コラボレーションを促進するナレッジ共有システム - Nomura Research

コラボレーションを促進するナレッジ共有システム
情報技術を用いて知識を可視化する試みが始まっている。本稿では、NRI(野村総
合研究所)のリサーチ・コンサルティング部門において、コンサルタントがコラボレ
ーション(協働)することにより、高い付加価値を顧客に提供していくナレッジ共有
システム「ちえのわ」を例に、組織にとって最適のナレッジ管理とは何かを考察する。
「ナレッジ管理」が経営課題となる理由
案セールスやコンサルティングなどの知的生
「知識社会」の到来が叫ばれている。このこ
産活動の効率を向上し、規模を拡大すること
とは、企業の競争力の源泉が有形の資産から
ができる。これは従来のマニュアル化、デー
人の能力や才能に急速に移行していることに
タベース化と同じだが、情報技術を用いるこ
も表れている。たとえば、好況に沸く米国経
とで、タイムリーな情報共有が可能となる。
済を支える企業群の財務諸表を見ても、彼ら
②コラボレーションによる付加価値の創造
が固定的な資産を持たず、無形の資産(人材、
社員や顧客、さらには外部のパートナー企
ブランド、アイデア、技術など)によって大
業、外部専門家などが持つナレッジを結びつ
きな利益を上げていることがわかる。
けることで、今までになかったサービスや商
知識・知恵(ナレッジ)こそが利益をもた
品を創造する。規制緩和やインターネットの
らすものであれば、これを管理し、投資家の
発達により、次々に新しいビジネスモデルが
期待に応えるのが経営者の使命となる。
生まれている今日、ナレッジを結集させたコ
しかし、現在、ナレッジ管理と呼ばれる領
域に多くの関心が寄せられているのは、この
ラボレーションによって、大きな価値を生み
出すチャンスがある。
ような「ナレッジ=金のなる木」といった
「正の理由」からばかりではない。ナレッジ
を管理しなければ企業としての存亡すら危う
いといった「負の理由」もそこには存在する。
ここではまず、これら「正と負の理由」に
ついて整理してみよう。
(2) 負の理由
負の理由とは「ナレッジ管理をしなければ
ならない理由」である。これは、その組織が
置かれているフェーズや環境によって異なる。
①高成長フェーズ……組織拡大への対応
成長段階の組織では、組織自体の拡大を支
(1) 正の理由
えることが重要課題である。新たなメンバー
①効率の向上と規模の拡大
を戦力化するために、必要なナレッジ(組織
属人化したナレッジをドキュメント化して
ミッションから業務手順まで)を素早く共有
整理し、誰でも使えるようにすることで、提
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することが求められる。
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②低成長∼縮小フェーズ……組織知の分断
単一の専門性を求めるものから、さまざまな
このフェーズでは人員削減や、大胆なコス
専門性を結びつけて、より高次の提案を求め
ト削減を狙った業務の変更といった取り組み
るものへと変化してきている。たとえば、規
が行われる。しかし、これらによって属人的
制緩和によって製造業が金融などのサービス
に存在した業務ノウハウや顧客との関係が失
業に進出しようとする場合のコンサルティン
われるケースは多い。このような企業として
グでは、顧客の既存事業や金融業に対する理
保持してきたナレッジを損なわずに合理化を
解に加え、事業を組み立てていくためのビジ
行うためのナレッジ管理が必要となる。
ネスモデルの構築、アライアンス支援といっ
③優秀な人材の流動化
た、多彩な専門性が必要となる。
どのフェーズにあっても問題となるのが、
そのような顧客の高度な要望に応えるため
優秀な人材の流出である。知識社会の到来と
には、プロジェクトごとに、必要とされる専
ともに、優秀な人材の市場価値は高まる一方
門性を持つ要員を選ぶことができ、ベストメ
である。彼らが実力を十分に発揮できる環境
ンバーによるチーム編成を実現させるシステ
に加えて、人材が流出してもナレッジを組織
ムが必要である。
にストックしておける仕組みが必要となる。
以上のように、ナレッジを管理する理由は
ビジネスの形態や環境によって異なる。ナレ
②組織拡大への対応
成長を続ける情報産業において、これは各
社共通の課題である。
ッジ管理に着手する際には、上記を参考に、
③ナレッジ管理による生産効率の向上
その必要性を検討してみるのもよいだろう。
ナレッジ管理による生産効率の追求につい
ては、上記 2 点と比べると優先順位は低い。
部門としてナレッジ管理に取り組む理由
NRIのリサーチ・コンサルティング部門
(RC部門)は総勢数百名で、民間企業、中央
官庁、地方自治体へのコンサルティングを行
その理由は、RC部門が新しいナレッジの創
出を使命としており、マニュアル化して規模、
効率を追求するようなナレッジを価値の源泉
と定義していないためである。
っている。RC部門として、ナレッジ管理に
取り組む理由を上述のポイントに照らし合わ
「ちえのわ」の具体的機能と効果
せてみると、以下のとおりとなる。これらは
「ちえのわ」とは、RC部門が上記のようなポ
情報システムの機能が支援すべき要件である。
イントを情報システムとして支援するために
①コラボレーションの促進
導入したナレッジ共有システムの愛称である。
コンサルティングに対する顧客の要望は、
以下、「ちえのわ」の具体的な機能について
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表1 「ちえのわ」の具体的機能と活用の実際
機能
要件
活用場面・イメージ
・コンサルタント、顧客(属性、
接触履歴)プロジェクトの情
報を縦横にリンクして組織を
可視化
コラボレーションの促進
コンサルタント
顧客
プロジェクト
・スキル、興味による検索
・エージェント機能
・チーム編成
ベストの専門性、当該分野への関心をもった
メンバーを素早く把握
・知恵の貸し借り
専門家へのアドバイス打診、人脈、営業機会
の共有
・顧客動向・ニーズの把握
タイプ別の顧客動向・ニーズの分析
組織拡大への対応
・オンラインマニュアルの整備
行動指針
業務マニュアル
・新たなメンバーに「知っていて当たり前」を
共有
・組織としての経験則を共有
生産効率の向上
・各種テンプレートの充実
・ナレッジデータベースの整備
・コンサルタントの生産性向上を支援
紹介していく。
「ちえのわ」では、専門性やプロジェクトの
タイプに応じて、関連するプロジェクト、コ
(1) コラボレーション促進機能
ンサルタントを即座に検索できるほか、各コ
コラボレーションを促進するために、「ち
ンサルタントが、過去どのようなプロジェク
えのわ」では以下の情報を管理している。
トにどういった立場で参画し、どんな成果が
・顧客情報……顧客の基本的な属性
あったか、さらには、今どんなテーマに取り
・接触情報……顧客など外部との接触履歴
組みたいと考えているかを検索することがで
・プロジェクト情報……顧客から受託した
きる。この結果、プロジェクトごとに、ベス
コンサルテーションに関する情報
・個人情報……RC部門に属するコンサル
タントに関する情報
トメンバーによるチームの編成が可能となる。
②ナレッジの流通
各コンサルタントの専門性、経験を明確に
・専門性(スキル)情報……RC部門が提
しておくことで、チームに参画していないメ
供できる、または顧客ニーズのある専門
ンバーに対しても、適切なアドバイスを求め
性に関する情報
ることが可能になる。さらに、「ちえのわ」
これらの情報は相互に関連しており、シス
では顧客との接触履歴(誰がいつどの企業に
テム上でリンクさせることにより、以下のよ
何をしたか)が網羅的に管理されている。こ
うな場面での活用が可能となる。
のため、外部との人脈、営業機会なども共有
①ベストメンバーによるチームの編成
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されている。これらによりコンサルタントは、
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相互に関連する分野においてナレッジを流通
システムの利用状況
させながら、生産性を高めることができる。
「ちえのわ」の運用を開始してから 2 年が経
また、通常の検索機能に加え、検索条件を
過したが、個人情報データベースに対するア
事前に登録しておくと、情報の発生をメール
クセスは1000件/週程度で安定しており、組
で知らせてくれるエージェント機能が用意さ
織に定着した感がある。また、コンサルタン
れている。これによってコンサルタントは、
ト一人一人が行う、外部との接触情報やプロ
自らの関心領域(顧客、専門性)で誰が何を
ジェクトに関する情報の入力も、業務処理の
手掛けているかを即座に知ることができる。
流れを分析し、極力入力負荷を減らすことで、
③顧客動向やニーズの把握
高い網羅性を得ている。
蓄積されたデータを集約することで、顧客
のタイプ別に、どのようなニーズが顕著であ
るかといった傾向を把握することができる。
重要なのは組織風土の変革
システムを整備し、組織のナレッジを誰に
でも見られるようにしたところで、これに価
(2) 組織拡大への対応機能
値を見いだし、活用してもらわなければ無意
前項で説明した機能は、コラボレーション
味である。「ちえのわ」を含めたRC部門の取
の促進だけでなく、新しく加わったメンバー
り組みにおいても、組織の風土を変えていく
が組織のナレッジに素早くキャッチアップす
ことが現在の中心的なテーマとなっている。
る場合にも有効である。
コラボレーションとは、「互いに一目置き
また、これまでのコンサルティング活動の
合う者同士が、同じ目的を目指して力を発揮
中で蓄積された経験則を体系化した行動指針
すること」であり、その成立には「コラボレ
集や、顧客や外部パートナー会社との契約処
ーションの結果は、個人の実績の積み上げに
理、社内の業務処理に関するマニュアルをオ
勝る」という価値観の共有が必須である。
ンライン化して、組織拡大への対応を図って
いる。
一般的に、プロフェッショナルは自身の専
門性や顧客への関心は強いが、半面組織に対
(3) 生産効率の向上機能
するロイヤリティは低いと言われる。しかし
コンサルタントの生産活動の効率を上げる
顧客が高度で複雑な専門性を求めている今、
ための仕組みとしては、企画書、報告書など
上記のような価値観を組織に根づかせること
の各種テンプレートがシステムから取り出せ
こそ、ナレッジ管理の最大のテーマである。
るようになっている。
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(野村総合研究所 森平幹男)
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