Fairy Act Online. - タテ書き小説ネット

Fairy Act Online.
深風 十色
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
Fairy Act Online.
︻Nコード︼
N2827BZ
︻作者名︼
深風 十色
︻あらすじ︼
最近流行ってるのかもう廃れたのか、出遅れた感満載のVRMM
O。
オンランゲームの知識なんて全くない作者ですが単にフルダイブを
楽しんでいる主人公たちを描いていきたいです。
かっこいい用語なんてありません!なんとなくで進んでいきます!
いつかいろんなゲームに挑戦させてやりたい。
いつかいつかサバイバルもやりたい。
そんな適当な小説です。
1
皆様の暇つぶしにでもなれば幸いです。
⋮あらすじじゃないですね⋮
2
第一話
リン、と、澄んだ音が脳裏に小さく響いた。
薄いガラスをはめ込んだような視界に、接続良好のグリーンランプ
が灯る。
左手首と、頭にはめたクリスタルブラックの環。
二つを繋ぐコードは光を弾かないマットブラック。
俺は布団に横たわったまま見るともなしにそれを確認して、瞳を閉
じた。
﹁menu.﹂
瞼を通して差し込む光と、視界の端の柔らかなグリーンランプ。
それから、俺の一言で現れたメニュー一覧の一番上の名前を確認し
て、俺は言った。
﹁connect.﹂
リンカー・リング。
それは、インターネット端末及び数代目フルダイブマシンだ。
数代目、と言っても、初代が出てからまだ一年ほどしか経っていな
い。
ニュータイプがどんどん出て、どこで買い替えるかはユーザーほと
3
んどの悩みどころだと思う。
俺はずっと初代を使い続けていたんだけど、この前とあることがあ
って買い換えた。
リンカー・リング、その名のとおり形状は環だ。
フルダイブするには頭にはめるタイプのリングが必要になる。
インターネット接続やファイル共用、メールなんかは左手のリング
だけでも十分だ。
とはいえ、そっちのミニリングの方は慣れていないと使い辛い上に、
ノートパソコン程度の性能しかない。
言ってしまえばこれは、頭につけるメインリングの試作品として初
期に限定発売されたものだから。
なら何故、俺がそのミニリングを使用しているのか。
そして何故、メインリングと有線接続しているのか。
答えは簡単。
今俺がダイブした世界⋮フェアリーアクトオンライン、通称フェア
リーアクトでFA。
⋮を含む、フルダイブ制オンラインゲームでアバターの反応速度が
わずかながら上がる⋮と噂されたからだ。
所詮それはただの噂。
そんな効果はないだろうと思いつつ、不都合もないので使い続けて
今に至る。
リンリン、と、澄んだ音が二回響いた。
この音はユーザーである俺が設定しているものだから、グリーンラ
ンプ点灯の音と変わらない。
今回の音は、ダイブ完了のサイン。
あとは、俺が一言ゲームスタートのコマンドを唱えれば、リングが
睡眠状態の体を無視して脳に信号を送り⋮
4
俺は無事、FA世界に飛び込むわけだ。
⋮では、行ってきます。
﹁awake.﹂
5
第二話
﹁やっほー、スイ。今日はまた一段と早いね。﹂
途端、軽やかなソプラノが聞こえてきた。
場所は俺が寝泊まりしている一室。
大きな場所で言うと、一番初めの街、その名もスタートラインの中
心街の店の三階だ。
鍵は掛けてある筈だが、ギルドメンバーにおいてはそれは関係ない。
もしくは、この店の持ち主であるラズに頼めばすぐに開けてくれる
だろうし。
リアルワールドならともかく、ログアウト中ならアバターもなくな
る世界で忍び込まれても何も不都合はない。
ましてやそんなギルドメンバーや、ほとんどそれに近い奴らなら、
さ。
﹁宿題がわからなくて、誰かに聞こうと思ってさ。﹂
﹁教科は?﹂
﹁数学。三角関数のあたり。﹂
空中に三角形を描きながら言えば、相手は長い三つ編みにしたライ
ラックの髪をふるふると振った。
苦笑を浮かべて手を顔の前で往復させる。
﹁まだ習ってないからムリ!ごめんね、スイ。﹂
6
﹁だと思った。後でアオイかナオにでも聞くよ。﹂
﹁うん、そうして。﹂
頷く、相手の説明をしなければならないだろう。
キャラネームはルゥ。
長く編んだライラックの三つ編み、瞳の色はオレンジ、背中には髪
に似た薄い紫の翅。
俺より大分背の低い︱︱って俺も相手もアバターだけど︱︱小柄な
少女。
その姿に似合うと言っていいのか、その武器は見た目にも軽い弓矢
だ。
と言ってもその弓はかなり大きく、飛距離もめちゃくちゃ長い。
しかもその命中率が半端ない。
どんな体勢からでも攻撃を命中させる驚異の命中率に敬意を示して、
俺は彼女をスナイパーと呼んでいる。
ついでに俺の自己紹介もしておこうかな。
名前は井上翡翠。
キャラネームのスイは言うまでもなく、本名の一部だ。
俺のアバターはランダム設定なんだけど⋮って詳しい話は後でする
として、まぁ、すごいのを引いた。
なにせ、白銀の髪に赤い目。
それも髪は軽く肩を超える長さ、一房の髪留め付き、超が付くほど
女顔。
仕方ないから黒くて丈の長いフードコートに、レンズ一枚タイプの
サングラスを装備している。
⋮それでもコートの上から白い翅が生えているから、黒ずくめには
ならないんだけど。
今更かも知れないけど、この世界でのアバターは妖精をモチーフに
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している。
が、間違ってもファンタジー満載な可愛らしい感じじゃない。
ただ背中に人それぞれ色々な翅が生えていて、それで空を飛ぶこと
ができるというだけだ。
魔法が使える、というのはあるが、それは別にこのゲーム特有とい
うわけではない。
⋮言ってしまえば空を飛べるゲームも最近増えてきてこのゲームだ
けの特徴ってわけでもないんだけど。
ぐるりと軽く、部屋を見回す。
ラズの経営する喫茶店および雑貨・武具店、ブルーバタフライ。
ここはそこの三階だ。
一階が店、二階がラズ本人の所有スペース、そして三階を丸々俺が
借りていることになる。
といっても借主の名前が俺なだけで、ギルドのメンバーは大抵ここ
からログアウトしていくんだけど。
Loading⋮ってやつで、ギルドある
部屋のどこにも、ログイン準備中を示すロードバーは見られない。
これはいわゆるNow
いはパーティーメンバーだけが視認できるようになっている。
そりゃ、もし敵対してる奴のロードバーなんて見つけちゃったら、
ログインした瞬間に襲いかかることだってできるわけだし。
うちギルドのメンバーは俺を入れて六人。
加えて今日俺がみんなを集めているせいで、昨日はナオってやつも
ここからログアウトしていったはずだ。
既にログインしているのは俺とルゥだけだから、あと五人分のロー
ドバーがいつ現れてもおかしくはないけど⋮
﹁誰も来そうにないな。﹂
﹁そりゃそうだよ。集合時間までまだ三十分はあるもん。スイ早す
ぎ。﹂
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﹁それもそうか。﹂
なら、さっき言いかけたランダム設定について話しておこう。
初めてゲームにログインするときには、自分の分身であるアバター
を設定する必要がある。
その際このFAでは、自分でカスタマイズするか、リアルの自分そ
のままの見た目か、ゲームシステムにお任せのランダムかを選ぶこ
とができる。
自分の容姿に絶対の自信がある人は別として、リアルアバターを作
る人はそういない。
ランダムアバターを作る人も、リアルラック値によほどの自信があ
るか、どうでもいいと思ってる人ぐらいだと思う。
まぁ、ランダムでしか手に入らない髪や目、翅の色を狙うって人も
いなくはないけど、すごく少ない。
ほとんどの人がカスタマイズアバターを使用している。
⋮まぁ、うちのギルドには例外が三人ぐらいいるんだけど。
﹁⋮あ、スイ。アオイが入るみたいだよ!﹂
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第三話
パールホワイトのロードバーがなめらかに満ちる。
ロードバーの上にはキャラネームであるアオイの字が乗っている。
シャン、という涼やかな音と共にそれは、次の瞬間には一つのアバ
ターになっていた。
腰まで流れる、緩く波打った漆黒のロングヘア、微かに青く見える
大きな黒の瞳、クリアブラックの翅。
来ている服は白地に深緑の模様が入った着流し、装備してる武器は
組紐の揺れる和刀。
アバターの外見が変わるわけないから当然なんだけど、相変わらず、
美人だ。
加えて。
﹁やっほ!早いね、アオイ!﹂
﹁英語が全然さっぱりで、スイに教えてもらおうかなって。﹂
この、鈴を振ったように滑らかなアルトの声。
アバターをベタ褒めして何やってんだ、と思うかもしれないが、ア
オイ相手なら話は別だ。
こいつは、三人いる例外のうちの一人。
詳しい説明をしなかった俺が悪いんだけど⋮アオイはリアルアバタ
ーなんだ。
翅の色はランダムアバターと同じ扱いだから黒だけど、他は全部、
リアルワールドそのまま。
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リアルでもこれが歩き回ってるんだから、褒めたくなるのもわかる
だろ?
まぁ俺の贔屓目ってのもあるんだろうけどさ。
﹁で、アオイ、どこがわからないんだ?﹂
﹁えっと、これなんだけど。﹂
こつん、と、アオイの細い指が空中をタップした。
ライトグリーンのパネルが現れて、英文が表示される。
予習に、と寄ってきたルゥを交えて英文を読み解き、三角関数を説
明されているうちに。
﹁四番乗り、だな。よぉスイ、ひさびさ。お前またアオイに教わっ
てんのかよ。﹂
﹁うわ僕最後⋮じゃないか。みんな早いね。﹂
情報屋のナオと、メイジのレオンが姿を現した。
ナオはギルドメンバーでもパーティーメンバーでもないけれど、そ
れと同等の男性プレイヤーだ。
柔らかなココア色の髪に緑掛かったナッツ色の目。
オレンジ色の翅を震わせて体を伸ばし、椅子に腰掛ける。
メイジ、つまり魔法スキルを極めているレオンは、その職業に似合
わず背の高い端正な男だ。
⋮っつってもアバターだけど。
赤く短い髪に目は青。
どちらかというと細身だが、俺よりはがっちりしている体型だと言
える。
もちろんステータス面では俺のほうが物理は高いんだけど。
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実はリアルでの知り合いがちょいちょい混じるこの面子、取り敢え
ず失礼なこと言うナオに反論しようと口を開いた⋮ところで。
ふわりと空中に浮いたライムグリーンのロードバーが緩やかに満ち
て、チリン、と可愛らしい音が鳴って。
﹁お、遅くなってスミマセン!﹂
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第四話
﹁お、来たな。じゃあ俺ラズ呼んでくるから、ちょっと待っててく
れ。﹂
﹁うん、わかった。﹂
現れた瞬間に頭を下げたアバターに笑いかけ、俺は部屋のドアに手
をかける。
アオイがそれに頷き、俺が部屋を出ようとしたところで。
﹁スイ?こいつ⋮噂の新入りか?﹂
﹁え?﹂
ナオが彼女を指さして首をかしげた。
指さされたほうもきょとんと首をかしげる。
彼女の名前はアール。
ライムグリーンの髪を耳の高さで二つ結びにしたアバターだ。
瞳の色も翅の色も緑で、若草の妖精みたいになっている。
この子が例外の三人目、ランダムアバター⋮なんだけど、髪やら目
やら翅やらはカスタマイズ可能な色になっている。
もっとも、本人はあまり気にしていないらしいけど。
ナオの言葉通り、アールはごく最近うちのギルドに入った新人だ。
このゲーム自体初心者で、たまたまダンジョンで俺たちに出会った
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ところ気に入られて仲間に引き入れられた。
俺含めなんだかんだとやりこんでる奴らが揃うギルドだから断れな
くて嫌々だったらどうしよう、とか思ったこともあったんだが、今
のところ特に嫌そうな言動は見られない。
人間的にもいいやつばかりが揃っているんだから⋮俺たちがあまり
無理をさせなければ多分大丈夫だろう。
で、それはそれとして。
﹁噂?アールって噂になるようなプレイヤーだったのか?﹂
﹁ちげーよ。お前いい加減自分たちの知名度把握しろっての。ここ
に新入りが入るって言うんで噂になってるんだよ。﹂
﹁知名度って言われても⋮俺たち好き勝手気ままに遊んでるだけだ
ぞ。よく知ってるだろ。﹂
﹁本人たちはそうでもその結果が伝説になってる事実を認識しろっ
て言ってんだよ。﹂
はぁ、と呆れたようにため息をつくナオ。
そんな馬鹿にしたような目をされても、俺たちは誰一人としてそん
な事実を実感したことはない。
第一それを言うならナオ自身かなり有名な情報屋だと思うんだが⋮
﹁で、それはさておき、紹介してくれよ。﹂
﹁あぁ。もともとそのつもりでお前にも来てもらったんだから。﹂
﹁ふぅん?また俺を巻き込んでめんどくさいクエストでも行くのか
と思ったぜ。﹂
﹁⋮まぁ、それもあるけどさ⋮﹂
図星を指したナオの言葉に口笛吹きつつ目をそらし、さっきより深
く吐き出されたナオのため息から逃げるように部屋を出る。
カツカツ、と硬いブーツの底が立てる音にナオがまたため息をつい
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てるだろうな、と思いながら階段を下りる。
雑貨・武具店になっているスペースを通り抜けて喫茶店の方へ。
カウンターの中にいるラズが俺の足音に顔を上げた。
磨いていたグラスを置いて、揃ったの?と首をかしげる。
﹁あぁ。悪いけどちょっと来てくれ。﹂
﹁ちょっとって、どうせそのままクエストに行くんでしょう?﹂
﹁⋮うん⋮まぁそりゃそうなんだけどさ⋮﹂
ラズといいナオといい、俺ってそんなわかりやすいかな。
もしかしてそういう時にしかみんな集まってもらってないとか?
そうだとしたら問題だ。
俺がまるでみんなのことをクエスト成功の道具にしてるみたいじゃ
ないか。
﹁ふふ、大丈夫よ。誰もそんなこと思ってないわ。﹂
﹁へ?﹂
﹁スイが私たちを大事にしていることぐらい、ちゃんとわかってる
ってことよ。﹂
ふわりとラズが微笑む。
その笑顔と言葉に、流せばいいのか笑えばいいのか照れてしまって
もいいものか。
流せも笑いも出来るほど大人じゃないけど照れてしまえるほど無邪
気な子供でもない。
結局プライドだけは無駄にある子供な俺は何も返さず、今大丈夫?
と話を戻した。
﹁えぇ。お客さんも少ないしね。⋮ちょっと任せるわね。﹂
﹁かしこまりました。﹂
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肯定したラズは、NPC⋮ゲーム側が用意したコンピュータ制御の
キャラクターに声をかけて俺に向き直った。
このNPCはラズがゲームから借りているキャラで、俺が頻繁にク
エストやらなんやらに呼び出すせいで必要になったのよ、と言って
いた。申し訳ない。
とはいえ店なんかで従業員として雇うNPCは原則無料。
だし、ラズの経営するブルーバタフライはFA及びFAを運営して
いるwalkerが認めた店。
FAのテスト時代にテスターに選ばれて、その中で店を持っていた
人なんかが公認されることが多い。
なんかよくわからないけどほかにもスキルを極めたり色々条件をク
リアする必要があるらしいんだけど。
公認店舗になると、店の看板なんかにwalkerのロゴを掲げる
ことが許される。
このロゴを飾っている店はまずぼったくりや悪徳商売なんかはしな
いから、必然的にプレイヤーが良く利用する店になるって寸法だ。
⋮まあお客さん多いのに店主連れ出すなよって話なんだけどさ。
﹁それで、今日は何のクエストなの?﹂
﹁それはこのあとみんなで話そうと思って。⋮けど、多分ラズの想
像通りだよ。﹂
﹁やっぱりスイは優しくて仲間思いね。﹂
﹁そんないいもんじゃないって。せっかくだから楽しくプレイして
もらいたいだけだよ。﹂
くすくすと笑うラズに軽く睨みつけて、踵を返す。
先行ってるぞ、と声をかければ、ラズは笑いながらすぐに追いかけ
てきた。
深い藍色のヘアバンドに飾られた長く明るい空色の髪がふわふわと
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揺れる。
ラズは俺より少し年上の女性の姿をしている。
髪は言ったとおり明るい空色で、瞳の色は瑠璃色、翅の色は涼しげ
な水色。
鮮やかな青系で揃えられたアバター、落ち着いた表情に落ち着いた
言動。
アバターの見た目はこんなんだけど、実は部下をたくさん持つデキ
る女性だったりするんじゃないだろうか。
何度目かともわからない想像を膨らませながら階段を上がり、部屋
に戻る。
途端向けられた目線に遅くなって悪い、と片手を上げて、中に入る。
ソファに並んで座っていたアオイとルゥがちょっとずつ詰めてラズ
にスペースを作る。
俺が別のソファに腰掛けたところで、ナオが俺を睨むように笑いな
がら尋ねた。
﹁で、今度はどのクソめんどくさいクエストだ?﹂
﹁お前なぁ。⋮ちょっとアールの武器でも探しに行こうかなって思
ってさ。﹂
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第五話
きょとん、とアールが目を見開いた。
俺の言葉にかその反応にか、ナオがぶはっと変な音を立てて爆笑し
た。
ラズとレオンが微笑ましそうな顔をして俺たちを見ているのがやっ
ぱなんかちょっと恥ずかしい。
﹁でもスイ、アールちゃんってどんな武器を使うか、もう決めてる
の?﹂
﹁さぁ、俺はまだ聞いてないけど。﹂
﹁出たよ、相変わらずお前適当だよな。﹂
﹁うるせぇな、いちいち細かいとこまで考えてられないんだよ。﹂
隣の椅子から飛んでくる拳を避けながら殴り返すふりをする。
俺とナオのそんなやりとりはいつものことなので、誰一人気にした
様子はない。
強いて言えばまだ慣れてないらしいアールがおろおろしてるぐらい
か。
いや、俺たちに、じゃなくて俺の言った内容にかもしれないな。
いきなり自分の武器探しに行くなんて言われたら混乱ぐらいする。
それぐらいはわかるぞ、俺でも。
﹁まぁでも、スイのことだから近々こういうことするのはわかって
たよね。﹂
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﹁確かに。どうしても私たちが先に立って戦うからアールが退屈し
てるかも、なんて考えてるのかしら。﹂
﹁なぁ俺ってそんなにわかりやすいかな。﹂
﹁ルゥが入ったときにもそんなこと言ってたじゃない。﹂
﹁おかげさまでいいもの手に入れたけどね。﹂
アオイとルゥの会話に突っ込めば、綺麗なコンビネーションで言葉
を返される。
とはいえ考えていたことはアオイが言ったことそのままで、言われ
てみれば確かにルゥが入ってすぐそんなこと言ったこともあったよ
うな。
おかげさまで、と言いながら大きな弓を見せられれば、しみじみレ
アモンスター狩りをした記憶が蘇るわけで。
﹁いやぁ⋮長かったな、あれは。﹂
﹁お前が言うなよ。﹂
昔を思い返す俺に容赦ない蹴りとツッコミ。
遠い目をしてた俺は素直に蹴られて椅子ごと床に倒れ込む、が、も
ちろん蹴った方も蹴られた方もそんなことは気にしない。
実を言えば俺たちが日々こうやって会話しながらドタバタと音を立
てるせいで、俺が借りているスペースが二階から三階に変わったん
だ。
最初は二階に借りてたんだけどさ、店のすぐ上で頻繁に暴れる音が
聞こえちゃ客が寄り付かなくなるもんな。
いや、それぐらいちゃんと分かってろって話だけど。
﹁それで?アール、欲しい武器のイメージとかはあるのかしら?ス
イに任せてたらスイ好みのものになっちゃうわよ。﹂
﹁ラズ、適当な事言うなよ。ちゃんと本人に合わせたもの狙うって。
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﹂
﹁それには全面肯定はできないけど。﹂
﹁右に同じ。﹂
﹁僕も反対だなぁ。﹂
﹁裏切り者!﹂
アオイ、ナオ、レオンの順に苦笑交じりに否定される。
ナオに至っては深々とアオイに頷いているけど。
なんだよ、今日はみんなして俺をいじめる日なのか。なんなんだ。
いつものことか。
﹁あ、あの、﹂
﹁ん?﹂
﹁みなさんの武器は、みなさんで取りに行ったものなんですか?﹂
﹁あぁー⋮まぁ⋮?﹂
アールの質問を助け舟に話を戻す。
まぁ確かに、言われてみれば俺たちの武器は結構俺たち自身で探し
に行って手に入れてきたものが多い⋮というかほとんど、だ。
知り合った当初はそれぞれで手に入れたものを使っていた。まぁ当
然だけど。
で、人数が集まってくるに連れてナオのいうクソめんどくさいクエ
ストやらに行けるようになって、武器は変わっていった。
ナオが良い武器職人を紹介してくれたおかげで、例えばアオイの和
刀は今までの武器をほとんど飲み込んだ武器になっている。
武器職人のスキルにもよるけど、例えば金属系のアイテムなんかを
武器に付与することで武器はレベルアップする。
それとは別に、二つ以上の武器を一度溶かす、というか、まぁ俺あ
んまりよくわかってないんだけど、一つの武器にすることができる。
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合体できる武器に相性やら武器レベルやらの条件はあれど、この世
界には星の数程の武器がある。
今まで使っていた合体済みの武器を更に合体させることもできるわ
けで、その組み合わせは数え切れない。
ヘタをしないでも、結構自分しか使っていない武器ってのは作れる
んじゃないだろうか。
とはいえ、やっぱいいとされる武器はみんな使いたがるし、雑魚と
呼ばれるような武器は見向きもされないから、事実似たようなもの
を使っている人は多いだろうけど。
﹁取り敢えず、ダイアモンド探すか、ホールは多いほうがいいよな。
﹂
﹁そうね。あとは武器の種類かしら。やりたいことよね。﹂
ホール、ってのは通称だけど、武器に空いている窪みのことだ。
ほんと今更なんだけど、この世界では魔法を使うのにアイテムが必
要になる。
それが宝玉と言われるジャンルのアイテムだ。
宝玉といってもルビーやサファイアなんかのリアルにもある宝石だ。
一応名前はルビーストーンはサファイアストーンみたいにストーン
と付いているけど⋮まぁ、そのままだ。
その宝玉をホールにはめ込む、つまり武器に装備することで魔法が
使えることになる。
ただ、面倒なことに。
宝玉の種類は全部で八種類。
そのうちのひとつはダイヤモンドなので除外、というか後で説明す
るけど、宝玉一つにつき使える魔法の属性が変わるんだ。
ルビーストーンは炎、サファイアストーンは水、エメラルドは草、
トパーズは雷、スモーキークォーツは風、アメジストは支援や回復、
21
オニキスは幻惑や妨害などなど。
属性を持つ宝玉は七種類だが、魔法の属性は七種類とは限らない。
例えば水属性の魔法と風属性の魔法のスキルを高めていけば、融合
魔法として氷の魔法を会得できるようになる、とか。
俺は魔法スキルより物理スキルを上げているのでまだそんな域には
達していないから、詳しいことが知りたければレオンに聞いて欲し
い。
ちなみに、もちろんだけど宝玉を持っていればその属性の魔法が全
て使えるわけじゃない。
属性ごとに魔法スキルを上げていくことで使える魔法が増えていっ
て、その魔法に合った宝玉を装備しなければいけない。
正直言うとすごく面倒くさい。
スキルを会得しているだけでも、宝玉を持っているだけでも魔法は
使えないわけだ。
で、まぁ、めんどくさいとか言いながら実は、俺の持っている武器
には取り替え不可の宝玉がついていて、それがダイヤモンドなんだ。
ダイヤモンド。
最高位の宝玉。
これはこの宝玉一つ持っているだけで全属性の魔法が使える最強の
宝玉だ。
レオンにやれよって?それは俺も思ったよ。
ただこれは結構大きな剣で、レオンの筋力値では扱えなかったんだ。
だからお言葉に甘えて俺がもらっちゃったんだ。
ありがとうレオン。大切に使わせてもらってるよ。
﹁じゃあ、アール。なにか欲しい武器とか、やりたいこととか、あ
る?﹂
22
23
第六話
﹁まずは魔法職か物理職かだよね。﹂
﹁おいおい、俺やラズみたいな戦闘以外が本職の存在忘れんなよ。﹂
﹁あ、それもそっか。ごめんねナオ。お世話になってるのに。﹂
﹁次忘れたら情報流してやんねーからなー?﹂
﹁それは勘弁してくださいっ!﹂
わいわいとじゃれあうように笑い合うナオとルゥ。
その横でレオンが、ラズは僕たちとは比べ物にならないぐらい強い
けど、とつぶやいている。
うんまぁ⋮確かに、俺もラズと一対一でやり合う勇気はないわ。一
瞬で葬られるわ。
﹁あ、あの、今更なんですけど⋮ラズさんやナオさんって、武器は
持ってらっしゃるんですか?﹂
﹁ん?そりゃな。流石に丸腰でこいつら⋮特にスイには付き合って
らんねぇ。死ぬ。﹂
﹁そうね⋮私も丸腰じゃちょっと⋮﹂
﹁いや、ラズは絶対大丈夫だよ!﹂
ルゥが勢いよく立ち上がりながら叫んだ。
その戦いぶりを見たことがないアールを除いて、全員が深く頷く。
何度も頷く。
24
そうかしら、と背中半ばまである髪を揺らして笑うラズ。
否定しないあたりが怖いよ。ホントに。
﹁でさ、アールは戦闘職か?情報屋なら弟子にしてやるぜ。﹂
﹁やめとけ、コイツの弟子は誰も三日続いたことねぇぞ。﹂
﹁お店やるならいろいろ教えてあげるわよ。﹂
﹁もっとやめとけ、そもそも弟子になろうと思った奴がいない。﹂
いや別に、情報屋や商人職を禁止するつもりはないし、戦闘職を押
し付けるつもりもない。
正直言うと別に戦闘職は俺たちだけでも足りるし、姫プレイだって
できないことはない。
まぁアールの性格的に守られ続けて楽しめる奴じゃないと思うけど
さ。
俺たちもできないことはないだけでいつか嫌になるだろうけど。
みんなで力合わせて戦うってのが好きだからさ、俺たちは。
﹁わ、私は⋮取り敢えず、戦ってみたいです。皆さんみたいに、強
いモンスターを倒してみたいです。﹂
﹁そっか。じゃあ⋮魔法職か、物理職かだね。﹂
﹁物理って言ってもあたしみたいな長距離も忘れないでよ?﹂
﹁ナオだってある意味、超近距離の戦闘職よね。﹂
﹁あぁ、まぁな。情報収集のスキルに振ってはあるけど。﹂
アールの発言にアオイが頷く。
それに茶化すようにルゥが重ね、ラズがナオに話を振る。
近距離戦闘したいならもっといいやつ紹介するよ、と情報屋らしい
セリフを返したナオが、アールに目を戻した。
﹁あくまで俺の考えだけど、物理職勧めとくぜ。それも接近戦のだ。
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絶対得する。﹂
﹁え?どうしてですか?﹂
﹁お前も聞いたことぐらいあるだろ?こいつらの噂ぐらい。﹂
こいつら、とナオが俺とアオイを指差す。
噂、と言われても俺自身は自覚はない。
というか、俺を表すんだろう二つ名がひとり歩きしていることは知
ってるけど、それは正確には俺じゃないからな⋮
まぁアオイの方はそりゃ噂になってるだろうよ。
こんだけ綺麗でこんだけ強ければな。
俺もアオイ相手なら勝つか負けるかわからん。自信は全くない。
﹁FA新聞とか読んだことあるだろ。情報誌とか。こいつら載って
ない日ないぜ。﹂
﹁ランキングとか見たことある?上位から外れたこともないんだよ、
この二人。﹂
﹁待て、お前ら俺たちのこと買いかぶり過ぎだ。﹂
﹁そうだよ。私はスイに連れ回されて目立っちゃってるだけだよ?﹂
﹁アオイ!?﹂
まさかの裏切りにあった俺の表情が面白かったのか、全員が笑い出
す。
和やかなのはいいけどな、お前ら笑うとこじゃねぇよ。そんなに面
白いか。
﹁まぁでも確かに、パーティーで見ても中長距離はみんなできるも
んね。﹂
﹁僕とルゥは前衛はできないから。﹂
⋮これは言葉のとおりだ。
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さっき説明したと思うけど、俺の武器にはダイヤモンドが内蔵され
ている。
つまりだ、魔法、使わなきゃ宝の持ち腐れだろ?
それでもって、アオイが魔法を使えるのは俺のせいだ。
俺がゲームを始めた当初はアオイと二人でパーティーを組んでたん
だけど、その頃に魔法を習得した。させたとも言う。
俺が向こう見ずにどこでも突っ込んで行くから、回復魔法を習得せ
ざるを得なかったと言われた。
ごめんなさい。
ちなみに宝玉と魔法スキルについてもう少し補足説明しておこうか
と思う。
さっき宝玉がなければ魔法が使えないといったけど、実は二つほど
例外がある。
一つは、ごくごく初期段階の魔法スキル。
魔法スキルを上げていく上で覚えられる一つ目とか二つ目とかのス
キルは、宝玉がなくても使うことができる。
もっとも宝玉があるときと比べて凄い量のMPが消費されるけど。
もう一つは全く逆で、魔法スキルを上げまくった状態。
スキルというかもはやレベルというか、その属性で覚えられる全て
の魔法を覚え、かつその魔法を使い込んで熟練度を最高値まで上げ
る。
すると、宝玉の代わりとして使える魔法スキルが現れる。
⋮説明が悪かったかもしれないが、まぁものすごく頑張ったら宝玉
なしでも魔法が使えるようになる、らしい。
もちろん俺はそんな境地にはいたっていない。俺は根っからの戦闘
職だ。魔法使うけど。
言っておくけど、アオイがそのスキルを身につけているわけではな
い。
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アオイの持つ和刀には組紐の飾りがあるんだけど、そこにホールが
あるんだ。
ホールとは言え正味そこに装備してしまえばリアルでは物理的にあ
りえないところでも宝玉はくっつく。
どう考えてもビーズみたいに宝玉に穴開けて組紐通しただろって見
た目になっていても、仕方ないんだ。
これもついでに行っておけば、レオンはすでにそのスキルを二つ会
得している。
その一つが支援・回復を担うアメジストの代わりなのは言うまでも
なく俺のせいだ。
ごめんなさい。
﹁それでさ、アールがもし接近戦の戦闘職にするなら、俺ちょっと
心当たりがあるんだけど⋮どうだ?﹂
28
第七話
﹁俺もまだちょっと噂聞いただけなんだけどな⋮﹂
そう言ってナオはひょい、と空中を叩いた。
淡いココアブラウンのパネルが現れる。
これこれ、と言いながら操作を加えたパネルが大きく広がり、皆の
中心に水平に収まる。
さながら机の上に巨大な紙を置いたような光景だ。
普通なにか情報を共有したい時はそのデータをメッセージに添付し
たりして送るんだが、ナオはもっぱらこうして見せることが多い。
俺たちはともかく、つい取引していないデータを相手の元に残さな
いようにしている癖だと言っていた。
情報屋も大変だ。
﹁これ。名前はエインセル。﹂
﹁わぁ、なにこれ、すごく綺麗!﹂
﹁だろ?それだけじゃないぜ、ほら。﹂
歓声を上げたルゥに、得意気な笑みを見せるナオ。
綺麗、との言葉通り、それは水晶のように透き通った刃を持つ武器
だ。
そのままパネルをスライドさせ、現れた画像に俺たちは思わず息を
飲んだ。
﹁え、うそ、﹂
29
﹁ナオ、これ本物か?﹂
﹁あぁ、俺がお前らに嘘売ったことがあったかよ?﹂
ニヤニヤと笑うナオ。
もちろん俺だってナオの情報を疑っているわけじゃない。
ただちょっとびっくりしただけだ。
だって、この武器、
﹁これが二刀一対の武器、ですか⋮﹂
﹁本当にあったんだ⋮﹂
レオンとルゥの感嘆の通り。
この世界のどこかにあると噂され、かなり希少価値の高い二つでひ
とつの武器。
しかも、これは剣と盾といった攻撃と防御の一体化ではなく、剣と
剣、両方が攻撃に使えるもの。
⋮ついでに言ってしまえば、一時期俺がかなり探し回っていたもの
でもある。
もちろんみんなはそれを知っていて、そぉっと俺の方を伺ってくる、
ん、だけど。
おいおいお前ら、俺ってそんなに大人気ないかな。
﹁いいじゃん。アールが気に入ったらこれ探しに行こう。﹂
﹁え、でもスイ⋮﹂
﹁俺にはもうこいつがいるから。﹂
かしゃん、と、背中に背負った剣を少しだけ抜いて戻す。
実はレオンの筋力値が上がったらその時またこいつの所持者を考え
よう、という話になってはいるのだが、あいにくその未来はまだま
だ遠そうだ。
30
し、俺自身かなりこいつを気に入ってもいる。
二刀一対の武器はすごく珍しいし、確かに興味惹かれるけど、わざ
わざこいつを捨ててまで欲しいとはもう思わないんだよな。
﹁でも、アールがその⋮エインセル?を使うとしても、私たち二刀
一対の武器での戦い方なんて教えられないよ?﹂
﹁そのへんは大丈夫だ。スイができる。﹂
﹁え?スイ、あれから見つけてたの?二刀一対。﹂
﹁そうじゃねーって、実はこいつな、﹂
﹁ちょっ、お前それは言わない約束だろ!?﹂
﹁だったら自分で言えば?﹂
意地悪く笑うナオに取り敢えず蹴りをお見舞いしておいて、俺は不
思議そうにこっちを見るアオイたちに咳払いした。
⋮うわー、言いたくねー⋮
なんでってだってさ、なんか、その、
﹁こいつ、二刀一対の代わりに武器二本装備して、文字通り二刀の
練習してたんだぜ。﹂
﹁ばか!﹂
だってすごく子供っぽいじゃん、こんなの!
二刀流の練習とかまじ子供っぽいじゃん!
だからこそ皆に見つからないように隠れてこっそり練習してたのに、
さすが情報屋と言うべきか、神出鬼没にもほどがある。
あのあと口止め料として何個もクエスト付き合ったのに。結果この
ざまだよこのやろう。
情報屋ってのは信用が命じゃなかったのか?ん?
﹁それも結構上達してさ、普通に二刀流で通用するレベルにはなっ
31
てたと﹂
﹁だから言うなって言ってるだろ!?﹂
﹁なのにこいつ、この程度じゃ見せられない、とかカッコつけてや
がんの。もちろん顔真っ赤でな!﹂
﹁ナオ!!﹂
俺の必死の叫びは届かず、アール含め全員大爆笑だ。
お前らほんとに俺いじるの好きだな。俺は好きでいじられてるわけ
じゃないぞ。
﹁だから使い方はスイが教えられると思うぜ。ついでに二刀流デビ
ューしちゃえよスイ。﹂
﹁本家の二刀一対の横であり合わせの二刀流なんかできるか!﹂
﹁お前なら大丈夫だ、新しい伝説として広めてやる!﹂
﹁お前が広めるな!﹂
漫才じみてきた言い争いに全員の爆笑は止むことがない。
ナオも笑ってるけど俺は本気だぞ。
第一ナオが言う俺の伝説だって、そのうちいくつの情報提供者がコ
イツかは計り知れない。
⋮まあもちろん、俺のステータスとか知られて困る情報の流出はし
てないけどさ。
﹁まぁまぁ、今日母さんが肉じゃが作るって言ってたからそれで勘
弁。﹂
﹁許す!﹂
﹁軽いなお前ホント!﹂
﹁だっておばさんの肉じゃが美味いじゃん!﹂
﹁知るか!﹂
32
叫んでナオは、未だ笑い続けているアオイに話を振った。
⋮笑い続けてるのはアオイだけじゃないけどさ。
﹁アオイも来るだろ?母さん楽しみにしてたぜ。﹂
﹁え?いいの?﹂
﹁もちろん。アオイが来るとスイが上機嫌だって母さん面白がって
んだ。﹂
﹁そんなことまで言わなくていいっ!﹂
俺の言葉か綺麗に無視して、アオイはにこりと笑って頷いた。
お邪魔させてもらうね、と言われて、ナオがおう、と親指を立てる。
そのやりとりに疑問を感じたのだろう。
アールが首をかしげて誰にともなく呟いた。
⋮俺が呟いて欲しくなかった一言を。
﹁スイさんたち、リアルでもお知り合いなんですか?﹂
瞬間、ほんの一瞬だけ、沈黙が落ちた。
まずいこと聞いちゃった!?とわかりやすく表情を変えるアールの
となりのソファで、ルゥがニヤリと笑う。
気づけば、俺とアオイ、質問者のアール以外が似たような表情を見
せているわけで。
やばい、と俺とアオイが思っても、遅かった。
ニヤニヤ笑ったままのルゥが俺たちを指す。
﹁まずねぇ、スイとナオは幼馴染なんだよ。﹂
﹁家がすごく近所らしくて、スイはよくナオの家に晩ご飯ご馳走し
てもらってるんだって。羨ましいよねぇ。﹂
﹁ナオのお母さん料理がすごく上手なんですって。私も教えてもら
いたいわ。﹂
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﹁そんでな、こいつとアオイ、実は付き合ってんだよ。恋人同士な
んだ。﹂
﹁もう毎日ラブラブで、見てるこっちが当てられちゃうよね。﹂
﹁現実世界でも似たようなもんだぜ。四六時中こいつら見せられて、
俺もう恋人いらねぇもん。﹂
﹁あー、わかるー⋮﹂
﹁っ、だからお前ら!余計なこと言ってんじゃねぇよ!!﹂
34
第八話
﹁で⋮アール、これどうだ?気に入らなきゃ他の情報もあるけど。﹂
﹁あ、その前にナオ、これ、ホールは?﹂
﹁それがまだわからないんだよな⋮。あるって話だから、多分二つ
はあると思うんだけど。﹂
﹁ふたつ?どうしてそう思うんだい?﹂
﹁二刀一対だから。﹂
レオンの疑問に一言で答え、ナオはどう思う?と俺に話を振る。
まぁ確かに二刀一対なんだから両方に同じ数ずつホールがある可能
性は高いだろう。
とはいえ本当にホールがあるかどうかはわからないんだから、見な
いことには何とも言えないし。
⋮それに、エインセルって名前がちょっと引っかかるんだよな。何
かありそう。
﹁多分だけど、こんだけ引っ張って出た二刀一対なんだからホール
がないってことはないんじゃないかな?﹂
﹁それもそうだね!てゆか、実物見に行けばいいじゃん。行くんで
しょ?﹂
﹁その前に、アール。これ、どうだ?﹂
アオイとルゥを一度抑えておいて、アールに話を振る。
もともとアールの武器を探しに行こうっていうのが俺の独断なわけ
で、アールが嫌がってる可能性だってある。
35
し、武器なんて自分の好みで選んじゃっていいもんなんだ。
なんだかんだ他のプレイヤーが扱き下ろしてるようなものでも、使
いやすい人には使いやすかったりするんだから。
⋮まぁ俺たちは結構珍しいドロップ品とか製成難度の高い武器とか
ばっか使ってるわけだけど。
現にこのエインセルだって相当珍しいもんだと思うしな。
いや、今まで出なかったってだけでこれから普及するのかもしれな
いけど。
⋮普及するなら俺も探しに行こうかなぁ。
一回使ってみたいという興味はある。往生際悪くてごめんなさい。
﹁わ、私、これ好きです。キレイだし⋮﹂
﹁だよねっ!透き通ってる武器なんて珍しいよ!﹂
﹁それに、スイさんの二刀流、ちょっと見てみたいです。﹂
﹁ちょっ!?﹂
そう、このアール、新入りだからってビクビクしてることが多い割
にさらっとこういうこと言っちゃえるのだ。
べつに新入りらしくこっちに気ぃ使えなんて言うつもりはないしむ
しろ馴れ馴れしいぐらいの方がやりやすくていいんだけどさ。
なんで俺をいじる時だけこんな強気なのこの人。
俺ってそんなに弄りやすい?なぁ。
﹁あたしたち、練習見学に行くね!﹂
﹁言うと思った!来なくていい!﹂
﹁だったらアールちゃん、スイの動き覚えて後で真似して見せてね。
﹂
﹁アオイ、自分を基準にすんな。コイツの動きなんてそうそう真似
できないぞ。ここはビデオでも設置してだな、﹂
﹁お前らなんの計画立ててるんだ!?﹂
36
本人を無視して話を進めるな!と言えば、わざとらしく素直にはぁ
いと返す面々。
それにはぁ、とため息をついて、ガリガリ頭を掻きながらアールに
視線を戻す。
﹁で、冗談抜きに、どうしたい?﹂
﹁え、えっと、冗談抜きに、スイさんの二刀流が﹂
﹁それはもういいって⋮﹂
﹁ごめんなさい。﹂
﹁反省の色が見えない!﹂
ごめんなさい、と言いながら顔は完全に笑っている。
別に恥ずかしいだけで怒ってるわけじゃないからいいんだけど。
⋮別に打ち解けてくれてるんだったら全然いいんだけど!
﹁私、これ本当にキレイで好きです。⋮でも私、ちゃんと使えるか
どうか⋮﹂
﹁それは心配しなくていいんじゃないかしら?ねぇスイ。﹂
﹁あぁ。使うのに条件がある場合だってあるし、使い勝手悪い場合
もあるしな。﹂
﹁スイが使ってるのも僕のために取りに行ったはずのものだったか
らね。﹂
﹁あぁ。おかげさまでこの前も無双してきた。楽しかったありがと
う。﹂
﹁うん、なんかよくわからないけどどういたしまして。﹂
のほほんとレオンが笑う。
そのおよそ向かいで、アールが慌てたように言葉を続けた。
37
﹁あの、私、見た目だけで好きって言ってるだけで、その、﹂
﹁それでいいんじゃないかな。私たちも見た目で選んでること多い
よね。﹂
﹁特にアオイはな。﹂
﹁スイに言われたくないよ。﹂
﹁それに、どうしても使えないものは私のお店で売らせてもらうこ
ともできるから安心してちょうだい。﹂
にこ、と微笑んだラズにアールがほっとしたように肩の力を抜いた。
あぁ、なるほど。
俺たち総出で取りに行っても使えなかったら申し訳ない、とか考え
てたわけか。
ほんとアールは気を使う子だよな。全然気にしなくていいのに。
﹁大丈夫だアール。こいつら単純に楽しんでるから。﹂
﹁当たり前だろ。わけわかんないダンジョン攻略したり強い敵倒し
たりワクワクすんじゃん。﹂
﹁な?例えアールが気に入らなくて捨てたとしても冒険できた記憶
だけで十分だろうよ。﹂
こいつらゲーム大好きだから、むしろゲーム狂だから、と笑う。
なんか失礼だな、俺たちリアルを疎かに⋮まぁ多少してるかもしれ
ないけど、捨ててはないからな?
ネット廃人とかじゃないんだから、ゲーム大好きでとどめておいて
欲しい。
﹁じゃあまあ取り敢えず第一候補としてこれ探しに行くってことに
しようか。﹂
﹁そうだね。ナオ、これ、どこでどうやったら手に入れられるのか、
情報ってある?﹂
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39
第九話
﹁⋮じゃ、行こっか。準備いいか?﹂
俺の呼びかけに、全員がばっちりー、と答えた。
軽く突き上げたレオンの手に握られたロッドがキラリと光る。
そのまま早口でレオンが何かしらの呪文を唱えた。
⋮まぁ何かしらって言っても、俺たちの移動速度を上げたりする支
援魔法だ。
どんな敵が出てくるかわからないダンジョンに臨むときや、ボスモ
ンスターと言われるやつを倒しに行く時なんかは最初からこれをか
けておいてもらう。
⋮今更だけど、FA世界について説明しておかないといけないかも
しれない。
ホント今更だけど。
FA世界は⋮そうだな、この世界全体を客観的に見ることはできな
いけど、多分とんでもなく広くて長い筒状の世界、だと思う。
俺たちがはじめにいたスタートラインがある第一層は、その筒状の
丁度真ん中にある。
第一層の上はもちろん第二層で、第三層、第四層と重なっている。
逆に下っていくと地下第一層、地下第二層、通称ビルなんかと同じ
ようにB1やB2と呼ばれるフロアになる。
⋮とはいえ、この一層一層はとんでもなく広いし、森やら海やら鋼
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鉄の城やら色々、ほんと色々なエリアがある。
もちろん各層はレイアウト、というのか、同じ作りになっているわ
けではない。
し、次の層に登ったり下ったりするのにはゲートと呼ばれる面倒く
さいダンジョンを攻略しなければならない。
ゲートは上か下に続く長いダンジョンで、その出口が上層や下層に
繋がっているわけだ。
一度踏破されたゲートは入口に転送装置が現れ、出口へ移動するこ
とができる。
が、このゲートの位置が毎層違うんだ。そこまで行くのも面倒だし。
海の底とかあったなぁ。
まぁゲートの中には珍しいモンスターが出たりするから、俺たちは
時々攻略し終わったゲートに遊びに行ったりするんだけどな。
因みにフロアごとにはなんとなくイメージが作られているところも
あるらしく、俺たちが今いる第四十九層は全体的にキラキラしてい
る。
今から向かう水晶の森もそうだけど、ダンジョンが透き通った鉱物
系でできていることが多く、建物なんかもキラキラしているものが
ほとんど。
女性プレイヤーが家を買いたいフロアランキングで一、二位を争っ
ていることは言うまでもない。
てゆかほんと今更だけど、水晶の森にエインセルみたいな透き通っ
た武器って、ぴったりだよな。
なんで今までなかったんだろ、透き通った武器。俺が知らなかった
だけか?
﹁私、最後尾でいいのかしら?﹂
﹁あぁ、頼むよラズ。後ろからの敵はラズに任せた。﹂
﹁私の責任が大きくないかしら。﹂
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﹁大丈夫、ラズならひとりでも平気なはずだ。﹂
無責任と言われるかもしれないが、ラズの強さならむしろ役不足だ
と思っている。
もともとこの水晶の森は難易度が高いダンジョンでもないしな。
ただまぁ今回の攻略はちょっと大変かもしれない、ってのが、
﹁仕方ないから狩り尽くす勢いで行ってみようか。﹂
﹁悪いな、情報がなくてよ。でもまだほとんど出回ってねぇから、
ほかのプレイヤーがウジャウジャいるってことはないぜ。﹂
﹁それが一番助かる!密集してたらひょいひょい撃てないもんね。﹂
﹁広域攻撃とかもできないからねぇ。﹂
ねー、と笑い合う二人。
アオイが言った通り、エインセルの情報が少ないんだ。
今までのモンスターが新たにドロップするのか、新しいボスモンス
ターみたいなのが出てくるのか、中でクエスト⋮は少ないだろうが
可能性はなくはない。
取り敢えず片っ端からエンカウントしたモンスターは狩るしかない。
その代わりに、とナオが言った言葉に喜んでいるだが、そんな言葉
に俺は騙されないぞ。
スナイパーの呼び名の通りひょいひょい撃ってもルゥが狙ってない
プレイヤーに当てたとこなんて見たことない。
⋮ちなみに狙って打たれたプレイヤー第一号は俺だ。悪いのは俺だ
けじゃない。喧嘩両成敗。
レオンの方も他のプレイヤーが離れて範囲を確保した一瞬であの長
ったらしい広域魔法の呪文を唱えきって神級モンスター数体氷漬け
にした事件は記憶に新しい。
﹁じゃあ移動中は俺とスイが前衛でいいか?﹂
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﹁いや、先頭はアオイの方がいいかな。その後ろに俺とナオでアー
ル挟んで、レオンとルゥが後衛。﹂
﹁で、私が最後ね。﹂
笑うラズに頼んだ、と返し、俺は再び前を向いた。
正直ラズの位置が一番大変だ。
ごめんな、ほんと頼むわ。最後尾にラズがいてくれれば俺たち背後
警戒しなくていいから助かります。
因みに俺とナオが二列目サイドなのは索敵スキルが高いからだ。
正面からの敵は隠蔽スキルを使っていない限りまず見えるし、背後
は言った通りラズが。
俺とナオが両サイドに索敵スキル広げておけば、前方は二人のスキ
ル範囲が重なってるだろうから大丈夫だろう。
⋮実を言えば隠蔽しててもスナイパールゥが矢を射込むことがある
んだけど。
索敵はそこまで熟練してないはずだが、射手としての直感でも働く
んだろうか。
﹁っし、じゃあそういうことで⋮いきますか。﹂
43
第十話
﹁アオイ!下がれ!﹂
﹁うんっ!﹂
﹁今だレオン!﹂
﹁いきます!⋮⋮フリーズガスト!﹂
﹁凍った!かかれ!﹂
短い言葉が飛び交う。
小声、早口で呪文を唱えたレオンのロッドが眩く光り、一瞬ゴォッ
とサウンドエフェクトが鳴ってモンスターが氷結した。
動きが止まった瞬間に物理職が全員で飛びかかる。
俺たちがいま相手にしているのはルチルウルフという狼モンスター
の群れだ。
そう、群れ。
普段多くても三匹とか四匹とかしか出てこないルチルウルフが、今
俺たちの前に数十匹群がっている。
ルチルウルフはその名のとおり、毛がルチルクォーツのような硬い
針状になっている狼だ。
物理耐性が高い上に、下手に触るとこっちが傷を負う。
俺やアオイは武器をぶつけるだけだし、その武器もプライオリティ
高いからこの程度で壊れたりはしないが⋮
44
﹁だぁもうマジうっとい!近寄れねぇ!﹂
﹁ナオ無理すんな!俺たちでやる!下がってろ!﹂
﹁戦力外通告すんな!﹂
ブルーバタフライでラズが言ったとおり、コイツは超接近戦を得意
とする。
というより情報屋としてソロプレイが多く、索敵や隠蔽スキル、移
動速度なんかを上げていった結果それが一番はまったらしい。
まぁ確かに俺のイメージは忍者だから、ナイフとか小振りな武器で
背後から一息に敵を屠っていく印象だ。
その戦闘スタイルは集団戦闘には向かないからと敬遠されがちでは
あるが、ナオは強い。
対プレイヤー戦ではもちろん、超近距離の上その素早さでボスモン
スター戦でも敵に位置を悟られることなく攻撃を続ける姿は正直も
のすごい憧れる。
が、今はそのスタイルが仇になっているらしい。
そりゃな、近付いたらHP削られる相手に引っ付いて攻撃なんてで
きないよな。大人しく下がっとけって。
﹁くっそ、もっと魔法鍛えとけばよかった⋮﹂
﹁僕の出番がなくなるじゃないですか⋮﹂
﹁今からやってお前に追いつくわけねぇだろ。﹂
息を整えるように深い息を吐いたナオが馬鹿にしたようにレオンに
言う。
表情は馬鹿にしてても口調は無造作でも言葉は褒め言葉だ。
レオンもそのへんはちゃんとわかっているので、ありがとう、と笑
顔を返す。
⋮まぁレオンの場合、鈍いわけではないのだが、本気で貶されてい
てもやんわり流してしまうことが多いのだが。
45
﹁ルゥ!MPはどうだ!?﹂
﹁まだ余ってる!﹂
﹁後方頼む!﹂
﹁任せて!﹂
ばん、とルゥが巨大な弓から矢を射る音が聞こえた。
狼に阻まれて見えない奥の方で炎が立ち上るのが見える。
ルゥの使う弓、レイズキャノンと名前がついているそれは、名のと
おりとんでもない攻撃力を誇る弓だ。
弓のくせに名前は大砲。
この世界に銃器はないから大砲と比べることはできないが、それに
劣らない攻撃力があるのだろう。
その代わり命中率は少しばかり犠牲にされている、と言われている
のだが⋮まぁわざわざ言わなくていいな。
しかもこの弓にはホールが三つあって、撃つ矢に魔法をかけること
ができる。もちろんスキルは必要だけど。
まさか弓使いまで魔法を使えると思ってなかったからさ、当時魔法
スキルをほとんど使えなかった俺はちょっとショックだったよ。
﹁ラズ!﹂
﹁大丈夫よ。正直暇だから。﹂
⋮まぁそうだろうな。
俺たちは水晶の森の⋮なんというのか、袋小路に逃げ込んだという
か追い込まれていて、この群れは前方にしか広がっていない。
アールが死ぬ可能性が低いのは嬉しいんだが⋮
﹁ナオ代わって!その子撃つ!﹂
﹁っ悪い!﹂
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このルチルウルフ、HPが七割切ったところで攻撃方法が変わるん
だ。
針のような毛を逆立てて⋮広範囲に撃ってくる。
俺のために支援魔法スキルを高めたアオイがバリアを張ってナオと
代わる。
正味あんなことになったら近づけるわけないよな。ていうか下がっ
てろって行ったのに。
﹁アオイ、全面バリア頼む!﹂
﹁わかった!﹂
バチッと何かが弾けるような音がした。
今ステータスを見ればHPバーの下にバリア保護のアイコンが出て
いるはずだ。
この魔法をかけてもらうと物理攻撃がほぼ効かなくなる。
使用者のMPの消費が大きい上に持続させている間ガンガンMP減
っていくから長時間続けられないんだけど。
﹁切り込み無双いきます!﹂
﹁死ぬなよ!?﹂
﹁死ぬ前に回復頼む!﹂
﹁適当ねぇ⋮﹂
ラズのため息混じりの声を聞きながら俺は宣言通りルチルウルフの
群れに突っ込んだ。
左手に握った黒金の巨大な剣を横薙ぎに振り回す。
右側まで刃がきたところで、左手の甲に右手の人差し指と中指を添
えて短めの呪文をできるだけ早くつぶやく。
唱え終わると同時に左手の下のダイヤモンドが赤く光りだした。
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それを確認することなく、刃が来た道を逆戻りさせるようにもう一
度横薙ぎに。
炎属性をまとった剣に襲われて、切られたルチルウルフがポリゴン
になって爆散した。
やっぱりそれを確認することなく、片足を軸に回転して逆側にも攻
撃を加える。
あー、やっぱり二刀流欲しいかも。
逆側がガラ空きでちょっと怖い。
まぁそれを相殺するのがアオイのバリアなんだけど。
﹁スイ、そろそろ帰って!﹂
﹁いや、僕が引き継ぐ!その調子で殲滅して!﹂
さらりと過激な言葉を吐いたレオンに笑って、お言葉に甘えてさら
に突撃。
ルゥの後方攻撃や、アオイとナオの連携プレイも依然続いている。
俺が突撃したからって全員が俺に襲いかかってくるわけじゃないか
ら、前衛としてパーティーを守る人がいないと後衛が死んでしまう。
⋮そのへん考えると俺はパーティー放り出して何やってんだよって
言われるかもだけどさ。
いい加減飽きてきたんだよ、この状況。このトゲトゲ見てるのが嫌
になったっていうか。
キラキラしてて綺麗なんだけどさ、群れでいると眩しいんだよね、
正直。
それから何分ぐらい経ったんだろう。
段々横薙ぎの一斉攻撃が個体狙いの攻撃に変わり、効率が悪くなっ
て帰った俺と入れ替わるようにルゥが矢の雨を降らせて掃射する。
最後の一体をアオイが袈裟懸けに切り下ろして、いきなり始まった
群れバトルはようやく終わった。
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いやほんと、なんだったんだろ。今までこんなのなかったのに。
まぁ誰も死ななくてよかったけどさ。
﹁スイ、ドロップ品何か違うもんあるか?﹂
﹁ちょっとまって。⋮んー⋮いや、ないな⋮そっちは?﹂
﹁こっちも外れ。群れで倒せばドロップ⋮なんてそりゃないよな。﹂
今までなかったからこそその可能性を考えたんだろうが、まぁまず
ないよな⋮
ありがちなのは群れの後ろに同系のボスというか、群れの主みたい
な奴がいるって場合。
モンスター名は違うけど色と大きさが違うだけで同じ形だったり、
まぁ一目で見分けられる。
けど、今回はそんなやつもいないみたいだし⋮
﹁あ、あの⋮﹂
﹁どうしたアール。悪かったな、怖い思いさせて。﹂
﹁いえ、それはラズさんが守ってくださっていたので⋮あの、そう
じゃなくて。﹂
﹁ん?﹂
﹁この壁⋮壁じゃないみたいです。﹂
49
第十一話
﹁よーし、そっち準備いいか?﹂
﹁えぇ。私がバリア張ったから大丈夫よ。﹂
﹁⋮そんなに威力無いぞ、俺⋮﹂
げんなりとつぶやいた俺に、アオイとレオンがブンブンと首を振る。
今の俺たちはアールが壁じゃないと呟いた何かを破壊する体勢だ。
触ってみたりちょっと切りつけてみればボロリと一部が壊れたそれ
は確かに壁ではないのだろう。
マップの一部である壁は、例えば道標のように傷をつけることはで
きるが壊すことはできない。
まぁそりゃ壁が壊せれば迷宮だってなんだって壁破壊しまくって一
直線で出口いけるもんな。
で、俺たちはさっきまでいた袋小路に俺一人を残し、皆は出口で陣
を張っている。
俺に一番近いところではラズがバリアを張っていて、レオンやルゥ、
アールの顔が見える。
背の低いナオとアオイは髪しか見えないが、きっと後ろを向いて敵
を警戒しているのだろう。
じゃあラズが何のためにバリアを張っているのか。
それは、俺が壁ではない何かを壊す衝撃がみんなに被害をもたらさ
ないように、だ。
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⋮そんな威力無いのに。絶対ないのに。
まぁそんなことを嘆いていても仕方ないので、手っ取り早く片付け
てしまおう。
というのも、初めは皆でガリガリ掘るようにしてい進んでいこうと
思っていたんだが、途中から異様に硬くなって進めなくなったんだ。
ほっとくと一分間隔ぐらいで自動でゆっくりと修復されていってし
まうしな。
で、しょうがないからこの中で一番物理攻撃力が高い俺が一撃食ら
わせてやろうというわけだ。
ちなみにこれでうまくいかなかったらレオンに代わって貰うつもり
だ。
それでもうまくいかなかったら⋮まぁ、ラズの出番だよな。
え?そもそもラズは何のためについてきてるのかって?
それがなぁ、俺もよくわかんねぇんだよな。
クエストに連れ出してるのは俺、という立場なんだけど、俺みたい
に無双して遊ぶわけでもなく。
なんなんだろうな。暇なら連れて行ってくれって言われているだけ
で。まぁ楽しいからいいんだけどさ。
﹁じゃ、いくぜ。﹂
﹁いつでもどうぞ。﹂
ニコ、と笑ったラズに頷いて、俺は黒剣を構えた。
ダン、と床に足跡がくっきり残るほど強く踏み出し、さほど広くも
ない壁を真一文字に切り払う。
真一文字、といってもこれは一応、ブレイドスキルと呼ばれるスキ
ルの一つ。
俺が使っている武器は片手剣だから、片手剣のスキルだ。
ちなみに、片手剣、というジャンルでの熟練度もあるが、技一つ一
51
つの熟練度もある。
俺は全体的に上げているが、例えばナオなんかは一つの技を延々使
い続けて熟練度を上げていると言っていた。
と。
﹁開いた!行くぞ!﹂
﹁おっけー!アオイ、遅れんなよ!﹂
﹁ちょっと、最後尾にいたはずなのにどうしてあたしより早いの!
?﹂
轟音と爆風をものともせず駆け出す俺たち。
ルゥの言葉通り最後尾にいたはずのナオがいつの間にか俺の隣を走
っていて思わず吹き出した。
相変わらずめっちゃ速い。
俺も俊敏性はかなり上げている方だけど、さすが本職には敵わない
よな。
いなくなったナオの代わりにアオイが殿をつとめ、およそ一分後に
は自動修復する壁を突き進んでいく。
幸い壁はそう分厚くなく、途中で俺の斬撃が届かなくなって閉じて
いる、なんてことはなかった。
土煙の中我先にと抜け出したナオが感嘆の声を上げるのが聞こえる。
﹁すっげ⋮早く来いよ!﹂
﹁あぁ⋮うわぁ⋮これで間違いないな⋮﹂
ナオに言われるまでもなくすぐに全員が壁を通り抜ける。
で、見たものは。
﹁水晶の扉⋮?なのかな。﹂
﹁その割には向こうが見えないけど⋮?﹂
52
﹁水晶も中に違う成分が入ったり異物が混じったりしたら絶対に透
き通るとは言えないんだよ。﹂
﹁さすがレオン、博学だな。﹂
﹁まぁ単純にこの向こう透けて見えたら対策できちゃうもんな。﹂
アオイの言った通り、水晶のような透き通った印象の扉、だった。
なんというかまぁ⋮ものすごく、この奥にボスがいそうだ。
この森は攻略済みのはずだがこんなものは見たことがない。
ということは、だ。
﹁この奥でエインセルが手に入れられる、ってことだよね。﹂
﹁そう、ですね。﹂
﹁うん。じゃあ行こうか?﹂
﹁ちょっと待ってくれ。﹂
意気揚々と言うレオンと頷くアール、一歩踏み出そうとしたアオイ
を引き止める。
みんながきょとんと下表情を浮かべながら俺を見る。
﹁あのさ⋮考え過ぎかもしれないけど⋮この奥、もしかしたらすご
いめんどい敵が待ってるかもしれない。﹂
53
第十二話
音もなくすぅっと、水晶の扉が開いた。
その前に立つ俺はほんの少しだけ力を入れただけだ。
ボス部屋と呼ばれるような部屋の扉は重かったり軽かったりバラバ
ラだが、今回のはたまたま軽かったらしい。
ちなみに木の扉なんかだと軽く、鉄の扉だったりすると重いことが
多い。
で、肝心の敵はというと。
﹁あー⋮やっぱりかぁ⋮﹂
﹁スイ?何がやっぱりって⋮は?なんだこれ。﹂
﹁わ、想像はしてたけど、こういうこともあるんだね。﹂
﹁だー⋮めんどい!超めんどい!﹂
だんだん、と子供のように足を踏み鳴らす俺。
いつもならそんな俺をバカを見るような目で見下すアオイやルゥも、
今だけはぽかんと正面を見ている。
事態がわかっているのは俺とレオンだけらしい。
アールも丸く目を見開いて首をかしげた。
﹁あれ⋮私たち⋮?﹂
﹁だな。ラズ!﹂
﹁はぁい。﹂
54
閉まりつつあった扉の隙間からラズが入ってくる。
総勢七名になった俺たちの正面に立つ影は同じく七つ。
さらに言えばその姿かたちも俺たちによく似たものばかり。
つまり、アールが言った通り敵は俺たちそのままだったわけだ、予
想はしてたけど。
最初ラズが外に出ていたのは、敵にラズがいなければ戦闘がかなり
楽になるからだ。
もちろんそんな甘いことはなく、初めから敵は七人だったんだけど
な。
そうなると俺たち六人でラズを倒せる自信は全くないので本人を追
加する。これで一応五分五分だ。
ボス部屋のルールとして、戦闘は扉が完全に閉まってから。
ただ扉が閉まった瞬間両方のラズが自分の影以外の敵を殲滅して、
結局ラズ対ラズの戦いしか起こらないような気がちょっとだけする。
怖い。
﹁はぁ⋮じゃあ⋮クソ面倒だけど、セオリー通りにいきますか⋮い
けますか?﹂
﹁うん⋮一応さっきエメラルドに変えておいてよかったよ⋮﹂
﹁え?あ、ホントだ。ってレオン、なんでサファイア外してるの!
?氷魔法はあんたの得意技でしょ!?﹂
﹁氷魔法はともかく、下手に水魔法は使わないほうがいいと思うか
らさ⋮蔦でも動きは止められるしね。﹂
はぁ、と気乗りしなさそうにため息をつくレオン。
その気持ちは俺も同じだ。全く同じだ。
﹁取り敢えず一撃目は俺とレオンがやる。それで効果があったら万
々歳。﹂
55
﹁効果が無かったら僕たちの考えすぎってことなんだよね。そうな
ったらこの人たち倒さなきゃならないから、取り敢えず倒せそうな
人を倒していって。﹂
﹁ラズはラズに任せるからどうぞよろしくお願いする。﹂
﹁もう、仕方ないわね⋮﹂
レオンと同じようなため息をついたラズ。
その溜息に合わせたように扉が閉まるカン、という音がして、俺と
レオンが同時に武器を振り上げた。
俺の早口が追いつかないほどの超早口で俺より長いはずの呪文を一
息先に唱え終える。
レオンのロッドのエメラルドがその呪文に反応して眩く緑に輝いた。
一瞬にも満たない空白の後、ずるっと音がしそうな動きで敵の足元
の地面がうねって取り囲むように盛り上がる。
盛り上がりは地面を構成する石を割って上に伸び、周りの盛り上が
りと絡みついてさらに上へ上へと進んでいく。
それは木だ。
レオンの植物魔法で生み出された木。
範囲の中の敵モンスターをなかに取り込んで動きを止めたりHPを
吸い取ったり、味方を包み込んで巨大な盾にしたり。
ただ今回は、その巨大な木は瞬く間に薪のような細切れに変えられ
た。
原因は何を隠そう、俺の剣から放たれた風魔法だ。
何してるの!?とルゥの悲鳴のような声が聞こえる。
が、もちろん誤爆なんかじゃない。ちゃんと計算のうちだ。
俺がレオンの木を風で細切れにしている間にレオンが次の呪文を唱
え、ロッドから灼熱の炎の弾が飛び出した。
薪と言ったのは何もたまたまそうなったわけじゃない。
56
俺もレオンも、この木を最初から薪にするつもりだったし、薪にな
ったからにはもちろん燃やすつもりだった。
その燃える薪が重力に従って落ちていく先はもちろん、俺たちの姿
をした七人の敵だ。
薪はちゃんと七人に命中し、それぞれの防御力に応じてダメージを
受ける。
が、それだけだ。
﹁ちくしょー違った!﹂
﹁うん⋮頑張ったのにね。﹂
俺たちの感想にみんなの頭にはてなマークが飛びまくっているのは
見なくてもわかる。
俺だってレオンに出会っていなかったらみんなと同じ立場だっただ
ろう。
そりゃな、こいつら前に立っていきなり何をしてるんだよって話だ
よな。
せめて説明しろって思うよな。俺も自分なら思うわ。ごめんな適当
で。
﹁ねぇ一体何だったの?効果はなかったってことでいいの!?﹂
﹁揺するな!﹂
﹁酔う⋮っ!﹂
﹁でも一応ダメージは受けてるみたいだけど⋮。﹂
﹁てゆか、あんな面倒なことしなくても普通に炎魔法ぶつければ良
かったんじゃねぇのか?﹂
﹁あ、あの、その前に皆さんを倒したほうがいいんじゃないでしょ
うか⋮?﹂
アールの言葉にみんながはっと真顔になった。
57
一斉に敵のほうを向くが⋮時すでに遅し。
ラズの片手が持ち上がっている。あ、敵の。
やばい死んだ、と思ったのも束の間。
ドォン、と轟音がなって、覚悟した衝撃が⋮襲ってこない。
恐る恐る薄目を開くと⋮
﹁油断しすぎよ。敵はまだ生きてるんだから。﹂
﹁ラズ⋮!助かった!﹂
﹁お礼はいいから。何を考えていたのかは知らないけれど、とにか
く彼らを倒すって作戦に変更なんでしょう?﹂
﹁あぁ、取り敢えず今のところはそれしかない。﹂
﹁しょうがないわね。言われたとおり私は私が倒すから⋮ほかの子
はあなたたちが責任もって倒してちょうだいね。﹂
58
第十三話
﹁くっそしぶといな⋮!﹂
﹁それはこっちのセリフだ⋮!﹂
黒剣と黒剣が澄んだ音を響かせて激突する。
もちろん相手は俺だ。
敵の俺はかけていたサングラスが壊され深紅の目で俺を睨んでいる。
俺の方は壊されていないがサングラスは外した。
別に見た目を揃えたわけじゃない。
このままいくと絶対に壊されるからだ。余計な装備は外しておくに
限る。
ちなみに傍から見て未だフードをかぶっているのが敵、白い髪を晒
しているのが俺だ。
とはいえ傍からなんて見る余裕もないだろうけどな。俺自身そうだ
し。
﹁スイ離れて!撃つ!﹂
﹁了解﹂
﹁させるわけないでしょ!﹂
﹁さすが。﹂
⋮ややこしいが、はじめのセリフがうちのルゥだ。
で、それに応えたのが俺、遮ったのが敵のルゥ、さすがと応じたの
が敵の俺。
俺同士が戦う丁度真上で、部屋の両サイドから飛来した幾数もの矢
がぶつかり合って破片がバラバラと降ってくる。
59
それを全く同じ仕草で振り上げた剣の炎で塵にしながら、俺たちは
再び肉薄する。
正直、勝負がつく自信がないわ。
それは俺とルゥだけじゃないらしく、いたるところで本人同士が互
角の争いを続けている。
ルゥと同じ壁際にはレオンがいて、向かい側、つまり敵のルゥの近
くにいるレオンと魔法勝負を繰り広げている。
アオイは俺同様腰に差した和刀で敵の自分と戦っている。
ひらりひらりと舞うように戦うアオイがふたり分。
こんな時じゃなかったら見とれてられるんだが生憎そうはいかない。
広い部屋のを縦横無尽に移動しながら時々響く高い音と眩いライト
エフェクトはナオ。
その素早さで残像さえ残さず移動しながら攻撃し合っているようだ。
当然追いつけるわけもないし加勢なんて以ての外。俺も戦闘中だし。
敵もナオなんだからこっちの攻撃にぶつかるなんてことはまずない
ので、とりあえずは気にしなくていいだろう。
ラズは⋮知らない。
俺には理解できない次元で戦っているはずだ。見ないほうがいいと
思われる。
で⋮この水晶の森攻略の目的と一番関係の強いアールはというと⋮
﹁⋮アール?﹂
﹁よそ見なんて余裕だな。﹂
﹁や、わっ、⋮くそっ!﹂
﹁ふうん、やるじゃん。﹂
目を離したすきに喉元や心臓を目掛けて黒剣が襲いかかる。
そりゃそうだ、俺が気を逸らせば相手も気をそらす、なんてわけは
ない。
60
相手はエインセルではあるかもしれないけれど鏡ではないのだ。
ほんの少しだけ同じ、俺とは違う存在。
故に。
﹁あぁ、そうか。そういうことか。﹂
﹁⋮っ!?﹂
辛うじて攻撃をかわしつづけている俺。
追い詰めた、と思っただろう敵の俺は、俺がふとその回避行動をや
めたことで瞠目してたたらを踏んだ。
⋮俺の思考内容がややこしい。
俺の行動が予想外だったのだろう、動揺した敵の体に、ぐさりと俺
の剣が刺さった。
一瞬何事もなかったように動き続けようとして、その体が止まる。
﹁⋮え?﹂
﹁残念だったな。俺はお前を知らないけど、お前も俺を知らないん
だ。﹂
﹁⋮なんだ⋮知ってたのか、お前。﹂
﹁いや、お前のおかげだな。忘れてたよ。﹂
余りにも姿形が似すぎてて、とつぶやく俺。
その言葉に敵の俺は、俺そっくりに口元をほころばせた。
苦いような暖かいような、何とも言えない微笑みが顔に広がる。
きっと同じような表情をしているだろう俺の前で、敵の俺は心臓の
あたりをきらりと光らせてすぅっと消滅した。
ほかのモンスターのようにポリゴンになって爆散するんじゃない。
理由はわからないけど、自分の姿が粉々になって消えていくところ
なんて見たくないからよかった。
で、だ。
61
俺が気をそらした理由のもとへ駆け寄る。
﹁アール!﹂
﹁⋮スイさん?﹂
ふらりと、まるで揺れるようにアールが振り返った。
アールの視線が外れても、敵のアールは攻撃を仕掛けてくるでもな
くその場に佇んでいる。
どうした、と尋ねようとしたら、
﹁うわっ!?﹂
スパンッ!と音が鳴って、咄嗟に飛び退いた俺の髪を一房切り取っ
た。
いきなりの攻撃にうちのアールがぽかんと目を見張っている。
そのアールを放り出すように俺は左で握った剣を下から振り上げた。
敵のアールの体に大きな斜めの傷がつく。
が、それはすぐに修復された。
そんなのアリかよ、という考え半分、やっぱりそう来るかという思
い半分。
仕方ないので剣を両手に持ち替えて思いっきり上から振り下ろす。
さっきより深い傷がつく。
流石にふらりとよろけた敵のアールに、言わずとも俺の意図を読み
取ってくれたのか、武器を構えたアールが突っ込んだ。
俺やナオから見れば、いや、俺たちのパーティーのレベルから見れ
ばまだまだ上がりきってない俊敏性だけど、バランスを崩した敵の
アールは避けきれない。
ドスっと鈍い音がして、アールの握った細い剣が敵の心臓にまっす
ぐ突き刺さった。
瞬間、ふっと諦めたような柔らかい笑みを浮かべる敵のアール。
62
敵の俺と同じように心臓部分をきらりと輝かせて、その姿はすぅっ
と透明になって消えていく。
それを見送りながら、俺はアールに首をかしげてみせた。
﹁何かの術にかけられてたのか?幻惑魔法なんて持ってたっけ?﹂
﹁い、いえ⋮私、みなさんの戦いに見とれていただけなんです⋮﹂
﹁⋮は?⋮え、敵と一緒に?﹂
﹁⋮すみません⋮﹂
63
第十四話
﹁助かったよ、ありがとう、スイ。﹂
﹁礼ならアールに言ってくれ。元を正せばあいつのおかげだ。﹂
俺たちが体力を削りまくった敵のレオンにトドメを刺したレオンが、
ふぅ、とため息をついた。
同じように俺とアールも息を吐く。
レオンを倒したようにルゥは先ほど、俺とアールが矢を掻い潜って
攻撃を仕掛けた後にルゥが撃破した。
なんとこの敵さん、最後の攻撃が同じ見た目の奴の攻撃じゃないと
死なないのだ。
違う人が倒しても敵のアールのように見事に回復してしまう。
仕方ないので手の空いた人で総攻撃を仕掛け、ギリギリまで削った
ところで本人が攻撃する、というスタイルに変えた。
そうなってしまえば人数が多いこっちが勝つだろう。
ちなみにラズは、ふと気がつけば余裕の表情で手持ち無沙汰そうに
していた。
知らない内に勝っていたらしい。どんな方法で戦ったのかさえ見て
いなかったが、俺たちに被害が及ばなかったのは僥倖だろう。
⋮まさか敵のラズまで見方に配慮して手加減しながら戦ってたりし
たのだろうか。
もしそうだとするととんでもなく怖い。
64
﹁残りはあと二人ね⋮﹂
﹁あぁ。二人共遠距離戦じゃないからな⋮特にナオには加勢できる
かどうか⋮﹂
﹁むしろ本人に当てちゃいそうで怖いね。﹂
﹁私、そもそもどこにいるか見えないんですけど⋮﹂
﹁ここだぜ。﹂
﹁きゃあっ!?﹂
武器を引っさげたまま話し合う俺たちの背後から不意に声がした。
アールがわかりやすく肩をビクつかせて驚く。
その後ろからニヤリと笑ったナオが姿を現した。
体中傷だらけだが⋮一人だけだ。
﹁勝ったのか?﹂
﹁あぁ。疲れた。リアルだったら絶対筋肉痛だ。﹂
﹁そういうレベルじゃないと思うけどな。﹂
風呂入りたい、とか言うナオに苦笑して、俺たちは半ば以上残骸と
なりつつある部屋に目を戻した。
となれば残りはアオイのみ。
アオイの戦いの癖は俺が一番知っているだろうから俺が行くのが最
善だろう。
言わずもがなそんな考えを読んでいるのだろうナオがとん、と俺の
背を押す。
なるべく早めに片付けてきてね、というルゥに笑いながら一歩踏み
出した、ところで。
﹁動かないで。﹂
65
凛とした声が響いた。
見れば、アオイの胸のあたりに敵の掌が突きつけられている。
しかもその掌の前に渦を巻く光。
アオイの持つ魔法にあんな発動の仕方をするものはないから、おそ
らく敵特有の魔法なんだろう。
動かないでとは言われたが、反射的に体が動くのは仕方がない。
ナオには及ばないかもしれないが、結構なスピードで飛び出す。
が、発動寸前だった魔法には敵わない。
俺がアオイの傍へたどり着く前に、その光の渦は爆発するように粒
子を撒き散らして二人のアオイを包み込んだ。
サングラスを外していた俺は右手を掲げて強い光から目を守る。
幸いというべきか、光は一瞬でやんだ。
ふたりのアオイは吹き飛ぶでもなくひどい怪我を負うわけでもなく
そこに立っていた。
さては何かの妨害魔法か、とステータスを開く。
戦闘用ステータス画面は視界の半分に開かれる薄水色のクリアガラ
スのようなもので、その範囲の中のものを情報表示対象として映し
出す。
わかりやすく言うと、パーティーやギルドの仲間はアバターからホ
ワイトの線が伸びて名前などが記されている状況だ。
一応色の区別があって、ほかのプレイヤーはブルー、NPCはイエ
ロー、敵はレッド。
名前の下にはHPバーとMPバーがあり、更にその下に現在受けて
いる支援魔法や妨害魔法のアイコンなどが出る仕組みになっている。
この戦いで一対一ならともかく、同じ姿の敵と味方を見分けていら
れたのはひとえにこのステータス画面のおかげだ。
見た目が同じでも、ステータス画面を見れば片方は白、片方は赤で
同じ名前が表示される。
66
その視界を開いたまま赤の名前の方を仕留めに行けばいいだけのこ
と。
だったの、だが。
﹁⋮おい、ナオ。﹂
﹁あぁ⋮俺も今見た。こんなの聞いたことねぇよ。﹂
﹁⋮これが最終手段ってわけか。﹂
薄水色の視界に、アオイは映る。
映るのだが⋮線が伸びない。名前も何も表示されない。
もちろん両方だ。
こうなると、俺たちが陥る状況はもちろん、
﹁どっちが本物のアオイだよ⋮!﹂
67
第十五話
涼しげに黒髪を揺らして、ひらりひらりと舞うように刀が交わる。
俺がまだ戦ってたとき、二人のアオイの戦いを見れれば見とれるだ
ろう、みたいなこと言ったけど、その綺麗な光景が広がっている。
あぁ、言った通り綺麗だし、剣舞のような動きに俺たちは魅入られ
ていた。
ただしまぁ、
﹁⋮場所がぐるぐる入れ替わっちゃって⋮もう本格的にわからない
ね。﹂
﹁あぁ⋮動き方一緒だもんな⋮見分けが付かない。﹂
﹁ど、どうしましょう⋮!﹂
苦笑交じりのレオン、ため息をつく俺、おろおろ俺たちを見上げる
アール。
どうしましょうと言われてもどうしましょうね。
俺だってこんなの、故障以外で起こると思わなかったし⋮
故障なら制作側が行動してくれるのを待っていればいいだけだが、
今回はそうはいかない。
その制作がわざとステータスに映らないようにしてるんだ、俺たち
が解決するしかない。
⋮それはわかってるんだ、どうしたらいいかがわからないだけで。
68
﹁レオン、敵しか対象にならない魔法とかないのか?﹂
﹁範囲とかは僕が直接決める設定になってるから⋮それに大概の攻
撃魔法は敵味方関係なく対象になるからね。﹂
﹁だよな⋮﹂
﹁ならレオン、転移魔法は?﹂
﹁残念だけど、実験済みだよ。どっちも対象になった。﹂
﹁徹底してるな、さすがに⋮﹂
攻撃魔法は使用者のレベルに応じて命中率などが変わってくるため、
敢えて敵だけでなく味方にも当たるようになっている。
だからこそ、レオンが超広域攻撃なんかを繰り出すときは俺たちも
場所を空ける。
まぁレオンともなれば広域魔法でも俺たちを対象外にすることぐら
い平然とやってのけるだろうが。
﹁スイ、アオイには俺みたいなの渡してないのか?﹂
﹁ない。そもそもお前みたいに別行動が多いわけじゃないからな、
俺たち全員。﹂
﹁だよなぁ。お前今度指輪でも贈っとけ。﹂
﹁はぁ!?ゆ、指輪ってなんでそんな﹂
﹁冗談だよ。落ち着け。﹂
馬鹿か、とナオが半眼になって呟き、ルゥが呆れたようにため息を
つく。
指輪も装備になるなら敵もしてるんじゃないかなぁ、と正論ながら
場違いな意見を言いながらレオンが首をかしげた。
アールは相変わらずおろおろしている。
ちなみにナオが言った、俺みたいなもの、とは、ナオの左手首に巻
かれたブレスレットタイプの装備品だ。
69
細い組紐をあんだような濃紺のブレスレットは、二重巻きするタイ
プで、俊敏性の値がほんの少しだけ上がるようになっている。
ただ、このブレスレットの本当の効果はそれじゃない。
ブレスレットには一つ、小さな銀の鈴が通っていて、特定の人物と
装備者を繋ぐことができるのだ。
繋ぐ、といっても物理的につながるわけじゃない。
このブレスレットが示す特定の人物は俺で、装備者はナオ。
俺がナオの居場所を知りたいと思ったときに決められた動作を行い、
このブレスレットが反応してどこにいるか俺にはわかるということ
になる。
平たく言えば簡易GPSだ。
特定の人物が何人登録できるのかは知らないが、今のところ登録さ
れているのは俺だけだ。
さて、説明して気分転換できたところで⋮
ここで遠巻きに二人を見ていても仕方ないからな。
﹁取り敢えずちょっと近寄ってみる。何か突破口が見つかるかもし
れない。﹂
﹁わかった。﹂
﹁必要そうならバリアでも張っておくよ。﹂
﹁だから俺を何だと思ってるんだよ。﹂
これはあれか?
それぐらい攻撃力をつけろといわれてるわけか?
流石に無理だぞ、てゆかお前らの防御力だって日に日に上がってる
んだからさ。
⋮まぁレオンのバリアがものすごく強固なものになったのは俺のせ
いだけどな。あの頃は悪かったよ。
でだ、今はレオンじゃなくてアオイのこと考えないと。
70
瓦礫を飛び移ってアオイのそばに着地する。
互いの刀を弾き飛ばすように距離を開けたふたりのアオイが、同時
に俺のほうを向いた。
うわ、同じ顔。
そしてやっぱり同じ声で、俺の名を呼ぶ。
﹁﹁スイ。﹂﹂
﹁お、おう⋮﹂
果たして俺はどっちに返事すればいいのやら。
これで間違ったりしたら、終わったあとリアルでアオイに制裁を喰
らうことになる。
アオイは美人だし大人びた性格をしてるけど、結構子供っぽいとこ
ろもあるやつなんだ。そこが可愛いんだけどな。
⋮まぁ誰でも敵と自分間違われたら嫌だけどさ。
﹁なぁアオイ、﹂
﹁﹁なに?﹂﹂
﹁⋮や、なんでもない。﹂
声をかければ両方から返事が返ってくる。
どうすればいいんだよ、会話すらろくにできないじゃないか。
なんて狼狽しているのが伝わったのだろう。
二人のアオイが綺麗な顔を困ったように歪ませた。
そんな顔するなよ、俺だって困ってるよ。
﹁スイ、あの、﹂
﹁スイ、私、﹂
﹁いや、あの⋮あのさ、﹂
71
なんと言えば伝わるものなのか。
ふたりして言い募られても困るぞ、だってどっちもアオイに見える
しアオイに聞こえるからな。
ったく、なんだよもう、こんなトラップは困る。非常に困る。
そんな中、埒が開かないと判断したんだろうアオイがお互いをまっ
すぐ睨みつけた。
﹁スイ、そこで待ってて。﹂
﹁スイ、私を信じて。﹂
そのセリフが、違った。
まさかここでそんな違いが出るなんて思わないだろ。
突如現れたヒントというかいっそ答えに一瞬絶句し、それでも俺は
小さく笑う。
﹁言われなくても信じてるよ、バカ。﹂
72
第十六話
ドスッ、と、鈍い音が響いた。
え⋮とアオイの口が動く。声は出ない。正確には出せないのだろう。
アオイの心臓や肺は、今しがた背後から俺が突き刺した巨大な黒剣
に機能不能に陥っているだろうから。
掠れた声を絞り出して、俺に倒れ掛かったアオイが訴える。
﹁ど⋮して⋮﹂
﹁ん?﹂
﹁信じて⋮るって、言った、のに﹂
﹁あぁ、信じてるよ。﹂
﹁だ⋮ったら⋮﹂
ごほっとアオイが咳き込む。
その向かいで、俺の信じたアオイが、信じて、と言わなかったアオ
イが、目を丸くして俺たちを見ている。
待ってて、と言ったアオイと、信じて、と言うアオイ。
俺が刺したのは、信じることを求めたアオイだ。
﹁残念だったな。お前はアオイを買いかぶり過ぎだよ。﹂
﹁どゆ⋮こと⋮﹂
﹁簡単だよ。俺のアオイはたとえ不安でも、信じて、なんて面と向
かって言えるほど素直じゃないんだ。﹂
73
﹁なに⋮それ⋮﹂
﹁信じて、って思いながら、待ってて、なんて強がりを言うんだよ。
﹂
正面のアオイが、不貞腐れたようにそっぽを向く。
素直じゃない、と言われて拗ねたのだろう。
その先の俺の言葉も図星だったのは間違いない、それぐらいわかる。
だからというわけじゃないけれど。
﹁な?可愛いだろ。﹂
﹁なに⋮のろけ?﹂
﹁あぁ。﹂
自信満々に頷けば、刺されたアオイは馬鹿にしたように笑った。
ただそれは、俺がさんざん見慣れた柔らかい笑み。
諦めた、というより満足そうに、ゆっくりと右手を持ち上げて小さ
くアオイに手招きした。
え?とアオイが声を漏らす。
﹁早く刺して。そろそろ体力がなくなるから。﹂
﹁え⋮?﹂
﹁アオイは知らないのか。こいつら、本人が止め刺さないと回復す
るんだ。﹂
﹁そうだったの。⋮わかった。﹂
顔を引き締めて頷いたアオイは、刀の切っ先をまっすぐもうひとり
の自分に向けた。
そのままふわりと、体重を感じさせないような軽い動きで、その刃
が深々ともう一人のアオイに呑み込まれた。
ギリギリ体力を残していた敵のアオイは、口元に寄ったアオイの耳
74
に吐息混じりに何かを囁いて消滅した。
武器を突き立てていた相手がいなくなった俺とアオイは、まるで刃
を向き合わせるように立ち尽くす。
数拍おいて、大丈夫か、と尋ねようとした俺が口を開く前に、すっ
と刀を鞘に収めたアオイが落ちるように俺に飛び込む。
咄嗟に黒剣を地面に突き刺して軽い体を受け止める。
﹁え、ど、どうした?﹂
﹁⋮ばか。﹂
﹁え?何って?﹂
﹁ばか!って言ったの!﹂
俺のコートに顔をうずめたまま、少しだけ語調を強くしてアオイが
くぐもった声を出す。
ぽすっと音を立てて、右の手が俺の心臓の上を弱々しく殴る。
殴られた俺はといえば、一体何が起こって俺はどうすればいいのか
ものすごく混乱していた。
ステータス画面は解除され、映るアオイに状態異常は表示されない。
HPやMPだって著しく消費しているなんてこともなく、自分と同
じ姿が消滅したからって多大な精神ダメージを受けるような奴でも
なく。
どうすればいいんだろうか。
ただ俺はその時、困ったときいつもやるようにナオに助けを求めた
りはしなかった。
正直言うと皆がそこにいることも忘れていた。
ただただ、縋るように俺のコートを握り締めるアオイが無性に愛し
くて、そっと背中に手を回して抱きしめる。
一瞬びくりと肩を震わせたアオイも、すぐに力を抜いて一層俺に体
をあずけてきた。
75
俺だけに見せるそんな無防備な姿に思わず笑みがこぼれて、漆黒の
髪を撫でる。
果たして一体、俺たちはどれほどそうしていたのだろうか。
﹁なぁ、そろそろいいか?﹂
﹁うわっ!?﹂
﹁きゃあ!﹂
﹁⋮俺は敵じゃないぞ。﹂
近寄ってきていたらしいナオに声をかけられてやっとわれに帰った
俺たちは、反射的にとびのいた。
十分距離を開けて、俺は慌てて剣を引き抜いて背中の鞘に片付ける。
呆れたように、それでも隠すつもりもないのだろうニヤニヤした表
情で俺とアオイを交互に見る。
アオイは俺とは逆側の地面を見つめ、俺はナオから目を逸らせない
まま顔に熱が集まっていくのがわかる。
意地悪なことにナオはしばらく何も言わず、ただじっと俺が真っ赤
になっていくのを見続けた。
なんなんだよ、と思いながら、睨むように見返すこと数秒か数分か。
飽きたわけでも許したわけでもないだろうが、ふっとナオは目を離
した。
ちなみにそう思うのは、依然としてナオがニヤニヤ笑っているから
だ。
﹁さて、と⋮レオンが何か言ってたが、スイ、お前はわかってんだ
ろうな?﹂
﹁え?あ、あぁ。大丈夫だ。﹂
﹁ったく、頼むぜ。アオイも。いつまでもデレてんじゃねーぞ。﹂
﹁そんなんじゃないから!﹂
﹁はいはい、後でな。⋮⋮次の敵がお出ましらしいぜ。﹂
76
77
第十七話
傍に寄っていたのはナオだけではなく全員だったらしい。
俺とアオイが赤面しつつ我に帰ったのを見て、やれやれ、とでもい
うような表情で陣営を組む。
と言っても、
﹁ごめんね、最初にさっきと同じことするから、僕とスイが先頭で
もいいかな。﹂
﹁おう、まかせる。﹂
﹁それはいいけど、一体何の意味があるのか教えてよ。﹂
﹁残念だけど説明してる暇はなさそうだ。﹂
俺がルゥの要請を断ったところで、丁度俺たちの正面に真っ白い光
が生まれた。
その光は次第に膨張して、ふわりと人の形になって地面に降り立っ
た。
降り立った、といってもそのつま先は宙に流れているし、金色の髪
はふわふわと空中で揺れている。
敵かと身構える俺たち⋮の後ろの面々。俺とレオンは取り敢えず成
り行きを見守る体制だ。
が、俺たちの警戒を無視して、その人影は可愛らしい少女の姿にな
って、俺たちを見渡した。
きょとんとした表情で、小さな桃色の口を開く。
78
﹁あなたたち⋮?誰?﹂
﹁え?﹂
同じくきょとんとした表情でルゥが聞き返した。
よくあるセオリー通り名を答えようとしたんだろうアオイを遮って、
俺とレオンが尋ね返す。
﹁お前は?﹂
﹁君は?﹂
﹁私?私はエインセルよ。﹂
その答えを聞いて、レオンと頷きを交わす。
そのままレオンの目配せを受けて、俺が一歩前に出る。
﹁俺たちもエインセルだぜ。﹂
﹁へぇ?同じ名前なのね。お兄さんたち、私と遊びましょう?﹂
﹁あぁ、いいぜ。﹂
にっこり笑って頷いてやる。
ぱぁぁっと明るい顔になったエインセルに、俺は無造作に近寄って
その髪を撫でる。
お前らも来いよ、と手招きすれば、レオンを除いて呆気にとられて
いた皆が訝しげながら近づいてきた。
﹁わぁ、お友達がいっぱいだわ。あなたたちもエインセルなの?﹂
﹁そうだよ。よろしくね、エインセルちゃん。﹂
ニコニコと笑顔を作り続ける俺。表情筋が痛い。
ので、即効で片付けたいんだとレオンにアイコンタクト。
普段からニコニコしているレオンはそれほど苦ではないのだろうが、
79
俺に頷きを返してくれた。
エインセルの目線を俺に引きつけたところで、少し距離をあけたレ
オンが植物魔法を発動させる。
最初のときと違って、相手がこの少女だけなら巨大な樹木を生む必
要はない。
小さな若木を生やして、俺がエインセルの相手で手一杯なのを見て、
自分で風魔法を発動して薪を作ってくれる。
そしてもはや俺を確認することなくその薪に火をつけて、
﹁ねぇ、君たち寒くない?火を熾したからこっちにおいでよ。﹂
﹁ありがとうお兄さん!﹂
ニコッと笑って立ち上がったエインセル。
が、エインセルが火のそばに座り直す前に薪が崩れるように転がっ
てその足に触れた。
触れた、と軽く行っているがそれは燃えた薪。
エインセルは熱い、と叫んでとびのいた。
ごめん!と慌てたように謝るレオンだが、もちろんエインセルがそ
んな言葉を聞くことはなく。
﹁うわぁぁぁぁん!おかあさぁん!﹂
涙をこぼしながら、大絶叫して母親を呼ぶ。
何やってるのよぉ!と同じく泣くように叫ぶルゥだけど、俺とレオ
ンはしてやったりと笑う。
だが、俺とレオンの狙いは正しくこれだ。
果たして。
少女が現れた時と同じ、ただし明らかに眩さのました光が現れる。
みんなが少女から離れて警戒態勢を作る中、その光は同じ手順をた
80
どって、一人の女性の姿になった。
火傷を負った娘の姿を見て、激怒の表情をみせて怒鳴るように叫ぶ。
﹁エインセル!あなたを傷つけたのは誰!?﹂
どうするのと嘆きながら武器を構えるアオイだが、俺とレオンは余
裕綽綽でお母さんを見上げる。
俺たちの知っている通りならこの場は何もせずとも切り抜けられる
のだが、武器はどうすれば手に入れられるんだろうとか考えていた。
多分レオンも。
そんな俺たちを見て色々切羽詰ったような顔をするみんなだが、こ
こは俺たちの予想通り。
﹁エインセルよ!﹂
﹁⋮?﹂
﹁だから、エインセルよ!﹂
泣き喚く少女が告げる名前は、俺たちが名乗った名前。
つまり少女と同じエインセルで、その母親は困ったような表情で娘
を見下ろす。
動かない母親にエインセルだと叫びながら泣き続ける少女。
困り果てたんだろう母親は娘をなだめながら、俺たちに目を移した。
俺たちが知っていたのは、エインセルが俺たちの名前をエインセル
だと伝え、母親は俺たちを攻撃できない、というところまでだ。
母親が俺たちを見るなんて知らないし、ないとは思うけど攻撃され
れば強さは計り知れない。
が、やっぱりそんなことはなく、母親は母親らしい気遣いを見せた。
﹁うちの娘がごめんなさいね。お詫びにこれを差し上げるわ。﹂
81
﹁⋮人間かよ。﹂
つぶやきながら、母親にありがとうございます、と答える。
だが受け取るのは俺じゃない。
別に俺が受け取っても後で譲渡は出来るのだが、ここはやっぱ気分
の問題だ。
﹁アール。﹂
﹁い、いいんですか?﹂
﹁元からその予定だろ?﹂
﹁⋮ありがとうございます。﹂
ぺこ、と頭を下げて、アールが母親の元へ駆け寄った。
キラキラ光る塊を渡されて、深々と頭を下げる。
お詫びの品を渡したことで満足したのか、母親は少女を抱いて光へ
と姿を変えた。
現れた時と同じように光りながら消えていく。
そして、
﹁これが⋮エインセル⋮!﹂
82
第十八話
﹁結局、なんだったんだよ?﹂
﹁それあたしも聞きたい。スイとレオンだけで分かりあって、なん
だったの?﹂
﹁ちゃんと説明するからちょっと待てって。﹂
わいわい騒ぎながら水晶の道を逆戻り。
逆戻りといっても、戦った部屋には奥にさらに扉があって、そこを
通ったら元のダンジョンに戻ってきたんだ。
従って来たときみたいに壁のような何かを破壊する必要はなかった。
アレなんだったんだろうな、原材料。
﹁一言で言えば、フェアリーテイルだよ。﹂
﹁フェアリーテイル?﹂
﹁うん。多くイギリスなんかに伝わってる、妖精絡みの昔話のこと
だよ。﹂
俺より詳しいだろうレオンに説明を任せて、俺はアオイの様子を伺
った。
今まで人前であんな行動を起こしたことはないから、自分でショッ
クを受けたりしてたらどうしよう、と。
それは杞憂だったようで、まぁ空元気かも知れないけど、アオイは
可愛らしく首をかしげてみせた。
なんでもないよ、と笑い返す。
﹁エインセルっていうのは、自分自身を意味する言葉なんだ。妖精
の名前でもあるんだけど。﹂
83
﹁自分自身?妖精?﹂
﹁うん。昔話自体はさっき起こったこととほとんど同じだよ。ね、
スイ。﹂
﹁ん?あぁ。冬のある日、暖炉のある部屋で遊んでた男の子のとこ
ろに窓から女の子が入ってくるんだよな。﹂
﹁え、窓?夜這いなの?それとも迷子?﹂
﹁違うよ。その女の子が妖精で、耳とかが尖ってるんだ。それで一
緒に遊ぼうって話になるんだよ。﹂
﹁その時に名前を聞かれて、男の子は先に妖精に名乗らせて自分も
同じエインセルって名前を名乗っておく。﹂
﹁遊んでる最中に男の子は間違って妖精に火傷させちゃって、妖精
は泣きじゃくって母親を呼ぶんだ。﹂
﹁で、母親は妖精にあなたに火傷を負わせたのは誰?って尋ねるん
だけど妖精はエインセルって答えるしかなくて、男の子は母親に復
讐されずに済みましたってお話。﹂
だったよな?と尋ねれば、よく覚えてるね、とレオンが頷く。
感心したようなルゥたちの奥で、アールが恐る恐るというように口
を開いた。
﹁あ、あの⋮これ、本当に私がもらってしまって良かったんでしょ
うか⋮?﹂
﹁もちろん。もとからそのつもりでここに来たんだしな。﹂
﹁そうだよ。アールちゃんが使えないようなら、その時またトレー
ドでもすればいいと思うよ。﹂
﹁ありがとうございます!﹂
がばっと頭を下げる。
さっきもお礼言われたような気がするし、ほんとにいいんだけどな。
まぁただ、
84
﹁練習はまた今度な?多分そろそろログアウトしないと時間がやば
い。﹂
﹁え、もうそんな時間?わ、ホントだ。﹂
﹁やべ、母さんに怒られるわ。お前らちゃんと来いよ。﹂
﹁お前、俺たちがいればおばさん怒らないからって⋮!﹂
﹁晩飯食えるんだからそれぐらい協力しろよ!﹂
頼むってと言いつつ顔が笑っているナオにはいはいと頷きながら、
会話の片手間にモンスターを倒していく。
目的を達成した帰りともなれば、できるだけ体力を温存しておこう
とか考える必要はないわけで、先頭を歩く俺とアオイが縦横無尽に
武器を振るいながら突き進んでいく。
一応このダンジョンのマップはナオが完成形を持っていたので道に
迷うこともなかった。
ちなみにルゥとレオンはわざわざ帰り道まで戦闘しようとは思わな
いのか武器をしまって雑談していた。
ラズ?言うまでもないだろ。
なので俺たちは近寄ってきた敵だけを奪い合うように倒しながら歩
いていく。
いや実際、早かったよ、帰り道は。
ものの十分程度でダンジョンを抜けて、キラキラした街を目指す事
無く素通りしてゲートの方へ。
ゲートの前に設置されている転移装置に全員で乗り込み、ラズが一
言言葉を発する。
﹁一層までお願いするわ。﹂
行ってなかったかもしれないけど、ゲートの前の転送装置は行った
ことのある層なら飛ぶことができる。
85
そうじゃないといちいち面倒だもんな。
で、一層まで飛んだ俺たちは、ナオがレオンに頼み込んだこともあ
ってラズの店ブルーバタフライまで一息に移動。
これは同じ層の中でしか使えず、またダンジョンの中などから街に
帰ったりすることはできない。
そんなことできればゲートの転移装置は必要なくなるし、強い敵に
襲われたりボスモンスターにやられそうになった時に転移して逃げ
ることができるようになるからな。
例外として同じダンジョン内で転移魔法使用者がマーキングをした
場所には移動することができる。
これは使用者の技量やら熟練度やらによるが、うちのレオンで五箇
所だからそう多くはないのだろう。
﹁サンキュレオン。なぁ、今更だけど部屋借りるぜ。﹂
﹁あぁ。最初からそのつもりだったよ。﹂
﹁悪いな。じゃあお前ら、また今度な!﹂
言うなり片手を上げて、バタバタと店の中に走り込む。
店では静かにしてよ、なんてラズが小言を漏らすが、まぁ聞こえち
ゃいないだろう。
﹁あ、スイ、アオイ、早めに来いよな!﹂
﹁おう。後でお邪魔するよ。﹂
﹁おばさんによろしくね。﹂
﹁じゃな!﹂
あっという間に部屋まで上がったんだろう、窓を開け放して俺たち
に叫ぶ。
俺たちが部屋に戻った頃にはあいつのアバターは綺麗さっぱり消え
てるんだろうな。いつものことだけどさ。
86
﹁じゃあアオイ、俺たちもログアウトしようか。﹂
﹁うん、そうだね。﹂
﹁じゃあお先に。﹂
﹁またね。﹂
﹁うん、またね。﹂
﹁僕もそろそろ帰ろうかな。﹂
﹁私は⋮どうしようかな。﹂
﹁なんならお店によっていけば?なにかご馳走するわよ。﹂
﹁﹁あ、ずるい。﹂﹂
声を揃えた俺たちに四人が笑い、俺とアオイも思わず苦笑する。
とはいえナオが待っていることは事実なので、三人にずるいずるい
と言いながら先に部屋に入る。
思ったとおりナオのアバターは既になかったが、まぁ街や宿屋なん
かのセーフティエリアではアバターなんてすぐ消えるしな。
ちなみにダンジョン内なんかでログアウトすればそのアバターは一
定時間そのまま残り、モンスターの餌食にされること請け合いだ。
﹁じゃ、またリアルで。十分ぐらいで迎えに行くから待っててくれ。
﹂
﹁うん、わかった。またリアルで。﹂
87
第十九話
ふわ、と浮遊するような感覚がして、俺は閉じていた目を開けた。
ステータス画面からログアウトした後色褪せていく世界から遠ざか
った後は、もちろんログインする前の視界が戻ってくる。
ガラス越しのような視界に少し息をついて、接続を遮断する。
頭にはめたメインリングを外して上体を起こす。
さて⋮ナオに誘ってもらってるし、アオイも迎えに行かないとだし、
動き出しますか。
ぐぅっと体を伸ばしながら立ち上がって、部屋の戸を開けて出てい
く。
﹁瑠璃姉、いる?﹂
﹁うん?ゲーム終わったの?﹂
﹁あぁ。ナオが晩飯招待してくれるってさ。行こうぜ。﹂
﹁このところほとんど毎日よねー⋮。明日か明後日うちに誘いなさ
いよ。﹂
﹁ん、そうする。﹂
﹁ま、ご飯作るのは翡翠だけどね。﹂
﹁わかってるよ。俺もう出るから、瑠璃姉先ナオん家行っといて。﹂
﹁わかった。葵ちゃんによろしくね。﹂
﹁瑠璃姉によろしく言われる筋合いじゃないって。﹂
言い争ってるみたいだがいつものことだ、俺も瑠璃姉も笑っている。
瑠璃姉っていうのはまぁ、字面からわかると思うけど俺の姉だ。
姉、といっても歳はかなり離れていて、ほとんど家にいない親の代
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わりに俺を可愛がってくれている。
⋮まぁ実力と趣味の関係上家事は大抵俺が引き受けているんだが。
﹁行ってきます。遅れんなよ。﹂
﹁わかってるわよ。翡翠じゃあるまいし。﹂
早く行ってらっしゃい、と居間からの声に送り出され俺は玄関の扉
を開いた。
外に出ながらスニーカーを履いて、庭に置いてあるバイクにまたが
る。
もちろんヘルメットはちゃんとかぶるからな、大丈夫だ。捕まった
りはしない。
エンジンをかけて走り出す。庭を出て門をくぐり、まぁなんだ、五
分ほど走ったら止まるんだが。
うちとはまた違う日本家屋。
でかさは段違いにこの家が大きいが、これが葵の家だ。
⋮言わずともわかるよな?葵というのがFAでいうアオイだ。
ナオはこっちでもナオと呼んでいるが、幼馴染の俺たちは元々ナオ、
スイと呼び合っていたからだ。
悪いのはFAに登録する際そのままナオというキャラネームで登録
したナオだと思う。
⋮まぁ俺もそのままスイってつけたんだけど。
ちなみにナオの名前は七緒という。
女の子の名前みたいだから嫌だというのでナオと呼ぶことになった
んだ。
ナオならまだ男の子の名前っぽいもんな。多分。
かくいう俺も翡翠なんて宝石の名前で女の子っぽいと言われれば女
の子っぽいけどさ。
﹁ごめん、お待たせ。寒かった?﹂
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﹁いや、大丈夫。お前それで寒くないか?﹂
﹁うん。﹂
こく、と頷く葵の格好はといえば、鮮やかな浅葱色の着物だ。
俺には着物の種類はよくわからないけれど、葵曰くそう高くない着
物だといっていた。
この家を見る限りその価格が本当に高くないのかどうかは俺には測
り兼ねる。
俺?普通のセーターにジーンズだよ。あとジャンパーと。なにか問
題が?
﹁じゃあ乗って。瑠璃姉は先行ってると思うから。﹂
﹁うん、ありがと。あ、これね、お母さんが持って行ってって。﹂
﹁おぉ、苺大福じゃん!やったね、俺大好きだ。﹂
﹁うん、お母さんも知ってるよ。﹂
くすくすと笑いながら葵がひょい、とシートに腰掛ける。
腰掛ける、とは言っても、横に立つ俺の方を向いた、いわゆる横座
りだ。
なぜって、相手は着物だぞ、足開ける訳無いだろ?
だから俺はこのままバイクを押していく。
幸いナオの家はそう遠くないし、山とかもない平坦な道だから問題
はない。
俺も見た目はこれだけど結構鍛えてる方だしな。これぐらいなら全
然余裕だぜ。
⋮実を言うと最初は結構きつかったんだけどさ。バイクが重くて。
みんなには内緒にしておいてくれ。
﹁いつもお邪魔してばかりだから、今度はうちに呼びなさいって言
ってた。取り敢えず今日はお土産。﹂
90
﹁俺も瑠璃姉がうちに連れてこいってさ。土産はないけど。﹂
﹁じゃあ翡翠のご飯食べられるの?﹂
﹁なんでも作るよ。何がいい?﹂
﹁うーん、考えとく。﹂
﹁うん。﹂
そんなほのぼのした言葉を交わしながら、のんびりと歩いていく。
時間はおよそ七時半。だが、まだ冬場なだけあってあたりは既に結
構くらい。
街灯とかはそれなりにあるし、いざとなればバイクのライトって手
もあるんだけど。
﹁あ、ねぇ翡翠。いきなりだけど、ちょっといい?﹂
﹁ん?どした?﹂
﹁あのね、今度、二人でやってみたいクエストがあるんだけど、い
いかな?﹂
91
第二十話
﹁ごちそうさまでした。﹂
﹁おばさん、今度これレシピ教えてよ。﹂
﹁いいわよ。紙に書いておいてあげるわね。﹂
﹁よっしゃ。﹂
礼儀正しく手を合わせる葵の隣で、俺はニコニコ笑いながらご飯を
出してくれたおばさんにレシピをねだる。
あ、もちろんごちそうさまでしたはちゃんと言ったからな。
おばさんは気を悪くした様子もなくむしろいそいそと紙を取りに行
った。
⋮毎回のことなんだけど、なにかノートを持ってくれば良かった。
おばさんチラシの裏とかに書いてくれちゃうから、気付いたときに
はどっか行っちゃうんだよな。
帰ったらレシピノートに書いとかないと。
このレシピノートの中身の八割がおばさん直伝なのは言うまでもな
い。
﹁それにしても、葵のおばさんもだいぶ緩和したよな。﹂
﹁だな。前は人の家に飯食いに行くなんて絶対許してくれなかった
のに。﹂
﹁うーん、でも、ナオとかスイの家じゃないとまだいろいろ言われ
るかもしれないよ。﹂
92
苦笑しながら言う葵。
昔はあまり触れられない話題でもあったから、おばさんだけじゃな
く葵の方も変わってるってことなんだろう。
まぁおばさんが変わったから葵が変わったのかもしれないし、逆に
葵が変わったからおばさんを変えられたのかもしれない。
話せば長くなるからまた別の機会で、ってことにしておくけど⋮ま、
葵もおばさんも、昔よりしんどくなさそうだからいいと思う。
⋮なんて言ってるけど、別に昔から知ってるとかいうわけじゃない。
俺とナオなら幼稚園時代かその前から、かれこれ十数年以上の仲だ
が、葵と知り合ったのはずっと最近だ。
え?付き合いだしたのは?
いつでもいいだろ、それこそいつか機会があれば話してみるから、
気にしないでいこう。
﹁それでね、緩和したお母さんが、今度うちに招待しなさいって言
ってた。﹂
﹁瑠璃姉も言ってた。﹂
﹁私は最初から緩和してたわよ?﹂
むしろお世話になった歴はあなたたちよりずっと長いもの、と笑っ
てるけど、瑠璃姉、それ自慢することじゃないから。
いやまぁ家にいないうちの親が悪いんだけどさ。
母さんいいのか?油断してるとうちの味はナオんとこと同じ味にな
るぞ。
既におふくろの味はナオのおばさんの味になりつつあるしな。
﹁んー、そりゃ俺は構わないけど⋮母さんとかも連れてくのか?﹂
﹁お母さんはそのつもりだけど⋮普通違うよね?﹂
﹁違うだろうな⋮やっぱずれてるよおばさん。﹂
93
﹁それおばさんの前で言っちゃダメだぞ?﹂
﹁わかってるよ。﹂
無駄に真面目にナオが頷くが、確かに葵のおばさんはなんかずれて
るよな。
ナオのおばさんたちも招待するって言うなら葵のおばさんも今日来
るってことになるんだし。
いいんだけどな、ここでこうして笑ってるんだから。
﹁じゃあ私たちは都合が悪かったことにしておいてくれるかしら?﹂
﹁すみません⋮﹂
﹁いいのいいの。うちのうるさい息子がいない夕飯なんて貴重よー
?﹂
﹁母さん俺がいないほうがいいならスイん家泊まりに行くぞ?﹂
﹁部屋は余ってるから歓迎するぜ。﹂
﹁やぁねぇ、夕飯どきに帰ってくるでしょうに。﹂
やぁねぇ、と言っているが、おばさんはほんと毎日のように俺たち
を歓迎してくれている。
うーん、やっぱり迷惑なんだろうか。
そりゃそうだよなぁ、瑠璃姉はともかく俺結構食うもんな。ごめん
おばさん。
﹁はいスイ君。レシピ。わかんないとこあったら聞きに来なさい。﹂
﹁ありがと。毎日ごめんな。﹂
﹁いいのよ、スイ君素直だしうちのバカ息子とは違うし。料理の一
番弟子だしね。﹂
﹁母さんそれどういう意味だよ?﹂
﹁そのままよ。あーあ、スイ君、うちの息子になりなさいよ。﹂
﹁母さん、﹂
94
﹁うちの弟でよければどうぞ持ってってください。﹂
﹁瑠璃姉まで乗ってくんなよ。﹂
ナオと二人で肩をすくめる。
その様子に葵が笑ってるけど、⋮まぁ別に冗談だってことは分かっ
てるけどさ。
ナオと俺が入れ替わってもお互いの暮らしぶりに変化はなさそうだ。
学校行って、帰ってきたらゲームして、家でたまに晩飯作るか、ナ
オんちに食べに行くか。
⋮うーん⋮ナオに料理ができない以上その頻度が変わるだけで、ほ
んと俺たちの生活は変わらないだろう。
通ってる学校も同じだしなぁ。
多分同じことを考えていたんだろうナオと目が合って、再び肩をす
くめ合う。
幼馴染もここまでくればもはや兄弟だろう。年が同じだから双子だ
ろうか。
あ、でも俺が文系でナオは多分理系だから、ナオと瑠璃姉は話が弾
むかもしれないな。
逆に俺はナオの部屋に漫画しかなくて図書館か古本屋に通う羽目に
なるかもしれない。
この時代電子書籍が普及しているんだけど、やっぱ紙の本の人気は
ほとんど衰えないしなくなる様子もない。
俺がわざわざ本屋じゃなくて古本屋に通うのは本屋がなくなったわ
けじゃなくて、古本屋だと立ち読みし放題だからだ。
多分このあたりは電子書籍がほとんどなかった頃と同じだと思う。
﹁でさ、取り敢えず明日か明後日はうちに飯食べに来いよ。いいよ
なおばさん?﹂
﹁もちろん!行ってらっしゃい、帰ってこなくてもいいわよ。﹂
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﹁母さん、ほんとに帰らないぞ?﹂
﹁明明後日の夕時にはうちに来るでしょ?﹂
﹁まぁそりゃそうだけどさ!﹂
はぁ、とため息をつくナオだが、これはいつものことだ。
なんだかんだ言って仲のいい親子だと思う。
見ていて面白いが、おばさんは俺たちも自分の子供みたいに扱って
くれるから羨ましいとは思わない。
言ってしまえばうちの親の方がおばさんより天然で面白いからな。
こんなもんじゃないぞ。
﹁さて葵ちゃん、そろそろ帰らないとお母さん心配するんじゃない
?﹂
﹁そうですね⋮じゃあ、失礼します。﹂
﹁また来てね、待ってるわ。﹂
﹁ありがとうございます。﹂
﹁スイ君、ちゃんと送ってあげなきゃダメよ。﹂
﹁わかってるって。瑠璃姉、適当に帰ってこいよ。﹂
﹁わかってるよ。いいからほら。﹂
追い出すように瑠璃姉が手を振って、俺と葵が立ち上がる。
また明日学校でな、とナオにも見送られたので素直に帰ることにし
た。
まぁ葵は違う学校なんだが、どうせ明日もFAで会うだろうしな。
﹁じゃ、お邪魔しました。﹂
﹁ごちそうさまでした。﹂
﹁はいはい、またいらっしゃいね。おやすみなさい。﹂
96
97
第二十一話
﹁awake.﹂
小さな声でつぶやいた一言に、リンカー・リングは俺の意識を現実
世界から引き離した。
ふわふわと浮くような落ちるような浮遊感のあと、さっき出てきた
ばかりの部屋が視界に広がる。
そして、
﹁わざわざありがと。ごめんね?﹂
﹁いや、瑠璃姉まだ帰ってなかったし、俺がゲーマーなのは知って
るしな。﹂
ベッドに腰掛けていたアオイが立ち上がって、俺に歩み寄った。
さらりと揺れる黒髪に手を伸ばしながら首を振る。
﹁で⋮クエストって何だ?俺だけでいいのか?﹂
﹁うん。スイとやりたいの。⋮別に今日じゃなくてもいいんだけど
ね。﹂
﹁日付指定とか曜日指定とかじゃないのか?﹂
﹁ううん。日付が変わる頃、って噂だけど、一応毎日できるみたい。
﹂
﹁ふうん?一応ってことは、全然見つからないモンスター倒すとか
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そういうことか。﹂
﹁うん。さすが、ご明察だね。﹂
ふふ、と微笑むアオイ。
現実世界では日付が変わるのはまだ先だが、こっちではもうすぐだ。
FA世界では一日は18時間。
会社勤めの人とか、特に公務員とか、毎日同じ時間にしかログイン
できない人もいろんな時間のFA世界を楽しめるようにとの制度ら
しい。
おかげで現実世界にいるときはFA世界の時間は全くわからない。
少なくとも俺は。
アオイはちゃんとこの時間に呼び出したんだからわかっているのか
もしれないが。すごいな。
⋮まぁアオイのことだからたまたま当たったのかもしれないけどな。
﹁だったらもう動き出さないとな。どのへんで起こるのか知ってる
のか?﹂
﹁うんとね⋮あまり詳しいところは知らないんだけど⋮﹂
﹁お前また行き当たりばったりか。﹂
﹁うぅ⋮﹂
しょぼん、とうなだれるアオイ。
別に真面目に怒ってるわけじゃなくてツッコミなんだけどな?
アオイもそれぐらいわかってるだろうが、まぁしょんぼりしている
アオイは可愛いしいいか。
﹁で?詳しくない情報は何だ?﹂
﹁うんとね、なぞなぞみたいなんだけど、一層の中にある、FAで
一番簡単なダンジョンで、FAで一番強いモンスターを倒すっての
がクエストなの。﹂
99
﹁⋮なんだそれ。ちなみに、そのクエストはNPCとかから受ける
のか?﹂
﹁ううん。正式なクエストじゃないの。⋮えっとね、その⋮﹂
﹁⋮わかった、それ以上言わなくていいぞ。﹂
﹁ごめんなさい⋮﹂
﹁別に謝らなくていいって。それにクエストじゃなきゃ付き合わな
いとか言うつもりもないぜ?﹂
﹁ありがと⋮。あのね、言い伝えっていうか、噂っていうか⋮﹂
﹁そのモンスターを倒せば何かいいことがある、みたいなのが出回
ってんだろ。いいじゃん、そういうの嫌いじゃないぜ。﹂
そう言えばぱぁぁっと顔が輝く。
綺麗な顔で、どちらかといえば冷たく見える容貌なだけに、こんな
顔されると俺としては一撃必殺もかくやという威力があるわけで。
くっ、言った通りそういう言い伝えだって嫌いじゃないけど、それ
以上にお前のそういう顔が大好きだよバカ。
なんて絶対言えないけどな!
﹁それでね、一層にあるダンジョンって何があったっけ?﹂
﹁俺らの中で一番詳しいマップ持ってるのナオなんだからナオに聞
けよな⋮。まぁ一層のマップなら俺も完成形できてるけど。﹂
﹁ていうかスイってどこまでマップ持ってるの?﹂
﹁さぁ⋮だいぶ昔ナオといろんなところ駆けずり回ったからな⋮﹂
首をかしげる。
マップ見ればわかるだろ、と言われればそれまでだが、そのデータ
がどれだけ膨大な量になることか。
一層のマップは完成しているから、マップデータの項目で一層の横
には白い星がついている。
が、たとえばまだ完成していない、というかほとんど行かない二十
100
七層なんかは星マークの影もない。
その二十七層の文字をタップすれば、二十七層の中でいったことの
ある街やダンジョンなんかの名前がずらりと躍り出る。
その状態でさらに二十七層を一度タップすれば二十七層全体のマッ
プが画像になって広がる。
ちなみに二度タップすれば躍り出た文字がしまいこまれて、二十七
層の下の文字は二十八層になる。
で、二十七層の中でマップが完成しているダンジョンの名前の横に
は同じように白い星はつく。
街は一足踏み入れただけでマップが自動配布されるから全部星マー
ク付いてるけどな。
ダンジョンの方は⋮そうだな、例えば進んでいった先に分かれ道が
あるとする。
そこで右に進めば、手持ちのマップには右に進んだ道は記されるが、
行かなかった左の道は空白になって残る。
つまり、本当に行ったところしかマップとして残らないのだ。
だから攻略までの最短ルートを突っ走っていた最初のうちなんかは
俺のマップはほぼ一本道だけが載っている杜撰なものだった。あれ
はマップじゃない。
余裕が出てきてからは文字通りいろんなところを走り回ってマップ
も結構充実してきている。
まぁそういう情報を売ったり買ったりするのが本職のナオには全然
及ばないけどな。
あいつ今攻略が進んでるところまでで完成していないマップがある
のかってほどほとんど全部のマップを持っている。
ただまぁ、一層なら言った通り俺もちゃんとマップを持ってるので。
﹁ていうか、ほぼ一層にいる一番強いやつって、ラズなんじゃねぇ
の⋮﹂
101
﹁あはは⋮そんなの誰も倒せないじゃない⋮﹂
102
第二十二話
﹁取り敢えずどこ行くか決めるか。⋮今日じゃなきゃ絶対ダメって
ことはないんだろ?﹂
﹁うん。私も一日で終わるとは思ってないから。﹂
﹁わかった。じゃあどこ行く?﹂
マップを広げて俺たちは首をかしげ合う。
なぞなぞみたいなものだからな⋮普通に考えて一番簡単なダンジョ
ンってことは一番初めに公開されたダンジョンだろってなるんだけ
ど⋮まぁそういうことじゃないよな。
それにFA世界で一番強いモンスターなんて、俺ら二人で倒せるわ
けがない。
それこそラズでも連れてこないと無理だ。
﹁どっか目星つけてたりするか?﹂
﹁うーん⋮そもそも一層って私あまり行かなくて⋮﹂
﹁おいおい俺たちの根城だろ?﹂
﹁そうだけどー⋮﹂
まぁ俺たちと違ってアオイはそこまで毎日をゲームに費やしてはい
ないのだろう。
俺とかナオなんかは学校から帰ってきた瞬間FA世界にダイブする
もんな。
103
だからこそ二人でマップ作りこんだり二刀流の練習目撃されたりす
るんだ。
くっ、アオイみたいに真面目に予習復習でもしてからゲームにダイ
ブすればよかった⋮
いや俺には無理だな。十分も持たずにダイブする自信がある。
﹁そうだな⋮アオイに特に都合がないなら、片っ端から回ってみて
もいいけど?﹂
﹁一日ひとつ?﹂
﹁うん。でも一層のダンジョンは結構単純なのが多いから、二つか
三つぐらいはいけるかもな。﹂
﹁わかった。じゃあ、どこから行く?﹂
﹁そうだな⋮一番簡単だって言えば初めての森だろうけど⋮﹂
﹁あそこダンジョンっていうか、ほとんど分かれ道も何もないまっ
すぐな森だよね⋮﹂
﹁だな⋮モンスター⋮も、確かものすごく動きの遅い幼虫ぐらいだ
ったか⋮﹂
﹁蛹とチョウチョも出ないかな。﹂
﹁そこにリアルを求めるなよ。﹂
苦笑しながら突っ込む。
俺としてはチョウチョならともかくその幼虫が蜂になったらすごく
嫌だ。
初心者油ダンジョンで既に毒だか麻痺だかの状態異常を起こす気満
々の見た目のやつとか見たくない。
今は多少炎魔法とかも使えるけど、初期なんだからもちろん俺は剣
一筋だ。
俺はそこまで虫が苦手なわけじゃなかったから剣で切りまくってた
けど、蜂はちょっと、反射的に体が引く。
し、あののろのろした動きでも嫌がってる女性プレイヤーも結構い
104
たから、そこに成虫はどうなんだろうな。
まぁでも蛹なら動かないし、蝶なら綺麗だとか言う奴もいるし⋮
よくわかんないよな。あの蝶からまた幼虫が生まれてくるんだぜ?
﹁その先だと⋮湖があったっけ?﹂
﹁湖⋮確かにあったけど、干渉不可だよね?﹂
﹁いや?あそこ釣りとか出来るけど?﹂
魚釣って食べたりしたなぁ、と思い返せば、アオイがまじまじと俺
を見つめていた。
その目力にちょっとビビって何?と問い返す。
﹁もしかして、泳げたりする?﹂
﹁あぁ、多分。泳いでる人は見たことないけど、釣りが出来るなら
泳げると⋮ちょっ、どうしたどうした!?﹂
﹁その下って、ダンジョンとかあったりしないかな。﹂
﹁⋮なるほど⋮﹂
まぁ、言われてみれば可能性は高いかも知れない。
海の奥にダンジョン、とか、滝の裏にダンジョン、とかよくあるも
んな。
俺の聞いた限り誰も潜ったことはなさそうだし、知られてなくても
別に変じゃない。
一度現実世界に帰って掲示板でも見れば一発解決なんだが、それな
らアオイがそうしてるだろうしな。⋮多分。
それに、もし湖の下にダンジョンがあったとしても、だ。
浮かぶ問題として、まず⋮
﹁アオイ⋮お前、泳げるか?﹂
105
﹁⋮⋮ノーコメントで⋮﹂
106
第二十三話
﹁じゃあ泳げないアオイさんはその辺で水浴びでもしといてくれ。﹂
﹁もう、そんな言い方しなくてもいいじゃない。﹂
﹁何なら釣竿貸してやろうか?﹂
﹁やり方知らないから結構です。﹂
ほほを膨らませてアオイはそっぽを向いた。
が、すぐに向きなおって、気を付けてね、と首をかしげる。
何なんだろう、このツンデレとまではいかない何かデレ。凄い可愛
い。
﹁じゃあ何かあったらメッセージ送るから、アオイも何かあったら。
﹂
﹁うん、わかった。﹂
こく、と頷いたアオイに、脱いだコートとサングラスを預ける。
と言っても持っていてもらうだけだからトレードとかして本格的に
預けるわけじゃない。
まぁ当り前だろうけどな。一応だ。
ブーツも脱いで、素足を水につける。意外と冷たい。
別にコートやブーツを装備していても、それが水に濡れたからと言
って耐久性が落ちたりするわけじゃない。
でもこういうのは気分だ。なんとなくだ。
だって靴はいて川とか入らないだろ?
107
プール授業の時は裸足だろ?
なんて誰かに同意を求めながら、俺は一息に水の中に飛び込んだ。
反射的に閉じてしまった目をすぐに開いて、まずは周囲確認。
見たところ底の見えないぐらい深い水に、あたりにモンスターの気
配は⋮ないな。
ついでに言っておくと底は本当に深いかどうかはわからない。
ここはゲーム世界だからな。
今まで見えなかったのに突然底が現れるとか全然不思議じゃない。
びっくりはするけど。
さて、だ。
あたりに敵はいないようなのでこのまま一直線に底を目指すことに
する。
ちなみにいうとコートやサングラス、ブーツは預けてきたが武器は
ちゃんと持っている。
水中に浮いた状態で剣が振れるのかは怪しいが、たぶん大丈夫だろ
う。
一層より下の層に潜る際、海底洞窟なるダンジョンを通ったことが
あって、そこは一応水の中の世界だったからだ。
ちなみにモンスターはイカとかタコとか魚とかで、軟体動物が絡ま
ってきて鬱陶しかった。
その状態でアオイに近づいたら俺ごと雷魔法で黒こげにされたこと
をよく覚えている。
そんなことを考えながら潜ることいかほどか。
魚型モンスターと出会うことも底にたどり着くこともなく、俺はど
んどん深くへ潜っていった。
これはあれか?もう少し中央から潜らないとそこにはたどり着かな
108
い仕組みなのだろうか。
それともまだまだ潜らないといけないのか。
この世界では水中で息ができなくなって溺れる、なんてことはない
ので心配はいらないが、まぁ、なんだ⋮ちょっと怖い。
索敵スキルが生きているから大丈夫だとは思うが、深さが増すにつ
れて辺りは暗くなっていく。
一応光が届かない設定というのはあるみたいだ。
そんな設定があったところで底につかなければどうでもいいことな
のだが。
その暗さに圧迫されるような感じがあるし、何より水中だから体の
軸が不安定で、剣を振ることができるのかが怖い。
いや、最悪魔法でも使えばいいんだけどさ、俺主に習得しているの
が炎魔法だからさ。
魔法なんだから関係ないかもしれないが、水の中で炎魔法っていう
のもな⋮なんか即行で消えそうじゃん?
それに海底洞窟なんかだと炎魔法に耐性があるモンスターとかいた
し。
リアル世界では魚は火や熱に弱いんだぞわかってるのかあいつら掌
で火傷するのに!
謎の不満を漏らしていると、不意に足が固いものを踏んだ。
それを近くするのと同時に、不安定だった体が自動的に下に寄せら
れてまっすぐ立てるようになる。
どうやらここが底らしい。
ものすごく深くまで潜ったような気がするが、水深にするとどれく
らいなんだろう。
というか泳げないアオイを連れてここまで来られるんだろうか。
ここが噂のダンジョンかどうかはわからないから先に一人で探索し
てからでもいいんだけど⋮
もし万が一ここだったら、アオイが俺と二人で倒したがってるモン
109
スターとエンカウントしちゃったら大変だもんな。
一度陸に上がることにしよう。
そう決めて、ふわりと底を蹴る。
一度たどり着いた湖底はすぐに見えなくなるなんてことはなく、リ
アル世界のようにしばらく見えているらしい。
ならば、と俺はその地面が完全に見えなくなる前に剣を鞘から抜い
た。
短くはない呪文を呟いて、赤く光るダイヤモンドを視界に入れつつ
切っ先を真下に向ける。
果たして、生み出された炎の球はしっかりと湖底にぶつかり、あた
りの空気⋮じゃないや、水をまきこんで大爆発した。
その爆風⋮じゃないと何になるんだろう、爆水?にのって、俺は一
気に水面までの距離を縮めた。
そのまま浮力に従ってぐんぐん上昇する。
行きに比べて圧倒的に短い時間で行程を終えた俺は、ばしゃばしゃ
と水をまき散らしながら陸に上がった。
その間にどこかで買ってきたのか、それとも初めから持っていたの
かタオルを持ったアオイが出迎えてくれる。
﹁はい、おかえりなさい。﹂
﹁さんきゅ、助かるよ。﹂
﹁それで、どうだった?何かあった?﹂
﹁お前なければいいと思ってるだろ、泳げないから。﹂
﹁そんなことないもん。⋮ちょっとしか。﹂
﹁ちょっとはあるんだろ。残念だったな、何かしらダンジョンはあ
った。﹂
﹁えぇー⋮はぁぁ。﹂
﹁やっぱすげぇ嫌なんじゃん。⋮安心しろ、ちゃんと連れてってや
るから。﹂
110
111
第二十四話
しっかりつかまってろよ、と言った俺に従ってしがみついてくるア
オイを抱きしめたまま、数歩湖の中へ進む。
ちなみにこの湖、勢いをつけて飛び込まないとそのまま歩いて進め
てしまう謎な代物だった。
進めるギリギリまで進んでから潜ろうと主張したアオイが湖の半分
まで歩いて行ってしまって見せた困惑した表情はなかなかかわいら
しかった、とだけ言っておこう。
仕方ないのでトボトボともどってきたアオイを抱きしめて、ひょい
っと飛ぶように水の中に身を躍らせる。
この世界の俺は筋力値がかなり高いので、アオイを抱えたままジャ
ンプするぐらいなら余裕だ。
⋮アオイを、というよりうちのギルドメンバーは全員華奢だから、
やろうと思えば相手が誰でもできるかもしれない。
ラズやレオンは背が高いからやりにくいかもしれないけど。
ナオはきっと暴れるだろうけど。
ゴポリと変な音を立てて水の中に飲み込まれた俺たちは、そのまま
まっすぐ底を目指した。
俺の言葉通りしがみついてくれるアオイは体に力が入っていい具合
に重石の役目をしてくれているのだろう。
一人の時より断然早く俺たちは底にたどり着いた。
固い地面を踏んだアオイが安心したように俺から手を放す。
112
⋮ちょっと惜しいな、なんて思ってない。絶対に。
﹁ここがそうかはわからないけど⋮とりあえず探索してみるか?﹂
﹁うん。それに、私、ここだとおもうな。今まで聞いたことないも
ん、こんなダンジョン。﹂
﹁だな。俺も初めてみた。後でナオ辺りに聞いてみるか?﹂
﹁いいけど、終わってからね。﹂
﹁わかったわかった。﹂
なぜか頑ななアオイをなだめるように笑いながら、その髪を梳く。
アオイも一応言っておきたかっただけだろう、俺がうなずくのを見
て満足げに笑った。
会話が一段落したところで、二人して周りを見渡す。
何処から潜ってもたどり着く地点は同じなのか、開いたマップデー
タは先ほどと同じところを指している。
⋮ってゆか、え?
俺は第一層のマップは全部持ってたはずなんだけど⋮これって隠し
ダンジョンってことでいいんだろうか。
マップリストを出してみると、一層の中に未攻略のダンジョンが出
現していた。
名前はまだクエスチョンマーク。たぶん一定量進んだら名前が出る
んだろう。
確かにこんな隠されたダンジョンなら発見できる人は少ないだろう
し、ジンクス作りにはもってこいだろう。
たぶんそういうことだよな?クエストじゃないけど何かがあるって、
ジンクスとかそういうことでオッケー?違う?
﹁スイ、今回はどうする?前衛と後衛にする?並んじゃう?﹂
﹁並んでいこう。俺左な。﹂
113
﹁わかった。﹂
頷くアオイ。
ちなみ俺が左に陣取るのは俺が左利きだからだ。
うちのメンバーではあと接近戦を得意とするのはナオ⋮ぐらいか。
アオイもナオも右利きで俺が左利きだから、お互い利き手に仲間が
いないほうがいいだろ?
なので俺が左、他の奴は右に配置されることが多い。
尚、ラズは接近戦は右でも左でも武器を振ることができる。
アールはまだよく知らないが、あの武器を使うとすれば両刀になる
んだろう。
⋮とすれば、アールを先頭にして俺やアオイが準前衛になるんだろ
うか。
いやぁどうだろう。アールが先頭でぶんぶん武器振ってるところな
んて想像できないや。
﹁じゃあとりあえず、このまままっすぐでいい?﹂
﹁だな。前見えないから、アオイも気配探知張っといてくれるか?﹂
﹁うん、わかった。﹂
頷いたアオイがふっと目を閉じる。
俺やナオは普段から相手の気配探知やらこっちの気配遮断を使いす
ぎているせいで、モーションはほとんどない。
しかも特にナオはそれこそ普段から探知しまくっている上に本気で
ノーモーションだから、今探知してるのかどうなのかわからない状
態にある。
別にナオが探知してても俺は味方なわけだから、害はないどころか
むしろ得なんでいいんだけど。
﹁じゃあ行くか?﹂
114
﹁うん。﹂
﹁もし何か引っかかったら俺に言わなくてもいいから攻撃な。﹂
﹁わかった。スイも⋮ううん、いきなり走り出すからスイはちゃん
と言ってから攻撃してね。﹂
﹁わ、わかった。⋮いつも悪い。﹂
﹁ホントだよ。それにスイすっごく足早いんだからね?たまには振
り返ってね?﹂
﹁あぁ。⋮敵を倒したときに周りを見ると誰もいなかったり、よく
てもナオだけですごい焦る。﹂
﹁だったら次から気を付けてよ。﹂
笑いながら言うアオイ。
それに俺も笑いながら、もう一度装備を確認して頷き合った。
﹁準備はいいか?﹂
﹁うん。﹂
﹁じゃ、行くか。﹂
115
第二十五話
﹁くっ、アオイ、スイッチ!﹂
﹁ちょっと待って、後ろから何か﹂
﹁くそ、一回離脱するか!?﹂
﹁ダメ、挟まれてる!﹂
アオイの言葉にギリッと歯をかみながら、俺はぶんっと剣を振り切
った。
ポリゴンとなって爆散する魚⋮の、骨。
そう、この海底洞窟で出てくる奴らは一応海の生物なのだが、なぜ
か骨だったり死骸だったり魚類アンデッド系のモンスターばかりだ
ったのだ。
後に判明することになるんだが、実はこの海底洞窟、海底の墓場と
いうダンジョンだった。
墓場、で死ぬのがプレイヤーではなく出てくるモンスターが死んで
いるというのはなかなか面白いと思う。
アオイはすごく嫌がってたけど。
﹁アオイ、自分に防御魔法かけろ!持ってる防具があればそれも装
備!広範囲仕掛ける!﹂
﹁わかった!﹂
﹁なるべく近づいとけよ!﹂
﹁うん!﹂
116
素早く自分に魔法をかけたアオイが俺の足元にしゃがみ込む。
もともと俺に比べて防御力の高いアオイだから、しゃがむという最
高防御態勢の今はかなり高い防御力を誇っているのだろう。
まぁ言うまでもないかもしれないが、アオイの防御力が高いのは俺
のせいだ。
前にもこの言い回しは前にも聞いたことがあると思うが、まぁ仕方
がない。
回復・支援魔法といい防御力といい、毎度毎度俺のせいですみませ
んと謝るのがせいぜいだ。ごめんなさい。
さてそんなことを考えながら長い呪文を噛むことなく唱え切り、俺
は長い黒剣を振り上げた。
今まで使ってきた魔法と比べて明らかに強い真紅の光が手の内から
あふれる。
今更かもしれないが、俺の使う武器は柄の部分にダイヤモンドが内
蔵されているので、まるで手が光っているように見える。
なお、ここにダイヤモンドがあるのは握りやすくなる上に、相手に
ダイヤモンド持ちだとばれ難くなる効果がある。
もちろん鋭いやつはわかるかもしれないが、うまくやると光さえ相
手に見えないということになる。
相手が何の属性を持っているかわからないってのは結構な不利にな
るんだ。
逆を言えば、相手にこっちの属性がばれにくい俺はかなり有利と言
える。
ごめんな、敵対している皆さん。
俺は主に何の魔法でも使えるよ。
ついでにごめんな、レオンをはじめとする魔法使いのみなさん。
魔法スキルがものすごく少ない俺が使ってしまって。宝の持ち腐れ
だ。頑張るからさ。
117
いや、レオンの筋力値が上がるほうが先かもしれない。
俺もレオンも自分の得意分野を優先するせいで上がり方はどっこい
どっこいだ。
まぁ端的に言ってしまえば、俺の筋力値とレオンの魔法スキルが上
がっているということになる。
まじで申し訳ないです、ごめんなさい。
なんて長ったらしい思考をしている間に光り輝いていた剣から炎が
飛び出し、あたり一帯を舐めるように広がっていく。
言えばさながら炎の波。
波は一つでは終わらず、一つどころか十重二十重と周りのモンスタ
ーを飲み込んで灰に変え、壁にぶつかって消えていく。
この波が消えるのは魔法使用者の技量とMPによる。
そして俺は結構後先考えずどぱっとMPを使ってしまうので。
﹁スイっ!?﹂
﹁⋮きもちわる⋮っ﹂
﹁もう、ばか!﹂
膨れたアオイのそばに座り込む俺。
HPやMPが少なくなってしまうと人によって個人差はあるが気持
ち悪くなったりまぁいろいろあるらしい。
俺はHP耐性はすごくあるんだが、MP耐性はそう高くない。
いわずもがな、レオンは俺の逆でMP耐性は高いので、俺たちがど
れだけ魔法を使わせてもけろりとしているが。
まぁもともとのMP量が桁外れに多いのでMP切れを起こすことは
めったにないんだけどな。
﹁すぐ回復させるから、ちょっと待ってて!﹂
﹁いや、いい。これぐらいならすぐに自動回復する。﹂
118
﹁でも気持ち悪いでしょ?﹂
﹁これぐらいなら平気だよ。たぶんこのあたりの奴は大概倒せたと
思うから、今のうちに攻略しよう。﹂
﹁でも、﹂
﹁大丈夫だって。第一アオイも自分の顔色見ろよ。気持ち悪いモン
スターばっかりだもんな、気分悪かったんだろ?﹂
﹁スイ⋮﹂
言っておくが、別にアオイのために頑張ったんじゃないからな。
それでアオイに迷惑かけたんじゃ元も子もないし、なんていうかそ
の、あれだ。
広範囲魔法の練習。
だいぶ前に一人でふらりと遊びに出たとき、モンスターハウスみた
いなものに出会ってから広範囲魔法習得にいそしんでるんだ俺は。
モンスターハウスというのはいわゆる多勢に無勢状況で、一つの小
部屋に入った瞬間周りに大量のモンスターがポップして一斉攻撃を
仕掛けられる代物だ。
正直言って死ぬ。あれはダメだ。
﹁さて、そういうわけで次、行こうか?﹂
﹁待って、やっぱりまだ動かないほうがいいんじゃないの?﹂
﹁大丈夫だって。元が少ないから回復だって早いよ。﹂
﹁それはそれでどうかと思うんだけど⋮それにスイ、普通に考えて
MP少なくないし⋮﹂
﹁いいから、ほら、おいてくぜ?﹂
119
120
第二十六話
﹁結構進んだけど⋮特に手ごわい敵もなく⋮﹂
﹁ボス部屋みたいなのも見当たらなかったし⋮﹂
﹁老人がいる小部屋もなかったよな?﹂
﹁うん⋮人質っぽい女の子とかもいなかった。﹂
首を傾げあう俺とアオイ。
原因は今言った通り、倒すべき敵がいないことだ。
アオイがいうようなボス部屋らしきものが見つかれば一発なんだけ
ど⋮
まぁ、まだほぼ一本道で進んできただけだから可能性は残ってるだ
ろう。
それ以前にこのダンジョン、明らかに湖の広さ以上あるんだけどい
いんだろうか。
まぁ仮想世界のダンジョンなんてそんなもんか。
何せ勢いつけなきゃ潜れない変な湖の中なわけだから。四次元でも
さ。
﹁じゃあこのまま端まで行ったら、一回戻って初めのとこ右に曲が
ろうか?﹂
﹁うん、わかった。広いよね、このダンジョン。﹂
﹁本当にな。今日一日でマップ完成させられればいいけど。﹂
﹁それか攻略できるかだよね。どっちが早いかな。﹂
121
﹁マップ完成させないと攻略できないとことかあったよな。﹂
﹁それだと面倒だよね。﹂
今度は二人でため息をつく。
ちなみに攻略とマップ完成は別ものだ。
マップ完成は言わずもがな、ダンジョン内をくまなく走り回って全
ての道を通ってマップを作り上げたってことだ。
攻略は一番わかりやすいのはボスの討伐。
及びそのダンジョンを通り抜け次の場所へ進めるようになった状況
を言う。
まぁ大概ボスを倒さなければそのダンジョンを通過することはでき
ないから、必然的にボス討伐をダンジョン攻略と呼ぶことが多い。
﹁よし、じゃあまずはこの道突破だな。﹂
﹁うん。⋮そろそろ現実逃避は終わった?﹂
﹁⋮終わらせなきゃな⋮うん。付き合ってくれてありがとう。﹂
隣でニコッと笑うアオイにため息交じりに頷く。
仕方ないな。これ以上現実逃避してても危なくなるだけだし。
何から現実逃避してたかって、そりゃもちろん。
﹁倒しますか、この群れども⋮!﹂
﹁ほんと、膨れ上がったね、骨の群れ。まるでゾンビ⋮﹂
﹁言うな、お前自分で気持ち悪くなるだろ。下がってろ。﹂
﹁うん、そうだね。ありがとう。﹂
素直にうなずく。
全然関係ないんだけどさ、素直に、というか、こっちに任せてくれ
るのって、嬉しいよな。
男冥利に尽きるというか。
122
アオイが強いことはわかってるけど、だからこそ、なんだろうか。
頼ってくれているような、甘えてくれているような、そんな気がす
るから。
気のせい、思い込みだと言われてしまえばそれまでなんだけど。
﹁じゃあ広範囲いくから、アオイさっきみたいに近くでしゃがんど
いてくれるか?﹂
﹁うん、でも、無理はしないでね。MP使い切っちゃだめだよ。﹂
﹁わかってるって、心配するな。﹂
﹁そういうなら心配させないようにしてよね。﹂
頬を膨らませるアオイにかわいいなぁなんて和んだりはしていない。
大丈夫だ。
だって俺は戦闘前、そんなこと考えてたら絶対呪文噛む。
まぁ正直アオイが足元にしゃがんでるってのもそれだけで結構⋮な
んでもない。
ぶんぶんと頭を振って雑念を払い落としてから、俺はまっすぐ前を
見つめた。
膨らんだよね、といったアオイの言葉通り、この骨の群れは俺たち
が戦わず逃げてきた結果でもある。
広域魔法がかなり有効だったことを受けて、これならいっそタゲだ
け取って一定数集まったところを潰してしまえばいいんじゃないか
と思ったのだ。
幸いこのダンジョンには俺たち以外のプレイヤーはいないみたいだ
し。
他のプレイヤーがいたら、万が一にもタゲがそっちに移ってしまえ
ば大事故だ。
前に言ったかもしれないが、この世界ではほとんどの魔法対象に敵
味方は関係ない。
123
つまり、タゲが移った時に広域魔法でやっつければいいじゃないか、
と思っても、その時にはプレイヤーさんも攻撃対象になってしまっ
ている。
モンスターはタゲが移らない限り目を付けたプレイヤーの傍にいる
からな。
ここの奴らは動きが遅いから一体一体地道に殲滅していくこともで
きるけど、まぁ迷惑かけたことに違いはないから。
だからこんな戦術が取れるのはこういうダンジョンだけだ。
いやぁ、人がいなくてよかったよ、ほんと。
しみじみと頷いてから、アオイが足元にうずくまるのを確認。
広域魔法は使用者のごく付近なら対象外。
つまり一人や二人ぐらいならば引っ付くように固まることでダメー
ジを受けないのだ。
まぁ俺の炎魔法なら火の粉が飛んだり、水魔法なら水しぶきとか、
微々たるダメージはあるらしいけど。
俺は魔法攻撃力はそこまで高くないから、物理も魔法も防御力が高
いアオイにはほとんど効果はないだろう。
そんなことを考えながら剣を振り上げ、さっきと同じ呪文を唱える。
真っ赤に輝くダイヤモンドが空気を震わせ、炎の波が近寄ってくる
魚の骨を蹴散らす。
辺りの奴らが粗方ポリゴンの欠片となって消えていく。
その中で、ふと目についたのは。
﹁アオイ!﹂
﹁え、なに!?気持ち悪い!?大丈夫!?﹂
﹁大丈夫だ。立てるか?﹂
﹁う、うん。どうしたの?﹂
﹁よくわかんねぇけど、一体骨が逃げ出した!追うぞ!﹂
124
125
第二十七話
﹁まてこらぁぁぁ!﹂
﹁スイ、叫んでも疲れるだけだよ⋮﹂
あれからどれだけの時間がたったのか。
俺とアオイは広大な湖のダンジョンを、白い骨を追いかけて走って
いた。
白い骨は俺たちの速度に順応するかのように、追いつかれることも
引き離すこともなく常に視界の先端をちらついている。
正直うっとい。
まぁでもおかげで、この湖のマップはだいぶ完成に近づいていた。
とはいえところどころにおかれている宝箱やら反応があった壁やら
は完全にスルーされているが。
あの骨を討伐なりなんなりしたら後で回ろうと思う。
﹁あ、チャンスだよ、スイ。あの先は多分行き止まりだったはず!﹂
﹁よし!追い込んで一気にカタつけるぞ!﹂
﹁うん!﹂
この時俺とアオイは揃って正常な判断能力が落ちていたのだろう。
広いダンジョンを自由自在に走り回れるモンスター。
そのモンスターが、間違って行き止まりなんかに飛び込むわけはな
い。
その先には罠だとか待ち伏せだとか、とにかく何かがあって当然な
126
のだ。
その判断能力を失わせるために、この骨は散々俺たちを走らせたの
かもしれないが。
﹁うわっ!?止まれ!﹂
﹁きゃぁ!?﹂
果たしてそこにあったのは。
﹁⋮すごく大きいね?﹂
﹁だな。⋮これはさっきの骨か?それとも別もんか?﹂
﹁それはわからないけど⋮これが目当ての敵ってことでいいのかな
?﹂
﹁さぁ?というかアオイ、倒す敵の姿知らずに来てたのかよ。﹂
﹁う、うん⋮ごめんなさい。﹂
格段に大きさの増した、数メートルはあろうかという魚の骨だった。
しょぼん、とうなだれて頭を下げるアオイ。
別に怒っているわけではないし、帰って調べなおせばいいんだけの
ことだからいいんだけど。
アオイが言ったように今回の敵がクエストやらボスモンスターやら
じゃないなら判別は不可能だ。
それとも、そのジンクスが運営主体のものなら倒した後に何かメッ
セージでも出るかもしれないが。
﹁ま、とりあえず倒して⋮あれ?﹂
﹁どうしたの?﹂
﹁こいつ⋮ステータス見てみろよ。﹂
﹁え?⋮あ、え?カーソルが赤色じゃない?﹂
127
さもダンジョンの主のような風体で立っている魚の骸骨。
だがそいつは、アオイの言葉通りレッドカーソルではなかった。
現在のカーソルカラーはイエロー。
ということは、敵ではない。
黄色のカーソルはNPC。
モンスタータイプのNPCということは、これから味方になるかも
しれないが敵になるかもしれないということだ。
つまり、
﹁言動に要注意、ってことか⋮﹂
﹁みたいだね。とりあえず武器は納めておく?﹂
﹁だな。ほかに雑魚も見当たらないことだし。﹂
うなずき合って、抜身のままひっさげていた刃を鞘に納める。
たった一つの要素で敵に変じたりはしないだろうけど、保険だ、保
険。
それに確認した通り周りにモンスターもいないしな。
突然現れたところで俺もアオイもナオ直伝の早撃ちを身に付けてる
からいいんだけど。
ちなみに早撃ちというのはスキルに対する武器全般の総称だ。
俺とアオイは剣と刀だから、正確には早抜きになる。
魔法職はストレージに格納することはあっても、使えない状態で実
体化、というのは少ないし。
それに俺も、宝石は柄にあるから鞘を付けた状態で魔法の発動は可
能だし。
これが刃に埋め込まれている場合だと使用できないことになってい
る。
もちろん刀飾りの組み紐に宝石を装備しているアオイも魔法の発動
128
は可能だ。
武器を片付けた状態で骨に近づく。
骨だけあって眼球はないが、目にあたるとところにうすぼんやりと
白い光がともった。
プレイヤーが一定距離に近づくことで起動するモンスターらしい。
眼の光は次第に強くなり、やがて俺たちをまっすぐに見下ろす。
⋮まぁ白目も黒目もないからわかんないけどさ。
﹁汝⋮﹂
﹁え?﹂
不意に、声が聞こえた。
状況から考えて発声源はこの魚の骨だろう。
もともと魚はしゃべらないから今更だけど、なんか⋮骨がしゃべる
ととても変な感じがする。
声帯も舌もないくせにってさ。
いやだから、魚にはもともとないとかそういう突込みはいらないん
だって。
﹁汝⋮我が敵となるか。﹂
一人複雑な思いを抱えていると、魚は勝手に話を進めていた。
敵となるか、ってことは、敵か味方かを自分で選べるということだ
ろうか。
とすればまず味方だろう。
わざわざ敵対する必要もないと⋮
﹁ならば仕方あるまい⋮全力を持って叩き潰すのみ。﹂
﹁!? まだ何も言ってないだろ!?﹂
129
130
第二十八話
﹁来るぞ⋮構えろ。﹂
﹁うん⋮でも、ちょっと待って。﹂
﹁ん?﹂
﹁カーソルが赤じゃないの。もしかしたらまだ何かあるのかもしれ
ない。﹂
﹁⋮確かに。﹂
﹁シールド張っとくから、まだ剣は抜かないでくれる?﹂
﹁わかった。ありがとう。﹂
﹁うん。﹂
頷いた俺に、アオイが小声で詠唱を開始。
視界の端にシールドを示すアイコンが灯る。
それ以外に視界の変化はないが、アオイの魔法能力にかかれば大抵
の攻撃は弾かれて俺たちには届かない。
なんかまぁ、ホント楽させてもらってるよな。
その代わりいざというときは俺が人身御供覚悟で突撃するんだけど。
さて、それはおいておいてこの骨だ。
攻撃するならするで早くしてほしい。
本来俺はナオなんかと一緒にスピードを生かして不意打ち決めたり
先手打ったりするタイプなんだ。
この頃は防御力もかなり上がってるから後手に回っても勝てること
も多くなってきたけどさ。
やっぱなんか、攻撃されるだろうとわかっていながら正面で待って
るのは怖いよ。
131
うん、怖いよ。
﹁汝。﹂
﹁⋮次はなんだよ?﹂
﹁汝、我と争う意志無き者か。﹂
﹁⋮おぉ、アオイ、お前ビンゴだったんじゃないか?﹂
﹁それはいいから答えてよ!無視しちゃだめでしょ!﹂
﹁あ、そっか。ごめん。﹂
思わず振り向いたアオイに逆に諭され、骨を見上げる。
骨は俺の答えを待っているのか無言で佇んでいるままだ。
とりあえず、争うかと言われれば、まず今回は。
﹁俺たちはお前と争うつもりはない。﹂
﹁真か。﹂
﹁少なくともお前が俺たちに害をなさない限りは、だ。﹂
﹁ならばなぜここへ来た。﹂
﹁骨の後を追ってきたらお前がいたんだ。﹂
﹁ふむ。嘘はないようだ。﹂
どこで判断したのか、そう言って頷く骨。
ちなみにここに来るまで散々骨とか腐肉とかを倒してきているんだ
が、それはこの際内緒にしておく。
一応さ。別にこの骨を倒しに来たわけじゃないことは事実だしさ。
⋮まぁ出てきた時点で遠慮なく倒すつもりではいたけどさ。
本当、アオイに感謝だなこれは。
ありがとうアオイ。
﹁汝、ならば我が力となってはくれまいか。﹂
﹁え、これってクエスト?﹂
132
﹁ううん、私はそんな話聞いてないけど⋮﹂
﹁この広き湖を埋め立てようとしているものがいる。﹂
﹁いきなり話始まったな。﹂
﹁こっちの言い分は完全に無視かぁ⋮﹂
﹁その者達を止めてほしい。無論方法は問わん。生かすも殺すも、
汝らに任せる。﹂
﹁物騒だなオイ。﹂
突っ込みを入れておいて、アオイを振り向く。
アオイは微妙な表情をしていた。
これが目指しているジンクスなのかどうか判断がつかないのだろう。
だってクエストとかじゃないって言ってたもんな、それでジンクス
だろうって判断したわけだし。
﹁よろしく頼んだぞ。﹂
﹁あ、ちょっと!﹂
呼び止める声を完全に無視して骨が壁に溶け込むように消えていく。
ったく⋮勝手だなぁ、おい。
俺もアオイもまだ受けるとか言ってないのに。
⋮って、あれ?
﹁なぁ、アオイ。﹂
﹁うん?﹂
﹁クエストの受諾画面、でてきたか?﹂
﹁あ⋮みてない。﹂
﹁だよな?これ、クエストじゃないんじゃないか?﹂
﹁そう⋮かもしれない。状況的選択肢はあったけど、画面としてで
てくるものはなかったもんね。﹂
﹁クエストは受諾するかしないか出てくるもんな。﹂
133
﹁うん。﹂
頷くアオイ。
ってことはやっぱりこれはクエストじゃないんだろう。
つまりだ、多分だけど、確証は持てないけど。
﹁これであってるんじゃないか?アオイがやりたかったやつ。﹂
﹁うん⋮でも、私が聞いたのはモンスターを倒すって話だったんだ
よね⋮。﹂
﹁ん。それが?﹂
﹁埋め立てようとしているもの⋮って言ってたでしょ?それって人
って事じゃないかな?﹂
﹁いや、そうとも限らないだろ。﹂
﹁え?﹂
﹁人型のモンスターなら埋め立てられるし、魔法を使う奴らなら獣
型でも、スライムとかでもできる。﹂
﹁あ、そっか。じゃあ⋮﹂
﹁だな。いっちょ倒しに行きますか。﹂
134
第二十九話
﹁と⋮大丈夫か?アオイ。﹂
﹁う、うん。ありがとう。﹂
水面から顔を出したアオイの手を引いて引っ張り上げる。
岸部まで移動しなくてもその場に立てるってのは便利だよな。
ダンジョンから出れば、水中まで追いかけてきて攻撃してくるよう
なモンスターもいないし。
﹁さって⋮とりあえずは周囲のモンスターを狩りまくるか。﹂
﹁うん。そうだね。⋮とかいうと思った?﹂
﹁え?﹂
﹁え?じゃないよ、もう。そんな強引なことじゃないと思うんだ。﹂
そう言って、アオイはすたすたと陸地に向かって歩き出した。
沈む心配がないとわかったら頼ってくれないんだな⋮なんかちょっ
と寂しいぞ。
と、ぼやいている俺たちがいるのは湖の上だ。
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水の上に立つってなれないな。
ゲームの世界がリアルだから余計にそう思うのかも。
とはいえ、液体みたいな形のないものを表すには技術はまだちょっ
と未発達みたいだけど。
波立つ飛沫がちょっとポリゴンっぽいよな。
で、俺たちが地上に出たわけは、簡単。
この湖を埋め立てようとしている何かを探し出してさっさと討伐し
てしまうためだ。
俺はいっそこのあたりの奴ら全部倒して回ったらいいんじゃないか
なーとか、思ったんだけど。
まぁアオイに止められた通り、そんな甘い話じゃないよな。
﹁まずは背景を調べよう?﹂
﹁背景?﹂
﹁っていうか、情報収集のほうが正しいかな。﹂
﹁ってーと?﹂
﹁埋め立ての話が湖の中にまで広まってるぐらいなら、埋め立てる
側はもう本格的に動いてると思うの。﹂
﹁うん。﹂
﹁だから、探していけば見つかるんじゃないかなって思って。倒し
まわっていかなくても。﹂
﹁なるほど。﹂
やっぱうん、こういうのはアオイのほうが向いてるよな。
時間内により多くモンスターを倒せとかいうのなら俺の得意分野な
んだけどなぁ⋮
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うーん⋮でもさ、どうせ探し回るなら、
﹁ついでに倒して回ってもいい?﹂
﹁⋮いいけど⋮スイ、忘れてない?﹂
﹁何を?﹂
﹁ここ⋮第一層だよ。﹂
﹁⋮そうだったな。﹂
第一層。
このゲームの始まりの層。
出てくるモンスターだって、最弱だ。
﹁アオイ、この森は制圧したぞ。﹂
﹁それでも倒したがるんだよね、スイは⋮﹂
﹁⋮なんか、ごめん。﹂
その後、俺とアオイは結局辺りのモンスターを倒して回っていた。
いや、正確にはまずアオイが情報を集め、何もないと判断したとこ
ろで、トレインしてきた奴らを一掃。
そのまま帰りがてら出てきた奴らを切っては倒し切っては倒し⋮
繰り返していたら結局、近場のダンジョンは終わってしまった。
なんてったってやっぱ第一層だもんなー⋮道にね、複雑性も何もな
いしね。
⋮マップできてるしさぁ。
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そもそも、湖のある草原にヒントがなかったっぽい時点でどうかと
思うんだよな。
だって基本的に、ダンジョンに住むモンスターはダンジョンから出
ないもんだし。
って、あれ?
﹁⋮アオイ⋮﹂
﹁うん?﹂
﹁俺たち、とんだ無駄足踏んでたかもしれないぞ。﹂
﹁え?どういうこと?﹂
﹁だってさ、俺たち、一番弱いダンジョンで敵を倒すんだろ?﹂
﹁うん⋮あ。﹂
﹁あぁ、たぶん⋮﹂
頷いて、俺とアオイはそろって湖の方に目を向けた。
﹁敵はあの中なんじゃないか。﹂
﹁⋮スイに頭脳戦で負けた⋮﹂
﹁そんなにショックか⋮!?﹂
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n2827bz/
Fairy Act Online.
2014年8月1日21時49分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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