遥かなる彼方からの贈り物 - タテ書き小説ネット

遥かなる彼方からの贈り物
嘉門作美
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
遥かなる彼方からの贈り物
︻Nコード︼
N9382BV
︻作者名︼
嘉門作美
︻あらすじ︼
今から約15万年の昔。
地球から200光年の場所にあったデジャ星は
僅か10光年の至近距離での超新星爆発に遭遇する。
時あたかもハルマゲドンのさなかにあったデジャは
皮肉にも核兵器に備えるその体制のお陰で
その超新星爆発から生き残る。
しかし爆発の800年後に
今度は超新星爆発の飛散物が襲う事をデジャ人は知り
1
それがデジャの科学技術をますます進化させこれも克服するが
それにより飛散物の方向が変わり
偶然にも地球に向かう。
このような可能性を予測したデジャ人は
自助努力を前提にサンダルを宇宙に放つ。
5万年前、サンダルは地球を見つけ
そして5万年後に選んだのは5歳の少年だった。
2
︵1︶
誘い
深夜。5歳の少年の夜の眠りは深い。
大樹はぐっすりと眠っていた。
すぐ隣に母の頼江も熟睡している。
遠くで微かに救急車のサイレンが聞こえているのも
都会の古いマンションの一室に住む母子の
いつもと変わらぬ深夜の情景だった。
しかしたった今まで熟睡していた筈の大樹は
いつの間にか目を開き
救急車のサイレンが更に微かになってやがて聞こえなくなり
静寂が戻るのを聞いていた。
時刻はちょうど午前3時である。
大樹がこの時間に目を覚ますのは
今夜に限った事ではなかった。
一週間程前からだったろうか。
毎晩必ずこの時間になると不思議と目が覚めるのである。
悪い夢を見たからでもない。不安は感じなかった。
ただ頭がどんどん覚醒し、目が覚めるのである。
何か、とても大切な事が起きそうな気がして、目が覚めるのだった。
3
大樹自身は気付いていなかったが、それは﹁語りかけ﹂だった。
心の奥底に語りかける静かな、しかし深い力を持った語りかけだっ
た。
言葉ではなく、画像でもなく
﹁気持ち﹂そのものへの波動のようなものだった。
それは大樹にとって、限りなく大切なものの気がした。
しかし、同時にそれが何故かは分からなかった。
大樹は母の頼江を起こそうかと思ったが止めた。
母子家庭の母は、昼間毎日一生懸命働いて疲れているのを
子供心に大樹はよく知っていた。
自分の身体に何か不調があって
母に報告しなければならない訳でもない。
大樹はそのまま黙って天井を見つめた。
暗い部屋の天井には何も見えなかったが
別に気にもならない。
そんなことより、大樹の頭はいつもの通りに
強い意識の塊の様なものに支配されていた。
躍動感のある意識の塊だった。
漠然とした、しかし強い強制力をもった何かが
大樹の意識を占有していた。
その意識の塊は
昨晩よりも更に強くなっている気がする。
この状態が明るくなるまで続くのだった。
4
そしていつの間にかまた眠り
いつもの通り目覚めるのが、最近の日課だった。
真夜中に目を覚ましているのに
不思議と昼間に疲れは残らなかった。
大樹は毎晩起こる深夜のこの出来事を
母に何も話していなかった。
母子の会話がない訳ではない。
むしろ大樹は母が好きで好きで仕方がなかった。
一方で大樹は、スーパーのパートタイマーとして働き
自分を育てている母が
今決して幸せとは言えない境遇にある事を
そしてその原因の一端に自分自身がある事を
子供心に理解していた。
だから必ず自分の力で母を幸せにしたいと
本気で思っていた。
もちろん頼江にとっては
大樹はかけがえの無い宝だった。
母に愛されているのを大樹は良く知っていたが
この深夜の出来事を、どう話してよいか分からなかったのである。
大切な母を心配させたくはない。
今夜の意識の高揚は
これまでとは比較にならない位強い気がした。
じっとしているのが苦痛になってくる。
5
そして大樹は高揚した気持ちのまま
母と反対側に寝返りを打った。
頭の方向が変わった事による変化だろうか
それは突然のひらめきの様だった。
﹃こっちからだ!!﹄
大樹は、瞬間にその存在を悟ったのである。
寝返って顔を向けた方向の水平に近い斜め下から
何かが来ているのをはっきり感じていた。
まるで誰かが意識を送っているかの様に
明確な方向性を持ったエネルギーが来ていた。
何かは分からない。
しかし、現実に強く感ずるエネルギーは理解できた。
﹃行かなきゃ﹄
大樹は思った。
そのエネルギーは大樹を呼んでいると感じたのである。
しかし同時に、その呼びかけに応える事が許されない事も考えた。
深夜である。
眠るのが幼児の義務である事位理解していた。
大樹は迷った。
不思議に不安や恐怖は無かった。
それどころか、強い使命感の様な
6
何かとてつもなく大切なことである気がした。
﹃やっぱり行かなきゃ﹄
それは人としての純粋な気持ちだった。
どうしても偽ることのできない
心の核のようなものだった。
まごころ
真心とも言うべき真の情を
五歳の少年は感じていたのである。
大樹は母を見た。優しい顔で眠っている。
そして母に気づかれない様に静かに起き上がった。
パジャマ姿のままだった。
7
︵2︶
待っていたもの
築30年を越える古い5階建てのマンションにエレベーターはなか
った。
幼稚園の友達のマンションには
必ずと言ってよいほどエレベーターが付いているのを
大樹は密かに羨ましく思っていたが
今はそんな事は気にはならない。
大樹の部屋は3階にあり
中央にある階段のすぐ隣だった。
大樹は静かに階段を降り始めた。
季節は夏でそれ程寒くはない。
音をできるだけ立てない様に
端の手すりに掴まって降りた。
幼児が真夜中にパジャマ姿で出歩いているのを大人に目撃されれば
必ず咎められ、大問題になる事位は理解していた。
大樹は道に降り立ち足速に道路を横断した。
路上駐車の車が2台程見える他は
深夜の道路は閑散としていた。
他に歩いている人は誰もいない。
街灯の光が暗かったが気にはならなかった。
進むべき方向は理解している。
8
道にそって50m程歩くと
寂びれた小さな建材店の材木置き場があった。
材木置き場の敷地には雑草が生え、荒れた様子である。
汚れたシートを被った二山の角材の塊の間から
それは呼んでいた。
しかし大樹の目には何も見えなかった。
それでも大樹は躊躇なく膝まである草むらに踏み込んだ。
そこに何かが存在する事を大樹は確信して疑わなかった。
まるで大声で呼ばれているかの様に
何かがそこに居るのをはっきりと感じていた。
もし何も無ければ大樹は地面を掘ったかも知れない。
それ位に、そこから何かが呼んでいるのを
大樹ははっきり理解していた。
草むらに入り、1m程までの距離に来た時
突然大樹はそれを認識した。
まるで暗闇から浮かび出るかの様に
草の中にぼうっと現れたのである。
9
︵3︶
サンダル
草が伸び放題の荒れた空き地
時間は夜明け前の漆黒の夜
パジャマ姿の5歳の少年の前に
突然現れたその物体は
薄明るく銀色に光っていた。
それは大樹の記憶にある
何かに似た形をしていた。
去年の夏に大樹が
母方の祖母の家に行った時
押入れの中で見たものだった。
60歳を過ぎた祖母だったが
彼女は娘つまり大樹の母の誘いを断り続け
田舎で暮らしていた。
母の方は大樹を
立派な学校に入れる事を願っていた。
だから都会で暮らし続ける事を選択していた。
母方の祖父は大樹が生まれる前に他界しておらず
父は孤児で身寄りがなかった。
更に母は一人っ子だったから
大樹にとって祖母は
母以外のたった一人の身寄りだった。
10
大樹がその祖母に
押入れの中にあった赤い布でできた
両足を揃えたスリッパの様なものを指差して
これは何かと尋ねた。
すると祖母は優しく答えた。
﹁足を温かくするサンダルだよ﹂
それは足を暖める為に
両足を一度に入れる形の
古い暖房器具だった。
今大樹の目の前に見えている不思議な物体は
形がそれに良く似ていた。
だから大樹はそれをサンダルだと思った。
両足を揃えて繋げた形の
サンダルか或いはスリッパの様な形である。
但し大きさはずっと大きく
1メートル20センチ程の長径がある楕円形だった。
色も全く違う。
濃い灰色でしかも暗闇の中で薄く光って
少し透明にも見えた。
大樹はもちろんそんなものを見るのは初めてだった。
しかし高度に進化した機械装置が持つ
11
洗練されて美しい
独特の雰囲気を感じてもいた。
未開人がジェット戦闘機か
F1用のレースカーを観たら
同じ様に感じたかも知れない。
表現が難しい独特の美しさが
その﹁両足サンダル﹂にはあった。
大樹はその機械に不思議と恐怖を感じる事はなかった。
迷いもなかった。
それを﹁両足サンダル﹂と感じた以上
それに乗る必要があると
自然に思っていた。
その為に、真夜中に寝床を抜け出し
ここまで歩いてきたのである。
この得体の知れない﹁両足サンダル﹂が
大樹を呼び寄せた事に何の疑問も持たなかった。
そして履いていたスニーカーを脱ぎ
その得体の知れぬ物体に乗った。
正確には、スリッパを繋げた様な形の
足を入れるべき場所に乗りあがった。
その動作はゆっくりだったが
予め決められていたかの様に
12
一切の逡巡の無い確信に満ちた行動だった。
もちろん大樹は知らなかったが
その﹁サンダル﹂に似た機械は
大樹を迎え入れるこの瞬間を
5万年もの間待っていたのだった。
13
︵4
︶
ナノロボット
そして大樹を迎え入れた時
﹁機械﹂はその定められた活動を開始し
変化は瞬間的に訪れた。
人類が現在使っているコンピュータの様に
プログラムが立ち上がる時間を待つと言った
タイムラグが全く存在しない瞬間的な反応だった。
まず大樹の身体が薄いシールドで覆われた。
大樹が足を入れた後1秒間もしない後の出来事だった。
そして大樹の身体が、その﹁サンダル﹂とともに消えた。
しかし、大樹は自分の身体が消えた事を意識しなかった。
大樹とその機械は、実際に消滅した訳ではなく
隠れたのである。
カメレオンの様に背景の画像に溶け込んだだけだった。
背景を感知してそれを表面に映す
高度に発達した3次元モニターが
大樹の身体を包んだのである。
大樹と﹁サンダル﹂は
そこに実在するにもかかわらず
周囲から見れば全く透明な存在となっていた。
それから、大樹は
14
目の前の情景が下にずれるのを感じた。
身体が浮いた感触はなく
まるでテレビの画面が動く様に
目の前の情景だけが下がった。
実際はその機械は
地面より二メートル程空中に飛び上がり
そこで静止したのである。
その空中浮遊の原理は
重力コントロール
つまり反重力装置によるものだった。
だから大樹の身体は
自動車が加速する時のような
慣性の法則が生む加速度感を感ずる事はなく
単純に目の前の情景が下にずれた様に感じたのである。
しかしその時大樹の感じていた大切な変化は
そんな表面的な事ではなく、心の中の変化だった。
その﹁機械﹂から
膨大な量の情報が大樹の頭に流れ込み始めていたのである。
それは圧縮された情報の伝達システムだった。
実生活の人間であれば
数百年をかける必要がある知識とイメージを
ごく短時間で伝えるものだった。
15
まず究極に進化したナノテクノロジーの精が
大樹の身体に注ぎ込まれた。
量にして1CC程であったが
分子レベルに微細なそのロボット集団の数は
数百億個に達していた。
ナノロボットである。
ナノロボットとは
バクテリアサイズ或いは分子サイズの
超超超小型のロボットである。
そのナノロボットの集団は
大樹の頭を覆う様に取り付き
そして直ぐに大樹の身体に進入を始めた。
血液やリンパ液の流れを利用して
3分もしない内に頭蓋骨に存在する継ぎ目を通り抜け
脳にまで達し、脳全体に広がり始めた。
そしてたちまちのうちに
脳の主に大脳皮質全体に
ネットワーク化された
ナノロボットのシステムが出来上がった。
このシステムは完成すると同時に活動を開始し
効率よく大樹の脳組織に働きかけ
情報を埋め込んでいった。
つな
ナノロボットはその機械と
大樹の脳を直接繋いだ。
16
マン・マシン
それは人間の脳とコンピュータを繋ぐMMI
のようなものだった。
ただし高度に発達している。
インターフェイス
それが﹁サンダル﹂と大樹の脳を直接繋いだのである。
それからは、本格的な情報の流入が始まった。
17
︵5︶
永い旅
つな
ナノロボットが大樹の脳内に造ったネットワークは
サンダルと大樹の脳を直接繋いだ。
流入してきたのは、一種の﹁知識﹂だった。
しかもその知識のイメージは
驚くべき膨大なものだった。
通常の人間の寿命の間で経験できる範囲では
とても不可能な量の膨大な情報だった。
ある意味それは生体手術と言えた。
現代人類の科学技術では想像もできない程に
高度に洗練された生体手術だった。
膨大な、そして正確な﹁知識を埋め込む﹂為の手術だった。
メスも麻酔も使わない手術であったが
大樹の大脳皮質から深層部に手術は施され
そこは効率的にそして確実に
変化の目的を遂げていった。
人間を自我の存在と仮定すれば
すなわち人間は脳そのものの存在である。
その脳が永い時間を経て
変化する過程そのものが
ある意味で人間の人生とも言える。
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時間をかけて徐々に刻まれる
要するに脳の変化である。
しかし、この時の大樹の場合は
時間にして僅か40分間程で
それが起きたのだった。
その間大樹は
永い旅に出ている気がした。
とてつ
永い、文字通りに途轍もなく永い旅だった。
時間の概念にすれば
なんと二百年間以上にもなる永い時間の旅だった。
とてつ
途轍もなく永い旅だったが
終わってしまえば
その時間の長さは過去の記憶に過ぎなかった。
そしてその結果
大樹は驚くべき多くの事を理解していた。
それは、子供が社会に適応するための
分別を身につけると言うレベルの理解ではなかった。
むしろ相変わらず大樹は
5歳の幼児に近い年齢の少年であったし
姿形もそのままだった。
しかし、大樹の中身は驚くべき変化を遂げていた。
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大樹が学び理解したものの中心は
主に宇宙の現実そのものだった。
特別な事ではない。
むしろ、当たり前な常識を持った科学者であれば
同じ様な事を語る事が可能な内容であったかも知れない。
しかし、大樹の理解は
﹁事実﹂として得た理解だった。
例えば、大樹の理解は
﹃この宇宙には地球以外にも多くの生命が存在している﹄
そんな当たり前とも言える﹁事実﹂だった。
実際に人類のみが宇宙で唯一の知的生命体だと考える科学者は少な
いであろう。
そして彼らはまるでそれを当たり前に知っているかの様に想像する。
科学者だけではない。
それが前提であるかの様に映画や物語が創られる。
しかし肝心な﹁事実﹂は誰も知らないのである。
人類の科学技術レベルは
こんせき
精々近隣の惑星に探査機を飛ばし
微生物の痕跡を探して回るレベルに過ぎない。
もし、その生物の痕跡を発見しても
それは飽くまで微生物の痕跡に過ぎない。
やはり人間は、生物の頂点に立つ
最高の生き物に変わりはないのである。
20
しかし、大樹が知った現実は違っていた。
人間は膨大な数の一部に過ぎなかった。
宇宙には、生命が存在する
驚くべき膨大な数の星が存在している。
その中で進化して文明を育んできた種の数も
やはり無数と言える程多く存在していた。
大樹はこの﹁当たり前の事実﹂を悟ったのだった。
全宇宙の真実を理解した大樹は
5歳の幼児であるにもかかわらず
ある意味でとてつもない﹁賢者﹂に変化したのである。
しかし、それだけの素晴らしい経験を得ながら
その貴重な経験が終わった後の大樹の表情は
歓喜に満ちたものではなかった。
理由は簡単だった。
なぜ大樹がこの﹁サンダル﹂に乗る必要があったのかを
同時に理解したからである。
それは﹃10年後﹄だった。
21
︵1︶
宇宙災害
大樹は、その事実から意識を逸らそうとした。
10年後の宇宙災害は運命に思えた。
とてもその運命に逆らうことなどできぬと思った。
そして身体を一気に数十メートルもぽんと飛び上がらせた。
大樹は自分がその機械を操作できる事を知っていた。
大樹の脳は、その﹁サンダル﹂と完全にリンクしシンクロし
脳内の思考電流によるコントロールが可能になっていたのである。
つまり、大樹の考えた通りにその機械は動いた。
50メートルの瞬間的な移動は
風を切るさーと云う音以外は
全く無音であったし
例によって目の前の画面が
ふか
テレビ画像のように変化しただけで
肉体的には何の負荷も掛からなかった。
大樹は50メートル程の高さから街を観ていた。
遠くに新宿の副都心の光が見える。
その光を認識すると、いきなりその方向に飛び始めた。
瞬間的に時速200キロを越える速度が出て
22
シャーと云う風きり音が聞こえた。
地球を確実に破滅に導く
とてつもない恐怖がやってくる。
生体手術の最終段階で
その事実を大樹は理解し
ぼうぜん
なぜこの機械が大樹を呼び寄せたのかを悟り
そして呆然としたのである。
みぞうう
大樹が理解した人類を襲う
未曾有の災害のイメージは
通常の5歳の幼児が理解するものとはかけ離れた
極めて具体的でかつ現実的なものであった。
そもそも5歳の幼児が
宇宙的な規模の災害をイメージする事は難しい。
しかし、大樹の場合は
多くの経験を積んだ老人の理解に似た
現実の理解であった。
数種の他の生物の滅亡の情景さえも観ていた。
生物の滅亡は、科学技術文明に至った後でも
当たり前に起きた。
つまりその生物とは、地球の人類からすれば
﹁宇宙人﹂と呼ぶべきものである。
他の天体で進化した生物達だった。
23
それが永い進化の末に無残に滅亡して行く
こんなことが宇宙では当たり前に起こっていた。
そしてこの宇宙空間の中で
繰り返し、繰り返し起こった、彼らの断末魔の連続を
現実に見たと同じに理解していたのである。
大樹がその機械から得た知識は、一つの物語が中心となっていた。
それは巨大な超新星爆発から始まった。
地球からの距離にして2百光年の彼方で起こった事件である。
24
︵2︶
爆発が巻き込むもの
その超新星爆発によって
膨大な量の物質が飛散し、周囲に広がった。
ここの宇宙では
太陽系の周囲に比較して
遥かに高い密度で多くの恒星が存在していた。
そしてその恒星の数に比例した
遥かに多くの数の惑星も存在していた。
超新星爆発による飛散物質は
周囲の宇宙空間に飛び散った。
地球の質量にして数億個分の
そして秒速3000Kmを超えるスピードで拡散する
とてつもなく破壊的な飛散物質だった。
その一部は、周囲の天体と次々に衝突していった。
大きな恒星に吸い込まれる様に衝突したものもあれば
小さな惑星や衛星に衝突し
中には星を完全に破壊し、分裂させたものもあった。
もちろんそんな事は
この大宇宙の中で頻繁に起こっている
ごく当たり前の出来事であり
別に特別に珍しい事ではない。
25
ただ問題は、これらの惑星の中には
ごく一部ではあるが
生命体が存在するものがあった。
ごく一部と言っても
数万個の惑星の中で言うごく一部である。
その生命が存在する惑星の数は1000個を超え
その3分の1程では生物の進化が進み
多細胞生物、更に高等生物を有するものもあった。
惑星に生命が発生するメカニズムそのものは
地球の人類が現在想像している範囲から
大きく違うものではなかった。
生命体が発生する条件は
一般に人類が想定しているより遥かに単純で
共通する条件はただ一つ
﹁水が存在し、それが高い圧力の深海の海底火山等によって
数百度の高温に熱せられる﹂事だけだった。
つまり水が液体で存在する惑星には
それがどれ程過酷な場所であろうとも
結果的にその多くに生命体が発生していたのである。
もちろん例外はあったし
数千万年から数億年の条件の変化を待つ事もあった。
また発生した時よりも、ずっと高度な生物に順調に進化するかどう
かは
その惑星の環境条件によって大きく異なっていた。
26
地球型の生物とは
似ても似つかない進化を遂げる生物が存在する惑星もあった。
地球のウィルスの様な
生物とも無生物とも言えない様な状態で進化を続けるものもあった。
生物の進化の多様性は
まさに今、地球の人類が自分の星の生物を学ぶ事で気付いている通り
驚くべき変化に富んだものだった。
それぞれの惑星で発生した生命体は
どの星においても、分岐して種に分かれ
その種が複雑に絡み合い分岐しながら
あるものは順調に一直線に
しかしあるものは環境の変化に対して硬い氷の中で耐え
或いはかつての地球の生物の様に
地中深くの割れ目の湧き水の中で耐え
またあるものは退化しながらも生き残り
ただ一つ﹁滅亡する﹂と言う条件を満たしたもの以外は
しぶとく繁栄の機会を待ち続けた。
これが全宇宙の地球以外の多くの場所でも起こっている
地球と全く同じ現実だった。
大樹が理解した事実からは
地球が存在する我々の銀河系だけでも
数千万の惑星に生物が存在している筈だった。
何しろ銀河系とは膨大な数の恒星や
更に膨大な数の惑星の集団である。
27
そして周知の通り、我々の銀河だけが、銀河ではない。
少なくとも10億個単位の数で
この宇宙には銀河が存在しているのである。
つまり、この世に生命体が存在する星の数は
無数と言って良かった。
生物の形態は様々であり
進化の形態も千差万別であったが
それらの全ての生物は
必ずある単純な共通条件によって導かれていた。
それは﹁滅亡﹂とそして﹁進化﹂と言う条件であった。
つまり﹁滅亡しない﹂事と、そして機会があれば
﹁進化する﹂事の2つであり
これが宇宙の掟だった。
もし宇宙を創造した神が存在するのであれば
その神は確かにこの2つの掟を生物に課したのである。
ひたすら﹁生き残る﹂ことと
﹁機会を見つけて進化する﹂ことの二つである。
超新星爆発に巻き込まれた星の一つに
地球の言葉で発音すれば﹁デジャ﹂と言う惑星が含まれていた。
28
︵3︶
惑星デジャ
超新星爆発に巻き込まれた星
その一つの﹁デジャ﹂
このデジャこそが
この﹁サンダル﹂を造り
地球に送った生物のいる星だった。
永い記憶の旅から戻った大樹にとり
デジャは特別な存在だった。
ある意味第二の故郷の様なものだった。
今から15万年前、デジャは超新星爆発を体験した。
デジャ星は僅か10光年の距離で
超新星爆発を経験したのだった。
突然発生した超新星爆発によって放射された
恐ろしい放射線は光の速さで進み
それでもデジャに届くまでに10年もかかったった。
しかしそのエネルギーは凄まじかった。
デジャは超新星爆発が起こった直後の
最も強い放射線に直接晒されたのである。
全く突然に光の速度で襲う災害にデジャは遭遇したのだった。
デジャ星はその時点で
29
既に現在の地球よりも
遥かに進化した科学技術を持っていた。
そしてデジャ星から10光年程の距離にある
ジルと言う名のその恒星が
いずれ超新星爆発を起こす可能性がある事を
デジャの科学者達は予てから予測し
注意を喚起していた。
しかし、デジャの科学技術をもってしても
正確な日時までを予測する事はできなかったのである。
結果的にデジャで最も権威を持つ科学者は
﹁500年以内に50%の確率で
そして一万年以内に99%の確率で
恒星ジルが超新星爆発を起こす可能性がある﹂
と言う予測を出していた。
もし恒星ジルが超新星爆発を起こせば
デジャ星は壊滅的な被害を被る事は確実だった。
地球とデジャ星とは
大きさではデジャ星の方が8%程直径で大きかったが
質量の関係で地表の重力レベルは地球とほぼ同じだった。
デジャの太陽は地球の太陽よりも一回り小さかったが
30
デジャ星の方が太陽に近かった為
ほぼ同じ熱エネルギーをデジャ星に供給していた。
デジャは惑星としての成り立ちも地球と似ていた。
生物の進化の過程は大きく違っていたが
結果的に地球人とデジャ人は良く似ており
基本的に同じ型の生物として進化していた。
もちろん遺伝子は違っていたが
少なくともたんぱく質と塩基を元とした
DNAによって進化を継続させ
結果的に2足歩行と5本の指まで同じだった。
当然な事に10光年の至近距離で起こった超新星爆発は
地球人に対して起こった場合に想定されるのと同様に
デジャ人を確実に滅亡させる未曾有の大災害であった。
実際、当時のデジャ星の人口の実に90%以上が
その超新星爆発の放射線に晒されて死滅した。
しかし、最終的にはデジャ人は滅びなかった。
驚くべき事に
これほど多くのデジャ人が犠牲になったにもかかわらず
その超新星爆発を後のデジャ人達は神の啓示として
とうと
非常に尊い出来事である
と考える様になったのである。
31
その大きな背景に
超新星爆発の放射がデジャ星に到達する以前に
デジャ人は既に滅亡の危機に立っていた
と言う事実があった。
ハルマゲドンとも言うべき
最終核戦争が始まっていたのである。
デジャ人の進化の歴史
つまりデジャ星の生物の進化の歴史は
地球以上に劇的な偶然が重なり
変化に富んだものだった。
デジャ星の生い立ちは
生物が生まれる惑星の多くがそうである様に
地球によく似ていた。
最初は核となった小惑星に
過去の超新星爆発の残骸が巨大隕石として降り注ぎ
その結果やがて海ができた。
そして、あらゆる元素を含むその海で生物の発生が始まる。
地球と同様に
海中にある火口の数百度の海水の中にあった
高分子の一部が
ある特殊な性質を持つ事から始まった。
﹁同じものに分かれる﹂と言う性質である。
つまり生物が誕生した。
32
変化はすなわち進化である。
そしてその進化のスピードは
我々の想像を遥かに上回るものだった。
数千万年のうちに比較的大型の多細胞生物が現れた。
33
︵4︶
デジャの歴史
しかし、遅れてやってきた1個が落ちてきた。
巨大隕石である。
たちまち地表の海水は全て蒸発し、地表は全て焼け野原になった。
地表の温度は数千度に達し
海中にいた生物は全て死滅した。
しかしそれでも、デジャの生物は滅亡しなかった。
一部が地中奥深くの割れ目の水の中で生き残ったのである。
これも地球の歴史とそっくりだった。
やがて地表が冷え
大気中の水分が水に還り再び海を形成すると
また生物の進化が始まった。
それからもあらゆる紆余曲折が待っていた。
しかし進化は継続し
やがて知能を持つ生物が現れる事になった。
そして結果的に地球人と似た生物が
道具や言語を獲得して最終的に覇権を握り
文明を起こし科学技術を進歩させたのだった。
デジャ星での科学技術の進歩のスピードは
地球以上であった。
34
その理由を地球と比較する事は簡単ではない。
地球に比較して気候条件が優れていた為か
或いは人口規模が大きかった為か
或いはデジャ人自体が優れていたのか。
ただし地球と同様にデジャにおいても
文明が発生した後も
通信や交通手段が進歩するまでに時間がかかった為に
地域が分割された状態で
多くの国家や帝国が分立して繁栄する事となった。
地球で言う人種や民族の分化も著しかった。
しかも地球の数倍の居住に適した土地があった為
その数や多様性は地球よりも遥かに規模の大きなものだった。
地球における宗教と同じ様に
無数の宗教が文明の発生に伴って生まれ
栄枯盛衰を繰り返しながら
幾つかの宗教がデジャ人の社会に根付いた。
そしてデジャの社会に根付いた幾つかの宗教は
デジャ人の心の支えとなる一方で
より繁栄した宗教となる道を選び
結果として
哲学としていかに完成されているかよりも
むしろ社会に対し﹁より大きな影響力﹂
を持つ宗教である事が
35
宗教勢力そのものの究極の価値観となっていった。
もちろんこれも地球に酷似した現象だった。
デジャ人の国家の多くは
地球における資本主義経済的な考え方を早くから取り入れ
産業技術の進歩を加速させた。
そして多くの国家間の戦争を経験する度に
更にその進歩は加速した。
もちろん戦争を回避し平和を築く努力も行われた。
そして核兵器が開発されるに至って
その努力には更に熱意がこもる様になった。
ちなみにデジャでもやはり核兵器が使用された。
不幸な事に最初に核兵器を開発した国家は
民族浄化的な宗教思想を背景として核兵器を使い続けた。
結果的に一方的な敗戦国となった国家はほぼ全滅する事となった。
この悲惨な経験があった為、これ以降に核兵器は使用されなかったが
開発は別で、間もなく多くの国家で核兵器の開発が成功し
核による軍拡競争が激化し
その危険性の認識と同時に平和への運動も強まり
全世界的な連合を作ったり
条約と言う約束事が繰り返し交わされる事となった。
ここも地球と同じである。
36
また資本主義的な考え方は当然大きな貧富の差を生み
デジャ星の総人口の30%以上のデジャ人は貧困で
時には飢えの危険さえ感じる生活を強いられる状態にあった事も
地球と酷似していた。
37
︵5︶
マン・マシン
インターフェイス
デジャにおいても地球と同じように
コンピュータが発明され急速に普及し、社会を変化させた。
このコンピュータの登場と社会の変化と言う観点では
地球とデジャは特に酷似していたと言ってよい。
それは生物の進化がある段階に達すると
まるで必ず起きる現象であるかの様であった。
地球においても
人類と言う生物に最も大きな影響を与えている機械は
紛れも無くコンピュータであろう。
そしてデジャで
地球の技術レベルを過ぎてから
30年ほど経過した頃
大きな変化が起きた。
デジャでのコンピュータの進化では
コンピュータ進化論で有名なレイ・カーツワイルが云う
﹁2045年問題﹂のような形で
機械が生物を追い越す様な事は起きなかった。
コンピュータ技術は超速の進化をして行ったが
コンピュータがデジャ人の意図を追い越して
勝手に走り始めることはなく
38
むしろその進化の目的を定める必要があった。
その結果ある段階からは
コンピュータとデジャ人との
コミュニケーションが最も大きな課題となって行った。
そしてデジャでも
大きなコンピュータ革命が起きた。
ある技術が完成段階に入ったのである。
マン・マシン
インターフェイス
その技術とは、今地球で
﹁究極のMMI﹂
インターフェイス
と言われているものであった。
マン・マシン
MMIとは文字通り
インターフェイス
人間とコンピュータを繋ぐ装置である。
マン・マシン
だから広義で言うMMIの代表は
人間が指でコンピュータを操作する為の
マウスやキーボードと言う事になる。
しかし、例えば事故などで両手を失い
キーボードが打てない人達はどうしたらいいだろうか。
この場合、例えば人間の目の動きを感知し
インターフェイス
それがキーボードの代わりになるものが既に成立している。
マン・マシン
つまりMMIとは
生物にコンピュータが近づく為のインターフェイスとも言える。
39
そしてコンピュータの技術が進歩すればする程
この技術も重要となり、進化する。
マン・マシン
インターフェイス
現在の地球においても特に高度医療や軍事の分野で
究極のMMIの開発に凌ぎが削られている。
﹁コンピュータと人間を直接繋ぐ﹂のである。
つまり人間が考えた事が
マン・マシン
インターフェイス
直接コンピュータに伝わる事を可能にしたインターフェイス
これこそが﹁究極のMMI﹂である。
コンピュータと人間を直接に繋げる
この場合
逆にコンピュータが伝えるデータも
直接人間の脳に伝わる事になる。
現在の地球においても
例えば、全盲の人が
機械の目で﹁見る﹂事が
不完全ながらも現実のものになっている。
ビデオカメラの画像を
脳に伝えるシステムである。
また軍事分野では
実験用のネズミをコンピュータで操作する技術までが完成している。
デジャにおいても、この技術の開発は
40
まず軍事分野での進歩が著しかった。
その理由は
当初は非常に大掛かりな装置を必要としたからである。
その上に情報管理が徹底された為
この技術の真骨頂である
﹁コミュニケーション﹂の側面が封じられた形で進歩する事となっ
た。
その状態でも進歩が可能な分野の代表は
軍事分野である。
そして地球でもそうである様に
まず人殺しの兵器が著しく進化する事になった。
いわゆるサイボーグ兵士の登場である。
41
サイボーグ兵士
インターフェイス
︵6︶
マン・マシン
MMIの登場で
サイボーグ兵士が生まれた。
脳以外は、殆どが機械になった兵士は
まるでコンピュータゲームの登場人物の様に
戦場のあらゆるデータを把握し
全ての兵器をコントロールしながら
戦いを優位に導く能力を持つ事となった。
しかし、生物とコンピュータを
完全に繋ぐ技術を極める事は簡単ではなかった。
やがて軍事分野での進化の結果現れたサイボーグ兵士についても
その力は
コンピュータと人間の能力のコラボレーションではなく
脳である兵士の能力
によって決定的に左右される事が判明し始めた。
生物とコンピュータの記憶機能を
完全にインターフェイスする技術に
問題が残ったからである。
つまり考えるのは人間の脳であった。
この課題を解決しようとした結果
機械の記憶を、人の記憶と同じ様に活用する技術が
最終的な課題として残った。
42
当初この技術は難しい課題とは考えられていなかったが
実際はこの技術の開発に
それから20年以上の時間を要する事になる。
その記憶装置のインターフェイスが完成する頃になって
これまで課題になってきた
周辺の多くのイノベーションが同時に進み
装置の小型化、高性能化が起こった。
そして、その技術の成功を決定付けたのが
ナノロボット技術の進化である。
微細なロボットが生物に入り込み
ネットワークを作り上げる技術が完成する事によって
コンピューターの記憶装置と
インターフェイス
脳の記憶機能とがリンクする様になったのである。
マン・マシン
つまり﹁究極のMMI﹂が完成した。
この装置が完成し
その利用が始まった時起こった
それまでとの大きな違いは
コミュニケーションだった。
活用の最初から
このインターフェイスの最も優れた点である
﹁コミュニケーション﹂の側面が大いに利用された事である。
43
複数のデジャ人がコンピュータを介して繋がり
脳同士でコミュニケーションを始めたのである。
そして驚くべき事に、まっさきに起きた現象は
デジャ人自体の変化ではなく、コンピュータ側の変化だった。
コンピュータが
デジャ人の脳の構造を模倣し始めたのである。
脳のシナプスの成長をバーチャルで模倣し
インターフェイス
その機能をコンピュータが完全に習得する事になったのである。
マン・マシン
結局この﹁究極のMMI﹂が導いた最大の功績は
次世代のコンピュータを完成させた事であった。
地球の技術レベルから80年程経過した段階で
有力な幾つかの国家と企業において
その技術は同時並行的に実現する事になる。
実際それはレイ・カーツワイルの考えた
未来のコンピュータに近いものだった。
それは﹁自ら考えるコンピュータ﹂の登場である。
44
︵7︶
自分で考えるコンピュータ
こうして考えるコンピュータがデジャで完成した。
この完成が
一国か或いは一企業だけで実現したなら
結果は違ったかも知れない。
しかし、現実にはほぼ同時期に
複数のグループが別々に
それを完成させたのである。
このコンピュータはデジャを更に一変させた。
なぜなら、例えばこのコンピュータに対して
﹁自分を改良しより高度なコンピュータになれ﹂
と命令をする事が可能だったからである。
その命令を受けたこのコンピュータからは
たちまち改良の為の回答が
命令した者に返されるのだった。
ここで驚くべき事は
このコンピュータの回答には
改良の為のハードウエア技術の解決を含んでいる事だった。
つまりその技術提案は
明らかに優れたイノベーションだったのである。
45
簡単に言えば
生物の脳を経る事なしに
﹁自己改造﹂を行うコンピュータが成立したのである。
しかも、このイノベーションにより
改良されたコンピュータは
当然の様に著しく性能が向上し、その結果
更に高度な自己改造を行う能力を獲得したのである。
つな
僅かの間に、大部分のデジャ人が
コンピュータと繋がって
それに従い仕事を行う仕組みが出来上がっていった。
しかし、コンピュータは考えるコンピュータではあったが
意志を持つ事はなかった。
地球のSF小説で
よくロボットやコンピュータが人間と対立したり
滅ぼしたりと言った事が題材として取り上げられるが
実際には機械は飽くまで機械であり
自ら感情を持つ事はなかった。
レイ・カーツワイルの云う2045年問題は起きなかったのである。
問題は人間だった。
むしろ、この機械の恐ろしい側面を助長したのは
人間︵デジャ人︶そのものだったのである。
46
︵8︶
終末への道
この機械の恐ろしさを証明したのは
人間︵デジャ人︶そのものだった。
理由は簡単で
この考えるコンピュータが実際に機能する為には
命令が必要だったからである。
マン・マシン
インターフェイス
一方でこのコンピュータは
MMIによりコントロールされた為
扱うのに多数の技術者を動員する必要はなかった。
まるでパソコンのように気軽に扱える
スーパーコンピュータだったのである。
だから
権力の頂点に立つ者が
直接コミュニケーションする事が可能であった。
いや権力者がそれを求めた。
結果的に
一握りのデジャ人だけが
このコンピュータを支配する事になった。
彼らはたちまちスーパーパワーとしてデジャ星に君臨する事となっ
た。
47
もしこのスーパーパワーを持つデジャ人が一人だけであれば
デジャ星の歴史は変わっただろう。
しかし、同時期に複数グループの
先進的なプログラム創造の天才達が存在し
それぞれが﹁考えるコンピュータ﹂を創った事から
このスーパーパワーを持つ彼らは
ほぼ同時期に六人存在する事になった。
二人は有力な国家の指導者
つまり地球で言えば大統領職に当たる
権力の地位にあるデジャ人だった。
そして残りの四人は
巨大資本のオーナーだった。
彼らは、このコンピュータの
驚くべき可能性を理解すると
逆に自分や自分の属する国家や企業の
危険を感ずる様になった。
なぜならコンピュータのイノベーションのあまりの速さに
もし自分の支配するコンピュータが
他のコンピュータとのイノベーション競争に遅れをとれば
たちまち淘汰される危険があったからである。
直ぐに彼ら六人の合従連衡が始まった。
これが破滅への道筋となっていった。
なぜなら最終的に
48
﹁二つの国家を中心とした企業群﹂
と言う形になったからである。
勢力が拮抗したこの二つが一つにまとまる事はなかった。
49
︵9︶
ロボット戦士
究極のコンピュータを得た二つの勢力は
当然双方が相手の存在を意識した。
そして二つの勢力の間に数多くの確執が生じ
多くの小さな争いが起き、感情が絡まり
次第に関係の悪化が始まって行った。
それぞれが
余りに速い急成長を実現し
しかもそれを続ける国家であった事が
成功への過信となっていった。
考えるコンピュータは万能と思えた。
そしてこれが災いした。
当然の様にこのコンピュータを利用した軍備拡張が始まった。
この軍備に関するイノベーションの質の高さには
驚くべきものがあった。
そのイノベーションの極めつけがロボット戦士だった。
考えるコンピュータを搭載し
冷徹に戦況を分析し
戦うロボットだった。
50
その戦局の分析と判断能力は
高度に訓練されたサイボーグ兵士を
遥かに凌駕していた。
驚くべき運動能力を持ち
高速で飛行、潜水し
火炎に耐え
何よりも自らの電子頭脳を含む
全てのパーツを修理に留まらず
自己改良するロボットだった。
自らエネルギーを獲得して
半永久的に活動し
最後には特攻兵器にも変化した。
欠点は余りに優秀な兵器過ぎた事だった。
このロボット戦士は
一度命令を受ければ
その命令が解除されるか
或いは次の命令を受けるまで
最初の命令を実行し続ける。
もし敵の大統領を殺せと命令されれば
その命令を実行し続ける。
そしてその命令が現実に下されたのだった。
そもそも片方の大統領から発せられた
51
その命令の理由には深いものはなく
単なる屈辱感からの
個人的な確執の結果だった。
命令を下す事は、実に簡単であったし
証拠も残らない筈であった。
独裁者同然の立場に慣れた事が
感情を先走りさせ
充分に冷静な判断を欠く結果となった。
命令を下されたロボット戦士は
隠密な刺客として自分が投入された事を理解し
たちまち味方からも見えない存在となった。
もし、このロボット戦士に与えられた命令が
定期的な味方とのコンタクトを
義務付けた命令であれば
手遅れにはならなかったかも知れない。
しかし、命令を下した側の後ろめたさが
その注意をおろそかにしてしまった。
つまり、この兵器の性質が
充分に理解されないまま
命令は下されてしまったのである。
守る事より
攻める事の方がより
イノベイティヴな戦いなのか
52
不思議な事に
攻める事を試行錯誤するロボット戦士は
その目的に対して
異常なまでの自己改良を繰り返し続けた。
考えるコンピュータを搭載したロボットである真価は
皮肉にも
ここに十二分に発揮される事になったのである。
たちまち暗殺のターゲットとなっていた大統領が
暗殺された。
大統領を殺された側の政府は
直ぐに綿密な調査を行った。
充分な証拠の確認はできなかったが
調査の結果
暗殺はロボット戦士の仕業である事は間違いなかった。
直ぐに副大統領が臨時の大統領になり
敵国を厳しく非難し
強硬な対策を講じる事を宣言した。
しかし、不幸な事にその就任が早すぎた。
本当の紛争はここから始まる事となる。
それは大統領になった元副大統領が
大統領就任から僅か2日目に
再び暗殺されてしまったからである。
53
︵10︶
暗殺の応酬
大統領に就任したばかりの副大統領が
就任から2日も経ずに
呆気なく再び暗殺されてしまった。
これには
最初にロボット戦士に
暗殺を命令した側の大統領もあわてた。
まさか次の大統領までを殺すとは
考えていなかったからである。
しかし現実にはそのロボット戦士は
敵の大統領を殺害する命令を受けていた。
殺しても、新たに生きた大統領が出てくれば
またその存在を抹殺するしかなかったのである。
ロボット戦士に対して命令解除を行いたくとも
その所在さえ掴めなかった。
そんな状態にある事を
敵に知らせる事ももちろんできなかった。
直ぐに殺された側からも刺客が放たれた。
その刺客のロボット戦士も
たちまち能力を向上させていった。
そして最初に刺客を放った側の
大統領のボディガードロボット戦士を出し抜き
暗殺に成功したのは、それから直ぐだった。
54
ここに来て両側の首脳陣は
恐怖にパニックを起こした。
ボディガードロボット戦士が大量に投入され
ロボット戦士同士の戦いが
頻繁に発生する様になった。
もちろんロボット戦士の改良も急ピッチで進められた。
この双方の首脳が
直接に殺し合う不思議な戦争は
突如として始まった為
その終局についてはあまり考えられていなかった。
しかし、暫くして多少の膠着状態が訪れると
その分析予測が行われた。
その結論は
このロボット戦士どうしの戦いに負けた側は
間違いなく相手に核攻撃を仕掛けると言うものだった。
この結果、本格的な核戦争を前提とした
防護が急ピッチに進められた。
皮肉にも、この敵の核攻撃に対する
本格的な防御体制が
デジャ星を破滅から救う事になるのである。
ところで
55
一番最初に刺客として投入されたロボット戦士は
新たに改良されたボディガードロボットからの破壊も免れ
自己改造を継続しながら
まだ活動を停止していなかった。
このロボットの特徴は
誰からもコントロールされていない事だった。
そしてこの最初のロボット戦士の活動が
この首脳同士の戦争を
訳も分からないまま継続させる事となっていた。
もちろんこのロボットを
破壊する命令さえ下されたが
厳しい試練の中で独自に進化したロボットは
味方に対しても警戒を解くことはなく
結局破壊される事はなかった。
一方激化する暗殺戦争によって
大統領だけでなく
他の首脳達も刺客の対象となっていった。
多くの未遂が発生したが
未遂だけでなく
半月に1人程の割合で
実際の暗殺が成功する事となった。
そしてこの成功のペースは
双方の首脳達を
56
極限の状況に追い込むに充分なものだった。
この戦争が始まってから9ヶ月程経過した頃
和平への模索も続く中で、それは起こった。
57
︵11︶
最終戦争︵ハルマゲドン︶
数百台のボディガードロボットに守られた
地下の要塞で
作戦を練る片方の国家の首脳陣が
ハルマゲドン
極限の恐怖を経験した時
最終戦争の最終章が始まった。
ロボット戦士どうしの戦いは
文字通りコンピュータ戦争だった。
高速で動き回りながら
敵の情報を集め
敵の動きを予測しながら
その防御の穴を発見し
或いは防御に穴を発生させ
そこを攻撃して破壊するのである。
その時
この要塞の攻撃に参加していた
刺客ロボットの一台は
何と
一番最初に投入されたロボット戦士であった。
しかもこのロボット戦士が
残りの30台程の刺客ロボット戦士を
率いていたのである。
58
最初に投入されたロボット戦士は
自国のロボット戦士達に搭載された
コンピュータプログラムの基本部分に穴を見つけ
それを通じて
なんと仲間をコントロールする様になっていたのである。
理由は簡単だった。
そうしてロボット戦士達が
立体的に連携する事によって
攻撃力が著しく向上するからであった。
目的達成の為の冷徹無比な戦略だった。
もちろん大統領暗殺が目的である。
更に他のロボット戦士達も
それぞれに殺害する対象を持っていた。
この考えるコンピュータの協力の効果は圧倒的だった。
複数の考えるコンピュータが連携しながら
チームを立体的に機能させるのである。
一方で防御する側のボディガードロボット達は
中央制御によってコントロールされていた。
その結果、両者の戦闘能力の差は歴然としていた。
首脳や側近が集まる会議室に
突然警報が鳴り響いた。
59
続いて、悲痛な声で
味方のボディガードロボット達が
一方的に破壊されている事が報告された。
その上
敵は見えないに等しい状況だった。
そこにいた大統領やその側近達は
直ぐに自分たちの最後を悟った。
その戦況を打開する方法はなかった。
ロボット戦士を防ぐことができない限り
必ず彼らはここに到着し、殺戮を開始する。
ロボット戦士以外の生身の兵士は
存在しないと同様に無力であった。
よって後10分もしない間に
ここに居る政府の幹部全員が殺される筈であった。
究極のパニック状態の中で
彼らは一方的に殺される事に対して
潔く思わなかった。
最初にロボット刺客による攻撃を仕掛けてきたのは
敵の方だったのである。
直ぐに全面的な核攻撃の指令が下され
秒読みが開始された。
60
最初の核兵器が発射される10秒程前になって
正面の頑丈なドアが破壊され
恐ろしい姿のロボットが入ってきた。
大統領は、悲痛な表情の中にも
一矢を報いる決断をした事に感謝し
歪んだ笑いを浮かべた。
直ぐに量子銃が発射され、大統領は倒れた。
ロボットは目的を達成すると
他には興味を失った様子で
何も破壊する事なく、直ぐに引き返した。
その時、核ミサイルが発射された事を伝える
音声アナウンスが大きく鳴り響いた。
下士官の生存者が床に這い蹲り
ガタガタ震えながらそれを聞いていた。
61
︵12︶
奇跡の放射光
敵が全面的な核攻撃に踏み切った事は
直ぐにもう片方の大統領にも伝わった。
最初に刺客を放った大統領から
3代目の大統領だった。
それにしても余りに突然であり
なぜ唐突に敵が核攻撃に踏み切ったか
その理由は分からなかった。
最初に放った刺客ロボットが
味方のロボット戦士を組織化して攻撃した事などは
想像の外だった。
いずれにしても対応方法は
ただ一つだった。報復である。
最初の核ミサイルが
後20分程で自国に到達し爆発する。
迎撃システムで破壊できるものは
精々全体の2割であろう。
ハルマゲドン
これは最終戦争だった。
直ぐに秒読みが開始され
10分程の間に数百発の核ミサイルが一斉に発射された。
*******
メルデル大統領は、ただ呆然とした表情で待ち続けた。
62
既に核のボタンは押されてしまったのである。
デジャ星の地方官僚の長から彼は大統領になった。
予てからその実力を高く評価されてはいたが
大統領への就任は晴天の霹靂とも言える
突然のものだった。
就任してからロボット刺客が報復し合う
噂通りの状況である事を正確に認識した。
それから約2ヶ月
このハルマゲドンを避ける為に
弱腰と批判を受ける程に柔軟に
あらゆる努力を集中してきた。
にも拘わらず、余りに突然で
あっけない出来事だった。
永い永い歴史を重ねて
漸くここまできたデジャ星でありデジャ人だった。
しかしここに住む全てのデジャ人達は
これから僅かな間でほぼ確実に滅び去る運命にあるのである。
自分が居るこの地下要塞が敵の核攻撃で
直接に破壊される可能性は殆ど無かった。
しかし、これから10分程経てば
同胞の数十億人のデジャ人が
一瞬にして殺される事になるのである。
その後も潜水艦による攻撃が続く筈である。
更に、致命的な放射能汚染が
63
デジャ星全体を死の星に変えるのである。
本格的な核戦争が勃発した場合の
デジャの運命については
多くの議論が尽くされていた。
ハルマゲドン
その殆どにデジャ人が生き残る可能性は無かった。
つまりこれは最終戦争であった。
何でこうなってしまったのであろう。
余りに愚かな運命である。
メルデルはふと自殺を考えた。
そしてハンドガンの場所を思い出した時
、突然にそれは訪れた。
突然にゴーと言う音がして
全てのスクリーンがホワイトアウトした。
﹁どうした。敵のミサイルが命中したのか。﹂
メルデルの質問に対して
若い佐官が答えた。
﹁違います。まったく違う方向からの攻撃の様です。
大型の量子砲の様なものと思われます。﹂
暫く混乱が続く中
突然、大統領室に下士官が飛び込んできた。
64
何か緊急の知らせの様であった。
﹁何だと。﹂
先ほど大統領に返答した佐官が
その下士官をどなった。
メルデルがそれに目を止め問質した。
﹁どうしたのだ。何か悪い知らせか。
もっとも、これ以上に悪い状況はないとは思うが。﹂
その佐官が緊張した面持ちで答えた。
﹁超新星爆発が起こった様です。﹂
﹁なんだと!!﹂
今度はメルデルが叫んだ。
﹁ジル星です。
ご存知の通りデジャから
10光年の距離にある恒星で
学者達が超新星爆発を予想していた星です。
それにしてもこんなタイミングで起こるとは・・・﹂
佐官は言葉を詰まらせた。
その時ブーンと言う音ともに
65
スクリーンが復帰した。
この地下要塞は
核爆発による強力な電磁波被害に
耐えられる設計になっている。
そして今度はスクリーンを管理する
オペレータの下士官が叫んだ。
﹁ミサイルが破壊されています。
全部です。
敵のミサイルも破壊され
無力化しています。
残らず全部だ。
ああ、核戦争が回避されたぞ。﹂
﹁な、なにっ﹂
メルデルは、顔を上げてスクリーンを凝視した。
66
︵13︶
大統領メルデルの決意
余りの突然の連続に動転してはいたが
少なくともこれは
悪い知らせではない気がしたのである。
超新星爆発の強力な放射線によって
飛行中の全てのミサイルの
電子基盤が完全に破壊されたのである。
皮肉な事に、敵も味方も関係なく
全ての核ミサイルの機能が
瞬間的に停止させられていた。
そしてその多くが落下を開始しており
一部はデジャ星の引力圏とつりあった状態となり
大気圏の外で衛星化していた。
ミサイルは
電子基盤が完全に破壊された状態にある為
爆発する危険はなかった。
﹁敵に直ぐに連絡を入れろ。
停戦をするのだ。
それからまだ残っているミサイルがあるかも知れん。
そのミサイルの迎撃を徹底的に行え。
67
いいか、よく聴け。
もし生き残ったミサイルがあったら
それが味方のミサイルであっても
必ず破壊するのだぞ。﹂
敵の首脳陣が全て殺害されていた事が判明したのは
それから直ぐの事だった。
敵も動転していた。
もちろん彼らも
ジル星が超新星爆発を起こし
ミサイルが全て破壊された事も知っていた。
しかし、指導層を一度に殺戮された国家組織は
著しい機能の低下を起こしていた。
代替の役目を果たす組織系統は
決められていた筈であるが
その多くが超新星爆発で
やはり殺されていた。
それを知ったメルデルは
ある結論に達した。
そして大統領執務室で考えるコンピュータに相談した。
﹁この状態からデジャ星を救いたい。
68
どうしたら良いだろうか。﹂
メルデルは自国を救いたいとは言わなかった。
既にデジャ星人として
心身を込めた活動を行う事を
無意識に心に誓っていたのである。
69
︵14︶
爆発の後は
デジャ星を超新星爆発の強力な放射線が襲った結果
一瞬のうちに多くのデジャ人が死んだ。
夜の側に居たデジャ人は
直ぐにこの破滅的な異変に気付き逃げ隠れたが
放射線の威力は凄まじく
その多くが生き残る事はなかった。
死者はデジャ星全体の人口のなんと9割に達した。
しかし、大きな例外があった。
それはハルマゲドンを戦う準備をしていた者達である。
強力な核兵器や電磁波砲をいかに防ぎ
破滅的な核の汚染の中で
生き残る術を模索していた者達である。
彼らにとって
10光年先で発射された放射線は
当然予想される核攻撃の範囲内にあるものだった。
超新星爆発の放射線のピークは
3日程で過ぎ
5日もすると防護服を着れば外に出歩いても平気になった。
その頃になって科学者達のグループから
非常に深刻な発表が行われた。
超新星爆発による災害が
これで終わった訳ではないと言う内容だった。
70
でもそれは800年後の話しではあった。
これから800年後に
超新星爆発の
今度は飛散物質の方が
直接デジャ星を襲うと言うのである。
その飛散物質の到来する速度は
秒速3500Kmに達すると言うのが
科学者達の発表の内容であった。
超新星爆発の放射光は爆発から
10年でデジャを襲った。
今度はその爆発の飛散物質の方が
800年をかけてデジャに届くと言う事だった。
デジャ人は、ジルが超新星爆発を起こしたお陰で
最終的にハルマゲドンの危機を脱し
生き残る事ができた。
しかし、それは
寿命を800年程延ばしてもらった
に過ぎないと言う事だった。
これから800年後には
大量の隕石群がデジャ星を襲う。
それは単なる隕石群ではなかった。
秒速3500Km
つまり約マッハ一万と言う
文字通り天文学的な速度で飛んでくる隕石だった。
デジャ星に衝突する事が
71
予想される量だけでも
デジャ星自体の質量を軽く上回る量だった。
とても打ち落とす事などできない。
秒速3500Kmで大量の隕石群がデジャ星を襲えば
間違いなくデジャ星は
原型を残さずに完全に破壊されてしまう。
800年後に終末が訪れると言う運命の認識は
未曾有の大災害からの
復興を模索していたデジャ人達の世界観を一変させた。
全世界的な価値観の変化が
短期間の間に一斉に起こったのである。
それは復興の成り行きにも大きな影響を与えた。
初めは国家や民族を単位とした復興を模索する動きが残ったが
やがて地域や国家の単位ではなく
﹁デジャ星がどうあるべきか﹂
と言う考え方が
大勢を占める様になり
定着して行く事となった。
72
︵15︶
まと
力を合わせる事の大切さ
800年後に確実に訪れる大災害が明らかになる事で
デジャは纏まった。
デジャ星の復興にとって
最も効率的な体制が模索される様になり
結果的にデジャ星全体が
一つの国家としてまとまる事になるのである。
もちろんその目的は
未曾有の災害からの復興であったが
もし災害からの復興だけが目的なら
世界統一国家は成立しなかったであろう。
例えば、地球に未曾有の災害が訪れても
全地球を統一する動きが起こるだろうか。
宗教や民族的な事情がある以上
全世界を統一する動きなど
起こる筈もない事である。
復興が進行するにつれ
自然とそれぞれの指導者が率いる国家が
復活してしまうであろう。
しかし、デジャの場合は
800年後の終末を回避する為の復興でもあった。
もちろんデジャでも
世界統一国家の形成には
73
宗教や民族の課題が大きな障害となった。
しかし、現実に確実に来襲する終末の宣告は
それぞれの宗教が持つ
神の啓示をも翻す力を持っていた。
これまでの長いデジャの歴史の中で
解決が不可能と思われてきた
宗教や民俗問題を含む全ての課題は
単なる解決が必要な項目として捉えられる様になり
その流れに逆らえる存在は無かった。
デジャにとって
世界統一国家が必要な理由は二つで
一つは災害からの復興
そしてもう一つは800年後の終末回避である。
そしてその目的の為に
デジャ人が努力するべき項目も単純だった。
それは科学技術を進歩させる事だった。
つまり国家はこの目的に沿って統一されていくのである。
デジャ星の自然環境は
超新星爆発の放射により
ほぼ完璧に破壊された状況にあった。
当然、災害からの復興は辛苦を極めたが
それでも50年もしないうちに
奇跡的な回復の成功が明らかになっていった。
74
マン・マシン
インターフェイス
これにはMMIで
デジャ人達が脳で直接コミュニケーションを重ねた事に加え
﹁考えるコンピュータ﹂やそれによって製造された
ロボット達の存在が大きな力を発揮した事は言うまでもない。
実際のところ
800年後の終末の回避の方法に関しては
デジャ人達の意見が割れた。
最も単純な方法は移住であった。
75
︵16︶
800年後の大災害
隕石が大量に押し寄せるのであれば
逃げれば良い、と考えるのは自然である。
しかし居住可能な惑星が発見されていないばかりか
隣の太陽系まで行くのに
少なくとも数千年の恒星間旅行が必要だった。
もし隣の恒星まで辿りつく事に成功したとしても
そこに居住可能な惑星がない可能性が高いばかりか
もしあったとしても
そこがジルの超新星爆発の隕石群から
安全な場所である保証が
まったくなかったのである。
そもそもデジャの人口の
何パーセントかでも収容できる大型の船団を
飛来物質の速さである秒速3500KM以上のスピードで
移動させる事そのものが当時のデジャでは無理だった。
この議論の影響か
デジャ星の巷では
諸々のSFを題材とした
映画が長期のヒットを重ねていた。
映画と言っても映画館で見るものではなく
脳で直接映像を見る事ができる作品だった。
バーチャルリアリティも極度に進化し
多くの映画監督は、わずかな予算のもとに
76
コンピュータ上で作品を次々と発表していった。
いずれにしても、SFでは
宇宙船はいとも簡単に光速で移動できる。
しかし、現実には光速で移動する事は
理論的に不可能である事が
地球と同様にデジャでも科学的に証明されていたのである。
皮肉な事に、デジャの科学技術が進歩すればする程
他の星へ移住する事によって
この災害を回避すると言う事の難しさが
益々明確になっていった。
デジャの復興が進み
超新星爆発による災害による
最も苦しい時が過ぎるにつれて
復興そのものよりも
800年後の終末が
クローズアップされる事が増えていった。
そしてそれは多くのデジャ人達の精神を蝕んだ。
やがて300年が経過し
﹁500年後の終末﹂と言う言葉が使われる様になった頃には
多くのデジャ人達は
﹁デジャ星に留まるしか方法がない﹂
と考える様になっていた。
要するに逃げ出す事は不可能であり
秒速3500Kmで襲う膨大な流星群を
防ぐ方法を創り出すしかないと考え始めたのである。
その為には科学技術の進歩が
77
更に全てに最優先され
コンピュータと科学者を中心とした世界体制が
益々強固になっていった。
そして非常に速い速度で
イノベーションが繰り返され
いろいろな方法が創造され
検討され、そしてその幾つかは試された。
しかしそのどれもが
秒速3500kmと言う速度と
合計すればデジャ星自体の質量の数倍に匹敵する
何百万個と言う流星群を
防ぐ手立てとはとてもなり得なかった。
更に200年が過ぎ
﹁300年後の終末﹂
と言う言葉が使われた頃
漸く大きな可能性を秘めたイノベーションが成立する事になる。
それは重力制御技術であった。
人工的に反重力を生じさせる方法が見つかったのである。
21世紀の地球の科学者が
漸く端緒についたばかりの
素粒子に関する理論の解明がほぼ完全に終わり
3次元空間と他の次元空間との関係の
合理的な理論構築が成立した結果のイノベーションだった。
このイノベーションは
78
そのまま素材開発のイノベーションに繋がっていった。
特に分子が完全に機能的な整列をした
﹁究極の鉄﹂を生んだ事が大きかった。
この両方の組み合わせは
巨大な重力の盾を成立させる事を
理論的に可能にしたのである。
79
︵17︶
破砕流を防ぐ手だて
反重力装置のメカニズムは
常人の理解を超えていたが
それを使用して破砕流を防ぐ方法は
単純明快なものだった。
まず反重力装置を打ち上げる。
それをデジャと流星群との関係において
﹁静止衛星﹂の様に配置するのである。
つまり流星群とデジャの間にあって
常に静止する盾の形に装置を布陣する。
この様な形で反重力装置を2000個程打ち上げる。
その位置は流星群がデジャに到達する3光日手前の場所だった。
その反重力装置群は相互作用により
デジャの後方までを覆う
巨大な卵型の軌道曲面を創りだすのである。
隕石にとっては空間が曲がった形となる。
この結果
隕石つまり
超新星爆発によって発生した破砕流は
この緩やかな曲面に沿って飛ぶ。
つまりデジャに達する事はなくなるのである。
しかし中には隕石同士が衝突して
この重力曲面の内部に侵入してくるものが
80
出る可能性もある。
もしその事態が生じても
これも直ちに巨大な量子砲で破壊する。
更にデジャ星自体にも
巨大な反重力の傘を設け
それを弾くのである。
この二重防御の体制は
理論的に毎秒3500kmの速度で襲う流星群を
防ぐ事が十分可能なものであり
デジャに流星が一つでも降り注ぐ確率は
10万分の1以下と算出されていた。
終末を回避できる大きな可能性が示されるに至って
デジャ人は更に集中力を増していった。
直ぐに実験が始まった。
そして付随的な様々なイノベーションが起こった。
このイノベーションの一環に
宇宙船に反重力を使用すると
流星群をはるかにしのぐ速度で
飛ぶ事ができる事が含まれていた。
皮肉な事に
これによってまた移住論議が復活した。
要するに流星群より速い速度で
逃げれば良いのである。
しかし、逃げると言う当ての無い方法は
81
デジャ人の大勢の心を捉える事はなく
全てが失敗に終わった場合の策として
小規模なプロジェクトが進行する形となった。
実際に破砕流星群がデジャに到達する頃には
デジャ人達は自分達が助かる事にほぼ確信を持っており
そしてその確信は正しく
デジャ星が終末の時を迎える事はなかった。
そして大部分の流星群が過ぎ去り
デジャ星の安全が確認されるに至って
今度はデジャを通り過ぎた流星群が
他の星に衝突する可能性が論議される様になった。
82
︵18︶
デジャ人がサンダルを放った訳
デジャを過ぎた破砕流の行く方を
デジャ人は気にした。
これには大きな理由があった。
この反重力装置を経由した破砕流星群は
この装置を経由しない他の流星群とは異なり
極度に速度を低下させた。
その速度は秒速3500kmから
一気に約秒速400kmまで減速するのである。
非常に安全性が高まる事は確かではあるが
秒速400kmと言う速度であっても
恐ろしい破壊力を持った流星群である事に変わりは無かった。
更に非常に問題なのは
破砕流星群が
反重力装置が造りだした空間を経由する事によって
集中して単一方向に向かう性質がある事だった。
超新星爆発は爆発であるから
爆発した星から外側に向かって
球状に破砕流星群が飛散する。
だから破砕流星群はどんどん広がっていく。
この結果その破砕流星群の密度は
距離の2乗に反比例して
83
小さくなって行くのである。
だから、爆発点から遠くなればなる程
その被害を受ける可能性は小さくなる。
更にやがて速度が落ち
他の恒星の引力圏に捉えられ
新しい惑星の材料となって行くのである。
しかし反重力装置によって
曲面空間に沿って
飛行方向を捻じ曲げられた破砕流星群は
デジャを過ぎた後
ほぼ一箇所に集まり
直線状に集中する事になるのだった。
つまり集中して1方向に向かうのである。
更に、その流星群の全てが
まるでライフルの弾の様に
高速で回転する性質が生じるのであった。
この状態にある限り
流星群は数万年以上安定して
しかも一定の方向に集中して宇宙空間を移動する。
デジャ人が問題にしたのは
自分達が破壊を逃れる為に使った反重力装置によって
その流星群の飛散する方向が全く変わってしまう事であった。
宇宙は全体が動いてる。
84
だから秒速3500kmで飛ぶものと
秒速400kmで飛ぶものとは
全く違う到達点に達する事になる。
つまり、デジャが自分達を守る為にコースを変えたお陰で
本来は被害を被る筈のない場所に
流星群が到達する可能性が生ずるのである。
もし、そこに生物が存在すれば
たとえそれが知的生命体であったとしても
デジャ並みに科学文明を
進化させた生命体でもない限り
その破滅は確実である。
しかし、一方その可能性が高いかと言えば
決してそうではなかった。
生命体が存在する星に激突する可能性でも
1%程度で
それが知的生命体である確率となると
0.01%以下と予想された。
この内容については
デジャ人の間で多くの論議が交わされた。
そして導かれた大部分の結論は
﹁仕方がない﹂つまり考える必要がないと言うものであった。
そもそも知的生物の大部分が
進化の過程で滅びる事は
デジャの科学者にとって常識的な事だった。
85
デジャはたまたま助かったのである。
しかし、議論はなかなか果てる事がなかった。
結局﹁デジャ自体が幸運であった﹂
と言う事実こそが
デジャ人達の心に最後まで残り続けた。
これはデジャ人の
﹁良心の呵責﹂と言って良いものであろう。
最終的に﹁最小限の対応だけを実施する﹂事となった。
それが﹁サンダル﹂だったのである。
それは、デジャ人と同じ様に
力を併せて頑張れば
その生物が
自らを救うチャンスを与える
と言うメッセージを込めた
最小限の道具だった。
デジャより放たれた﹁サンダル﹂は
流星群を追いかけ
そして数年のうちに追い越した。
更に数万年の飛行を続けた後に
地球を発見する事になったのである。
地球を発見すると
﹁サンダル﹂は地球に着陸し
そしてじっと待ち始めた。
86
﹁サンダル﹂が地球に到着したのは
今から5万年程の昔
つまり地球に文明が成立する
遥か以前であった。
しかし、﹁サンダル﹂は
地球に知的生命体が存在する事を認識し
そして地球に流星群が衝突する事を認識した。
それが﹁サンダル﹂を
地球に留まらせた理由であった。
そして、人類にその時が来る事を
知らせる機会を待った。
もし地球の知的生命体が
自らを救える程には進化せず
救える可能性がなければ
衝突の前に
そのまま地球を去るつもりで待ったのである。
もし地球が破壊されても
﹁サンダル﹂には﹁次の地球﹂を捜す役目があった。
87
︵1︶
とてつ
大樹は永い心の旅から戻ってきた
永い心の旅だった。
途轍もなく永い時間だった。
そして大樹は戻っていた。
デジャの物語は、大切なものだったが
大樹を慰めてくれるものではなかった。
大樹に課されたものが、何かを
否が応でも理解させられるものだったからだ。
だから大樹は
﹁デジャ﹂と言う言葉を
無理やり心から追い払おうとした。
それさえ無ければ
今の自分は悪くない存在に思えたのである。
そうだ、自分は地球に戻ってきたのだ。
大樹は思った。
大樹がさまよった心の旅は
現実の時間では僅か40分程のものだったが
実感としては想像を絶する程永いものだった。
年月として数えれば
人間の寿命を遥かに超える長さになるだろう。
88
そして大樹の今がある。
その心の旅で得たものは余りにも多かった。
知識だけでなく
現実に経験したのと変わらない
様々な学習もした。
人間の標準で考えれば
ある意味自分はスーバーマンである。
そう思った大樹
5歳の幼児の澄んだ微笑みを取り戻した。
遊びに熱中する表情である。
そして彼は、身体を水平に倒し
まるでスーパーマンの様に飛び始めた。
その飛行の素晴らしさは
恐らくスーパーマンのそれを遥かに上回るものだった。
瞬間的に時速400Kmを越えるスピードが出たが
それで発せられる音と言えば
身体の周りでほんの微かにサーッと言う風切り音がしているだけで
ある。
大樹の周囲を覆う透明なバリアが
飛ぶのに最も適した形状に瞬間的に変化していた。
こんな事は朝飯前である。
89
数百Kmの速度から急に反対に方向を変える事も可能だった。
急停止しても
それは何の抵抗もなく実現した。
つまり大樹の身体に一切の付加がかかる事はなかった。
反重力制御装置の威力である。
まるでコンピュータ画面のグラフィックが切り替わる様に
物理法則から切り離された世界だった。
大樹はしかし、わざと反重力制御装置を外した。
そしてバリアの形を大樹の身体に密着させた。
本物のスーパーマンの様に飛びたかったからである。
この機械が送られてきた元の星でも
この機械が造られた時から遡って数十年の
スポーツフライトとして大流行した乗り方だった。
もちろん安全装置が付いていて
限界を超える操作をした場合は
機械が守ってくれた。
たちまち新宿の副都心の巨大な高層ビル群が迫ってくる。
大樹はその高層ビル群の都庁ビルの周りを
ぐるぐる巻きにする様に
回りながら高度を上げていった。
90
身体にかかる遠心力が心地よかった。
有名な建築家が設計したと言う
巨大でいかめしいビルの周囲を回りながら見ると
幾つかの窓の明かりが灯っている。
東京都の官吏が徹夜の残業をしているのだろうか。
しかし、彼らの目に透明な大樹の姿が映る事はない。
精々突然のつむじ風が窓に吹き付けるのを聞くだけだろう。
大樹はそのまま大空へ駆け上がった。
どんどん高度を上げていく。
空は晴れて、満月が見えた。
高度は既に3千メートルを越えている。
東京都の夜景が美しく広がっていた。
夏の夜でも上空は冷たい。
大樹はその温度の変化を感じていた。
温度変化は大樹の身体に
直接伝わっている訳ではなかった。
代わりに大樹の脳の
神経回路に直接に
リミッターで制御された信号となって伝わっていた。
91
つまり外気がたとえ零下100℃になろうが
大樹は身体に負荷を感じる事なく
それを感じる事ができた。
逆に3000℃の溶けた金属の海に浸かる事も可能だった。
つまり大樹は
3000℃の温度がどんなものかも理解できた。
もちろん実際の経験はなかったが。
高度は既に一万メートルを超えていた。
薄くなる大気とともに大樹の上昇速度が更に上がった。
大樹は取り憑かれた様に高く、高く空に登っていた。
その大樹の顔にはいつの間にか微笑みはなくなり
代わりに大樹は泣き始めていた。
両目からとめども無く涙が溢れてきた。
永い旅だった。
大樹が経験したのは、現実に等しい心の旅だった。
時間に換算すれば200年間にもなる旅である。
そしてその旅で経験した内容が凄まじかった。
そしてその旅から帰り、その旅の意味を理解した時
今度はそのとてつもなく大きな責任に苦しんでいたのである。
92
更に人類がこれから経験しなければならない
とてつもなく大きく、そして悲惨な事態を大樹は知っていた。
そして耐え難く辛い事は
これからどれだけ努力しても
人類が助かる可能性が非常に低い事だった。
そしてその状況を少しでも変化させる可能性があるのが
ただ一人、大樹だけだったのである。
93
︵2︶
苦しみ
朝5時30分。7月の朝はもう既に明るくなっている。
大樹の住むマンションの3階に、大樹が突然姿を現した。
身体が空中から突然現れ
まるで30センチの高さの段から飛び降りたかの様に
ぽんと地上に降り立った。
目に見えない状態にある﹁サンダル﹂から
飛び降りたのである。
続いて大樹が建材屋の資材置き場に
脱ぎ捨てたスニーカーが
ころころと転がって落ちた。
大樹は、そのスニーカーを拾う
鍵の掛かっていないドアを開け
そのままマンションに入っていった。
最後に後ろ手で
﹁サンダル﹂が部屋の中に入るのを促した。
慣れた動作で落ち着いてはいたが
その顔は青褪め、笑顔が無かった。
大樹は
今自分が非常に危険な状態にある事を理解していた。
94
その理由は
﹁サンダル﹂から受けた生体手術だった。
実際のところ
それは受ける者にとって非常に危険なものであり
大樹の命を奪う可能性が十分にあったのである。
そして大樹自身も
既にその宿命の意味を良く理解していた。
選ばれた以上は避ける事もできない。
それは大樹の﹁心﹂の危険だった。
﹁サンダル﹂から降りて
密かに母の隣の寝床に戻った大樹を
既に生じ始めた
強烈な恐怖感が
何倍もの強さになって襲い始めた。
現実が生々しく
幼児の精神に入り込んできたのである。
通常であれば
序々に大人になっていく過程で
序々に理解し慣れていく概念だった。
それがいきなりリアルに
95
幼児の精神に飛び込んできた。
いや襲ってきたと言ってもおかしくない。
永い旅の途上にあった時
大樹はある意味で
夢を見ている様な状態にあった。
数限りない凄まじい経験をしたが
そのショックが
大樹を危険に晒す事はなかった。
しかし、今は違った。
大樹の本来の姿である
5歳の精神に
生体手術を受けた結果が
もろに襲い掛かったのである。
大樹は身体を丸めて震え始めた。
彼は自分の運命を
はっきりと呪っていた。
なぜ自分だけが
この様な目に遭わなければならないのか
納得できなかったのである。
﹁サンダル﹂が自分を選んだ理由を
大樹は理解していた。
96
まず幼児であり
父親がいない事。
父親の存在は
精神的な依存の脱却に障害になるからだった。
更に宗教の影響が少ない事。
特定の宗教の影響は
手術後の適応に
大きな障害になる可能性があった。
そして生物的に
頭脳の組成が
非常に適応力に富んでいる事等
いろいろあった。
しかし自分でなくても
その条件に適合する幼児は
他に幾らでも居たに違いないと大樹は思った。
要するに自分でなくとも良かった筈なのである。
大樹は﹁サンダル﹂による生体手術により
数百年間の経験にも匹敵する
記憶情報を持つ事となった。
そしてその内容は驚くべきものだった。
97
︵3︶
五歳のままで達人となること
大樹に与えられた情報は
単なる記憶とは根本的に異なり
具体的に機能する知識として
埋め込まれていた。
単なる知識と
機能する知識との違いは大きい。
例えば、自転車の乗り方を
本で知識として記憶するのと
実際に乗りながら身体で習得するのとは
全く違う。
要するに、本で自転車の乗り方を記憶しても
実際に乗る事はできない。
つまりそれは殆ど何の役にも立たない知識なのである。
しかし大樹に埋め込まれた知識は、
全て﹁実際に自転車に乗る﹂ことができる性質の
運動中枢や他のあらゆる神経ネットワークを包括する
完璧な知識体系だった。
しかもその知識の範囲は広範だった。
例えば大樹は
地球上で電波やネットに乗る事のある
全ての言語をマスターしていた。
98
その中には、未開と言われる民族の
文字のない言語までが含まれていた。
そして例えば、大樹は
5歳にして格闘技の達人の域にあった。
その格闘技は、デジャの古武道として発達したもので
空手と合気道が混合した様な
非常に合理的なものであった。
よって大樹は武道の達でもあった。
しかし一方で
自分の5歳の身体で戦える限界も理解しており
緊急の時に
どの様な活路を捜して、戦うべきかも理解していた。
更に、格闘技だけでなく
あらゆるタイプの武器にも通じていたし
素人からプロに至る戦闘集団をコントロールする事
つまり軍事的な知識
東洋の古い言葉で表現すれば
兵法にも通じていたのである。
その他あらゆる工業的な或いは科学技術的な知識
天文学的な知識
他の惑星系の生命体についての知識
更にその滅亡の歴史に至る広範な物事を理解していた。
その範囲は更に
99
デジャの極めて進化した
音楽や絵画等の画像芸術の知識に及んでいた。
大樹は超人的な能力を身につけたのである。
しかし、一方で、大樹は生身の人間である。
つまり、能力は備わっても
心がそれに適合していなかったのである。
﹁サンダル﹂は
大樹の脳に対して施した驚くべき生体手術の中で
大樹自身が彼の心をコントロールする部分への手術を
一切行わなかった。
要するに大樹は
全く自由意志を持った存在のままだった。
100
︵4︶
タイムラグ
デジャ人は
大樹に行なった大手術によって
超人のような知識を埋め込みながら
その心には、一切の手を加えなかった。
それは人道主義にも似た配慮に思えたが
根本的に違っていた。
要するに、デジャ人は
大樹ただ一人に
地球の運命の全てを任せたのである。
本来であれば、大樹の身も心も
全てをロボットの様に作り変えるべきだった。
少なくとも大樹はそう思った。
そしてそのロボット化した優れた存在が
最適な戦略を冷徹に実行するのが
最も成功率の高い方法であった筈である。
しかし、デジャ人はそれを行わなかった。
大樹にはその理由が教えられていた。
理由は至って簡単なものであった。
101
﹁デジャ人がデジャ人の意志だけで助けるのであれば
それは神の摂理に逆らう﹂
と言うものである。
何と理由は神だった。
更に、これには更に根本的な思想的背景があった。
それは
文明を持つレベルに達した生物の
少なくとも95%以上は滅亡する
と言う法則をデジャ人は固く信じていたからである。
地球、つまり人類にも
その法則は当てはまる筈であった。
実際、大樹は
人類がまもなく現実に滅ぶ可能性が高い事を
デジャの科学に従った
客観的な分析により
極めて現実的に
そして正確に把握していた。
滅亡の基本的な原因は
他でもないテレビや新聞で報道されている
環境問題だった。
102
太古の昔より
一億年に達する気の遠くなる程の時間をかけて
植物がこつこつと地下に封印した二酸化炭素
つまり石油や石炭を
人類は僅か300年に満たない間に
そのうちのかなりの量を
大気に戻してしまっていた。
地球の平均気温が上昇するのは当たり前の事である。
しかし気温が上昇し天候が大きく変化しても
それだけで人類が滅亡する可能性は低い。
問題は別にあった。
そのキーワードは3つあった。
一つは食料
そして二つ目は
人類は自殺できる種であると言う事実。
それに三つ目、それはタイムラグである。
三つ目のタイムラグとは
例えば
全世界の人類が
たった今
即座にCO2の放出を全て停止したとしても
103
その効果が実際に現れるのは
これから30年以上経過した後
と言うことである。
そして、このタイムラグこそが
人類にとって最も危険な要素なのである。
104
︵5︶
人類の運命
タイムラグが危険な理由
それは人類が馬鹿ではないからだ。
危なくなれば
人類はきちんと対処する。
すさま
本当に生命の危険を感じるような
はず
凄まじい環境破壊が始まれば
人類は
慌てて自らを正す筈である。
ところがもし
そこにタイムラグがあれば
努力しても効果がなく
事態は益々悪化することになる。
人類の賢さは
タイムラグを許容できない賢さなのだ。
最近顕著になり始めた異常気象は
米国や中国などの
これまで比較的危機感の薄かった
経済優先国家までも
会議の席に着かせる事になった。
しかし、そこで交わされるのは
主に各国間の利害の調整であり
105
相手への非難と
自らに対する猶予の確保である。
理由は簡単である。
本当に危険な状況であると
思ってはいないからだ。
げきじん
激甚な異常気象で
人がたくさん死にでもしない限り
本当に真剣な議論は起きない。
だから
国際会議で交わされる
コミュニケーションの大部分は
腐臭がしそうな外交交渉と言う奴である。
少なくとも
地獄が訪れるかもしれない
と言う雰囲気は皆無である。
しかし現実は相当危ないのだ。
人騒がせと非難されたくない
科学者達が多い中
IPCC︵気候変動に関する政府間パネル︶は
非常に厳しい結論を導いている。
平均気温上昇が2度を超えると
壊滅的な状況がもたらされる言われる中で
4∼5度と言う数値がIPCCが導いた数値であり
106
=
食料生産の危機
しかもこの数値は充分に控えめな値なのである。
気候破壊
である。
つまり米国やロシアやヨーロッパ
そして中国や東南アジア
更にオーストラリアや南米と言った
全世界の大穀倉地帯が
同時に深刻な農業被害を受ける
と言った事態は
今後容易に起こりえる。
この状況は
食料の工業生産等の
人類が充分な準備を行う前に
突然に訪れる。
人類は他の多くのものは
人工的に手にしているが
食料だけは専ら
お天道様頼りである。
この結果
先進国においても
深刻な食糧不足が生じる。
餓死者が生じる状況さえあろう。
人間が確実に狂う環境。
それは飢餓である。
107
平常時には決して想像できない
地獄がそこに現出するのである。
飢餓の状況が訪れれば
人間は共食いも辞さない。
結果的に比較的簡単に内乱が発生する。
なぜなら食料を持つ者の大部分は
それが有り余り、処理に困りでもしない限り
決して持たない者に分け与えないからである。
混乱の中では簡単に事故が起こる。
混乱が継続すれば
その確率は級数的に大きくなって行く。
遠からず核兵器や
大量破壊兵器が行き交う時が訪れる筈である。
これはSF小説の中の夢物語りではない。
現実化する可能性が極めて高い
人類にとっての﹁現実﹂なのである。
デジャ人は文明段階に達した生物の多くは
自滅する形で滅亡すると考えていた。
これは、デジャ人が
特に人類を想定した事ではなかったが
108
期せずして
は
人類もその典型に当て嵌まっていた。
つまり人類は、放っておけば
ほぼ間違いなく滅亡すると考えるのが
デジャの科学が導いた結論だった。
109
︵6︶
自ら助くるもの
つまり人類は
放っておいても滅亡すると言うことだった。
それを同情心から手取り足取り滅亡から救い出しても
それは自然の姿ではないとデジャ人は考えた。
だから大樹に全てが任されたのである。
要するに
﹁神は自ら助くるものを助く﹂
ぎょうこう
の形でなければならない。
流星群の到来は
人類にとってむしろ僥倖であると言う論理だった。
確かに大樹は﹁サンダル﹂によって大きな力を得た。
しかしサンダルは
大樹がどう行動すべきかについては
何も言わなかったのである。
たとえ大樹が訊ねても
何も答えてくれないのだった。
何の指示も情報も
その手がかりさえも与えてくれなかった。
110
サンダルが大樹に能動的に働きかけた事は
最初にナノロボットを使用して行った
生体手術だけだった。
大樹にその生体手術を施し、
大樹がサンダルをコントロールする事ができる様になると
サンダルは一切の能動的な活動を停止し
ただ大樹に従うだけの存在となった。
サンダルが一切能動的な活動を停止すると言う事は
例えば、大樹がこれからなまけ、遊び続けても
サンダルは何の干渉もしない
と言う事も意味していた。
つまり大樹はこの重い責任を回避し
そこから逃げ出しても何の咎めも受けず
自由にして良いのである。
生体手術を通じてサンダルが大樹に伝えた内容で
大樹はそれを知っていた。
これから、ずっと遊び続けても
誰にも何も言われないのである。
サンダルを操れる大樹は超人である。
何をしようが
たとえ警察に追われる身になろうが
逆に警察をぎゃふんと言わせる
犯罪者にもなれるのである。
111
大樹はスーパーマンなのだ。
その一方で
大樹には自分がやるべき事も
大体は分かっていた。
それは、この全世界に働きかけて
人類全体を導く事である。
まず人類に来年の9月に来る
未曾有の大災害を乗り越えさせて
それから
10年後の為に全人類を一つにまとめ上げ
地球を貫く大事業を成功させる事である。
それが5才の少年に課された課題なのである。
しかも、それは
大樹がいやなら辞めても良い課題であった。
しかし大樹にはどうしても逃げる事ができなかった。
まじめに取り組むしか道がない気がしたのである。
計画を実行する技術なら知っていた。
デジャの圧倒的に進んだ科学技術は
プロジェクトをいかに実行させて
成功させるかについてのノウハウも多く含んでいた。
そして、その多くを大樹は理解していたのである。
しかし、肝心の
112
それをどうしてやるのが最も良いかについては
ちょうど記憶をそっくり剥ぎ取られたかの様に
大樹の頭の中から欠落していたのである。
何から始めたら良いのか
何をすれば良いのか
その道筋となる知識が
一切無かったのである。
大樹は途方に暮れていた。
余りに意地悪な気がした。
それならなぜ自分を選んだのか
自分を選んで後は
全てを任せるのは
余りにも無責任ではないか。
元はと言えば
デジャ人が自分達を守る為に
地球に破砕流星群を向ける事になったのである。
だから、自分を選ぶだけでなく
最善の方法位は示してくれても良い筈である。
しかしサンダルは
その点になるとまるで赤子の様に頼りなかった。
113
明らかに意図的に
その部分の能力を剥ぎ取られた存在が
サンダルだったのである。
つまり大樹が一人で
全てを考えなければならないのだった。
まず皆に事実を理解させる必要がある。
テレビで言おうか。
114
︵7︶
何をするのか
大樹は考えた。
大樹は既に
追い詰められ始めていた。
現実感が襲ってきたのである。
200年も続いた夢の世界から
本格的に引き剥がされ始めた。
それは恐怖以外の何ものでもなかった。
そしてその恐怖から逃れるように
大樹は考えた。
圧倒的な勢いで押し寄せる
すが
恐怖に押し流される前に
縋る何かが欲しかったのである。
テレビで喋って、世界中を説得すればいい。
世界中のテレビで語りかけるのである。
色々な国の言葉は喋れる。
しかし、テレビで喋る為には
テレビを放映している人間を説得する必要がある。
その前にその責任者も説得しなければならない。
それに、テレビは
115
観る人間達の視聴率を価値観として存在している。
だから、大樹が喋る内容が
面白くないと思われれば
或いは繰り返されて多少でも飽きが来たら
たちまち大樹が話す機会は減るだろう。
それに多くの国のテレビは
国家の政策と結びついている。
どう考えても大樹が喋る内容は
好ましい内容ではないだろう。
それから大樹は気付いた。
テレビで喋って一体何になるのだ。
人類がどうすれば良いかを導く事ができるのか。
いやそんな事はない筈である。
どうしてもテレビで喋りたいなら
強引に電波ジャックする方法だってあり得る。
でも、そんな事を何の為にやるのか。
人類はただ、ただ混乱して
右往左往するだけに違いない。
だめだ、テレビで喋っても何もならない。
大樹はそう思った。
116
だめだ、だめだ、だめだ
インターネットも同様であろう。
メディアはメディアに過ぎない。
ネット上で政治勢力となる方法もあるが
それは部分的な効果にとどまるであろう。
大樹は全世界を動かさなければならないのである。
その為には
全世界が動く行動をしなければならない。
その他にも大きな問題があった。
自分は幼児である。
幾ら優れた能力を持っていても
人間にとって幼児は幼児であり
庇護すべき可弱く
無能な存在なのである。
この姿をした自分が
全世界のリーダーシップを握る事は難しい。
一体どうしたら良いのだろう。
大樹は考えた。
117
限界だった。
これ以上考える事はできないと思った。
恐怖に沈み始めた。
とその時
微かな光のようなアイデアが浮かんだ
意味の無い単純なものだった。
だが思いついてみると、パッと拡がった。
﹃そうだ、エイリアンになろう。﹄
大樹はそう決心した。
大樹がエイリアンであると言うのは
あながち間違いではない筈である。
大樹は地求人と言うよりデジャ人である。
知識だって記憶だって
デジャの知識や記憶の方が多くを占めている。
実質は200年以上生きてきた人生の中で
地球人であったのは
たったの5年だけ
後はずっとデジャ人として生きてきた。
118
そうだ大樹はエイリアンみたいなものなのだ。
それが地球の人間に訴え掛けるのに
最も都合が良い気がした。
その発想に行き着くと
不思議な事にほんの少しだけ気が楽になった。
そして、いろいろなアイデアが浮かんできてワクワクし始めた。
それに地球人ではない大樹は
責任もない存在である気がした。
ただ、ただ人類を救うだけの立場になる。
ヒーローなのだ。
だから思い切り活躍すれば良いのだ。
姿だって大人に変えれば良い。
何せエイリアンなんだから。
﹃そうだ、僕はエイリアンになったんだ。﹄
しかしきちんとした思考が続いたのはそこまでだった。
恐怖の本流が押し寄せ、大樹の心をズタズタに切り裂き始めた。
そしてゾッとするような心の苦しみが始まった。
119
︵8︶
死か恐怖か
さまよ
200年の命を得た人間はいない。
5歳の歳のまま、200年間を彷徨う
もし実際に生きたなら
そしてその人格が
200年が過ぎた頃
ある日突然5歳の幼児に戻る。
大樹は
全く一人ぼっちで
極寒の世界に放り出された気持ちだった。
とてつ
心の旅が続いていたその
途轍もなく永い間
大樹の周囲を心地よく包んでいた白い綿が
突然取り払われ
氷の様に冷たい透明の世界に
放り出された気がしたのである。
それは200年以上にわたる人生経験に
いきなり5歳の幼児の心を
適合させる事だった。
その苦しみの強烈さは
女性の初産の苦しみにも似て
心をめりめり引き裂く様な強烈な苦痛だった。
120
ただ
その苦痛を確実に回避する
簡単な方法が唯一つだけあった。
それは﹁死﹂だった。
そこに逃げ込まない以上は
正面から立ち向かい結論を導いて悟るまでは
ただ、ただ苦しむしかない。
もちろん大樹にも死の選択は許されていた。
更に﹁サンダル﹂からの知識は
大樹が死へと逃げずに
自分の力だけで助かる見込みは
半分もない事を大樹自身に冷酷にも教えていた。
つまり、この苦しみの連続は
むしろ﹁死の選択から逃げる苦しみ﹂
以外の何物でもなかったのである。
そして大樹にとって非常に幸運だった事は
彼の最初の苦しみが
﹁自分の死への恐怖﹂から始まった事だった。
生体手術後の苦しみは
色々な形態で襲ってくる可能性があった。
その個人の性質によって
それは様々に異なるのである。
しかし、大樹の場合は
苦しみの逃げ道である﹁死﹂そのものへの恐怖が
121
最初の苦しみとして襲ってきたのである。
生体手術の間に記憶させられた死の記憶。
数え切れない程の生々しい
死の現実をリアルに理解する事は
5歳の幼児にとっては過酷過ぎる苦痛だった。
大樹はガタガタ震えながら必死に耐えた。
朝、母の頼江が目を覚ますと
隣に寝ていた大樹の様子がおかしい。
びっしょり汗を掻き苦しいそうである。
﹁どうしたの、大丈夫?﹂
頼江は心配して叫んだ。
大樹は、大丈夫と首を横に振るだけだった。
﹁病院に行こう。大樹ちゃん﹂
大樹は母が病院と言うのを聞いて
心から行きたくないと思った。
死を賭けて頑張っているこの今の苦しみは
自分で解決するしか方法がないのである。
訳の分からぬ医者と会話をしても何の解決にもならない。
122
しかし苦しいながらも大樹は冷静だった。
﹁病院には行かない。
お母さんは、仕事に行っていいよ。
僕は大丈夫だから。﹂
頼江はびっくりした。
こんなにすらすらと喋る大樹を頼江は観た事がない。
頼江が知っているこれまで大樹にはあり得ない
非常に長い言葉の表現だったのである。
それが却って、母を心配させた。
﹁だめよ、大樹ちゃん
病院に行って先生に診てもらわなければ﹂
大樹はうんざりした。
ただでさえ殆ど話す事ができない位苦しい状態だった。
﹁病院には今日は行かないよ。
お母さん。
それよりもそっとしておいて。
123
お母さんは仕事に行ってきて。
本当に悪くなったら電話もできるし。
でも心配して電話を鳴らさないでね。
これからしばらく眠るから。﹂
頼江はまたもや唖然とした。
確かに自分の息子の大樹だったが
いつの間にかこんなに喋る様になったのだろう。
言葉つきも毅然として
反論ができない。
論理も通っている。
逆に頭がおかしくなったのかも知れないと微かに思った。
しかし、それから何度言い合いをしても
大樹は頑として言う事を聴かなかった。
大樹も言い合いをしている間に気が紛れ
少し落ち着いてきた。
そしてそれを見た頼江も少し安心した。
結局最後には
124
幼稚園を休む事だけが決まっただけで、
頼江はパートタイマーの仕事に出かける事となった。
大樹は母の手前
無理に朝食を取った。
一人になると
また精神的な苦痛がぶり返してきたが
母と会話をした事が
意外にも大きな効果を持った様だった。
ごく普通な精神状態にある母の存在を
強く再認識する事によって
大樹に
非常に現実的な責任感が植えつけられたのである。
それは﹁母の命を守らなければならない﹂
と言う責任感であった。
そしてそれができる可能性のある者は
自分ただ一人なのである。
責任感は、心の核として常に有効だった。
その為か大樹は回復し始めた。
数時間に及ぶ苦しみの連鎖の後に
死と言う﹁永遠の無﹂に逃げ込む事こそが
125
逆に今の大樹にとっての
﹁最大の悪﹂であると言う結論にしがみ付く事により
まずその克服に成功したのである。
死への恐怖と言う最も基本的な危機を乗り切った大樹は
その他の様々の形態で襲う苦しみにも
果敢に挑戦していった。
午後の4時過ぎ
同僚に頼み込んで仕事を早退した頼江が戻ると
大樹はぐっすり眠っていた。
大樹は僅か1日で
生態手術後の自分の身体に
精神を適合させる事に成功したのである。
その強い苦しみの連続による疲れから
大樹は死んだ様に眠っていたのだった。
何も知らない頼江は
病気から回復したらしい大樹の眠っている姿を見て
上から覆いかぶさる様に抱きしめた。
限りなく愛おしい大樹の身体は
柔らかく、強く母性を刺激した。
母に気づいた大樹が
微かに目を覚ました状態で
126
母に弱くしがみ付いてきた。
大樹は、自分が生き残ったのは
誰よりも、この母を守る為である事を知っていた。
127
︵9︶
幼稚園
母の頼江の他にも
藤井大樹の変化に気づいものがいた。
大友香織だった。
彼女は大樹が通う
幼稚園の担任保育士である。
幼稚園児の多くは
送迎バスに乗って登園する。
バスから元気良く降りてくる
園児達に向かって香織は必ず
﹁おはよう﹂
と子供たちに負けない様に元気に挨拶した。
その時、当然のことではあるが
必ず子供達の眼を見た。
そして大樹の変化はそこにあった。
今朝大樹の目を見たとき、
香織は一瞬大樹の目に
引き込まれる気がした。
もちろん大樹の姿は
いつもの幼児らしい姿であることは変わりないのだが
なぜか今朝は特別に
深く落ち着いた眼に思えた。
128
一瞬何かあったのかしらと思ったが
病気とも思えない。
多くの幼児を相手にしなければならない立場上
たちまち忘れ去った。
その次に大友香織が大樹に注目したのは
偶然の事故がきっかけだった。
季節は5月も半ば
梅雨前の日差しも明るく
暖かい日々が続いていた。
そんな気候の良い季節には
園児達を外に連れ出す事がよくあり
たいていは幼稚園から
300mほどの距離にある大きな公園が
園児達の遊び場所となった。
園児達の安全を考えれば
園の中で遊ばせたいのだが
街中にある大樹が通う幼稚園は
十分な広さの遊び場所を欠いていた。
だから天候が良い時は
園児達を幾つかのグループに分け
公園に連れ出した。
その日大友香織は
129
仲間の保母と3人程で
40人程の園児を引率し
公園に連れていく途中だった。
その行程自体は難しくはなかったが
事故が起きない様に気は使う。
もちろん安全だから連れていくのであるが
その日はたまたま運が悪かった。
道を探しながら
新米ドライバーの田所博は
納品の時間を気にして時計を見た。
せっかくありついた新しい仕事に
最初からの納期遅れは
何としても犯したくないミスだった。
小型トラックにカーナビは付いていたが
旧式なのか、それとも住所が違う為か
或いは田所の操作が悪い為か
どうしても目的地に着かない。
運転には自信があったし
スピードを出す事にも慣れていた。
これまで大きな事故を起こした事は一度もなかったし
危険を避ける術は心得ていた。
交通事故と言うものの殆どには
原因が一つではなく複数あるものである。
どんなにスピードを出しても
事故が必ず起きる訳ではない。
130
脇見運転をしても簡単には事故は起きない。
たまたまそこに飛び出しがあったりするから
事故になるのである。
要するに事故は原因が重なり起こる。
その事実に対する田所の認識は甘かった。
これまでの田所は
たまたま運良く
その﹁原因の重複﹂が
なかっただけだったのである。
しかし、今回は状況が異なり
人生の落とし穴として
用意周到にその舞台が整っていた。
まず幅7メートル程しかない道が
ゆるく右にカーブしながら続いた。
﹃あっ﹄と田所は思った。
この道路に田所は見覚えがあった。
そうだ、そう言えば
この先が納品場所の気がする。
その時、ゆるいカーブの陰から
白いセダンが急に表れた。
もちろん衝突の危険はない。
131
田所はブレーキを微かにかけながら
少し急ハンドルで左に避けた。
しかし、その場所には
事故を起こしたばかりの車が
つい30分程前まで
路上に駐車していたのである。
その車は、オイル漏れを起こしていた。
修理の段取りがついた為
何とか走り去っていたのである。
そしてその後の路上には
少しずつ漏れ続けた
2リットル程のエンジンオイルが残っていた。
その上で田所のトラックは
急ハンドルをきりながら
微かにブレーキをかけたのだった。
まず片側の前輪が滑り
その後を後輪が辿った。
その結果、田所の運転するトラックの左側前後の車輪が
完全にロックした状態となった。
その時トラックは時速60kmを越えるスピードで走っていた。
当然の様に左回りのスピンが始まり
制御不能となったトラックは
132
たまたま歩いていた幼稚園児の
列の真ん中に向かって突っ込んで行った。
133
︵10︶
工藤靖男は
幼児と不思議
これまでさまざまな不思議な光景を見てきた。
しかし、それは刑事と言う仕事の性質上当然だとも思ってきた。
事故や犯罪が起きた後の現場に
様々な不思議が存在した。
これまでの経験で
発生した時の状態が明確に分かる事は
むしろ少なかったのである。
だから、必ず大なり小なりの不思議が残るのが
事件の現場だと考えてきたし
事件が起き、現場に向かう時は
その不思議に惑う事への覚悟を失う事はなかった。
その工藤靖男が思わず絶句したのが今回の現場だった。
それは、鉄筋コンクリートで出来た
公園のトイレの屋根だった。
トイレの屋根は
陸屋根と呼ばれる平面の屋根である。
4トントラックが
その上にきちんと乗せられていたのである。
134
それは﹁乗っている﹂と言う表現ではなく
飽くまで﹁乗せられている﹂
と言う表現が当て嵌まる情景であった。
まるで幼児がおもちゃを乗せたかの様な
珍妙な光景だった。
公園のトイレは大きなものではなかった。
その屋根に
トラックの4本の車輪がぎりぎりに乗っていた。
まるで狭い駐車スペースに
プロの運転手が停めた様に正確な乗り方だった。
事情聴取に応じた
大友と言う28歳になる女性の保育士の供述も
納得がいかないものだった。
何せ﹁トラックが突然飛び上がって﹂更に
﹁空を飛んで、屋根の上に乗った﹂と言うのである。
しかし、少なくとも
この屋根の上のトラックが原因で
複数の幼稚園児を巻き込む
大惨事の可能性があった事を
この保育士は強く主張していた。
誰かの悪質な悪戯なのか
道路には油が撒かれており
135
その油溜りの中に
車輪がスリップしている跡がはっきりとある。
保育士が言うには
トラックがスピードを出してくるくる回りながら
まっすぐ幼稚園児の列に突っ込んできたと言う事だった。
それなのに園児達は全員無事だった。
つまり、大きな不幸が回避されたらしいのである。
保育士よりも更に手に負えなかったのは
当の運転手だった。
名は田所博で年齢は38歳だと言う。
しかし彼を犯罪者扱いする事はできなかった。
誰も傷つけていないし
何も壊していなかったからである。
車は公衆トイレの上にきちんと駐車されてある。
これを降ろすのは大変な作業になるだろうが
この事実そのものは犯罪と呼び難いものだった。
一方で本人はかなり興奮した状態にあった。
スピンしながら突っ込んでいく先に
幼稚園児の列がはっきり見えたらしい。
恐らくこれで人生お終いだと思ったに違いない。
136
それが急に身体がふわっと浮く様に感じ
青い空が見えて
そしてすとんと公園のトイレの上に着地した
と言うのである。
本人は盛んに
路上のエンジンオイルの存在を非難していた。
工藤靖男は弱り果てた。
報告書の書き様がないと思ったのである。
事件としては大した内容ではない。
偶然トラックの車体が
跳ね上がったと書くしかないだろう。
と思った時に
﹁済みません。よろしいでしょうか。﹂
と言う声がする。
振り返ると
いきなりテレビカメラが工藤を捉えていた。
辺りを見ると
一斉にマスコミが駆けつけている。
137
やれやれと思う間もなく
ヘリコプターの音までが聴こえ始めた。
これから始まる喧騒と
そしてこの事故に対する
見解を繰り返し訊かれる事を思い
工藤靖男はぞっとした。
一方大友香織はまだぼんやりとしていた。
口から先に生まれた雰囲気の女性レポーターが
たど
自分の方に早足で近づいて来る。
それを眺めながら
彼女は自分の記憶をもう一度辿っていた。
138
︵11︶
大友香織の確信
テレビ局のインタビューに応じる事は
ドキドキするけど
ある意味楽しそうだと
大友香織は予ねてから思っていた。
幼稚園の保育士と言う職業上
そんな機会は多くない。
ペラペラと高い声で
口滑らかに喋る女性レポーターが
こちらに近づいてくるのを眺めながら
大友香織はインタビューに答える為に
事態を思い返していた。
それは
﹁大樹ちゃんは確かに消えた﹂
と言う厄介な記憶を伴った筋書きだった。
キーッと言う急ブレーキの音の方を見ると
トラックがスピンしなが
こちらに向かって突っ込んで来る。
その瞬間、香織は思わず園児達を見た。
園児達は全員トラックに気付いた状態にあり
その方向を向いているが見えた。
139
が、その中の大樹と思われる園児の姿が
香織が見ているその前で
突然ふっと消えたのである。
そしてトラックの方に目を戻した香織は
実に不思議な光景を見る事となった。
トラックが回りながら
いきなり10メートル程の高さにジャンプしたのだった。
そのまま見上げて香織が目で追う前で
トラックは空中でゆっくりと移動し
公園のトイレの上に舞い降りた。
夢ではない、紛れも無い現実の光景だった。
少しの間、トラックを呆然と眺めた後
香織はハッと気付いた状態で
肝心の園児達を見た。
全員無事の様である。
そして園児達の目が
公衆トイレの上のトラックに釘付けになっている。
その列に大樹がどこからともなく現れ
歩み寄り、加わった。
香織はその光景もはっきり見たのだった。
藤井大樹に関しては
それからも何回か大友香織が不思議に思う事があった。
140
中でも紛れもなく、はっきりと不思議を見た気がしたのは
香織が園児達にお遊戯を教えていた時だった。
﹁せんせい、おしっこ﹂
と手を上げ
突然、大樹が教室を出て行こうとした。
﹁大樹ちゃん、待ちなさい﹂
と香織が言ったが
大樹はそのまま教室を出て行こうとする。
余程おしっこが漏れそうらしい。
しかし、香織は他の観点から
大樹の後を追った。
そして、廊下に出て
大樹がトイレの方向に歩いて行くのを
観ようと思った時
それは起こったのだった。
そこには誰もいなかった。
突然大樹が消えたのである。
本能的に香織は廊下の反対側を見た。
そして、そこに水平になって行く大樹の脚を見た。
141
廊下の床から1.5メートル程の高さに
うつ伏せになった状態の幼児の脚だけが
ぽっかり浮いていたのである。
それはほんの0.5秒程の時間の出来事
脚は直ぐに消えた。
香織は思わずへたり込んでしまった。
それから大樹を捜索したが
トイレの中にも、どこにも見つからなかった。
しばらくして仲間の保育士も加わって捜したが見つからない。
30分程して母親に知らせる事を決意した頃になって
突然大樹が戻ってきた。
パニックになりかけていた保育士達が幾ら訊いても
大樹は、トイレに行っていたとしか答えない。
全く釈然としない出来事だったが
幼児が真顔で答える姿に、暴力的な事もできないし
事故も起こっていないのである。
その出来事を契機に
大友香織の藤井大樹に対する疑問は
いよいよ深まる事となった。
しかし、香織がいくら注意して見ても
142
結局何一つ分からなかったし
それに具体的に何か悪い出来事が起こる訳でもなかった。
143
︵1︶
ベス・クリーヴランド
ベス・クリーヴランドは
少し疲れてきたと感じていた。
60歳を過ぎた女性が
この一週間休みもなく
朝から晩まで働き詰めなのである。
しかし彼女は
自分のこの疲れの原因が
働きすぎの為だけではないと感じていた。
ベスは元来
非常に健康でかつタフな女性だったし
少なくともこれまでは
目標に向かって動き回っている時に
疲れを感じる事はなかった。
しかし今度ばかりは状況が違う気がする。
彼女がどんなに頑張っても
限界がある気がしてしまうのである。
問題が大きすぎるし、底なしだった。
次々に起こる出来事にも恐ろしさを感じたが
それ以上に
まだ世界全体が知らない、
つまり問題とはなっていない
144
様々な火種の方が気になった。
そして最も憂慮されるのは
これらの火種が導く事になる
﹁将来﹂の事であった。
今のベスは
滝に向かう流れの速い川に居て
流れに逆らって泳いでいる様な気がする。
どんなに頑張っても
いずれ滝に落ちてしまう気がするのである。
ベス・クリーヴランドが恐れているのは
米国の没落ではなかった。
この世界全体が、人類そのものが
終末を迎える事になるのを恐れていたのである。
彼女は聡明で頭が良く
かつ人格的にも多くの人望を集める女性であった。
そして諸々の偶然な要素も重なり
彼女は米国史初めての女性大統領となったのである。
その彼女の登場は、華々しかったし
共和党支持者を含む
全米国民の殆どが彼女に期待を寄せていた。
当然彼女も自分の命を賭けるつもりで
145
誠心誠意まじめに大統領職に打ち込んでいった。
そして5ヶ月が過ぎた。
大統領の仕事は
丁寧にやればやるほど、その量が多くなり
忙しくなるのは当然な事であった。
しかし彼女が疲れを感じ
限界感を感じているのは
そんな煩雑な日常の忙しさではなく
一人の人間としての
﹁人類﹂に対する純粋な不安に原因があった。
かつてネオコンと言われる
タカ派的な合理主義を貫いた大統領もいたが
その理由が分かる気がした。
全世界のバランスを取りながら
より良い方向に導く事など
とてもできそうに無かった。
ある意味でネオコンの大統領は
正しかったのかも知れない。
結果的に彼の政策の多くは
独善的なだけで失敗を繰り返したが、
彼の様になにが何でも
自らが正義として突っ張っていくのであれば
少なくとも政策の方向性を明確にする事は容易である。
146
場合によっては軍事力を行使する事も容易である。
しかし、この軍事力と言うものは
﹁伝家の宝刀﹂の性質を持つ。
その﹁伝家の宝刀﹂の使い方を
イラクやアフガニスタンで誤った事で
ネオコン勢力は
政権だけでなく
共和党そのものへの国民の支持を失ってしまっていた。
そして政権は民主党へと変わり続いた。
その中で先年
米国で食糧危機が起こったのである。
酷い干ばつが北米全体を襲ったのである。
そして前職の大統領が
その責任を引き受けるように任期を終え
その国務長官を務めていた
民主党のベス・クリーヴランドが
再び共和党候補を破ったのである。
147
︵2︶
ベスの憂慮
ベスの勝利を決定的にした要素は
米国民の特にネオコンの勢力が根強い
カソリックと大規模農業が盛んな州で
環境に対する関心が高まったからだった。
それほどに酷い飢饉だった。
農民達はこれほど無力感を感じたことがなかった。
幸い、食料は輸入され
飢餓が発生する様な大きな混乱は避けられた。
そしてベスが大統領に就任した為
リベラル派の多くの人々は
世の中が良い方向に向かったと信じた。
しかし、ベス自身は今回の干ばつは
結果的に非常に幸運であったと思っていた。
世界各国の
他の主要な穀物生産地域が無事だったからである。
一方では有力な科学者の幾人かが
米国で発生した様な大干ばつや大水害
それに類似する大きな農業被害
数年のうちに、全世界で同時多発的に発生する可能性を
改めて指摘し始めていたのである。
148
地球環境の変化は
徐々にではあるが
極度に危険な兆候を現し始めていた。
少なくとも、地球環境は
京都議定書の様な
各国の利害を調整した取り決めに従って
変化している訳ではなかった。
地球環境は、国家間にとっては取引の材料だが
肝心な﹁地球環境そのものを相手に﹂
取引をする事はできないのである。
人類はその余りに簡単で
かつ明白な事実を忘れていた。
﹃人類は自然を、甘く見過ぎた・・・﹄
多くの知識人と同様に
ベスは最近強くそう思う様になってきた。
当たり前の事だが
生物の生命維持の基本は、水と食料である。
人類でもこの原則に変わりは無い。
人類が他と違うのは
他の生物の多くは環境が変われば生きられなくなるが
人類は衣服や住居や冷暖房で
それを解決する能力を持っている所である。
149
しかしこれ程に優れた人類であっても
未だ食料だけは
基本的に太陽の光合成で成長する
植物や植物プランクトンに
その大元を頼っている。
要するに﹁お天道様頼り﹂なのである。
その点は、昆虫もサルも人間も変わりはない。
もし気候のバランスが悪い形で崩れれば
全世界的な大規模な食糧不足が容易に発生する。
その現実的な危険性に
人類全体が本格的に気付いていないのだった。
開発途上や内乱の国での食料危機は
これまでも頻繁に起こってきた。
しかしそれは飽くまで局地的に起こるものであった。
そして多くの人々が
餓死と言う
筆舌に尽くし難い苦しみの中で死んでいった。
食糧不足が起きれば
弱いものから死が訪れる。
しかし、皮肉な事に
これらの国や民そのものが弱い存在であった。
150
逆を言えば
弱い存在であるから飢餓に襲われたのである。
口うるさい博愛主義者は怒るかも知れないが
現実として弱い人々が幾ら死のうが
世界を揺るがす様な混乱は起きないのである。
そして、心篤いボランティア達の
献身的な活動が行われている様子を
テレビや雑誌で眺める事が
﹁弱者の飢餓﹂に対する
人類の大部分が経験してきたこれまでの行動だった。
しかし、ベスが心配しているのは
人類と言う﹁種全体に及ぶ食料危機﹂だった。
そして﹁種の食料危機﹂を
少なくとも有史以降においては
人類はまだ一度も経験をしていないのである。
もし全世界の主要な穀物生産地域で
同時多発的に大規模な農業被害が発生したら
・・・ベスは震撼とする気がした。
飢餓は人間を狂わせる。
食料が無くなれば
人間は共食いも辞さなくなる。
誰が奇麗事を言おうが、これは証明済みの事実である。
151
そして、この狂乱に対しては
神や宗教も、全く無力である。
食料が無くなれば人間は狂う。
一部の科学者達が
人間を強制的に狂わせるもの
それは種の飢餓と主張していた。
その結果
各国で同時多発的で大規模な
内乱が発生する可能性が高いと言うのである。
多少でも余剰の食料を持つ者がいても
それを分かち合う事はない。
もしお金であれば分け与えるものはいる。
しかし食料は分けないと言う事である。
つまり生命の危険は
お金に優先する。
分かり切った、当たり前の事だった。
問題なのは、分け与えられない側である。
もしお金が無くても
無いものは仕方がないと諦められる。
しかし、食料の場合はそうはならない。
152
その結果、暴力を使って奪い合う事だけが
唯一の行動の方向となる。
人類を何度も滅ぼすだけの核を持つ国
つまり米国やロシア
或いはフランスやイギリスや中国で
核兵器を持った後に限れば
これまでのところは本格的な内乱が起こった事はない。
だがもし内乱が起これば
その内乱は
更に大規模な戦争を引き起こす
最大の要素となる。
そして現実にその食料危機が
何とこの米国で起こりかけたのである。
この事態は間違いなく繰り返される筈である。
先日の昼食会の席で
著名な科学者が冗談交じりで言った言葉が
ベスの脳裏に蘇った。
﹁太古の昔、植物や植物プランクトンによって
それこそ何億年も掛かって閉じ込められたCO2は
石炭や石油や天然ガスとなって
何億年もの間、安全に、静かに
地下に閉じ込められてきました。
それを、人類は僅かな期間で
153
再放出しようとしています。
人類にとって真のパンドラの箱は
この化石燃料だったのかも知れません。
その箱を我々は今大きく空け
そしてそれが飛んでもない悪魔だと気付いて
慌てて閉めようとしていますが
どうでしょう?
閉められますかな?﹂
大統領の執務用の机に座り
重なった書類に機械的にサインを続けながら
彼女はそんな事をぼんやりと考えていた。
彼女がふと気付き、目を上げると
そこにはいつの間にか一人の男が立っていた。
154
︵3︶
エイリアン
ベスの前に突然現れた男
スタッフ以外に
アポなしで大統領の執務室に
勝手に入れる人間などは存在しない。
これは明らかに異常な事態である。
しかし、彼女は冷静だった。
﹁何の御用かしら﹂
男は、二十歳位だろうか。
ポロシャツ姿のラフな格好であったが
非常に端正な顔立ちをしており
同時に哲学的な知性を感じさせていた。
人種的にはアーリア系であり
アジア系であり、しかしアフリカ系である事も想像できる
不思議な感じだった。
﹁サンダル﹂が大樹の成人した姿に
多民族を組み合わせたヴァーチャル画像である。
それはむしろ黎明期の現生人類に近い顔立ちであった。
﹁こんにちは大統領。私は宇宙から来ました。﹂
155
綺麗な英語で唐突に彼は話した。
コスモス
そして、自分が宇宙から来たと告げたのである。
ベス・クリーヴランドの心臓の鼓動がいきなり速く鳴りだした。
狂人がいきなり大統領の執務室に迷い込んだのである。
彼はいきなり自分がエイリアンだと言った。
しかし、彼女の心の中には
単純な否定だけが存在していた訳ではなかった。
まさかと言う思いと
待てよと言う思い
そしてあり得ない
と言う否定が錯綜していたのである。
その背景には
彼の姿の非常にエキセントリックな雰囲気と
彼女が大統領になる前に行った
個人的な夢想があった。
彼女は米国大統領に推された時
それが実現した時の自分の姿や立場について、
いろいろな事を考え、想像したことがあった。
その想像の中には
世界の最強国の米国の指導者には
156
世界のあらゆる存在が
面会を求めるであろう事が含まれていた。
世界中の国家の指導者、宗教指導者
巨大企業の指導者等々
ありとあらゆる存在が
米国大統領に会いたがる筈である。
もしかしたら、エイリアンだって。
いつか、この様な場面があるかも知れない
つまりエイリアンと会える機会があるかも知れないと
彼女は密かに想像し
ある意味期待していたのである。
何せ米国大統領の立場である。
エイリアンが一番最初に会いたがる人間の筈である。
荒唐無稽な子供っぽい想像である事は分かっていたが、
それでも地球外生物は存在すると信じていた彼女にとって
心の中で密かに行う
この想像を禁ずる事はできなかった。
自分がエイリアンだと言うこの男の登場の仕方も
彼女の夢想に合致していた。
もしエイリアンが米国大統領に接触するとすれば
多分、非常に正式かつ大々的に接触を求めるか
それとも、むしろある日突然に
全く非公式に、あり得ない様な形で
157
目の前にひょっこり現れるのではないか
と思っていたのである。
この男の登場はまさに後者だった。
非常に厳重なセキュリティが施された大統領執務室に
何の前触れも、混乱もなく、突然に現れたのである。
少なくとも常人に可能な行動ではない。
しかし、ここまでだった。彼女は突然に我に返った。
重責を担う米国大統領は
テロリストの攻撃から身をかわす重大な責務がある。
甘い個人的な夢想によって
国家に重大な損失を与える訳にはいかないのである。
彼女は迷い無く、訓練に従って
デスクの下の隠しスイッチを手で探り
それを押した。
これで直ぐに
セキュリティサービス隊が駆けつける筈である。
後はこの男が危険な行動に出ない様に
できるだけ落ち着いて行動し
彼を刺激しないことである。
彼女は
158
この男がエイリアンであると言う
訳の分からない可能性を完璧に消し去り
徹底して常識的な行動を取ろうとした。
それが大統領としての義務である。
男は自分がエイリアンと告げたまま
彼女の様子を静かに黙ったまま観ていた。
彼女も、緊急スイッチを密かに押し
セキュリティサービスへの通知が済んだので安心し
思い切り慈悲深そうな落ち着いた表情で
彼を見つめ返した。
誰もが好印象を抱くベスの得意な表情だった。
そして何か話さなければと話題を考えていると
男の方から切り出した。
エマージャンシー
﹁もうしわけありませんが
その緊急スイッチは役に立ちません。﹂
ベス・クリーヴランドは
それを聴いて目を微かに動かした。
しかし、動揺を隠す事には成功した。
﹁それより、後15秒程で
貴女の補佐官がこの部屋を訪ねてきます。
しかし、彼には私の姿が見えない筈です。
159
私の身体の表面は
特殊なステルススクリーン処理がしてある為
貴女以外からは
完全に透明に見えるのです。﹂
ベス・クリーヴランドは
男が言った事に強い興味を感じた。
私以外にはこの男の姿が見えないですって?
そんな事はとても信じられない。
男は続けた。
﹁おねがいですから
私に少しお話する時間をください。
そしてそれは貴女が
米国大統領に就任されてから
最も大切な義務であるとお考えください。
くれぐれもこれから来る補佐官と
この場を退出する様な
馬鹿な真似はなさらない様におねがいします。﹂
男の言葉が終わった瞬間に
ドアにノックの音がした。
ベス・クリーヴランドは
この日常的に聴き慣れた音響に
強い安心感とそして期待感を持ち
はっきりと答えた。
160
﹁どうぞ。お入りください。﹂
大統領補佐官のヤコブソンは
いつもの通りの闊達な足取りで入ってきた。
ユダヤ系のこの補佐官は
非常に頭が切れるだけでなく
人格的にも配慮の行き届く人間だった。
その彼は、大統領が意味ありげに
自分を見つめ続けているのに気が付き
突然に足を止めた。
そして少し恐れた様子で大統領に尋ねた。
その質問の内容は
ベス・クリーヴランドをがっかりさせるものだった。
彼女は、突然ヤコブソンが足を止めた事で
彼がこのエイリアン男の存在に
気付いたと期待したのである。
﹁大統領、なにか?・・﹂
ヤコブソンに
目の前に居るこの男が見えていないのは明らかだった。
その瞬間、ベス・クリーヴランドは
この場を逃げ出したくなった。
161
一度この場を離れ
誰かに相談したかった。
しかし、どの様にすれば良いのか。
このヤコブソンにさえ見えていないこの男の事を
誰が本気にするだろうか。
一方で、自分をクールに見つめ続けるこの男の前で
ヤコブソンに
この男が見えていない事を
確かめる程の勇気も沸かなかった。
162
︵4︶
本当にエイリアン?
ヤコブソンはとうとうこの男の存在に気付かなかった。
ベス・クリーヴランドは諦めて答えた。
﹁いえ、何でもないわ。御用は何。﹂
ヤコブソンの方も彼女の態度に
全く納得がいかなかったが
彼女の性格を考え
理由を追求する事を諦め
明日のスケジュールの一部について
大統領に確認を求めた。
ヤコブソンは用件が済むと
直ぐに退出に移った。
そしてベス・クリーヴランドは
とうとう彼と一緒にこの場から逃げ出す事ができなかった。
本当は、走って逃げ出したかった。
しかし、ベス・クリーヴランドは唯一のとんでもない可能性を
どうしても否定できなくなったのである。
この男の存在が本物かも知れない可能性を。
﹁ご配慮ありがとう御座います。﹂
163
ヤコブソンが退出した後
1秒ほど間を置いて男は丁寧に礼を述べた。
そして早速用件を述べ始めた。
****
﹁来年の9月12日ですって?﹂
来年も催されるだろう9・11の
テロを回想する式典の翌日だった。
このエイリアンが言うには
オーストラリアから北東500km程離れた海上に
直径が900メートル程の隕石
いや正確に表現すれば鉄の比率が60%程の
隕鉄が落下すると言うのである。
そして問題は、その隕鉄の落下スピードが
秒速400kmもあると言う事らしかった。
﹁もしそれが本当に起こったら
どの位の被害が出るのですか。﹂
彼女は静かに尋ねた。
彼女の頭の中は、片方が麻痺し
片方が目まぐるしく回転している状態にあった。
そして彼女はこの男の言う事を聞き続けるしか
方法を見出せなかった。
164
﹁この隕鉄の落下により
巨大な爆発が起こります。
その爆発は、隕鉄の回転の状況にもよりますが
恐らくあなたの国で保有している
最も大きい水素爆弾の千個分以上に匹敵する筈です。﹂
このエイリアンが言うには
その爆発によって巨大な津波が発生するとの事だった。
津波は、音速に近いスピードで四方に広がり
オーストラリアの東岸には
高さ100メートルを越える津波が襲う可能性があるとの事だった。
もちろんオーストラリアだけでなく
米国の西岸も南米の西岸も
日本も中国もフィリピンもロシアも
その他の東南アジアも壊滅的な津波被害に襲われる。
更に津波は迂回しながら
全世界を襲うと言うのである。
﹁それが本当だとしたら
どうしたら良いと言うの?﹂
ベスは、殆ど無力な様子で
まるで家庭の主婦の様に聞き返した。
﹁この隕鉄落下の被害は
津波だけには留まりません。
さまざまな影響を地球に与えますが
特に地球の気候に与える影響は大きくなります。
165
津波の塩水被害に加え
気候変動による農業への打撃は深刻となるでしょう。
しかし、これで人類が滅ぶ事はありません。
充分に備えれば
人的な被害も
かなり減らす事ができる筈です。﹂
エイリアンは事も無げに言った。
まるでそんな事は大した問題ではない
と言った様子である。
ベスはエイリアンのその態度に
多少怒りを覚えながら更に尋ねた。
166
︵5︶
10年後に
このエイリアンは
地球人がたくさん死ぬことになるかも知れない
大災害を大した事でないかのように言った。
さすが
流石にベスは少しムッとして答えた。
﹁分かりました。
それで、つまり
一体どうしたら良いと言うの。
エイリアンさん
あら失礼・・あなたのお名前を伺ってなかったわ。
私のことはベスと呼んで頂戴。﹂
﹁わたくしの事はダイとでも呼んでください。﹂
エイリアンは
意外にも有り触れた米国人のニックネームを名乗った後
今度は
今までで初めて表情を曇らせた様子で言った。
﹁本当の問題は来年ではありません。
167
この隕鉄はほんの手始めなのです。﹂
ベス・クリーヴランドの目が少し大きく見開かれた。
ダイはそのまま話続けた。
﹁来年落下する隕鉄が属している
隕石群の本隊が来ます。
その数は、数十万個に達します。
その中には、来年落ちる隕鉄より
数千倍も大きなものが含まれています。
そして残念ながら
少なくともそのうちの数百個が地球と衝突します。﹂
﹁それはいつ?﹂
ベスは呆然とした気持ちになりながら
畳み掛けるように質問した。
﹁10年後の8月9日に始まります。﹂
どうしてそんな事が分かるのか
と言う質問に対し
エイリアンは、ベスにメモを取る様に求めた。
168
それは人類の天文学で使用される
座標であると言う事だった。
﹁この天文座標の位置には
ブラックホールが確認される筈です。
そしてそのブラックホールは
かつて太陽の数十倍の規模の恒星でした。
その星で今から15万年前に
超新星爆発が起こったのです。
この事は、あなた方の天文学者に
確認させれば分かる筈の内容です。
地球を襲う隕石群は
その超新星爆発で生じたものです。﹂
ベス・クリーヴランドは
完全に暗然とした気持ちになっていた。
その男の話しが
余りに本当に思えそうなストーリー構成で
組み立てられていたからである。
そしてもし本当であれば
10年後に地球が破滅すると言う話なのである。
169
︵6︶
反重力
10年後に数百個の巨大隕石が
地球に衝突すると言う
とんでもない話を聞いて
強い恐怖感を覚えながらも
ベス・クリーヴランドは
とてもそれを本気にできなかった。
﹁貴方の言う事が本当だとしたら
一体どうすれば良いと言うの?
それとも貴方は
宇宙から人類の終わりを
連絡しにきてくれただけなの?﹂
ベスの相手を詰る様な話し方に対して
ダイは淡々とした様子で答えた。
その姿勢にベスは
なぜか心強さを感じ始めていた。
﹁残念ながら
10年後に人類が滅亡する可能性は
170
非常に高い状況にあります。
少なくともこのまま放置すれば
確実に人類は消滅するでしょう。
しかし、微かにでも可能性は存在しています。﹂
﹁どうすれば良いの?
核ミサイルで打ち落とせば良いとでも言うの?﹂
﹁あなたがたの核ミサイルで打ち落とす事は
少なくともこの10年間の努力では不可能でしょう。
隕石群は、あなた方の核ミサイルの
数十倍の速度で到達します。
しかも数百個の数です。
たとえ幾つかに命中させる事ができても
残念ながら状況に変化は
殆んど生じない筈です。﹂
ベスはマイゴッドと小さく呟きながら聞き返した。
171
﹁私達の核ミサイルでだめなのなら
あなたの核ミサイルを
提供してくれるとでも言うの?﹂
﹁いいえ、その方法ではだめです。
重力を制御する
反重力の力を応用するしか方法はありません。﹂
ベスは、反重力の意味は何となく理解できたが
具体的には何の想像も働かなかった。
﹁隕石群は地球の自転軸に対して
ほぼ垂直の角度で到来します。
これを防ぐ為に巨大な反重力装置を作ります。﹂
﹁具体的には何をすれば良いの?﹂
ベス・クリーヴランドは半分自棄な言葉使いで尋ねた。
自分は
なんと馬鹿馬鹿しい会話をしているのか
と感じ始めたからである。
172
﹃反重力ですって・・﹄
﹁具体的には
北極と南極を貫通するトンネルを掘ります。﹂
ベスはどうでも良いと言った表情で、手を横に振った。
﹁もうこんな会話は止めましょう。
そんな訳の分からない話は聴きたくありません。
北極と南極の間にトンネルを掘るですって?
モグラの穴じゃあるまいし。
地球を貫通する穴を掘るなんて
馬鹿馬鹿しい話はもう聴きたくありません。
さあ、お引取下さい。
エイリアンか何か知りませんが
もっとましな話をして下さいな。﹂
男はそれを聞くと
悲しそうな顔をした。
そして静かに諭す様に言った。
173
﹁大統領、この話を私がした
最初の人間は貴女です。
そして私はこれから
各国の首脳や宗教指導者
影響力を持つ科学者
マスコミ関係者、財界の要人、
その他、最初に説得しなければならない
多くの方々にこの話をして回ります。
でも大統領
もし貴女がここでこの話を聞き入れないのであれば
他の多くの方も聞き入れる事はないでしょう。
だから貴女がどうするかが一番大切なのです。
もし貴女が私を否定するなら
近い将来人類は確実に滅ぶと言う事を
良く理解して欲しいのです。
174
なぜなら来年の災害が発生してから動き出す事は
できないからです。
その理由は
来年の災害そのものからの復旧に
人類は専念しなければならなくなるから
10年後の隕石群の事などは
単なるデマとして掻き消えてしまうでしょう。
その意味で来年の隕石の落下に事前に備え
それを確実に予測した実績の基に
それからどうするかと言う事を
人類全体が認識しなければならないのです。
それでない限り、人類は確実に滅亡します。
大統領閣下。﹂
ダイは、一気に喋り、少し間を置いて言った。
﹁人類全体に現実を知らせると言う意味で
175
来年の隕石落下は
人類にとってむしろこの上のない幸運なのです。﹂
ベス・クリーヴランドは小さく唸って黙り込んだ。
176
︵7︶
地球統一政府
大体今の状況自体も
夢の中の様に思えてならない。
ベスはエイリアンに気付かれない様に
自分の少し弛んだ脂肪質の太腿を
さりげなく強く抓んでみた。
残念ながら酷く痛かった。
﹁誰か私以外の人間も
この話しを一緒に聞かせて戴いて良いかしら。
その方が良いわ。
だって一人よりも三人、四人の方が
信憑性が高くなるわ。
お願いだから
補佐官のヤコブソンを呼ばせて下さい。﹂
ベス・クリーヴランドは
本当にどうして良いか分からなかった。
そしてその状態に苦しんでいた。
少しでも楽になる一番良い方法は
誰かとこれを共有する事しかない。
しかし、ダイの答えはノーだった。
﹁いずれ必ずそうなります。
しかし、今は良い時期ではありません。
大統領の孤独なお立場に同情は致しますが
177
世界中の最高責任者たちが
この状況への理解を共有した時
初めて次の行動が可能になるのです。
もし最高責任者以外の人間に
私が接触すれば
その人間は大統領である貴女ではなく
私に注目する様になります。
そしてこの情報が、貴女ではなく
彼の立場から流れ出れば、情報に混乱が生じ
欲望や思惑が絡み始めます。﹂
ベスは、他の人間を同席させない理由を
述べたダイのその説明のどこかに
ごまかしがないかを探していた。
ダイはそのベスの疑惑を込めた眼差しを無視しながら
静かに間を置き言った。
﹁この危機を乗り切る唯一絶対必要な事に
地球全体を統一した行政政府
を創る事が欠かせないからです。﹂
﹃地球統一政府ですって!﹄
その言葉は、ベスの思考を一瞬停止させ
その後目まぐるしく回転させ始めた。
それは天啓に似た衝撃的な言葉だった。
178
合衆国大統領と言う
この全世界の運命を握る要職に自分がついて以来
徐々に徐々に大きくなっていた
全世界の将来に対する不安
まじめに仕事をすればする程
行き詰まりを感ずる疲れ
地球統一政府と言う言葉は
この悩みに対する天啓に感じたのである。
もちろん地球統一政府については
以前にも考えたことはあった。
しかし実現する可能性を
見出すことはできなかった。
強制力のない国連でさえ
上手くまとまらないのである。
だが今回は違う気がする。
確かに全世界的な災害を予測し
そして人類が滅亡すると言う危機が
現実として信じられれば
人類が一つにまとまる可能性はあり得る。
ベス・クリーヴランドに深い沈黙が訪れた。
その様子には彼女本来の
厳粛な雰囲気が戻り始めていた。
一分程の沈黙の後
179
ベスは観念した様に言った。
﹁その、何か
私を本気にさせてくれる
証拠の様なものを見せてくれないかしら。
私は米国の大統領です。
米国民に責任があります。
一方で貴方の話は
余りに荒唐無稽に思えるし
でも人類が滅ぶなんて
そんな脅迫みたいな事を言われて
黙ったままで居る訳にもいかないし。﹂
﹁分かりました。
それでは反重力がどんなものかをお見せしましょう。
まずお立ち下さい。
それからお手を取らせて戴いてよろしいですか?﹂
180
ダイの答えはベスの予想を裏切るものだった。
ベスは何か資料の様なものを期待したのだった。
181
︵8︶
ホワイトハウスツアー
ダイと言うこの男は
大統領職にあるベスに手を出せという。
反重力を見せてくれると言うのだ。
大統領職にあると言っても
ベス自身は孤独な一個人である。
国家を動かすにしても
法律や具体的な情報によって動かさなければならない。
大統領であれば何でも可能な訳ではない。
ベス・クリーヴランドは酷く躊躇した。
そんな事より何か具体的な
資料の様なものを要求し直そうかとも思った。
がしかし
結局興味が打ち勝ち立ち上がると
その男に手を差し伸べた。
男は優しくその手を取った。
男の手は温もりのある人間の手の感触だった。
この手のぬくもりは
大樹の実際の手の感触をサンプリングし
機械的に生み出されたものだったが
ベスはそれには気付かなかった。
182
それから彼は
ベスに寄り添った。
ベスは不思議と恐怖心を感じない自分に驚いていた。
﹁今、貴女の身体を
私と一緒にステルスシールドをしました。
もう誰も貴女を見る事はできません。
喋っても誰も聞けません。
そして、これから身体を浮かせます。
ホワイトハウスの周遊旅行にでかけましょう。﹂
ベス・クリーヴランドはどぎまぎした。
そしてこれは完全な違法行為に当たると思った。
見も知らぬエイリアンと共に
ホワイトハウスの中を勝手にうろつき回るのである。
しかし、一方では幼児の時以来忘れていた様な
強くわくわくする期待感も感じていた。
そしてそれはベスの期待を上回るものだった。
まずベスの身体が1メートル程ふわっと浮き
183
そして水平になった。
彼女はうわぁおうと叫んだが
不思議に身体が動いた感じはなく
目の前が水平になっただけで
身体の方はまだ立ったままの状態に感じた。
まるでテレビの画面が動くのを見ている様な
不思議な感覚である。
﹁反重力で制御されていますから
我々は慣性の法則から解放されているのです。
もちろん地球の引力を直接感じる事もありません。﹂
ベスが不思議に感じていた事が分かるかの様に
ダイが解説を加えた。
﹁このドアが良い。
近くに人が居ません。﹂
そのドアは廊下側に出るドアで
普段は余り使われないドアだった。
大統領執務室のドアの多くは
執務室前にある大きなホールに面しており
そこには常に誰かが待機していた。
184
ドアがすっと開き
ベスの身体は廊下に流れ出る様に
空中を滑っていった。
ベスは床から4メートル程ある
天井の近くを飛んで移動していた。
実に不思議な感覚だった。
補佐官のヤコブソンと
渉外担当官のジェフが話しながら下を歩いている。
ベス達はその上をゆっくり追い抜いていった。
﹁大統領はこれをご存知なのですか。﹂
ジェフがヤコブソンに訊ねている。
﹁いやまだだ。
まず確認してからでないとまずい。
誤報は彼女を失望させる。
昨日の失敗を繰り返す事はできないよ、ジェフ。
さっき会った時も
彼女の様子が何か変だった。﹂
ヤコブソンは先程ダイと話していたベスの反応を観て
185
自分の失敗を非難されたと勘違いしているらしかった。
彼女は後で彼を慰めなければと密かに考えた。
それからいたずらに大きな咳払いをしてみたが
案の定二人に全く気付く様子はなかった。
ベス・クリーヴランドは不謹慎とは思ったが
いよいよわくわくする様な興奮に捉えられていった。
186
︵9︶
地球をぶち抜く
ダイはそのまま飛行のスピードを上げた。
時速20キロ位だろうか
かなりのスピードで廊下を通り抜けていく。
そのスピードで移動を始めると
下で歩く人々が何かに気付き始める様子だった。
恐らく風の音がするのだろう。
一様に顔を上げ天井を見る。
しかし、そこに何も変化がない事を見て取ると
直ぐに視線を前に戻した。
ベスは本当に久しぶりに楽しいと感じていた。
ダイはベスを連れたまま
そのままホワイトハウスの外に飛び出て行った。
ベスは、このままどこかに誘拐されるかも知れない
と言う微かな不安を感じたが
何も言わなかった。
それよりも、外に出てからの飛行の速度は驚くべきものだった。
ダイは、一気にスピードを加速させ
垂直に空を目指した。
187
しかし、身体に一切の変化がない。
ベスは一度軍のジェット戦闘機に乗せて貰った事があるが
その時ジェット戦闘機と言う乗り物は
その轟音とともに
慣性の法則との戦いだと言う事を悟ったのだった。
上昇する時も降下する時も
特に旋回する時などは、
身体が強い力で押さえつけられた。
ダイとの飛行している速度は
恐らくそれよりも遥かに速いスピードの筈である。
僅か5,6秒程で空の雲を突き抜けた。
しかし、身体に一切の負担がかからない。
周りで風を切る滑らかな音がするだけである。
更に、ダイは突然飛行を停止させた。
それは本当にいきなりの停止だった。
急ブレーキなどと言うものではない
数千キロのスピードから、いきなり停止したのである。
しかし、ベスとダイは何の抵抗も感じる事はなかった。
まるでテレビの画面の様に
ある意味で余所余所しく
外の風景が突然停止しただけだった。
188
止まった瞬間、前面の圧縮された大気が
ボッと言う音とともに前に押し出されて行った。
﹁貴女はこんな技術が
軍事兵器に利用される事を望みますか。﹂
ダイはベスの答えを求める事なく、続けた。
地上数千メートルの空中で静止したまま
エイリアンの話を聞く事は
とてつもなく非現実的にも思えたが
雲が流れていく周りの情景は
余りにリアルに美しく静かだった。
189
︵10︶
ダイの思い
ベス・クリーヴランドは
今、雲の上に浮いていた。
その地上数千メートルの空中に
二人で浮遊しながらの情景が
ダイの話に強い現実感を与えていた。
﹁巨大な反重力装置を造る為には
膨大な準備が必要になります。
まず最初に貴女方の
素材へのイノベーションが欠かせません。
しかし、そのイノベーションは
軍事技術と常に隣り合わせになります。
ご想像下さい。
もし貴女の軍隊の戦車の装甲が
5∼6ミリ程の厚さで良いとしたらどうですか。
そして1万度の熱で焼いても溶けない。
そんな金属が必要になるのです。
190
しかもその金属は特別なものではなく
鉄を変化させたものになります。﹂
ベス・クリーヴランドは黙って聴いていた。
それからダイが10分程で語った。
その内容は驚くべきものだった。
ダイが超鉄鋼と呼ぶその特殊な鉄を造る為には
無重力空間が必要になり
同時に大量の原料と
莫大なエネルギーが必要になるが
その無重力と大量の原料と
エネルギーが得られる場所
それは
地球の中心にある
と言うのである。
成る程地球の中心は
無重力状態であろう。
しかし、幾らなんでも
地球の中心などと言うのは非現実的である。
その地球の中心は
超鉄鋼の生産工場としても使い
反重力装置の構造としても使う
191
と言うのである。
だから反重力装置を造る為には
北極から南極を貫く、直径50m程のトンネル
これを造る必要があると言う事だった。
このトンネルは
莫大な量の素粒子がぐるぐる回る
管になるという。
余りに非現実的な話である。
しかし、ダイは大真面目だった。
192
︵11︶
生き残るためには
﹁まず、地球の中心に達する事が必要になります。﹂
ダイは飽くまで大真面目で話した。
エキセントリッックな雰囲気の顔の後ろに
真っ白な雲が流れている。
ベスは本気になり始める自分を感じていた。
最初の関門を突破する為には
まずレベルの低い超鉄鋼を
南極と北極の氷上で生産する必要がある。
レベルが低いと言っても
地球上に存在する物質が
遠く及ばぬ強度を持つ。
その準備が
来年の大災害の直後から必要だと言う事だった。
特に北極では
氷を貫通させた後は海の中に垂直にトンネルを掘る事になり
直径200m程の規模が必要だと言うのである。
そしてその為の詳しい実施プログラムは
全世界の必要な人間への説得が済んだ後に
193
ベスに知らせると言う。
ダイはこれからその計画を
全世界のできるだけ多くの指導者達に伝える
とベスに言った。
それから一度皆に集って貰う。
プレゼンテーションを行うから
協力して欲しいと言うのである。
﹁ところで来年の隕鉄の落下を
あなたの力で止める事はできないの?﹂
ベス・クリーヴランドが
来年の災害を防ぐ最も簡単な方法について尋ねたのに対し
ダイは苦しそうに答えた。
﹁直径が数メートルのものであれば
私の力でも、或いは可能性があります。
しかし、その数百万倍もの質量に対しては殆ど無力です。
残念ながら私は、たった一人なのです。
私は5万年以上の時間をかけて
200光年に近い距離を経てこの地球に送られてきた
194
全く単独の存在なのです。﹂
実際には、到着から更に5万年の月日があったが
ダイはそれには触れなかった。
しかし、ベス・クリーヴランドは
そう答えたエイリアンの存在に
改めて強い衝撃とそして感動を覚えた。
5万年もの間、宇宙空間を旅してきたとは
・・ベスの感動を他所にダイは更に苦しそうな表情で続けた。
﹁正確には、もし1年前に私が存在していたら、
或いは最初の隕鉄を除く事が可能であったかも知れません。
地球から充分に遠い位置で
少しずつ小刻みに力を加え
地球に衝突する軌道からずらすのです。
しかし、私が地球で覚醒したのは
つい1週間前でした。
理由は分かりません。
そして、今から向かってくる隕鉄を動かしても
充分に軌道をずらせる場所まで行く事は不可能です。
それに、隕石群の本体への対処が
完全に手薄になってしまいます。
私自身も非常に苦しく思っていますが
或いはこれは予め仕組まれた運命なのかも知れません。
195
来年の隕鉄落下は避けられません。﹂
3日後、ヤコブソンがベスに報告を持って上がった。
その表情には
ベスに対する明らかな畏敬の念が籠もっていた。
196
︵12︶
天文学者たちの反応
﹁大統領がお示しになられた天文座標の
寸分違わない位置に
確かにブラックホールが存在している事が発見されました。
天文学的には驚くべき程近い位置にあり
非常に価値のある発見だそうです。
それから超新星爆発の残骸である
と言う大統領のご見解も正しいと言う事です。﹂
ヤコブソンはそこまで言った後に
ようやく本題に入るつもりのようだった。
﹁しかしそれよりも
どうして大統領が
そんな事を知る事となったか
の方に話題が集中しています。
何せ、ある意味で天文学者達の
面子が丸潰れですからねえ。
このブラックホールは
197
色々複雑な条件が重なって
これまで発見されてこなかった様です。
天文学者達は盛んに言い訳している様でした。
と言う訳で、よろしければ
この情報を誰から入手されたか
教えて戴けませんでしょうか。﹂
ベスは暫く考えてから答えた。
その顔には、遠くを見る様な表情が現れていた。
﹁もしこれから私の言う事を
真面目に聴いてくれる
と約束するなら教えてあげるわ。
それから絶対に秘密にする事。﹂
ヤコブソンは大真面目な表情で反論した。
﹁今まで、私が大統領のお話を
真面目に聴かなかった事があったでしょうか?
それに秘密は当たり前な事です。﹂
ベスはヤコブソンのその大真面目な表情を見ているうちに
彼を少しからかってみたくなった。
﹁実は、夢でお告げがあったの・・・﹂
ヤコブソンは、そんなと言いかけたまま
大統領の地位にある女性を不満そうな表情で睨んだ。
198
﹁それは冗談よ。
でもその冗談の方が遥かに現実的だと思うわ。
私自身この天文学者達の報告が
嘘であって欲しいと考えていたのよ。﹂
徐々に本当の事を言う決心を固めながら
ベスは自分に飽くまで忠誠で
真面目な補佐官に優しく語りかけた。
﹁大統領閣下、仰っている意味が
私には良く分からないのですが。﹂
ヤコブソンは煙に巻かれた様な
訝しい表情を崩さなかった。
199
︵13︶
緑色のハンカチーフ
ヤコブソンの質問をはぐらかしていたベス・クリーヴランドが
ようやく真面目な表情をして答えた。
﹁実は、エイリアンに教えて貰ったのよ。﹂
ヤコブソンの抗議を無視して
彼女は続けた。
﹁それに、こんなブラックホールのお話なんか
どうでも良いのよ。
問題は、その超新星爆発と言うやつよ。﹂
ヤコブソンは、頭を複雑に回転させる表情をした。
ベスが言ったエイリアンの方は全く無視できたが
超新星爆発と言う言葉に非常に強い興味を覚えたのだった。
﹁爆発で生まれた隕石、いや正確には隕鉄と言っていたわ。
それが来年9月12日に
オーストラリアの北500kmの場所に落下するらしいの。
信じられる?﹂
今度はヤコブソンの顔が驚きの表情に変わっていった。
200
ベスがいきなりこの話をしたのであれば
或いは違った反応があったのかも知れない。
しかし、彼は天文学者達に散々追及された後だった。
専門の人間は、やはり専門の人間であり
特に天文学者達の分野に
通常の人間が入り込む事は不可能である。
その専門家が愕然とする情報を大統領が何気なく入手し
それを確かめさせたのである。
ヤコブソンは
ベス・クリーヴランドと
20年以上の間仕事をしてきた仲だった。
彼女のこの優しい雰囲気は
彼女が大真面目である事を示していた。
そんな事を考えているうちに
ヤコブソンは問題の核心に漸く気付いた。
﹁つまり、大災害が発生すると言うことですか、大統領。﹂
ベス・クリーヴランドは飽くまで優しげに続けた。
﹁そうよ。水爆千個分の爆発らしいわ。
でもねヤコブソン
問題は来年じゃないのよ。﹂
201
それからベスはダイが語った内容を
ほぼ正確にヤコブソンに伝えた。
そしてヤコブソンは
情報の出所がエイリアンと言う事以外は
実にまじめに理解しようと努力していた様だった。
﹁こんなSFのストーリーは
どうかしらって言いたいんだけど
天文学者に邪魔されちゃったわ。﹂
そこに来て、ヤコブソンは
愕然とする気持ちを感じていた。
要するにベスが語ったのは
地球終末のストーリーなのである。
そしてその基本的な確認を
天文学者達に行ったのが、ヤコブソン自身であり
その確認した内容がブラックホールの発見と言う事だった。
どう考えても
単純にSFストーリーとして
笑い過ごせる内容ではなかった。
﹁それでその、閣下は
そのダイとか言うエイリアンと一緒に
空を飛んだのですね。﹂
ヤコブソンはベスの話の中で
202
最もどうでも良い部分をまず確かめに入った。
﹁そうよ。多分信じられないとは思うけど。
でも、記念にホワイトハウスで一番高い避雷針に
私のハンカチを結んでおいたわ。
ダイは冗談の分かる人で
私がそうしたいと言ったら気軽に応じてくれたのよ。﹂
15分後、ヤコブソンは
呆然とした表情で双眼鏡を覗いていた。
ホワイトハウスの一番高い避雷針には
確かにハンカチらしきものが巻きついていた。
しかもそれはヤコブソンの見覚えのある
ベスが好む薄いグリーン系の柄のハンカチだった。
避雷針に丁寧に巻きつけられたハンカチは
晴れた直射日光に照らされていた。
それはこの訳の分からぬエイリアン話に対する
ヤコブソンの疑念をより強く刺激していたが
ハンカチがそこにある事だけは事実であった為
ヤコブソンはただ呆然とするしか方法がなかったのである。
これ以上は何も確認できないし
何の新しい行動を取る事もできなかった。
203
この件に関して米国政府は
次にエイリアンのダイが接触を求めるまで
ただ手をこまねいて待つしかないだろう。
そしてヤコブソンが知り得た事実は
ベスの言う通りにブラックホールが発見された事と
双眼鏡の画面に見える避雷針に巻きついた
あの緑のハンカチだけだった。
204
︵1︶
総理
日本政府に米国大統領からメッセージが届いたのは、
ヤコブソンがベスのハンカチを
ホワイトハウスの屋根にある避雷針に確認した翌日であった。
メッセージの送り主は、ベス・クリーヴランド
つまりアメリカ合衆国大統領であり、
そのあて先は、日本の内閣総理大臣の相本一郎である。
しかし、その内容は実に不可解なものだった。
にもかかわらず首相の相本は
ベス・クリーヴランドが
自分に送ってくれたそのメッセージを見て
何故か嬉しいと思った。
なぜならそのメッセージが
形式に捉われないタイプのものであったからである。
どう見てもこれは友人に送るタイプのメッセージである。
相本の今回の訪米について
マスコミの評判も悪くなく
まずまず成功だったと言う事になっていた。
日本の首相に就任して
まず最初の重要外交事項である
米国との関係確認を成功させたのである。
205
それは今からわずか2週間程前の話だった。
日本の余剰米50万トンを
無償で供与すると言うお土産は
食糧危機を心配しなければならない米国にとっては
非常に効果があった様だった。
﹃私の友人のダイが
もう直ぐあなたを訪ねると思います。
少し驚くかも知れませんが
よろしければ、私の話と同じ様に
彼の話を聴いてあげて下さい。
ベスより親愛なるイチローへ﹄
メッセージはそれだけである。
相本は直ぐに内容を具体的に確かめたくなったが
しばらくして思い直した。
米国人はウィットを理解する人間を好む筈である。
ここで無粋に
﹃ダイとは誰か教えてくれ﹄などと聞き返して
わざわざ日本流にしたら台無しである。
206
相本は官房長官の白木を呼んで
ベス・クリーヴランドに返事を返させた。
﹃私の親愛申し上げるベスのご友人でおられるダイは
また私の親愛できる方と確信申し上げております。
彼のご要望を
真摯に受け止めさせて戴く事を
お約束申し上げます。ICHIRO﹄
自分が有名なスポーツ選手と同名である為か
最初の訪米の時から
ベスは相本と親しく会話を交わしてくれた。
相本はそれ程流暢に英語を喋らない。
にもかかわらずベスは
通訳を最小限にしか使わず
相本と直接会話をしてくれた。
しかし、相本は
その夜のうちにダイと会う事になるとは予想していなかった。
207
︵2︶
官邸にて深夜
深夜の1時過ぎである。
首相官邸の寝室でパジャマに着替え
寝床に入ろうとしてドアを閉めたら
そこに青年が立っていたのである。
相本は瞬間的に殺られると思った。
暗殺者が潜んでいたと思った。
昼間のベスのメッセージことなどは思い出さない。
何せ無防備なパジャマ姿で、一人だった。
相本は氷り付いた。
下手に騒げばこの場で殺される。
﹁相本首相
ベス・クリーヴランドから
メッセージは届きましたか?
私はダイと申す者です。
大変驚かせて済みません。
どうしても緊急に
208
貴方と二人で
お話しなければならない事があって。﹂
ベス・クリーヴランドと聴いて相本は
微かに昼間のメッセージを思い出し
多少安心したが
逆に腹も立ってきた。
﹁君、何もこんな場所と時間でなくとも良いだろうが。
悪いが人を呼ばせて貰う。﹂
構わず出て行こうとする相本に対し
ダイ、つまり大樹は訴えた。
大樹は、母親が就寝した後に
ダミーの自分の映像を置いて
寝床を抜け出して来ていた。
米国と違い、日本国内では時差を利用する事はできない。
﹁貴方はベス・クリーヴランドに
私の話を聴くと約束した筈です。
私は夜のこの時間しか動けないのです。
私はエイリアン、つまり宇宙人なのです。﹂
ベスに約束した事を咎められて
一瞬足を止めた相本を
宇宙人と言う言葉が追いかける事となった。
209
﹃宇宙人だとぉ・・﹄
相本はやはり話を聴く気にはなれないと思ったが
ダイは続けた。
﹁ベス・クリーヴランドも貴方と最初は同じでした。
しかし、来年の9月12日に大災害が起こる事を聴いて
態度を保留したのです。
このまま行けば、日本でも大変多くの方が死ぬ事になります。﹂
もう相本は、この青年と掛け合うつもりは無かった。
訳の分からぬ不法侵入者と
一国の総理大臣が話し合う事などもっての他である。
出て行こうとする相本を
ダイの寂しそうな声が追いかけた。
﹁貴方は日本の総理大臣として
私の話を聴く義務があるし
それを米国の大統領に約束したのです。
考え直して下さい。
それに残念ですが、私を捕まえる事はできません。
私を見て下さい。﹂
相本が開けたドアを閉める為に振り返ると
目の前でその男の姿が消え始めた。
210
相本は、呆然とその姿に見入った。
人間が消えるのは
映画やマジックでは見た事があるが
目の前では初めてである。
ダイが消えた場所を呆然として眺める相本の耳元で男の声がした。
﹃またお会いする事があるかも知れませんが
この次はベスとの約束を守って下さい。・・﹄
声がした後、その気配が消えた。
相本は直ぐに守衛を呼び、狂った様に辺りを捜索させた。
211
︵3︶
深夜の活動
日本の首相官邸から飛び去りながら
大樹は、今夜は失敗だなと思った。
さすがに総理大臣の寝込みを襲ったのは良くなかった様だ。
ベス・クリーヴランドに会った時
各国の首脳に送る様にお願いしたメッセージも
日本の首相には余り効果がなかったらしい。
しかし相本にはもう一度会う必要がある。
大樹が活動を始めて、今日で5日目だった。
そして大樹の活動時間は深夜の時間帯に限られていた。
昼間の時間は
一応は幼稚園児になっておく必要を感じたからである。
もちろんいろいろ方策を考えた。
いきなり失踪して、全く別人となる事も簡単である。
今の大樹に不可能な事はなかった。
しかし大樹は今までの生活を消し去る事ができなかった。
理由は母の頼江だった。
母が今の大樹を理解できるとは到底思えなかった。
212
一方で、大樹にとって最も大切なもの
世界よりも大切なものは、母だった。
その心をどんな形であろうが
傷つける可能性がある事などもっての他だった。
だから彼女が少しでも心配する様な行動は
一切したくなかったのである。
その為には大樹は今までの大樹として
頼江の前に存在し続ける必要があったのである。
でもこのままでは余りに効率が悪い。
時間が無い事を焦るから
今日の様な失敗をしてしまうのである。
大樹は、自分の代わりを務める
精巧な人形ロボットが必要だと感じた。
幼稚園では手を繋いだり
じゃれあったりが多いから
夜寝床を抜け出す時に置いておく様な
ダミー画像だけでは
簡単にばれてしまう。
そしてもしばれてしまえば大騒ぎになってしまう。
でも精巧なロボットを作る事は流石に簡単ではない。
213
病気になって入院する事も考えたが
母の頼江を心配させるし
病院では幼児は常にチェックを受ける存在なのである。
やはり深夜に活動するしかない。
仕方がないので
大樹は幼児として過ごす時間帯を利用して
睡眠を取る事にした。
代わりにダミー画像を起こしておいた。
もちろんそれはサンダルが監視し
コントロールしている。
自分の姿が立体画像として
不自然でない様にする為である。
サンダルは流石に頭が良くて、何かあれば
画像をトイレに逃げ出させる位の機転を効かせてくれた。
こうすれば夜の活動がよりし易くなる。
むしろ母の頼江の方が心配であった。
大樹自身が外出する事になるからである。
頼りのサンダルも大樹と一緒にいなくなる。
大樹のダミーの画像は
214
サンダルが放出する小さな立体映写装置によって映し出されていた。
もし地震などの突発的な事があれば
母は大樹の存在を直接確認する筈である。
大樹はいろいろ考えた末
多少複雑な方法を講じる事にした。
215
︵4︶
身辺への対策
大樹にとって母の頼江は
何にも代え難い大切な存在だった。
だから母だけには心配させたくなかった。
だから
まず母には、簡単に起きない様にぐっすり
快適な、幸せな睡眠を取って貰う様にした。
ナノテクノロジーつまりナノロボットは
億単位で脳内に侵入して役目を果たす能力があった。
薬剤などに頼った効果ではなく
脳内ホルモンを導いた誘導である。
お陰で藤井頼江は最近
夫が亡くなって以来感じた事のない程の
言葉にならない充実感を感じていた。
夜もぐっすり眠れるし
それに信じられない位に
美容状態が良くなっていた。
お肌のシミが消え始め
まるで十代の頃のしっとり感が戻ってきた。
それから大樹は
母の周辺のセキュリティを徹底強化した。
216
もし何かの事故が起こっても
または凶暴な外敵に襲われても
頼江が確実に守られる様な
ガードロボットをサンダルに造らせたのである。
しかもそのガードロボットは
頼江に存在を悟られないように
存在しなければならなかった。
サンダルはロボットである。
それも、デジャ人が作った﹁考えるコンピュータ﹂を搭載した
﹁考えるロボット﹂だった。
﹁考えるロボット﹂は開発当初から
様々な優れた能力を持っていたが
その最大の特徴は、自己改造能力だった。
その﹁考えるロボット﹂が最初に開発されてから
1000年近い歳月を経た後に、サンダルは造られた。
サンダルは自分自身の改造や
変形を自在に行う能力があった。
しかし、流石に素材や精巧な部品までは
造る事はできないらしく
サンダルは母の頼江を守るロボットを造る為に
サンダル自身の質量の5分の1程の部品を放出した。
しかしサンダルの能力は
大樹が地球で活動する範囲では殆ど低下しない様だった。
217
もっとも大樹はサンダルの能力が低下しても
母の頼江を守る為なら構わないと思っていた。
ガードロボットは
頼江には悟られぬようにに存在しているはずだったが
頼江は最近
何かの気配を感じることがあった。
せい
もちろん気の所為とは思っていたが
もちろん彼女は正しかった。
218
︵5︶
二度目の訪問
日本の総理大臣の勤務スケジュールは多忙を極めるが
わがままを通す事も不可能ではない。
昨日のダイの訪問にショックを感じていた相本は
今朝、午前中に予定されていたスケジュールを
全てキャンセルした。
一人で考え込みたかったからである。
目の前には、米国大統領のベス・クリーヴランドから
届いたメッセージが置いてあった。
昨夜は良く眠れなかった。
ダイが耳打ちをしながら去った言葉が
頭から離れなかったのである。
彼は何と
この次はベス・クリーヴランド大統領との
約束を守れと言い残したのである。
それを思い出すうちに
非常に大切な訪問者だったのではないかと
思い返し始めたのだった。
どう考えても
単なるテロリストや変質者とは思えない。
219
首相官邸の警備は対テロ対策で
最高レベルに厳しいものだった。
通常の人間が入って来られる場所ではない。
そこに簡単に進入し
そして簡単に去っていく能力がある者は
只者ではない筈である。
少なくとも暴行を加える為に侵入してきたとも思えない。
しかし、それにしても不謹慎ではないか。
相本はまた腹が立ってくるのを感じた。
首相のプライベートの時間に
勝手に侵入してくるなんて
どう考えても許せない。
しかし、米国大統領が示したメモがある。
相本は困惑した。
相本は
侵入者がエイリアンだと名乗った事については
余り憶えていなかった。
宇宙人などと言うのは
余りに非現実的で
220
発想が及ばなかったのである。
いずれにしても
ダイが去ってしまったからには仕方がない。
ベス・クリーヴランドに
何らかのメッセージを送る事にしよう。
相本はそれ以上考える事を諦めた。
その晩、相本が寝室に向かう時間となった。
相本は
ダイが今夜も現れるだろうと予想していた。
そしてその通りに
彼は部屋のドアの陰に居た。
221
︵6︶
内閣総理大臣
相本一郎
今夜の相本は少し落ち着いていた。
日本の総理大臣まで上り詰めた男である。
元々腹は据わっていた。
﹁何か飲むかね﹂
これが相本の第一声だった。
ダイはその言葉に安心したかの様に笑った。
﹁いえ、結構です。
お休みの時間にお邪魔して申し訳ございません。﹂
﹁その通りだが、用件は何だね。﹂
相本はずけずけと言った。
ダイは、今夜は作戦を変える事にしていた。
相本の様な男を
単独で説得する事は容易ではない。
﹁実は、全世界の主な国家や宗教の指導者
そして企業のトップや科学者を集めて
222
プレゼンテーションを行なう事を計画しているのですが
相本閣下ご自身に
是非ご出席戴きたいと思いまして。﹂
﹁そんな事を伝える為なら
わざわざこんな時間に
私の寝込みを襲わんでもよいだろうが。﹂
相本は不機嫌な顔をしないまま、そう言った。
﹁実は、私が動ける時間は
深夜しかないのです。
そして、電話やメールでお伝えする内容でもないもので
直接お話に伺いました。﹂
大樹は相本の目を見ながら話をした。
その視線に対し、相本は多少無表情な
だが穏やかな表情で応じた。
﹁ところで、君が行おうと言うそのプレゼンテーションとは
223
何についてやるつもりなのかね。﹂
今夜の相本は
ダイときちんと話をする姿勢を示してくれた。
ある意味ダイとの会話を楽しんでいる風さえあった。
﹁これを言うと驚くかも知れませんが
来年の9月12日に
オーストラリアの北東500Kmの地点に
大きな隕鉄が落下します。﹂
﹁えっ・・﹂
相本は元来まじめな男だった。
特別に優れた才能はないが
ただひたすら努力するタイプだった。
その男が熾烈な権力争いの末
総理大臣に上り詰めたのである。
すると﹁総理大臣になる﹂と言う目標が
達成される事になり
逆にそれによる喪失感を感ずる様になった。
そして、その喪失感を解決する唯一の方法が
224
﹁立派な総理大臣﹂になる事だった。
だから、国民に尽くし
国民の為に働くと言う純粋無垢な姿勢を
相本一郎はこれまで命をかけて貫いてきた。
その男にいきなりこの内容が伝わった。
もちろん完全に信じはしなかった。
しかし、昨日から今日
そしてベス・クリーヴランドからの手紙を考えると
完全に無視はできない。
そして相本は一瞬言葉を失ったのである。
﹁日本にも被害は出るのか。﹂
﹁残念ながら
日本の太平洋岸全体に
高さ50mを超える津波が襲います。
津波は太平洋岸だけでなく
日本周囲の海岸線全体を襲うと考えて良く
日本海側でも20メートル以上の津波が襲う事になります。﹂
225
またプレートが強く刺激されて
巨大地震が誘発される可能性もあります。﹂
相本は再度言葉を失った。
この低い方の20メートルの津波でも
巨大地震が襲った時に想定される
大災害時に発生する津波を越える高さである。
未曾有と言われた東日本大震災でも
津波の高さは大部分の地域で20mに届かなかった。
ましてや50mの津波なんかは、想像もできない。
それが日本の主要な経済基盤となっている太平洋岸全体を襲う。
要するに来年の9月に
この男は日本が壊滅すると伝えにきているのである。
226
︵7︶
日本の破滅を伝えられたとき
相本はその深刻な話を
額面通りに受け取る気はもちろんなかった。
﹁君はそれが本当だと言う事をどうして証明できるんだ。﹂
相本は否定的な態度を見せず
淡々とそう言った。
﹁証明はありません。
しかし、ベス・クリーヴランドはこれを信じました。
なぜなら私がエイリアンであると言う事を信じ
そして私が申し上げたその発生の
天文学的な証拠を確かめたからです。
どうかベス・クリーヴランドか
或いは補佐官のヤコブソンにその事実を照会して下さい。
私がそこにある座標を示した事により
その座標に
これまで知られていなかったブラックホールが
227
新たに発見された事実を確かめて下さい。
巨大な隕鉄は
そこから15万年の月日をかけて、地球まで飛んでくるものです。﹂
相本は完全に言葉を失いそうになった。
余りに荒唐無稽な話に思えたのである。
しかし、世界のNo1国家である米国の
しかも大統領が絡んだ話である。
簡単に捨て置く事はできない。
とにかく、確かめる事くらいは、大した事ではない。
少なくとも、もし、この男が言う事が事実であるなら
大変な事になる。
﹁分かった。確かめよう。﹂
相本は、少し小声で言った。
そしてダイがその相本の声を追いかける様に言った。
﹁もし、それが確認できたら
そして私が貴方へプレゼンテーションへの招待状をお届けしたら
228
貴方の代理ではなく、必ず貴方ご本人がご出席下さい。
実は、来年の災害が私のプレゼンテーションの目的ではありません。
なぜなら、本当の災害は来年ではなく
今から10年後に来るのです。
これに備えなければ、地球は滅亡します。﹂
相本はダイが何と言ったのか
最初よく聞き取れなかった。
もちろん聞いてはいたが
余りに内容が奇想天外で
意味がうまく把握できなかったのである。
ダイは続けた。
﹁10年後に来る本当に深刻な災害
それにどう備えるかを申し上げる事が
私のプレゼンテーションの目的です。
それでは私は失礼します。
夜分遅くにご迷惑をお掛けした事を
お詫び申し上げます。﹂
229
ダイは、そう告げると
呆然として言葉を失っていた相本の反応を待たずに
また突然消えた。
相本は言葉を失ったまま
最後にダイが言った事を反芻していた。
ダイは地球が滅びるみたいな事を言ったのである。
相本は突然馬鹿らしくなってきた。
一連の出来事に、何か巧妙に仕組まれた
狂言の様なものを感じ始めていたのである。
それにしてもダイは突然に去って行った。
失礼な話である。
ベス・クリーヴランドに対しても
同じ様な態度で接したのだろうか。
相本は正気を失ったかの様に頭を巡らしていた。
暫くして、相本は眠る事にした。
目が覚めたら、時差を考えた上
適当な時間にベス・クリーヴランドに連絡しよう。
全てはその後で考えれば良い。
230
︵8︶
出会い
三日後、ダイは相本の官邸のいつもの場所で待っていた。
ここで待つのはこれで3回目である。
今日は招待状のカードを持参していた。
間接的に届けても良いのだが
自分が生まれた国のトップと
それに最初に会った
米国大統領のベス・クリーヴランド位には
自分で手渡しても良いだろうと思ったのである。
相本もダイの事を
きちんと認識し始めた様であるし
それに今日になれば
ベス・クリーヴランドの調査データを
相本は既に確認した後の筈である。
それらの科学的根拠を示されれば
さすがの相本も多少は本気にならざるを得ないだろう。
そんな相本に会ってみたい気がしたのである。
父を早くに亡くしたダイは
この相本が何となく好きだった。
そんな事情もあってか
231
今日のダイはむしろリラックスして
少し油断した状態で相本を待っていた。
この場所に戻ってくる人間は
相本本人に間違いない筈であるし
もし警備員等の武器を持った人間が入ってきても
事前に気付いてたちまち姿を消す事が可能である。
10分もしないうちに相本が戻ってきた様だった。
しかし、戻ってくる相本をモニターし始めたダイの感覚に
違和感が襲った。
不思議な違和感だった。
遠隔探知の感覚では
明らかに相本ではないのである。
直ぐに自分の存在を消すべきなのだが
何故かダイは少し迷った。
別に武器を持った危険な人物が接近して来る訳ではない。
そして近づいてくる存在の波長が
表現を超えて心地よいのである。
どういう理由かは
ダイ自身にも分からなかったが
とうとうダイは自分の身体を隠さなかった。
そして、彼は入ってきた。
232
それは彼ではなく彼女だった。
ダイを見つけると、はっと足を止めた。
ダイは彼女の目を見つめた。
他にする事ができなかったからである。
彼女もダイの目を観た。
彼女の反応は凶暴な野生動物に
突然出会った時の人間の反応だった。
これが最も多くの情報を
事態から獲得する方法なのである。
次にどんなアクションを取るべきかについて
彼女は模索しているに違いない。
﹁貴方はだれ?﹂
それでも最初に口を開いたのは彼女の方だった。
歳は15,6才だろうか
背がすらっと高く
まるでバレリーナの様に背筋がのびていた。
﹁私はダイです。
233
相本首相をお待ちしておりました。﹂
ダイは、彼女を見る事に一生懸命の余り
多くの事を考える事ができなかった。
ダイはこんなに大きな澄んだ目を見た事がなかった。
美しいと思った。
﹁父はこんな所でお客様とは会わないわ。
ダイさん?﹂
この彼女の反応は正しかった。
234
︵8︶
出会い︵後書き︶
ここまで書き進めましたが
どうも駄作極まりない気もし始めました。
もしそうであれば
一言云っていただけると有難いと思います。
無駄が省けます。
235
︵9︶
5歳の少年の恋?
他人の居住場所に勝手に入り込む
つまり
ダイが違法にここに存在している事は
誰がなんと言っても否定できない事実なのである。
それにしても
ダイの違法行為を指摘してきたこの娘は
自分が相本首相の娘である事を
自ら明らかにした。
彼女の目はきらきらと光って美しかった。
ダイは明らかにドギマギする自分を感じていた。
格闘技の奥義を極めた男がである。
しかし彼はやはり5歳の少年だった。
﹁私は特別な存在なのです。
あなたのお父上もご存知です。﹂
ダイは、最も論理性のない
強引な言い訳で切り抜けようとした。
気持ちが、この娘の瞳に集中してしまい
その結果、あまり頭脳の回転が行われなくなり
議論の主導権は完全にその娘にあった。
236
ダイは専ら受身の立場にあったのである。
﹁何が特別なの。﹂
娘は、警戒は解かないまでも
多少リラックスした雰囲気で聞き返した。
大樹の今の姿は仮の姿である。
﹁サンダル﹂によって
大樹が成人した時を
計算して作られた顔である。
しかし、日本人と言う事が
分かってしまうと支障が生じる可能性がある為
世界中の人種の要素を微妙に取り入れた姿であった。
その娘はこのダイの雰囲気に
嫌悪は感じていない様だった。
﹁私が宇宙人だからです。﹂
﹁はっ・・﹂
これがこの娘が
初めて多少でも取り乱した反応であった。
彼女は、ダイの顔から視線を外し
自分の背中を伺う様に視線を動かした。
237
日本国首相の官邸に居る事の重大さを
改めて思い起こしたのであろう。
﹁とても信じる事はできないでしょうけど
これは真実です。﹂
ダイは漸く議論の主導権が自分に戻ってきたのが
なぜか嬉しくて仕方がなかった。
むしろこの女性を
少しからかってみたくなった位である。
﹁もし、それが本当なら、何か証拠になる事はあるの?﹂
彼女は、開き直った様に
最も効果があると考えたに違いない質問をぶつけてきた。
238
︵10︶
去り難きを去る
彼女の開き直ったかのような
証拠を見せろと言う質問に
大樹は思わず答えた。
﹁証拠かどうかは分かりませんが
例えば、・・・こんな事ができます。﹂
ダイは、突然に身体を消すと、2メートル程移動して
また姿を現した。
目の前で人がパッと消え
それが2メートルほど離れた所で
パッと現れる。
これは現実に観ると
実に強烈なインパクトのある情景だった。
﹁わああぁあ・・凄い。﹂
ダイは彼女の反応に
背筋がぞくぞくする程の喜びを感じていた。
てんしんらんまん
彼女の天真爛漫な驚き様は
逆に大樹を引き込み
夢中にさせる結果となった。
239
一方で、彼女は
ダイが宇宙人と言う事を
かなり本気で信じた様であった。
﹁いや、全然大した事ではありませんよ。﹂
﹁他にも何かできるんでしょ。
やって、やって。﹂
案の定の反応である。
落ち着きを取り戻し始めたダイは
口調を変えて彼女に話した。
﹁私はもう行かなければなりません。
それで貴女に、あっ、貴女のお名前は?
教えてくれますか?﹂
﹁相本京子です。
面白くもなんともない名前でしょ。
でもダイさん、私とお友達になってくれますか?﹂
﹁もちろんですとも。﹂
ダイもすかさず言った。
240
ダイの本心だった。
それを聴いた京子の目が大きく開いた。
﹁でもその前に京子さんに一つお願いがあります。
このカードを京子さんのお父様にお渡し下さい。
そして一言添えて下さい。
京子さんの未来をなくしてしまわない為にも
必ず相本首相ご本人がご出席になって下さい、と。
これはあなた方人類にとって
大事な会議なのです。﹂
ダイの深刻な雰囲気に京子は一瞬怯んだ様だったが
直ぐに平常に戻ると
﹁分かったわ。必ず言います。
それで、こんどはいつ会ってくれます?﹂
この質問をダイは予想していなかった。
今ダイがやらなければならない事は余りに多すぎる。
この娘に会う事はそれらの仕事を
おろそかにしかねない事なのである。
241
﹁携帯の番号はお持ちではないの。﹂
京子は畳み掛ける様に質問を繰り返した。
ダイと友達になりたいと言う強い意欲が感じられて
それだけでダイは心が浮き立ってくるのを感じていた。
﹁分かりました。
それでは京子さんの番号を教えて下さい。
何らかの方法で連絡を入れます。
宇宙人に携帯は必要ありません。﹂
訳のわからぬ言い訳をし
携帯の番号を聞きながら
ダイはこの娘と必ずまた会おうと思い始めていた。
心の奥底からの躍動感と言うかエネルギーが沸いてくる気がする。
﹁それはいつ。約束してくれなきゃだめよ。﹂
京子はダイに本当に強い興味を持っている様であった。
﹁わかりました。1週間後。﹂
京子の顔に強い不満が浮かんだ。
しかし、その不満が
二人の為にはいけない不満である事も
同時に理解している様だった。
242
その為か、京子の強い不満の顔が
輝くような笑顔に変わるまでには
余り時間がかからなかった。
﹁必ず約束よ。連絡してね。ダイさん。﹂
彼女が手を差し出し、握手を求めた。
ダイは思わず自分も手を出し
彼女のほっそりした柔らかい手を握った。
嬉しかった。ドキドキする。
ダイは、ここを去るのが残念で仕方がなかったが
一方で緊張感が苦しくて一刻も早く立ち去りたかった。
明らかに見栄を張った気持ちで、そして潔さを演出しながら
さようならと言う彼女の声が終わらない内に自分の画像を微かに消
していった。
そして、京子の耳元で
﹁さようなら、また会いましょう﹂
と告げた。
京子の目がぼんやりと遠くを観る様になるのを確認すると
そのまま風の様に去った。
243
︵1︶
世界を眺めたとき
ダイはそれからも精力的に世界各国を回った。
様々な立場にある人々、様々な人種
そして様々な民族
宗教に属する人々を訪ね歩く事は
大樹にとり非常に驚くべき経験であった。
非常に難しい要素は多かったが
しかしダイには﹁サンダル﹂以外にも
強力な武器があった。
それはダイが
いろいろな民族に分かれた彼らの言葉を
どれも完璧にマスターしていた事だった。
言葉を喋る事により
ダイは彼らの心の中に
比較的簡単に入り込む事ができたのである。
そして結果的に
ダイは自分がいずれ招待する事になる会合に
必ず参加する事を
彼らの殆ど全員に誓わせる事に成功したのである。
ダイが訪れた多くの存在の中で
ダイがいかにアプローチするか悩んだのが
国連の存在だった。
244
国連は、人類の国際機関の中で
最も全世界を代表しているものである。
ダイがこれから行う事業は
人類が
バラバラの国家単位で統治されている状態での成功は
有り得なかった。
そして全世界の統一政府を創るのであれば
当然国連を中心とする事を考えるべきであろう。
しかし、ダイは
どうしてもそうした単純な発想のまま
動く事ができなかった。
既にダイは世界情勢に精通していた。
﹁サンダル﹂によって与えられた知識は
具体的でかつ偏りがなく
科学的だった。
歴史的な背景から
現在の動向に至るまでの
精緻を極めた知識であった。
そこから沸いてくる諸々の情報を併せると
国連を表面的に捉え
外観通りの存在としてだけ考える事はできなかった。
245
確かに国連と言う機関自体は
世界をいかに正しい方向に導くか
に対して日夜努力を続けている。
しかし、国連を構成しているのは
飽くまで世界を構成している国々であったし
その国々の政府が国連へ代表を送り出しているのである。
結果として現状の国連は
世界の国々の
﹁建前としての代表﹂の側面がどうしても消えなかった。
更に、国連の組織そのものにも
半世紀の時間が経過するうちに
部分的にではあるが
一種の保守的な経験主義や
権威主義が芽生え始めていた。
もちろん多くの若い国連職員達の多くは
強い熱意を持って自らの職務に当たっていたし
指導者の中には
類まれな資質を持って献身的に努力する者もいた。
しかし、組織と言うものは必ずと言って良い程
制度疲労を起こすものである。
特に国連の様に
仕組み上競争が起こりにくい組織では
特異な形での制度疲労が起こる事がある。
246
この事実は
ダイが国連の事務総長を訪れた時に明確になる。
247
︵2︶
ヤヒム・ポンザール
国連事務総長は
常任理事国以外の出身者から
そして各大陸を輪番して
選ばれる事が慣例化している。
今の事務総長は
インド系のシンガポール人の
ヤヒム・ポンザールだった。
ヤヒム・ポンザールは
常に世界の外交に登場する
活発な活動を繰り広げている男である。
国連を維持する費用は
全世界の国々が平等に負担している訳ではない。
逆に世界の数少ない主な国々が
大部分の活動費用を拠出しているのである。
ちなみに国連憲章の課題と言われる
敵国条項の対象となっている
日本とドイツの二国は
アメリカに次ぐ世界第2,第3の資金負担国でもある。
主要国は予算の拠出に比例した権限がある訳ではなく
度々全世界の200国の1つ
としての立場で扱われる事がある。
248
その時には人口の少なさや経済力の弱さにも拘わらず
弱小国も立派な1票を構成するのである。
このある意味形式的
とも言えそうに表面的な民主主義は
国連と言う組織自体を運営する人々にとっては
非常に都合が良い面があった。
つまり、この構造があるからこそ
ヤヒム・ポンザールの存在価値があったのであり
国連の上層部を形成する者達の手腕によって
国連が独自の権力を持ち
世界の国家関係に
確実に大きな影響を与える事ができるのである。
国連は単に存在するだけなら
言葉も人種も価値観も経済規模も
全てが異なる国々の寄せ集めに過ぎない。
しかし、国連職員の職に就いた人々に
国連に夢を持ち
この組織の成長を熱望しているものが
大部分であった。
もちろん世界の標準からすれば
非常に厚い待遇も
国連職員を目指す動機の大きなものになっていた。
当然その目標は
249
言葉上は世界平和や貧困撲滅
そして人権問題の解決であり
実質はその為に
国連が独自の政府
つまり世界統一政府の様な
ある意味の﹁力を持つ﹂と言う方向に向かって行った。
そしてその為に
国連の上層の人間達は
﹁世界の政治の中力を得る﹂方法を
具体的に模索する事となったのである。
国連のトップは常任理事国のような
大国の出身者ではなく
発展途上国の出身者が務めるのが通常であった。
またその中枢を構成する人々も
多くの発展途上国出身者と
数に比例した先進国出身者によって構成された。
そして国連のトップの座には
まるで世襲であるかの様に
国連中枢部から這い上がってきた人間が座る事となっていった。
もちろん、彼らが求めているものは富ではなかった。
その心には、理想を求める崇高な精神があった。
その価値観は個人主義ではなく
250
全体主義でもなく、富でもなかった。
もちろん理想は、世界平和であったが
それでも尚
その神聖な要素だけに心血を注ぎきる事もなかった。
この価値観と比較するのに適したものに
宗教組織の持つ価値観があるかも知れない。
富でもない、争いでもない
しかし勢力や組織は大切であり
守らなければならないし
権威を失う事は何にも増して避けなければならない。
その上で世界平和を信条とする。
もちろん宗教と国連は全く異質ではあるが
結果的に類似する部分が多いのも事実だった。
その意味でヤヒム・ポンザールは
非常に実務能力に優れた現実主義者だった。
日本の首相の紹介でヤヒムに会ったダイは
話し始めてから5分もしないうちに
大部分の真実を理解した。
251
︵3︶
苦戦
国連での大樹の活動は
意外にも苦戦を極めた。
普通の国家では
その国の国民の命の問題に話題が行くと
首脳たちは例外なしに
大樹の話を真剣に聴いた。
しかしこの国連の事務総長には
その論理さえ余り通用しそうになかった。
だから、全ては
まずこのヤヒムに
ダイの言う事を信じさせる事
そして、それが
かなり難しい事を認識したのである。
彼と話していると
小惑星の落下は
たちまち﹁仮定﹂の話に刷り代えられていった。
その上で、もしそれが事実であるなら
国連はどう各国に対して
力を振るう事ができるかが
ヤヒムの関心の中心の様だった。
どう考えても彼がダイの話を
252
本気で聴く気はない様であった。
困り果てて
ダイは少し冒険をするつもりで言った。
﹁国連が果たしている役割は
今の世界では大きいかも知れません。
でも私が申し上げているこの深刻な災害への対処においては
国連は必要ないかも知れないのです。﹂
ヤヒムの目が少し光った。
会話はヤヒムが使う英語で行われていた。
﹁つまり、国連は無能と言う事ですか、えーと・・﹂
﹁ダイと呼んで下さい。﹂
﹁ダイ・・うむそうだった、ダイさん
あなたは日本の相本総理からの紹介で
私に会いにこられた。
だから私はあなたに喜んでお会いした。
その上で、国連を無能だと仰られるのか?﹂
253
ダイは強い無力感を感じた。
これ以上の話し合いは無駄なのかも知れない。
ダイは少し忍耐を欠いた状態で言った。
﹁ある意味その通りです。﹂
ダイはヤヒム・ポンザールに
微かな狼狽が走るのを確かめた。
﹁ヤヒム・ポンザール事務総長
これから人類は未曾有の災害を経験します。
そしてこれを何とか乗り切る為には
世界の行政政府を統一するしか方法がないのです。
そしてその経験を、或いはその能力を
今の国連が持っているとは到底思えません。
それではその役目は誰が担えば良いのでしょうか。
あなたはやはり国連だとお考えになる筈だ。
もしそう考えになるのであれば
国連はもっと謙虚に地道な活動を行って戴きたいのです。
254
それでなければ
困難に喘ぐ各国の行政府の
心を一つにまとめる事などできません。﹂
ヤヒムは、一瞬言葉に詰まった様だったが
緊張した様子もない。
彼がこの対談を
取るに足らないものと考えているのは明白だった。
この男にとって大切なものは
ひね
国連であって世界ではなかった。
大樹は多少捻くれた気持ちでそう思った。
ましてや、人類そのものの安全と言う課題は
余りに大きすぎて
これまで真剣に考えた事がないのだ。
その様な立派な課題は
科学者達がお墨付きをくれた内容で
ヤヒムに伝えられるのだろう
とも、大樹は思った。
訳の分からないこの宇宙人かぶれの気違いから
伝えられるべき内容の話ではなかったのである。
﹁それで、その隕石は来年落ちるのだったですな。
ところで、それはどれくらい確実なのでしょうか。﹂
255
ヤヒムが微かに時計に目を走らせながら訊いた。
﹁事務総長、あなたに対して
その答えを私が申し上げても仕方がないと思われます。
そのお答えは是非ベス・クリーヴランドにお尋ね下さい。
私の名前を挙げ
﹃ダイにそう言われた﹄
と言って戴けば
ベスは必ずきちんと応えてくれる筈です。﹂
﹁ベスとは、あの米国の女大統領の事か?﹂
まるでどこかの芸能人の噂話か
冗談を聞くときの調子でヤヒムは答えた。
しかし、ダイはヤヒムの目を見つめたまままじめに答えた。
﹁事務総長にとっては、彼女の言葉なら
私の言葉よりは少しはましかも知れませんから。
それに相本首相に確かめられる方法もありますよ。
私はこれで失礼します。﹂
256
大樹は微かに身体を透明にしながら言った。
もし私の申し上げた事に
何らかの価値があるとお認めになられたら
私が近い将来行う説明会にご参加下さい。
場所や時間等は
お集まりになられる方々の安全を考え
開催直前の一週間前にお知らせします。
全てをキャンセルしてこの会合にご出席下さい。﹂
と言うとダイは勝手に席を立った。
身体は半分透明になっている。
ヤヒム・ポンザールは無能な男ではなかったが
この様な状況に対して
どう振舞うべきかについては、経験がなかった。
それに彼はダイの言った内容について
一生懸命考えていた途中だった。
結果的に、ダイが去る事に対して少しだけ慌て
そしてその様子を見せたが、それもほんの一瞬で
直ぐに元通りの目でダイを見ながら、言った。
257
だが目の前に見えている
半分透明になった大樹の姿に違和感を感じるのか
盛んに目をこすった。
﹁分かりました。
今日はありがとう。少し考えてみます。﹂
258
︵4︶
宗教指導者、裏世界そして科学者の人たち
大樹は焦りを感じていた。
一体どうすれば、全世界統一政府などと言う
飛んでもない構想を成功させる事が可能だろうか。
地球は余りにバラバラだった。
来年に起こる、最初の隕鉄の落下の被害は
人類を破滅させる事こそないだろうが
被害としては甚大なものを与える事が予想された。
有史以来人類が経験する
最大の惨事になる事は間違いなかった。
だから、できれば来年の隕鉄の
落下の前に
全世界が一致協力して
大災害に備えて欲しいと大樹は願っていた。
もし十分な備えがなければ
死者は軽く10億人を超える筈である。
そしてその後の混乱によって
10年後の災害が訪れる前に
人類は滅びてしまうかも知れない。
それでは、大樹が今努力している事が
259
無意味になってしまう。
しかし、今日のヤヒム・ポンザールとの会談は
先が思い遣られる要素だった。
相手は国連の事務総長なのである。
そして、大樹が行うとしている事業の中心は
世界が統一された
行政政府の樹立だった。
それを、よりスムーズに実現する為には、
一にも二にも
国連を中心として活動すべき事には疑いがなかった。
しかし、今日のヤヒム・ポンザールとの会談を思い返す限り
ダイにはそれが正しい方法とはとても思えなかった。
大樹は、それからも多くの国々を回った。
訪問先は国家の指導者だけではなかった。
全世界を動かす有力な企業のオーナーや
宗教指導者とも会談を重ねた。
特に宗教指導者との会談は興味深いものだった。
なぜなら彼らの価値観は
宗教の価値観で表現される性質のものであったからである。
260
例えば人類が滅ぶのは、ある意味当たり前であったり
この世界の終末が近々訪れる事は
その宗教ではかねてから予言されてきた通りの事
だったりとして話される
と言った具合であった。
しかし、それは飽くまでも建前であって
流石に彼らも現実を認識している面があった。
彼らの多くは実に頭脳明晰であり
自然科学を深く理解している人間が多かった。
よって彼らが認識する現実は
皮肉な事に極めて自然科学的な見地で分析され
その結果、大樹が彼らに話した内容に対しての
彼らの反応は、素早く、そして極めて正確なものであった。
また会談の相手には
社会の表に出ない人々も含まれていた。
要するに黒幕と言われる人々である。
彼らは目立つことを嫌う一方で
社会の変化に対して強い警戒感を持つ人々であった。
そして、彼らは例外なしに、ダイに対して強い興味を持った。
まるで、人生で待ちわびた人間と会えたかの様に喜び
そしてダイを歓待した。
261
圧巻は科学者達だった。
ダイは世界の指導的な立場にある科学者達も
説得の相手として重要視していたのである。
なぜなら彼らが人類の頭脳であるからだった。
そして、彼らの多くは流石に極めて頭脳明晰であった。
しかし、一部の科学者達の中には
ヤヒム・ポンザールよりはるかに性質の悪い人々もいた。
しかし、大樹は余り気にせず
簡単に引き下がり余韻を残す作戦を取り続けた。
もちろん、彼らの理解を
超える科学技術の痕跡を残す事は忘れなかった。
これを続けて3ヶ月が経過する頃になると
少しずつではあるが、変化が現れてきた。
もちろんマスメディアには表れない変化である。
全世界の指導者や有力者
そして科学者や宗教指導者達に
変化が起こり始めたのである。
262
︵1︶
考えるコンピュータネットワーク
大樹がどうしても必要であると考えたのが
﹁考えるコンピュータ﹂と
それに連なって仕事を遂行する
巨大なネットワークだった。
もちろん地球にも
仕事を行う為のネットワークは幾らでも存在している。
しかし、地球にあるのは
その頭になるのが人間の脳である組織であった。
それでは今回のプロジェクトを成功させる事は難しい。
今回のプロジェクトでは
全てのスケジュールにおいて
一切の矛盾や遅滞が許されないのである。
もちろん全てのプロジェクト工程が
最初から完璧な事などは有得ず
当然現場での微調整を行う事が前提となる。
しかしその場合にも
あらゆる緊急事態に対し
リアルタイムのベストのリアクションが可能でない限り
このプロジェクトの成功率は1%にも満たなくなる。
少なくとも現実的な成功の可能性を求めるのであれば
263
デジャ人が行っていた様に
考えるコンピュータを中心として
それを信頼して仕事を遂行するネットワークが
どうしても必要であった。
人間が判断すべき部分と
機械が判断すべき部分は違うのだ。
﹁考えるコンピュータ﹂
それは大樹にとって大きな課題であった。
地球上で今存在する考えるコンピュータは
ただ1台だけで
その一台はもちろん
サンダルに搭載されているものである。
しかし、サンダルに搭載された﹁考えるコンピュータ﹂は
この事業をするには向いていない。
こうはん
つな
何万人もの人類と
広範に繋がるコンピュータでなければならないし
細かいアプリがたくさん必要になる。
つまり﹁考えるコンピュータ﹂を
新しく創らなければならなかった。
しかしそれは
﹁言うは易く行うは非常に困難な﹂事であった。
なぜなら、地球上の科学技術では
264
実現していない技術が多すぎて
絶対的に不足する部品が多くあったのである。
人類が﹁考えるコンピュータ﹂に到達するには
これから膨大な量のイノベーションを繰り返し
失敗を繰り返す必要があるのである。
それをいきなり実現する事は
通常であれば不可能であった。
しかし、大樹には考えがあった。
最も大きな課題となる
﹁究極のマン・マシン・インターフェイス﹂は
﹁サンダル﹂が持っている
ナノロボットを分配する事ができる為
何とかなるのである。
大樹は﹁サンダル﹂のナノロボットの
60%をこれに使用しようと考えていた。
残された40%のインターフェイスでも
﹁サンダル﹂は支障なく動いてくれる筈である。
もちろんその他にも
膨大な数の部品開発のイノベーションが必要になる。
265
しかし、それらは
デジャのもののように洗練されたものでなく
大型化を前提とすれば実現可能な筈だった。
量子コンピュータとて
小規模のコンピュータを何百万台も組み合わせ
多少動きは遅くとも同等の働きは得られる。
その上でプログラミングについての
多くのイノベーションが必要であった。
ただし、全てにおいてデジャに追いつく必要はない。
今回のプロジェクトさえ成功すれば良いのである。
人類が最初に月に降り立った
アポロ計画の時に使用されたコンピュータは
今の人類のコンピュータ技術からすれば
驚くほど稚拙なコンピュータであったのである。
どう考えても、最後に残る課題は人間だった。
なぜならこれから膨大な量の
ソフトウエアのイノベーションが必要なのである。
その上、このネットワークは
人類社会を動かす為に構築されるものである。
従って人間の組織である必要がある。
266
その為には、基本となる人間が必要だった。
本当に優秀な人材が必要だった。
267
︵2︶
天才ハッカーをヘッドハンティング
先天的にその道に秀でた者は存在する。
そしてそのような者を我々は﹁天才﹂と呼ぶ。
天才がその道に専念したなら
凡人がいくら努力しても
到達できない領域に達する事ができるのである。
また﹁その道﹂とは様々である。
﹁その道﹂の中で
天才を比較的見分け易いのは
スポーツや音楽などの芸術の道であろう。
また学問の分野にも
これまで非常に多くの天才が存在してきた。
しかしその中で
一般からは非常に理解されにくい分野も存在する。
その典型一つが
コンピュータのプログラミングの分野であろう。
コンピュータのプログラミング自体は
それ程難しい技術ではなく
然るべき教育を経れば
殆ど誰でも扱える技術である。
268
しかし、そこから生まれる
プログラムの質となると全く話が異なる。
頭脳の質、つまり天性によって
著しくレベルの差が生まれるのである。
確かに知能指数がある程度比例はするが
その天性を絶対的に左右している訳ではない。
音楽の才能に似て
プログラミングの才能は
ある特種な才能であり
そしてその天才達が存在するのである。
コンピュータプログラムの
天才達のうちのかなり多くは
実は欲求不満を感じている。
彼らは仕事をこなし
充分な収入を得る一方で
通常の仕事では
直ぐに自分の能力を持て余してしまうのである。
例えば世の中に非常に多くのハッカーが存在し
その殆どが取り締まりの網を掻い潜り
罠もすり抜けている事がそれを証明している。
この多くが、これらの天才達による犯行なのである。
269
もちろんハッキングを行なう者の
全部が天才と言う訳ではないが..
大樹は、この天才達の助けを必要としていた。
大樹の生残りプロジェクトを実現する為には、
新たに﹁考えるコンピュータ﹂を
人間の手で完成させる必要がある。
そしてその﹁考えるコンピュータ﹂と連携して
巨大なプロジェクトを
滞りなく進める人材が必要だった。
﹁考えるコンピュータ﹂の指令に従って
人間達が一切の無駄なしに
効率的に作業が進められていく体制
これを実現する必要があり
それは簡単ではない。
さまざまなイノベーションを伴わなければ
とても実現する事はできない。
その﹁考えるコンピュータ﹂の完成と言う大事業は
大樹一人ではとても手に負える作業ではなかった。
第一に才能と言う点で大樹は
自分がコンピュータのプログラミングと言う観点では
決して優れた存在ではない事を知っていた。
この一週間程の間
270
大樹はこの目的を実現する事に
集中し始めていた。
まずサンダルを使ってネットの世界に入り込み
﹁天才達﹂を捜させていたのである。
そして候補を200人程に絞った後に
次の様なメッセージを同時に送りつけた。
その送り先のコンピュータの多くは
天才達によって厳重にガードされたコンピュータだったが
大樹のメッセージは、そのセキュリティを難なく潜り抜けた。
そして﹁天才達﹂がそのメッセージを開くと
派手な画面の演出をしながら
彼らの才能に疑問を投げかけ
同時に彼らに挑戦する
非常に印象的なメッセージが開いた。
﹁突然の連絡で失礼します。
余りお信じになられないかも知れませんが
私は今年の9月12日の
隕鉄落下を予言しているエイリアンです。...﹂
271
︵3︶
ハッカー試験
サンダルが選んだ世界の天才ハッカー200人の
コンピュータに勝手に入り込んだ大樹の
挑戦メッセージは続いた。
﹁残念ながら、人類は
これから滅亡の淵に立たなければならないのです。
ところで、私は今あなたの様な
コンピュータプログラミングの分野における
天才を必要としております。
一方であなたは
自分がコンピュータに関する技術において
優れているとお思いになられている筈です。
もし、あなたが本当の天才であれば
あなたの力を人類を破滅から救う
サバイバルプロジェクトに是非役立てて下さい。
今、私は、約30人の天才を必要としております。
272
そしてその方々には
遠い星の文明によって開発された
プログラミングの技術をお伝え致します。
今回私は全世界のコンピュータの天才を
200名程選抜しました。
しかし、残念ながら
その全部の方に技術をお伝えする余裕を
私は持っておりません。
このプロジェクトの実現には、選抜された
地球上で最高の天才を求める必要があります。
まず、このURLを叩いて、私に挑戦して下さい。
問題を理解するだけであれば時間は10分程で終わります。
ちなみにあなたの今お使いになられているPC以外からのアクセス
はできません。
また挑戦を決断されるまでの時間は
273
これから24時間以内です。
ご挑戦のご意思をお持ちになられない方は
最初から脱落されても結構です。
なお合格した後に
ご辞退になられても全く構いません。﹂
他をハッキングする事は得意だが
まさか自分の方がハッキングされる事など
夢にも考えておらず
酷いショックと同時に顔を潰された天才達が
たちまちサンダルのコンピュータに挑んできた。
その数は24時間の間に、実に194名に及んだ。
274
︵4︶
天才ジミー・ペリー
ジミー・ペリーは
これからの人生を
まともに生きて行く自信がなかった。
アメリカ社会では勝組、負組の区別がはっきりつく。
ジミーは明らかに負組の人生を歩んでいた。
アフリカ系とユダヤ系の混血と言う
比較的少数派の彼は
マサチューセッツ工科大学を
優秀な成績で卒業したエリートだった。
しかし卒業して
米国で最も著名なオペレーションソフトの会社に
入社した直後
在学中に
ペンタゴンのコンピュータに進入した事が発覚して
刑務所入りとなり、罪人となった。
それから落ち込みやすい性格も手伝って
たちまち人生の落伍者の道を歩き始める事になったのである。
ペンタゴンのコンピュータに侵入したのは
ほんの腕試しのつもりだった。
275
しかし、最初の関門を突破すると
更に高いセキュリティレベルへ挑戦したくなった。
そしてそのどれもが
ジミー・ペリーにとっては
ほんの低いハードルに過ぎなかった。
そして大した苦労なしに最後に侵入した先が悪かった。
通常は暗号で硬くガードされ
門外不出な筈の最高機密レベルの情報へのアクセスを
難なく成功させたのである。
ジミー・ペリーは天才だった。
彼は
複数のコンピュータ間のコラボレーション
を創り上げる独特な才能を持っていた。
ネットワークのセキュリティを管理するのは
やはりコンピュータである。
だからジミー・ペリーの創ったシステムは例えばこうだった。
1台のコンピュータを
その管理コンピュータとしてシミュレーションしながら
他の5台程のコンピュータで
その1台を立体的に探るシステムである。
276
5台のコンピュータは
求めるロジックのシミュレーションを繰り返しながら
それを現実のネットワークに応用して行くのである。
この手法は、驚く程有効であった。
先方のコンピュータは暗号解読方法を
︵これも一種の暗号とはなっていたが︶
いとも簡単に
解析可能なレベルのデータの形で吐き出させられた。
もちろん痕跡は残ったが
それがジミー・ペリーの仕業と分かる証拠は
一切残さない手口である自信はあったし
その筈だった。
ジミー・ペリーの不運は
彼のコンピュータの
プログラミング技術の不備によって生じたものではなく
彼の家のセキュリティーの不備によるものだった。
ジミー・ペリーがテキサスの実家に遊びに行っている間に
泥棒が侵入したのである。
泥棒は、ジミー・ペリーの
唯一のまとまった財産である
コンピュータシステム一式を盗み出した。
そしてそれを知り合いの
IT専門の裏業者に持ち込んだのだった。
277
そのシステム一式を安く買い叩いたこの裏業者は
直ぐにジミー・ペリーのコンピュータの記憶を調べ始めた。
ジミー・ペリーのコンピュータシステムは
その道のプロでなければあり得ない装備のものだった。
そしてこの類のバージョンアップされたシステムには
意外に価値のある情報が隠れている事が多いのである。
キーワードによる検索を繰り返していくうちに
その裏業者の勘が正しい事が証明されていった。
ペンタゴンの機密情報が含まれていたのである。
一方で重要機密に関するハッキングの事実に気付いたペンタゴンは
必死の捜査を続けていた。
当然その捜査の網は
裏の世界にも広げられていた。
今回の情報漏洩にはペンタゴンの面子が懸かっていた。
その為に高額の懸賞金を賭けて情報を集めていたのである。
ジミー・ペリーの部屋にFBIの捜査官が来た時には
ジミー・ペリーの全ての容疑の裏づけが確定した状態だった。
3年後に出所した後も
ジミー・ペリーは暫くの間厳重な監視下に置かれた。
278
もちろんジミー・ペリーは大人しくしていた。
学生時代には高を括りすぎて酷い目に遭ったが
もともと危ない橋を渡りたがるタイプではない。
それに刑務所での生活は
ジミー・ペリーに酷いダメージを与えていた。
部屋にはごく普通のコンピュータが1台置いてありはしたが
特別な事をする訳でもなく、無気力な日々が続いていた。
サンダルからのメッセージは
そんなジミー・ペリーに届いたのである。
ジミー・ペリーは、大して考えもせずに
サンダルが指定したURLを叩いた。
内容的に、こんな状態の自分であるからこそ
更に落とそうと言う詐欺みたいなものだろうとも思ったが
そんな事はどうでも良かった。
そもそもエイリアンからのメールなど有り得はしないのだ。
悪ふざけの売り込みか何かであろう。
少なくとも通常以上のウィルス対策はしてある。
そのURLを叩くと、次のメッセージの画面となった。
279
﹁君はペンタゴンのセキュリティを突破したね。
でもあれは、我々エイリアンにとっては
余りに原始的なプログラムで
盗んでくださいって言っている様なものだったんだ。
君もそう思っただろう。
でも僕らエイリアンのセキュリティは別だぞ。
ほら、君に最高性能のコンピュータを10台あげよう。
それを利用して、このセキュリティを突破してごらん。
もし君がこのセキュリティを24時間以内に突破したら
君は合格
できなければ君は本物じゃなくて
まぐれでペンタゴンに侵入した
単なるこそ泥だったんだ。﹂
もちろんジミー・ペリーはこの画面にひどく驚いた。
自分がペンタゴンに侵入した事は
しかるべき人間なら知っている事実である。
280
だからこれ位のいたずらはあるかも知れない。
しかし、何の為に今の自分に
こんな事をしなければならないのか。
それにこの挑発的な内容はどうであろう。
ジミー・ペリーは
こそ泥呼ばわりされた事に
意外にも腹を立てている自分に気付いていた。
ペンタゴンのセキュリティに侵入できるハッカーは
それ程多くはいない筈である。
それにコンピュータを盗まれると言う
物理的なアンラッキーがなければ
ジミー・ペリーがあんな風に捕まる事などなかったのである。
ジミー・ペリーは
エイリアンが差し上げようと言った
10台のコンピュータのアイコンをクリックした。
それから30分の間
ジミー・ペリーは背筋がぞくぞくし続けるのを感じていた。
281
︵5︶
何年ぶりだろうか、こんな気持ちになるのは..
ジミー・ペリーが何気に叩いた
アイコンの先にあったのは
本当に10台の超高性能の
スーパーコンピュータだったのである。
ジミー・ペリーは
自分のコンピュータの背後を
まるで子供がものを探すように覗き込んだ。
何か特別な仕掛けが
いつの間にか仕掛けられているに
違いないと思ったのである。
それでなければ、これほどの高速に動くコンピュータに
このおんぼろPCが変化する筈はない。
しかし、ジミー・ペリーが幾ら調べても
それは他の家庭用コンピュータと変わりなく
光ケーブルから伸びたLANケーブルに繋がれただけの
極々基本的なコンピュータに過ぎない事を
ジミー・ペリーは目で確認していた。
ジミー・ペリーは
エイリアンと名乗って
彼のコンピュータに
メッセージを送って遣した存在の事を
もう一度考えた。
282
﹃エイリアンだって。そんな馬鹿な。﹄
と考えながら
ジミー・ペリーは半分それを信じ始めていた。
10台の仮想スーパーコンピュータが
現実に存在してしまっているのである。
その仮想コンピュータは
間違いなくスーバーコンピュータ以上の性能を持っていた。
それを与えてくれたエイリアンが自分を試している。
ジミー・ペリーはワクワクするのを感じていた。
じゃあ、応えてあげようではないか。
何年ぶりだろうか。こんな気持ちになるのは。
しばらく本気で使っていない脳は
働きを鈍らせているかも知れないが
そんな事はどうでも良い。
もし、こんな自分が何かの役に立つ
可能性があるのであれば
もし存在価値があるのなら
そんな素晴らしい事はない。
ジミー・ペリーは
283
久しぶりに本気でコンピュータに向かった。
直ぐに昔の勘が戻ってきた。
それにエイリアンが与えてくれた
10台のスーパーコンピュータが素晴らしかった。
ジミー・ペリーは
3時間ぶっ続けでコンピュータに向かい
難なくエイリアンの関門を突破した。
そして関門を突破した後に待っていたグラフィックに
ジミー・ペリーは感動した。
エイリアンと言うこの出題者が
本物である事が間違いなく思われる
世にも不思議なグラフィックだった。
そのエイリアンからメッセージが届いた。
﹁おめでとう。ジミー・ペリー。
君は合格した。
追って連絡するから、身体に気をつけていてくれ。
私は君を選ぶ事ができてうれしいよ。﹂
サンダルが選抜した30人は
一見するとごく普通の人間達だった。
284
そして女性は1名もおらず全て男性だった。
デジャでは男女の割合は、均等に近かったが
地球においてはコンピュータプログラミングの技術水準は
男性の方が高い様であった。
285
︵6︶
いよいよプレゼンテーション
場所はニューヨーク
元は貿易センタービルがあった場所の
近くに建てられた建物だった。
9・11テロが起こった場所の
近くにこの会場を設けるのは
米国らしい演出にも思えたが
実はこれはダイが指定したものだった。
世界の要人達に
ダイの意志を理解して貰わなければならない。
その彼らを危険に晒さない様にする事は
ダイにとって重用な事だった。
またダイの仕事を支える人々を守る為に
最もセキュリティが完璧な建物を選ぶ必要があった。
その点ここは軍事施設を除けば
最高レベルのセキュリティが確保できる。
米国大統領と企業のオーナー達が
ダイの要求を積極的に受け入れてくれた。
そして軍隊までが動員され
最高レベルのセキュリティシフトが敷かれた。
出席者の安全を考え
ダイは最初は直接の出席ではなく
インターネットや衛星放送を使った会議を考えた。
286
しかし最終的に
直接顔と顔を合わせる会議形式が
必要だと考える様になった。
なぜなら、彼ら全員が一同に会した場所で
ダイが直接に彼らに語りかける必要がある
と思ったからである。
この機会に、彼の精神的な結束と
そして結束させたグループに対する
強い方向付けが必要だと思ったのである。
ダイにとっては
この世界の要人達の心を﹁完全に捉える事﹂が
どうしても必要だったのである。
どの様に優れたヴァーチャルであっても
ヴァーチャルはヴァーチャルである。
距離と時間をかけて移動を行い
会議に参加させる形で
初めて効果的に訴え掛けられる事柄もある。
実際の所、ダイが集めた人々の顔ぶれは
驚くべきものだった。
各国の要人を集めた秘密会議としても
歴史上圧倒的に最大の規模であった。
首脳だけでも70カ国を超える面々が一同に会し
主要国の首脳は例外なしに出席していた。
287
ニューヨークの国連ビルでの会合への
出席を表向きの理由として
世界各国の代表が集まったのである。
それだけでなく
多くの分野の指導的な立場の人々も集まっていた。
大資本のオーナー
著名な科学者や芸術家
王族や宗教指導者
中にはなぜ呼ばれているのか
通常では想像ができない人々も数十人居た。
それは世界を動かす
フィクサーと呼ばれる人たちだった。
表には決して出ないフィクサーとして
力を振るう彼または彼女の顔を
会場で偶然に見つけた各国の要人達が
驚いて彼らを見つめ
そしてその後に
丁寧に挨拶を繰り返す姿が
そこかしこで見られた。
また闇の世界で生きる人たちも多く居た。
そこには
今の地球上で
社会的に大きな影響力を持つと考えられる
あらゆる人々が集まっていた。
288
︵6︶
いよいよプレゼンテーション︵後書き︶
この小説の目的は
現状の人類が晒されている
危険な状況を感じる筆者の
単なる訴えです。
もし複数の章をお読みいただけた居られたら
是非ご感想等頂きたく
お願いいたします。
289
︵7︶
ベス・クリーヴランドの演説
そして、集まった全ての人には
ダイから直接の招待が届いていた。
特種な金属のペラペラの板に
宛先が書いてあり
それを持参した全ての人々が
会議に参加する事を許されていた。
もちろん日本の相本首相も
真剣な表情で席についていた。
マスメディアが
世界の要人達が大挙して行動するこのイベントに
気付かない筈はない。
国連会合の参加が表向きの理由になっていたが
それが正しい理由でない事位は
簡単に見破られていた。
しかし、真相を報道する事ができたメディアは
存在しなかった。
実際、彼らの多くは
ほぼ現実に近い真相に辿り着いてはいた。
しかし、それが
余りに馬鹿馬鹿しい内容を含んでいた為
報道をためらってしまったのである。
一方で会合への参加者達の方は
290
半信半疑の状態ではあったが
その会合の目的となる
余りに深刻な内容を知っていた為
情報リーク自体を躊躇う者が多かった。
ある有力な米国の上院議員などは
﹁ううん、そうだね。
地球環境を話し合う国際会合みたいなものかな。
それとも宇宙人にでも会いに行くと答えたら
君達を満足させるかい。﹂
といかにもウィットを強調したウィンクで答えていた。
それはそうと、この会合は
その参加者の面々だけではなく
他の多く点で破格尽くめだった。
第一に、司会者をなんと
米国の大統領が買って出ていた。
ベス・クリーヴランドである。
彼女はダイのこのプレゼンテーションの
重要性を理解してもいたが
それだけが理由ではなかった。
なりふり構わず司会を買って出て
冒頭に喋りたいと言う欲求を抑え切れなかったのである。
291
ベスは女性ではあったが
演説者としては極めて優れた政治家だった。
優れた政治家の演説の常として
ベスはむしろ小声に近い
語りかける様な話し方で話を始めた。
﹁実はみなさま
本日ここに集まった理由を
︵ここで沈黙に近い間が空いた︶
100%理解している方は
もちろん私を含めて
・・・
本当は誰も居られないのではないかと思っていますが
いかがでしょうか。﹂
292
︵8︶
ベスの演説
さりげなく、抑揚を抑えたベスの語りかけは
聴衆に短時間ではあるけど
話の内容に意識を向けさせる効果があった。
ベスは、その瞬間を上手く捉え
演説を盛り上げて行った。
言葉はベスの肉声のまま
各国の言語に完璧に近く翻訳され
皆に届いていた。
日本の首相の相本は
ベス・クリーヴランドが
完璧な日本語を喋るのを聴いていた。
﹁しかし、この会合にどうしても
皆様がご出席になる必要があった事も
ご理解になられている筈です。
残念ではありますが
私は推測でものを申し上げなければなりません。
そして更に非常に残念な事に
293
私はこの推測に
100%の確心をもっております。
実に恐ろしい事に
来年の9月に大きな災害が人類に訪れるのです。
もちろん我々は
その災害の被害を最小限に止めようと努力を行います。
とてつ
しかし途轍もなく恐ろしいことですが
その災害による死者を
数億人以下にする事は
不可能に近い事かも知れません。
更に、非常に残念な事に
その人類史上最大の大災害は
次の大災害のほんの始まりに過ぎないのです。
次の災害は
更に深刻なものであり
294
人類の歴史を永遠に終わらせてしまう規模の
大災害となる様です。﹂
がやがやと言う私語が始まった。
米国の大統領がこれ程に深刻な話を
推測と言う前提の上ではあったが
明言しているのである。
無理もなかった。
﹁私のお話はここまでにしますが
最後に一つだけ皆様へのお願いをさせて下さい。﹂
ベス・クリーヴランドの口調は丁寧だった。
そして、次に話す内容こそが
ここで自分が最も伝えたい内容である事を
皆に明確に分からせる様に言葉を切り
そして続けた。
﹁皆様、こちらにご出席になられている方々は
間違いなく今、
実際に世界を動かしておられる指導者の方々です。
お互いをご覧になられればお分かりの通り
政治家や官僚、経済界の方々、宗教指導者、科学者
295
それだけでなく、職業は持たずとも
実質この世界を動かすお力のある
あらゆる方々が参加されています。
それらの方々の誰かが
この会合の意味を理解せずに去る事がない事を強く
お祈り申し上げます。
そして、今後私は米国大統領として
そして人類の一人として
あらゆる意味で最優先
最重要の課題として
この件に取り組む事をお誓い申し上げます。﹂
そこでベスは暫く言葉を切った。
そしていきなり話し方のトーンを変化させ
強く、怒った様な調子で一気に喋りきった。
﹁我々の目的は簡単かつ単純です。
296
﹃生き残る﹄事それだけです。
それ以上に多くの理想を追求する事は
残念ながら
そして大変恐ろしい事に
極めて難しいと思われます。
ただ我々が人類の最後の世代とならぬ様
生き続ける事です。
私はこの人類の生き残りを
もし邪魔する存在があるなら
いかなる手段を用いても
それを排除してみせる事も
併せてお誓い申し上げます。
そして生き残る為であれば
どんな相手であろうと
どんな形であろうと
297
そしてどんな内容であろうと
積極的に協力しあう事を
これも強くお誓い申し上げます。
まと
我々人類は一つに纏まらなければ
この危機から生き残る事はできません。
私のお話は以上です。﹂
これを一気に話し終えると
ベスは何時もの魅力的な笑顔を取り戻した。
﹁これから本日の主役のプレゼンター
そして皆様がご存知のダイをご紹介申し上げます。
ダイ、さあ現れてくださいな。﹂
298
︵9︶
大樹の演説
米国方式の紹介は拍手を誘う。
皆の息が合った形で、盛大な拍手が始まった。
ベスのダイの登場への促し方は
まるで魔法使いか何かに向かっている様だった。
なぜなら、ベスは出入り口の方に語りかけずに
空中に向かい語りかけたからである。
ダイの登場の方も
そのベスの語りかけを
台無しにしないものだった。
なぜなら突然空中に浮かんだままの状態で
突然にダイが現れたからである。
空中に浮いているダイの姿は
何か軽々しく、滑稽な感じがした。
﹁ベスの要望で
私はこうして現れましたが
何か手品師みたいですね。﹂
会場に大きな笑いの渦が起こった。
299
そのダイの言葉は
日本の根本首相には純粋な日本語で伝わっていたし
中国の国家主席であるチャンウエィには
表現力豊かで闊達な北京語で伝わっていた。
あらゆる言語のネイティヴの表現で
しかもダイ自身の肉声で
全ての国々の人々に同時通訳されていた。
ダイの持ち込んだシステムは
ベス・クリーヴランドも司会を行う上で
もちろんその恩恵を受けていた。
﹁ここで私は皆様に
これまで皆様に
偽りを申し上げてきた事を告白致します。﹂
しんとした会場からの反応は何もなかったが
その沈黙は逆に、皆がダイの話し始めの内容に
強い意外感を感じている事を窺わせた。
﹁私はエイリアンなんかではなく
地球人、それもごく普通の人間です。﹂
大樹は最初からこのプレゼンテーションの機会に
300
自分がエイリアンなんかではなく
普通の地球人である事を明らかにするつもりでいた。
理由は幾つかあった。
﹁みなさん、もし今私が
自分は5歳の少年だと言ったら驚くでしょうか?﹂
ようやくざわざわとした私語の応酬が始まった様だった。
余りに意外なプレゼンテーションの始まりに
参加者の殆ど全ての人々は
動揺を禁じえなかったのである。
ダイが、自分が人間である事を明かす事にしたのには
様々な理由があった。
まず第一に、この機会に人類の指導者達に
エイリアンに頼る気持ち起こさせない様にする為だった。
ダイが未知の力を持った
エイリアンであると信じられている以上
人々がその力を過信してしまう可能性が充分にあった。
誰か頼る者があれば
それだけ人類の自助努力へのエネルギーが減る。
これは地球であろうがデジャであろうが
共通した現象であった。
301
﹁そうです。私は5歳の少年です。
どこの国の誰と言う事は
敢えて秘密とさせて戴きますが
その何の変哲もないこの5歳の少年に
ある日突然に
耐え難いほど重大な責任がのしかかってきたのです。﹂
大樹はその後
サンダルとの出会いを簡潔に説明した。
この説明を聴いていた会場の出席者全体に
強い衝撃を与える真実に対する驚きの
うねりのようなざわめきが
徐々に拡がって行った。
302
︵10︶
人類をまとめると言う事
これからはサンダルが持つ力を
最大限に活用する必要がある。
それにはこれまであった
全ての事実を明らかにする必要があった。
そして地球の全ての科学技術資源、人材資源を
このサンダルを中心に再構築しながら
プロジェクトを進める必要がある。
そのプロジェクトとは
巨大な反重力装置を造る事であり
その為には、北極から南極に至る
地球を貫く、直径100mを越える
巨大な穴を穿つ必要があった。
更に、この為には
これを実現する事を可能にする
素材を創り出す必要がある。
その素材とは﹁究極の鉄﹂を意味した。
もともと鉄は人類が手にした金属の中では
最も強度が得られる素材である。
しかし、その鉄の分子の
配列をコントロールする事により
更に、とてつもなく強度の高い
夢の素材に変化するのであった。
303
この為には、無重力の空間に
巨大な製造設備を設ける必要がある。
もちろん無重力空間は
宇宙であれば幾らでも得られるが
そこに巨大な工場を維持する事は難しいし
第一に莫大な量の原料が必要になる。
また生産した鉄は
直ぐに建設にまわさなければならない。
大樹はその工場を
なんと地球の真ん中に造る事を考えていた。
地球の真ん中は無重力である。
だがその為には、事前の準備が必要であった。
まず究極の鉄までは強くなくとも
現在人類が得ている技術水準では
考えられないレベルの強度持った
超鉄鋼の大量生産が必要だったのである。
そしてその生産設備を
南極点と北極点の近くに建設する必要があった。
どれも現在の地球人の科学技術では
文字通り﹁絶対に不可能﹂な計画である。
304
しかも10年もない時間では
更に夢物語以外の何物でもない
プロジェクトである筈である。
この課題を克服する為には
デジャの科学技術を借りるしか方法はない。
しかし、デジャの科学技術を借りると言っても
大樹が利用すれば良いと言うものではない。
いかに超人のレベルにあると言え
この事業に関して言えば
大樹一人の力は何もないに等しかった。
この事業を成功させる為には
人類が組織的に具体的にデジャの技術を学び
そしてその技術を利用しなければ全く意味がなかった。
これこそが、簡単そうに見えて
非常に難しい課題だったのである。
デジャの科学技術は
地球の科学技術をベースに進歩した技術ではない。
その上、地球より余りに進化し過ぎていた。
未開民族に
いきなりコンピュータ技術を
説明するに等しいのである。
これを成功させる為には
来年の大災害に生き残った人類が
305
全身全霊を傾けて
自ら生き残ろうとする努力に
集中する事が必要なのである。
エイリアンであるダイを頼る姿勢は
この努力に対する
ブレーキ以外のなにものでもない。
﹁そうです。
私は地球人です。
い
そして私がここに居られる事自体が
奇跡だと思います。
そしてサンダルの助けが無ければ
来年9月の大災害の事も
皆様にお知らせする事もできなかったでしょう。﹂
このダイの話し方に
おやっと言う表情が多くの顔に広がった。
彼らや彼女達が座っている大きな会議室の椅子は
VIP用のゆったりしたものだった。
そして彼らの顔ぶれは
そのVIP用の椅子が当然なものだった。
彼らは今地球を代表する人々と言っても過言ではない。
306
﹁私がここに存在する理由は
デジャと言う星が存在していたからです。
デジャは地球から
190光年程の距離にある惑星です。
この災害の危険が起こった時
デジャは地球に文明が存在している事を
直接は知っていませんでした。
しかし、当時のデジャでは
他の文明をこの大災害から救う事には
余り意味がないと考えられていました。﹂
それを聞いた聴衆は
ダイが何の話しをしているのかを計りかねている様子だった。
しかし、ダイはそのまま続けた。
﹁簡単に理由を言えば
もし韻鉄など落下しなくとも
307
殆ど全ての知的生命体は
滅亡する運命にある
とデジャの人々が考えていたからです。
簡単に言えば
放っておいても
人類は勝手に滅びる可能性が高いと言う事です。﹂
ここまで聞いていた何人かの
顔に浮かんでいたおやっと言う表情が
次第に不審を感じている者の表情に変化し
更にその幾人かは唇の端を横に伸ばした。
308
︵11︶
放っておいても人類は滅ぶ、と
﹁確かに人類は、文明を持ち
文化を栄えさせ
科学技術を発達させてきました。
しかし、それは
人類が生物として
生き残って行く為の
絶対的な条件ではありません。
逆にこれまで繁栄し過ぎた生物は
必ずと言って良い程滅亡してきた事は
地球上の生物史においても
客観的な事実であった筈です。
そして今、人類はまさに
滅亡に向かって突き進んでいる状況なのです。
韻鉄の落下など起こらなくとも
309
人類はほぼ確実に滅亡する生物なのです。
今日のこの集まりの大きな前提として
皆様がこの事実を良く認識して頂きたいのです。
人類は韻鉄の落下などなくとも
滅亡する運命にあった
と言う事を。﹂
ダイが言った内容は
かなり過激な内容であったが
聴衆の反応は鈍かった。
彼らの反応を占めていたのは
むしろ反感に近いものの様だった。
皆分かりきった事を聞いていて
相槌さえも打つ価値がない
と言った表情だった。
彼らの態度の真意は良く分からなかったが
少なくとも
人類が滅ぶ運命にある事に賛成な訳ではなく
極論を用いて演説を始めた
ダイの話し方自体に対する
反感がある様だった。
310
ダイは彼らの無反応は
計算済みであるかの様に
落ち着いて続けた。
﹁人類は元々滅ぶ運命にある
と言う私のお話に対し
皆様のこの反応
皆様はある意味
人類を代表される方々と思いますが
しかしこの反応の鈍さこそが
むしろ人類を滅亡に導いてきた事を
まずここに居られる方全員で
充分にご認識戴く必要があるのです。﹂
皆の表情はまだ無反応であった。
むしろますます頑なな無反応に変化した。
﹁ここで、日本で放映された
ある放送局の広報をご覧下戴きます。﹂
311
ダイがそう言うと同時に
スクリーンが空中に出現した。
短辺が10メートル
長辺の方は30メートルはあろうかと思われる
巨大なテレビの画面部分だけが
空中に突然出現した感じである。
画面の周囲に枠の様なものはなく
画面そのものが空中に見えていた。
その画面の周囲は薄くなって
背面の壁が透けて見えている。
そこに居た全員の表情に
訝しさと驚きの混ざった表情が浮かんだ。
まるでこのテクノロジーへの興味から
意志を逸らそうとするかの様な
無理やり落ち着き払う時の表情だった。
しかし実際の画像が映り始めると
おお、と云う声があちこちから聴こえた。
まず皆が驚いたのは
その画像の鮮明さだった。
ある意味
現実よりはるかに鮮明な画像だった。
心の中に沁みる様な
強烈な画像と言うものが存在するらしい。
312
ダイが映し出した映像を観て
米国大統領のベス・クリーヴランドも思った。
﹃目の体操に使う3Dの
隠し絵を見たときの画像だわ。﹄
彼女は密かに思った。
313
︵12︶
画像の威力
3D隠し絵とは
ステレオグラムとも呼ばれ
画像の中に
特殊な加工をした画像を仕込んでおいて
それを平行法とか交差法とかと言う手法で
探して見るものである。
これを実際見るには
多少の努力とテクニックが要る。
しかし観る事に成功すると
画像が直接脳の中で結ばれる為か
非常に鮮やかで美しい画像となる。
しかもそれは立体の画像となる。
それと似た鮮明な立体画像が
巨大スクリーンに現れていた。
だが一方で、その巨大な画面に現れたのは
ごく普通の日本のテレビ局の番組の様だった。
まず画面には
眼鏡をかけた科学者が出演して喋り始めた。
高名な学者なのだろう。
淡々と事実を客観的に述べるタイプの喋り方だった。
﹁人類は経済を発展させ
314
どんどん繁栄を大きくしてきました。
しかし実を言えば
現在の人間の活動を支えるには
地球が3個分必要なのです。﹂
彼は、現状の地球環境の事態の深刻さを
﹁地球3個分﹂と言う
非常に分かり易い表現を用いて、切々と訴えた。
そして画面が切り替わった。
﹁だからN△Kでは
アイドリングストップの運動を応援しています。﹂
そこまで見せるとスクリーンが突然消え
ダイが喋り始めた。
﹁この放送局は
日本で最も力を持つ放送局です。
そして彼らは地球環境のバランスが
根本的に破壊されつつあるのを知っていて
それを科学者に喋らせているのです。
315
しかし、その結果の彼らの行動は
アイドリングストップ運動なのです。
如何でしょうか。
これは多かれ少なかれ
全世界に共通する出来事ではないでしょうか。﹂
ダイは、ここで言葉を切って皆を見回した。
また突然空中にスクリーンが出現し
全速力で走るライオンが映し出された。
躍動する猛獣の動きが
一切の画面のブレなく表現されるその映像に
全員が釘付けになった。
現状の地球上のいかなる技術を用いても
このスピードと鮮明さで
動画を表現する事は不可能に思われた。
しかも画像はどう見ても3次元で見えていた。
猛獣は全速力で駆けている。
そして画面は変化し
遠景を捉え出した。
その猛獣の視線の先には
316
シマウマの子どもがいた。
しかし、その子供のシマウマは
ライオンに気づかず
逃げようともせずに
余裕たっぷりに欠伸をしている。
シマウマの子供が見る見る近づくのを
スローモーションで見せながら
ダイは続けた。
﹁全速力でこちらに向かってくる
ライオンを見ているのに
ゆっくり背伸びをしているシマウマの行為と
この放送局の行為とは全く同じなのです。
放送局の様な
数多くの人類に影響を与えるマスメディアには
特に非常に重い責任があります。﹂
ダイはここまで一気に喋り
一度言葉を切った。
この巨大スクリーンによる画像が
317
ダイのプレゼンテーションに加わった瞬間に
会場の雰囲気は一変した。
318
︵13︶
滅びる滅びるって、しつこい
デジャ星で当たり前に用いられているプレゼンテーションツールは
地球においては催眠術に等しい効果を持つようだった。
﹁人類全体に責任ある者
これが今主張しなければならない事は
明確でそれは当たり前の事なのです。
例えば車であれば
その数を5分の1にするか
それとも排気ガス総量を5分の1以下に減らす事です。
そしてそれを即座に実行する事です。﹂
皆の表情にまた元の無反応が戻った。
しかし、ダイはそのまま続けた。
﹁人類全体に責任ある者が
今主張しなければならない事は
経済の過熱状態にある国々の消費傾向を抑え
人口の増加を確実に押さえ
319
宗教の持つ悪い面を正し
軍需と産業の結びつきを離し
マスメディアの透明性と積極性を徹底し
大国の独善を抑制すること
ではないでしょうか。﹂
皆の表情は次第に
﹁もうたくさん﹂と言ったものに変化し始めていた。
ダイは再度時間を置いて続けた。
﹁残念ながら、このどれもが
殆ど絶望的に不可能な項目です。
1台当りの車の排ガスが5分の1に減るのは
早くて2030年です。
その他の項目はもっと難しい。﹂
ダイが話の流れを変え、実現不可能だと認めた為か
皆の表情に冷静さが戻り始めた。
それを確かめる様にダイは続けた。
320
﹁そうです。そうなのです。
こんな難しい事を実行するなんて事は
言うだけ馬鹿らしい
不可能に近い事なのです。
そして、だから人類は滅びる。
残念ながら人類はその程度の生物なのです。﹂
ダイは簡単に深刻な事を述べた。
﹁人類はそう簡単には滅びないと言う思い込みを
或いは皆様はお持ちかも知れない。
しかし、全宇宙の諸々の知的生命体を観れば
人類が滅びる事はむしろ当たり前な事であり
人類だけが例外ではないだけです。
もっとも
そんな宇宙に行かずとも
地球上の生物達のこれまでを知れば
321
滅亡を免れた方が少数派である事に
気付くはずです。
その意味でも人類は
他のこれまで滅んできた種と同様に
簡単に滅びます。
例えば、大規模な災害による
食糧危機が発生すれば
全世界のバランスは劇的に崩れます。
世界同時多発的な食料問題は
気候が大きく狂った地球では
容易に発生し、極端な結果を招きます。﹂
ダイはこの議論が
1点の曇りもない事実である事を
強調し続けた。
﹁もっと具体的に申し上げましょう。
ハルマゲドンは
322
このままでは90%以上の確率で
米国を中心とする勢力と
中国を中心とする勢力の間で起こる筈です。﹂
直接名指しをされた米国と中国の指導者達は
お互いに視線を交わす事はなく前を向いたままで
皆の表情は一様に硬く深刻だった。
323
︵14︶
繰り返し言うが、人類は滅亡する運命にあった
﹁本当であれば
各国の政府
企業
そしてメディアが
協調し一つの目的に対して
全力で協力しあわなければならない時に
今はあるのです。
しかし皆様がお感じの通り
とてもそんな状況にはない。
人類の中で最も成功したEU共同体でさえも
その統合は遅々として着実とは言えません。
しかし、一方で
自然はそれを待ってはくれません。
だから韻鉄の落下など起こらなくとも
人類は確実に滅亡するのです。﹂
324
ダイはスクリーンを消した。
﹁もう一度繰り返します。
生物がその進化を通じて
知的生命体である
人類レベルまで進化する事は
稀だと言う事はできます。
それでも宇宙的な規模から言えば
科学技術を持つ段階に達した生物の数は
銀河系の一部の地域においてさえも
膨大な数に登るのです。
しかし、残念ながらその殆どは滅亡してしまう。
これは推測ではなく
当たり前の事実であり法則なのです。
全宇宙で繰り返し起こっている
数多くの滅亡劇は
325
進化のレベルを問わず起こっているのです。
種は生き残る方が圧倒的に少ない。﹂
ここまで聞くと
皆の顔が改めて驚きと深刻さの織り交ざった
真剣な表情に変わり始めた。
﹁滅亡の理由は単純です。
科学技術を持つ段階に生物が進化しても
その種の多くが
生物として自立できないからです。
それは、ちょうど思春期から青春期に向かう人間に似ています。
身体は大人になり
知能は発達したのに
精神は大人ではない状態です。
科学技術を発達させ
急速に繁栄を強め
生物としての規模が莫大となり
326
地球そのものに影響を与える状態になっているのに
精神は完全な分裂状態です。
精神的に未熟であるが故に自立できない。
そのアンバランスの中で
多くの知的生命体は自滅してしまうのです。
今の人類は正しくその状態にあります。
もしデジャの科学者が予測を行えば
人類がこれから1世紀以上の期間生き残れる可能性は
恐らく5%に満たないとするでしょう。﹂
がやがやと言う雑談が聞こえ始めた。
余りに荒唐無稽な論理展開についていけない為か
質問を求める挙手を始める者も多くいた。
ダイは意外にも
会場で挙手している内の一人を指差した。
327
︵15︶
ドクター
挙手していた中で
ダイに指差されたのは
キャゼルヌ
老年期にあると思われる
白髪のインテリ風の男だった。
彼は著名な科学者であった。
落ち着いた、威厳のある表情で
マイクの準備が整い
発言ができる状態を待っている。
﹁大丈夫です。あなたの発言は
既にマイクで拾われています。
内容は、それぞれの言語に翻訳されて
ここに居られる全ての方々に伝えられる筈です。﹂
彼は、ダイの言葉の意味が
直ぐに理解できずにきょとんとしていたが
漸く言っている意味を理解すると、
﹁あっ、うっ・・、本当だ。
素晴らしい技術だね、こりゃ。﹂
328
と自分の声が増幅されて会場に流れるのを確認しながら
嬉しそうに微笑んで、言った。
﹁単一指向の音声収録を
3次元で処理しています
キャゼルヌ博士。﹂
ダイは出席者の顔と名前を正確に把握し記憶していた。
﹁どうぞご発言下さい。
ちなみに、キャゼルヌ博士を例外とさせて戴き
これ以降は、できれば皆様からのご質問は
最後にお伺いしますので
その時にまとめてお願いできれば有難いです。
それではキャゼルヌ博士、お願いします。﹂
キャゼルヌは、米国の著名な物理学者だった。
発想の柔軟さと頭脳の明晰さによって
アインシュタインに比される事もある人物だった。
﹁いや、悪いが、私の質問は単純なものだよ。
329
人類が滅ぶ運命にあると言うが
確かに私もその可能性を強く指摘している者だ。
しかし、それ程自信を持って断言するのなら
それを証明する何か
具体的な根拠を示して貰えんかなと思ってな。
その根拠には今観測されている
平均気温の劇的な上昇が挙げられているが
それが直接の証明であると言う事は
少し乱暴な気がしてしまうのだよ。﹂
その質問内容を聞いている人々の表情は
自分も同じ疑問を持っていると言った表情で
ダイの顔を注視する。
ダイは落ち着いて答えた。
﹁実を言えば、サンダルを送り込んだデジャでも
滅亡が確実な状態に至った経験があるのです。
そしてその生き残りの努力の中で
330
他の星の探査を数多く行う事になりました。
特に反重力装置が開発されると
光速に近い移動が可能になった為
片道十数光年の範囲の探査が行われました。
デジャが存在する宇宙には
我々の太陽の周辺と比較すると
はるかに多くの恒星が存在し
それに比例した数の惑星
実際には数千の惑星が存在します。
ここでデジャは
数十の知的生命体の痕跡を発見しました。
確かに幾つかの文明は
デジャが被った超新星爆発によって滅んでいましたが
最も進んだと思われる文明の幾つかは
意外な事に超新星爆発以前に自滅していたのです。
この事実と、デジャの歴史を併せて
多くの研究が行われました。
331
その結果、あるレベル
具体的には、現在の人類のレベルに達した科学文明は
種にとって非常に危険である
と言う事が判明する事になりました。
これは私を送り込んだ星の科学者によって
証明された学説です。
しかし、そんな事を言っても
なんの証明にもならないし
残念ながら、詳細な学術論も用意できません。
だが地球上で収集されている幾つかの指標には
それを如実に証明しているものがあります。
例えば、これを観てください。﹂
ダイはそう言うと巨大画面にあるグラフを映し出した。
それはインターネットで簡単に入手可能な
現実の地球のデータだった。
人類の人口の推移をプロットした曲線のグラフである。
pic.twitter.com/R0oQg3YnKw
332
︵16︶
種の滅亡曲線
このグラフは、今から1万年前から
現在に至る全世界の人口推移のグラフです。
このグラフを良く観て下さい。
この形状は明らかに
曲線が終わると考えられる線
収曲線※を持つグラフになっています。
※
デジャの科学者はこの指数関数曲線を
種の滅亡曲線と呼びます。
つまり、彼らに言わせれば
このグラフは人類の滅亡を示したグラフなのです。
種が統一され
自制されることなく
只々増加を続け
統制を失い、混乱に突入して行くグラフだと言うのです。
このグラフによれば
333
人類の滅亡の時期は大体2050年頃でしょうか。
数学と言うものは非常に冷酷に現実を表現するものです。﹂
ダイは余り面白くなさそうな表情で続けた。
﹁もしこれでは
余りにおおざっぱ過ぎると言うのであれば
もっと最近のグラフを映してみましょう。
次のこのグラフは日本政府によって作成されたものですね。﹂
ダイはそう言うとグラフを切り替えた。
それは17世紀から現在に至る
やはり人口増加を示すグラフで
やはり綺麗な指数関数曲線を描いていた。
﹁みなさんにご注目戴きたいのは
同じ人口曲線を扱ったグラフを
人類が文明を持つ直前である
1万年前からと言う
マクロの変化で観た上で
334
更に産業革命に入る時期からの
ミクロの変化を切り分けて
その両方で表したと言う事です。
そして、その両方が
全く同じ傾向のグラフとなっている
と言う事実をご認識下さい。﹂
﹁もちろんグラフがこうなっているからと言って
人類の滅亡が証明された事にはなりません。
しかし我々が注目しなければならない事は
このグラフのデータが
計画的に作成されたものではないと言う事です。
このグラフは、地球上で営まれてきた
全世界の人類の活動の結果を
人口と言う指標にまとめて
客観的に示したに過ぎません。
335
これは人類の生活を
ある尺度で具体的に示すグラフで
地球の民衆の活動の実績なのです。
その結果が事実上
人類の滅亡を明確に示しているのです。
この冷厳な事実に対しては
どれ程偉大な科学者であっても
恣意的な見解を講ずるべきではないと思われます。
このグラフは
人類の地球上での活動があって
その結果なのです。
そして最も大きな問題は
このグラフに現れる現象を
コントロールする手段を
人類は今持ち得ていない事です。
336
良く考えて下さい。
CO2を減らすと言う事は
この様な人類全体の指標をコントロールする事です。
しかし、現実としてCO2を
劇的に減らす事ができる可能性は余りありません。
結果として人類は
このグラフが示す方向に向かわざるを得ないのです。﹂
ダイはここで少し言葉を切った。
ある意味厳密な論理を欠く説明だったが
会場の雰囲気も手伝って
妙な説得力のある内容だった。
ほぼ全員が挙手して
質問したい衝動に駆られている様でもあった。
337
︵17︶
ベスの憂慮の原因
﹁みなさんは
そんな事はない!
人類は全世界で話し合っているし
理性を持っている!
と思われているかも知れません。
しかし、この問題の解決は
人類全体が一つの方向に対して
真剣に活動しない限り
絶対に実現しない性質のものなのです。
例えば地球環境の問題について言えば
京都議定書などは
﹁子供だまし﹂に近いレベルを追求した内容である事は
多くの皆様が
既にお気づきになられている事実ではないでしょうか。
338
地球環境は各国の利害とは無関係です。
実際、環境対策には各国の利害調整の余裕などありません。
現実に先年、米国で起きた食糧危機は
非常に危険な自然災害だったのです。
あの年に
もし他の国家で充分な穀物の収穫がなければ
米国では千万人単位の餓死者が発生し
恐らく50%以上の確率で
核ミサイル発射を含んだ動乱が発生していた筈です。﹂
ベス・クリーヴランドは
自分が恐れていた通りのストーリーを
ダイが話すのを聞いて
その内容の深刻さにも拘らず
なぜか強い安心感を感じていた。
これは繁栄する経済活動を賞賛する人々から
﹁心配症﹂とされる
一部の科学者達が述べてきた内容だった。
また世界の各地で
339
ほぼ例外なしに発生する異常な気象現象が
このところ毎日の様にマスメディアを賑わしていた。
それを知ってか
会場はしんと静まり返ったままだった。
地球環境と言う自然条件と
各国の利害調整と言う
外交政治がぶつかり合う結果
理想的な対策が取れない現実は
誰もが感じていた事ではあった。
しかし、それではどうすれば良いと言うのか。
少なくとも事態を前進させる必要はあろうが
でき得る限りの努力をする以外に
方法はないのである。
それにしても人類が確実に滅ぶと言うのは
余りにも極言し過ぎた言い方に思える。
それが会場の平均的な感想の様だった。
しかし、ダイは構わず話続けた。
﹁もっと簡単に申し上げましょう。
まと
今直ぐに人類が纏まり、全てに先行して
強力な環境対策を講じなければ
340
人類は助からないのです。
少なくともたった今から
車の台数は減らし始めなければなりません。
国家間の利害調整が必要なら
先進国が今直ぐ半分に減らして
開発途上国に多少の猶予を与えると言った
とてつもない対策が必要なのです。
もちろんそれと併行して
あらゆる環境対策を
冷徹に実施しなければなりません。
経済の発展を犠牲にせずに
環境対策を行う技術も
そして余裕も
今の人類にはないのです。﹂
会場の雰囲気は
序々に緊張したものになって行った。
ダイの口調は淡々としていたが
独特のリズムがあり
不思議な説得力を持っていた。
341
﹁皆様の中の、特に科学者の中には
かなりの数の人達が
私の申し上げている内容に賛成してくれる筈です。
先ほど示した人口増加グラフは
人類の危機を示す一つの例に過ぎません。
これ以外にも、気候に関するデータや
軍事に関するデータ等々
いとま
人類の終末を裏付けるデータには
枚挙の暇がありません。
そもそも地球の生物史上で
人類は唯一の自殺できる種なのです。
そして、最も残念な事実は
あらゆるデータが
q人類の危険を示しているにも拘らず
逆に人類がこれから生き残っていける事を
証明するデータの方は
明らかに皆無なのです。
人類の将来を約束しているのは
楽観主義者の楽観的な期待だけなのです。
違うでしょうか?﹂
ベス・クリーヴランドは米国大統領として
非常に多くの著名な人々の見解を聞く立場にあった。
342
その中で一部の科学者
しかもその多くをベスが信頼できると感じている人々が
ダイと全く同じ事を主張し続けていたのである。
﹁みなさん
私は人類滅亡の話をする為に
来ている訳ではありません。
逆に人類が生き延びる為の
話をする為に来ているのです。﹂
一様に少しほっとした表情が皆の顔に浮かんだ。
343
︵18︶
大樹は
この災害は逆に人類が生き残るチャンスなのだ
ようやく迫り来る巨大災害について触れた。
﹁いや正確には
そうではない。
人類が滅びてしまうかも知れない大災害によって
逆に生き延びるチャンスが生まれた
と考えるべきなのです。﹂
ダイは、ここで言葉を切った。
この隕鉄襲来がチャンスであると言う論理は
これまで言い続けてきた事だった。
これから到来する過酷な事態に
人類全体が前向きに
希望を持って取り組む事が
どうしても必要なのである。
﹁みなさん、ここで休憩としましょう。
早くお帰りになられたい方は
344
どうぞお引取になられて下さい。﹂
実を言えば、来場者の3分の1程は
ダイの存在を心から信じてはいなかった。
当然、本当に真剣にこの会場に来ていた訳ではなく
他の出席者の手前
出席せざるを得ずに参加した人々も多かった。
彼らのうちの多くは、出席の義務を果たしたら
早々に引き上げる考えでいた。
実際、彼らの多くは、ダイが休憩を告げると
即座に席を立ち携帯電話を持って
会議室の外に走った。
しかし、それは帰路に着く為ではなく
急遽の予定の変更を部下に告げる為だった。
宗教関係の指導者達の中には
留まるべきか悩む者も多く居た。
余りに強制力のある内容に戸惑ったのである。
宗教家達の最終的な手段である
﹁耳を塞いで聴かない﹂
と言う手段が必要な事項である事は
明確であった。
345
しかし一方で
ダイが空中に浮かべたスクリーンの威力は絶大だった。
まるで神の啓示であるかの様に色鮮やかで
彼らの多くが修行時代に感じた
ときめきを思い起こさせるものだった。
そして、彼らの全員が
とうとうその場を離れる事ができなかった。
ダイが指定した休憩の予定時刻が来ると
会議室には一斉に出席者が戻った。
数百人の出席者がいたにも拘わらず
遅れて入る者はいなかった。
ダイは、照明が落とされた舞台の真ん中に立ち
皆が席に付くのを待っていた。
皆、時々何気なく
そのダイの様子を眺めながら行動した。
全員が静かに行動しているその姿は
おごそかな宗教儀式に参加している様な
規律正しさを感じさせた。
それは最後の一人が
346
席に付いたタイミングだったのかも知れない。
何の前触れも無く
明るい照明が舞台に灯り
ダイが一歩前に歩み出た。
同時にあのスクリーンがまた現れた。
今度は先ほどとは比較にならないほど
巨大なスクリーンだった。
舞台全体と言うよりも
会場全体がスクリーンになっている。
そして次の瞬間
信じられない程に深遠な漆黒が会場の天井を覆った。
そしてその中に光りの点がぽつぽつと見えている。
星だった。
それが宇宙空間である事に気付くのに
時間を要する者は誰もいなかった。
現実に宇宙空間に放り出された様な気持ちになった者も多かった。
宇宙飛行士の経験をイメージした者も多かった。
それ位にリアルな情景だった。
恐怖感さえ感じる程の深い黒と
永遠とも思える程遠くで光る点だった。
﹁このスクリーンは
347
デジャで空間スクリーンと呼ばれるものです。
空間そのものを制御して造られています。
こんなスクリーンを映すには
莫大なエネルギーが必要そうに見えますが
光は非常に小さなエネルギーで表現できる性質があります。﹂
ダイは、会場を覆うスクリーンについて
非常に簡単に触れた。
非常にストレスの残る内容だったが
ダイはそれ以上触れる事なく
そのまま本題に入った。
﹁今から、15万年前の出来事です。
私をここに送り込んだ星
デジャは非常に深刻な経験をしました。
超新星爆発です。﹂
ダイの説明が終わらないうちに
漆黒の空間の一点が急に明るく光りだした。
348
︵19︶
巨大スクリーンが見せたもの
世界の要人が光だした星を見つめる中
誰もが、それがダイの言う
超新星爆発だと認識した瞬間に
本物の爆発が始まった。
突然会場全体が
大きな白い火の玉に包まれた様に明るくなった。
通常であれば
肉体的な損傷を受ける者が出るであろう
と思われる程強い光だった。
しかし、光はまるで
心の中で発光しているかの様に間接的で
暴力的なエネルギーとは無縁だった。
にも拘らずその迫力の凄まじさは圧倒的で
会場の全員が目を大きくして呆然と息を呑んだ。
光の爆発は終わる事なく、継続していた。
むしろ強くなり始めた観さえある。
突然スクリーンの情景が切り替わった。
次に写ったのは
デジャの都市の風景と思われるものだった。
夜間の情景の様で、空は暗かったが
その他の全てが明るく輝いていた。
349
SF画像に出てくる未来都市の風景だった。
しかし、映画や絵とは根本的に異なっている点があった。
それは、それが現実の風景である事だった。
会場の人間は全員それを理解し、納得した。
凄まじく迫力のある情景だった。
進化した文明社会の理想の姿だった。
実に堂々としていた。
会場の参加者は、超新星爆発と言う災害を一瞬忘れて
その風景の美しさに見とれ
深い感動に打たれた。
これは現実なのだ。
人類より進化したエイリアンが
築いた都市の情景なのだ。
その空が突然明るくなり始めた。
と次の瞬間に、先ほど会場を襲った白い光の爆発が始まった。
瞬間的に物凄い破壊が始まった。
残酷とか、無残とか言う言葉で表現するには
余りに凄まじい破壊だった。
一瞬で全体が燃え、溶け、蒸発して行く。
宇宙的な規模の災害の凄まじさは
想像を絶した。
高度に進化した生物の営みの証拠である巨大な建物であっても
単なる大きなゴミと大差なく焼き滅ぼされていく。
350
ベス・クリーヴランドは思わず
﹃ああ、神様!!﹄と叫んでいた。
これは現実なのだ。
その時ダイの声が聞こえた。
﹁みなさん、大変驚かせて申し訳ございません。
これは今から15万年前の出来事で
遠い過去に過ぎ去った出来事です。
でもこれはヴァーチャルの画像ではなく
実際、現実に起こった画像そのものなのです。﹂
映像は続いていた。
その迫力は
最近流行りのハリウッド映画に出てくる
ヴァーチャル画像などとは比較にならない
深遠な恐ろしさを感じさせる情景だった。
﹁しかし、皆様にご理解戴きたい事が一つあります。
それは、この神の怒りの様な光の爆発は
実はデジャの破滅を救った爆発でもあるのです。﹂
351
それからダイは自分が観てきた
デジャの物語を語り始めた。
352
︵20︶
サンダルの放たれた訳
まずハルマゲドン︵最終戦争︶に至るデジャの歴史が
現実以上にリアルな映像とともに語られた。
そしてハルマゲドンが始まり
一斉に核ミサイルが発射され
その時に起こった奇跡
それが超新星爆発だったこと。
超新星爆発によって
全てのミサイルが無力化した事。
そして超新星爆発そのものの大災害
そしてその災害からの復活。
しかし超新星爆発の放射光から
遅れる事800年後に
デジャを襲うことになる大破砕流星群。
その運命を変える為の
数百年間にわたる努力。
そして最終的な勝利。
画像はその度に進化していく
353
デジャの姿を映し出していった。
その画像は
地球の指導者達を魅了し
そして彼らは
その圧倒的に進歩した美しさに
完膚なきまでに
打ちのめされていった。
ダイは語り続けた。
﹁そしてこの危機が本当に去った時に
初めて
デジャの人々にとって
流星群の行き先が問題になったのです。
なぜなら、その行き先が変わった事には
デジャに原因があったからです。
もちろんその流星群の通過先に
文明を持つ生物が存在する可能性は
非常に低いものでした。
またデジャでは
﹃文明を持つ生物はその殆どが滅亡する﹄
と言う定説が信じられていました。
だから、通り過ぎた流星群に対して
354
デジャは何もしない可能性も高かったのです。
しかし、デジャは生き残ったと言う幸運に
感謝しました。
その為、最低限の事だけは
行う事になったのです。
そのデジャの最低限の心遣いは
1台の機械を宇宙に放つことでした。
その機械は亜光速で宇宙を飛び
流星群を追いかけ
やがて追い越して先を急ぎ
その進路に存在する生物が居る星を探し始めました。
そして辿り着いたのが地球だったのです。
それは今から5万年ほどの昔でした。
それから現在までこの機械は
活動を開始する事を待ち続けたのです。
もし、地球の文明社会が
この機械が活動しても
流星群に対処できないレベルにしか
進歩しなかったら
この機械は音もなく過ぎ去った筈です。﹂
機械が待機し続けた時間が
355
5万年だと言う表現をダイがした時
会場が軽くどよめいた。
それから、機械がそのまま過ぎ去ったかも知れない
と言った時には、一瞬息を止める人々がいた。
﹁この機械を私は﹁サンダル﹂と呼んでいます。
サンダルは活動を始める為に
誰か一人の地球人を
選ばなければなりませんでした。
そして最近その人間を選びました。
その選ぶ為の基準は
かなり無作為で乱暴なものでした。
驚くかも知れませんが
まず宗教的な思想を持たない為に
なんと幼児を選んだのです。
しかも自立心が強い事が求められる為か
父親が居ない男の子供を選びました。﹂
がやがやと言う私語が始まった。
しかし、それは会話と言うより
多くが独り言の様だった。
余りに驚くべき数奇な話に
多くの人々が感情を抑えきれなくなったのだった。
356
﹁お分かりの通り、私がその選ばれた人間で
私はまだ5歳です。﹂
更に多くの呻き声が一斉に起こった。
おおっ、ああう・・・
あらゆる言語での発声だった。
357
︵21︶
五歳の少年であることをカミングアウト
﹁御覧のとおり私は5歳の少年には見えません。
私はサンダルによって
バーチャルにて姿を表現しています。
皆様も私が5歳の少年の姿でお話をしているより
ずっとまじめになり易いのではないかと思いますが
どうでしょうか。
それよりもサンダルは私に生体手術を施し
多くの知識を埋め込みました。
現在の地球でナノテクノロジーと言われる
特殊な技術を使っての手術でした。
その手術が終わると直ぐに
私は記憶の中の旅にでかけました。
記憶の中の旅と言っても
それは現実に生きたのと
全く変わらない旅でした。
そして、それは永い永い旅でした。
358
皆様にはとても信じられないかも知れませんが
その旅の永さは
人間の時間の感覚にすれば
200年間にも及ぶものでした。﹂
会場はしんとして
咳払いさえも聞こえなかった。
﹁その旅の終わりに
私はデジャを強く憎みました。
なぜならサンダルは
私にあらゆる知識や技術を埋め込み
サンダル自体を自由に操れる能力を与えながら
一つだけ一切与えなかったものがあったのです。﹂
ダイはここで言葉を切った。
﹁それは、サンダルと言う
究極のプレゼントを受け取った私自身が
これからどうすべきか
359
何を、どうしたら良いかについてです。
サンダルは
その点についてだけは一切教えず
指示もしてくれなかったのです。
要するに、私は
寝ていようと
遊ぼうと
それとも一人で流星群と戦おうと
それは全く自由の選択とされたのです。
私はこの状態に対して
激しく苦しみました。
なんとサンダルは
この苦しみを予め予告さえしていたのです。
数十パーセントの確率で
死を選ぶ可能性がある事さえ予告したのです。
もし私が死んだらサンダルは
次の地球人を探す事はなく
そのまま宇宙へ
次の衝突の可能性のある星に向かって
360
飛び立った筈です。﹂
ガヤガヤと言う私語が始まった。
ダイが地球人である事以上に
冷酷な現実の方に
強い衝撃を受けた人々の私語だった。
そして、ダイは自分に対する説明を終え
これまでのプレゼンをまとめた。
﹁近い将来
人類は過去に例を見ない程の
大きな災害に襲われるでしょう。
この大災害によって生じる被害を
無くす事は不可能です。
もし何も準備をしなければ
少なくとも世界人口は
5分の1に減少する可能性さえあります。
そして、これから準備を急いでも
残念ながら3億人を超える
死者が発生する事を
覚悟しなければなりません。
しかし実はこの災害は
361
文字通り始まりに過ぎません。
本番は、今から約9年半後にやってきます。
最初の災害の数千倍の規模の災害が地球を襲い
それにまともに晒されたなら
人類に生き残るチャンスはありません。
だからこの今から9年半後の災害を切り抜ける事が
人類が生き残る為の
絶対的な条件となるのです。﹂
362
︵22︶
人類が終わらぬために
その深刻な内容の話を聞き
各国の指導層の人間達の顔の表情は
一様に緊張したまま変わらなかった。
話の内容は、殆どの出席者に対して
事前にダイが知らせてあった内容だった。
ただ本気には信じてはいなかった事は
今の彼らの様子を見れば歴然としていた。
﹁この災害を回避する為に
皆さんがここに居て
そして私がここに居るのです。
これから我々は
非常に多くの事をやらなければなりませんが
その基本は非常に単純です。
まず、人類が統一行政政府を作り
全世界が一つの政府の元に
統一される事。
その為には
今年の9月12日の災害到来と同時に
全世界の国々が歩調を合わせて
統一政府に参加する必要があります。
363
次に災害からの復旧対策と
9年半後の対策の
2手に分かれた活動になります。
特に9年半後に備える対策は
一刻の猶予も許されません。
一方で、災害からの復旧は
困難を極める状況の
連続となる筈です。﹂
ダイの説明は大詰めを迎えていたが
聴衆は更に集中力を増している様子だった。
﹁これは非常に多くの困難と苦しみを伴う
明らかな﹁戦い﹂です。
そして、この戦いに勝つ為には
今まで人類を支えてきた
多くの精神的な支柱を更に強くし
団結する必要があります。
しかし、また一方では
その支柱に存在する
こだわりについては
これを潔く捨てる必要もあります。
なぜなら我々の団結は
全世界で行わなければならないからです。
364
例えば宗教についてはどうでしょうか。
もし宗教が人類の活動に
影響を与え続ける存在であるならば
これからの宗教は
たとえ複数の宗教が混在しても
我々に対して
良い影響を与え続ける存在に変化するべきです。
何故ならこれからの我々は
複数の宗教に属する者が混在する
行政府を成立させなければならないからです。
単なる企業ではなく
教育までを担う行政府です。
ですから全ての宗教は
近い将来お互いに協調しあう
宗教統一に向かう活動が必要になります。﹂
ここでダイは皆をぎろりと睨み付ける様に眺めた。
﹁どうでしょうか。
これはとても不可能な事でしょうか。
これまでの宗教は
異教だけでなく同じ宗教内であっても
365
宗派の対立があったりで
結局常に争いの要素となってきました。
しかし、我々人類は
この不可能と思われる宗教連合にさえも
それに正面から
立ち向かわなければならないのです。
ですから
権威の高みにいて
後ろから影響を与えるような宗教者は
新しい世界に存在させてはなりません。
理由は簡単です。
我々は生き残らなければならないからです。
生き残る事を除いて
大切なものは何もなくなります。
たとえば荒海に
一人投げ出され溺れて行く人間は
或いは宗教に頼るかも知れません。
しかし、我々は
たとえ荒海に投げ出されても
そして死を恐れても
宗教に頼りながらも
溺れる事が許されない存在なのです。
366
なぜなら、我々が溺れてしまえば
人類は永遠に消滅してしまうからです。﹂
367
︵1︶
現実の認識
5月になり北半球に本格的な春が訪れる頃になると
世界各地で起こっているパニックの様子が
毎日の様に報道機関によって伝えられる様になっていた。
しかしその大混乱も
全世界の人口と地域からすれば
一部の混乱であった。
残りの大部分の地域と人々にとっては
未曾有な災害が起こる
具体的な兆候を感じる事が無い上
平穏な日々を特別変化させる必要もなかった。
その為か、各国政府が
警告しているにも拘わらず
巨大隕石の衝突を
信じない人々も多く存在した。
落下地点から遠い国程
その傾向が強かったが
被害地の直ぐ傍にあって
被害が甚大となると想定されていた
オーストラリア東岸においてさえも
居住人口の実に35%程の人々は
避難する事もなく
平常な生活を送っていたのである。
368
もちろんその多くは
自ら望んで留まっていた訳ではなかった。
貧困であったり
年老いていたりして行き先がない上に
移動する能力そのものを
欠いている人々も多かった。
お互いの人間関係を絶つ事を恐れたり
または職業上避難する事が
難しい人々も多く存在していた。
移動した先の生活が
確実に今の生活より
厳しくなる事も主な理由になっていた。
もし彼らがこれから起こる事を
より現実的に認識していたなら
なりふり構わずに逃げ出しただろう。
しかし
﹁もしかしたら何も起こらないかも知れない﹂
と言う疑いの気持ちが
多くの人々の心の片隅に存在した。
何せこの災害が起こる事を
確かに断言できる者が誰もいなかったのである。
少なくとも人類の科学者においては
誰一人として隕鉄の落下の可能性を
正確に検証できる者などは存在しなかった。
369
人類の手によって
隕鉄の落下の可能性を確かめる事ができるのは
落下の173時間程前
つまり1週間程前になる筈だった。
米国が探査ロケットを打ち上げたのが
今年の3月で
ロケットは秒速32kmの速さで
隕鉄が来るとされる方向に向かっていた。
このロケットが隕鉄を探知して
地球に情報を送ってくる事になっていた。
想定からすればその情報が地球に届くのは
衝突の7日程前と言う事になる。
もっとも
人類の大部分は
隕鉄の落下を信じた行動を取っていた。
それは、多くの科学者や政治家や企業のオーナー達が
本気で行動を開始した結果であった。
6月の初めだった。
衝突が予言されている日までには
まだ3ヶ月余りある。
ベス・クリーヴランドが
デスクの上に山積みにされた
370
膨大な決裁書類にサインを続けていると
補佐官のヤコブソンが走りこんできた。
50歳を過ぎたこの男は
この世界では珍しく根っから実直なタイプであった。
その彼の息が切れ
真剣な表情がベスを見つめている。
371
︵2︶
膨大な数の一個
﹁良い知らせではないようね。﹂
駆け込んできたヤコブソンにベスが言った。
﹁残念ながらその通りです。大統領閣下。﹂
ベスの質問に対して
ヤコブソンは真面目な表情のまま続けた。
﹁つい今しがた、中国の天文台が
直径3km程の小惑星を発見しました。﹂
ベスは鼓動が速くなるのを感じながら尋ねた。
﹁それで衝突はいつ?﹂
﹁いや、この小惑星は衝突しません。﹂
ヤコブソンは真剣な表情のまま、
ベスを安心させる内容で答えた。
﹁問題なのは、その小惑星の移動速度です。
秒速400km前後の信じられない程の高速で
﹃地球の直ぐ傍を通り過ぎた﹄様です。﹂
372
﹁・・と言う事はどういう事なの。﹂
ベスはほぼ答えを確信しながら質問した。
﹁ダイの予言が
いきなり現実的になってきたと言う事です。
この小惑星の移動速度は
人類のこれまのあらゆる常識を翻すものです。
それに、この小惑星は、ダイが示した座標と
寸分狂わない位置からの飛遊物と考えて間違いなさそうです。
この様な小惑星が
地球に衝突する確率は天文学的に小さい様です。
ぼうだい
つまり、もしダイが言った事が本当であれば
いんてつ
隕鉄は膨大な数が飛来して
その中の1個が
地球に衝突する事になる様です。﹂
ヤコブソンがそう言い終らないうちに
彼の携帯電話が鳴った。
それが緊急通報である事を
大統領に顔で合図しながらヤコブソンは電話に出た。
373
彼は暫く黙って聴き、それから
分かった、うん、うんと2、3言答えて電話を切った。
﹁大統領、発見されたのは1個ではなさそうです。
この1時間に発見されただけで
他に2個の小惑星が秒速400Kmの速度で
地球のかなり近くを通り過ぎていった様です。﹂
ヤコブソンは
他に何か良い表現はないものかと
探しあぐねている風に
喋りにくそうに報告を続けた。
﹁要するに、撃ちまくる機関銃の弾の様に
地球に向かって
巨大な小惑星群が
降り注いでいる状態なのね。﹂
ぞっとする気持ちを押さえ切れず
抑揚のない声でベス・クリーヴランドは呟いた。
彼女は聡明な女性だった。
ヤコブソンの簡単な説明と
携帯電話で交わされた会話を聞いただけで
事態を察知したのだった。
ダイの予言は
374
別に奇跡的な確率で適中する訳ではなかったのだ。
地球は今
まるで敵の撃ちまくる機関銃に向かい
身体を晒している兵士の様な状態にあるのだ。
巨大な隕石がそれこそ地球の傍を
ビュンビュンと通り過ぎているのである。
確かに小惑星が地球に衝突する確率は
天文学的に小さな確率かも知れないが
もし天文学的な数の小惑星が
地球に向かっているのなら
全く事情は異なる。
その場合は衝突しないのが不思議で
衝突するのが当たり前と言う事になるのである。
そもそも、この小惑星群は
超新星爆発の残骸なのである。
むしろ単独で小惑星が飛んでくる事の方が
不自然なのだった。
375
︵3︶
GEM
秒速400km流星が
地球の近くをビュンビュンと通り過ぎるのを知り
ベス・クリーヴランドは﹁9月12日﹂と
日を明確に予言してくれたダイに感謝した。
それに少なくとも
10年後までに衝突するのは
1個だけと予言してくれてもいるのだ。
もしいつ衝突するか分からない状態であれば
それに何個衝突するか分からない状態であれば
この恐怖を回避する事は更に難しくなっただろう。
事態を人類全体が認識するのに
長い時間はかからなかった。
各国政府が
マスコミに規制をかけなかったのである。
混乱は予め予想されていた。
報道によって死傷者が出る様なパニックが生じる事も
何度も何度も伝えられていた。
それでもなお
降り注ぐ様に地球の傍を通り過ぎる
小惑星に関するマスコミの報道が始まった。
376
多くの天文学者がカメラの前で情報を伝えた。
あらゆるマスメディアが
一斉にこの小惑星衝突に向かった。
当然その規模もマスメディア史上空前の規模となった。
但し、報道の内容は比較的単調であった。
まずこの小惑星の移動速度が秒速400Kmと
﹁馬鹿げた程速い事﹂。
それが小惑星の衝突の予言を決定付けた。
小惑星の衝突の予言は
世界の著名な科学者のチームで行われた事になっていた。
その科学者のチームはGEMと呼ばれていた。
GEMはダイの予言を信じた科学者達のグループである。
そのGEMの予言が
現実的に裏付けられるに至って
ほぼ全ての人類が一斉に
そして本気で隕鉄の落下を信じ始めた。
オーストリア東部に残っていた人たちも
一斉に逃げ出した。
もちろん大きな疑問は残ったままだった。
377
それはGEMがどうしてこれを予言できたかであった。
多くの科学者に留まらず
多少の科学的な思考をする者であれば
この小惑星の衝突を予測する事が不可能な事位は
簡単に推測できたのである。
だからGEMの発表に対し
多くの批判が重ねられてきたのである。
一方で各国政府が
GEMの発表を簡単に受け入れた事に対しても
大きな批判が起こった。
しかし、それも長続きしなかった。
権力の座にある殆ど全ての人物には
ダイの説得が及んでいたのである。
その意味でも
ニューヨークで行われたプレゼンテーションは
大きな力となった。
小惑星が衝突した時の
被害についての報道も行われていた。
しかし、ここでも
この衝突を予言した科学者チームの予言内容に
疑問が呈される事となった。
378
なぜオーストラリアの東方の沖なのか
と言う疑問が常に述べられてきたのである。
この位置を特定できる技術を持つものが誰もいない事位
少し知恵のある中学生なら
簡単に想像できる筈であった。
その頃になって、この9月12日の予言は
実は宇宙人から教えられたと言う噂が立ち始めた。
379
︵4︶
マスメディアの本質
もちろん人類全体が衝突の瞬間を待ちわびた訳ではない。
この世が地獄に変化する瞬間である。
できれば誰もが絶対に来て欲しくない
と思う瞬間であろう。
しかし、皮肉な事に
結果的に世界中がこの運命の瞬間を
固唾を呑んで見守る形となった。
なぜなら全世界のマスメディアが
巨大隕鉄の落下を
それまでの慣習の通りの
従来の報道の延長として
その上空前の規模と熱意で
そのまま伝えたからである。
衝突の5ヶ月以上前から
ほぼ全ての報道機関や公報機関が
この事件に集中し始めた。
何よりも、時間や場所に関して
予め正確な予言が行われている事が
マスメディアにとって
この上もなく好都合だったのである。
当然取材準備の入念さは究極に達していた。
380
報道関係者や広報官の誰もが
今回の事件が
人類史上最大の取材の対象である事を
信じて疑わなかったし
全身全霊を捧げるべき内容である事に
何の疑いも持たなかったのである。
確かにその筈だった。
この衝突による被害は
予測の範囲を越えていた。
場合によっては
人類が全滅する可能性さえもが
指摘されていたのである。
その様な人類共通の危機が
目の前に迫っている以上
それを報道するマスメディアが
その報道に集中する事は当たり前である。
しかし彼らの多くに
もう少し聡明さがあれば
報道にとっては
﹁衝突などどうでも良い事﹂で
ある事にもっと早く気付いた筈である。
マスメディアが
マスメディアの為に存在しているのではなく
381
人類の為に存在していると言う事を
正確に認識していたら
事態は違った筈だった。
ある意味衝突は単なるショーであり
被害の大きさもその発生速度も
ほとんどすべての事が予測されていたのである。
要するに最大の問題は衝突の後
マスメディアが如何に正常な状態で生き残り
人類に有益な活動を続ける事ができるかが
何よりも優先されるべき事項だったのである。
382
︵5︶
衝突の時
マスメディアは
人類の知覚の役目を果たしている。
そのマスメディアが消失してしまえば
人類はその知覚を無くし
混乱するであろう。
もちろんマスメディア自身も
多少はそれに気付いていたが
現実には
事件が大きすぎた。
簡単に言えば
衝突そのものを報道する事に
余りのエネルギーを使い過ぎた。
要するに
ただただ騒ぐだけのマスコミ根性が
この人類最大の危機の際にも
遺憾なく発揮されてしまったのである。
実際、綿密な報道体制が敷かれた。
逆にそれが
衝突前と衝突後の
﹁情報量の格差﹂
と言う何とも表現のしようのない
383
しかも非常に深刻な
ストレスを生む事となった。
衝突までは、ありとあらゆる情報が
詳細に全世界の津々浦々まで伝えられたのが
いざ衝突が起こり
被害が全世界に広がり始めるに反比例して
情報は断片化し
詳細さを失い
統制も失い
そして正確ささえもが失なわれていった。
衝突とその直後までの状況は
世界のマスメディアが協力し合い
ほぼ完璧に報道された。
行き過ぎた報道も多かった。
例えば衝突現場の
少なくとも半径400Km以内には
どの様な装備を持つ人間であっても
入る事は固く禁じられていたが
しかし実際には
衝突の威力を過小評価した幾人かの猛者が
高性能の小型船舶で100Km程まで接近していた。
しかし衝突後の混乱が過ぎると
その全員が行方不明となっていた事が判明した。
384
とても人間が近寄れる状況ではなかったのである。
多くが観た衝突の様子は
遠隔操作のハイビジョンカメラで写されていた。
100台以上のハイビジョンカメラが
衝突の瞬間を捉える為に
様々な場所に設けられていた。
多くは船の上だった。
一部は、無線操縦の軽飛行機や飛行船に据えられていた。
天候は穏やかだった。
カメラは、実際にそこに居たのに
近い位にクリアに情景を伝えた。
隕鉄の衝突は、特別に仰々しいものではなかった。
何しろ、地球を包む
厚さ20km程の大気と
それから5km程の深さの海を
ほんの0.1秒程の時間で通り過ぎ
それから地殻を突き破って
直径900メートルの隕鉄が
マントル深く突き刺さったのである。
それはほんの一瞬の出来事で
火の玉が瞬間的に落ちる様子は
385
近くで起こった落雷の様にも見えた。
更に隕鉄が落ちた先の
地球のマントルは
粘りのある防弾チョッキの様な役目を果たして
恐ろしい速度で進入した隕鉄のエネルギーを
非常に上手く受け止めてくれた。
つまり、被害は最小限で済んだのである。
被害が最小限と言っても
水爆数千個のエネルギーから
発生する被害である事には変わりはなかった。
水爆数千個を世界にばら撒けば
確実に人類は滅びる筈である。
その被害が多少小さく済んだと言っても
被害の凄まじさは想像を絶していた。
直径900メートルの火の玉が
さっと通り過ぎ
海に消えた後
それは起こった。
音は聞こえなかった。
もちろん音速が非常に遅い事が
その理由だった。
386
結果的に音の方が届く前に
殆どの情景が無音で起こった。
海に火の玉が消えてから
きっかり1.2秒後に
ピカッと言う巨大な閃光が走り
それからやはり巨大な白い火の玉が膨らんだ。
たちまち天まで突き上げる
大きな爆発である事が明白になっていった。
同時に海の中にも衝撃波が広がって行った。
時速1000kmを超える速度の衝撃波だった。
津波である。
爆発による直接の波は
数百キロを経ると徐々に小さくなっていったが
衝撃波が生む津波の方が
速度を落とす事なく
全世界の沿岸に向かって広がっていった。
そして、沿岸近くの浅い海まで達すると
まず大きく海が干上がり
それから干上がった海の更に遠くから
それまで全くと言って見えなかった津波が
387
いきなりその正体を現した。
それは高さ200mの大津波だった。
正体を現した津波は
時速7∼80Kmまで落とした速度で、
ゆっくりと、恐怖を撒き散らしながら
全世界の都市を飲み込んで行った。
高速弾がガラスを貫通する様に
直径900メートルの隕鉄が
地殻をぶち抜いた衝撃は
そのまま巨大な地震に変化した。
規模としてマグニチュード11に達する
超巨大地震の揺れは
凄まじいものだった。
比較的近い地域で被災した多くの人々が
その揺れだけで命を落とした。
地盤そのものが波打つ様に揺れ
その跳ね上がりだけで
人間が数メーターも跳ね飛ばされたからである。
ただでさえ地震の経験の少ない
オーストラリアの人々にとってこの地震は
究極の恐怖を感じさせるものだった。
人々は悲鳴を上げ、這い蹲った。
388
︵6︶
親子の絆
衝突の時、大樹は母の頼江と一緒にいた。
衝突の時には、全世界で
非常に多くの被害が発生する筈であった。
その結果、多くの人命が絶たれる事になる事は
ほぼ間違い無かった。
もちろん大樹もそれは知っていた。
一人でも多くの人を助ける努力をすべきとも考えた。
しかし、結局大樹は母と一緒に居る事にしたのだった。
どんな事があっても
たとえ大樹自身の命に代えても
母の頼江だけは
絶対に助けたいと考えた事が主な理由であった。
その他に特に理由はなかったが
強いて言えば
本当の地獄は
衝突による直接の災害とは
別にある事を知っていたからでもある。
確かに衝突と
それに伴う地震や津波の被害は
389
大きいかも知れない。
しかし、本当の地獄が来るのは
むしろその直接の災害が終わってからだからだった。
直接の被害で簡単に命を落とした方が
幸せかも知れないのである。
一方で大樹の母の頼江の方も
大樹を何としても守るつもりだった。
たった一人の血縁者である大樹の祖母が
避難した連絡を確かめた後
大樹の手を引いて
身の周りのものを詰めたリュックを背負って
群馬県の山中に設けられたキャンプに逃げてきた。
母子家庭の二人は弱い存在だった。
車もない。
だから大部分の家財は捨てるしかなかった。
預金通帳や夫の思い出の写真だけが貴重品だった。
高さ50メートルを超える巨大な津波が来ると言う。
東京は間違いなく全滅する筈だった。
だから山に逃げなければならない。
390
200メートル以上の標高が安全だとされていた。
だったら群馬の山なら大丈夫だと思った。
案の定非常に多くの人々がここに逃げてきていた。
狭い場所に
数百万人の人々がひしめき合っていたのである。
辺りには急ごしらえのキャンプ場が造られていた。
山を削り、平地にしただけのキャンプ場である。
そこに大量のキャンプが設営されていた。
見渡す限り、大型テントが続いていた。
頼江と大樹はその一つに知らない人々と一緒に入っていた。
秋の気配が濃い山の空気は冷たかった。
頼江と大樹は、毛布を被ってじっと待っていた。
時々、母が子供に声をかけた。
日本国首相の相本一郎は
実に献身的に努力したが
やれた事は精精このキャンプの設営程度だった。
しかし、雨露が凌げるだけ良い。
391
︵7︶
巨大地震
キャンプを使用するルールも予め定められていて
直接の災害が襲うまでの間は
相部屋でキャンプに入る事になっていた。
日本全国で
数千万人が留まる事ができる分のキャンプが
高原や山間に設営されていた。
国民を総動員した事業だった。
そしてこのお陰で多くの命が救われる事になった。
運命の時は何の躊躇もなく訪れたが
その瞬間そのものは静寂そのものだった。
一部の人々が食い入る様に眺め入っている
携帯用のテレビの画面には
数千キロ離れた太平洋上の地獄の光景が
まるで映画か何かの様に繰り広げられていた。
しかしそれは遠い世界の情景の様に見えていた。
現実にはその衝突から1時間が経過しても
日本ではなんの変化も起こらなかった。
一方でマスメディアは
もう直ぐ大災害が発生する事を繰り返し予測していた。
392
しかし、予測する割にマスメディアが伝えるその内容は
﹁余りに事態が深刻過ぎて、正確な状況予測は難しい。﹂
と言うものだった。
少なくとも50mを越える津波が
日本の太平洋岸全体を襲うと言う事は事実の様だった。
だから何も起こらないにも拘らず
当り一帯には重苦しい空気が漂っていた。
誰も浮かれて騒ぐ人間は居らず
ただ黙って、怯えて待っていた。
そして、1時間半が経過した頃
それは突然訪れた。
まずゴーッと言う地鳴りがした。
気の早い女性の悲鳴があちこちから
キャー、キャーと発せられた。
そしてその地鳴りが鳴り響いている間に
いきなり頼江の目の前が大きく、ずれた。
気が付いたら身体が激しく揺さぶられている。
﹁あう、あうっ﹂
頼江は思わず呻いた。
393
激しい地震だった。
頼江は知らなかったが
それは地球全体におよぶ地殻への圧力に誘発された
巨大なプレート型地震であった。
もちろん地震は群馬県の山中だけで
発生していた訳ではなかった。
日本全体を襲っていたのである。
マグニチュード9規模の巨大地震が
日本列島に沿って同時に4箇所
連動して発生していた。
北海道の知床の南東、東北の宮城県沖、東海沖、それと南海沖だっ
た。
大樹と頼江が避難していた場所は
岩盤状の地盤で、地震には強い筈であったが
それでも激しく揺れた。
1000ガルを超える加速度の揺れの上
振幅が大きかった。
文字通り這いつくばるしか為す術はなかった。
立っている事など想像もできない
激しい揺さぶりだった。
﹁大樹ちゃん・・﹂
394
頼江は強く叫び、大樹を覆う様に抱きしめた。
ゴゴゴゴゴッと言う低い地鳴りとともに
辺り一面で人の悲鳴が続いている。
中にはギャーと言う
明らかに人命に関わりそうな悲鳴を上げている者もいた。
頼江は既に生きた心地がしなかった。
ごんごんと音を立てながら
何か大きなものが近づいてくる。
微かに顔を上げて
揺れで開いたテントの出口を見た頼江は愕然とした。
それは巨大な岩石が
こちらに転がって来る音だったのである。
逃げようとするが
余りに激しい揺れに動けなかった。
それに大樹を守らなければならない。
頼江は、がむしゃらに
その巨大な岩石から逃げようとして
動こうとした瞬間に
なぜか気が遠くなるのを感じた。
395
揺れは、長かった。
大樹は多少の後ろめたさを感じながら
母を抱えて飛行を続けた。
母は気持ちよく眠っている。
大樹が送り込んだナノロボットは
母の不安を取り除き
快適な睡眠を与え続けていた。
大樹の目的地は長野県の山中にある
相本首相の避難場所だった。
いろいろ考えた末に
相本に母を預ける事にしたのだった。
これで相本一郎や娘の京子に
大樹の素性がばれる事になる。
しかし、他に良い方法を思いつかなかった。
母は普通の女性である。
エイリアンと変わらない大樹の今の姿を
簡単に理解する事はできない筈だった。
一方で大樹が活動する為には
母を安全な場所に置いて守られなければならなかった。
396
それだけでなく
母の心のケアもしなければならなかったのである。
母に今の大樹の姿を無理やり納得させるには
日本の首相の相本の様な存在が必要だったのである。
もし日本国の首相が大樹の存在を認めたなら
母の頼江も大樹を理解し易くなるかも知れない。
397
はじまり
衝突後に一度壊滅状態になったマスメディアは
それでも直ぐにその一部が活動を再開していた。
多くの放送設備や印刷物の配布の復活が困難な状況下
無線によるインターネットが唯一の情報となった。
従って、多くのマスメディアが
その復活をインターネット上で画策し始めていた。
世界統一行政府樹立の発表は
この様な状況下で行われたのである。
当然その発表は、インターネット上で行われた。
そして、情報ソースが一元化され
全世界とのコミュニケーションが始まる事になったのである。
統一行政府は隕石の落下を予言した科学者グループである
GEMを中心に構成されていた。
科学者のグループと言っても
GEMは何よりも実際の問題解決を重んじた為
非常に現実的な行動原理を持って活動を開始した。
現実的ではあるが
しかし、その存在は余りに小さく、非力だった。
398
今の人類の大災害に対して、何もできないに等しかった。
統一政府に所属する誰もが
強いジレンマに襲われていた。
殆ど全ての職員が身内に犠牲者か行方不明者を抱えていたし
誰もが今現在も多くの人々が助けを求めながら
死んでいっている事を知っていたからである。
しかし、同時に誰もが
なぜこの地球統一行政府が樹立されたかを理解していた。
※
※
※
※
※
※
※
※
※
※
インターネットによる発表は、そんな状況下で行われた。
※
人類のみなさま、われわれは地球統一政府GEMです。
今回の大災害は地球全体を破壊し尽す規模でした。
死者は全世界で5億人を越えたと考えられます。
生き残ったほとんど全ての方が
今もなお生命の危険にさらされ続けている状況で
たくさんの方が世界各地で命の危険に晒され続けている状況です。
しかし残念ながら、本当に深刻な事態を迎えるのはこれからです。
気候の状況はこれから更に深刻になり
399
世界各地で発生している2次的な災害
そして食料・燃料・衣料・薬等の絶対的な不足に加え
医療施設やスタッフが殆ど存在しない地域が大部分であるからです。
更に食料や燃料の奪い合いや略奪行為
パニックによる混乱等がこれに拍車をかけております。
残念ながら我々地球統一行政府GEMは
この状況に対して、少なくとも今は無力と言うしかない存在です。
それどころか、われわれGEM自身が
生き残る努力を続けている状態と言わざるをえません。
われわれの肉親の多くも、また命を落としたり
行方不明の状態にあります。
ここでみなさまに重大な発表があります。
これは非常に深刻な内容ですが
これから我々が生き残るための
﹁優先順位﹂を理解して頂くため
敢えて発表しなければなりません。
今回の大災害は非常に大きな人類の危機ですが
実は災害はこれで終わりではないのです。
400
これから8年後の8月9日に
次の大災害が始まるのです。
そして次の大災害は今回の大災害に比較しても
遥かに大きなものになります。
今回の規模の巨大な隕石が
少なくとも数百個単位で
地球に降り注ぐことになります。
ここまで申し上げれば
皆様もお気付きの通り
もしそれが現実となれば
我々人類は終末の時を迎える事になり
助かる道はありません。
しかし、それから逃れる可能性が微かではありますが
現実に存在しているのです。
実を申し上げれば
8年後に次の大災害がやってくると言うこの事実は
今回の大災害に先立って分かっていました。
そしてそれは
なぜGEMが立ち上げられたのかに関わっています。
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最初に申し上げた通り
GEMは現在の全世界の
統一行政府として存在しています。
今回の災害に打ちのめされ
非常に非力で弱小な存在ではありますが
正式な世界統一政府なのです。
この様に機能も不充分で
まだ殆どその役目も果たしておりません。
それなのに
なぜ全世界の統一行政府を立ち上げる必要があったのか
それは人類が8年後の大災害を越えて生き残る為です。
その為に人類は、一つの行政府の元にまとまり
力を集中しなければならないのです。
この事実を、みなさま
つまり今、地球で生き残っている方々
全員に理解して戴きたいのです。
次の大災害を逃れるには
巨大な﹁反重力装置﹂を造る必要があります。
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そしてその﹁反重力装置﹂を造る為には
まず地球を北極から南極まで貫通する穴を空けると言う
とてつもない事業が必要になります。
我々人類は、歴史上かつてない大災害を被った後
僅か8年でこの大事業を完成させなければなりません。
それでなければ、我々は
永遠にこの世から消え去る事になります。
その為には、われわれ人類は
何よりも個々人の欲望を捨てなければならないのです。
そして民族も宗教も越えて
一つにまとまらなければなりません。
確かに我々は今
正に瀕死の状態にあるかも知れません。
しかし、まだ我々は死んではいないのです。
もし我々が一つにまとまって努力する事ができれば
チャンスは必ずあります。
﹁反重力装置﹂と言う
とてつもない機械の仕組みは既に分かっています。
403
実を言えば、それは、かつて我々と同じ大災害に逢った事がある
遠い宇宙の生命体から2年前に我々に伝えられました。
そして今回の大災害の予言も
その生命体によって伝えられました。
しかし、残念な事に今回の大災害に対しては
その﹁反重力装置﹂は間に合わず
我々は甚大な被害を蒙りました。
我々に反重力装置の仕組みを教え
助かる可能性を示してくれた遠い異星の生命体も
実はかつて我々と同じ様に
滅亡の狭間を彷徨ったのです。
そして彼らは生き残りました。
皆様、希望を捨てないで、生き残って下さい。
今、この大災害に生き残った皆様は
単なる救助を待つ人々ではありません。
逆に自ら生き残り
これからの人間の未来をつなぐため
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地球を救う為に働かなければならない
貴重な生き残りなのです。
われわれを救うのは、他の誰でもありません。
今生きているわれわれ自身なのです。
............
﹃遥かなる彼方からの贈り物﹄
終わるべきか
人間物語として
続かせるべきか..
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はじまり︵後書き︶
この作品の主題は
人類危ないぞ
このままじゃ
俺たち遺跡になっちゃうよ
みんなしっかりしようよ
と言うものでした。
ここを強調する余り
ますます出来の悪い小説となってしまいました。
お読みいただき
本当に感謝の念に絶えません。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n9382bv/
遥かなる彼方からの贈り物
2014年8月1日18時59分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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