ASEAN の国際競争力強化への道 トラン・ヴァン・トウ(早稲田大学)

1
日本経済研究センター研究 PJ『アジアの「軌跡」は再び可能か』2003 年 11 月。
浦田秀次郎・日本経済研究センター編『アジアFTAの時代』に日経新聞、2004 年
第 3 章に収録。
ASEAN の国際競争力強化への道
トラン・ヴァン・トウ(早稲田大学)
本章のポイント:
①中国の台頭のインパクトと AFTA 及び東アジアでの FTA を念頭において ASEAN 諸国が新
たな成長を実現するためには、新たな比較優位産業を創出し,中国の成長がもたらした発
展機会を利用すると共に東アジアでの産業内分業に積極的に参加する必要がある。
②新たな比較優位産業を創出するためには労働力の質的向上を通じる産業構造の高度化,
AFTA の徹底的実施を通じる ASEAN 共同市場を実現し,外国直接投資にとって魅力的投資
環境を作らなければならない。
③このような政策で直接投資と輸出の好循環が再現し,アジア通貨危機直前の6−7%の
中成長(ASEAN 先発国)または9%程度の高度成長(ベトナム)が実現できるであろう。
はじめに
ASEAN は先発6か国と新規加盟 4 か国で構成されているが、現在、経済・人口規模や
経済改革の進展などの点からみて前者についてタイ,マレーシア,インドネシアとフィリ
ピン(以下は ASEAN-4 または ASEAN 先発国という)が,後者についてベトナムが一般的
関心を集めている。本稿もこれらの国々に焦点を合わせる。
アジア通貨危機の直前まで ASEAN 諸国は概ね高度成長を経験していた。先発国は 1980
年代から 90 年代前半まで,ベトナムは 90 年代初頭からそうであった。この成長の要因
は、貿易と外国直接投資(FDI)の拡大,特に輸出と投資の好循環メカニズムとして特徴
づけられるという意見が支配的であった。1
しかし,通貨危機以降,ASEAN 先発国の経
済成長率が大きく鈍化し,しかも激しく変動するようになった。例えばタイの経済は
97・98 年にマイナス成長,99 年と 2000 年に4%強と回復したが、2001 年に 2%弱に低
下した後,2002 年に 5%強へと成長した。ベトナム経済は 92-97 年の成長率が 8-9%であ
ったが,98 年以降は7%を下回った。発展段階が低いベトナムは経済減速と変動幅が小
さかったが、農業国から新興工業国へ転換するためにさらに持続的高度成長の実現が現段
階の課題である。
1
例えばトラン(2001),Urata (2001)などを参照。
2
本稿の目的は、今後の ASEAN 経済が持続的に高い成長を実現していくための条件を探
ってみることにある。これに関して ASEAN が現在直面している国際・地域環境として中
国の台頭の影響及び東アジアの経済統合の動きという 2 点を念頭におきたい。以下、第
1節は中国の台頭が ASEAN にどのようなインパクトを与えているかを分析する。第 2 節
はアジアの地域統合の動きが ASEAN にとってどのような意味を持っているか,ASEAN がこ
れに関してどのような戦略を取るべきかを考察する。第 3 節は ASEAN の国際競争力を強
化し,新たな発展を実現するための条件は何かを吟味してみる。最後に結びに代えて
ASEAN の今後の成長を展望してみる。
1.中国の台頭と ASEAN の競争力低下
アジア通貨危機後、ASEAN 諸国は金融・財政を中心にマクロ経済の安定化に一定の成果
を収めたが、実物経済の成長が鈍化してきた。その背景として通貨危機前の高度成長の要
因が失われつつあったことである。すなわち、輸出についてフィリピンを別とすれば
ASEAN 先発国は 2000 年を除いて年々低迷している。中国の輸出も変動しているが、その
成長率が ASEAN 先発国を大きく上回っているのが対照的である。FDI 導入額についても
ASEAN と中国の動きが対照的である。国際収支ベースの FDI 純流入額をみると、1990 年
代初頭には ASEAN 先発国とベトナムの合計が中国より大きかったが、96 年には中国を大
きく下回り、2001 年になると中国の 30%弱しかなくなってしまったのである。ASEAN の
FDI 導入実績が中国より少なくなっただけでなく、年々減少してきたことが特徴的である
(表1)。
3
表 1 ASEANと中国の経済パフォーマンス
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
GDP成長率(%)
シンガポール
インドネシア
タイ
マレーシア
フィリピン
ベトナム
中国
7.5
7.8
7.3
10.0
5.8
9.3
9.6
輸出成長率(%)
シンガポール
インドネシア
タイ
マレーシア
フィリピン
ベトナム
中国
5.8
9.7
-1.3
6.0
17.7
33.2
1.5
0.0
7.3
3.4
0.3
22.8
26.6
21.0
-12.2
-8.6
-5.7
-7.0
16.9
1.9
0.5
4.4
-0.4
7.7
15.7
18.8
23.1
6.1
20.2
27.3
19.4
16.2
8.7
25.4
27.8
-91.2
-9.1
-6.4
-10.5
-15.6
4.0
6.8
8,608
6,194
2,271
7,296
1,520
1,803
10,746
4,677
3,626
6,324
1,249
2,587
6,389
-356
5,143
2,714
1,752
1,700
11,803
-2,745
3,561
3,895
578
1,484
5,407
-4,550
2,813
3,788
1,241
1,289
8,609
-3,277
3,759
554
1,792
1,300
-
ASEAN−6
27,692
29,209
17,342
18,576
9,988
12,737
-
中国
40,180
44,237
43,751
40,319
40,772
46,846
-
外資導入額(100万ドル)
シンガポール
インドネシア
タイ
マレーシア
フィリピン
ベトナム
8.4
4.5
-1.8
7.5
5.2
8.2
8.8
0.4
-13.2
-10.4
-7.5
-0.5
5.8
7.8
5.4
0.3
4.2
5.7
3.3
4.8
7.1
9.9
4.8
4.3
8.5
4.0
6.8
8.0
-2.0
3.5
1.9
0.4
3.4
6.9
7.3
2.0
3.7
5.2
4.2
4.6
7.0
8.0
2.7
1.0
5.4
6.0
9.1
11.2
22.3
出所) 1.GDP成長率: 1996-1999はIMF;2000-2002は各国統計機関データに基づいたJRI(日本総研)
による。ただし,ベトナムはベトナム統計総局のデータによる。
2.輸出成長率:1996-1999:ADBのKey Indicatorsより計算;2000-2002はJRI〔上記)。ただし,
ベトナムはGDP成長率のデータと同じ。
3.外資導入:World Investment Report 2002による。
ASEAN の低迷に対して中国の台頭が顕著である。数十年間にわたって経済が 10%前後
成長してきたし、現在も7−8%と高い成長を維持しているだけでなく、その成長パター
ンが発展段階や要素賦存情況が似通った ASEAN 諸国に大きなインパクトを与えている。
すなわち、中国の経済成長が輸出主導型で、しかも工業品の輸出拡大によって特徴付けら
れる。GDP に対する輸出の比率が 1980 年の 6.8%から最近(2000 年)の 23.1%まで上昇
してきた。また、中国の輸出総額に占める工業品のシェアは 1980 年に 48%であったが、
2001 年には 90%を越えたのである。2002 年に中国は世界貿易の第 4 位に躍進し,または
じめてアメリカを抜いて日本輸入のトップ供給国になったのである。2
このように中国の経済成長が急速なスピードで工業生産の対外的拡大を中心に実現さ
れたと言える。それを可能にしたのは FDI の積極的導入であった。事実、1991 年に
2
世界総輸出に占める中国のシェアは 1980 年に 26 位,1990 年に 15 位,2000 年 7 位
であった(関 2003, p.145)。
4
5.7%であった中国の工業生産に占める外資系企業の貢献が 2000 年には 27.4%まで上昇
してきた。特に沿海地域におけるそのような貢献が著しい。例えば同期間に広東省は
23.9%から 58.3%、福建省は 21.5%から 61.4%、上海市は 14.4%から 55.3%へとそれ
ぞれ上昇したのである。3
FDI の積極的導入を背景に増大した中国の工業力が世界市場で ASEAN のシェアを侵食し
つつある。アメリカ市場では 1996 年以降その輸入に占める ASEAN のシェアの低下が目立
っているし,日本市場では ASEAN がシェアを維持しているが、中国のシェアとの差が広
まっているのである(表2)。Boon and Yue (2003)の実証研究もアジア通貨危機後、アメ
表 2 日米市場におけるASEANと中国のシェアの変化
日本の市場におけるシェア
アメリカの市場におけるシェア
1992
1996
2001
1992
1996
2001
シンガポール
1.7%
2.8%
2.2%
2.5%
3.0%
1.5%
タイ
2.8%
3.2%
3.5%
1.4%
1.4%
1.3%
マレーシア
1.9%
3.5%
4.1%
1.8%
2.6%
2.3%
フィリピン
0.8%
1.6%
2.5%
0.9%
1.1%
1.1%
インドネシア
2.1%
2.3%
2.4%
0.7%
0.9%
0.9%
ASEAN−4
7.6%
10.6%
12.5%
4.8%
6.1%
5.7%
ASEAN−5
9.3%
13.5%
14.7%
7.3%
9.1%
7.2%
中国
9.4%
15.4%
22.8%
5.8%
7.8%
11.0%
資料:国連貿易データより計算。
リカ市場で ASEAN の工業品が後退し、中国が圧倒的競争力を発揮したことを示している。
竹内〔2002〕も OECD 加盟国の市場における中国と ASEAN4 カ国の競争力の変化について
アジア通貨危機後に中国がさらに躍進したのに対して ASEAN が後退した。すなわち,こ
の市場における中国の有力輸出品目(OECD 加盟国の輸入総額に占めるシェアが5%を越
えた品目)の数は 1990 年に 22 品目,1995 年に 45 品目,1999 年に 57 品目と着実に増加
したが,ASEAN4のそれぞれは 16,29,25 品目で 90 年代後半に減少してしまったのであ
る。
中国との比較で ASEAN の競争力についてもう少し詳細にみてみよう。
3
環太平洋ビジネス情報 RIM
Vol 3 No.8 (2003) による。
5
一国の競争力は一次産品やサービス産業も含め、総合的に考えなければならいが、こ
こでは工業品に限定して分析する。中国との競合分野も主として工業品であるし、ASEAN
の多くの国がまだ工業化の過程にあるという事実があるからである。
要素集約度からみて工業品が5つの分野に分けられる。①非熟練労働集約的産業(繊
維、アパレル、履物、旅行用品など),②労働集約的農林水産物加工(食料品,木材製品
など),③資源・資本集約的産業(鉄・石油化学など),④多様な要素集約的産業(家電、
電子製品・部品などのように、労働集約的部品・製品もある一方、資本・技術集約的もの
もある),⑤資本・技術集約的産業(自動車、コンピューターなど)である。
このうち,①について中国が圧倒的競争力を示し,ASEAN 先発国が劣勢しつつある。
例えば日本の繊維製品・衣類の輸入総額において 1990 年に中国のシェアが 1.3%しかな
く,ASEAN4 のそれは 4.6%であったが,2000 年になると,後者は 5.5%と若干上昇した
程度であったのに対して前者は 68.1%まで躍進したのである。OECD 市場全体においても
同様な状況が示されている。例えば,男性外衣,メリヤス下着,履物,時計,玩具・運道
具などで ASEAN のシェアが低下している(竹内 2003)。これらの製品は第 3 国市場だけ
でなく,ASEAN 市場にも中国が急速に侵食している。例えば,タイの輸入動向をみると,
綿織物について中国からの輸入は 1995 年に 3800 万ドルでタイの同製品の全輸入の 20%
を占めたが,2000 年にはそれぞれ 8400 万ドル,39%を記録した。4
②について中国の供給力が概ね弱く,ASEAN が強い競争力を維持している。例えば木
材・同製品の貿易特化係数5はタイ,インドネシア,マレーシアが0.9以上となってお
り,紙・パルプなどもタイとインドネシアが強い競争力を持っている(丸屋・石川
2001)。③は中国も ASEAN も輸入代替産業として位置づけられ,世界的に競争力を持っ
ていない。両方とも③の貿易特化指数がマイナスであり(関 2001),近い将来も比較優
位産業になれないと思われる。
④は中国と ASEAN4との競合関係が激しいグループである。全体として主要市場では
中国のシェアが拡大し,ASEAN のシェアが伸び悩んでいる。例えば,日本市場に対して
1990 年に中国は家電製品をほとんど輸出していなかったが,2000 年になると,日本の輸
入に対する中国のシェアはエアコンや洗濯機において 30%,テレビ 25%と高かった。ア
メリカ市場において 2000 年に中国のシェアはラジオにおいて 35%,ビデオ 27%など極
めて高い。しかし,④は製品種類や工程・部品が多い分野であるので中国・ASEAN 間の産
業内分業も積極的に展開している。
4
タイなどの輸入と中国の競争力について詳しくはトラン(2002b) を参照。
貿易特化係数は(輸出マイナス輸入)を(輸出プラス輸入)で割って求められるも
のである。係数がマイナス1からプラス1の間にあり,プラス 1 に近いほど競争力が
強いことを示している。
5
6
⑤については日本や韓国の競争力が強いから中国と ASEAN とも貿易が入超である。し
かし,この分野も製品種類や工程・部品が多いので中国・ASEAN もアジアの生産ネットワ
ークに組み入れられて地域全体の産業内分業が進展している。この点について次節でもう
少し詳細に検討する。
以上は主として中国が ASEAN に対する挑戦者として検討されたが,中国の高度成長が
ASEAN などの発展を誘発する効果を与えるとも考えられるであろう。いわば中国が発展機
会の提供者としてみなされる。つまり,ASEAN が市場としての中国を認識してその機会を
利用できるように発展戦略を再構築することが考えられる。中国が輸出を拡大させたが,
輸入も拡大しているのである。例えば,1995 年から 2001 年まで 1281 億ドルから 2661 億
ドルへと拡大した輸出ほどではないが,輸入も 1101 億ドルから 2321 億ドルへと倍以上
に拡大した。特に工業品の中で電機・電子製品,自動車などの輸送機械,光学・精密・医
療器械,化学,プラスチックなどにおいて中国が入超を記録している(2,001 年のデータ,
関 2003,p.155 による)。
ASEAN として中国の挑戦に対応するためにどのような発展戦略を構築すべきだろうか。
また、中国の成長を機会としてみなすこともできるが,ASEAN がその機会をどのように利
用すべきだろうか。この点について第 3 節で考えて、その前にアジアにもう1つの新し
い動向として活発に動いている地域協力とその中の ASEAN の位置付けを考察してみよう。
2.ASEAN と地域協力
1990 年代に入ってから世界経済がグローバル化を強める一方、地域化も急速に進展
してきた。地域化の具体的形態は貿易に限定される従来の自由貿易地域に加えて投資自由
化や貿易・投資円滑化その他のサービス自由化,産業・技術協力など幅広い経済分野を対
象とする新しい自由貿易協定(FTA)がある。本章では前者を伝統的 FTA,後者を新しい
FTA とよぶ。
2.1 AFTA と ASEAN 経済
ASEAN 諸国は,伝統的 FTA として AFTA を 1992 年に創設し、1994 年から実現し、完成
年次を先発 6 カ国の場合 2002 年、新加盟国の場合 2006 年から 2010 年までにしたのであ
る。一方、シンガポールをはじめ一部の ASEAN メンバーは,1999 年から域外の国との二
国間 FTA を結んだり、グループとしての ASEAN と中国・日本など域外有力国との新しい
FTA 交渉を進めてきている。
伝統的 FTA は加盟国の企業と自国の企業とは差別的関税障壁と非関税障壁を撤廃し、
域内貿易を自由化する一方,加盟国が域外国に対して以前の関税・非関税障壁を維持する
ものである。その結果,貿易創出効果と貿易転換効果が生じる。これが,FTA の静態的効
果であるが,加盟国の経済厚生や国際分業の見地からみて強い貿易創出効果と弱い貿易転
7
換効果が望ましい。貿易創出効果の強い条件は、FTA 成立前の域内各国の関税・非関税障
壁が高く,またお互いに主要な貿易相手国であったことである。一方、貿易転換効果が弱
い条件は、域外主要国の対域内輸出構造が域内各国の相互間輸出構造とは異なることであ
る。
ところで、FTA は静態的効果のほか,長期にわたって次のような動態的効果もある。第
1 に市場拡大による規模の経済性が発揮し,最終製品や中間財が効率的に生産できる拠点
に集約する傾向が出てくる。このような生産の集積効果に伴って域内生産商品が国際競争
力を強化し、域外への輸出の拡大が期待できる。第 2 に FTA の成立に伴って域外からの
直接投資(輸入を代替する効果,域内各国のカントリーリスクや不確実性の低減効果)が
増加し、技術移転、産業移植が促進され、域内各国の経済発展,輸出拡大が期待できる。
第3に、FTA の下で域内国からの競争圧力が強くなるので生産性の改善に努力し、効率的
生産方法・管理方法を使用しなければならない。また、FTA 成立前の保護体制の下での非
効率な産業構造が資源配分の効率化へ転換し,各国の構造調整、経済改革、各種の規制緩
和、自由化を推進していかなければならなくなる。
アジア通貨危機をきっかけに AFTA の実現テンポはやや鈍化してきたが,自由化され
た品目数などの点で全体として一応の進展がみられた。貿易マトリックスや輸出類似指数
を計算して AFTA における貿易効果を検証すると共に多国籍企業の対応,直接投資の動き
をみて間接的に FTA の動態効果を吟味してみたトラン(2002a)が次のような結論を示した。
すなわち、第 1 に、域内工業品貿易が増加したが,東アジアの域外主要国(日本、韓国、
中国)との貿易がより拡大した。第 2 に、AFTA 実現が進行した 90 年代後半に ASEAN への
直接投資がむしろ停滞した。アジア通貨危機と中国の台頭の負の影響が FTA の正の効果
を上回ったからであろう。
表3は ASEAN5 カ国と東アジアでの域外主要 3 カ国の貿易結合度マトリックスをまとめ
たものである。貿易結合度は次のように定義される。
(Xij/Xi)/(Mj/M)
Xij はi国の対j国の輸出、Xi は i 国の総輸出、Mj はj国の総輸入、M
は世界総輸入
である。表3によると、ASEAN 域内の貿易結合度は概ね高いが,シンガポールを除けば日
本との結合ほど高くない。また,中国と韓国との結合が急速に強まってきたのである。
8
表 3
貿易結合度マトリックス
国名
年
タイ
1992
タイ
1996
2.12
-
2001
1992
マレーシア
-
4.22
1.01
1996
1.24
2001
1992
フィリピン
1.98
1.09
1996
1992
1.12
2.59
1992
1.96
0.82
1992
0.43
2001
0.73
0.83
0.83
1.28
1.29
0.97
4.14
1.36
1.32
1.24
4.70
3.04
0.86
3.20
1.63
-
1.45
1.96
3.05
2.73
-
3.14
2.28
2.63
1.68
3.46
1.00
1.52
1.80
2.29
2.32
3.31
0.60
1.41
-
0.72
2.06
0.64
0.50
-
0.50
1.27
0.28
3.77
1.02
1.96
1.74
1.16
0.68
0.86
1.20
0.44
3.11
2.97
3.57
1.73
0.66
3.19
2.49
2.05
0.79
3.12
-
2.74
1.69
0.54
1.53
1996
2.58
1.79
1.93
0.56
2001
韓国
1.85
1.13
1.69
2.90
0.67
1.00
0.98
3.15
-
1.20
0.74
3.31
2.83
0.59
3.45
2.18
2.70
1996
0.66
2.29
2.41
2.97
2001
中国
1.35
0.66
0.54
1.61
1.70
-
0.58
0.90
1.49
1.11
0.79
0.60
1.42
4.44
5.45
2.17
4.12
1996
-
0.41
2.40
2.73
0.38
0.79
2.14
3.07
0.00
4.18
2.74
2.89
2001
日本
6.80
0.54
1.91
2.63
0.00
韓国
0.42
2.97
1.61
0.00
-
1.66
2.85
1.66
3.28
-
中国
0.14
3.54
1.84
12.11
1.04
1.56
1.23
8.37
10.65
日本
3.48
3.89
8.08
9.84
3.78
1.51
12.60
-
フィリピン
1.51
3.96
-
4.71
1992
5.08
3.03
1996
0.69
2.85
2.00
2001
インドネシア
1.95
2.02
1996
1992
5.25
-
2001
シンガポール
マレーシア シンガポール インドネシア
-
3.07
1.78
1.98
2.63
-
表4は ASEAN5 カ国の域内輸出上位 10 品目(5 カ国の域内輸出額合計ベース)をまとめ
たものである。これによると、シンガポールの存在が目立って、この国だけで全体の半分
も占めた品目が多いことがわかる。また、ASEAN4の域内輸出の相手国としてトップがシ
ンガポールであることも特徴的である。さらにシンガポールの域内輸出の相手国としてト
ップがマレーシアであることも示されている。これらの事実は、ASEAN 域内貿易の主役は
シンガポールであるし,その域内貿易がシンガポールとマレーシアとの特別な関係に負う
ところが多いのである。現在のところ他の ASEAN 諸国の域内貿易がまだ少ない。
9
表 4 ASEAN地域内輸出の上位10品目 (5ヵ国地域内輸出合計ベース)
(米ドル)
インドネシア
順番 SITC
Commodity Name
合計
トップ
シェア
マレーシア
トップ
シェア
国
合計
シ
5,293,539
(78.7)
2,804,861
(77.8)
フィリピン
トップ
シェア
国
合計
シ
2,555,342
1,026,421
シンガポール
トップ
シェア
タイ
国
合計
国
(60.9)
シ
8,255,943
(80.9) マレー
(73.3)
タイ
1,990,546
(63.3)
合計
トップ
シェア
国
ASEAN地
域
内輸出合計
776 熱電子管・半導体
1
2
759 事務用機器の部分品
193,412
(49.5)
711,534
(81.9)
シ
3
764 通信機器
537,249
(80.3)
シ
1,060,970
(73.2)
シ
4
772 回路開閉機器印刷回路
296,757
655,990
5
778 その他の電気機器
229,201
66,913
(87.0)
シ
(76.7)
475,359
127,814
(85.1)
シ
1,819,415
(74.1)
シ
(44.5)
シ
(62.6)
(40.8) マレー
(80.5)
マレー
シ
(92.2)
921,310
2,038,037
1,370,485
18,100
(44.8)
シ
308,514
(76.1)
(44.1)
1,551,923
314,600
(77.1)
3,848,618
マレー
(67.5)
マレー
シ
8,624,561
シ
マレー
シ
17,272,656
2,810,792
シ
210,848
(49.6)
マレー
2,522,708
シ
752 自動データ処理機械
6
7
334 石油製品
315,110
(90.5)
261,865
(86.2)
シ
616,882
(87.0)
1,056,072
(72.0)
シ
8
333 石油および瀝青油
658,493
(72.7)
シ
209,077
(65.6)
39,734
(90.2)
シ
805,974
(69.4)
401,634
(79.8)
タイ
シ
953,261
0
(62.7) マレー
(0.0)
72,695
(62.1)
529,060
(82.3)
シ
0
(0.0)
1,015
(33.6)
シ
2,268,063
1,982,371
シ
0
(0.0)
380,117
(54.4)
111,319
(96.5)
549,079
(82.5)
イン
1,589,271
シ
9
931 機用品・再輸入品
662
(48.6)
シ
10
716 回転式電気機械
154,133
(95.1)
シ
184,224
シ
(73.8)
シ
5,055
シ
(70.8)
マレー
358,730
シ
(63.3)
434,987
マレー
1,385,929
シ
(74.4)
1,151,946
シ
注) シ:シンガポール,イン:インドネシア,マレ:マレーシア。
一方、ASEAN 諸国と東アジアにおける域外主要 3 カ国(日本、中国、韓国)との工業品貿
易が ASEAN 域内貿易以上に拡大したことが既述されたが、その中身を示すのが表 5 と表
6である。興味深いのは、日中韓 3 国と ASEAN との輸出と輸入の上位10品目がかなり
重なっていることである。熱電子管・半導体、事務用機器部品、自動データ処理機械、通
信機器はそうである。各種機械と同部品が東アジア貿易の主流を占めているだけでなく、
ASEAN と域外 3 カ国との産業内貿易が進んでいたことも示されているのである。また、中
国と ASEAN との産業内分業が今後の ASEAN 発展戦略の方向を示唆している。この点につ
いて第 3 節でまた取り上げられる。
10
表 5 日中韓へのASEAN輸出上位10品目 (2001年)
(米ドル)
順番 SITC
品目名
総計
日本
韓国
中国
合計
48,675,586
13,475,587
14,714,391
76,865,564
3,394,863
1,225,208
1,826,392
31,779
10,732,711
7,274,936
1
776
熱電子管・半導体
2
343
天然ガス
5,511,456
6,017,949
3
759
事務用機器の部分品
2,988,390
709,614
2,060,017
5,758,021
4
752
自動データ処理機械
3,541,034
704,372
555,846
4,801,252
5
333
石油および瀝青油
2,193,881
1,683,664
628,422
4,505,967
6
764
通信機器
7
634
ベニヤ・合板
1,546,251
1,414,065
218,603
328,455
488,695
203,772
2,253,549
1,946,292
8
898
楽器・レコード
1,495,645
146,427
50,946
1,693,018
9
036
甲殻類・軟体動物
1,202,655
56,636
62,277
1,321,568
10
334
石油製品
662,853
389,200
251,298
1,303,351
注) 上位10品目はASEANnタイ3カ国輸出合計ベース。
表 6 日中韓からのASEAN輸入上位10品目 (2001年)
(米ドル)
順番 SITC
品目名
総計
日本
韓国
中国
合計
55,283,049
12,812,569
17,174,128
85,269,746
10,510,697
3,094,774
3,087,674
251,781
1,000,066
1,939,035
14,598,437
5,285,590
1
776
熱電子管・半導体
2
759
事務用機器の部分品
3
764
通信機器
1,722,820
1,599,311
1,586,819
4,908,950
247,303
662,472
3,060,955
4
772
回路開閉機器印刷回路
2,151,180
5
778
その他の電気機器
2,236,511
280,445
410,912
2,927,868
6
728
その他の産業用機械
7
784
自動車用部品
2,230,840
2,168,083
141,667
74,615
107,701
23,378
2,480,208
2,266,076
8
752
自動データ処理機械
983,073
212,893
961,486
2,157,452
9
781
乗用自動車
1,457,603
148,125
571
1,606,299
10
713
内燃機関
1,190,907
16,960
38,375
1,246,242
注) 上位10品目はASEANnタイ3カ国輸入合計ベース。
これらの事実は、AFTA の貿易創出効果も転換効果も小さいことが示唆されている。
ASEAN と域外主要国の日本・韓国・中国(ASEAN+3)の相互依存関係が強まったのである。
ただし,AFTA の実施手段である共通有効特恵関税(CEPT)の制度が実際にあまり利用
されていないという指摘がある(川田 2002)。恣意的原産地規則や面倒な通関手続きなど
があるからである。このため,これまでのところ ASEAN 貿易はまだ AFTA 制度よりも市場
の力に方向付けられた(market-led) と言えるかもしれない。
11
2.2
ASEAN の新しい FTA の展開
90 年代後半にアジア通貨危機,中国の台頭とメンバー拡大で ASEAN が新しい局面を
迎えた。通貨危機が ASEAN が地域協力としての機能に限界であることを示したし,ASEAN
経済に一定の困難をもたらしたので各国による AFTA 実施の歩調が崩れた。6
一方,メン
バー拡大が政治的安定を増し,地域としての発言力を高めたが,経済協力の調整に時間と
コストが高まったと指摘できる。また,既述のように、中国の台頭で ASEAN がアメリカ,
日本などの主要市場での競争力が低下した。
こうしたことを受けて,開放性と競争力において ASEAN 各国の間の格差が広がった。
特にシンガポールとその他の ASEAN 諸国はそうであり、シンガポールは域外諸国との二
国間 FTA の締結に積極的になった(2002 年 11 月 30 日発効の Japan-Singapore Economic
Partnership Arrangement ―JSEPA など)。しかし,他の ASEAN 諸国はシンガポールの
FTA 締結先との貿易転換効果を懸念し,それを相殺するために同様な行動に出た。特にタ
イは積極的であったが,フィリピン,マレーシア,インドネシアも動き始めた。このよう
に“talking regional, acting bilateral”は 90 年代末からの ASEAN 諸国の動きを特徴
づけている。
一方,日中両国が争っているかのようにそれぞれグループとしての ASEAN との FTA 締
結を提案している。しかし,中国は,雲南省など西南地域の発展と東南アジアでの存在感
向上という戦略があるので,ASEAN にとって魅力的で実現しやすい FTA スキームを提案し
ている。中国の提案に対して農産物などの早期自由化を好意的に受け止めたフィリピンや
タイは強力に動き,CAFTA の締結交渉に合意した。他方,日本は ASEAN 日本包括的経済連
携協定(ASEAN-Japan Comprehensive Economic
Partnership)を打ち出したものの,戦
略性が欠けており,また,農産物輸入増加を懸念する結果,具体的展開が遅れている(ト
ラン 2002b)。
ASEAN にとっての新しい FTA の意義は何か。地域主義が自由貿易の second best なら
ばその範囲が広まれるほど first best に近づける。また、新しい FTA が幅広い分野での
協力であるので伝統的 FTA の動態効果などを短期間に直接に促進することが期待できる。
さらに日本や中国との新しい FTA の締結は東アジア地域の連帯感を高め,将来,この地
域の統合に貢献できる。そういう文脈から域外 FTA に対する最近の ASEAN の動きが肯定
できる。しかし、少なくとも中期的には各国の競争力向上を優先し、ASEAN 全体としての
実質的協力を推進し、グループとして域外との FTA との締結に向かうべきである。当面,
ASEAN の国際競争力の強化が急務である。そのための FTA 戦略は何か。
6
この点について Ariff (2002)が詳細に指摘している。
12
私見としては ASEAN がまず AFTA の徹底的・効果的実施を優先的に行い、伝統的 FTA
の貿易創出効果と動態的効果を最大限発揮すべきである。具体的に次のような問題を改善
する余地が大きい。第 1 に、域内通商政策としての AFTA と各国内の構造改革との明確な
リンクをつくり、後者の実行を進めていく必要がある。そのようなリンクを十分に重視し
なかったので、AFTA 計画の実行を部分的に延期したり、実施計画の一部品目を例外とし
て扱ったりしたことがしばしばあった。第 2 に、恣意的原産地規則や面倒な通関手続き
などの改善により CEPT の利用度を高める必要がある。各国の努力と貿易円滑化などの協
力が望ましい。第 3 に ASEAN 新規加盟国もそれぞれ AFTA 計画を厳格に実施していくため
にそれぞれの国内の構造改革、産業構造の高度化を急ぐべきである。その際、産業・技術
協力、貿易円滑化などのノウハウ・経験を先発国から移転していくことも重要である。
これらの努力を通じて ASEAN は政治的にも経済的にも信頼・評価されるようになる。そ
う し た 交 渉 能 力 の 強 化 を 背 景 に グ ル ー プ と し て 日 本 、 中 国 、 韓 国 と の 新 し い FTA
(ASEAN+1 から ASEAN+3へ)の構築を推進することが望まれる。
3.ASEAN の新たな発展の条件
第 1 節と第 2 節の分析結果が次のようにまとめられる。
第 1 に,90 年代後半以降,世界市場での ASEAN 工業品の競争力が中国と比べて相対的
に弱体化してきた。特に労働集約的分野はそうであったが,家電製品などの各種機械も中
国の競争力が強まっている。 しかし,第 2 に,市場としての中国も拡大しており,
ASEAN の対中産業内分業も展開しているので,発展機会の提供者としての中国の役割にも
注目し,その機会をさらに活用することが ASEAN の課題である。第 3 に,ASEAN 自由貿易
地域(AFTA)の実現が名目上進展してきているが,域内貿易の拡大は限られているし,外
国直接投資にとっての魅力も小さい。従って ASEAN としてはまず AFTA の徹底的実施を優
先し,その上で新しい FTA に臨むべきである。第 4 に,ASEAN 域内貿易よりも東アジア全
体,特にその域外主要 3 カ国との貿易が拡大し,機械各種の産業内分業が急速に進展し
ている。
そのように考えてくると,既述のように 90 年代後半以降の ASEAN 経済の成長が大幅
に鈍化してきた(表1)のは,中国の挑戦を受けたが,その機会を十分に利用できなかっ
たこと,ASEAN 域内貿易が十分拡大しなかったこと,東アジアのダイナミックな分業の強
力な推進の余地が残ったことなどに起因したと言える。この点は,ASEAN が新たな発展の
条件を探ることにとって極めて示唆的である。以下は ASEAN 先発国と新規加盟国を分け
て ASEAN の新たな発展戦略を考えてみよう。
3.1 ASEAN 先発国の発展戦略
13
上述したような成長鈍化の要因を克服するためにはやはり産業構造の高度化を図ると
共に外国直接投資を呼び込むことに努力する必要があると言える。この2つの政策・戦略
が相互に関連する。すなわち,FDI が着実に増加すれば産業構造の高度化も実現できるし,
逆に産業構造を高度化させる条件が満たされれば FDI も増加する。
アジア通貨危機前後から ASEAN 諸国が中国の台頭に効果的対抗ができなかった背景に
は中国に追い上げられた ASEAN が産業構造の高度化を通じる新たな比較優位産業を創出
することができなかったことがあるのである。産業構造の高度化が進まなかった理由とし
て労働力の質的向上が遅れたことが良く指摘された。7
特に技術者など工学系卒業者不
足が技術・技能集約的産業の発展を妨げるし,労働生産性以上の実質賃金の上昇が国際競
争力を弱めてしまったのである。ASEAN は技術者などの絶対的不足だけでなく,経済的脅
威が強まった中国と比べても劣勢になったのが問題である。例えば,1985−1995 年の平
均で,人口 100 万人当たり科学者や技術者の数として中国は 350 人に対してタイは 119
人,マレーシアは87人に過ぎない(Yusuf and Evenett, 2002, p. 43)。また,JETRO の
バンコクセンターの調査によると,現在,中国は物理,数学,機械,電子などの自然科学
の卒業者が41万人に上っているが,タイは1万人しかいない(人口比率でいうと,中国
は 3000 人あたり一人が自然科学の卒業者がいるのに対してタイは 6000 人である)。8
70 年代から 90 年代半ばまでの ASEAN 経済が急速に成長してきたが,教育の質的向上が経
済発展のニーズの変化に対応できなかったのである。Ariff (2003)によれば教育機関や
学生は依然として人文科学志向が強くて科学・技術分野の卒業生が全体の 40%前後で,
1970 年代以降 30 年間経った現在も同じ水準である。
このようにみてくると,ASEAN 諸国の緊急課題は何かが明らかである。各国の教育改
革の推進,人材養成の強化と科学技術の振興と共に,日本の対 ASEAN 協力もこのような
方面への重点移行が必要になる。しかし,人材養成,教育改革は時間がかかるので中期的
には他の対策も合わせて講じなければならない。例えば,日本や台湾の退職者の活用も有
効な方法であろう。日本経済の長期停滞と製造業の縮小により,技術者・管理者として知
識・経験が豊富な早期退職者,失業者が多くなっている。日本の 55―64 歳の労働力が
1100 万人,失業率が7%程度であるので,少なくともこの年齢層のおよそろ 77 万人が仕
事を探している。ASEAN がこのような人材を積極的に活用し,産業構造の転換を図ること
が賢明な戦略であろう。
労働力の質的向上に関する明確な長期戦略と短中期的対策を含めて魅力的投資環境を
整備して FDI を呼び込むことが ASEAN の新たな発展のための条件であろう。ASEAN での国
際収支ベースの FDI 導入額がずっと減少してきたことを既に指摘したが,近年の認可ベ
7
例えば原田(2001),Institute of Developing Economies (2003)に収録された ASEAN 各
国の専門家の論文など。
8
日本経済新聞,2001 年 5 月 31 日による。
14
ースの FDI も減少傾向を示している(表7)。特に日本からの FDI の減少が著しい。こ
の状況は数年後の投資実行額の低迷をもたらすので,この傾向を早急に阻止しなければな
らない。日本企業の FDI 余力が強いし,工業各分野の技術・経営ノウハウの蓄積が大き
いだけでなく,国際的マーケテイングネットワークも優れているので,日本企業の FDI
が回復するかどうかが,今後の ASEAN の競争力向上を左右すると言える。
表 7 アセアンの近年の対内 FDI (認可ベース)
2000
計
2001
日本
計
2002
日本
計
日本
タイ
(100万バーツ)
212,649
107,382
209,623
83,369
99,617
38,398
19,849
2,881
18,907
3,366
11,578
587
16,076
1,955
15,056
772
9,795
510
80,374
20,382
62,436
23,021
46,049
17,054
7,235
1,513
6,609
1,340
7,039
1,778
2,017
81
2,472
163
1,653
118
マレーシア
(100万リンギ)
インドネシア
(100万ドル)
フィリピン
(100万ペソ)
シンガポール
(100万Sドル)
ベトナム
(100万ドル)
資料) タイ:投資委員会(BOI);マレーシア工業開発庁(MIDA);
インドネシア:投資調整庁(BKPM);フィリッピン:国家統計調整委員会(NSCB);
シンガポール:経済開発庁(EDB);ベトナム:投資計画省(MPI)。
日本経済新聞と日本経済研究センターの最近の調査結果によると,アジアでの 5-10
年後の有望な生産拠点として日本企業の多くが中国,タイとベトナムを挙げている。この
結果は今後も投資市場として ASEAN の競争相手が依然として中国であることを示してい
る。また,中国以外のアジア諸国は,FDI を呼び込むための条件として「人材の質の向
上」が必要と回答企業(606 社)の 50.8%、「中国と比べたコスト競争力の向上」が必要
と同 62%、「治安の改善」が必要と同 42,6%が挙げている。やはりわれわれの既述の通
り,人材の質的向上が重要な条件の1つになっている。
中国と比べて ASEAN のもう1つの不利な点は市場規模である。これを克服するため
に,AFTA を全面的,徹底的に実施することが改めて指摘できる。既述のように関税率こ
そ削減してきたが,原産地規制の恣意的適用,煩雑な手続きなどで実際の CEPT の利用度
15
が低い。また,2000 年末にマレーシアが自動車・同部品についてのCEPT実施を 2005
年まで延期し,その後も 20%関税率を維持するとの発表が行われ,他の国も同様な例外
措置を主張している。ASEAN としてはこのような後ろ向き政策をやめ,AFTA を徹底的に
実施すれば共同市場が形成し,FDI を誘致する効果が高まり,中国との対抗が可能であろ
う。
3.2
ASEAN 新規加盟国―ベトナムを中心に
ベトナムのドイモイ政策は 1992 年以降,マクロ経済の安定化,比較的高い経済成長の
実現など概ね良好なパフォーマンスを示した。しかし,3つの構造的問題が残った。1つ
は脆弱な企業体質である。社会主義指向型市場経済の発展を目指したベトナムは,国営企
業を重視し,非国営企業の成長を警戒する傾向が強かったので国営企業自身の改革が遅れ
たほか,民間企業の発展も順調でなかった。外資系企業の活動も種々な規制を受け,その
合弁の相手はほとんど国営企業であった。2 つ目は,そのような国営企業主導型発展がベ
トナムの産業の国際競争力を弱めたことである。国営企業重視戦略が経済の資本投入型発
展に傾斜しただけでなく,国営企業が支配した川上部門が供給した中間財などを利用した
労働集約的消費財(川下部門)の生産も非効率で国際競争力を持たなかった。3つ目は,
工業は発展したが,雇用をあまり吸収しなかったので,地域間・階層間所得格差が拡大し
たことである。
このような課題を抱えたベトナムにグローバリゼーションの波が押し寄せている。特
に中国の消費財の攻撃が強まっている。労働集約的工業品はベトナムの潜在的比較優位で
あるが,上記の問題があったため,中国の攻勢で苦境に立たされた。また,長期的には中
国-ASEAN 自由貿易地域(CAFTA)が結成されると,市場が統合されるので,それまでにベ
トナム企業は体質改善,産業の国際競争力の強化を迫られる。
中国からの挑戦だけでなく,AFTA の実現,越米通商協定,WTO 加盟準備などベトナム
経済はますますグローバル化の波にさらされる。このような外圧に直面したベトナムは
2000 年前後から経済改革・発展戦略を国営企業の民営化,民間企業の発展重視,国際競
争力の強化などの方向に転換しつつある。しかし,表1と表7が示しているように,ベト
ナムへの FDI が低迷している。特に日本からの FDI が低水準を続けている。
ベトナム側の認可ベースのデータによると、日本からの FDI は 1995 年にピークを示
してから急速に減少し、2002 年の実績はピーク時の 10%しかなくなってしまった。経済
規模や国際経済への影響などの点で日本はシンガポールや韓国より遥かに大きいが,ベト
ナムでの FDI において日本はそれらの国と同じ程度しかないのである。他方,日本企業の
中期的 FDI 計画に関する国際協力銀行(JBIC)の毎年の調査結果を見ると、有望な投資市
場としてベトナムがいつも上位に挙げられており,日本企業がベトナムの潜在力を高く評
価している。既述の日本経済新聞と日本経済研究センターの調査もアジアの有望な生産拠
16
点として中国とタイと共にベトナムを挙げているのである。しかし,実際には投資がまだ
本格化されていない。主要な要因としてベトナムの政策の頻繁な変更で投資市場の不確実
性が高まって大規模な投資のリスクが大きくなったからであろう。
今後のベトナムにとって工業化と国際市場への統合が最重要課題であるが,これに対し
て日本からの FDI の本格化が大きな意味を持っている。繰り返しになるが,日本の工業力,
技術力,経営ノウハウ,品質管理などが世界的に定評であるし,国際的マーケテイング能
力,市場へのアクセス能力も優れている。また,投資案件の高い実行率,現地への定着努
力なども他の国での経験で実証されている。9このため,ベトナムとして政策環境を改善す
ると共に,日本からの FDI を特に誘致すべきである。日本を中心とする外国直接投資が増
加すればベトナム経済が再び高い成長の軌道に回帰するのであろう。
結びに代えて:直接投資と輸出の好循環の再現を目指して
以上のように ASEAN 先発国も新規加盟国ベトナムも 90 年代後半に経済成長が鈍化し
た背景に,外国直接投資が停滞したことである。今後の新たな高成長を実現するための条
件として直接投資を呼び込むことである。そのために,ベトナムとしては政策の安定化,
工業化戦略の明確化を図らなければならない。ASEAN 先発国としては人材の養成,労働力
の質的向上,AFTA の徹底的実施による共同市場の実現である。また,中国の発展が市場
の拡大に繋がっているので中国市場への輸出拡大の余地が大きい。日本や韓国との産業内
分業も拡大する可能性が高い。ASEAN 諸国が直接投資導入を通じる産業構造高度化が実現
できれば工業品の国際競争力も回復し,輸出が拡大できるのであろう。このようにみてく
ると,直接投資と輸出の好循環を特徴づけた 90 年代前半までの成長メカニズムが再び再
現できるのである。
産業構造の高度化や直接投資の増加を通じて国際競争力が回復すれば ASEAN 諸国は再
び高成長の時代に戻る可能性が高い。特に工業化の度合いがまだ低く,余剰労働力が多く,
立地条件が良いベトナムの潜在成長力が高いので妥当な戦略・政策が採用されれば長期に
わたる高度成長が実現できるであろう。ASEAN 先発国については人口・労働力の構成,貯
蓄の動向などのサプライサイドの要因が今後の 5-10 年に確保できると考えられるので,
「軌跡」時代の高度成長ができなくてもそれよりやや低い中成長が可能だと考えられる。
9
日本企業による FDI 案件の高い実行率がこれまでよく指摘されてきたことであるが,ベ
トナムでのこれまでの国別 FDI もそのことを示している。2003 年 8 月 20 日現在,ベトナ
ムでの日本の FDI 累計認可額が 44 億 5000 万ドルでシンガポール(73 億 5000 万ドル),
台湾(55 億 7000 万ドル)に次ぐ第 3 位であるが,FDI 累計実行額はそれぞれ 38 億 3000
万ドル,27 億 7000 万ドルと 25 億 2000 万ドルで日本が第 1 位である。現地への定着努力
についてアジア通貨危機の際,日本企業が ASEAN から撤退・縮小しないどころか,子会
社・関連会社の強化に努力したこともしばしば指摘された。また,その点でマハテイア首
相がマレーシアでの日系企業を高く評価している。Mahathir (1999) Chapter 5 を参照。
17
全体として ASEAN 先発国は年平均7%前後,ベトナムは 9%前後という可能性が高いと思
う。
引用文献:
Ariff, Mohamed (2002), ”Why AFTA must Translate into Lower Prices?,”
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