短答コンプリートマスター 体系整理テキスト 刑法 - LEC東京リーガル

司法試験
体系整理テキスト
刑法
短答コンプリートマスター
短答コンプリートマスター
体系整理テキスト
刑法
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(C) 2012 TOKYO LEGAL MIND K.K., Printed in Japan
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無断複製・無断転載等を禁じます。
LL12306
LL12306
LL12306
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
体系整理テキスト
はじめに
1
~
刑法
この講座を効果的に受講するには
第1回目の講義の際は,体系整理テキストと,コンプリートマス
ター重要判例集だけを用いて講義をします。
第1回目の講義のための予習は特に必要ありません。
2
講義の際には,毎回,体系別過去問集から宿題を出します。
第2回目の講義以降は,その宿題をしていることを前提に講義が進
められます。
講義の際に,問題を解く時間を設けませんので,宿題は必ずする
ようにしてください。
なお,2回目以降の講義でも,体系整理テキストやコンプリート
マスター判例集を使うことがありますので講義の際は全てのテキス
トを用意してください。
3
過去問集を用いた講義では,論文試験との関係で応用がききそう
な点や,今後の短答試験でも繰り返し出題されそうな問題の重要な
ポイントを解説していきます。
4
各回の講義が終わるごとに復習をしてください。
体系整理テキストは内容を理解して記憶するまでしっかりと復習
してください。体系整理テキストは論文試験の知識として最低限記
憶しておかなければならない重要なポイントに絞って情報が集約さ
れています。
過去問集の問題は予習のときに1度解いているはずですが,復
習の際にもう一度解き直してください。短い期間で2回同じ問題を
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LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
解くことで真の理解が深まり,短答の実力が身につきます。
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コンプリートマスター重要判例集に掲載されている判例は,判例
百選や重判に掲載されている判例の中から特に重要なものをピック
アップしています。コンプリートマスター重要判例集については,
講義時間との関係で,講義の際にはごく一部の判例しか紹介できま
せんが,この科目の講義が全部終了した段階で,全ての判例を一読
してみてください。
各科目の重要判例に関する知識があれば,短答試験の問題は短時
間で解けるようになりますし,論文試験でも筋違いの失敗答案を書
く心配がなくなます。
6
この講座をきかっけに,しっかり勉強するという決意をしたら,
あ と は 自 分 が 頑 張 る だ け で す 。司 法 試 験 は 科 目 が 多 く て 大 変 で す が ,
1科目1科目を計画的に少しずつ勉強していけば,いつか必ず合格
しうる実力が身につくはずです。
今の決意を忘れずに最後まで諦めずに頑張ってください。
平成24年6月
LEC専任講師
矢
島
純
一
宿題
第 1 回講義終了後→短答過去第1問~第62問
第 2 回 講 義 終 了 後 → 短 答 過 去 問 第 6 3 問 ~ 1 3 3 問( 重 複 問 題 1 3 問 )
2
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このテキストの構成
刑法総論
第1章
故意犯の成立要件の思考方法
第2章
犯罪の種類の分類
第3章
実行行為
第4章
不真正不作為犯
第5章
間接正犯
第6章
因果関係
第7章
構成要件的故意
第8章
構成要件的過失(過失犯)
第9章
違法性の本質・違法性阻却事由
第10章
正当防衛
第11章
過剰防衛
第12章
誤想防衛・誤想過剰防衛
第13章
緊急避難
第14章
責任
第15章
原因において自由な行為
第16章
中止犯
第17章
不能犯
第18章
共同正犯
第19章
教唆犯
第20章
従犯(幇助犯)
第21章
共犯からの離脱
第22章
共犯と身分
第23章
罪数処理
刑法各論
第24章
生命身体に対する罪
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第25章
自由及び私生活の平穏に対する罪
第26章
名誉に対する罪
第27章
財産に対する罪
第28章
公衆の安全に対する罪
第29章
偽造の罪
第30章
国家的法益に対する罪
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第1章
1
故意犯の成立要件の思考方法
構成要件該当性
(1 )
客観的構成要件
実行行為→因果関係→結果
(2 )
主観的構成要件
構成要件的故意,主観的超過要素(目的犯の目的,不法領得の
意思等)
2
違法性阻却事由
(1 )
明文あり
例:法令行為,正当業務行為,正当防衛,緊急避難
(2 )
明文なし
例:被害者の承諾
3
責任要素
(1 )
責任能力
(2 )
責任故意
ア
違法性阻却事由を基礎づける事実を誤認している場合(違法性
阻 却 事 由 の 錯 誤 )は ,故 意 非 難 を 課 し 得 な い も の と し て 責 任 故 意
を阻却し,故意犯は成立しない。例:誤想防衛
イ
(3 )
→
違法性の意識の可能性(判例は不要説)
期待可能性
構成要件該当性があり,違法性阻却事由がなく,責任要素を満たす
場合は故意犯が成立する。
4
処罰阻却事由
例:親族相盗例
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第2章
1
犯罪の種類の分類
結果の有無に着目した分類
(1 )
結果犯
一定の結果の発生を構成要件要素とする犯罪
(2 )
例:殺人罪
挙動犯
行為者の一定の行為のみが構成要件要素となる犯罪
例:偽証罪,住居侵入罪
(3 )
結果的加重犯
基本犯が実現された後にさらに一定の重い結果が発生した場
合に成立する犯罪
2
例:傷害致死罪
法益侵害の発生の有無に着目した分類
(1 )
実質犯
犯罪成立には,法益侵害又は法益侵害の危険の発生が必要な犯
罪
ア
侵害犯
保護法益を現実に侵害することで成立する犯罪
イ
例:殺人罪
危険犯
(ア)
具体的危険犯
法益侵害の危険が現実に発生したことで成立する犯罪
例:建造物等以外放火罪
(イ )
抽象的危険犯
一般的に法益侵害の危険がある行為をすることで成立す
る犯罪
(2 )
例:現住建造物等放火罪
形式犯
犯罪成立のためには法益侵害の危険すら必要がない犯罪
例:運転免許証不携帯罪(道交法)など行政犯に多い
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3
犯罪の終了時期に着目した分類
(1 )
即成犯
構成要件的結果の発生によって犯罪が既遂となり,同時に法益
侵害が終了し,犯罪が終了する犯罪
(2 )
例:殺人罪
状態犯
構成要件的結果の発生によって犯罪が終了し,それ以後も法益
侵害状態が継続するが,それは犯罪事実とは認められない犯罪
例:窃盗罪
→
状態犯が成立すると,以後の法益侵害行為は,当初の構成要
件的行為によって評価されているといえる限り改めて犯罪
と は な ら な い ( 不 可 罰 的 事 後 行 為 )。
例:窃 盗 犯 が ,窃 盗 後 に 盗 品 を 壊 し た り ,譲 渡 し た り し て も ,
器物損壊罪や盗品等罪は成立しない。
(3 )
継続犯
構成要件的結果が発生すると犯罪は既遂となるが,その後も法
益侵害行為が継続する限り犯罪も継続するもの。
例:監禁罪
→
継続犯においては,既遂後も犯罪が終了する前に犯罪に加担
すれば共犯が成立する
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第3章
1
実行行為
実行行為の意義
実行行為とは,特定の構成要件を実現する現実的危険性を有する行
為をいう。
2
実行行為の機能
(1 )
実 行 行 為 が 認 め ら れ れ ば ,結 果 が 発 生 し な く て も 未 遂 犯 と し て 処
罰 の 対 象 と な る ( た だ し , 未 遂 処 罰 規 定 が 必 要 )。
(2 )
実 行 行 為 に 至 ら な い 行 為 で あ っ て も ,予 備 罪 の 処 罰 規 定 が あ れ ば ,
予備罪として処罰される。
例 : 殺 人 予 備 (20 1 ), 強 盗 予 備 (23 7), 放 火 予 備 (113 ) , 通 貨 偽 造 等 準
備 (1 53 )
3
実行行為性が問題となる主な論点
・不真正不作為犯
・間接正犯
・不能犯
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第4章
1
不真正不作為犯
不真正不作為犯の意義
構成要件が作為の形式で定められている犯罪を,不作為によって
実現するもの。
2
3
不真正不作為犯の実行行為性の要件
①
法的作為義務
②
作為の可能性・容易性
③
作為による実行行為との構成要件的同価値性
法的作為義務
(1 )
発生根拠
単なる不作為が処罰の対象となるのではなく,結果発生防止のた
めの法的作為義務を負う者の不作為のみが処罰の対象となる。
法的作為義務は,下記の事由から発生する。
→
(2 )
法 令 , 契 約 , 事 務 管 理 , 条 理 ( 先 行 行 為 )・ 慣 習 な ど
作為義務の錯誤の処理
→作為義務は構成要件要素であるので,故意の認識対象となる。
作為義務の錯誤は構成要件的事実に錯誤があるものとして構成
要件的故意が阻却され,故意犯は成立しない。
→作為義務の認識の程度としては,素人的な意味の認識であれば
足り,具体的状況のもとで,一般人であれば一定の作為義務を
負うことを認識できるといえれば,作為義務の錯誤は認められ
ない。
例:親が幼児を連れて川に遊びに行ったところ,大人であれば容
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易 に 救 助 で き る よ う な 浅 い 川 で ,幼 児 が 溺 れ て 死 に そ う に な っ て い
る の に 気 づ い た が ,自 分 に 助 け る 義 務 は な い と 思 っ て 救 助 せ ず に 幼
児 を 溺 死 さ せ た 場 合 は ,一 般 人 で あ れ ば 親 が 子 供 を 救 助 す る 義 務 が
あ る こ と を 認 識 で き る と い え る の で ,作 為 義 務 の 錯 誤 が あ る と は 認
められない。
4
作為の容易性・可能性
→法は不可能を強いるものではないので,作為義務があっても,作
為 に で る こ と が 困 難 で あ っ た り ,不 可 能 で あ っ た り す る 場 合 は ,不
真正不作為犯の実行行為とはならない。
5
作為による実行行為との構成要件的同価値性
→法的作為義務がある者が,作為に出ることが容易・可能であって
も ,当 該 不 作 為 に 実 行 行 為 性 が 認 め ら れ る た め に は ,当 該 不 作 為 が ,
作為による実行行為と同価値といえる必要がある。
同価値性の判断基準
→不作為をしている者が,法益侵害の結果について排他的支配を有
していると評価できるかどうか。
* 法 益 侵 害 結 果 に つ い て 排 他 的 支 配 を 有 す る 者 の 不 作 為 で あ れ ば ,そ
の者の不作為は作為による実行行為と同じくらいの危険性がある
といえるので,作為による実行行為と同価値であると評価できる。
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第5章
1
間接正犯
間接正犯の意義
自ら実行行為を行う直接正犯の場合と異なり,行為者が,他人の行
為を道具として利用して犯罪の実行行為を行う場合をいう。
2
間接正犯の実行行為性の要件
①
利用者が被利用者を道具のように一方的に支配利用していると
い え る こ と 。( 客 観 的 要 件 )
②
利用者が自己の犯罪として特定の犯罪を実現する意思があるこ
と 。( 主 観 的 要 件 : 正 犯 意 思 )
3
間接正犯の実行の着手時期
①利用者の利用行為に実行の着手を認める利用者行為説,②被利用
者 の 行 為 に 実 行 の 着 手 を 認 め る 被 利 用 者 行 為 説 ( 判 例 ), ③ 個 別 具 体
的事情から法益侵害の危険性が発生したときに実行の着手を認める
個別化説の対立がある。
判例は被利用者行為説にたっていると考えられていることは短答対
策しておさえておく。
例:郵便を利用して毒を送付した事例で,行為者が毒を郵便に
出した時点ではなく,郵便が相手に届いた時点で実行行為
性を認めた判例
*論文試験では個別化説をとると具体的事案に即した論述ができるので
お勧め。
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★★弱点補強★★
間接正犯に関する重要論点
(1 )
被利用者に軽い犯罪事実についての構成要件的故意がある場合
例:利用者が,被利用者に器物損壊の故意しかないのをいいこ
とに,殺人罪を犯させる場合。
→
被利用者は軽い犯罪事実を認識しているので道具ではない
とも思えるが,利用者が実現を意図している重い犯罪については
道具といえるので,間接正犯の実行行為性を認める。
(2 )
故意ある幇助道具
例:上司が部下に偽造文書の作成を指示したところ,部下が偽
造文書であることを認識した上で偽造文書を作成したときのよ
うに,被利用者に故意や目的犯の目的などがある場合。
→
被利用者に故意や目的がある場合は道具とはいえず間接正
犯の実効行為性の要件(道具性)とを満たさないと思える。
しかし,故意や目的があっても,被利用者が単なる機械的事
務処理者として一方的に利用している場合は被利用者の道具と
いえるので,間接正犯の実行行為性を満たすと解する。
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第6章
1
因果関係
因果関係の意義
→結果犯においては,それが既遂犯となるためには,実行行為と結
果発生との間に因果関係が認められることが必要である。結果が
発生しても因果関係が認められなければ未遂犯にとどまる。
2
因果関係の判断基準
(1 )
「 あ れ な け れ ば こ れ な し 」と の 条 件 関 係 さ え 認 め ら れ れ ば 因 果 関
係を肯定する見解(判例)
(2 )
条 件 関 係 を 前 提 に ,行 為 時 に ,一 般 人 が 認 識( 予 見 )可 能 な 事 情
及び行為者が特に認識(予見)していた事情を基礎に,実行行為
から結果が発生したといえることが社会通念上相当といえれば,
刑法上の因果関係を認める見解(相当因果関係説の折衷説)
論 証 理 由:因 果 関 係 は 構 成 要 件 要 素 で あ り ,構 成 要 件 は 社 会 通 念 上 ,
当罰行為を類型化したもの。
* 介 在 事 情 を 因 果 関 係 判 断 の 基 礎 事 情 と す る か を 検 討 す る と き は ,括
弧内の「予見」という用語を用いる。
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3
条件関係の判断の際の注意点
①
仮定的要素を付加して因果関係を判断してはいけない
→
AがBを射殺した事例で,仮にAが射殺しなくても,Bに恨
みをもつ第三者CがBを射殺したという仮定的事情を付加して,
Aの実行行為と結果との間の因果関係を判断してはならない。
②
結果については,その時点において実際に発生した結果を問題と
しなければならない
→
AがBを熊と間違え猟銃で射撃をして,あと10分程度しか
生 き ら れ な い 瀕 死 の 重 傷 を 負 わ せ た と こ ろ( 第 1 の 行 為 ),苦 し
むBをすぐに楽にさせようと思い,その場で射殺したとき(第
2の行為)は,第2の行為により発生した死亡の結果と第2の
行為との間の因果関係を検討しなければならない。
*
第2の行為がなくても,Bは10分後に死んだはずなので,
因果関係がないと判断してはいけないということ。
4
不作為犯の因果関係
→作為義務を負う者が期待された作為義務を尽くしていれば結果
が発生しなかったといえる関係が必要。
*不作為犯の因果関係判断の際は特別に仮定的事情を付加して条
件関係(因果関係)を判断することになる。
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★★弱点補強★★
介在事情と因果関係
(1 )
問題となる事例
Aが鉄パイプでBの頭部を強打して瀕死の重傷を負わせて現場に
そ の ま ま 放 置 し て い た と こ ろ ,何 者 か が 通 り か か り 瀕 死 の B の 頭 部
を足蹴にして脳内出血により死亡させた場合。
参 考 事 例 : 判 例 百 選 Ⅰ 〔 1 5 事 件 〕 ・大 阪 南 港 事 件
(2 )
問題の所在
因果関係の判断の折衷説によると,何者かが瀕死のBの頭部を足
蹴 に す る と い う 事 情 は ,一 般 人 に は 予 見 で き ず ,行 為 者 も 特 に 予 見
し て い な か っ た も の と し て ,当 該 事 情 を 因 果 関 係 判 断 の 基 礎 事 情 と
す る こ と は で き ず ,A の 行 為 と B の 死 の 結 果 と の 間 の 因 果 関 係 は 否
定されそうである。
(3 )
このような事例の処理方法(試験対策)
折衷説からは何者かの行為を因果関係判断の基礎事情とするこ
と は で き な い が ,A の 当 初 の 暴 行 か ら B の 脳 内 出 血 の 死 の 結 果 が 発
生 す る こ と が 相 当 と い え れ ば ,A の 行 為 と B の 死 の 結 果 と の 間 の 因
果関係を肯定する。
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第7章
1
構成要件的故意
故意の体系上の位置づけ
→構成要件的故意と責任故意とを区別する(第1章参照)
→行為者が行為の構成要件該当事実(客観的構成要件要素)を認識
し て い な い 場 合 は ,構 成 要 件 的 故 意 が な い も の と し て ,構 成 要 件 該
当性を欠き故意犯は不成立となる。
*なお,結果的加重犯については,基本犯の結果が故意の認識対象
となり,加重結果は故意の認識対象とならない。
例:人 の 死 の 結 果 を 認 識 認 容 し て 暴 行 を し て そ の 人 に 死 の 結 果
を発生させた場合は,傷害罪の結果的加重犯としての傷害
致死罪ではなく,殺人罪が成立する。
比較
→行為者が,構成要件該当事実は認識しているが,急迫不正の侵害
がないのにこれがあると誤信するなど違法性阻却事由に関する事
実 を 誤 認 し て い る 場 合 ,は ,構 成 要 件 該 当 事 実 に つ い て の 誤 認 は な
い の で 構 成 要 件 的 故 意 は 認 め ら れ ,構 成 要 件 該 当 性 は 肯 定 さ れ る が ,
責 任 非 難 を 課 し 得 な い の で ,責 任 故 意 が 阻 却 さ れ 故 意 犯 が 不 成 立 と
な る 。( 違 法 性 阻 却 事 由 に 関 す る 事 実 の 錯 誤
* この章では構成要件的故意を取り扱う。
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例:誤想防衛)
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2
規範的構成要件要素
→裁判官の一定の評価を付加しなければその意味を確定できない構
成要件要素。
例:わいせつ文書頒布罪の「わいせつ」性
→行為者が,文書の記載をわいせつだと思っていなくても,その記
載内容が存在する事実と,それが社会一般からみていやらしいも
のだと思われるとの認識があれば,構成要件的故意が認められる
(「 社 会 的 な 意 味 の 認 識 で 足 り る , と か , 素 人 的 な 認 識 で 足 り る 」
な ど と 表 現 さ れ る こ と が あ る )。
*要は,どの程度の事実を認識してれば構成要件的故意が認められる
のかという価値判断の問題。
3
未必の故意と認識ある過失の区別
・犯罪事実を認識認容している場合が未必の故意。
・犯罪事実の認識はあるが認容してない場合は認識ある過失。
*認容:結果発生を意欲的に欲しないが,結果が発生してもかま
わないと思う心情。
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4
構成要件的事実の錯誤
構成要件該当事実があるのに,ないと誤信した場合を構成要件的事
実の錯誤という。
(1 )
ア
具体的事実の錯誤
意義
認識した犯罪事実と発生した犯罪事実が同一構成要件内で食い
違う場合
①客体の錯誤:客体の同一性に食い違いがある場合
②方法の錯誤:攻撃手段に食い違いが生じ別の客体に結果が発生
した場合
③因果関係の錯誤:行為者が認識した因果経過と実際の因果経過
に食い違いがある場合
イ
法定的符合説
→認識した事実と発生した事実とが法定の構成要件の範囲内で
符合している限り(構成要件的)故意を阻却しない。
理由:故意責任の本質は規範の問題に直面し反対動機が形成可
能だったのにあえて実行行為に及んだことに対する非難である。
そして,規範は構成要件の形で与えられているので,同一構成
要件内の事実を認識していれば規範の問題に直面でき故意非難
が可能である。
ウ
数故意犯説
→法定的符合説を前提として,行為者が結果発生を意図した客
体の数を超えて結果が発生した場合(併発事実)の場合も,
18
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
発生した結果の個数分の故意犯の成立を認める。
理由:故意は構成要件の範囲で抽象化されるので,故意の個数を
観念する余地はない。また,複数の故意犯の成立を認めても観念
的競合として科刑上は一罪処理されるので責任主義にも反しない。
★★弱点補強★★
数故意犯説の理由付けの補足~初学者には分かりづらい!
刑 法 1 9 9 条 は 「 人 を 殺 し た 」 と 規 定 す る の み で ,「 A を 殺 し た 」
と か 「 B を 殺 し た 」 な ど の よ う に 具 体 的 な 規 定 を し て お ら ず ,抽 象
化 さ れ た「 人 」と い う も の を 観 念 し て い る 。こ の こ と か ら ,構 成 要
件 は 誰 を 何 人 殺 そ う が「 人 を 殺 し た 」も の と し て 発 生 し た 結 果 に つ
き 殺 人 罪 の 成 立 を 認 め る こ と を 予 定 し て い る も の と 考 え ,併 発 事 実
の 場 合 に も 実 際 に 死 亡 さ せ た 人 全 員 に つ き ,「 人 を 殺 し た 」 も の と
して発生した結果に対応した殺人罪の成立を認める。
*受験対策としては数故意犯説の論証の仕方だけをおさえておけば
足 り る 。数 故 意 犯 説 の 理 由 付 け を 深 く 考 え て も 司 法 試 験 で は 深 い 理
由付けを問われない。
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(2 )
抽象的事実の錯誤
ア
意義
認識した犯罪事実と発生した犯罪事実が異なる構成要件にまた
がって食い違う場合
イ
原則論と法定的符合説による修正
→行為者は,発生した犯罪事実につき規範の問題に直面していな
いので,原則として故意が阻却される。
しかし,①保護法益の共通性,②行為態様の共通性が認められ
構 成 要 件 が 同 質 的 で 重 な り 合 う 場 合 は ,そ の 重 な り 合 い の 範 囲 で
規 範 の 問 題 に 直 面 で き る の で ,重 な り 合 い が 認 め ら れ る 構 成 要 件
該当事実については故意を阻却しない。
例:
行 為 者 が ,真 実 は 他 人 の 占 有 下 に あ る 物 を ,占 有 下 に な い 物 で あ
ると事実誤認をしてその物を持ち去った場合など,物遺失物横領
の故意で窃盗を実現した場合は,両罪は①財産権を保護する点で
共通し,②行為者が物の占有を取得するという行為態様の共通性
も認められるので,軽い遺失物横領罪の範囲で構成要件に重なり
合いがあるといえ,遺失物横領罪の故意が認められる。
20
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第8章
1
構成要件的過失(過失犯)
過失犯の実行行為性
→客観的な注意義務に違反する法益侵害発生の現実的危険性がある
行為
→客観的注意義務違反とは,一般人を基準とした,予見可能性を前
提とした予見義務違反,及び,結果回避可能性を前提とした結果
回避義務違反をいう。
*短くまとめて「予見可能性を前提とする結果回避義務違反」
2
予見可能性の対象
→①構成要件的結果と②因果関係の基本部分
3
予見可能性の程度
→具体的事実の錯誤の法定的符合説と同じように考え「
,およそ人の
死」の結果が発生することの予見可能性があれば足りる。
理由:この程度のことを予見していれば,一般人をして結果回避義
務を動機づけられるから。
具体例:トラックを無謀運転し交通事故を起こしたところ,運
転者が気づかないうちにトラックの荷台に乗り込んでいた人が
死 亡 し た 場 合 ,そ の 人 に つ き 自 動 車 運 転 過 失 致 死 罪 が 成 立 す る 。
参考判例:判例百選Ⅰ〔51事件〕
4
信頼の原則と過失犯
→被害者ないし第三者が適切な行動をとることを信頼するのが相当
といえる場合,被害者ないし第三者が不適切な行動をとったとこ
で犯罪結果が生じても,行為者の結果回避義務を免除し過失犯の
21
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
成 立 を 否 定 す る 考 え 。( 予 見 義 務 を 免 除 す る と い う 考 え も あ る 。)
例:方向指示器を点灯させながら交差点を右折しようとて自動車のハ
ン ド ル を 右 に 切 っ た X が ,X の 自 動 車 を 右 側 か ら 制 限 速 度 を 時 速 3
0km超える速度で追い抜こうとしたYの原動機付自転車に自車
を 衝 突 さ せ , Y を 死 亡 さ せ た 。 X と し て は ,Y が 制 限 速 度 を 3 0 k
m も 超 え て 交 差 点 内 で X の 車 を 追 い 抜 く よ う な こ と を せ ず ,Y が 安
全 な 速 度 と 進 路 で 走 行 す る こ と を 信 頼 し て 運 転 す れ ば 足 り ,X に は
本 件 事 故 発 生 を 未 然 に 防 止 す る 義 務 は な い 。( 結 果 回 避 義 務 違 反 又
は 予 見 義 務 違 反 は な い の で , 過 失 犯 不 成 立 。)
参考判例:判例百選Ⅰ〔53事件〕
★★弱点補強★★
過失犯の勉強のポイント
このテキストに記載した基本中の基本をしっかりおさえて,それを応用
して事例処理をするという発想をもつとよい。あまり細かい学説にこだ
わると他の勉強が進まなくなるので注意する。
5
業務上の過失
(1 )
意義
→ 業 務 と は ,人 が 社 会 生 活 上 反 復 継 続 し て 行 わ れ る 事 務 を い う が ,
その具体的内容は犯罪ごとに異なる。
→ 例 え ば , 業 務 上 過 失 致 死 傷 罪 ( 211 Ⅰ 前 ) の 「 業 務 」 は , 上
記業務のうち,人の生命身体に対する危険をともなうものをい
う。
(2 )
加重処罰の根拠
業務者には立場上,通常人と異なった特別に高度な注意義務が課
22
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せられている。
6
重大な過失
→注意義務の程度が著しい場合をいい,行為者がわずかな注意を払
っていれば結果発生を回避できたのに,その注意義務に違反する
こと。
例 : 重 過 失 致 死 傷 罪 ( 211 Ⅰ 後 )
23
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第9章
1
違法性の本質・違法性阻却事由
違法性の本質
→社会倫理規範に違反する法益侵害及びその危険
2
違法性阻却事由
→構成要件に該当する行為は違法性が推定されるが,違法性阻却事
由はその推定を覆すものとなる。
3
違法性阻却事由の具体例
・ 正 当 行 為 (35 )
→法令行為と正当業務行為
法令又は正当な業務による行為は,罰しない。
・ 法 令 行 為 の 例 : 私 人 に よ る 現 行 犯 逮 捕 ( 刑 訴 21 3)
・正当業務行為の例:ボクシングの試合で人を殴ること
4
被害者の承諾
違法性を阻却されるための要件
①被害者が処分可能な個人的法益
②承諾の有効性(承諾能力と任意性)
③承諾は行為時に存在
*事後の承諾は不可
④被害者の承諾の表明と行為者のその認識
⑤犯罪行為態様や承諾の目的が社会通念上相当といえること
理由:違法性の本質は,社会倫理規範に違反する法益侵害及びその
危 険 で あ る が ,上 記 要 件 を 満 た す 場 合 は ,社 会 倫 理 規 範 に 違 反
した法益侵害があるとはいえないので,違法性が阻却される。
24
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5
おまけ
(1 )
承 諾 が あ る と 違 法 性 阻 却 で は な く て ,そ も そ も 構 成 要 件 該 当 性 が
否定される犯罪
→
(2 )
住居侵入罪,強姦罪,窃盗罪
承 諾 が あ っ て も 無 意 味 な 場 合( 承 諾 が あ っ て も ,構 成 要 件 上 ,常
に犯罪成立)
→
1 3 歳 未 満 の 女 子 に 対 す る 姦 淫 (17 7 後 )
1 3 歳 未 満 の 者 に 対 す る 強 制 わ い せ つ ( 17 6 後 )
25
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第10章
正当防衛
36 条 1 項
急迫不正の侵害に対して,自己又は他人の権利を防衛するため,やむ
を得ずにした行為は,罰しない。
1
正当化根拠
・法の自己保全:正当防衛は,法は不正に譲歩しないという法秩序を
確証したものといて,不可罰となる
・自己保存本能:人間の自己保存本能を根拠に正当防衛を不可罰とす
る。
2
成立要件
(1 )
急迫不正の侵害の「急迫」性
→法益侵害の危険が現に存在するか切迫していること。
→当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても,そのこと
からただちに侵害の急迫性が失われるわけではない。
→単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず,その
機会を利用して積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵
害の臨んだときは,もはや侵害の急迫性の要件をみたさない。
参考判例:判例百選Ⅰ〔23事件〕
*判例は,侵害発生前の時点の意思については,防衛の意思の問
題ではなく,急迫性の問題としている。
26
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★★弱点補強★★
対物防衛~短答対策としておさえれば足りる。
・急迫不正の侵害を人間の行為に限るとする考えに立つと対物防衛は否
定される。
・急迫不正の侵害を人の行為に限らず広く法益侵害の危険と捉えると考
えに立つと対物防衛は肯定される。
(2 )
防衛の意思
→防衛の意思がある防衛行為こそ,法の自己保全にふさわしいの
で , 防 衛 の 意 思 は 必 要 ( 防 衛 の 意 思 必 要 説 )。
→防衛の意思の内容
急迫不正の侵害を認識しつつ,これを避けようとする単純な心
理状態
→防衛の意思と攻撃の意思が併存していても防衛の意思は否定さ
れないが,防衛に名を借りて積極的に攻撃を加える行為は防衛
の意思を欠くものといえる。
★★弱点補強★★
積極的加害意思の位置づけ~判例の分析
判例は,侵害発生前の時点での意思は「急迫性」の問題とし,侵害発生
の時点での意思は「防衛の意思」の問題としている。
参 考 判 例 : 判 例 百 選 Ⅰ 〔 2 3 事 件 〕〔 2 4 事 件 〕
(3 )
やむを得ずにした行為(必要性と相当性)
→必要性は,何らかの防衛行為にでる必要性を意味し,緊急避難
の補充性ほど厳格ではないため,論文で書くときにあまり問題
とならない。
→相当性は,手段としての相当性を意味し,防衛行為から生じた
27
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結果の重さは問題とならない。この点も,法益の権衡が要求さ
れる緊急避難と異なる。
→ 相 当 性 の 判 断 は ,例 え ば ,素 手 対 素 手 ,棍 棒 対 棍 棒 の よ う な「 武
器対等の原則」を基本的な基準とするが,ナイフと素手なら武
器対等ではないというように形式的に考えるのではなく,行為
者の体力等の具体的な事情を考慮して実質的に武器対等といえ
るかどうかを検討する必要がある。
参考判例:判例百選Ⅰ〔25事件〕
3
喧嘩闘争に正当防衛を認めることの肯否
原則論:喧嘩闘争は社会秩序をみだすものなので,これに正当防衛
を認めることは法の自己保全の趣旨に反する。
→原則として正当防衛は認めない。
例外論:闘争の過程で,相手方が武器対等の原則を明らかに打ち破
る よ う な 強 度 な 攻 撃 手 段 に で て き た 場 合 は ,法 の 自 己 保 全 ,
自己保存の本能という正当防衛の正当化根拠が妥当する。
→例外として正当防衛が認められるときもある。
28
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第11章
過剰防衛
36 条 2 項
防衛の程度を超えた行為は,情状により,その刑を減軽し,又は免除
することができる。
1
過剰防衛の任意的減免の根拠
→緊急事態において恐怖,狼狽から多少の行き過ぎがあっても非難
可 能 性 が 減 少 し て い る と い え る ( 責 任 減 少 説 )。
2
過剰防衛の類型
・ 質 的 過 剰 : 防 衛 手 段 の 強 度 を 誤 っ た と き 。( 武 器 対 等 を 超 え た と き )
・量的過剰:正当防衛の時間的限界を超えるとき。
→急迫不正の侵害が終わったにもかかわらず追撃行為に及んだ場合,
防衛行為と追撃行為が時間的場所的接着性等から一連の行為と評
価できる場合は,全体として防衛の程度を超えたものとして過剰
防衛として処理する。
★★弱点補強★★
故意の過剰防衛と過失の過剰防衛
・過剰性を基礎づける事実の認識がある場合を故意の過剰防衛とよぶこ
と が あ る 。36 条 2 項 の 過 剰 防 衛 は 故 意 の 過 剰 防 衛 に つ い て 任 意 的 減 免 を
認 め た も の で あ る 。( 36 条 2 項 の 過 剰 防 衛 の 通 常 の パ タ ー ン )
・過剰性を基礎づける事実(防衛手段の相当性を基礎づける事実)の認
識がない場合を過失の過剰防衛とよぶことがある。この事実に誤認があ
る場合は,規範の問題に直面できず行為者を非難できないので,違法性
阻却事由に関する事実の錯誤として責任故意を阻却し,故意犯不成立と
なる。
29
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第12章
1
誤想防衛・誤想過剰防衛
誤想防衛(狭義の誤想防衛)
(1)
意義
急迫不正の侵害がないにもかかわらず,それがあると誤信して防
衛行為に及ぶことをいう。
(2)
狭義の誤想防衛の処理
→違法性阻却事由に関する事実に誤認があれば,行為者は規範の
問題に直面できず,故意非難を課し得ない。
よって,責任故意を阻却し,故意犯は不成立となる。
→なお,過失があれば過失犯が成立する余地がある。
2
誤想過剰防衛
(1)
意義
①急迫不正の侵害がないにもかかわらずそれがあると誤信し,②
過 剰 な 防 衛 行 為 を し た こ と を い う ( 誤 想 防 衛 + 過 剰 防 衛 )。
(2)
処理方法
過剰性を基礎づける事実を認識している場合と,認識していない
場合とで区別して処理する。
→ 過 剰 性 を 基 礎 づ け る 事 実 を 認 識 が あ る 場 合( 狭 義 の 誤 想 防 衛 )は ,
違法な過剰事実について認識し規範の問題に直面できるので,故
意責任を阻却しない。
→過剰性を基礎づける事実を認識していない場合(二重の誤想過剰
防 衛 ),規 範 の 問 題 に 直 面 で き な い の で ,故 意 責 任 を 阻 却 し 故 意 犯
は不成立となる。なお,過失があれば過失犯成立の余地あり。
30
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第13章
緊急避難
37 条 1 項
自己又は他人の生命,身体,自由又は財産に対する現在の危難を避け
るため,やむを得ずにした行為は,これによって生じた害が避けようと
した害の程度を超えなかった場合に限り,罰しない。
1
法的性質
(1)
違法性阻却説(通説)
・法益の権衡が要求されている。
・他人のための緊急避難を認めている。
→ 緊 急 避 難 に 対 す る 正 当 防 衛 は 認 め ら れ な い ( 正 v s 正 )。
(2)
責任阻却説
・緊急状態下では適法行為にでる期待可能性がない。
→ 緊 急 避 難 に 対 す る 正 当 防 衛 が 認 め ら れ る ( 不 正 v s 正 )。
2
成立要件
(1)
現在の危難の「現在」性
→法益侵害が現に存在するか目前に迫っていること。
*正当防衛の急迫性と同じ。
(2)
「危難」
→法益侵害の危険をいい,危難の発生原因に制限がなく,人間の
行為だけでなく,動物の行動や自然現象も含む。
→動物による侵害行為があった場合の処理につき対物防衛否定説
(正当防衛の「不正」の侵害を人間の行為に限定する考え)に
たつときは緊急避難の成否を検討する。
(3)
避難の意思
→現在の危難を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態。
31
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
(4)
補充性(やむを得ずした行為)
→その危難を避けるため唯一の方法であって,他にとるべき手段
がなかったといえることが必要。
(5)
法益の権衡
→避難行為により侵害された法益が,避けようとした法益の程度
を超えないことが必要。
*
3
侵害した法益≦避けようとした法益
過剰避難
(1)
意義
補 充 性 を 欠 く か , 法 益 の 権 衡 を 欠 く 場 合 。 37 条 1 項 但 書
(2)
処理
情状によりその刑を減軽し又は免除することができる。
4
誤想避難(狭義の誤想避難)
→現在の危難が存在しないのに存在すると誤信して避難行為を行っ
た場合。
→誤想防衛と同様に違法性阻却事由に関する事実の錯誤の問題とし
て処理し,故意を阻却する。
5
誤想過剰避難
→①現在の危難が存在しないのに存在すると誤信し,②過剰な避難
を 行 っ た 場 合 。( 誤 想 避 難 + 過 剰 避 難 )
→誤想過剰防衛の処理と同様,過剰性を基礎づける事実の認識があ
る場合(狭義の誤想過剰防衛)は故意を阻却せず,その認識がな
い場合(二重の誤想過剰防衛)は故意を阻却する。
32
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第14章
1
責任
責任の意義
→道義的な避難可能性
2
責任要素
①責任能力
②責任故意
・違法性阻却事由を基礎づける事実の不認識
・違法性の意識の可能性
*なお,判例は違法性の意識不要説
*違法性阻却事由を基礎づける事実を誤認(誤想防衛)したとき
や,違法性の意識をもつ可能性がないなどの状況が認められれ
ば,責任故意が阻却され,故意犯が成立しない。
③期待可能性
*具体的状況において犯罪行為を避けて適法行為にでることに
つき期待可能性がないといえれば責任阻却される。
*なお,期待可能性がないことを理由に犯罪不成立とした最高裁
判例はない。傍論で責任阻却の余地を認めるのみ。
3
責任能力
→ ① 自 己 の 行 為 の 違 法 性 を 弁 識 し( 弁 識 能 力 ),② そ れ に 従 っ て 行 動
を 制 御 す る 能 力 ( 行 動 制 御 能 力 )。( ① と ② の 両 方 が 必 要 )
→心神喪失:精神の障害により,弁識能力を欠くか,行動制御能力
を 欠 く 状 態 を い い , 責 任 阻 却 事 由 と な り , 犯 罪 不 成 立 (3 9 Ⅰ ) 。
→心神耗弱:精神の障害により,弁識能力が著しく減退し,または
行動制御能力が著しく減退している状態をいい,責任減少事由と
し て 必 要 的 減 軽 と な る (39Ⅱ ) 。
→刑事未成年:14歳未満の者の行為は責任阻却され犯罪不成立
33
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
(41)。
第15章
1
原因において自由な行為
意義
飲酒等(原因行為)により自ら精神障害を招き心神喪失又は心神耗
弱の状態にして犯罪(結果行為)に及んだ場合,行為と責任の同時
存在の原則からは,実行行為時に責任能力がないため犯罪が成立し
ない。
この結論は著しく法感情に反するため,このような場合に完全な責
任能力を問うための理論を原因において自由な行為という。
*論文試験では,原因において自由な行為という理論があることを前
提に,それをどのように法的構成するのかということに絞って論じ
れば足りる。
2
法的構成
(1)
間接正犯類似説(原因行為説)
→実行行為は責任能力ある原因行為であり,責任能力がない自己
の行為を間接正犯でいう道具のように利用して犯罪を実現したこ
とに責任避難を課し,完全な責任能力を問う。
*同時存在の原則を貫いたまま処理する立場。
*論文試験の当てはめでは,原因行為時に自己を道具として利用
する意思があったという点や,その意思のとおりに犯罪を実現し
たという点がポイントとなり,これらの点が肯定されれば完全な
責任能力を問えることになる。
(2)
同時存在の原則修正説(結果行為説)
→実行行為は結果行為と捉える。自由な意思決定に基づく原因行
為があり,その意思決定のとおりに結果行為をした場合は,結果
34
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
行為は責任能力あるときの自由な意思決定の実現過程に他ならず,
完全な責任を問える。
*同時存在の原則を修正して処理する立場。
*論文試験の当てはめでは,原因行為時の意思が結果行為として
実現されたかどうかという意思の連続性の有無の認定がポイント
となり,意思の連続性が肯定できれば完全な責任能力を問えるこ
とになる。
★★弱点補強★★
間接正犯類似説の問題点
原因行為により責任無能力になるに至らず,限定責任能力にとどま
った場合は,完全な道具とはいえなさそうなので,原因において自
由な行為を適用できないとも思える。
し か し ,こ の 場 合 で も ,間 接 正 犯 の 故 意 あ る 幇 助 道 具 と 同 様 に 考 え ,
完全な責任能力を問えると考えられる。
★★弱点補強★★
実行行為の途中から心神喪失になった場合
(1)
問題となる事例
例えば,行為者が手拳で被害者を殴るなどの暴行をしながら飲酒し
ているうちに,心神喪失状態となり,その状態で今度は鉄パイプで
被害者の頭部を殴るなどの激しい暴行をして被害者を死に至らしめ
た 場 合 ,手 拳 で 殴 っ た 行 為 に つ き 暴 行 罪 が 成 立 す る に と ど ま る の か ,
それとも,鉄パイプで殴って死に至らしめた行為につき傷害罪が成
立するのか。
(2)
考え方
間接正犯類似説からは,具体的事情により行為者が心神喪失にな
る前に「自己を道具として利用してさらに激しい暴行をする意思」
35
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
を有していたとはいいきれないことから,責任無能力状態の鉄パイ
プによる殴打行為についての責任は問いにくい。
一方,同時存在の原則修正説からは,責任能力ある原因行為時の
意思が結果行為にあらわれたものだと評価(意思の連続性を肯定)
で き れ ば ,鉄 パ イ プ で の 殴 打 行 為 に つ い て も 完 全 な 責 任 を 問 い う る 。
具体的には,責任能力ある原因行為時の暴行の意思が結果行為時の
暴行として実現したといえるかどうかを検討することになる。この
説は,間接正犯類似説のように,自己を道具として利用する意思が
不要なこととから,原因において自由な行為の適用を肯定しやすく
なる。
なお,その場合でも,原因行為時に殺意がない事例では,被害者
が死亡したとしても,殺意についての意思の連続性はないので,殺
人罪は成立せず,傷害致死罪にとどまることに注意する。
*原因行為時から殺意があれば,殺意の連続性が肯定される限り,殺
人罪の成立の余地あり。
36
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
第16章
中 止 犯 ( 43 条 但 書 )
43 条
犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は,その刑を減軽するこ
とができる。ただし,自己の意思により犯罪を中止したときは,その刑
を減軽し,又は免除する。
1
中止犯の必要的減免の根拠(中止犯の法的性質)
(1)
犯人に後戻りのための黄金の橋をかけて法益保護を図るための
政 策 的 な 規 定 ( 政 策 説 )。
批判:中止犯規定を知っている者にしか政策的効果がない。
(2)
中止行為により法益侵害結果の発生の現実的危険性が事後的に
減 少 し た こ と で 違 法 性 が 減 少 す る ( 違 法 減 少 説 )。
批判:中止行為が一身専属的であることと矛盾する。
◎ (3)
中 止 行 為 に よ り 避 難 可 能 性 が 減 少 す る ( 責 任 減 少 説 )。
批判:結果が発生しても中止行為により責任減少が認められ
るので中止犯として刑が減免されるはずだ。
再 批 判:中 止 犯 は 未 遂 罪 の 一 種 な の で ,結 果 が 発 生 し た 以 上 ,
中止犯が成立しないのは立法上やむを得ない。
*論文試験では,責任減少説で書くとよい。責任減少説だと中止行為
が他の共犯者に影響しないことを説明しやすい。
37
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
2
成立要件
①実行の着手
② 任 意 性 (「 自 己 の 意 思 に よ り 」)
→たとえ欲してもできなかったといえる場合は任意性を否定
→できるとしても欲しなかったといえる場合は任意性を肯定
③ 中 止 行 為 (「 犯 罪 を 中 止 し た 」)
→実行行為が完全に終了する前であれば,その後の実行行為を放
棄することで足りる。
→実行行為が完全に終了し,結果発生に向けて因果の流れが始ま
っている場合は,結果発生防止のための真剣な努力が必要。
→ 真 剣 な 努 力 の 内 容 と し て は ,他 人 の 助 力 を 得 て も か ま わ な い が ,
少なくとも自ら防止にあたったと同視しうる程度の努力が払わ
れたことが必要。
例 : 放 火 犯 が , 第 三 者 に 「 そ こ に 放 火 し た け ど 後 は 宜 し く 頼 む 。」
と 言 っ て 立 ち 去 り ,第 三 者 が 消 化 し て 既 遂 に 至 ら な か っ た と
しても,真剣な努力があったとはいえない。
*実行行為が終了したか否かは,実行行為が客観的構成要件要素である
こ と か ら ,行 為 の 客 観 面 に 着 目 し て ,結 果 発 生 の 危 険 が あ る 行 為 が 行
われたかにより判断する。
④結果の不発生
→中止犯は未遂犯の一種なので,結果が発生したら中止犯とならない
のは当然である。
⑤中止行為と結果不発生との間の因果関係
→責任減少説からはこの要件を不要とし,違法減少説からはこの要件
を必要と考えるのが自然である。
38
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
→古い判例でこの要件を必要とするかのように読めるものがあるが,
中止犯の法的性質の関係は不明である。
3
中止犯の効果
→刑の必要的減免
★★弱点補強★★
予備罪の中止犯
(1)
問題の所在
強盗予備をした者が,強盗の実行の着手をする前に自己の意思で実行
を や め た 場 合 ,仮 に ,実 行 行 為 に で た 後 に 中 止 行 為 を す れ ば ,中 止 犯
と し て 刑 の 必 要 的 減 免 を 受 け ら れ る の に ,実 行 行 為 に で な い 場 合 は 完
全な予備罪の罪責を負うことになり刑の不均衡が生じる。
(2)
具体的処理
予備の中止でも責任減少が認められるので中止犯の規定を準用して
刑の減免を認める。
なお,判例は,中止犯の成立を否定。
(3)
減軽する場合の刑の基準
既遂犯の刑を基準にするのが原則。
例外:既遂犯の刑を減軽しても予備罪の刑より重い場合は,予備罪
の刑を基準に減軽する。
例:強盗罪
5年以上の懲役
強盗予備罪
→減軽しても2年6月
2年以下の懲役
→強盗予備罪に中止犯の規定を準用して刑を減軽するときは,
39
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
強盗予備罪の刑を基準に刑を減軽する。
第17章
1
不能犯
意義
一見すると犯罪の実行行為のようにも見えるが,結果発生の現実的
危険性がないため,実行行為性を欠き,未遂犯すら成立しないもの
を不能犯という。
★★弱点補強★★
不能犯を検討する実益
・不能犯の問題は,未遂犯の成立要件をどう考えるのかという問題と重
なる。
・未遂犯の成立要件となる実行の着手は,法益侵害発生の現実的危険性
がある行為のことをいうが,具体的事情のもとに当該行為が本当に法益
侵害発生の現実的危険性があるといえるのかということを検討するの
が不能犯の問題である。
・この現実的危険性があれば,実行の着手があるものとして未遂処罰さ
れ,この現実的危険性がなければ実行の着手がないもの(不能犯)とし
て未遂処罰できないだけのことである。
2
不能犯の判断の基礎事情(未遂犯成立の判断の基礎事情)
→行為時において,一般人が認識していた事情及び行為者が特に認
識 し て い た( 客 観 的 )事 情 を 基 礎 と し て ,一 般 人 の 観 点 か ら 法 益 侵 害
の 現 実 的 危 険 性 が あ る か 否 か を 判 断 す る ( 具 体 的 危 険 説 )。
*この説にいう,行為者が特に認識していた事情とは,その事情が客
観 的 に も 存 在 す る こ と を 前 提 と し て い る 。そ こ で「 特 に 」と い う 表 現
が 用 い ら れ て い る 。( 行 為 者 が 認 識 し て い て も 客 観 的 事 実 と し て 存 在
し な い も の は 行 為 者 が 「 特 に 」 認 識 し て い た 事 情 と は な ら な い 。)
40
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
例:一般人が死体だと認識した客体に行為者が殺意を持って包丁を突
き 刺 し た 場 合 ,実 際 は そ の 客 体 が 仮 死 状 態 で ま だ 死 亡 し て お ら ず ,そ
の こ と を 行 為 者 が 認 識 し て い た と い う 事 例 で は ,具 体 的 危 険 説 か ら は ,
客体がまだ生きているという事情は行為者が特に認識していた事情
と し て ,行 為 の 危 険 性 判 断 の 基 礎 事 情 と な る 。そ し て ,生 き て い る 人
に包丁を突き刺す行為が殺人罪の結果発生の現実的危険性があるか
否かを判断することになる。
一方,その客体が実際には死亡していて,一般人の目からも明らか
に 死 亡 し て い る こ と が 分 か る が ,行 為 者 が ,そ の 客 体 が 生 き て い る と
勘 違 い し て い た 場 合 は ,客 体 が 生 き て い る と い う 事 実 を 基 礎 事 情 に で
きない。
41
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第18章
1
共同正犯
意義
二 人 以 上 共 同 し て 犯 罪 を 実 行 し た 者 は , す べ て 正 犯 と す る (6 0 ) 。
→一部実行全部責任の原則
2
一部実行全部責任の原則の根拠(共同正犯の処罰根拠)
→共犯者が相互に他人の行為を利用補充し合って犯罪を実現した
ところ(相互利用補充関係)に処罰根拠を求める。
3
成立要件
①共同実行の意思(主観面)
②共同実行の事実(客観面)
4
罪名従属性
問題:Bは殺人罪の共同正犯となり科刑だけ傷害致死とするか?
事例:AとBが共同してVに暴行を加えてVを死亡させた場合にお
いて,Aにだけ殺意があったときは,殺意のないBには,殺人罪と
傷害致死罪の構成要件が重なり合う軽い傷害致死罪の共同正犯が成
立 し , 傷 害 致 死 罪 の 刑 が 科 刑 さ れ る ( 罪 名 と 科 刑 の 一 致 )。
→構成要件が重なり合う軽い罪の故意犯の共犯が成立する。
なお,殺意があるAには,殺人罪の単独正犯が成立し,傷害致
死罪の限度でBと共同正犯になる。
*判例は,共同正犯の罪責につき,罪名と科刑を分離させない立場を基
本 と し て い る 。た だ し ,非 身 分 者 が 業 務 上 横 領 罪 に 加 担 し た と き だ け
42
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
は ,例 外 的 に ,罪 名 と 科 刑 を 分 離 さ せ て い る こ と に 注 意 を 要 す る( 詳
細 は 業 務 上 横 領 罪 の 箇 所 を 参 照 )。
5
結果的加重犯の共同正犯
→結果的加重犯は,基本犯の中にもともと重い結果が発生しうる危
険性が含まれていることを根拠に加重結果についても責任の負わせ
るものであるところ,相互利用補充関係にある共同正犯の場合にも
この趣旨が妥当する。
*結果的加重犯の成立には,基本犯と加重結果との間に因果関係が認
められれば足り,加重結果につき過失(予見可能性)は不要とする
のが判例。
例:AとBが暴行罪の共謀をして二人でVに殴りかかったが,Aが
密かに殺意を持ってVを強打し死亡させた場合,暴行の故意し
かなかったBにも傷害致死罪の共同正犯の罪責を負う。なお,
殺意のあるAは,別途殺人罪の罪責を負う。
6
承継的共同正犯
→先行者が実行行為の一部を行った後,実行行為が終了する前に後
行者が先行者と意思を通じて実行行為に参加した場合,後行者が
先行者の行為を自己の犯罪遂行手段として利用していると認めら
れるときは,相互利用補充関係が認められるので,後行者も共同
正犯としての罪責を負う。
7
共謀共同正犯
→①二人以上の者が特定の犯罪を実行する旨の謀議をし,②その中
の一部の者が実行行為に及んだ場合でも,相互利用補充関係が認め
られる限り,実行行為をしなかった者も共同正犯としての罪責を負
う。
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8
過失犯の共同正犯
→①共同の注意義務に共同して違反(共同実行の事実に対応)
②不注意な行為を共同し合う心情(共同実行の意思に対応)
*共同の注意義務が認められるためには,共犯者間が同一の法的地位
に あ る と い え る こ と が 必 要 で あ る 。こ の 法 的 地 位 を 共 通 す る こ と で 共
同の注意義務が発生するのである。
例えば,化学の実験の際に大学の教授と大学生の過失行為によって
結 果 が 発 生 し た 場 合 ,両 者 は 同 一 の 法 的 地 位 に は な い の で ,共 同 の 注
意 義 務 が 発 生 せ ず ,過 失 犯 の 共 同 正 犯 と は な ら な い 。こ の 場 合 ,そ れ
ぞれの行為につき過失犯の単独犯の成否を検討することになる。
★★弱点補強★★
共同正犯と正当防衛
共同正犯の一部の者に正当防衛が成立しても,他の共犯者には影響しな
い。
・共同正犯はあくまでも「正犯」である以上,狭義の共犯(教唆犯・
幇助犯)に妥当する違法の連帯性(要素従属性・制限従属性説)は妥
当しない。
*共同正犯では,違法性は連帯せず,行為者ごとに個別的に検討する。
★★弱点補強★★
不作為犯の共同正犯
不真正不作為犯に関して作為義務がない者が,作為義務を負う者と共同
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して犯罪を実現した場合,作為義務を負う立場を65条1項の「身分」
と解し,作為義務がない者(身分がない者)にも共同正犯が成立すると
考える。
*作為義務がない者も,作為義務がある者と相互に利用補充し合い法益
侵 害 す る こ と は 可 能 な の で , 共 同 正 犯 と し て 処 罰 で き る ( 実 質 的 理 由 )。
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第19章
教唆犯
61 条
1
1
人を教唆して犯罪を実行させた者は,正犯の刑を科する。
2
教 唆 者 を 教 唆 し た 者 に つ い て も , 前 項 と 同 様 と す る 。( 間 接 教 唆 )
処罰根拠
正犯の法益侵害行為を通じて間接的法益侵害をしている。
2
成立要件
①教唆行為
→一定の犯罪を実行させる決意を生じさせる行為。
→手段方法に制限はない。
②教唆行為に基づき正犯が実行行為に及ぶこと(実行従属性)
③正犯の行為が構成要件に該当し違法性があること(制限従属性説)
*③は要素従属性の問題である。教唆犯や幇助犯などの狭義の共犯が成
立するためには,正犯の行為が,構成要件該当性,違法性,責任,処罰
条件のどこまでの要素を備えていなければならないのかという問題であ
る。この点,狭義の共犯の成立には,正犯の行為に構成要件該当性と違
法性を要求する制限従属性説が通説となっている。
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★★弱点補強★★
未遂の教唆
最初から未遂犯に終わらせるつもりで教唆行為をして,正犯の行為が未
遂にとどまった場合の可罰性が問題となる。
→教唆犯の処罰根拠は,正犯の実行行為を通じた間接的な法益侵害に求
められるところ,未遂犯を教唆した場合,未遂犯が発生する現実的危険
性を間接的に生じさせているので可罰的だといえる。
→なお,このことから,教唆犯の故意としては,既遂結果の発生の認識
までは不要で,正犯が実行行為に出ることの認識で足りるといえること
になる。
★★弱点補強★★
未遂の教唆の錯誤
~未遂の教唆をしたところ正犯が既遂結果を発生させた場合の処理
例:窃盗未遂を教唆したら正犯が窃盗既遂を犯した場合。
→事実の錯誤があったものとして,法定的符合説により,重なり合いが
ある軽い未遂の教唆犯の罪責を負う。
★★弱点補強★★
結果的加重犯と教唆犯
結果的加重犯の基本犯にあたる行為を教唆して,正犯が重い結果を発生
させた場合は,教唆犯は重い結果につき罪責を負う。
この場合は事実の錯誤の問題としない。
結果的加重犯は,基本犯には加重結果が生じる危険が含まれているこ
とに着目して当然に重い結果についてまで罪責を負わせるものであるが,
この趣旨は基本犯を教唆して結果的加重犯の加重結果を発生させた場合
47
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にも妥当するといえるからである。
★★弱点補強★★
共犯の錯誤
共犯者間で認識した犯罪事実と発生した事実との間に不一致がある場合
は,単独犯の錯誤論を応用して,法定的符合説により,重い結果の故意
がない者については,構成要件が重なり合う軽い犯罪の共犯の成立を認
める。
例:窃盗を教唆したら,正犯が強盗をした場合,構成要件が重なり合
う軽い窃盗罪の教唆犯が成立する。
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第20章
従犯(幇助犯)
62 条
1
1
正犯を幇助した者は,従犯とする。
2
従 犯 を 教 唆 し た 者 に は , 従 犯 の 刑 を 科 す る 。( 従 犯 の 教 唆 犯 )
処罰根拠
正犯の法益侵害行為を通じて間接的法益侵害をしている。
*教唆犯の処罰根拠と同じ。
2
成立要件
①幇助行為
→正犯の実行行為を容易にする全ての行為。
→有形的な物理的幇助に限らず,無形的な精神的な幇助でもよい。
→幇助行為の因果関係は,結果発生との間にまでは必要なく,正犯
の実行行為との間にあれば足りる。
*幇助犯は,正犯の実行行為を容易にして間接的な法益侵害行為
をしたことに処罰根拠があることから。
②正犯が犯罪を実行すること(実行従属性)
③正犯の行為が構成要件に該当し違法性があること(制限従属性説)
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★★弱点補強★★
物理的幇助と心理的幇助の処理の違い
~片面的幇助の成否に影響
・幇助行為が正犯の実行行為を容易にしたといえるためには,心理的幇
助の場合は,正犯者が幇助されていることに気づいている必要がある。
そこで,心理的幇助の場合には,片面的幇助は成立しない。
・一方,物理的幇助(実際に正犯の実行に役立っていることが前提)の
場合は,正犯者が幇助されていることに気づいていなくても,正犯の実
行行為を容易にすることが可能なので,片面的幇助が成立する。
*幇助者が,正犯に内緒で物理的幇助をしたつもりだったが,実際には
正犯の実行に現実に役立たなかった事案で,幇助犯の成立を否定した裁
判例がある。
→このような事案では,幇助者は物理的幇助をしたつもりでも,幇助行
為が実際に正犯の役に立たなかったのであるから物理的幇助がなされた
とはいえない。そこで,幇助者の行為が心理的幇助といえれば幇助犯が
成立する余地があるが,正犯が幇助行為に気づいていなければ正犯の心
理に何ら作用しないので,やはり幇助犯が否定されることになる。
参考判例:判例百選Ⅰ〔88事件〕
★★弱点補強★★
従犯と共同正犯の区別
窃盗の見張りをしていたに過ぎない者でも,従犯にとどまらず共同正犯
となることがある。
→見張り行為をしていたに過ぎない者でも,正犯意思の有無,他の共犯
者への影響力,窃取した財物の分け前の分配方法など諸般の事情から,
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自己の犯罪と評価できれば,共同正犯の罪責を負う。
★★弱点補強★★
不作為による幇助
デパートの警備員が,誰かが万引きしようとしているに気づいたが,そ
れが自分の知り合いだと気づいたため見逃した場合,警備員に不作為に
よる窃盗の従犯が成立するかという問題である。
→不真正不作為犯の成立要件を応用して,①正犯者の犯罪を阻止する法
的作為義務の存在,②作為に出ることの可能性・容易性があるといえれ
ば,不作為による幇助犯が成立すると考える。
*なお,幇助犯は正犯と異なり,もともと様々な行為態様が広く予定さ
れていることから,構成要件的同価値性(結果に対する排他的支配)の
ような厳格な要件は不要である。
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第21章
共犯と身分
65 条
1
犯 人 の 身 分 に よ っ て 構 成 す べ き 犯 罪 行 為 に 加 功 し た と き は ,身 分 の
ない者であっても,共犯とする。
2
身 分 に よ っ て 特 に 刑 の 軽 重 が あ る と き は ,身 分 の な い 者 に は 通 常 の
刑を科する。
1
基本用語
・真正身分犯
→行為者が一定の身分を有することにより可罰性が認められて成立
する犯罪
例 : 強 姦 罪 ( 男 性 ), 収 賄 罪 ( 公 務 員 ), 背 任 罪 ( 他 人 の た め の 事
務 処 理 者 ), 横 領 罪 ( 占 有 者 )
・不真正身分犯
→身分がなくても犯罪が成立するが,身分の有無が刑の軽重に影響
する犯罪
例 : 保 護 責 任 者 遺 棄 罪 ( 保 護 責 任 者 ), 常 習 賭 博 罪 ( 常 習 者 ), 業
務上横領罪(業務者)
2
65条1項と2項の関係
(1)
1 項 は 真 正 身 分 犯( 構 成 的 身 分 )に つ い て の 成 立 と 科 刑 の 連 帯 的
作用を規定し,2項は不真正身分犯(加減的身分)の成立と科刑
の 個 別 的 作 用 を 規 定 し た も の ( 判 例 通 説 )。
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理 由:
「 犯 人 の 身 分 に よ っ て 構 成 す べ き 犯 罪 」,
「身分のない者に
は通常の刑を科する」との文言に文理上合致する。
例:保護責任者遺棄罪(不真正身分犯)に保護者でない非身分者
が加功した場合,65条2項により単純遺棄罪の共犯が成立し,
そ の 刑 が 科 さ れ る 。( 成 立 罪 名 と 科 刑 が 一 致 す る 。)
批判:真正身分が身分を連帯的に作用させ,不真正身分が身分を個
別的に作用させることの実質的根拠を明らかにしていない。
(2)
1 項 は 真 正 身 分 犯 及 び 不 真 正 身 分 犯 の 成 立 に 関 す る 規 定 で ,2 項
は不真正身分犯の科刑を特に規定した。
(共犯者
理 由:共 犯 者 間 で 成 立 す る 罪 名 は 一 致 さ せ る べ き で あ る 。
同士で成立する罪名を一致させる。ただし,非身分者の成立罪名
と 科 刑 は 分 離 す る こ と に な る 。)
例:保護責任者遺棄罪(不真正身分犯)に保護者でない非身分者
が加功した場合,65条1項により非身分者にも保護責任者遺棄
罪の共犯が成立し,2項によって単純遺棄罪の刑が科せられる。
(成立罪
批 判:成 立 し た 罪 名 と 科 刑 が 分 離 す る の は 妥 当 で は な い 。
名と科刑罪名との不一致)
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★★弱点補強★★
事後強盗と身分犯
Aが窃盗に着手した後,後から来たBがAと意を通じて,財物の奪還を
防ぐため,または逮捕を免れさせるために,被害者等に暴行脅迫した場
合の処理をどのように考えるか。
→ 事 後 強 盗 罪 は ,窃 盗 犯 の み が 犯 せ る 真 正 身 分 犯 と 解 し ,6 5 条 1 項 に
より,窃盗犯の身分がない加担者に,事後強盗罪の共同正犯の成立を肯
定する。
54
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第22章
1
共犯からの離脱
着手前の離脱
(1)
意義
共犯者の一部の者が実行行為にでる前に共犯関係から離脱するこ
と ( 着 手 前 の 離 脱 )。
(2)
要件
①離脱の意思表明
②他の共犯者の了承
なお,道具を提供するなど物理的因果性を及ぼしたときは,因果
性を解消する具体的措置が必要。
(3)
効果
離脱後の他の共犯者の行為につき罪責を負わない。
離脱の時点で予備罪が成立しているときは,予備罪の罪責を負う
にとどまる。
2
着手後の離脱
(1)
意義
共犯者の一部の者が実行行為にでた後,結果が発生する前に共犯
関 係 か ら 離 脱 す る こ と ( 着 手 後 の 離 脱 )。
(2)
要件
前記①及び②に加えて,結果発生にむけて因果の流れが始まって
いることから,結果発生防止のための積極的措置をとることが必
要。
(3)
効果
離脱後は他の共犯者の行為について責任を負わないですむため,
結果が発生しても既遂犯の罪責を負わず,未遂犯の罪責を負うに
55
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とどまる。
★★弱点補強★★
共犯の離脱と中止犯の関係
中止犯は,共犯からの離脱の要件にはない任意性の要件が要求されるた
め,共犯からの離脱があれば直ちに中止犯が成立するという関係にはな
い。
*論文試験で,共犯からの離脱と中止犯の成否の両方が問題となりそう
な事案が出題されたら,それぞれの要件を検討する必要がある。
★★弱点補強★★
共犯からの離脱を考えないケース
~共謀の射程
複数の者が共同して正当防衛行為をしたところ,そのうち一部の者が追
撃行為をして過剰防衛となった場合,追撃行為をしなかった者の罪責を
どのように考えるかが問題となる。
*正当防衛に関する当初の共謀が,追撃行為をすることまで含んでいな
い事案であることが前提。
→追撃行為をしなかった者の罪責は,共犯から離脱したのかという視点
から考えるのではなく,追撃行為につき新たな共謀が生じたのかという
視点から考え,新たな共謀が成立したといえない場合は,追撃行為をし
なかった者は,他の者の追撃後の行為につき責任を負わない。
このような事例で,追撃行為をしなかった者に無罪を言い渡した判例
がある。
*正当防衛に関する当初の共謀が,追撃行為をすることまで含んでいな
い事案では,上記のように考えるのが理論的であろう。
参考判例:判例百選Ⅰ〔97事件〕
*仮に,当初の共謀が追撃行為をすることまで含まれていたとしたら,
途中で離脱したものの罪責は,共犯からの離脱の問題として考えるのが
56
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
理論的である。
第23章
1
罪数処理
意義
犯罪の個数を罪数という。
罪数の決定の基準は,行為の構成要件充足回数を基本とする。
罪数は,一罪が成立する場合と,数罪が成立する場合とで区別して
考える。
2
一罪の処理
(1 )
単純一罪
→1個の構成要件に1回該当する場合
(2 )
法条競合
→1個の行為が外見上は数個の構成要件に該当するようにみえる
が,現実には1個の構成要件にしか該当しない場合
・特別関係:一般法と特別法の関係にあるものは特別法が優先
例:殺人罪と同意殺人罪,横領罪と業務上横領罪
・吸収関係:ある犯罪に通常随伴する行為は前者だけ評価すれば
足りる
例:包丁で人を刺し殺したときの器物損壊罪と殺人罪
・補充関係:基本犯の構成要件を補充する構成要件があるときは
前者は適用されない
例:傷害罪が成立するときは暴行罪は適用されない。
(3 )
包括一罪
→数個の行為がそれぞれ独立して特定の構成要件に該当するよう
にみえるが,包括して一罪が成立すると評価されるもの。
57
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
包括一罪の判断基準
→数個の行為が同一の法益侵害に向けられたものであるときは
包括一罪として処理をする。
例:窃盗に着手した後,その場で強盗をした場合は強盗罪
一罪が成立する。
例:逮捕に引き続き監禁をした場合は1個の逮捕監禁罪が
成立する。
3
数罪が成立する場合の処理
(1 )
観 念 的 競 合 ( 54Ⅰ 前 )
→1個の行為が数個の罪名に触れる場合
→1個の行為といえるかは,法的評価を離れて,自然的にみて1
個の行為といえるかにより判断する。
例:殺意をもってピストルを1発撃って2人の人を負傷させ
たときは2つの殺人未遂罪が成立し,1個の行為が2個
の罪名に触れる場合であるといえるので,両罪は観念的
競合とる。
→科刑上一罪として最も重い刑により処断される。
(2 )
け ん 連 犯 ( 牽 連 犯 )( 54Ⅰ 後 )
→数個の犯罪が目的と手段の関係に立つ場合,
→目的と手段の関係にあるかの判断は,行為者の主観によらず,
犯罪の性質から客観的に判断する。
例:住居侵入窃盗の事案では,窃盗罪と住居侵入罪とは目的
と手段の関係にあるといえるので,両罪はけん連犯とな
る。
58
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
→科刑上一罪として最も重い刑により処断される。
(3 )
併 合 罪 ( 45 )
→確定裁判を経ていない2個以上の罪
→2個以上の罪が,観念的競合やけん連犯とならず,別個の行為
として評価すべきものは併合罪となる。
例:殺人罪と死体遺棄罪
→有期刑を併合加重するときは,最も重い刑の長期にその2分の
1 を 加 え た も の を 長 期 と す る ( 47 本 )。
→ただし,それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超える
こ と は で き な い ( 47 但 書 )。
例:傷害致死罪(3年以上の有期懲役→長期は20年)と
背任罪(5年以下の懲役又は50万円以下の罰金)を
併合罪処理する場合,長期を30年とすることはでき
ず,長期は25年となる。
★★弱点補強★★
無 免 許 運 転 罪 ,酒 酔 い 運 転 罪 ,信 号 無 視 罪 ,自 動 車 運 転 過 失 致 死 傷 罪( 人
身事故)などの自動車運転に絡んで同時に成立しうる犯罪の罪数処理の
考え方
→線と線の関係,点と点の関係にあるものは観念的競合
注 :「 線 」 と は 犯 罪 に 時 間 の 幅 が あ る こ と を 意 味 す る 。
「 点 」と は 犯 罪 に 時 間 の 幅 が な く ,特 定 の 一 時 点 で 成 立 す る こ と
を意味する。
例
無免許運転罪と酒酔い運転罪(線と線)
例
信号無視罪と自動車運転過失致死傷罪(点と点)
→線と点の関係にあるものは併合罪
59
LEC・短答コンプリートマスター・体系整理テキスト(刑法)
例
酒酔い運転罪と自動車運転過失致死傷罪(線と点)
★★弱点補強★★
処断刑の求め方~短答対策
短答試験で処断刑(法定刑に一定の加重減軽をして得られた刑)を問う
問 題 が 出 題 さ れ る 。 H 21 -2 0
処断刑を求めるときは以下の順番で考える。
1
科刑上一罪の処理
2
刑種の選択(懲役刑か罰金刑かなど)
3
再犯加重(累犯加重)
4
法律上の減軽(未遂減軽など)-法律上の減軽事由が複数あっても
減軽は1回だけ。
5
併合罪の加重
6
酌量減軽-法律上の減軽をしても酌量減軽は可能。
60