2012 年度 首都大学東京大学院 理工学研究科・物理学専攻 修士論文概要集 物理学専攻修士論文発表会 2013 年 1 月 28 日(月)・29 日(火) 8 号館大会議室 2012 年度修士論文発表会プログラム 2013 年 1 月 28 日(月)・ 29 日(火) 8 号館 大会議室 各自持ち時間 発表 17 分 + 質疑応答 8 分 1 月 28 日(月) 時間 氏名 論文題目 指導教授 10:25-10:50 髙橋宏明 A-B-A スタッキング 3 層グラフェンの磁気抵抗 森弘之 10:50-11:15 江川友規 1 次元リング上の冷却原子系の永久電流 森弘之 鈴木徹 堀田貴嗣 11:15-11:40 志智晃 堀田貴嗣 鈴木徹 首藤啓 11:40-12:05 田浦將久 堀田貴嗣 森弘之 青木勇二 大橋隆哉 石崎欣尚 角野秀一 大橋隆哉 石崎欣尚 柳 和宏 石崎欣尚 大橋隆哉 田沼肇 石井廣義 真庭豊 柳和宏 門脇広明 真庭豊 岡部豊 真庭豊 石井廣義 柳和宏 真庭豊 門脇広明 柳和宏 真庭豊 石井廣義 門脇広明 柳和宏 真庭豊 青木勇二 溝口憲治 石井廣義 森弘之 溝口憲治 青木勇二 堀田貴嗣 審査委員 理研 堀田貴嗣 柳和宏 多々良源 動的平均場理論によるハバードモデルの モット転移の研究 協力的ヤーンテラー歪みとフント結合の協調による Co3+中間スピン状態の安定化機構 12:05-13:05 昼休み X線望遠鏡性能評価システムの高性能化と 13:05-13:30 市原昂 13:30-13:55 小川智弘 13:55-14:20 榎島陽介 14:20-14:45 鈴木良輔 14:45-15:10 後藤和基 15:10-15:35 田寺真 15:35-16:00 田村尊宣 16:00-16:25 山田健介 16:25-16:50 五十嵐透 16:50-17:15 粂田翼 17:15-17:40 髙倉寛史 すざく型望遠鏡を用いた性能実証試験 衛星搭載を目指す MEMS X線望遠鏡の開発研究 TES 型 X 線マイクロカロリメータの放射線耐性と 多素子化に関する研究 CoMoCAT 法によって合成された単層カーボン ナノチューブの電子状態に関する分光研究 スピンアイスにおける磁気モノポール 単層カーボンナノチューブを用いた 一次元磁性体の研究 ゼオライト鋳型炭素に内包された水の凍結過程での 示差走査熱量計による研究 核磁気共鳴法による ゼオライト鋳型炭素(ZTC)の研究 電気二重層を用いたキャリア注入による 単層カーボンナノチューブの光吸収制御 凍結乾燥法で作製した Zn-DNA の電子状態 キュービックアンビル超高圧下装置による β'-(BEDT-TTF)2ICl2 の電子状態の解明 JAXA 石田 学 1 月 29 日(火) 時間 氏名 論文題目 指導教授 10:00-10:25 程島康行 混合系におけるダイレクトトンネリング仮説について 首藤啓 鈴木徹 森弘之 10:25-10:50 杉山友梨霞 強いカオス系における波束の再帰現象について 首藤啓 鈴木徹 岡部豊 10:50-11:15 大橋るり子 完全 WKB 解析に基づく多準位非断熱遷移の研究 首藤啓 安田修 田沼肇 11:15-11:40 太田葵 有限量子多体系における対相関の模型的考察 鈴木徹 堀田貴嗣 森弘之 11:40-12:05 渡邊康祐 光学格子における原子気体のブロッホ振動 鈴木徹 安田修 首藤啓 政井邦昭 安田修 石崎欣尚 政井邦昭 大橋隆哉 石崎欣尚 政井邦昭 大橋隆哉 安田修 住吉孝行 角野秀一 田沼肇 住吉孝行 角野秀一 大橋隆哉 住吉孝行 角野秀一 安田修 安田修 鈴木徹 角野秀一 田沼肇 大橋隆哉 城丸春夫 12:05-13:05 審査委員 昼休み 相対論的衝撃波ブレークアウトにおける 13:05-13:30 寺口智文 13:30-13:55 二村亮 13:55-14:20 山岸豊 14:20-14:45 谷川孝浩 14:45-15:10 坂下嘉徳 15:10-15:35 松本浩平 15:35-16:00 小原怜 16:00-16:25 伊澤亮介 16:25-16:50 伊藤源 16:50-17:15 前田達矢 17:15-17:40 國利洸貴 17:40-18:05 伏屋健吾 光子スペクトル Fermi Bubble の周期的爆発モデル ブラックホールからの回転エネルギーの引き抜きと 質量降着円盤との整合性 超高エネルギーニュートリノ検出器のための電子 ビーム照射による岩塩と氷における電波反射の研究 Belle II 実験のエンドキャップ粒子識別装置用 光検出器とその信号読み出しシステムの開発 ニュートリノ混合角θ13 の精密測定化に向けた Double Chooz 実験におけるエネルギー再構成手法 素粒子の標準模型とその高エネルギーでの姿 極低温ヘリウム気体中における XH+ ( X = C, N, O ) の移動度 理研 東俊行 静電型イオン蓄積リングを用いた星間分子負イオン 理研 田沼肇 森弘之 城丸春夫 の蓄積およびレーザー合流実験 As 系充填スクッテルダイト化合物 SmOs4As12, CeRu4As12 の高圧下単結晶育成と物性評価 カゴ状構造を持つ Yb 系化合物 YbOs4Sb12 及び YbAu3Al7 の単結晶育成と物性測定 磁場に鈍感な重い電子系化合物 SmxLa1-xOs4Sb12 の 価数揺動状態 東俊行 佐藤英行 青木勇二 溝口憲治 佐藤英行 青木勇二 堀田貴嗣 青木勇二 佐藤英行 柳和宏 A-B-A スタッキング 3 層グラフェンの磁気抵抗 スピン量子物性論研究室 高橋 宏明 2005 年の Geim 氏のグループによる実験をきっかけに、グラフェンの研 究はより一層盛んになってきた。グラフェンの特異な性質はその 2005 年から 大量に報告されており、それに関わる論文数も実験からの 5 年間ほどで 1000 本を超えるほど出版されている。 そして近年では、物理的側面からのみではなく、工業的な面からも既存の 素材に変わる新たな素材として期待されてきている。 例えば、グラフェンを使用した導電膜がつくれれば、その薄さからタッチパ ネルなどへの利用が期待できる。これが可能になれば、現在のタッチパネル の材料であるインジウムと比べて安定供給や低コスト化ができる。 また、グラフェン中の電子の速度が速いことから、FET(Field Effect Tran- sistor) に用いることも可能である。FET とは、電界効果トランジスタと呼 ばれるトランジスタで、スイッチング素子や増幅素子に使われる。現在では 電子機器の集積回路を作る際に必要不可欠なものでシリコン素材等の半導体 のものが主だが、グラフェンで製作できればサイズを大きく縮小できる。こ れによって透明で柔らかいディスプレイの開発が期待される。 特に導電膜に関しては、実用化が近いといわれている。 そのほか様々な応用案や研究結果が報告されているが、これらは単層グラフェ ンか 2 層グラフェンを対象としている割合が非常に大きい。 一方、3 層以上のものはまだあまり応用例が提案されていない。 その理由として、積層したグラフェンの構造の複雑さと計算の困難さが影響 していると考えられる。積層するごとにバンド数が増えて構造も複雑になっ ているため、計算が非常に困難になっている。 ただ、一部の積層グラフェンはその計算を容易にする方法が知られている。 今回扱う A-B-A スタッキング 3 層グラフェンもそのうちのひとつで、1 層と 2 層の重ねあわせでそのハミルトニアンを表現できる。他にも A-B-C スタッ キングという積層方法の場合、A-B-A スタッキングの場合とは全く違った形 で有効ハミルトニアンを作ることが出来る。また、3 層を越える積層の場合 も A-B-A スタッキングならば同様に 1,2 層の繰り返しで表現でき、A-B-C スタッキングも常に有効ハミルトニアンを作れる、という理論も提唱されて いる。 3 層グラフェンの性質がわかり 1,2 層の性質と比較すれば、積層による何ら かの法則性がみえる。そして述べた通り 4 層以上のグラフェンも 3 層同様に 何らかの重ねあわせで表現できるため、3 層グラフェンの性質を明らかにす ることはより積層されたグラフェンの性質を調べる助けになる。 1 本研究では、3 層グラフェンの性質を調べることを目的として A-B-A スタッ キング 3 層グラフェンの磁気抵抗を計算する。また、その結果から散乱によ る局在効果の変化を考察する。現在, すでに 1,2 層では同様の計算がなされて おり、以下の図 2 のような結果が出ている。 図 1: 1,2 層の磁気抵抗効果の図。a) が 1 層で、b) が 2 層。 1 層グラフェンのほうは散乱の度合いによって反局在状態 (破線) と弱局在状 態 (実線) の両状態をとり得るのに対し、2 層グラフェンは大きさは異なるが 両方とも弱局在の振る舞いを見せている。先行研究によると、これら 1 層と 2 層の違いにはベリー位相が関わっているという。なので、本研究ではベリー 位相が 3 πの 3 層グラフェンならばどの様な振る舞いを示すかを計算する。 そして、ベリー位相がどう関わってきているかについて考察する。 2 1 次元リング上の冷却原子系の永久電流 量子凝縮系理論研究室 11879305 江川 友規 近年のレーザー技術の発展により、冷却原子系に対し人工的に周期ポテンシ ャルや擬似的に磁場を作ることができるようになった。これらは光学格子、お よび合成磁場と呼ばれ、物性研究に広く用いられている。 非常に低温で磁場中に 1 次元リング状の回路を置くと電流が流れ続けること が知られている。これを永久電流という。永久電流がどのような系で発生する かを、光学格子上にトラップされたボーズ・フェルミ混合系を用いて研究した。 本研究では、以下のようなハミルトニアンで量子モンテカルロ法を用い計算を 行った。 H = −tb ∑ (bi†bi + 1 + bi + 1†bi ) − tf ∑ ( fi† fi + 1 + fi + 1† fi ) i + i Ubb Uff nbi (nbi − 1) + ∑ 2 i 2 ∑ n (n fi i fi − 1) + Ubf ∑ nbi nfi + Random Potential i ボソンの超流動密度とフェルミオンのドルーデ・ウェイトを調べた。その際ラ ンダムポテンシャルの強度やボーズ・フェルミ相互作用を様々に変え、どのよ うに粒子の流れが起こるかを調べた。その結果の一部が図 1 と図 2 である。 図1. ボゾンの超流動密度(n_b>n_f) 図 2. フェルミオンのドルーデウェイト(n_b<n_f) 図 1 と図 2 を比較すると、ボーズ・フェルミ相互作用が大きくなったときに、 ボゾンの超流動密度は増大する(すなわち相互作用による非局在化が進む)の に対し、フェルミオンのドルーデ・ウェイトは比較的増大が小さい。ボーズ・ フェルミ相互作用による非局在化は、ランダムポテンシャルの低いところに落 ち込んだ他種粒子の存在により、相互作用が有効的にランダムポテンシャルを 小さくすることにより生じる。この前提になるのは、相手の粒子がポテンシャ ルの低いところに落ち込んでいる、すなわち局在していることである。1 次元で はボゾンはフェルミオンに比べると局在しにくいことが知られているので、フ ェルミオンは上記の機構による非局在化が起こりにくい。一方ボゾンは、相手 のフェルミオンが局在化しやすいことから上記の機構が成立し、ボゾン・フェ ルミオン相互作用によって非局在化がする。 論文では、局在がどの領域で起こるか、またボゾンとフェルミオンの比率の 違いで影響が現れるかを調べ、この現象のメカニズムを考察する。 [1]J.E.Hirsch, R.L.Sugar,D.J.Scalapino and R.Blankenbecler Phys.Rev.B26, 5033(1982) [2]H.Mori, Phys. Rev.B51, 12943 (1995) [3]川畑有郷 メゾスコピック系の物理学, 培風館(1997) 動的平均場理論によるハバードモデルのモット転移の研究 強相関電子論研究室 10879313 志智 晃 1986 年に Jhannes G. Bednorz と Karl A. Muller より La-Ba-Cu-O ペロブスカイト系で超伝導 転移が発見されたをきっかけに、液体窒素温度である 77K を越える超伝導体が見つかった。こ の超伝導体を記述するミニマムモデルはハバードモデルであると考えられている。 ハバードモデルは固体中の電子状態を記述する有効模型の1つである。これは電子は原子 (格 子)に強く束縛されているとして、空間自由度を連続変数から離散的な格子ベクトルで表す。 以下にハバードモデルを定義する。 H = H0 + H1 = ∑ ijσ tij c†iσ cjσ − µ ∑ iσ c†iσ ciσ + U ∑ c†i↑ ci↑ c†i↓ ci↓ (1) i c†iσ は i サイトでの σ スピンを持つ電子の生成演算子である。 第1項は電子が原子間を t の強 さで跳び移るのを表し、第 2 項は電子間斥力相互作用を表す。本来、電子間斥力相互作用は2 つの電子間の距離の逆数に比例し、長距離まで働く。しかし、固体中には格子が存在するので、 遮蔽が起こると推測される。ハバードモデルでは簡単のために電子間斥力相互作用は同じ格子 にスピンの異なる電子が 2 個存在するときに、エネルギーが U 上昇することにより表している。 このハバードモデルを解く近似方法の1つとして動的平均場理論が考案された [1]。この手法 は平均場近似から 1 段階進み、平均場の中に取り込まれている自己場をくり抜き、自己場と平 均場という区別を行う。これは平均場の中に自己場という不純物が埋め込まれている状況であ る。このため、動的平均場理論は周期系を不純物系へ焼き直している。これにより、系の空間 自由度は無視されるが、時間の自由度、つまり時間の動的な性質は厳密に取り扱われる。この 手法の利点として金属絶縁体転移を金属側と絶縁体側の両方を詳細に記述出来る点が挙げられ る。金属絶縁体転移とは U が大きくなると電子は格子を跳び移るよりも格子に局在した方がエ ネルギー的に安定状態となり絶縁体へ転移することである。このような U t による絶縁体を モット絶縁体と呼ぶ。 過去の研究では不純物問題を解く手法に 2 次摂動が採用されていた [2][3]。それらの研究では 金属絶縁体転移が起きる U の値 Uc はバンド幅 W = 4t の 1.5 倍程度という結果が報告された。 また、2 次摂動では U ∼ 0 と U ∼ ∞ の両端を記述出来るので、その中間値でも精度に関して 大きな問題はないと考えられていた。本研究では、U ∼ 1.5W の領域が 2 次摂動で妥当である かを検証するために、それよりも高次である 4 次までの摂動計算を行う。また、本研究では有 限温度 T で議論する。 図 1 が 4 次の摂動計算で考慮する摂動項 (ダイアグラム) である。 図 1: 4 次摂動では 12 個のダイアグラムがあるが、それぞれ3つずつ計4グループに分類される 1 図 2: 松原周波数に対する 4 次摂動の各摂動項 による自己エネルギー 図 3: 2 次、4 次摂動による自己エネルギー 図 2、3 は (U, T ) = (1.0W, 0.05W ) で計算した。ここで図 3 の Σ4th は (2) 式で定義される。 Σ4th = Σ2nd + Σ3rd + Σ4self + Σ4RPA + Σ4vtxI + Σ4vtxII (2) 図 2 が 4 次摂動における各摂動項を松原周波数に対してプロットした図である。摂動項自体が 小さいのではなく、各摂動項が相互に打ち消し合い、結果として 2 次の補正として、4 次の自己 エネルギーが影響していることが図 3 より分かる。しかし、4 次摂動では U 4 の因子がある分、 2 次摂動の自己エネルギーよりもそれは増大している。自己エネルギーの増大は系の絶縁体傾 向が強くなることを示唆するので、Uc は 2 次摂動より弱くなることが推測される。また、温度 T と相互作用 U についての相図を作成し、金属絶縁体転移の様子を議論する。 [1]A.Georges, G.Kotliar, W.Krauth, and M.J.Rozenberg, Rev. Mod. Phys 68 (1996). [2]M.J.Rozenberg,G.Kotliar,and X.Y.Chang, Phys. B.49, 15 (1993). [3]A.Georges, and W.Krauth: Phys. B. 48, 10 (1993). 2 協力的ヤーンテラー歪みとフント結合の協調による Co3+中間スピン状態の安定化機構 強相関電子論研究室 11879319 田浦 將久 通常、物質は電子の自由度である電荷・スピン・軌道のそれぞれの振る舞いが絡み合う ことによって、様々な物性が現れる。一方、本研究が対象としているコバルト酸化物では 上記に加え、スピン状態という自由度が加わる。スピンは電子 1 個の up、down を表すのに 対し、スピン状態は複数の電子によって形作られる多体状態を表す。 例えば、CoO6 は d 電子を 6 個保有するコバルトイオン Co3+を中心に、6 個の酸素イオン がその周囲を囲っている正八面体構造であるが、このときコバルトイオン Co3+が保有する 6 個の電子間のクーロン相互作用と、周囲の酸素イオンから受ける結晶電場の拮抗により、 高スピン状態(HS,S=2)と低スピン状態(LS,S=0)の 2 つのスピン状態が安定化すること が知られている(図 1) 。また、それらの中間状態である中間スピン状態(IS,S=1)の安定 化も実験的・理論的にそれぞれ指摘されており、その存在が長年論争の的となっていた。 また、中間スピン状態は eg 軌道の軌道自由度があるため、軌道秩序の存在が中間スピン状 態の安定化の重要な証拠となることが指摘されており、2011 年に KEK の実験グループは共 鳴 X 線散乱法を用いてその eg 軌道秩序を観測することに成功し、世界で初めて中間スピン 状態の存在を実験的に確認した。 [1] 図 1 のように、中間スピン状態は eg 軌道自由度が活性であるため、格子歪みの一種であ るヤーンテラーモードと結合することでエネルギーが下がり、基底状態になる可能性が考 えられる。正八面体構造のような対称性の高い状態から、より低い対称性のもつ構造へ自 ら変形することで安定化することは、ヤーンテラーの定理として知られている。現実の結 晶においては、各サイトは独立ではなく協力的に歪むことから、協力的ヤーンテラー歪み を考慮することが重要となる。 本研究では、CoO6 中の Co3+中間スピン状態の安定化について 1site と 2site の系を扱い、 以下のモデルハミルトニアンの数値対角化を行い、基底状態について議論した。本研究で 図 1 スピン状態 用いたモデルハミルトニアンは、 H= † i 1 ~ ε γ d γσ d γσ + ∑ ∑ ∑ I γ σ γ σ ∑ 2 γγ γ γ σσ σ γ 1 1 ; 2 2 ;γ 3σ 2 ;γ 4σ 1 i i, , i − JH i, ∑ γ γ eg , 1 2 3 4 † a † d† iγ 1σ 1 d iγ 2σ 2 d iγ 3σ 2 d iγ 4σ 1 + ∑∑ t γγ ' d iγσ d i +aγ 'σ i ,a ,σ γ ,γ ' 1 2 ( ) S izγ e g ⋅ S izγ t 2g + g ∑ (Q 2 iτ xi + Q3iτ zi ) + k JT ∑ Q 22i + Q32i / 2 − µNˆ t 2g i i である。ここで i はサイト、γ は軌道、σ はスピン、g は結合定数、kJT はヤーンテラーモー ドのばね定数を表す。I はクーロン積分であり、金森パラメータ U’と J で与えた。JH は eg-t2g 間のフント結合の大きさを表す。taγγ’は隣接サイト間のホッピング振幅、Q2i,Q3i は各モード の歪みの大きさを表す。τxi,τzi は擬スピン演算子である。 図 2 は 1site でヤーンテラー歪みを考慮しない場合の各スピン状態のエネルギー固有値で ある。結晶場 Dq が小さい領域では高スピン状態(HS)が、大きい領域では低スピン状態 (LS)が基底状態となっており、中間スピン状態(IS)は安定化しないことがわかる。次 に、この 1site の系に対してヤーンテラー歪みを考慮した場合のエネルギー固有値を計算し、 Dq と JH について、スピン状態の相図を作成した(図 3) 。HS、IS の下付き添字は down ス ピンの占める軌道の違いを表す。これまで想定されてきた中間スピン状態である IS1 (eg1t2g5)は、狭い領域ではあるが、ヤーンテラー歪みと結合することで安定化することが わかった。この他に、同一の eg 軌道に 2 個の電子が二重占有し、全体で S=1 を形成してい る IS2(eg2t2g4)という別の中間スピン状態が安定化することがわかった。IS2 や HS2 の状態 は、結晶場による多少のエネルギー損失があるが、ヤーンテラーエネルギーによる利得の 方が大きくなるために eg 軌道に down スピンが詰まっていると解釈できる。 さらに、本研究ではサイト数を 2site に増やし、協力的ヤーンテラー歪みを考慮した場合 のスピン状態について議論する。 図 2 正八面体構造 CoO6 中の Co3+の 1site における エネルギー準位とスピン状態 参考文献 [1] H.Nakano et al : J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) 023711. [2] G.Maris et al : Phys.Rev.B 67(2003) 224423. [3] T.Hotta : Rep. Prog. Phys. 69(2006) 2061-2155. 図 3 1site の相図 X線望遠鏡性能評価システムの高性能化と すざく型望遠鏡を用いた性能実証試験 宇宙物理実験研究室 11879303 市原 昂 X線望遠鏡は宇宙からの微弱なX線を結像する事で、観測天体の位置や空間構造を把握する事を可能に し、また検出器の小型化を可能にすることで S/N 比の飛躍的な向上を実現した。 X線はほとんどの物質に対し屈折率が 1 よりもわずかに小さいため、X線望遠鏡には、回転放物面鏡 と回転双曲面鏡を組み合わせた Wolter I 型斜入射光学が採用されている。しかし、X 線を反射鏡に斜入 射角 1 度程度以下で入射させる必要があるため、反射鏡を見込む面積が小さくなり、集光できるX線は 非常に少ない。そこで、集光力をできるだけ大きくする為に、厚さの薄い反射鏡を同心円状に、多重に 積層した「多重薄板型」X線望遠鏡が考案された。日本のX線天文衛星ではこのタイプの望遠鏡を採用 しており、今までにあすか衛星及びすざく衛星に搭載され目覚ましい成果を上げている。2014 年度に打 ち上げが予定されている ASTRO-H 衛星にも、軟X線望遠鏡(SXT)が 2 台、硬X線望遠鏡(HXT)が 2 台、合計 4 台の多重薄板型X線望遠鏡が搭載される。X線望遠鏡は衛星に搭載される前に、その性能の 評価、および応答関数の構築のために地上較正試験に供される。この試験には軌道上での較正と異なり、 単色、かつ強度の強いX線による評価を行うことができるという利点がある。しかし、地上では天体か らの光と同様の平行光を作り出すことが困難である。そこで、宇宙科学研究所X線ビームラインでは、 X線発生装置から 30 m の距離にある四極スリットでX線ビームを絞り、最大でも ∼ 13 秒角(スリット サイズが 2 mm × 2 mm の場合)という高い平行度を持つペンシルビームを成形している。このペンシ ルビームで、望遠鏡と検出器を同時に移動させつつ、望遠鏡の入射面全面をくまなく走査するラスター スキャンと呼ばれる方法により、擬似的に宇宙空間におけると同様の、平行光が望遠鏡入射面全面に当 たった状態での性能評価を行うことができる。 宇宙科学研究所X線ビームラインでは、今までにあすか衛星及びすざく衛星に搭載されたX線望遠鏡 の地上較正試験を行ってきた。しかし、すざく衛星のX線望遠鏡が口径 400 mm、焦点距離 4.5 m であ るのに対し、ASTRO-H 衛星に搭載される SXT は口径 450 mm、 焦点距離 5.6 m と大型化しており、既 存のビームラインでの測定は不可能であった。そこで、2013 年に予定されるフライトモデルの地上較正 試験に向けて、2012 年にビームラインに大規模な改修を施した。四極スリットステージ、望遠鏡ステー ジ、検出器ステージを搭載した全長 11.3 m、直径 1.8 m の円筒型の測定チャンバーを新たに導入し、最 大で口径 450 mm、焦点距離 0.7 ∼ 9.0 m の望遠鏡の測定が可能になった。しかし、測定チャンバーの巨 大化に伴いX線発生器から四極スリットまでの距離は 30 m から 27 m に短くなり、それに伴いペンシル ビームの平行度も ∼3 秒角程度悪くなっている。撮像に用いるX線 CCD カメラの更新も行い、従来のカ メラに比べて撮像が高速になったことにより、CCD カメラを用いた分光測定も現実的となった。また、 温度、真空度の記録システムの導入に加え、水晶振動子センサーの導入によりコンタミネーションの監 視も可能となり、環境管理の面でフライトモデルを受け入れる体制が整っている。 私は、ビームラインの改修に伴い、新しい測定システムの構築を行った。ラスタースキャンによる測定 を行うためには、望遠鏡ステージと検出器ステージの動作を高い精度で同期させる必要があり、更に検出 器の露光等の操作も同時に行わなければならない。そのためにステージコントローラ、検出器コントロー ラの同期制御が可能なソフトウェアの開発を行った。また、二結晶分光器や可動式X線発生器ステージ の制御もソフトウェアに組み込むことにより、ビームラインに装備されているあらゆる移動ステージを 単一のワークステーションから同期制御することを可能にした。完成したシステムにおけるステージ同 期性の評価のため、CMOS カメラを用いたステージ同期性確認試験を行った。その結果、検出器ステー ジと望遠鏡ステージを同期制御した時に、ステージ可動範囲内で両ステージ間のずれは ±20 µm( ∼1.5 秒 角 ) 以内、再帰性は ±3 µm( ∼ 0.3 秒角 ) 以内であり、十分な精度を持っていることがわかった。更に、 システムの実証のために、すざく型X線望遠鏡の性能評価試験を行った。この望遠鏡はすざく衛星のも のと同じく口径 400 mm、焦点距離 4.5 m のX線望遠鏡鏡であるが、すざく衛星に搭載された望遠鏡に比 べ結像性能が向上しており、HPD で 1.08 分角である(2009 年林修論)。今回の私の測定結果では HPD が 1.07 分角となり、両者の結果は誤差の範囲内で一致している。 本研究により、宇宙科学研究所ビームラインにおいて従来よりも大口径、多様な焦点距離の望遠鏡の 測定が可能である測定システムの性能が実証され、ASTRO-H 衛星に搭載するX線望遠鏡のフライトモ デルに向けた測定体制が整ったと言える。本論文では、ビームラインの改修と制御システムの詳細につ いて述べ、システム実証試験の結果について議論する。 図 1: 新しい測定チャンバー。 図 2: すざく型望遠鏡(左)と、そのX線イメージ(右)。 衛星搭載を目指す MEMS X 線望遠鏡の開発研究 宇宙物理実験研究室 11879308 小川 智弘 X線天文学において、微弱な天体からのX線を集光し結像する光学系は不可欠 である。X線 (0.1—10 keV) に対する対する物質の屈折率は 1 よりもわずかに小 さい。そのため宇宙X線光学系では全反射を利用した斜入射光学系が広く用い られる。天体からのX線は地球大気に吸収されてしまい地上に届かないため人 工衛星などの飛翔体を使って観測する必要がある。そのため軽量で、有効面積 が大きく、角度分解能の良い光学系が求められる。 私は将来のX線天文衛星や惑星探査衛星に向けて Mechanical Systems) MEMS (Micro Electro 技術を用いた独自の超軽量X線望遠鏡の開発を進めてい る。シリコンドライエッチングやX線LIGA技術によって幅 20 µm、深さ 300 µm 程度の高アスペクト曲面穴構造体を製作し、アニールや磁気流体研磨を用いて 側壁を平滑化することでX線反射鏡として利用する。平行X線を集光するように 高温塑性変形もしくは弾性変形を用いて球面変形を行い、最後に多段に重ねて X線天文で広く用いられている Wolter I 型望遠鏡として完成する。本望遠鏡は薄 いシリコン基板を用いるため従来の望遠鏡より 1 桁以上軽く、一体成形である ため従来のように反射鏡を 1 枚ずつ配置する必要がないため製作コストが抑え られる。 我々のグループではこれまでに 7.5 mm 角の鏡チップによるX線反射、1 回反 射型 4 inch シリコン光学系によるX線結像、原子層堆積法による重金属膜付け を行った光学系による反射率向上を、いずれも世界で初めて実証してきた。最 新の 1 回反射型の光学系の角度分解能は半値幅で 14 分角であり、搭載を目指 す木星探査衛星の要求値である < 5 分角 を満たしておらず改善が必要である。 本論文では、この開発を進め 2 回反射型望遠鏡の製作とX線結像の実証に着 手した。ドライエッチング、アニールを行い製作した 2 枚の基板をそれぞれ曲 率半径 1000 mm と 333 mm で球面変形した。さらに回転方向に分角、並進方向 に µm スケールで位置合わせできるように開発した組み立てシステムを用い て、可視光による 2 枚の基板の位置合わせを行った。その後、JAXA宇宙科学 研究所 30 m ビームライン(図1 左)にて初めてラスタースキャンを行いX線の全面 照射イメージを取得した (図1 右)。中心の集光像の広がりは半値幅で ~8 分角と なった。しかし、1 段目の反射が 2 段目で反射されず焦点面で結像してしまう いわゆる迷光が多く見られた。これは有効面積の損失に繋がる。原因としては 主に曲率半径 1000 mm の基板の球面変形精度と、2枚の反射面の形状精度が考 えられる。 そこで、有効面積と球面変形精度の向上に向けて、開口効率を18% から31 % に上げ穴のパターンの境界にある梁を0.75 mm から 0.15 mm に細くした新たな 光学系をデザインし製作した。そしてこの新光学系を用いて設計曲率半径 1000 mm で球面変形を行ったところ、梁が原因となる変形の不連続性は改善された が、曲率半径は 1180 mm となり設計値より有意に大きかった。今後は意図的に 曲率半径を小さくした球面変形用の治具を用いた条件出しを進める。 形状精度改善に向けてはドライエッチングで用いるマスク材に着目した。こ れまではドライエッチング時に反射面の両端にバリが生成されてしまい、これ が入射および反射X線を遮 し反射率の低下を招いていた。そこでマスク材を これまでの金属マスクからレジストマスクに変更した。金属マスクはドライ エッチング時にシリコンによりスパッタされマイクロマスクを作る。このマイ クロマスクによるドライエッチングの長時間化 (150 min) がバリの発生と形状悪 化に繋がることが分かった。マスク材をレジストマスクに変更したことでマイ クロマスク形成を防ぎドライエッチング行程の時間短縮 (130 min) とバリの抑制 に成功した。200 µm スケールの形状精度は ~100 nm rms から ~60 nm rms へと 約 1.5 倍改善した。 図1 : JAXA宇宙科学研究所 30 m ビームラインにおける 2 回反射望遠鏡セット アップ (左) および X線結像 (右)。 TES 型 X 線マイクロカロリメータの 放射線耐性と多素子化に関する研究 宇宙物理実験研究室 11879306 榎島 陽介 我々はダークバリオン探査を目的とした次世代X線天文衛星 DIOS (Diffuse Intergalactic Oxygen Surveyor) 搭載へ向けた、X線撮像分光器 TES (Transition Edge Sensor) 型マイクロカ ロリメータの開発を行っている。TES カロリメータは入射したX線光子のエネルギーによる素 子の微小な温度上昇を、 超伝導遷移端における急激な抵抗変化を利用して測る検出器である。 これまでの CCD などの半導体検出器に比べ 1 桁以上優れた分光能力を持ち、100 mK 程度の 極低温下で動作させることで数 eV という高いエネルギー分解能を達成することが可能である。 TES の遷移温度(転移温度:Tc)は、冷凍機の能力内で良いエネルギー分解能を得るために 100∼120 mK の範囲が望ましく、我々のグループでは TES 温度計に超伝導金属 (Ti) と常伝導 金属 (Au) の二層薄膜を使用することで、近接効果を利用して遷移温度をコントロールしている。 これまでにチーム内で自作した 200 μm 角の単素子で 5.9 keV (Mn-Kα) のX線に対して分解 能 2.8 eV を達成している。また、16 16 アレイで 4.4 eV を達成している。しかし、DIOS が 要求する性能値は有効面積 1 cm 角で 400 ピクセル、1 ピクセル毎の分解能は 2 eV である。 これを両立するには配線の省スペース化、クロストークの低減が必要である。このために我々は、 シリコン絶縁膜を挟み込む事で配線を折り返し構造にする基板デザインを開発し、これを TES へ加工する技術を確立してきた。 本研究では、大きく分けて2つのことを行った。1つ目は、従来配線(単層配線)を用いた、 TES の放射線耐性に関する試験である。次に2つ目は、TES の多素子化によって発生する問題 を解決するために新たに採用した、折り返し配線(積層配線)型素子の開発に関する研究である。 1つ目の放射線耐性についてだが、 人工衛星へ搭載するような宇宙応用を 考える際、 数年単位の使用を想定して いるため、宇宙線の影響を評価する必 要がある。超伝導薄膜を利用した素子 である TES の性能に直結すると考え られる放射線損傷として、放射線の種 類によらない累積エネルギー(吸収線 量)で影響を表す電離損傷があげられ る。電離損傷はトータルドーズ効果の 図1:TMU193 と同形状の TMU146 の写真と、 陽子ビームの照射範囲。 一種で、超伝導/常伝導二層薄膜の界面を変化させ、近接効果の振る舞いが変わることにより 超伝導転移特性 (R-T 曲線) を変える可能性がある。つまり転移温度、 臨界電流、温度計感度 の変化が予想される。さらに、これらの値が変化することによるエネルギー分解能の劣化も予想 される。 放射線耐性の試験には、グループ内で最高性能を得た素子と同形状の素子である TMU193 を使用し、150 MeV の陽子を約 10 krad 分照射した(図1)。これは、約 10 年運用して被爆 するとされる累積線量である。そして私は、照射前後の性能評価結果を比較し、R-T 曲線(転 移温度=前:164 5.0 mK → 後:158 5.0 mK)とエネルギー分解能(前:5.1 0.3 eV → 後: 5.6 0.4 eV)に目立った変化はなく、放射線損傷による影響が小さいことを確認した。 次に2つ目の多素子化に関する研究について述べる。私は、確立されたプロセス技術に従って 製作された積層配線型の 4 4 アレイ素子である TMU284(図 2 左)について性能評価を行い、 超伝導転移特性 (R-T 曲線、臨界電流) が良質な事を確認した。さらにX線照射実験を行い、5.9 keV のX線に対して、本基板デザインで初めて信号の取得に成功した。 TMU284 の良質な超伝導転移特性の結果を受け、同様の製作プロセスで 20 20 の大規模ア レイである TMU293(図2右)の製作がなされた。私はこの素子の性能評価を行った。しかし 結果として良質な転移特性を得られず、X線信号の取得もできなかった。これを受けて、素子の 表面と断面の観察を行い、原因を調査した。これにより、上部配線が傷ついていたり剥がれてい る箇所や、一部は下部配線にまで傷が達している箇所を見つけた。こうした箇所では配線の断線 やショートが起きていることが分かった。また、二層薄膜の膜厚の均一性や密着性に問題はない ものの、Au が一部で薄くなっていることが分かった。 どの製作段階が原因となっているのかを知るため、別に 20 20 アレイを製作していく上で、 各段階ごとに超伝導転移特性の調査と電子顕微鏡による表面観察を行った。その結果、二層薄膜 の成膜段階では問題なかったが、パターニング後に常伝導抵抗が数Ωと高くなる事が分かった。 温度 T=107 mK(@T/Tc=0.47)での臨界電流も 10 μA 以下であった。今後は、積層配線型 の大規模アレイを製作する上で発生する問題の解決をして いく予定である。 図 2:左図は積層配線 4 4 素子 TMU284。右図は積層配線 20 20 素子 TMU293。どちらも 上から見た写真。下部配線は上部配線の真裏にあるため、重なって見えない。半数の ピクセルには、ピクセル中心部に正方形の形をした吸収体が付いている。 CoMoCAT 法によって合成された単層カーボンナノチューブの 法によって合成された単層カーボンナノチューブの 電子状態に関する分光 電子状態に関する分光研究 分光研究 光物性研究室 11879316 鈴木 良輔 単層カーボンナノチューブ(SWCNTs)は炭素原子だけで構成されたナノメ ートルサイズの直径を持つ筒状の物質であり、一次元電子状態に由来する特異 な物理的性質を持つことが知られている。これまでの光電子分光実験によって、 フェルミ準位付近の状態が束縛エネルギーのべき乗に比例する「朝永-ラッティ ンジャー液体状態(TLL 状態)」や、状態密度の発散である「一次元 van Hove 特 異点(VHS)」が観測されている。しかし、単一のカイラリティのみしか持たな い SWCNTs を作製することは難しく、今までの実験では混合物や金属、半導体 のみで構成された試料で行われ、単一カイラリティからなる SWCNTs の直接的 な電子状態の観測は殆どされていない。本研究は、CoMoCAT 法で合成された 0.8nm 程度の直径を持つ SWCNTs(CoMoCAT 試料)について、高純度の金属 型や、単一カイラリティからなる SWCNTs の電子状態の直接的観測を目的とし た。CoMoCAT 試料は限定的なカイラリティを持つ SWCNTs であり、半導体型 である(6,5)や(7,5)、(7,6)、(7,3)、金属型である(6,6)、(7,4)が大半を占める試料 である。今回の実験では、アガロースゲル分離法と密度勾配超遠心分離法(DGU 法)を組み合わせることにより(6,5)が支配的な試料((6,5)-enrich)と金属型の 試料(Metal-enrich)を作製した。 図 1 にゲル分離の概略図を載せ た。これは、カイラリティによって ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)な どの界面活性剤との結び付きが異 なることによりゲルとの相互作用 強度が異なることを利用した方法 である。基本的に金属型の方が弱い 為、金属型はゲルにトラップされず に落ち、半導体型はゲルに残ること になる。この際、SDS の濃度を調 整する事で (6,5)-enrich を得るこ とができる。また、4 度ゲルに通し た試料を更に DGU にかけること で、Metal-enrich を得た。 Intensity Absorbance 図 2 は CoMoCAT 試料とそれ (6,5) (7,4) (6,6) を分離して精製した(6,5)-enrich、 (7,3) (7,5) Metal-enrich の光吸収スペクトル (7,6) CoMoCAT である。これを見ると(6,5)-enrich、 Metal-enrich それぞれに対応する カイラリティ以外のピークがほぼ消 (6,5)-enrich えていることが確認できる。純度は Metal-enrich (6,5)-enrich の (6,5) が 55 % 、 M1 S2 S1 Metal-enrich の Metal が 60%程度 3.2 2.8 2.4 2 1.6 1.2 0.8 である。 Photon Energy (eV) 図 3 は Metal-enrich の光吸収ス CoMoCAT の光吸収スペクトル 図 2 ペクトルで 2.7eV 付近に見える M1 ピークと、CoMoCAT 試料に含まれる TB - Binding Energy(eV) 金属型 SWCNTs である(6,6),(7,4) 1.6 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 チューブのタイトバインディング (TB)近似による状態密度(DOS) M1 の 2 倍を比較したグラフである。(6,6), (7,4)チューブの M1 ピークがそれぞ (7,4) (6,6) れ光吸収スペクトルにたいして~ 0.2eV,~0.3eV シフトしていること Metal-enrich がわかる。 以上のように、分離精製について 3.5 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 は十分な結果が得られた。今後はこれ Photon Energy(eV) らの試料について非占有電子状態を MetalMetal-enrich の光吸収スペクトル 逆光電子分光法により、占有電子状態 図 3 と、TB 近似での DOS を 2 倍したもの は光電子分光法にて測定する予定で と、TB ある。 スピンアイスにおける磁気モノポール 粒子ビーム物性研究室 11879311 後藤 和基 結晶構造の幾何学的要因のためにスピン対での安定配置が系全体では同時に実現できな いフラストレート磁性体が注目されている。最も単純な例としては、スピン間が反強磁性 的な場合の三角格子のイジングスピンの場合である(図1(b)) 。 1 つの三角形に注目すると、 全ての相互作用を同時に満たすようなスピン配置は存在しないことがわかる。このように 幾何学的な要因によってフラストレーションが起こる場合を特に幾何学的フラストレーシ ョンと呼ぶ。 本研究対象のスピンアイス Dy2Ti2O7 も幾何学的フラストレーションの理想的な系である。 Dy2Ti2O7 の磁性イオン Dy3+は図1(a)のように正四面体が頂点を共有したネットワーク構 造(パイロクロア格子)を成しており、スピン間の有効相互作用は強磁性的である。更に、 <111>の局所的な磁気異方性を持つほぼ完全なイジングスピンモデルとなっている。このと き、最低エネルギーの状態は、それぞれの正四面体で 2 つのスピンが内側を、2 つのスピン が外側を向く 2-in 2-out を満たした状態であり、これは「スピンアイス」と呼ばれる。スピ ンアイスが実現するパイロクロア格子は[111]方向から見ると三角格子とカゴメ格子が交互 に重なった構造をしている(図2(a)) 。そのため、低温で[111]方向の外部磁場を印加すると、 磁場に平行な三角格子上のスピンを磁場方向に固定し、2-in 2-out を満たした状態を作るこ とができる。この状態はカゴメアイスと呼ばれ、2次元版のスピンアイスである。 スピンアイスは低温まで磁気秩序しないためこれまでもよく研究されてきたが、近年そ こでの励起状態がモノポールに類似の磁気励起であると理論的に指摘され、さらに精力的 に研究されている。特に、カゴメアイス状態では2次元カゴメ格子上でのみ磁気モノポー ルが動くことが出来ると期待できるため(図2(b)) 、2次元のモノポールの運動を研究する 格好の舞台となると考えられる。 最近、カゴメアイス状態の磁気モノポールの運動について理論が与えられた。それによ ると、正と負の磁気モノポールはそれぞれ拡散運動をしており、また磁気モノポール間の 距離を|r|とすると、モノポール間には 2 次元クローンポテンシャル log|r|が存在する、い わゆるクーロンガスモデルで取り扱うことが出来るという理論である。そこで、理論に従 った方法でモンテカルロ(MC)シミュレーションを用いて交流磁化率を計算し、Dy2Ti2O7 単結晶の交流磁化率測定を行った。 その結果、驚くべきことに計算結果と実験結果がとても良く一致した(図3)。これは、 カゴメアイス状態における磁気モノポールの運動を解明したことに他ならない。本論文で は、実験と MC シミュレーションの詳細とその結果について報告する。 (a) パイロクロア格子 黒丸(●)と白丸(○)は、in または out の スピンを表し、1つの正四面体では、2-in [111] 2-out(●2つ○2つ)の組み合わせが実現し ている。 (b) 三角格子 ? AF AF Dy AF 図1: (a) Dy2Ti2O7 の Dy3+イオンの配置。正四面体が頂点を共有したパイロクロア格子 を成しているまた、スピンは<111>の局所的容易軸を持つ。(b) 三角格子のフラスト レーション。 図2: (a) カゴメアイス状態。三角格子上のスピンは[111]磁場方向に固定される。 (b)カゴメアイス状態からスピンが1つ反転し、磁気モノポールペアが生じた様子。 図3: μ0H=0.5 T, T = 0.95, 1.00, 1.05, 1.10, 1.20 K で測定したχ’の周波数依存性を規格 化した結果と、MC シミュレーションより求めた AC 磁化率実部の周波数依存性。 単層カーボンナノチューブを用いた一次元磁性体の研究 ナノ物性Ⅰ研究室 11879323 田寺 真 【研究概要・目的】 カーボンナノチューブ(CNTs)はグラフェンシートを筒状に丸めた中空円筒空間を有する 炭素物質である。グラフェンシート一層からなるものを単層カーボンナノチューブ (SWCNTs)と呼び、応用面からも高い引っ張り強度や熱伝導性等の特異な諸物性のために注 目されている。一方、SWCNTs の持つ円筒空間も非常に重要である。この SWCNTs の提 供するナノ制限空間は一次元性が極めて高く、また、分子や原子を内包出来る。ナノ制限 空間内のこのような原子・分子はバルクの状態とは異なる分子配列を作り、新奇物性の発 現が期待されている。 SWCNTs では、その直径によって内包分子の配列を制御することができ、内包分子や原 子の種類を変えることも容易である。例えば細い SWCNTs に酸素分子を内包した系ではス ピン S=1 の一次元鎖が作製できる。SWCNTs の直径を変えることで、相互作用や構造(配 列)をほぼ連続的に変化できる。したがって、SWCNTs は一次元磁性体の系統的な研究に 格好の物質である。 SWCNTs は直径(又はカイラリティ)に応じて物性が異なることが分かっている。内包系 の物性も内包分子の配列が異なってしまう為同様である。しかし、現在まで、製造過程に おける SWCNTs の作り分けは出来ていない。そこで、本研究においては、直径分布の狭い 高純度 SWCNTs の作製を目的とした。次に、得られた SWCNTs に酸素分子(S=1)及び一酸 化窒素分子(S=1/2)を内包させ、一次元磁性体を作製し、SQUID 磁束計でその磁気特性を明 らかにすることが目的である。 詳細な試料の精製・分離法の研究を行い、特にゲルカラムクロマトグラフィ(ゲルカラ ム)法及び密度勾配超遠心法(DGU)を用いて、 (6,5) カイラリティの SWCNT が濃縮され た高純度の SWCNTs 試料を得ることに成功した。その粉末 X 線回折(XRD)パターンには、 これまでの純度の低いサンプルでは見えなかった回折ピークの振動構造が見いだされた。 この構造を計算から得られた XRD パターンと比較することで、XRD 実験により SWCNTs のカイラル指数の同定が可能であることを明らかにした。さらに今まで正確な値が明らか でなかった SWCNTs の炭素-炭素結合距離を求めることに成功した。一方、磁性の研究で は、酸素については低温でハルデン状態が実現していることが示唆されたが、一酸化窒素 の測定では再現性のある結果が得られなかった。測定方法の改善が必要であることがわか った。 【試料作製】 遠心分離法による不純物除去、ゲルカラム法によるカイラリチィ分離、DGU による不純 物除去およびカイラリチィ分離を行った。ゲルカラム法においては、SWCNT 溶液の濃度 や、溶液に対するゲルの量、超音波分散時間などのパラメータを系統的に変化させること で最も純良な試料を作製する条件を見出した。その後 DGU を行い、(6,5)SWCNT リッチの 純良部分を抽出し、実験サンプルを得た。また、触媒など不純物除去を目的とした重水に よる遠心分離処理を試みた。 【実験結果と解析】 XRD 実験:精製分離した(6,5)リッチの高純度 SWCNTs について、KEK-PF において放射 光を用いた XRD 実験を行った。また SWCNTs の構造モデルを仮定して XRD パターンの 計算を行い、実験と比較した(Fig.1)。まず、グラフェンの 110、200 ピークに対応する散乱 ベクトル近傍のピークに振動構造が現れることが分かった。この振動構造はカイラリティ に敏感であり、XRD 実験により SWCNTs のカイラリティの同定が可能であることがわか った。さらに、ピーク位置より炭素結合距離が 1.405±0.011Åと求まった。今後 X 線の波 長の校正行うことによりさらに精度が上がるものと思われる。 simulation parameters Intensity (a.u.) diameter : 7.42Å bundle : 3 SWCNTs SWCNT-SWCNT distance : 3.5Å SWCNT length : 121Å Fig. 1 4.5 5 5.5 Q [1/Å] 6 6.5 110 ピーク近傍の XRD パターン(点線は、結 合長が1%違う二つの場合の計算結果) 磁化測定:重水処理で作製した酸素内包 SWCNTs M [emu] 低温において酸素分子が SWCNTs 内で S=1 の反 強磁性一次元鎖を形成していることが確認された。 0.3 2x10-4 0.2 1x10-4 0.1 さらに、磁気特性を調べ、特徴的な Haldane 状態 と呼ばれる量子磁性相を発現しているという花見 らの結果(2009 年度修士論文)を再現した。 bulk NO[μeff/μB] において、XRD 実験及びシミュレーションを行い、 3x10-4 @1.5T 0 0 50 0 100 150 200 250 300 350 Temperature [K] Fig. 2 NO 内包 SWCNTs 及び bulk NO の磁気特性。バルクの結果は、 C. Kachi et al., Polyhedron.26 (2007) pp1876-1880 より。 次に(6,5)リッチの高純度 SWCNTs への一酸化窒素(NO)の吸着実験を行った。磁化測定 実験の結果を Fig.2 に示す。内包された NO 分子はバルクとは異なる磁気特性を示したが、 測定の再現性に問題があり、NO の磁化の温度依存について信頼性のある結果を得ることは 出来なかった。原因としては、磁化測定用試料管の下部半分が真空であり、上部には NO ガス存在し、その影響と思われる。測定系の改善が今後の課題として残された。 ゼオライト鋳型炭素に内包された水の凍結過程での 示差走査熱量計による研究 ナノ物性Ⅰ研究室 11879325 田村 尊宣 【概要】 この修士論文研究の目的は、DSC(示差走査熱量計)による構造緩和の実験により ZTC (ゼオライト鋳型炭素)に内包された水のガラス転移温度の検証をすることである。 ZTC (ゼオライト鋳型カーボン)は多孔性の周期的分子構造を持つようにデザインされた 物質で 4000m2/g という表面積から触媒等への利用が考えられている。直径 1.0~1.5nm の 細孔内に周囲の分子を良く吸着するという性質があり、制限空間内での水分子の状態など の研究が為されている。制限空間という特殊な状態で、水分子は結晶構造やアモルファス に通常とは異なる状態が現れると考えられる。カーボンナノチューブ、ZTC に内包された 水について相転移の研究が行われており、カーボンナノチューブでは、結晶構造が環状の アイスチューブになることが分析されている。ZTC では、水分子がクラスター構造を形成 して安定状態になるという報告もある。従来、水のガラス転移温度は、134K 付近にあると されていたが、ナノ物性I研究室の研究報告では、DSC による比熱分析、NMR( 核磁気 共鳴 )による緩和時間の分析などから 143K 付近に ZTC 内包水のガラス転移温度があると 推定している。このガラス転移温度を確認する方法として、構造緩和ピークを計測する 方法がある。有機物質等のガラス転移ではガラス状態で適切な緩和条件を設定することで、 ガラス転移温度付近に構造緩和ピークと呼ばれる吸熱現象が見られる。ZTC 内包水でも、 この構造緩和のピークがあれば、その温度領域にガラス転移温度があることの証明となる ことから、この修士論文研究では、ZTC 内包水を低温でホールドすることで緩和を行い、 その緩和状態の条件を系統的に変えながら、構造緩和ピークの検出を試みた。(図1) さらに、ZTC にはゼオライト同様の分子吸着の機能があり、水素や二酸化炭素をはじめ とした気体の吸着に関する研究報告も多い。実験を進める過程で ZTC の気体吸着の影響を 考察する必要がでてきたことから、通常は BET 法など圧力に関する吸着量を計測するが、 DSC 装置による熱量分析から、その傾向を読み取ることを試行した。 (図2) また、モンテカルロシミュレーションなどを用いて ZTC の分子構造を考慮した吸着過程 の分析があるが、これらの研究データを利用して、ファンデルワールス力に基づく吸着の 安定状態のシミュレーションを行い(図3) 、分子の位置関係、配向性を考慮しながら実験 データの考察をした。 図1.ホールド時間による構造緩和ピークの検出 図2.内包水の比熱への脱気の影響 図3.ZTC 基本構成への N2 の吸着イメージ 【結論】 内包水のガラス転移は DSC による構造緩和の実験からは確認できなかったが、 ZTC+内包水の昇温過程 160K 付近のガラス転移的な曲線変化の発生理由を分析した 結果、これは内包水のガラス転移によるものでは無く、ZTC+内包水の状態でも気体の 吸着が起きていて、溶存空気や混入した気泡などが降温過程で吸着したからであると 予想される。また、ZTC 内包水は十分低温でアモルファス状態であるが、そのような 状態では混入した気体分子により、水素結合の相互作用が低下して比熱を減少させて いる可能性があり、推定されるガラス転移温度付近で影響している可能性がある。 核磁気共鳴法によるゼオライト鋳型炭素(ZTC)の研究 ナノ物性Ⅰ研究室 11879335 山田 健介 【研究背景】 ゼオライト鋳型炭素(Zeolite Templated Carbon : ZTC)は、2008 年に東北大学の京谷 隆教授らによって発表された水素と炭素から成る新規物質(C36H9)で、その名の通りゼオ ライトを鋳型のように扱って合成された物質である[1]。C36H9 を一つのユニットとして幾 つも結合し、全体ではジャングルジムのような周期的な構造(Fig. 1 左)を成すと考えら れている。広大な比表面積(4000 m2/g)を持っており、グラフェンの理論表面積(2630 m2/g) よりも大きい。これは現時点で表面積の最も大きな炭素材料である。また、ゼオライト構 造を反映した均一な細孔が存在し、そのサイズは 1.3 nm 前後である。 このような特徴から、ZTC は活性炭に替わる電気二重層キャパシタの電極材料、燃料電 池の水素吸蔵材料、ナノ細孔制限のホスト材料としての利用が期待されている。しかし、 非常に細かい粉末状試料で飛沫しやすいため実験が比較的困難であり、基礎物性は不明な 点が多く残されている。ごく最近、第一原理計算が行われ、0.84 eV のギャップの開いた半 導体的なバンド構造(Fig. 1 右)をもつことが報告されたが[2]、実験的に解明はされてい ない。 C36H9 Fig. 1 左:ゼオライト鋳型炭素(ZTC)の構造モデルと C36H9 ユニット[1] 右:是常氏らによって計算された ZTC のバンド図[2] 【研究目的】 本研究は ZTC の電子状態を実験的に明らかにすることを目的とした。実験は非破壊、非 接触で微視的なプローブである核磁気共鳴法(NMR)を中心に、磁化測定、比熱測定を行 った。 【実験結果】 13C NMR スペクトル測定から、ZTC は sp2 炭素によって構成された典型的なパウダー パターンを示すことがわかり、 化学シフトの等方値は 129 ppm で先行研究とも相違ない[3]。 そしてそのスペクトルは構造の似ているフラーレンや Hard Carbon(フラーレンを高温高 圧で合成した物質)と類似しており、ZTC の構造単位である C36H9 のグラフェン構造(Fig. 1)を反映していると考えられる(Fig. 2 左)。 核スピン-格子緩和時間 T1 の温度依存性測定から 120 以上において金属に期待される T1T = 一定の振る舞いが観測されたが、120 K 以下の低温では 60 K 付近にピークを持つ振 る舞いが観測された(Fig. 2 右) 。120 K 以下の振る舞いは ZTC のエッジに結合した酸素 原子や水素原子による影響が考えられる[1]。T1 から見積もられるフェルミエネルギーでの )の比較から ZTC の 電子状態密度( (K3C60)やグラフェン層間化合物(KC8)の は金属であるフラーレン化合物 程度であることがわかった。 比熱測定からも電子比熱係数 による電子状態密度( )の見積もりを行い、そ の値はフラーレン化合物やグラフェン層間化合物と同程度であった。これは NMR の結果か に比べておよそ 5 倍大きく、NMR の結果と定量的には一致しなかっ ら見積もられる た。 本研究の結果、ZTC はバンド計算の結果では半導体的なバンド構造であるが[2]、エッジ に結合した酸素原子等の結合原子によるフェルミレベルの低下から金属化が起こった可能 性が考えられる。 0.0012 ZTC at 4.2 K C at 77 K 60 0.001 0.0008 0.0006 1 -1 (T T) (sec T) -1 Hard Carbon at 4.2 K 0.0004 0.0002 300 200 100 0 -100 0 0 50 100 150 200 T (K) shift (ppm) Fig. 2 左: ZTC、C60、Hard Carbon の 13C NMR スペクトル 右: の温度依存性。点線は T1T = 一定を示す。 [1] H. Nishihara, T. Kyotani et al., Carbon 47 , 1220 (2009). [2] T. Koretsune et al., Phys. Rev. B 86, 125207 (2012). [3] Z.X. Ma, T.Kyotani et al., Chem. Mater. 13, 4413 (2001). 250 300 電気二重層を用いたキャリア注入による単層カーボンナノチューブの光吸収制御 ナノ物性 II 研究室 11879301 五十嵐 透 単 層 カ ー ボ ン ナ ノ チ ュ ー ブ (single walled carbon nanotube, SWCNT)はグラフェンシートを 丸めた円筒状の炭素材料であり、その巻き方によ って電子状態が変化し金属型と半導体型とに大別 出来る。また SWCNT の鋭い光吸収スペクトルは 量子化条件に由来するエネルギーバンド構造と SWCNT のナノスケールにおける 1 次元性を反映 した状態密度の発散するエネルギーの存在(ファン ホーブ特異点)に起因すると考えられている。 SWCNT の分離精製技術の進展により、高純度 に金属型・半導体型を分離することや単一カイラ リティ試料を得ることが可能になり金属型 Fig. 1 (6,5)SWCNT の溶液(上) 、および SWCNT は透明導電膜へ、半導体型 SWCNT は電 薄膜の光吸収スペクトル(下) 界効果トランジスタへの利用が期待されている。 しかしながら SWCNT が不規則な束状態を形成している状態では、溶液中における単分散状 態でのスペクトルと大きく異なるスペクトルを示す(Fig. 1)。光吸収におけるバンドピークのシ フト、ブロードニング、紫外領域における大きな吸収の立ち上がりが生じ、その背景を明らかに することは基礎・応用の両方の分野において重要となっている。 過去の研究においては、 1.0 0.0V -2.0V 1.5 0.0V (vs Ag/Ag+) ていたが、近年ではグラフ ァイトの単位胞で定義され る M 点でのπ-π*遷移由来 であり、また自由キャリア と結びついたバンド間遷移 由来の吸収帯としての見方 が主流になりつつある。し Absorbance モン由来の散乱と考えられ @20℃ 0.8 Absorbance この吸収帯の背景はプラズ 1.0 0.5 S11 S33 S22 @-26℃ S11 S33 S22 0.6 0.4 0.0V -2.0V 0.0V (vs Ag/Ag+) 0.2 0.0 0.0 1 2 3 4 5 6 1 Photon energy [eV] 2 3 4 5 Photon energy [eV] 6 Fig. 2 20℃と-26℃における(6,5)SWCNT の光電気化学測定の結果 かしながら、ナノカーボン 材料の光吸収は光散乱と吸収とが組み合わさった状態であるために紫外領域の吸収帯を全てバ ンド間遷移由来のピークであると記述することは問題があると考えられる。 SWCNT の色が一次元性に由来するファンホーベ特異点間の電子遷移に依存する為に、フェ ルミエネルギーの位置をキャリアドープによって制御することが可能と予想され、 これまで我々 は SWCNT の色の電圧制御(エレクトロクロミック)を世界で初めて達成している。 高純度精製した SWCNT 薄膜に電位を印加することによって溶液と薄膜の界面に電気二重層 を形成させ、電子やホールをドーピング することが可能である。 これにより 1.1 SWCNT のバンド間遷移由来の光吸収を いて紫外領域の吸収の制御を議論するこ とでバンド間遷移由来であるかその他由 来のピークであるかが明らかになると考 え研究を行った。 しかしながら測定において、SWCNT @-26℃ 1.01 (6,5) 1.0 Normalized absorbance 変化させることが出来る。この手法を用 0.9 1.00 0.8 0.99 0.7 0.98 0.6 S11 S22 U-band 0.5 0.4 薄膜の紫外領域にまで影響を与える程の -3 電位を印加した場合、室温では電解液の -2 -1 0.97 0.96 0 1 2 Potential [V vs Ag/Ag+] 電気化学反応等による変化が起こり物性 評価にまで至らなかった。その問題を解 決するために本研究では低温下での安定 (Fig. 2)。 本研究では可逆変化内における SWCNT 薄膜の光吸収バンドでの吸光度 の印加電圧依存について(6,5)、金属型、 Normalized absorbance した電気化学測定が可能な系を構築した 1.0 半導体型 SWCNT 薄膜の 3 つの試料に行 出来ていないが、電子‐電子、および電子‐ 格子相互作用により、注入されたキャリアに よりπ‐π*遷移に由来するバンドを大きく 変化させることが可能であることが分かった。 一方、キャリア注入によるスペクトルのブロ 0.995 0.990 0.985 0.7 0.980 0.975 0.6 M11 M22 U-band 0.5 -2 -1 0 0.970 0.965 1 2 Potential [V vs Ag/Ag+] 1.0 Normalized absorbance は第 2 ファンホーベ特異点程度までしか注入 1.000 0.8 その結果、低温におけるキャリアドーピン が可能であることを明らかにした。キャリア 1.005 @-26℃ 0.9 -3 いその結果をまとめた(Fig. 3)。 グにより、紫外領域の吸収を変化させること metal semi @-26℃ 1.02 1.00 0.8 0.98 0.6 0.96 0.4 0.2 -3 0.94 S11 S22 U-band -2 -1 0 0.92 1 2 Potential [V vs Ag/Ag+] ードニングは観測されていない為、自由キャ リアと結合した Fano 型吸収帯の寄与は小さ Fig.3 (6,5)、金属型、半導体型 SWCNT 薄膜の いと考えられる。キャリアドーピングにより、 吸光度の印加電圧依存 注入キャリアに起因する新しい吸収帯が半導 体型や金属型 SWCNT で観測された。 凍結乾燥法で作製した Zn-DNA の電子状態 ESR 物性研究室 11879310 粂田 翼 DNA(DeoxyriboNucleic Acid)は、生物の遺伝情報をつかさどる有機高分子で ある。DNA の研究は、分子生物学や遺伝子工学の分野におけるヒトゲノムの解 明や遺伝子操作、クローン技術など急速に発展してきている。近年、DNA が持 つユニークな性質から、DNA の研究は生物学の分野に限らず、ナノエレクトロ ニクスの素材としても関心が持たれ、研究が盛んに行われており、その電子状 態に関して多くの報告がされている。本グループでも、DNA の基礎物性の解明 を目的として、ESR や SQUID 磁束計などを用いて、DNA に Mn2+や Fe2+など の磁性イオンを導入した Metal-DNA の物性を探るさまざまな研究を行ってき た。 天然の DNA は半導体であると結論づけてきた。そこで、DNA に電荷担体を 導入することを目的として DNA に磁性イオンを導入した Metal-DNA について、 その物性を調べてきた。これまでの本グループの研究を通してわかっているこ とは、Fe2+以外の2価金属イオンを導入した Metal-DNA において電子状態に変 化はなく、電荷移動はおきていないということである。それに対して Omerzu 博士等によって、凍結乾燥法で作製した Zn-DNA から得られた常磁性スピン磁 化率やマイクロ波伝導度の測定結果が温度に依らなかったことなどから、 Zn-DNA は非局在の強相関電子系であると報告された。ここで報告された結果 は、Zn-DNA は DNA と導入された Zn2+ の磁性をそのままに反磁性的振る舞い を示すというこれまでの本グループの結論とは異なるものであった。この違い を生んだ原因として、試料作製方法に注目した。これまで本グループではエタ ノール沈殿法によって Zn-DNA を作製し、生じた沈殿を空気中で乾燥させる方 法をとってきた。これに対し、 Omerzu 博士等は DNA と ZnCl2 と Tris-HCl 緩 衝剤を混合して Zn-DNA を作製してその溶液を液体窒素中で凍結し、真空引き して乾燥させる方法をとっている。Omerzu 博士等は Tris-HCl 緩衝剤の存在 が実験結果を説明する上で重要であるとしていたが、我々は乾燥方法の違いが より重要であると考えた。通常の空気中での乾燥では、試料中の水分は液体の 状態で表面からの蒸発により除去される。そのため、表層に濃縮層ができ、深 部には水分子が残りやすい。一方、凍結乾燥では、試料中の水分が融解するこ となく氷のまま昇華除去されるという特徴がある。これにより、試料が多孔質 に乾燥するので、内部からも乾燥し、低水分まで乾燥できる。この乾燥方法に よって試料に残る水分量の違いが、結果の違いに影響を及ぼしているのではな 0.01 15 0.008 10 0.006 5 M (emu/mol) χ (emu/mol) いかと考えた。また、ほとんどが再結晶した Tris-HCl 緩衝剤で Zn-DNA は全 体の 7% 程度しか含まれない試料より、Zn-DNA がほぼ 100% の高純度試料 を用いたほうが実験結果の起源を明確にできると考えた。そこで、エタノール 沈殿法で作製した試料を凍結乾燥することによって、凍結乾燥した高純度の試 料を作製し SQUID 磁化率測定した結果を Fig. 1 に示す。温度に依らない常磁 性磁化率が得られた。また、磁化の磁場依存性の結果を Fig. 2 に示す。低磁場 付近で急激に立ち上がる強磁性的なふるまいを示す結果が得られた。これらの 結果をもとに、原料である DNA や ZnCl2 の純度や試料の状態に着目し、これら の結果の起源について考察した。 0.004 0.002 0 -0.002 0 -5 -10 0 50 100 150 200 250 Temperature (K) Fig. 1 磁化率の温度依存性 300 -15 0 20000 40000 60000 Magnetic Field (G) Fig. 2 磁化の磁場依存性 80000 キュービックアンビル超高圧下装置による β’-(BEDT-TTF)2ICl2の電子状態の解明 ESR物性研究室 11879320 高倉 寛史 有機結晶であるβ’-(BEDT-TTF)2ICl2は常 圧では半導体的であり、22 Kで反強磁性に 転移する。この物質に圧力を加えると電気 抵抗率が下がっていき、温度によってもそ の値は変化していく。低い圧力下では温度 を下げるにつれて電気抵抗率はあがる半導 体特性を示すが、高圧になるにつれ室温か ら100 K付近まで電気抵抗率は温度によら なくなっていき、7 GPa程度から極低温下 で電気抵抗率がピークをとるようになる。 そして、8.2 GPaになると14.2 Kで超伝導 転移を起こすというとても興味深い系であ る。本研究ではこの物質の電子状態をESR 図 β’-(BEDT-TTF)2ICl2の を用いて調べる為に、超伝導領域である10 電気抵抗率の温度依存性 GPaという超高圧下で利用可能な装置の開発を目指している。この装置が完 成すればβ’-(BEDT-TTF)2ICl2の他、様々な物質の高圧下での電子状態の解 明が期待できる。 いままで、ピストンシリンダー型の圧力セルを用いて2.5 GPaまでのESR が測定されており、その反強磁性転移温度が調べられていた。しかし、こ のピストンシリンダー型圧力セルではこの圧力が限界であり、また、これ 以上の圧力下でESR測定を行える装置もなかった。そこで本研究では、 キュービックアンビル加圧装置を用いて10 GPaまでの高圧下でESR測定が 行える装置の開発を目指す。ピストンシリンダー型圧力セルは一軸加圧であ るが、キュービックアンビル加圧装置は上下左右の6方向から均等に加圧 する事で高い静水圧性を保持している。この装置は従来は電気抵抗率の測 定などに用いら、前述の結果もこれによって得られたものであった。この 装置の加圧部にESRの機構を搭載することで10 GPaの高圧下におけるESR 測定を目指す。 この論文では前研究者の実験以降、未解決であった問題や新たに生じた 問題に対しての実験とその結果に対する考察を行う。特に電気抵抗率の測定 では影響のないアンビルの磁化が本実験には大きな影響を及ぼしていた。ま た、試料コイルの作製方法については確立できたといえ、加圧下において安 定した信号を得る事に成功したので、低温下(窒素温度まで)において目的 の試料であるβ’-(BEDT-TTF)2ICl2の測定も行った。それについての考察も行 う。 図 キュービックアンビル加圧装置を用いたESR装置の概略図 図 β’-(BEDT-TTF)2ICl2のESR線幅の温度依存性 赤い点が今回の測定結果(5 GPa)、青い点が5 GPaにおけるDPPH のESR線幅である。その他の点は過去の実験結果であり、このよ うに過去の結果と似たような傾向をとっている。 混合系におけるダイレクトトンネリング仮説について 非線形物理研究室 10879327 程島 康行 トンネル現象は量子力学のもつ波動性に起因し、通常のエネルギー障壁に隔てられた領域 間のみならず、より広義な古典的に到達不可能領域の間でも起こる。系が完全可積分な場合、 すべての軌道は規則的に振る舞い、位相空間は初期条件の異なる規則的な軌道によって棲み 分けられる。そして、それらは互いに到達不可能な領域になっていることから互いが互いの 障壁の役割を果たしているとも言える。 完全可積分な系に摂動が加わると、一般に位相空間にはカオスと呼ばれる不規則な運動が 発生するが、摂動の強さが大きくない限り、完全可積分系がもつ規則的な運動のすべてが消 失するわけはなくその一部は残存する。そのため系の位相空間は一般に規則領域とカオス領 域が混じり合ったものとなる。そのような位相空間は混合位相空間と呼ばれる。混合位相空 間内には、完全可積分系の名残である規則領域以外に、摂動の印加により発生したカオス領 域や共鳴構造などさまざまな構造が複雑に混在する。それらは各々が不変集合であることか ら、完全可積分系の規則軌道のときと同様に互いが互いの動的障壁をつくる。一方、位相空 間に生成された動的障壁を量子効果によって透過する現象は「動的トンネル効果」と呼ばれ、 古典力学にその対応物のない純粋な量子力学的な効果であるにもかかわらず、その性質は古 典混合位相空間の構造を強く反映する [1][2]。 近年、B¨ acker らは、ダイレクトトンネリングと呼ばれる、共鳴構造など混合位相空間内の 複雑な構造の影響のない、規則領域からカオス領域への単純な動的トンネル過程が存在する ことを提唱し、そのトンネル確率を算出する方法論を考案した [3]。ダイレクトトンネリング によるトンネル確率の算出には、「仮想可積分系」と呼ばれる,規則領域を近似した系を構 成し、その仮想可積分系を時間発展させたものと外側カオス領域との重なり積分を取ること によって行われる: m m ˆ |ψreg ˆ |ψreg ˆ − Pˆreg )U γm = ||Pˆch U ||2 = ||(1 ||2 (1) m からカオス領域へのトンネル確率であり、U ˆ は系の時 γm は仮想可積分系の m 励起状態 |ψreg ∑ m m | ψreg 間発展演算子を、Pˆch はカオス領域への射影演算子を表す。また Pˆreg は Pˆreg = m |ψreg で定義され規則領域への射影演算子である。注目すべき点は、トンネル確率を求める際の鍵 となる仮想可積分系が規則領域の情報のみを用いて構成される点である。このことは、規則 領域からカオス領域へのトンネル過程にはカオス領域が直接関与してこないことを意味し、 いわゆる「カオス的トンネル効果」とはその描像を大きく異にする。ここでは、規則領域か らカオス領域へのトンネル過程を、以上の描像をもとに考える B¨ acker らの考え方をダイレ クトトンネリング仮説と呼ぶ。 1 以上の背景のもと、本論文の目的は、ダイレクトトンネリング仮説の前提となる、トンネ ル確率に対する表式 (1) を、いくつかの観点から検証することにより、ダイレクトトンネリ ング仮説の妥当性を検討することにある。表式 (1) の計算結果は、仮想可積分系の選択に大 きく左右されることから、ここでは仮想可積分系の選択の方法とその安定性に注目する。ま た、具体的な系に対して表式 (1) の適用可能性を調べ、ダイレクトトンネリングとして呼ぶ べき状況が果たして本当に存在するのか、もし存在するとすればどのような状況なのかを明 らかにする。 具体的な解析には、楕円状規則領域、および帯状規則領域をもつ 2 次元写像を用いる。ま ず、解析に先立ち、B¨ acker らが [3] の論文で調べたものの追試を行ったところ、表式 (1) が 確かに成り立つことが確認された。しかしそれと同時に,実はその状況が、規則領域からカ オス領域へのトンネル過程によって起こるものを見ているのではなく、規則領域とカオス領 域とが不連続につながっていることからくる回折効果を見ていることが明らかになった。す なわち、表式 (1) が成り立つ理想極限は、我々がいま注目するトンネル過程にはなっていな いことになる。 次に、規則領域とカオス領域とを滑らかにつなぐパラメータを導入し、トンネル効果が規 則領域とカオス領域との間の遷移を支配する場合について調べた。まず、表式 (1) によるダ イレクトトンネリングのトンネル確率を、参照物である動的トンネル効果のトンネル確率と 一致させ、その上で仮想可積分系を変化させることにより仮想可積分系の選択に対する安定 性を検証した。その結果、ダイレクトトンネリングのトンネル確率が、仮想可積分系の変化 に対して安定になっているような の領域が僅かではあるが存在することがわかった。また、 そのような領域におけるトンネル確率を可積分極限で得られるトンネル確率と比較したとこ ろ良い一致が見られた。このことは、B¨ acker らがダイレクトトンネリングと呼んだものは、 混合位相空間の微細構造を解像できない比較的大きな の領域のみで起こる、可積分系にお けるトンネル効果と本質的に同じものであることを意味する。 [1]S.Tomsovic and D.Ullmo , Phys. Rev. E 50, 145 (1994). [2]O. Brodier, P. Schlagheck, and D. Ullmo , Phys. Rev. Lett. 87, 6 (2001). [3]A. B¨acker, R. Ketzmerick ,and S. L¨ock , Phys. Rev. E 82, 056208 (2010). 2 強いカオス系における波束の再帰現象について 非線形物理研究室 11879315 杉山 友梨霞 量子力学のエーレンフェストの定理によると、位置と運動量の期待値は古典力学の運動方程式に 類似した時間発展を行う。特に、局在した初期状態から発する波束の中心は、その広がりが十分小 さく波束が局在し続ける限りほぼ古典運動方程式の解曲線を追随する。しかし、調和振動子を除く 一般の系では、時間が経つと次第に波束は広がっていき、量子波束と古典軌道との素朴な対応は失 われていく。このような、時間発展の意味での量子と古典の対応関係が破れる時間スケールはエー レンフェスト時間と呼ばれる。エーレンフェスト時間は、対応する古典系の性質に大きく依存する ことは重要である。系が1次元、もしくは多次元であっても自由度と同じ個数の保存量をもつ完全 可積分系の場合、対応する古典軌道はすべて規則的な運動を行い、そのエーレンフェスト時間はプ ランク定数に対してべき的な依存性を示すのに対し、対応する系がカオスになると、プランク定数 に対して指数関数的にエーレンフェスト時間が短くなることが知られている。 一方、極小波束(位置および運動量の不確定性が最小の波束)の時間発展を考えると、エーレン フェスト時間を越えて素朴な意味での量子古典の対応が崩れたあとでも、系が完全可積分であれば 波束の再帰が起こる。このことは、初期の極小波束が、常にそれが置かれた場所に局在する少数の 固有関数の重ね合わせからつくられる事実より理解することができる。その時間発展は、重ね合わ せをつくる固有状態の間の準周期運動であり、それら固有エネルギーの比から決まる周期で波束の 再帰が起こる。 それに対しカオス系(特に、ほぼすべての初期条件に対してカオス的な挙動が現れる「強いカオ ス系」)では、上に記したようにエーレンフェスト時間が極めて短いことに加えて、可積分系で起 こる波束の再帰現象を期待することができない。それは、初期の波束がカオス領域全域に広がった 極めて多くの固有関数の重ね合わせになるためである。強いカオス系では初期に局在した波束は極 めて短い間、古典軌道に沿って運動した後、ただちに古典運動可能領域のほぼ全域に広がり、初期 の位置に再度局在することはない。 以上が、強いカオス系の波束の時間発展に対する共通の認識である。それに対し Tomsovic ら は、スタジアム型をしたビリヤード系に対して、上記の理由から通常では期待できない強いカオス 系における波束の再帰現象を見出した [1]。彼らが再帰現象発生の手掛かりとしたものは、1次元 系におけるボーア・ゾンマーフェルトの量子化条件の考え方である。一般に、カオス系における波 動関数の時間発展を古典軌道を用いて表現しようとすると(半古典近似)指数関数的にたくさんの 古典軌道を重ね合わせる必要がある。それに対し、Tomsovic らは、足し合わせに使われる古典軌 道の作用が、カオス系の位相空間中の安定多様体と不安定多様体に囲まれる領域の面積として表さ れることに着目し、その中でもっとも重要と思われる領域 (primary region) にボーア・ゾンマー フェルトと等価な量子化条件を課すことによって波束の再帰が起こることを予想した。 本研究の目的は、以下の 2 次元区分線形写像: { pn+1 = pn + kS(θ) θn+1 = θn + pn+1 ここで、 θ 1/2 − θ S(θ) = θ−1 (0 ≤ θ < 1/4) (1/4 ≤ θ < 3/4) (3/4 ≤ θ < 1) (1) を用いることにより、Tomsovic らによって提唱された強いカオス系における波束の再帰現象を確 認し、背後にある古典系の構造を詳しく調べることである。上記区分線型写像を用いる理由は、ス タジアム型ビリヤード系をはじめとする一般のカオス系の安定多様体および不安定多様体が複雑 な曲線群になるのに対して、区分線型写像においては、いずれも高々区分線型な折れ線にしかなら ず、半古典作用を与える安定多様体・不安定多様体によって囲まれる領域の数値的探索が著しく簡 単になることによる。 波束の再帰現象については以下の手順でその可能性を調べた:i) 非線形パラメータ k を固定す るごとに、古典系における安定・不安定多様体を計算し、Tomsovic らが “primary region”と呼ぶ 領域の面積を計算する。ii) その領域の面積がボーア・ゾンマーフェルトと等価な量子化条件を満 たすようなプランク定数(写像 (1) を量子化する際のヒルベルト空間の次元 N の逆数)を決める。 iii) 得られた k と N をもつような量子系の波束の時間発展を計算し、自己相関関数を観察すること により再帰の有無を判定する。このとき、初期極小波束は系の周期1の周期点(不動点)上に置く。 得られた結果としては、I) Tomsovic らが主張する再帰のための条件(“primary region”がボー ア・ゾンマーフェルトと等価な量子化条件を満たす)は、必ずしも「必要条件」でも、また「十分 条件」でもないことが分かった。しかし、条件を課すことにより再帰が見つかりやすくなることか ら、彼らの条件は再帰現象を探す際のひとつの指針となる。II) 再帰を起こしている場合の初期波 束における最も大きな重みを持つ固有状態だけでなく、2 番目、3 番目に重みを持つものについて も scar 状態か、固有状態が位相空間内に少し広がっている scar 状態に近い状態を持っていること が分かった。これは、初期波束がほとんどの状態を scar 状態で占めていれば再帰を起こすことを 示している。III) 再帰を起こしている場合において初期波束に最も大きな重みをもつ固有状態を調 べると、それらは擬交差を起こしているものがあることが分かった。さらにその場合、擬交差を起 こす状態の一方は、初期波束の置かれた不安定周期軌道上に局在するいわゆる scar 状態、他方は カオス領域全体に振幅をもつ状態になっている。 一方で、ここでの計算は “primary region”の面積のみに着目し、その量子化条件から再帰が起こ る可能性を探ったに過ぎず、半古典論の原理に立ち返るならば、安定多様体と不安定多様体とに囲 まれるより高次の領域も再帰に関与する可能性は十分考えられる。その場合、高次領域に対する同 様の条件を付加していった結果が、再帰のための「必要かつ十分な条件」となっているか否かにつ いては今後の解析を待たなければならない。 [1] S. Tomsovic and J. H. Lefebvre, Phys. Rev. Lett., 79, 19 (1997) 完全 WKB 解析に基づく多準位非断熱遷移の研究 非線形物理研究室 11879307 大橋 るり子 量子力学において粒子の衝突等を考える際、原子核を各時刻で固定し電子の運動 を見る断熱近似がしばしば用いられる。断熱近似においては、原子核と電子の距離に よって電子のポテンシャル面(断熱ポテンシャル)が決定する。しかし、実際の化学 反応や原子の衝突においてはこの距離が有限の速度で変化するため、断熱ポテンシャ ルが擬交差し、電子が状態遷移を起こす場合がある。この現象を非断熱遷移と呼ぶ。 非断熱遷移の代表的な例として、原子核に電子を衝突させるランダウ-ツェナーモ デルが挙げられる。本研究では、ランダウ-ツェナーモデルを 3 準位に拡張したものに ついて解析を行った。 このモデルにおけるシュレディンガー方程式は以下の通りである。 ψ1 ρ1 (t) 0 0 0 c12 c13 ψ1 d − 12 i ψ2 = η 0 ρ2 (t) 0 + η c12 0 c13 ψ2 dt ψ3 0 0 ρ3 (t) c13 c23 0 ψ3 (1) (ただし ρ(t) は実数を係数とする多項式であり、 cjk ∈ C とする。また η は η = となる大きなパラメータである。) 1 本研究では [1] の計算手法に基づき、完全 WKB 解析を用いることにより上記の 3 準位の非断熱遷移問題を調べた。通常の WKB 解析と完全 WKB 解析との違いは、前 者が多準位の非断熱遷移を記述するために必要な高階微分方程式に対するスト ーク ス現象を処理する処方箋を全くもたないのに対して、後者は、いわゆるストークス幾 何を通して、高階微分方程式のストークス現象を扱うことができる点である。ここで は特に、 1) 論文 [1] において得られた完全 WKB 解の数値的有効性。 2) ストークス幾何の観点から、多準位問題に固有の状況は存在するか。 の 2 点を中心に解析をおこなった。 1) については、透熱準位がいずれも交差する場合(すなわち、ρi (t) − ρj (t) = 0 (1 ≤ i = j ≤ 3) がいずれも実解をもつ場合)に対して完全 WKB 解と数値積分による結果 を比較したところ、一様近似など WKB 解の改善が望まれる透熱準位の交差点が接近 しすぎた状況を除けば、WKB 解の有効性の期待される断熱極限近傍のみならず、透 熱極限近傍、さらには準位交差の順序、初期励起の有無などいずれの状況においても WKB 解は極めて高い精度で数値解を近似することがわかった。多準位の非断熱遷移 に関しては、完全 WKB 解析以外に、他の手法 (multistate Landau- Zener theory) な ども知られている [2] 。この方法は、各準位間の位相差を考慮しながら 2 準位の遷移 とを組み合わせる事で、多準位での遷移を考えるものである。本研究ではこれら既知 の計算法との比較も行ったが、こういった方法は各時刻ごとに固有値および固有ベク トルを計算する必要があるため、解析的な手法というより数値的な手法であることに 注意したい。 2) については、Berk-Nevins-Roberts らによって発見され [3]、Aoki-Kawai-Takei ら によってその基礎付けの与えられた [4]、新しいストークス線(以下、新ストークス線 と呼ぶ)、仮想転回点といった、高階微分方程式において、従って、多準位非断熱遷 移においてはじめて現れる対象がその遷移の過程に本質的な役割を果たす場合がある か、という点を詳しく調べた。具体的には、系 (1) に対するストークス幾何を数値的 に計算し、系のパラメータ変化に対するストークス幾何の分岐を追跡し、そのトポロ ジーの分類を試みた。ここでは、すでに Sasaki によって発見された、新ストークス線 を回避することのできない例に加えて、同種の例を複数発見し、さらに、その中には 構造安定(パラメータの微小変化に対して新ストークス線を回避することのできない 状況が安定に存在し続ける)なケースが存在することを新たに見出した。さらに、各 {i, j} について、少なくともそれぞれ 1 点以上の変わり点(透熱準位の交差点)が実 軸上に存在する場合、新ストークス線による接続を考慮する必要は無い、という予想 を立てた。 以上で発見された新ストークス線を回避することのできない場合に、実際にその効 果が遷移過程に観測されるものか、については今後の大きな課題である。 [1]T.Aoki, T.Kawai, and Y.Takei Exact WKB analysis of non-adiabatic transition probabilities for three levels J. Phys. A: Math.Gen. 35(2002)2401. [2]V.N.Ostrovsky, M.V.Volkov, J.P.Hanse, and S.Selstø Four-state non- stationary models in multistate Landau-Zener theory Phys. Rev. B 75 (2007)014441. [3] H.L.Berk, W.M.Nevins, and K.V.Roberts New Stokes ’ line in WKB theory J. Math. Phys. 23(1982)988-1002. [4]T.Aoki, T.Kawai, and Y.Takei New turning points in the exact WKB analysis for higher order ordinary differential equations Analyse alg´ebrique des perturbations singuli´eres, I.M´ethodes r´esurgentes vol 1(Paris: Hermann)(1994)pp69-84. 有限量子多体系における対相関の模型的考察 原子核理論研究室 10879306 太田 葵 フェルミ粒子の量子多体系では、粒子はパウリ原理に従い様々な異なる状態を占めるた め、その相関や相構造も多様である。中でも、フェルミ粒子の対凝縮によって特徴づけら れる超伝導(超流動)現象では、粒子対はボース統計に従うものの、現実には多様な物質 で様々な特徴を持つ超伝導現象が現れている。一般には金属などの無限な系での議論が多 くなされているが、有限な大きさを持つフェルミ系でも、原子核、極低温原子気体、原子 クラスター等で対相関に伴う転移現象がみられる。特に原子気体は、種々の原子の混合系 の実現や、フェッシュバッハ共鳴による細かな相互作用の変化が可能であり、非常に操作 性が高いという利点がある。 本研究では有限系におけるさまざまな対相関の現れ方を調べることのできる模型を設 定し、平均場近似および乱雑位相近似(RPA)の範囲で模型的計算を行う。ここで用いる 模型では、有限系つまり離散的エネルギーをもつ一粒子状態空間における二種のフェルミ 粒子とその間の対相関相互作用をハミルトニアンとして考える。そこで対相関の代表的な 特徴を利用するため、二種のフェルミ粒子(c-粒子、d-粒子)の対形成を行う準スピン演 算子 Sk+ = ∑ c†kµ d†kµ , Sk− = µ ∑ dkµ ckµ µ を導入した( k, µ は量子数)。ハミルトニアンの一粒子エネルギーには有効質量の異な る場合を含むため、外場中の対形成など様々な条件下での検討が可能となる。 基底状態の計算は、平均場近似を用い Bogoliubov 変換を行ってギャップ方程式を導い た。さらに、具体的な数値計算を行い、相互作用強度やその臨界値と、エネルギーギャッ プ、粒子数、縮退度、といった様々なパラメーターの関係をみた。結果として、臨界相互 作用強度とエネルギー準位間隔、相互作用強度とエネルギーギャップはほぼ線型の関係に あることがわかった。 また、エネルギーギャップと臨界相互作用強度の計算結果から、粒子数に対して対称と なる粒子空孔対称性を見ることができた。 1 ゆらぎの項を含む励起状態の計算では、運動方程式の方法を用いて正常相の励起エネル ギーを求めた。また、正常相の不安定点(ゼロ・モード)と超流動相への転移の関わりを みたところ、正常相が不安定になるときの相互作用強度 Gc が ∑ 1 1 =D Gc k 2 | ϵk | となり、超流動相での臨界相互作用強度と一致することがわかった。 図 2: λ と G (N を変化させたとき) 図 1: ∆ と G (N を変化させたとき) 図 3: ∆ と粒子数 N ( G = 1, D = 10 ) 2 図 4: 常伝導状態の励起エネルギー 光学格子における原子気体のブロッホ振動 原子核理論研究室 10879339 渡邊 康祐 真空中の電子に外場をかけると電子は加速され遠方に飛び去っていくだ けであるが、結晶中のような周期ポテンシャル中の電子に外場をかけると 電子は遠方へは加速されず、ある一定の周期で周期ポテンシャル中を空間 的に振動することが知られている、これをブロッホ振動と呼ぶ。 しかし、実際の結晶中では電子がブロッホ振動の周期よりもはるかに短 い時間で不純物や相互作用によって散乱されてしまうため観測することが 難しく長い間理論上の存在であった。 その後、非常に格子間隔が大きい格子が半導体を用いて作られ、それに より1992年に初めてブロッホ振動の観測に成功した。さらにその後、 レーザーを用いた光学格子に原子気体を閉じ込めることで長い時間でのブ ロッホ振動の観測ができるようになり、原子間に相互作用を加えたり外場 を時間的に変化させるなど様々な研究がされるようになった。 通常のブロッホ振動は外場が空間的に線形な場合を取り扱っている事が 多いが、今回は外場の二次の項を付け加えた場合について調べた。 模型のハミルトニアンは粒子の運動量の項に周期ポテンシャルの項を加 え、さらに外場の一次の項と二次の項を付け加えたものを考える。 ( p2 x H= + V0 cos 2π 2m d ) + F x + F2 x2 (1) ここで、p は運動量演算子、m は質量、V0 はポテンシャルの強さ、d は 格子間隔、F は外場の一次の項、F2 は外場の二次の項を表す。まずは二 次の外場が存在しない F2 = 0 のハミルトニアンを扱う。シュレーディン ガー方程式を用いて波動関数の時間発展を計算し、ブロッホ振動を確認す る。このとき波動関数の位置の期待値が時間に関して振動する様子が見ら れた。 次に F2 ̸= 0 の場合を計算する。ポテンシャルが最小値となる点を原点 とし、波動関数の初期位置を変化させていくつか振動の様子を見ていく。 初期位置が原点に近いとき、振動数は調和振動のものが見られるが、初期 位置を原点から離していくとブロッホ振動の振動数にピークを持つ振動数 の分布が現れる。 これらの結果から、外場の二次の項が存在するとき、調和振動とブロッ ホ振動という二つの振動が影響し合うことがわかる。 相対論的衝撃波ブレークアウトにおける光子スペクトル 宇宙理論研究室 10879319 寺口 智文 超新星爆発は巨大質量星が重力崩壊するときに発生する。このとき中心の鉄コア が崩壊して衝撃波が発生する。衝撃波は非相対論的速度で星の外層を通過し、表面に 出ると同時に大量の UV X 線領域の光子を放出すると考えられている (Supernova Shock Breakout)。この光子のスペクトルは黒体と考えられていた。しかし、Suzuki and Shigeyama (2010) のモンテカルロ計算で流体のバルクモーションによって黒体 からスペクトルがずれることが確認された。 またガンマ線バースト (GRB) と呼ばれる MeV の光子が数十秒間観測される現 象がある。GRB は等方的に観測され、宇宙論的距離からの放射であることが分かっ ている。観測される GRB スペクトルの特徴として MeV 付近に折れ曲がりを持つ ベキ分布がある。図 1 のように指数 α, β によって特徴づけられている。 図 1: GRB090510 (Ackerman et al. 2010) 典型的には α −1、β −2.5 であるが多様性があり、単純なベキの組み合わせ では説明ができず”黒体+ベキ”の重ね合わせがベストフィットになる観測例もある。 このスペクトルを作る物理過程はまだ明らかではない。もう一つの観測的な特徴と して数ミリ秒間隔の時間変動がある。この時間変動と放射体の大きさを考慮すると、 GRB は相対論的速度のジェットからの放射と考えられている。ジェットの形成理論 の一つには巨大質量星の重力崩壊によって作られるとする説がある。この場合ジェッ トのバルクモーションと衝撃波で加熱された電子が、星内部の光子スペクトルに作 用しながら星表面を突き破ると考えられる。 そこで本計算では Suzuki and Shigeyama (2010) を相対論的速度に拡張し、GRB に適用できるか検証した。ジェットには相対論的衝撃波が真空に抜ける自己相似解を 適用し衝撃波下流の物理量を求めた。衝撃波前後の物理量は図 2 のようになる。ρ0 は衝撃波前面の密度、x は空間座標、Γsh は衝撃波のローレンツファクター、δ 、A、 b、m は任意の定数である。 )*-., )*-, /E24(7 8#632B9C%;CD /012345#678#6369:; <0293=>;45#6'78#63?9:; @03290=3;8#63A9:; )*+, '&%$#"! 衝撃波後面の物理量は、ρ1 が 流体静止系での密度、P1 は圧 力、γ1 は流体のローレンツファ クターである。Xsh は衝撃波面 の位置である。g(χ), f (χ), h(χ) は χ = [1 + 2(m + 1)Γsh ] (1+ xt ) の関数であり、(x, t) → (Γsh , χ) と変数変換を行い衝撃波後面の 物理量 ρ1 , P1 , γ1 を流体の方程式 ( 図 2: 衝撃波面前後の物理量 ] ] ∂ [ 2 ∂ [ 2 γ (e + β 2 P ) + γ β(e + P ) = 0 ∂t ∂x ] ] ∂P ∂ [ 2 ∂ [ 2 2 γ β(e + P ) + γ β (e + P ) + =0 ∂t ∂x ∂x ∂ρ ∂ + (βρ ) = 0 ∂t ∂x √ に代入することによって g(χ), f (χ), h(χ) が求められる。ここで β = 1 − γ −2 、e は 流体のエネルギー密度であり状態方程式は P = (1/3)e とした。初期条件を g(1) = f (1) = h(1) = 1 とし 1 ≥ χ > −∞ の範囲で解くことによって衝撃波直後から下流の 物理量が得られる。電子の分布は流体静止系で等方的と仮定し、光子は衝撃波下流 から電子と同温度の黒体で放射されるとした。また衝撃波が星表面を通過した後は 流体からの放射はないものとした。電子と光子の相互作用はコンプトン散乱のみを 考え、微分散乱断面積にはクライン - 仁科効果を考慮に入れた。簡単のため電子は 熱浴として扱い、電子分布は光子からの影響がないものとして扱った。この状況で 星外層の初期密度分布と衝撃波のローレンツファクターを変えて計算した。計算の 結果、図 3 のように MeV に折れ曲がりを持つベキ分布が得られた。折れ曲がりの 位置はローレンツファクターを変えても同じ程度になるが、ベキの傾きには多様性 がある。 計算で得られた分布を観測された GRB のスペクトルと比較し議論する。 図 3: 計算結果と Seed Photon との比較 Fermi Bubble の周期的爆発モデル 宇宙理論研究室 11879327 二村 亮 近年の Fermi-LAT の γ 線観測によって、図 1 のような天の川銀河の中心から銀河面に対 し垂直に伸びる Bubble 構造が発見された。この構造は Fermi Bubble と呼ばれ、幅 7 kpc、 高さ 10 kpc にも達する大規模なものである。Fermi Bubble の γ 線放射のエネルギー分布は NE ∝ E −α のべき分布でその指数は α 2 となっており、γ 線放射の空間的分布は一様に なっている。ここから Fermi Bubble を形成する為に 1054 − 1055 erg の膨大なエネルギーが必 要だと考えられる。また、この発見よりも前に WMAP 衛星によって赤外線領域で WMAP haze という構造が発見されており、WMAP haze と Fermi Bubble は低銀緯の領域で相関が あることが知られている。 このスペクトルを説明するためには高エネルギー粒子の存在が必要になる。しかし Bubble 内の密度は低く、高エネルギー陽子衝突による π 中間子崩壊で γ 線を説明することは難し い。高エネルギーの電子があれば、宇宙背景放射の光子との逆コンプトン散乱と銀河磁場で のシンクロトロン放射によって Fermi Bubble と γ 線と WMAP haze の電波を説明すること ができる。高エネルギー電子は衝撃波加速によって作られると考えられ、実際に超新星残骸 などは超新星爆発でできた衝撃波によって加速され γ 線や非熱的な X 線を放射している。し かし、観測されている γ 線を放射するほどのエネルギーを持つ電子の逆コンプトン散乱によ る冷却時間は Fermi Bubble を形成する時間スケールより短い。よって Fermi Bubble が銀河 規模の衝撃波によって作られたとしても、衝撃波面以外に存在する電子は Bubble が形成さ れるよりも前に γ 線放射を終えてしまい、衝撃波面でしか γ 線を一様に放射することができ ない。 Fermi Bubble の特徴を説明するためにいくつかモデルが提案されている。その一つに銀河 中心のブラックホールへ周期的に恒星が落下して爆発が起こり、それぞれの爆発によって伝 播する衝撃波面が玉ねぎのような層構造を形成して星間空間に広がっていくというものがあ る (周期的爆発モデル)。また、このモデルでは衝撃波面の速度は 108 cm/s でほぼ一定で、衝 撃波によってガスの圧力や密度、速度は変わらないと仮定している。その結果、Bubble 内に 数百の衝撃波が生じ、隣り合う衝撃波面の距離は一つの衝撃波で作られる加速領域よりも狭 くなり、Bubble 内全域で粒子は加速できる。このようにして周期的爆発モデルは一様な放 射を説明している。図 2 はこのモデルに基づいて計算した衝撃波面のグラフである。密度分 布は銀河を再現するために高さ z に沿って指数関数的に減少する関数とし、時間的に密度の 変化はないとしている。 しかし、実際には一度衝撃波が通り過ぎた後の領域ではガスの密度、圧力、速度は変化す る。そして衝撃波の速度は衝撃波前方のガスの状態に依存する。よって衝撃波ごとに速度は 異なるので衝撃波の間隔も等間隔になるとはいえない。そこで本研究ではガスの状態の変化 を考慮した数値流体計算を行い、周期的に起こる衝撃波の発展を調べた。数値計算は衝撃波 の発展を追いやすい 1 次元計算と現実の銀河に近い密度分布を考慮できる 2 次元計算の二つ の計算をおこなった。 1 次元計算の結果、2 回目以降の爆発による衝撃波は過去の衝撃波によって密度が低くなっ ている内側の領域では速く進み、ガスが掃きためられて密度が高くなっている外側の領域に 達してから減速していく。図 3 は 1 次元数値計算で 500 回爆発を起こしたときの半径に対す る圧力のグラフで、不連続に変化している部分が衝撃波である。この図から、内側の領域で 1 図 1: Femri 衛星の観測データの解析から発見された Fermi Bubble。縦軸は銀緯、横軸は銀経、図の濃淡は γ 線放射強度を表している。銀河中心から γ 線放射領 域が上下に伸びている事がわかる。放射強度は外縁部も 内部も等しいことがわかる 図 2: 周期的爆発モデルによる衝撃波の層構造の例。横軸は 銀河面の中心からの半径、縦軸は銀河面からの高さを表して いる。曲線は 10kyr 毎の爆発させたときの衝撃波面を表して いる。 は、爆発によってできた主な衝撃波の間隔は大きく、周期的爆発モデルでいわれていた距離 よりも大きかった。よって一様な放射を実現できないことが明かになった。 また、2 次元計算でも、1 次元計算と同じく内側の衝撃波面の間隔が大きくなる。しかし 1 次元計算では見ることのできなかった乱流が確認された。図 4 は 2 次元計算で 30 回爆発を起 こしたときの乱流の速度分布である。乱流は広範囲にわたって起こっていることが分かる。 ここで、粒子は衝撃波加速の他に乱流によっても加速することができるので、この計算の乱 流を元に粒子の加速される最高エネルギーを求めた。しかし計算した最高エネルギーは、観 測されている γ 線を再現するのに必要なエネルギーよりも小さくかった。よって乱流加速を 考慮しても周期的爆発モデルで γ 線放射を説明する事ができなかった。 図 3: 500 回爆発を起こした後の衝撃波の圧力-半径グ ラフ。外側には衝撃波が多数存在するが内側では衝撃波 が少ない。 図 4: 30 回爆発を起こした後の乱流の速度分布。シェルの内 側で流体が激しく動いていることが分かる 2 ブラックホールからの回転エネルギーの引き抜きと質量降着円盤との整合性 宇宙理論研究室 11879334 山岸 豊 遠方にある活動銀河核からの非常に高いエネルギー放射は、その中心にあるブラックホールとそれに伴う質量 降着円盤からのものであると考えられている。一般にブラックホールは重力崩壊や質量降着によって角運動量が増 加するので、現実に存在するものは高速回転していると考えられている。また質量降着円盤はブラックホールに 落ち込むガスが角運動量を持っているためにブラックホール近傍で形成される。この質量降着円盤内のガスは摩 擦熱によって電離してプラズマ状態であると考えられている。質量降着率の大きい活動銀河核の放射エネルギー は、降着する質量の重力エネルギーの数%を解放することで説明出来る。一方、質量降着率が小さい活動銀河核で はブラックホールの回転エネルギーを引き抜くことが期待されている。 ブラックホールの角運動量には上限値が存在する。最大回転から無回転になるまでブラックホールの回転エネ ルギーを引き抜くと、残される無回転ブラックホールの質量 M は e1/4 M = √ MI ∼ 0.91MI 2 となる。ここで MI は回転エネルギーを引き抜く前の最大回転ブラックホールの質量である。つまり元のブラック ホールの質量の約 9%のエネルギーを引き抜くことが出来る。 1977 年に Blandford と Znajek は、このブラックホールの回転エネルギーの引き抜きを磁力線を使って出来る ことを示した。ブラックホール近傍では重力が非常に強いので、電磁場に重力の影響が出てくる。そのために観 測者によって見る物理量や保存則が異なる。重力場中の電磁気学を調べるとき、FIDO(fiducial observer) と呼ば れる観測者を導入すると便利である。FIDO とは時間一定の超曲面に静止している観測者であり、FIDO が見る電 磁場を入れた流体のエネルギー保存則と運動量保存則は 1 α ∂ 1 1 − β j ∇j ρ = − (γ ij γ˙ ij − 2β j |j )ρ − S i |i + 2gj S j − (γ˙ ij − βi|j − βj|i )W ij + Dj jj ∂t 2α 2α 1 ∂ 1 1 − β j ∇j Si = ρgi − Si nν ;ν + (βk|i − γ˙ ik )S k − (αWij )|j − ρe Di − eijk jj Bk α ∂t α α となる。ここで α、β i 、γ ij はそれぞれラプス関数、シフトベクトル、射影テンソルと呼ばれ、無限遠にいる観測者 と FIDO の関係を表す量である。そして g i は FIDO が感じる重力、ρ、S i 、W ij はそれぞれ FIDO が見る流体の質 量密度、運動量フラックス、応力テンソルである。さらに ρe 、j i 、D i 、B i はそれぞれ FIDO が見る電荷密度、電 流密度、電場、磁場である。ここで回転しているブラックホールの近傍で磁場に対してプラズマの慣性が無視出 来るとき µν µν µν T µν = Tplasma + TEM ∼ TEM が成立する。これは force-free 条件と呼ばれる。このとき無限遠にいる観測者が見る流体のエネルギー保存則と 1 角運動量保存則は ∂E +∇·S =0 ∂t ∂L + ∇ · L = 0 ∂t 1 L P = − Hφ B P 4π SP = − 1 (Hφ ΩF )BP 4π となる。ここで E 、L はそれぞれブラックホールのエネルギー密度、角運動量密度であり、S 、L はそれぞれ Poynting フラックス、角運動量フラックスである。さらに Hφ 、B P 、ΩF はブラックホール近傍の磁場の φ 成分、 ポロイダル成分、磁気圏の角速度である。つまり回転しているブラックホールの回転エネルギーが、ポロイダル 磁場に沿って Poynting フラックスの形で引き抜かれる (Blandford-Znajek 機構) ことが分かる。そして回転エネ ルギーを引き抜く時の効率は、磁気圏の角速度がブラックホールの角速度の半分の時に最大になり PBZ ∼ 8.2 × 1031 (a∗ )2 M 106 M 2 Bh 1G 2 erg/s であることが分かった。ここで a∗ 、M 、Bh はそれぞれブラックホールの角運動量、質量、イベントホライズンで の磁場 である。これは活動銀河核の典型的な光度 L ∼ 1040−44 erg/s に比べると非常に暗いことが分かる。 しかし、そもそもブラックホールは磁場を固有に持つことが出来ず、ブラックホールに落ち込むプラズマによっ て外部から持ち込まれない限りブラックホール近傍に磁場は存在出来ない。そのために外部からプラズマが磁場 を持ち込む以上、プラズマの慣性を無視出来るほど磁場が強くなれるのかという問題がある。つまり現実のブラッ クホール近傍で force-free 条件が成立している環境があるのかという問題である。この問題解決のためには改めて ブラックホール近傍の環境を調べる必要がある。ブラックホール近傍の環境はブラックホールの質量と角運動量、 それとプラズマで構成される質量降着円盤の構造で決まる。 我々の銀河の中心にあるブラックホール Sgr A*は他の活動銀河核に比べて非常に低光度であり、質量降着率も 低いと考えられている。さらに最も地球から近い活動銀河核であるために観測も多く、現実的な Blandford-Znajek 機構を考える上で非常に良いターゲットである。 この論文ではまず重力場を数学的に空間の 3 次元と時間の 1 次元に分解し、その重力場の上での電磁気学を定 式化する。次に Blandford-Znajek 機構の働く条件を明確にし、それによるエネルギー放射の特徴を調べる。そし て最後に Blandford-Znajek 機構、観測結果、質量降着円盤の理論モデル、これらの整合性を議論する。 2 超高エネルギーニュートリノ検出器のための 電子ビーム照射による岩塩と氷における電波反射の研究 高エネルギー実験研究室 11879324 谷川孝浩 超高エネルギーの宇宙線(4×1019 eV 以上) は 2.7 K の宇宙マイクロ波背景放射 (CMB)との衝突により、∆+ (1232)共鳴状態をつくる。∆+ は強い相互作用(10‐24s) で n + π+ または、p + π0 へ崩壊する。π+ は µ+と νµ に崩壊し、超高エネルギー ニュートリノ(UHEν)が生成される。この現象は Greisen, Zatsepiin, Kuzmin によ って提案され、超高エネルギーの宇宙線は宇宙空間を走行する間にエネルギー を失うことを予言した。この予言は近年実験的に確認されつつある。 上記の過程により超高エネルギー宇宙線が存在すれば、UHEν も生成されてい ると考えられる。しかしながら予想される UHEν の頻度は非常に低いため、UHEν を検出するためには人工的な検出媒質の質量では不十分である。 本研究の目的は自然界に存在する巨大検出媒質を用いて、宇宙由来の UHEν を検出することである。UHEν が入射した検出媒質中で相互作用を起こすと粒子 シャワーを発生する。UHEν のエネルギーが検出媒質の温度上昇を引き起こし、 検出媒質が誘電体である場合にはその誘電率を変化させる。電波減衰長の長い 誘電体を検出媒質としてレーダー電波を放射することにより、誘電率の変化し た部分とその周囲との境界面付近でレーダー電波が反射される(電波反射効果)。 図1 レーダー法ニュートリノ検出器 フラックスの非常に小さい UHEν を検出するために検出媒質には巨大な質量 が必要とされる。図 1 のレーダー法による検出のアプローチでは、電波減衰長 が長い岩塩鉱や南極氷床において検出用のレーダーアンテナを媒質表面に設置 することで電波減衰長の深さだけ有効検出体積を確保出来るため、UHEν 検出に 関して非常に有用な方法である。 本研究では岩塩及び氷充填同軸管を製作し、誘電体の温度上昇と電波反射率 の相関を日本原子力研究開発機構高崎量子応用研究所 1 号加速器の 2MeV 電子 ビームを照射することで測定した。電子ビーム照射前は電波が同軸管の開放端 面で全反射するため、このまま測定すると電子ビーム照射時の温度変化及びそ れに伴う誘電率変化による 10-6 のオーダーという微小な電波反射測定は不可能 である。このため電子ビーム照射前の電波反射信号を逆位相の波形と合成し測 定回路内で零にする零位法システムを新たに構築して実験を行った。これによ り 電 子 ビ ー ム 照 射 に よ る 温 度 変 化 に 伴 う 電 波 反 射 率 の 変 化 を Real-Time Spectrum Analyzer (RSA) により測定した(図 2)。 この零位法システムを稼働させることにより、振幅及び位相(Phase)のベク トル量を追尾しながら記録することが可能となり、この照射前のときの差ベク トルの絶対値から電波反射率を算出(Calculation)したものは、前述の電波反射 率測定の値とよく一致が見られた(図 2)。 温度上昇からモデル計算して得られた電波反射率も実験結果と矛盾なく、レ ーダー法検出器実現に当たり電波反射のメカニズムが我々の想定した通り電波 反射効果によることが確認された。 図2 電子ビーム照射中の温度上昇と電波反射率及び位相変化 Belle II 実験のエンドキャップ粒子識別装置用光検出器と その信号読み出しシステムの開発 高エネルギー実験研究室 11879314 坂下 嘉徳 現在、高エネルギー加速器研究機構において電子・陽電子非対称エネルギー衝突型加速器 Super KEKB が建設中であり、 それを用いた素粒子実験 Belle II が 2016 年から開始される予定である。 前身の Belle 実験では Belle 検出器と KEKB 加速器を用い電子・陽電子衝突により生成された大 量の B 中間子の崩壊過程を精密に調べることで、B 中間子系での CP 対称性の破れの存在を証明 した。さらに標準模型を超える新しい物理の存在を示唆する結果も含まれていたが、統計数が足 りず確定的な証拠となっていない。そのため加速器を更にルミノシティの高い Super KEKB 加速 器に、検出器をより高精度な Belle II 検出器にアップグレードし新しい物理の観測を目的とした 実験が Belle II 実験である。 Belle II 実験では高精度の測定が要求されることから、高い粒子識別性能が要求される。その ために検出器のエンドキャップ部の粒子識別装置にはシリカエアロゲルを輻射体とする Ring Imaging Cherenkov counter (A-RICH)を採用する。A-RICH は Cherenkov 光をリングイメー ジで捉えることで 4 GeV/c までの運動量領域において、4の精度で K 中間子と中間子の識別を 目指す。リングイメージを十分な精度で検出するためには、5 mm 以下の位置分解能を持ち、単 一光子の検出が可能であることが光検出器に要求される。そこで我々は、73 mm × 73 mm の領 域に 144 channel を持つ、マルチアノード型 Hybrid Avalanche Photo Detector (HAPD)を 2002 年より浜松ホトニクス社と共同で開発してきた(図1) 。 図1:HAPD 構造断面図 HAPD のゲインは 105 程度であり、かつ A-RICH 全体として総計 400 台を超える HAPD を使 用することから、信号読み出しシステムとしては低雑音で高増幅率のアンプ機能、 高集積化され コンパクトな形状、多チャンネル同時読み出しが求められる。そのためフロントエンドとして A-RICH 専用の ASIC「SA シリーズ」の開発を行っており、ASIC と FPGA という 2 種類の集積 回路を搭載した読み出しボードを用いることによりこの要求を満たす。これら HAPD と ASIC を 用いたシステムでのビーム試験において、4を超える K 中間子と中間子の識別性能が確認され ている。 しかし、A-RICH は Belle II 実験中に大量のガンマ線、中性子バックグラウンドに曝されなが ら 10 年間の運用に耐える必要がある。 特に影響を受けるのが半導体素子からなる HAPD である。 原子炉から発生する中性子を HAPD に照射する試験の結果、HAPD 内の Avalanche Photo diode (APD)の P 層を薄くすることで中性子損傷の影響を低減できることがわかっている。同時 に読み出し時に波形整形回路の時定数を短縮することで中性子損傷によるノイズが低減できるこ とが確認できたため、時定数を短縮した新たな ASIC の開発を行った。 また 60Co 線源を用いて HAPD にガンマ線を照射する試験の結果、APD に印加する逆バイアス が定格電圧以下で絶縁破壊する事が確認された。この現象は、半導体内部の損傷ではなく APD 表 面の保護膜の帯電によるものと考えられる。このため、表面保護膜を形成しない製法を新たに立 ち上げた。 以上の現状を鑑みて、本研究では中性子およびガンマ線対策を施した数種類の HAPD を製作し、 中性子およびガンマ線の影響を調べた。まず、これらの HAPD に対して中性子照射試験を実施し て性能評価を行い、さらに引き続いてガンマ線照射試験を実施して再び性能評価を行った。その 結果、中性子およびガンマ線が HAPD に与える影響は互いに独立であり、さらにそれらへの対策 も独立かつ期待通りに働くことが分かった。これらの HAPD の性能評価の結果、10 年間の Belle II 実験の運用に耐えるものがあることを確認し、Belle II 実験用量産機の仕様を決定した。また、 中性子損傷によるノイズ対策として波形整形回路の時定数を短縮した新たな ASIC の性能評価を 行い、ほぼ期待通りの要求を満たすことを確認した。さらにその ASIC を搭載した読み出しボー ドを製作し、放射線照射した HAPD を用いて時定数短縮の効果を評価した(図 2)。 以上の研究により、Belle II 実験の高放射線環境下に耐えうる A-RICH のための HAPD 量産機 の仕様の決定と読み出しボードの評価を行った。 (a)新型 ASIC (b)読み出しボード (c)読み出しボードと HAPD の接続図 図 2:新型 ASIC と読み出しボード ニュートリノ混合角 θ13 の精密測定化に向けた Double Chooz 実験におけるエネルギー再構成手法の研究 高エネルギー実験研究室 11879331 松本 浩平 素粒子物理学の標準模型において、ニュートリノはフレーバー固有状態として νe 、νµ 、 ντ の 3 種類で記述され、それらは飛行中に各々の間でフレーバー間遷移現象を起こすこ とが知られており、ニュートリノ振動と呼ばれる。その現象は、ニュートリノが質量をも ち、ニュートリノのフレーバー固有状態が質量固有状態の混合であるとする牧・中川・坂 田行列(MNS 行列)で説明される。この行列には θ12 、θ23 、θ13 の 3 つの混合角が含まれ、 さらに CP を破る複素位相 δ が含まれる。混合角 θ12 、θ23 に関してはこれまで様々な実験 を通して有限値が求められてきたが、θ13 に関しては CHOOZ 実験などで sin2 2θ13 < 0.15 という上限値のみが与えられてきた。最後の混合角である θ13 は、それ自体がニュートリ ノの基本的な物理量であるとともに、δ や質量階層性の決定の問題とも関わり、素粒子物 理学を発展させる上で重要なパラメータの一つである。Double Choooz 実験はこの混合 角 θ13 の精密測定を目指す国際共同実験である。2011 年に Double Chooz, T2K, MINOS 実験が相次いで測定結果を出し全ての結果を総合すると、3σ を超えて θ13 が 0 ではなく有 限値であることが示唆された。さらに、2012 年には Daya Bay, RENO 実験による 5σ 以 上の有意性で θ13 が 0 でないことが報告され、ニュートリノ物理の新しい時代が拓かれつ つある。 Double Chooz 原子炉を用いたニュートリノ振動実験であり、原子炉から約 400 m の所 にある前置検出器と約 1050 m の所にある後置検出器を使い系統誤差を低減した測定を行 う実験である。2011 年秋、後置検出器のみの測定結果から、原子炉を用いた θ13 の精密 測定として初めての結果を発表した。2012 年 8 月に結果を更新し、sin2 2θ13 = 0.109 ± 0.030(stat.) ± 0.025(syst.) が得られた。2013 年には前置検出器を完成させ、2014 年から は前置後置二つの検出器を用いた測定に入ることができる。そうすることで測定におけ る系統誤差をより低減した測定を行うことができ、高い精度での測定が可能となる。両方 の検出器を用いることで、最終的に ∆(sin2 2θ13 ) < 0.03 の精度での測定が見込まれるが、 さらなる測定精度の向上の為にはより一層の系統誤差の削減が必要となる。その一つとし てニュートリノのエネルギー測定において、測定器で得られた光量からエネルギーへの変 換 (エネルギースケール) に起因する系統誤差が存在する。エネルギースケールを精度良 く決定することは、ニュートリノやバックグラウンドのエネルギー測定に依存する系統誤 差を減らし、θ13 の測定の感度向上に寄与する。 本研究では、Double Chooz 実験におけるエネルギースケールとその系統誤差を改善す ることを目指し、2012 年 8 月の結果と比較を行いながら現状のエネルギースケールの見 積り精度の向上可能性を検討する。まず、エネルギー再構成方法のチェックとして、エネ ルギー測定における位置依存性、長期安定性、非線形性を、既知の線源や宇宙線事象を用 いたキャリブレーションデータで評価した。その結果、エネルギー測定の位置依存性に由 来する系統誤差を 0.39%、長期安定性に由来する系統誤差を 0.49%、非線形性に由来する 系統誤差を 1.07%と見積り、全体では 1.24 % の系統誤差を見積もった。また、現在の実 験結果の中では含まれていない系統誤差評価として、検出器の φ 方向に対する依存性の見 積りを新たに行った。さらに、位置依存性が実験データとシミュレーションとで異なった 応答をしている問題の解決へ向けて、検出器内の光学モデルや光検出器の配置を元に数値 解析を行なった。数値解析の結果と実験データおよびシミュレーションで得られた位置依 存性とを比較検討することにより、シミュレーションにおける非一様性が生じる要因を明 らかにするとともに実験データとシミュレーション間で異なった応答を生じさせる要因に ついて考察を行い、改善案を提示した。 素粒子の標準模型とその高エネルギーでの姿 素粒子理論サブグループ 11879312 小原 怜 標準模型は、現在の素粒子物理学における最も確立された理論のひとつであ り、その予言と明らかに矛盾する実験結果はほとんどないと言ってよい。しか し、標準模型はいくつかの解決していない問題を抱えているため最終理論であ るとは考えられていなく、「標準模型を超える物理」の存在が示唆されている。 長い間、標準模型を超えると期待されるエネルギースケールでの実験はでき なかったが、2011年から大型加速器実験LHC 実験が稼働し始めた。この実験は 陽子と陽子を衝突させるもので、2012年、8TeVの衝突エネルギーで実験が行わ れた。今のところ「標準模型を超える物理」の発見には至っていないが、2012 年に、標準模型で存在が予言されていたヒッグス粒子らしき粒子を発見すると いう大きな成果を出した。さらに今後は14TeVという未知の高エネルギー領域に 到達する実験を行うことが予定されているので「標準模型を超える理論」の発 見と共に素粒子理論の新たな時代の幕開けが期待されている。 標準模型は、「ゲージ変換の下でラグランジアンが不変である」という原理 に基づいて構築された理論である。しかし、この原理において粒子が質量を持 つためには、「電弱対称性」と呼ばれる対称性が自発的に破れるような機構が なくてはならない。この「電弱対称性の自発的破れ」を起こす物理が存在する ときに予言される粒子がヒッグス粒子である。この粒子の発見により「電弱対 称性の自発的破れ」を起こす物理の存在は確かめられたが、その物理が標準模 型におけるような最小限のもので良いかどうかは実験的には決定されていない。 また、電弱対称性の自発的破れを引き起こす物理を研究することは、「標準模 型を超えた理論」を探求するための足がかりとなると考えられる。 場の理論では、量子効果を計算する時「無限大」が出るという問題が発生す るが、これを「繰り込み」という処方で解決する。「繰り込み」とはラグラン ジアンにあるパラメーターを「無限大」にすることで物理量を「有限」にする という方法である。この際、物理量がエネルギー依存性を持つことになる。こ の物理量の振る舞いを示す式を「繰り込み群方程式」と呼び、「標準模型を超 えた理論」を探求する道具として扱うことができる。 ここでトップクォークのみが質量を持つとして1次の量子補正を繰り込む。 この時、ヒッグス場の自己相互作用の結合定数λと、トップクォークの湯川相 互作用の結合定数gtについて繰り込み群方程式を作ることができる。これを解く と、それぞれのパラメーターが図1の様に振る舞う。この時、λが負になるエ ネルギースケールを「標準模型の破綻するエネルギースケール」と定性的に扱 うことがきる。つまり、もし今考慮している条件が十分標準模型を満たすなら ば、図1の様に、O(102)のエネルギースケールで「標準模型を超える物理」が 存在すると定性的に言うことができる。より正確には、QCDの効果が無視できず、 それを考慮して繰り込み群方程式を解くと、結合定数λは図2の様に振る舞う。 図2を見るとO(108)でλが負になることがわかる。 ここまでの議論で、実はあまり定量的なことは言えない。しかしながらO(108) というエネルギースケールはプランクスケールとあまりにも差がある。これは プランクスケールより低いエネルギースケールで「標準模型を超えた物理」が 存在することを期待させるものである。 図1:結合定数gt(左)とλ(右)のエネルギースケールμに依る振る舞い 図2:QCDを考慮した結合定数λのエネルギースケールμに依る振る舞い 極低温ヘリウム気体中における XH+ ( X = C,N,O )の移動度 原子物理実験研究室 11879302 伊澤 亮介 移動管法は,通常のビーム実験では困難な衝突エネルギー1 eV以下のイオン 衝突実験において非常に有効な手段である.本研究で用いた装置では,移動管 を液体ヘリウム温度 (約4.3 K) にまで冷却することにより,1 meV程度の極低エ ネルギーイオン衝突を実現し,このエネルギー領域におけるイオン衝突のダイ ナミクスを研究することができる. イオンと中性粒子にはたらく相互作用を粒子間距離の4乗に反比例する分極 力のみと仮定した場合,移動度は実効温度Teff → 0 K の極限で,分極極限Kpolと 呼ばれるある一定値に漸近することが知られている.実際,過去に測定された 殆どの原子イオンで,移動度の値はKpolに漸近することが確認されている.一方, これまでに極低温ヘリウム気体中において測定されたN2+,CO+,O2+,NO+,CH+, OH+ ,OD+の7種の二原子分子イオンの移動度は,N2+を除き,低実効温度領域で Kpolを10 %程度下回るという結果が得られている.これは,イオン-He間の相互 作用ポテンシャルが球対称では無いために一時的な回転励起が起こり,散乱角 がランダムになることによる運動量移行断面積の増加が原因であることが,理 論的に確認されている[1]. 測定された二原子分子イオンの中でも,CH+,OH+,およびOD+は特異的な移 動度の挙動を示した.CH+においては,Teff < 100 K の領域で移動度が低下し続 け,OH+およびOD+の移動度はTeff ≒ 100 Kで極小を持ち,Teff → 0 K の極限では Kpolに漸近する.CO+,O2+,NO+の移動度の値は,Teff < 100 K の領域でほぼ一定 値をとっていることから,この特異な移動度の振る舞いは,二原子分子を構成 する二つの原子の間の質量,電気陰性度に大きな差があるXH+イオン特有の現象 と考えられる.低実効温度領域における移動度の低下が一時的な回転励起によ る運動量移行断面積の増加の効果であることから,OH+,OD+の移動度が極小を 持つのは,Teff → 0 K の極限で何らかの理由により回転励起が妨げられているた めと考えられる.本研究では,CH+,OH+およびOD+の移動度の低実効温度領域 における振る舞いが何に起因するものであるか解明することを目的として,こ れらのイオンと同様のXH+の構造を持つNH+の移動度を測定した. 4.3 KのHe気体中において測定されたXH+の移動度をそれぞれのKpolとの比と して図 1に示す.NH+の移動度は,低実効温度領域においてKpolを下回り,Teff → 0 K の極限でKpolに漸近していくという,OH+,OD+と同様の振る舞いを示した. また,移動度が極大,極小となるTeffの値は,共にOH+よりも低エネルギー側に シフトし,極小はOH+よりも深く,OD+と同程度という結果が得られた.移動度 の値は相互作用ポテンシャルによって決定される運動量移行断面積に依存する ため,相互作用ポテンシャルは移動度理解のために重要である.そこで,CH+ -He, NH+-He,OH+ -Heの相互作用ポテンシャルを非相対論的量子化学計算コード MOLPROを用いて,aug-cc-pVTZを基底関数とした多配置参照相互作用 (MRCI) 法によって求めた. 図 2に30°刻みの配向角についての計算結果を示す. 図 1,図 2の比較から,移動度に極小構造を持つNH+,OH+に共通する特徴と して,Heとの相互作用ポテンシャルがN(O)-H-Heという直線構造をとったときに 最も深い値を持つことが挙げられる.一方,CH+-Heの相互作用ポテンシャルは, 低実効温度領域における移動度がKpolより小さな一定値をとるCO+,O2+,NO+と 同様に,Heが分子軸に対して垂直方向に配置されるときに最小値をとる.また, XH+-Heのポテンシャルの井戸はCO+,O2+,NO+と比較して2倍以上の深さを持っ ている.このポテンシャルが極小となる角度,そしてその深さの違いが,移動 度の振る舞いに現れていると考えられる. 二原子分子を古典的に捉えると,回転するには分子軸に垂直方向の力が必要 である. NH+,OH+およびOD+では衝突の際に分子軸方向にHeが引き込まれる ために他の二原子分子に比べてトルクがかかりにくく,さらにポテンシャルの 井戸が深いことにより回転励起が阻害され,Teff → 0 K の極限で移動度の値がKpolに漸近すると考え られる.また,CH+では分子軸に対して垂直方向 にHeが引き込まれトルクがかかりやすく,ポテン シャルの井戸がCO+,O2+,NO+と比較して深いた めに,一時的な回転励起による運動量移行断面積 の増加の効果がより顕著に現れてTeff < 100 K の 領域で移動度の値が下がり続けると考えられる. 以上のことから,Teff < 100 K の領域におけるHe 気体中の二原子分子イオンの移動度の挙動には, 相互作用ポテンシャルの分子配向依存性と,引力 的ポテンシャルの深さが反映されていることが示 唆される. 図 1. 4.3 K の He 気体中における XH+の移動度. 図 2.XH+-He の相互作用ポテンシャル. [1] K. Ohtsuki, M. Hananoe, and M. Matsuzawa, Phys. Rev. Lett. 95, 213201 (2005). 静電型イオン蓄積リングを用いた 星間分子負イオンの蓄積およびレーザー合流実験 原子物理実験研究室 11879304 伊藤源 星間空間では,安定性の問題から負の分子イオンの存在は期待されていなかった.しか し,近年水素付加した炭素鎖負イオン CnH- (n = 4, 6, 8) が電波望遠鏡による回転スペク トルの観測から発見された.中性粒子と電子の 2 体衝突によって生成される分子負イオン は一般に高温,すなわち高い内部エネルギーを有する高振動状態にある.その後電子脱離 と熱輻射というふたつの緩和過程で冷却されるが,後者の緩和過程を経ることで負イオン として安定になる.星間分子負イオンでも,この競合過程が負イオン生成機構の鍵である と考えられている.また,分子負イオンは電子親和力を超えるような内部エネルギーを持 つと電子脱離する.一般に電子脱離は熱統計的に進行し,その速度は内部エネルギーの関 数として決定される.すなわち高い内部エネルギーを持つほど大きな,低いほど小さい電 子脱速度定数をもつ.したがって,電子脱離過程の時間分解観測によって内部エネルギー の情報を得ることが可能である.本研究では静電型イオン蓄積リングを用いて,主に星間 分子負イオンの一つである C6H-を実験対象とした蓄積実験およびレーザー合流実験を行 った.特に遅延電子脱離過程を通して高温イオンの冷却過程の解明を目的とした.また, 類似した分子負イオンである C6-との比較を行い,H 原子付着がもたらす冷却過程への影 響についても調べた. 蓄積リングは,内部が 10-9 Pa という超高真空に保たれている周長 7.8 m のレ-ストラ ック型のイオントラップ装置である.超高真空を実現する事で数秒におよぶ孤立イオンの 蓄積が容易であるため,独立状態での電子脱離過程,および輻射冷却過程の研究が可能で ある.さらに,イオンに対しレーザー光を照射することで,蓄積中の再加熱が可能である. セシウムスパッタイオン源で生成した C6H-および C6-を 20 keV に加速してリングへ入 射した.周回中に直線部において生成された中性粒子を,その下流に設置したマイクロチ ャンネルプレ-トによって測定した.C6H-では,高温イオンの自動電子脱離過程がリング 入射後数 ms にわたって観測されたが C6-では全く観測されなかった.この違いは内部温度 の大きな差によって説明され,生成後の冷却過程に大きな差があるためと考えられる.そ こで,高温イオンの電子脱離過程をより詳細に調べるため,蓄積中のイオンに対しリング 直線部において時間幅 10 ns の波長 355 nm のパルスレーザーを照射し,再加熱され高温と なった分子イオンから生成した中性粒子の検出を行った. C6H-ではレーザー照射後 1~2 ms の間に減衰する遅延電子脱離過程が観測された.一方,C6-では,およそ 100 s と非常に 短い遅延電子脱離過程が観測された.蓄積実験と同様に,冷却過程に大きな違いがあるこ とを示唆する結果となった.観測された遅延過程は,レーザー照射前に持っていた内部エ ネルギーと吸収したレーザーエネルギーの合計に依存していると考えられる.したがって, レーザー照射タイミングを変えて,遅延電子脱離過程の時定数の変化を観測することで, 内部エネルギー緩和について調べた.図 1 に,(a)C6H-,(b)C6-に対してレーザーを照射し た際観測された遅延過程のレーザー照射タイミング依存性を示す.グラフは,リング 1 周 後に検出された中性粒子量で規格化した.C6H-ではレーザー照射タイミングを遅くする事 で遅延過程の時定数が小さくなったが,C6-では大きな変化が無いことが分かった. 実験を解釈するため,理論計算によるシミュレーションを行った.電子脱離速度,輻射 冷却速度を計算し,遅延電子脱離過程のシミュレーションを起こったところ,C6H-では実 験結果を良く再現したが,C6-の実験 結果と大きな食い違いを見せた.した (a) 115 ms 90 ms 65 ms 40 ms 15 ms 6.5 ms (b) 90 ms 65 ms 40 ms 15 ms 6.5 ms がって,C6H-では輻射冷却によるエネ ルギー緩和の妥当性を確認できたが, C6-では別の冷却過程の寄与を考慮す 子励起状態からの脱励起の可能性につ いて考えた.状態密度から電子励起状 態の存在確率を計算したところ,高温 となった時 C6-は C6H-に比べて電子 励起する確率が大きい事が分かった. したがって,C6-では電子脱励起によ る急速な内部エネルギー緩和が期待さ relative laser-induced yields る必要があることが判った.そこで電 れる.また加えて,レーザー合流実験 で観測された C6-の短い遅延過程は, 0 0.05 0.1 0.15 0.2 time after laser irradiation (ms) 電子脱励起の速度でほぼ説明可能であ ることが分かった.以上,本研究では, 炭素鎖負イオンにおいて,H 原子付着 の有無により冷却過程に顕著な差が現 れることを明らかにした. 0 0.5 1 1.5 2 time after laser irradiation (ms) 図 1 (a)C6H-,(b)C6-のレーザー誘起遅延過程の レーザー照射タイミング依存性. As 系充填スクッテルダイト化合物 SmOs4As12、CeRu4As12 の 高圧下単結晶育成と物性評価 電子物性研究室 10879328 前田達矢 研究背景と目的 充填スクッテルダイト化合物は、化学式 RT4X12 ( R : アルカリ、アルカリ土類、 希土類元素、T : Fe、Ru、Os、X : P、As、Sb )で表され、12 個のプニクトゲン が形作る 20 面体のカゴの中心に希土類イオンが位置する結晶構造を持つ。その ため伝導電子と 4f 電子の混成(c - f 混成)が増強され、重い電子状態や多極子 秩序などの新奇物性を示す化合物が多く発見された。P、Sb 系については、純良 な単結晶による研究が精力的に進められ理解が進んだ。一方、蒸気圧が高い As 系の充填スクッテルダイト化合物は、純良単結晶の育成が困難なため、重要な 系ながら研究が遅れていた。 しかし、本研究室では 4 GPa の高圧下でのフラックス法により純良な単結晶 の育成に成功している。ポーランドの Henkie グループも、Cd-As フラックス法 により試料の育成に成功しているが、低圧のため希土類の欠損の恐れがある。 本研究では、興味深い特性を表すことが期待される Ce、Sm 系のうちで、以 下のように 2 つの充填スクッテルダイトを選択した。 本研究の対象の一つである SmOs4As12 を含む Sm 系充填スクッテルダイトでは、 磁気八極子秩序による金属‐絶縁体転移を起こす SmRu4P12 や、磁場に鈍感な重 い電子状態を形成する SmOs4Sb12 など興味深い特性が報告されている。そのため SmOs4As12 の基礎物性を明らかにすることは、Sm 系充填スクッテルダイトを系 統的に理解するのに重要である。 もう一つの研究対象である CeRu4As12 は電気抵抗の振舞いが高圧合成法での 多結晶では半導体的であるのに対し、Cd-As フラックス法での単結晶では金属 的であると報告されている。そのため高圧フラックス法で得られた純良単結晶 での電気抵抗の振舞いが重要である。 実験結果 本研究では試料育成は 4 GPa 下での高圧フラックス法を用いて行った。 SmOs4As12 の試料育成は本研究室で単結晶の育成に成功していた SmRu4As12 の 合成条件を参考にした。母材比を Sm:Os:As = 1:4:25 で固定し、様々な温度条件 で降温し単結晶育成を試みたところ、最大で 0.5 mm の単結晶の育成に成功した。 しかし結晶の状態が悪く、狭い適正温度領域外での結晶の分解が予想された。 そこで温度条件を一定温度周辺で振動させることにより改善を試みた。その結 果、875 ℃を中心に 15 ℃の振幅で 24 時間育成することで物性測定可能な最大 0.8 mm サイズの単結晶の育成に成功した。CeRu4As12 の試料育成は、すでに単結 晶育成に成功している CeFe4As12 の合成条件を参考に As の自己フラックス法で 合成を試みた。その結果、最大 0.5mm サイズの物性測定可能な単結晶の育成に 成功した。また、どちらの単結晶も As 系に多く見られる、時間経過による結晶 の劣化が確認された。 高圧フラックス法で育成した SmOs4As12 の単結晶を用い磁気特性、比熱、電 気抵抗の測定を行った。磁化の温度依存によって 5 K 付近で磁化の立ち上がり がみられ、アロットプロットから 5.0 K で強磁性転移する事が確認された。ヒス テリシス曲線の異方性を測定し、H//[100]が容易軸であり磁場 H = 7.0 T で磁化 M = 0.38μB を示す。比熱は 4.7 K に強磁性転移によるピークを示し、さらに 9 K 付 近に肩構造を示す。9 K の振舞いが不純物によるものなのか本質的なものかは分 かっていない。電気抵抗率の温度依存性は、室温から温度が下がるにつれ金属 的に電気抵抗率もさがり、近藤効果により 25 K 付近で極小をもつ。その後再び 下がり始め、5 K 付近で強磁性転移に伴う電気抵抗率の減少の傾きの変化を示す。 まとめ 高圧フラックス法により SmOs4As12 の単結晶の育成に初めて成功した。結晶 成長の適正温度領域が狭い事がわかり 875 ℃付近で 0.8 mm の大型単結晶を得る ことが出来た。この単結晶を用いた物性測定により SmOs4As12 が 5.0 K で強磁性 転移する事がわかった。高圧フラックス法で CeRu4As12 の純良な単結晶を育成し た。電気抵抗を充填率の高い試料での測定することにより、本質的な性質の理 解が期待できる。研究の遅れていた As 系の充填スクッテルダイトの基礎物性を 明かし、As 系の問題点である試料育成法による物性の違いに解決することによ り充填スクッテルダイト全体の系統的理解に貢献した。 カゴ状構造を持つYb系化合物 カゴ状構造を持つ 系化合物YbOs 系化合物 及び 4Sb12及びYbAu 3Al7の単結晶育成と物性測定 電子物性研究室 11879309 國利 洸貴 充填スクッテルダイト化合物は、化学式 RT4X12 ( R :希土類元素、T : 遷移金 属、X : プニクトゲン )で表され、12 個の X が 20 面体のカゴを形成し(図 1)、 その中に希土類 R が充填された結晶構造を持つ。その特異な結晶構造に起因し て、重い電子超伝導などの興味深い物性が観測され、多くの研究がなされてき た。一方、RAu3Al7(R:希土類元素)でも Au と Al が形成するカゴ内に R が存在 するため(図 2)、充填スクッテルダイト化合物のように興味深い物性が期待さ れる。希土類化合物において、c-f 混成による興味深い現象は、f 電子のエネルギ ーレベルがフェルミエネルギーに近い Ce 系、Yb 系で顕著であり、Yb 系化合物 には興味深い物性が期待できる。本研究の対象物質である YbOs4Sb12 と YbAu3Al7 は、Yb 濃度が希薄であり、カゴ状構造を持つという点は共通しているが、立方 晶の YbOs4Sb12 に対して、菱面体晶で対称性の悪い YbAu3Al7 は物性の異方性が 大きい事が予測される。 図 1:充填スクッテルダイト化合物 図 2:RAu3Al7 の結晶構造 これまで、Yb 系充填スクッテルダイト化合物については YbFe4P12、YbFe4Sb12、 YbOs4Sb12 の 3 つしか報告がされておらず、その中でも YbOs4Sb12 は、常圧下で の合成条件と格子定数しか報告されていない。一方、YbAu3Al7 については、格 子定数、帯磁率、電気伝導度、熱電能が報告されている。帯磁率の温度依存は キュリー・ワイス的な振る舞いを示さず、高温でほとんど一定値をとり、150 K 以下で上昇する事や、格子定数がランタノイド収縮で期待される値よりも大き な値をとる事から、Yb イオンは価数揺動状態である可能性が推測されている。 電気伝導度は金属的な振る舞いを示す事が報告されている。しかし、物性の異 方性が大きい事が予測されるにもかかわらず、異方性を考慮した物性測定は全 く行われていない。 充填スクッテルダイト化合物、RAu3Al7 を系統的に理解するためにも Yb 系化 合物の物性評価が不可欠であるため、YbOs4Sb12 と YbAu3Al7 の単結晶を育成し、 基礎物性を評価することで、本質を明らかにすることを目的とした。 以下に、主となる実験結果とその考察をまとめる。初めに YbOs4Sb12 について 述べる。まず、常圧下での合成で単結晶育成を行い、最大 0.3mm×0.3mm×0.3mm の単結晶育成に成功した。この単結晶を用いて格子定数、磁気特性、電気抵抗 率、ホール係数、比熱測定を行った。格子定数は、ランタノイド収縮で期待さ れる値よりも大きな値をとり、帯磁率も高温領域では温度依存が小さくパウリ 常磁性のような振る舞いを示すことから、Yb イオンが 2 価に近い状態であると 判断できる。電気抵抗率の温度依存は金属的な振る舞いを示し、残留抵抗比は ~21 であり、希土類系では良質な試料であると言える。ホール係数の温度依存は 降温と共に増加し~35 K から急激に上昇する。比熱から大まかに見積もった電子 比熱係数は 70 mJ/K2mol となった。また、Yb イオンが高充填率の試料を作るた めに高圧合成にも挑戦し、様々な母材比と温度条件で単結晶育成を試みた結果、 常圧下での合成と同じく母材比がモル比で Yb:Os:Sb=2:4:20 の時に、最大 0.1mm ×0.1mm×0.1mm の単結晶育成に成功した。格子定数は、常圧下で合成した単結 晶よりも大きな値をとる事が分かったが、物性測定を行うのに適した大きな単 結晶を得ることは出来なかった。 YbAu3Al7 については、常圧下 Al 自己フラックス法を用いて、異方性を考慮し た測定を可能にする単結晶育成に成功し、比熱、電気抵抗、異方性を考慮した 磁気測定を行った。比熱から見積もった電子比熱係数 17 mJ/K2mol であり、電気 抵抗は、金属的な振る舞いを示し、残留抵抗比は~3.6 となった。帯磁率は 80 K 以上で上昇し、室温付近で飽和傾向を示す。帯磁率が昇温と共に上昇する振る 舞いは、近藤温度が高い Ce、Yb 化合物と類似しており、格子定数の結果も考慮 すると YbAu3Al7 は Yb イオンが2価に近い価数揺動系物質と考えられる。 今後の課題は、高圧合成法での YbOs4Sb12 の単結晶の更なる大型化、物性測定 や YbAu3Al7 の異方性を考慮した比熱、電気抵抗の測定や参照物質となる LuAu3Al7 の物性測定が挙げられる。 磁場に鈍感な重い電子系化合物 SmxLa1-xOs4Sb12 の価数揺動状態 電子物性研究室 11879330 伏屋 健吾 研究背景と目的 充填スクッテルダイト化合物 SmOs4Sb12 は化学式 RT4X12(R:希土類金属等、T:遷移金属、 X:プニクトゲン) で表される三元系化合物であり、構成する元素の組み合わせによって多彩 な物性を示す化合物である。この重い電子状態は、磁場に鈍感な点で従来の重い電子状態 と異なり新しい形成メカニズムに基づいている可能性がある。Suemitsu らは Sm を La で部分 置換した系(SmxLa1-x)Os4Sb12 を調べ、Sm イオン低濃度領域でも Sm イオン単サイトの重い電 子状態が形成されていることを報告した。また、本研究の共同研究者である水牧らは、X 線 吸収分光法(XAS)により SmOs4Sb12 の Sm イオン価数を測定し、降温とともに非磁性である Sm2+の割合が増加し、低温の重い電子状態で Sm イオンが顕著な価数揺動状態にあること を報告した。この価数の温度依存性は、電子有効質量の温度依存と類似した振舞いを持つ ことから、Sm+2 への価数揺動は磁場に鈍感な重い電子状態と密接に関連していることが推 測される。よって、(SmxLa1-x)Os4Sb12 における Sm イオン価数を XAS 実験により測定し Sm 濃 度依存および温度依存を明らかにすることを試みた。 実験結果と考察 (SmxLa1-x)Os4Sb12 の x=0.2 における XAS スペクトルの温度依存性を図 1 に示す。 (SmxLa1-x)Os4Sb12 の XAS スペクトルは価数揺動系に見られるダブルピークを示し低エネルギ ー側(6712eV)のピークは Sm2+に起因し、高エネルギー側(6719eV)は Sm3+の成分を表す。 つまり、La で置換した系でも SmOs4Sb12 と同様に、価数揺動がみられ、低温になるほど Sm2+ の成分が支配的になっていることがわかる。次に、(SmxLa1-x)Os4Sb12 の T=120K における XAS スペクトルの x 依存性を図 2 に示す。ここでは、Sm3+と Sm2+ともに x 依存が観測され、 ある程度系統的に XAS スペクトルが変化し、Sm が希薄になるほど Sm2+の成分が支配的に なっていることがわかる。XAS スペクトルに見られるダブルピークの相対的な強度は Sm2+と Sm3+の価数の割合に一致する為、フィッティングにより(SmxLa1-x)Os4Sb12 の Sm イオン価数の 温度依存性を見積もった。 3+ SmL -edge x=0.2 3 2 2+ Sm 1.5 1 0.5 0 300K 120K 10K 6700 6710 6720 6730 Sm 3 Intensity(arb. units) Intensity(arb. units) 2.5 3+ Sm 3 3 2.5 2 x=1 x=0.8 x=0.6 x=0.5 x=0.2 2+ Sm 1.5 1 0.5 0 6740 SmL -edge T=120K 6700 energy(eV) 6710 6720 6730 6740 energy(eV) 図 1:XAS スペクトルの温度依存性(x=0.2) 図 2:XAS スペクトルの濃度依存性(T=120K) 図 3 に(SmxLa1-x)Os4Sb12 の Sm イオン価数の温度依存性を示す。x=1 において 200K~20K の中間温度域では Sm イオン価数が+2.83 から+2.78 まで降温過程で logT 的に減少し、20K 以下では飽和に向かう振る舞いを示している。これは Mizumaki ら(J. Phys. Soc. Jpn. 76 (2007) 053706.)により報告された SmOs4Sb12 の Sm イオン価数の温度依存の結果と比べると 20K 以上の振る舞いがほぼ一致している。また、Sm イオンを La イオンで置換した系でも x=1 と類似した振る舞いを示すことがわかった。近藤温度の x 依存性は測定精度内では見られず、 格子定数の x 依存から見積もられる変化より小さいと考えられる。 以上のように、本研究では、(SmxLa1-x)Os4Sb12 における Sm イオン価数の Sm 濃度依存およ び温度依存を XAS 実験により明らかにした。この価数揺動の振舞いは Matsuhira ら(J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 124601)により報告さ いる(図 3)。このモデルは、Sm イオンの 非調和ポテンシャル間に位置する伝導 電子が降温と共に Sm イオンのまわりに 徐々に集まり Sm イオン価数の減少を導 き、近藤温度以下では蓄積された伝導電 子によって、Sm イオン価数が飽和した振 舞いを示すというものである。よって、 (SmxLa1-x)Os4Sb12 における Sm+2 への価 数揺動もこのモデルと密接に関連してい ると推測される。 2.84 2.82 valence れた理論モデルのカーブとほぼ一致して 2.8 2.78 2.76 x=1 x=0.8 x=0.6 x=0.5 x=0.2 Matsuhira 2.74 2.72 10 100 temperature(K) 図 3:Sm イオン価数の Sm 濃度依存および温度変化
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