﹁A級戦犯はいなかった﹂正誤表 平成十五年九月版 一 - Itscom.net

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﹁A級戦犯はいなかった﹂正誤表
平成十五年九月版
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一、﹁支那事変﹂と﹁日中戦争﹂の用法について、冨士信夫氏より、﹁日中戦争﹂と
ある部分は、支那事変﹂とすべきとの意見を頂きました。本書の編集方針では、当
時の日本人の立場で論じるとしていますので、﹁支那事変﹂とすることが正しいと
判断いたします。ただし、一般人の考えている﹁戦争﹂と﹁国際法上の戦争﹂には、
乖離がありますので、次の版では、これらの用語の違いについて論じ、
﹁支那事変﹂
に統一します。但し、引用の場合は原著者の表現のままとします。
二、﹁蘆溝橋事件﹂の﹁蘆﹂がすべて、﹁盧﹂となっていましたので、見替えをお願
いいたします。
三、﹁満洲﹂については、﹁満洲﹂と﹁満州﹂が混在していますが、著者の記述部分
は﹁洲﹂に置き換えてお読みください。
四、新旧漢字については利用可能なフォントの関係や変換ソフトの制御ができてい
なかっため混在している部分があります。ご容赦をお願いいたします。
本約二掲記
一七二頁
二行
一七四頁
上十八行
全露西亜
満洲
二〇二頁
一行
必死
必至
このような状況
開国期以来
下注後一行 このよな状況
十二行
満州
した時
開国木以来
したと時
二〇一頁
十一行
廟議
廟義
三行
二〇〇頁
後三行
明治三十九年
廟議
明治三十八年
廟義
與
輿︵二ヶ所︶
一九八頁
二行
上八行
一九二頁
三行
大連
機會
諸
全露西亜
ウラディオストク
whole hearted
月
11
時期
全権露西亜
下後四行 機会
一八九頁
隊連
上六行
4
5
﹁商品﹂を九行の﹁第三﹂の上に記入
速ニ
正
割與
本約ニ掲記
補完
畫
原著者意見
緒
善露西亜
上後四行
上後二
ウラディストク
一八八頁
上十行
whole Hearted
年
11
次期
一八七頁
十行
一八四頁
七行
速二
﹁軍費賠償金﹂を削除
引用下後七行
下一行
一八〇頁
八行
一七五頁
上五行
頁、行数
誤
一七四頁
下
後
七
行
割輿︵二ヶ所︶
四 行 の 初 め の 一 文 字 の マ スクが五行にずれる
補間
一六九頁
五行
四、
晝
著者意見
一六八頁
二行
一六八頁
後四行
太子
畫
練スルコト勿ラン
惨酷なるあれば
晝
練スルコトヲ勿ラン
一六七頁
終五行
太子
惨酷なるあば
一六六頁
六行
最終行
最終行
執筆で始めて
一六四頁
注下二行
執筆で初めて
月
11
補いう運用
一六二頁
後三行
其議定せし
年
11
補う運用
一六一頁
十二行
﹁開国論﹁と﹁文明開花論﹂
定義﹂
オランダの項重複
1844
﹁開国論﹂
﹁と﹁文明開花論﹂
一五八頁 引用二段八行 其議弟せし
一五三頁
後二行
一四九頁 十一、十三行
意図がある
た。
西欧を凌駕
提議
︵た︶
。
一四三頁
七行
最初に
正
異議をとなえなかった
意図があある
西欧を陵駕
一四二頁
九行
九行
一四四頁
最終行
始めて
一四一頁
後二行
頁、行数
誤
一二八頁
引用下四行 意義をとなえなかった
であった。
2014
頁、行数
カバー
八頁
十七行
十頁 六行
十一頁
一行
四一頁
二行
三行
四三頁
十三行
四五頁
十行
四六頁
表内被告名
四九頁
最終行
五〇頁
四行
五二頁
後から六行
五四頁
後から五行
六〇頁
二段後七行
六八頁
四行
七二頁
十二行
七四頁
十一行
八六頁
五行
七行
九〇頁
引用上三行
頁、行数
二三〇頁
後三行
二三一頁
四行
五行
対するもので
共同謀議
自衛かどうかは
領土のみに限定されず、
誤
須らく可及的速やかに万機公論に決めるべし
このフレーズは右下の修正にならう
正
2
須らく可及的に速やかに万機公論決めるべし
最後に括弧とじ
まで
領土のみ限定されず、
1つを最初に
﹂
自衛かどうかのは
﹄
1つを最に
松井石根
証明されているが、
までの時代
松井岩根
証明されてりるが、
張鼓峰
協同謀議
紛争ノ平和的
対象地域
前後ノ衡陽ニ
対するのもで
大正二年
前後ノ衝陽ニ
紛争の平和的
対照地域
誇張法
明治四六年
面もあろう︶
陸軍武官
大正六年
陸軍官
注意ヲ集中
面もあろ︶
大正十五年
正
伺った
意外
人間
注意を集中
誤
覗った
以外
人生
ここは、五十に意味があり、一四八頁、一五二頁、そして、信長﹁人間五十下天の内をくらぶれば﹂を想定し、ホップ、ステッ
プ、ジャンプの百五十年の西暦
二三一頁
十、十一行 知識は物事の蓄積、智識はそれが身に付いたもの
用語について
﹁日韓併合﹂﹃韓国併合﹂﹁日韓合邦﹂などいろいろの呼び名のあるものについては、その当時の用語を優先
して用いる。本書では、統一のとれていない所があるが、次期改訂から注意して編集する。
また、個人名の新旧漢字は、戸籍を優先するが、引用の場合は新字となっていてもそのまま引用する。
まだ、間違いは残っているとおもわれますが、意味の通るものは、お許しください。論旨から意味不明または、
意味を取り違える可能性のあるものがありましたら、ご指摘をお願いいたします。
平成十五年九月版
7
正等性
当時者
行っているなど
満州が確定的
含まれず
あるように、
来栖三郎
帝国国策遂行要綱
栗栖三郎
十二行
一二七頁
四行
栗栖両大使
栗栖三郎
陸海軍部局長会議
一二五頁
十行
九行
後二行
帝国国策遂行要領
効目もある
一一八頁
後三行
来栖両大使
来栖三郎
項目もある
陸海軍務局長会議
昭和十三年
record of the Japanes struggle
昭和十二年
3
Japanese grievance. But when forty years'
犬養毅
含まれないので
North
希望していた
concilatory
Suiyuan
適當ナル
行っていたなど
満州を確定的
犬養毅
一一六頁
後二行
犬飼毅
八行
一一三頁
引用下五行
この二語の間に
Japanese struggle
一一二頁
二行
一〇六頁
concillatory
上後六行
north
上後3行
一一一頁
希望したいた
後四行
Suiyauan
一〇一頁
下後六行 適切ナル
四行
九八頁
引用下一行
九五頁
四行
あるよに、
後から六行
九二頁
後
か
ら
二
行
犬
飼毅
正
ヲ豫メ十分ニ
正当性
当時の人
当時の人
﹁現地保護主義を採る﹂
初めて
﹁現地保護主義はとらない﹂
﹁現地保護主義﹂はとらない
のマスク︶
50%
陸軍武官
outraged.
︵透明度
He said:
He said:
陸軍官
particularly
Commission's
3.熱望実現の助力
tourists, including
侵略のための宣伝
outrages.
頁、行数
誤
九〇頁
引
用
下
四
行
ヲ豫め十分ニ
下十行
二二九頁
八行
6
thirty- five European and American
p.60 Line 31
shall
Japan
出兵当初
Yuan Shih-kai
正
関係ないが、現在
particlularly
commission's
3.熱望実現はの助力
侵略の宣伝
p61 Line 6
の後に
carrying
shal
japan
出兵︵当初
YuanShih-kai
誤
関係ない現在
﹁現地保護主義﹂を採る
七行
二二〇頁
注
始めて
二二四頁
上十三行 当時者
後二行
二一九頁
六行
引用下一行
二一八頁引用上三行
二一七頁引用上三行
二一五頁
右下注
二一四頁引用上三行
二一三頁
後五行
上後5行
二一三頁
上七行
二一一頁
上四行
二〇七頁
後三行
二〇六頁引用上四行
二〇五頁引用下三行
頁、行数
二〇三頁
十行