臨床技術 肩関節Scapula Y撮影補助具の試作と使用経験 - MT Pro

肩関節Scapula Y撮影補助具の試作と使用経験
(前島・他)
臨床技術
957
肩関節Scapula Y撮影補助具の試作と使用経験
前島秀幸・岡本孝英・山崎哲史・日吉 寛
田中 保・森 剛・吾子俊敬・小川敬壽
論文受付
2001年 5 月10日
論文受理
2002年 2 月12日
帝京大学医学部附属病院中央放射線部
Code No.241
はじめに
変化させる必要があるため,この撮影法を単に一つの
肩関節のScapula Y撮影は,肩関節正面像で把握す
撮影法で対応させる事には問題がある.
ることが困難な上腕骨の前方あるいは後方脱臼の診断
どのような臨床技術でも,この対象が医療にかかわ
や,外科頸骨折の骨変位に対して有効な撮影法である
る技術である以上,誰が行っても失敗は許される訳で
と同時に,肩峰下腔の腱板の石灰化や肩鎖関節の骨化
なく,その疾患のより多くの情報量を描出する技術
などで起こるimpingement syndromeを診断するうえで
で,しかも患者さんに苦痛をできるだけ与えない方法
1)
,2)
欠くことのできない撮影法になっている
.
であるべきである.
ところが,この撮影法は患者さんの体型や姿勢,そ
このScapula Y撮影も当然のことながら,難しい撮
して上体に対する肩甲骨の位置などによって撮影法を
影法の部類に属し,そこには患者さんの体型やその他
Trial Manufacture of Subsidiary Tool and Use of Technique for Shoulder
Joint of“Scapula Y”
HIDEYUKI MAEJIMA, TAKAHIDE OKAMOTO, NORIHITO YAMAZAKI, K AN HIYOSHI,
TAMOTSU TANAKA, TAKESHI MORI , TOSHITAKA AKO, and N ORIHISA OGAWA
Department of Radiology, Teikyo University Hospital
Received May 10, 2001; Revision accepted Feb. 12, 2002; Code No. 241
Summary
The technique of“Scapula Y ”is effective for capturing forward/backward dislocation of the humeral
head and variation in surgical spine fracture. It is also indispensable for describing images of ossification
at the tendon plate of the lower lobe of the acrominon and impingement syndrome. However, owing to large
individual variations in body shape and position and shape of the scapula, the conventional method does not
lend itself to stable reproduction of position or provide adequate diagnostic information. We measured the
central angle of entry from scapula m24 pairs of dried bone
(Indian)
into the spine of the scapula from horizontal and forehead planes to determine the range of variation together with the clinical data referred to in
the next paragraph. We then manufactured a trial subsidiary tool to set the angle of the central entering
beam base on the acrominon to the spine of the scapula using data on measured angle from 50 clinical radiographs. We identified improvement in radiography of the scapula by using the subsidiary tool designed
and manufactured on the basis of the above measured data.
Key words: radiography, scapula Y
別刷資料請求先:〒173-0003
2002 年 7 月
東京都板橋区加賀2-11-1
帝京大学医学部附属病院 中央放射線部 前島秀幸 宛
日本放射線技術学会雑誌
958
Fig. 2 Overview of subsidiary tool.
Fig. 1 Measured angle of dried bone from DR image.
1-2 臨床X線写真の計測
当院の臨床に用いられている肩関節正面像から,角
Aおよび角Bを計測した.対象としたX線写真は骨折
の特徴を捕らえる能力に加えて,その特徴を撮影技術
など異常所見のない50症例である.
に生かすことのできる経験を含めた技術が求められ,
診断情報が多く再現性に優れた画像を診断側に提供す
3)
,4)
ることはそう容易ではない
.
1-3 角度算出
方法 1 および 2 で計測した角度を,棘上窩底面の
そこで,肩甲骨の特徴に基づく撮影補助具を試作
接線像と肩峰上面の直線を基準にして,人体の水平面
し,臨床的な変更を加えて,診断情報が多く再現性に
および前額面に対する立体角を,投影角から求めた.
優れた撮影補助具を作成した.
X線の入射角をͱ,肩甲棘辺縁の直線部と棘上窩底面
の接線像で描出される直線によって囲まれる角度,つ
1.方 法
まり角BをͰとすると求める立体角Θは次式で近似さ
1-1 肩甲骨
(乾燥骨)
の計測
れる.
左右24対の肩甲骨
(インド人乾燥骨)
を,人体の肩関
tan-1Θ∼
_ sinͰ×cosͱ
(補正式①)
節撮影と同じ画像が得られるようにして撮影した正面
像,Scapula Y像および肩甲骨を頭尾方向に撮影した
1-4 補助具の作成
軸位像,さらにScapula Y撮影のX線入射方向に垂直に
方法 1,2,3で求めた結果,体表上からX線入射角
投影したScapula Y垂直像についてdigital radiography
度と入射点が設定できる補助具を作成した
(Fig. 2)
.
装置
(日立社製DR2000H)
による撮影を行い,これら
この補助具の材質は 3mm厚さのアクリル板である.
の 4 方向の肩甲骨像
(Fig. 1)
から角A,角B,角Cの 3
種の角度を計測した.
1-5 補助具使用によるScapula Y像の良否判定
角Aは正面像における肩甲棘辺縁の直線部と肩峰上
補助具を使用しない場合のScapula Y像と使用した
面で作られる角度であり,補助具を肩峰上面にうまく
場合のScapula Y像の良否と再撮影判定を,次に示す
密着させ固定するために必要な角度である.角Bは肩
評価基準に基づき評価を行った.評価基準は,診断目
甲棘辺縁の直線部と棘上窩底面の接線像で描出される
的を十分満足する画像,すなわち肩甲骨の内外面が接
直線によって囲まれる角度であり,肩甲棘辺縁の直線
近し接線状に描出し,また肩峰下面と鎖骨下面が一致
部を基準線とした上下方向のX線入射角を求める為に
すると同時に,肩峰下面と上腕骨頭で囲まれる肩峰下
必要な角度である.角Cは軸位像の肩甲骨平面と肩甲
腔を広く描出している画像を
「最良」
と評価し,それよ
棘直線部で作られる角度であり,カセッテと前額面の
り肩甲骨や肩峰・鎖骨の一致度がやや低下するが,読
角度を求めるために必要な角度である.
影上支障とならない画像を
「良」
,読影不能の画像を
「不良」
とし,撮影条件の不良なもの,異常所見のある
画像は対象から除外した.なお,統計学的検定は補助
第 58 卷 第 7 号
肩関節Scapula Y撮影補助具の試作と使用経験
(前島・他)
Table 1
Measured value of dried bone of DR images
(average)
.
Calculation data of angle
Degree(average)
A
23.2ȗ5.7°
B
23.1ȗ2.6°
C
16.8ȗ2.2°
Table 3
Corrected measured value of dried bone obtained by 3D angle calculation
(average)
.
Table 2
959
Measured value of vertical image of Scapula
Y(average)
.
Calculation data of angle
Degree(average)
B’
17.8ȗ2.9°
Table 4
Measured value of clinical image and corrected data
obtained by calculation of 3D angle
(average)
.
Angle
Measured data
of clinical image
Angle
Calculation data
20.8ȗ6.6°
A
23.2°ȗ2.7°
A”
20.4°ȗ2.0°
17.6ȗ2.9°
B
21.7°ȗ2.1°
B”
17.9°ȗ1.5°
Calculation data of 3D angle
Degree(average)
A”
B”
具使用群と未使用群の 2 群間のカイ 2 乗検定を用い
て行った5).対象とした症例は,補助具使用例42例,
補助具未使用例50例である.
2.結 果
2-1 乾燥骨の角度計測
乾燥骨24対の角A,角B,角Cの計測値は,Table 1
のとおりである.角Aは23.2Ȁ5.7度,角Bは23.1w2.6
度であった.またScapula Y垂直像の角B’
(正面像の角
Bに相当)
は17.8Ȁ2.9度であった.
(Table 2)
この計測値の中で角AおよびBを,立体角の補正式
①によってScapula Y垂直像に変換した値を角A”およ
び角B”とし,Table 3に示す.この結果,角B”は
17.6Ȁ2.9度となり,Scapula Y垂直像のB’角とほぼ一
致する結果になった.
2-2 臨床X線写真の角度計測
臨床X線写真の角Aおよび角Bの測定結果をTable 4
Fig. 3 Design of subsidiary tool.
に示す.臨床写真における角Bは21.7Ȁ2.1度であり,
Scapula Y垂直像に変換した値
(角B”)
は17.9Ȁ1.5度と
プを点け,X線入射方向と入射点を示すポインタの投
なり,乾燥骨の値とほぼ一致した.
影像が点になるように前額面とカセッテのなす角,お
よび管球の振り角を調整する.またポインタは,体の
2-3 補助具の作成
大小に対応させるように,前後に 3cm移動できるよう
以上の角A”および角B”の結果に基づいてScapula Y
にした.
撮影用補助具を試作した.
この試作器では,角B”を18度に設定したが試用段
この試作器は,肥満体でも体表上に明確になる肩甲
階において肩峰下面から棘上窩下面までの距離が広
棘を基準にして設計したもので,この体表上の肩甲棘
く,また上腕骨頭が広く描出されるが,肩峰下腔が肩
に対して上方からの角度A”を20度,また後方外側か
関節正面像に比べ狭くなってしまうため角B”を15度
ら前方内側へ向けて入射する角度B”を18度として,
に補正した.また角Cに関しては肩甲棘と鳥口突起の
Fig. 3に示すような補助具を作成した.補助具は座位
頸部および棘上窩により構成されるY字像と上腕骨骨
または立位で後前方向足方へX線を入射させる体位と
頭の位置関係がわずかにずれることがあったため,17
し,肩甲棘直線部を触知し,Fig. 3に示す補助具のD-
度を16度に補正し臨床での使用を試みた.最終的な撮
Eのラインを肩甲棘直線部に一致させる.照射野ラン
影補助具の各角度を角Aは20度,角Bは15度,角Cは
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日本放射線技術学会雑誌
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Fig. 4 Practical use of subsidiary tool.
Fig. 5 Clinical image of scapula using the subsidiary tool.
(a)Image obtained without using the
subsidiary tool.
(b)Image obtained using the subsidiary
tool.
a
b
16度とした.Fig. 4に臨床での使用例をFig. 5
(a)
(b)
に
補助具を使用したScapula Y像を示す.Fig. 5の症例は
Table 5
経過観察中の患者を撮影したものでFig. 5
(a)
は,補助
Result of evaluation of clinical images.
(Comparison of conventional image and image
obtained with subsidiary tool.)
具を使用せずに撮影したもので,画像評価は
「良」
とし
Not
Re-exposure
た.また,Fig. (
5 b)
は補助具を使用して撮影したもの
で,画像評価は
「最良」
とした.
2-4 補助具使用による臨床画像評価
補助具未使用
(症例50例)
と使用
(症例42例)
の評価結
果をTable 5に示した.
補助具使用,未使用時を比較すると,
「最良」
とされ
Re-exposure
Total
Supreme
Satisfactory
Rejection
Not-using
subsidiary
tool
14
(28%)
23
(46%)
13
(26%)
50
(100%)
Using
subsidiary
tool
27
(64%)
7
(17%)
8
(19%)
42
(100%)
る画像評価は未使用時より 2 倍以上向上した.同時に
「不良」
すなわち再撮影の対象となった枚数も補助具を
使用する事によって30%弱減少した.
現性が向上している点から,効果のある補助具と評価し
再撮影率の検定は,カイ 2 乗値が0.63となり,自由
てよい.なお再撮影率の低下に寄与しなかった理由とし
度 1 における 5%のカイ 2 乗値3.84より小さな値を示
ては,撮影補助具を使用しない場合でも74%の合格率を
し統計的有意差は認められなかった.
裏付ける技術があったからとも解釈できる.
また,補助具使用群,未使用群の画像上の良否判定
従来の上体をカセッテに対して20度,中心線を水平
は, 2 群間のカイ 2 乗検定で,13.25となり,自由度
から20度設定する撮影法6)から比較すれば,極めて高
2 の 5%のカイ 2 乗値5.99, 1%のカイ 2 乗値が9.21
い成功率の撮影法といってもよいと考える.
より大きくなり,統計学的には補助具使用による画像
評価は有意差が認められ再現性が向上している事が確
4.結 語
認できた.
肩関節のScapula Y撮影において肩甲骨の特徴に基
づく撮影補助具を作成し,臨床応用を試みた.その結
3.考 察
果,臨床での使用経験から若干の補正を補助具に加え
今回試作したScapula Y撮影補助具は,乾燥骨の計
る事により,再現性のよい画像を得る事が可能とな
測結果を基に各角度を設定し作成した.しかし,角B
り,補助具の有用性が確認できた.
および角Cにおいて若干の角度を補正する結果となっ
た.これは乾燥骨のみで得られた画像から算出したた
謝 辞
め,僧帽筋などの影響を補助具の設計段階で加味する
本研究を遂行するにあたり,ご協力いただきました
ことができなかったためである.
当放射線部技師室諸氏に御礼申し上げます.
また,補助具の使用は,統計学的検定の結果,再撮影
なお,本論文主旨は日本放射線技術学会第56回総会
率の低下には効果を表す事ができなかったが,読影に必
学術大会にて発表した.
要な情報としての画像を撮影するという観点からは,再
第 58 卷 第 7 号
肩関節Scapula Y撮影補助具の試作と使用経験
(前島・他)
961
参考文献
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65,152,金原出版株式会社,東京,
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目的とした肩関節撮影法の検討.日放技学誌,49(8)
,
図表の説明
Fig. 1
DR画像による乾燥骨の計測角
Fig. 2
補助具の概観と使用の際の肩甲骨との関係
(イメージ)
Fig. 3
補助具の規格図
(斜線部はポインタ)
Fig. 4
補助具の臨床での使用例
Fig. 5
補助具を使用して撮影したScapula Y像
(a)
補助具を使用しないで撮影したScapula Y像
(b)
補助具を使用して撮影したScapula Y像
Table 1
DR画像による乾燥骨の計測値
(平均値)
Table 2
DR画像による乾燥骨のScapula Y垂直像の計測値
(平均値)
Table 3
立体角計算による乾燥骨計測値の補正値
(平均値)
Table 4
臨床画像の計測値および立体角計算による補正値
(平均値)
Table 5
臨床画像の評価結果
(補助具使用群と未使用群の比較)
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