Latest Trend of Atmosphere Heat Treatment (Gas Carburizing)

雰囲気熱処理(ガス浸炭)の最新動向
武 本 慎 一 DOWA サーモテック ㈱
ガス浸炭焼入れは機械部品の高機能化を支える熱処理技術として広く用
いられており工業化されてから半世紀以上が経過した現在もなお、更な
る高機能化、省エネ化に向けた技術改善が進められている。これらに関
する最近の取り組み事例を紹介する。
1.はじめに
近年、産業分野を問わず地球環境を保護するため
理による高機能化が実施されている。ガス浸炭焼入
により一層の環境負荷低減が求められている。自動
れは従来よりその汎用性、経済性、品質安定性等の
車をはじめとする輸送機産業においては更なる燃費
メリットから工業的に広く用いられてきた。本稿で
向上に向けさまざまな取り組みが進められている。
は熱処理工法、設備の両面におけるガス浸炭焼入れ
車両、ユニットの小型、軽量化は燃費の向上におけ
処理の最近の動向を当社での取り組み事例を交えて
る最重要課題である。個々の部品の小型、軽量化に
紹介する。
は高強度化、高精度化が必須でありいろいろな熱処
2.熱処理加工市場の推移
図 1 に金属加工種別の加工
いわゆるリーマンショックに
より一旦大きく落ち込んだも
ののここ数年は回復傾向にあ
る。また加工種別の内訳として
は浸炭、窒化を主とした雰囲気
加工費(百万円)
費年別推移を示す。2008 年の
熱処理が大半を占めており今
後もその重要性は変わらない
ものと推察される。
(年)
出所:経産省 HP より
図 1 金属加工推移(金属熱処理加工費 統計)
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3.熱処理による部品の高機能化
動力伝達に用いられる歯車やシャフト類などに対
に伴う温度上昇に対する軟化抵抗の向上、つまりは
し耐摩耗性、耐焼付き性、疲れ強さの向上を目的と
高温環境下での硬さの確保が重要になる。
して浸炭焼入れ、窒化、高周波焼入れなどいろいろ
浸炭と同時に焼入れ前に NH3 を炉内に添加し処
な熱処理工法が用いられている。その中にあってガ
理品表面に窒素を侵入、拡散させる浸炭窒化処理は
ス浸炭焼入れは品質、コスト、生産性を高いレベル
古くより薄物低級鋼の焼入れ性を補完する目的で広
で安定して再現できるプロセスとして現在でも鋼部
く用いられてきたが、同時に鋼中に固溶した窒素に
品の工業的な表面硬化処理方法として主流を占めて
は焼入れ硬化層の軟化抵抗を向上させる効果がある
(図 2)。これを積極的に活用した浸炭窒化処理が高
いる。
浸炭焼入れは処理品表面から炭素を浸透、拡散さ
強度化手法の一つとして近年、広く採用されている。
せ焼入れを行うことで表層部を硬化し耐摩耗、耐疲
鋼中の窒素濃度には耐ピッチング疲労強度に対し
労、耐焼付き性を向上させることができ、同時に浸
適正範囲が存在する(図 3)。この鋼中の N 濃度を
炭の及ばない内部には高い靭性を付与できる。ガス
浸炭焼入れはこれを大量生産に対応させ大規模で安
定して実施するのに向いている。またガス浸炭にお
ける処理品の炭素濃度分布は炉内雰囲気の化学平衡
反応を利用して浸炭ポテンシャルを制御することで
任意に調整、再現することができ品質の安定性に優
れているのも特徴である。
浸炭焼入れ用の鋼材としては一般的に炭素量
0.3%未満の低炭素低合金鋼が用いられる。これに
該当する鋼種として JIS 規格でも 15 種類以上(SC,
SMn, SCr, SCM, SNCM など)が規定されているが
不必要に高級鋼を選択するのではなく製品形状、要
図 2 N 量と軟化抵抗
求特性に見合った鋼種を選定することが重要であ
る。基本はその部品に必要な内部硬さから選定する
ことになる。
最近では特定の熱処理を想定し合金成分を最適化
した鋼材も多く実用化されているが、それぞれの特
性、特徴を吟味した上で各鋼材に見合った浸炭条件
を設定することが重要である。
3.1 浸炭窒化焼入れ
ミッションオイル
自動車をはじめとした動力伝達部品は小型軽量化
の要求が高まり負荷条件はより過酷なものになって
いる。特に高面圧化で摺動する部品においては摩擦
図 3 N 量とピッチング疲労強度
図 4 浸炭、浸炭窒化処理品の最表面組織
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高精度に制御、再現することが可能になったことで
れるようになってきている。解析には温度、雰囲気
高強度化工法として普及が進んでいる 。
CP、材質など色々な条件が必要になるが以下の 2 つ
浸炭処理品の最表面はガス浸炭では不可避な炉内
の現象をシミュレーションすることになる。
の微量酸化性ガスによる粒界酸化に伴う不完全焼き
① 処理品表面からの炭素の侵入
入れ層が形成されているが浸炭窒化処理品では窒素
② 鋼内部への炭素の拡散
の焼入れ性補完効果が認められる(図 4)。
いずれも実験により各変数を予め求め、データベー
また浸炭窒化処理にショットピーニングを組み合
ス化したものを利用して条件に応じた炭素プロファ
わせて耐疲労強度を更に高める方法も広く用いられ
イルを求める。
ている 。
図 5 に弊社内での実例を示す。実用的に問題のな
1)
2)
いレベルで結果を予測することが可能であるが、炉
3.2 高濃度浸炭
における炉内雰囲気変動などの影響を考慮し更に解
処理品最表面の炭素濃度を高め、微細炭化物を意
析精度を高める取り組みも続けられている 4)。
図的に析出、分散させることで耐ピッチング強度を
向上させることができる。炭化物の形状、大きさは
雰囲気制御と温度プロファイルの組合せによって制
御することができる。一部の高負荷摺動部品で実用
化されている 3)。
しかしながら実際には団体処理に伴う熱処理ロッ
ト中の温度ばらつきに起因して微細炭化物の形状、
大きさ、分布もロット内でばらつき、生産性は限定
される。今後は小ロット化や熱処理設備の高性能化、
温度分布特性の向上により炭化物析出制御の高精度
化が期待される。
3.3 浸炭プロファイル予測技術
各種浸炭条件を入力することで処理後の炭素濃度
プロファイルを計算で求め予測することも広く行わ
図 5 炭素濃度分布シミュレーション
4.処理リードタイムの短縮
ガス浸炭焼入れは工業的に多くの利点がある一方
を連続的に行うことで一般的な肌焼き鋼において
で処理リードタイムが長く大量にエネルギーを消費
も高温処理によるリードタイムの大幅短縮が可能
する熱処理の一つでもある。処理リードタイムの短
になる。
縮は生産性向上のみならず処理コスト及びトータル
従来より高温浸炭の取り組みは行われてきたが高
消費エネルギーの削減につながる重要な課題である。
温化での結晶粒粗大化などの弊害もあり広く実用化
こうした課題に対する取り組みについて紹介する。
されるには至っていない。最近ではオーステナイト
結晶粒粗大化防止を目的として Nb, Ti などの微量
4.1 高温浸炭焼入れ
添加により炭化物や炭窒化物を主体とする析出物で
浸炭は炭素の鋼中での拡散を利用するため浸炭深
のピン止め効果を活用する高温浸炭用鋼も開発され
さは処理時間の平方根に比例して長くなる。高温処理
ており断熱性を向上させた高温浸炭炉と組み合わせ
化は熱処理リードタイム短縮に最も効果的である。例
て、より高温下での浸炭処理を有効に活用していく
として一般的な浸炭温度 1203K 処理に比較し 1,323K
ことが期待される。
処理では同じ 1.3 mm の全浸炭深さを得るのに処理
時間を約 44%短縮できる 5)。
4.2 高 CO 高 CP 浸炭
図 6 に高温浸炭連続炉の一例を示す。1323K に昇
温度一定下で浸炭雰囲気の浸炭能力を高め浸炭
温、浸炭・拡散工程を経て、一旦変態点以下に冷却、
リードタイムを短縮する取り組みも行われている。
その後再加熱を行い結晶粒を微細化させる。これら
雰囲気ガスと鋼の界面での挙動についての R. Collin
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※設定温度は一例
図 6 高温浸炭連続炉概略
らの研究 6) によれば鋼表面から内部へ浸透、拡散
15% 短縮する 7)ことができる。また吸熱型ガス変成炉
する炭素量を J(g /cm ・sec)、雰囲気ガス中の炭
において原料ガスとして空気の替わりに CO2 ガスを
素濃度を Cg(g /cm )、鋼表面の炭素濃度を Cs(g /
導入することにより、CO:35%、H2:44%、N2:21%
2
3
cm )、 炭 素 移 行 係 数 を β(cm/sec)と す る と J = β
の組成の変成ガスが得られ、すでに実操業で稼動して
(Cg-Cs)の関係が成り立つ。また F. Neumann らに
いる。CH4 と CO2 を原料ガスに用い、吸熱反応させ
よれば β は雰囲気ガス組成によって変化し CO/H2
CO:49.3%、H2:49.2% の変成ガスを得る変成炉 8)も
の分圧比が 1 で最大を示すとしている。これらのこ
開発されている。しかしながら CO2 を原料ガスとす
とより浸炭リードタイムの短縮にはガス浸炭雰囲気
る場合は吸熱反応が大きくエネルギー消費増となるこ
の β を大にする高 CO 化と Cg-Cs を大にする高 CP
とから製造コストは高くなる。
化が有効であることがわかる。
最近では酸素バーナーを用いた部分燃焼技術を利用
炭化水素ガスと CO2 ガスを炉内に直接導入する直
した省エネ型高 CO 変成炉も開発されている 9)。こう
接浸炭(FC)法は雰囲気中の CO 濃度を 30 ~ 35% と
した取り組みにより低コスト化が進めばガス浸炭雰囲
高めることができ、浸炭拡散リードタイムを約 10 ~
気の高 CO 高 CP 化は更に普及するものと考えられる。
3
5.雰囲気熱処理設備の最新動向
従来より安全及び炉内雰囲気を保護するための
囲気を保護する方法が取られている。しかしながら
カーテンフレーム、油焼入れの際に発生する油煙が
この方法では炉内雰囲気への影響を完全に抑えるこ
常識となっていた熱処理工場の環境改善にも色々な
とは困難であり、かつカーテンフレーム、油煙の発
対応が図られている。また昨今のものづくり形態の
生により工場内環境を悪化させる大きな要因となっ
変化に対応するため熱処理工程においても小さく構
ている。
えて負荷変動に柔軟に対応できる設備、工程が強く
こうした雰囲気炉のもつ従来からの問題に対する
求められておりこれらに対応した熱処理設備の開発
一つの対策として最近では炉入口及び出口部に真空
が進められている。
排気できるパージ室を設置した浸炭炉が実用化され
ている(図 7)。パージ室内で外気を N2 ガスと置換
5.1 炉内雰囲気の安定化と環境改善
し処理品を炉内へ装入、搬出することで炉内への外
雰囲気炉では被処理品を炉内へ装入及び炉外へ搬
乱を大幅に低減することができる。これにより炉内
出する際に外気が侵入する。ガス浸炭炉など還元性
雰囲気が安定し品質向上をもたらすと同時に、扉開
雰囲気下で行われる処理においてはこの外乱が炉内
口部のカーテンフレームを廃止できること、また焼
雰囲気を乱し処理品品質のばらつき、処理時間の増
入れ油槽からの油煙排出がなくなることでこの方式
加など悪影響を及ぼす。現在でも多くのガス浸炭炉
の浸炭炉を設置した熱処理工場は環境面で大きく改
では炉内への外気の侵入を抑えるために処理品を出
善されている。
し入れする際には扉開口部に火炎を形成し炉内の雰
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図 7 パージ室付連続炉概略図
5.2 小規模雰囲気熱処理炉
熱量の削減となり低コスト化に大きく寄与してい
熱処理設備においてはこれまで生産性向上と省
る。その他、小型化のために加熱機構、撹拌機構、
エネルギー化に重点を置いた技術開発が進められて
搬送機構なども新たに開発、小型化と背反するメン
きた 10)。しかしながら大規模集約拠点型の生産工程
テナンス性にも配慮し個々の機構はシンプル&スリ
は特に熱処理工程においては非効率な面が多い。加
ムな構造を採用している。
工などの前後工程とロットサイズが異なることによ
焼入れ油槽もピットレス仕様とし小型化と同時に
る物流、在庫のムダに加えて熱処理炉は生産開始ま
撹拌能力を高め高流速制御冷却を行うことでリード
での準備や終了後の停止作業、また段替え、条件変
タイムの短縮も図っている。
更などで多くの待機ロスが生じる。
必要な場所で必要な量を必要なときに作るという
グローバル生産化が加速度的に進む中で熱処理工程
も小規模に構えてムダ、ロスを最小化することが求
められている。こうしたニーズに対応するために当
社で開発した小規模雰囲気連続炉の概要を図 8 に示
す。大型連続炉の 1/4 の生産能力ながら熱処理コス
トは大型連続炉とほぼ同等を実現している。
従来、被処理品は直線上に構成された炉内を通過
し所定の熱処理を行う。開発炉ではこの処理品動線
を途中で折り返すコの字型としている。これにより
炉内左右を隔てる中央の壁を共有化することができ
炉の表面積を大幅に削減した。表面積の削減は放散
図 8 小規模雰囲気連続炉
6.熱処理品のトレーサビリティ
熱処理工程における品質管理は主に設備の操業状
の熱処理条件を連続記録し各パラメータが正常に推
態の管理と処理品の検査によって行われている。
移しているかどうかを人の目によって判断してい
硬さ、硬化層深さ、金属組織など熱処理品の検査
る。この判断には知識と経験を要するのが現状であ
の多くは破壊検査を必要とする。全数を検査するこ
る。特に連続式の熱処理炉の場合は処理品が設備内
とはできず、例えば後工程の組付け工程で外観から
を移動しながら処理が行われるため設備側の定点観
熱処理品質異常を発見することもほとんど不可能で
測情報から個々の処理品の熱処理工程履歴(トレー
ある。このため、熱処理では特に自工程内で完結さ
サビリティ)を把握、管理するのは容易ではない。
せ品質を工程内で作りこむことが重要となる。
連続式熱処理炉における処理品のトレーサビリ
また設備の操業管理においては温度、雰囲気など
ティ向上を目的としたデータ収集システムの活用が
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進んでいる。各ゾーンに固定された検出端から得ら
またこうしたデータ収集システムは扉開閉など各
れる温度、雰囲気などのデータを処理品の移動に合
動作時間の記録、管理にも応用され設備状態の経時
わせて加工し処理品の熱処理履歴を処理品ごとに作
変化から設備故障の兆候を捉えることで予防保全
成、記録、管理することで、連続炉でありながら各
のツールとしても今後広く活用されるものと考え
処理品の工程内トレーサビリティが明確になり品質
られる。
保証精度の向上に繋がる。
7.今後の取り組み
設備においては雰囲気熱処理のもつ汎用性、経済
参考文献
性のメリットを維持しつつ環境性能向上や立上げ、
1 )横 瀬敬二,武本慎一,妹尾達行,中広伊孝:特殊鋼,
段替え時に発生する非稼動ロスを削減し効率的な運
用ができる小規模設備が求められる。
これと並行して真空浸炭などに代表される減圧を
利用したプロセス、設備の活用は立上げロスや環境
面など雰囲気処理の持つ課題をクリアするための有
効な手段であり今後、真空×小規模によるメリット
を最大化する取り組みも進むであろう。
熱処理工程においては対象製品の要求特性や生産
量または工場の操業形態などに合わせて複数の工
法、設備の中から選択し工程設計を行うことが重要
となるであろう。
また国内外を問わず人材育成は重要な課題であ
る。特別な熱処理知識、技能を必要としない熱処理
設備が望まれるが、それと同時に熱処理を正しく理
解し様々な問題、課題に的確に対応できる熱処理技
54 巻,2 号(2005)
2 )横瀬敬二:ショットピーニング技術,19 巻,3 号(2007)
3 )新野力也,小池俊勝,山縣裕,平岡和彦,桂隆之:ヤ
マハ発動機 技報,第 36 号(2003)
4 )石神逸男,水越朋之,横山雄二郎,星野英光,三浦健一,
浦谷文博:大阪府立産業技術総合研究所報告,No.21
(2007)
5 )横瀬敬二:特殊鋼,49 巻,5 号(2000)
6 )R. Collin, S. Gunnarson, and D.Thulin: Journal of The
Iron and Steel Institute(1972)Oct. p777
7 )内藤武志,中広伊孝:熱処理,37 巻,6 号(1997)
8 )下 里吉計,紙谷守,中津裕之:工業加熱,40 巻,4
号(2003)
9 )堀 野太希,和田智宏,山本康之,野村雄二:第 76 回
熱処理技術協会講演会講演概要集(2013)
10)雪竹克也,横瀬敬二:工業加熱,42 巻,2 号(2005)
術者の育成がこれまで以上に重要となるであろう。
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