擁壁の転倒安定性照査法を考える 右城 猛 1. 転倒の安定性の評価法 常時荷重による擁壁の転倒安定性評価法には,次の3つの方法がある。 ①底面位置における荷重合力の偏心量で規定する方法(評価法1) e ≥ B B または Fs1 = ≥ 3.0 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ( 1) 6 2e ②荷重の鉛直分力によるモ−メントと水平分力によるモーメントの比(評価法2) Fs2 = W ⋅ x c + PAV ⋅ x A ≥ 1. 5(または1. 2) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ( 2) PAH ⋅ y A ③荷重の抵抗モーメントと転倒モーメントの比(評価法3) Fs3 = M r W ⋅ xc W ⋅ xc = = ≥ 1. 5 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ( 3) M 0 PA ⋅ a PAH ⋅ y A − PAV ⋅ x A 合力 土圧 xA P AV 自重 W PA P AH x0 yA CL a d B/2 e B 図 1 記号の説明 2.設計技術基準類等における評価法 わが国の設計基準や教科書,外国の専門書を調べると表 1 となる。前述の評価法のいず れかが紹介されているだけであって,採用理由に関するコメントはされていない。 1 表 1 設計基準類における転倒の評価法 書籍名 道路土工指針 道路土工−擁壁工 指針 道路橋示方書 宅地防災マニュア ルの解説 港湾施設の技術上 の基準 土質工学ハンドブ ック 土質力学 著者 発行年 転倒の評価法 評価法(1)を満たさない場合は,評価法 (2)によって安定性を確認する。 日本道路協会 1973 日本道路協会 1999 評価法(1) 日本道路協会 1996 宅地防災研究会 1989 評価法(1) 評価法(3) 評価法(1)を満足するのが望ましい。 日本港湾協会 1999 評価法(2)。ただし,安全率は 1.2 土質工学会 1983 評価法(2) 1966 評価法(3) 1969 評価法(2) 1983 評価法(1) 1967 評価法(3) 1979 評価法(3) 1995 評価法(1) 1996 評価法(2) 1996 評価法(2) 赤井浩一 久野吾郎,箭内寛 土質工学演習 治,浅川美利 土質工学 稲田倍穂 静・動土質−解析と エヌ・カ・スニト 計算 コ(訳:原田千三) T.W.Lambe, Soil Mecanics R.V.Whitman Foundation Design John N.Cernica Analysis and Design Swami Saran of Substructures Highway Engineering Roger L.B, Handbook Kenneth J.B 3.評価法の違いが擁壁断面に与える影響 3種類の擁壁形状に対して試計算を行った結果を図 2∼図 4 に示す。 土圧が水平に作用する場合には,評価法 2 と評価法 3 では全く同じ安全率を与えるが, 土圧の傾斜が大きくなるに伴って両者の安全率の差も開いてくる。 壁面勾配が 1:0.5 のブロック積み擁壁の場合,評価法(2)と評価法(3)の安全率の差が少ない のは,土圧が水平に近い角度で作用するためである。 図4のブロック積み擁壁の場合,評価法(2)と評価法(3)では擁壁高が高くなるにしたがっ て安全率が減少し,安定な擁壁高さは H<10m となるが,評価法(1)を適用すると転倒の安定 性を満たすのは H<0.5m と 12.9m<H<13.8m の範囲に限定されることになる。ブロック積み 擁壁の転倒の安定性照査に評価法(1)を用いた場合,極めて不合理な結果をもたらす原因は, 示力線が図 5 のように描かれることにある。 いずれにしても,採用する評価法によって転倒の安定性の照査結果が全く異なることに なる。 2 0.5m 3.5 xA 10m x0 3 γ=20kN/m3 φ=35゜ δ=2φ/3 R PAV 2 Fs PA 1.5 PAH 評価法2 1 yA W 評価法1 2.5 評価法3 0.5 e 0 2.5 B 2.7 2.9 3.1 3.3 3.5 3.7 B(m) 図 2 壁背面が鉛直な重力式擁壁 0.5m 4.5 R 3 PA xA 10m 評価法3 4 3.5 PAV W PAH x0 γ=20kN/m3 φ=35゜ δ=2φ/3 yA Fs 2.5 評価法1 2 1.5 1 評価法2 0.5 0 3 e 3.5 4 4.5 5 5.5 6 6.5 7 7.5 B(m) B 図 3 壁前面が鉛直な重力式擁壁 評価法2 1:0 .5 6 x0 γ=20kN/m3 φ=35゜ δ=2φ/3 W H PA R 評価法3 5 4 Fs 3 yA 評価法1 2 1 e B=0.75m 0.5 0 0 12.9 2 4 6 H(m) 図 4 ブロック積み擁壁 3 8 10 12 13.8 14 16 1:0 .5 示力線 示力線 B/3 B/3 B/3 B/3 B B/3 B/3 B 壁背面が鉛直の重力式擁壁 示力線 B 壁前面面が鉛直の重力式擁壁 ブロック積み擁壁 図 5 擁壁形状と示力線 4.安定性の評価法に関する考察 (1)評価法2と評価法3について 擁壁の転倒に対する安定性の不確定要因は,コンクリートおよび裏込め土の単位体積重 量,裏込め土のせん断強度定数,土圧計算法に対する誤差,および擁壁施工上の寸法誤差 であるが,最も大きい誤差は裏込め土のせん断強定数および土圧計算法に関するものであ る。そこで,土圧のみに安全率 Fs を考慮するものとし,つま先でのモーメントのつり合い 式をたてると次のようになる。 W ⋅ xc + Fs ⋅ PAV ⋅ x A = 1 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ( 4) Fs ⋅ PAH ⋅ y A 式(4)より安全率を求めると,次のようになり式(3)と一致する。 Fs = W ⋅ xc ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ( 5) PAH ⋅ y A − PAV ⋅ x A 式(2)は,土圧の鉛直成分に対する安全率を Fs=1 とした場合に相当する。土圧の水平成分 に安全率 Fs>1 を考慮し,鉛直分力に対して Fs=1 とおくことは不合理である。 以上の考察より,転倒の安全率としては式(3)つまり評価法3が力学的に合理的であると 言える。 (2)評価法1と評価法3の関係について 擁壁底面における合力の偏心量 e は式(6)で表される。 e= B W ⋅ xc − PAH ⋅ y A + PAV x A − ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ( 6) 2 W + PAV これより, 4 B PAH ⋅ y A − PAV x A = W ⋅ xc − − e (W + PAV ) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ( 7) 2 式(7)を式(5)に代入すると Fs = W ⋅ xc 1 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ( 8) = B 2e − B P AV W ⋅ xc + e − (W + PAV ) 1 + 2 x 1 + W 2 c 土圧が水平に作用する場合(PAV=0)には,式(9)となる。 Fs = 1 1 = ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ( 9) 2e − B B e 1 1+ 1+ − 2 xc xc B 2 式(9)から明らかなように,転倒の安全率は荷重の偏心率 e/B 以外に,擁壁の形状係数κ =xc/B の影響を受けることがわかる。 評価法1で設計された擁壁の偏心量は-B/6<e<B/6 の範囲にある。 この場合の形状係数κと 安全率 Fs の関係は図 6 となる。 4 転倒の安全率 Fs 3 W W e=-B/6(後方へ偏心) B B 2 1 xc/B=0.33 xc /B=0.50 e=B/6(前方へ偏心) 0.5 W W 0 1.0 1.5 2.0 2.5 形状係数κ=xc /B B xc/B=0.67 B xc /B>1.0 図 6 偏心量と転倒の安全率の関係 L 型擁壁のように形状が矩形に近い場合は xc/B≒0.50 であるので,e=B/6 とすれば Fs=3.0 となる。 壁面勾配が 1:n で高さが H のブロック積み擁壁などでは,x=(B+nH)/2 となる。標準的な ブロック積み擁壁は n=0.5,H≒10B であるので,x=3B となり,Fs=9/8=1.125 となる。つま り,ブロック積み擁壁では合力がミドルサードに入っていても Fs≧1.125 となり,安全率 1.5 5 は保証されないことがわかる。 以上のことから,転倒の安定性を偏心量で照査ができるのは,重力式擁壁や L 型擁壁な どの自立式擁壁に限られと言える。ブロック積み擁壁やもたれ式擁壁については,荷重合 力がミドルサードに入っていても転倒に対して十分安全とはいえない。 5.転倒の安定性の評価法 わが国の土木構造物では,一般に,荷重合力が基礎底面の中央 1/3(底面形状が矩形の場合) に入っておれば,転倒に対して安全と判定している。これは以下の3つの理由による。 ① 荷重の合力がミドルサードに入っていれば,転倒の安全率は十分確保される。 ② 荷重の合力がミドルサードから外れるということは, 構造物に引張応力が発生すること を意味する。引張応力を発生させないためには,ミドルサードに入れる必要がある。 ③ 底面で荷重の偏心量が大きいと,つま先に応力集中が生じ,支持地盤が局部せん断破壊 (進行性破壊)を起こし,過度の傾斜の原因となる。また,支持力計算は一般に,全般破壊 を前提にしており,局部せん断破壊の照査が難しい。 しかしながら, ①の理由が成り立つのは,重力式擁壁や逆T型擁壁などの自立式擁壁に限られる。もたれ 式擁壁やブロック積み擁壁では,荷重の合力がミドルサード内に入っていても 1.5 の安 全率は保証されない。 ②の理由は,無筋コンクリート構造に対するものと考えられるが,無筋コンクリート構造 でも打継ぎ目を鉄筋で補強することにより,ある程度の引張応力は許容できる。鉄筋コ ンクリート構造では引張応力が発生しても問題にならない。 ③の理由は,支持地盤の地耐力に余裕が少ない場合に対するものであって,岩盤などの場 合には問題にならないと思われる。 以上のことから,転倒の安定性の照査方法は,下記のように考えるのが合理的である。 ①式(3)式により,転倒の安全率が確保されていることを確認する。 ②最大地盤反力度が極限支持力度を超えないようにする。 ③支持地盤が土砂の場合には,基礎底面に引張応力が発生しないようにする。 ④無筋構造の擁壁では,躯体に発生する引張応力をコンクリートの許容引張応力度以下に 押さえる。また,コンクリート打継目には補強鉄筋を配置する。 6
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