退職勧奨(解雇・雇止め)を めぐる留意点 (5) - 東京経営者協会

東京経協 実務シリーズ No 2010-3-005
退職勧奨(解雇・雇止め)を
めぐる留意点 (5)
Q12.退職証明と離職票の違いを教えてください。
A12.(1)退職時の証明書、解雇理由の証明書
労基法は、退職に関連する紛争を防止するため、退職時の証明書の交付を使
用者に求めています。労働者が退職の事由に関する証明書を請求した場合、使
用者は遅滞なくこれを交付しなければなりません(労基法第 22 条 1 項)。そし
て、退職の事由が解雇の場合には、解雇の理由も記載しなければなりません。
また、労働者が、解雇の予告をされた日から退職する日までの間において、
当該解雇の理由について証明書を請求した場合には、使用者は遅滞なくこれを
交付しなければなりません(解雇理由の証明書
労基法第 22 条 2 項)。
(2)離職票
これに対して、離職票は会社を退職した場合に会社から発行される離職証
明書に基づいてハローワークが交付する書類のことをいいます。
この中には、退職理由や過去半年分の給与等が記載されており、ハローワ
ークが失業給付を支給する際の参考資料となります。
Q13.退職届が出され上司が受け取りました。しかしその後、労働者から「退職はや
はりしないので、退職届を返して欲しい」といわれました。退職届を返さなけ
ればならないのでしょうか。
A13.退職届が出された場合に、このような問題がよく起こります。
ところで、退職といっても、法律的には2つに分けられます。辞職と合意解
約です。
(1)辞職とは、労働者から一方的に雇用契約を解約する意思表示です。 いわば、
「会社が何といおうとも辞める」という意思表示です。辞職の意思表示は使用
者に到達した後は、効力が生じるので、撤回することはできないことになりま
す(株式会社大通事件
大阪地判平 10.7.17)。ただし、使用者の同意があれば
撤回は可能です。
(2)合意解約は、「辞めさせていただきます」という解約の申し入れです。 使用
者が「わかりました」ということによって合意解約という契約が成立します。
したがって使用者が「わかりました」というまでは 、撤回をすることが可
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能です。
労働者が退職願いを出して、直属上司が受けとり、それを人事に回し、人
事が社内決済手続きをするのが一般ですが、この場合は社内決済手続きの時点
で承認の効力が生じます。つまり決済をするまでの間は、合意解約は成立して
いないので、労働者から退職の撤回の申し出があれば返さなければなりません。
裁判例でも、雇用契約における合意解約の申 し込みは使用者に不測の損害
を与える等信義則に反すると認められるような特段の事情がない限り、使用者
が承諾の意思表示をなすまでは労働者はこれを撤回することができる (学校法
人白頭学院事件
大阪地判平 9.8.29)としています。
しかし、各社の扱いで「退職届が出され、直属上司が受理をすれば合意解
約が成立する」という扱いをしているところがあるかもしれません。そういう
場合は、その時点で(上司が退職届を受理した時点で)合意解約が成立したこと
になります。そのためには、直属上司に退職届が受理する権限が与えられてい
ることが前提となります。
まとめ
・退職が法律上辞職の場合は使用者に到達した後、合意解約の申し入れの場合は使用者
が承諾の意思表示をするまで(一般には人事が社内の決済をするまで)は、原則として
退職届を撤回することができる。
・しかし、いつの時点まで撤回が可能かは、 それぞれの会社の実態による。各社の扱い
で直属の上司に退職届を受理する権限が与えら れているときには、退職届を上司が受
理したのちには撤回は認められない。
2.解雇
Q14.即戦力で活躍してくれることを期待し、高収入で社員を中途採用しました。
しかし、後で能力が全くないことがわかりました。 能力不足を理由に解雇できる
でしょうか。また、そういう社員も解雇する前に 能力を発揮できる部署や下位の
職位へ配転等の配慮をした上でないと解雇は認められないでしょうか。
A14.(1)能力不足が解雇事由となる理由
雇用契約において労働者は、使用者の指示に従い業務を遂行する義務(労務
提供義務)を負っているので、業務を行う能力をまったく有していないか、あ
るいは不十分にしか行えないとすれば、それは雇用契約上の債務不履行となる
ので、労働者の能力不足は普通解雇事由となりえます。
問題は能力不足とは何かです。長期雇用システムの下での正規社員は、新卒
で採用されて、社内での様々な職種・職務を経験し、キャリアアップを図って
いくことが予定されています。このようなキャリアシステムの中においては、
裁判所は能力不足を理由とする解雇については、非常に厳しい判断をしていま
す。
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たとえば、エース損害保険事件(東京地判平 13.8.10)は「単なる成績不良で
はなく、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れ
があり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し、かつ、
その他、是正のため注意し反省を促したにもかかわらず 、改善されないなど今
後の改善の見込みもないこと…配転や降格ができない企業事情があることな
ども考慮して判断すべきである」と判断し、解雇は無効としています。
ところが、即戦力を期待して中途採用された労働者にも、このような考え
方が通用するのかという議論があります。
(2)地位特定社員・専門職社員の雇用契約の特殊性と能力不足の判断基準
即戦力で採用された人は、長期雇用システムのもとで採用された人と は違い
ます。その能力を期待して高額で処遇されているわけですから、期待された能
力が発揮できないということは契約内容に違反しているということにな りま
す。能力不足の判断基準も長期雇用システム下の社員とは違って、その採用さ
れた契約内容に応じた能力度、能力の発揮度 で判断されます。
たとえば、中途採用で職務上の地位を特定して採用された労働者についての
事件として、フォード自動車事件(東京地判昭 57.2.25)があります。
人事本部長という職務上の地位を特定した雇用契約において、地位に応じた
仕事をしているかどうかの判断基準について、裁判所は「業務の履行又は能率
が極めて悪いと言えるか否かの判断も、およそ『一般の従業員として』業務の
履行又は能率が極めて悪いか否かまでを判断するものではなく、人事本部長と
いう地位に要求された業務の履行又は能率がどうかという基準で…検討すれ
ば足り」るとしています。
また、持田製薬事件(東京高決昭 63.2.22
東京地決昭 62.8.24)でも「マー
ケティング部付部長(身分は次長)として、その職種と地位を特定してなされた
雇用契約においてマーケティング部付部長として雇用された (会社の)信頼と
期待を裏切り、雇用契約の目的を達することができないと認められる」として
解雇は有効とされています。
このように地位特定社員、職種特定専門職社員について能力不足、業務適格
性の欠如を理由とする解雇は、当該地位(役職)なり職種としてのそれを基準と
して判断され、解雇権濫用と評価される場合は限定されます。
(3) 地位特定社員・専門職社員の能力不足による解雇に先立ち、使用者は配転等
の義務を負うか
このように地位特定社員・職種特定専門職社員について能力不足等による解
雇に先立ち配転等をしなければならないのでしょうか。
長期雇用システム下での正規社員の解雇が問題となった前述のエース損害保
険事件では、能力不足で解雇する場合には、
「…配転や降格ができない企業事情
があることなども考慮して判断すべきである」としています。つまり、長期雇
用システム下での正規社員については、能力不足により解雇するにはもうひと
つハードルがあり、配転や降格など社内でできるだけの対応をしないと解雇が
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認められないということです。
しかし、地位特定社員、職種特定専門職社員については配転まで考える義務
はありません。前記フォード事件の東京地裁でも「人事本部長という地位を特
定した雇用契約であるところからすると、会社として原告を他の職種及び人事
の分野においても人事本部長より下位の職位に配置換えをしなければならない
ものではな(い)」と判示しています。
また、前記持田製薬事件の東京地裁も「債権者は、マーケティング部の責任
者に就任することで雇用されたのであるから 、解雇するに際し、(会社)は下位
の職位に配置換えすれば、雇用継続が可能であるかどうかまでも検討しなけれ
ばならないものではない」と判示しています。
まとめ
・業務を行う能力がないか能力不十分な場合には、雇用契約上の債務不履行として普通
解雇事由となる。
・地位、職種を特定して採用した中途採用者については、能力の判断について長期雇用
システム下で新卒採用した労働者と違い、 特別の扱いがなされている。その地位で採
用した以上、その地位に応じたパフォーマンスが出ていな ければ、解雇もやむを得な
い。また、雇用の継続が可能な下位の職位への配転を考えな ければならないわけでは
ない。
【本「実務シリーズ」に関するお問い合わせ先】
東京経営者協会 経営・労働部(渡邉)
〒100-0004 東京都千代田区大手町 1-3-2 経団連会館 19 階
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