく落ち着き払っている。そして館内の随所で目にす Hospitality る数々のアート作品。 「全部現代なんです。同時代の作家のものを置くことに意 味があると考えています。日本人の美意識は自然と共生しな p.092 「良いリゾートには良い宿があるものです。宿では清潔な寝 具と、美味しい料理が供され、加えて芸術を楽しめる劇場や がら四季の移り変わりの中で育まれたといっていいと思いま ギャラリーが揃っている。さらに、村のシンボルとしての祭り すが、日本のアーティスト、工芸家たちのそれぞれの素材が があると一層嬉しいものです」 Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 旅 ] 2 と北山社長はいう。石上純也氏がランドスケープを手がけ 右下・特製のランチが入ったバスケットを携えて森を巡り、好きな場所 るビオ・ファーム、大人が楽しめるデイスパ、シニアレジデ で敷布を広げる。シャンパンやワインクーラーはオーダーすると直接届 ンスなど、さまざまな人々の知恵を結集して、二期倶楽部を 中心とする横沢エリアの開発は広がって行くようだ。 けてくれる。二期倶楽部らしいピクニックランチ。 (中) 「今は山登りにたとえたら 5 ∼ 6 合目くらい。でも山頂は見え 人気の朝食の和食膳。紅鱒の西京焼、旬の野菜の煮物、豆乳で作った ています。ヒューマンサイズを失うことなく、小さくても自然 自家製豆腐などのお重に、二期倶楽部の卵、釜炊きご飯など。今年日 と共生しながら、生命の響きをもつ村をつくりたい」 本経済新聞が行った「ホテルで楽しむ優雅な朝食」のランキングで第 二期倶楽部のスイートルームは決してゴージャスでもだ 一位になった。 だっ広いリビングでもない。高級リゾートホテルにありがち なそれとはちょっと違う。しかし、家族が集って別荘のように して親密に過ごす空間として見れば、ちょうどいい安らぎが 左ページはレセプション前の季節のしつらい。9 月の重陽の節句のアレ ンジ。 二期倶楽部 得られるスペースだ。インテリアコーディネーターの甘露寺 栃木県那須郡那須町高久乙道下 2301 芳子氏による自然との調和を意識したしつらいは押し付けが Tel. 0287-78-2215 ましさがなく、上品で、かつ飽きない。そして、キッチンガー Fax 0287-78-2218 デンで収穫した野菜を中心としたヘルシーでとびきり美味し Email: [email protected] い二期倶楽部の料理。 和と洋、伝統と現代、野趣と上品――こういった一見相反 www.nikiclub.jp 写真は二期倶楽部の創業者、代表取締役総支配人の北山ひとみさん。 するもの同士を微妙な均衡の中で両立させているのは、セ ンスというよりインテリジェンスだ。リピーターが絶えず、長 く愛されるこのホテルの人気の理由が見える。 「この土地のシンボルである那須連山の広い裾野の中腹にい て、私はここを『中山間地帯の山里』と勝手に呼んでいます。 中山間地帯は西には豊かな場所があるのだけど、北関東で はあまりぱっとしない。中山間地帯の山里としてのありかた を自分なりに追究しているんです」 二期倶楽部がこれからどんなホスピタリティーを備えたホ テルとして、この那須の地に根ざして行くのか、多くの人々 が注目している。 (p.093 上 ) 左上・本館別館「楓」のリビング。 左下・本館別館「水庭」のベッドルーム。水を張った池に面した和室 がある。 右上・森のコンシェルジュは森の専門家。朝の散策ツアーで二期倶楽 部の森からキッチンガーデンまで案内してくれる。 Autumn / Winter 2013 Vol. 32[ 旅 ] 3
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