日本語テキスト - Kateigaho

J apanese tex t
2015年 秋/冬号 日本語編
Works
和紙に託す祝いの心
口絵
炎
写真=鍋島徳恭 水引=廣瀬由利子
文=編集部 協力=内藤万莉
画・文=篠田桃紅
p.009
木の根を燃して一番高く舞い上がった軽い煤。
ちょうえんぼく
p.010
生命力溢れる木の繊維から作られる和紙は、日本人にとって、
それを固めた頂煙墨を
生まれいずる命、聖なるものの象徴。その和紙で作られた、
深い地底から汲み上げた水で溶く。
新しい年を寿ぐ水引のお正月飾りには、清らかな願いと祈り
天と地と、両極のもの。
の思いが込められている。
火と水、それが我が友。
水引の結界「はつゆき」
よりしろ
神様の依代であるお正月飾りは、今年一年の穢れを祓い、清浄な空間
に神様をお迎えするためのもの。清らかさの象徴である白い和紙で作ら
れた結界には、不浄なものの侵入を禁じる意味合いがあるのだ。水引
の連なりは金沢の湿り気を帯びたぼた雪が重なるように落ちるさまを表
し、枯れた赤松の枝と常緑の赤松の葉で、古い年と新しい年がつながっ
ていく様子を表現している。
p.011
7 世紀初め、大陸から紙の製法が伝えられて以来、日本人
は固有の和紙文化を確立し、障子や襖に代表されるように、
暮らしに深く根ざすものとして大切にその紙を扱ってきた。
しかし和紙には、そうした生活の道具としてだけではない一
面がある。それが ” 和紙で祝う ” という日本独特の文化だ。
樹木には精霊が宿ると古来より信じられてきた日本。和紙
こうぞ
はその樹木を原料とする。黒く硬い楮 の樹皮は、清らかな
水に何度も何度もさらされることによって、白い和紙へと生
まれ変わる。それは清浄さの証とされ、やがて和紙は穢れ
を祓い、清めることを意味するようになった。こよりのよう
に細く縒った和紙を立体的に編み上げていく水引は、そうし
た日本人の精神性のもと、祈りや願い、寿ぎの心を託すも
のとして、日本の文化の中に息づいてきたのだ。
金沢で水引作家として活動している廣瀬由利子さんは言う。
「伝統工芸は人に愛され、使われてこそ価値がある。もしも
人が興味を失ったら、取り残され、消えていってしまうでしょ
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Autumn / Winter 2015 Vol. 36[ Works・自然 ]
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う」。日本が伝え、守ってきた ” 和紙で祝う ” という心。それ
を伝承すると同時に、時代に愛されるものへと進化させてい
くことの大切さ―― それを廣瀬さんは思う。
去る年への感謝を、来る年への祈りを込めるお正月飾り。
和紙が育んできた美しい風習に今年は思いを馳せてみた
い。
水引のお正月飾り「ことほぎ」
寿ぎとは ” 言葉で祝 ( ほ ) ぐ ” という意味。今年一年、よいことがたくさ
んあるように……そんな思いで人々は、祝いの言葉を述べ讃える。大小
さまざまな金銀の飾りを重なるように配し、先祖から次世代へと続くさま
を表した。金と銀の色に新春を迎えるめでたさを託している。ちりばめ
られた小さな玉が、天から降り注ぐお祝いの言葉のよう。
(p.012)
水引のお正月飾り「りん」
新たに始まる日々がすべて円満であるように、という願いを込めた白い
輪に、天と地を結びつける赤い直線を合わせた潔く清冽な作品。白は
昇る朝日のシンボル、赤は沈む夕陽のシンボル。陰陽の合一は、新た
な物事が生まれる力を宿すといわれている。冷たく清浄な空気の中、凜
と佇むその姿が美しい。
廣瀬由利子(ひろせ・ゆりこ)
石川県金沢市生まれ。関西学院大学大学院にてキリスト教美術史を専
攻。水引を独学で習得する。国際文化交流の場で、外国人が水引に強
い関心を寄せたことに感銘を受け、以来伝統の水引を現代感覚でアレン
ジした ” 和のこころ・和のかたち ” をコンセプトに作品を発表している。
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