手術患者の術前・術後管理

手術患者の術前・術後管理
A.手術患者の術前管理
【術前患者の評価】
1.手術侵襲と手術危険度 operative risk
(1)手術に関連した因子
手術適応(条件)、手術侵襲程度(大きさと時間)
、術者の技量(経験と技術)
(2)麻酔に関連した因子
麻酔法、麻酔時間、麻酔技術
(3)患者に関連した因子
全身状態(年齢、体型、栄養状態、合併症の有無など)
2.術前患者リスクの判定基準
(1)ASA 術前状態分類
class 1:器質的,生理的,生化学的あるいは精神的な異常がない.手術の対象となる疾患は局在的であって,
全身的(系統的)な障害を惹き起こさないもの。
例:鼠径ヘルニアあるいは子宮筋腫などがあるが,他の点では健康な患者
class 2:軽度~中程度の系統的な障害がある.その原因としては外科的治療の対象となった疾患または,それ
以外の病態生理学的な原因によるもの。
例:AHA(American Heart Association)の心疾患の分類の 1 および 2a に属するもの(軽度糖尿病,
本態性高血圧症貧血,極度の肥満,気管支炎など、新生児および 80 歳以上の老人ではとくに
系統的疾患がなくともこの class にはいる)
class 3:重症の系統的疾患があるもの.この場合,系統的な障害を起こす原因は何であっても良いしはっきり
した障害の程度をきめられない場合でも差し支えない。
例:AHA の 2b に属するもの.重症糖尿病で血管病変を伴うもの(肺機能の中~高度障害.狭心症
またはいったん治癒した心筋梗塞のあるもの)
class 4:それによって生命がおびやかされつつあるような高度の系統的疾患があって,手術をしたからといっ
て,その病変を治療できるとは限らないもの。
例:AHA の 3 に属するもの(肺,肝,腎,内分泌疾患の進行したもの)
class 5:瀕死の状態の患者で助かる可能性は少ないが,手術をしなければならないもの。
例:動脈瘤の破裂で高度のショック状態医に陥っている患者.脳腫瘍があって急速に脳圧が上昇
している患者.広範な肺塞栓のあるもの(この種の患者では麻酔よりもむしろ蘇生が必要)
緊急手術はこれにEをつける。
(2)NYHA 心機能分類
I度:身体活動に制限のない心疾患患者。
日常生活における身体活動では、疲れ、動悸、呼吸困難、狭心症状は起こらない。
II 度:身体活動に軽度制限のある心疾患患者。
日常生活における身体活動でも、疲れ、動悸、呼吸困難、狭心症状が起こる。
III 度:身体活動に高度の制限のある心疾患患者。
軽い日常活動における身体活動でも、疲れ、動悸、呼吸困難、狭心症状が起こる。
IV 度:身体活動を制限して安静にしていても心不全症状や狭心症状が起こり、少しの身体活動によっても、
訴えが増強する。
(3)Hugh-Jones 分類
1度(正常)
2度(軽度)
3度(中等度)
4度(高度)
5度(非常に高度)
同年齢の健康者と同様に仕事ができ、歩行、階段の昇降も健康者と同様である
平地では同年齢の健康者と同様に歩けるが、坂や階段は健康者と同様には登れない。
平地でも健康者と同様な歩行はできないが、自分の歩調ならば約 1.6km 以上歩ける。
休みながらでなければ、約 50m 以上歩けない。
話したり、衣服を脱いだりするだけで息切れがし、そのため外出もできない。
(4)肝予備能の評価(Child
血清ビリルビン(μmol/l)
血清アルブミン(g/l)
腹水
神経疾患
栄養
手術によるリスク
の分類)
class A
<40
35<
なし
なし
たいへん良い
軽度
class B
40 ー 50
28 ー 35
コントロール良
あり
良い
中等度
class C
50<
<30
コントロール不良
昏睡
悪い
高度
(5)DIC の診断基準《厚生省研究班の診断基準》 1988 年改訂
スコア
3
2
1
0
I.基礎疾患
あり
なし
Ⅱ.臨床症状
出血症状
あり
なし
臓器症状
あり
なし
Ⅲ.検査成績
FDP(μg/ml)
40≦
20≦~<40 10≦~<20
10
血小板(×104/μl)
50≧
80≧~>50 120≧~>80
120<
フィブリノーゲン(mg/dl)
100≧
150≧~>100
150<
PT(時間比)
1.67≦
1.25≦~<1.67
1.25>
Ⅳ.判定
1)7 点以上:DIC 6 点:DIC 疑い 5 点以下:DIC の可能性少い
【診断のための補助的検査所見】
1)可溶性フィブリンマノマー陽性
2)DーDダイマーの高値
3)トロンビンーアンチトロンビンⅢ複合体の高値
4)プラスミン・α2 プラ X ミンインヒビター複合体の高値
5)病態の進展にともなう得点の増加傾向の出現。
とくに数日内での血小板数あるいはフィブリノゲンの急激な減少傾向
6)抗凝固療法による改善
(6)BMI:body mass index
体重(kg)/身長(m)2
22~24:標準
25~30:太り気味
30以上 :肥満
(7)Broca 指数
[体重(kg)-(身長-100)×0.9]×100/(身長-100)×0.9
20~30%:軽度肥満
30~40%:中等度肥満
40%以上 :重度肥満
【術前管理の実際】
(1)精神的ケア
(2)術前一般ルーチン検査と追加検査
【術前準備】
1.術前の諸問題とその管理
(1)
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栄養状態の評価:Prognostic Nutritional Index(%)など
栄養改善のための治療対策:高カロリー輸液など
貧血や脱水の改善:鉄剤投与、補液など
水分・電解質の補正:酸塩基平衡、血液ガス分析など
血液凝固系の異常とその対策:特に担癌状態
心血管系障害:ニューヨーク心臓協会(NYHA)の分類など、心不全対策
呼吸器障害:閉塞性・拘束性肺疾患(肺機能検査、ガス分析)
、禁煙指導など
腎機能異常:慢性腎不全対策
糖尿病・内分泌異常:血糖コントロールなど
肝機能障害:Child の分類など
2.術前の準備
(1)
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(4)
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(6)
食事の制限、禁食と栄養管理
排尿、排便:腸管の preparation など
経鼻胃管の挿入
導尿カテーテルの挿入:通常麻酔導入後。BPH などは予め泌尿器科診察必要
剃毛・清拭:手術予定部。ただし有毛部以外はむしろ剃毛はしない方が良い
入れ歯の除去:気管内挿管の時
B.手術患者の術後管理
【手術に伴う生体反応】
(1)手術に伴う内分泌系・神経系の反応
(2)Moore の手術に伴う 4 相の回復過程
【手術後の全身評価】
1.手術直後の処置
(1) バイタルサイン:意識、呼吸状態、血圧など
(2) 術中の in-out バランスの評価:麻酔記録、術後検査など参考
(3) 呼吸器系の管理:覚醒レベルによっては下顎挙上、肩枕挿入による頚部伸展位、
必要あればエアウェイ挿入や再挿管など行う。
(4) 循環器系の管理:四肢の保温、十分な酸素供給、血圧の変動、不整脈の出現など
2.術後の一般的患者管理
(1) 水分・電解質・輸液管理
術中の不感蒸泄は術野の大きさ、時間による。また広範囲手術では術後その部分に高度の
浮腫が発生し、このため多量の細胞外液(third space)が失われる。
術中輸液量(広範囲手術)で 7~9ml/kg/時
術後輸液量(24 時間)=(24 時間尿量)+(不感蒸泄)-(代謝水)+(異常喪失量)
その他、電解質補正など
(2) 感染予防とその対策:手術創あるいは呼吸器感染・尿路感染に注意。特に長時間手術、
高齢者などは感染率が高い。抗生物質予防投与は効果的(術前または術中から)
(3) 術後の呼吸器管理:呼吸状態、胸部X線撮影、血液ガス分析など
(4) 術後の循環器管理:バイタルサイン、循環動態モニターなど
(5) 肝・腎機能管理:術後肝機能障害、急性腎不全対策、尿路管理(Foley カテーテル)など
(6) 栄養管理:経口、経腸、経静脈栄養
(7) 糖尿病および酸・塩基平衡異常の術後管理:血糖値コントロール(インスリンの間歇的皮下
投与あるいは持続静注。酸・塩基平衡異常は Goldberg-Hornbein’s map 参考。
(8) 早期離床と体位変換:胸部のタッピング、頻回の体位変換、褥瘡予防など
(9) 手術創の管理:創やドレーンの観察、抜糸時期など
3.手術後の合併症とその処置
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術後感染:創感染、臓器感染症、特殊な感染(MRSA,IVH 感染)など
創部合併症:創感染と創哆開、後出血や血腫、創壊死など
呼吸器合併症:無気肺 atelectasis、肺水腫、肺梗塞(肺動脈塞栓症)など
循環系合併症:不整脈、心筋梗塞、血栓性静脈炎、脂肪塞栓症など
神経系合併症:脳血管障害(TIA、脳梗塞など)、精神障害(術後譫妄など)
肝障害:輸血後肝炎、薬剤性肝障害など
腎障害:術後急性腎不全、排尿障害など