カーボン膜複合窒化とナノカーボン 椛 澤 均 ㈱ 日本テクノ カーボン膜複合窒化は、窒化と同時にカーボン膜を形成する複合処理で、 カーボン膜の中にナノカーボン類が生成し、このナノカーボン類がカー ボン膜を表面にしっかり固定している。カーボン膜複合窒化を施すこと により、アルミダイカスト金型の寿命が大幅に延長された。 1.はじめに カーボン膜複合窒化は、窒化と同時にワーク表面 顕微鏡で 15,000 倍に拡大して観察したところ、最近 にカーボン膜を形成する複合処理で、各種窒化処理 話題になっているカーボンナノチューブ、カーボン と比較すると摩擦係数( )が低く耐食性に優れてい ナノコイル、カーボンナノファイバー等ナノカーボ る。窒化では不足、さりとて DLC 等のドライコー ン類が生成していることが判った。そこで、カーボ ティングでは過剰品質という用途に有望である。と ン膜複合窒化とナノカーボン類の関係を調査し、報 ころで、カーボン膜複合窒化したワーク表面を電子 告する。 2.カーボン膜複合窒化処理方法・特徴・用途 (1)システム構成図 図 1 はピット型カーボン膜複合窒 化炉のシステム構成図で、一見ピッ ト型ガス浸硫窒化炉のシステム構成 図に似ている。写真 1 はピット型炉 (炉内有効寸法 1,000φ×1,500 H、処 理 量 Gross 2,000 kg/charge)の 外 観 である。カーボン膜複合窒化では、 アンモニアガス(NH3)による窒化 で下地の硬化層が得られ、アセチレ ンガス(C2H2)の分解反応で表面の カーボン膜が得られる。アセチレン ガスがワーク表面で分解する際に、 硫化水素(H2S)から供給される硫 黄(S)が触媒になっている。 24 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.9 図 1 ピット型炉のシステム構成図 特集 ダイカストの欠陥・不良対策に役立つ最新技術 (3)特徴・用途 カーボン膜複合窒化したワーク表面を観察した ところ、表面から伸びているナノカーボン類がメゾ フェースカーボンをしっかり固定しており、カーボン 膜が表面に強く密着していることがわかった(図 3) 。 カーボン膜複合窒化の特徴をまとめると、 ① 低摩擦係数(ドライのテスト条件で約 0.2) ② 耐摩耗性,耐カジリ性,耐焼付性 ③ 耐食性 ④ 離型性・含油性(親油性)・保温性 ⑤ 静粛性(ギヤ鳴り低減) 図 4 はカーボン膜複合窒化とガス軟窒化の摩擦係 写真 1 ピット型炉の外観 数の比較データである。 アルミダイカスト金型は、成形を繰り返すうちに (2)処理条件 図 2 は、カーボン膜複合窒化の処理サイクルの一 例である。これも一見ガス浸硫窒化の処理サイクル アルミが表面を削ったり表面に付着したりする。そ のため、窒化などで金型表面を硬化させて金型の劣 化を防いできた。 に似ている。 図 2 処理サイクルの一例 表面に生成されているカーボンナノチューブ(× 5000) 図 3 表層断面組織外観 Vol.52(2011)No.9 SOKEIZAI 25 しかし、窒化では高価なアルミダイカスト金型の カーボン膜複合窒化を施したアルミダイカスト金 寿命延長の要望を満たすことができず、窒化に勝る 型は、アルミの溶湯に対し濡れ性がなく、かつ、保 表面改質法が強く求められている。 温性があるので金型の隅々まで溶湯が流動し、これ アルミダイカスト金型にカーボン膜複合窒化を施 まで難しいとされてきた放熱フィンの鋳造も容易に すことにより、金型の寿命は大幅に延長され、その なった。因みに、表 1 はアルミダイカスト金型に対 上鋳造条件の緩和も可能になった。なお、カーボン し塩浴窒化、低濃度ガス窒化、カーボン膜複合窒化 膜複合窒化は特許を授与されている。 を施した場合の比較表である。 ボールオンディスク摩耗試験機による摩擦係数の測定(母材:FDAC 材) 試験条件:荷重 5 N、摩擦速度 125 mm/s(大気中、室温、無潤滑) 図 4 摩擦係数の測定 図 5 ダイカスト金型への実施例 26 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.9 特集 ダイカストの欠陥・不良対策に役立つ最新技術 表 1 比較表 項目 処理法 塩浴窒化 低濃度ガス窒化 カーボン膜複合窒化 1,100 ∼ 1,200 900 ∼ 1,000 900 ∼ 1,100(制御可) 高い 低い 並 550 ∼ 580 不明 480 ∼ 530 ソルト NH3 NH3 、C2H2 、促進ガス 少 多 少 不適 良好 良好 7.処理後の表面粗さ 大 小 小 8.反応性(離型作用) 並 並 極めて良好 9.耐酸化性、耐熱性 大 小 並 良好 並 極めて良好 0.7 ∼ 0.8 0.7 ∼ 0.8 0.2 ∼ 0.3 良好 並 極めて良好 1.常温硬さ(HV) 2.高温硬さ(化合物層厚さ) 3.処理温度(℃) 4.処理媒体(使用ガス) 5.溶損量 6.耐ヒートチェック性 10.耐摩耗性 11.摩擦係数( ) 12.耐焼付性 3.ナノカーボンの種類・特徴・製造方法 (1)カーボンナノチューブ いは Co などの金属が触媒として作用している。 1991 年にカーボンナノチューブの存在が指摘され、 カーボンナノチューブの生成に触媒が関与してい 1993 年には炭素六角網面 1 枚が巻いてチューブと るが、触媒はカーボンナノチューブの先端で働いて なったナノチューブが発見され、単層ナノチューブ いるという説と、根元で働いているという説がある。 (Single-wall nanotube;SWNT)と多層ナノチューブ ① 炭素源と触媒 (Multi-wall nanotube;MWNT)が区別されるように 1998 年、チェンらは触媒を用いた炭化水素の なった。これらナノチューブの生成に対し、Fe ある 熱分解で SWNT が得られることを明らかにした。 (a)アームチェアー型 (b)カイラル型 (c)ジグザグ型 図 6 単層ナノチューブにおける三つのタイプ(θはカイラル角) 基板 基板 (a)先端成長機構 (b)根元成長機構 図 7 CVD(化学気相成長法)におけるカーボンナノチューブの成長機構の模式図 Vol.52(2011)No.9 SOKEIZAI 27 ベンゼン / フェロセン、メタン / Fe2O3 または Fe ③ アセチレンガスの熱分解によるカーボンナノ と Mo との二元系金属、一酸化炭素 / Fe(Co)5 を チューブの生成 用いる三つの方法に大別される。チェンらの方法 カーボンナノチューブの原料としてアセチレン では、助触媒としてチオフェン(C4H4S)を 5 wt % ガスの他に、ベンゼン、メタンガス、一酸化炭素 以上加えると MWNT、0.1 ∼ 5 wt % で SWNT が 等が使用されている。図 8 はアセチレンガスを原 得られるという。ダイらは、触媒として Fe2O3、 料としたカーボンナノチューブ合成装置のシステ CoO、NiO、NiO/CoO をアルミナあるいはシリカ ム構成図である。 に担持して CVD 処理を行い、Fe2O3 が良好な結果 ④期待される応用分野 を示した。 カーボンナノチューブは、熱伝導性、電気伝導 ② CVD 処理法の種類 性、機械的強度などで、従来の物質にない優れた カーボンナノチューブの生成法には、CVD 法、 特性をもつことが確認され、次世代壁掛けテレビ アーク放電法およびレーザー蒸着法がある。この の電子材料、リチウム電池の負極材などの電池材 中で、CVD 法がカーボン膜複合窒化に近い処理法 料、水素などのガス貯蓄材料、複合樹脂材料など である。表 2 は CVD 法の種類と特徴をまとめたも 幅広い用途への可能性を持っている。現状、カー のである。 ボンナノチューブの価格は 1 グラム当たり 3 ∼ 4 万円と非常に高価であり、価格が実用化への障害 になっている。 表 2 CVD 法の種類と特徴 炭素源/ キャリアガス 触媒 担体 DWNT と他の CNT 生成割合 文献 CH4/H2 Co -Mo MgO 微粒子 DWNT:77 % SWNT:18 % TWNT ※:5 % E. Flahaut, et al.: Chem.Commum., 1442(2003) CH4(純粋) Fe2O2 アルミナ微粒子 DWNT:約 55 % SWNT:約 48 % J. Cumings, et al.: Solid State Commum., 126, 359(2003) CH4/Ar Fe MgO 微粒子 DWNT:85 % SWNT:15 % H. Ago, et al.: Chem. Phys. Lett., 391, 308(2004) C2H2/Ar Co -Fe 耐熱性ゼオライト DWNT:> 80 % 他は SWNT と MWNT T. Hiraoka, et al.: Chem. Phys. Lett., 382, 679(2003) C2H2/H2+Ar Mo/Co/Al 多層膜 シリコン基板 最適条件では DWNT が SWNT より多い H. Cui, et al.: Chem. Phys. Lett., 374, 222(2003) C2H2/Ar フェロセン + 硫黄 担体なし (気相流動法) DWNT が主要生成物。 SWNT の割合は不明。 L. Ci, et al.: Chem. Phys. Lett., 359, 63(2002) Z. Zhou, et al.: Carbon., 41, 337(2003) エタノール Fe-Mo DWNT:95 % SWNT も少量 S. C. Lyu, et al.: Chem. Commun., 1404(2003) アルミナ微粒子 ※ TWNT は三層 CNT を表す。 図 8 アセチレンガスを原料とするカーボンナノチューブ合成装置のシステム構成図 28 SOKEIZAI Vol.52(2011)No.9 特集 ダイカストの欠陥・不良対策に役立つ最新技術 (2)カーボンナノコイル 最適反応温度は 750℃∼ 800℃である。コイルの長 アセチレンガスを触媒活性化熱分解すると、コイ さは反応時間が 2 時間では 3 ∼ 5 mm、10 時間では ル径がミクロンオーダーのカーボンナノコイルが得 10 mm に達する。コイル径は一般に 1 ∼ 5 m であ られる。種々の炭化水素のうち、アセチレンのみが る。コイルピッチは反応初期には比較的大きく 0.1 ∼ コイル成長を示す。 0.5 m で、反応時間が 30 分以上になるとほとんど零 多くの遷移金属、硫化物が程度の差はあるものの、 である。 コイル成長に対する触媒活性を示す。これらの中で、 特に Ni が優れた触媒活性を示している。カーボン (3)カーボンナノフィラメント ナノコイル成長には金属触媒と共に、原料ガス中に 各種の金属を触媒として、CO あるいは炭化水素 微量の硫黄あるいはリン不純物を添加することが重 ガスの不均一化反応や熱分解によって、繊維状の炭 要である。 素が生成することは古くから知られていた。初期に それらは「フィラメント」と呼ばれていたが、カー ボンナノチューブとの対比から「ナノファイバー」 とも呼ばれている、カーボンナノフィラメントのほ とんどが、金属微粒子の存在によって生成したもの と考えられており、「Catalytically formed carbon」 あるいは「Catalytic carbon」などとも表現されて いる。Fe−Co を触媒として、CO を 400℃で熱分解す る方法や、ステンレス鋼を触媒として CO を 500℃ で熱分解する方法が報告されている。 最近、最も多く研究されているのは、Fe 系金属の 微粒子を触媒にして、ベンゼンと水素の混合物を原 料とする方法である。この時、水素は二つの役割を 果たしていると考えられている。一つは触媒を活性 にしておく役目で、もう一つはベンゼンが金属表面 以外の空間で炭素化するのを防止する役目である。 高強度、高弾性を有する新材料として応用が広まり つつあり、複合材として航空宇宙関係の分野、高温 用構造材料の分野、レーシングカーの分野で実用化 が進んでいる。その他、電子材料、磁性材料として の応用も期待されている。 写真 2 カーボンナノコイルの形態 4.おわりに カーボン膜複合窒化は、あくまでガス窒化、ガス ボンナノチューブやカーボンナノコイルが発見さ 浸硫窒化の延長線上の技術として開発されたもの れ、にわかに両技術の関係に注目が集まった。今後、 で、当初ナノカーボンとの関わりは意識されていな 両技術を融合・発展させ、トライボロジカル表面の かった。しかし、カーボン膜複合窒化表面で、カー 実用化と、ナノカーボン類の量産を目指したい。 株式会社日本テクノ 〒 349-0133 埼玉県蓮田市閏戸 3968 TEL. 048-767-1113 ㈹ FAX. 048-766-4567 http://www.nihon-techno.co.jp E-mail:[email protected] Vol.52(2011)No.9 SOKEIZAI 29
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