東方自衛隊 ∼What SDF saw fantasy of the Orient - タテ書き小説ネット

東方自衛隊 ∼What SDF saw fantasy of the Orient∼
梅原 泰成
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saw
fantasy
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SDF
Orient∼
∼What
︻小説タイトル︼
the
東方自衛隊
of
︻Nコード︼
N1306BW
泰成
︻作者名︼
梅原
︻あらすじ︼
201×年、中東のシリアを始めとした各所で大規模紛争が発生。
日本は2013年のアルジェリアにおける事件を繰り返させまいと
邦人保護のためイージス艦﹁あしがら﹂以下5隻の護衛艦と完全武
装の陸上自衛隊を派遣した。
しかし、佐世保沖を航行中、護衛艦隊は突如として紫色の霧に巻き
込まれ謎の土地﹁幻想郷﹂へとワープしてしまう。
1
ワープしてしまった我々自衛隊は﹁幻想郷﹂において何をすべきな
のか。
⋮⋮⋮その答えは未だ、解らないままだ⋮。
注意
※この作品は上海アリス幻楽団制作のゲーム作品群、東方プロジェ
クトの二次創作です。
※オリ主、オリキャラたくさんです。
※独自設定、設定崩壊、キャラの性格崩壊等が起こる可能性があり
ます。
※事実上のチートです。
それでも良ければ⋮
ゆっくり読んでいってね!!
2
登場人物︵前書き︶
東方projectのキャラはストーリーが進むごとに紹介してい
きます。
その為、ここで記述するのはオリキャラのみです。
3
登場人物
ふゆき
陸上自衛隊
もりもと
守本 冬樹︵23︶
出身:長野県諏訪市
階級:二等陸曹
第13普通科連隊に所属する自衛官。父親が松本市のレスキュー消
防士だったからか親譲りの正義感の持ち主。幼少期に父親が殉職し、
消防士の夢を諦め、自衛官として家族の生活を支えている。
自衛隊への入隊理由は﹁消防士と同じ人助けの仕事だから﹂である。
そのため、戦果より人命を優先する。
また、超が付くぐらい影が薄いため、片上の相棒に選ばれた。
竹美とは幼なじみにして教育隊からの付き合い。
ス
慎重な指揮官としての方針から﹁石橋を叩かず自分でかけ直す﹂指
揮官といわれている。
ポッター
班行動時は班長を勤めるが、一個分隊として行動する場合のみ、狙
撃支援手を勤める。
装備は89式小銃︵班行動時︶、9mm機関拳銃︵狙撃支援時︶、
なおかず
9?拳銃
たけみ
竹美 直和︵23︶
出身:長野県諏訪市
階級:准尉
4
守本の隣の班の自衛官。指揮官としての才能に恵まれ、階級も同世
代の自衛官の二つ先を行っている。実は次期防衛大臣確実と言われ
る幕僚の甥っ子で、七光りと言われないように曹幹部候補から入隊
した。守本とは幼なじみもあってか仲がよい。
4年前の諏訪市台風で幼なじみを一人亡くしており、その反省から
部下を駒のように扱うこともしばしばだが、消して本人は悪意でや
っているわけではない。
山地を使ったゲリラ戦法を得意とする。
彼の班の班長は霧島三尉のため、肩書きは副班長である。
としお
︵23︶
装備は89式小銃、9mm拳銃
かたかみ
片上 登志男
出身:北海道函館市
階級:二等陸曹
上述の二人の同僚で、第3分隊の分隊支援狙撃手。
北海道の尚志学園高校を射撃の全国大会で優勝に導いた張本人。オ
リンピック強化選手にも選ばれた。
しかし、隊内で喧嘩騒動を巻き起こし第13普通科連隊へ左遷され
た。
スポッター
病気の弟の療養費を稼ぐために自衛隊に入った過去を持ち、父親の
代わりに家族を養っている同じような境遇の狙撃支援手兼班長の守
本を慕っている。
5
ゆきえ
装備は64式小銃狙撃型、9?拳銃
きりしま
霧島 雪枝︵29︶
出身:群馬県前橋市
階級:三等陸尉
守本、竹美属するの第一混成連隊第2大隊第1中隊第3分隊を率い
る女分隊長。防衛大の成績はトップクラスだが性別が出世のネック
になっている。部下に厳しい性格で守本達曰、﹁隠れS﹂。
くらうど
装備はMINIMI軽機関銃、9mm拳銃
たけだ
武田 蔵人︵36︶
出身:東京都目黒区
階級:二等陸佐
派遣部隊の第二中隊まとめる隊長。第1空挺団所属のベテランで隊
員からの信用も厚い。
まこと
指揮の柔軟さに定評がある。
はるな
榛名 真︵37︶
出身:静岡県御殿場市
階級:一等陸尉
アパッチ・ロングボウ
陸上自衛隊戦闘ヘリコプター﹁AH−64D﹂のパイロット。AH
たけし
−64Dの操縦で彼の右に出るものは居ない。
かねおか
金岡 剛︵25︶
出身:鳥取県鳥取市
階級:三等陸尉
6
ガナー
AH−64D榛名機の銃撃手。教育隊から配属されたばかりで少し
えいじ
戦闘がぎこちない。
たつた
龍田 栄治︵47︶
出身:福岡県博多市
階級:三等陸佐
ゆうじろう
第三中隊の中隊長。戦車小隊の隊長も兼任している。
もがみ
最上 雄二郎︵50︶
出身:東京都練馬区
階級:一等陸佐
陸上自衛隊派遣部隊の司令。過去にカンボジアや台湾にも災害派遣
されている通称﹁海外派遣の神様﹂。部下の命を重んじる性格で皆
に慕われている。
やまと
海上自衛隊
はすぬま
蓮沼 大和︵28︶
出身:神奈川県横須賀市
階級:二等海尉
イージス艦﹁あしがら﹂のCIC︵戦闘指揮所︶のオペレーターで
性格は大人しめだが、いざ
主にミサイルを担当する。童顔で実年齢より若く見られるが、オタ
ク趣味が祟って彼女ができていない。
かいと
というときは柔軟な発想をする。
はとり
羽鳥 海斗︵37︶
7
出身:秋田県秋田市
階級:三等海佐
イージス艦﹁あしがら﹂砲雷長。性格はキツイが、蓮沼曰く、いざ
というときに詰めが甘い。といわれ、いまいち非情になりきれない
りゅうすけ
事がある。
あまの
天野 龍介︵45︶
出身:東京都立川市
階級:一等海佐
ひるあんどん
イージス艦﹁あしがら﹂艦長。影が薄く、通称﹁昼行灯﹂。髪も薄
ゆうすけ
大のために小を切る人物で陸上自衛
いが指摘した人間は艦から生きて帰れない可能性があるため要注意
だ。
きたがみ
北上 祐介︵40︶
出身:北海道室蘭市
階級:海将補
海外派遣の海自側総司令官。
隊側の司令である最上とは反りが会わない。天野は防衛大の先輩で、
困ったときはよく相談しているようだ。座乗艦は派遣艦隊旗艦のひ
ゅうが型ヘリ搭載護衛艦、DDH−182﹁いせ﹂
8
登場人物︵後書き︶
ご意見、ご感想お待ちしております。
9
第1混成連隊∼
第一混成連隊
用語解説∼陸上自衛隊
陸上自衛隊
上級組織:陸上自衛隊幕僚総鑑部、PKF中東紛争介入軍司令部、
自衛隊中東派遣統合司令部
編成日:201×年5月25日
兵科:各兵科の混成
規模:連隊
所属方面隊:臨時編成の為なし
規模:800名︵内戦闘用員630名︶
沿革
201×年に発生した中東争乱は、段々と戦火を拡大し、日本人が
多数在留するイスラエルまで広がりつつあった。これにともない国
連軍の後方支援活動として、邦人保護のため武装した第一次派遣隊
を送り込んだ陸上自衛隊だったが、戦車などを用いた敵対勢力には
苦戦を強いられ、自衛隊や邦人に甚大な被害が及ぶのは時間の問題
であった。
そこで日本は連隊規模の完全武装した自衛隊、さらに護衛艦を送り
込む事を決定した。﹁おおすみ﹂型の輸送能力を考慮し、各兵科の
10
混成による部隊として、8月に防衛省に準備組織﹁第一混成連隊編
第一混成連隊は、陸上自衛隊がPKFに参加
成班﹂を設立。国会で派遣が認可された10月より編成を開始した。
編成する陸上自衛隊
するため編成した普通科を中核とした混成部隊である。陸上自衛隊
始めての﹁戦地﹂となる中東では、ありとあらゆる状況を想定する
必要があった。
そのため、陸上自衛隊は各部隊から志願部隊をかき集め性格の違う
3つの中隊を編成。これに整備大隊、施設科大隊と需品、補給科中
隊、後方支援中隊を加え、翌年の201×年5月25日に部隊編成
を完了。
そして最上雄二郎一等陸佐率いる司令部発足をもって同年5月30
日、防衛省にて﹁第一混成連隊﹂編成式が行われ、三週間の訓練の
後第一混成連隊の自衛官は、6月30日よりヘリ搭載型護衛艦﹁い
せ﹂輸送艦﹁しもきた﹂﹁くにさき﹂に乗艦。7月2日に﹁いせ﹂
率いる護衛艦隊、米軍とともに出発する予定である。
特徴
第一混成連隊は、ありとあらゆる状況を想定しているため、当然参
加部隊も多岐にわたる。第12旅団のヘリ混成部隊、第7師団の機
械化部隊、更には西普連や第一空挺、そして特殊作戦群と多種多様
な部隊が設立された。また、指揮系統の混乱時に備え、ほとんどの
隊員は三曹以上に固められている。
また、先ほど言った通り各中隊で全く違う部隊構成である。それを
紹介しておこう。
11
まず第一中隊は250名で構成され、軽装甲機動車や96式装甲車
を有する70名の自動車化普通科小隊を3つ。そこに飛行科のCH
−47や機甲科の10式戦車、更に科学科の科学防護車小隊計40
名と多種多様の部隊の混成大隊で、﹁用意周到、動脈硬化﹂と呼ば
れる陸自らしい部隊で主な任務の殆どに対応出来るよう、柔軟な編
成である。
主な構成部隊は第18普通科連隊、中央即応連隊など、自動車混成
部隊が母体である。
通称﹁バランスの第一﹂
第二中隊は人員は180名と少ない上、軽装甲機動車が主力と一見
貧弱そうだが西部普通科連隊や第13普通科連隊等の緊急展開を主
とする部隊、更には第一空挺団、そして特殊作戦群の混成部隊であ
る第210小隊を指揮下に置く。150名で40名の3個小隊と、
30名の特殊部隊混成小隊、残り30名でCH−47JA、AH−
64D、UH−60JAからなる飛行小隊を構成。アメリカ海軍の
SEALsチーム6のようなテロリスト鎮圧部隊とアメリカ海兵隊
の殴り込み能力をあわせ持つ部隊だろう。
隊員の多くは、第12旅団第13普通科連隊、西部普通科連隊、特
殊作戦群、第一空挺などのヘリ混成部隊出身。
通称﹁殴り込みの第二﹂
第三中隊は200名で構成されている機甲科中心の機械化部隊。重
装備の相手に対処するために編成された。89式装甲戦闘車や新鋭
の10式戦車、96式装甲車等に加え、施設科の07式自走橋、更
にOH−1偵察ヘリを配置している。部隊は、89式装甲戦闘車ま
たは96式装甲車を有する60名小隊3個を主軸に一個戦車小隊、
OH−1偵察ヘリを有する飛行分隊で構成。また、歩兵には対人火
器の比率を高め、徹底した大軍狩り部隊として完成。
主な隊員の所属は言わずもがな第7師団である。但し何故か戦車は
12
朝霞の第一戦車大隊から来ている。
通称﹁ごり押しの第三﹂
編成
陸上自衛隊第一混成連隊司令部
−施設科大隊
−整備科大隊
−後方支援中隊
>衛生小隊
>通信小隊
−需品補給中隊
−第一中隊
>第101小隊⋮96式装甲車、軽装甲機動車等
>第102小隊⋮96式装甲車、軽装甲機動車等
>第103小隊⋮軽装甲機動車、高機動車等
>偵察小隊⋮科学防護車、軽装甲機動車
>飛行分隊⋮CH−47JA
>機甲分隊⋮10式戦車
−第二中隊
>第201小隊⋮軽装甲機動車、高機動車等
>第202小隊⋮軽装甲機動車、高機動車等
>第203小隊⋮軽装甲機動車、高機動車等
>第210小隊⋮高機動車
>混成飛行中隊⋮AH−64D、UH−60JA、CH−47JA
13
−第三中隊
>第301小隊⋮89式装甲戦闘車、軽装甲機動車
>第302小隊⋮89式装甲戦闘車、軽装甲機動車
>第303小隊⋮96式装甲車、軽装甲機動車
>戦車小隊⋮10式戦車、軽装甲機動車、07式自走橋
>偵察飛行分隊⋮OH−1
14
用語集∼自衛隊兵器解説∼︵前書き︶
自衛隊の兵器なんざわかんねぇよ。
という人のために自衛隊の兵器の解説をしていきます。
15
用語集∼自衛隊兵器解説∼
個人携行火器
89式5,56?小銃
1989年採用の自衛隊の主力アサルトライフル⋮⋮ではあるが、
陸上自衛隊の戦闘職種以外には配備が進んでいない。弾倉は20発
と30発の二つから選択できる。発射方法を選択するレバーが当初
右に付いており、モード選択時のロスタイム発生が指摘されたが後
の改良で左側にもレバーを装着された。車内用の折り畳み型のバリ
エーションも開発されたが、こちらも配備が進んでいない。
64式7,62?小銃
1964年採用のアサルトライフル。陸上自衛隊ではすでに現役を
退きつつあるが海自や空自では寿命の長さからいまだ現役である。
難点として反動が大きい7,62?弾薬を使うこと、整備部品の多
さが上げられており弾倉がいつの間にか無くなったというエピソー
ドもある。
しかし、命中率の高さから分隊支援狙撃銃としても使用されていて、
こちらは陸上自衛隊でも現役である。
9?機関拳銃
陸上自衛隊で使用されているサブマシンガン。命中精度に難があり
﹁閉所で弾をばら蒔く﹂コンセプト。本来の命中率重視のサブマシ
ンガンとは正反対の仕様のため現場からも不評であった。主に車内
火器、指揮官用の武装として調達された。
16
11,4?サブマシンガンM3
陸上自衛隊の中でも米軍から供与された最初期の装備。折り畳み型
89式、9mm機関拳銃の調達が難航したため配備から70年ほど
シグ・ザウエ
たつ現在も車内火器として使用されている。弾薬も11,4mmの
ため他の銃と互換性が全くない。
9?拳銃
ル
陸上自衛隊の護身用拳銃。大手銃器メーカーSIGのSIG−22
0をライセンス生産したもので他の軍用拳銃と比べ9発と装弾数が
少ないが日本人の体格ではこれが調度いいのだ。
5,56?軽機関銃MINIMI
ミニミ
ベルギー製の軽機関銃の決定版、MINIMI軽機関銃のライセン
ス生産バージョン。歩兵の分隊支援火器として、旧西側諸国で幅広
く使用されている。歩兵用5,56mm弾薬を使えるため、自衛隊
でも幅広く運用されている。また、軽装甲機動車に搭載可能。
84mm多目的無反動砲
スウェーデンのカールグスタフM2をライセンス生産したもので、
トーチカ、非装甲目標、発光信号等幅広い要素で使われている。0
1式MATの調達により、対戦車戦には使用されなくなった。B型
と呼ばれるM3をライセンス生産したものも存在する。
01式軽対戦車誘導弾
17
土管の用な発射機が目を引く通称﹁軽MAT﹂。自衛隊の最新型対
戦車ミサイルで、特徴としては個人で携行可能、車両からの発射可
能、赤外線画像誘導能力により、撃ちっぱなし能力が付与された。
しかし、赤外線探知のため高熱を出さない目標を撃破できない事、
30kg以上の装備一式を一人で運用するため、高いスタミナが要
求されることが欠点。
91式携帯式対空誘導弾
FIM−92スティンガー対空誘導弾の後継として配備されてる国
産型携帯型ミサイル。一人で運用する火器では戦闘ヘリコプターに
対抗するのに有効な装備だが高価で調達が難航したため陸上自衛隊
では、連隊に1,2本あるかないかぐらいの貴重な装備。
12,7?重機関銃M2
自衛隊を始め各国で配備されてる機関銃のベストセラー。配備から
すでに80年以上経っているがいまだ現役バリバリである。現在は
銃身の取り替えを容易にしたモデルの調達が進んでいる。
自衛隊では、主に車載火器として使用されている。
車両
10式戦車
74式戦車の後継として配備されている自衛隊最新型戦車。C4I
と呼ばれる戦闘システムを搭載、複合装甲の使用により軽量化され
た車体と日本の戦車の最高傑作。しかし、戦車定数減少と機動戦闘
車の開発により調達は少数しかされない可能性が高い。乗員は3名。
18
武装は120?滑腔砲、12,7?機関銃、74式機関銃
89式装甲戦闘車
見た目が戦車ではあるが実は装甲車。機甲師団の中核をなし、完全
武装の兵士を7名乗せられる。しかし、1台6億と高価なため北海
道第七師団を除きほとんど配備されていない。
武装は90口径35?機関砲、79式対戦車対舟梃誘導弾74式機
関銃。乗員は3名。
96式装輪装甲車
てきだんじゅう
陸上自衛隊の主力装甲車。汎用性が高く海外派遣にも用いられる。
完全武装の兵士を10名収容可能96式40?躑弾銃装備のA型、
M2重機関銃装備のB型の2タイプが存在し海外派遣用にフロント
ガラスに増加装甲を付けた?型も存在する。
乗員は2名。
科学防護車
1987年配備開始の装甲車。放射能汚染地域や細菌などの化学兵
器の使用された場所での偵察任務を行う。
1995年の地下鉄サリン事件や2011年の福島第一原発事故等
で実戦を経験している。今回の中東争乱に伴う海外派遣の際、科学
テロの可能性が考慮され派遣された。
乗員は4名。武装はM2重機関銃。
軽装甲機動車
19
自衛隊では一番装備されている装甲車。装甲車というよりはトヨタ・
ランドクルーザーの用な見た目の車両。前線での指揮、輸送や幅広
い任務に使われている。
屋根の銃架から各種機関銃、01式対戦車誘導弾を発射可能。
乗員は4名+銃手1名
高機動車
陸上自衛隊の足その1。ハマーの用な車体をしており、陸上自衛隊
では物資輸送から対空誘導弾の発射装置まで何でもできる。完全武
装の兵士を8名輸送可能だが防弾能力は無いに等しく、海外派遣の
?型では、防弾ガラスに改修、装甲板の増設を行った。全車ETC
装備。
乗員は10名。固定武装として軽機関銃MINIMIを運用可能。
73式小型トラック
陸上自衛隊の足その2。こちらは兵員、物資輸送に特化した車両で、
兵員6名を乗せられる。1997年まで生産されたジープベースの
旧型と三菱パジェロベースのエアコン付きの新型があり、現在は新
型への更新が始まっている。
乗員は6名。固定武装は運用不可能
航空機
AH−64D﹁アパッチ・ロングボウ﹂
陸上自衛隊の最新鋭戦闘ヘリコプター。米軍のアパッチから若干の
改良が加えられており、91式対空誘導弾が使用可能である。当初
62機調達予定だったが、調達中に調達予定のブロック?が打ちき
りとなり最終的に13機しか調達されなかった。ロングボウ・レー
20
かがみもち
ダーと呼ばれる高性能レーダーがローター上部に装備され、特徴的
な機体形状から﹁鏡餅﹂とも呼ばれる。
メインローター直径:14.63m
全長:17.76m
ターボシャフト×2
全高:4.95m︵レーダー頭頂部まで︶
空虚重量:5,352kg
T700−GE−701C
最大離陸重量:10,107kg
GE製
エンジン推力:1,409kW
水平速度:141kt
30mm機関砲×1
乗員:2名︵前席:射撃手兼副操縦士/後席:操縦士︶
固定武装:M230A1
通常武装:AGM−114ヘルファイア対戦車ミサイル・AIM
−92スティンガー対空ミサイル・91式対空誘導弾・ハイドラ7
0ロケット弾ポッド
OH−1偵察ヘリコプター
陸上自衛隊の偵察ヘリコプター。空中において宙返りが可能なこ
ホバリング
とからニンジャ、と呼ばれる。AH−64Dと情報が共有できる。
−
12.0m
2名
ターボシャフト
×2
空中制止では、パイロットがレバーを握らずとも維持できるという
乗員
−
エピソードがある。
全長
3.8m
TS1−M−10
11.5m
−
−
全高
主回転翼直径
三菱
290km/h
550km
−
884shp×2
−
−
発動機
出力
−
超過禁止速度
航続距離
21
CH−47JA
チヌーク
西側諸国の輸送ヘリの代表格。細長い胴体の前後にローターが付い
ている特徴的な形。高機動車の吊り上げ運用が可能。JA型はD型
の日本仕様、J型の改良型で、航続距離が拡大している。
全長:30.18m
全幅:18.29m
全高:5.68m
キャビン床面積:21m2
キャビン全長:9.30m
キャビン幅:2.29m
キャビン全高:1.98m
キャビン容積:417m3
最大離陸重量:22,680kg
巡航速度:265km/h
最大速度:315km/h
ブラックホーク
乗員3名+55名
UH−60JA
映画﹁ブラックホーク・ダウン﹂で有名な軍用ヘリ。
日本では陸上自衛隊の他に空自が救難機として、海自が艦載機とし
て護衛艦で運用している。一機でのコストが高く陸上自衛隊では、
全幅:
全長:
乗員:
5.13m
5.43m
19.76m
2名+10名
UH−1J軍用ヘリとのハイ・ローミックスで運用している。
全高:
22
最大離陸重量:
ローター直径:
11,100kg
16.36m
ターボシャ
GE/IHI
T700−IHI−401C
動力:
︵1,662shp︵連続︶、1,800shp︵離昇︶︶
2
︵13,500ft︶
フト、
×
約265km/h
性能
最大速度:
約1,295km
シーホーク
約4,000m
航続距離:
実用上昇限度:
SH−60J/K
上に挙げたブラックホークの艦載機バージョンの日本仕様。海上自
衛隊の護衛艦に搭載される。K型はJ型の改良型で、ヘルファイア
対艦ミサイルの運用能力が付与されている他にローターにひねりと
呼ばれる特殊な形状が採用されている。
乗員:
19.8m︵ローター回転時︶
3・4名、最大12名
︵※以下のスペック表はSH−60Kのスペック︶
全長:
3.3m︵ローター折りたたみ時︶・16.4m︵ロータ
×2
全幅:
16.4m
5.4m
ー回転時︶
全高:
主回転翼直径:
3.4m
T700−IHI−401C2
10.65t
テールローター直径:
全備重量:
GE/IHI
139ノット︵SH−60Jは180ノット︶
2,145shp︵離昇︶×2
発動機:
出力:
超過禁止速度:
23
武装:
固定なし、74式機関銃、Mk46短魚雷、97式短魚雷、
12式短魚雷、AGM−114M、対潜爆弾
艦艇
あたご型イージス艦
DDG−178﹁あしがら﹂
海上自衛隊の最新型イージス艦あたご型の2番艦。前級のこんごう
型イージス艦とくらべミサイル発射装置︵VLS︶の増加、ヘリ格
納庫の増設が行われている。
弾道ミサイル迎撃用ミサイルSM−3搭載はされていない。数ヶ月
前に民間タンカーと接触事故を起こし、ミサイル発射装置の一部が
破損していたが、当初派遣予定だったイージス艦﹁きりしま﹂が急
遽実験衛星﹁トリフネ﹂迎撃に参加することとなり、急遽旗艦に設
︵25,000ps︶他
定された。なお、ミサイル発射装置の修理は終わっていない。
排水量基準:7,700トン
満載:10,000トン︵予想︶
全長165m
全幅21m
機関COGAG方式
LM2500ガスタービンエンジン
62口径5インチ単装砲1基
速力30ノット以上
乗員300人
兵装Mk.45
︵前甲板64+32後甲板︶
高性能20mm機関砲2基
VLS
スタンダードSM−2
Mk.41
?
アスロック対潜ミサイル
中距離対空ミサイル
?
を発射可能
24
2基
90式対艦ミサイル
K哨戒ヘリコプター1機
4連装発射筒2基
/
3連装短魚雷発射管2基
艦載機SH−60J
C4IMOFシステム+NTDS+データリンク
他
mod.19+SQQ−89︵
多機能型︵4面︶1基
イージスシステムベースライン7
AN/SPY−1D
V︶15J対潜ソナー
レーダー
電子戦・対抗手段
DDH−182﹁いせ﹂
チャフ・フレア発射機4基
ESM/ECM:NOLQ−2B
Mk.137
ひゅうが型ヘリ搭載護衛艦
海上自衛隊のヘリ搭載型護衛艦。一見すると空母のような形だが護
衛艦。本艦は対潜哨戒ヘリの母艦として建造されたためヘリ空母の
ような形だが用途は諸外国のそれとは全く違う。また、主砲がない
以外ほとんど通常の護衛艦に準じた武装となっている。たまたま、
オスプレイや戦闘ヘリも積めるがそれはただの偶然である。
排水量基準:13,950トン
満載:19,000トン
全長197m
全幅33m
機関COGAG方式
LM2500ガスタービンエンジン︵25,000ps︶4基
速力30ノット
乗員340名
兵装
7基
高性能20mm機関砲︵CIWS︶2基
12.7mm重機関銃M2
25
ESSM
Mk.41VLS
?
アスロック
︵16セル︶
3連装短魚雷発射管2基
対潜ミサイル
短距離対空ミサイル
?
を発射可能
HOS−303
艦載機︵中東派遣時の編成︶
SH−60K哨戒ヘリコプター3機
2機
2機
AH−64D戦闘ヘリコプター4機
OH−1偵察ヘリコプター
UH−60JA汎用ヘリコプター
最大積載機数11機
C4IMOFシステム
GCCS−M
データリンク
戦術情報処理装置
統合ソナー・システム
多機能型
射撃指揮装置
OYQ−10
FCS−3
他
レーダーFCS−3
1基
ソナーOQQ−21
電子戦・
対抗手段
デコイ発射機6基
LST−4002﹁しもきた﹂LST−400
電波探知妨害装置Mk.137
おおすみ型輸送艦
3﹁くにさき﹂
おおすみ型は自衛隊の揚陸艦。大型輸送ヘリの着発艦能力をもち、
幾多の災害派遣で実力を発揮してきた。艦後部からLCACと呼ば
れるホバークラフトを発艦させ、戦車や各種装備を陸揚げする。こ
ちらもオスプレイが一応着艦可能である。
26
排水量
基準:8,900
t
t
満載:14,000
全長178.0m
全幅25.8m
機関三井16V42M−Aディーゼルエンジン
p︶2基
速力最大22kt
2基
︵13,500h
乗員135名+330︵自衛官︶∼1000名︵民間人︶
兵装
高性能20mm機関砲
レーダー
対空捜索用1基他
AOE−426﹁おうみ﹂
6連装デコイ発射機4基
OPS−14C
電子戦
Mk.137
ましゅう型補給艦
海上自衛隊の補給艦で洋上における命綱。排水量25,000トン
の超大型艦で外洋航行前提で建造されている。また、24ノットと
とわだ型からの2ノット高速化やステルス性を意識した艦型になっ
ている。
排水量
基準:13,500トン
満載:25,000トン
27
全長221m
全幅27m
機関COGAG方式
対水上用
他
スペイSM1Cガスタービンエンジン︵20,000
速力24ノット
航続距離
乗員145名
兵装
なし
レーダーOPS−28E
電子戦・
36
SRBOC
対抗手段NOLR−8B電波探知装置
Mk
︵Mk.137チャフ・フレア6連装発射機×4基︶
エアクッション型揚陸艇LCAC
hp︶2基
海上自衛隊のおおすみ型輸送艦に2隻搭載される大型ホバークラフ
ト。速力は50ktと高速。搭載量は60トンのため戦車などを浜
辺から揚陸させるのにはピッタリな船。艦の中央部が全通しており、
ガスタービン×4基
後から積み込み上陸時前の扉から揚陸できる。
全長26.8m
全幅14.3m
ハネウェルTF−40
12.7mm重機関銃
主兵装機関銃用架台×2基
M2
エンジン
搭載容量標準:60トン
速度最大積載時50ノット
乗員10名+最大30名
28
八雲家の朝食
﹁ん∼∼っと。ふあぁ⋮⋮﹂
やくも・ゆかり
布団から欠伸をしつつ起き上がった彼女﹁八雲紫﹂は眠そうな目を
擦りながら部屋の時計を探した。
いつも半日以上は眠っているはずだが、何しろ緊急事態だ。自分の
作り上げた楽園を壊される恐怖に比べたら早起き等、造作もない。
時計を見上げると午前9:30を指していた。そろそろ、﹁あちら﹂
では動きがあるだろう。とりあえず、準備をしなければ。その前に
らん
私の優秀な式に知らせなければ、そう思い式の名前を呼んだ。
﹁藍、らぁ∼ん。いる?﹂
ゆかり
暫くすると台所の方から間延びした返事が返って来た。
﹁紫様ですか∼?おはようございます。何か用でしょうかぁ∼?﹂
﹁少し、話したいのだけれど⋮﹂
﹁すみませ∼ん⋮。今手が離せないのですが⋮﹂
手が離せない、か。きっといつもより早く起きたから、まだ朝食の
準備中だろう。申し訳なさそうだがそもそも私が藍にとって予定外
の行動をとったのだから仕方がない。
﹁わかったわ∼。そっちに行くから﹂
さて、とりあえず服を着替えよう。歳のせいか最近、無意識に、よ
っこらしょ、なんて声が出てしまう。
ちぇん
台所に行くと藍が配膳をしていて、いつの間にか現れた藍の式、橙
がおぼつかない手付きでお茶を注いでいた。
﹁あ、紫様。おはようございます!﹂
若干舌足らずな喋りがいつ聞いても可愛い。藍が気に入るわけだ。
﹁ん、おはよう、橙。ここ数日顔見せてなかったけど、何をしてい
29
たのかしら?﹂
﹁はい、妖力を高めるために修行をしていました!﹂
﹁数日間も?大変だったでしょう?﹂
﹁辛かったですけど、藍様が﹁びでおかめら﹂とか言う外の道具で
見ていてくれたので、
﹁さ、さあ!紫様、橙!朝御飯が出来ましたよ∼﹂
藍が凄い形相で朝御飯を持ってきた。気に入るとかレベルじゃない
よね、これ。アウトだよね、一線超えてるよね、完全に。
﹁橙!⋮秘密にするって約束したろ!﹂
聞こえてる、聞こえてますよ∼。
﹁え、でも⋮紫様の前で嘘はつけません⋮﹂
橙、よく立派に育ったわね。明日から八雲の性を与えたいくらいよ。
﹁い、いいんだ!特別だ!今回は!﹂
ええ、バカだったわ。最初の方で優秀な式なんて言った私がバカだ
ったわ。最強クラスの妖獣、九尾の狐、頭脳明晰。これだけでまん
まと式にした私がバカだったわ。
﹁な、ほら!マタタビあげるから!!﹂
﹁ちょっと藍?﹂
﹁何ですか紫様!今私は橙をなだめようと!!﹂
﹁さっきから全部、聞こえてたわよ﹂
﹁﹂
藍の顔色が目まぐるしく変わっていく。そのまま尻尾の毛が一本残
さず逆立ちし、そのまま声にならない叫びをあげ机に突っ伏した。
私は少しため息混じりの声でおろおろとしている橙に言った。
﹁まあ良いわ。橙、ご飯にしましょう。藍も、今回は見逃してあげ
るわ﹂
すると、藍がガバッと顔をあげてこう言った。
﹁紫さま、ありがとうございます!!じゃ、アレも⋮⋮﹂
﹁でも、ビデオカメラは後で没収だから﹂
30
﹁﹂
現実はそんなあまくないのよ。いや、幻想郷だけど。あ、私今ちょ
っと上手いこと言ったわ。
﹁取り敢えず、朝食を食べましょう。ちょっと話しながらになるけ
どね﹂
﹁⋮⋮?何かあったんですか﹂
﹁そうよ、大仕事になりそうだから橙にも手伝って少し貰うわ﹂
そう言うと私は箸をとり小声で、﹁いただきます﹂と言った。二人
もそれに続く。
﹁と言うことは、結界ですか﹂
先程の溺愛っぷりはどこへやら、真剣な顔になった藍が聞いてくる。
﹁正解﹂
一応説明しておくと、結界というのはこの幻想郷を外、つまり現代
から隔離するための壁の様なもの。それが二重に重なっている。
幻想郷から外への流れを封じ込め、逆に外から幻想郷へ忘れられた
物、つまり幻想になった物が入る流れを作る﹁幻と実の境界﹂。
実体ではなく、外の人間達の﹁妖怪やら神なんているわけない﹂と
いう論理の上に成り立つ壁﹁博麗大結界﹂。
この2つが、幻想郷と外の世界を分けている。
ちなみに、博麗大結界は論理の壁であって実際に壁があるわけない
じゃないため、外から幻想ではない人や物が入り込む不具合が続出。
そいつらが時に大騒動を巻き起こすので﹁博麗の巫女﹂に管理させ
ているのだが、それは別の話。
ま、とにかく結界がなければ幻想郷は存在できないと思って欲しい。
﹁と言うことは、博麗の巫女にも伝言を⋮⋮﹂
﹁その必要はないわ﹂
﹁えっ⋮﹂
31
藍が目を丸くした。
﹁しかし紫さま、博麗の巫女に伝えとかなければ後で大変な事に⋮﹂
﹁大変な事になるわ。でも、今回はそれでいく﹂
﹁今回は⋮⋮?それって﹂
﹁それを今から説明しようと思っていたの。重要な事だから橙も、
藍もよく聞いて頂戴﹂
二人が身構えた。私は二人に向かって告げた。
﹁このままじゃ幻想郷は滅ぶ﹂
﹁えっ!一体どうして!?﹂
目を丸くするのは橙だ。それに比べ藍は動揺こそしているものの、
静かだ。
﹁紫さま、どういう事です?﹂
﹁そのままの意味よ﹂
私は箸を置き話を続ける。
﹁いつだったか忘れる位前になったけど、ある異変の直後、幻想郷
は滅亡したのよ。それで、私はその度に別の平行世界、いわゆるパ
ラレルワールドのある日時に戻らされた。なぜか知らないけれど強
制的にね。最初の20回位は幻想郷の中でどうにかしようとしたけ
ど、それがダメだと解ってからは外の世界とか、それこそ異世界み
たいな所から解決出来そうな連中を連れてきた。けど、それも軒並
みダメだったってわけ﹂
そこで一回話を切り、息を吸うともう一度続けた。
﹁だから今度は、外の世界から、かなり大きな単位で幻想郷に介入
してもらうわ。そのために二人に手伝って欲しいの﹂
そこまで話しきると、私はちゃぶ台に箸を置き呆然としている二人
を見つめた。橙はもちろん、あの藍でさえ空いた口が塞がらない様
子だった。それもそうだ。こんな突拍子もない話を聞けば、誰だっ
てそうなる。
32
しばらくの沈黙を破ったのは、やはり藍だった。
﹁⋮⋮ホント⋮⋮なんですか⋮それ﹂
﹁ええ。本当よ。今までの世界で誰にも信じて貰えかったけどね﹂
実際、博麗の巫女や幼い吸血鬼には鼻で笑われ、幽霊の管理人には
竹林の薬剤師を薦められ、薬剤師には精神安定剤を薦められた。
再び重い沈黙。しかし、今度は橙がそれを破った。
﹁紫さま。一体、何を幻想郷に連れてくるんです?﹂
﹁⋮私の話を信じてくれるの?﹂
信じて貰えるとすがり付く様な私の質問に橙は屈託のない笑顔で答
えた。
﹁だって、紫さまの話を信じない訳ないじゃないですか﹂
﹁⋮⋮ありがとう、橙﹂
こっち
私が頭を撫でてやると嬉しそうに尻尾を振った。
﹁質問に答えなきゃね。今回はこれを幻想郷に引っ張ってくるわ﹂
そういって、私は1枚の新聞の切り抜きを見せた。
﹁天狗のじゃありませんね、何々?﹁自衛隊、中東へ派遣決定、邦
人保護のため多国籍軍に参加か?﹂⋮何ですか?これ﹂
﹁外の世界のある地域で戦争が起こり、そこに国民が取り残された
から助けに行こうって話になったのよ﹂
﹁まさか⋮﹂
藍は苦笑するような困惑するような表情を浮かべた。
﹁ええ。そのまさかよ、こいつらを引っ張って来るわ﹂
﹁いいんですか。それ?﹂
﹁いいのよ、後で外の世界に帰せば良い訳だし。とにかく、この油
揚げが異常に多い朝食を食べ終わったら準備して頂戴。明日には決
行するわ﹂
﹁あ、明日ですか!?﹂
﹁そうよ!ぐずぐずしている暇はないわよ!幻想郷が滅ぶ滅ばない
33
の瀬戸際よ!﹂
これだけ釘を刺せば大丈夫だろう。藍は大人しく従ってくれる。
そして私はもう一つ、切り札を用意した。
外の世界の、さらに未来から介入してくる二人がいる。そして、多
分彼女らがこのループの原因だろう。
私はループしてまでやり直したいと思ったのは中盤以降で、最初の
ループでは、記憶を持ってこれなかった。ループの中では、やり直
したいと思う者は記憶を次の世界へ持ってこれる。幻想郷の中では
私以外は記憶を持ってこれなかったから、幻想郷の人ではない彼女
らがループの原因としか、思えないのだ。
だから、私は彼女らを連れてこなければならない。異変を終わらせ
るためにも。苦痛に歪む、彼女らと幻想郷の面々を見るのは、もう、
たくさんだから。
食事は終わり、藍と橙は既に結界を動かす準備にかかっていた。明
日には、結界を動かせるだろう。
さあ、私は未来から彼女らを連れてこよう。
今度こそ終わらせるのだ、この終わりのないループを⋮⋮!
34
八雲家の朝食︵後書き︶
ゆかり﹀
東方projectキャラクター紹介
八雲紫︿やくも
種族:スキマ妖怪
能力:スキマを操る程度の能力
八雲家の長にして、幻想郷を作り上げた張本人。
幻想郷縁起と呼ばれる記録には、﹁幻想郷最強の妖怪﹂、﹁弱点が
ない﹂等と書かれている最強の妖怪。
スキマと呼ばれる空間を発生させ、場所と場所を結び、自分、他人、
物質を転移させるテレポートの亜種が出来る。
藍と呼ばれる九尾の狐を式︵札を貼り支配下に置く︶にしており、
普段は彼女に幻想郷の管理を任せている。因みに、普段は半日以上
らん﹀
睡眠したり、冬の間は冬眠したりしている。
八雲藍︿やくも
種族:九尾の狐
能力:式を操る程度の能力、数学的頭脳
八雲紫の式、主人に忠実で真面目な印象を受けるが、口調は意外と
中性的。
また、狐の例に漏れず油揚げが大好物で、よく人間の店に買いに来
ている。
能力は式を操る程度の能力とされていて、実際に化け猫の橙を式と
しているが、本人の能力としては、スパコン並の頭脳を持っている
ことが挙げられる。
九尾の狐は既に最強クラスの妖怪で、これを式としている紫の凄さ
35
が窺える。八雲藍の名前は紫に貰った物でそれ以前の名前は不明。
橙︿ちぇん﹀
種族:化け猫
能力:人を驚かす程度の能力、妖術を使う程度の能力
八雲藍の式である化け猫。八雲家の例に漏れず最強クラスの妖怪で
⋮⋮はなく、知能は子供に毛が生えた程度の物。猫のためか水が大
の苦手で、実際水を浴びると、式が外れ知能は只の猫同然に戻って
しまう。マタタビが大好物のようだ。因みに別居で、マヨヒガ︵マ
ヨイガ、迷い家とも︶に住んでおり、時々紫の家に来ている。
八雲の姓が与えられないのは、未熟さ故か、八雲紫の直接の式では
無いから等、諸説ある。
36
護衛艦隊、出港
201×年、7月2日
海上自衛隊佐世保基地港湾部
曇天の空のもと、アナウンサーが岸壁に整列する護衛艦達を仰ぎつ
つ、演技混じりのリポートを始めた。
﹁さて、ここ佐世保には国連軍に参加するべく海上自衛隊の空母型
護衛艦、﹁いせ﹂以下、2か月前に衝突事故を起こしたイージス艦
﹁あしがら﹂、揚陸艦2隻をはじめとする7隻の艦隊が出港準備を
整えています。しかし、現在の憲法では、自衛隊の派遣を違憲と捕
らえる団体が多数おり、ご覧のように抗議のため全国から来た方々
も多数いるのが現状です。ちょっとお話を聞いてみましょう﹂
アナウンサーに話を聞かれた自称平和市民は、カメラと﹁しもきた﹂
甲板の陸自の派遣部隊を交互に睨み付け、何か熱く語っているよう
たがその内容については甲板まで入って来ない。が、流石に何を言
っているか位容易に想像が出来る。
かたかみ
としお
﹁ったく、平常運転なもんだね、平和団体様は。同じ日本人がこう
している間にもヤバい状況なのに﹂
俺の隣の手すりに寄りかかっている同僚﹁片上 登志男﹂が言った。
確かにそうたが、連中の中に日本人がどれだけいる事か。そう答え
てやろうとすると、
﹁確かにそうだが、あの中に日本人がどれだけいる事やら﹂
俺の考えと一字一句違わない答え。こんな事を言うのは俺の同期の
たけみ
なおかず
一人だけだ。だが、一応上官なので敬礼で返す。
﹁竹美 直和准尉殿。ご苦労様です!﹂
﹁いや、同期だから、そんな敬礼いらねぇから﹂
37
﹁ああ、そぅ?でも一応上官だし⋮﹂
﹁私には敬礼無し?﹂
あ、やべぇ。今聞こえた女の声はおそらく、
﹁⋮あっ。き、霧島三尉。何かご用で⋮﹂
﹁何か、じゃないわよ直属の上官に敬礼しないってどういう事?﹂
﹁いや、それはその⋮⋮﹂
﹁言い訳しなくていいから、守本二曹、後で飯の時間、貴方だけ筋
トレね﹂
﹁うわー、ヒッデェ!﹂
﹁流石分隊長、容赦しねぇな﹂
竹美と片上が、同情してんのかよく解らない野次を飛ばす。
霧島分隊長は13普通科連隊唯一の女性士官そして隊内随一のドS
である。防大の同期曰、﹁部下振り回すより、ムチ振り回す方が性
にあってる﹂とのこと。
だが、私とて一人でドSの餌食になるつもりは無い。片上も道連れ
だ。
﹁ですが、霧島三尉。その理論でいけば片上も同じでは?﹂
すると、片上は﹁げえっ﹂、とうめき声を上げたがすぐに姿勢を正
しこう言った。
﹁自分は始めから三尉に対しても敬礼しておりました!!﹂
﹁よし、良い子ね﹂
﹁あっ、シッポ切りやがった。きたねぇぞ!おい!﹂
片上と言い合いになりそうだったが、
﹁失礼します﹂
と、声を掛けられクールダウンした。
甲板には気づけば白い制服の水兵たちが整列していた。
﹁何が始まるんです?﹂
﹁第三次世界大戦だ﹂
﹁お前には聞いてないよ、片上﹂
ラッパがなり、水兵が姿勢を正す。
38
ラッパの間延びした演奏が終わると、艦内放送がかかった。
﹃出港よおぉい!!EF︵護衛艦隊︶司令官に敬礼!!﹄
﹁総員敬礼!!!﹂
合図と共に全員が一斉に敬礼する。
﹃続いて、左帽振れ!!陸上自衛官は、所属部隊司令官に敬礼!!﹄
こちらも、一子乱れぬ敬礼をする。海自にまけるな、と教育隊時代
に叩き込まれた敬礼が役に立つ。
タグボートに押された﹁しもきた﹂がゆっくりと始動した。
﹁派遣艦は、空母型護衛艦﹁いせ﹂、以下護衛艦﹁あしがら﹂、﹁
あきづき﹂、﹁ふゆつき﹂、輸送艦、﹁しもきた﹂、﹁くにさき﹂
そして、補給艦﹁おうみ﹂の計7隻。中東で活動中の﹁せとぎり﹂
﹁たかなみ﹂﹁うらが﹂﹁おおすみ﹂へ米軍と共に合流すべく、今、
佐世保を出港しました!!﹂
半年間の海外派遣、紛争地とはいえ、無言の帰国は無いだろうなと
思っていた。
太平洋、台湾沖70カイリ日米連合艦隊。
⋮⋮あの時までは。
出港2日目
イージス護衛艦﹁あしがら﹂CIC︵戦闘指揮所︶
﹃教練!たいくーせんとおぉーよおぉい!!﹄
艦内放送と共に、CICに一気に自衛官がなだれ込む。
39
訓練とは言え、気は抜かないのが普通だ。
ふたひゃくじゅう
﹁ESM探知!!飛翔中の小型目標4!!210°から真っ直ぐ突
っ込んでくる!!﹂
﹁シーカー波探知!目標は本艦をロック!!﹂
はすぬま
飛び交う情報を処理するなか、砲雷長がいった。
﹁蓮沼!落ち着いてやれ﹂
はとり
﹁はっ!﹂
インレンジ
羽鳥砲雷長の激励?を背に、目標撃破の作業に移る。
﹁目標、射程内まで後5、4、3、2、1⋮⋮入った!!SM−2
発射用意!!⋮⋮撃ち方始め!!撃てぇ!!﹂
しらたか
きさらぎ
CICでは、こんな感じだが実際に対空ミサイルは撃たない。モニ
ター内だけである。
艦橋では、見張りの白鷹1曹と如月2曹がシートに記録を取りつつ、
戦闘訓練を行う。
﹁艦橋目標2視認!!主砲!!撃ち方はじめ!!﹂
﹃了解、主砲撃ち方初め!!﹄
ファランクス
5インチ砲がモニター上のミサイルが来る方向
﹁目標1撃墜!!﹂
艦砲のMk.45
に向けられるが、やはり撃つことはない。
﹃CIWS!!AAWオート!!﹄
こうなれば後は艦首に備え付けられた20?機関砲が弾幕で止める
しかない。ペットボトルを横半分に割ったような射撃指揮装置を載
せた機関砲が向けられる。勿論撃たないが。
﹁右舷に突っ込んでくる!!⋮⋮⋮命中!!﹂
ここからはダメコンの仕事である。今頃機関科の先任海曹が部下の
尻を蹴りながら作業しているだろう。
しばらくすると、
﹁艦長、ダメージコントロール完了とのことです﹂
﹁うむ、教練を終了!各自の持ち場に戻れ﹂
指示を終えた艦長に、副長が不満げに言った
40
﹁艦長、標準の4分遅れです﹂
﹁まあ、いいさ。最初の10分、先月の5分半に比べれば、確実に
良くなって来ているからな﹂
﹁⋮⋮⋮はあ﹂
﹁艦長!前方350を!!﹂
﹁どうした、中国か!?﹂
﹁いえ、違います!!霧です!﹂
その報告を聞くと、副長は怪訝な顔付きになった。
先程まで、天気の良さを表す雲量は0。つまり快晴だったはずだ。
その状況でいきなり霧など出てくるわけがない。
⋮⋮まさか、どこぞの漫画よろしく戦艦とかが出てくるわけあるま
い。
そう思いつつ、前方を向くと、思わず
﹁何だあれは⋮⋮﹂
そう声が漏れた。
⋮⋮何故なら霧は毒々しい紫色をしており、350先にあったはず
の霧は既に﹁あしがら﹂を完全に呑み込んでいたのだから⋮⋮⋮。
41
霧の先には⋮⋮
﹁艦長⋮⋮!これは一体!?﹂
﹁分からん⋮⋮だが、旗艦及び司令からの指示がない限り、進路そ
のままだ。分かったな航海長。見張りは変化があれば直ぐに報告。
⋮⋮気象長は陸に天気を問い合わせてくれ。⋮⋮もしもし、私だ。
艦長の天野だ。CICの通信長と電測長は遼艦と米軍に状況を確認
しろ。全員演習通りやれば上手くいく﹂
﹁はっ。針路、船速そのまま!﹂
﹁了解!如月!俺は右見張りをやるから左頼む!!﹂
﹁わかりました信号長!﹂
﹁了解しました!こちら﹁あしがら﹂。応答を!﹂
﹃艦橋CIC。電測、通信了解しました!﹄
異常な事態に慌てふためく﹁あしがら﹂艦橋。その中で一番焦りを
感じていたのは、他でもない天野艦長であった。
︵私も船乗りになって20年⋮⋮こんな事態は初めてだ。⋮⋮⋮一
体何が起こるというのだ、この艦の航路の先に何が⋮⋮︶
﹁このままでは、戻れなくなる。引き返せ﹂
誰が言った訳でもない。命令が云々のレベルではなく、20年間培
った船乗りとしての勘がそう言っている。他の誰でも、何でもない
自分の心理が、そう言っている。
42
だが、的確な根拠が無い今はその不安を抑えてでも、邦人救出の任
務に向かわなければならない。それが、自分達の仕事だからだ。
その時、無線電話のけたたましいコールが鳴り響いた。
副長が電話機を取る。しかし、副長が口を開く前に、彼の思考を停
止させる報告が聞こえてきた。それも、矢継ぎ早に。
﹃艦橋CIC!!AN/SPY−1レーダー以下、全ての探知用、
航海用、捜索用レーダー並びに遼艦との連絡機器が使用不能ッ!!
激しい電波障害によるものです!!﹄
﹁何ィ!?﹂
﹃艦内電話も、無線は⋮ノイズ⋮⋮発生!!後⋮⋮でダメに⋮⋮⋮
⋮﹄
﹁CIC艦橋ッ!!どうしたッ!?応答せよ!!⋮⋮くそッ!﹂
応答は返ってこず、聞き手の不愉快さと苛立ちを煽るノイズしか聞
こえなくなった。
ほぼ同時に有線の方の電話がなる。無線電話機を放り投げ、そちら
を手に持つ。
﹃CIC艦橋!﹄
﹁今度は何だ!?﹂
苛立ちMAXで柄にもなく電話機を叩きつけた副長に通信長が報告
をする。
43
﹃ス、スーパーバード及びインサルマット衛星通信用アンテナ使用
不能!味方や陸との連絡が取れません!﹄
﹁自衛艦の情報だけでもいい!どうにかして仕入れろ!!﹂
﹃はっ、はい!!﹄
有線電話を置き場に置いた副長は、天野艦長の方を向いた。
﹁艦長⋮⋮AN/SPY−1をはじめとする、全ての電子機器が、
激しい電波妨害を起こしています。遼艦との連絡も不可能です﹂
﹁⋮⋮⋮そうか﹂
天野艦長はそれだけ言って俯いた。副長の怒鳴り声から、何か想定
外の事態が発生しているとは思った。が、まさかここまでの事態に
なるとは思っていなかったようだ。
と、その時、見張りをしていた如月二曹が駆け込んできた。
﹁艦長!!自衛艦隊の旗艦、﹁いせ﹂から発光信号です!!本艦の
左前方100の位置に!﹂
シーホーク
その方角を見ると、少しぼやけていてはいるものの、﹁いせ﹂と、
甲板にSH−60Kが確認できた。先程より、少しではあるが霧は
薄くなっていた。
﹁なんと言っている!?﹂
﹁任務を中断、艦隊をUターンさせる。後続艦にも発光信号で通達
されたり、です﹂
44
﹁信号長了解!後続艦にも通達します﹂
﹁⋮⋮航海長!﹁いせ﹂に続く!取り舵⋮⋮
﹃艦橋CICッ!左前方を航行中なのは﹁いせ﹂か!?﹄
天野艦長の指示を掻き消すようにCICから通信が入った。無線が
回復したのか、ノイズは聞こえなかった。
副長が艦内マイクで応答する。
﹁どうした、何かあったのか﹂
﹃ソナーの報告では、左前方105のエリアに水深6,5mの浅瀬
!!﹁いせ﹂の喫水7mでは、座礁します!!﹄
﹁ッ!!艦長!﹁いせ﹂に連絡を⋮⋮!﹂
に出た。その視線の先には、
言うが早いか、天野艦長は電話機を取ろうとした。まさにその瞬間。
何かが擦れる音が、響いた。
﹁遅かったか!!クソッ﹂
レフトウィング
艦橋の面々が、次々と左舷見張り台
エジェクター
海底の茶色い土砂を巻き上げ、傾きつつも緊急排水装置で艦を持ち
直さんとする﹁いせ﹂があった。
明らかに座礁している旗艦を前に皆が呆然とするなか、航海長が声
をあげた。
﹁おい!!甲板前方を!!﹂
45
﹁何だよ⋮⋮ッ!!﹂
﹁あのままじゃ、落下するぞ!!﹂
﹁いせ﹂の甲板前方には、先程見えたSH−60Kが駐機してあっ
た。しかし、先程の座礁の影響で、固定用ワイヤーが切れたのかな
だらかな傾斜となった甲板をずり落ちていく。
﹁⋮⋮!?整備員が止めに走っています!押し返すつもりです﹂
双眼鏡を見つつ、如月二曹が報告する。皆が首から下げている双眼
鏡を除くと、海自飛行科と、乗り合わせの陸自整備員、更には管制
員が落下をを止めんと鉄の塊と押しくらまんじゅうを繰り広ていた。
その間に整備員がワイヤーで再固定せんと奮闘していたが、暗闇で
手間取っている様だった。
﹁あっ今固定し直しました!﹂
如月二曹の実況報告が終わり、安堵の声が漏れる。しかし、それは
次の報告の前では気休めにもならなかった。
﹁報告!﹁しもきた﹂、﹁くにさき﹂、﹁おうみ﹂停止を確認!し
かし、﹂
白鷹一曹の報告をCICが引き継いだ。
﹃艦隊CIC!レーダーが回復したものの、﹁あきづき﹂、﹁ふゆ
づき﹂を及び第7艦隊が見当たりません!更に⋮信じられない事で
すが⋮⋮我が艦隊の後方にも、浅瀬が出現⋮!﹄
46
一難去ってまた一難。とは、この事だ。
﹁出⋮⋮現⋮?じゃあ、俺たちは一体どうやってここまで来たんだ
?まさか、ドンピシャで海底火山が噴火しました。とか言うんじゃ
ないだろうな?﹂
副長の苛立ちメーターは、未だにMAXである。この状況では、パ
ニックにならない分冷静であるが。
﹁霧が晴れて来ました!!﹂
如月二曹の声で皆が霧が晴れた事気付いた。が、誰も安堵はしなか
った。それどころか、目を見開き、この状況を理解しようとした。
﹁⋮⋮艦長⋮⋮⋮。俺たち⋮⋮⋮太平洋にいたんですよね?⋮⋮何
で、こんな所に出るんですかね⋮⋮?﹂
﹁⋮⋮⋮分からん﹂
富士山
太平洋にいたはずの自衛艦隊の先には、のどかな風景が広がってい
た。見渡す限り、緑と花のグラデーションが見事な野原、
以上はあるであろう大きな山々。
⋮この風景を見た、誰もが直感であるものを連想した。そして、そ
の連想した物が目の前に広がっていると、疑わなかった。
⋮⋮⋮まるで、”天国”のようであると⋮⋮⋮⋮⋮。
47
幻想郷と神の方舟∼前編∼
。
苔とカビが柱を覆
幻想郷の人里から少し離れたエリアに、魔法の森という森林がある。
こうりんどう
そこの入り口には小さな古道具屋がある
い、傾きかけ煤けた﹁香霖堂﹂という看板がその目印。
しかも品揃えは、外の世界では既に陳腐化した
中を見渡せば、昔ながらのごちゃごちゃな駄菓子屋をさらに散らか
したような店内。
品ばかりで、持っているほうが珍しいものばかり。薄暗い店内にそ
少なくとも、これからお客を迎え入れようとするような店の
びえ立つ大黒柱にもカビが生えており、お世話にも綺麗とは言えな
い。
雰囲気では無かった。
しかし、どういう訳かこの道具屋は時に人の声が絶えない日もある。
最もそれは、買い物客と言えるかどうか微妙な奴しか来ない訳だ
居るんでしょ?﹂
し、顔ぶれも余り変化は無いが。
りんのすけ
﹁霖之助さん?
れいむ
これでも立派なお客さんよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ああ、居るけど。⋮⋮⋮⋮なんだ霊夢か﹂
﹁あら、﹃なんだ﹄とはなによ。
はくれい・れ
﹁その普通のお客さんとやらは居間に勝手に上がり込む物なのかな
?﹂
﹁ここに来るお客さんは皆そんなのばっかでしょ?﹂
この幻想郷唯一の神社、﹁博麗神社﹂の巫女だ。
ドアを開けて居間にずかずかと上がり込んだ少女の名は、﹁博麗霊
いむ
夢﹂。
48
もりちか・りんのすけ
彼女に面倒臭いのか、半ば諦め気味に皮肉を言うのは、この香霖堂
の店主﹁森近霖之助﹂である。
﹁それで、一体なんの用だい?﹂
望まぬ来客で新聞を読むのを邪魔されたのか、夏の蒸し暑さのせい
か、霖之助は少しイラついていた。
霊夢の方はというと、霖之助の憂鬱などお構いなしに涼しい顔をし
ていた。しかも、勝手に居間の棚から適当な茶葉を取り出し湯呑み
に熱々のお茶を注いでいた。今は夏真っ盛りにも関わらずに。
﹁ああ、そうそう。頼んでおいた巫女服、新調してくれた?﹂
そこから、畳んであった真新しい紅白の巫女服を取り出す。
それを聞くと、霖之助は椅子から立ち上がりカウンターの下を物色
した。
﹁お代は⋮⋮﹂
﹁ツケで﹂
湯呑み片手にきっぱりと答える霊夢に霖之助は﹁やっぱり﹂と諦め
気味に呟くと抗議した。
﹁あのな霊夢。君だけでもいくらツケが貯まっていると思うんだい
?﹂
﹁さあ、どれくらいかしらねぇ﹂
49
居るかあぁぁぁぁぁ!?﹂
すっとぼけか本心からなのか分からない霊夢の言動に、困り果てた
霊夢∼!!
霖之助を更に悲劇が襲う。
﹁香∼霖∼!!
ガラクタ
。危ない
大声に驚き霖之助が入り口に目をやったのと同時に、ドアとその近
辺の商品が消し飛んだ。
まりさ
﹁⋮⋮⋮⋮魔理沙⋮⋮。ドアくらい普通にあけてくれよ
だろ?﹂
きりさめ・まりさ
魔理沙、と呼ばれた白黒の服装の少女。霧雨魔理沙は服についたド
アの木片を払いながら言う。
一石二鳥。いや、三鳥だぜ?﹂
﹁まあ、怒るな。風通しも良くなって、ガラクタも片付いて、空気
も澄むだろ?
﹁全く得な気分はしないな。僕の店の道具で間に合う事ばっかだ。
それどころか、商品をガラクタ扱いするなんて⋮﹂
﹁魔理沙、一体どうしたの?﹂
大異変だ
霖之助の説教が長くなる事を過去の経験で知っている霊夢は、さっ
異変だ異変!!
どこで何があったの?﹂
それをいいに来たんだ!!
さと話題を変えた。
﹁ああ!
!!﹂
﹁異変ですって!?
50
霊夢の表情がお茶を啜っていた時とは真逆の真剣な顔に変わる。こ
五つも!!﹂
の世界では、巫女は悪事を働く妖怪の退治、そいつらが引き起こし
た異変の解決も仕事の内なのだ。
﹁霧の湖に、でっかい船が出たんだよ!
﹁五つも!?﹂
神社に行って道具を取ってくるから、先いってて!
霊夢もさすがにこのレベルの異変は初めてらしく、口をポカンと開
けていた。
﹁霧の湖ね?
!﹂
﹁わかったぜ!﹂
それだけ言うと、霊夢はドアがあった所から物凄い勢いで外へ飛ん
でいった。
﹁しかし、珍しいな。霊夢が積極的に解決に動くなんて﹂
考え出したのはア
会話の一部始終を聞いていた霖之助が呟きに、ホウキに乗り宙に浮
いた魔理沙が答える。
﹁あの︿ルール﹀を試したいんじゃないのか?
イツだしな。んじゃ、私も失礼するぜ﹂
﹁ああ、成る程ね﹂
霖之助は納得したようで、また新聞を熟読し始めた。
51
﹁それで、君はいつまで其処にいるつもりだい?天狗のブン屋さん﹂
しゃめいまる・あや
﹁あやや、バレていましたか。それと、射名丸文です﹂
声と共にドアの跡地から、ヘラヘラした営業スマイルを浮かべた少
女が入ってきた。
ぶんぶんまるしんぶん
﹁新聞を届けに来たつもりが、ど偉い特ダネを仕入れちゃいました。
あ、これ文々。新聞夕刊です。置いておきます﹂
﹁ん、ご苦労様﹂
﹁それでは、ちょっと霊夢さんと摩理沙さんに密着取材してきます。
では!!﹂
それだけ言うと、文は霊夢達と同じように飛び立っていった。最も、
FI
彼女らよりもずっと速く、黒い鴉の羽を生やしてたが。
C
ほぼ同時刻、自衛艦隊旗艦DDH−182﹁いせ﹂艦隊情報指揮セ
ンター
﹁どういう訳やら我々はこの湖で動きが取れなくなった。そういう
訳だな?﹂
52
﹁そういう訳です﹂
﹁それで、何か分かった事は?﹂
﹁何にも分からないって事だけですな﹂
ここFICはCICをそのまま大きくしたような場所で、艦隊の全
艦に指示を出すためにある区画だ。
きたかみ・ゆうすけ
その一角、無機質ないかにも護衛艦の備品らしいステンレスの机を、
もがみ・ゆうじろう
派遣部隊と自衛艦隊を束ねる若き海将補、﹁北上祐介﹂と、内火艇
たけだ
たつた
で集まった各艦の艦長。その対局には陸自の司令官﹁最上雄二郎﹂
一佐以下、普通科隊長の武田二佐、戦車大隊長の龍田三佐と、各科
のトップが囲っていた。
彼らは今の状況に対しての議論を繰り返していた。いきなり現れた、
陸地、浅瀬、消えた米軍と﹁あきづき﹂、﹁ふゆつき﹂。
先ほど上がった﹁魔法使いみたいな服を着た少女が、ホウキで空を
飛んでいた﹂という非科学的な報告でさえ、今の彼らにとっては議
論する余地は有ると判断されたのかああでもない、こうでもないと
議論を繰り返していた。
﹁それこそ、異世界にでも来てしまったのでは?﹂
幻覚とは言わせんぞ?
﹁そんなバカな事があってたまるか!!﹂
﹁では、先ほどの報告はどういう事だ?
うちの部下に、艦の見張りも目撃している﹂
53
﹁それは⋮⋮⋮⋮!!﹂
﹁ほらほら、静かにしてくれ!!﹂
手をパンパンと叩き、北上司令官が議論をストップさせる。
﹁いいか、艦の動きがとれない以上、ここに留まりつつロストした
日米艦隊を捜索する事だ。⋮⋮しかし、ここが何処か分からない以
上、周囲の安全を確保する必要がある。そこで、だ﹂
北上司令が最上一佐の方を向き、テーブルを囲っていた面々もそれ
に続く。
﹁そこで明日、明朝0630に陸上自衛隊よる周辺偵察を実施する。
OH−1を発艦させたら、普通科の少数を内火艇で上陸、周辺の情
報収集をしてもらう。何か質問は?﹂
皆がいきなりの動きに戸惑うなか、一人が核心を突く質問をした。
﹁発砲許可は?﹂
かれら
前身組織たる警察予備隊設立から半世紀、一度も引き金を引かなか
った自衛隊にとって、それは重大な意味を持っていた。
へいたん
﹁幸い、弾薬や食料は艦載常備や予備、さらに補給艦は先行派遣さ
れた自衛隊や米軍の兵站物資輸送も担っていたから10ヶ月は持つ。
勿論、燃料の問題もあるが暫くは気にしなくてすむ﹂
北上司令が後に続く。
54
﹁よって、多少の弾薬の消費も問題ないと判断した。この事から、
反応3!方位230!距離3500!繰り返
正当防衛に限り発砲を⋮⋮⋮⋮﹂
﹃小型目標探知!!
す!!小型目標探知!!方位230!!距離3500!!﹄
﹁小型⋮⋮目標!!﹂
対空戦闘用意!!
対空見張りを厳
場がどよめくなか、﹁﹁いせ﹂の艦長が大声で指示を出す。
﹁﹁いせ﹂艦長より発す!!
となせ!!1秒たりとも無駄にするな!!﹂
辺りに動揺が走る。﹁いせ﹂の艦長がCICに向け走って行き、一
気に緊張感が高まる。北上司令も、近くのオペレーターに状況を聞
く。
ブラボー
チャーリー
﹁会議どころではなくなったな⋮⋮⋮⋮目標は!?﹂
アルファ
、ESMはどうだ!?判別出来るか
後2分で開敵します!!﹂
﹁は、目標Aは、速度250ノットで、目標B、Cは100∼15
0で接近中!!
﹁250⋮⋮⋮ミサイルか?
?﹂
我が艦隊へのロックはありません!!﹂
では、一体何を狙っているんだ!?
﹁ESMは判別不能!!
ロックがない?
55
困惑する北上司令に、有り得ない報告が飛び込んできた。
見間違いだろう!!
もう
接近中の目標は⋮⋮⋮⋮人、人です
人な訳が有るか!!
方位230!距離2700!!﹄
﹃艦橋CIC及びFIC!!
!!
﹁バカ言え!
一度確かめろ!!﹂
﹃ですが、副長も目撃していますし⋮⋮⋮!﹄
陸自から上がった﹁空飛ぶ人間﹂の報告。半信半疑の報告を口では
私が甲板で直接確かめてくる!!﹂
否定していたが、はっきり言って半ば信じきっていた。
﹁もういい!!
危険です!!やめて⋮⋮⋮﹄
言い訳する艦橋連中にイライラがピークに達したのか、北上司令は
自ら動いた。
﹃⋮⋮⋮!?
電話を叩きつけ、甲板への通路を駆け出す。階段を駆け上がり、甲
文!
何
板へ通うじるドアを開けた瞬間、北上司令を猛烈な旋風が襲った。
甲板から3mほど吹き上げられ周りから、﹁ちょっ!?
か吹っ飛んだ!!﹂とか、﹁これはこれは大きい船ですね、早速一
枚﹂とか、﹁私はとっとと退治するわ。まずはあの船の連中から﹂
とか聞こえた気がしたが、すでに走馬灯が脳内で再生されている北
上司令にはどうでもいい事だった。
56
幻想郷と神の方舟∼前編∼︵後書き︶
れいむ
東方キャラクター紹介
はくれい
博麗 霊夢
幻想郷唯一の神社︵現時点︶﹁博麗神社﹂の巫女。白と赤を基調と
した、リボンやフリルをあしらい袖が独立し、脇が出ている独特の
巫女服を着用。頭には大きな赤いリボンを付けるなど、見た目が特
徴的な少女。
性格はかなりマイペースで、気分が良くなければ、﹁道端の妖怪を
不意討ちで滅多撃ちにしたあげく、持ち物を奪う﹂という、えげつ
ない事すらやってみせる。
神社の神事を勝手に増やしたりするわ、日がな一日お茶を飲んで過
ごしたり。
巫女の癖に神社の事をあんまり考えていない。お賽銭が入らない事
に関しては改善を試みているが、意外と裕福である。
幻想郷では、勝てる者はあまり居ないとか、少なくとも人間では勝
てる者はいない。
﹁空を飛ぶ程度の能力﹂を有しており、ある意味この世の全てから
りんのすけ
浮世離れ=飛んでいるとか言われている。
もりちか
森近 霖之助
幻想郷の魔法の森に古道具屋﹁香霖堂﹂を構える青年。銀髪に、緋
57
色の瞳とこちらもかなり特徴的な見た目をしている。
1日の大半を、香霖堂で本を読むか、無縁塚で外の世界︵我々がす
む現代日本︶の古道具を拾ったりして過ごしている。香霖堂の商品
の大半は非売品であり、霊夢からは商売人向きではないと言われて
いる。
外の世界の道具に対し、非常に興味があるが、それ以外の事に関し
ては余り関心を示さない。
無愛想で香霖堂から出ることもあまりなく、人を小馬鹿にし、理屈
屋なところを見ると現代のオタクに通うづる性格。
能力は﹁道具の名前と用途が分かる程度の能力﹂
読んで字の如くで、道具の使い道と名前が分かる。しかし使い方は
分からないため、本人は木炭ストーブを使いこなすのが精一杯であ
る。
摩理沙と文は次回にやります。
58
幻想郷と神の方舟∼後編∼
いつき
﹁守本班長⋮⋮⋮⋮何が起こってるんすか?
﹁知るか﹂
たま
さっきから?﹂
自分の班の﹃多摩 樹﹄に質問されたが知らないと返しておいた。
いや、だって本当に分かんないし。
一応状況を説明しとくと、俺たちが乗艦する﹁しもきた﹂が太平洋
を航行中に突如表れた紫色の霧に突っ込んで、何故か湖のど真中に
出現した。
これだけでも突っ込み所満載だが、20分前に箒で空飛ぶ魔法使い
が艦を横切っていったと言うイカれた報告が上がったため報告した
妖怪?
女
の
子
だったら退治するわよ。まあ、妖怪じ
奴を医務室に放り込んで帰ってきたら、
﹁あんたたち誰?
た
さ。
し
と
レ
た
プ
し
ス
ま
コ
り
な
居
い
に
た
板
み
甲
女
ゃなくても退治するけど﹂
巫
が
何を言っていがわからねえと思うが、自分が何を言っているか自分
一応ここ民間人立ち入り禁止何ですけ
にも分かりません。て言うかこいつ誰?
﹁えと⋮⋮⋮⋮どちら様?
ど⋮⋮⋮⋮﹂
59
﹁とりあえずこれ退けてくんない?
この湖に住んでる妖怪が迷惑
日本語で会話しているはずなのに会話が噛み合わない。お
被ってるんだけど。﹂
あれ?
聞いてんのそこのボサボサの人?﹂
かしいぞ?
﹁ねぇ?
普通?
このフリーダムな巫女様に早くお帰り頂
これは寝癖直してないだけです。じゃなくて初対面の人の事髪型で
呼びますか?
かないと不味い事になりそうだなあ⋮⋮⋮⋮。
そんなどうでもいい思案をしていると、霧島分隊長がフリーダム巫
女様に声をかけた。
だから?﹂
﹁あなた、日本語をしゃべっていると言う事は、日本人ね?﹂
﹁そうよ?
﹁だったら私達が何処の人間か位、よほど世間知らずで乳臭いガキ
じゃない限りわかるはずよ?﹂
言葉使いはともかく、日本人なら迷彩の軍服を着た人を見れば自衛
隊か米軍を思い浮かべるだろう。
こんな事する連中は他にはいないわね!﹂
フリーダム巫女様は周りの自衛官達を見渡すと暫く考え込んだ後、
﹁あぁ!
60
手を叩いてこう言った。
﹁山の天狗でしょ!?﹂
﹁はぁ!?﹂
﹁え、違う?﹂
巫女様はよほど自信があったのか、目を丸くしてしており、それを
よそ目に霧島分隊長は呆れていた。
﹁天狗って下駄はいて赤い顔したアレ?﹂
﹁そう﹂
アンタ達だれ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮どこに銃持って迷彩服を着こんだ天狗がいるのよ。あん
たホントに日本人?﹂
﹁さっきから聞いているのはこっちよ?
﹁自衛隊よ、じ・え・い・た・い﹂
﹁自衛隊?﹂
初耳ね﹂
﹁そうよ。陸上自衛隊﹂
﹁何それ⋮⋮⋮⋮?
⋮⋮⋮⋮⋮は?
61
自衛隊を知らないとな?
﹁アンタ本当に知らないの?
にでもいたわけ?﹂
何?
生まれてからずっと部屋の中
霧島分隊長の口調がどんどん荒くなっていく。普通ならこの辺りで
誰かが止めにはいるが、正直呆然としていてそれ所ではなかった。
﹁知らないものは知らないわよ﹂
巫女様は全く動じない。それどころか懐に手を突っ込んで何か取り
出そうとしている。霧島分隊長は暫く考えていたが、なにか思い付
いた様な仕草をすると、切り出した。
何でそんな事聞くの?﹂
﹁仕方がないわね⋮⋮⋮⋮アンタどこに住んでんのよ?﹂
﹁え?
海は無さそうだし﹂
﹁いや、ここが日本なら、だいたい何処か把握できるかなぁ、と思
って。内陸の県かしら?
霧島分隊長が口調を柔らかくする時は、基本的に何かしら考え付い
た時。さて、どんな妙案が飛び出すやら⋮⋮⋮。
霧島分隊長はこちらに歩いてくると、俺に小さな声で耳打ちした。
﹁守本。メモ!!﹂
﹁は、ハイ!!﹂
62
慌てて用紙とシャーペンを取り出しメモをする準備をする。
﹁それじゃ聞くわ。ここは何処?﹂
﹁霧の湖﹂
﹁スポット名じゃなくて地名で﹂
﹁幻想郷﹂
さっきから話が通じないみたいだ
何処の県?﹂
幻想郷⋮⋮⋮⋮知らない地名だ。
何それ?﹂
﹁何処県かしら﹂
﹁県?
﹁47都道府県よ?
﹁県なんて知らないわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮本気で言ってんの?
けど?﹂
﹁こっちの台詞よ。話が通じないんだし。退治させていただくわ﹂
そういうと巫女は懐をまさぐり、何かを取り出そうとした。何が出
なにやってんの?﹂
てくるのか分かったもんじゃないので、思わず一歩下がる。
﹁ちょっと?
63
﹁決まってるじゃない?﹂
﹁アンタらを退治するために武器を出すのよ﹂
言葉を聞いて頭が真っ白になった。
この状況で銃撃戦をしても勝てる見込みはない。それに正規の部隊
相手に大した損害は与えられないだろう。
という事は⋮⋮⋮⋮
﹁自爆⋮⋮⋮⋮テロ⋮⋮⋮⋮?﹂
充分にあり得る話だった。
9mm用意!!﹂
真っ白になった頭を現実に引き戻すには霧島分隊長の力を借りなけ
れば行けなかった。
﹁責任は私がとる!!
﹁﹁り、了解!﹂﹂
チヌーク
条件反射で答え、5,6名ほどの自衛官が腰のホルダーのSIG−
P220を抜き、甲板の2機のCH−47の裏に転がり込む。
巫女はいきなり配置に着いた自衛官達にビビったみたいだが、直ぐ
に懐をまさぐり直した。
64
その動作を見て銃を構えた霧島分隊長は叫ぶ。
﹁今すぐ両手を後ろに回して!!最悪頭撃ち抜くわよ!﹂
両手で服のポケットを探している。
しかし、巫女は探し物をやめなかった。恐らく武器を落としたのか
?
﹁⋮⋮⋮⋮班長﹂
多摩が不安げに尋ねてきた。今更ながら自分が班長であることを思
い出した。
しょうがない⋮⋮⋮⋮
﹁多摩、片上﹂
﹁はい?﹂
﹁発砲を許可。但し、急所は避け、腕ないし足を狙え。相手は10
まあ、やるけどさ﹂
代、鎮圧確認後応急処置をしろ﹂
﹁り、了解!﹂
﹁ちょっと注文多くない?
その場にいた全員で銃の準備を始める。
﹁霧島分隊長が多分警告射撃をするから、それでも応じぬ場合はや
ってくれ﹂
65
SIG−P220は自動拳銃なので弾倉を取り付け、スライドを引
き撃鉄を起こす。これで発射準備は完了。
霧島分隊長に準備完了のサインを送り指示を待つ。
﹁これで後は煮ようが焼こうが⋮⋮⋮⋮﹂
撃ち方やめだ!!
銃を降ろせ!!﹂
片上が軽口を叩きはじめたその瞬間、大声で
﹁おいコラ!!
ど、どうして!?﹂
いきなり聞き覚えのある声が辺りに響いた。
﹁た、武田二佐!?
﹁そいつらに敵意はないらしい!!﹂
そうじゃないよ。もっとすごいことになってるよ。
﹁いや、武田二佐⋮⋮⋮⋮﹂
﹁何で、宙に浮いているんです!?﹂
武田二佐、甲板から2mほどの高さにプカプカ浮いておりました。
よくよく見ると武田二佐は脇を抱えられており、上の少女に支えら
れているようだった。
66
支えているのは、変わった帽子にシャツにミニスカの出で立ちをし
た少女。普通の少女と違い背中に黒い羽根が生えていて、少なくと
も人間じゃあなさそうだ。
﹁えっと⋮⋮⋮⋮そちらの羽根が生えたお方は⋮⋮⋮⋮﹂
天狗の射命丸文です!!﹂
さりげなく聞いてみると、少女は笑顔で返してくれた。
﹁どうも!
赤い顔で大きな鼻の妖怪か!?
﹁⋮⋮⋮て、天狗!?﹂
天狗ってアレか?
軽い挨拶を済ますと射命丸さんは、武田二佐を甲板に下ろして巫女
のところへ向かっていった。何かを話し込んでいるようだ。
しばらくして、巫女と射命丸さんはこちらに歩いてきた。
﹁⋮⋮⋮⋮さっきは悪かったわね。いきなり攻撃を仕掛けて﹂
巫女は、先程の態度はどこへやらペコリと頭を下げた。
﹁いや、お互い怪我はないし、タイミングよく武田二佐が割って入
ってきたから良いけど。下手したら撃ち殺していたわよ?﹂
霧島分隊長もいきなり態度を変えられ少し戸惑っている。
﹁私は博麗霊夢。あなた達は?﹂
67
雪枝﹂
冬樹﹂
登志夫﹂
﹁陸上自衛隊、第13普通科連隊第第2中隊第2小隊第3分隊隊長。
霧島
﹁同じく、片上
﹁さらに同じく守本
樹です﹂
魔理沙。よろしくな﹂
﹁同隊所属、多摩
﹁私は霧雨
﹁うわぁ!!?﹂
あ∼、ビックリした⋮⋮⋮。いつの間にか隣に、箒に乗った少女が
いた。しかも、コイツも若干浮いているし。
﹁おいおい、そんな驚く事はないだろう﹂
微妙に男口調なのが気になるな。この魔法使いのような出で立ちを
した少女は博麗さんと知り合いらしく、しばらく三人で話し込んで
いた。
話し合いが終わったのか、三人は俺達の方を向くと、博霊さんが一
歩前に出て質問した。
﹁あなた達は、ここの住人じゃないわね?﹂
﹁ええ、妙な霧に巻き込まれて気が付いたらこの湖に﹂
68
﹁そう⋮⋮⋮⋮私の力で外の世界に返すには規模が大きすぎるから、
紫の力を借りないといけないわね。でもまぁいつかは、外の世界に
帰れると思うわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
訳のわからん単語が出てきて、反応に困っております。つーか紫っ
て誰だよ?
﹁霊夢。お前の言葉解んないってよ﹂
霧雨さんが可笑しげに博霊さんに指摘すると博霊さんは、そうね。
といった後一つ一つ解説してくれた。
ここは、現代世界と結界で隔てられた里、幻想郷であること。現代
世界とは違い、妖怪やら神やらが実在すること。そして結界を越え
て、艦隊をもどすのは、紫という妖怪の力が不可欠なこと。しかも
紫はいつ神社にやって来るかはわからないから、帰れる時期を明言
できないということ。
﹁こんな所かしら、分かった?﹂
﹁はぁ⋮⋮⋮⋮﹂
話のスケールが大きすぎて、返事を返した時も半分は理解できなか
った。
﹁それじゃ、失礼するわ。⋮⋮⋮⋮あんまり余計なことはしないで
ね﹂
69
それだけ言うと、博霊さんはそのまま甲板から飛んでいった。二人
が後に続き、甲板には再び自衛隊しかいなくなった。
武田二佐が口を開く。
﹁第3分隊の全員。後で話がある。1930に会議室に集合してく
れ﹂
﹁﹁りょ、了解!﹂﹂
その返事を聞くと、武田二佐は艦内へ去っていった。
﹁⋮⋮⋮⋮はぁ、どうなっちまうんだろうな。俺達⋮⋮⋮⋮﹂
誰に向けたわけでもない嘆きは、答えが出るわけでもなく風と共に
消えていった。
70
まりさ
幻想郷と神の方舟∼後編∼
きりさめ
霧雨 魔理沙
︵後書き︶
魔法の森に住む魔法使い。だぜっ子口調が特徴的でな少女。
霊夢、霖之助とはかなり小さいときから知り合いで、特に霖之助は
香霖とあだ名で呼んでいる他、ミニ八卦炉というアイテムを作って
もらっている。
超が付くほどの努力家で、魔法使いとしてはかなりの実力な模様。
能力は﹁魔法を使う程度の能力﹂で、ミニ八卦炉を駆使し光線とか
あや
爆発系の乙女の欠片もない魔法を使う。
しゃめいまる
射命丸 文
妖怪の山に住む烏天狗のブン屋。天狗の中でも烏天狗は、新聞を発
行する奴が多いらしく、新聞ランキングで腕を競っている。但し発
行する﹁文々。新聞﹂はランキング圏外がほとんどで、新聞には誇
大記事や妄想も入っている模様。
見た目は少女だが、年齢は軽く100を越えている。
性格は自分より上手の者には下手に、下手の者にはケンカを売ると
いう屑っぷり。︵これは天狗全般に言える上、相手の信用第一の新
聞記者の烏天狗はマイルドな方である︶
まあ、要するに﹁マスゴミ﹂である。
能力の﹁風を操る能力﹂は文字通り自在に風を操るほか、風の噂を
掴むこともできるらしい。
71
72
某所
7月3日
境界の狭間で
20**年
長野県諏訪市
午後18時58分
夏の夜7時前。この時間帯、昼と夜、そして黄昏の境界が曖昧にな
る時間帯。夕焼けの紫と夜空の藍色の境界が曖昧に時間帯。
この時間帯から山登りを始める物好きな奴は居ないだろう。
何か言ったメリー?﹂
﹁私達以外はね⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ん∼?
れんこ
﹁何も言ってないわよ蓮子。⋮⋮⋮⋮それより、﹂
﹁何で山登りしているか、でしょ﹂
﹁そうよ﹂
そう、それが知りたいのよ。一昨日いきなり諏訪行こうと言われ、
﹁諏訪大社にでも行くのかな﹂と着いてきたら山登り。正直蓮子を
小一時間問い詰めたい。
﹁この本を見てちょうだい﹂
信州編﹂という本を投げてきた。
そう言うと蓮子が私に向かって﹁決定版!!日本の幽霊スポット大
全
73
﹁何々⋮⋮⋮⋮?
これ幽霊なの?﹂
﹃遭遇率100%!
わたしたち
自衛官の幽霊!!﹄って
﹁それを確かめるための秘封倶楽部でしょう?﹂
﹁そうだけど⋮⋮⋮⋮﹂
遭遇率100%って、これ只の自衛官じゃ⋮⋮⋮⋮。
﹁メリー。只の自衛官でしょう?って思ってない?﹂
﹁何でわかるのよ﹂
﹁顔に出てるわ。というか、私も最初は﹃幽霊じゃねーだろ﹄と思
ってたし﹂
﹁⋮⋮⋮⋮呆れた。それじゃあ、何でここに来たわけ?﹂
﹁少し調べたらここから一番近くにある駐屯地は松本なのよ。山を
使うなら松本でも充分だしわざわざ諏訪くんだりまで訓練しに来る
わけ無いでしょう﹂
﹁え、でも戦車とか⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あんな寸胴が山に登れるわけないでしょう。松本には500名の
自衛官と、迫撃砲やトラックしか配備されてないのよ。それに私が
調べたいのはもっと別の事﹂
﹁幽霊じゃなくて?﹂
74
﹁そうよ。⋮⋮⋮⋮諏訪台風って知ってる?﹂
﹁知ってるわ﹂
﹃諏訪台風﹄
正しくは201*年に発生した台風15号でハリケーン﹁カトリー
ナ﹂以上の勢いを持ったとも言われるスーパー台風。中心気圧81
0ヘクトパスカルとか言う化け物じみた数値を叩きだし世界の気象
学者を軒並み震撼させた。
しかも台風はキッカリ諏訪市のある村周辺で15時間ほど停止する
という珍しい動きを見せ、天文学的被害が発生すると予想された。
しかしその村では、災害の中出動した自衛隊の素早い誘導により倒
壊建造物10件に対し死者は2名という人的被害の少なさで済んだ。
﹁教科書にも載ってるわよ﹂
﹁そうね、でも教科書に載ることがすべてじゃないわ。諏訪台風の
エピソードには続きがある﹂
どこかのバラエティー番組見たいな身ぶりをすると、蓮子は一度喋
るのを止めた。
こういう時は相づちを打たないと続けないよ∼という蓮子の癖だ。
だから相づちを打つ。
﹁続きって?﹂
75
﹁実はね、死者の自衛官ともう一人はね、死体が見つかってないの
よ。んでその一人は村の神社の若い巫女さんで、神社と共に土砂崩
れで亡くなったんじゃないかって噂されてるみたい﹂
﹁土砂崩れで、生き埋め⋮⋮⋮⋮嫌な死に方ね。でも、台風で土砂
崩れが起きるのは可笑しく無いわ﹂
よくあることだ。
村人も集合して避難したみたいだから、誰も気付かないなん
﹁そうだけど、そんな危険な場所にいる人を自衛隊がほっとくと思
う?
て可笑しいし﹂
﹁⋮⋮⋮⋮成る程﹂
﹁台風が過ぎたら過ぎたで、今度はいくら探しても見付からないら
しいのよ。巫女の遺体も、瓦礫の一つも﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮それは変ね﹂
﹁それで、現場の自衛官に話を聞いたら口を揃えて、﹃覚えてない﹄
﹃記憶がない﹄﹃混乱していた﹄と政治家みたいな受け答えしかし
ない﹂
﹁でも、自衛隊も結構な人数がいたんでしょう?﹂
﹁神社の方に向かったのは、殉職した自衛官含んで大体5,6人ほ
どらしいのよ。その人たち以外はね、皆村の中心部にいたと言うわ
け﹂
76
確かに、偶然にしては出来すぎだ。そういう意味では私達にピッタ
リな都市伝説とも言える。こんなものを引っ張って来た蓮子。正直
スゴイ。でも、
﹁ふうん⋮⋮⋮⋮ってそれじゃあ幽霊を探す理由は無いでしょう﹂
﹁あるのよ﹂
﹁あるの?﹂
﹁あるのよ、だって⋮⋮⋮⋮﹂
﹁だって?﹂
﹁だって幽霊に聴いてみれば、真実が分かる⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ゴメン帰っていい?﹂
﹁何でさ!!﹂
ええ、バカだったわ。私がバカだったわ。一瞬でも蓮子を尊敬した
私がバカだったわ。幽霊に話を聞く。貴女はどこのイタコですか。
つーか、
﹁自衛隊の人に聞けば⋮⋮⋮⋮!﹂
﹁それが出来りゃ苦労しないのよ﹂
﹁出来りゃって?﹂
77
あれに巻き込まれたんだってさ﹂
﹁その人達、皆行方不明になっちゃったのよ。ホラ、昔自衛艦隊失
踪事件ってあったじゃない?
﹁自衛艦隊失踪事件って⋮⋮⋮⋮あの米軍目の前でイージス艦とか
が失踪したってアレ?﹂
﹁そう、艦隊の内の1隻に乗ってたんだって﹂
﹁⋮⋮⋮⋮でも、幽霊に話を聞くのは⋮⋮⋮⋮﹂
﹁遭遇率100%って書いてあるんだから。会えるんじゃないの?﹂
﹁適当ね⋮⋮⋮⋮﹂
呆れて言葉がでないとはこの事。しかし蓮子は私が呆れているのに
気づいていないのか、話を続ける。
﹁本によれば自衛官の幽霊は、﹃おーい、誰か居るか∼﹄と叫ぶら
しい﹂
﹁それはまた⋮⋮⋮⋮﹂
誰か居るか∼!﹂
テンプレートど真ん中ね。と、言おうとした時、
﹁おうい!
そんな声が聞こえた。
﹁⋮⋮⋮⋮ねえ、蓮子?今なにか、聞こえなかった?﹂
78
聞いてる?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ねぇ、蓮子?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ねぇっ!!蓮子!?﹂
思わず大声をあげてしまった。慌てて自分の口を塞ぐが、気づかれ
てしまったようだ。
﹁ん、誰か居るのか!?﹂
足音が此方へ近付いてくる。しかも急ぎ足。
ざっざっと言う足音と共に現れたのは迷彩服を着込んだ男。
間違いない、コイツだ。
幽霊には見えないが、間違いなくコイツだ。
コイツは、呆然としている私達を訝しげに見たあと、口を開いた。
﹁あの∼スミマセン、この近くで私みたいな服来た若い男見ません
でした?﹂
﹁えっ、あ、いえ、見てないです﹂
﹁そうですか。スミマセン﹂
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そう言うと幽霊は、軽く会釈をして去っていった。
幽霊の姿が遠くに去った後、私は隣でさっきから黙りとしている蓮
子に声をかける。
﹁⋮⋮⋮蓮、﹂
﹁メリー﹂
あの幽霊を捕まえるわ!!﹂
蓮子は勢い良くこちらを向くと、目を輝かせながら言った。
﹁秘封倶楽部、活動開始よ!
﹁OK!それじゃあ急がないとね!!﹂
やっと蓮子らしいテンションになった。この位はっちゃけてしまっ
た方が蓮子らしい。
自衛官の幽霊を追って、山を駆けていく。
わたし
二人で時間を忘れて日本の不思議を解き明かす。これが蓮子にとっ
80
ての一番の幸せ。汗だくになればそれだけの、命を張れば張った分
だけこの世の不思議が紐解かれていく。
メリーと共に、遠くでボヤける光、要は自衛官の幽霊を追いかけて
きょうかいのはざま
ふしぎなばしょ
いくと、村のような所へ迷い混んだ。明かり一つなく、見るも古め
かしい建物が並ぶ場所。きっと、メリーが時折夢で見る幻想郷だろ
うか。それとも、もっと違う世界なのか。
小さい境界がごまんとあ
スキマ
﹁はぁっ⋮⋮⋮⋮はぁっ⋮⋮⋮⋮メリー?ついてきてる?﹂
﹁はぁっ⋮⋮⋮⋮はぁっ⋮⋮⋮⋮蓮子!
るわ!!﹂
メリーは境界が見える。具体的にどういう能力か分からないが。そ
んな能力があるらしいのだ。つまりメリーにとって此処は⋮⋮⋮⋮
﹁大当たりってことね!!﹂
暫く走り続けると、静かで朽ちかけた神社のような所に出た。しか
し幽霊が居ない。こんな場所なら、むしろ幽霊が目立ちそうだが⋮
メリー?﹂
⋮⋮⋮私はメリーに幽霊の居場所を探そうと声をかけるため振り向
いた。
﹁⋮⋮⋮⋮あれ?
メリー!?﹂
居ない。後ろにいたハズのメリーが居ない。
﹁メリー?
もう一度読んでみるが、どこかの山に跳ね返り、山彦として返って
くるだけだった。
81
﹁メリー!?﹂
﹁メリーって、この子の事かしら?﹂
耳元で聞こえた聞き覚えの無い声に思わず体がびくりとする。
とすれ
振り返るとメリーがメリーに良く似た外見の女性の肩を借りていた。
メリーは顔を青くして少し唸っていた。
メリーが貧血でも起こして彼女に介抱されたのだろうか?
ば彼女は親切な人?
違う。
ゆかり
﹁だ、誰だか知りませんが、メリーを介抱してくれてありがとうご
ざいます﹂
違う。この人は、
やくも
﹁⋮⋮⋮⋮私は八雲 紫よ﹂
この人はメリーを
﹁紫⋮⋮⋮さん。メリーを⋮⋮﹂
メリーを、
﹁⋮⋮⋮⋮ゴメンね。メリーちゃんは﹂
82
メリーを、
そちら
﹁外の世界には帰せないの﹂
連れ去ろうとしている!!
﹁メリーを返してっ!!﹂
彼女はいきなり突っ込んできた私に一瞬目を見開くと、訳の分から
ない呪文を唱えた。それと同時に私の顔面に衝撃が走る。なにかガ
ラスのような壁にぶつかった様だ。
﹁イタッ!!﹂
悶絶しながら目を開けると、メリーが目をさましたのか、彼女に抵
抗せんとジタバタしている。
このっ!
メリーを返せっ!!返せっ!!﹂
彼女がそっちに気を向けているので、私は夢中で見えない壁にタッ
クルした。
﹁このっ!
何度も何度もタックルした。
壁がパリッと音をたてて白く濁る。ガラスにヒビが入ったみたいに。
もう一息、もう一息⋮⋮⋮⋮もう一度タックルすれば⋮⋮⋮!
﹁⋮⋮⋮⋮うあッ!?﹂
先に壊れたのは壁でなく、私の右腕だった。視界が激しい痛みと涙
で濁る。
83
﹁⋮⋮⋮⋮⋮う⋮⋮⋮⋮⋮あ⋮⋮⋮⋮痛い⋮⋮⋮⋮痛いよ⋮⋮⋮⋮﹂
もう一度向こうに目をやると、メリーを気絶させたのか、彼女がメ
リーを担ぎ上げていた。
﹁行かせない⋮⋮⋮⋮⋮﹂
壊れろっ!!壊れろっ!!壊れろっ!!﹂
メリーを放せ。行かせるものか。
﹁こんのォ!!
左腕で、二回三回と壁を叩く。
すると、壁は大きな音をたてて穴を開けた。そこから入り込み、メ
リーの元へ駆ける。
﹁メリーを返せっ!!﹂
﹁まさか超えてくるとは⋮⋮⋮⋮﹂
私が壁を壊した事に彼女は驚くような仕草を見せた後、突撃してく
る私を尻目に背後に何かを開いた。
そのすきに、彼女の背中にタックルを喰らわすことに成功した。
が、彼女と共に石畳の参道に倒れ込む感触が無かった。それどころ
か回りを見渡せば神社ではなく、無数の目玉がギョロリとしている
空間だった。
84
いつの間にか彼女は消え去り、自由落下に身を任せているのは私だ
け。彼女と⋮⋮⋮⋮
あれ?
彼女の他に
誰か、居たっけ⋮⋮⋮⋮⋮?
85
誰かが居た気がするが、思い出せない。
それより、この自由落下はいつ止まるのだろう。止まったら止まっ
たで私の頭は砕けるのだろうか?
⋮⋮⋮⋮何よ、あれ?﹂
頭に鈍い痛みが走り、悶絶してしまう。回りを見渡すと、森だった。
という事は下は土か。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮ここ、どこよ⋮⋮⋮⋮?
上を見渡すと、青いハズの空は赤く、太陽も見当たらなかった。
とりあえず、少し歩いて民家を探そうと立ち上がろうとしたら下腹
部に重みを感じた。視線を這わすと、金髪にリボンを一つ着けた幼
い少女が跨がっていた。
﹁⋮⋮⋮⋮ん⋮⋮⋮⋮誰⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁あ、起きた⋮⋮⋮⋮こんにちは!﹂
﹁こ、こんにちは。貴女は⋮⋮⋮⋮誰?﹂
86
﹁ねぇねぇ、貴女は⋮⋮⋮⋮﹂
﹁食べてもいい人類?﹂
87
境界の狭間で︵後書き︶
れんこ
︽東方Projectキャラクター紹介︵※1︶︾
うさみ
宇佐見 蓮子
能力:﹁星を見ただけで時間が、月を見れば場所がわかる程度の能
力﹂
京都に住む大学生で、超統一物理学という学科を専攻している。︵
ひも理論の発展版らしい︶
自称、プランク︵※2︶並みに頭が良いらしいが、回りからは自分
のサークル﹁秘封倶楽部﹂の活動も相まって奇異の目で見られるこ
とも。実家は東京にあるらしく、京都に独り暮らし。
能力である﹁星を見ただけで時間が︵以下略︶﹂は、文字通り時間
と場所がわかるとのこと。しかし日本標準時限定な上、メリーから
は只の引き算と称されている。
なお、時間にはルーズな模様。
マエリベリー・ハーン︽メリー︾
能力:﹁境界の境目を見る程度の能力﹂
蓮子の親友にして、秘封倶楽部のメンバー。
88
名前からわかるように留学生。しかし日本語が流暢な事から、在留
期間は長いと思われる。
マエリベリーは発音しにくいらしく、メリーと呼ばれている。︵別
に貴方の後ろにはいない︶
大学では相対性精神学を専攻している。
秘封倶楽部では、蓮子に振り回されて危険な目に会うことも。
能力の﹁境界の境目を見る程度の能力﹂は、文字どうり何かと何か
を隔てる境界を見ることができる。夢で境界を越えて、放棄された
人口衛星や幻想郷に入ったりと、何でもあり。因みに夢で見た映像
は蓮子と共有できる模様。︵視界ジャックとかいったやつ。ちょっ
と石田さんがお話を聞きたいそうだ︶
︽秘封倶楽部︾
メリーと蓮子が根城にする霊能者サークル。周りからはまともな活
動してない不良サークルと評される。︵そもそもまともな霊能者サ
ークルがあるのか?︶しかし、やることはかなりぶっとんでおり、
月に旅行を試みたり廃棄された人工衛星に潜入を試みたりとスケー
ルが大きい。
※1一応説明しておくと、この二人は東方Projectではなく、
東方の原作者ZUN氏のCDのブックレットの登場キャラである
※2ドイツのノーベル賞物理学者。アインシュタインの相対性理論
の名付け親だったり、研究所や人工衛星に名前をつけられたり、息
子がヒトラー暗殺を計画して処刑されたりエピソードに欠かない。
89
要は﹁凄い学者様﹂
90
偵察と接触、そして⋮⋮⋮⋮︵前書き︶
高機=高機動車の略名
HQ=本部、本隊の略名
91
偵察と接触、そして⋮⋮⋮⋮
朝方かかっていた霧は晴れ、今は太陽が天高く昇っている。腕時計
で時間を確認すると、午後0時。高機動車の椅子でうたた寝してい
る部下の横の無線機を手に取り、守本二曹は報告を始めた。
﹁こちら202小隊3分隊よりHQ。定時報告、依然森林地帯。ど
うぞ﹂
﹃本隊了解。201小、並びに偵察ヘリ。状況どうか﹄
﹃こちら201小隊4分隊。依然変化なし。どうぞ﹄
﹃OH−1偵察ヘリより本隊。市街地らしきものは見当たらず。ま
た、エリアは想像以上に広大な模様﹄
﹃了解。各隊は引き続き偵察を続行されたし。終わり﹄
﹃4分隊了解﹄
﹁3分隊了解﹂
﹃偵察ヘリ了解﹄
その後、短いノイズをはさみ無線機は切れた。
今日は博麗の巫女さん侵入事件の翌日。周辺偵察のため第二大隊隷
下の二個分隊が、この幻想郷にLCACを用いて上陸。
92
その片割れである我らが第三分隊10名の自衛官に高機動車とM2
を装備した軽装甲機動車の車列が森の獣道に入り込み早3時間。
全く変化のない森林が続いていた。
﹁班長、他の隊はどうでしたか?﹂
運転席で高機動車のハンドルを握る多摩二等陸士が質問してきた。
彼の質問は高機動車に搭乗する皆の気持ちそのもの。しかし、何処
と無く答えが分かりきっているような感じである。
﹁依然変化なし、偵察は続行しろ。だそうだ﹂
素っ気なく守本二曹が答えると高機動車内に﹁やっぱり﹂と言う空
ときつ
気が広がり多摩は再び運転に意識を戻した。代わって銃架の5,5
6?機関銃MINIMIで前方警戒をしている時津三曹が質問をぶ
つける。
﹁OH−1からも町らしきものの報告は無いのですか?﹂
﹁どうやらエリアがかなり広いみたいなんです。6時間くらい探索
しているので、もう23区並の広さがあるかもしれません﹂
時津三曹は御年52の大ベテラン。曹士幹部課程を終了したばかり
の守本からすれば親父とどっこいどっこいであり呼び捨てなど出来
るわけがない。必然的に敬語になってしまうのだ。
﹁なるほど。それじゃあ、もう少し北上ですか?﹂
﹁霧島分隊長の指示待ちって感じです。あの人気が短いから今頃イ
ラついて⋮⋮⋮﹂
93
﹃軽装甲車から高機へ、守本。聞こえてるわよ?﹄
﹁⋮⋮⋮⋮サーセン﹂
部隊内の通信をオンにしていた事をすっかり忘れていた守本に、軽
装甲機動車に乗っている霧島分隊長が釘を指す。
﹃後で腹筋ね∼﹄
一部始終を聞いていた時津三曹が、﹁御愁傷様﹂と苦笑した。
ひえいだ
もみじ
後部座席から、間抜けな欠伸が聞こえてきた。先程うたた寝してい
た第3分隊もう一人の女性自衛官﹁比叡田 紅葉﹂士長である。容
姿端麗な童顔にどうして注意されないんだ。というほど長い黒髪が
特徴だ。ちなみに格闘徽章を持っている。
﹁ふぁ⋮⋮⋮⋮班長⋮⋮⋮⋮今、何時ですかぁ⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁午後0時だな。そろそろ集落やら河やらが見えてもいいんだがな
ぁ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮いつになれば、森林から抜けられるのやら﹂
紅葉の嘆きとほぼ同じタイミングで、無線機の電子音がなる。
因みにこの高機は、老朽化で退役した82式指揮通車から無線機と
折り畳み式テーブルを流用し、70式野外電話と、迫撃砲牽引ワイ
ヤーを装備した隊員の自腹を切った現場改造車である。意外と使い
勝手はよい。
94
﹃こちら、第四分隊。民家を発見した!!田畑と思われる造成地、
やぐらのような見張り台もある。恐らく集落かと!!﹄
無線の内容に車内に﹁おおっ﹂という歓声が湧く。
﹃HQより第四分隊。住民はどうか!?確認できるか!?﹄
﹃住民らしき姿は有りません。ですが、人里まで一里。という看板
が!!﹄
﹃ようし、そのまま人里まで前進してくれ!!﹄
﹁あー。こちら、202小隊第三分隊。こちらは河川のような場所
に出ました。少し休憩の後、探索を再開します﹂
﹃ああ、第三分隊は好きに動いてくれていい。何かあったら、すぐ
に報告しろよ﹄
﹁了解。通信終わり⋮⋮⋮⋮高機から、軽装甲機動車。分隊長。飯
にしましょう。﹂
﹃そうね。私達は、小川のほとりでランチと洒落こみましょうか﹄
﹁缶飯ですがね﹂
適当な開けた場所に高機動車をとめて、降りて回りを見渡してみる。
目の前には清らかな小川が陽を浴びてきらめき、遠くには雲もかか
る山がそびえたつ。
人工物は自衛隊の装備以外見当たらない。
95
﹁本当に、日本じゃないみたいだ﹂
ここが幻想郷と呼ばれる訳が、少しわかったような気がする守本だ
った。
ーー同時刻、人里。
守本達が戦闘糧食?型︵鳥炊き込みメシ/たくあん/ウィンナー/
牛煮込み等︶で休息している時、人里は物々しい雰囲気に包まれて
いた。外れの集落から突如、﹁鉄の猪の妖怪﹂が近付いてくるとい
う報告が有ったからだ。
それを妖怪と呼んで良いかは別として、このままでは脅威が及ぶの
は明白だ。只の好戦的な者ならいざ知らず。里を乗っとり、老人や
女子供を蹂躙され食われればたまったものではない。
自警団計4組、全員集合しました!!﹂
集落はうまくやり過ごしたようだが、人里はそうはいかない。
けいね
﹁慧音さん!!
かみ
慧音﹄は﹁よぅし﹂と声をあげると、やぐらつきの門の前に
けいね
慧音。と呼ばれた白とも水色とも付かない色の髪をした女性、﹃上
しらさわ
白沢
集まった男たちに指示を出した。
﹁いいか、﹁い組﹂から、﹁は組﹂は門の前で敵を迎え撃つ。﹁に
96
相手は野良妖怪だ!勝てない相手じゃないぞ!﹂
組﹂は女子供や老人を安全な場所へ、﹁ほ組﹂と﹁へ組﹂は門の中
で待機!
普段余り好戦的ではない性格の慧音だが、事が事だ。普段の敬語口
調ではここにいるの自警団を纏めきれないと判断したのだろう。
﹁﹁うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!﹂﹂
自警団は、始めての実戦でかなり盛り上がっているようだ。槍やら
剣やらを持った男達が士気をあげる様は大河ドラマの戦シーンの足
軽を思わせる。
人里では、自警団は警察と防衛隊の側面をもつ。初詣や夏祭りで町
内のおっさんが蛍光ベストを着てテントの下で駄弁っているような
緩いものではなく、形としては中国の人民武装警察のような感じで
ある。
ここにいるのは約7∼80といった所だろう。
慧音はやぐらの上に上がると、見張りに状況を尋ねた。
﹁状況は?鉄の猪とやらは見えるか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮見えました!!2時の方角です!!﹂
2時の方角を見渡すと、人里へ向かうあぜ道を、土煙を上げて進む
ものが見えた。
﹁⋮⋮⋮⋮何だ⋮⋮⋮⋮アレは?﹂
97
近付いてくるのはまさしく鉄の猪というあだ名がぴったりだった。
ここからでも分かる大きな足。深緑と茶色い斑模様に左右に1対の
張り出した目。更には上には角が映えている。
鹿のようなスマートさはなく、あぜ道をふさぎ進む様はまさに猪だ
った。
しかも、土煙に見えかくれしているが、後ろに同じような猪の姿も
あった。
﹁⋮⋮⋮⋮?﹂
慧音は、近付いてくるという猪を眺めている内に有ることに気が付
いた。
﹁人が乗っている?﹂
斑模様の猪の角の部分に同じような服を着た男が角をもって座って
いた。
︵相手が人なら対話できるかもしれない⋮⋮⋮⋮︶
そう考えた慧音は、周りが制止する間もない内にやぐらから飛び降
りた。彼女は一応半人半獣の妖怪、ワーハクタクだ。猫のように体
の上下を反転し、足を下にするとそのまま地面に着地した。
98
ーー第二大隊、第201中隊第四分隊、軽装甲機動車内
あかぎ
せいた
﹁と、飛び降りた女性、こちらに近づきます﹂
もりお
いせ
慌てふためく第四分隊副隊長﹁赤城 清太﹂一曹に、隊長の﹁伊勢
守夫﹂二尉は叫んだ。
後続の高機もだ!!分かったな!!﹂
﹁慌てるな、銃手は間違ってもブローニングを撃つんじゃないぞ!
!
部下の了解を聞きつつ、伊勢二尉は舌打ちした。異世界だというこ
とは聞いていたが、まるでアメリカのインディアンじゃないか。軍
隊のような連中がにらみを聞かせているし、さっきの猫のような身
のこなしの女性もそうだ。
︵とんだ貧乏クジを引いたみたいだな⋮⋮⋮⋮クソッ!!︶
そんなことを考えている内に彼女はぐんぐん近付いてくる。軽装甲
機動車はあぜ道を塞いでいるため、一度停止しなければ彼女を轢き
飛ばしてしまう。
いきなり停止した車両に少し驚いたようだが、直ぐにこちらへ歩み
寄ってきた。そして、軽装甲機動車と高機の車列を一周ぐるりと見
渡しこんこんと叩いてみたり、高機の乗員に話し掛けたりした後、
伊勢二尉が乗る軽装甲機動車の銃手に話掛けてきた。
しばらくすると銃手が伊勢二尉に彼女の要求を伝えた。
﹁分隊長。彼女は責任者を出してほしいと言っています。後、事情
を話せば妙なことはしないと﹂
99
﹁分かった﹂
伊勢二尉は、ドアにつけられた開閉式の窓を開けると、そこから彼
女に話しかけた。
﹁私がこの部隊の指揮者兼責任者ですが﹂
﹁うぉう!?⋮⋮⋮⋮びっくりしたあぁ⋮⋮⋮⋮﹂
彼女はいきなり後ろから話しかけられ驚いたようで短い悲鳴をあげ
たが、直ぐに態度を直し自己紹介を語った。
﹁﹁上白沢慧音﹂だ。人間の里で自警団をしている。あなたたちは﹂
守夫です﹂
﹁日本国陸上自衛隊、第一混成連隊第二中隊第201小隊、第四分
隊分隊長。伊勢
自己紹介には自己紹介で返したが、相手はまるで意味がわからない
といった表情を浮かべた。伊勢二尉は、しまったと心中呟くと慌て
て付け足した。
﹁と、言っても意味がわからないと思うので外の世界。から迷い込
んだといったほうが良いですか?﹂
﹁そっ外の世界から?﹂
慧音がすっ頓狂な声をあげると、周りの自警団たちも騒ぎ始めた。
﹁いや、そんなに珍しいですか?﹂
100
周りの反応に思わず質問が漏れる。
﹁いや、てっきりこんな手の込んだものを作るのは妖怪かと⋮⋮⋮
⋮まあ、取り敢えず里の中に入って⋮⋮⋮⋮﹂
しかし、次の瞬間、やぐらの団員から悲鳴のような連絡が上がる。
﹁慧音さんッ!!、きっ、霧だ!!赤い霧がこっちにやってくるぞ
ぉ!!﹂
﹁き、霧!?﹂
霧と言えば自分たちもそれが原因でここへ飛ばされたのだ。何か分
かると思い後ろを振り向くと、紅く違う意味で毒々しい霧が、あた
り一面を覆い尽くす。
⋮⋮⋮⋮後の紅魔異変の始まりである。
101
偵察と接触、そして⋮⋮⋮⋮︵後書き︶
けいね
東方Projectキャラクター紹介
かみしらさわ
上白沢 慧音
能力1:歴史を食べる程度の能力︵人間時︶
能力2:歴史を創る程度の能力︵ワーハクタク時︶
人間の里に住む半人半獣のワーハクタク。礼儀正しい事で有名で、
妖怪にも関わらず人間の里に馴染んでいる。
普段は人間とほぼ同じ容姿をしているが、満月の夜にだけ、角が生
え別人のようになる。
最近は寺子屋を開きたいと思っているようだ。また、迷いの竹林と
呼ばれる場所によく出入りする姿が目撃されている。
半人半獣になったのは後天性の模様。
能力は二つあり、普段は歴史を食べる程度の能力を使うは、例えば
大体は物忘れだがこれを意図的に
リンゴがここにあった筈なのに、誰も食べていない筈なのに無くな
ったりする事はないだろうか?
引き起こせるのが彼女の第一の能力
もうひとつ、歴史を創る程度の能力
これは、上の能力で起きた矛盾を修正したり、新しく歴史を書き記
したりする。要は歴史を記録するととらえればよい。ちなみに満月
の夜のワーハクタク時、つまり一夜で一ヶ月ぶんの日記を書くよう
なものなので、作業時彼女はとても気が立っているらしい
102
赤い館
﹁は⋮⋮⋮⋮?﹂
宇佐美蓮子は思わず呟いた。
それもその筈、いきなりワケわからない少女に、﹁貴女は食べても
いい人類?﹂なんて聞かれたら誰だってそんな反応をするだろう。
﹁ん、聞こえなかった?﹂
少女は聞いてきた。そこで、蓮子は此方が最初に質問したことを思
い出す。
﹁ゴメン、最初に名前を聞いたのは私よ。私は宇佐美蓮子。貴女は
?﹂
﹁ルーミア!﹂
元気そうに答えた少女。もといルーミアは見た所少女というよりは
幼女に見えるから、あまり力は無さそうだ。
﹁ルーミアちゃん⋮⋮⋮⋮私は食べちゃダメよ。というか、普通人
は人を食べない﹂
貴女は妖怪なの!?﹂
﹁へー、そーなのかー。でも、私は人食い妖怪だから、人はたべる
よ∼﹂
﹁ひ、人食い妖怪!?
103
意を得たりとばかりにコクコクと頷くルーミアに対し、蓮子は少し
ヒヤリとしていた。ふざけて食べてもいいよ∼などと言ったら今頃
ルーミアの胃の中だ。
というか、今蓮子はルーミアに馬乗りにされておりルーミアからす
れば食べようと思えば何時でも食らいつける。
非常にマズイ状況だ。とりあえずどうにかこの体制から抜け出すた
め、手に力を入れようとした時である。
﹁あ、あれ?﹂
手に力が入らない。力を入れようとしても手応えが無いのだ。
一応痛みは無いので、腕が取れてしまったわけでは無いのだろう。
﹁どうしたの?﹂
﹁う、腕に力が⋮⋮⋮あ、あれ?﹂
視界が貧血を起こしたように暗くなっていく。耳に甲高い音が鳴り
響き、平衡感覚が消えていく。蓮子は、自分の頭の中でブラウン管
ねぇ?
ねぇってば?﹂
のテレビが消えたような音が鳴り響く感じがした。
﹁ど、どうしたの?
ルーミアに袖を揺さぶられるが。蓮子は何も反応を示さず、ガクガ
クとルーミアに合わせ揺れるばかりだった。
﹁どうしよう⋮⋮⋮⋮﹂
104
人食い妖怪だから食ってしまっても構わないが、蓮子は食べてはダ
メな人類と言っていた。食べてはいけない人類を食べれば、巫女の
手痛いお仕置きが待っている。というか、この状況を発見されても
お仕置きされる。
どうするか困っていると、
それに大ちゃん!!﹂
﹁あれ、ルーミア?どうしたの?﹂
﹁チルノ!?
ルーミアの眼前に現れたのは、水色の髪に、フチに白をあしらった
青のワンピース。背中に氷のような3対の羽をもった氷の妖精﹁チ
ルノ﹂と、緑のサイドポニーに、青いドレスを着込んだチルノより
少し大きい大ちゃんこと﹁大妖精﹂である。
﹁ルーミアちゃんどうしたの?﹂
﹁大ちゃん⋮⋮⋮⋮実はね⋮⋮⋮⋮﹂
ルーミアが、蓮子に馬乗りになった経緯を二人に説明すると、チル
ノが手を叩き言った。
チルノ、案内してほしいのだ
お礼にお菓子くれるって!!﹂
﹁そう言えば、この近くの赤い館の門番が、﹃人を探してる﹄って
言ってた!
﹁じゃあ、そこの人かもしれない!
ー!﹂
105
﹁アタイに任せて!!
こっちよ!!﹂
チルノと大妖精につれられて、ルーミアは蓮子を引きずるようにし
て、赤い館とやらに向けて歩き出した。
ーーーーー十数分後
﹁これが赤い館なのかー⋮⋮⋮⋮﹂
少し歩きたどりついた場所は昨日までは湖の畔だった。しかし、今
は確かに赤い館が建っている。聳え立つその館は、家主の趣味なの
か大きさのわりに窓が少なく真っ赤に塗られていて、気味が悪い。
今空を覆っている赤い霧に関係があるのかだろうか⋮⋮⋮⋮そんな
ことを思うが、異変解決は巫女の仕事。ルーミアたちからすれば空
の異変より目先のお菓子。丁度お腹が音をたてたのだ。
という訳で、チルノが呼んできた門番に女の子を引き渡し、三人は
めいりん
お菓子の分け前の配分を議論しつつ、その場を去っていった。
ほん
しばらく後、紅魔館の妖怪門番こと﹁紅 美鈴﹂は、三人が去って
いくのを見届けると、ウンウン呻いている蓮子に目を向ける。
彼女は今自分が警備している赤い館、﹁紅魔館﹂の持ち主が出した
霧が原因だろうと考えた。
106
この赤い霧は人間限定に貧血のような症状を起こすことが出来る。
並の人間なら20分。どんなにタフでも一時間経てば意識が朦朧と
し始める。
美鈴の目線は、今から彼女の雇い主でもある吸血鬼に血を吸われる
運命にある蓮子への同情がこもっていた。
咲夜
沸いてくる罪悪感を抑え、蓮子を館へ連れ入るための人手を呼ぶ。
さくや
﹁さて⋮⋮⋮⋮と、咲夜さんを呼ぼうかな⋮⋮⋮⋮おぉい!
さ∼ん!!﹂
﹁呼んだかしら美鈴?﹂
﹁うぉう!!﹂
いざよいさくや
いきなり目の前に現れたメイド姿の銀髪の長身の少女。彼女は紅魔
館のメイドを束ねるメイド長、十六夜咲夜である。彼女は美鈴の手
にお姫様だっこされている蓮子を見つけると、にっこりと微笑んだ。
﹁あら。お嬢様の夕飯見付かったのね。美鈴、助かるわ。お嬢様は
お腹を空かしていたわ。この霧を振り撒いて疲れているでしょうか
ら、味付けは濃い目にしないと﹂
﹁ねぇ、咲夜さん⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ん、何かしら?﹂
お嬢様に振る舞う料理のメニューを考えるのに忙しい咲夜に、美鈴
は少し疑問を抱いていた。それは、立場上一番人間に接し人間臭く
107
なった美鈴だからこそ、できる質問だろう。
牛や豚ならともかく会話も
﹁咲夜さんは、何とも思わないんですか?﹂
﹁何が?﹂
﹁だって、咲夜さんは人間でしょう?
少しの感情もわか
出来て、同じように歩いて、同じような形をしている人間を何で淡
々と血を抜いたり、食料扱いできるんですか?
ない訳じゃないんでしょう?﹂
美鈴の疑問を聞いた途端、咲夜の顔から笑顔が消えて、それと引き
換えに咲夜の目が細く、鋭い眼光を発した。
﹁そうね、私が普通なら、人間なんて処理できないかもね⋮⋮⋮⋮
でも、私は普通じゃなかった﹂
咲夜はパカパカと胸ポケットから取り出した懐中時計の蓋をいじり
つつ続ける。
﹁この髪と、能力のせいで嫌われた私にとって、理解を示してくれ
たお嬢様は、ナポレオンやビスマルク、エリザベスやヒトラーでさ
え比べるのもおこがましい位に立派な方だった⋮⋮⋮⋮だから、お
嬢様に出来る限りの恩返しをしたい。それなら、例え人を殺める事
なんて、容易いことよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
咲夜の答えを聞いた美鈴は、その忠誠心をどう受け取ったかは知ら
ない。ただ、﹁フフッ﹂と小声で笑うだけだった。
108
ただ、次の瞬間、奇妙な音が二人の耳に入った。
﹁⋮⋮⋮⋮咲夜さん。何ですか?この音?﹂
﹁さあ、何かこちらに近付いてくるみたいだけど?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮何でしょうね?﹂
音はどんどん近付いてくる。そして、音の正体は勢い良く姿を現し
た。
陸上自衛隊の者なんですがこの近くに、
道に迷っちゃって﹂
﹁あのー、すいません?
湖ってありますか?
台車のような物に乗った、﹁リクジョウジエイタイ﹂を名乗る女が
降りて声をかけてきた。先ほどまでの音の正体はこの台車のような
物だ。全体が鉄でおおわれており、引いている者は見当たらない。
後ろにも同じような台車が続いており、人が5人乗っている。そち
らから一人、斑模様の服に、緑の帽子をかぶった男が降りてきた。
見ると、女も。いや、全員が同じような姿格好をしている。ぱっと
見余り見分けが付かず、気持ち悪い。
そう思い、早く答えて立ち去ってもらおうと思った。リクジョウジ
えっと⋮⋮⋮⋮ここから西に2,3分ほどいったと
エイタイが何かは少し気になるが、スルーする方針で。
﹁湖ですか?
ころに⋮⋮⋮⋮﹂
109
美鈴が答えると、女は胸に着けたマイクのようなものに、話しかけ
た。
﹁どうも⋮⋮⋮202中3分隊より本部。現在地は貴隊の東のエリ
ア。館のような建造物があるエリアです。﹂
何独り言呟いているんだろ、と思っていたら、マイクから音声が聞
こえてきた。
終わり﹄
﹃HQから3分隊。位置は現在濃霧により、OH−1が退避中のた
め、特定不可能。別命あるまで、現在地にて待機されたし
﹁現在地待機了解⋮⋮⋮⋮⋮というわけで。少し門の前、邪魔にな
らない程度にお借りしてよろしいでしょうか?﹂
美鈴は、非常に不味い事態になったと思った。今から異変を主人が
起こすのに、回りでたむろされてはたまらない。
ここは門番として、お帰り願わねば⋮⋮⋮⋮
﹁スミマセン、今から立て込みますので、別の所で野営していただ
ければ⋮⋮⋮⋮﹂
すると、相手の女は困った顔をした。美鈴の回答に対し、今度は男
の方が対応する。
﹁では、この近くに何か目印に成るものは?﹂
それを言われると、美鈴は弱った。断るという選択肢はないし、か
といって遠い場所を提案するわけにもいかない。こちらに来たばか
110
りで知らないと、本当の事を話せば、﹁こんな洋館構えてんのに?﹂
と疑われてしまう。
そして、今さっき食料にするため引き取った人間が目を覚ませば、
助けを叫ばれてしまう。
﹁えっと⋮⋮⋮⋮近くとなると⋮⋮⋮⋮その、えと⋮⋮⋮⋮﹂
思い付かず冷や汗がたらたらと、体を伝う。着ている服を絞れば水
が出るんじゃないかな、多分。
手詰まりになった美鈴は、咲夜に助けを求めようとした。咲夜は、
仕方ないわね。とでも言うようなため息と共に一歩前へ出ようとし
たその時⋮⋮⋮⋮
﹁あれ、私⋮⋮⋮⋮あれ?﹂
美鈴の抱えている蓮子が目を覚ました。美鈴は、滝のような汗を生
まれてはじめて実感した。
蓮子は、ぐるりと回りを見渡すと。斑模様の服の連中に向かって思
いっきり叫んだ。
﹁助けてっ!!﹂
斑模様の連中は一気に顔を強張らせ、特に美鈴の目の前の二人は、
黒光りする何かを取り出した。
美鈴は、それを武器だと推測する。実際構えているのは9mm拳銃
だから、それは間違えていない。
111
実際上この距離ではコンバットナイフが一番効果的なのだが突然の
スペル﹃ザ・ワールド﹄﹂
出来事で思わず二人は拳銃を構えたのである。
﹁咲夜さん!!﹂
﹁分かってる!!
咲夜は、時を操る事が出来る。当然、時を止めて自分だけが動くこ
とも出来る。
時間が静止し一切の動きが止まる世界で、女の方へ咲夜は、自分の
武器であるナイフを1本、2本、3本と急所を狙い、投げていく。
一瞬の間に、眼前に何本も
勿論、1mmも狂いなく急所を狙う華麗なナイフ投げは、誰にも見
ることはできない。
それでも、不可思議には代わりない。
のナイフが浮かび上がり、自分目掛け飛んでくるのだから。
﹁そして、時は動き出す﹂
咲夜の一言を合図に、一気にナイフが女目掛け飛んでいく1,2本
かわされるが、足を擦ったのを皮切りに、胸に、腹に、内臓がある
であろう場所にナイフが突き刺さる。
女は、そのまま地面に転び、プルプルと震えていたが、痛みで気絶
したのか、はたまた息絶えたのか、動かなくなった。
﹁分隊長っ!!⋮⋮⋮ぐはぁっ!⋮⋮⋮ゲホッ!ゲホッ!﹂
112
﹁あなたの相手は私ですよ!﹂
美鈴は、男の脇腹を蹴り飛ばし倒れた所にこめかみを拳骨で殴る。
よくアニメで見る首をチョップし気絶させる手法より、こちらの方
が脳震盪を起こしやすいのだ。
男はやはり脳震盪を起こし、こちらもピクリとも動かなくなった。
同じような感じで美鈴は、蓮子のこめかみも殴打し気絶させた。
その一部始終を見ていた斑模様の連中は、砂塵を巻き上げすごいス
ピードで台車のような物ごと去っていく。仲間見捨てんのかよ。と
思う美鈴だが、とりあえず去っていった事に安堵した。
﹁咲夜さん⋮⋮⋮⋮どうしますこの二人?﹂
﹁お嬢様は、一人分の血しか吸わないわ。妹様のおもちゃにでもし
ましょう﹂
﹁妹様、ねぇ⋮⋮⋮⋮﹂
何か言いたげな美鈴を無視し、咲夜は蓮子を連れていく。美鈴も、
それに追従して、斑模様の服の二人を担ぐと、館の中に入っていく
のだった。
113
お姉様ッ!!﹂
吸血鬼の思い、自衛隊の動き。
﹁お姉様ッ!!
地下室は嫌ッ!!﹂
目の前で騒ぐな。うるさい。
﹁地下室は嫌ッ!!
どうしてッ!?
狂ったように叫ばないでよ。頭に響くじゃない。
﹁嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ッ!!
!?﹂
ねえどうして!
説明する時間が惜しい。一刻も早くこの狂ったヤツから離れたい。
でも、黙るなら時間なんて安いものか。
﹁貴女は此処にいてはいけないの。ハッキリ言って邪魔なのよ。ど
うしてだと思う?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
先ほどまでの行為が嘘のように押し黙る⋮⋮⋮⋮都合が悪いとすぐ
黙るのね。
﹁⋮⋮⋮⋮あんなに騒いでたのに⋮⋮⋮⋮はあ⋮⋮⋮⋮ま、黙って
くれるならどうでもいいわ。早く地下室にぶちこみなさい﹂
﹁や、辞めてッ!!来ないでよ!!﹂
114
アンタ、その能力で今まで何人の妖怪、人間、メイドを
近付いた妖精メイドが一人、また一人グシャグシャに潰されていく。
﹁いい?
殺してきたの?﹂
﹁来るな来るな来るな来るな来るな!!﹂
私の話なんて聞いちゃいない。お構い無しって所かしら。仕方がな
い。
﹁⋮⋮⋮いい、話を聞きなさい。フラン?﹂
腹部に一発だけ、パンチを打ち込む。
﹁⋮⋮⋮⋮うあ⋮⋮⋮⋮痛い⋮⋮⋮⋮がッ⋮⋮⋮あ、あ⋮⋮⋮﹂
みぞおち
痛みと鳩尾に入った時の独特の感触で立つことも覚束なくなったの
か﹁フラン﹂と呼ばれた少女はしゃがみ込んだ。
﹁いい、話を聞きなさい。フラン﹂
﹁ハ、ハイ⋮⋮⋮⋮聞きます。聞きますから殴らないでください⋮
⋮⋮⋮﹂
子犬のように震え怯えるフランを見て抵抗の意思なしと判断したの
か、挙げかけていた拳を下げる。
﹁アンタが持っている能力を答えなさい﹂
115
﹁⋮⋮⋮⋮手でこうやっただけで⋮⋮⋮⋮﹂
フランは、右手を使いジャンケンのパーをつくる。続けてその手を
握りしめる。
間髪いれずにフランの背後のレンガの壁が砕けた。レンガはひとつ
残らず粉々割れてしまい、原形を留めていない。
﹁⋮⋮⋮物が壊れてしまう能力です⋮⋮⋮⋮﹂
﹁そうね。それが能力と呼んでいいかどうかは別として、居るだけ
で物が壊れてしまうヤツなんて、そばにいてほしいと思う?﹂
その能力があるだけで迷惑なの。分かる?﹂
﹁思い⋮⋮⋮⋮ません⋮⋮⋮⋮﹂
﹁でしょう?
﹁ハイ⋮⋮⋮⋮分かります﹂
﹁流石私の妹ね。じゃあ、貴女が地下室に入らないといけない理由
も分かるわね?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ハイ﹂
それでも地下室に入ることに抵抗があるのか地下室通じる扉を開け
ようとしない。
﹁大丈夫。殺そうという訳じゃないから﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
116
フランはしばらく物言いたげな目でこちらを見つめていたが、やが
て諦めたのだろうか大人しく地下室に入っていった。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮はあ﹂
フランが入った後、私は扉の外付け鍵を閉めてため息をついた。
終わった。これで、私の親友や従者を壊される心配はない。
もう、従者を壊される心配はない。
もう、友人を壊される心配もない。
私の足枷は無くなった。
心なしか足が軽やかだ。
ふと、意識が逆転する感覚を感じた。
﹁⋮⋮⋮⋮ん⋮⋮⋮⋮ふぁ⋮⋮⋮⋮﹂
彼女は体の重さを感じた。続いて仮眠を取っていた事を思い出す。
温もりの残るベッドが眼前に広がっている。夢で見ていた光景は、
117
彼女にとってはあまり思い出したくない事だった。
お陰様で目覚めがだいぶ悪くなってしまった彼女は、メイドの咲夜
居るー!?﹂
に紅茶をいれてもらおうと思い、咲夜を呼んだ。
﹁咲夜ー!
もう一度呼んでみよう。
返事がない。普段なら一度呼べば来るものだが、今は出払って居る
のだろうか?
﹁咲夜ー?﹂
﹁御呼びですか、お嬢様?﹂
﹁うお⋮⋮⋮⋮いきなり現れたわね⋮⋮⋮⋮紅茶を淹れてくれるか
しら?﹂
﹁かしこまりました﹂
咲夜は深々と頭を下げると、部屋のドアから廊下へ出ていった。最
もすぐに戻ってくる筈なのであまり待たされる事はない。実際5分
たてば、
﹁失礼します﹂
と咲夜が部屋に入ってきたからだ。
咲夜は手馴れた手付きで紅茶を淹れ始める。それをしばらく見てい
たが、退屈になったのか﹁そういえば﹂と彼女は咲夜に遅れてきた
理由を問う事にした。
118
﹁ねえ、咲夜﹂
﹁何ですかお嬢様?﹂
﹁遅れてきた理由。いつもは一回でやって来るのに⋮⋮⋮⋮それに、
玄関の辺りが何か騒がしかった﹂
人間の血
﹁それが、お嬢様の夕食を調達していたら妙な連中が居ましてね﹂
﹁妙な連中?﹂
﹁濃緑の斑模様の洋服を来ていて、確か﹃リクジョウジエイタイ﹄
とか名乗っていました。多分、人里の者だと思いますが﹂
﹁﹃リクジョウジエイタイ﹄ね⋮⋮⋮⋮それで?﹂
﹁お嬢様の夕食用に捕まえた少女が﹃助けて欲しい﹄叫んだので、
口封じの為に男女一人ずつ拉致しました﹂
﹁⋮⋮⋮⋮へえ、そんなことが⋮⋮⋮⋮﹂
相変わらずの手際の良さと人間相手の躊躇の無さに感心を抱きつつ、
その二人とやらをどうするか考えてほしいと言われた。
﹁そうね⋮⋮⋮⋮フランのおもちゃにでもしてあげようかしら﹂
﹁⋮⋮⋮⋮妹様のですか?﹂
119
﹁そうね、フランは貴女以外の人間を見るのは初めてだろうからビ
ックリするかもね﹂
実際問題、彼女としてもそのような処置を考えるのは面倒臭いとい
うのが本音である。正直、昔に封印した気が触れているフランのこ
となんて別にどうでも良かった。
﹁成る程、いい考えですね﹂
そんな意図を察してるのかいないのか咲夜の感心したというような
表情を見た彼女の心の隅にちょっとした罪悪感が出来る。彼女は、
この霧はどれくらい、幻想郷を覆っている
それを振り払うように話題をすり替えた。
﹁そ、それより咲夜?
のかしら﹂
紅い霧の事である。一応、彼女はこの紅魔館の主。そして、この霧
を幻想郷に振り撒いた張本人でもあるからだ。ただし、力の加減を
誤ったのか霧を振り撒いた途端どうしようもない位の睡魔に襲われ
仮眠をとったというわけだ。
なんかスースーするん
﹁大体70%位でしょう。後、4時間ほどで完遂できます⋮⋮⋮⋮
⋮紅茶が入りましたよ﹂
﹁そう、ありがとう⋮⋮⋮⋮って何コレ?
だけど?﹂
﹁覚醒効果のあるハーブティーです。お目覚めには効きますよ﹂
﹁そう⋮⋮⋮⋮気が利くわね﹂
120
咲夜の細かい気遣いが出来る所が彼女は好きだった。昔、咲夜のよ
うなメイドがこの館にはいた。
しかし、情緒不安定なフランは
跡形もなく、壊してしまった。
だから閉じ込めた。
別に妹が嫌いな訳じゃない。
また、自分の大切なモノを壊されるのが怖かった。
﹁ねえ、咲夜⋮⋮⋮⋮﹂
﹁どうしましたお嬢様﹂
﹁⋮⋮⋮⋮いや、何でもないわ。下がって頂戴﹂
﹁⋮⋮⋮⋮わかりました。失礼します﹂
それだけ言うと、咲夜は部屋から去っていった。
自分以外誰もいない部屋で彼女は一人ため息を吐いた。
121
ヒトサンマルマル
ーDDH−182﹁いせ﹂FICー
﹁それで、この霧は何だ?﹂
﹁知りません﹂
﹁孤立した部隊からの情報は﹂
ヒトフタヨンマル
﹁1240の第3分隊定時報告、1300︵13時︶の4分隊から
の報告が最後です﹂
﹁⋮⋮⋮⋮はあ﹂
昨日から詰めている自衛隊の司令部要員は、皆疲弊していた。
二個分隊を偵察に出したはいいが、また発生した霧により瞬く間に
孤立。頼みの綱のOH−1も燃料と天候不良により緊急着艦。結果
的に身動きがとれなくなってしまったのだ。
それに1日も経つと誰が漏らしたのか異世界のような場所に出たと
いう情報が曹士に伝わり始め、説明を求める声も上がり始めている。
無論、状況を理解している幹部も同じような感じで、
むしろ部下からの質問攻めにあい各々イラついてる様子であった。
122
﹁どうすんだ、この状況⋮⋮⋮⋮﹂
﹁霧が晴れるのを待つしかありませんね﹂
異世界の天気なんて!!﹂
﹁それが何時かというのを知りたいんだよ!!﹂
﹁分かりませんよ!!
﹁おいバカ!!﹂
FICに詰めていた気象長から発せられた﹁異世界﹂という単語に、
状況を知らない曹士達が反応した。やっぱりという声や、不安や不
満を露にする声。やり場のない感情を口に出す。
﹁司令、やはり情報を開示すべきでは⋮⋮⋮⋮﹂
最上一佐の進言を北上司令は否定するでもなく、よい返事も出すわ
情報の提示はまだ⋮⋮⋮⋮!!﹂
けでなく暫く考え込んだ。そして、唐突にマイクをとった。
﹁司令!!
この動作を見た一部の幹部が慌てて止めに入る。が、北上司令はあ
っけらかんとした口調で答えた。
﹁どうせバレるのが早まるだけだ﹂
そして、
﹁派遣艦隊、並びに陸上自衛隊第一混成連隊の隊員に告ぐ。既に一
部の曹士の間で囁かれているように、我々は異世界の様な場所へ来
123
てしまった﹂
ざわめいていたFICを静寂が包み込む。もちろん、どの艦もどの
部隊も、同じような雰囲気に包まれる。
﹁だが、不安や不満を露にしても、状況は変わらない。それにまだ
帰れないと決まった訳じゃない。だが、現実の問題として、偵察に
出た二個分隊が行方不明になっている。最悪の事態を想定しなけれ
ばならないこともまた事実だ。もし、もしそのような事態に陥りそ
の時、混乱していれば勝ち目はないだろう。我々の仲間を救い、犠
そのとき
牲を抑えるためには、混乱なく、完璧な統制が必要なのだ。だから、
混乱なく普段通りに。尚且つ、来るであろう﹃有事﹄に備えて欲し
い。以上だ。業務に戻ってくれ﹂
さら
北上司令の長い演説が終わるのと、通信士がドアから飛び込んでく
第3分隊から緊急報告が!﹂
るのがほぼ同時であった。
﹁報告します!!
﹁何かあったのか!?﹂
﹁道を聞くために立ち寄った館の人間から攻撃を受けた!!
に霧島三等陸尉と守本二等陸曹、更に日本人と思われる民間人1名
が⋮⋮⋮⋮拉致⋮⋮⋮⋮されたとのことッ!!﹂
通信士の報告が最後の方でつまりかけたのは、こんな報告を読み上
正当防衛に限り12,7mm機関銃ま
げる羽目になるとは思えなかったからだろう。
﹁応戦はしなかったのか?
でなら発砲を許可した筈だ?﹂
124
﹁撤退の理由は、記録用カメラの映像を見てもらった方が早いとの
こと。データを送ってもらったので映像をモニターに出します!﹂
﹁ああ、頼む﹂
皆がモニターを注視する。FICのオペレーターがモニター画面に
操作を加えると、モニターに森の様な映像が表示された。
﹁いきますよ。音声のみになります﹂
再生された映像は、映画のワンシーンのようなものだった。東洋人
系と思われるメイド服を着た女性と霧島三尉らしき自衛官が会話し
ている。しかし、唐突に霧島三尉と守本二曹が銃を構えた。
問題はその次の瞬間である。
霧島三尉の眼前に、いきなり数十本のナイフが現れたのだ。霧島三
尉はそのままかわしきれず、足にナイフを受けてたおれこんでしま
う。
更に守本二曹ももう一人、こちらも東洋人系のチャイナ服の様な服
を着ている女性に格闘戦に持ち込まれ、気絶させられてしまった。
映像はそこで途切れた。映像を見ていた全員は、まさに開いた口が
塞がらないようだ。
﹁これ、本当の映像なのか?﹂
﹁ハイ⋮⋮⋮⋮つい5分前に送られてきた映像です﹂
125
自分の眼前にいきなりナイフが現れたら⋮⋮⋮⋮そして、それを目
の前で目撃してしまったのなら逃げてしまうだろう。FICにいる
全員がそういう結論にたどり着く。
﹁北上司令。民間人、及び自衛官の救出を進言します﹂
そう告げたのは、第二中隊中隊長の武田二佐である。それに第三中
隊長の龍田三佐が異を唱える。
相手方が交渉に引きずり込もうとし
でも交渉とかの線はないと思うぜ!
とりあえず前哨待機にとどめておいておい
﹁少し急ぎすぎやしないか?
ているのかもしれん。
た方が⋮⋮⋮⋮﹂
今の誰だ?﹂
﹁話は聞かせてもらった!!
!﹂
﹁え。おい?
魔理沙だ。多
というか見張りは!?
後ろを振り向くと、護衛艦のFICには場違いな魔法使いの様な衣
どうやって入った!?
装の少女が立っていた。魔理沙だ。
﹁オイコラ!!
それ以前に誰だ!?﹂
﹁見張りはこの霧の妖力で伸びてたぜ。名前は霧雨
分、そこのオッサンは知ってるだろ?﹂
そう武田二佐を指差した。龍田が﹁知っているのか?﹂と聞くと、
﹁﹁しもきた﹂の甲板に押し掛けた奴だな﹂と返した。
126
﹁さっき、妖力で伸びてたとか言ってたが、それはどういう事かな
?﹂
魔理沙を追い出そうとした海士を制止し、天野一佐が質問する。
魔理沙は温厚そうな彼の物腰に、敵意はないと悟ったのか素直に答
えてくれた。
﹁ん、分かりやすく言うとだな。妖怪が出す気迫みたいなもんだ。
良く、人前で発表とかするときに腹が痛くなったりするだろう?
あれはそういう力を持った妖怪の気迫に人間が耐えられなくなって
不調を起こすんだ﹂
この時点で数人は馬鹿馬鹿しいと思いかけたが、﹃ここは異世界、
こっちではそう言う事になっているのかもしれない﹄と、自分に言
い聞かせていた。
﹁つまり、強力な妖怪の気迫に望まずとも体が壊れてしまうってこ
とか⋮⋮⋮⋮﹂
とか分かったような口聞いている最上一佐も、脳内では全然理解し
てなかったりする。
﹁まあ、そう言う事だ。しっかしこんな霧で幻想郷を覆っちまうよ
うなレベルは初めてだな﹂
﹁目星は付いているのか?﹂
﹁ああ、あんたらの仲間がとらわれてる館だな。多分霊夢が先に向
127
という空気が広がる中、武田二佐が﹁あの巫女さ
かっているだろうな⋮⋮⋮⋮﹂
霊夢って誰だ?
んだな﹂と一人だけ合点がいっているようだ。
﹁運が良ければ、霊夢が取り返してくれるかも知れないぜ﹂
それを聞いた武田二佐は苦笑した。
条
﹁それはそれで都合悪いな。巫女さんから無駄に動かない様にと、
釘を刺されているんだ﹂
﹁都合悪いなら、⋮⋮⋮⋮私が取り持ってやらん事もないぜ?
件付きでな﹂
﹁ちょっと待ってくれ武田二佐。俺たちは無条件降伏の仲介を頼む
訳じゃないんだ。自衛隊を投入すれば奪還はすぐにでも⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁龍田三佐。自衛隊を投入するにしても、ここの住民からすれば領
内で紛争沙汰を起こす訳だ。俺達だって尖閣で台湾と中国でドンパ
チされてもいい気持ちはしないだろう﹂
若干不服そうな龍田三佐に対し、北上司令が援護射撃を加える。
﹁そうだな。仲介役は必要だ。我々は政治家じゃない。交渉だって
難航するだろうから﹂
魔理沙は条件を飲む事にまとまったと見たのか、満足げに条件を述
べた。
128
﹁じゃあ、条件を言うぜ!﹂
﹁取り計らおう﹂
が、魔理沙が告げた条件は意外と簡潔。というか、拍子抜けするく
らい簡単だった。
﹁行くんだったら私を連れてってくれ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮それだけか?﹂
﹁それだけだ。お前たちがどんな戦いをするか見てみたいんだ。そ
北上司令?﹂
れに、紅い館とやらも興味あるしな﹂
﹁わ、解った。大丈夫ですか?
﹁まあ、それくらいなら﹂
﹁ちょっと待ってくれ﹂
武田二佐が手をあげて言う。
﹁俺達がやったことについては口外してもいいが、どの部隊がやっ
たのかは内密にしてもらっていいか?﹂
﹁別に構わないぜ﹂
魔理沙が意外とあっさり食い下がったので、武田二佐は安堵の息を
吐いた。少し解せないような顔をしているのは、天野一佐だ。
129
﹁一体どうして部隊を秘密に?﹂
﹁今回は、私の管轄の第二中隊第210小隊、及び最前線にいる2
02中隊第3分隊に出てもらいます。第210中隊は所謂﹃S﹄の
部隊なんです﹂
﹁それって⋮⋮⋮⋮陸自の最高機密じゃないか⋮⋮⋮⋮﹂
﹁だからです。交渉役という特例での同行でも、最高機密をその他
に漏らされる訳にはいかないんです﹂
﹁だが何かあの子あっさり喋りそうな気が﹂
﹁その時は⋮⋮⋮⋮﹂
武田二佐は人差し指と親指で鉄砲を作ると、撃つ素振りを見せた。
﹁こうします﹂
それを見た天野一佐は、抜け目のないやつとでも言いたいのか、そ
こまでしなくてもと言いたいのか、乾いた笑いを浮かべるのだった。
130
紅魔館へ
霧のお陰か、森の見通しが悪いと霊夢は思った。
﹁この霧を出しているのは、湖畔の赤い館だ﹂
彼女に稽古をつけた事もある妖怪の賢者に言われ、今はその館に向
けて一直線に飛んでいる。一応神社で話を聞いていた魔理沙は途中
まで一緒にいたのだが、湖の方へ行ってしまった。
﹁︵そう言えば魔理沙は館の場所をしってるのかしら?︶﹂
霊夢自身、場所が解らずたまたま通り掛かったお菓子を持った妖怪
と妖精二人組から聞き出した。
因みにそいつらは館に人間を引き渡したとほざいたので丁寧にボコ
ボコにした後適当な大木に縄で縛り付けておいた。
湖には﹃自衛隊﹄とか言う緑の人達が居るが、昨日乗り込んで直々
に余計なことをするなと言い聞かせてあるので、変なことはしない
だろう。というか、しないで欲しい。
兎に角、霊夢は異変を解決するという巫女の仕事をこなす事を第一
に考えた。後の事はそれから考えれば良いからだ。
﹁⋮⋮⋮⋮見えてきたわね﹂
彼女の眼前に森の中にしてはやけに開けた場所が見えてきた。そこ
には趣味の悪い紅く、窓の少ない館がある。アレだ。
131
﹁趣味の悪い館。堂々門から入ってやろうかしら﹂
そう正門らしき場所を見下ろすと、中華系の服と帽子を被った女性
が立っていた。門番だろうか?
我々からすれば80年代辺りの香港映画のメイキングでジャッキー
が収録前にやっていそうな体操である。
カンフーや空手などの東洋の格闘術で使われそうな腕を伸ばし手首
をひねったり、腰ひねりからの足蹴りの練習を彼女はしていた。
霊夢は生まれてこのかた日本の山奥にある幻想郷から出たことも無
いのでカンフーは愚か中国の存在も知らないが、彼女が武術の使い
手、しかも相当な実力者であると見抜いた。
﹁⋮⋮⋮⋮アンタ、ここの門番?﹂
門番から距離を置いた場所に陣取り、霊夢は門番こと紅美鈴に言っ
た。
退治しようと思っ
しかも、思いっきり敵対する気満々の体勢である。
﹁名前を聞くときはまず自分からですよ﹂
はくれい・れいむ
﹁博麗霊夢よ、これでいい?﹂
ホン・メイリン
この霧出してんの?
﹁紅美鈴です。何かご用事で?﹂
﹁アンタの親玉でしょ?
132
て﹂
今ご主人様は立
最初こそにこやかに応じた美鈴だが﹁退治﹂と言う言葉を聞いた途
端、温厚そうな雰囲気は鳴りを潜め
、目付きが鋭く変わる。
﹁申し訳ありませんが、お引き取り願えますか?
て込んでおりますので﹂
会社の受付嬢の言い回しを彷彿とさせるオブラートに包んだ﹁帰れ﹂
発言に霊夢は臆するどころか、美鈴に対し毅然とした態度で言い放
つ。
﹁力ずくで突破するっていったら?﹂
その言葉を合図に両者が構える。霊夢はお祓いに使われる木の棒の
先に紙の飾りがついたお祓い棒を、美鈴は空手や柔道の構えに相当
するファイティングポーズを構える。
二人はお互いのポケットに手を突っ込み、カードとも御札にも見え
るキラリと光る手のひらサイズの厚紙を数枚取り出す。霊夢はその
厚紙を美鈴に見せると言った。
﹁これのルールは分かるかしら?﹂
我々から見ればカードゲームのレアカードの様に見えるそれは﹃ス
ペルカード﹄と言われるものである。
魔理沙が言っていた﹃あのルール﹄とは、これの事だったのだ。
133
妖怪と人間の力量の差を解消し、無駄な血を流さない。美しい弾幕
を放つセンスと、弾幕をよける体力が勝負が要求される戦い。
例えるならフィギアスケートの演技をしつつ、スピードスケートを
滑るようなものだろうか。
美鈴はコクりと頷く。そして、ファイティングポーズの左手を伸ば
し、指をクイクイと手前に曲げる。
挑発混じりの来い、というジェスチャーだ。
それを見た霊夢は半歩引き下がり構える。美鈴もそれに呼応するよ
うに半歩引き下がる。
静寂が場を包む。何気ない一呼吸が10秒以上の長さに感じられる。
﹁さて、行きますか⋮⋮⋮⋮﹂
ほうかけんらん
湖畔の波打つ音すら聞こえる静寂を破ったのは、
かふ
﹁スペルカード!!華符﹁芳華絢爛﹂!!﹂
美鈴だった。スペルカードの宣言とともに、彼女の周りに花の様な
編隊を組んだ弾幕がいくつか浮かび上がる。
先程の繰り返しになるが、スペルカードは実力はもちろん、美しさ
も問われるのだ。
だから、人によって花や星などをかたどった弾幕を放つ。
134
弾幕と言うだけあり霊夢へ向かう弾は濃密で、隙の無いように思え
た。が、霊夢は器用に迫ってくる右から迫る弾幕を左肩を掠めるよ
うに受け流し、その姿勢から上からの弾幕を前転の様な動きでかわ
していく。
弾幕を避けきった霊夢は、ホーミングアミュレットと呼ばれる御札
を投げつける。
ホーミングの名の通り相手を付け狙うそれを大量に放つ。
紙は投げればその場でヒラヒラと落っこちてしまうのが普通だが、
アミュレットは美鈴のもとへ一直線に飛んでいく。
﹁こなくそっ!!﹂
美鈴は忌々しげに吐き捨てると、飛来する大量の御札を回避しよう
とした。
が、ホーミング、つまり追尾式の御札は一度かわしても後ろから再
度アプローチしてくる。しかも器用に弾着にずれがあるので、かわ
すことが精一杯。1発、2発程度被弾したがこの量の多さからすれ
ば、むしろ1,2発程度で済んだことを喜ぶべきだろう。
御札が効力を失う頃には、もう美鈴はヘトヘトだった。
それは、眼前に迫った霊夢への反応が遅れることに繋がった。
﹁⋮⋮⋮⋮っ!?﹂
一瞬の遅れが美鈴の命取りへ繋がる。霊夢は、手を伸ばせそうな程
135
近くに迫っていた。
やられる。
むそうふういん
﹂
美鈴が思ったときには、霊夢はスペルカードを手に構えていた。
れいふ
﹁霊符、﹃夢想封印﹄!!
霊夢の高らかな宣言と同時に、美鈴の眼前にこれでもかと言う量の
弾幕が現れる。
美鈴は自分が勢いよく弾幕に撥ね飛ばされ、落下する感触を味わっ
た。
腰に激痛が走り、一瞬意識が飛びかけた。
しかし美鈴は霊夢に対し、してやったりと思っていた。罠に嵌める
ことに成功したのだから。
そんな美鈴をよそに霊夢は門を開けようとするが、思い上に︵当然
ではあるが︶内側から鍵か掛かっているとみると、門の上を飛び越
えようとした。
その仕草を見た美鈴が口端をそっと歪めたことに、霊夢は気付かな
かった。
飛び上がり、門の上を超えた。霊夢はそう思っていた。
が、門の上には結界が張ってあり侵入者を阻んでいた。しかも、触
れれば電撃の様なものが走る仕組みになっており思わず、
136
﹁⋮⋮⋮⋮痛ッ!?﹂
と悲鳴が上がる。
霊夢にはバランスを崩し、地面への落下コースに入った自分を下で
美鈴が迎え撃たんとスペルカードを構えているのが見える。
﹁︵ヤバい⋮⋮⋮⋮やられる!!︶﹂
思った時にはもう遅く、痛みと空中のため避けることが出来ない霊
夢は﹁神様っ!﹂と祈った。
巫女の祈りが神に通じたのかは解らない。が、霊夢は美鈴の遥か後
ろの森の中に何か光るものを見た。
ピカリと光るそれは、小さい火花の様だ。
その火花とほぼ同時に美鈴のスペルカードが手から弾き飛び、館の
外壁に小さな穴が開き、煙が上がった。
美鈴も、それを目撃した霊夢も目を見開いた。一体何が起こった?
考える間もなく地面に叩き付けられた。
とっかん
そして、﹁吶敢!﹂と言う叫び声と共に飛び出してきた魔理沙と、
﹃彼ら﹄に霊夢は只々呆然とするしか無かった。
137
混乱の幻想郷
数分前
﹁な、何だその格好は⋮⋮⋮⋮?﹂
魔理沙は呆然としていた。彼女の眼前には片上二曹や臨時で分隊長
テッパチ
を務める竹美准尉率いる第三分隊の面々が半長靴3型に迷彩服3型、
防弾チョッキ3型と言う3尽くしに88式鉄帽を装備している。
彼らは魔理沙を引き連れて合流した210中隊の隊員から受け取っ
ミニミ
た89式小銃に64式狙撃型、霧島二尉と守本二曹の武装である軽
機関銃と9mm機関拳銃の弾倉に弾薬を装填していた。
手際のよさに感心するがそれはどうでもいい。問題は、彼らが揃い
も揃って顔面が迷彩服と同じ斑状の色をしていることだ。
陸上自衛隊では所謂﹁ドーラン﹂と呼ばれるカモフラージュ用のフ
ェイスペイントである。各国の陸軍やそれに準ずる組織でもよく使
用されているし日本でも大手の化粧メーカーが納品しているため、
別に危険なものでは無い。
更に﹁S﹂こと特殊作戦群の隊員の殆どは保安上の理由から目出し
帽で顔面を覆っていて、これも魔理沙をドン引きさせた。
魔理沙からすれば理由はともかく顔面に絵の具を塗りたくったり、
目出し帽を被るという事は斬新すぎるようで説明を受けてもしばら
くは戦々恐々としていた。
138
きりゅう
自分を引き連れていた210小隊隊小隊長の桐生三佐をよく見ると、
ヘルメットに取り付いた彼らが﹃アンシソウチ﹄と呼んでいる物の
下に、顔に同じ様な斑模様が塗りたくられていた事に今さら気づい
た。しかも、別の隊員に﹁あの魔理沙って娘にも塗っとくか?﹂等
と話している。
それだけは嫌だと思い、若干距離を置こうと近くにいた片上に声を
かける。
﹁なあ⋮⋮⋮⋮片上⋮⋮⋮さんだっけか?﹂
﹁ん、そうだけど何か用?﹂
64式に部品脱落防止用の黒ビニールテープを巻きスコープサイト
を取り付けている片上に、魔理沙は少し意外な感情を抱いた。
﹁しもきた﹂に乗り込んだ際守本や第三分隊の面々達と話したのだ
が、守本と片上に正反対の印象を抱いたからだ。
守本を律儀な青年とするなら片上は少し服装を崩し、︵といっても
迷彩服の前を少し開き、インナーの白シャツが覗く程度︶早い話が
おちゃらけた様な印象を抱いていた。
﹁案外真面目だなと、﹂
こちらは何時でも行けますぜ!!﹂
﹁そりゃ隊長の命掛かってるからな⋮⋮⋮⋮よし、部品脱落、欠損
なし⋮⋮⋮と、准尉殿!!
それを聞き、桐生三佐と高機動車で打合せしていた竹美が顔を出す。
139
﹁よし。一応即席の地図を用意したから、暗視装置と共に其を配布
する。全員来てくれ﹂
1分と経たずに自衛官がワラワラと集まってきた。その様子を見て
いた桐生三佐が部下に地図を配らせながら話す。
﹁では、作戦を説明する。今回の攻略目標はあの館。目的は自衛官
2名及び民間人1名の奪還。現状確認できる戦力は、近接戦に長け
た歩哨2名。何故かメイド服と中華風の衣装だがな。脅威に変わり
はない。また、館の規模からして内部に歩哨がさらに存在する可能
性も捨てきれん。この状況では、以下に気付かれずに突入出来るか
が焦点だ。そこで、狙撃による制圧を敢行しようと思う﹂
そこまで言ったとき、片上が手を挙げる。
﹁という事は、自分の出番でありますか?﹂
その問いには、桐生三佐は説明の続行という形で返した。
うち
﹁いや、狙撃は特殊作戦群のスナイパーにやってもらう﹂
﹁そんな!!﹂
狙撃の準備をしていたことから、彼は狙撃に参加する気満々だった
のだろうか。悲鳴のような声をあげる片上に、竹美が突っ込んだ。
﹁片上。お前スポッターが正に捕まってるだろうが﹂
魔理沙含め数人がこらえきれなくなったのかフフッと笑った。
140
弁護の為に言っておくが、彼は分隊支援狙撃手としては優秀である。
64式狙撃型は確実に命中する距離が500mと言われているが、
片上は530mまでなら確実に命中させる腕前を持っている。彼の
自信は其を裏付けるだけの実力あってこそなのだ。
﹁説明は以上で良いかな?﹂
桐生の質問に全員が頷く。
﹁それじゃ、竹美の指示にしたがって位置につけ。5分後、行動に
移る。行動始め!!﹂
蜂の子を散らすように配置につく隊員たち。ヘルメットにJGVS
−V8型暗視装置をつけた第三分隊は特殊作戦群のスナイパーと共
に、館の門が見えるところへ移動した。
﹁暗いし霧でよく見えないぜ。よく館の門前ってわかるな﹂
と魔理沙が言った。それに対し竹美が﹁これ使え﹂と魔理沙にJG
VS−V3暗視装置を手渡した。
通常これは顔に紐で巻き付けるものだが、今回は紐を取り除いた双
眼鏡タイプを手渡した。
其を視界を覆うよう取り付ける。
﹁うわっ!?何だコレ!?﹂
魔理沙はいきなり暗闇を見渡せるようになり思わず呟いた。
141
﹁あまり声を出すな!
じっとしとろ﹂
JGVS−V3暗視装置は星や太陽光等の光を装置を介し増幅する。
この時増幅の効率や眼球への影響を減少させるため、緑色に変色さ
せられる。
文具店で売られている赤や緑色の透けていて向こう側が見える下敷
きを当てているような感じに考えてほしい。
﹁第三分隊、配置完了しました﹂
﹃HQ了解。待機せよ﹄
配置に付いた第三分隊の臨時隊長、竹美のインカムにも待機の指示
が入る。
隣にいる時津三曹が特殊作戦群の兵を見て呟いた。
﹁まるで機動隊だな⋮⋮⋮⋮﹂
暗視装置越しに見える特殊作戦群の装備は、防弾盾を持ったMP7
PDW
カー
装備の隊員と、M4カービンを装備した隊員がペアで待機している。
ビン
屋内突入時の近接戦に対応する個人防御火器とバックアップの短銃
床タイプのアサルトライフルが互いの死角をカバーする装備だ。
特殊作戦群のやり取りはコールサインで行われる。
﹃スナイパー配置完了。目標の歩哨を完全捕捉﹄
142
ジャブロー
﹃ブランリヴァルよりHQ。配置完了﹄
﹃アルビオンよりHQ。配置完了﹄
﹃サラブレッドよりHQ。配置完了﹄
﹃ペガサスよりHQ。配置完了﹄
﹃トロイホースよりHQ。配置完了﹄
﹃HQより各員。そのまま待機⋮⋮⋮⋮まだ撃つなよぉ⋮⋮⋮⋮﹄
準備万端の癖してじっとしている隊員達を魔理沙は疑問に思ったが、
コレが彼らの戦いかたなのだと納得することにした。
霖之助からなまじっか外の話を聞いていた分、彼らにたいしていち
いち疑問や興味を持っていたら頭がオーバーヒートしてしまいそう
だから。
そんな時、
﹁何だあれ?⋮⋮⋮⋮おい、あれ、霊夢って娘じゃないか!?﹂
﹁何!?﹂
魔理沙はあわてて暗視装置で館を見つめる。すると、
﹁霊夢だ⋮⋮⋮⋮﹂
緑色の視界の中でも後頭部の大きなリボンは確かに霊夢だった。ス
143
ペルカード戦をおっ始めているみたいだが、押され気味だ。
武器の八卦炉と箒を手に取ろうと後ろを振り向くと、竹美と片上が、
何ぼさっとしてんだ!?
早く撃てよ!!﹂
﹁何だありゃ?﹂と言うような顔をしている。
﹁おい!
時津が年期の入った声で思わず怒鳴ると、特殊作戦群のスナイパー
が返事を返す。
﹁目標が動いて⋮⋮⋮⋮照準がつけられない!!﹂
目標は霊夢と格闘に入ってしまい照準がつけられなくなってしまっ
た。
ジャブロー
﹃捕捉出来次第撃て!!⋮⋮⋮⋮こちらHQ。﹁いせ﹂HQ。只今
より戦闘を開始する。⋮⋮⋮⋮こちらHQ。﹁いせ﹂、応答された
し﹄
﹁いせ﹂は桐生三佐の無線に全く反応しない。
さすがに焦りが募る。口調が荒くなっていく。
おい!!⋮⋮⋮⋮クソっ﹄
撃ちます﹂
﹃おい、﹁いせ﹂応答してくれ!!
しかも狙撃手が、
待てコラ!!﹄
﹁目標動き止まりました!!
﹃おい!!
144
自衛隊に限らず軍隊は、上からの命令があるまで決して動いてはな
シビリアン・コントロール
らない。特に自衛隊のような自称﹁平和団体﹂の抗議がうるさいよ
うな国では文民統制の無視に繋がる独断行動はご法度だ。
桐生三佐は焦った。
しかし、狙撃手側も焦っていたようで、制止を待たず引き金を引い
てしまった。
M24ライフルの発砲音を合図に突撃せよと指示を受けていた第三
分隊の一部が動き出す。
ひえいだ
﹁多摩、比叡田、突撃します!!﹂
﹁ま、待て!!﹂
多摩が89式小銃のセレクターを﹁レ﹂にあわして小銃を三連射。
M24のそれとは違い、テンポの良い炸裂音が辺りに響く。
幸いガクビキ︵撃つ時に力が入り、身体が銃の反動を流せず逸れて
しまう事。腰だめや走り撃ちの際に発生しやすく、当然命中しない︶
により5,56mm弾は上へと逸れ、当たることはなかった。
霊夢と門番らしき歩哨は、何事かと目を見開いている。
とっかん
そこに格闘徽章持ちの比叡田、﹁吶敢﹂と叫び空飛ぶ箒で魔理沙が
突撃。遅れた特殊作戦群その他の隊員が銃を構えながら﹁投降しろ
!!﹂と徒党を組み参上する。
145
なるべく静かに素早くスマートに行こうとしていた桐生三佐の目論
見は、早くも崩れ去ったのだった。
ー人里ー
なにも知らないんですってば!!﹂
応答せよ﹄
地元の敵性勢力に囲まれまし
第二分隊!!
このおかしな霧はお前らの仕業だろ!!﹂
﹁だから、違います!
﹁嘘こけ!!
﹃こちら﹁いせ﹂HQ!
﹁こちら第二分隊伊勢二等陸尉!!
た!!どうぞ!!﹂
かたや人里で足止めを食らった伊勢二等陸尉指揮下の第二分隊は、
大分ヤバい状況におかれていた。
人里を包んだ赤い霧、妖怪が細工したのか何らかの毒性があるのか
知らないが、霧により体調不良を訴える人が後を絶たなかった。
人里の人々からすれば﹁疑わしきは罰せよ﹂の理論で自衛隊に対し
嫌疑を抱いてしまったのだ。
伊勢は一度人里に入ってしまったため、高機動車に置きっぱなしの
89式を取りに行くことが出来なかった。射程が精々50m、装弾
数9発。予備弾倉含め30発弱の9mm拳銃では自警団の包囲を突
146
破するのは不可能だし、今までの弁明が水の泡だ。
﹁どうする⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
忌々しげに自問自答する伊勢に、慧音が迫る。
﹁何か知っているなら、話した方が身のためだぞ﹂
先程までの何処か朗らかな印象は鳴りを潜め、背後に気迫と言うか、
オーラと言うか、逆らってはいけないような恐ろしい何かを纏って
いた。
せっつ
彼女は、伊勢に随伴していた摂津三曹の首をつかむと、見せしめと
言わんばかりにそのまま力任せに摂津を持ち上げたのだ。
﹁グッ⋮⋮⋮⋮ガッ⋮⋮⋮オエッ⋮⋮⋮⋮うあッ⋮⋮!﹂
﹁摂津!!﹂
摂津は足をじたばたさせているが、慧音は全く動じるどころか、摂
津の首を支点に振り子のように揺すったのである。
片腕で。
慧音は顔がどんどんピンク色になっていく摂津から、パッと手を離
す。
その衝撃で摂津は床に転がり、勢いよく咳き込んだ。
只々唖然としている伊勢に、慧音はもう一度言い放つ。
147
﹁本当に何も知らないんだな?﹂
蛇のような視線を投げつける慧音に伊勢は全く動じずに答えた。
﹁ああ。知らないね﹂
思わず慧音は、﹁ううむ﹂と唸ってしまった。
ここまでやって動揺しないなら、本当に知らないんじゃ⋮⋮⋮⋮?
冷静に考えてみれば、わざわざこんな霧を撒いておいて、人里に突
っ込んでくる理由がわからない。
考えてみれば、その考える時間に比例して矛盾、不可解な点が浮か
び上がる。まさか、とんでもない思い違いをしたんじゃ⋮⋮⋮⋮。
若干冷や汗をかく慧音の耳に、叫び声が響いた。
長老の娘さんが!!﹂
叫び声の主は、蕎麦屋の女将さんだった。
﹁け、慧音さん。大変だよ!
﹁何!﹂
しばらくのち、担架によって20代後半程度の長老の娘が搬送され
てきた。腹がぼってりと膨れているところを見ると妊婦。しかも臨
月のようだ。
白い担架の布場りが黄色く変色しており、胃酸の独特な臭いが鼻に
148
つく。
﹁この霧のせいで、弱っていたからね。臨月だから、早く赤子を生
最悪ここでも!!﹂
まないと。娘と一緒に御陀仏だ!!﹂
﹁何てこった⋮⋮⋮⋮産婆さん!
﹁無理だ、霧の毒にやられちまう!!﹂
﹁くっそ、何か手段は!?﹂
やけくそに慧音は地面を蹴り飛ばす。周りにあきらめムードが広が
るなか、伊勢は﹁もしかすれば﹂と、前置きを添えて言った。
﹁俺たちの本部なら、出産出来るかもしれません﹂
慧音や長老が、﹁本当か!?﹂と声をあげるが、直ぐに気を取り直
し言う。
﹁あなた方には異変の首謀の疑いがある。それを差し引いても、部
外者という人間に任せられるとでも?﹂
それを筆頭に数人が罵言雑言を投げつける。
伊勢は、それに毅然と言い返す。
出産途中で産婆が倒れ
じゃあ、俺がここに残る。俺たちの本部が不
﹁では、ここで毒霧に呻きながら産むか?
ないという保証は?
アンタ俺達が霧と関係ないって気付いてんだろ?﹂
満なら、私刑だろうが血祭りにしようが構わないさ。慧音さんと言
ったけ?
149
﹁なっ⋮⋮⋮⋮﹂
こいつら
﹁摂津締め上げるまでは俺達が犯人だ間違いねぇって口調だっだが、
﹃首謀の疑い﹄に格下げしたのは誰かさんかな?﹂
しばらく伊勢と慧音の間にピリピリした空気が漂っていたが、慧音
が両手で降参だと言うジェスチャーを作った。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮解った解った。んで、﹃俺達の本部﹄とやらは何処だ
?﹂
﹁湖だ﹂
﹁ハア!?﹂
慧音は期待したのがバカだったかと呟いた。霧の湖まではどんなに
早く走っても半刻︵約1時間︶はかかる。それも、妊婦を抱えて歩
くのならその倍。今は視界が夜間同然なので妖怪との遭遇の危険性
や遭難のリスクエトセトラを加算すれば、2刻半︵約5時間︶はか
かるだろう。
﹁どんなに急いでも、間に合わない。どれくらい掛かるのか知って
いるだろう?﹂
それが率直な感想だった。しかし、彼らは、
﹁四半刻︵約30分︶あれば行けますよ﹂
等とのたまう。
150
慧音は、失望と怒りが混ざった溜め息を吐いた。なんだ、こいつら
は只のホラ吹きか、と言う失望。子供におちょくられたような侮辱
感。なにより、目の前で人が嘔吐し、陣痛に苦しんでいる状況で平
然と嘘をつける図太さへの怒り、苛立ち。
﹁ふざけるなよ⋮⋮⋮⋮おちょくるのもいい加減にしろよ。少しは
危機感持てよ。空気を読めよ。赤の他人の危機なら嘘ついて良いと
思ってるのか⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁悪いな、こっちは大真面目だ﹂
へえ⋮⋮⋮⋮⋮﹂
慧音の中で何かが切れた。理性か、感情か、血管か。目の前の﹁イ
竜神様でも召喚できるのか?
セ﹂と言う男を殴らないと気がすまなかった。
﹁じゃあなんだ?
口調は冷静でも、自分が手を彼にあげかけても、それを見て顔色一
つ変えない伊勢に今度こそ何かが切れた。
﹁ホラ吹きも大概にしろッ!!!﹂
弾けるような音で、伊勢の左頬に赤アザを作る。
これで少しは懲りるだろうか。
しかし、伊勢の言動は彼女の斜めはるか上を言った。
ホーク
﹁竜神様はむりでも、鷲なら呼べますよ﹂
151
思考停止で唖然とする慧音をよそに、伊勢は現況報告を呼び掛ける
﹁いせ﹂に連絡を取るべく、無線のプレストークスイッチを押した。
152
浮かぶ疑問
魔理沙は思った。これ以上カオスな光景はそうそう見れるものでは
ないと。
向かって右側では、自衛隊が取り押さえた門番こと紅美鈴を比叡田
じゃないともう少しお話しに付き合
拷問
が間接固めで拘束し、館を覆う結界の解除を強要している。
﹁そろそろ解いてくれない?
解きます、解きますから!!結界解きます
ってもらわなくちゃならないの﹂
﹁わ、解りました!!
から!!﹂
かたや霊夢がイライラ全開で自衛官に難癖をつけている。本人は余
あーもう!!イライ
計なことをするなと話した筈だが余計なことをしてしまったのだか
何で仕事増やすのよ!!
ら、自衛官への罵倒もわかる。
﹁あー!もう!!
ラする!!﹂
問題は目出し帽姿のごつい男がペコペコと平謝りしているところだ。
そのギャップがなんとも言えない笑いを込み上げさせる。
てかど
作戦はチームプレーだ。独断行動
お前どこの教育隊で何を学んだんだ!?
﹁誰が突入して良いつった!?
するなって!!
さんそうきょう
この教育隊だ!?帰ったらクレームいれてやらぁ!!﹂
いたづま
﹁い、板妻の”山走狂”です⋮⋮⋮⋮﹂
153
︵静岡県の板妻駐屯地の第三陸曹教育隊。訓練で富士山麓の演習場
上手くねぇんだよ!!﹂
を狂ったように走り回るため、略の三曹教とかけて﹁山走狂﹂と呼
ばれる︶
﹁山走狂だけに先走りましたってか?
更にその隣では先走って突入した多摩が竹美からお説教を受けてい
る。途中から一人漫才になり始めているのは気のせいだろうか。
魔理沙や手持ちぶさたな自衛官は、暫く聞くに耐えない罵声と悲鳴
を聞いていた。
その内霊夢は気がすんだのか自衛官たちに向けて言った。
﹁まあ、来ちゃったものは仕方ないわね。あんたら居なかったらヤ
バかったし。良いわ。このままついてきて⋮⋮⋮⋮⋮痛っ⋮⋮⋮な
にこれ?﹂
霊夢は、先程の美鈴との格闘戦の際、体に幾つか生傷を作っていた。
少し出血しているので、衛生担当の隊員が消毒液を塗った包帯を巻
いて応急措置をしている。
﹁消毒液だ。少し滲みるだろうが擦り傷にはよく効くんだ﹂
﹁少しどころじゃないわよ⋮⋮⋮⋮うぅ﹂
目に涙を浮かべている霊夢を、桐生三佐は複雑な表情で眺めていた
が、ふとした疑問が浮かぶ。
﹁なあ、何で負傷してまであの門番を倒そうとしたんだ?﹂
154
桐生三佐の問いに霊夢は﹁何を聞くのか﹂と言うような顔をして言
い放った。
わたし
﹁異変解決妖怪退治。それが巫女の仕事だもの。当然でしょ﹂
桐生三佐は少しの間唖然としていた。しかし、すぐにやるべき事を
思いだす。通信士への愚痴を兼ねた報告を送るため無線を取った。
ジャブロー
﹁こちらHQ。﹁いせ﹂HQ、応答願います﹂
ふくそう
﹃こちら﹁いせ﹂HQ。最上一佐だ。先程は無線輻輳︵回線がパン
クする事︶のため無線に出れなかった。済まないな﹄
﹁大丈夫です司令。我が隊は目標の入り口です。歩哨は制圧しまし
た﹂
﹃了解。一応聞いておくが、こっちから仕掛けちゃったパターンか
?﹄
﹁いえ、第三者保護のために攻撃をしたものであります。先程の輻
輳で無線が通じないため、独自判断で撃ちました﹂
無線不調の混乱でバカがテンパって撃ちました。なんて言えるわけ
がないのでそれっぽい方便を挙げておく。
と、無線の向こうで暫く物音がした。そして会話が再開される。
﹃桐生三佐。北上だ。俺達がどのような立場にいるか解るか?﹄
155
﹁はい?﹂
声の主が変わった上、脈拍のない質問をぶつけられ戸惑う桐生三佐。
﹃ここが俺たちの現代日本じゃないことは確かだと知っているよな
?﹄
﹁ええ﹂
﹃ここが日本でない以上、出動時の厄介事を避けるため自衛隊と目
標、そして特例で同行を許可した霧雨魔理沙のみの問題で済ませる
ようにとブリーフィングでいったはずだ﹄
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹃特殊作戦群は命令を無視してまで第三者を巻き込んだ。しかも、
おいそれと保護してしまったわけだ﹄
﹁司令﹂
﹁なんだ?﹂と無線越しにため息をつく北上司令。それを聞いた桐
生三佐は呟くように言った。
﹁我々は、2名の捕虜を取られている状態であります。それでも、
﹁守りに徹せよ﹂と仰るつもりですか?﹂
専守防衛
桐生三佐は、おそらく北上司令が﹁変なことに首突っ込むな。先に
仕掛けるな。自衛隊の理念を守れ﹂と言いたいのだと悟った。
156
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
答えは、肯定の意を含んだ沈黙。
それが納得いかなかった。平時ならまだしも、訳のわからぬ土地で、
仲間が拐われ、そして出動命令が出ているなら専守防衛のルールも
留意されているはずだ。後先考えず出動命令を出す将官など居るわ
けがない。
ギリギリのルール
﹁我々の先人が60年間貫いてきた専守防衛は守るつもりです。で
すが、今そこにある危機を見過ごす為のルールではないはずです﹂
霊夢が良い例だった。先程も上げたが彼女は美鈴に格闘に持ち込ま
れ生傷を作っている。もし狙撃手や多摩、比叡田が美鈴を引き付け
なければ霊夢は回避もままならずで袋叩きに会う可能性があった。
﹁我々が接触した現地人は博麗霊夢でした﹂
﹃知っているさ。﹁いせ﹂の甲板で吹き飛ばされ掛けたとき見かけ
たよ﹄
﹁彼女は、このような異変解決の仕事をしているそうです。我々が
展開したさい、彼女は門番の歩哨と戦闘状態にあり、負傷していま
した﹂
﹃なに?﹄
自衛官を昏倒させた蹴りや殴打を食らえば華奢な体つきの霊夢への
被害は計り知れない。
157
もちろん北上がこちらの戦闘をリアルタイムで把握しているわけで
はないしどんな形であれ報告を怠ったこちらの責任だが、それでも、
納得がいかなかった。
霊夢は自分達のような武器を持っているわけでもなく、ましてや数
任せのごり押しをするまでもなく、自分の負傷を顧みず職務を遂行
射程、物理どちらでも相手を圧倒で
したわけだ。己の身体一つで。
それに比べ自分達はどうか?
きるはずなのに、自分の部隊に危機が及ばなければ警告もままなら
ない。
そんな役立たずになりたくはなかった。それが、国や上官に忠誠を
誓うよう言われた特殊作戦群の彼に少しの反抗心を生んだ。
﹁確かに彼女は我々が守る対象出もなければ部下でも自衛官でもあ
りません。ですが負傷してまで職務を全うしていました。これって、
自衛隊に似てません?﹂
﹃⋮⋮⋮⋮﹄
﹁自衛隊の理念は専守防衛だけじゃありませんよね?命を懸けて。
時には投げ売って国民を守ることのはずです。必要なら命令無視だ
ってしても良いはずです﹂
﹃⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹄
﹁この一混連︵第一混成連隊︶のマークの武士道の文字だってそこ
から来ている筈です﹂
158
言うべき事は言った。そう思い無線を切ると、桐生三佐は回りの自
衛官に指示を飛ばす。
その為にどんな手段を使っても構わ
これより我が隊は敵のホームスタジアムに突入す
絶対に助け出すぞ!!
﹁各員聞け!!
る!
ん!﹂
﹁﹁了解!﹂﹂
力強く返事を返す隊員たち。
何やら面白くなってきたなと思った魔理沙だが、あれ、と疑問が浮
かんだ。
﹁ところで⋮⋮⋮⋮どうやって入るんだ?﹂
﹁これを使うのさ﹂
そう言って隊員の一人が取り出したのは、鉄の棒と灰色のレンガ状
の物体だった。チーズのような甘い臭いを発するレンガには、薄い
黄色のシールが張ってある。そこにはマジックペンで﹁ドア破砕用
C4爆薬﹂と表記してあった。
ー﹁いせ﹂FICー
159
﹁参ったな⋮⋮⋮⋮﹂
北上司令はガリガリと頭を掻いた。隣では最上一佐が苦笑している。
実は北上司令が釘を差そうとしたのにはちゃんとした理由がある。
現在守本と霧島を救助するために出動している210小隊は﹁自衛
隊法第83条の2自主派遣﹂。そして﹁自衛隊法第83条の3近傍
出動﹂と呼ばれる自衛官、及びその近辺での﹁災害派遣﹂名目であ
る。
自主派遣は、自衛隊が上層部からの災害派遣命令の伝達が不可能と
判断した場合︵各都道府県の知事や政府と連絡がとれない場合など︶
に、独自権限で出動可能な﹁裏技﹂である。
通常、自衛隊の武器使用は政府決定を待つ必要があるが、それは内
乱や暴動、テロに対する治安出動や大規模な侵略行為に対する防衛
出動の場合のみ。災害派遣なら秩序の維持や、獣害に対処する名目
で陸上自衛隊の武器使用は駐屯地司令たる二等陸佐以上の権限で発
令できるのだ。︵実際に空自の戦闘機が獣害対処として動物にM6
1バルカン砲を使用した例がある︶当然陸海混成部隊の最高指揮官
である北上司令や連隊長の最上一佐なら発令できる。
つまり、自衛隊員に危険が迫っているし、上層部からの連絡が途絶
えているので止むを得ず自主派遣。さらに自衛官への攻撃行動が予
想されたため護身名目の武器の携帯。予想が的中したためやむを得
ずを行ったのだ。
しかし関係ない第三者支援のため自衛隊が武器をしようしたとなれ
160
ばつじつまが合わない。
自衛隊法のグレーゾーンを突いた裏技を使っている以上余計なこと
は避けてほしいのが北上司令の本音であった。
﹁余計な事をするなと口を出すつもりが言いくるめられちゃって、
まあ﹂
﹁うるさいなぁ。まあ、ああは言っているが精鋭揃いの特殊作戦群。
余計なことはしないと信じたいな﹂
北上司令の言葉に最上一佐は自身をもった表情で返す。
﹁うちの部下を信頼してもらわないと﹂
﹁まあ。それもそうかな⋮⋮⋮⋮﹂
FICの空気が若干なごんだ時、今度は人里の伊勢から無線が入っ
た。
﹃﹁いせ﹂HQ。こちら伊勢です﹄
﹁こちら最上。おう、伊勢か。どうした?﹂
﹃実はですね⋮⋮⋮⋮﹄
伊勢から説明されたのは、人里で霧の毒性の影響により数名が意識
不明状態であること。うち一人が早産により出産しかけていること。
産婆さん曰く、このままでは妊婦は確実にお陀仏であり、ちゃんと
した医療施設への搬送が必要であることだった。
161
﹁産婆さんじゃ駄目なのか?﹂
﹃ええ、匙を投げています。ですから災害派遣としてヘリによる救
急搬送を具申します﹄
ブラックホーク
﹁UH−60JAは出すのに時間ががかる﹂
陸上での使用が想定されているUH−60シリーズはスペース確保
のためローター軸からプロペラを外してある。それを取り付け点検
し、となれば最小一時間はかかるだろう。
ロクマル
﹃同じ60でもシーホークの方をお願いできますか?﹄
﹁だってさ北上司令。どうする?﹂
一部始終を聞いていた北上司令は、霧の影響でグロッキーになって
いる乗組員達に、﹁SH一機あげるのにどれくらい掛かる?﹂と質
問した。﹁約10分です!﹂と体調不良者の収容にあたっていた整
備の海曹が返す。
北上司令は、﹁動ける整備員を総動員しろ!!8分でやれ!!﹂と
怒号を飛ばして言った。そしてマイクをとり、
﹁飛行隊員は直ちに格納庫に出頭!﹂
と。
﹁さっきまでとは大違いだな﹂
と笑みを浮かべる最上一佐に対し、一瞥するように苦笑すると、格
162
納庫へ駆け出していった。
163
地下室の吸血鬼
﹁妹様。起きてますか?﹂
咲夜だ。
﹁起きてるよ。咲夜﹂
もう何年間も繰り返した会話。メイドの咲夜は、声を聞いたことは
何回もあるけれど。容姿は全くわからない。最もアッチは寝ている
ときに掃除やらで入ってきているらしいけれど。
固く閉じた扉の片隅の小窓から食事や飲み物が運び込まれる。
私に姿を見られないようにしているのは多分御姉様の入れ知恵だろ
う。
﹁食事と、お飲物をお持ちしました﹂
﹁ありがと。適当に置いといて﹂
﹁それと、お嬢様からプレゼントを預かっています﹂
﹁へっ?﹂
プレゼントと言う単語におもわず変な声が出る。
だったりして。
でもお姉さまの事だ。プレゼント箱の中に爆薬が仕込んであって、
開けた瞬間ドカン!
164
⋮⋮⋮⋮それも悪くないかな。
私が495年前に、何をしたか分かっている。だからこんな狭い地
下室に入れられて、一人ぼっちで過ごしてるんだ。
最初は罰を受けることが嫌だった。最初の1年でそうじゃなくなり
次の10年は猛省し残りの484年は自己嫌悪と退屈なオモチャ遊
びで過ごしてきた。
ハッキリ言って苦痛だった。本で人間が60余りで死んでしまうこ
とを知った時はなんて羨ましいんだろうと思ったこともある。
もう、許してくれたって良いじゃない。そう考えるのも私には禁じ
られているのだろうか?
当たり前だ。この力を制御できたつもりでも、またあの時みたいに
暴走しない保証はないのだから。
﹁それじゃ、ちょっと入りますよ。といっても時間を止めますから﹂
﹁あ、うん⋮⋮⋮⋮﹂
咲夜は時を止めることが出来るんだっけか。
﹁咲夜の能力ってさ便利そうだよね。私の能力何か違って。人の役
に立てるんだから﹂
﹁⋮⋮⋮⋮そうでしょうか?﹂
165
﹁うん。だって、私みたいにイタズラに物を壊したり、人や動物を
殺してしまわないんだもん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮私の能力も、人間の街では化け物扱いでした﹂
﹁え?﹂
﹁でも今はお嬢様に必要とされています。ですから、妹様の能力も
お嬢様や私達から見れば悪魔そのものかも知れません。けれど、妹
様を受け入れてくれる存在が現れるはず。現に私は妹様と世話話し
ているじゃないですか。私は会話をすることしかできませんが、妹
様にきっとちゃんと向き合ってくれる。そんな方に巡り会うには信
じ続けることが大事だと思います﹂
﹁つまり﹃信じる者は救われる﹄って事?﹂
﹁あっ。そうなりますね。的確な表現です﹂
一言でまとめられることに気づいた咲夜が苦笑混じりに返す。
﹁でもそれって元は聖書の﹃主イエスを信じなさい、そうすればあ
なたもあなたの家族も救われます﹄って台詞でしょう?悪魔の妹が
神様信じちゃ世話ないわよ﹂
﹁物知りですね﹂
﹁伊達に500年近く生きてないわよ﹂
扉の向こうの見えない従者。そんな咲夜とこんな会話をしたのは多
166
分はじめて。なぜか気分がよい。別にどうってことない会話が新鮮
に感じる。
﹁それじゃあ、プレゼントを渡したら。戻りますね﹂
﹁うん!﹂
直後、バダバタと言う爆音と共に部屋に現れたのは、
﹁うっそ⋮⋮⋮⋮これって⋮⋮⋮﹂
そこには、斑模様の服に身を包んだ男女が横たわっていた。
﹁う、ううん⋮⋮⋮⋮?﹂
守本の意識は、テレビのスイッチが入ったように目覚めた。といっ
ても目をつぶっているので視界はまだ黒いまま。
若干その姿勢のまま自分の置かれている状況を思い出す。
167
気絶していたのでつい先程かどうかは分からないが少女が拐われそ
うになって、それで犯人らしき奴と戦闘になって蹴っ飛ばされて⋮
⋮⋮⋮それで気絶したのだろうか。
とりあえず周りの状況確認だ。
そう思い目を開く。
すると守本の視界には天井と、赤く塗られた壁。そして熊のぬいぐ
るみや積み木、木で出来た汽車の玩具が目に入った。
︵子供部屋⋮⋮⋮⋮?︶
にしては少し広い気がする。
そのまま視線を巡らしていくと、こちらをじっと見つめている金髪
の少女と目が合った。
﹁あ、起きた。ご機嫌いかが?﹂
大混乱の守本にまるで知り合いのような態度で接する少女。アニメ
のお嬢様の様にペコリとスカートの端を摘まんでお辞儀する。
顔には笑みを浮かべて、口から小さな八重歯を覗かせていた。
﹁貴方の知り合いが、あそこで倒れている見たいだけど﹂
﹁え?﹂
彼女が指を指す先には霧島三尉が倒れていた。
168
﹁霧島三尉!﹂
駆け寄って声を掛ける。応答はない。
揺すって起こそうと体に手を掛けるが迷彩服の布地の感触とは違う、
ヌメりとしたものに触れる。しかも生臭い。
﹁うわぁ⋮⋮⋮⋮﹂
思わずそんな声が出てしまう。霧島三尉は、太ももの辺りに切り傷
を作っていた。そこから出血していたのである。
おそらく格闘戦の時ナイフで切られたのだろう。
﹁止血⋮⋮⋮⋮しなくちゃな⋮⋮⋮﹂
止血と言っても守本は衛生担当兵ではないため道具もないし人工呼
吸と心臓マッサージ位しか出来ない。
傷口を塞ごうにも包帯や絆創膏の持ち合わせもない。
何か使える布は無いか。一瞬考えた後、そこにいる少女に話を聞こ
何かハンカチかタオルみたいなもの、ない?﹂
うという結論に辿り着いた。何せ他に手段がないのだから。
﹁ねぇ、君?
処置に悩む守本を興味深そうに見ていた少女だったがまさか自分に
話を振られるとは思っていなかったようで、少し驚きつつ﹁無い﹂
と首を振った。
169
﹁この際、それなりなサイズの布があれば⋮⋮⋮⋮﹂
もう一度ぐるりと部屋を見渡す。何か使えそうな布⋮⋮⋮⋮。と、
と
少女の服装が目に入った。赤い服に胸元の黄色いスカーフがアクセ
ントになっている。
﹁そうだ!﹂
それちょっとかして!!﹂
思い付いた。と言わんばかりに手を叩く守本。
﹁ねぇ、君の黄色いスカーフ!
そう守本が叫ぶと、少女は胸元のスカーフを摘まんで、これ?
ジェスチャーをした。
﹁そう。それ!!﹂
守本は少女が服から取ったスカーフを引ったくるように手に取ると、
それを霧島三尉の傷口に当てる。
そのままスカーフの端を脚の裏に回し、きつく縛る。
﹁これでよし⋮⋮⋮⋮﹂
勢いから出血しているのは静脈だろう。
一応血管に圧力がかかるように巻いたのでしばらく出血はあるが、
そのうち止まるだろうか。
一息付くと、先ほどから何回も目に入っている少女の事を思い出す。
170
﹁ああ、ゴメンね。スカーフ⋮⋮⋮⋮えっと⋮⋮⋮⋮﹂
﹁フランドール。フランドール・スカーレット。長いからフランで
いいや。貴方は﹂
冬樹!﹂
﹁守本。守本冬樹﹂
﹁よろしく!
﹁あ、ああ。フランちゃん。色々と聞きたいことがあるんだけれど
?﹂
何で俺たちここにいるの?
まず、ここは紅魔
んで他の自衛官はど
赤の他人︵しかも見た目幼女︶呼び捨ては若干憚られるので、ちゃ
んを付ける。
﹁うん?﹂
﹁ここはどこ?
こ?﹂
﹁えっと⋮⋮⋮⋮どれから答えれば良いかな?
館。それでここはその地下室で私のお部屋。貴方たちは咲夜が運ん
できた。貴方とそこの﹁オバサン﹂以外は見てない﹂
﹁⋮⋮⋮⋮咲夜?﹂
守本はとりあえず分かる単語を聞き返していく。
﹁うちのメイドよ﹂
171
メイド、と聞いて連想するのはあの銀髪ナイフ使いである。正直辛
酸をなめるどころかがぶ飲みさせられた。
﹁それって、もしかして若い銀髪の娘?﹂
﹁多分。⋮⋮⋮⋮姿見たことないけれど﹂
﹁見たことない?﹂
お家騒動には
﹁私、お姉さまに厄介者扱いされて、それでここに閉じ込められて
るんだ⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ふうん⋮⋮⋮⋮﹂
厄介者扱いで閉じ込めるって、どこのおとぎ話だ?
余り首を突っ込みたくない守本だ。
︵とはいえ、屋敷の厄介者か⋮⋮⋮⋮もしかしたら利用出来るかも
なあ⋮⋮⋮⋮どちらにせよここから脱出しなきゃいけねーし︶
﹁何か卑しい事考えてない?﹂
﹁別にぃ⋮⋮⋮⋮ちょっと霧島三尉起こしても良いかな?﹂
﹁キリシマサンイ?﹂
﹁さっきスカーフを巻いた、あそこの女性だよ﹂
そういうと守本は、スカーフと皮膚の隙間から水筒の水を数滴垂ら
172
す。
﹁痛あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!﹂
そんな大声と共に霧島三尉が飛び起きた。
︱しばらく後︱
﹁ふうん⋮⋮⋮⋮そういう事情があったのね﹂
フランは嬉々としてティーカップに紅茶を注いでいる。本人いわく、
﹁紅茶くらいなら振舞ったげる﹂と言われたので、身動きの取れそ
うにないそれに甘えている。
そんなに向けて同情のこもった視線を向けるのは霧島三尉だ。
﹁⋮⋮⋮⋮分隊長。どうします?これから?﹂
守本は目に涙を貯めて左頬に赤い跡ができている。
誰によって作られたかは言うまでもあるまい。
﹁どうもこうも、ここから出るに決まってるじゃないの﹂
173
﹁そうじゃなくて、フランの方です。見たところ人間じゃありませ
んよ、あれは﹂
フランは金髪の髪に真紅の瞳をしている。これならまだ外人だろう
と納得できるが背中から生えている木の枝の様な羽根、そこから実
のようにぶら下がっている色とりどりの宝石の様なものは説明が付
かない。
﹁ですが、彼女の姉はこの館の主だそうです。上手く利用すれば⋮
⋮⋮⋮﹂
﹁私達は自衛隊よ。関係ない娘を巻き込む事がどういう事か分かる
かしら?﹂
民間人を巻き込むのは御法度。そう言いたいのだろうと守本は察し
た。
﹁そりゃあ、戦闘に巻き込みたくないですよ。と言うか、そんなの
建前ですし﹂
﹁建前?﹂
聞き返す霧島三尉に、守本は力強く頷いた。
﹁話聞いてるうちに、段々可哀想に思えてきちゃって⋮⋮⋮⋮脱出
するついでに姉と仲直りさせられないかな、と⋮⋮⋮⋮﹂
お節介ですよね、と苦笑いする守本に対し、霧島三尉は親指をたて
た拳を作った。
174
いわゆるグットサインである。
﹁奇遇ね。私も同じことを思ったわ﹂
﹁じゃあ、決まりですか?﹂
﹁決まりね﹂
そんな話をしていると、二人の元へフランが紅茶を持ってやってき
た。
﹁お待たせ!﹂
﹁ん、ありがとう。フランちゃん?﹂
紅茶を受け取りつつフランに何気なく質問してみる。
﹁何かしら?﹂
﹁この部屋から外に出たいと思ったこと、ある?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
フランは先程までのはしゃぎっぷりが嘘のように黙ってしまった。
やがて、絞り出すように一言。
﹁出たい、けど⋮⋮⋮⋮﹂
﹁けど?﹂
175
別に君が悪いことをしたようには思えないけど?﹂
﹁お姉さまが絶対に許してくれないわ⋮⋮⋮⋮﹂
﹁どうして?
﹁ううん。それは私の能力を知らないから言えるんだよ﹂
﹁能力?﹂
フランは重苦しそうな表情で頷くと、一言。
﹁ちょっと見てて﹂
と熊のぬいぐるみを手を抱いた。そして一息吸い込みぬいぐるみを
抱いている手に少し力を込める。
ブチリ
そんな音をたててぬいぐるみは首から上の部分がもげた。血の代わ
私が少し力を込めると、こんな風に何でも壊れちゃうの﹂
りに真綿の糸を引いて可愛らしい熊の首が地面に転がる。
﹁ね?
だからダメなんだ。と続けようとしたフラン。しかし二人は暫くの
間互いに顔を見あった後、霧島三尉は言った。
﹁別に良いんじゃないの?﹂
﹁へ?﹂
176
だったら自分から行かないと。チャンスは来るのを待
﹁悪いことをしに行くでもないし。そのお姉さまはここまで来ない
んでしょ?
つ物じゃなくて掴む物でしょう?﹂
フランは咲夜の言葉を思い出していた。﹁自分に向き合ってくれる
存在が現れる時﹂それは今かも知れない。もし、もしも霧島三尉が
自分に向き合ってくれる存在なら、向き合った結果が彼女が発した
﹁自分から行かないと﹂なら。一回やってみる価値はあるかもしれ
ない。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
フランは何かしら考え込んでいる様子だがその内決心がついたのか、
呟くように、しかし強い意思を感じさせる口調で言った。
﹁私、お姉さまに直談判してみる。ダメって言われても良いから、
自分の言いたい事を言ってみる﹂
﹁⋮⋮⋮⋮よく言った。それじゃ、早速部屋から出るか?﹂
フランはコクリと頷くと、部屋の一角の引き出しから布袋を、横に
立て掛けてある時計の針に似ても似つかぬ歪な形の槍を取り出す。
﹁なにそれ?﹂
質問する霧島三尉にフランが返す。
﹁スペルカードと、レーヴァテインよ﹂
177
﹁スペルカードってのは霊夢って子が持ってたわね。レーヴァテイ
ンってのは何かしら?﹂
﹁うーん、私にも良く分かんないんだ⋮⋮⋮⋮物心ついた時にはあ
ったみたい﹂
フランは準備完了と言うと、守本がドアの小窓から外を覗く。
﹁だいぶ錆び付いてらぁ、ジメジメしてるし南京錠も腐食している。
マルチで切れそうです﹂
﹁やってみて﹂
﹁了解﹂
そして、普通科隊員はいつでも持ち歩きが義務付けられている89
式多用途銃剣、通称﹁マルチ﹂を取り出す。
このマルチは片刃がノコギリになっており、それを使ってドアに掛
かっている南京錠のフック部分を切ろうと考えた。
カリカリと甲高い音の後、ガチャンと南京錠が落下する音が響く。
﹁行けますよ﹂
﹁それじゃあ、出発よ﹂
足音をたてないように慎重に地下室から上に続く階段を上がってい
く。
178
シャワー?﹂
しかし、その最中あるものが守本達に立ちはだかった。
﹁何これ?
其処には学校のプールサイドで見られるようなパイプに穴が開きそ
こから水が撒かれるような構造のシャワーがあった。下には鉄網の
床があり、隙間から水が抜ける構造になっている。
おそらく南京錠の腐食や異様にジメジメした空気はこれが原因だろ
うか。
フランは霧島三尉の陰に隠れて言った。
﹁私、水ダメなの⋮⋮⋮⋮﹂
﹁守本ぉ﹂
﹁わかりました﹂
守本は言うが早いかシャワーを挟んだ先の蛇口捻りに手を伸ばし、
何回か回転させる。
鉄の締め付けられる音と共に水が止まる。
﹁さ、これで通れるかな?﹂
﹁うん!﹂
そういうとフランは、階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。
179
フランは、何故か彼女らとなら失敗する気がしなかった。上手く行
きそうな気がする。そんな自信がフランの足取りを軽くさせた。
180
時を止めるメイド長︵前書き︶
若干加筆しました。
181
時を止めるメイド長
﹁発破5秒前﹂
合図を受けた隊員達は、高機動車のうしろに回り込み各々で伏せの
姿勢をとる。
魔理沙や霊夢はこれから何をするつもりなのか興味津々といった感
じでまじまじと開け放たれた紅魔館の門奥、紅魔館の扉を見つめて
いる。
﹁4⋮⋮⋮3⋮⋮⋮2⋮⋮⋮1⋮⋮⋮点火!﹂
隊員の一人がリモコンのレバーを下ろすと、館のドアは爆音を響か
せ周りの壁と地面もろとも勢いよく吹き飛んだ。
﹁スゲー⋮⋮⋮⋮﹂
驚嘆の声をあげる魔理沙。
﹁汚い花火ね﹂
⋮⋮⋮⋮いくぞ!スピード勝負だ!﹂
他人事の霊夢。
﹁前方よし!
竹美が言うと、隊員達は事前の打ち合わせ通りに4つの4名班に分
かれて突撃していく。魔理沙や霊夢もそれに付いていった。
182
﹃HQより各員。これより竹美班はアルファ、時津班はブラボー、
﹃アルビオン﹄班はチャーリー、﹃ペガサス﹄班はデルタと呼称す
る!﹄
﹁アルファチーム了解!!﹂
﹃ブラボーチーム了解﹄
﹃チャーリーチーム了解﹄
﹃デルタチーム了解!﹄
各々コールサインの確認の後、扉の前まで駆け寄りまだ残っている
壁や瓦礫に一度身を隠す。そしてハンドサインで合図をすると、各
班1名ずつに何かを放り投げた。
﹁何を投げたんだ?﹂
投げられた物の正体を知ろうと瓦礫から顔を出した魔理沙を、竹美
が慌て引き戻す。袖を引っ張られた魔理沙はそのまま地面に顔を擦
ってしまった。
﹁目が潰れるぞ!!﹂
﹁えっ?﹂
所謂﹁閃光発音筒﹂である。主に目眩ましに使わ
スタングレネード
直後、魔理沙や霊夢にとって、経験した事のない爆音と眩しい光が
辺りを包んだ。
れるこれは、破片の代わりに160デシベルという爆音と、100
万カンデラという閃光を放つ。因みにジェット機のエンジン音は1
183
20デシベル、自動車のヘッドライトを直視した場合は43000
カンデラと言われている。要するにとても大きな光と爆音である。
当然それを対策もなしに直視すれば無事な訳がなく、襲い掛かる目
眩と耳の痛みにのたうち回る羽目になる。
続いて竹美と﹃アルビオン﹄がハンドサインで役割分担を決める。
制圧用の装備を持つ特殊作戦群と違い第3分隊はほぼ通常装備のま
集結地点
ま。よって、特殊作戦群とブラボーチームを先行させアルファチー
ムは作戦終了後のASSYとなるエントランス確保に回ることとな
った。
正面エントランスは、二層構造の吹き抜けになっており、一階に一
つずつ左右へ通ずる廊下がある。そしてエントランス中央正面に階
段。その階段の踊り場からさらに左右二手に別れる階段があり、そ
の二手の階段の頭頂部は左右それぞれの廊下への入り口だ。
﹁チャーリーとデルタは2階の方、ブラボーは一階左お願いします﹂
﹃チャーリー了解﹄
﹃デルタ了解﹄
﹃ブラボー了解﹄
前衛の盾を持った隊員、後衛のカービン持ちの隊員が突入していく。
﹁⋮⋮⋮⋮さて、あんたら二人はどうすんの?﹂
突入を見届けた竹美が、霊夢と魔理沙に質問したつもりだったが、
184
魔理沙が見当たらない。
﹁白黒の方は?﹂
﹁片上さんの方についていったわ﹂
﹁そうか⋮⋮⋮⋮﹂
全く気づかなかった、と呟く竹美に霊夢は、足は早いからね、と呟
いた後言った。
﹁一応私はこの霧の主を叩けば良いわけだし、一番難しいここへの
侵入は出来た訳だから後は自分のペースでやらせ⋮⋮⋮⋮﹂
そこまで話したとき、霊夢は突然身構えた。
﹁どうしたんだ?﹂
﹁お出迎え見たいよ﹂
霊夢の一言で隊員は各々銃を構える。が、相手は思わぬ場所から現
れた。
いざよいさくや
﹁皆様、我が紅魔館へようこそいらっしゃいました。私はこの館の
メイド長、十六夜咲夜と申します﹂
﹁!?﹂
霊夢達の背後から声が聞こえた。先程までそこには人は居なかった
はず。
185
全員がびくりと首を向けると、そこには銀髪のメイド姿の女性が立
っていた。左手には洒落たお盆を持っている。
﹁あんたはっ!!﹂
思わず竹美が叫んでしまう。そこにいるメイド、咲夜は、守本と霧
島三尉をかっさらった奴だからだ。
﹁博霊の巫女はともかく、あなた方は御呼びではないのですがね⋮
⋮⋮⋮まあ、一緒にあつかっていいかな﹂
さもなくば⋮⋮⋮⋮﹂
霊夢は独り言を呟き突然現れた咲夜に、少し狼狽しつつ叫んだ。
﹁あんたらの親玉を出しなさい!
そういうと霊夢は美鈴に投げつけたお札を取り出した。さもなくば
投げつけるという意味だろうか。
しかし咲夜は全く気にしないといった感じで言葉を返す。
﹁生憎、館の当主のレミリア・スカーレット様はお取り込み中でい
らっしゃいます﹂
しかし、お盆を手放し露になった左手には、
﹁ですから、﹂
銀色のナイフが握られていた。
186
﹁代わりに私が仕留めよと、伝言を預かっております。奇術﹁幻
惑ミスディレクション﹂﹂
直後、霊夢達に対して数本のナイフが投げられた。
﹁アブねぇ!!﹂
そんなことを口々に叫びながら隊員達は身を翻しかわす動きを取っ
た。
数本という数の少なさが幸いしたのか、ナイフは誰一人にも刺さる
ことなく絨毯に刺る。
﹁何しやがる!﹂
せんだい
ミニミを構えた川内士長が咲夜の居るはずの場所に視線を向け怒鳴
るが、そこに咲夜の姿はなく、そこから代わりに何十というナイフ
が矢のごとくこちらに向かい飛んできた。
﹁嘘だろ!?瞬間移動!?﹂
八つ当たりを含んだ怒号を発しながら身を翻す。しかし幸運は続か
ない。防弾チョッキにいくつかナイフが突き刺さる。貫通はしなか
ったものの怖いことにはかわりないらしく悲鳴が上がった。
ナイフの雨が止んだ後、今度は階段の方から嘲笑うような声が聞こ
えた。
隊員が振り向くと、そこには飛来してくるナイフ。
それをまた、体を動かしかわす。
187
すると、階段の踊り場のような場所に咲夜は現れた。
﹁まだ生きてる⋮⋮⋮⋮運がいいわね。でも、これはどうかしら?﹂
﹁中々手応えのある相手ね⋮⋮⋮⋮﹂
﹁中々?じゃあ、アナタの中で一番戦いたくない相手になってあげ
る!﹂
﹁この私の時間の力、本気で振るえばアナタなんて!﹂
その発言を聞いた竹美は思わしげにニヤリと笑みをうかべると、霊
夢に﹁考えがある﹂と呟き耳打ちした。
﹁それ、乗ったわ﹂
耳打ちに対して霊夢はそう呟くとお札やどこから出したのか針を両
手に持ち投げつけた。
﹁各員散開!!﹂
竹美は無線機に更にもう一言叫ぶと、その声に隊員と霊夢は素早く
射殺しても構わん﹄
ASSYで敵に遭遇!!﹂
反応し転がるようにエントランスの各所へ散開していく。
﹁HQへ、こちらアルファ!!
﹃HQよりアルファ。発砲を許可する!
散開すると同時に各所から89式小銃やミニミの銃撃が咲夜目掛け
188
て飛んでくる。ナイフとは段違いに早い銃弾の雨。
咲夜はそれすらも避けきる魔法に等しい能力を持っていた。首から
下げた懐中時計を握り呟く。
﹁時よ、止まれ﹂
瞬間。世界から動きが消えた。咲夜以外のすべての時間が止まった
のだ。
咲夜自身どうしてこの能力を使えるようになったかは解らないが、
ただこの能力と銀髪のお陰で周りから疎まれ、一人ぼっちになり、
そこを当主のレミリアに拾ってもらった事は覚えている。
最初こそ衣食住にありつけるという理由だったが、今は咲夜はレミ
リアに絶対忠誠を誓っていた。
レミリアは、咲夜の能力を否定しなかった。それどころか、﹁お前
の能力は他人には無いんだよ。人に疎まれるのは優れている証だ﹂
と諭してくれた。
この言葉が咲夜の忠誠心と自身に溢れた性格を形成したと言える。
﹁⋮⋮⋮⋮いつっ﹂
腕に痛みを感じる。さっきの銃撃のせいか、左腕に傷が出来ていた。
もっともかすり傷のようで、対して痛くは無い。
﹁これくらいなら⋮⋮⋮⋮﹂
189
咲夜は止まった弾幕や針の間を潜り抜けると、自衛官や霊夢の眼前
にナイフをありったけばら蒔いていく。
実は咲夜は若干焦っていた。今まで人間は幾度となく仕留めてきた。
皆時間技とナイフ一個で仕留めていった。だが、やつらはナイフを
何回ばらまいても死なない。レミリアに巫女は用心してかかれと言
われては居たが、それでもかなり手強い。正直予想外だった。
﹁お嬢様の期待に応えるためにも⋮⋮⋮⋮﹂
レミリアに咲夜は﹁仕留めて見せます﹂と言うと、顔に喜色を浮か
べ、期待しているよ。と託してくれたのだ。この信頼に答えなけれ
ば。だから、咲夜はこれで終わりだと言わんばかりに叫んだ。
﹁そして、時は動き出す!!﹂
ナイフが咲夜の感情の高ぶりを表すかのごとく、音を立てて飛び交
う。
数ヶ所で悲鳴のような声が上がり、バタバタと倒れる音がする。
見ると、倒れたのは5人ほどいた斑服の男達。彼らは全員地面に仰
向けに倒れていた。胴体には何本ものナイフが突き刺さっている。
一本の外れもなく胴体に刃を食い込ませているのが、几帳面な咲夜
らしい。
﹁博霊の巫女は⋮⋮⋮⋮どこへいった?﹂
﹁後ろよ!!﹂
190
大声が発せられると同時に咲夜の耳元を御札が掠める。慌て回避行
動を取る。大多数の御札は絨毯に貼り付くが間に合わずいくつか御
札が体に当たる。しかし思ったより痛くない。
﹁ふぅ⋮⋮⋮⋮はぁ⋮⋮⋮⋮ハァッ⋮⋮⋮⋮﹂
体を動かしまくったお陰か息も絶え絶えである。手持ちのナイフも
少ない。
人里で大人しく大道芸でもす
それに対して霊夢はまだまだ平気といった感じで汗一つ掻いていな
い。それどころか、
﹁成る程ね。時を止められるわけ?
れば一山当たるんじゃないかしら?﹂
時間停止位しか出来ないなら、それで慎ま
冗談でしょう?﹂
と軽口を叩いている。咲夜は不快そうに吐き捨てた。
﹁私が人間の所で?
﹁そうでもないわよ?
しい暮らしに身を置けば良いじゃない﹂
﹁私が、時間停止しか出来ないとでも!?﹂
霊夢の挑発は、咲夜の地雷を踏みつけるには充分な重みだった。ま
だこの館に来たばかりの頃、今は亡き先代メイド長からやっかみを
込めて﹁時間を止められる位で﹂と言われたことがあったのだ。
なじ
他人よりある一点で優れた人間は、そこを詰られると冷静さを失う。
191
その言葉に出てくる﹁ある一点で優れた人間﹂。それは今の咲夜そ
の物だった。
階段から渾身の力で飛び上がった咲夜は再び時を止める。そして実
質棒立ちになった霊夢にありったけのナイフを投げ付ける。
時間停止は何故か生死に関する事には干渉できないらしく、ナイフ
は霊夢の5メートルほど前で空中に静止してしまう。
今まではその5メートルの間にかわされてしまったが、今回はそう
は行かない。
咲夜は秘密兵器とも言える相手の急所に必中する誘導ナイフを使お
うと考えた。これなら避けられる心配も無い。しかしスペルカード
のルールから外れるため、余り使いたくは無いのだが止むを得ない。
げんふ
﹁幻符﹁殺人ドール﹂!﹂
咲夜が技名を叫び、手を降り下ろすとナイフは一斉に霊夢目掛けて
飛んでいく。
霊夢は器用に避けきった。
避けきったと思った矢先、意思をもつように急旋回したナイフは霊
夢の頭、首、胸、脇腹に深く突き刺さった。
﹁ぐがっ!!﹂
うめき声をあげて霊夢は絨毯の上に倒れ込む。荒い呼吸が口から溢
れ、目は焦点があっておらず虚ろを通り越して淀んでいる。
192
﹁おえっ⋮⋮⋮⋮あ⋮⋮ああ⋮⋮⋮はっ、はあぁっ⋮﹂
のたうち回ることも許されない鋭い痛みを味わう霊夢を、咲夜は薄
笑いを浮かべて見つめていた。
﹁手応えのある相手だったわ博霊のお巫女さん。でも、ここまでね
⋮⋮⋮⋮﹂
改めて霊夢を見渡す。
﹁あれ⋮⋮⋮⋮﹂
何かおかしい。絶対におかしい。ナイフは刺さってる。一ミリも狙
いから外れていない。博霊の巫女はもう虫の息。そんなんじゃなく
て、有り得ないことが起きている。
当たり前の事が巫女に起きていない。
﹁血が、出ていない⋮⋮⋮⋮?﹂
次の瞬間、霊夢はいきなり破裂した。血肉のかわりに溢れんばかり
の御札が咲夜の視界に広がる。
﹁おと⋮⋮⋮⋮り⋮⋮⋮⋮?﹂
思わず後ずさろうとする。しかし、足は言うことを聞かない。いや、
聞けない。御札がロープの様に1つの帯になり、咲夜の足を縛り付
けているのだ。
193
しかもその帯は先ほど霊夢が床にばらまいた御札や針に繋がってい
て、それらが床と帯をドッキングさせていた。
﹁罠にかかったわね﹂
﹁っ!!﹂
霊夢が悠々と階段から降りてきた。顔は無表情そのものだが、咲夜
の中にある深淵を見通すような真っ直ぐな目をしている。
近付いてきた霊夢は、咲夜の顎をつかみ眼前に引き寄せる。
﹁だから、言ったでしょ。その能力なら大人しく大道芸でもしてれ
ば良いって﹂
﹁このっ!!﹂
咲夜は右手にナイフを取ると、力任せに霊夢に降り下ろそうとした。
霊夢は咲夜の腕をつかみ、その華奢な体つきからは想像のつかない
力で咲夜の腕を握る。
﹁アンタに何が分かるのッ!?﹂
いかほどの苦労を積んだだろうか?
彼女自身、今でこそ上手く館でやっているものの、それまで何人に
そっぽを向かれただろうか?
それを知らず能力しか能がないと決めつけられたようで、咲夜は
怒りを覚えた。
﹁別に、分からないわよ﹂
194
﹁は?﹂
﹁アンタみたいなやつ、幻想郷にはごまんと居るのよ。コンプレッ
クス抱いてんのかもしれないけど、アナタが特別とは思わないわ。
でも軽蔑もしない﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
顔を俯せる咲夜、しかし左手にはナイフが握られていた。
﹁何か見透かされているみたいね。でも、﹂
左手を渾身の力で振り上げる。
﹁ベストを尽くさせてもらうわ!﹂
ナイフが霊夢に刺さる直前、何かが爆発するような音が響いた。咲
夜の服の肩部に穴が開きそこから流血している。
﹁うぐっ﹂
咲夜は唸り声と共に力無く倒れ込む。咲夜は理解できないと言った
ような眼差しで霊夢の後ろで89式を構えている竹美を見つめてい
た。
ひかわ
衛生担当の氷川三曹がかけより応急措置を施していく。
﹁隊長。意識は有りますし大きな動脈と静脈への損傷はありません。
銃弾も貫通しています﹂
195
﹁アルファよりHQ、目標は銃撃で戦闘能力を喪失。艦への搬送を
具申する。オクレ﹂
﹃HQ了解、目標の搬送を具申する。こちらへ運んできてくれれば
有難い﹄
﹁了解。氷川。HQの高機動車まで運んでくれるか﹂
﹁はい。⋮⋮⋮⋮歩けるか?﹂
咲夜は力無く頷いた。その様子が哀愁を誘い、竹美は言い訳するよ
うに呟いた。
﹁悪いな。これが仕事なんだ⋮⋮⋮⋮⋮痛いだろうが治療してやる
から、安心してくれ﹂
氷川三曹が傷口を包帯で縛り咲夜をゆっくり歩かせる。後ろ姿で表
情は見えないが、少なくとも明るくはないだろう。
﹁ねえ、竹美さん﹂
﹁何だ?﹂
﹁よくあんなこと思い付いたわね﹂
﹁ああ、我ながら無茶したよ。防弾チョッキ︵これ︶が有ったとは
いえ流石にナイフを受けるとヒヤッとしたな﹂
そうぼやくと竹美はチョッキの装甲部に刺さったナイフを引き抜い
ていった。
196
それを見ていた霊夢がくぐもった声で呟く。
﹁なんだが、凄い罪悪感が有るんだけれど⋮⋮⋮⋮﹂
霊夢としてはスペルカード戦で罠を使ったり、数に頼んで押すよう
なやり方はしたくなかった。しかもそれをルールに反映しているの
で、考案者自らルール無視というトンでもない事をやっていること
になる。
﹁それはこっちもだ。訓練でバカスカ撃つのよりよっぽど緊張する﹂
竹美も戦闘服を着込んだ相手ならまだしもメイド服の女性相手に引
き金を引くのは正直現実感を感じていなかった。
﹁そか﹂
複雑な心境なのが自分だけではないことに安心した霊夢はそれだけ
言うと、ゆっくり館の中へ歩み始めた。
﹁とっとと異変終わらせないと﹂
歩数につれて早くなる足にはどこかこの重い空気から逃げたいとい
う本音を反映しているようだった。
197
慧音と鉄の海鷲︵前書き︶
展開が早いと言われたので、少しゆっくりにしてみます。
198
慧音と鉄の海鷲
﹁本当に来るんだろうな?﹂
﹁来ますよ、多分﹂
﹁多分じゃ困るんだよ⋮⋮⋮⋮はあ﹂
ボソボソ呟きながら、落ち着き無く人間の里中央部にある、祭りを
やったりする広場をグルグル徘徊するのは慧音である。
﹁四半刻もあれば運べる﹂から続いた伊勢の妄言︵だと思っている︶
に暫く開いた口が塞がらない様子だった慧音だが、他にどうしよう
もないのも又事実。
﹁そこまで言うんだったらじゃあ呼んでみろ﹂と伊勢に言ってみた
ら、﹁広場みたいな所あります?﹂と聞かれ、ここまで案内した。
すると、彼は胸に括り付けた黒くて小さい点のような穴が複数ある
小箱を手に取り、それに向かい訳のわからない言葉を叫び始めた。
それは、呪文と言うよりは何処かお願い事をするようなニュアンス
があった。というか誰かと会話してる見たいで、慧音も殆どの単語
が理解できた。しかし、残り幾つかの分からない単語が会話の主語
であるようで、会話の内容は理解できない。
つまり、慧音からすれば日本語を話しているはずなのに、全く意味
が分からないのである。
﹁︵ロクマル、シーホーク、サイガイハケン⋮⋮⋮⋮って何なんだ
199
ろう?︶﹂
その詮索を他所に、伊勢はその意味不明な行為を数回終えたあと、
彼は自信満々に﹁もう大丈夫ですよ﹂と妊婦に話したのである。
結局、慧音は彼が魔法使いの類いであると解釈した。となれば恐ら
勿論根拠は無い。
くあの奇々怪々な言葉は鷲を召喚するための呪文だと言えるし、彼
らの独特な斑模様の服も説明が付くからだ。
というか、外の世界は科学が発達して魔法は御払い箱になったと言
う話を聞いたことがあるし絶対違う気がする。きっと外の人間なら
殆どの意味を理解できるのだろう。
この結論を出すまでに慧音は都会の中学のグラウンド大の広場を8
周した。それに気づきもう一周同じペースで回ったらラップは3分
だった。と言うことはもう間も無く彼らの使い魔の﹁鷲﹂が到着す
るはずである。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮そろそろ時間だぞ?﹂
﹁ええ﹂
広場の隅に座り込んだ伊勢と摂津は、何食わぬ顔で紅くなってしま
った空を見上げている。
﹁鳴き声ひとつ聞こえないんだが?﹂
﹁そりゃそうですよ﹂
200
﹁鷲は鳴き声を出すよな?﹂
しかし、鷲の姿は見えず羽ばたきも、鳴き声も聞こえ無い。慧音達
鷲は来るのか?﹂
の耳に聞こえてくるのは風の低く重い唸り声だけだった。
﹁⋮⋮⋮⋮もう一度聞くぞ?
﹁来ますよ﹂
﹁ははは⋮⋮⋮⋮⋮もう騙されないぞ、詐欺師共。生きて返すな。
殺れ﹂
やはり嘘だったか。と言う感情を含んだ慧音のすました声が広場に
響く。それに呼応するように自警団の数名が槍や剣を手に取った。
それをまじまじと見つめていた伊勢だったが、突然思い立ったよう
に立ち上がり西の空を見上げた後、慧音のいる方へ振り向いた。
﹁な、何だ?﹂
慧音は、ジッと見つめられ思わず後ずさる。何をする気だろうか?
慧音はこういうとき、手が動くよりも先に深く考えてしまう癖があ
る。別にそれは悪くないのだが、問題はその時周りが見えなくなっ
てしまうことである。
だから、伊勢が手慣れた動きで中折れ式の拳銃に弾を込めて、自分
にその銃口を向けたのが見えなかった。
201
﹁へ?は?﹂
すっとんきょうな声を上げる慧音。
考えることをやめて、現実に戻った慧音は自分に向けられた銃口を
見つけると顔からサッと血の気がなくなり青くなった。
幻想郷
慧音はこちら側の住人では有るが、本などで外の世界の知識は知っ
ている。
目の前の奴が持っているのは、﹁拳銃﹂と言う殺傷武器のはず。
伏せてくださいっ!!﹂
﹁︵あ、ヤバい⋮⋮⋮⋮殺され⋮⋮⋮⋮︶﹂
﹁慧音さん!!
後ろから自警団の一人が頭を抱えて屈んだ慧音の上から槍を伊勢に
突き付ける。不審なものを構えた伊勢に対し、容赦するつもりは毛
頭無いようだ。
﹁食らえ!!﹂
槍がまさに伊勢に突き刺さろうとしたその瞬間、無線機がノイズを
発した。ノイズが出ると言うことは、電波を受信したと言うことだ。
無線機なんて代物を知らない村人や慧音は驚いたのか﹁うわぁ﹂と
間抜けな声を出し数歩後ずさる。威勢良く槍を振るっていた青年も
槍を降ろし2歩後ずさった。
202
クレイモア
伊勢は村人がまるで指向性散弾地雷を見付けたかのようなリアクシ
ョンをするのを見て、﹁そんな驚く事かねぇ﹂と呟きながら無線機
のプレストークスイッチを押す。
無事か?﹄
﹃こちらシーキャット01。要請の有ったSH−60Kだ。伊勢二
等陸尉?
﹁感あり。こちら伊勢です。今んところ無事ですが、後少しでモガ
ディシュの米軍みたくなるところでしたよ﹂
﹁ふう⋮⋮⋮⋮危なかった﹂と息をつく伊勢。
自分達を包囲せんとする村人を見回した伊勢の脳裏には、幹部候補
ブ
生時代に見せられたモガディシュの戦いと呼ばれる銃撃戦の映像が
フラッシュバックしていた。
ラックホーク
モガディシュの戦いとは、ソマリア内戦で隠密作戦中の米陸軍のM
H−60作戦ヘリが墜落。米軍のデルタフォース90名が民兵に包
囲され泥沼の戦いになり米軍18名と民兵含む現地人350名の死
Got
a
Black
者、5機のヘリを損失と言う被害を出した戦闘である。
撃墜されたヘリの交信記録にある﹁We
HawkDown︵我、ブラックホークの撃墜を確認す︶!!﹂は
後にこの戦闘を描いた映画のタイトルに使われている事で有名だ。
この戦闘を知らせるニュースにおいて一番最初に戦死した米兵が、
全身を生傷だらけにされて衣服を剥がされ全裸の状態で民兵に引き
摺り回されると言うショッキングな映像が流されたのだが、それを
興味本意で見てしまった伊勢に取ってかなりトラウマになったよう
203
であった。
ここで槍を喰らい死にでもすれば、自分の亡骸がどんな羽目になる
かは考えたくない。
﹃それじゃあ、アレ頼むわ﹄
﹁了解﹂
伊勢は無線を切ると、先程構えた中折れ式の拳銃を空に向けて引き
金を引いた。
拳銃の撃鉄の音が広場に響き、広場を静寂が包む。
拳銃から放たれた銃弾は白い尾を引き赤い空に上がっていく。炸裂
前の花火のように、ヒュルルと音を立てていた。
一瞬の間を置いて、炸裂音。
そして、赤い空に白い光が瞬いた。あまりの眩しさに慧音たちは目
を覆ってしまう。
﹁な、何だこれ!?﹂
5秒ほどそれが続き、光はフッと消えた。慧音は未だクラクラする
もう着くぞ!!﹄
目を半目だけ開け、辺りを見渡す。
﹃発光信号を確認した!!
伊勢が自分の目の前に立っていて、自警団も自分の後ろにいる。し
204
かし、摂津とか言う男が空に向けて手を振っていた。顔面には待ち
わびたと言う表情が浮かんでいた。
手を降っている空へ目を向けてみる。
次の瞬間、慧音は狐に包まれた気持ちになった。
空は青くも赤くもなく灰がかった白に覆われていた。雲ではない。
と言うことは、
﹁こ、これがお前の言っていた鷲かぁ!?﹂
鳴き声のような音がとても大きく、声を張り上げなければ聞き取れ
そうにない。
﹁ええ、そうですよ!!﹂
伊勢はそう言うが、慧音の狐に包まれた感は全くと言って良いほど
払われなかった。
鷲には見えない。それに、鳥にも見えない。
何故なら、雄々しく羽ばたいてる羽根が見当たらない。尻尾の先に
羽の様なものがあるが、それは動いていない。しかも、鷲はもっと
茶色い筈だ。
それならまだしも、動物にも見えない。鳴き声はあるがその桁違い
に大きく低く重い鳴き声は動物よりフル稼働の機械のようだった。
鷲と呼ばれているそれは、慧音が知っている鳥よりも遥かにゆっく
205
り。飛んでいる。と言うより浮かんでると言う表現が適切だろう。
﹁お、おぉ⋮⋮⋮⋮﹂
鷲。もといDDH﹁いせ﹂のSH−60Kは、20メートルは有る
だろうかと言う巨体を少しふらつかせながら幻想の地に降り立った。
慧音の視線は、機体前方左右と中央部の車輪が付いた3本の足と﹁
45﹂という文字。赤い丸模様や幾つかの文字がに釘付けとなった。
が、何よりも気になるのは尻尾のように細長くなっている所に書か
れた﹁海上自衛隊﹂と言う見慣れぬ単語であった。
﹁ジエイタイって、ああ書くのか⋮⋮⋮⋮だが、海上って⋮⋮⋮⋮﹂
自衛隊とは、伊勢が名乗っていた単語である。彼が言っていた﹁リ
クジョウジエイタイ﹂とは、恐らく﹁陸の上の自衛隊﹂と言う意味
だろう。
では海上自衛隊とは、海の上と言う事だろうか。
幻想郷には海がない。勿論、海を管轄とする組織は有るわけがない。
妊婦さんを運び込みます。ついてきてくれる人が
やはり、彼らは外の世界の人間だ。
﹁取り敢えず、
入れば有り難いのですが!!﹂
伊勢が叫ぶと、何人かが手をあげた。自警団の幹部ポジションの村
人2人と、長老夫婦と妊婦の夫である若旦那、そして産婆さん。摂
津。事前報告の有った同乗の医官1名、そして自分。補足で妊婦が
206
処置のため2人分のスペースを取るとして、
﹁⋮⋮⋮⋮11人か。確か許容範囲が12名でしたっけ?﹂
﹁ああ!﹂
威勢良く返事を返した機長がハッチから姿を現すと、村人と慧音が
本日何度目か分からない驚愕の表情で口をポカンと開けて彼を凝視
した。
何か凄く見られてるんだけど?﹂
視線の集中砲火を浴びた機長が恥ずかしそうに伊勢に質問する。
﹁あー?
﹁そりゃ見ますでしょうよ﹂
﹁まぁ、良いや。担架運び込むから手伝ってくれよ﹂
伊勢と長老の息子が担架を持ち、医官の指示でヘリのキャビンに寝
かせる。続いて便乗希望者が乗り込み、彼らと操縦席の間に摂津が
乗り込む。
﹁これで同乗者は全員か?﹂
﹁ああ⋮⋮⋮⋮じゃあ、後のこと⋮⋮⋮⋮﹂
私も乗せてくれないか?﹂
機長がキャビンに引っ込もうとしたとき、慧音がそれを制止した。
﹁待ってくれ!!
207
﹁はあ?
構いませんが何故に?﹂
﹁いや、私も自警団の団長のようなもんだし⋮⋮⋮⋮それにその、
実際約束は守ってくれたわけだし⋮⋮⋮⋮えっとぉ﹂
アンタらが狼藉を働かんとも限らんし。あ、信用してない訳じゃな
いぞ?
実は、彼らの本部とやらを見てみたいと言うのが慧音の本音である
が、そんなこと言ってしまえば礼儀正しく堅実を通してきた自分の
株が暗黒の木曜日も真っ青な勢いで大暴落してしまう。
そんなわけで言い訳に四苦八苦しているのだが、それが寧ろとっと
と運び込みたい機長を苛つかせたのか、﹁乗るなら早くしろ、出な
ければ帰れ﹂と言われてしまった。
﹁じゃあ、失礼するぞ⋮⋮⋮⋮よいしょっ﹂
機内に踏み込んだ慧音は床が石や土、木でない何かで出来ているこ
とに気づいた。壁をさわってみると、冷えていてツルリとした感触。
恐らく金属だ。
中は見かけによらず以外と広く、幾つかの小さなボックスシートが
あってそこに同乗者は座らされている。
﹁そこに座ってくれ﹂
機長が空いている場所を指で指す。機長の左にもう一つ席があり、
そこにも人が腰かけていた。彼らの席周辺には、ボタンやレバーの
ようなものがある。勝手に触れないようにするのが吉だろう。
﹁あ。はい﹂
208
そう返事を返した慧音は、心の中で﹁不味ったな﹂と呟いた。
指を指された空席のとなりには、摂津がいたのである。慧音が摂津
なるものをつけるよう言われた。座
の見せしめに首をアレしてしまったので、気まずくなるのは避けら
れない。
腰掛けると﹁しーとべると﹂
席の脇に帯のようなものがあり、それを繋いで自分のからだと座席
を挟み込む構造のようだ。
片方の帯の先には鍵穴の様なものが開いており、そこにもう片方の
先っちょを突っ込むと、カチリという音がした。不安に思い引っ張
ってみるが、外れない。
﹁あ、あれ?﹂
﹁どうしたんです?﹂
摂津に声をかけられて思わずビクッとなるが摂津は気にせずシート
ベルトを握り膠着してしまった手を見て、苦笑いした。
﹁キツく閉めちゃいました?この赤い部分を押してください﹂
﹁あ、これか⋮⋮⋮⋮?﹂
赤く塗られて﹁PUSH﹂と書かれたボタンを押すと、再びカチリ
と言う音がして取れた。
﹁すまないな⋮⋮⋮⋮あの﹂
209
﹁?﹂
﹁さっきは済まないことをした。この通りだ﹂
言葉のわりには座席に腰かけたままで会釈程度にしか頭を下げられ
ない慧音だが、誠意は伝わったようで、
﹁良いですよ﹂
シートベルト良いか!?﹂
と安堵する返答をもらえた。
﹁よし、離陸するぞ!!
それを聞いて、あわててベルトを締め直す慧音。それを確認したか
していないのか、機長はボタンをいじる。
﹁機内安全よし、伊勢二尉。そっちはどうだ?﹂
﹃周辺よろしです。てか、警戒心丸出しで近づこうともしてません
よ﹄
﹁ようし、引っ込んでくれ﹂
会話を聞いていた慧音は、乗り込んだ伊勢二尉に若干怪訝に尋ねる。
﹁残るんじゃなかったのか?﹂
﹁上の命令で帰投しろと言われましてね﹂
210
そう言うと機内の奥の方へ引っ込んでいった。
機長がキャビンのドアをボタンを使い閉める。副機長がエンジンス
タートと号令をだす。
機体に付けられたローターブレードが勢いよく回転し、先ほどまで
たてていた低い風切り音に加え、軸が回転する甲高い音が機内に響
いた。
﹁まさか、生きてるうちにこんな乗り物に乗れるとはのぉ⋮⋮⋮⋮﹂
長老が窓の外を見て、呟いた。慧音も覗いてみる。窓枠一杯に広が
るのは、赤い霧から断片的に見え隠れする人里だった。慧音はこの
幻覚のような風景に、自分達が空に浮き上がっていることを理解す
るのに時間をかけた。
﹁幻想的な風景ですねぇ⋮⋮⋮⋮佐世保じゃ見られないなぁ﹂
そんな摂津呟きに慧音は、
﹁そりゃ幻想郷だからな⋮⋮⋮⋮ところで﹂
﹁ハイ?﹂
﹁この五月蝿さはどうにかならないのだろうか﹂
慧音は少し不愉快そうに耳を手で覆い隠す。
﹁この音ダメって言う人は居ますね。けれど屋根は基本薄いですし、
211
動力源もローター軸も全部ここの真上に集中してますからね﹂
﹁詳しいな﹂
﹁視力で断念したんですけど、これのパイロット志望だったんです
よ。ま、最近は空飛べれば何でも良くなってきましたが﹂
こっちじゃ飛べる人はかなりいるが﹂
人間羽根無いから空飛べませんし。と自嘲気味に呟く摂津に、慧音
は意外そうな表情でいった。
﹁外の人間は飛べないのか?
﹁そうなんですか?﹂
驚愕の表情を見せる摂津に、驚かされっぱなしだった慧音は少しだ
け、してやったりという感じだった。それと、彼となら少し話が弾
みそうな気もする。
気まずい空気は消え、空とぶ鷲の中は和らいだ空気か漂っていた。
そんな呑気な会話の裏で、危険が迫っている者がいるとも知らずに
⋮⋮⋮⋮。
212
動かない大図書館
﹁隊長、この部屋、中に誰も居ませんよ﹂
﹁了解。⋮⋮⋮⋮この階は外れか?﹂
時津は誰もいない客室のドアを閉じた。
さて、所変わって再び紅魔館は捜索担当のブラボーチームだ。彼ら
が探索しているのは紅魔館地上階。この館は大分広く、途中で何回
か羽の生えたメイド?らしき少女と砲火を交えつつ、ここまで来た
のである。
部屋を一つ一つ捜索し、空き室にはドアの脇に黒テープで﹁×﹂を
作る。これで探索済みか否かを見分けている。
﹁隊長。こっちも外れみたいです﹂
そう言いながら片上は個室のドアの脇に黒いビニールテープで﹁×﹂
を作り貼っていった。
﹁部屋の類いが無いとしたら⋮⋮⋮⋮倉庫、トイレやクローゼット
とかか?﹂
片上の向かいの個室を多摩と一緒に調べる魔理沙が言った。
何か珍しい置物を見付けたらしく、手に取る。そして服の中に仕舞
い込もうとしていた。
213
﹁倉庫は見当たらず。トイレは比叡田と俺で調べたさ。クローゼッ
トはウォークインの奴が客室に完備。部屋のインテリアが違うとこ
てか、それ⋮⋮⋮⋮﹂
ろを見ると、さっきからチマチマ戦闘を仕掛けてくる羽根つきメイ
ドさんかな?
﹁大丈夫、借りるだけだぜ。死ぬまで﹂
涼しい顔で窃盗を擁護する魔理沙に﹁図太いな﹂と呟きつつ、﹁そ
れは何だ?﹂と多摩が聞く。
お前達も何回か会ったろ?﹂
﹁妖精の本だな。レア物だぜ﹂
﹁妖精?﹂
﹁知らないのか?
﹁ああ、あの羽がついたメイドか?﹂
暫く考えていたた多摩だったが、合点が言ったのかてを叩きながら
答えた。
アイツら
﹁そうだ。妖精は結構野生的な生活してるから、本なんか読んでる
やつは珍しいんだ⋮⋮⋮⋮意外そうな顔してるな﹂
﹁いや、妖精ってもっと小さいイメージが⋮⋮⋮⋮﹂
先ほど昏倒させたメイドは大体小学校低学年程度の大きさだった。
やっつけるのに躊躇していたら比叡田が容赦なくラリアットで殴り
飛ばしたのである。
214
妖精と言えばどこぞのネバーランドの手乗り妖精をイメージしてい
た多摩からすれば意外だったのも無理はない。
魔理沙は早速妖精の本のページをめくり、斜め読みし始めた。
﹁そんなことよりこの本は何が書いてあるのか興味が⋮⋮⋮⋮あ⋮
⋮⋮る⋮⋮⋮⋮ぜ?﹂
段々と声のトーンが下がっていき、魔理沙は先ほどとは打って変わ
って無言で本をもとの場所に戻した。
﹁どうした?﹂
﹁ただの絵本だった﹂
﹁あ、そう﹂
﹁二人とも、ちょっと﹂
時津に呼び掛けられて部屋を出ると、廊下の突き当たり向かって右
側に階段があった。館の赤色の色調のお陰か、少し分かりにくい。
﹁ここを降りようと思うんだが、多摩。ちょっと先いって様子を見
てくれないか?﹂
﹁了解﹂
多摩は肩にかけた89式小銃を手に取りセレクターを﹁3﹂に合わ
せると、ゆっくり階段から降りていった。それを見届けた時津は皆
に﹁待機﹂と伝令すると、無線機を手に取った。
215
﹁ブラボーからHQ。地上階右側クリアー。これより偶然発見した
地下1階の索敵を開始する﹂
﹃HQ了解。地下フロアは此方と通信か通じない可能性が高い。注
意せよ﹄
﹁了解!﹂
緊張で変なテンションになった時津が威勢の良い声を張り上げる。
それに対し魔理沙が突っ込みを入れた。
その芋虫並び﹂
﹁威勢が良いのは結構だが、先ずはその格好をどうにかしたらどう
なんだ?
魔理沙が指摘したのは服装の事ではない。彼らの姿勢の事である。
彼らは皆、壁に寄りかかりしゃがみこみ前の隊員と密着している。
こそこそすんのは嫌いなんだよな
言うなればソロバンで数を数えるときに弾くアレ見たいな感じにな
っているのだ。
﹁もうちょい派手に行こうぜ?
あ。﹂
箒が嵩張り動きにくいし。と嘆く魔理沙。それに対し反論するのは
片上だ。
と怪訝な表情
﹁デカイ音立てて敵に悟られたらどうするつもりだ?﹂
魔理沙は扉吹っ飛ばした癖に何言ってんだコイツ?
をしつつ言った。
216
犯罪者だからな?﹂
﹁そん時ゃそん時で正々堂々弾幕勝負だ﹂
﹁一応俺達侵入者だからな?
片上はとりあえずこの能天気魔法使いコスに釘を差すと、先行して
いた多摩から﹁階段クリアー﹂と合図が来たので階段を忍び足で降
りていく。勿論芋虫陣形でこそこそと。
踊り場らしき所にでると、大きな扉がひとつ、
﹁鍵は⋮⋮⋮⋮掛かってないな。よいしょ﹂
扉をゆっくりと開けると彼らの前に現れたのは、
﹁さて、と⋮⋮⋮⋮地下は一体どうなって⋮⋮⋮⋮うわお﹂
﹁すっげえ⋮⋮⋮⋮﹂
﹁これ、全部本か?﹂
見渡す限りに広がる本棚であった。しかも、その全ての本棚にギッ
チリと分厚い辞典のような本が詰め込まれている。ここはキャット
と言いたくなるくらいキャットウォークが長い。
ウォークのようになっており左右を確認するとこの館の地下全部図
書館じゃねえの?
更に本棚のわずかな隙間から、向かい側も本棚になっているのがわ
かる。つまり本棚が二つ向かい合うようにくっついていて、それが
長い列をなしているのだ。
この本棚のサイズだと先に挙げた分厚い辞典も薄い週刊誌を普通の
217
本棚に詰め込んだように見える。恐らくここ一列で貯蔵量は小さな
図書館に匹敵するだろう。
もしこれが何列かあれば、今日までに発行された日本の書物全てを
保有すると言われている国会図書館に肩を並べるかもしれない。
どうやらここは吹き抜け構造の書斎︵と呼べるサイズではないけれ
ど︶の最上階らしく、3階層ほど下のエリア。大体地下4階辺りに
通路らしきものが見える。
﹁広いな⋮⋮⋮⋮どうします隊長?﹂
片上の問いに、時津は少々面倒そうに言った。
魔理沙って子はどうしたよ?﹂
﹁どうしようかね⋮⋮⋮⋮一番端までいって、そこからしらみ潰し
に⋮⋮⋮⋮ってあれ?
﹁え?﹂
片上が回りを見渡すが、魔理沙は見当たらない。キャットウォーク
の手すりに掴まり周りを見下ろす。
魔理沙はいつの間にか地下に降りており、本棚の本を見ては一人は
何やってんだ!?﹂
しゃいでいた。
﹁居た!
怒鳴る片上に、魔理沙は興奮した様子で答えた。
グリモワール
﹁見ろよこれ!!魔法使い向けの魔導書だぜ!?﹂
218
﹁グリモワール?﹂
﹁魔法使いの教科書みたいなもんだ﹂
﹁とりあえず、一回上がってこい﹂
﹁ハイハイ﹂
魔理沙は手慣れた手付きで箒に跨がると、そのまま上昇中のヘリの
様に片上達の元へ戻ってきた。
﹁よくよく考えると物理法則完全に無視してるよな、ホント﹂
感心したと言わんばかりの視線を送る自衛官たちに﹁エッヘン﹂と
年相応の上機嫌を見せる魔理沙。
だが、空中で動きを止めるのは自殺行為。上機嫌の魔理沙はそれが
欠落していた。
﹁熱っ!﹂
ふと、腕に痛みとも取れる熱さを感じた魔理沙。何かに擦ったかな
?
これ⋮⋮⋮⋮火⋮﹂
と思う前に魔理沙の視界をと体を熱いオレンジの波が覆った。
﹁えっ?
茫然自失の魔理沙に横から強い衝撃が加わった。
219
当然横に吹っ飛びつつ弧を描き地面に叩きつけられるだろ
ホバリング中のヘリに真横からスティンガーをぶちこんだらどうな
るか?
う。
﹁魔理沙ぁ!?﹂
片上が悲鳴の様な声をあげるのと、魔理沙が三階層下の床に叩き付
けられ床を転がっていくのがほぼ同時だった。
﹁白黒の鼠はこれで良いわ。後は斑の鼠だけね﹂
唖然としている隊員達の耳に入った声。声の主はピンクの服に身を
まとい濃い紫の髪を揺らしながら魔理沙と同じように片上の眼前に
浮かんでいた。ただし、箒に跨がってはいない。
﹁咲夜が言っていた通りね﹂
そう呟くと、彼女は一歩前へ踏み出し片上の手前に降り立った。
﹁私はパチュリー・ノーレッジよ。そして此処は私の図書館﹂
片上は目の前の少女が、見た目不相応のオーラを身に纏って居るよ
うに感じて、思わず一歩後退した。
﹁貴方達が何やらかしたのか知らないけれど、レミィの頼みで貴方
達をやっつけるように言われてるの﹂
そこまで言うと、パチュリーは本棚に収まっているのと同じ分厚い
本を取り出して呟いた。
220
﹁木符﹁シルフィホルン﹂﹂
パチュリーが手を挙げると、空中に星と三重円が組合わさった模様。
所謂魔方陣が十数個現れた。
パチュリーが突き上げた手を下ろす。すると、魔方陣から散弾状の
弾幕が隊員目掛け飛び出してきた。
と叫ぶ前に屈んで弾幕を避ける。他の隊員も各々
﹁ちょっ!おまっ!﹂
何すんだよ!!
屈むなり走るなりして散弾をかわす。
﹁危なっ!﹂
多摩が忌々しげに吐き捨て一歩後退した。多摩が居た場所に弾幕が
当たり煙が上がる。直後、板が割れるような音をたて、多摩の周囲
のキャットウォークが形を維持したまま真下へ滑落していった。
﹁うわわわわわわわわっ!!﹂
﹁多摩ぁ!!﹂
パシリ
片上が手を伸ばそうとするが、横から弾幕を飛ばされ妨害を受ける。
パチュリーの使役している手伝い兼世話役の小悪魔だ。
﹁ちっ!!﹂
一見すると人間に見えるが、背中と頭にそれぞれ一対に生えている
221
﹂
翼が人間ではないことを物語っていた。
﹁こなくそ!
肩から掛けている89式を使うより早いと判断したのか、時津がH
K45C拳銃を抜き小悪魔に向かって三連射。
しかし小悪魔は鳥のように飛んでおり、反動も大きく速度もない4
5ACP弾では当たらなかった。
続けて拳銃を放とうとしても、容赦なく浴びせられるパチュリーの
弾幕に時津は拳銃を弾き飛ばされ他の隊員達は反撃もままならない。
﹂
﹁今日は喘息の調子も良いから、存分に魔法を振るってあげるわ﹂
﹁じゃあ、私のお相手もしてくれる?
﹁ええ、勿ろ⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
緊迫した場には不相応な少女の声が聞こえた。
﹁その声⋮⋮⋮⋮何で、アンタ⋮⋮⋮⋮そこにいるの⋮⋮⋮⋮﹂
威勢のよかったパチュリーの顔がみるみるうちに青くなっていく。
喘息の発作では無さそうだ。
驚愕とも唖然とも取れるパチュリーの視線の先には少女がいた。
黄色いリボンつきの紅い服を身にまとい一風変わった帽子をかぶっ
た金髪の少女。喜色を湛える口には八重歯を覗かせ、庇護欲を駆り
222
立てる笑顔を浮かべていた。
しかし背中にはカラフルな石を携え
た羽の様なものが見えている。彼女も人間では無さそうだ。
﹁パチュリー。私だって生きてるんだもの。本の一冊や二冊、読み
たくなるわ?﹂
更に後ろから半長靴の足音をならしながら、ボディーガードの様な
感じで男女が現れた。女はポカーンとしている多摩を両腕で抱えて
いる。お姫様だっこの様な感じだ。
それともロリコン?
ペド?﹂
﹁500年も地下にぶっこんで放置プレイってアンタら生粋のドS
ね?
﹁分隊長、人にモノ言う前に鏡を見ましょう﹂
﹁後で腹筋500回。それと私はロリコンでもペドフェリアでもな
い。OK?﹂
それに守本!?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮OK﹂
﹁分隊長!?
﹁待たせたな﹂
現れたのは守本と霧島だった。そして少女。こと吸血鬼のフランド
ール・スカーレット。
﹁その子は?﹂
中央の初見の少女について、片上が問いかける。
223
﹁フランドールっつってな。何か地下に閉じ込められてたらしい﹂
へぇ。大変だねと言った多摩に対し、フランは﹁不満がある時は﹁
じきそ﹂すればいいって教えてくれたの!!﹂
﹂
若干舌っ足らずな口調がなんと言うか可愛い。某宮崎の気持ちがほ
んの少し分かってしまった多摩である。
﹁所でどうやって此処まできたんです?
すると守本は﹁スニーキングすんのも面倒だし、立て掛けてあった
これ使った﹂と刃が赤黒く汚れた斧を取り出した。それを見た隊員
が一斉に絶句する。
片上が取り乱した様子で言う。
﹁ま、ままま、まさかおまっ、お前それでメイドの頭一つ一つかち
割って⋮⋮⋮⋮﹂
﹁うんにゃ。峰打ちだよ。刃が赤錆で使い物にならなかったから﹂
﹁あ、ならいいや﹂
それでも充分痛いと思うが。というか、錆びてなければ普通にやる
つもりだったのだろうか?
﹁フラン﹂
それまでつま弾きも同然だったパチュリーがフランの名前を呼んだ。
224
﹁気持ちは分かったわ。でも⋮⋮⋮⋮⋮﹂
パチリと指をならすと、フランを水滴がそのまま大きくなったよう
な水の塊がおおった。
フランは半ばパニック担ったようで、短く悲鳴をあげたが、プルプ
ルと震え始めた。その内手を開いて握ろうとした。
﹁水溜まりを壊したら、頭から水を被るわよ?﹂
勝負に勝ったらフランを解放してあげるわ﹂
パチュリーがお見通しと言わんばかりに呟くと、フランは手を引っ
込めた。
﹁さて、斑の鼠さん?
どうして其処ま
一部始終を見守って居た皆の代表と言った形で時津が怒り心頭とい
一応家族みたいなモンなんだろう!?
った感じで怒鳴った。
﹁オイ!
で躊躇なく閉じ込めたり、恐喝紛いの事が出来るんだ!!﹂
﹁私は居候だから、彼女の家族じゃない。閉じ込めたのはレミィだ
し今のは只の予防処置よ﹂
勿論、パチュリーもやりたくてやっているわけではない。ただ、館
の家主からフランには警戒しろ。もし逃げ出したら抑えておけと言
われているのでこのような真似をしているのだ。強いて言うなら﹁
どうでもいい。むしろ面倒事を押し付けられ怒鳴りたいのはこっち
225
だ﹂というのがパチュリーの心境だ。
その淡白さと裏腹に挑発するような仕草をとったのは、勝負する振
りして適当なタイミングで降伏して受け渡せばいいや。と考えたか
ら。もし家主から文句を言われたらこっちの力量にも限界がある。
貴女にしか倒せないと言えばあの単純な家主は納得するだろう。
問題は彼らが挑発に乗るかだが⋮⋮⋮⋮⋮⋮
﹁乗ったわ。各員、任意で発砲を許可する﹂
同じく、フランに対する容赦のなさに怒りを覚えた霧島が命令する。
どうやら心配はなさそうだ。
パチュリーはニヤリと微笑むと、もうどのタイミングで負けようか
考えに入っていた。
﹁それじゃあ、こちらから行かせて貰うわ。金水符﹁マーキュリー
ポイズン﹂﹂
先程よりも多い魔方陣が現れ、隊員相手に弾幕を放とうとする。隊
員も臆せず各々89式、64式、9mm機関拳銃、MINIMIを
構える。
大図書館を戦場としたこの異変最大の出来レースの火蓋が切って落
とされた。
226
図書館戦争
﹁多摩っ!
1
今何処に居る!?﹂
隠れている守本が大声で叫ぶと、多摩と比叡田が無線機越しに﹁分
かりません!﹂と半狂乱で叫んだ。
ヤバい。守本は思った。かなり苦戦している。
威勢の良いことを言ってみたが、実際は手も足も出せずに本棚の裏
で弾幕に当たらぬよう縮こまる事しか出来なかった。
しかも相手は舐めプレイをやっているつもりなのか全く自分から止
めを刺しに来ない。まるで﹁来るなら来てみろ﹂と誘っているかの
ように。
手渡された各種武器や道具を持っているため、縮こまっていても体
分隊長!?﹂
力を消耗してしまう。
﹁どうします!?
アイツら1発撃つ間に100発撃ってくるの
取り敢えず同じ本棚に伏せている霧島に発令を求めるがこちらも半
狂乱で喚く。
﹁無理無理無理!!
よ!?﹂
﹁ダメだこりゃ⋮⋮⋮⋮﹂
227
﹁てかアイツら容赦なさ過ぎでしょ!?
て躊躇の欠片もありゃしない!!﹂
自分の本棚に穴開ける何
﹁|MINIMI︵軽機関銃︶有るでしょう!?﹂
﹁あそっか﹂
霧島は自分が得物を斧から軽機関銃に取り替えた事を今更思い出し、
弾幕が止まった隙に本棚から顔を出すとMINIMIを構えようと
する。が、それを見た時津が決死の思いで止めに入る。
﹁無駄です。相手はこちら側の死角に居ます!﹂
﹁そんなバカな!!﹂
霧島は一蹴しつつ顔を出す。MINIMIの引き金に手を掛けて、
パチュリー
正面100メートルチョイはあろうかと言う広大な通路には、忌々
しい紫モヤシは見当たらない。
後ろを見るが人が居る様子はない。左右には守本達が隠れて監視の
目を光らせている。ここで彼女が空を飛べることを思い出したが、
3階層分の空間は通路の真上を除き本棚がぎっちり詰めている。残
りのキャットウォークの階層部にも見当たらない。
視界にはパチュリーは確認出来なかった。
﹁居ない⋮⋮⋮⋮?﹂
じゃあ、私たちに先程から執拗に攻撃を仕掛けてくる弾幕は⋮⋮⋮
⋮?
228
思考に気を取られ一瞬動きが止まる。刹那それを待っていたかのよ
うに弾幕の掃射が再開される。
﹁危ないっ!!﹂
守本は言うが早いか霧島にタックルをかましそのまま重なるように
倒れた反動で向かいの本棚に滑り込む。
﹁恩に着るわ!﹂
とはいえ相手に完全に捕捉されているため、不利な状況には変わり
ない。それどころか本棚に空いた穴が弾幕を貫通させているため、
白旗でもあげますか?﹂
徐々に壁としての役割を果たせなくなってきたのである。
﹁どうします?
半分やけっぱちの守本が言った。﹁それも悪くないかも﹂と霧島は
自嘲気味に呟いた。
﹁只、相手の位置を知っとく位はやりたいわね⋮⋮⋮⋮﹂
﹃相手が目視で射撃してないとみると、何かレーダー的なものが有
るんですかね?﹄
無線機越しに片上の声が響く。BGMのように弾幕が掃射されてい
る様なので、大体3ブロック先の右側の本棚に居るのだろうか?
その本棚の周辺にはパチュリーの弾幕が降り注いでおり、煙のよう
な物が上がっている。
229
﹁そうかもな⋮⋮⋮﹂
弾幕が放たれていない間、守本達は本棚の合間合間を縫うように前
進していた。
それでも必ず移動中に射撃を食らう。お互い本棚に隠れていて、直
視できない以上何の細工もなしに精密な射撃は不可能のはず。
﹁何か有るのかも知れないが⋮⋮⋮⋮﹂
弾幕が止んだのでこの本棚から別の本棚へと走り抜ける﹁今んとこ
ろ分からん!!﹂と一人で叫びつつ重石になる9mm機関拳銃を先
にぶん投げ、機関拳銃が滑り込んだ本棚に全速力で走り込む。
しかし霧島達とは別の本棚へ走ってしまったため孤立してしまう。
一度引き返そうとも考えたが本棚へ引っ込んだ紙一重で弾幕が降り
時津三曹!?
何処に居るんですか!?﹂
注いできたので、危機一髪だと安堵しつつ弾幕の止まるタイミング
を待つ。
﹁分隊長!?
﹁こっちよ!!﹂
少し離れた場所にある本棚からMINIMIの銃身が見えた。そこ
に二人は隠れているのだろう。
﹁取り敢えずタイミングを見計らって⋮⋮⋮⋮﹂
合流する事を考えている守本。取り敢えずこの辺りにぶん投げた9
mm機関拳銃を取ろうとする。
230
ムニッ
﹁えっ⋮⋮⋮⋮?﹂
なんか柔らかい感触がする。明らかに銃器の固い材質ではない。グ
リップの滑り止めもこんなに柔らかくはない。
﹁うあ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮?﹂
気持ち良く睡眠しているところを無理矢理起こされたような呻き声
が聞こえた。しかも何か聞き覚えがあるような気がする。
手を引っ込めてそちらをみると、魔理沙とか言っただろうか。白黒
の衣装に身をまとった少女が横たわっていたのである。
﹁⋮⋮⋮⋮だ、大丈夫か?﹂
肩を揺さぶりながら聞いてみる。答えてくれれば良いのだけれど⋮
⋮⋮⋮。
﹁ん⋮⋮⋮⋮ううん⋮⋮⋮⋮何?﹂
ゆっくりと目を開けた魔理沙は、一瞬状況が理解できず茫然として
いた。直後、そのまま開きかけの薄目をパッチリと真ん丸に見開い
てしまった。
﹁う、うわぁぁぁぁ!?﹂
魔理沙は素っ頓狂な叫び声をあげるとゴキブリのように足と手を器
231
用に使い3メートルほど後退り、勝手に本棚に頭をぶつけて悶絶し
た。
一方いきなり絶叫をあげられ避けられた上に、何か勝手に悶絶して
いる魔理沙になにやってるんだコイツと暫く生暖かな視線をむけて
いた守本は、思い出したように声を出した。
﹁大丈夫か?﹂
﹁こ⋮⋮これが⋮⋮これが大丈夫に見えるか?﹂
﹁見えない﹂
﹁⋮⋮⋮⋮容態を聞くわりによそよそしいのは気のせいなのか?﹂
顔をあげた魔理沙は、声色の割に心配していると言うより滑りっぱ
なしの漫才師をみているような目をしている守本に唇を尖らせた。
﹁そりゃああんなゴキブリみたいな避けかたされたらねぇ﹂
﹁起きたらいきなり肩を揺さぶられてたらビックリするぜ?﹂
﹁あぁ、それもそうだな﹂
手を叩いて頷く守本に、若干なんとも言えないマッタリしたような
オーラを感じた魔理沙。
しかしすぐに魔理沙の意識は彼の後方に絶え間なく降り注ぐ爆音と
弾幕と白煙に注がれた。
232
﹁さっきから五月蝿いが何が起こっているんだ?﹂
﹁それに関してなんだが⋮⋮⋮⋮﹂
守本は魔理沙に対し、なるべく状況をかいつまんで説明した。
﹁なるほど⋮⋮⋮⋮だったら私の大得意なスペルカード戦と言う訳
か﹂
﹁スペルカード?﹂
聞きなれぬ単語を聞き返す守本に、魔理沙は痛みが引きつつある後
頭部を撫でながら説明しようとした。
が、天井近くをふよふよと飛んでいる小悪魔を見つけると、﹁実演
してやる﹂と呟いた。
﹁実演って⋮⋮⋮⋮﹂
﹁まあ。見てろ。恋符﹁マスタースパーク﹂!!﹂
魔理沙は技名のようなものを叫ぶと、八角形のコースターを厚くし
たようなものを取り出した。それを某宇宙海賊のサイコガンのよう
に構えると、短い単語の組み合わせのようなものを呟いた。
次の瞬間、その八角形の道具から、太いレーザーともビームとも取
れる光線が発射された。光線はあっという間に小悪魔を呑み込み、
消えた?
アレ?﹂
遥か向こうへ吹っ飛ばすと何事もなかったのように消え去った。
﹁えっ?
233
何が起こったかわからず﹁えっ﹂を繰り返す守本を魔理沙は﹁どう
弾幕止まった!
こっち来て﹂
だ﹂という顔で見つめている。そんな中、霧島が守本に大声で叫ん
だ。
﹁守本っ!!
﹁了解!!﹂
﹁私もついてった方が良いか?﹂
﹁勿論!﹂
言うが早いか、魔理沙の腕をつかみ霧島たちの居る本棚へ向けて走
り出した。魔理沙はいきなり腕を引かれたので戸惑いつつも箒を掴
んで走り出す。
弾幕が再び襲いかかってくる可能性も否定できないため半ば全速力
で駆け抜けるが魔理沙が足をもつれさせたため野球のヘッドスライ
ディングのようになってしまった。
﹁ちょっ?大丈夫?﹂
珍しく霧島が心配そうな眼差しを向けてくるので﹁大丈夫です﹂と
答えると、﹁アンタじゃない﹂と一蹴された。どうやら魔理沙の方
に気を使っている様だ。
﹁ピンピンしてるぜ﹂
魔理沙は元気そうに答えると安堵の表情を浮かべ無線機を手に取る。
234
﹁各員聞こえる?
?﹂
フラ
私が信号弾で位置示すから、合流してくんない
あの羽が生えた女の子みたいな奴、何処行った?
﹃﹃了解!﹄﹄
﹁ねぇ?
ンじゃない方よ﹂
フランじゃない方となると、あのコウモリのような羽を生やした女
の子しかいない。魔理沙のマスタースパークを諸に食らった小悪魔
だ。
﹁ああ、アレならこの子がレーザーともビームともつかない光線で
吹き飛ばしました﹂
﹁この子が?﹂
意外そうな視線を向ける霧島に、魔理沙はまたしてもエッヘンと言
うようなドヤ顔を見せる。
﹁どうやって吹っ飛ばしたのよ?﹂
﹁魔法だ﹂
証人ならここにいる﹂
何かそれっぽい衣装してるとは思っていたけど本物?﹂
即答する魔理沙に対し半信半疑な霧島。
﹁魔法?
﹁本物だぜ?
235
そういうと守本がそうしたように、魔理沙が守本の腕をつかむ。
﹁ふぅん⋮⋮⋮⋮﹂
貴女、何かを破壊する
それを聞き暫くブツブツと呟くような考え事をするような気味の悪
い自問自答を繰り返す霧島。
魔理沙ちゃん⋮⋮⋮⋮だっけ?
やがて、何かを思い付いたように言った。
﹁ねぇ?
魔法とか使える?﹂
魔理沙は、その問いに対し﹁大得意だ!﹂と胸を張った。
﹁じゃあ、私の指示する方角に思いっきりぶっ放してくれない?﹂
﹁良いけど⋮⋮⋮⋮何に使うんだ?﹂
戸惑い気味の魔理沙に霧島は朗らかな笑顔で言った。
﹁作戦思い付いたのよ。危ない橋を渡るけどね﹂
236
図書館戦争
2
﹁危ない橋⋮⋮⋮⋮ですか⋮⋮⋮⋮﹂
霧島の言葉を聞いた守本が不安げに呟く。これでも部下を持つ彼か
らすれば﹁危ない橋﹂というのは聞き捨てならない単語だろう。
その様子を察した霧島が頭を掻きながら苦笑する。
﹁取り敢えず聞いて頂戴。その前に少し私の推測も聞いてもらうけ
れど﹂
﹁推測?﹂
スポッター
みたいな
聞き返す守本に霧島は﹁そう。推測よ﹂と前置きして話始めた。
﹁さっき魔理沙ちゃんがあの羽がついたコウモリ人間?
のを消し飛ばしたらしいけれど、たぶんそれがあの紫の奴の観測手
がわりになっていると思うのよ﹂
﹁そりゃまた、どうしてです?﹂
﹁確たる根拠は無いんだけどね。紫の奴は私たちから見えなかった
訳だけど、それは相手も同じ。私達の位置を探るためにあのコウモ
リ人間が必要だったわけ。﹂
しかもバラバラに拡散しているため、自衛官目掛け弾幕を一斉に放
つことは不可能。そうなれば一つ一つ潰していかなければならない
が一つ潰している間に別動隊がやって来る可能性もある。
237
それを防ぐためには一定時間ごとに弾幕で相手を牽制しなければな
らなくなり、結局一つ足止めする間に他の自衛官が動く。それを牽
制するため弾幕を放つ間に他の自衛官が動いてしまう。
これらをバランス良く牽制するか攻撃しなくてはならないが、視界
が狭い中でそれを実行するには高いところから見下ろし逐一位置情
報を教えてくれる目が必要だ。
その目が、霧島が言うコウモリ人間、もとい小悪魔である。
勿論小悪魔が弾幕で応戦しても良いのだが、パチュリーからすれば
使役の小悪魔がそう戦線を支えきれるとは思えないし、霧島達は知
らないがパチュリーは館の主へ如何に接戦に見せかけて負けるか考
えていたので敢えて攻勢に出ずじわじわと追い詰めてもらえれば良
いので目になってもらう以上の事をさせなかった。
この事を大分かい摘まんで説明した霧島に守本は感嘆するそぶりを
見せつつも、﹁それでも根拠としては成り立たないのでは?﹂と心
配する。
﹁なら、証拠と言えるか分からないけど魔理沙ちゃんがコウモリ人
間を吹き飛ばした直後に弾幕が止み、今に至るまで一発も放たれて
いないのは何故?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮あ﹂
守本はその一言にはっとした。確かに魔理沙がビームだかレーザー
だかつかない光線で小悪魔を吹き飛ばしたあとに弾幕は止まってい
る。
238
片上や多摩達もそんなに離れた位置におらず、彼らに弾幕が撃ち込
まれているなら先程のような爆音が響いているはずだ。
﹁話を戻すわね。私の考えに乗るか反るかは自由よ。私の推測に基
づく作戦だから、成功は保障出来ないし﹂
守本は霧島の考え方を現実的、つまり可能性が高いと考えた。しか
し戦闘においての不確定要素が仇となった例は数えきれないという
考えも心底に居付いている。
だが、不確定要素云々は最早完全に運だからどうしようも出来ない
し、かといって余り時間を掛けて考えていれば自分の体や隊員達が
先程の本棚よろしくな事態になってしまうのも避けられそうにない。
ならば、博打に打って出るのも悪くはないだろうか。
﹁⋮⋮⋮⋮乗ります﹂
﹁おっ?﹂
﹁作戦に乗りますよ。概略を教えてください﹂
それを聞いた霧島は﹁よぉし﹂と呟き微笑んだ。ただ、普段の腹黒
さ漂う笑みではなく母親が子供に投げ掛けるような﹁やっぱり﹂と
いうような笑みであった。
﹁それと魔理沙ちゃん﹂
﹁うん?﹂
239
今まで蚊帳の外におかれ、口笛を吹きながらコブになり腫れてしま
った後頭部を撫でていた魔理沙は、やっと自分に話が回ってきたと
待ちくたびれた感情を抑えながら答える。
﹁貧乏くじ引くかもだけど、私たちにお得意の魔法とやらで協力し
てくれない?﹂
魔理沙は少し考えるような仕草を取るとなにかを思い付いたように
答えた。
霧島は自分の経験から何か見返りを要求してきそうだなと勘繰った。
﹁いいぜ。ただ︳︳︳︳﹂
﹁ただ?﹂
外の世界
どんな要求が飛び出すか身構える霧島に魔理沙は先程から擦ってい
た後頭部を指差しながら、
﹂
さっきの本棚?﹂
﹁異変が一段落したらこれをどうにかしてくれないか?
の医療とかで治してくれよ?
と言った。
﹁どれどれ⋮⋮⋮⋮うわぉ﹂
﹁こいつはひどいな⋮⋮⋮⋮どこで打った?
髪をかき揚げ後頭部を覗いた二人は思わず絶句してしまった。後頭
240
部の一部が赤黒く変色しており、少ししたら痣になるような痛々し
い痕が有るからだ。
さっきの本棚で物凄く悶絶していたことを思い出した守本の質問に
魔理沙は横に首を振った。
﹁その前に三階分の高さから叩き落とされたんだ﹂
子
それを聞いた霧島は﹁要検査ね﹂と呟きメモを取ると、﹁そんだけ
?﹂と聞き返す。
魔理沙は後ひとつ、と付け加えると恥ずかしげに言った。
﹁後、魔理沙ちゃんってちゃん付けで呼ばないでくれないか?
供っぽくて嫌なんだ﹂
霧島はどうみてもまだ子供でしょーがと心のなかで突っ込みながら
﹁分かったわ、魔理沙﹂と返す。
﹁そんだけだぜ﹂
それを聞いた霧島は一応時津や無線で多摩や比叡田、片上にも確認
をとるが、即刻承諾してくれたので無線機の電源をオンにしながら
話の続きを始めた。
﹁ハイハイ。それじゃあ作戦の概略を説明するわね﹂
霧島の作戦というのは荒唐無稽な物であった。
﹁まずは先程無線で司令したように、信号弾を打ち上げる﹂
241
﹁ちょっと待って下さい。それじゃあコウモリ人間倒した意味がな
いですよ?﹂
位置がばれてしまえば再び弾幕に曝されてしまう。守本はそれを危
惧しているのだろう。
﹁承知の上よ。だってそれが目的なんだもの﹂
﹁目的﹂
﹁そう。目的﹂
そう言うと霧島はジェスチャー混じりに説明を続けた。
﹁わざわざ位置を晒してくれるのよ。奴が飛び付かない訳がない﹂
しかし相手の弾幕は山並に曲がったり正直、何でもありだ。霧島は
そこで魔理沙の出番だと言った。
﹁そこで、片上達に弾幕の放たれている方角を見抜いてほしいのよ﹂
﹃方角ですか?﹄
無線機にノイズ混じりの片上の声が聞こえる。
﹁そうよ。位置を突き止めようとしても無理でしょうし、方角さえ
突き止めて貰えば⋮⋮⋮⋮﹂
そこで、霧島は魔理沙の肩をポンと叩く。
242
﹁アナタが本棚もろとも相手を吹き飛ばせばいい﹂
ふぅむと考えるような仕草をする守本と時津。それに対して魔理沙
は﹁面白そうだな﹂とカラカラと笑っている。その芯の太さが羨ま
しいと思う二人だったりする。
﹁今さら降りるなんて言わせないわよ?﹂
﹁分かってますけど⋮⋮⋮⋮もし本棚もろとも吹き飛ばせなかった
らどうするつもりで?﹂
時津の質問に霧島は虚を突かれたような顔をしていたが、直ぐにニ
ヤリとした元の表情に戻った。
﹁その時はコレを使うのよ﹂
霧島は防弾チョッキの物入れの一つから、細長い筒のような物を取
り出した。
﹁コレですか。確かにコレなら仕留め損ねても大丈夫かもですね﹂
それは一体なんだ?﹂
合点のいく守本と時津に、再び蚊帳の外に追いやられそうになった
魔理沙が口を尖らせる。
﹁話が見えてこないぜ?
﹁これか﹂
自分の防弾チョッキから同じような細長い筒とも棒ともつかないそ
243
れを取り出した。
てきだん
﹁これは06式小銃躑弾っつうモンだ﹂
彼の取り出したのは小銃躑弾。アメリカ的に言えばライフルグレネ
ードランチャーである。
一般的なグレネードランチャーと言うとアサルトライフルの銃身下
部に装着するタイプのものを思い浮かべるが、これは正確には躑弾
筒。アンダーバレルグレネードランチャーと呼ばれ別系統のもので
ある。
06式小銃躑弾は89式小銃や64式小銃の銃口部にこの細長い筒
を装着するタイプの代物で、ソケット型と呼ばれるスタンダードな
それを
部類に属するM203に比べ反動の小ささや射手の安全性が確保さ
れている。
﹁魔理沙達に言うなら対人用の弾幕⋮⋮⋮で良いのかな?
発射する装置みたいなもんだな﹂
﹁へぇ。そんな小さな棒じゃあ頼りない弾幕しか撃てなさそうだが
な﹂
守本からすればコップの下に敷くコースターを分厚くしたような物
から波動砲のような光線が出る方が突っ込みどころ満載だ。
上記の事を反論しようとした守本を時津が議論してる場合ではない
かと。と宥めて居る間に霧島は残りの三人に作戦内容の確認を取る
ことにした。
244
﹁と言うわけで、比叡田と多摩は躑弾付けて弾幕が放たれている方
位の特定。片上は火力64で火力投射して頂戴﹂
﹃了解﹄
﹁と言うわけで魔理沙。どっか適当なところで寝転がって頂戴﹂
﹁寝転がる?﹂
﹁そ、相手にバレる事は無いだろうけど念のため﹂
﹁分かった﹂
そういうと魔理沙は適当なところに寝転び、茶色の天井を眺めるよ
うに仰向けに寝転んだ。まだ頭が痛いらしく頭と床の間に手を挟ん
でいる。
﹁寝ると言うか伏せてもらいたかったんだけれど、まあ良いわ。じ
ゃ、撃ち上げるわよ﹂
﹃了解。わかり次第報告します﹄
無線の声が途切れると同時に霧島は53式中折れ信号拳銃の銃口を
真上に向けて、引き金を引いた。
拳銃にしては比較的大きめの発射音が響き、黄色い尾を引きながら
撃ち上げられた信号弾は天井にあたり、通常より少し早めに炸裂し
た。
視界が少しの間白く染まる。
245
真っ白な視界が通常の色彩豊かな色を取り戻そうとした頃、上から
弾幕が降り注いできた。
﹁ヤバっ⋮⋮⋮⋮退避っ!!﹂
しかも量が想像以上に大量で仰向けでそれに気づけた魔理沙が一目
散に退避し、霧島の号令を受けた二人も弾かれたように走り出した。
﹁特定できたかっ!?﹂
時津の問いに焦り気味の回答が帰ってきた。
障害物を⋮⋮⋮⋮﹂
﹃ちょっと待ってください⋮⋮⋮⋮⋮方位330。向かって正面。
左前です!﹄
﹁魔理沙っ!!﹂
﹁この弾幕じゃ無理だ!
それを聞いた守本が﹁障害物障害物﹂と呟きながら、弾幕の至近弾
を受けつつも適当なテーブルを見付けたので横に倒し、脚を持ち引
き摺るような感じで弾幕の降り注ぐ所に躍り出た。
そのまま亀のようにテーブルを背負い、ヤンキー座りをするとあら
簡単即席の遮蔽物の出来上がりだ。
﹁魔理沙来いっ!!﹂
弾幕で掻き消されぬよう腹から思いっきり怒鳴るように指示を出す
246
と﹁よしきた﹂と魔理沙が滑り込んできた。
守本が﹁大体あっち﹂と指差した方向へ、魔理沙は先程のコースタ
ー的なもの。もといミニ八卦炉と呼ばれるマジックアイテムを構え
ると、守本が自分にそうしたように、本棚の向こうへいる相手に向
けて叫んだ。
﹁喰らえっ!!恋符﹁マスタースパーク﹂!!﹂
魔理沙が手元に構えた八卦炉が、核爆発でも起こしたのかと言うく
らい眩しい光と、この世のものとは思えぬ奇妙な形容しがたい爆音
を放つ。
光はそのまま本棚の向こうへ目にも止まらぬ早さで伸びていく。
立ちふさがる本棚は片っ端から吹き飛んでいき、本棚が木っ端微塵
本棚がぁぁぁぁっ!!﹂
になっていくのが守本にも分かった。
﹁あぁぁぁっ!?
悲痛な叫び声が聞こえたのは気のせいだろうか。
マスタースパークが止まると、遥か向こう側にぽっかりとスペース
が空いているのが確認できた。
そこにはふよふよと宙に浮いた紫の服装をした少女が居る。距離に
すると100メートルは有るので表情は疑えないが、なぜか守本は
怒ってると結論付けた。
﹁よくも⋮⋮⋮⋮﹂
247
何故か?
﹁よくも私の可愛い本と本棚をっ⋮⋮⋮⋮﹂
こんなに忌々しげに呟き、
﹁滅茶苦茶にしてくれたわねえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!﹂
冷静などどこ吹く風の彼女を見て怒ってないと言える馬鹿は居るだ
ろうか?
撃たせるな!!﹂
土金符﹁エメラルドメガリ⋮⋮⋮⋮﹂
躑弾撃て!!
﹁覚悟なさい人間共っ!
﹁守本!!
霧島が弾幕の止んだ一瞬の隙に本棚から身をのりだし、MINIM
I軽機関銃の引き金を引く。狙いは曖昧だが機関銃はそもそも火力
を投射するためのものなので余り問題はない。
MINIMIは爆音をあげながら5.56mm弾を紫の魔法使いに
向けて放つ。
守本達も89式小銃の引き金を引いた。
銃口に取り付けた躑弾がヒュルヒュルと放物線を描き紫の魔法使い
の元へ飛んでいく。
だが躑弾の弾着よりも早く、紫の魔法使いのスペルカードによる弾
幕が守本たちに降り注いだ。
248
遮蔽物たる本棚はまとめて吹き飛ばしてしまったので障害物は何も
ない。
魔理沙は箒を掴むと、﹁こー言うときは懐に飛び込んだ方が安全な
んだ﹂と呟きながら箒に跨がりパチュリーの懐へ飛んでいく。
﹁もう一発マスパをお見舞いしてやるぜ!!﹂
意気込む魔理沙を目撃した守本は、ヤバイと呟くと大声で怒鳴った。
﹁引き返せっ!!﹂
が、弾幕を無我夢中で避けている魔理沙の耳には入らない。
魔理沙の視界は放物線を描きながら落ちていく躑弾から、目の前の
そこの魔法使いっ!!
私の弾幕を喰らえ!!﹂
紫の魔法使い、パチュリー・ノーレッジに注がれた。
﹁おい!!
いきなり物騒なことを口に出せるのは、魔理沙の神経が並々ならぬ
図太さを持っているのか、それとも魔法使い同士の仲間意識からだ
ろうか。
﹁パチュリーよ。人間の癖して強いわね。噂に聞いていた博霊の巫
女じゃなさげだけど、何者?﹂
普通の魔法使いだ!!﹂
ちょっとは楽しませてくれるのかしら!?﹂
﹁霧雨魔理沙っ!!
﹁お仲間ねっ!!
249
﹁読書よりは楽しませるぜ!!
さあ、来い!!﹂
その時、床に落ちた躑弾が炸裂し付近に破片が撒き散らされる。
人を殺めるには十分な威力の物だ。だが二人にとってはそれは弾幕
戦の火蓋を切る合図に過ぎなかった。
250
﹁さあ来い﹂と啖呵を切
幾らなんでも容赦が無さすぎだぜ!!﹂
魔法使い対決
﹁くそっ!
魔理沙は舌打ち混じりに吐き捨てる。
ったは良いが、ハッキリ言って相当窮地に立たされていた。
魔理沙は人間の魔法使いとしてはトップクラスの実力が有ることを
自負している。それは間違いでも自惚れでもない。
しかしやはり生粋の魔法使いと人間魔法使いの差だろうか。パチュ
リーが放つ弾幕は一見すると回避する余地はなく、﹁幕﹂というよ
りは﹁壁﹂に近い。
﹁一度後退しろっ!!﹂
下から様子をうかがっていた守本達が口々に叫ぶ。魔理沙は箒に股
がり適当な本棚に床に平行になるような姿勢で足を置く。
後退を援護すべく小銃を構えた守本達に魔理沙は﹁ちょいまちっ﹂
と叫んだ。
﹁私は一旦下がるスタイルは好きじゃないんだ﹂
そう言うと本棚を蹴り、箒を加速させた。糞味噌に早いスピードの
わりには繊細な動きで弾幕をすんでのところでヒョイヒョイと避け
る。
パチュリーをまだ小さい姿ながら視界にとらえる。少しでは有るが
251
疲弊の色が見えつつある魔理沙に比べて、パチュリーはまだまだ余
裕といった感じである。
﹁大口叩いたわりにはバテてるみたいね﹂
パチュリーは先程に比べてトーンダウンした口調に変わっていた。
彼女は元々こんな性格なので、パチュリーはらしくもなく我を忘れ
ていると言えた。だが、魔理沙にとってはそれが何処か小馬鹿にし
ているように聞こえたらしい。
﹁あんまり舐めて貰っちゃあ困るな!﹂
﹁そ。じゃあコレは避け切れるかしら。木符﹁シルフィホルン﹂﹂
パチュリーがスペルカードを唱えると先程までの単純なパターンの
弾幕とは違い、派手というかカラフルな色を纏った複雑怪奇なパタ
ーンの弾幕が魔理沙に牙を向く。
﹁バカにするなよぉ⋮⋮⋮⋮﹂
魔理沙はバイクレーサーが高速走行時に胴体をバイクに付けるよう
に、抵抗を減らすための伏せに似た体制をとると、箒の飛行速度を
調整するつもりだろうか。
﹁正面突破だっ!﹂
真っ正面を突っ切っていく馬鹿正直でがさつな戦法ではあるが、実
際は細かく小さな動きで弾幕をかわしていかなければならないので
高度な技量を要求される⋮⋮⋮⋮筈なのだが魔理沙は箒をドンドン
252
加速させた。
実は魔理沙はあまり細かい動きと言うのが苦手であり、本当に一直
線に弾幕を突っ切ろうとした。もちろん数発は体にヒットするだろ
うが、ど根性でどうにかする。
もちろんそんなスタイルがパチュリーの弾幕⋮⋮⋮⋮むしろ弾の壁
に通用するわけがない。
﹁あだっ!⋮⋮⋮⋮痛ぇ﹂
弾幕が数発魔理沙の体を掠り、思わず痛い痛いと呟いた。お陰さま
で突撃を仕掛けたはずが大分動きが鈍ってしまう。
醜態をさらけ出している魔理沙を見ていたパチュリーが呟く。
﹁動きが鈍い⋮⋮⋮所詮人げ⋮⋮⋮⋮わっ!!﹂
そんなパチュリーの呟きは、頬を掠めた銃弾により遮られてしまっ
た。
パチュリーの視界には吹っ飛ばされた本棚から身を乗り出し、十字
砲火を行う自衛隊が見えた。
﹁奴等も魔法が使えるのかしら﹂
パチュリーは彼らが見えない弾幕︵実際には早すぎて見えないだけ︶
を放つことから魔法使いと考えた。
もしそうだとしたら厄介なことになると思った。目の前の自称人間
253
の魔法使いと徒党を組んでいるなら彼らも人間だろう。
コイツ
おそらく前衛を魔理沙に任せて、彼らは後方の安全圏から見えない
弾幕で滅多撃ちにすると言う算段だろう。
さすがのパチュリーも眼球で認識出来ないものに対処するすべを持
金符﹁シルバードラゴ
ち合わせてはいないし人数も5,6人いるので厄介なことこの上な
い。
﹁ちっ。やってくれるじゃない⋮⋮⋮⋮!
ン﹂!﹂
そら、もういっちょ。と言わんばかりに自衛隊に向かって撃ち出さ
れた弾幕。安定のスピードと量の多さに、守本達は慌てて本棚だっ
不意打ち作戦失敗で詰みましたよ!!俺達!
た瓦礫に身を潜める。
﹁どーしますっ!?
!﹂
矢継ぎ早に降り注いでくる弾幕の爆音に掻き消されぬように半ばヤ
ケクソに叫ぶ片上に、霧島もヤケクソぎみに怒鳴った。
﹁どうしようもこうしようも無いわよ!!﹂
上を見渡すと、相変わらず降り注いでくる弾幕とそれを危なっかし
い動作でかわす魔理沙が見えた。
しかも魔理沙は先程より更に被弾を重ねており、ほうほうの体であ
る彼女がどれくらい戦えるかは考えなくても分かる。
254
﹁しゃあない⋮⋮⋮⋮目眩ましをあげてその隙に守本と片上は移動
して。こっちが銃撃で引き付けるから独断で撃っちゃってくれる?﹂
﹁分かりました⋮⋮⋮⋮ただ、魔理沙の方はどうするんです?﹂
﹁目眩ましをあげる前にこっちに下がってもらうわ﹂
﹁了解です﹂
守本の了解を取り付けた霧島は大声で﹁魔理沙戻って!!﹂と叫ん
だ。
流石の魔理沙も体力を消耗しきったと判断したのか、こちらがわに
箒の柄先を向けて退避しようとした。
霧島は魔理沙の背後に位置するパチュリーに対し、再び信号拳銃の
引き金を引いた。
信号弾はパチュリーの眼前⋮⋮⋮⋮ではなくその近くの本棚に着弾
した。その直後ピカリと光ったが本の間に埋もれてしまい、先ほど
のような目を眩ませる鋭い光を発することはなかった。
パチュリーは最初回避の動きを見せたが、大きく命中コースを外し
たそれを見ると、直ぐ様攻撃を再開しようとした。
﹁⋮⋮⋮⋮?﹂
その直後である。
パチュリーの鼻腔を奇妙な臭いがくすぐった。
255
図書館では絶対に有り得ない筈の臭い。不快感を煽るこの臭いを言
葉にするなら、﹁焦げ臭い﹂。
﹁嘘っ!?﹂
パチュリーはギョッとしたようすで辺りを見渡すと、先程信号弾が
撃ち込まれた本棚と本が黒く変色していた。しかも奥からはオレン
ジ色の炎がキラキラと覗いている。
誰がどう見ても、火災が発生していた。
﹁嘘だ火災が発生しやがった!!﹂
時津が叫んだ。
実は非殺傷目的の信号弾でも、信管を使い火薬を爆発させる事には
かわりない。使用される火薬に発光作用が有るか無いかと、火薬入
れの外に榴弾ポケットの有無が違いなのだ。
信号弾や閃光手榴弾は、ご存じの通り強力な光を発する。コレによ
り赤外線が発生する。
赤外線は強力なものになると空気を熱しその熱で可燃性物質を炎上
させる効果がある。小学校で黒い色紙に虫眼鏡をかざし日光の光を
それと同じ現象が起こるのである。
集約したものを照射し、焦げて線香のように発火させる実験をやっ
たことはないだろうか?
モチロンほぼゼロ距離で糞味噌に眩しい信号弾の発光を受けた本が
どうなるかと言うと⋮⋮⋮⋮、
256
﹁マジで?
るの?﹂
というか信号弾って燃えるもんなの?
つーか引火す
﹁⋮⋮⋮⋮第二次世界大戦のときに、不時着した米軍パイロットが
信号弾を敵兵に撃って衣服に引火させて焼死させた事例があったん
ですよ﹂
信じられない。マジ?を連発する霧島に時津が解説する。
﹁まあ、カビ臭いし湿気も有りそうですから瞬く間に大炎上、ての
はないと思いますが﹂
﹁どっちにしろ相手に焼死されるのも後味が悪いわね⋮⋮⋮⋮あれ、
魔理沙の奴、どうしたのかしら?﹂
霧島が指差した方向には、魔理沙が箒に股がりこちらへ飛んできて
いた。が、大分フラフラしており、さっきからあっちこっちを行っ
たり来たりの蛇行運転である。
﹁ほ、箒が、箒が言うことを聞かないんだ。⋮⋮⋮⋮あ、あ、あわ
わわわっ﹂
魔理沙は困惑しながら箒を制御すべく箒の柄を色々いじっているが、
効果は見られないようだ。
というか、180°反転しそのまま火災が発生している方に突っ込
んでいってしまった。
﹁⋮⋮⋮⋮守本、そっちいったわよ﹂
257
狙撃地点に向かおうとしていた守本が﹁ほいキャッチ﹂と呟きなが
ら箒に逆さ釣りのような感じになっている魔理沙をキャッチした。
いわゆるお姫様だっこの感じである。
﹁大丈夫か?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮サンキュ﹂
そういう系にウブな魔理沙の顔面は少し赤面していたのだが、守本
の視線はパチュリーに向いていたので気づかなかった。
﹁やば、喘息が⋮⋮⋮⋮﹂
パチュリーは煙を吸ったのか、戦闘で舞い上がった埃のせいか喘息
を再発したらしく息も絶え絶えになっていた。
というかそのままフラフラと守本と魔理沙の前に落ちてくるとコヒ
ューコヒューと苦しげに呼吸した後、膝から崩れ落ち果てた。
喘息発症したみたいです!﹂
﹁た、助けて⋮⋮⋮⋮﹂
﹁分隊長ー!
後は来る
守本が叫ぶとしばらくのちに反射も混じった霧島の声が返ってきた。
﹁衛生担当の氷川は別行動だから、無線で支援要請!
まで放置で!!﹂
喘息患者に放置プレイと言うのはかなり残酷な処置だが、しょうが
258
ない。だって、吸引装置がないのだから。
﹁にしても⋮⋮⋮⋮この火災どうするよ?﹂
周囲に延焼が広がりつつある火災を見て守本が呟く。自らの蒔いた
種である以上、後始末も当然自衛隊がやらなければならない。
﹁それなら任せろ﹂
後始末に困り果てた守本に、魔理沙が胸を叩きながらいった。彼女
は短い呪文と思われる言葉を呟いた。
すると、パチュリーが作ったものに似てもにつかぬ形状の魔方陣が
現れ、そこからバケツをひっくり返したような量の水が降ってきた。
辺り一面に水をぶちまけた音が響き、守本と魔理沙と地面に果てて
いたパチュリーに勢いよく冷水が浴びせられた。真夏の水浴びと言
うには量が過ぎる。
﹁火は消えたが⋮⋮⋮⋮やりすぎじゃね?﹂
守本のヘルメットもとい﹁テッパチ﹂はモチロン、チョッキは愚か
インナーに至るまで水浸しになってしまった。ためしにテッパチを
取ってみると頭髪も濡れているようで、水滴がこめかみをつたって
垂れてくる。
魔理沙も同じような感じで、魔法使いコスと大きなリボンつき三角
帽子を手に取り水気を取っ払うために団扇のようなあおいでいる。
しかも魔理沙の場合は帽子の外に出ていた髪も水を被ったためか、
彼女のすぐ後ろの部分には早くも小さな水溜まりが出来つつある。
259
﹁か、加減を間違えたぜ﹂
苦笑しながらグシャグシャと水の滴る後頭部をかきむしる魔理沙。
その足元に果てていたパチュリーがぐるりと顔だけをこちらに向け
て言った。水を浴びて気を持ち直したのだろう。
﹁火を消してくれたことには感謝するけど⋮⋮⋮⋮﹂
そう言いながら辺りに弾き飛ばされ水に浸かった本を手に取る。い
かにも古書といった感じの本は当然現代のしゃれたPC入力のフォ
ントに大豆からできた油性インクのようなものは使っておらず、手
書きの水性インク製の本は水により羊皮紙のページは水を吸いベタ
ベタ。インクは水に滲み黒い水玉をページに作っていた。
﹁これじゃあ、焼けてしまった方が処分に困らない気もするわ⋮⋮
⋮⋮ゲホッ﹂
﹁お、もう一度やるか?﹂
魔理沙が八卦炉を構えると、パチュリーは首を横に降った。
﹁無理よ無理。喘息が⋮⋮⋮⋮ゲホッゲホッ﹂
﹁じゃあ。約束は守ってもらうぞ﹂
先程までの気の抜けた態度とは違い、強い口調になった守本が言っ
た。手には9mm機関拳銃を構えている。
約束とはフランの事であろう。
260
﹁わかったわ⋮⋮⋮⋮﹂
パチュリーは弱々しく呟くと、短く呪文を唱えた。
すると、フランを取り囲んでいた巨大な水滴が蒸発した様に消えた。
フランは何が起こったのか分からないと言った感じに少し唖然とし
ていたものの、パチュリーが﹁おいで﹂と言うと警戒するような仕
草と共にこちらへとんできた。
霧島達が近寄ると、フランはパチュリーから少し距離をおき霧島の
近くに立った。
パチュリーは﹁嫌われたかなぁ﹂と苦笑しつつフランを見つめた。
フランは余り来たことのない図書館にキョロキョロと視線をめぐら
した後、パチュリーを見つめて言った。
﹁パチェ。今度さ、本読んでいい?﹂
﹁へっ!?﹂
てっきり恨み節の一つでもぶつけられるかと思ったパチュリーと、
その、﹃よくも閉じ込めてくれ
恨み節でもぶつけるかと思った守本たちは戸惑った。
﹄とか?﹂
﹁いや、何か言わなくて良いの?
たわね!
しばらくキョトンとしていたフランだがやがて発言の意図を組んだ
のか、おばさんのように手を振りながら話した。
261
アイツ
﹁いやだって、どうせ﹃閉じ込めておけ﹄って言ったのはどうせお
姉さまでしょう?﹂
﹁え、まぁ﹂
﹂
﹁パチェは関係ないじゃん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮まあ
﹁じゃあ怒る理由ないじゃん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
思っていたよりかなり謙虚と言うか、健気と言うかなんと言うか⋮
⋮。彼女の館の主人から聞いた話で予想していた人物像とは違いす
ぎて、パチュリーは少しだんまりしてしまう。
﹁でも私を引き止める理由もないよねー?﹂
やっぱり一筋縄ではいかずちゃんと言うところは言うのが彼女の姉
である館の主人に似てはいる。
﹁まあ、間違っては⋮⋮⋮⋮﹂
いないと続けようとしたパチュリーの目の前に、赤色の槍が突き刺
さった。ちょうどパチュリーとフランを隔てるように刺さったそれ
にパチュリーは一歩のけぞり、フランは顔を青くして尻餅をついた。
﹁誰だっ!﹂
262
慌て槍の柄尻⋮⋮⋮⋮つまり、槍を投げたであろう者がいる方角へ
目を向ける。
視線の先のキャットウォークには、少女が立っていた。
フランのような帽子を被った少女は、水色の髪に羽を生やしている。
しかし羽はフランのような派手なものではなく、もっと生物的な物
だ。
彼女の出す雰囲気はどこか神々しいと言うか、蛇に睨まれた蛙のよ
うに動けなくなる。そんな雰囲気で、幼女のような見た目だが中身
人の屋敷に踏み込んでおいて﹂
は何か、こうカリスマというか、とにかく嘗めて掛かってはいけな
こっちの台詞よ?
い気がする。
﹁誰だ?
﹁⋮⋮⋮⋮レミィ﹂
パチュリーが何か言おうとするが、レミリアは猫のように愛くるし
さと鋭さを両立させた目付きを向ける。その視線は鋭い。
﹁パチェ。フランに言い負かされるなんて、種族魔法使いの名が廃
るわよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
押し黙ったパチュリーを見て、守本は彼女がかなりの実力者である
ことを確信した。
﹁パチェからご紹介預かったわね。私はレミィこと、レミリア・ス
263
カーレット。最強の吸血鬼にして、この館﹁紅魔館﹂の主よ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮主?﹂
守本はこの幼女が吸血鬼で、館の主であることに驚きを隠せないで
いた。しかも、彼女はレミリア・﹁スカーレット﹂と言った。
確か、フランの正しい名前はフランドール・スカーレットだった。
とすればこの二人は一体?
何か関係があるのだろうか。ふと浮かんだ疑問に知らずともフラン
が答えた。
フランの顔面は真っ青で、霧島の後ろに隠れている。霧島の服を固
く掴んでいるところを見ると、相当苦手なようだった。
﹁お、お姉さま?⋮⋮⋮⋮どうしてここに⋮⋮⋮⋮﹂
目の前で不適に笑う少女とフランを交互に見た守本は心のなかでそ
っと思った。
︵やっぱり、人の家庭問題に関わるのは辞めた方が良いな︶
と。
264
蓮子目覚める
﹁通路⋮⋮⋮⋮クリア。いくぞ﹂
チャーリー
ふじ
先行していたCチームのコールサイン﹁ブランリヴァル﹂こと富士
一尉がハンドサインを送った。
さかなみ
それを確認した﹁アルビオン﹂こと栄波二尉が今度は後続の部下に
ハンドサインを送る。
それを見て頷いた部下二人は、それぞれMP7PDWとM4カービ
ンを手に取った。
﹁良し、索敵始め﹂
索敵といっても一帯の通路の安全は確保されているので、敵は居な
い。この場合の敵とは本来の意味ではなく捜索対象。要は宇佐見蓮
子のことである。海自がミサイル、魚雷やソナー、果ては時計の時
刻合わせまで﹁撃て﹂と言うのと同じである。
富士は通路の手近なドアのドアノブに手をかけると、栄波はMP7
をドアの中央部に向かって構えた。
富士がドアを開けると、栄波が足音を立てぬようにスッと部屋に入
る。
ここまでの行動を5秒と掛からず実行できるのは流石に特戦と言っ
た所か。
265
栄波は部屋の安全を確認するとクローゼットやユニットバスの用な
個室も一通り調べる。が、捜索対象は見当たらない。
﹁居ません﹂
栄波は富士の方へ振り向き報告すると、富士は﹁流石に一発目から
アタリが出るとは思っちゃ居ないよ﹂と呟いた。
﹁さ、次だ﹂
先まで広がる通路と立ち並ぶドアを見つめつつ、隣の部屋の捜索に
きば
当たろうとした富士と栄波に向かいの部屋の捜索に当たっていた﹁
トロイホース﹂こと木馬二尉が声をあげた。
﹁一尉。この部屋から談笑する声が聞こえます﹂
﹁何?﹂
彼はM4カービンの銃口を指がわりにし、富士の斜向かいのドアを
指している。
﹁どれどれ⋮⋮⋮⋮?﹂
富士は音をたてないよう注意しながらドアに聞き耳を立てようとし
た。しかし、耳を澄ませば話し声は完全に外部に漏れており、わざ
*
私は一体⋮⋮⋮⋮﹂
わざ聞き耳をたてる必要は無さげだった。
*
﹁う⋮⋮⋮⋮あ、あれ?
266
宇佐見蓮子は頭に激痛を感じて目を覚ました。何か金髪の幼女に訳
のわからんことを言われて空が赤くなったり気持ち悪くなったりし
て⋮⋮⋮⋮その後の記憶はない。
とにかく痛む頭を擦ろうとして手を動かそうとするが、何故か動か
ない。
﹁あ、あれ?﹂
見ると、椅子に座らされた蓮子は背もたれの後ろに腕を回され、そ
こで手首を縛られているようだった。ようやく彼女は自分が縛られ
ていることに気付いた。
﹁な、何よコレ∼!?﹂
誰かが聞き付けてくれることを願いつつ、大声でオーソドックスな
反応をしてみる。
﹁縄です。見なきゃ分かりませんか?﹂
何処からか耳に入ってきた淡白でサディスティックな一言に思わず
怒鳴ってしまう。
﹁別にわかるわよ!⋮⋮⋮⋮⋮えっ?﹂
蓮子は、誰かが反応した事にハッとする。
誰かいる。と言うか目の前に誰かいた。それも二人。
267
一人は見た目小学生ぐらいの少女だが髪は緑色のロングで、メイド
服を纏っている。
もう一人は更に小さく、幼い顔立ちに薄茶の髪のボブカット。どう
みても最早幼稚園児。せいぜい小学校一、二年程度である。
二人ともどう考えてもメイドと言うには幼すぎる。この二人の主人
はきっとロリコン⋮⋮⋮⋮いや、ペドフェリアに違いない。
と一人勝手に思考を巡らせていると、あることに気付いた。
︵さっきの生意気な発言、コイツらじゃないわよね?︶
だとしたら幼女に舐められる私って⋮⋮⋮⋮。
そんなチャチに見えるのかしら。と考える蓮子だが、そこで自分の
置かれている状態を考え直す。視界に入っているのは赤茶色の壁に
赤茶色の床、茶色のクローゼットにシンプルなベットとランプが乗
っかった机。
何か洋館の一室という感じもする。窓から見える空は紅く、意識が
途絶える前に見た光景は現実のものであると教えてくれた。
とはいえこの光景が現実離れしているのに代わり無いし、全く状況
がわからない以上どうにかして目の前の幼女からどうにかして情報
を聞き出すしかなかった。
最もこの幼女メイドがなにか知っているとは思えないがとにかく聞
いてみるしかないか。
268
何故かバクバクする心臓を抑え、蓮子は手前の二人にいろいろと質
問し始めた。
なんですか!?﹂
﹁あの、ちょっといいかしら?﹂
﹁しゃ、喋った?
﹁⋮⋮⋮⋮何?﹂
蓮子が声をかけるとボブカットの子の方は少しテンパった様子で肩
何で私はこんな目にあってんの?
と言う
をビクりと震わせていたが、緑色のロングの方は顔色ひとつ変えて
いない。
﹁あの、ここは何処?
か、あなたたち誰?﹂
﹁ど、どれから答えれば良いですか?﹂
一気に質問をぶつけられ少し戸惑いの声をあげる薄茶メイドに蓮子
は﹁好きな順でいいから﹂と縛り付けられた肩を乗り出すような仕
草をしつつ声を張り上げた。
それに若干気圧されるように一歩退いた薄茶メイドは少しおろおろ
した様子で答えた。
﹁えっと⋮⋮⋮⋮じゃあ、まず⋮⋮⋮ここは紅魔館といって、当主
はレミリア・スカーレット様。私達の雇い主でもあります﹂
﹁成る程、そのレミリアとやらはペドフェリアなのね﹂
269
﹁は?
﹂
﹁いや、何でもないわ。続けて⋮⋮⋮⋮えっと?﹂
﹁?﹂
薄茶メイドはペドフェリアという聞き慣れない単語と、蓮子の苦笑
いを浮かべる仕草に首をかしげた。
﹁名前⋮⋮⋮⋮なんていうのかしら?﹂
﹁え?⋮⋮⋮⋮⋮あぁ、名前は⋮⋮⋮⋮無いんですよね⋮⋮⋮⋮﹂
合点が行ったらしい薄茶メイドは、少し困ったような悲しむような
顔を見せた。
﹁名前が無い?﹂
おうむ返しな蓮子の反応に、薄茶メイドではなく緑色の方のメイド
か﹁うん。お前とか、そこの、とかしか呼ばれない﹂と答える。顔
﹂
は無表情だが、声色は若干の嘆きの色を含んでいるようだった。
﹁刑務所の囚人でも番号で呼ばれるのになぁ⋮⋮⋮⋮
レミリア様とやらはよほどの変態らしい。と口に出そうと思った蓮
子は、慌てて口を押さえた。
メイドをやっているということは、彼女らがレミリア様とやらにあ
る程度の忠誠心を持っているということ。自分の尊敬する者や慕っ
ている者を貶されて心地よい気分になるはずか無い。
270
もし相手が気分を害して態度を硬化させれば得られる情報を得られ
なくなってしまう可能性もある。今目の前にいる
ガチガチの理系である蓮子が何故か心理学擬きの思考を出来るのか
わからないが、そんなことを誰かに教えてもらった気がするのだ。
親しい人のはずだが思い出せない。
﹁⋮⋮⋮⋮そうだ!﹂
蓮子は名案を思い付いた。彼女らが気に入った名前をつけてその代
りに解放してやろうと考えたのである。
﹁名前つけてあげようか?﹂
﹁うんにゃ、いいよ﹂
﹁え?﹂
緑色の方のメイドか手をぶんぶんと振る。目論見が一瞬で崩れ去り
そうになった蓮子は取り乱してしまった。
﹁えっちょっ⋮⋮⋮⋮何で?﹂
バカなの?
という視線を向けてく
﹁いや、名前つくつかないって余り変わんないじゃん﹂
なに当然の事言わせてるの?
る緑色の方のメイドに、蓮子は大学の授業遅刻の言い訳で鍛えた私
のアドリブ能力舐めんなよ、という視線で跳ね返し息を吸い込む。
そして口を開いた。
271
﹁名前に意味がない?
﹁違う?﹂
それは違うわ﹂
﹁ええ。名前というのは、その人や物の存在を維持するためにある
の﹂
﹁ど、どういう事ですか?﹂
蓮子は興味津々なメイドに、少し気分をよくしながら話続ける。
﹁例えば、このクローゼットを指すには、﹁これ﹂ではベッドか床
か、はたまた壁を指す言葉にもなり不十分。私たちも同じで、例え
ぐ
ば5人の人がいて、太郎という人がそのなかにいても誰が太郎と分
からなければ太郎という名前を知らないのと同じなのよ﹂
﹁じゃあ太郎さんって呼べば良いんじゃ?﹂
﹁そ、でもね。もし太郎という名前が太郎さんに無かったら?
っと太郎さんという人を識別しにくくなる。ならこれはもう太郎と
いう名前を知らないと同じ。つまりその人からすれば太郎さんは存
在しないのと同じな訳﹂
町中ですれ違う人間は知り合いでもない限り名前を窺い知ることは
できない。つまり、その人に立派な名前があってもすれ違う人間か
らすればその名前は存在しないのと同じ。
勿論ちゃんとした一人の人間として認識出来るが、互いに名前を知
らなければ主語は﹁そこのあなた﹂、﹁きみ﹂等その人とも他の人
272
とも取れる呼び方しかできない。
名前が分かるならそれは気にならないが、名前が存在しないなら名
前は逆立ちしても分からない。
だから名前を知らぬ人間とは、一度別れれば再会することはまずな
い。通りのすれ違う人間から再度同じ顔を探すことは困難に等しい
し、他人の空似という可能性もゼロではないからだ。
だからこそ、人間には名前がついている。その人の存在を維持する
ため、いつの間にか忘れてしまわぬように。名前は分かるが顔は思
い出せないという話は聞くが、その逆は滅多に無い。
顔付きは年を取るごとに変わっていくが、名前は名字しか変わるこ
とはないしそれも旧姓と言う形で残る。
名前は人が使うのに一番便利な識別符号なのだ。
と言うニュアンス
この事を噛み砕いてなおかつ子供に分かりやすい言葉でつたえるの
に、蓮子は相当の苦労を要した。
﹁名前が必要な分かった?﹂
﹁な、何となくは⋮⋮⋮⋮﹂
﹁じゃあ、名前付けてあげようか?﹂
﹁は、はい⋮⋮⋮⋮﹂
これで拒否ったら⋮⋮⋮⋮分かっているよね?
273
と言うかオーラ的なものに圧迫され、薄茶メイドは勿論緑色の方の
いい名前を考え出してあげるわ!﹂
メイドまで背筋に走る冷たさと息苦しさを感じたので、二つ返事で
頷いた。
﹁よぅし!
蓮子の黒いオーラが消え、二人は﹁ぶはぁっ﹂と大きな息をはいた。
蓮子は、一体どんな名前にしてやろうか悩んだ。子供な以上あから
さまにペットみたいな名前を付けるわけにはいかない。愛称のよう
な名前がよいかもしれないが、かといって近年よくみる頭の悪そう
な奴が付けた名前は絶対に嫌だと。
身体的特徴を名前に反映してやるのも良いかも知れない。でも、緑
色の方は日本語とか似合わなさげだしな⋮⋮⋮洋風にグリーンとか
⋮⋮⋮⋮。
﹁あ、そうだ﹂
蓮子が思い付いたように手を叩くと、ソワソワしていた二人は顔を
あげた。
﹁グリとグラなんてどうよ﹂
﹁グリと⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁グラ⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁そ。緑色の方のがグリで﹂
274
二人は暫く顔を見合わせていたが、どちらかとなくクスクスと笑う
と﹁いい名前かも﹂と名前に対する感想を述べた。
﹁良かったぁ⋮⋮⋮⋮﹂
気に入ってもらえたと安堵の息をついた。一段落と言ったところだ
が、これだと咄嗟に子供の頃読んだ童話から引っ張ってきたとは言
えない。
ま、いっか。息をつくと蓮子はあることを思い出した。
﹁あ、そうだ二人とも﹂
﹁﹁??﹂﹂
﹁私これさ、縛られて居るけどさ、どうなっちゃうわけ?﹂
蓮子は今だ椅子に縛られたままである。流石に解放してほしいとこ
ろだ。解放してくれるとは行かなくても、何が目的で監禁擬きの目
に遭っているのか教えてくれたって良い筈である。
﹁貴女様は、本日のレミリア様のご夕食として食卓に上がるのです﹂
頭をバットで殴られたような感じが蓮子を突き抜けた。食べる。し
私が?
﹂
れっといい放つにはシビアすぎる内容だ。聞き間違いかと思い蓮子
は聞き返した。
﹁ほう。食卓に?
﹁はい﹂
275
﹁並ぶと?﹂
﹁はい﹂
﹁ステーキやハンバーグになる?私が?﹂
﹁はい﹂
肯定の意を繰り返す薄茶メイドと緑髪メイド。
聞き間違いではないと悟った蓮子は俯いて黙り込んでしまった。
﹁あの⋮⋮⋮⋮大丈夫、ですか?﹂
薄茶メイドが声を掛ける。反応はない。まるで屍のようだ。
しばらく蓮子は燃え尽きたボクサーの如く首をかたむけていたが、
顔をゆっくりあげた。顔色は良くない。
﹁大丈夫⋮⋮⋮⋮?﹂
﹁んな訳無いでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!﹂
﹁ひっ⋮⋮⋮⋮⋮﹂
先ほど迄の半泣きといった形相は消え去り眉間にシワを刻む般若の
ような顔つきになった蓮子は、椅子から勢いよく立ち上がる⋮⋮⋮
⋮とはならず椅子がバタバタと音をたてる。
276
﹁冗談じゃないわよ!?
何で私が食われなきゃいけないわけ!?
一万歩譲ってイケメンならまだしもペドフェリアよ!!年端も行
かないガキメイドにしているペドフェリアよ!!﹂
その後数分間は聞くに耐えない罵声が続いたが、椅子をドタバタさ
せて一頻り怒鳴り終えた蓮子は肩で息をし始めた。
﹁あわわわわ⋮⋮⋮⋮⋮ど、どうしようどうしよう﹂
今にも縄を引きちぎり突進してきそうな迫力の蓮子を眼前にパニッ
ク状態に陥った薄茶メイド⋮⋮⋮⋮もとい、﹁グラ﹂に緑色の方の
メイド﹁グリ﹂がボソリと呟いた。
﹁メイド長に連絡﹂
﹁そ、そうね⋮⋮⋮⋮行ってくる!﹂
﹁逃げんなコラぁぁぁぁぁ!!﹂
後ろから最早初見に抱いた美人な大人のイメージは遥か彼方に吹き
飛び、グラは後ろにいるのは凶暴な動物だと思うことにした。
その野獣の咆哮に、悲鳴をあげたい衝動を押し殺しながらドアに走
る。
しかし、ドアは何故かグラがドアノブに手をかける前にバタリと開
いた。そこから飛び出してきたのは、緑や茶色の服を着たビックフ
ットのように屈強な怪物であった。
自分に黒光りする杖のようなものをあてがい何かを叫ぶ怪物に、彼
277
女のメンタルはいよいよ限界に達した。
﹁嫌あぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮!
!﹂
ドアの前にはバタリとそのまま頭から床に突っ伏したグラを唖然と
した表情で見つめる富士と栄波が立っていた。
278
蓮子目覚める︵後書き︶
ペドフェリア:十歳以下の子供に対し性的嗜好をもつ者の総称。ロ
リ子、ショタっ子に対し恋愛感情をもつのがロリコンやショタコン。
ペロペロ︵物理︶したり性的な目で見るのがペドフェリア。
279
拘束解除
﹁おいコラ!!
全員両手を⋮⋮⋮あ⋮⋮⋮げ⋮⋮ろ?﹂
ドアを開けて何故か棒立ちになっている富士の隣を通り抜け、降伏
勧告を行った栄波は思わず﹁ありゃ?﹂と拍子抜けし構えていたM
P7を降ろしてしまった。
呆然としている富士の目の前に仰向けにカーペットの敷かれた床に
その後ろに椅子の背もたれから警戒心全開の表情
寝転んだ。というか白目になり口の両端泡を吹いて卒倒しているメ
イド姿の幼女。
な顔を出してプルプル震えているメイド姿の幼女。
そしてその椅子に座り込み目を見開き唇を半開きにし、正に訳が分
からないよ。とした顔で此方を見つめる見た目大学生程度の少女。
︵な、何ですかアナタ達は?︶
そんな感じの視線をどこからともなく感じ、︵こっちの台詞だよ︶
と突っ込みたくなるのと自分達の場違いっぷりに立ち去りたくなる
衝動を押さえながら取り敢えず様式美の警告だけはやっておこうと
考えた栄波はMP7を構え直し、
﹁あー⋮⋮⋮⋮⋮うん。⋮とにかく全員手を上げろ!﹂
と偉い拍子抜けした警告を放った。
暫くものすごい気まずい沈黙が訪れたが、プルプル震えていたメイ
ドが思い出したように、﹁ど、どちら様?﹂と絞り出すような声で
280
呟いた。
﹁あ、俺達は陸上自衛隊だ。人探しをしている﹂
バカ正直な自己紹介をすると、﹁ホントに!?﹂と気分よさげな声
が帰ってきた。
声の主は椅子に縛り付けられていた女子大生だった。
よくよく考えてみると彼女は椅子に座り込んでいるのではない。
手を後ろにやっており、椅子の随所に絡み付いた鎖も椅子の背もた
れの方角に回り込んでいる。おそらく椅子の背もたれには彼女の両
手首が縛り付けてあるのだろう。
だとすれば、女子大生の普通のお客様や食客には見えない。とい
うことは彼女が彼らの第一確保目標でもある民間人と言うことであ
る可能性は高いと言う事である。
これはあくまで栄波の予想であるが、隊長に相当する富士も同じ考
えに行き着いたらしい。
富士に﹁調査しろ﹂と顎を動かすジェスチャーで命令され、それに
そこのメイド
頷くと言う﹁了解﹂の意を載せたジェスチャーで返した栄波は、女
子大生に声を掛けてみた。
﹁すいませんが、アンタ何で椅子に縛られてるの?
コスの幼女といい⋮⋮⋮⋮﹂
訝しげな栄波の言動に、自分がもしかしたら異常な性的嗜好を持っ
281
目が覚めたらここに座らされてて⋮⋮
ていると感づいたのかどうかは知らないが女子大生は慌てて首を振
った。
﹁わ、分からないんです!
⋮⋮﹂
﹁そこのメイドみたいなのは?﹂
﹁分かりません。なんか監視役みたいな感じで⋮⋮⋮⋮﹂
椅子を揺らし絡みついた鎖をじゃらじゃらとならしながら説明に戸
惑っている女子大生の額には、球状の汗が筋を引きながら伝ってお
り、とにかく信じてもらおうと努力しているようだった。
最も栄波は始めから疑うつもりは毛頭無い。
﹁そうか⋮⋮⋮⋮⋮って監視役?﹂
聞き流し女子大生の縄はずしに取り掛かろうとした栄波の耳に引っ
掛かる単語があった。
女子大生の
監視役といっても自分達と彼女の他にはメイド姿の幼女しかいない。
ということはあの二人が監視役と言うことだろうか?
体力なら人数差こそあれど拘束を解けば逃走は容易なはず。
監視役は当然逃げ出すのを阻止しなければならない。戦力差を埋め
るための方法は幾つがあるが、そのうち最も考えられそうな物が栄
波の頭をよぎった。
﹁まさか⋮⋮⋮⋮﹂
282
得物を持っている⋮⋮⋮⋮?
栄波は一瞬顔を強張らせたが、直ぐにふっと自嘲気味に鼻で笑った。
だとすればとっくのとうに仕掛けてくるはずだし、そこにいるのは
栄波は
ターゲットと泡を吹いていたりビク付いているメイド姿の幼女じゃ
ないか。
その二人が得物を携帯しているとは思えない⋮⋮⋮⋮⋮。
そう思った。思い掛けた。
ふと、首に冷たい感触を感じる。比較的涼しい屋内とはいえ季節は
夏真っ盛り。汗の一つや二つ掻いても可笑しくはないだろう。
そう思い汗を拭おうと右手を戦闘服のポケットのハンカチに伸ばし
掛けた。
が、栄波の手は何者かに手首を捕まれ、そのまま腰においやられた。
ぎょっとして振り返ろうとした栄波の耳に、﹁動かないで﹂という
声が響いた。
目で後ろを振り替えると、先ほどまで椅子の裏でビクついていたは
ずの幼女が、柄に模様の入ったナイフを自分に突きつけていた。
そのまま刃先に視線を巡らすと、自分の喉元に刃が当たっているの
が見え、栄波はごくりと唾を飲み込む。
﹁ごめんなさい。彼女はご主人様のお夕飯になる予定なのです。連
れ去られては困ります﹂
283
先ほど迄のほんわかした雰囲気はどこへ、緊迫した空気が広がる。
その均衡を破ったのは富士だった。
一歩踏み出し、泡を吹いて倒れている幼女のエプロンの襟首を左手
で掴みあげると右手にグリップをスライドさせ撃鉄も起こしたH&
コイツがどうなってもいいのか!?﹂
K社製HK45CT拳銃を握り、震える声で叫んだ。
﹁おいアンタ!!
そう言うと明後日の方向に拳銃を向け、一発引き金を引いた。
銃口から一瞬閃光となにかが破裂するような音が部屋になり響き、
ナイフを持っていた幼女は思わず短い悲鳴をあげてしまった。
銃口が向けられた先に視線をやると、壁に小指大の穴があき、そこ
に真鍮色の物体がめり込み煙をあげている。
気絶している幼女に穴が開く光景でも想像したのか、微かにナイフ
を持つ手が震えたのを栄波は見逃さなかった。
空いている左手で腰に据え付けてある銃剣を手に取ろうとした。
﹁ご、ご免なさい!﹂
懇願するような声に思わず手が止まる。喉に突きつけられた冷たい
感触が無くなった。
ふっと大きな安堵の息を付く間も無く後ろを振り替えるとメイド姿
284
の幼女が世間で言う土下座をしていた。
﹁ちょっと脅かしてみようと⋮⋮⋮⋮﹂
一見すると涼しい表情だが、額に汗を浮かべて弁明する姿は得も言
われぬ哀愁を漂わせていた。
栄波は何故かバクバクする心臓を抑え、呆れた表情でため息混じり
に呟いた。
﹁あのなぁ⋮⋮⋮⋮ナイフ首に突きつけて脅しって⋮⋮⋮⋮﹂
なんかもう何処から突っ込んでも良いかわからなくて呆然という感
じ栄波の横で幼女からナイフを引ったくった富士は、ナイフをじろ
じろと眺めながら呟いた。
﹁こりゃ良くできてるな。木製のレプリカにしちゃあ上出来だ﹂
﹁え、レプリカ?﹂
驚愕の表情を浮かべる栄波に、富士はうん、レプリカ。と繰り返す。
﹁ドヤすための非殺傷武器の類いだろ。多分﹂
﹁メイド長の真似すれば降参してくれると⋮⋮⋮⋮﹂
という表情をした女子大生と目が
先ほどとは違う意味で茫然自失といった感じの栄波が視線を巡らす
と、私どうしたら良いんです?
合う。
285
﹁あの⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あー。一応救出に来ましたよ。えっと﹂
﹁蓮子﹂
﹁は?﹂
﹁私、宇佐見蓮子と言います﹂
﹁ああ。名前ね﹂
彼女の簡単な自己紹介を聞き流し自分も自己紹介を返そうとしたが、
よくよく考えれば自分は徹底した秘守義務の課せられた特戦の隊員
である。そのため、事務的な口調で彼女に話しかける。
﹁このあと、少し話を聞くためについてきてもらうけど⋮⋮⋮⋮大
丈夫?﹂
﹁あ、はい⋮⋮⋮⋮﹂
いつの間にか部屋に入ってきた木馬が、椅子のチェーンを外すため
に四苦八苦しているのを見届けながら、幼女に視線を移す。
先ほどまで泡を吹いていた子が立ち上がり、何事方と周囲を見回し
ている。
それを見たメイド姿の幼女が、﹁ぐらー、生きてる?﹂と呟くと﹁
大丈夫。ぐりの方は?﹂と会話しているのが耳に入った。
286
お前達はどこの双子の野ネズミだよ。と心の中で突っ込みを入れつ
つ、﹁富士一尉。連絡入れます?﹂と聞いた。
﹁そうだな﹂
ジャブロー
答えながら富士は無線のスイッチを押す。
チャーリー
ASSY
﹁こちらCチーム。HQ。送れ﹂
﹃こちらHQ。感あり﹄
ソロモン
﹁捜索対象を確保。これより集結地点に一時後退する﹂
ソロモンとは捜索対象の民間人。つまり蓮子の事である。
﹃了解﹄
歩行が困難な
無線でやり取りする富士を横目に眺めつつ、栄波は蓮子に話し掛け
た。
﹁近場の拠点まで行きますが⋮⋮⋮⋮歩けますか?
ら補助しますが﹂
﹁あ、歩けることには歩けますが⋮⋮⋮⋮ここ、何処なんですか?﹂
と情報の聞き出しが出来ないと悟
頭をかきながら申し訳無い。といった感じに聞いてくる蓮子に、栄
波は地元の人じゃあないのか?
った。
﹁こちらも分かんないんですよ⋮⋮⋮⋮。なんか気がついたら艦隊
287
ごとこちらに来ていて⋮⋮⋮⋮﹂
﹁艦隊ごと?﹂
﹁はい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
顎に手を当て先ほどまでのどこかほんわかした雰囲気を取り払うか
のごとく熟考し始めた彼女に、栄波は気まずそうするのをよそに﹁
ところで⋮⋮⋮⋮﹂といつの間にか無線を耳から放した富士絞り出
すように声を発した。
﹁迎えのヘリが来たので⋮⋮⋮⋮詳しい話はこちらで聞きますから、
取り敢えず付いてきて貰えますか?﹂
すると蓮子はプルプルと縦に首を振った。
﹁⋮⋮⋮⋮んじゃ。こっちへ﹂
部屋から出ようとする蓮子にぐりとぐらが色々言いたげな視線をこ
ちらに向ける。
蓮子はウィンクしながら左手を眼前に持ってきて﹁ゴメンね﹂と言
うポーズを見せた。
︵お叱り受けたりするのかもしれないけど、知ったことではないわ
ね︶
蓮子が心の中で思いながら、廊下に一歩踏み出したときだった。
288
カタ。カタ。と何かが軽く当たるような音がした。富士が首をかし
げた瞬間。耳に爆音が突き抜け、お腹の辺りが音に共鳴しながら不
愉快な感触を醸し出した。
紅く塗られた壁の漆喰がパラパラと剥がれ、蝋燭台に刺さる蝋燭の
灯し火が右往左往する。
﹁何だ今のはっ!?﹂
﹃何だ、地割れが⋮⋮⋮⋮﹄
﹃状況不明!!⋮⋮⋮⋮ガぁッ!?﹄
﹃おい、今の誰だ!?﹄
十数秒ほどで収まった地揺れ。地震の類いではない。
アナンケは轟沈した!
繰り返す、ア
顔を見合わせフリーズする自衛官達に、無線が情報を伝えた。
﹃HQより各員聞けっ!!
ナンケは轟沈した!!﹄
アナンケは轟沈。本作戦における撤収符号である。つまり自衛隊に
今のなんですか!?﹂
何らかの事態が発生したということ。それも、生死に関わるような。
﹁あの⋮⋮⋮⋮!
二人揃って顔を青くしたぐりとぐらがこちらに顔を出してきた。
289
富士はレンジャー訓練や特戦の隊内教育で、ある程度冷静沈着に行
動できる積もりだった。しかし、今回はそうはいかない。
今頃日時指定の宅配で送られる女房への誕生日プレゼントに合わせ
てサプライズメールを贈るはずだったのになぁ⋮⋮⋮⋮!
柄にもなく舌打ちしながら、彼は誰が相手というわけでもなく⋮⋮
⋮⋮強いて言うならこの場の全員に向けて富士は怒鳴った。
﹁今の揺れの正体知りたきゃ付いてこい!!﹂
そういって歩き出した富士の数メートル後ろで、行き遅れまいとそ
の場にいた全員が慌てて歩き出した。
290
シーホーク着艦
イセ
ディス
イズ
シー
キャット
Cat
ゼロワン
リク
01,Requ
,︵護衛艦﹁いせ﹂へ。こち
isSEA
ISE,This
ジェイエス
オーダー
﹁JS
ランディング
landingorder
エスト
est
らはシーキャット01。着艦許可を求む︶﹂
慧音達を乗せたSH−60K対潜哨戒ヘリは機首に備え付けられた
合成開口レーダーと夜間飛行用の暗視装置を駆使し、霧の湖に浮か
それ以前にどこに向かって
ぶ護衛艦﹁いせ﹂の姿を目と鼻の先に捉えていた。
﹁なあ、これちゃんと飛んでるのか?
るんだ?﹂
どっと疲れが体にのし掛かったのだろう。熟睡を決め込んでいた摂
津を指でつつきながら慧音がうわ言の様に呟く。しかし摂津は完全
に夢の世界にトリップしており起きる気配は毛頭無さそうだ。
摂津と慧音は二、三言ほど会話を交わしていたが、そのうち摂津が
眠ってしまうと定期的に村に置いてきてしまった赤城達と連絡を取
るため無線をいじる伊勢。
各々ヘリ操縦や妊婦の処置に集中しているその他自衛官。
ドラマなどで用いられる﹁ひっ、ひっ、ふー﹂で有名なラマーズ呼
吸法で痛みを和らげている妊婦を固唾を飲んで見守る家族たち。
その家族たちに混じっていた慧音だが、医官に﹁家族じゃない方が
居るとストレスを懸ける可能性がある﹂と爪弾きにされてしまった
のである。
291
そんなわけで一人気まずそうにヘリのキャビンを見回していた慧音
だからこそ、﹁ちゃんと飛んでるのか﹂という疑問にたどり着いた
のかもしれない。
そんな慧音を見て、無理もないな。と伊勢は思った。実際問題ヘリ
のフロントガラスは真っ赤な霧で塗り尽くされており、パイロット
も合成開口レーダーのモニターを見ている割合の方が多い。
よぎ
こんな状況で普通に飛べているとは信じがたく、伊勢もヘリが何ら
かの要因でゆらゆら揺れる度に一抹の不安を胸に過らせていた。
この霧の中なら、空自のイーグルドライバーでも戦々恐々としなが
ら満足に飛ぶはめになるだろう。
﹁ま、大丈夫でしょう。もう少しで着く筈ですが⋮⋮⋮⋮﹂
先ほどこのヘリが搭載される護衛艦と交信していたので、視界がク
ゼロワン
ディス
イズ
スポット
IS
イセ
クリア
Cleare
04︵シーキャット0
ゼロフォウ
ISE,
リアなら地平線上なり水平線上に﹁いせ﹂の姿を捉えることが出来
キャット
ランディング
landing,Spot
Cat01,This
るのだろう。
シー
フリー
free
﹃SEA
ド
d
ゼロワン
Cat01,Roger︵ラジャー。シーキャット01
キャット
1、着艦を許可する。フリーランディングでスポット04へ着艦せ
よ︶﹄
シー
﹁SEA
了解︶﹂
﹁⋮⋮⋮⋮もうすぐ着艦スね。看護長!妊婦の様子は!?﹂
292
コクピット左側の椅子に座っていた副機長が妊婦の処置を行ってい
る医官に声を掛ける。
暫くの間をおいて、医官が顔を上げる。﹁副機長⋮⋮⋮⋮﹂と呟く
その顔色は真っ青だった。
﹁看護長⋮⋮⋮⋮まさか⋮⋮⋮?﹂
伊勢らその顔色を見て、最悪の事態を想像してしまった。それは彼
と顔を見合わせた副機長達も同じようで、瞬く間に重い空気がSH
母体の方に想像以上の負荷が掛かっています⋮⋮⋮⋮H
−60Kの機内を支配してゆく。
﹁報告。
ELLP症候群発症の可能性大。手術室に担ぎ込みます。準備をす
るように言ってください!﹂
看護長が半ば自棄に呟く。副機長がそのまま復唱するように無線に
吹き込んでいく。
﹁な、何だその﹁ヘルプしょうこうぐん﹂って⋮⋮⋮⋮﹂
慧音達もただならぬ隊員達の雰囲気を察し、医官にちらりと視線を
向ける。
医官は自分に向けられる数十の視線に気まずさを感じたのか気づい
ていないのか、妊婦のうなじ辺りに視線をそらし彼女の背中をさす
りながら話し始めた。
HELLP症候群は妊娠後期に見られる病気であり、強い吐き気や
293
頭痛が症状としてあげられること。妊娠中毒症の一貫とされおそら
く早い段階から発祥していたものの紅い霧の症状や、つわりと誤認
していたため病状が進行していること。
そして発生してしまえば帝王切開による子供の摘出は必須であるこ
と、最悪母体は植物状態になる可能性があり取捨選択の必要がある
こと。
﹁勿論植物状態云々は必ずそうなる訳ではありません。最後まで希
望を捨てないでください﹂
自分が縁起でもないことを口走っているのに今さら気づいたのか、
慌てて励ますような言葉を付け足すが場の空気が好転することはな
かった。
暫くの気まずい沈黙がつづく。心なしか大きくなったラマーズ呼吸
の合間合間に挟まれる妊婦の苦しむ悲痛な呻き声が大きくなった気
がした。
そんな固まった重苦しい沈黙を揺さぶるようにふわりとした感触が
慧音たちに襲いかかる。何事かと窓を見つめると、先ほどから嫌に
なるほど見ていた紅一色の霧の向こうに灰色の物体が見えた。
ホバリング
SH−60Kは空中静止しているので、ローターの回転が巻き起こ
すダウンウォッシュが灰色の物体にかかる紅いベールを解いていく。
﹁え⋮⋮⋮⋮?﹂
慧音は思わず不思議な気分になった。向かって右斜め前方に見える
灰色の物体は最初岩だと直感した慧音の予想を叩き割り、カクカク
294
した形をしていた。
﹁これが、あんたらのいっていた拠点か⋮⋮⋮⋮?﹂
そんなバカな、と誰かが呟いた気がしたが、慧音の眼はカクカクし
た建造物に取り付けられた白い大小の板。建造物の中央部で横一列
に並ぶ小さな窓と、そこから漏れる炎よりも明るく白い、無機質な
光。なによりその逆光で影になりながらもその窓のなかで動き回る
準備お願いします!﹂
人間の姿を見て確証を高めていた。
﹁着艦します!
副機長が叫ぶと、医官が家族に担架の片方を担ぐよう促し、ドアの
手前まで運び込む。
﹁着艦支援システムは使えん。慎重に下ろす!﹂
中年の機長が強ばった表情で指示を飛ばし、震える手で操縦桿を動
かす。ゆっくりと降りていくSH−60Kの窓からは、カタカナの
﹁オ﹂のような着艦符号が迫ってくるように見えた。
なにかを滑らせるような音が機内に響き渡り、落下するような感触
が止まる。
﹁シーキャット01着艦作業完了。各種機器に異常なし﹂
看護長、後を頼みます!﹂
﹃了解。収容者を艦内に運び込む。ドアを開けてくれ﹄
﹁了解!
295
医官はSH−60Kの機長に右手の親指をたて、﹁任されて!﹂と
叫ぶと、担架をドアの前までもって行く。
間髪入れずにドアが勢いよく開き、そこから青のツナギに灰色のラ
イフジャケットを着込みヘルメットを被った男達が担架を運び出し
て行く。
﹁緑の次は灰色か⋮⋮⋮⋮﹂
慧音がボソリと呟く。
ぐるぐる状況が変化していくなかで、頭の変化が追い付かないのか
矢継ぎ早に不可能じみたことをやってのける自衛隊が次は何をやる
つもりなのか。それを考えるなかで無意識に出た言葉なのだろう。
そんなことを考えていた慧音だったが、自分達の目の前に突きつけ
られた物を見て目を見開いた。
﹁こちら側の指示にしたがってもらいたい﹂
そうあっけらかんと呟く男。灰色のライフジャケットから覗くツナ
ギの青い袖に︵警衛︶とかかれた腕章がつけられており、そこから
視線を右の手先に這わすと、カミソリを太くしたようなものが握ら
れていた。
逆らえばどうなるかわかったものではないので、指示に従い甲板に
立つ。すると、同じようなカミソリを持った男女が複数名立ってい
る。
﹁臨検開始っ!﹂
296
その中でも年長の自衛官が叫ぶと、妊婦の家族たちにカミソリを向
けて、膝を曲げるなどして延びたり縮んだりを繰り返す。
その光景を奇々怪々と見つめていた慧音だったが、4人目カミソリ
を向けられた男の腰回りにカミソリが向けられたとき、大きなブザ
ー音が鳴り響いた。
太いカミソリは、金属探知機だったのである。
おっかなびっくりし一歩退いた男を、先ほどの年長の自衛官が素早
く取り押さえ前から回り込んだ仲間が腰に手を当て、太もも、股間
と手を滑らせていく。
﹁おいっ!何すんだ止めろっ!﹂
急所を触られたのか羽交い締めにされた男が短い悲鳴を上げながら
叫ぶ。それを涼しい顔で受け流し腰回りを執拗にさわる自衛官。一
見卑猥とかそういうレベルを超越した事態だが、尾てい骨の辺りを
さわった男の表情がきゅっと険しくなる。
そして今更に一言、失礼しましたと呟くと自分の腰のホルスターか
ら黒光りする拳銃を引き抜き、﹁凶器持ってるんでしたら供出願え
ますか﹂と言った。
羽交い締めを解かれても暫く固まっていた男だが、じりじりと距離
を積める自衛官達に気圧されたのか慌てて﹁す、すんません!﹂と
呟き先ほど自衛官にまさぐられていた腰の辺りに手を突っ込み、教
科書でみる百姓と言った感じの着物の中から、短刀を取り出し、両
手で手渡した。
297
﹁あーあー。ダメでしょ護衛艦にンな物持ち込んじゃあ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
返す言葉もないと言った感じに自衛官の説教に耳を傾ける男をよそ
に慧音は便利な機械があるもんだとこっそり持っていた鋏を﹁これ
ダメですかね﹂と臨検員に手渡した。勿論ボッシュートされたのは
言うまでもない。
*
臨検こと持ち込みぶつけんさを終えた慧音たちは、﹁いせ﹂のクル
ー達に案内され、艦内へと足を踏み入れていた。
先ほど慧音が目撃したカクカクした人工物は奥の方にも延びており、
先の方には大きな電子戦装置や通信装置をたわわに実らせたマスト
が立っている。勿論慧音たちはなにがなんだかわかるはずもない。
ただ、外の世界の技術力が凄いことしか理解できない。
白いレドームのましたにある水密戸から艦内に入る。夜なので赤黒
い夜間灯の光に塗り立てられた艦内に入ると、第一印象は狭い。と
言った感じである。
照明のコントラストもあるのだろうが、それでも幅は人二人が通り
抜けられる程度であり、先ほどまでの巨体から広い空間を想像して
いた慧音たちは少し拍子抜けした。
﹁階段、急ですからお気をつけて﹂
298
クルーの言う通り、階段は踏み外せばコロコロ転がっていきそうな
ほど急で、しかも一部分が狭く、頭を屈めて入る必要があった。長
老夫妻に至っては長老一族とクルーが慎重にエスコートしなければ
ならなかった。
そのまま3階分下ると、人の往来が少し多くなり始めた。元々の狭
さに加え、慧音達の物珍しさに立ち止まるクルーもにわかに出始め
た。
それらは先任海曹の鶴の一声で解散したものの、﹁病棟区画に近く
て本とかも置かれているから﹂と待機のために割り当てられたのは
パイロット待機室の一区画であり結局手空きの整備士やパイロット
の衆目にさらされるはめになってしまった。
﹁⋮⋮⋮⋮これは?﹂
気まずさを感じて、何かして時間を潰そうとした慧音は本棚から一
冊の本を手に取った。
タイトルをチラ見し、何とはなしにページをめくってみた。
見開きのページには、海岸と山に挟まれこじんまりした土地の市街
地を空から納めたものであった。豆粒大ではあるが、人の姿も確認
できる。
ボートが係留してあるからおそらく、海だろうか。慧音は生まれて
此の方山奥暮らし、写真とはいえ始めてみた青々とした海を吟味し
2011/03/10︵THU︶AM1
つつ写真の文字に目を写す。
﹁陸上自衛隊東北方面隊
299
0:38﹂という日付を表すらしい時が書いてある。
2011/03/11
ぺらりと次のページをめくった慧音は数秒の間絶句した。
写真の下には﹁航空自衛隊第501飛行隊
︵FRI︶PM16:58﹂と記されていたが、それはどうでもよ
い。
写真はどす黒い水が家、自動車、瓦礫、船を呑み込み押し流してい
る写真だった。そして、アングルこそ違えど呑み込まれている町は
前ページのこじんまりとした市街地に良く似ていた。
まさかと思い次のページをめくると、写真一杯に広がったどす黒い
水とそこに浮かぶ家の瓦礫が猛火を吹き上げており、オレンジの光
が夜空一面を覆い尽くしている。
次のページは、1枚目と同じようにどす黒い水は見当たらなく、青
い空が水平線に溶け込んだ海岸の写真である。
砂浜に打ち上げられた無数の瓦礫と、毛布を掛けられびっしりと並
んでいる﹁何か﹂を覗けば。
慧音は自分が読み物を間違えた事に気づき、本を閉じようとしたが
何故か読みきらなければならない。開いてしまった以上最後まで読
みきることが義務であるよう思えてきた。
﹁毛布を掛けられた何か﹂はそれからどの写真にも現れた。ひしゃ
げた車の横に、骨組みや土台を残しきれいさっぱり無くなった建物
の横に。無数の瓦礫の横に、敬礼する自衛官の横に、真っ赤な顔で
泣き叫ぶ子供の横に、嗚咽をこらえ俯く老夫婦の横に⋮⋮⋮⋮。
300
最期のページだった。そこには瓦礫の中に突っ込んだ車と、その横
では一人のかなり若い自衛官に赤子が抱き抱えられている。
赤子は無邪気な笑顔を浮かべていて、自衛官は垢も抜抜けきらない
少年の顔に、困ったような。でも決して悲しんではいない。大人び
た複雑な表情を浮かべている。
あ、あ!あわわ!!﹂
﹁なに見てるんですか?﹂
﹁え!?
写真を凝視していた所に声をかけられ、おっかなびっくり。慧音は
椅子ごと後ろに倒れそうになった。それを慌てて支られたので、慣
性が働き首だけ真後ろに傾いた。180°反転した視界に現れたの
は、摂津だった。
﹁あ、摂津、さん⋮⋮⋮⋮?﹂
とんでもない醜態を見せてしまったと顔を真っ赤にしテーブルへ突
っ伏した慧音をよそに、摂津は﹁これ、東日本の奴ですか﹂と意外
そうに呟いた。
﹁東日本?﹂
突っ伏した顔を傾け、片目の瞳を後ろに向けた慧音が聞き返す。
﹂
﹁ええ。東日本大震災といって大きな地震が引き起こした災害です﹂
﹁地震⋮⋮⋮⋮あのどす黒い水もか?
301
一瞬ピタリと動きを止めた摂津はすぐに﹁あ、ええ﹂と声を出した。
﹁津波といって、地震のプレートの歪みが海水に作用してとかなん
とかで発生するらしいんです﹂
﹁ふうん﹂
﹁それでお袋、亡くなったんですがね﹂
﹁え?、は!?﹂
さらりとされたカミングアウトに慧音は再び絶句した。やってしま
った、と地雷を踏んでしまったと気づいたときにはもう遅く、数分
前までの気まずい空気がカムバックしてくるのが分かる。
どうにかして話題を変えないと⋮⋮⋮⋮と頭を抱えた慧音は、先程
の津波の下りのあるフレーズを思い出した。
﹁プレートの歪みが海水に作用して⋮⋮⋮⋮﹂
そう。たしか地震は、
﹁なあ、摂津⋮⋮⋮⋮さん﹂
﹁ハイ﹂
急に神妙な顔つきになった慧音に、摂津は先ほどと変わらない。
﹁地震って⋮⋮⋮⋮ナマズが起こすんじゃないのか⋮⋮⋮⋮?﹂
302
慧音は一瞬部屋の空気が固まるのを感じた。
そして、次の瞬間に
は摂津が慧音の真横に突っ伏した摂津の姿が。
﹁⋮⋮⋮⋮ぶふっ⋮⋮⋮⋮あっ、あちょっと、ちょっとご免なさい
⋮⋮⋮⋮ナマズ、くははっ⋮⋮⋮⋮⋮いや、すいません⋮⋮⋮⋮は
ぁはぁ﹂
一頻り笑ったあと、摂津はいまだひきつる腹筋を押さえながら絞り
出すように呟いた。
﹁いや、すいません本当。ナマズ、ああたしかに一時期そういう話
ナマズじゃないのか!?﹂
もありましたしね⋮⋮⋮⋮﹂
﹁え、違うのか?
尚も込み上げてくる笑いを必死に噛み殺し、摂津は地震のメカニズ
ムを簡単に解説することにした。
﹁え、ええ違いますよ。地震は、プレートと呼ばれる板の押し合い
で起きる自然現象なんですよ﹂
﹁ほう、物知りだな﹂
﹁いや、常識な気が⋮⋮⋮⋮﹂
そこまで呟き、摂津は彼女らが別世界の人間であることを思い出し、
言葉をつぐんだ。
時間はまもなく午後七時を回ろうとしていた。
303
決戦開始
人の家庭に首突っ込むもんじゃないな。
守本のボソリとした呟きはレミリアの弾幕による爆音により遮られ
た。
示威のためか本棚を数台軽く吹き飛ばしたレミリアの弾幕は、守本
達を唖然とさせるには充分すぎる威力だった。
まずはひとまず逃げるべきだ。誰かがそう呟くと、皆図書館の出入
り口に殺到しようとした。
が、レミリアは薙ぎ倒された本棚を左足で軽く蹴り
ネコのように空中で身を一回翻すと、そのままきれいな放物線を描
き守本達の目の前5メートルほどに音もなく降り立った。
顔を青くし、﹁嘘だろ?﹂とでも言いたげな守本達の表情を視界に
とらえたレミリアは小馬鹿にするようにフンと鼻をならし、ニタリ
と見た目と相まって無邪気に見える笑みを︳︳︳︳実際には血とな
らんで大好物の恐怖に歪むような表情を楽しんでいるかのようにそ
の笑みと共にコロコロと笑うと、スカートの端を摘まんでお辞儀し
た。
﹁ようこそ紅魔館へ。人間の皆さん。館の主として歓迎するわ﹂
﹁バカにしてるのかしら?﹂
芝居臭い挨拶を叩き斬る声が浴びせられる。
304
レミリアの顔から一瞬笑みが消え、声の主である霧島に針のように
鋭い視線が向けられた。
﹁少なくとも歓迎される立場じゃあないってくらい、解るのよ?﹂
かつて何人もの妖怪や人間を硬直させてきたレミリアの威圧感が滲
み出る瞳に、臆せず物を言える人間はメイドのあいつを除いて50
0年始めてだった。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮あっはっはっはっはっは﹂
面白い。レミリアは別に嘲る意味ではなく純粋に面白い、と思った。
さながら気に入った玩具を見つけたと言った所だろうか。
レミリアのコロコロとした笑いはさらに大きくなる。図書館の反響
そう言おうとした守本達を腕で制止して、前
のせいか、気味悪い存在感を増した笑い声が、守本達に降り注ぐ。
何が可笑しいんだ?
に一歩踏み出す者がいた。
魔理沙だ。魔理沙は未だに高笑いを繰り返すレミリアに真っ直ぐに
指差し、言った。
さもないと⋮⋮⋮⋮﹂
お前のせいで幻想郷は大変なことになってるん
今すぐこの赤い霧を引っ込めろ!!
﹁やい吸血鬼!!
だ!
﹁痛い目見るわよ!﹂
﹁!?﹂
305
魔理沙は今から高らかに言おうとした決め台詞が別の誰か、それも
一番見知った奴の声で聞こえてきたのに体を硬直させた。最も数秒
何で此処に⋮⋮⋮⋮!!﹂
で合点が行き、魔理沙は一番見知った奴の方向に振り返る。
﹁霊夢っ!?
﹂
﹁変な爆音が聞こえてきて来てみたらこの様よ。随分とめんどくさ
い事やってくれたわね吸血鬼さん?
﹁お、俺たちも居るぞ守本ぉ﹂
﹁た、竹見っ!?﹂
脇から気まずそうに顔を出したのは第三分隊の片割れであった。
一番見知った奴⋮⋮⋮⋮霊夢の声にレミリアの高笑いが収まる。そ
して、霧島と魔理沙に照準を合わせていたレミリアの視線は霊夢へ
移る。
﹁私に膝まずけば解決する必要もないけれど?﹂
﹁アンタみたいなチビに膝まずくなんて御免だわ﹂
レミリアの体を撫でるような視線に顔を歪めながら、霊夢は反撃の
口火を切った。チビ、という一言が頭に引っ掛かったのかレミリア
の顔から余裕が消える。
﹁チビに頭を下げる屈辱教えてあげるわ!﹂
306
少し怒りを孕んだレミリアの口調が、二人のやり取りを聞き入るた
めに静まっていた。だから、耳のよい人間には、レミリアの言動は
僅かな喜色を含んでいることが分かった。
﹁お姉様、笑ってるの⋮⋮?﹂
フランが恐る恐ると呟く。立ち方は霧島の後ろから顔だけ出すよう
な体制になっており、完全に怯えきっている。
﹁あら、よく分かったわねフラン⋮⋮⋮⋮そうよ、笑っているの。
﹃あの時﹄のアナタと同じようにね﹂
レミリアの声が少し震え、フランを見つめる視線に憎悪が加わった。
﹁あの時って?﹂
片上がパチュリーの方を振り替えって聞く。レミリアは教えてくれ
そうにないし、レミリアの視線から逃れるためか俯いているフラン
に真実を問うのも酷だと思ったからだ。薙ぎ倒された本棚から飛ん
できたらしい本を頭に被っていたパチュリーは﹁私は知らないの﹂
と頭を横に振っていた。
﹁ちょっとした話よ﹂
しかし答えたのは、レミリアだった。レミリアは月明かりの差す窓
の方に向き、後ろに手を組んだ体制でたたずむ。
今のうちに背中か頭を撃ち抜けば⋮⋮⋮⋮という思考が自衛官達の
脳内をよぎったが、それよりも﹃その時﹄に何があったのかの興味
が打ち勝ってしまう。
307
それは霊夢と魔理沙も同じらしく、それぞれ構えていたミニ八卦炉
とお祓い棒を下ろした。
﹃あの時﹄とは⋮⋮⋮⋮フランがまだ地下室に閉じ込められる前の
話であった。
﹁随分と昔の話よ⋮⋮⋮⋮﹂という語り口で始まったのは、非常に
重苦しい話だった。少なくともレミリアはそう思っていた。
500年ほど前の話だったろうか。レミリアには気に入っているメ
イドが居た。そのメイドは、今のメイドである咲夜よりもよく働い
ていた。おそらく思い出だから美化を含んでいるだろうが、それで
もよく働いていたメイドである事には変わりない。
ある日の話である。レミリアには情緒不安定な妹が居た。それがフ
ランであることは皆が知っている。フランは、早い話が能力に呑み
込まれていた。
﹁ありとあらゆる物を破壊できる程度の能力﹂それがフランの能力
で合った。フランの当時の幼き精神では、その強大すぎる能力をよ
り良く使う方法など考えるどころか満足に操ることさえ出来やしな
かった。
癇癪を起こせばテディベアの首が部屋を跳ね回り、喜びやハイテン
ションになればウェディングドレスの少女人形が”ダルマ”に早変
わり。
そんなフランには、危ないからといった理由でレミリア自身も、配
下のメイド達も近寄ろうとはしなかった。このことがフランのスト
308
レスの源である孤独感を加速させ、情緒を掻き乱していく悪循環に
陥っていく。
そんな状況を見かねたのだろう。ある日、レミリアのお気に入りの
メイドが﹁妹様と話をさせてほしい﹂と。レミリアは、一度は断っ
たもののあまりに執拗に頼み込んでくるので特別に部屋へはいるこ
とを許したのだった。
許可をもらえなかった代わりに、フランの配食をやったりしている
光景を何回か見たので、メイドにたいして完全に心をシャットアウ
トするような真似はフランもしないだろう。
もしかしたら改善の糸口が見つかるかも⋮⋮⋮⋮と期待したレミリ
アは、その期待を一瞬で裏切られる事となった。
様子を見に行った妖精メイドの絶叫を聞き、慌てて駆けつけたレミ
リアは、文字通りその場に倒れ込んでしまった。
そこにはメイドだった物と、赤なのに館の紅よりどす黒く、粘っこ
い液体の溜まり。
そして、同じような赤に染まり泣き出しそうな目でこちらを見るフ
ラン。
何で壊した?
何で、何で、何で⋮⋮⋮⋮。
何で。レミリアはフランをひたすらに殴った。
何で殺った?
フランは必死に何か言葉をつむいでいたが、レミリアのあらんかぎ
りの憎悪を載せた殴打が発する肉を打ち付けるような音がそれを掻
309
き消していく。
やがて、レミリアはフランを地下に閉じ込めるように言った。フラ
ンは必死に抵抗したが、その抵抗の倍の痛みが自分に降り注いでく
ることを学んだのか、借りてきたネコのように大人しくなった。
フランは地下室へ。そしてメイド達の間でフランの逸話は語り継が
れ、フランは最低限の接触を除いて完全にシャットアウトされてし
まった。
フランを閉じ込めるには結界が一番効果的だが、結界を壊されれば
一貫の終わり。だが、水ならば破壊されても形を崩すだけで、水自
体がその特性を変えることはない。吸血鬼に効果覿面という厄介な
特性もだ。
その証拠に水溜まりの水を散らすことは出来ても、靴に染み込み濡
らした水を散らすことは出来ない。乾かすしか方法は無いだから。
﹁通路のシャワーはそういうわけか⋮⋮⋮﹂
守本の独り言に近い呟きに、我が意を得たりと頷くレミリアだった。
そうして時はたち、今に至って守本達がその封印を解いてしまった。
昔の事を思い出したのか、レミリアの声色は後半に来るに辺り、若
干の哀愁を含んでいた。
﹁ま、そういうわけよ﹂
レミリアの重苦しい話を終えても、その重苦しい雰囲気は到底払拭
310
できるものではなかった。どう答えればよいのか。それを考える時
間が重苦しい雰囲気を増幅させ、結局また言葉を選ぶ必要に迫られ
る。
﹁⋮⋮⋮⋮人の事言えないじゃない、アンタ﹂
そのなかで口火を切ったのは、霧島だった。
﹁そのメイド、きっと無念でしょうね﹂
霧島の声色は珍しく震えている。レミリアには予想の範疇の反応だ
ったらしく、大きくうなずいた。
﹁当たり前よ⋮⋮⋮⋮気を使った相手に殺されるなんて、どんな気
持ちか⋮⋮⋮⋮﹂
レミリアは太ももに載せた拳をにぎりしめ、唇を少し噛んだ。悔し
さとか、後悔とかの押さえきれない感情が滲み出している。
﹁違う違う。なに勝手に被害者根性剥き出しにしてるの?﹂
﹁え?﹂
霧島は、先程までの声の重さがうそのような軽々しい声にフランや
自衛官、魔理沙に霊夢の視線が霧島に注がれる。
レミリアの意味がわからないといった感じで間抜けな返事を返す。
霧島は一人呆れ返ったというか、ハリウッド映画のお手上げポーズ
のジェスチャーをしていた。
311
﹁そりゃね。お気に入りのメイドとやらをミンチにしたフランも
﹂
フランが危険だって。だったらメイドを命懸
悪いでしょうね。メイドだって確かに同情するわ。でも、アンタ分
かってたんでしょ?
けで止めるなり
、着いていくなり出来なかったの?
﹁それは⋮⋮⋮⋮﹂
レミリアは狼狽を必死に隠しながら霧島に返した。
﹁私はミンチにはなりたくないしね。それに、情緒不安定は時間に
任せるのが一番の療法よ。私たちが生まれる前からの常識だわ﹂
﹁だから、地下室に閉じ込めた。と?﹂
一瞬至極まっとうなことをいっていると納得しかけた守本達。それ
を雰囲気で感じ取ったのかレミリアは﹁分かった?﹂とでも言いた
げにこちらを見ている。
﹁じゃあ、そこまで分かっているのに何でメイドを突撃させたのか
しら?﹂
﹁ッ!!﹂
痛いところを突かれた。もはや隠しきれぬほどに狼狽の色を見せる
レミリア。自分が墓穴を掘ったと気づいたらしい。
﹁その時まだ気付いてなかったんだよ。情緒不安定はほっとくのが
一番⋮⋮⋮﹂
312
﹁情緒不安定は時間に任せるのが私達が生まれる前からの常識だわ。
さっきさも悟って居るかのように言ったのはどいつよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮っ﹂
霧島の論弁は穴だらけの詭弁そのもので、冷静に考えれば霧島を黙
らせることも出来た筈だが、先程までの冷静さは何処へやら。レミ
リアは握りしめていた拳を爪が手のひらに食い込むほど強く握り、
震える背中は頭来た。と雄弁に皆に語りかけている。
いや、向き合わな
中途半端に片足突っ込んで状況悪化させてン
﹁どうして向き合おうとしなかったのかしら?
いならまだ良いか。
人間の癖に減らず口を⋮⋮⋮⋮﹂
の、メイドじゃなくてフランでもなくてアンタじゃん?﹂
﹁うるさいっ!!
﹁表向きほっときたいのに、内面では状況の改善を望んでるアンタ
私たちの何がお前に⋮⋮⋮⋮﹂
が。取捨選択が苦手な人間の考えそのもののアンタが。人間を笑う
なんて傑作ね﹂
﹁黙れ黙れっ!
だから、客観的に意見をのべてるんでし
言っとくけど私はミンチになったメイドをバカにしようなん
﹁何もわからないわよ?
ょ?
ざ欠片も思ってないし。ま、フランがトリガーハッピーそのものな
ら考え変わったかもだけど﹂
レミリアはスカートを翻し、空中で一回転する。そして、先程と同
じよう霧島の前に音もなく着地すると、
313
﹁アンタの言うことは正しいね。でも、私のせいだとしても気に入
りのメイドを殺されて、そんな理屈っぽい考えが出来るわけなんて
無いじゃない⋮⋮⋮⋮﹂
霧島はレミリアの顔をあえて見ようとはしなかった。その顔を見れ
ば、何も言えなくなってしまうんじゃ。同情して議論する気を無く
してしまうんじゃないか。なぜかそう思ったからだ。
﹁なら、どうするつもりなの?﹂
﹁簡単よ⋮⋮⋮⋮﹂
そういうとレミリアは右手に槍を、グングニルと呼んでいる槍を召
但
喚した。その槍で刺されるのではと少しヒヤッとした霧島だが、レ
あなた達がこの霧は引っ込めるわ!!
ミリアはその槍を構え、自衛官たちを向き直った。
﹁聞きなさいっ!!
し⋮⋮⋮⋮﹂
そういうとレミリアは槍を霧島の喉元に突きつける。
﹁私が勝ったらこのムカつくやつの命、貰うわよ﹂
レミリアはそう呟くと、霧島の耳元でささやいた﹁勝つ気なんて更
々無いけれど、でも、私が仕方なく負けたって形にしてよね﹂。
﹁任せなさい﹂
フッと顔をにやつかせた霧島は、思ったよりお茶目な吸血鬼に押し
出され、よろけながらも守本達に返された。
314
それを見届けた霊夢が言った。
﹁上等ね。永い夜になりそうだけど﹂
口火を切った霊夢に続き、魔理沙が八卦炉を構える。
﹁私、こういうの大好きだぜ﹂
続いて自衛官達はさすがに負ければ上官の命がヤバイと言う危険す
ぎる条件に息を呑んだが、霧島が﹁戦闘用意﹂と号令すると各々条
件反射で武器を構える。
﹁パチェは下がって、危ないから﹂
﹁アッハイ﹂
レミリアの忠告にパチュリーは本を数冊だけ手に取り、キャットウ
ォークの上に逃げた。
﹁フラン﹂
﹁は、はい⋮⋮⋮⋮何ですか、お姉様﹂
﹁言っとくけど、私は許したつもりは無いから﹂
レミリアは無愛想そうに呟く。おじぎ草のように濃縮したフランを
横目にフッと笑うと、
﹁でも、あいつの墓に花を添えたいなら、かかってらっしゃい﹂
315
素直に勝てば出してあげると言わないのがレミリアらしいが、そう
いうことはままあるらしく、フランは少し戸惑いながらも、守本達
に合流した。
﹁さて、と⋮⋮⋮⋮1対13か﹂
どう美しく負けようかしら。いや、これは彼奴が考えるのか。そう
一人呟きながら、レミリアは弾幕を放っていた。
316
集合地点
アルファチーム全員ASSYに入りましたっ!
動き出す紅霧異変
﹁三佐!?
人その他諸々も一緒です﹂
民間
栄波達が息も絶え絶えに走り抜けてきたのか、荒々しくゼイゼイと
呼吸しながら桐生三佐のいる高機動車へ走ってきた。
﹁お、来たか﹂呟くように発すると待ちわびたと言わんばかりに片
方の手を振りこっちへ来いともう片方の手でジェスチャーをする。
﹁このままお前らは他の班が合流するまでデルタと待機。それはい
いな?﹂
桐生が指で差した方向には先程の爆発と退却命令で大慌てに逃げお
あまば
おせてきたのか、座り込んでいるデルタチーム隊長﹁ペガサス﹂こ
と天馬一尉達が座り込んで話し合っている。
こちらをチラリと見ると、あの爆音の正体について議論していたら
しく﹁栄波、あの爆音何なんだ?﹂と聞いてきたので、栄波は﹁知
りません﹂とだけ返しておいた。
桐生は待機命令に答えるように敬礼して見せる富士の後ろにいる蓮
子を見た後、﹁あれが誘拐された子?﹂と隣にたっている栄波に聞
いた。
﹁はい⋮⋮⋮⋮そうですが⋮⋮⋮⋮﹂
と真面目で勤務評定も上々の栄波にしてはどこか素っ気ない返しを
317
もらい、栄波を見返した。見ると、栄波の視線は自分ではなく自分
と思いながらそちらを見ると、桐生は顔
の後ろ側に注がれているようだった。
はて、何かあったかな?
をしかめた。
自分では隠しているつもりでも栄波にはしかめっ面が見えたのだろ
う。見ればわかるだろうと言いたげな顔は、しかし、全く違う訳が
ありこの顔になってしまったのだ。腐っても特殊作戦群隊員足る自
分が直ぐ後ろで起こっている事を完全に失念していた事への過剰な
自虐といえる嫌悪感が彼の顔を歪めていたのだ。
ここ
﹁⋮⋮⋮⋮ああ、コイツらは重要参考人って訳でご同行だ。自衛官
の拉致とはいえ、事情を聴くだけ聞いたら異世界の政府機関に引き
渡しが筋だろうな﹂
桐生の後ろには離脱してきた氷川三曹に肩を止血してもらっている
銀髪の少女︳︳︳十六夜咲夜とその真横で咲夜に声をかけながら自
らも手を縛られ体育座りのような体型になっている赤髪の紅美鈴が
高機動車によっかかっている。
咲夜はぐったりとしている様子で俯いており表情はうかがえないが、
紅美鈴は自分達を眺める視線に気付くと眉間にシワを作りながら睨
み付けてきた。二人はそれを何事もなかったかのように受け流す。
﹁ここに政府機関ってありましたっけ?﹂
﹁さぁ⋮⋮⋮⋮でも、調査の隊によれば村的なものもあったらしい
から、大なり小なりそういう機関が存在するんだろ多分﹂
318
そう調査の報告が記されたB5紙に目を落としながら桐生は思った。
ここは日本語が通じるといえ異世界、未開の土地だ。信頼が置けな
いとは言え、危険をおかしてまで調査を強行させてこの有り様の訳
である意味こうなったのは自業自得だ。
異世界住民とのコンタクトが招く危険を見過ごしたのか気づけなか
ったのか。どちらにせよ、上層部の危機意識の甘さが招いた可能性
は否定できない。そう思うと彼女らを無下に犯罪者扱いするには些
か筋違いなところがあるのではないか。
そう思う桐生。しかしその胸の内にはそれよりも強く渦巻く感情が
あった。自衛官の拉致を働いたとはいえ咲夜や美鈴の外見年齢は、
自分に残されていた娘が﹁今生きていれば﹂恐らくあの程度である。
その彼女が銃弾を食らい踞っている。その痛々しい光景には少し目
を背けずに居られなかった。が、それよりも重要なのは、なぜ彼女
らが自衛官と民間人の拉致を敢行したのか。
一見すれば彼女らは栄養状態もよく、被服もちゃんとしている。住
むところに関しては今作戦展開しているや館の大きさを見れば言わ
ずもがなだ。さすれば彼女らが民間人の拉致監禁を行う理由がない。
なら、逆か?
桐生は逆転の発想という言葉を思いだし、逆の考えにたどり着いた。
衣食住が足りている上での誘拐ではなく、誘拐によって衣食住を支
えているのだ。
守衛だった美鈴とメイドらしい咲夜が主犯とは思えないので、彼女
319
らの親玉がいることになる。
そこまで行き着くとその親玉に対して言い様のない怒りが沸き上が
ってくる。酒も飲めなさそうな少女をこき使って何が楽しいのか理
解できないが、どうであれ誘拐をやっている時点でマトモではない。
彼女らは躊躇無く自衛官を襲ったところを見るとマインドコントロ
ールを施されているかもしれない。しかし、そうであれば搬送して
からの対処は医療の専門家に委ねるしかない。
怒りをおぼえておきながら自分も搬送後は他人任せなのだから人の
事を言えないかもな。
そう自嘲するように心中で嘆く。ふと視線をやるとM4カービンを
高機動車に立て掛けて座っていた木馬の後ろに、咲夜とは似ても似
つかないメイド服の少女が立っていた。いや、少女と称するにも小
さすぎる。幼稚園児や小学校一年生とどっこいどっこいの見た目は
さながら幼女といった方が適当だろう。
﹁木馬。そのお二人さんは?﹂
帰ってきて気が緩んでいたらしくあくびを噛み殺していた木馬が慌
てて立ち上がり、﹁人質の監視役です。一応連れてきました﹂と最
敬礼で答えた。ペコリと一挙手一投足を揃えてお辞儀する姿は一流
のホテルマンを連想させる。
﹁あの、私達⋮⋮⋮⋮今の揺れの正体が知りたいならついてこいと
言われて⋮⋮⋮⋮﹂
茶色いボブカットの方のメイドがおどおどと話始めた。敵意は無さ
320
げなので桐生もフッと顔を緩めて応じる。
﹁ごめんね。おじちゃん達にもよくわからないんだ﹂
そう声を発し、桐生は真っ赤な趣味悪い色合いの館︳︳︳紅魔館の
外壁へ向き直った。
彼の視線の先には一面の紅に一筋墨汁を垂らしたような黒線、よく
みれば小さく枝分かれしているのだろうヒビが花壇まで延びて花の
植え込まれた土をカチ割っている光景が映し出された。
先程まで綺麗な壁と花壇つき庭園だったそれは、ボブカットのメイ
ドが言った爆発の衝撃により無惨な有り様になってしまった。地震
というには突発的な上、突き上げるような大きい揺れを感じた桐生
は、うすら寒い予感に駆られなるべくヘリを早めに寄越すように無
線に怒鳴ったのである。
ボブカットのメイドは納得したのかしてないのか隣の緑髪の同僚ら
しき幼女となにか話していた。
﹁もうそろそろ迎えが来る手筈だ⋮⋮⋮⋮残りの連中は何をしてい
るんだか﹂
富士がボソリと呟く。一応撤退の符号が出たら5分で集合しろと指
示は出ているのだが、もう7分を回ろうとしている。
最も守本達の合流を待っていながら、保護している咲夜の傷を治療
しなければならないのは無理な話で、撤退の符号が出たら自衛官は
陸路で、負傷者は空路で輸送させようと思っていたのだが⋮⋮⋮。
321
シエラホテル
﹁三佐。SHを視認しました﹂
双眼鏡を構えていた隊員の一人がそう言うと、﹁噂をすれば何とや
ら﹂と呟きながら桐生はランディングスポットがわりの発煙筒を放
り投げた。紅い霧に覆われた空を白い煙が蝕んでいく。
サングラスの様に視界が濁るガスマスク越しにもそれは感じられ、
SH−60K哨戒ヘリのローター音が共鳴するガスマスクに耳を震
わせる感触を感じながら後ろを振り向いた。
咲夜とメイドはすわ何事かと顔を見合わせ、縄をほどき身を構えよ
うとしたらしい美鈴はバランスを崩し地面を転がった。
メイドが二人揃ってプッと吹き出すと、美鈴は恥ずかしそうに首を
彼女らから逸らした。そして、ふと上を見た瞬間に目と口を全開に
して固まってしまった。
固まってしまった美鈴の視線をおったのだろう。三人は上を見上げ
る。しかし、その三人も同じように呆気に取られた顔で固まってし
まい、さながら女子の石像4丁上がり、とでも言ったところだろう
か。
その4つの視線の先には先程﹁いせ﹂から発進した哨戒ヘリSH−
60Kが紅い霧を引き裂くようにホバリングしていた。中からガナ
ーらしき男が74式機関銃を構え、咲夜達をロックオンしている。
桐生は指定されていたハンドサインで制圧完了。降下してくれ。と
符号を送ると、ガナーらしき男は中に居る機長かコ・パイに何かを
︳︳︳︳ローターの音で掻き消されたが言っているのが見えた。
322
SH−60Kがゆっくりと地面に降り立ち、中から先程のガナーと
看護要員が出て来た。裏ではコ・パイが9mm拳銃を構えているの
紅いのと幼女メイド
が見えた気がしたが桐生は見ないふりを決め込むことにした。
そこの銀髪のが負傷!
人質は茶色の女性だ!!﹂
﹁ご苦労様です!!
も重要参考人!
あちらが出て来た瞬間、回転を弱め甲高い音を響かせるローターに
負けぬ大声で叫ぶと、向こうは頷き、ご苦労様ですと言ったのか口
を数回動かし、メイド達の方へ向かっていった。
﹁さて、と⋮⋮⋮⋮後は3分隊の連中だけか⋮⋮⋮⋮﹂
逃げおおせてこい。迎えは整ってる。
先程から断続的に爆音が鳴り響き、少しヒビが広がりつつある館を
見た。正面のドア枠は遠目にも歪みが分かり、ドアが開かなくなっ
ているのかもしれない。
まさか追いたてられている訳ではあるまいな⋮⋮⋮⋮ふと、一抹の
不安が桐生を過った。
323
動き出す紅霧異変2
﹁獄符﹃千本針の山﹄!!﹂
レミリアがどこからか取り出した長方形のきらびやかに光る厚紙︳
︳スペルカードを取りだし、高らかに宣言した。
突然始まった攻撃の前に、なぜか棒立ちになっていた魔理沙は、守
本に勢いよく肩を掴まれ本棚の後ろに引っ張り込まれた。﹁何をす
るんだよ⋮⋮⋮⋮!﹂と抗議しようとした瞬間、先程まで自分のい
た場所にナイフ状の弾幕が音を立てて突き刺さる。床のタイルを叩
き割るほどの威力と固さを目の当たりにした魔理沙は、短い悲鳴を
あげると同時に肝を潰した。
﹁物騒だなオイ!?﹂
﹁避けれる隙間があればスペルカードは成立するんじゃなくて?﹂
身の危険を感じたのだろうか、魔理沙が叫びをあげて抗議するが、
そこは500年を生きた吸血鬼。抗議をはね除ける。自ら反論する
言葉を失った魔理沙は、﹁霊夢だって可笑しいと思うよなっ!?
よな!?﹂と不安げ目で霊夢を見つめた。
霊夢はスペルカードを考案したメンバーの一人である。
スペルカードの目的は、幻想郷の妖怪や神と人間を同じ土俵に立た
せ無駄な殺生を避けるためのルールだ。だからこそ、当たれば死ぬ
可能性も高いだろうナイフを使うなど言語道断!!
324
⋮⋮⋮⋮という一喝を期待した魔理沙の期待は一瞬で裏切られた。
﹁避けれる隙間があればOKよ﹂涼しい顔で言ってのけた、他の誰
でもない霊夢によって。
魔理沙の顔が落胆の表情を閉めるのをよそに、霊夢は自分に降り掛
かってきたナイフの第一波を軽いステップでかわす。
足のあらんかぎりの筋肉に力を込め、縮めてからの跳躍。そのまま
地面を渾身の力で飛び上がった。
霊夢は、本棚の縁地面に垂直にそびえ立つ本棚の縁に左足を置くと
その左足で縁を軽く蹴り、ふわりと体を本棚と本棚の間の虚空に浮
かべた。蹴り上がった力と霊夢を地面に叩きつけようとする重力が
相まって、霊夢の体が一瞬。コンマにも満たない時間、空中で静止
した。
﹁はあっ!﹂と息を強く吐き出し腹に力を込めた霊夢は、指と指の
間に挟み込んだ退魔針をレミリアに向かって投げつける。
空気を切り裂く、縄跳びを素早く振り回した時のような音がレミリ
アの耳に入る頃には、レミリアの近くに刺さった針が仕掛けを発動
させるはすだ。
あの針には特定の形で突き刺さるとグレードの低い結界を張れる効
果がある特別な針だ。霊夢の先代が作り出したそうだが、先代と共
に製法は行方不明になってしまい、今使っているのは宝物庫に眠っ
ていた先代巫女の遺品。霊夢はそれの製法を知らないし、それがな
くなっても天性のセンスがそれを補ってくれるだろう。
ただ、一応異変の際にはそれを保険として持ち出しては入る。特別
325
な針を使うのは、この異変による霧⋮⋮⋮⋮紅い霧には毒性がある
らしく、早々と解決する必要があるからだった。
ともかく、針が突き刺されば異変は終わる。そう思いながらもう結
界に動きを封じられていて、何が起きたかわからないと驚いてるレ
ミリアの顔を見ようと前を向いた。
かごめ
それだけであり、視界の何処にもレミリア
そこには、分厚い本や本棚に突き刺さるキレイな篭目の模様を描く
退魔針のみがあった。
の姿は見えない。
﹁何処に⋮⋮⋮⋮っ!?﹂
霊夢は素早く瞳孔を上下左右に動かし、レミリアの位置を探る。そ
して、自分の真下に薄桃色の物体が、レミリアのつけていた帽子が
自分に向かって浮上してくる様子を捉えた。
帽子が向かって来るという表現は不的確だ。正確には帽子の下から
僅かに顔を覗けるレミリアがこちらへ向かってきているのだった。
慌てて回避しようとするが、既に自由落下が始まっている霊夢は、
手足を一瞬バタつかせたのみでそれが無駄だと悟った。
ならば間近から御札か針で⋮⋮⋮と霊夢は自分の巫女服、脇の部分
で服と袖が別れている巫女服の、小物入れのようになっている左袖
の部分から得物を取り出すべく右手を突っ込もうとした。
が、それより前に自分と同じ目線の高さまで飛び上がってきたレミ
リアが右手をつかみ、急に現れた支えに崩れた霊夢の左肩をもう片
方の手で掴む。
326
霊夢以上に華奢な体つきのレミリアだが、そのか細く色白な腕から
霊夢に掛けられる力は熊のように強い。見た目とのギャップに動揺
を見せる霊夢をよそに、レミリアは左肩をつかんだ手を滑らせ、左
腕を握る。
そのまま手を霊夢の手首へ滑らせるように引き寄せると、巫女服の
袖が手と共に腕を滑り落ち、霊夢の指先から袖が抜けてしまうと同
時に、レミリアが巫女服の袖から手を離すと支えを失った袖はパラ
パラと針や札を四散させながら地面に舞い降りていった。
床に落ちた退魔針が軽快な金属音を奏でると共に、顔に明確な焦り
の色を浮かべた霊夢を見たレミリアは猫を思わせるつり目気味の目
と口をニヤリと緩ませた。
﹁あんなところに色んな物、しまわない方が良いわよ﹂
嘲りの色を含んだ言葉を発した直後、レミリアは霊夢の蹴りをひら
りと、紙一重で避けた。レミリアにとってはその一連の動きは造作
もないことで、その辺りがコウモリと言われる所以だろうか。
幾つかの弾幕を放つ。直後に弾幕は一つ一つが七色の閃光を弾けさ
せ殺伐とした二人の間の空間を束の間彩る。その彩りの眩しさに目
を逸らした霊夢の一瞬の隙を突き七色の弾幕は霊夢の腹部へと弾幕
が直撃した。肉をまな板に叩きつけるような音が響き、霊夢は無意
識のうちに腹部に手を置いた。
﹁ぐ⋮⋮⋮⋮がっ!?﹂
霊夢は、内蔵を潰されたような鈍い感触が身体中から脳天を突き抜
327
けるのを感じると、それに耐えきれないというように目を見開く。
その様子を顔を緩めたまま見つめたレミリアは再びスペルカードを
取りだし、﹁冥符﹁紅色の冥界﹂!﹂と叫んだ。何処からともなく
現れた幾多の紅い閃光と共に紅い弾幕が霊夢に向かって飛んでいっ
た。
血の雨を連想させる不気味な弾幕にぎょっとした霊夢は慌てて後退
しようとするが、体を跳躍させるべく伸ばしたら、脳天を貫いてい
た痛みに再度襲われた。それにより生じた動きの鈍さが命取りと言
わんばかりに容赦なく霊夢に襲いかかる弾幕により、霊夢は反撃す
るもなく勢いよく弾き飛ばされた。
ぐるりと放物線を描くように魔理沙達の方へ吹き飛んでくる霊夢。
放物線の頂点は本棚を軽く越えており、このまま地面に叩きつけら
れれば霊夢は⋮⋮⋮⋮。
背筋が凍るような想像が魔理沙の脳裏に浮かび、気が付いたときに
は未だに降り注いでいる紅い弾幕に被弾するリスクも考えずに跨い
だホウキと霊夢を救援するべく飛び上がっていた。
﹁喰らえぇっ!!﹂
魔理沙がレミリアに向かってあらんかぎりの絶叫を放ちながら、牽
制するためにマジックミサイルと呼んでいる弾幕魔法を放つ。只し
威力は直撃してもこめかみに喰らった拳骨に毛が生えた程度な上、
放てる数もあまり多くない。
ただ、このマジックミサイルの強みは外の世界で言うクラスター弾
頭のように、ミサイルの信管が破裂するとさらに細かい弾幕がそこ
から放たれるのだ。
328
レミリアの眼前をフライパスし耳の真下を通過したマジックミサイ
ルは、レミリアの後頭部から1メートル程度のところで勢いよく破
裂した。
虚仮脅しの目的もあるネズミ花火のような爆音に、レミリアがすわ
何事かと振り返ろうとしたときには、小さな弾幕のシャワーが細か
なピリピリとした痛みを雫の変わりにレミリアの背中に叩き込んで
いた。
癪なことをしてくれる、と忌々しいげに小さく舌打ちしたレミリア
はそのピリピリのもとである小さな弾幕を放った主︳︳︳霊夢を空
中で担ぐようにしてとろとろと自分の眼下をホウキで飛行している
魔理沙に狙いを定める。
が、直後に腹を揺さぶるような低い爆音がレミリアの耳を貫く。さ
きほどの虚仮脅しミサイルとは音の重さが違う。音のした方を振り
替えると、本棚の一部とその中に仕舞われていたのであろう本が粉
々に吹き飛んでいる光景が目に入った。
続いて魔理沙の方に目を向けると、その奥の本棚の通路から、鉄の
棒状のものを構えている自衛官達がレミリアには確認できた。
2列に並んでいる自衛官の内、二人の鉄の棒から白煙が吹き出ると、
そこかは山並みの軌道を描きながらこちらへ飛んできている物が目
に入った。肌が粟立つ感触を覚えたレミリアは、地上に向かって二
メートルほど降下する。
すると、先程自分のいた場所に飛来したソレは、低く重い音を立て
て破裂した。パラパラと破片が周りに飛び散り、大量のパチンコ玉
329
を地面にぶちまけたかのような音が周りに広がっていった。巻き上
げた埃で不明瞭になった通路の光景を見た竹美は思わず﹁やったか
?﹂と叫ぶ。
こんなもので殺られるほど柔じゃあないと思いながらも、肝を冷や
刃の部分が燃えたぎる炎に覆われ
したレミリアは視界が明瞭になった途端、9mm機関拳銃を連射し
ながら突っ込んでくる守本と、
た剣、﹁レーヴァテイン﹂を振りかざしながらこちらへ突っ込んで
来るフランがすぐそこまで迫っていることに気づいた。
MINIMI
上に上がることで振り切ろうとするが、その動きを予期したかのよ
うに軽快な連射音が響き渡り、視界を掠める軽機関銃の細い火線が
目に入った。その火線が自らの四肢を抉る幻影でも見たのか、レミ
リアの動きが一瞬鈍る。
﹁お姉様っ!!これが私の本気よ!!﹂
威勢の良いフランの叫びに、眼前にある自由を掴みたいと言う願望
がフランの体に力を与えているのなら、自分を動かしている活力は
何なのか。レミリアはふと考えた。
レミリアに危険なモノとレッテルを張られ、自らもソレに甘んじて
努力することをやめて地下に閉じ籠っていたフランがそんなことを
考えるきっかけを与えたのは自衛官達なのだろう。
︳︳だが、肉を欲すれば獣と対峙しなければならないし、灯りと温
もりを欲すれば火災の恐怖に怯えなければならないようにリスク無
き自由などあり得ない。
︳︳自衛官達が自由への興味を、自分から行動を起こす活力を与え
330
たのなら、私は自由に付き従うリスクと自由を手にするために必要
な責任を教えなければならない。それが館の主として、その館の一
員。一人の姉として、唯一無二の妹にすべきことなのだとしたら⋮
⋮⋮⋮。
そこでレミリアの思案を中断させるようにフランのレーヴァテイン
が右の肩を掠める。回避しようと空中ながらたたらを踏んだレミリ
アはフランの顔を見た。
額に汗をこさえているフランの表情は必死さが滲み出ている。しか
し、その紅色の瞳は揺れていた。その表情から連想する言葉はただ
ひとつ。躊躇の二文字。
フランのレーヴァテインを握る腕が震えているのがその心中を雄弁
に語っているし、一見すると攻勢一辺倒なその立ち振舞いは半ば自
棄糞にレーヴァテインを振るっているようだった。
﹁本気なら太刀を外さないわよ?﹂
と目で語りかけてきたフランに対
挑発もかねてレミリアは呟いてみた。フランの眼が先程よりも大き
く揺れ、どうして分かったの?
し、レミリアは自分の想像が的中したことに気分をよくしたのか鼻
をならす。
﹁だって⋮⋮⋮⋮お姉様を切りつけるなんて⋮⋮⋮!﹂
フランは震えた声を発し、そこから先の事は言わずとも、といった
感じで口を閉じた。
レミリアは自衛官や魔理沙、霊夢達から見て自分との間にフランが
331
フリだけしてれば良い
浮いており盾になっているのを確認しながら返した。
﹁本気で掛かってくるんじゃなかったの?
なんて事、考えてないわよね?﹂
﹁ええ⋮⋮⋮⋮でも!⋮⋮⋮⋮怖いの⋮⋮⋮⋮怖いのよ⋮⋮⋮⋮﹂
その声は、先ほどの威勢の良さからは想像できないほどにか細かっ
た。﹁怖い﹂。その言葉の意味がわからず思わず﹁何がよ?﹂と聞
き返してしまう。フランは一瞬だけこちらを見ると、顔を俯けた。
﹁もし⋮⋮⋮⋮もしお姉様に勝って外に出れたとしても⋮⋮⋮⋮何
も変わらないんじゃないかって﹂
何も変わらない︳︳かつてフランがメイドを殺めたとき、フランの
冷遇ぶりは酷いものであった。ソレを助長したのは敵討ちの元に結
束したメイド達。そして自分だ。筆舌にしがたい責め苦をした記憶
がレミリアの脳裏を貫く。
口のなかが苦くなる感触を味わいながら、レミリアは続くであろう
言葉を予想した。
︳︳︳そう。フランが外に出れるようになったとしても何も変わら
ない。いや、逆だ。周りの変化にフランも周りの人々がついていけ
ないのだ。フランが外に出れるようになったとしても、出迎える人
も居ない。今までの扱いも変わらない。それどころか、いざとなれ
ば当主様を倒せてしまう実力がメイド達にあらぬ警戒をさせてしま
うのではないだろうか。
﹁外に出れるようになったとしても、やる事もない、待っている人
332
も居ない。ずっと一人。今までと変わらなくて一人で、姉を切りつ
け召し使いを殺した悪魔って後ろ指を指されるに違いないわ⋮⋮⋮
!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁そんな事のためにお姉様を切りつけて⋮⋮⋮⋮外に出て、もしま
た狂ってしまったら紅魔館の中だけじゃない、色んな人や妖怪を殺
そしたらまた、館じゃなくて世の中で一人ぼっ
ならいっそ、いっそ⋮⋮⋮⋮﹂
すかもしれない!
ち!!
﹁何もかも、無かったことにしてまた地下に戻りたい。自分が狂っ
ても人を殺めず、自分が勝手に磨り減っていくだけの生活に戻りた
い。と?﹂
レミリアの回りくどさを許さない辛辣で的確な総論がフランに突き
刺さる。その痛みに耐えかねたのかフランが一瞬だけ顔をあげたが、
レミリアはただフランの解答のみを聞きたいと視線を向けるのみだ
った。
暫くの静寂の後、フランは力なく頷いた。
レミリアは、自分の脳内でなにかが弾けるような音が響くのを聞い
た。が、ソレよりも先に身勝手な妹に対して無意識に手をあげてい
た。
痛快な音が響き渡り、フランの左頬は紅色に染まった。口内を切っ
てしまったのか、ほほを押さえてキョトンとしているフランの肩を
乱雑に引き寄せたレミリアは、フランの耳元に口を寄せて言った。
333
﹁アンタね⋮⋮⋮⋮あんまり減らず口を叩かない方が良いわよ?﹂
フランはいまいちぱっとしないのか、わからないと言った表情でキ
ョトンとしている。それがレミリアのなかに芽生えた怒りを成長さ
せて行く。
﹁自由になりたいと言っときながら、お姉様を切りつけたくないだ
の何だの⋮⋮⋮⋮虫が良すぎるつってんのよ?﹂
﹁え⋮⋮⋮⋮あ⋮⋮⋮⋮﹂
﹁良く見なさい。パチュリーの図書館、ボロボロになったわよね?﹂
フランの首根っこを掴んだレミリアは、フランの悲鳴が漏れるのも
構わずに奥に延びる図書館に目をやった。
パチュリーの性格のようにきちんと並べられていた本棚と魔導書は、
今ではいくつかが本棚もろとも消し飛び、薙ぎ倒され、魔導書も床
に散乱している。
﹁良く見なさい、私を執拗に付け狙って、周りを包囲している連中。
生傷こさえてるでしょ?﹂
フランがぐるりと顔を見回すと、本棚やキャットウォークの各所に
散開した自衛官達が銃を構えている。その手には擦り傷や切り傷が
見当たり、なかには先ほどの一戦のせいか血を滴らせているものも
居る。
この意味わかる?﹂
﹁みんな、アンタが自由になりたいって言い出したから始まったの
よ?
334
﹁分かるよ⋮⋮⋮⋮だから、何にも無かった事に⋮⋮⋮⋮﹂
ボソボソと口から紡がれるフランの物言いを最後まで聞いている気
はさらさらレミリアには無かった。首に置いた手を一度離し、フラ
ンの服の襟をつかむ。
アンタがここでやめたら皆無
命より大事なパチュリーの本も、連中の流れ出た血も肉もみ
﹁いいや、何も分かってないわね!
駄!
んな無駄!﹂
やっと意味を理解したらしい。フランがはっとした顔でこちらを見
つめる。
﹁それで、自分は何も失ってない。怪我してないから降りますと⋮
⋮⋮⋮地下室に居る間に道徳観念も失ったのかしら?﹂
もしフランがリタイアしたとしても、荒れた本棚がもとに戻ること
ない。そして、彼女を今の行動に走らせた張本人でもある霧島の命
は危うくなる。
彼女を助けた人。フランの世界を切り開いた人にとって一番残念な
のは、外への興味を失い、自分のやったことが無に帰す事だろう。
そんなことがあってはならない。だからこそ﹁最後までやりとげる﹂
という最低限の礼節さえ忘れていたフランに、レミリアは苛立ちを
隠せなかった。その苛立ちが先ほどの言動にも現れている。
レミリアの捲し立てにフランは否定も肯定もせず、ただただ下に俯
いていた。
335
﹁アンタ、忘れてるんじゃないの?﹂
唐突に変えられた話題にフランが﹁何を?﹂という反問の代わりに
首をかしげる動きをする。
アイツの命がかかっ
一人だけの背中じゃない。そこにもう一人分の命を背
﹁貴女の肩にはキリシマ⋮⋮⋮⋮だっけか?
てるのよ?
負ってる﹂
フランが顔をあげる。その瞳の揺れから動揺を悟ったレミリアは畳
み掛けるのは今だと言わんばかりに言った。
﹁最後まで責任を果たしなさい。自分の責任を全うすれば自由に手
は届く。それに⋮⋮⋮⋮﹂
レミリアはそこで言葉を切ると、首に掛けていたペンダント状の物
しんちゅう
を取り出した。十字架にコウモリを重ねたようなペンダントは、剥
げ掛けた真鍮のコーティングの代わりに、筆先に墨を浸け紙に押し
潰したような黒いものが貼り付いている。メイド長の唯一の遺品で
あるそれは、レミリアが肌身離さず付けているものだった。
﹁⋮⋮⋮⋮アイツの墓の手向け︵たむけ︶にもなる﹂
その言葉を聞いたフランは、びくりと肩を震わせた。
一方のレミリアは怒りとは別に沸き上がった、静かな熱から頭をク
ールダウンさせるためにも、肺一杯に大きく息を吸い込む。ひんや
りした空気が肺から体に行き渡る感触を味わったレミリアはフラン
に言い放つ。
336
﹁フラン。一つ聞くわ?
このまま私と一戦を交える?⋮⋮⋮⋮そ
選びなさい﹂
れとも、何もかも無かった事にし地下に戻る?⋮⋮⋮⋮これは自由
よ⋮⋮⋮⋮?
そう言ってもう一度フランの目をじっと見つめると、瞳の揺れは止
まり、強い意思と、それに見合う情熱を湛えた瞳孔がそこにあった。
お墓にお花を添えて、フ
先ほどまでの揺れた瞳と、地下にいたときの澱みきった死んだ魚の
瞳とは違う。
﹁決まってる⋮⋮⋮⋮﹂
フランの呟くような声。
﹁お姉様⋮⋮⋮⋮私は、自由が欲しい!
ランは外に出れるようになった。怖いモノも無くなったし、大きく
なったって⋮⋮⋮﹂
﹁なら、どうすれば良いか⋮⋮⋮⋮分かるわね?﹂
責任を⋮⋮⋮⋮霧島から掛けられた期待に応えると言う事、自衛官
や魔理沙や霊夢達の戦いを無駄にしない責任を全うするなら、レミ
リアと渡り合わなければならない。その覚悟を背負ったフランの目
には迷いと言う熟語は消え失せたようだった。
337
動き出す紅霧異変3
﹁班長⋮⋮⋮撃ちますか?﹂
89式小銃を構えた多摩が、横付けした顔を逸らしながら言った。
班長、もとい守本二曹は自らへ向けられた視線に、苦笑いで返した。
﹁撃っても良いが⋮⋮⋮⋮ありゃ相手死ぬぞ?﹂
先程から図書館の開けた場所で大立回りをしていたレミリアとフラ
ンの姉妹は、今は空中で二人密着するような姿勢でじっとしている。
そこに集中放火を浴びせたらどうなるか、考えたくはない。
ス
目にモノ見せてやるわ!
最も内容が聞き取れない。その原因は自分の後ろにいる霊夢と魔理
沙のせいである。
﹁あの血吸いコウモリのあん畜生ぉ!!
それはいけないぜ!!
吸血鬼死ぬから!!止めろ、な!?﹂
いけない!!
!スペカのルールガン無視のストレートは無いでしょ!?﹂
﹁お、落ち着け霊夢!
ペルカードでもそれは死ぬ!
レミリアのストレートがクリティカルヒットした霊夢は、魔理沙に
本棚の影に引っ張り込まれたあと、暫くの間床をもんどり打ってい
た。その際あちらこちらに体を打ち付け、全身に痣や擦り傷を作り
まくっていたので相当頭に来ているらしい。
なかば自業自得な気もするが、霊夢からすれば異変解決中の名誉の
負傷。怪我の原因は異変を起こした連中なのだろう。
338
﹁今ぶっ放したら霊夢が何やらかすか分からん。待機だ。いいな?﹂
﹁了解です﹂
そう言うと、彼は89式のピープサイト︵小銃上部に設けられた照
準機。銃口のオープンサイトとセットで使う︶に右目を密着させ、
いつでも撃てるような体型で待機し始めた。
﹁分隊長⋮⋮⋮⋮どうします?﹂
実際問題教本に乗ってない所ではない異常事態の連続に判断力を使
い果たした守本は、先程多摩がそうしたように、指示を仰ごうと姉
妹二人をじっと見つめている霧島に話しかけた。
﹁⋮⋮⋮⋮とりあえず、監視続行。動きがあれば指示を出すわ﹂
﹁了解﹂
とっとと撤退しては⋮⋮⋮⋮?と具申しようとしたが、霧島はどこ
か上の空。あの姉妹二人を見つめているのだろう。自分もその視線
をおう。その時、水風船が破裂するような音が響いた。思わず半歩
引き、肩掛け紐の9mm機関拳銃に手を伸ばした守本。だが、その
手は直ぐに9mm機関拳銃を手放した。
ほほを押さえて呆然としているのは、フランだった。その時、もし
かしたら二人の間に何か起こったのかもしれないと思った守本は、
全ての神経を二人のやり取りを聞き取ることに集中させた。
それでも後ろのばか騒ぎで断続的にしか聞き取れない二人のやり取
339
りの意味はわからなかった。しかし表情で大体の変化はわかる。
半泣きのフランの肩に両手をおいたレミリアは何かを諭しているよ
うだった。その表情は、妹の間違いを諭すという、責任感溢れる姉
の姿そのものだった。
気狂いの妹など知らん。といったレミリアの薄情者のイメージが崩
れ去っていくのを感じて、守本は意外な思いでレミリアを見つめて
いた。
霧島は何故か一人納得のいった顔をしていたが、彼女は守本達が知
らない水面下で何かするのが日常茶飯事なので、馴れてしまえば一
々気にならない。
﹁お、動いたっぽい⋮⋮⋮⋮小銃構えっ!﹂
﹁了解です﹂
霧島の表情がきゅっと引き締まり、指示を飛ばす。三分隊の隊員も
89式や9mm機関拳銃を構えて応戦の構えをとる。
﹁分隊長⋮⋮⋮⋮⋮﹂
その時89式を構えている一人、竹美が突如不安げな声を発した。
﹁残弾がもうそんなに⋮⋮⋮﹂
それを聞いた霧島と守本は一瞬竹美と顔を見合せた後﹁しまった﹂
と呟いた。89式の弾がなければ、後は装弾数10発未満の9mm
拳銃と銃剣が得物になる。弾幕を放つ相手には心もとない。
340
﹁無計画にぶっぱなしすぎたわね⋮⋮⋮﹂
薬莢を拾って数会わせするほど弾薬に気を使う自衛隊員とは思えな
い台詞だが、守本達も同じ穴のムジナなので別に咎めない。それよ
りもあの吸血鬼をどうやって制圧するかを考えなければならなかっ
た。
﹁どうにかして制圧しないと行けませんよ?﹂
﹁弱点をつくとか﹂
﹁吸血鬼の弱点って何よ?﹂
﹁メジャーなのはニンニク、水、十字架、日光ですね﹂
竹美の言葉を聞いた霧島は、暫く考え込むそぶりを見せた。そうす
ると何かを思い付いたらしく手でおいでおいでの仕草をすると、﹁
全員集まれー﹂と叫んだ。
隊員たちと怒り心頭で聞くに耐えない罵声を並べていた霊夢、彼女
を必死でなだめていた魔理沙が円陣を組むように並ぶ。そうして全
員が並ぶと、霧島は作戦計画を話始めた。
﹁という訳なんだけど、どう?﹂
話を終えた霧島は、周りの面々を見回しながら聞いた。すると、比
叡田が控えめに手を挙げながら言う。
﹁良いんですけど⋮⋮⋮⋮ヘリの手配は?﹂
341
﹁さっきヘリのローター音が聞こえたわ。多分H−60系統よ。ブ
ラックホークは出撃に時間かかるだろうから、多分SH−60だと
思う﹂
下がった比叡田に代わり、時津が﹁ですが⋮⋮⋮﹂と質問を並べ始
めた。
﹁確実性に欠けますよ。確かに図書館の一角はガラス張りになって
いるみたいですが⋮⋮⋮﹂
﹁やって見なきゃわからないし、他に手段もないわ﹂
時津は納得しかねる顔で霧島を見ていたがそのうち諦めたように目
を背けた。
﹁はい。直接仕留めないと気が済みません﹂
自衛隊員の口調を真似て、霊夢が言った。口は穏やかそうだがお払
い棒を持った右手はプルプルと震えているし、袖口を持ってかれた
で一色だろう。
左腕も見るからに力が入っている。恐らく彼女の脳内は血吸いコウ
モリ許すまじ!
﹁正面で2体に立ち回れるならいいけど、その怪我じゃ無理ね。最
後で相手に止めを指すから、その時手伝ってほしい。それまでは陽
動で我慢よ﹂
霧島の返答に取り敢えず吸血鬼姉妹をいたぶるチャンスがあれば満
足なのか、霊夢はそれ以上なにもいってこなかった。
﹁私も直接潰したいぜ﹂
342
﹁血の気多いのは結構だけど、あんたのビームで私たちまで消滅し
かねないからパスで﹂
見た目と性格のギャップが甚だしい魔理沙が要望を一蹴されたのを
最後に、誰からも質問の声は上がらなくなった。霧島は切り上げる
合図に手をパンパンと叩くと言った。
﹁それじゃあ⋮⋮⋮⋮無線でコンタクトをとったら、各員行動開始
で。解散﹂
そうして持ち場に戻っていく隊員たちを見届けると、霧島は無線を
とった。ツマミを指定された周波数に合わせる。
﹁三分隊霧島です。桐生三佐⋮⋮⋮応答願います。送れ﹂
すると直ぐ様反応が帰ってきた。焦りを孕んだ声がノイズの不協和
分隊長っ!無事か!?﹄
音と混じり、霧島は思わず耳を塞いでしまった。
﹃こちら桐生!
﹁何とか⋮⋮⋮⋮ですが、敵との交戦が長引き残弾がもう有りませ
ん。離脱は困難です!﹂
﹃特戦を向かわせようか?﹄
﹁いえ⋮⋮⋮⋮それよりもヘリコプターを一機用意できますか?﹂
﹃ヘリコプター?﹄
343
無線の緊迫した声が、霧島の珍妙な援軍要請ですっとんきょうな声
に変わった。それも当然。屋内にいるならヘリコプターによる航空
だったら⋮⋮⋮⋮﹄
支援などは効果が上がらないからだ。
﹃今屋内にいるんだろ!
﹁話は後です。ヘリは用意できそうですか?﹂
私が言った場所で待機させてくださいっ!!
﹃SH−60が今駐機しているが⋮⋮⋮⋮これは負傷者を搬出する
ためのものだぞ?﹄
﹁寧ろ好都合です!
連絡を取りた
周波数は23.325だ。こっ
⋮⋮⋮⋮あと、連絡周波数を教えてもらえます!?
いんです!﹂
﹃別に良いが無茶はするなよっ!
ちが中継する﹄
﹁了解。終わり!!﹂
桐生との回線途切れると、無線からは雨のようなノイズ音しか聞こ
えなくなった。暫くするとノイズの中にわずかに人の声が混じり、
やがて鮮明に聞こえるようになった。
﹃こちらシーキャット03。霧島三尉。応答願う﹄
桐生とは違う声が無線のスピーカーを震わせる。コールサインを使
っているところを見ると恐らく海自のヘリパイだろう。
344
﹁シーキャット03。こちら霧島、感度良好﹂
オーダー
﹃了解、三尉。支援要請をどうぞ﹄
ウェイターよろしく用件を聞いてきたヘリパイに、霧島は用件を早
口に言ってやった。
そこに機銃で穴を開けて、負傷、衰弱している隊員一名を
﹁館の一部に屋根がステンドグラスになっているところが見えるか
しら?
救出したい。どうぞ﹂
﹃了解、そちらへ向かいます。終わり﹄
海自のヘリパイが交信を終えるのとほぼ同時に、霧島は無線を切っ
た。そして、今度は周波数を自分の部下のものに合わせると﹁各員、
行動開始。ステンドグラスの場所に追い詰める﹂と言った。
直ぐ様部下10人分の応答が帰ってくると誰が見ているわけででな
いが笑顔で頷き、自らも動き始めた。
一方、魔理沙と片上を率いて動き始めた守本はステンドグラスなん
てあったかな?と聞こう思ったが、片上と魔理沙の﹁あったな﹂﹁
ああ、アレだな﹂と合点がいっているような会話に付いていけない
のも癪なので、ステンドグラスを探すため視線を静かに巡らせた。
すると、図書館の突き当たりの方に確かにステンドグラスがあった。
椅子と机がワンセットだけおかれている場所が薄暗い本棚の中でぼ
うっと浮かび上がっていた。そこの真上だ。
虹の七色の幾何学形状のガラスが合わさり、モザイク模様の円を描
345
いている。その中心には、メインのオブジェクトらしい五角形と五
つの三角形の組合わさった星。一筆書きしたような星が描かれてい
青のガラスで出来てい
た。カラーリングも独特で真ん中がパープルなのだが、周りの三角
形は手前から時計回りに赤、黄、白、黒、
た。
そのステンドグラスを介して差し込んだ光が、あそこを照らしてい
るのだろう。
﹁毒々しい色合いだな⋮⋮⋮⋮﹂
ごぎょう
守本が呟くと、魔理沙が﹁五行だな﹂と感心するように呟いた。
﹁五行?﹂
﹁昔の大陸の偉いさんが、世の中は五つの物質で出来ていると言っ
たんだそうだ。木は火で燃えて、燃えカスは土に還り、土から金が
生まれ、金は腐食し水になり、水は木の肥やしになる。で、これを
星の模様に当てはめたんだ。ちょうど星にも五つの三角があるから
な﹂
若干の身ぶり手振りを交えながら語る魔理沙を守本は魔理沙の評価
を数段引き上げることにした。
﹁へぇ⋮⋮⋮物知りなんだな﹂
﹁魔法の基礎中の基礎なんだぜ﹂
さも当然といった言動だが、心なしか魔理沙の頬は緩んでいた。そ
れを見た守本と片上も、ゴムのように伸びきった精神が緩み、クス
346
リと微笑を浮かべる。
﹁さて、と⋮⋮⋮﹂
十秒ほどクスクスと二人と顔を見合わせ笑っていた守本は、未だに
動きがない吸血鬼の姉妹に目を移した。
﹁動いてくれるとありがたいんだけどなぁ⋮⋮⋮⋮﹂
そうしなければ威嚇射撃しつつ引き付けるのが重要なこの作戦が根
底から破綻するため、願望を込めて呟いた。するとどうだろうか。
今までピクリとも動きやしなかったフランが、レミリアから突如距
離をおいたのだ。
﹁おっ?﹂
明らかな変化に、何か動くかな⋮⋮⋮⋮?と言おうとした守本は、
目の前で発せられた閃光︳︳︳姉妹が撃ち出した膨大な量の弾幕に
思わずしゃがみこんでしまった。魔理沙と片上も真似をするように
地面に伏せると、辺りは大量の弾幕の着弾が引き起こした振動に揺
さぶられた。本棚から本がいくつも降り注ぎ、守本たちに向かって
落ちて行く。
﹁何すんだよ!?﹂
弾幕を逃れたものの、降り注いできた辞書サイズの本に頭を叩かれ
たせいかぼやけてしまった視界にフランとレミリアを捉えた。そし
て思わず﹁嘘だろっ﹂と叫んでしまう。
フランとレミリアの周りには互いの弾幕が相手を仕留めようと飛ん
347
でいた。回避行動をとった相手を追尾する様は丸で体をくねらせる
龍のようで、中には弾幕の火線同士が互いにぶつかり合い時折目が
眩むほどのフラッシュを瞬かせ、二次爆発のような物が起きた。
その爆発の爆風に煽られるように弾幕が四散し、その内こちら目掛
けて飛んでくるのだ。慌てて顔を瓦礫に引っ込めた魔理沙の帽子を
掠め、重厚そうな本棚を抉った。
あれ、流れ弾だったのか?
その考えに追い討ちをかけるかのごとく、流れ弾は先程と同じよう
な威力で本棚に着弾し、下部を集中的に削られた本棚はぐらつき、
そのまま奥へ倒れてしまった。埃が舞い上がり視界が真っ白になる。
﹁大丈夫か!?﹂
守本は、発した安全確認に﹁何とかな!﹂﹁生きてるぜ﹂と二人分
の応答が帰ってくると、取り敢えず胸をホッと撫で下ろした。そし
て、今までにないくらい表情を引き締めると、
待てよと言いたげな後ろの二人の気配を確かめなが
﹁配置につけばこっちのもんだ。行くぞ!﹂
とだけ言い、
ら歩き出した。そして、9mm機関拳銃の先にレミリアの姿をとら
えると、フルオートの引き金を絞る。
ぎょっとしたレミリアが一瞬こちらを見たが、すぐにフランの弾幕
を回避するので手一杯になるのか、本棚を巧みに障害物とし逃げて
いった。
348
それを合図にあちこちから銃声や弾幕を放つ音、更には先回りせん
と今しがた箒で飛んでいった魔理沙の声が聞こえ始め、その音はだ
んだんと指定されたエリアの方へ向かっていくのが耳でわかった。
まさか引っ掛かるとはね。そうあの知見そうな吸血鬼への驚き半分、
*
嘲り半分で守本はニヤリと笑った。
*
﹁ふう⋮⋮⋮⋮やるじゃないフラン!!﹂
視界をおおうほどの弾幕を避けきったレミリアは大きく息を吸い、
その息を吐き出すように言った。
時折自衛官や霊夢や魔理沙から放たれる弾幕をかわしながら、図書
館を移動しながらの戦いは辛い。正直アレほど濃密な弾幕を出され
ると危なかったが、避けきってしまえばこちらのものだ。
地下に篭っていた影響か自分のパワーコントロールもまともにでき
ないフランは第一波に全てを使い果たしたらしい。早くも肩で息を
し始めている。
﹁これで終わりかしら?﹂
﹁まだっ⋮⋮⋮⋮まだよ!﹂
フランは鋭い眼光をレミリアに向けると両手で万歳のポーズを作り、
そして降り下ろした。フランの体が光の塊へと変貌しその光の塊が
4つに分身する。フランだった4つの塊を包んでいた光が収まると、
その一つ一つからフランが現れ、最終的に4人のフランが出来上が
349
った。
目の前で起こった不可解な現象を前に、口を半開きにしたレミリア
に4人のフランは一糸乱れぬタイミングで叫んだ。
﹁﹁禁忌﹁フォーオブアカインド﹂!﹂﹂
そして分散し襲いかかるフラン。先程より増えた七色の火線に難儀
しながら、紙一重の動きでひらりとかわす。
どうっ!?
強いでしょう!?﹂﹂
それは周りから見ればレミリアが危なっかしい動きで劣性にたたさ
どう!?
れているように見えるかもしれない。
﹁﹁あははっ!!
フランの嘲笑うような言葉が耳に入る。直後に暑い塊が肩を掠り激
しい痛みが走る。それに歯を食い縛る。
痛みでかっと見開かれた目で自分の覚えより何倍も強くなっている
フラン達に牽制をかねた弾幕を放つ。当然その時、一体一体のフラ
ンを視界に入れるのだがレミリアは有ることに気づいた。そして、
フランの間抜けっぷりに頬が緩むのを感じた。
﹁確かに強い⋮⋮⋮⋮。何倍も強くなったねフラン⋮⋮⋮⋮﹂
﹁﹁お褒めに頂き光栄ですわ。御姉様﹂﹂
フラン達はわざとらしく一斉にスカートの端を摘まんでペコリとお
辞儀する。バレてないと思っているのかそれとも只把握していない
だけか。どちらにせよ間抜け極まるその様子を見てもう笑いがこら
350
えきれないレミリアは、腹を抱えて笑ってしまった。
﹁﹁な、何がおかしいの⋮⋮⋮⋮⋮?﹂﹂
キョトンとしたフラン達を置いてきぼりにレミリアは自らの満足行
くまで笑った後、フランにその醜態を教えてやることにした。
﹁ふふっ⋮⋮⋮⋮フラン⋮⋮⋮⋮あなたが分裂するのには驚いたわ
⋮⋮⋮⋮でも、まだ未熟ね﹂
レミリアは言い切ると同時に右手に槍、ことにレミリアが得物とし
て愛用しているグングニルを召喚しそれを4人のフランの内の一体
に投擲した。
グングニルは鈍い音をたて、一体のフランの耳元を掠め本棚に突き
刺さった。フランは冷や汗がぶわっと吹き出たのか、顔色が蒼白に
なっていく。ポップコーンが弾けるような音がレミリアの耳を揺ら
す。音がした三ヶ所をじろりと見回すと、残り三体のフラン擬きが
体を四散させ、レミリアに届きもしない色鮮やかな弾幕のシャワー
を咲かせ消えていった。
﹁何で⋮⋮⋮⋮分かったの?﹂
﹁あんたは分身できても、持っているレーヴァテインは増えなかっ
たからね﹂
フランははっとした表情で自分の抱えている時計の針のようなもの、
レーヴァテインを見つめた。先程まで本物のフランの手中で轟々と
紅い炎を称えていたそれは、フランの気持ちにシンクロし今は折れ
曲がったいびつな時計の針という本来の寒々しい姿をさらけ出して
351
いた。
﹁さて、と⋮⋮⋮⋮終わらせようか!﹂
跳ねるような語尾はもう止めを指すということの裏返しそれを身に
染みて分かっているフランはビクリと肩を震わせながらも﹁き、禁
断⋮⋮⋮⋮﹁スターボウブレイク﹂!!﹂とスペルカードを取り出
し、必死の反撃を試みようとした。が、レミリアは最早余裕綽々と
いった感じで回避し、代わりに、
﹁吸血鬼にふさわしい弾幕を見せてあげる。⋮⋮⋮⋮呪詛﹁ブラド・
シェペジュの呪い﹂⋮⋮⋮⋮由緒正しきシェペジュの吸血鬼の弾幕
よ。身をもって味わいなさい⋮⋮⋮⋮﹂
静かながら威圧感溢れる台詞とともに、フランに弾幕を放った。避
けようとしたフランは、出せる限りの全速力で右へ動いた。申し訳
程度に羽も羽ばたかせたが気休めでしかなくみるみる内に弾幕が追
い付き、十数発の直撃を受けたフランは本棚にその体をめり込ませ
た。
木片のいくつかが体に切り傷や擦り傷をこしらえ、痛みに身をよじ
らせるとさらに激痛に襲われた。悶絶したところにレミリアが首根
っこを掴んだのでフランは短い絶叫をあげ、目に涙をためていた。
﹁さ、チェックメイトね⋮⋮⋮⋮貴女は地下に逆戻りで、キリシマ
は⋮⋮⋮⋮私のご飯か﹂
その言葉を聞いたとたん、フランはだらんと垂らした手足を振り回
し抵抗し始めた。レミリアはフランに言い聞かせるように言った。
352
﹁仕方無いじゃない⋮⋮⋮⋮約束なんだし﹂
その言葉を聞いた途端、手足の動きは弱まった。その代わり﹁まだ
負けた訳じゃない!﹂と癇癪を起こした子供のように泣き叫ぶフラ
ンはレミリアにかつてフランを地下に閉じ込める直前の光景を思い
出させた。
﹁認めなさい⋮⋮⋮⋮負けよ﹂
﹁負けてない!!﹂
負けてないよ⋮⋮⋮⋮!﹂
﹁負け、私の勝ち!﹂
﹁負けてないっ!!
とうとう嗚咽を堪えきれず、涙と鼻水をこぼし始めたフランをレミ
リアは軽蔑する眼差しで見ていた。
結局コイツは500年前から代わってない諦めが悪くって自分に不
利に働くことを認めないその態度が気に入らない止めを刺してやる。
そうさせたのは、他でもない自分なのに。最後までやってみろ他人
の命を肩にぶら下げているなら尚更だというのに。そうさせたのは
自分なのに。
自分の中にいる良心とストレスが論戦を繰り広げる。が、こういう
時には良心なんかより遥かにたまりやすいストレスが勝るのが世の
常。
止めと言わんばかりにスペルカードを掲げたレミリアは、論戦に敗
353
北し駆逐されつつある良心が﹁私を止めて﹂と大絶叫するのを聞き、
一瞬ふと上を見上げた。
意匠を凝らした円形の天窓のステンドグラスが目に入る。七色のカ
ラフルなそれの中央部には魔方陣らしい星のマークが組み込まれて
パチュリーが魔法でそういう風
いる。そして、そのガラスがぼんやりと光を発するのが見え、思わ
ず目を凝らした。
あのステンドグラス、光るのか?
にしているのだろうか。いや多分違う。アレはガラスが光っている
んじゃない、ガラスの向こうから何かに照らされてるんだ。
そう結論が出た瞬間、鼓膜を揺さぶる凄まじい音がレミリアを、フ
ランを、図書館を揺らした。
354
終息1
食器をぶつけたような音が響き渡りレミリアはとっさに上を見上げ
て絶句した。
上の色鮮やかなステンドグラスに大穴が空き、そこかしこに破片が
降り注ぐ。それにまじって上からドアを叩くような音が聞こえその
正体らしい閃光が暗闇に瞬きステンドグラスを突き破った主、SH
−60K対潜ヘリコプターが悠然とホバリングしていた。
その脇腹にもうけられたキャビンのハッチからは人と大型の棒状の
物が警戒するように覗いていて、時おり瞬くと連動するように爆竹
のような音が鼓膜を揺さぶる、直後に鈍い音が下から聞こえ、本棚
や床が穴だらけになっているのが見えた。彼女たちの弾幕のような
派手さは無いが、威力は比べ物にならない。
口を半開きにして唖然としていたレミリアは、その棒状の物体が守
本たちが持っているような武器と同じ類いだと理解した。
吹き飛んだのか、
背筋がさっと冷たくなり、慌てて身を丸めようとしたレミリアの耳
にフランの声にならない呻きが響いた。
﹁フラン?﹂
悲痛としか言い様のない呻きに先程までの殺気も
目の前のフランに目を戻す。
フランの服の右袖口にガラス片らしいものが突き刺さり、そこから
円状に赤い染みが拡がっていた。目の前が真っ暗になる錯覚が頭の
355
中を駆け抜ける。
﹁だ、大丈夫?﹂
﹁痛い⋮⋮⋮⋮﹂
体を定間隔で痙攣させる中、か細い声でフランは言った。
レミリアは上をいまだにホバリングしているSH−60Kを睨み付
け、短く舌打ちするとそれに向かって弾幕を放とうとした。そのと
きである。レミリアにはSH−60Kの機首の丸いものが動くのが
見えた。
頭の中で疑問が
その丸いものには穴が開いていて、その穴が自分達をとらえるのが
分かった。まさか、あの棒状の奴と同じ類いか?
浮かんだときだった。
視界が真っ白になった。比喩でもなく、目の前に白い布を掛けられ
咄嗟な考えでは結論は出なかった。代わりに、あるものが体を
たような感じだ。何が起こったのかわからない。これは一体なんだ
?
突き抜けた。
痛み。文字通り全身を焼くような痛み。耐えきれずに喘ぐような短
い悲鳴が口から漏れ、痛む箇所を押さえようと身をよじらせる。
強い光を当てられた。日光より強い光を。
と言うことだった。そ
先程までの視界を覆う白の結論を叩き出したレミリアが次に考えた
のは、目の前にいるフランはどうなった?
う思い、痛みに耐えきれず強く閉じられた目を細く開く。
356
フランは泣いても喚いてもいなかった。目を見開いてぐったりとし
ていた。手足は力なくだらんと下を向き、羽は一部が灰になり始め、
それにぶら下がるようにたわわに実っていた七色の宝石は幾つかが
溶け落ちていた。
その様子からイメージ出来たのは、死。
まさか、死んだ?
そう思ったとき、無性に叫びたい衝動がレミリアを包んだ。後悔や
ねぇ、フラン⋮⋮⋮⋮何か言いなさ
喪失感が襲ってきて、どうしようもない苛立ちに駆られた。
﹁ははっ⋮⋮⋮⋮嘘でしょ?
いよ﹂
そんな馬鹿なこと、あるわけないじゃない。だって500年くらい
ずっと閉じ込められたって死ななかったのに。一分光を当てられた
くらいで死ぬわけないじゃない。
﹁ねぇ⋮⋮⋮⋮お姉さま困らせないでってば﹂
そう言いながら肩を揺らす。が、フランは一言も言葉を発すること
なく、レミリアに合わせ人形のように四肢をぐらぐらと揺らすだけ
だった。
﹁私に勝つんでしょ⋮⋮⋮⋮ねえ、ねぇ?﹂
反応はない。生命の糸が切れたフラン人形。不安が明確な形となっ
て現れ、レミリアは目から液体があふれでてくるのを感じた。
357
その液体をペロリと舐めてみると、血よりも甘しょっぱかった。涙
だった。
それを流していることが分かって、初めて自分は悲しんでいるのが
分かった。妹の事を大事に思っているのが分かった。
﹁ご免なさい、フラン⋮⋮⋮⋮。私、もっと﹂
そんなに大事ならちゃんと向き合ってあげればよかった。叱り飛ば
すだけ叱り飛ばして、後は閉じ込めて終わり何かにするよりよい選
択はあったはずなのに⋮⋮⋮⋮。
後悔と自己嫌悪の渦に飲み込まれる最中、不思議とそれまでの激痛
が和らいでいく。もう最後が近いのだろう。ぎゅっとフランを抱き
止めようとした。直後体に力が入らなくなったがけして離さないよ
うに。
せめて、自分が消えたように扱っていた妹が本当に、この世から消
えてしまわないように。最後くらい姉らしく、妹が、フランが安ら
かに眠れるように。レミリアはその一心で覆い被る。そして、その
*
まま気を失ってしまった。
*
SH−60K対潜ヘリコプターが光の照射をやめると、吸血鬼姉妹
が床に倒れ込んでいた。
﹁まさか本当に効くとはねぇ⋮⋮⋮⋮﹂
358
霧島が感嘆したようすで呟くのを見、守本は同意の意を兼ねて相槌
を打った。
﹁吸血鬼に日光が効くのなら、サーチライト的なものを当ててみれ
ば動き止まるんじゃない?﹂
霧島の切り出した作戦はそんな感じであった。丁度近くまで出っ張
ってきていたSH−60K対潜ヘリコプターの機首に装備されてい
るサーチライトを利用し、二人に向かって光を照射したら見事に動
きを止めるどころかノックダウンしたのだ。
本来救難捜索用に使われるサーチライトで止めを刺すと言う想定外
にもほどがある使い方だ。
﹁さてと、吸血鬼にストレートのお礼をしなくちゃね﹂
そう言いながらラジオ体操のように体を動かす霊夢の表情は純粋な
笑顔そのものであった。これからやることが死体を蹴りにいくよう
なものでなければの話だが。
あの二人。と言うか、姉の方は災難だなと思い姉妹に目をやった守
本は、少し違和感を覚えた。気絶でもしているのだろうか全く動か
ないのである。しかも、ところどころ肌が赤黒くただれているよう
な、まるで︳︳︳︳、
﹁分隊長、あの二人⋮⋮⋮⋮ヤバくないですか?﹂
﹁は?﹂
そう言いながら姉妹に目をやった霧島は、眉間に浅いシワを作った。
359
﹁火傷してるのかしら?﹂
﹁ええ。多分⋮⋮⋮⋮と言うより、感電した後みたいになってるん
ですけど﹂
まるでアザラシのようにだらりと床にうつ伏せで寝転んでいる二人
は、今にもブスブスと煙を吹き上げそうな気がしないでもない。心
配になった守本は二人に近より、手首に指を当てた。
︳︳︳脈はあるな。
一応生きてはいるらしい。取り敢えずSH−60Kに収容してもら
うかなと思いながらヘリに待機している救難隊員にサインを送る。
この二人と、あと奥に居る奴計三名の収容願い
甲高い音と共にロープにくくりつけられた救難隊員が降下してきた。
﹁ご苦労様です!
ます!﹂
ヘリのローターの駆動音の中でも聴こえるよう怒鳴るように言うと、
﹁奥の一名を運んできてください!﹂と返されたので多摩と比叡田
に運んでくるように指示を飛ばした。
それと平行して救難隊員は左腕でフランを、右手でレミリアを抱き
かかえる。改めて二人を見てみるが、やはり身体中が傷だらけで痛
ましい。
﹁なにやったらこうなるんですか?﹂
救難隊員が懐疑の目を向けてきた。それもそのはずで、こんな焦げ
360
あとのような傷は電気ショックを与えるか根性焼きでもしなければ
出来る筈がないからだ。
﹁話すと長くなるんで、向こうで話します!﹂
それで納得したのかしていないのか、﹁はあ⋮⋮⋮﹂と頼りない返
事をすると、救難隊員は二人を担いだままSH−60Kに引き上げ
ていった。
そして再び降下してくると、﹁本当に何やらかしたんですか﹂と言
う視線を向けてきたが、比叡田と多摩が顔面蒼白のパチュリーを押
し付けると、諦めた表情になりパチュリーを運び出していった。
霧島と共に機上の救難隊員に敬礼し、その答礼を貰う。まもなくS
H−60Kはローターの回転を高め、空へ飛び立っていく。
SH−60Kが視界から消えると後には風が産み出す低い音と、墨
汁のように真っ黒で白い満点の星を湛えた夜空とぼんやりと浮かび
上がる月がステンドグラスの跡に残った。
ついぞ数時間前までの紅色の霧は微塵も見当たらず、異変が終わっ
た事を暗に伝えていた。
﹁終わったな⋮⋮⋮⋮﹂
ふぃー。と一息つきながら本だらけの床に魔理沙が腰を下ろした。
その隣に﹁吸血鬼を仕留められなかったのが心残りねぇ⋮⋮⋮⋮﹂
と言いながら霊夢が座り込む。
﹁さて、一応一件落着と言った所だが⋮⋮⋮⋮お前らはどうするん
361
だ?﹂
守本が二人に問うと、二人は口を揃えて﹁そりゃもちろん⋮⋮⋮⋮
宴会よね﹂﹁宴会だぜ﹂と言った。
﹁え、宴会?﹂
﹁そ。知り合いの妖怪やら人間やら集めて、酒やら料理やら持ち寄
ってパーっとね⋮⋮⋮⋮あんたらも来る?﹂
﹁ちょっとまて、お前ら何歳だ?﹂
日本では未成年者の飲酒は禁止されている。とても20越えている
ようには見えないんだがな⋮⋮⋮⋮と思いながら二人の返答を待っ
た。
二人の年齢は大本予想通りで﹁16だぜ﹂﹁多分同じくらいよ﹂と
言った返事が帰ってきた。悪びれもしない二人の様子に守本は一瞬
ポカンとしたが、
﹁ちょっとまて、お前ら20行ってないじゃん。酒飲んじゃいけな
いだろ。てか霊夢、自分の年齢知らないって相当だぞ?﹂
と突っ込みをいれた。
﹁親の顔も知らないし、物心ついたら神社の巫女だったわ﹂
﹁それに酒飲んじゃいけないって⋮⋮⋮⋮宴会できないじゃないか。
宴会なくして何の為の人生だ?﹂
362
﹁お前らホントに16か⋮⋮⋮⋮?﹂
魔理沙のアル中の中年のような思考に、彼女らは鯖読んでいるんじ
帰る当てもないんで
ゃないかと守本は思った。親の顔も知らないと言う霊夢の話にはあ
えて触れないことにする。
﹁そんなことよりアンタらはどうすんのよ?
しょう?﹂
霊夢がこちらを向いて言った。
国連治安維持軍
腐っても自衛隊にはPKF
﹁まぁな⋮⋮⋮⋮でも、来る事が出来るなら帰る事も出来るはずな
んだよ⋮⋮⋮﹂
﹁心当たりなら有るけど?﹂
連合任務部隊
その一言に霧島がピクリと反応した。
や
のCTFに参加すると言う目的がある。邦人救出のため、一刻も早
く中東に向かわなければならないのだ。
﹁あるのなら教えてほしいわね?﹂
幻想郷
紫っていう胡散臭い奴﹂
ゆかり
﹁外からこっちに物を引っ張ってくるのは大体アイツの仕業よ。八
くも
雲
﹁じゃあソイツを探せば良いわけ?﹂
﹁そ。でも神出鬼没だからね。何処に居るか判らない﹂
じゃあダメじゃん。と霧島と守本が顔を見合わせると、﹁でも、呼
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び出すことは出来るけど?﹂と霊夢は言う。
﹁行方が判らないのに?﹂
﹁簡単な方法で呼び出せるのよ﹂
そう言うと霊夢はお祓い棒をジャグリングの様に振るいながら鼻唄
を歌う。
その紫を呼び出して、外の世界。というか守本たちから元居た世界
にもどしてもらえれば全て解決と言ったところだろう。
この変な世界や二人ともお別れか。派遣先での小噺にはなるなと思
いながら、守本は夜空を仰いだ。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n1306bw/
東方自衛隊 ∼What SDF saw fantasy of the Orient∼
2014年7月23日14時07分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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