タイル生産における技術革新

"トンネル窯を使って、素焼きや本焼きを行うタイル
製法は、小型タイルの大量生産に適していた。しか
し、1970年頃から形や色の違う、多品種少量生産が
求められるようになったことで、それまでのトンネ
ル窯を使った製造方法では対応が難しくなってい
た。 内装タイルの市場を広げるためには、多品種少
量生産とコストダウンが求められた。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"――内装タイル生産における技術革新 タイルの技
術は、いかに美しいモノを作るかという意匠開発技
術と量産技術に分けられてきた。 タイルは大まかに
分けて、内装タイル、外装タイル、床タイルがあ
る。内装タイルは、よくトイレや風呂場に使われて
いる、100ミリ角や200ミリ角の釉薬を塗ったタイル
であり、世界中で使われている。床タイルも同じよ
うに世界中で使われているが、外壁に貼る外装タイ
ルは、ほぼ日本で確立されたもので、海外ではあま
り例がない。 内装タイルでは、タイルの主体となる
「素地(きじ)」と、タイルの表面を覆って強度や
美しさを出す「釉薬(ゆうやく)」で大きな技術革
新があった。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"素地では「石灰質陶器素地」が開発された。材料に
石灰分を調合することで、ひび割れたり、膨張した
りして、剥がれ落ちることのない、寸法が安定した
タイルを量産できるようになった。現在、内装タイ
ルのほとんどがこの系統の素地である。日本の場合
は原料に石灰分が入っていないので石灰は調合しな
ければならない。タイルの発祥地であるイタリアな
どのヨーロッパでは、原料に最初から石灰分が入っ
ている。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"釉薬では「石灰亜鉛釉薬」が開発された。タイルは
水を吸うものなので、使っているうちに水を吸って
色が変わることがある。明らかに色が違うと、装飾
材としては不良品となってしまう。こうした吸水に
よる変化を出さない釉薬として開発されたのが「石
灰亜鉛釉薬」である。さらに、この釉薬にジルコン
顔料を入れることで、素地をきれいに覆い、光沢の
あるタイルをつくることができるようになった。こ
の技術が完成したのは1945~55年頃で、20~40年
という長い時間をかけてできあがった。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"「ジルコン顔料」は日本で発達した。純白の素地が
使われていた頃は、素地の色はあまり問題にならな
かったが、コストダウンや量産を進めるうちに素
地の色が悪くなっていった。そのため素地の色が見
えないような工夫が必要になったのである。素地を
隠すだけでなく、発色の面でもジルコン顔料の効果
は大きかった。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"食器の場合、本焼で1,300度などの温度で焼いてか
ら、絵付け工程を経て、低い温度で何度か焼いて色
を出す。しかし、内装タイルの場合、本焼で釉薬を
焼いた時に色を出すのが基本で、1,100~1,200度と
いう非常に高温でも顔料が発色するようにしなけれ
ばならない。普通の顔料では、温度をあげると発色
が悪いだけでなく、釉薬に溶けてしまうと色がでな
くなることもある。そのため高温でも溶けず、顔料
の結晶構造が壊れないものを使わなくてはならな
い。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"ジルコン顔料は、結晶構造にいろいろな金属を入れ
ることで、高温でも溶けないようになっている。現
在、内装タイルはイタリアが主流だが、イタリアの
タイルはあまり色数が多くない。一般に外国のタイ
ルは鮮やかと言われるが、基本的には白い釉薬の上
にいろいろな柄をつけてデザインタイルを作ってい
る。柄の種類を多くもつ海外に対して、日本のタイ
ルメーカーは釉薬の種類を多くもつという、文化の
違いがある。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"1970年代後半、淡陶というタイルメーカーが先ん
じて手がけた磁器素地に「ブランカ」がある。ブラ
ンカが開発される以前の磁器タイルは、収縮が大き
いため、水を吸わないようにするため10%ほど縮
む素地で作っていた。水の吸収が少ないタイルは、
冬に凍って破損するといった凍害がないので、寒い
地域などで使われるが、特殊なタイルであったため
値段が高く、あまり普及していなかった。しかし、
淡陶が開発したブランカや、INAXのリベイナは、収
縮がほとんどない、磁器質の素地であったため、寒
い地域でも、温かい地域でも、同じようにタイルが
使えるようになった。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"――量産のための技術革新 量産という意味での革
新的な技術は「裸焼き」である。内装タイルは原料
からストックされて、素焼きから本焼きという工程
を経る。「裸焼き」が開発される以前は、素焼き工
程では、燃えにくい素材の箱(サヤ)に生素地を入
れ、箱を積んで焼いていた。箱に入れずに焼くと、
割れたり、焼き加減にバラツキが出たり、大きさが
変わって崩れてしまったりするためである。しかし
箱に入れるため、箱も一緒に焼かなければならず熱
効率が悪い。さらに箱の大きさで製品の大きさが決
まるため、細かいタイルしか作れないという弱点が
あった。そのため、箱に入れずに焼く方法が検討さ
れた。"
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
本焼きの工程も同じである。量産に向けて登場した
のが「ローラー・ハース・キルン」と呼ばれる窯で
ある。日本ではおそらくINAXが最初に導入し、量産
に使ったのも最初である。現在では本焼きはすべて
このローラー・ハースとなっている。
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
導入前は、トンネル窯を使ってエフロンという燃え
にくい素材の箱(サヤ)に1つずつ入れて焼いてい
た。トンネル窯は横幅2m、高さ2mぐらいの間口
で、場所によって温度が違う。例えば、上の方の温
度が高いところには白いタイル、下の方の温度の低
いところには黒いタイルといったように、種類と量
が決められてしまう。少品種大量生産はできるが多
品種少量生産には向かなかった。
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"そのため、イタリアやアメリカで別の用途に使われ
ていた「ローラー・ハース・キルン」を、INAXはか
なり早い時期に導入した。初めて扱う窯であるた
め、調合法や素地からすべて作り直した。INAXでは
1973~1974年頃にローラー・ハース・キルンで本格
的に生産をはじめたが、この方法が一般に広まった
のは1980年代である。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"最も大きな効果は焼く時間の短縮である。それまで
は約36時間かけて本焼きしていたが、この方法によ
りわずか20分強ほどになった。焼く時間の短縮がで
きたことで生産量も増えた。さらに箱を使わずタイ
ルだけ焼くため熱効率がよくなった。それまで燃料
消費が2,000kcal/kgであったが、この方法により
400kcal/kgと約1/5になったのである。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"さらにローラー・ハース・キルンにより、大きさ、
色ともにタイルのバリエーションが増えた。中でも
最も大きな成果は「イナス」という、赤、黄、緑、
紫など、カラフルなタイルである。釉薬の開発も
あって、このタイルが完成した。それまで白やアイ
ボリーが中心であまりカラフルな色はなかった
が、1973年頃から「イナス」が登場し、一世を風靡
した(現在は販売していない)。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"1970年代から「迅速一度焼き」の開発がはじまっ
た。素焼き、本焼きの工程を経ず、箱なしで窯に入
れて本焼きまでを行うという、究極の合理化であっ
た。石灰質陶器素地を使ったり、油圧プレスで成形
して寸法精度を上げるなど、技術開発が進めら
れ、1988年、ついに一度の迅速焼成で内装タイルを
焼き上げる「迅速一度焼き」ができるようになっ
た。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"――外装タイル生産における技術革新 外装タイ
ルは、日本のオリジナルである。外壁にタイルを貼
る場合、問題は剥がれ落ちることで、ヨーロッパや
アメリカでは使用を禁止する規定もある。そのため
欧米にはレンガの建物はあるが、タイルの建物はな
い。日本の場合、地震があり、剥がれ落ちる問題も
考えられるが、建築協会とタイル協会の共同で、施
工法と落ちにくいタイルが開発され、外装タイルが
実現した。その結果、日本独自の外壁材として、タ
イルの市場が広がった。 タイルでは落ちにくいタイ
ルが開発された。タイルには、もともと裏足といっ
て、裏にいろいろな模様が入っているが、これをア
リ足という形にして剥がれ落ちないようにした。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"普通のタイルは、できあがった製品を上下2枚に割
ることで、裏足がやや開いた形になる。そこにでき
たくぼみに壁と接着するためのモルタルが入り、剥
がれないように工夫されている。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"新しいタイルは、乾式プレス成形をするときに、金
型が逆に傾斜していると抜けなくなるため、金型に
ゴム状の足を埋め込んでいる。成形した時にこれが
潰れて、ひっかかりのある形になる。これをリベッ
トバック、あるいはアリ足と呼んでいる。アリ足と
呼ぶのは、アリの足のようになっているからであ
る。この方法により、落ちにくいタイルが完成し、
タイルが外壁材として利用されるようになった。施
工法では、安定してモルタルの強度を出す貼り方が
作られたことも、重要な技術となった。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"外装タイルの吸水率についても検討された。 外壁
のタイルは、基本的に吸水率は現在3%以下であ
る。吸水率が1%以下だと磁器質、1%以上から10%
以下のものはせっき質と呼ばれる。以前はもう少し
吸水率の大きな素材も外壁に使われていたが、日本
の場合、かなり温かい地域でも凍ってタイルが割れ
てしまうことがある。研究により、吸水率3%以下
のせっき質であれば凍って割れることも少な
く、1%以下ではほとんど起きないということがわ
かり、規格に盛り込まれた。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"このように日本で外装タイルが発達したのは、レン
ガの建物に対する憧れがあった。日本は地震がある
ため、レンガの建物では壊れやすい。しかし、レン
ガの建物独特のデザインは取り入れたいと考えた建
築業界から、タイルが使えないかという要望があっ
た。 タイルを外壁に貼るスタイルは、東京などでは
かなり以前から採用されていたが、価格が高いた
め、コンクリートそのままの外壁が多かった。外壁
にタイルを使用した建物が多く登場したのは1970年
代頃からである。高層ビルが建ちはじめたのにあわ
せて、外壁にタイルを使うスタイルが広がった。現
在では、多くのマンションにタイルが採用されてい
る。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"――床タイル生産における技術革新 床タイルの利
用が広がったのは、「ローラー・ハース・キルン」
を導入した後になる。ローラー・ハース・キルンを
使用しても、床タイルを焼くには1時間ほどかか
る。床タイルはすり減りに強い磁器質のタイルであ
る。磁器質のタイルは高温で焼くと柔らかくなって
しまうので、セッターという支えとなる焼き板の上
に載せて焼いていた。そのため焼き板より大きなタ
イルは作れなかった。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"その後、調合法と周辺技術が開発されたことで、
ローラーの上でタイルを転がしながら焼く方法が開
発され、セッターがなくても焼けるようになった。
これが迅速焼成、ローラー・ハース・キルンの一度
焼きである。床タイルは、ローラー・ハース・キル
ンで焼けるようになった1980~1990年代に一気に広
まり、非常に大きな市場に育った。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"床タイルの利用が広がるためには、もうひとつ解決
しなければならない問題があった。 きめの細かいタ
イルでは、滑りという問題が起こる。この滑りを防
止するために、INAXは1985年頃から東京工業大学
の小野英哲名誉教授と共同研究を行い、1991年に滑
りにくいタイルを発売した。それまで車がスリップ
しないための規格はあっても、人が滑らないための
規格はなかった。新たな規格を作ったことで、床タ
イルが安心して使える床材となった。滑るしくみ
も、靴を履いているときと裸足ではまったく違う。
浴室用には裸足で滑らないタイプが開発された。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"――新たな技術開発への展開 INAXでは、タイルの
用途を広げる新たな技術開発が進んでいる。 2000
年頃、エネルギーを使わずに室内湿度のコントロー
ルができる「エコカラット」という自立型調湿タイ
ルを発売した。アロフェンという細かい穴がたくさ
んある粘土鉱物でできているため、湿度が上がれば
水分を吸収し、温度が下がれば水分を出すというし
くみである。"
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"エコカラットは、名古屋工業技術試験所(現、産業
技術総合研究所中部センター)との共同研究により
開発された。開発は「昔の家はなぜエアコンを使わ
ないで快適か」という発想からはじまった。昔の土
蔵や塗り壁の家は過ごしやすい。ある種の土は同じ
ような調湿機能をもっているからである。調湿タイ
ルの登場で、それまでタイルは水回りに使われる建
材であったが、壁紙としての利用も考えられてい
る。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"「ソイルセラミック」は焼き物ではなく、150~
180度ほどの蒸気で蒸して固めるものである。 ソイ
ルセラミックは土の構造を持ったままであるため、
原料にできる素材も多い。普通のタイルは、決まっ
た鉱山で採れる、品質管理された原料でないと作れ
ないが、ソイルセラミックは収縮しないため、その
幅が広く、原料を選ばない。また低温で蒸してでき
るためエネルギーの消費が少ない。普通のタイルで
あっても、製造にかかるエネルギーは樹脂や金属に
比べると少ないが、ソイルセラミックはその普通の
タイルより小さいエネルギーでできる。さらに、土
を固めているので調湿性能をもっていること、柔ら
かいため歩いたときの感じがよく疲れないなど、多
くの特長がある。まだ知名度は十分ではないが、次
世代型のタイルと考えられている。 窯業は循環型社
会に向けて、大きな可能性を持っている。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"水や鉱物など炭素を含まない無機系の原料をたくさ
ん使えるため、無機系の廃棄物を吸収する役割を果
たすことができる。INAXでは、陶磁器を生産すると
きに出る廃棄物を吸収できるシステムとして「再資
源化施設」をつくり、汚泥や使えないモノを集め
て、再び原料として使える状態にしている。現在、
月に1,000トン弱の原料を調整し、社内で使用するほ
か、瓦会社などにも販売され、今後の成長が期待さ
れる分野となっている。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"内装タイルの市場規模を1970~1995年でみる
と、1990年頃を境に売上は減っている。販売量が伸
びているときは量産技術が開発されたが、市場が縮
小している今は、タイルの使い道を広げる技術が必
要になる。いかに今まで使われなかった場所にタイ
ルのような建材を使っていくかが考えられている。
"
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"エコカラットはその戦略にあわせて開発された商品
の1つである。タイルは空間を美しく飾る意匠材と
して発展してきたが、その他の安い意匠材と差別化
するためには、環境への配慮や、住む人に快適さを
もたらす調湿機能、ダニやカビの抑制、臭いの吸着
など、付加機能をもった製品開発が求められてい
る。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX
"タイルの場合、ロクロをひねって作る基本的な窯業
技術はほとんどいらない。それよりも、安定して物
を作るために、どう粉砕するか、どう温度や水分を
コントロールするか、窯業とは違った意味の工学テ
クノロジーが必要になる。碍子や食器など、工法に
対して非常に高度な技術を必要とするものは原料を
よく吟味するが、タイルの場合は大量に入手できる
原料から、安定して同じモノを作る技術が重要に
なっている。 "
タイル生産における技術革新 株式会社INAX