Dimethyl sulfoxide が有効であった原発性肺 - 日本呼吸器学会

日呼吸会誌
●症
42(9)
,2004.
825
例
Dimethyl sulfoxide が有効であった原発性肺アミロイドーシスの 1 例
須谷 顕尚1)
田部 一秋1)
永田
薫1)
清水 禎彦2)
坂本 芳雄3)
倉光
真1)
要旨:症例は 52 歳女性.健康診断にて胸部異常陰影を指摘され,精査目的で当院を紹介された.胸部 CT
にて両肺野に散布性の小結節影を認めたため,転移性肺腫瘍を疑って全身検索と共に気管支鏡を行うも確定
診断には至らず胸腔鏡下肺生検を行った.組織学的に結節は硝子様物質の沈着からなり,この沈着物はコン
ゴーレッド染色で陽性像を呈し,偏光顕微鏡下では黄緑色の輝線が認められた.過マンガン酸処理後のコン
ゴーレッド染色でも赤色に染色され,AL 型のアミロイド蛋白と判定した.原発性肺アミロイドーシスと診
断し dimethyl sulfoxide の内服療法を行った.約 2 年間の内服期間中は結節影の増大・増加を認めず,dimethyl sulfoxide によって病変の進行が抑制されたと考えられた.
キーワード:原発性肺アミロイドーシス,ジメチルスルフォキシド,AL 蛋白
Primary pulmonary amyloidosis,Dimethyl sulfoxide,Amyloid L protein
はじめに
血圧 118!
80 mmHg,脈 拍 68 回!
分,整,呼 吸 数 20 回!
分,眼・口腔内乾燥症状を認めず,表在リンパ節触知せ
アミロイドーシスとはアミロイドと呼ばれる蛋白が
ず,呼吸音は正常,心雑音も聴取しない.腹部は平坦・
種々の臓器に沈着する原因不明の代謝性疾患であり,特
軟,肝・脾触知せず,圧痛を認めず,腸雑音正常.ばち
に肺アミロイドーシスは比較的まれな疾患である.また,
指を認めず,下肢に浮腫を認めない.皮膚・関節に異常
その治療法も確立されていない.今回我々は散布性小結
認めず,神経学的所見に異常を認めなかった.
節影を呈し,胸腔鏡下肺生検にて診断し得た原発性肺ア
入 院 時 検 査 成 績(Table 1)
:赤 血 球 沈 降 速 度 は 31
ミロイドーシスに対し dimetyl sulfoxide(DMSO)によ
mm!
hr と軽度亢進していたが白血球数,CPP は正常で
る治療を行い,その進行を抑制できたと考えられる症例
あった.血清総蛋白は 7.9 g!
dl と基準値内であったが,
を経験したので報告する.
蛋白分画で M 蛋白を認めた(Fig. 1)
.尿蛋白は陰性で
症
例
あり,Bence Jones 蛋白も陰性であった.血清免疫電気
泳動では λ 型 IgG の単クローン性の増加を認めた.自
症例:52 歳,女性.
己抗体の検索ではリウマトイド因子が 138 IU!
ml と高
主訴:なし.
値,抗核抗体は 40 倍で speckled 型であった.抗 SS-A
既往歴:特記すべきことなし.
抗体は 500 U!
ml 以上と陽性,抗 SS-B 抗体は 7 U!
ml で
家族歴:姉と叔母に慢性関節リウマチ.
陰性であった.動脈血液ガス分析では室内気吸入下で
生活歴:喫煙 27 歳から 1 年間 1 日平均 3 本.
PCO2 45.7 Torr,PO2 78.7 Torr.呼吸機能検査は%VC
現病歴:1999 年 5 月の健康診断にて胸部レントゲン
VA 90.7% であった.
101.9%,FEV1% 81.9%,%DLco!
写真の異常陰影を指摘された.近医を受診し胸部 CT で
胸部単純レントゲン写真では両側肺野に散布性に小結
両肺の多発結節陰影を認め転移性肺腫瘍を疑われたため
節影が認められ(Fig. 2)
,胸部 CT では両側肺野の肺実
同年 7 月精査目的で当院紹介入院となった.
質に径 1 cm 大までの辺縁不正な小結節影が,おもに血
入院時現症:身長 160 cm,体重 59 kg,体温 36.0℃,
〒350―0495 埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷 38
1)
埼玉医科大学呼吸器内科
2)
同 病理
3)
湯河原厚生年金病院内科
(受付日平成 16 年 1 月 29 日)
管影に隣接した部位に多発性に認められた.縦隔条件で
は肺門,縦隔リンパ節腫脹は認められず,石灰化も認め
なかった(Fig. 3)
.
入院後経過:入院後,胸部多発性結節影の診断をつけ
るため気管支鏡検査を行った.可視範囲では粘膜表面に
異常所見は 見 ら れ ず,右 B4a と B8a に て TBLB,B8 に
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Table 1 Laboratory findings on admission
Hematology
WBC
4,260/μl
RBC
435 × 104/μl
HB
13.9 g/dl
Ht
40.9%
Plate
22.9 × 104/μl
ESR
31 mm/1hr
Biochemistry
GOT
17 IU/l
GPT
14 IU/l
LDH
184 IU/l
BUN
16 mg/dl
Cr
0.53 mg/dl
UA
3.8 mg/dl
T.P
7.9 g/dl
Alb
4.6 g/dl
Ca
9.6 mg/dl
CRP
0.1 mg/dl
Immunology
IgG
1,583 mg/dl
IgA
153 mg/dl
IgM
65 mg/dl
CH50
53.2CH50/ml
C3
97 mg/dl
C4
23 mg/dl
RF
138 IU/ml
ANA
× 40 SP
RNA
3.8 C.I.
SS-A
500.0 U/ml
SS-B
7.0 U/ml
Scl-70
negative
Jo-l
7.0 U/ml
Anticardiolipin antibody 8 U/ml
C-ANCA
10 EU
MPO-ANCA
10 EU
Tumor markers
CEA
2.5 ng/ml
SLX
18 U/ml
SCC
0.6 ng/ml
CYFRA
1.0 ng/ml
ProGRP
24.2 pg/ml
NSE
3.0 ng/ml
sIL-2R
503 U/ml
Arterial blood gas analysis: room air
pH
7.402
PCO2
45.7 Torr
PO2
78.7 Torr
HCO3−
27.3 mmol/l
Pulmonary function test
%VC
101.9%
FEV1%
81.9%
%DLco
82.7%
%DLco/VA
90.7%
Fig. 1 A peak of M-protein revealed by serum protein
fractionation.
て洗浄を行ったが,確定診断は得られなかった.転移性
肺腫瘍を疑い全身検索を施行したが,頭部 CT,腹部・
骨盤 CT,腹部エコー,甲状腺エコー,骨シンチに異常
Fig. 2 A chest radiograph on admission showed multiple nodular shadows in the lung.
なく,上部消化管内視鏡では胃炎の所見のみ,下部消化
管造影ではポリープを認めたがポリペクトミーにて
adenoma と診断された.Ga シンチにて両側肺門部に陽
SLX,SCC,NSE,ProGRP,CYFRA,CA 19-9 で異常
性像を認めたが胸部 CT では肺門リンパ節腫脹を認めな
高値を認めなかった.婦人科的検索でも異常を認めず,
かった.骨髄穿刺でも悪性所見を認めず,形質細胞の増
確定診断をつけるため胸腔鏡下肺生検を右 S3b,S4a に
加,形態異常も認めなかった.腫瘍マーカーでは CEA,
て行った.
散布性結節影を呈した肺アミロイドーシスの 1 例
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Fig. 4 Biopsy specimen with hematoxylin-eosin staining, showing deposits of amorphous materials(×20)
.
Fig. 3 A chest CT film showing multiple nodules.
Fig. 5 A : Green birefringence was demonstrated in the amorphous materials when they were viewed under a polarized light microscope after Congo red staining(×20)
. B : It was also positively stained with
Congo red even after the potassium permanganate treatment(×20).
病理学的所見:H-E 染色では最大で径 8 mm までの大
小不同の均一無構造な硝子様物質が,血管壁あるいは肺
実質内に沈着し,病巣辺縁にはリンパ球,形質細胞,異
物型巨細胞の浸潤が認められた(Fig. 4)
.また病巣内の
ところどころに石灰沈着も認められた.沈着物はコン
ゴーレッド染色で陽性像を呈し,偏光顕微鏡下では黄緑
色の輝線が認められた(Fig. 5 A)
.過マンガン酸カリウ
ム処理後のコンゴーレッド染色でも赤色に染色され
(Fig. 5 B)
,抗 AA アミロイド抗体を用いた免疫染色で
は陰性であったため,AL 型アミロイド蛋白と判定した.
さらに胃・十二指腸および直腸生検を行ったが,アミロ
イドの沈着を認めず,99mTc-DMSA シンチグラフィ1)で
は両肺野にのみびまん性の集積が認められた(Fig. 6)
.
血清学的にはリウマトイド因子,抗核抗体,抗 SS-A 抗
体が陽性であったが,乾燥症状を認めず,唾液腺造影,
Rose-Bengal テスト,Shirmer テストも陰性であったた
め Sjo
!gren 症候群の診断には至らなかった.そのほか慢
性関節リウマチや全身性エリテマトーデスといった膠原
病も否定された.また,血清中に M 蛋白を認めたが,
Fig. 6 Technetium-99m dimercaptosuccinic acid scintigram revealed diffuse accumulation in both lung fields.
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B
A
D
C
Fig. 7 Chest radiograph and CT films showing little change of nodular shadows 22 months after initiation
of DMSO therapy(A, B)
. However, both the size and the number of nodular shadows increased 13
months after the cessation of DMSO therapy(C, D)
.
骨髄穿刺や検尿では正常であったため多発性骨髄腫の合
併も否定された.Hodgkin 病,腎癌,甲状腺癌といっ
た悪性疾患や結核,気管支拡張症,骨髄炎などの慢性感
染性疾患も否定され,遺伝性も認められず,原発性肺ア
ミロイドーシスと診断した.
ロイドーシスの進行を抑制していたと考えられた.
考
察
アミロイドーシスは,アミロイド線維を主成分とする
アミロイド蛋白が組織に沈着し機能障害を引き起こす代
アミロイドーシスに対しインフォームドコンセントを
謝性疾患である.肺アミロイドーシスは全身性アミロイ
得て dimethyl sulfoxide(DMSO)の経口投与を行った.
ドーシスの一部分症として見られる場合と,肺のみに限
平成 11 年 12 月より内服を開始し,平成 13 年 10 月まで
局して発症する原発性肺アミロイドーシスとがある2).
胸部レントゲンおよび胸部 CT 上結節陰影の増大や増加
本症例は肺以外にアミロイド沈着を認めず,他の原因疾
を認めなかった(Fig. 7 A,B).DMSO による副作用と
患も認めなかったため原発性肺アミロイドーシスと診断
しては口臭,胃部不快感と嘔吐があり,そのため平成 13
した.Spencer3)は肺アミロイドーシスを病理学的に 1)
年 10 月より内服を断念した.その後経過観察をしてい
限局性気管支沈着型,2)びまん性気管支沈着型,3)結
たところ平成 14 年 11 月の胸部 CT(Fig. 7 C,D)にて
節性肺アミロイドーシス,4)びまん性胞隔型の 4 型に
結節影の増加・増大を認めたことより,DMSO がアミ
分類している.本症例は99mTc-DMSA シンチグラフィに
散布性結節影を呈した肺アミロイドーシスの 1 例
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てびまん性の集積を認めたが,病理学的にはびまん性の
本症例において DMSO はアミロイド結節を消退させる
沈着を認めず 3)の結節性肺アミロイドーシスに該当す
には至らなかったものの進行は抑制していたと推測され
ると考えられた.この差はシンチグラフィでの分解能の
た.今後の治療の選択としてステロイド薬や免疫抑制剤
低さが原因と考えられた.
等の使用も考慮したが,起こりうる副作用の問題と,画
結節性肺アミロイドーシスでは高頻度でアミロイド蛋
像所見の悪化に比べ血液ガス分析での低酸素血症の進行
白が AL 型で,かつ前駆蛋白が免疫グロブリン λ 型 L
が緩徐であることをから,無治療で慎重に経過観察中で
4)
鎖であることが知られている .本症例のアミロイド蛋
ある.アミロイドーシスに対する DMSO 療法は副作用
白も過マンガン酸カリウム処理に抵抗性であることより
が一般に軽度であることから,一度は試みてよい治療法
AL 型と判定した.また血清免疫泳動にて単クローン性
と思われた.
の λ 型 IgG の増加を認めたことより λ 型 AL 蛋白と考
文
えられた.
献
アミロイドは血管周囲性に沈着し,結節内にしばしば
1)Hatori T, Iwasaki T, Seki R, et al : Technetium-99m
石灰化や骨化性を認めることがあり,またアミロイド沈
(V)dimercaptosuccinic acid myocardial scintigra-
着の周囲組織にはリンパ球,形質細胞,異物型巨細胞の
phy in a 74-year-old woman with congestive heart
5)
浸潤を伴う .本症例でも同様の病理所見を認めた.
Glenner ら6)7)は,何らかの原因で小血管周囲に集積した
形質細胞がモノクロナール性に増殖して免疫グロブリン
蛋白を生成し,蛋白融解によりアミロイド線維となり周
囲間質内さらには肺胞実質に沈着し,結節を形成すると
推察した.
failure. J Cardiol 1998 ; 31 : 381―384.
2)石原得博:厚生省特定疾患アミロイドーシス調査研
究班 1995 年度研究報告.1996 ; 7―23.
3)Spencer H : Pathology of the lung. Forth edition,
Pergamon Press, Oxford, 1985 ; 733―739.
4)玉山隆章,田村厚久,倉岡 隆,他:胸部 CT 健診
で発見された肺アミロイドーシスの 1 例.日胸疾会
アミロイドーシスの成因には不明な点が多い.その治
療法もコルヒチン,副腎皮質ステロイド薬,免疫抑制薬,
DMSO などが使用されているが,効果は一定しておら
ず,有効な治療法は未だ確立していない8)9).DMSO に
誌 1998 ; 57 : 828―832.
5)樋口光徳,郡司崇志,鈴木弘行,他:原発性結節性
肺アミロイドーシスの 1 例.日呼外会誌 1997 ; 11 :
34―39.
よる治療は磯部10)により腎アミロイドーシス,皮膚アミ
6)Glenner GG : Amyloid deposits and amyloidosis. The
ロイドーシスでの有効性が報告され,肺アミロイドーシ
β-fibrilloses(first of two parts)
. N Eng J Med 1980 ;
スでも有効例の報告
11)
12)
がある.その機序として,DMSO
がアミロイド線維蛋白を溶解する可能性や,その抗炎症
作用からアミロイドの前駆物質を減少させアミロイド沈
着を抑制する可能性が考えられている
9)
10)
.主な副作用
としては口臭をほぼ全例で認める他に味覚異常,嘔吐,
頭痛,皮膚炎も知られている.それら以外には重大な副
作用が無いのでステロイド薬や免疫抑制薬に比べると使
用しやすい.
本症例では前医でのレントゲン写真と比較すると経時
302 : 1283―1292.
7)Glenner GG : Amyloid deposits and amyloidosis. The
β-fibrilloses(second of two parts)
. N Eng J Med
1980 ; 302 : 1333―1343.
8)Thompson PJ, Citron KM : Amyloid and the lower
respiratory tract. Thorax 1983 ; 38 : 84―87.
9)平山千里,大居槇治:治療法―最近の動向―.日本
臨床 1991 ; 49 : 956―960.
10)磯部 敬:DMSO とアミロイド―新しい治療の試
み―.日本臨床 1979 ; 37 : 3278―3284.
的に陰影が増加していたことより進行性と考え,インフ
11)茂木 充,鈴木 康,高 柳 昇,他:Sj!gren 症 候
ォームドコンセントおよび倫理委員会の承認を得た上で
群に伴った多発性結節性肺アミロイドーシスの 1
99.9% DMSO 1 日 10 ml を 2 回に分け て 内 服 を 開 始 し
例.日胸疾会誌 1994 ; 32 : 1016―1021.
た.その後 22 カ月の間,胸部レントゲンと CT 上結節
12)Iwasaki T, Hamano T, Aizawa K, et al : A case of
影の悪化を認めなかった.しかしながら DMSO の副作
pulmonary amyloidosis associated with multiple
用である嘔気,嘔吐に患者が耐えられなくなったため内
myeloma successfully treated with dimethyl sulfox-
服を中止した.その後経過を追っていたが,13 カ月後
ide. Acta Haematol 1994 ; 91 : 91―94.
の胸部 CT で結節影の悪化を認めた.以上のことより,
830
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Abstract
Treatment of pulmonary amyloidosis with dimethyl sulfoxide
―A case report―
Akihisa Sutani1), Kazuaki Tabe1), Makoto Nagata1), Kaoru Kuramitsu1),
Yoshihiko Shimizu2)and Yoshio Sakamoto3)
1)
Department of Respiratory Medicine, and 2)Department of Pathology, Saitama Medical School
3)
Department of Internal Medicine, Yugawara Kousei Nenkin Hospital
Metastatic lung tumor was suspected in a 52-year-old woman who showed multiple nodules on her chest radiographs. Conventional examinations did not define the diagnosis, and so a biopsy was performed using videoassisted thoracoscopic surgery. Pathological examination demonstrated deposits of amorphous materials which
were stained red by Congo red staining, even after potassium permanganate treatment. Green birefringence was
also observed in the deposits under a polarized light microscope. A diagnosis of localized pulmonary amyloidosis
with AL type amyloid protein was made, and therapy with dimethyl sulfoxide(10 ml!
day)was started. During the
two-year therapy, little exacerbation on pulmonary nodules was observed. It was suggested that dimethyl sulfoxide inhibited the progression of the disease.