微粒子ショットピーニングによるガス浸炭材の 表面改質 - 日本金属学会

日本金属学会誌 第 78 巻 第 10 号(2014)388
394
微粒子ショットピーニングによるガス浸炭材の
表面改質挙動に及ぼす投射材硬さの影響
澤田俊之
山陽特殊製鋼株式会社
J. Japan Inst. Met. Mater. Vol. 78, No. 10 (2014), pp. 388
394
 2014 The Japan Institute of Metals and Materials
Effects of Hardness of Shot Peening Media on Surface Modification Behavior of
Gas Carburized Steel by Micro Shot Peening
Toshiyuki Sawada
Sanyo Special Steel Co. Ltd., Himeji 6728677
Effects of the hardness of fine media used in shot peening on the surface modification behavior of workpiece with high hardness were investigated. Gas carburized JISSCM822 steels with the surface of 720 HV in Vickers hardness were shot peened by
fine media with the range from 390 to 1550 HV in Vickers hardness, followed by the examination of their surface modification behavior.
Shot peening was carried out by using suctiontype air peening machine with 0.6 MPa in air pressure, 10 s in peening time
and 50 mm in peening distance. Various gas atomized powders sieved from 45 to 125 mm in particle diameter were used as fine
peening media.
On the peened surface by the fine media with remarkably higher hardness than that of workpiece, deep nanocrystalline layer
with around 1 mm in depth and less than 15 nm in grain size was generated. In these nanocrystalline layers, the thickness increased and grain size decreased with increasing Vickers hardness of used peening media. In addition, Vickers hardness on
peened surface also increased with increasing Vickers hardness of used peening media. Especially, the hardening effect on
peened surface was outstanding, in the case of using fine peening media with more than 1020 HV in Vickers hardness. It seemed
that this hardening effect was caused by grain refinement strengthening in nanocrystalline layer.
[doi:10.2320/jinstmet.J2014004]
(Received January 30, 2014; Accepted July 23, 2014; Published October 1, 2014)
Keywords: shot peening, micro shot peening, surface modification, nanocrystalline layer, Vickers hardness, residual stress
より,大きな圧縮残留応力が導入されることが知られてい
1.
緒
言
る5).近年,ギヤやシャフトのような高強度部品には, SCr
系や SCM 系などの JIS 肌焼鋼の浸炭焼入焼戻材にショット
ショットピーニングは,投射材と呼ばれる金属やセラミッ
ピーニングを施した材料が多く用いられている.このような
クスの粒子を被処理材に噴射・衝突させることにより被処理
浸炭焼入焼戻材の表面硬さは 700 HV 前後の高硬度となるこ
材の表面に圧縮残留応力を導入し,疲労特性を改善する処理
とから,従来より用いられてきた 800~900 HV の鋳鋼製微
であり,使用する投射材の粒径により 2 種類に分類され
粒子投射材よりもさらに高硬度な微粒子投射材を用いること
る.直径 0.6 ~ 1.0 mm 程度の投射材を用いる通常のショッ
が,高い圧縮残留応力を得るために有効である.このような
トピーニングに対し,直径 0.1 mm 以下程度の投射材を用い
状況から,著者らは 1200 HV の超高硬度を有する FeCrB 微
る処理は微粒子ショットピーニングと呼ばれる1,2) .微粒子
粒子投射材を開発してきた68).
ショットピーニングは通常のショットピーニングと比較し,
一方,微粒子ショットピーニングによる被処理材表面のナ
圧縮残留応力が被処理材の表面近傍に導入されるとともに被
ノ結晶粒化について,被処理材が低硬度な場合と高硬度な場
処理材の表面粗さが過度に増加しないことから,疲労強度改
合により挙動が異なることが報告されている9).すなわち,
善効果に優れる.さらに被処理材表面にナノ結晶粒層を形成
低硬度な被処理材の場合は微粒子ショットピーニング初期に
することも知られており,この層によりさらなる疲労強度の
形成される表面の著しい凹凸が,後続の衝突により折り畳ま
増加が見られることも報告されている3).このような大きな
れ,このような凹凸形成と折り畳みにより繰り返し塑性加工
疲労強度改善効果から,微粒子ショットピーニングの適用範
を受けることにより,深さ数 mm に及ぶ不連続なナノ結晶粒
囲は今後さらに拡大すると見込まれている4).
組織を形成すると考えられている.これに対し浸炭焼入焼戻
一般に,高硬度を有する被処理材に対し,これよりも十分
材のような高硬度な被処理材の場合は最表層の約 500 nm の
に高い硬さを有する投射材をショットピーニングすることに
浅い領域のみにナノ結晶粒領域が形成されることが報告され
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第
号
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微粒子ショットピーニングによるガス浸炭材の表面改質挙動に及ぼす投射材硬さの影響
ている9).このように表面硬さの高い被処理材においてナノ
結晶粒組織の形成が最表層のみに限定される要因は,投射材
Table 1 Workpiece, shot peening media and shot peening
condition.
Shot peening media
Workpiece
Vickers
Heat
material Material
hardness,
treatment
HV
1 粒子が衝突した時の被処理材表面の塑性変形が小さいこと
であると推察される.したがって,浸炭焼入焼戻材のような
高い表面硬さを有する被処理材にも,従来よりさらに高硬度
な微粒子を用いると,より深いナノ結晶粒層が形成される可
能性がある.
これまでに微粒子ショットピーニングによる被処理材表面
のナノ結晶粒化挙動について,投射時間10) ,投射速度11) ,
投射材粒径11) ,被処理材硬さ9) などについての報告がある
が,投射材硬さの影響を系統的に評価した報告例は少ない.
Non
SP
―
―
SCM822
SP
SUS630
Aging
SUS
Surface
hardness:
SKH
SP
SKH40
Annealing
720 HV
Gas
―
STL
SP
Cast steel
carburizing
↓
SP
FeCrB Annealing
FCB(AN)
Quenching
―
FCB(GA)
SP
FeCrB
and
Tempering
―
FCB(HB)
SP
FeCrB
Shot peening
Condition
―
390
520
820
1020
Air pressure:
0.6 MPa
Peening time: 10 s
Peening distance:
50 mm
1200
1550
特に浅い領域にナノ結晶粒層が限定される浸炭焼入焼戻材の
ような高硬度表面を有する被処理材に対し,これよりも著し
く高硬度を有する投射材を微粒子ショットピーニングし,被
処理材表面のナノ結晶化挙動を報告した例はほとんど見られ
者らが開発した FeCrB 投射材(焼鈍(1020 HV)とガスアトマ
ない.以上のような背景から,本研究では高強度部品として
イ ズ ま ま ( 1200 HV ) ) お よ び , さ ら に B 添 加 量 を 高 め た
実用上重要である高硬度表面を有する浸炭焼入焼戻材の,表
FeCrB 投射材(1550 HV)を用いた.
面のナノ結晶粒化挙動に及ぼす微粒子投射材の硬さの影響に
ついて検討することを目的とした.
2.2
微粒子ショットピーニングおよび被処理材表面の評価
なお,使用した被処理材は工業的に多く用いられるガス浸
投射装置として吸引型エア式ショットピーニング装置を用
炭焼入焼戻材(表面硬さは 720 HV)としており,一般に表面
い,投射圧 0.6 MPa で処理した.投射距離は 50 mm ,投射
に 20 mm 程度の浸炭異常層を有する.また,投射材硬さは
時間は 10 s で実施した.
390~1550 HV とし,高硬度被処理材よりも著しく高い硬さ
これら微粒子ショットピーニングした表面について, X
を有する微粒子投射材まで系統的に含む範囲とした.したが
線回折( Cu Ka 線)および粗さ測定を行った. X 線入射角 u
って,このような高硬度被処理材に対する高硬度投射材の微
は,式( 1 )より有効深さ x が約 840 nm となる 10°
で実施し
粒子ショットピーニングは,大きな圧縮残留応力が導入され
た.なお,Gx(全回折強度における深さ x までの表面層から
る条件でもあることから5),被処理材表面のナノ結晶粒化挙
の 回 折 強 度 の 比 ) は 0.90 , 線 吸 収 係 数 m は 2.38 × 105
動の評価と同時に,導入される圧縮残留応力に及ぼす投射材
(1・m-1)として算出した.この条件において 2u が 40~50°
硬さの影響についても評価した.
の範囲で測定し,試験片の主相であるマルテンサイト相のメ
インピークである 110 回折ピークにおける半値幅を評価し
実 験
2.
2.1
方 法
た.
被処理材および微粒子投射材
被処理材には, JIS の肌焼鋼である市販の SCM822 を用
x=
-ln(1-Gx)sin u
2m
(1)
微粒子ショットピーニング面の表層の組織観察のため,走
いた.試験片サイズは,直径 60 mm ,厚さ 5 mm の円板状
査型電子顕微鏡(SEM)観察および透過型電子顕微鏡(TEM)
とし,微粒子ショットピーニングを行う直径 60 mm の面は
観察を行った.SEM 観察には,微粒子ショットピーニング
鏡面仕上げとした.この試験片にガス浸炭処理を行った後,
面を含む表層の断面を樹脂埋め研磨し,イオンミリングした
焼入および焼戻処理を行った.鏡面仕上げ面において,算術
試料を用いた.TEM 観察には,微粒子ショットピーニング
平均粗さ( Ra )は 0.19 mm ,圧子を直打ちした最表面硬さは
した表面から収束イオンビーム(FIB)装置により切り出した
720 HV,表面から 15 mm 深さの断面硬さは 690 HV(いずれ
薄膜を用いた.また,ナノ結晶粒化した表面は,硬さが著し
も試験荷重は 0.96 N)であった.
く増加することが報告されており11) ,本実験においても微
微粒子投射材には,ガスアトマイズ法で作製した各種合金
粒子ショットピーニングによる被処理材表面の組織変化にと
粉末を,45~125 mm に分級したものを用いた.使用した微
もなう硬さ変化を評価するため,ビッカース硬さ測定を実施
粒子投射材の,材質,熱処理,ビッカース硬さ(試験荷重
した.被処理材の最表面については,微粒子ショットピーニ
2.94 N )およびその他の試験条件を Table 1 に示す.使用し
ングした面に圧子を直打ちし,深さ方向へは断面研磨試料を
た微粒子投射材の硬さは,390~1550 HV と広範囲である.
用いた.測定荷重はいずれも 0.96 N とした.また,特性 X
被処理材の表面硬さより低硬度な微粒子投射材は SUS630
線に CrKa 線を用いた X 線回折による並傾法(C 一定法)に
相当の粉末を時効処理したもの(390 HV)と,SKH40 相当の
て残留応力測定を実施した.微粒子ショットピーニングした
粉末ハイスを焼鈍したもの(520 HV )である.また,一般に
面から,電解研磨により表層を除去し,深さ方向への分布を
多く用いられている微粒子投射材は,本実験において 820
評価した.
HV を有する鋳鋼投射材であり,被処理材の表面硬さに近い
以下では,各被処理材の名称を,使用した微粒子投射材の
硬さを有する.これよりも高硬度な微粒子投射材として,著
種類に従い Table 1 のとおり,「 SUS SP 」などのように示
390
日 本 金 属 学 会 誌(2014)
第
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巻
す.また,ショットピーニング前の試験片は「NonSP」と
きく増加した.したがって,本実験における有効深さである
示す.
840 nm 以下の表層領域において,被処理材よりも大幅に高
硬度な投射材を微粒子ショットピーニングすることにより,
実験結果および考察
3.
3.1
微粒子ショットピーニング面の X 線回折
Fig. 1 に Non SP, SUS SP, STL SP および FCB ( HB )
SP の X 線回折パターンを示す.NonSP の X 線回折ピーク
形状と比較し, SUS SP および STL SP には顕著な変化は
認められないが,本実験において最も高硬度な投射材を用い
著しく構造が変化していると考えられる.
なお,本実験において微粒子ショットピーニング前の被処
の大きな半値幅を示すのは,ガス
理材(NonSP)でも約 0.6°
浸炭焼入焼戻材の主相がマルテンサイト相であり,高い転位
密度を有しているためである.
3.2
微粒子ショットピーニング面表層のミクロ組織観察
た FCB(HB)SP はピーク半値幅が著しく大きいことがわか
Fig. 3 に被処理材の表層断面の反射電子像を示す. Fig. 3
る.さらに, Fig. 2 に本実験における全被処理材の X 線
(a)~(g)が低倍率,Fig. 3(a′
)~(g′
)は高倍率の像である.
ピーク半値幅と使用した投射材硬さの関係を示す.被処理材
)に示すように,本実験で用いた被処理
Fig. 3(a)および 3(a′
表面の硬さ( 720 HV )に近い投射材硬さ 820 HV およびそれ
材(Non
SP)には,表面直下 5 mm 程度の深さ領域において,
以下の硬さの投射材を用いた被処理材において, X 線ピー
3 mm 程度の粗大な粒状酸化物と,サブミクロン程度の微細
~0.8°
の範囲での微増に留まるが,被処理材
ク半値幅は 0.6°
な球状酸化物が存在し,さらにその深部には 16 mm 程度の
表面硬さより著しく高硬度を有する 1020 HV 以上の投射材
深さまで紐状の粒界酸化物が存在している.なお,本実験に
以上まで大
を用いた被処理材の X 線ピーク半値幅は約 1.1°
おける被処理材のようにガス浸炭処理を施した肌焼鋼におい
て,表面から 15 mm 程度の深さまで,粒状や紐状の酸化物
層が生成することは一般的に知られている1214).
Fig. 3 ( a )~( g )から, 820 HV 以下の投射材をショット
ピーニングした SUS SP, SKH SP および STL SP の表面
には粗大粒状酸化物が残存しているが, 1020 HV 以上の高
硬度投射材をショットピーニングした FCB ( AN )SP, FCB
(GA )SP および FCB ( HB )SP の表面には粗大粒状酸化物
が残存していないことがわかる.また,使用した投射材硬さ
の増加とともに,紐状粒界酸化物の深さが浅くなっている.
Fig. 4 に紐状粒界酸化物の深さと使用した投射材硬さの相関
を示す.投射材硬さが 1020 HV までは,投射材硬さの増加
とともに紐状粒界酸化物の深さが浅くなり, 1020 HV 以上
の投射材で飽和する傾向が認められた.したがって,機械的
特性の欠陥となる酸化物を多く含む被処理材表面が投射材の
衝突により除去され,さらに,投射材硬さの上昇にともない
Fig. 1
XRD patterns of the workpiece surface.
除去される厚さは増大し, 1020 HV 以上の高硬度投射材で
は表面直下の粗大粒状酸化物が残存していないことがわかっ
た.なお,このような酸化物を含む浸炭異常層は,一般に疲
労特性を劣化させる.したがって,被処理材の成分調整,真
空浸炭の適用,浸炭処理後の機械加工やショットピーニング
などにより,その厚さを薄くし,疲労特性を改善する研究が
多く報告されている1215) .本実験から,より高硬度な投射
材を使用した微粒子ショットピーニングが浸炭異常層の除去
に有効であることがわかった.
)~( g ′
)に示す高倍率の像から, Non SP および
Fig. 3( a ′
820 HV 以下の投射材を用いた SUSSP, SKHSP, STLSP
には,明確なミクロ組織の変化が認められない.これに対
し,被処理材の表面硬さより著しく高硬度な微粒子投射材を
使用した FCB(AN)SP, FCB(GA)SP, FCB(HB)SP の表
層には,いずれも 5 mm 以下程度の変質層が認められた.
Fig. 5(a)~(g)に被処理材の表層断面の TEM 暗視野像を
示す.本実験において最も低硬度な微粒子投射材を用いた
Fig. 2 Variation in halfwidth of a′
Fe(110) peak of peened
surface by XRD as a function of Vickers hardness of used shot
peening media.
SUS SP の表層には明確な結晶粒の微細化は認められず,
NonSP と同程度のサイズのマルテンサイト相(母相)が認め
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号
微粒子ショットピーニングによるガス浸炭材の表面改質挙動に及ぼす投射材硬さの影響
391
) Non
) SUSSP, (c),(c′
) SKHSP,
Fig. 3 Crosssectional observation near the peened surface by FESEM of (a),(a′
SP, (b),(b′
(d),(d′
) STL
) FCB(AN)SP, (f),(f′
) FCB(GA)SP and (g),(g′
) FCB(HB)SP.
SP, (e),(e′
れ,これにともない電子線回折パターン(ビーム径絞り 700
nm)が,スポット状からリング状に近いパターンとなってい
る.この浅い領域に限定された結晶粒の微細化は, Takagi
らにより報告された SCr420 浸炭焼入焼戻材への SKH59 製
微粒子投射材のショットピーニングによるナノ結晶粒層の生
成厚さ(約 500 nm)9)に近いと考えられる.
これらに対し,被処理材の表面硬さより著しく高硬度な微
粒子投射材を使用した FCB ( AN )SP, FCB ( GA )SP, FCB
(HB)SP の表層は,より深い領域まで結晶粒が微細化して
いることがわかる.これらの表面直下の電子線回折パターン
はリング状であり,深いナノ結晶粒層が生成していることが
わかる.FCB(AN)SP, FCB(GA)SP, FCB(HB)SP のナ
ノ結晶粒層の厚さは,Fig. 5(e)~(g)の暗視野像から,それ
Fig. 4 Relationship between depth of intergranular oxidation
layer and Vickers hardness of used peening media.
ぞれ約 0.9, 1.2, 1.7 mm であり,いずれも上述した Takagi
らの報告9)と比較し,著しく深くまでナノ結晶粒化している
ことがわかった.なお, Fig. 2 に示した, 1020 HV 以上の
微粒子投射材を使用した被処理材における X 線回折による
られる.なお,Fig. 5(a)に観察される 100 nm 程度の白色の
ピーク半値幅の大幅な増加は,被処理材表面の著しく深いナ
球状相は微細球状酸化物である.一方,本実験において次に
ノ結晶粒層の生成によるものと考えられる.
低硬度な SKHSP および被処理材表面硬さに近い微粒子投
次に,ナノ結晶粒領域における結晶粒サイズを評価した.
射材を使用した STL SP は,マルテンサイト相がサブミク
より深くまでナノ結晶粒化した FCB ( AN )SP, FCB ( GA )
ロンに微細化している.また, STL SP の表面直下の 300
)~
SP, FCB (HB )SP の高倍率の TEM 明視野像( Fig. 5(e ′
nm 程度の浅い領域には,さらに微細なナノ結晶粒が認めら
(g′
))から観察される平均結晶粒サイズは,それぞれ 14.6,
392
日 本 金 属 学 会 誌(2014)
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巻
Fig. 5 Crosssectional TEM observation near the peened surface. (a) NonSP, (b) SUSSP, (c) SKHSP, (d) STLSP,
(e) FCB(AN)
) FCB(AN)SP, (f′
) FCB(GA)
SP, (f) FCB(GA)SP and (g) FCB(HB)SP are dark field images. (e′
SP
) FCB(HB)
and (g′
SP are bright field images with high magnification.
12.8, 10.9 nm であった.したがって,表層のナノ結晶粒サ
イズは使用する微粒子投射材の硬さとともに微細となること
がわかった.
3.3
微粒子ショットピーニング面のビッカース硬さ
微粒子ショットピーニングにより生成するナノ結晶粒領域
は母相と比較し著しく高硬度を示すことが知られてい
る11) .そこで,被処理材の表面に垂直に圧子を直打ちして
測定した最表面のビッカース硬さおよび断面研磨試料で測定
した表面から 15 mm の深さ位置のビッカース硬さを Fig. 6
に示す.いずれの深さの測定においても,使用する微粒子投
射材の硬さとともにビッカース硬さは上昇する傾向が見られ
る.しかしながら,被処理材の表面から 15 mm の深さ位置
におけるビッカース硬さが 820 HV 以上の微粒子投射材を使
用した場合において飽和しているのに対し,被処理材の最表
面のビッカース硬さは飽和することなく増加し,使用する微
Fig. 6 Variation in Vickers hardness of the peened surface
layer as a function of Vickers hardness of used shot peening
media.
粒子投射材の硬さが 820 HV から 1020 HV の間において不
連続に上昇していることがわかる.この変化は,表面に生成
するナノ結晶粒層が,比較的浅い被処理材から,より深い被
Fig. 7 に深いナノ結晶粒層を生成した被処理材について,
処理材に変化する点と一致している.したがって,この不連
最表面のビッカース硬さと結晶粒サイズの-0.5 乗(d-0.5)の
続な最表面のビッカース硬さの増加には,被処理材表面のナ
相関を示す.両者には HallPetch の関係に類似した正の相
ノ結晶粒組織が影響していることが推測される.
関が認められるとともに, Fig. 7 中に実線で示した Hidaka
10
第
号
微粒子ショットピーニングによるガス浸炭材の表面改質挙動に及ぼす投射材硬さの影響
Fig. 7 Relationship between inverse square root of grain size
and Vickers hardness on the peened surface. Solid line means
relationship in iron and FeC alloys with nanocrystalline
microstructure reported in past study.16)
393
Fig. 8 Variation in arithmetic mean roughness on the peened
surface as a function of Vickers hardness of used shot peening
media.
る9).そこで,被処理材表面が使用した微粒子投射材の硬さ
らによる純鉄や FeC 系粉末を遊星ボールミル加工したナノ
とともに大きく塑性変形したことを確認するため,被処理材
結晶粒材料の両者の相関16) と概ね近いことがわかる.した
表面の算術平均粗さ( Ra)を評価した.その結果を Fig. 8 に
がって,これら被処理材最表面におけるビッカース硬さの増
示す.ナノ結晶粒層が認められなかった被処理材および浅い
加は,ショットピーニング面のナノ結晶粒化による結晶粒微
部位のみに留まった被処理材においては,被処理材の表面粗
細化強化に起因すると考えられる.本実験で得られた最表面
さは微粒子ショットピーニング前から明確な変化は認められ
ビッカース硬さの最大値は FCB ( HB )SP の 1260 HV であ
ず,820 HV の微粒子投射材を用いた STLSP のみ,わずか
った.
に増加した.一方,深いナノ結晶粒層が生成した 1020 HV
)17) から算出される本実験にお
以上の微粒子投射材を用いた被処理材においては,これらよ
ける被処理材最表面のビッカース硬さ測定時の圧痕の深さは,
り大きな表面粗さとなり,使用した微粒子投射材の硬さとと
1.7 ~ 2.3 mm である.したがって,ナノ結晶粒層が 300 nm
もに表面粗さが増大していることがわかった.したがって,
程度と浅い STL SP においては,圧痕深さに対しナノ結晶
浸炭焼入焼戻材のような高硬度被処理材においても,被処理
粒層厚さが著しく薄く,ビッカース硬さへの影響が小さいも
材よりも十分に高硬度な微粒子投射材を用いることにより,
のと推測される.
被処理材表面に大きな塑性ひずみを導入することが可能であ
なお,式( 2 )および式( 3
F
HV=0.102 =0.102
S
t=
2F sin
( 2u )
d2
d
2 2 tan
( )
u
2
り,その結果,深く,微細な粒径を有するナノ結晶粒層が生
(2)
3.5
(3)
ここで, HV はビッカース硬さ, F は試験荷重(N ), S は
圧痕の面積(mm2),u
成すると考えられる.
微粒子ショットピーニング面の残留応力分布
Fig. 9 に NonSP, SUSSP, STLSP, FCB(HB)SP の表
面近傍における残留応力分布を示す.微粒子ショットピーニ
ングを行った被処理材は,表面から 10 mm 以下の浅い深さ
は圧子の対面角(°
),d は圧痕の対角線
において圧縮残留応力が最大となっており,その最大値は使
長さ(mm),t は圧痕深さ(mm)であり,本実験における u は
用する微粒子投射材の硬さとともに大きくなっている.Fig.
である.
136°
10 に,全被処理材における最大圧縮残留応力値と,使用し
3.4
微粒子ショットピーニング面の表面粗さ
た微粒子投射材のビッカース硬さの相関を示す.微粒子投射
材のビッカース硬さが 1020 HV 以下の領域においては,微
本実験において,被処理材の表面硬さより著しく高硬度を
粒子投射材の硬さとともに被処理材に導入される最大圧縮残
有する微粒子投射材をショットピーニングに使用することに
留応力値は大きく増加し, 1020 HV 以上ではその変化が緩
より,被処理材表面に生成するナノ結晶粒層は,微粒子投射
やかとなり, 1200 HV 以上において飽和した.本実験にお
材の硬さとともに,深く,微細粒径になることがわかった.
い て 得 ら れ た 最 も 大 き い 最 大 圧 縮 残 留 応 力 値 は , FCB
ここで,浸炭焼入焼戻材のような高硬度表面を有する被処理
(HB)SP における-1780 MPa であった.
材が微粒子ショットピーニングによりナノ結晶粒化する場
合,ショットピーニング面近傍において導入された塑性ひず
みが臨界値を超えた領域がナノ結晶粒化すると考えられてい
394
日 本 金 属 学 会 誌(2014)
第
78
巻
し,その表面改質挙動を評価した.また,この処理により導
入される圧縮残留応力を評価した.その結果,以下の知見を
得た.


被処理材表面より著しく高硬度な 1020 HV 以上の微
粒子投射材をショットピーニングすることにより, 0.9 mm
以上の厚さのナノ結晶粒層が得られ,ナノ結晶粒が生成した
被処理材最表面のビッカース硬さは著しく増加した.これは
生成するナノ結晶粒層の結晶粒微細化強化によると考えられ
る.


被処理材の表面粗さは, 1020 HV 以上の高硬度微粒
子投射材を用いると,その硬さとともに増加した.このこと
から,ガス浸炭焼入焼戻材のような高硬度被処理材において
も,その表面より十分に高硬度な微粒子投射材を用いること
により,被処理材表面に大きな塑性ひずみを導入でき,その
Fig. 9 Distribution of residual stress on the peened surface in
the depth.
結果,深いナノ結晶粒層を生成できると考えられる.


被処理材に導入される最大圧縮残留応力は,使用する
微粒子投射材の硬さとともに増加するが, 1200 HV 以上の
微粒子投射材において飽和する傾向が見られた.
文
Fig. 10 Variation in the maximum residual stress near the
peened surface as a function of Vickers hardness of used peening media.
4.
結
言
高硬度を有する被処理材表面のナノ結晶粒化挙動に及ぼす
微粒子投射材の硬さの影響について検討することを目的とし,
720 HV の高硬度表面を有するガス浸炭焼入焼戻材に,低硬
度 ( 390 HV )か ら被 処理 材表面 より 十分 に高 い硬さ ( 1550
HV )まで変化させた微粒子投射材をショットピーニング
献
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