平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 1A:サンゴ礁生態系の基礎となるサンゴ粘液の化学的解明と動物種への影響 〔要約〕 サンゴ礁海域の生態系の基礎生産を担っているといわれるサンゴの分泌する有機物(粘液)の化学構造の 解明が進み、陸上の動物種とは異なる糖鎖を持つ glycoprotein(ムチン)であることがわかってきた。また、 サンゴの粘液が他の動物種の免疫機能に影響を与えている可能性が、培養細胞を用いた研究で判明してきた。 そこで、本年度は、サンゴ粘液の物質としての本質に迫るため、クシハダミドリイシ、スギノキミドリイシ、 エンタクミドリイシの粘液の主粘性成分であるムチンに着目し、それらの糖鎖構造を中心として解明し、種 による違いを明らかにした。また、サンゴの産生する粘液がサンゴ礁魚類の着定に与える影響について検討 した。 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 生物活性物質化学 連絡先 担当者 088(864)5177 [email protected] 大谷和弘 備考 〔背景・ねらい〕 サンゴは粘液を分泌することで,流土などの微粒子の排除などサンゴ表面のクリーニング,低潮時の乾燥からの保 護,温度や塩分の変化に対する防御,餌の捕獲などを行っていると考えられている.一方で,分泌された粘液は,微 生物の生育基質やそこに生息する生物の餌になっており,これがサンゴを取り巻く生態系の基礎生産を担っていると いわれる.バイオマスとしてのサンゴ粘液の研究は非常に盛んに行われているが,化学物質としてのサンゴ粘液につ いては不明な点が多い.またサンゴの分泌する粘液は,課題 1-B における深見らの研究において明らかとなりつつあ るように,周辺の微生物の生育に影響を与えているなど,サンゴを取り巻く生態系に多大な影響を与えていることが示 唆されている.しかしこれらの生物活性についても,何が活性を示しているのかはまったく不明である.そこで本研究 では,サンゴの分泌する粘液に着目し,その化学分析を行い物質レベルでの解明を目指すとともに,その生物活性 について検討する. 〔成果の概要・特徴〕 サンゴ粘液の主成分であるムチン型糖タンパク質の構造を詳細に検討し,陸上動物には見られない特異な糖鎖構 造を有していることが明らかとなった.ムチンは粘膜の保護のみならず,生物間や細胞間の認識に深く関与することが 明らかとなりつつある.サンゴの産生するムチンを含む粘液については,サンゴ表面の保護が主たる目的といわれて いるが,一昨年度われわれは,自然免疫における異物認識分子である Toll 様レセプターによりサンゴのムチンが認識 されることを見出している.したがって,サンゴ粘液は単に物理的にサンゴの表面を保護しているだけではなく,他の 生物種に物質認識を介した作用を与えていると考えられる.事実,本年度深見らは,サンゴ近傍の粘液を含む海水 中と,サンゴから離れた海水中では同じ海域にありながら微生物群集の組成が異なっていることを見出している.また, サンゴ食貝類では,サンゴの種によりそれを捕食する貝種に偏りがあることが観察されており,これらの貝におけるサ ンゴ種の認識にも関与している可能性がある.サンゴ食魚類においても同様の偏好が認められることも,同じ理由かも しれない.また、一昨年度の研究で,クシハダミドリイシ, スギノキミドリイシには陸上動物には認められない特異な糖 鎖である D 型のアラビノースを含む糖鎖が含まれており,これらの糖鎖はサンゴあるいは刺胞動物を特徴づけるもの である可能性が高いと述べたが、エンタクミドリイシのムチン質には D 型のアラビノースそのものが検出されず、多くの 10 糖鎖は Gal を末端に有していることが判明した。同海域に生息する近縁種の間でこのように大きな差異が認められる ことから、ムチン質糖鎖の変位はかなり大きなものであることが推定される。3 種のミドリイシ類のムチン質は、全て Fuc の含有量が高いが、糖鎖の切り出しの結果得られたオリゴ糖類には検出されていない.この理由としては,Fuc 含有 糖鎖が O-結合型でないことが推定される。一部のムチンには N-結合型と O-結合型の糖鎖が混在していることが知ら れており、サンゴのムチンにも N-結合型糖鎖の存在が示唆される. 〔具体的データ〕 高知県大月町西泊の水深 1~2m のサンゴ群落海域で,クシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus),スギノ キミドリイシ(A. formosa),エンタクミドリイシ(A. solitaryensis)を採取し,有機物質を含まない人工海水 中に放置したサンゴから分泌された粘液を含む海水を回収し,透析を繰り返すことでムチン質を含む高分子 画分を得た.各粘液高分子成分について,組成分析を行うとともに,それぞれのサンゴで最も収量の多い画 分を用いて,ムチン質からの糖鎖の切り出しを行い糖鎖の微細構造について検討した.オリゴ糖鎖は,糖タ ンパクをアルカリ条件下水素化ホウ素ナトリウムで処理することで,還元末端をアルジトールアセテートに 還元しつつ Thr または Ser との間のグリコシド結合のみを選択的に切り出せることが知られている.そこで この反応を粘液糖タンパクに適用し,オリゴ糖糖 鎖の切り出しを試みた.その結果糖鎖のほぼ8 0%以上を切り出すことに成功した.切り出した オリゴ糖鎖については,逆相系 HPLC により分画 を行った後,イソプロピルアミノ系のカラムによ り精製しオリゴ糖鎖を単離することに成功した. これらを,完全メチル化体に誘導し,加水分解後 アルジトールアセテートに変換し,GC-MS による 分析を行った.あわせて,切り出したオリゴ糖を GalNAcβ−(1-2) Man-ol GalNAcβ−(1-2) Galβ−(1-4) Man-ol GalNAcβ−(1-2) Galβ−(1-4) Man-ol D-Arafα−(1-3) GalNAcβ−(1-2) D-Arafα−(1-3) GalNAcβ−(1-2) GalNAcβ−(1-6) Galβ−(1-4) GalNAcβ−(1-2) Man-ol D-Arafα−(1-3) GalNacβ−(1-6) GalNAcβ−(1-4) D-Arafα−(1-3) Man-ol GalNAcβ−(1-2) Man-ol GalNAcβ−(1-6) Man-ol GalNAcβ−(1-2) GalNacβ−(1-6) GalNAcβ−(1-2) Man-ol Galβ−(1-4) Man-ol GalNAcβ−(1-6) クシハダミドリイシ粘液ムチンの糖鎖構造 直接 LC-MS で解析した結果を合わせ,糖鎖の構 造解析を行った。 〔研究業績〕 1) 原著論文:T. MIYA, K. OHTANI, S. SATOH, Y. ABE, Y. OGITA, H. KAWAKITA, H. HAMADA, Y. KONISHI, S. KUBOTA, A. TOMINAGA. “Inhibitory effects of edible marine algae on degranulation of RBL-2H3 cells and mouse eosinophils”, Fisheries Science, 74, 1157-1165 (2008). 2)著書・総説:なし ① 3)学会発表 大谷和弘「サンゴ粘液とは何か -サンゴムチン質の構造とその特徴-」第 15 回 高知大学部局 間合同研究発表会,高知大学医学部(南国市) ,2009 年 1 月 28 日. ② 大谷和弘「サンゴの粘液のはなし」高知大学シンポジウム『サンゴの海の保全を考える:黒潮圏の フィールドから』高新文化ホール(高知市),2009 年 3 月 8 日. 4)報道 「サンゴの海を守ろう ② 「堆肥でサンゴに悪影響 高知大あすシンポ」『高知新聞』2009 年 3 月 7 日朝刊. ① [外部資金] 高知市でシンポ 再生方法さぐる」『高知新聞』2009 年 3 月 9 日朝刊. 学長・部局長裁量経費(2件) 11 1,000 千円 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 1B:サンゴ粘液の抗菌作用とサンゴの白化・疾病防除機構との関係 〔要約〕 サンゴ体内に共生する褐虫藻Symbiodinium spp.は赤潮原因藻に比較的近縁な渦鞭毛藻種である.富栄養化 した内湾に広く分布している渦鞭毛藻殺滅細菌が貧栄養なサンゴ群生海域においても分布していれば,褐虫 藻の生理・生態に何らかの影響を及ぼしていることが考えられる.そこで本研究では,サンゴ群生海域にお ける褐虫藻殺滅細菌の分布を調べ,サンゴの白化原因の一つとしての可能性について考察した. 高知県大月町のサンゴ群生海域から海水試料を採取し,現場のサンゴから集藻した褐虫藻および Symbiodinium標準株を用いたバイオアッセイ法により褐虫藻殺藻細菌の分布を調べた.また分離した殺藻細 菌を用いて,褐虫藻の増殖に対する影響を調べた. その結果,貧栄養なサンゴ群生海域においても褐虫藻殺滅細菌が生息しており,内湾よりは少ないものの, その分布密度は最大で 3-5 x102 cells/L であり,夏季に増加する傾向にあることが分かった.現場海水から 褐虫藻の増速を阻害する細菌株が約 20 株分離された.そのうち 3 株は,細菌接種後 4-5 日で褐虫藻の初期密 度の約 80%を殺滅することが分かった.また水槽で飼育した健康なサンゴに殺藻細菌を接種したところ,温 度ストレスを与えかつ殺藻細菌を添加した実験区でのみ 2 週間以内に白化が観察された.これらの結果から, サンゴの白化は環境ストレスと褐虫藻殺滅細菌との複合的な作用であることが示唆された. 所属 専門 高知大学 海洋微生物生態学 連絡先 海洋環境保全学 担当者 088( 844 )8721 深見公雄 備考 [email protected] 〔背景・ねらい〕 サンゴ礁海域は,生物の多様性が高く,しかも生物量も多いことから,海洋環境保護のシンボル的な存在 となっている.しかしながら近年,サンゴ体内に共生する褐虫藻が何らかの原因により離脱する白化や疾病 等によるサンゴ礁の衰退が大きな問題となっている.サンゴ 体内に共生する褐虫藻 Symbiodinium spp.は赤潮原因藻に比 較的近縁な渦鞭毛藻種である.もし,富栄養化した内湾に広 く分布している渦鞭毛藻殺滅細菌が貧栄養なサンゴ群生海域 においても分布していれば,褐虫藻の生理・生態に何らかの 影響を及ぼしていることが考えられる.そこで本研究では, サンゴ群生海域における褐虫藻殺滅細菌の分布を調べ,サン ゴの白化原因の一つとしての可能性について考察した. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 Fig. 1. 大月町のサンゴ群生定点付近(表層および底層) 高知県大月町のサンゴ群生海域から海水試料を採取し, における褐虫藻殺滅細菌の分布密度とその季節的変動. 現場のサンゴから集藻した褐虫藻を用いたバイオアッセイ 法により褐虫藻殺藻細菌(以下殺藻細菌)の分布を調べた.その結果,貧栄養なサンゴ群生海域においても殺 藻細菌が生息しており,その分布密度は,内湾における殺藻細菌の 103-104 cells/L よりは少ないものの,最 大で 3-5 x102 cells/L であり,夏季に増加する傾向にあることが分かった(Fig. 1). 12 現場海水から褐虫藻の増速を阻害する細菌株が約 20 株分 離された.そのうち 3 株は,細菌接種後 4 ないし 5 日で褐虫 藻の初期密度の約 80%を殺滅することが分かった(Fig. 2). しかしながら,同様の実験を褐虫藻の標準株 Symbiodinium goreaui CCMP 2466 株を用いて行ったところ,殺滅される褐 虫藻はせいぜい 10%程度であり,殺藻細菌の殺滅効果は褐 虫藻の株によって大きく異なることが明らかとなった.最も 強い殺滅効果を示した 1B 株の 16SrRNA 塩基配列を調べたと こ ろ , 本 菌 株 は γ -proteobacteria の 一 種 で あ り , Pseudoalteromonas rutenica clone JIU-49 (EF370477)株と 95%の相同性を持つことが明らかとなった. そこで水槽で飼育した健康なサンゴに上記の殺藻細菌 1B 株を接種したところ,温度ストレスを与えかつ殺藻細菌を添 加した実験区でのみ 2 週間以内に白化が観察された(Fig. 3). これらの結果から,サンゴの白化は環境ストレスと褐虫藻殺 滅細菌との複合的な作用であることが示唆された. Fig. 2. Acropora formosa 体内から集藻した褐虫藻 に 5 株の殺藻細菌をそれぞれ接種したときの,培養 108 時間後の褐虫藻の状態.黒:健康な褐虫藻,白: ダメージを受けた褐虫藻. 〔研究業績〕 1)原著論文:Keshavmurthy, S., K. Fukami, and E. Nakao. 2007. Algicidal bacteria in a high-latitude coral community and their effect on zooxanthellae (Symbiodinium spp.) isolated from the coral Acropora formosa. Galaxea, JCRS, 9: 13-21. 2)著書・総説:なし 3)学会発表:Keshavmurthy, S., K. Fukami, and K. Mukaimoto. Characterization of bacteria from the mucus and tissue of corals in a high-latitude coral community. 日本サンゴ礁学会 静岡県 2008 年 11 月 22 日 4)報道:なし Fig. 3. サンゴ A. formosa に殺藻細菌 1B 株を接 [外部資金] 種して飼育した場合の白化を起こしたサンゴ部位 該当なし 30℃,3:細菌添加・25℃,4:細菌非添加・25℃. の割合.1:細菌添加・30℃,2:細菌非添加・ 13 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 1C:海洋生物の疾病に対する病原因子の解明 〔要約〕イリドウイルスはアジア太平洋地域を中心に、養殖魚の大量斃死を引き起こす深刻なウイルス感染 症である。新規イリドウイルスの多様化が同ウイルス科において注目されているなか、多様化したイリドウ イルス種の特性は、これまでに形質特性よりも遺伝的多様性に注意が向けられており、両生類由来、魚類由 来および昆虫由来などのごく限られたイリドウイルスを除いて、ウイルス特性(生物学的活性:病原性)は 明らかとされていない。そこで、本研究では西日本の養殖場由来の 2 魚種から分離した 3 株のイリドウイル スの詳細な特性を調べた。その結果、3株ともに共通の病原性が認められる一方で、全く異なる病原性も見 出された。本研究の結果、今後、本ウイルスの感染制御を行う上では、形質特性を考慮に入れた遺伝的多様 性の研究が重要であることを示した。 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 病原微生物学 連絡先 担当者 088(864)5214 [email protected] 大嶋俊一郎 備考 〔背景・ねらい〕 メガロサイティウイルス属ウイルスは、宿主である魚の組織中に異形肥大細胞を形成させ、野生魚および養殖魚に 大量斃死を引き起こす。日本では、海面養殖においてメガロサイティウイルス属に分類される RSIV の流行により、甚 大な損失を蒙っている。RSIV は 1990 年、四国・高知の養殖マダイで初めて分離された。アジア諸国では、淡水魚お よび海水魚を含む 100 魚種以上から多くの異なる魚類イリドウイルスの分離が報告されている。RSIV は、ヌクレオチ ドシークエンスに基づく解析により、東南アジア原産の熱帯魚由来のイリドウイルスと遺伝的に近縁であることが知られ ている。日本では、RSIV の感染が確認される養殖魚が年々増加しており、また、遺伝的および形質的なイリドウイル スの多様化が示唆されている。そこで、本研究では、西日本の養殖場由来の 2 魚種から分離した 3 株の RSIV の詳 細な特性を調べた。また、我々は in vitro および in vivo の両面から、特に、3 つの分離株の生体内での遺伝的定量、 形質的相違についても検討した。 〔成果の概要〕 我々は、西日本の異なる養殖場由来の罹患魚から分離した 3 株について、遺伝的相違、或いは in vivo および in vitro での病原性についての特性の相違を精査した。これら 3 つの分離株の MCP(ウイルス粒子構成主要タンパク) コード領域の塩基配列は、中国で分離された OSGIV および韓国で分離された RBIV と全く同様であり、系統解析に よっても当然区別されない。PCR-RFLP を実施した結果、3 つの分離株は区別することが可能であり、これまでに示 唆されている遺伝多様性の存在を改めて裏付けた。in vitro での実験の結果、これら 3 つの分離株には複製効率お よび病原性に明確な差異が認められ、ウイルス粒子出現のタイミングもこれらに準ずる結果を得た。マダイ由来である U-1 および U-6 は、マダイ由来細胞である CRF-1 細胞への接種において高い複製効率および高い病原性を示した。 対して、ブリ由来である KST-Y-1 は総じて低い活性を示した。 本研究の結果、今後、本ウイルスの感染制御を行う上では、単に遺伝的多様性を追いかけるのではなく、形質特性 を考慮に入れた遺伝的多様性の研究がさらに重要であることを示した。 14 〔具体的データ〕 近年、アジアを中心に流行するメガロサイティウイルスは共通した祖先ウイルスから発展したと示唆されている。さ らに、近年新たに分離されたウイルスは極めて近く共祖先を持つとも示唆されている。なにより、イリドウイルスは変異 性が高いウイルスであると示唆されてきた。本研究で我々は、異なる養殖場由来の罹患 2 魚種から分離したウイルス について、異なる遺伝子、異なる特性を持つことを明らかとした。加えて、これら異なる特性を持つウイルスは、同じ宿 主に感染することが可能であり、また、一つのウイルス分離株が異なる宿主に感染することも可能であることを示した。 同様の事例は、オオクチバスウイルを用いた試験で示されている。これらの結果から、「環境中には、複数の異なる特 性を持つ感染性メガロサイティウイルスが存在する」と仮定するのは決して飛躍ではない。いわば、多様な感染性のメ ガロサイティウイルスが、異なる宿主、異なる症状、異なる規模での発症を導いていると考えられる。しかしながら、この 仮定を立証するには更なる研究が必要である。イリドウイルス全般として、機能が同定される遺伝情報は少なく、宿主 選択機構は全く明らかとなっていない。今後は、個々の感染事例について、その詳細を検討することが望まれる(詳 細は別添の資料 1-1 を参照)。 〔研究業績〕 1)原著論文 ① Repeatable immersion infection with Photobacterium damselae subsp. piscicida reproducing clinical signs and moderate mortality. Ichiro NAGANO , Seiko INOUE , Kenji KAWAI AND Syun-ichirou OSHIMA Fisheries Science in press (2009). ② Phenotypic Diversification of Infectious Red Seabream Iridovirus -Characterization of Pathogenic RSIV Isolated from Cultured Fish in Japan. Hajime Shinmoto, Ken Taniguchi, Takuya Ikawa, Kenji Kawai, Syun-ichirou Oshima Applied and Environmental Microbiology in press (2009). 2)著書・総説:「対数増殖期の菌体を用いた冷水病ワクチンの開発」 大嶋俊一郎 アクアネット 4 号 22-26(2008). 3)学会発表 ① 井川拓也、今城雅之、大嶋俊一郎「ゼブラフィッシュ初代培養細胞のマダイイリドウイルス感受性について」日本 ウイルス学会(2008年:岡山) ② 今城雅之、平山健史、大嶋俊一郎「2006年に高知県の養殖ブリから分離された病原性アクアビルナウイルスに ついて」日本ウイルス学会(2008年:岡山). ③ 新元一、井川拓也、大嶋俊一郎「感染性魚類イリドウイルスの多様性―海面養殖における罹患魚から分離した 魚類イリドウイルスの特性」日本ウイルス学会(2008年:岡山). ④ 井上靖子、川合研児、永野一郎、大嶋俊一郎「ブリ類結節症の感染成立に関わる原因菌の性状」日本水産学 会(2009年:東京). ⑤ 山本剛、川合研児、大嶋俊一郎「ヒラメ滑走細菌症の実験感染法の確立」日本水産学会(2009年:東京). 4)報道:なし [外部資金] ① 「有機酸を用いた魚類感染症予防に関する研究」ダイセル化学工業 170万円 ② 「新規ワクチンの開発に関する基礎的研究」日本水産株式会社 50万円 ③ 「新規魚類飼料開発に関する研究」日本水産株式会社 190万円 15 平成 20 年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 1D:サンゴ群集生態系の保全と持続的利用に関わる社会・経済的手段の検討 〔要約〕鹿児島県与論島のサンゴ礁劣化の要因として、さとうきび農業の化学肥料や家畜排せつ物による地下水・ 海域の富栄養化が大きく関連している可能性が高いことを示し、この問題の対処には地域社会による生態リスク管理 という行き方が有効であることを論じた。その上で、農業環境政策によりそのような行き方をバックアップする方策を検 討した。また、フィリピン・ビコール地方サンミゲル島の海洋保護区(及び背後の地域社会)について調査しその概要 を明らかにすると共に、海洋保護区の価値の経済評価を行った。そして、このような評価の手法として、通常の WTP を用いた CVM よりも WTW を用いた CB の方が適切である可能性があることを示した。 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 環境経済学 対象 担当者 088(844)8251 [email protected] 新保輝幸 備考 〔背景・ねらい〕 造礁サンゴ群集とその関連生態系(以下サンゴ群集生態系)は、熱帯・亜熱帯の浅海域の生物多様性・生物生産性 の基盤とも言える地位にあり、自然界におけるその重要性が多くの論者によって指摘されている。翻ってサンゴ群集 生態系の人間社会にとっての意味を考えると、水産資源の涵養や遺伝資源としての価値、学問・教育上の価値のみ ならず、そこに生息する多様な生物は多くの訪問客を惹きつける。特に近年、我が国においてスキューバ・ダイビング をはじめとする海洋性レジャーが盛んになるにつれて、サンゴ群集生態系の生物多様性はレクリエーション資源として の重要性を増している。多くのダイバーがサンゴの海を訪れ、それらの地域ではダイビング関連産業が地域にとって 大きな地位を占めるようになった。 サンゴ礁劣化の原因として高水温による白化現象やオニヒトデの食害が人口に膾炙しているが、土木工事や農畜産 業・生活起源の物質の陸域からの流入もまた大きな問題になるのである。その他にも、漁業や観光産業等による過剰 利用、埋め立て工事、破壊的漁業やサンゴ採集等、世界各地で人間活動に起因するサンゴ群集生態系の劣化が起 こり、海域の生物多様性がダメージを受けている。 このような状況を受け、世界各地で政府や NPO/NGO によるサンゴ群集生態系の保全を目的とした取組を展開さ れている。たとえばフィリピンでは、海洋保護区(Marine Protect Area; MPA)が政府の主導で各地に設立されてい るし、わが国においても、環境省の自然再生事業の枠組でサンゴの保全・再生の試みが始まっている。 しかしながら、サンゴ群集生態系の保全には、自然科学的な側面からの研究とそれに基づいた対策のみでは不十 分である。サンゴの海は、ある意味誰もが自由に利用できるオープン・アクセス資源としての側面を持ち、過剰な利用 によって資源が荒廃しやすい。また絶海の無人島でもない限り、利用しなくとも人間活動の影響によって資源が劣化 しやすい。このような資源を持続的に利用していくためには、資源の状態を常にモニタリングし、資源が荒廃しないよう 調整を行う社会的な仕組みの存在が望まれる。 そこで本課題では、サンゴ群集の発達した海域の自然生態系と人間活動の関係の実態を把握し,生態系の保全と 持続的利用を進めるためにはどのような対策が必要かを、自然科学者と連携して科学的根拠に基づき考察する。そ のために、サンゴ群集生態系の過剰利用や劣化、利用主体間のコンフリクトが問題になっている地域(およびそのよう な問題をうまく解決しつつある地域)においてフィールドワークを行い、現地の実態を把握する共に、望ましい利用調 整と保全のあり方を検討する。 16 〔成果の概要〕 1. 前年度までに、鹿児島県与論島のサンゴ礁劣化の要因について、研究グループを組織して自然科学・社会科学 の両面から調査・分析し、さとうきび農業の化学肥料や家畜排せつ物が地下水や海域を富栄養化させており、サンゴ 礁の劣化とも大きく関連している可能性が高いことを明らかにすると共に、農水省の農地・水・環境保全向上対策がさ とうきび農業に関わるこのような外部不経済の削減に関して有効に働いていないことを明らかにし(新保①)、農業環 境政策によってこの問題へ対処する方策を検討した(新保②、新保 0、新保①)。これら一連の論文の中で、地域社 会による生態リスク管理という考え方を打ち出し、国の政策による対処には限界があり、地域社会のステークホルダー の合意に基づく自主的取組(Voluntary Approach)により環境負荷を削減していくことが重要であることを指摘した。 そのような観点から、この問題に対処するために与論町で立ち上げの準備が為されている「海の再生協議会(仮称)」 の準備委員会に 2 度出席し(2008 年 6 月、2009 年 3 月)、問題提起や助言を行うなどして、サンゴ礁保全に対する 地域住民の合意形成の支援を行った。 2. サンゴの海の経済価値の評価手法の検討・開発と実際の適用を行った。すなわち、フィリピン・ルソン島南部ビコ ール地方のサンミゲル島において、現地ビコール大学の協力を受け、訪問面接によるアンケート調査を実施し、仮想 状況評価法(Contingent valuation Method; CVM)による支払意思額(Willingness to Pay; WTP)、および仮想 行動評価法(Contingent Behavior; CB)による労働意思量(Willingness to Work)の二種類のアプローチによって 当地の海洋保護区の価値を評価し、比較検討した。その結果、フィリピンのような発展途上国では労働市場が不完備 という状況があり、時間に対する選好と比較して貨幣に対する選好が高く、WTW の貨幣換算分と比べると WTP が過 少に表明されている可能性があるということを指摘した。このような場合、 通常用いられる WTP を用いた CVM による 評価よりも、適切な形の労働が貢献(contribute)の手段として用いられる限りにおいて、WTW を用いた CB による評 価の方が望ましいと考えられることを明らかにした。さらにボランティア労働方程式の推定による WTW の規定要因の 分析を通して、労働の種類によっては、評価対象に対する選好や貢献(contribute)意思とはあまり関係なく忌避され る可能性があることを明らかにし、WTW による評価の場合は、WTP の支払手段にあたる労働の種類(あるいは貢献 (contribute)手段)の選択に関して、より現場の状況を考慮し適切な調査設計を行う必要があるという点を指摘した。 (新保他④、またこの結果は論文として取りまとめ『二〇〇九年度日本農業経済学会論文集』に投稿中。) 3. 上記のフィリピン・サンミゲル島での現地調査を元に、現地の海洋保護区の概要を取りまとめた。また、現地ビコー ル大学の協力を受け、地域住民に対する訪問面接によるアンケート調査を実施して、海洋保護区の背後にある地域 社会の社会・経済状況についてデータを収集し、その概要を祖述した。その上で、海洋保護区の成否に大きな影響 を及ぼす漁業者の漁場選択行動や MPA に関する意識を分析した。(新保他③) 〔研究業績〕 1)原著論文 ① 新保輝幸「鹿児島県与論島におけるサンゴ礁保全と地下水等の富栄養化問題―サトウキビ農業に注目して―」 『農林業問題研究』44(1), pp.72-78, 2008(査読有). ② 新保輝幸「地域社会による生態リスク管理と農業環境政策-鹿児島県与論島のさとうきび農業とサンゴ礁保全 -」『二〇〇八年度日本農業経済学会論文集』, pp.32-39, 2008(査読有). ③ Morooka, Y., R. G. Bradecina, T. Shinbo, Y. Iiguni and C. C. Launio, "Marine policies for the protection of the coastal environment in the Philippines -with reference," Kuroshio Science, 2(1), 93-102, 2008(査読有). 2)著書・総説 ① Shinbo, T., "Rethinking the sea as commons- from a case of the "Coral Sea" of Kashiwajima Island, 17 Kochi, Japan-," Kuroshio Science, 2(1), pp.77-83, 2008. ② 新保輝幸「地域社会による生態リスク管理の可能性」『京都だより』2008 年 9 月号(No.386), 7-10, 2008. 3)学会発表 ① 新保輝幸「地域社会による生態リスク管理と農業環境政策-鹿児島県与論島のさとうきび農業とサンゴ礁保全 -」2008 年度日本農業経済学会大会, 宇都宮大学(宇都宮市), 2008 年 3 月 28 日, 2008. ② 新保輝幸・Cheryll C. Launio・諸岡慶昇「フィリピン・ビコール地方 サンミゲル島の海洋保護区(MPA)の現状と 課題」第 58 回地域農林経済学会大会, 神戸大学農学部(神戸市), 2008 年 10 月 25 日, 2008. ③ 新保輝幸・Cheryll C. Launio・諸岡慶昇「フィリピン・ビコール地方サンミゲル島の海洋保護区(MPA)の経済評 価-労働意思量(WTW)と支払意思額(WTP)の比較-」2009 年度日本農業経済学会大会, 筑波大学(つくば 市), 2009 年 3 月 29 日, 2009. 4)報道 ① 「サンゴの海を守ろう 高知大あすシンポ」『高知新聞』2009 年 3 月 7 日朝刊. ② 「堆肥でサンゴに悪影響 高知市でシンポ 再生方法さぐる」『高知新聞』2009 年 3 月 9 日朝刊. [外部資金] ① 新保輝幸(研究分担者)「臨界自然資本の識別による環境リスク管理」(研究代表者:浅野耕太(京都大学))文科 省科研費 特定領域研究「持続可能な発展の重層的ガバナンス」, 2006-11 年, 6 年間で 6540 万円(平成 20 年 度 1170 万円、うち新保への分担金 60 万円). ② 新保輝幸(連携研究者)「黒潮沿岸における海中林保全メカニズムの再検討―保護区の再生機能と住民の共同 ―」(研究代表者:奥田一雄(高知大学))文科省科研費 基盤研究(B), 2008-10 年, 3 年間で 1550 万円(平成 20 年度 370 万円、うち分担 300 千円). 18 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 2A:河川と土佐湾での生物生産力との関係(河口域~海域) 〔要約〕 近年,四万十川において漁獲量が激減しているアユの初期生活史について重点的に調査を行った結果,産 卵場の空間的変動,海域での仔魚の分散などが明らかになった.また,四万十川における特異な河口域での 分布も例年通り続いてはいるが,その密度はかなり減少している傾向にあった. 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 水産生物学 担当者 856-0633 連絡先 木下 泉 備考 〔背景・ねらい〕 本調査研究では、① 四万十川・仁淀川・物部川沖でアユ仔稚魚の減耗と生き残り.② 四万十川とその地先 沿岸を中心に栄養塩と Chl.a の分布とその季節変化の把握,さらに河川が沿岸域に及ぼす影響の評価.さら に,これらを四万十,仁淀および物部川間で比較し,土佐湾での海洋生物生産の高さの要因を明らかにする. ③ 開放的な土佐湾の特異性を見出すために,土佐湾と同様,多くの河川が流入するが閉鎖的な有明海と生物 生産力について比較する. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 本年度は、四万十川におけるアユの産卵場の位置、規模(面積)等を把握し、過去の調査事例等との比較 により、近年における産卵場の変化および現状を評価するため、①アユ産卵調査、②アユ生育場調査、③ア ユ浮游期仔魚調査を実施した。以下では3調査の結果について概要を紹介する(詳細は本報告書の『研究資 料 2-1』を参照) 。 ①アユ産卵調査 11 月、12 月とも小畠と大墜の 2 地点の早瀬で産卵場が確認された。 産卵場の総面積は、11 月では約 2600m2、 12 月では約 3000m2 となり、12 月においてやや拡大した。このうち、小畠では上流と下流の 2 ヵ所に産卵場 が形成され、上流に比べて下流の産卵場が広かった。地点別にみると、11 月では小畠の産卵場が圧倒的に広 かったが、12 月には大墜の産卵場が大きく広がり、小畠のそれを上回った。 四万十川での過去の調査例によると、大墜より上流の大浦、平元、佐田においても産卵が確認されており、 本年はこれら上流の瀬で産卵が確認できなかった点が特徴的である。また、最下流の不破でも産卵を確認で きなかった。 ②アユ生育場調査 アユ仔稚魚は 11 月調査時に 114 尾(10.4 尾/50m) 、12 月に 1548 尾(147.4 尾/50m)が採集され、12 月 に豊富であった。各地点での採集数(CPUE)をと、1 月調査時では河口左岸(St.1)での 35 尾が最多で、こ こより上流の地点では 0~3 尾と少なかった。これに対し、12 月調査時には全地点でアユ仔稚魚が採集され、 最多は河口域中央左岸(St.6)において 858 尾に達した。この他、河口右岸(St.2)や最上流地点(St.7)でも それぞれ、113 尾、70 尾と比較的豊富に採集され、アユ仔稚魚が河口内のほぼ全域に広く分布している状況 19 が確認された。採集されたアユの体長は 11 月調査時が 6.5~17.0 mm(平均 12.3 mm)、12 月が 11.0~23.9 mm(平均 18.4 mm)の範囲にあり、後者で大きく、河口内で成長している状況が確認できた。 体長組成をみると、11 月には体長 6~8mm と 14~16mm を中心とする 2 峰が認められ、前者がふ化後間 もない流下群、後者が河口内に接岸したグループであると想像される。その後、これら接岸群が 12 月にかけ て増加するとともに成長したと推察される。 ③アユ浮遊期仔魚調査 接岸前のアユ浮遊期仔魚の密度を月別および定点別に表 3-1 に示す.2008 年度では,10 月から河口内・ 外とも出現し,昨年と同様に,本年度では産卵が 10 月から始まったことを示している.さらに,仔魚の分布 密度は,過去 3 年間と比較すると,河口内・外とも 11 月と 12 月の間ではさほど差はみられず,また最も低 い傾向にあった.このことは,本年度のアユの産卵が,顕著なピークを持たず,10 月から 1 月まで長く行わ れることを示している. 〔研究業績〕 1)原著論文 ①布部淳一・木下泉・指田穣・村田修.2008. 土佐湾におけるイサキ仔魚の分布生態.水産海洋研究,72(2): 83-91. 和吾郎・木下泉・深見公雄.2008. 四万十川から供給される栄養塩が土佐湾西部沿岸海域の栄養塩分布と基礎生産 の季節変化に及ぼす影響.海の研究,17(5): 357-369. ②Yagi, Y., I. Kinoshita, S. Fujita, H. Ueda & D. Aoyama. 2009. Comparison of early life histories between two Cynoglossus larvae in the inner estuary of Ariake Bay. Ichthyol. 図 3-1 沖合定点図 ③ Nunobe, J. & I. Kinoshita. Larvae of Diagramma pictum Res.(印刷中) (Haemulidae) from Tosa Bay. Ichthyol. Res. (印刷中) ④Yagi, Y., N. Kodon, I. Kinoshita & S. Fujita. Does the conger eel, Conger myrister, complete metamorphosis in river ? Ichthyol. Res. (投稿中) 2)著書・総説:該当なし 3)学会発表 ①八木佑太・木下泉・上田拓史・藤田真二・久野勝利.有明海湾奥部河口域におけるニシン目 3 種(エツ,ヒラ,サッ パ)仔稚魚の分布および食性の比較.2008 年度日本魚類学会年会,松山,2008 年 9 月 22 日. ②布部淳一・木下泉・上田拓史.土佐湾におけるイサキ仔魚の鉛直分布.2008 年度日本魚類学会年会,松山,2008 年 9 月 22 日. ③岡慎一郎・平賀洋之・木下泉.黒潮の接岸する足摺岬周辺海域に出現する浮遊期仔魚.2008 年度日本魚類学会 年会,松山,2008 年 9 月 22 日. ④木下泉・八木佑太・後藤晃・横山良太・V.G. シデレワ.バイカル湖における遊泳性カジカ類固有種の仔魚.2008 年 度日本魚類学会年会,松山,2008 年 9 月 22 日. ⑤涌井海(木下指導).土佐湾における河川産アユの母川回帰性.2008 年度日本魚類学会シンポジウム「アユの初 期生活史の多様性と地理的変異を探る」,松山,2008 年 9 月 23 日. ⑥Yagi, Y., I. Kinoshita, S. Fujita, H. Ueda & K. Kuno. Importance of the bottom part estuary for fish nurseries in Ariake Bay. 5th World Fish. Congr., 横浜,2008 年 10 月 24 日. ⑦Yagi, Y., I. Kinoshita & S. Fujita. Fish larval community in Ariake Bay, being the largest and brackish inlet along the Tsushima Current, branch of the Kuroshio, in Japan. Inter. Symp. Kuroshio Studies, 高雄, 台湾, 2008 年 12 月 20 1 日. ⑧木下泉・八木佑太・後藤晃・横山良太.バイカル湖における沖合性カジカ類の仔魚.第 30 回稚魚研究会,仙台, 2008 年 12 月. ⑨布部淳一・木下泉.土佐湾におけるコロダイ仔魚の形態.第 30 回稚魚研究会,仙台,2008 年 12 月. ⑩八木佑太・木下泉・上田拓史・藤田真二.有明海におけるイヌノシタ属近縁 2 種仔稚魚の初期形態の比較.第 30 回稚魚研究会,仙台,2008 年 12 月. ⑪涌井海・木下泉.高知県におけるアユ仔魚の生残の河川間比較.第 30 回稚魚研究会,仙台,2008 年 12 月. ⑫Yagi, Y., I. Kinoshita & S. Fujita. Fish larval community in Ariake Bay, being the largest and brackish inlet in Japan. Intern. Larval Fish Workshop, 国立科博,東京,2009 年 3 月. ⑬Kinoshita, I. Larvae of pelagic sculpins in the deepest lake. Larval Fish Workshop, 国立科博,東京,2009 年 3 月. ⑭木下泉.バイカル湖における遊泳性カジカ類固有種の仔魚.12th 水産技術研究報告会,高知県水産試験場,須 崎,2009 年 3 月. ⑮涌井海(木下指導).土佐湾でのアユの母川回帰性と河川間の初期生態の比較.12th 水産技術研究報告会,高知 県水産試験場,須崎,2009 年 3 月. 4)報道 ①高知新聞,2008.1.19「アカメ長距離を移動!?」,木下泉 ②毎日新聞,2008.10.8, 「研究の現場から:アカメの生態明らかに」,木下泉 [外部資金] ①2006-2008. 西日本科学技術研究所,共同研究,土佐湾における魚類再生産に関する研究,750 千円 ②2006-2008. 国際協力事業団,外国人集団研修,資源培養のための栽培漁業コース,22,500 千円 ③2008-2010. 平成 20 年度科学研究費補助金(基盤研究(C)):諫早湾締切・干拓は本当に有明海異変を引起 したのか? 4,180 千円. 21 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 2B:四万十川河口汽水域におけるカイアシ類群の生態学的解明 〔要約〕 四万十川河口域でクロロフィル量と動物プランクトンの間に強い正の相関があることを明らかにし,河口 域に流れ込む栄養塩が植物プランクトンを増やし,それを餌として増える動物プランクトンが増えることが 考えられた。 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 プランクトン学 担当者 856-2553 連絡先 上田拓史 備考 〔背景・ねらい〕 これまで行った研究では,アユなどの仔稚魚の主要な餌となる河口域の動物プランクトン密度は季節的に 大きく変動することが明らかになった.一時的な変動の要因としては,降水や 2005 年に起こった河口砂嘴の 消失によるプランクトンの流出が考えられたが,長期的変動は流域の栄養塩の増減,それに起因する河口域 植物プランクトンの増減,それを餌とする動物プランクトンの増減という生態系の変化が想定される.ここ では,その変化を検証するために,四万十川下流汽水域において栄養塩によって増減する植物プランクトン と,それを餌とする動物プランクトンの関係性を調べた. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 四万十川河口から 2.3 km と 4.5 km 上流の 2 点で,採水器を用いた層別採集によって得た試料の動植物プ ランクトンを分析し,同時に行った CSTD による水温,塩分,クロロフィル量の測定値との比較を行った。 採集は水面から 0.5 m 間隔で底近くまで行い,動物プランクトンは 10 リットルの水を目合 37 µm のネット で濃し集め,植物プランクトンは 0.1 リットルの水を沈殿して集めた。植物プランクトン細胞数では微小ベ ン毛藻が圧倒的に多く(平均 70%) ,動物プランクトン個体数ではカイアシ類が 92%を占めた。クロロフィ ル量と植物プランクトン細胞数,クロロフィル量と動物プランクトン個体数,クロロフィル量とカイアシ類 個体数の関係についてすべて p < 0.001 の高い正の相関が見られた(U 検定) 。このことから,四万十川河口 汽水域のクロロフィルは主に植物プランクトンによるものとみなされ,栄養塩レベルが高いほど植物プラン クトンが増え,仔稚魚の餌となる動物プランクトンが多くなることが考えられる。したがって,河口砂州が 存在することにより,河口内汽水域の水の停滞,富栄養化がおこり,河口内の仔稚魚の餌環境を良くなると 考えることができる。 〔具体的データ〕 クロロフィル量と植物プランクトン細胞数およびカイアシ類個体数の関係を以下の図に示す。 22 〔研究業績〕 1)原著論文:該当なし 2)著書・総説:該当なし 3)学会発表 ①坂口穗子・上田拓史・東健作・平賀洋之:強い躍層がある四万十川河口汽水域におけるカイアシ類の鉛直 分布.2008 年日本プランクトン学会・日本ベントス学会合同大会,熊本県立大学,2008 年 9 月 5 日 ②坂口穗子・磯部健太郎・上田拓史・木下泉・東健作・平賀洋之:2006-2007 年の四万十川河口砂州の崩壊 と回復が感潮域カイアシ類群集に及ぼした影響.2008 年日本プランクトン学会・日本ベントス学会合同大会, 熊本県立大学,2008 年 9 月 5 日 ③戸田安衣子・上田拓史・木下泉:黒潮流域中深層における Stephos 属カイアシ類未記載種の優占.2008 年日本プランクトン学会・日本ベントス学会合同大会,熊本県立大学,2008 年 9 月 5 日 ④Sakaguchi, S., H. Ueda, S. Ohtsuka, H.Y. Soh, Y.H. Yoon and M. Tanaka:Brackish-water calanoid copepod faunas in western Japan in comparison with those in neighboring Korean waters. 10th International Conference on Copepoda, Thailand, 2008 年 7 月 15 日 4)報道:該当なし [外部資金:該当なし 23 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 2C:河口域におけるスジアオノリの生活史の解明(下流域~河口域) 〔要約〕四万十川河口域のスジアオノリの生育環境を調べる目的で水温、塩分、pH、栄養塩(溶存態無機窒 素、リン、ケイ素)濃度を毎月計測した。その結果、スジアオノリ生育域は河川水と海水が混じり合い、河口 部上流側でも塩分が激しく変動していることがわかった。栄養塩は河川から供給されており、満潮時より干 潮時のほうが高濃度になる傾向がみられた。スジアオノリ分布調査も実施したが、サンプル処理を現在も継 続中である。 所属 専門 自然科学系理学部門 海洋植物学 担当者 856-0422 連絡先 平岡雅規 備考 〔背景・ねらい〕 四万十川河口に生育するスジアオノリの生殖機構を明らかにする.そのために,スジアオノリ藻体から実験 室内で胞子を放出させ,性別判別を行うとともに,四万十川流域の無性および有性生殖の分布を明らかにす る.また,四万十川産スジアオノリにおける生殖型による分布を野外実験および室内培養によって解明する. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 スジアオノリの生育環境を把握するため、10 地点で 2008 年 6 月から 12 月まで、毎月の大潮時に、水温、 塩分、pH、栄養塩(溶存態無機窒素、リン、ケイ素)濃度を計測した。詳細は本報告書の『研究資料 2-2』に 譲るが、実験では海水の影響がほとんどないとみられる河川水地点(St1-4)と、スジアオノリの生育域であ り潮汐の干満によって海水の影響を大きく受け地点(St509)を定点とし,もう1地点を河口域外のコントロー ル(St10)として選定し、海水を採取した。また、平成 21 年 2 月 26 日から 3 月 1 日にスジアオノリ分布調査 を実施した。現在、データを解析してスジアオノリ分布図を作成中である。さらにこのとき、藻体長、幅、 分枝数、クロロフィル含有量、生殖型のデータを得るため、St5-9 からそれぞれ 50-60 個体のスジアオノリ を採集した。現在、採集されたサンプルを計測している。以下にこれまでに得られた生育環境データについ て述べる。 水温は7月と8月に最高となり、各定点で25.7-33.1℃であった。8月以降は徐々に下がり、12月には各定点 とも15℃を下回った。塩分はSt1-3では、ほとんどが0.1psu以下であったがSt4では15psuを超える高い値を示 す場合があり、竹島川ではかなり上流まで海水が流入していることがわかった。pHは平均7~7.6であり、St4 で低くなっていた。 無機態窒素濃度はSt3で高く平均62μmol/Lであった。リン酸塩濃度についてもSt3が高く1-6μmol/Lであっ た。このことから、中筋川が高濃度の栄養塩を四万十川河口域へ供給していることがわかった。ケイ酸塩に ついては各定点間で大きな違いは認められず、月変化もほとんどなかった。また、水温についてSt5-10では 干満に関わらず同様の月変化を示した。7月から8月に高い値となりその後、徐々に低下した。塩分について は河口域外のSt10を除き、干満で大きな変動がみられ、海水が流入する満潮時で高く、海水が引く干潮時で 24 低くなった。pHはSt5-9が平均7.5-7.9で変動し、上流のSt5,6でやや低い傾向が認められた。St10は8以上で 安定していた。 無機態窒素濃度については、6、9、10月で高濃度となり、満潮時より干潮時の方が高濃度であり、これは 河川水から栄養塩が供給されているためとみられる。リン酸塩についても同様に干潮時に高濃度となってい る。ケイ酸塩はSt10を除き、月変化や定点間の違いがあまりみられなかった。安定的な傾向は干潮時にみら れ、満潮時には低濃度になる月があった。これはケイ酸塩も河川水から供給されており、ケイ酸塩濃度が低 い海水が流入して薄められることを示している。 〔研究業績〕 1)原著論文 ① S. Shimada, N. Yokoyama, S. Arai & M. Hiraoka. 2008. Phylogeography of the genus Ulva (Ulvophyceae, Chlorophyta), with special reference to the Japanese freshwater and brackish taxa. Journal of Applied Phycology 20, 529-539. ② N. Oka, T. Sumida, M Hiraoka & M. Ohno. 2009. Effects of Fe(II) for tank cultivation of Ulva prolifera in deep seawater. Algal Resources 1, 63-66. ③ K. Okuda, K. Oka, A. Onda, K. Kajiyoshi, M. Hiraoka & K. Yanagisawa 2008. Hydrothermal fractional pretreatment of sea algae and its enhanced enzymatic hydrolysis. Journal of Chemical Technology and Biotechnology 83: 836-841 2)著書・総説:該当なし 3)学会発表 ①木下良作・平岡雅規・田口尚弘・富永麻里・富永明 藻類の血糖値降下作用と腸内細菌叢の変化.第 11 回 マリンバイオテクノロジー学会大会 2008 年 5 月 24―25 日 京都大学吉田南構内・吉田南総合館(北館) ②平岡雅規 食用海藻の集約的生産技術.2008 生態工学会年次大会 2008 年 6 月 19-20 日 東京大学弥 生講堂一条ホール ③平岡雅規・田井野清也・田中幸記 土佐湾周辺の海藻植生の変遷~“プロジェクト M”の中間報告.日本 植物学会第 72 回大会(高知)公開講演会「黒潮に育まれた高知の自然と生物」 2008 年 9 月 27 日高知大学朝 倉キャンパス ④宇和加奈代・平岡雅規 回大会 スジアオノリとウスバアオノリおよび種間雑種の分枝形質.日本植物学会第 72 2008 年 9 月 25-27 日 高知大学朝倉キャンパス ⑤菅原拓也・平岡雅規 生殖型の異なる四万十川産スジアオノリの生育に及ぼす塩分の影響.日本植物学会 第 72 回大会 2008 年 9 月 25-27 日 高知大学朝倉キャンパス ⑥原口展子・平岡雅規・村瀬昇・井本善次・奥田一雄 高知県沿岸に生育するヒラネジモクおよびトゲモク の生長の季節変化と温度に対する生育特性.日本藻類学会第 33 回大会 2009 年 3 月 26-29 日 琉球大学 千原キャンパス ⑦田中幸記・田井野清也・原口展子・渡邊美穂・平岡雅規 高知県で分布を広げるフタエモク Sargassum duplicatum の生育環境.日本藻類学会第 33 回大会 2009 年 3 月 26-29 日 琉球大学千原キャンパス ⑧田井野清也・田中幸記・原口展子・平岡雅規 高知県中西部海域における藻場の分布状況.日本藻類学会 第 33 回大会 2009 年 3 月 26-29 日 琉球大学千原キャンパス 25 4)報道 (1)新聞 ①2008 年 4 月 7 日産経新聞「生きもの異変 温暖化の足音 13 180 ヘクタール・・・・カジメの森 消えた」 ②2008 年 7 月 15 日高知新聞「四万十アオノリ復活を 四万十市 高知大と原因究明」 ③2008 年 9 月 18 日高知新聞「ツキノワグマ、アカメ、サンゴ・・・高知の自然、現状学ぼう 27 日高知大 県 内研究者7人が講座」 ④2009 年 2 月 27 日高知新聞「スジアオノリ分布調査開始 四万十市3河川 高知大准教授ら 安定収穫目 指す」 ⑤2009 年 2 月 27 日毎日新聞「アオノリの生育、分布調査 四万十市など 資源回腹へ取り組み」 ⑥2009 年 2 月 27 日読売新聞「スジアオノリ 豊作条件は 四万十川 ⑦2009 年 2 月 27 日朝日新聞「守れ四万十のノリ 安定収穫めざす ⑧2009 年 3 月 22 日読売新聞(日曜版)「【旅】 高知大など生育調査」 高知大や市、調査スタート」 食べものがたり 高知県四万十市 水辺をかつての姿に」 (2)テレビ ①2 月 26 日四万十川スジアオノリ調査について NHK 他民放各社が夕方のニュースで放送 ②3 月 19 日 18:10~NHK が四万十川スジアオノリ調査について報道 [外部資金] ①「人工藻礁設置による褐藻類繁茂促進に関する研究」四国開発株式会社 200 万円 平成 17 年 6 月 1 日~ 平成 23 年 3 月 31 日 ②「深層水タンク養殖用の海藻種苗を安定して生産できる方法の開発」高知県漁業協同組合 255 万円 平 成 18 年 4 月 17 日~平成 21 年 3 月 31 日 ③「深層水を使用した海藻種苗生産に関する研究」株式会社海の研究舎 40 万円 平成 18 年 7 月 10 日~平 成 20 年 7 月 9 日 ④「二酸化炭素等のプランクトン藻類による高効率回生システムの研究開発」株式会社オフィスエスーワン 40 万円 平成 20 年 2 月 22 日~平成 21 年 3 月 31 日 ⑤「海藻の胞子採取、育苗、成体育成」株式会社オーシャンラック 60 万円 平成 20 年 4 月 1 日~平成 21 年 3 月 31 日 ⑥「海藻を使用したアワビとの複合養殖の研究」株式会社ジファスコーポレーション 225 万円 平成 20 年 4 月 15 日~平成 21 年 4 月 15 日 ⑦「海藻類の胞子採取、育苗、成体育成」大恵商事株式会社 11 万円 平成 20 年 6 月 11 日~平成 21 年 3 月 31 日 ⑧「地方の元気再生事業 四万十川の資源を活かした環境ビジネスの創出」四万十市 12 月~平成 21 年 3 月 31 日 26 300 万円 平成 20 年 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 2D:四万十川流域での栄養塩の動態と森林との関係(上流域~中流域) 〔要約〕河川上流域の森林生態系における物質動態を明らかにすることを目的に,高知県いの町成山地区のヒノ キ林およびヒノキ林に侵入した竹林内にモニタリングプロットを設け,経時的に林外雨,林内雨,土壌溶液 を採取し,溶存成分の分析を行い,森林からの物質流入による河川水系への影響を評価した. 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 土壌学 担当者 5183 連絡先 田中壮太 備考 〔背景・ねらい〕 比較的人為的インパクトの低い山地生態系における物質動態を明らかにし,さらに森林からの物質流入による河川 水系への影響を評価することを目的に,平成 18 年度に流域の上流域から中流域にかけてのヒノキ林内にモニタリン グプロットを設け,経時的に林外雨,林内雨,土壌溶液を採取し,溶存成分の分析を行ってきた.また,近年森林へ のタケの侵入が問題となっていることを考慮し,平成 19 年度からはヒノキ林に隣接する侵入竹林においても同様の調 査を行っている.しかし,降水量の変動のためデータのバラつきが大きく,結論を出すには至っていない.そこで,20 年度には,モニタリングを継続し,データの信頼性を高めるとともに,得られた結果から,森林からの物質流入による 河川水系への影響を評価する. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 高知県の森林生態系における養分フラックスおよび動態を明らかにするため,いの町成山地区のヒノキ植 林地(Chamaecyparis obtusa)および,隣接する植林地に侵入した竹林(Phyllostachys pubescens)内に モニタリングプロットを設け,ヒノキ林では 2006 年 4 月から,竹林では 2007 年 5 月から,林内雨,さらに テンシオフリーパンライシメーター法により土壌溶液を 2 週間ごとに採取し,分析に供試した.調査地近く の裸地において,林外雨を採取し同様に分析した.また,土壌試料も採取し,一般理化学性について分析し た. 土壌の理化学性は,ヒノキ林は,竹林に比べ酸性であり,交換性塩基に乏しかった.竹林では,交換性塩 基のうち,特にカルシウムが高かった. 林内雨及び林外雨の水質について,ヒノキ林,竹林とも次のような特徴がみられた.1)冬季には,林外 雨に比べ,林内雨の方が pH が低かった.両者とも溶存イオン濃度は,1 年を通して最も高かった.これら の結果は,この時期の降水量が少ないため,大陸由来の酸性降下物が林冠に沈着し,それらが,降水時に溶 解し,林内雨として林地に負荷されるためであると考えられた.2)春季には,林内雨,林外雨とも,黄砂 の影響により,pH が比較的高く,溶存イオン濃度は,冬季に次いで高かった.3)夏季および秋季には, pH は冬季と春季の間の値であり,降水量が多いため,溶存イオン濃度は低かった.台風の通過時あるいは接 近時には,溶存イオン中の海塩由来画分が増加した.4)2007 年 5 月~6 月にかけて,竹林では,竹が落葉 し,この時期には,溶存イオンとケイ酸濃度が大きく増加した.一方,冬季には,ヒノキ林の林内雨のカリ 27 ウム濃度の増加がみられた.土壌溶液の水質の季節変動は,林外雨や林内雨の変動と類似していたが,竹林 の方が,ヒノキ林に比べ,ケイ酸濃度が常に高く,溶存イオン濃度も高い傾向であった. 林外雨による養分の年間フラックスは,窒素 5.6,リン 0.02,ケイ素 0.32 kg/ha/年と見積もられた.ヒノ キ林では,林内雨によるフラックスは,窒素 7.1,リン 0.04,ケイ素 0.56 kg/ha/年であり,土壌溶液のフラ ックスは,窒素 9.5,リン 0.022,ケイ素 12.2 kg/ha/年であった.一方,竹林の林内雨によるフラックスは, 窒素 9.2,リン 0.24,ケイ素 3.6 kg/ha/年であり,土壌溶液のフラックスは,窒素 8.4,リン 0.093,ケイ素 23.0 kg/ha/年であった. このように,大きな大気汚染物質発生源のない高知県の森林の養分動態は,主に地理的,気候的要因や, 酸性降下物や黄砂などの大陸由来の物質の影響を受けていることが明らかとなった.しかし,ヒノキ林と竹 林の比較によれば,降水が土壌を通過する際の養分フラックスは大きく異なり,その差は,特に竹林におけ るケイ素の移動量の大きさにみとめられた.このことは,近年里山荒廃にともなう竹林の拡大を考えると, 河川の水質や生物生産に影響を及ぼす可能性があることを示唆しており,今後さらなる研究が必要である. 〔具体的データ〕 〔研究業績〕 1)原著論文 ①V.U. Ultra, Jr., A. Nakayama, S. Tanaka, Y. Kang, K. Sakurai and K. Iwasaki (2009): Potential of amorphous iron-(hydr)oxide amendment for alleviating arsenic toxicity in paddy rice. Soil Science and Plant Nutrition,55, 160-169 ②S. Tanaka, S. Tachibe, M.E.B. Wasli, J. Lat, L. Seman, J.J. Kendawang, K. Iwasaki, K. Sakurai. (2009): Soil characteristics under cash crop farming in upland areas of Sarawak, Malaysia. Agric. Ecosyst. Environ. 129, 293-301 ③Kien Chu Ngoc, Noi Van Nguyen, Bang Nguyen Dinh, Son Le Thanh, Sota Tanaka, Yumei Kang, Katsutoshi Sakurai and Kōzō Iwasaki (2009): Arsenic and heavy metal concentrations in agricultural soils around tin and tungsten mines in the Dai Tu district, N. Vietnam. Water, Air, & Soil Pollution, 197(1-4), 75-89. ④Arifin Abdu, Sota Tanaka, Shamshuddin Jusop, Nik Muhamad Majid, Zahari Ibrahim, Katsutoshi Sak urai (2008)Rehabilitation of degraded tropical rainforest in Peninsular Malaysia with a multi-storied plantation technique of indigenous dipterocarp species. 森林立地,50(2), 141-152 ⑤Yamamoto, T., Ultra Jr. U., Tanaka, S., Sakurai, K. and Iwasaki, K. (2008): Effects of methyl bromide fumigation, chloropicrin fumigation and steam sterilization on soil nitrogen dynamics and microbial properties in a pot culture experiment. Soil Sci. Plant Nutr. 54(6), 886-894. 2)著書・総説:該当なし 3)学会発表 ①深見公雄,玉置 寛,大野咲佑美,田中壮太:森と里と海のつながり 21.高知県仁淀川における森林土壌 からの河川へ供給される栄養塩の特徴および微細藻類によるその利用,平成 21 年度日本水産学会春季大会. 東京,2009 年 3 月 28 日, ②中原大河・田中壮太・岩崎貢三・山下一穂:無農薬有機栽培圃場における養分動態-高知県本山町での事 28 例-,日本土壌肥料学会関西支部会,33,徳島,2008 年 11 月 28 日 ③山本岳彦・田中壮太・櫻井克年・岩崎貢三:土壌消毒が消毒時及び消毒後初期において窒素の動態と微生 物性の推移へ及ぼす影響,日本土壌肥料学会関西支部会,34,徳島,2008 年 11 月 28 日 ④Mohd Effendi Bin WASLI, Sota TANAKA, Joseph Jawa KENDAWANG, Jonathan LAT, Yoshinori MOROOKA1, Katsutoshi SAKURAI: Comparisons of the nutrient condition under Imperata cylindrical and Dicranopteris linearis fallow lands after shifting cultivation,日本土壌肥料学会関西支部会,43,徳 島,2008 年 11 月 28 日 ⑤田中壮太・岩崎貢三・櫻井克年・山本岳彦・辻 美希・山根信三・竹内繁治:土壌消毒による土壌環境・ 微生物性への影響.第 24 回土壌伝染病談話会,53-58,高知,2008 年 9 月 11 日 ⑥仁科拓朗・田中壮太・Noi Nguyen Van・Hoa Nguyen Thi・Kien Chu Ngoc・岩崎貢三:ベトナム、紅河 流域農耕地における土壌・作物中の残留農薬に関する実態調査.2008 年度日本土壌肥料学会名古屋大会,174, 愛知,2008 年 9 月 10 日 ⑦原田裕人・田中壮太・櫻井克年・二宮生夫・服部大輔・Joseph Jawa Kendawang:マレーシア・サラワ ク州における生態系修復を目指した試験造林の評価,2008 年度 第 18 回日本熱帯生態学会,71,東京,2008 年 6 月 21 日 ⑧仲本健二・Thanakorn Lattirasuvan・田中壮太・櫻井克年:タイ北部におけるホームガーデンの土壌と栽 培作物の関係 2008 年度 第 18 回日本熱帯生態学会,76,東京,2008 年 6 月 21 日 4)報道:該当なし [外部資金] ①受託研究:壁面緑化植栽比較実証調査 南国市 40 万円 ②平成 20 年度高知大学学長裁量経費:無農薬有機栽培農業に関する研究を通した中山間地農業振興と小中学 生の理科教育への貢献,代表者 岩崎貢三,2,296 千円(うち 30 万円を分担) ③科学研究費補助金(基盤 B,海外学術調査):マレーシア・サラワク州の丘陵地農業の土壌生態学的基盤と 持続可能性評価,代表者田中壮太,230 万円 ④平成18年度科学研究費補助金(基盤研究(B)) :ハノイにおける広域土壌汚染浄化のための超集積植物 の探索と利用,代表者 岩崎貢三,平成 20 年度分担金 30 万 ⑤特別教育研究経費「黒潮流域圏総合科学」の創成 −生物資源再生産機構の解明と環境保全型食糧生産シス テムの構築−,代表者 田中壮太 分担金 55 万円 29 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 2E:河口域の生物生産力の要因へのアプローチ(河口域) 〔要約〕 ベントスの優占種であるヨコヤアナジャコは初夏に繁殖し、抱卵メスの最小サイズは甲長 10 mm であった。 1m2 あたりの水質浄化能力は 1000 リットル/日と推定された。仁淀川沖の浅海における貝類群集は水深ごと に異なり、春期〜夏期と秋期〜冬期での季節変化があることが明らかになった。土佐湾3地点の貝類群集は、 水深 10 m では3地点とも類似していたが、水深 20 m と 30 m では四万十川沖が他の2点より異なっていた。 所属 専門 教育学系教育学部門 底生生物学 担当者 8415 連絡先 伊谷 行 備考 〔背景・ねらい〕 河口域の底生生物群集の優占種である十脚甲殻類のヨコヤアナジャコは,昨年度,胃内容物粒子を測定し た結果,堆積物食はほとんど行わないと考えられ,典型的な懸濁物食者であることが分かった.本年度では、 本種の個体群動態を明らかにし、河口域生態系における水質浄化機能(懸濁物除去能力)を推定する.また, 昨年度より,視野を河口域から沿岸域に広げ,仁淀川沖の浅海(水深 10-30 m)における底生生物群集の調 査を開始した.今年度は,四万十川沖,物部川沖の底生生物を採集し,その群集組成と生物量を3河川で比 較することによって,底生生物群集の生産性に河川が与える影響を明らかにする手がかりとしたい. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 詳細は本報告書の『研究資料 2-3』に譲るが、まず「ベントスの個体群特性調査」では、ベントスの優占 種であるヨコヤアナジャコは初夏に繁殖し、抱卵メスの最小サイズは甲長 10 mm であった。1m2 あたりの水 質浄化能力は 1000 リットル/日と推定された。仁淀川沖の浅海における貝類群集は水深ごとに異なり、春期 〜夏期と秋期〜冬期での季節変化があることが明らかになった。土佐湾3地点の貝類群集は、水深 10 m では 3地点とも類似していたが、水深 20 m と 30 m では四万十川沖が他の2点より異なっていた。 四万十川で定期定量採集を行うと採集に伴う干潟の攪乱が心配されるため、ヨコヤアナジャコが分布する 高知県では、最も広大な干潟である須崎市御手洗川河口にて隔月の定量採集を行った。ヨコヤアナジャコは 初夏に繁殖し、抱卵メスの最小サイズは甲長 10 mm であった。寿命は 1–2 年であり、早い個体は 1 年で繁殖 に参加できる。甲長 10 mm 以上の成体では雌雄比は1であった。また、1m2 あたりの個体数は年間を通じて 平均 88 個体であり、1 日あたりの採餌時間を 12 時間、海外の文献より 1 時間あたりの濾水量を 1 リットル とすると、ヨコヤアナジャコによる水質浄化能力は 1000 リットル/日・m2 である。 次ぎに、 「3つの河川河口沖合の砂底の貝類相の調査」では、潮下帯砂底の貝類相を明らかにし、その季節 変化と水深による変化の有無を検証するために、2007 年 4、6、8、10、12 月、2008 年 2、4 月に高知県土佐 湾仁淀川河口沖にてドレッジによる調査を行った(4、6、8 月のサンプルについては昨年度に同定済み) 。採 集には桁網(0.5 x 0.2 m, 目合い 4 mm)を用い、汀線より 1〜3km 沖合に位置する水深 10・20・30mの等 深線沿いに、総合研究センター海洋生物研究教育施設の調査船を用いて船速1ノットで 10 分間曳網し試料を 30 得た。また、2008 年 4 月には、土佐湾の物部川および四万十川河口沖の砂底でも同様の調査を行い、貝類相 の地点間での相違の有無を検証した。 仁淀川河口沖の砂底からは 33 科 60 種の貝類が採集された。優占種の出現状況は、例えば、マツヤマワス レやゲンロクソデガイは通年採集され、水深 20m に多く、水深 30m からも採集されたが、水深 10m からは採 集されなかった。ハナガイは通年採集され、水深 30m に多く、水深 20m からも採集されたが、水深 10m から は採集されなかった。一方、バカガイやミゾガイは水深 10m に多く、春期〜夏期にのみ採集された。 Bray-Curtis 類似度を用いたクラスター解析および MDS の結果からは、群集組成は水深ごとに異なり、春期 〜夏期と秋期〜冬期での季節変化があることが明らかになった。土佐湾3地点の貝類群集は、水深 10m では 3地点とも類似していたが、水深 20m と 30m では四万十川沖が他の2点より異なっていた。この違いは、仁 淀沖、物部沖の底質が細砂底であるのに対し、四万十沖の底質が極細砂と泥からなることに起因すると考え られた。 図 仁淀川河口沖の細砂底の優占種 〔研究業績〕 1)原著論文 ①山田ちはる・伊谷行(2008):「横浪林海実験所」の教育施設としての活用に向けて —潮間帯貝類と打ち 上げ貝類—. 高知大学教育学部研究報告,68: 165-170. ②Nara, M., Akiyama, H. and Itani, G. (2008): Macrosymbiotic association of myid bivalves Cryptomya with thalassinidean shrimps: examples from modern and Pleistocene tidal flats of Japan. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 261: 100-104. ③廣田深・伊谷行・池原実・上田拓史・木下泉(2008):土佐湾沿岸域における浮遊性有孔虫群集.高知大学 海洋生物教育研究センター研究報告,25 号, 印刷中. ④Jespersen, A., Lützen, J. and Itani, G. (2009) Sperm structure and sperm transfer in Pseudopythina subsinuata (Bivalvia; Galeommatoidea). Zoologischer Anzeiger 248: 57-67. 31 2)著書・総説 ①伊谷行(2008):干潟の巣穴をめぐる様々な共生. 「寄生と共生」 ,石橋信義・名和行文編,東海大学出版会, pp. 217-237. ②伊谷行(2009):寄生 — 主が服を脱ぐとき.「動物の生き残り術:行動とそのしくみ」,酒井正樹編,共立 出版株式会社,2009 年 5 月発行予定. 3)学会発表 ①岩田洋輔・伊谷行.セジロムラサキエビのヨコヤアナジャコの巣穴への共生生態.日本プランクトン学会・ 日本ベントス学会合同大会,2008 年 9 月,熊本. ②山田ちはる・伊谷行・Vararin vongpanich・上田拓史・木下泉.土佐湾沿岸域における堆積物底の貝類群集の 季節変動.日本プランクトン学会・日本ベントス学会合同大会,2008 年 9 月,熊本. ③廣田深・伊谷行・池原実・上田拓史・木下泉.土佐湾沿岸域における浮遊性有孔虫群集.日本プランクト ン学会・日本ベントス学会合同大会,2008 年 9 月,熊本. ④伊谷行・山田ちはる.土佐湾の潮下帯砂底のベントス群集.日本生態学会,2009 年 3 月,岩手. ⑤伊谷行・山田ちはる・楪葉顕信・岩田洋輔.アナジャコと生きる-宿主の異なるマゴコロガイの成長-.日本 生態学会,2009 年 3 月,岩手. ⑥山田ちはる・浅間穂高・垣尾太郎・伊谷行.移入種ミドリイガイ Perna viridis へのオオシロピンノ Arcotheres sinensis の寄生.日本水産学会,2009 年 3 月,東京. 4)報道 ①NHK BShi アインシュタインの眼「多摩川河口の不思議ワールド」(平成 20 年 12 月放送) :東京都多摩川河 口干潟におけるアナジャコの生態とその巣穴がもつ機能を解説 ②毎日新聞「高知「科学の祭典」に 1800 人」(平成 20 年 12 月 8 日):伊谷が事務局長を務める第12回青 少年のための科学の祭典高知大会の開催内容を記した記事。大会では、本研究にちなみ、土佐湾の細砂底の 貝類を使って工作を行うブースを設けた。 [外部資金] 受託研究:伊谷行(分担) 「高知市総合調査」 ,高知市,2008 年度,22 万円 32 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名)2F: 四万十川水系中筋川下流域ヤナギ林伐採跡地における植生変化と湿生植物群落の復元 〔要約〕 植生調査と植物相調査によって 84 科 379 種の維管束植物の生育を確認した。そのうち絶滅危惧種は 9 種で あり,その多くが湿生植物群落の構成種であった。湿生群落が復元された面積はわずかであり,河床の採掘 工事によりヤナギ類や竹類の根や根茎を取り除き,地下水位を高くして湿性環境を創出することが,河川の 通水能力を高めると同時に本来の湿生植生復元のために必要不可欠であると考えられる。 所属 専門 自然科学系理学部門 植物学 担当者 8312 連絡先 石川 愼吾 備考 〔背景・ねらい〕 四万十川水系では多くの地域で水生・湿生植物群落が減少している。その主な理由は,河川改修工事と河 床の複断面化による湿性立地の減少である。平成 19 年に四万十川水系中筋川において,河川の通水能力を高 めるためのヤナギ伐採事業が行われた。本研究ではこの伐採跡地における植生変化を追跡調査するとともに, そこに本来生育していた湿生植物群落の復元状況を明らかにすることを目的とした。将来このような工事の 施行が予想されるが,その場合に河床の植物多様性をたかめるための施工方法の提言に寄与するデータの収 集をめざした。 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 全体を通して、四万十の後背河川である中筋川一帯での河川植生に関する結果と考察結果を述べる(詳細 は本報告書の『研究資料 2-4』を参照)。季節的な変化に言及すると,調査地全域がほぼ裸地であった 5 月と 比較して 11 月には顕著に植生が復元していた。植生調査を行った全 83 スタンドのうち,湿生植物群落が復 元したスタンドは約 42 スタンドであった。しかし,これらのスタンドは水際や地下水が滲出して常時湛水し ている場所のみで確認された。本来,カサスゲ・タコノアシ・イなどは比高の低く,湿潤・細質な土壌を好 む植物であるが,本調査では流水面から 3 m 以上高い立地にも生育が確認された。この要因としては,土壌 深度が深くなっても粒度が粗くならない点や,細粒土壌の保水性と地下水位の変動などが考えられる。しか し今回これらの 3 種が確認された立地の多くは,高位でありながら地下水もしくは何らかの影響で常時湛水 状態であった。低湿地を好むこれらの種は,常時湿潤な環境であれば粗粒な堆積環境にも生育できると考え られる。タコノアシは発芽に光と変温条件が必要なギャップ検出機構を有する攪乱地依存種である(米村ほ か 2000)ため,ヤナギ林伐採後の光環境の変化と土壌の湿潤条件により多くの個体が発芽・成長したと考 えられる。ヤナギ林の伐採がこの種の拡大につながった可能性は高い。 5 月から地下水の影響などにより常時湛水環境にあった一部の場所や水際部は外来種の侵入が少ないのに 対し,隣接する乾性立地にはより多く外来種が侵入していた。オオクサキビやセイタカアワダチソウなどの 外来種が湿潤地に優占種として生育していることはなく,外来種が優占する立地はすべて乾性土壌であった。 辻ほか(2006)の指摘にもあるように,湛水地や水際域は外来種が侵入しにくい環境であると言える。この 33 地域で湿生植生を復元する方向で河川を管理することは, 外来種の侵入を防ぐという観点からも好都合であるとい える。 今回確認された環境省および高知県 RDB 記載種 9 種 のうち,7 種が過湿な立地に好んで生育する種であった。 しかし,今回のヤナギ林伐採工事において,湿生植生の 復元は一部の場所でしか認められなかった。この原因と して,この地域が樹林化によって複断面化していたこと により,湿性立地そのものが減少していたことが挙げら れる。ヤナギ林伐採と同時に河床の切り下げを行ってい れば,過去に近い状況を創出できたであろう。更に,今 回調査した範囲では伐採したヤナギの萌芽が成長し始め ているうえに,流水面に近い高位のメダケ群落の成長も 著しかった。今後,継続して人為的な管理を行わなけれ ば,伐採前の樹木が繁茂する河床に戻ってしまう可能性 が極めて高い。河床の採掘工事によりヤナギ類や竹類の 根や根茎を取り除き,地下水位を高くして湿性環境を創 出することが,河川の通水能力を高めると同時に本来の 湿生植生復元のために必要不可欠であると考えられる。 [研究業績] 再整理中 1)原著論文 2)著書・総説 3)学会発表 4)報道 [外部資金] 再整理中 34 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 3A:環黒潮3ヶ国(日台比)における沿岸藻場環境の保全システムの再構築 〔要約〕 フィリピンの南北両調査地で海洋保護区(MPA)の調査データを解析した。北部ルソンの調査地で は MPA の面積が住民の大きな関心事で、生業機会との関係で境界域を狭くしようとする意向が計測された。 これに対し監視等の役務や、保護によって期待される漁獲量の期待価値には関心が高くなく、今後の MPA 保護には面的規模の設定に当たって、保護と将来価値の相互関係を科学的に提示することが合意形成の優先 課題になることが示唆された。 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 開発経済学 担当者 5241/8227 連絡先 諸岡慶昇 備考 〔背景・ねらい〕 黒潮の影響を自然・社会経済面で強く受ける高知と,環黒潮圏に位置するフィリピン及び台湾を比較し, 海洋環境,特に沿岸域の資源管理に関わる政策の現況とそれぞれの国の共有資源に対する認識の差異及び社 会経済的相互関係を考察する.昨年度の後期に行った日台比3国の関係者によるワークショップの討議結果 を踏まえ,本年度は,①フィリピンでこれまで収集した沿岸環境の保全をめぐるコミュニティーレベルの対 応調査の補足解析,②現地の人々の意向を反映した沿岸環境の経済価値評価を行い,③わが国及び台湾との 比較考察を通し,国を超えた沿岸環境の保全方策を整序する. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 本年度は以下の調査研究及び成果の公表を行った。 ①事例分析1:フィリピン南部ルソン・サンミゲル島(SMI)の海洋保護区 2007 年 9 月に同島5村の確率比例抽出 1、035 戸のデータベースを作成し、社会構造を解析した。その結 果、島内は漁家 31%(うち専業 16%) 、農家 50%、その他 19%で構成され、海洋保護区(MPA)がある S 村はほぼ 60%を漁家が占める。こうした生業構成の違いは、MPA の運営管理に向ける意向や態度に集落間 の差異があることを伺わせる。また、平均所得は平均 6 万ペソ(約 13 万円)/年で、漁村は島全体よりやや高 く、村内においても沖合漁業が可能な層が沿岸漁業より高い。漁船の装備や経済規模が生業に大きく関わる ことから、MPA の管理運営へどう波及しているかを解析するため、S 村 246 戸及び R 村 108 戸を対象に、 経済価値評価を行い、労働意思量(WTW)と支払意思量(WTP)を計測した。沿岸環境をMPAで保護には、 毎日 10 人ほどが監視やパトロールなどの役務に当たってもいいという意向を持っている。結果は、下記の日 本農業経済学会で報告し投稿した。 ②事例分析2:フィリピン北部ルソン・クラベリア村の海洋保護区 黒潮が離岸する北部の調査地(クラベリア町)では、漁家の SMI へ向ける関心の程度を、MPA の面的規 模、監視・パトロールへの役務、期待される漁獲量の3選択肢についてコンジョイント分析を適用し考察し た。漁家は MPA の規模に関心が高く、限られた保護海域の運営・管理へむけた村民の組織的対応に、海洋 保護の課題があることが分かった。結果はアジア農業経済学会で報告した。 35 ③国立中山大学での日台比黒潮関連研究国際シンポジウムの開催 前年に続き第2回シンポジウムを高雄市で開催した。統一テーマは「黒潮海域における生物多様性」とし、 20 の報告で構成された。併せて、活動計画(Action Plan)を検討し、今後の進め方について方針を固めた(添 付資料 3-1 を参照)。 ④荘慶達編『海洋資源管理:理論と実務』から、第 10 章「台湾の海洋資源管理に関する法律規範」を邦訳し、 『黒潮圏科学』に投稿した。「海洋秩序」に取り組む台湾の現状を比較考察した。 ⑤高知柏島一帯の魚類の生態について黒潮実感センターの既往成果を再整理し、 『黒潮圏科学』で紹介する準 備を進めた。近刊の予定。 ⑥第3回日台比シンポジウムを、ビコール大学の主宰でフィリピンのレガスピ市で開催する準備(平成 21 年 12 月上旬)を進めた。 〔研究業績〕 1)原著論文 ① C. C. Launio, G.O Redondo, J.C. Beltran, and Y. Morooka (2008). Adoption and Spatial Diversity of Later Generation Modern Rice Varieties in the Philippines, Agronomy Journal, 100 (5), American Society of Agronomy,pp. 1380-1389. ② Y. Morooka, R. G. Bradecina, T. Shinbo, Y. Iiguni and C. C. Launio (2008). Maritime Policies for the Protection of the Coastal Environment in the Philippines: with reference to Seaweed-based Ecosystem in the Marine Protected Area. Kuroshio Science, 2 (1), 93-102. 2)著書・総説 諸岡慶昇「アジア経済のルネッサンスと農業」『農業経営研究』46-4、日本農業経営学会、97-100 頁。 3)学会発表 ① 新保輝幸・C.ラウニオ・諸岡慶昇(2008)、フィリピン・ビコール地方サンミゲル島の海洋保護区(M PA)の経済評価:労働意思量(WTW)と支払意思顎 WTP)の比較,地域農林経済学会(神戸大学). ② C. C. Launio, H. Aizaki and Y. Morooka (2008): Understanding Factors Considered by Fishermen in Marine Protected Area (MPA) Management:Case of Claveria, Philippines. Paper presented during the 6th Asian Society of Agricultural Economists (ASAE) International Conference, 28-30 August 2008, Manila, Philippines. ③ C. C. Launio and Y. Morooka (2008) Use-Rights and Institutional Environment in the Use of Fish Aggregating Device (FAD) in Lagonoy Gulf and Sirangan Fishing Grounds, Philippines: Implications on Resource Conservation. Abstract presented during the Ronald Coase Workshop on Institutional Analysis, 13-18 December 2008, Beijing, China 4)報道 [外部資金] ①(独)国際農林水産業研究センター、 「熱帯・亜熱帯島嶼における持続的作物生産のための環境管理」、2008、 50 万円。 ②科学研究費 基盤研究(B) 「黒潮沿岸における海中林保全メカニズムの再検討:保護区の再生機能と住民 の協働」(2007-2009) 代表者:奥田一雄 ③9月入学支援経費: 「黒潮圏科学の推進へ向けた 10 月入学制度の拡充」8,172 千円(うち 2,000 千円)当 研究に充当。 36 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 3B:黒潮圏諸国における海洋動物相の特徴把握とそれに及ぼす黒潮の影響 〔要約〕本研究は、特に熱帯アジアにおいて水産上重要魚種であるゴマアイゴについて、耳石に見られるリ ングが日輪であることを明らかにした最初の業績である。人工的に種苗生産され、その日齢が既知の日齢3 5日までの個体について為されたもので、日齢7、15、25、35の個体の平均日輪数は、それぞれ5. 6、13.1、24.5、34.8となった。これらの結果はゴマアイゴの耳石日輪数が日齢を表している という事を示し、天然個体の日輪数から日齢を推定できることが可能であると考えられる。 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 魚類生態学 担当者 5148 連絡先 山岡耕作 備考 〔背景・ねらい〕 黒潮圏に位置する国々は,魚類を中心とした多様な共通の海洋生物資源に依存している.その一つが アイゴ科魚類稚魚である.沖縄では「スク」としてよく知られるが,フィリピンでも3地域で盛んに食 される.台湾での漁業実態を含め,アイゴ科稚魚を中心とした黒潮圏における利用形態を明らかにした い.その基礎として,日台比3カ国のサンゴ礁のアイゴ科を含む魚類相を明らかにし,稚魚の耳石に刻 まれる日周輪の分析を手がかりに,潜水調査により黒潮の流れがつなぐ3カ国間の魚類相間の関係を明 らかにしていく.高知における調査地は,須崎市横浪林海実験所と柏島とする. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 アイゴ科魚類はアジアを中心に、熱帯域のサンゴ礁、特にラグーン内の海草域で稚魚期を過ごす重要な水 産資源の一つである。その中でもゴマアイゴは大型になると同時に美味とされ珍重される一方、強い漁獲圧 に晒されている。資源を枯渇させない為には、適切な資源管理が必要であるが、その生態についての知見は ほとんど見られない.特に、資源の増減に直接的な影響を及ぼす仔稚魚期の生態についてのまとまった研究 は皆無である。本研究では、資源管理の鍵となる稚魚期の生態解明にとって重要な情報となる天然個体のふ 化後の日数を知る為に、耳石日周輪が日齢を表すかを人工種苗生産された日齢の既知個体を用いて調べた。 もし人工種苗個体で日輪数と日齢が一致すれば、今後天然個体の日輪数から日齢を推測することが可能とな り、ゴマアイゴの初期生態解明に大いに役立つと考えられる。 なお、人工種苗の入手には、フィリピン共和国イロイロ県ティグバウアンにある東南アジア漁業開発セン ター養殖部門の協力を得た。 本研究の耳石解析には51個体を用いた。その内27個体が仔魚、24個体が変態後の稚魚である。標準 体調の幅は0日齢で1.2±0.03mm、35日齢で14.6±0.71mm であった。仔魚個体内及び 稚魚個体内それぞれの日輪数には有意差はみられなかった。仔魚の平均共分散値は2.39、稚魚のそれは 1.42であった。0日齢個体の扁平石は円形を示し核が明確であった。0日齢個体の扁平石の平均最大径 は7.29μm であり、7日齢、15日齢の個体では、0日齢の直径に相当する部分にふ化マークが認めら れた。 37 日輪数と日齢の間には回帰直線関係が見られ(R2=0.987)、日輪が毎日1本形成されていることを 示す。回帰直線の Y 切片は−値(confidence limit::−1.89〜−0.44)を示すが、このことは日輪数1の 個体はふ化後2日目の個体であることを示唆するものと考えられる。関係式より、2.13日、7日、15 日、25日、35日齢個体はそれぞれ1、6、14、24、34本の日周輪を示すことがわかる。最初の日 周輪はふ化後1.4日から2.1日の間に形成され、この数値はゴマアイゴにおいて卵黄吸収と口顎の機能 化がふ化後2日目におこることと一致する。 ゴマアイゴとは別種のアイゴでもアリザリン染色法を用いて日周輪形成の研究が行われ、本種と同様に一 日1本の日輪形成が報告されている。今夏癒えられた結果は、アイゴ科稚魚全般で、耳石日周輪の有効性を 示すものとして注目される。 本研究を纏めると、ゴマアイゴの仔稚魚では、日周輪は毎日1本形成され、最初の第一輪はふ化後2日目 に形成される。この結果は、日齢が既知の個体を用いた日周輪研究の最初のもので、今後ゴマアイゴの資源 管理の為の研究にとって重要な知見となることは間違いない。 〔具体的データ〕 〔研究業績〕 1)原著論文: ① Validation of daily sagittal increments in the Golden-spotted Rabbitfish Siganus guttatus using known-age larvae and juveniles (accepted by Journal of Applied Ichthyology) ②: Sewweed-associated Fishes of Lagonoy Gulf in Bicol, the Philippines- with Emphasis on Siganidis. Kuroshio Science vol. 2:67-72 (2008) ③ Overfishing of Siganus canaliculatus in Lagonoy Gulf, Phlippines. Kuroshio Biodiversity Research 21-23 (2008) ④: Assessment of the Fishery of Siganid Juveniles caught by Bagnet in Lagonoy Gulf, Southeastern Luzon, Philippines. (submitted to Journal of Applied Ichthyology) 2)著書・総説 3)学会発表 4)報道 [外部資金] ①独立行政法人日本学術振興会(JSPS) 、アジア諸国等交流事業費 論文博士号取得希望者への援助 論文博士号取得希望者に対する支援事業(日本学術振興会)、50 万円。 ②部局長裁量、フィリピン北限の島・バタン島における「黒潮圏科学」の為の拠点づくり、30 万円. 38 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 3C:前近代・黒潮島嶼諸国における秩序形成の萌芽 〔要約〕 本年度は、16~18 世紀の東シナ海における海流・風と人の移動との相関性について考察し,地中海世界同 様,自然環境の影響を受けて季節のリズムを帯びた人の動き(封舟,倭寇等)を具体的に確認できた。地中 海世界との差異としては,黒潮をはじめとする海流の影響が大きいことが推察される。 所属 専門 人文社会科学系 中国近世史 担当者 8185 連絡先 吉尾 寛 備考 〔背景・ねらい〕 新海洋秩序の形成については,黒潮圏島嶼諸国が前近代に当該海域において形づくっていた,いわば未整 合な実態的諸秩序(各流域圏島嶼諸国・地域社会が,当時の黒潮圏の人・物の交流に対して各々独自に行使 した法令・地域的慣例)が,その萌芽として位置づけられる.本年度は,黒潮圏を含む東シナ海の自然(海 洋)環境が「実態的諸秩序」に与えた影響について考察を試みた。 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 地中海の歴史では,夏の三ヶ月(「栄光の空」 )と冬の三ヶ月(「恐ろしい季節」)が船舶の航行とそれに伴 う人・物等の動きに大きな影響を与えていた a)。自然環境が人・物の移動に与える影響は,黒潮が動く東シ ナ海の歴史の中でどのように確認できるものなのか。 この点に関しては,先ず,海洋気象学の視点に立った漂流・漂着研究の成果が手がかりとなる。とくに季 節風と海流の動きについてである b)。東シナ海における季節風は,一年の中方向を細かく変え且つ勢いも大 きく変える。海流については,黒潮および台湾海峡へ流れ込む分支流,朝鮮沿岸流,対馬海流,さらに寒流 の中国沿岸流が存在するが,近年の川合英夫の黒潮認知研究 c)は,東シナ海の交流史と自然環境の関係に迫 る大きな成果を達成した。この研究に触発された吉尾も,台湾をめぐる海流に即し且つ漢籍の範囲で,航海 と黒潮の関係に論及した d)。18 世紀までに中国文化圏では「万水朝東」 , 「弱水」, 「黒水溝」 , 「紅水溝」 , 「溝」 等々多くの呼称を伴って黒潮の認知が一定深まり、16 世紀末には他の澎湖諸島周辺でも急激な海流を「黒水」, 深浅の変化の激しい海域を「弱水」と記す史書が著される。 では,当時の船舶は東シナ海の季節風と海流の動きの下でどのように航行していたのであろうか。 「封舟」 (福州-那覇)の場合,旧暦 5 月~6 月に福州(北東風/東南風,風速低:航行可能)を放洋し,逆に那覇を旧 暦 9 月~2 月(北東風,風速高:航行困難)に出帆する。この航行のあり方は,往路で黒潮(「溝」)を順風 で渡り(時には黒潮を超えたことに気づかないほど) ,復路では黒潮をそれに対する強い逆風でのりきろうと したものであり,危険な航行であったことは冊封使の記録から読み取れる。 倭寇・ 「倭寇」 (中国の海賊等)の活動は環境(季節)と関係があるのであろうか。代表的な日本の倭寇・ 「倭 寇」研究 e)及びそこで用いられた史料 f),さらに吉尾が偶見した漢籍史料⑦をもとに,入寇の時期(年・月) と地域(省)の明らかな事例を 211 件抽出した。その結果,江蘇,浙江が入寇される時期は旧暦 3,4,5 月 が多く,福建,広東では逆に旧暦 11 月から 2 月に多い傾向が認められた。16C 中葉のいわゆる「嘉靖大倭 39 寇」時代とは,そうした傾向が消え,一年中倭寇・ 「倭寇」が活動した時代ととらえられる。さらに,倭寇が 真に倭寇であったかどうかはこれまでしばしば議論になったが,風向きと風力の視点から先行研究と異なる 見方も可能ではないかと考えられる。例えば,旧暦 3,4,5 月(北東,東南,南と向きを変え且つ弱い風) に江蘇,浙江で活動する倭寇とは,果たして日本からダイレクトにきた日本人倭寇であり得たかどうか。少 なくとも一つの仮説として,中国の「海賊」等と結びついて中国沿岸の別の地域(より南の浙江南部,福建 など)に拠点をもつ拠った集団ではなかったかと。 総じて,16-18C の東シナ海の海域交流史においては地中海世界同様,自然環境の影響を受けて季節のリズ ムを帯びた人々の動きを確認できた。なお,地中海世界との差異としては,黒潮など海流の影響が大きいこ とが推察されるが,この点は次年度の考察等に移したい。 〔具体的データ:比較考察した文献〕 a)フェルナン・ブローデル著・浜名優美訳『地中海 Ⅰ環境の役割』(藤原書店 1993 年版) b)荒川秀俊編『日本漂流漂着史料』気象史料シリーズ 3 座談会(気象研究所 地人書館印刷 1962 年) c)川合英夫著『黒潮遭遇と認知の歴史』 (京都大学学術出版会 1997 年) d)拙稿「台湾海流考―漢籍が表す台湾をめぐる海流と〈黒潮〉遭遇―」( 『海南史学』第 44 号 2006 年) e)石原道博著『倭寇』(吉川弘文館 1996 年版) ,田中健夫著『倭寇』(教育社 1991 年版)等。 f)『倭寇』前掲で主に用いられた史書『嘉靖東南平倭通録』等。 ⑦16C 金雲銘撰『陳第年譜』,17C 沈有容撰『閩海贈言』 〔研究業績〕 (『白 1)原著論文:吉尾寛著・顧雅文譯「台灣海流考―漢籍文献中記述的台灣周邊海流與黒潮遭遇(經驗)」 沙歴史地理学報』第 6 期 台灣・國立彰化師範大學歴史學研究所 2008 年 10 月 pp.163-198) [※吉尾の 2006 年発表論文( 〔具体的データ〕)が台湾で翻訳されたもの:吉尾寛「隆慶和議に関する近年の日本の分析 視点」 (『研究論集』河合文化教育研究所 2009 年 3 月 pp.97-109)] 2)著書・総説:なし 3)学会発表:吉尾寛「東アジア海域史をめぐる環境(海洋部分)」(文部科学省科学研究費補助金・特定領 域研究「東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成-寧波を焦点とする学際的創生-」総括班主催研究会「東 アジア海域史研究の課題と新たな視角」2008 年 11 月 15-16 日 広島県廿日市 吉尾入院中につき要旨全部 を代読) 4)報道:なし [外部資金] ①基盤研究(A)「日本・中国・台湾の研究者による中国民衆運動の史実集積と動態分析」 (代表:本人 総額: 直接経費(代表:吉尾)8,700,000 円 ,間接経費 2,610,000 円 期間:平成 19-22 年度 19202021)。 ②特定領域研究「東アジアの海域交流と日本伝統文化の形成」の「東アジア海域における黒潮圏交流の総合 的研究」(代表:津野倫明 分担者:本人 総額:直接経費 5,800,000 円 金 1,400,000 円,期間:平成 17-21 年度 17083021) 。 40 高知大学分 4,400,000 円,吉尾分担 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 3D:黒潮流域における藻場の特徴と藻類の生理生態学的比較考察 〔要約〕 これまで,台湾東北部石城にて海藻を採集し,培養株を作出した 15 種を含め,30 種(緑藻 9 種,褐藻 5 種,紅藻 16 種)の標本を作成した。 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 藻類の細胞生物学 連絡先 担当者 8309 峯 一朗 備考 〔背景・ねらい〕 周辺の生物の生活の場所および有用海藻が生育する場所として重要な黒潮流域の藻場が形成される仕組み を明らかにする目的で以下の3つの研究を行う. ① 流域の藻類植生の水平的分布の特徴を調べる:黒潮流域各地沿岸における海藻植生の種構成や群落構造の 特徴を,現地調査と文献調査により明らかにし,各流域の物理化学的要因との関連を考察する. ②標本と培養株の作出しデータベース化する:現地調査により得られた試料により,さく葉標本,液浸標本 および単藻培養株を作成し,黒潮圏生物データベース(黒潮圏海洋科学研究科)に登録・公開し,各種生物 学的研究に利用可能なデータとして内外の研究者との共有を図る. ③培養条件における各種の藻類の成長発達の生理学的,細胞生物学的な特性を調べる:得られた培養株の室 内培養実験により栄養成長,生殖成長に影響を与える生理学的,細胞生物学的要因を調べる. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 本課題では,上記の計画のなかで②の課題を達成するために,台湾の海藻を材料として標本と培養株を作 出するための採集を実施した。 1.採集地と採集時期の選定 高知県沿岸の海藻と比較する対象として,台湾沿岸の中で適切な採集地を検討した。国立台湾博物館のホ ームページ(http://www.ntm.gov.tw/seaweeds/english/home.asp)は,台湾の海藻に関する詳しい情報が掲 載されているが,台湾全体の海藻植生の特徴として,①台湾南部の海藻植生はフィリピンと類似している, ②台湾東北部は海藻植生が豊かであり,黒潮の影響も現れている,という記述がある。台湾中部の緑島にお ける予備的な調査(平成 19 年 9 月)では,「海藻植生の豊かさ」という点で不満であった経験を踏まえ,海 藻が多く生えている場所を優先的に考え,今回は台湾東北部で集中的に採集することとした。また,同サイ トにおいて提供されている, 「台湾等北部で生育が確認された海藻のリスト」では,馬崗と石城が海藻の種類 が最も多い採集地であることが示されている。黒潮の影響はより南側の石城で顕著であることが期待できる と考え,今回は石城を採集地として選択した。 採集時期は,熱帯・亜熱帯地域の一般的な海藻の繁茂期が冬から春にかけてであること,また,繁茂期の 後半には多くの海藻が成熟し,培養株を作出するための生殖細胞を得る可能性が高いことを考え,3 月上旬 41 の大潮の時期とした。 2.採集調査 採集地である石城は台湾鉄路管理局 宜蘭線 石城駅(台北から普通列車で 2 時間程度)の眼前に海藻の採 集のために良好な岩礁が広がっている。特に私的な交通手段を利用する必要がないと考え,台湾の中山大学 をはじめとする現地の共同研究者の手を煩わすことなく,3 月 10 日(火)~3 月 12 日(木)の 3 日間にわた り単身で現地に赴き,干潮時の約 3 時間程度,潜水せずに採集を行った。 材料は,現地の海水と共に生きたまま台北の宿舎に持ち帰り,実体顕微鏡下で体構造や生殖器官を観察し, 培養株の材料とする試料は藻体表面のゴミなどを取り除いたあと,適当な大きさに切り取った生殖器官ある いは成長部位を個別の容器に入れ,栄養強化海水(Provasoli Enriched Seawater)に漬け,常温にて持ち帰 った。また,標本とするものは 10% ホルマリン海水に漬けて一晩固定し,海水を切った後密封して本学に郵 送した。 3.採集試料の処理 帰国後,材料を実験室に持ち込み,培養用の試料については 3 月 16 日(月)と 17 日(火)に,生殖器官 を形成しているものは生殖器官を切り出し,培地(栄養強化海水)に漬けて生殖細胞を放出させ,生殖細胞 を分離して培養株の作出を試みた。また,成長点を持つ試料については,再度藻体表面を清掃したのち,成 長点付近の組織を切り出しそのまま培養を行った。培養条件は 20℃,12 時間明期:12 時間暗期とした。 固定標本については,今後,流水に漬けてホルマリンを抜いたあと,組織の顕微鏡観察を行い,液浸標本 あるいはさく用標本を作成する予定である。 現在までに培養株を作成した,あるいは固定標本として採集を記録した海藻の分類群を下記「具体的デー タ」に記した。なお,固定標本には未同定の海藻数種が含まれているので種数は今後ある程度増えるものと 考えられる。 〔具体的データ〕 以下に,作出した培養株と固定標本とした採集試料のリストを示す。①種名と科の分類は国立台湾博物館 ホームページのリストに従った、②培養株を作出した種については行末に<>内にて作出方法を記した(詳 細は別添の資料 3-2 を参照)。 〔研究業績〕 1)原著論文(該当なし) 2)著書・総説(該当なし) 3)学会発表 ①峯 一朗*1,大坪 壮太郎*2,李 坤鵬*2,奥田 一雄*1(*1 高知大・院・黒潮圏,*2 高知大・理・ 生物科学),海産緑藻バロニアにおける細胞壁の剥離, 日本藻類学会第 32 回大会, 2008 年 3 月 21 日~24 日 東京海洋大学品川キャンパス(東京) ②峯一朗,奥田一雄(高知大・院・黒潮圏), 植物細胞壁の微細構造研究における原子間力顕微鏡の応用,生 物系三学会大会中国四国支部・広島大会, 2008 年 5 月 17 日~18 日 広島大学理学研究科 (東広島市鏡山) 4)報道(該当なし) [外部資金] 科研費:萌芽研究(平成 2021 年度), 植物細胞壁のナノ微細構造の液中連続観察,80 万円. 42 平成20年度「海洋生物」課題別成果報告書 (課題名) 3E:黒潮圏におけるコモンズ管理の変遷 〔要約〕 黒潮圏におけるコモンズの多様性を生み出す原因を大別した上で,陸域のコモンズの特性及び課題を明ら かにした.また,高知県の中山間地域をフィールドにコモンズとして利用されてきた里山を維持管理するた めに所有者責任を問い直し,管理の基準を引き上げる必要があることを示した. 所属 専門 総合科学系黒潮圏総合科学部門 地域経済学 連絡先 担当者 8238 飯國芳明 備考 〔背景・ねらい〕 黒潮圏における共通資源である自然資源(土地資源・森林資源,水資源等)の所有・管理・利用の展開を 整理するとともに,産業構造の変化や環境意識の高まりに対応した新しい管理・利用の要請とそこから生じ る社会的緊張関係に関する研究を継続して考察する.分析のフィールドはもっぱら高知県におくが,黒潮圏 の比較対象地域として台湾を,また今後の制度設計の参考地域として欧州諸国を設定する. 〔成果の概要:必要に応じ図表を別添〕 1.コモンズの諸相と新しい入会の課題 G. Hardin が 1968 年に提起して以来,コモンズ(共同利用の資源)は世界的な議論が展開され、多様な 事例が紹介されているが、黒潮圏におけるコモンズの多様性を生み出す原因を検討すると次のようになる. 第 1 に資源ストックの管理可能性に起因する.海洋資源のように制御ができない資源系については,資源 の維持よりもむしろ利用者の制限或いは域外利用者の排除が主目的となる.これに対し,陸域のコモンズは 資源が不動であり,森林や雑木などの資源ストックを住民が管理することは可能である。 第 2 の原因は,管理集団形成の地域間差異である.日本では伝統的な入会権に例示されるように地域集団 に基づく資源管理が形成されてきた.集落や地縁組織による集団は,地域の資源管理の主体となり,海では 地先の入会権とよばれる権利を確立し,沿岸域の海洋資源ストックの利用を相互に制限してきた.これに対 し,フィリピンでは,沿岸域の地先入会といった慣習は確立されておらず,海洋資源はほとんどがオープン・ コモンズとよばれる規制のない利用方法に依存してきた.台湾山間地域においても、その利用は長くオープ ン・コモンズの形態がとられてきた. 第 3 の原因は,民族構成の問題である.台湾,フィリピンに限らず東南アジアの各地域では山間地域の先 住民族が森林をコモンズとして利用してきた経緯が少なくない.しかし,近代国家の成立とともにコモンズ は公私に分割され、私的な所有権が明確でないコモンズとしての森林はしばしば公に取り込まれ,地域の先 住民族との軋轢を生んできた.台湾においては,中国本土からの民族移動や日本の占領政策、加えて檳榔子 の過植や台風による被害によりコモンズの事例は多様化している。日本において少数民族問題がないわけで はないが,そのことが森林管理のあり方を規定するケースはみられない. こうしたコモンズの多様性のなかで,本年度は第 1 と第 2 の原因に着目し,調査結果を「新しい入会の可 43 能性と課題」とし『景観生態学』に投稿した.同稿においては,人為的な資源ストックを前提とするコモン ズ(森林や草原など)と前提としないコモンズ(沿岸域の海洋資源など)を区分し,草原のコモンズの特性 を明確にした.また,次の項とも関わるが,域外者を含んだ新しい入会(コモンズ)の動きを評価する一方 で,基礎となる権利関係に関わる法的な枠組みの再検討が急務であることを指摘した. 2.日本におけるコモンズ的な秩序形成のあり方 90 年代の後半から,日本ではコモンズ論は深刻化する環境問題を背景に、議論が活発化する.代表的な潮 流としては、入会を初めとした前近代的な共同利用の仕組みから持続的な社会の骨格を抽出しようとする試 みがある.外部者を取り込んだ新しい入会(協治)を目指す提言はその1つであり,前近代の仕組みから新 しい利用の仕組みを創出しようとする姿勢が鮮明である(井上) .このほか,既存の権利である入会権の検討 を踏まえた権利関係の再構築がさまざまな形で提案されはじめている.例えば,入会権を支えてきた「総有」 を現代社会に応じて再編しようとする民俗学研究者からの提言(菅)や、 「地域的公共財」としての入会財産 に対する「合理的な制約」としてコモンズを捉え直そうとする法学的な研究(鈴木),さらには,「共同占有 権」といった概念へと転換しようとする社会学からの研究などがある. 研究分担者は、それらの議論を踏まえ、中山間地域の里山における農林地の管理のあり方を権利問題に立 ち戻って検討した.里山はかつて地域住民の生産を支える基盤として機能し,そのことが河川上流域の水源 涵養能力の維持や二次的自然の保全や生物多様性の維持などに貢献してきた.しかし,急速な過疎化と高齢 化により,土地の利用は激減し、放置された農地や山林が広範に展開するようになっている.しかも,土地 の所有者の域外流出が加速しているため,今後はいわゆる限界集落を中心として資産に無関心な所有者が増 加し、既に相続登記がなされないケースも顕在化しつつある.コモンズとしての里山の管理は,協治や「合 理的な制約」では維持できない状況に直面しているといえる. こうした状況に対処するには、農林地の所有者に一定の管理義務を課し,利用環境の有無に関わらず放置 できる現状を変革することである.日本には,農地については農業経営基盤強化法,林地については森林法 に所有者責任を問う制度が整えられている.しかし,両者ともその実効性は皆無に近い現状にある.いま必 要なことは,こうした義務の水準の引き上げを実質化するための仕組みと国民的な合意の形成である. 〔研究業績〕 !)原著論文 ①飯國芳明「過疎化の新段階と資源管理問題」 『日本農業と農政の新しい展開方向』 ,.53-64 頁,2009 年,昭 和堂 ②飯國芳明「景観と農業を守るスイスの政策」九州大学大学院農学研究院環境生命経済学研究分野『環境支 払いが日本の農業の未来を切り拓く』,9-19 頁, 2008、九州大学. 2)著書・総説 3)学会発表 4)報道 [外部資金] 科学研究費補助金(基盤研究(B))「北東アジアにおける共通農業政策の展望-経済統合下の新展開-」総額 11,830 千円、うち当該年度 3,200 千円) ① 飯國芳明(研究分担者)「臨界自然資本の識別による環境リスク管理」(研究代表者:浅野耕太(京都大学))文科 省科研費 特定領域研究「持続可能な発展の重層的ガバナンス」, 2006-11 年, 6 年間で 6540 万円(平成 20 年 度 1170 万円、うち飯國への分担金 60 万円). 44
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