下部食道噴門癌に対する根治手術 ―到違経路と切除範囲・リンパ節郭清―

日消外会誌 17(8)i1628∼ 1631,1984年
卒後教育セ ミナ ー 1
下部食道噴門癌 に対す る根治手術
―到違経路 と切除範囲 ・リンパ
節郭清―
千葉大学第 2外 科
磯
野
可
一
CURATRVE RESECT10N FOR THE ESOPHAGOCARDIAL CANCコ
一 STUDIES ON THE SURGICAL APPROACHES,EXTENT OF RESECT10N
R,
AND DISSECT10N OF LYMPH NODES
Kaichi ISONO
Surgical Department School of Medicine Chiba University chiba
索引用語 :食 道噴門部癌到達経路 ,食 道噴門部癌 リンパ節転移
下部食道 噴門癌 は,癌 腫 が食道 と胃の両分野 に誇 っ
て居 る とい う特殊性 が あ る。
成
績
1.下 部食道噴 門癌 の 占居部位 と組 織型 (図 1)
そのために,学 問上 な らびに治療上,色 々の 問題 を
かか えてい る。治療上 の立 場 か らは開胸是 非 , リ ンパ
節郭清範 囲,胃 切 除範 囲(口側切離 線,全 摘 か噴切 か),
16.8%,E=Cが
陣陣合併切 除 の是非,再 建術式 ,術 後愁訴 な どの問題
が あ る。
このおの おの 占居部位 におけ る組織型 をみ る と,EC
では痛平上皮癌 が60%,腺 癌 が40%で あ る。E=Cに な
これ らの問題 に関 して, これ まで に も数多 くの論文
る と扁平上皮癌 が34.3%と 減少 し,腺 癌 は65.7%と 増
加 して い る。CEで は痛 平 上 皮癌 が10.4%で ,腺 癌 は
下部 食 道 噴 門癌 400例 の 占居 部 位 を み る と,ECが
8.8%,CEが
のは CE癌 とヽヽ
える。
が散見 され る。
今回 は下部食道 噴 門癌 に対す る根治 手術 に関 して,
到達経路 と切 除範 囲, リ ンパ節郭清 とい う点 で,教 室
の症71Jを
中心 に検 討 を加 えてみた い。
86.9%と な ってい る。
資料 と検 索方法
2.非 治癒切除 因子
対象 は教室 の1959年か ら1983年の間 の下部食道噴門
癌切除例440例が対象である。ここでい う下部食道噴門
痛 とは,食 道癌 ・胃癌取扱 い規約で定め られている下
部食道 と噴門部 (C)領 域の両分野にわた ってみ られ
る癌を対象 としてお り, 胃の M,Aに 浸潤 している癌
は除外 した.
図
検索方法は,切 除標本な らびに リンパ節転移を病理
組織学的に検討 した。また,術 後直死例,入 院死例 は,
これを剖検によ り検索 した。
74.4%で あ り,3/4の も
全体 でみ る と下部 食道噴門癌 の組織型 は77%が 腺癌
で あ る といえ る。
こで,ま ず,治 癒,非 治癒切除の立場か ら遠隔成
(1959∼1978)を調べ てみ ると,治 癒切除例234例の
5生 率 は21.4%,非 治癒切除例101例の 5生 率 は10,9%
で あつた。すなわち,両 者 の間には明 らかに有意差 が
こ
績
1 下 部食道噴門癌の占居部位 と組織型
秩 跡 4側∼1983
ECt67例
(16.8%)E=C:取
引則(88%)CE:29bl(744%)
Ⅲ 4回
第
卒後教育 セ ミナ ー ・下部食道噴門癌 に対す る
根治手術
<1984年 5月 9日 受理>別 刷請求先 :磯 野 可 一
〒280 千 葉市亥鼻 1-8-1 千
外科
葉大学 医学 部第 2
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129(1629)
1984年8月
認 め られ ,治 癒切除例 の予後 が 良好 で あ る。
副病変 の存在, さ らに は,進 行度 の程度 な どに よって
ここで, これ まで に切除 された下部食道噴門癌 にお
いて,非 治癒切除 とな った因子 を調 べ てみ る と表 1の
きめ られ る。
ご とくで あ る。
1959年か らま とめてみ る と,最 も頻度 の高 い 因子 は,
ow ①であ り全体 の65.5%で あ った 。次 いで,n因 子,
m(h),s(a)の
順 で あ った。
ところが,最 近 10年間 に限 ってみ る と, n因 子 が最
も高 く約30%,次 いで s(a)の 27%,h(m)の
22%で ,
そ こで, これ ら到達経路別 の手術成績 を, これ まで
の症Trllか
ら調 べ てみ る と,右 開胸 の直死率 は,68例 中
5例 の死亡で7.4%の 値 であ る。左開胸 162例と開腹例
210例の直死率 は,ほ ぼ同様 で約 3%の 値 で あ る。
す なわ ち,右 開胸 の直死率 はやや 高 い とい える。
4.切 除範 囲
切除範 囲 に関 しては, 日側切離線 の問題 と,胃 全摘
か噴切 かの問題 があ る。
この 内, 日側切離 線 の問題 は下部食道噴 門癌手術 に
ow ①に よるものはわず か 9%に 減 少 してい る。
3.到 達経路
到達経路 に よっては,手 術 の難 易性 が大 き く左右 さ
れ,ひ いては根治性 に も影響す る もので あれ ば,そ の
際 して,治 癒手術施行 上 , きわ めて重要 で あ る。
教室 では,日側切 離線 の決定 は術前 に主 として X線 ,
選択 は きわ めて大切 で あ る。
このの到達経路 は,図 2に 示す ご と く大 き く5つ の
内視鏡,生 検 に よって判定 してい る。
X線 検査 :種 々の体位 で癌 口側 の浸潤状態 と,浸 潤
経路 に大別 され る。
最先端部 を検索す る。
この 中 で立位右側横位 の写真 で,食 道噴 門線 か ら,
そ して, これ ら到違経路 の選択基準 は全身性 の もの
と,癌 腫側 か らの要 因 とに分 け られ る。全身性 の もの
癌 浸潤最先端 まで の距離 を測定 して,そ の長 さか ら開
とは,年 齢 とか,肺 の器質的,機 能的障害,心 ,肝 ,
胸 の是非 を決定す る。
腎 な どの障害 の程度 に よって左右 され る。
癌腫 の側 か らは切 除範 囲,リ ンパ節郭清,合 併切除,
これ までの症例 で, この立 位右側横位 での写真 で癌
浸潤距離 と開胸 との関係 を調 べ てみ る と,図 3の ご と
くで あ る。
食道 入 田部 か らの距離 が2cm未 満 の場 合 には,開 腹
表 1 下 部食道噴門癌の非治癒切除因子
ヒ大 2外
引
因 子
ow(p)
h(m)
D
p(rl)
2 ッ 以上
の 因子
例数
%
1959∼ 1983.
最近 1 0 年間
腹腔内症Fll 1974-1983
開胸例
1%)
認 めて いない。
のみの切除 で,日側 断端癌遺残 の症pllを
2cmを 越 える と,開 胸 が必要 とな るが,左 開胸 の場合
は,4cmを
1つ の境 とす る ことがで きる。 しか し3cm
の と ころで 2例 ,断端癌① とな った症例 を認 めてい る.
この症例 はす
装膜下 に癌 浸潤 が著 明 で あ った もの と,
19(244%)
59(75 6)
8(72.7)
3(273)
7(318)
3(429)
4(571)
5(227)
5(833)
1(167)
6(273)
1(200)
4(80 0)
内視鏡検査 !内 視鏡検査 は癌 の 口側浸潤部位 を きめ
4(333)
るため には,き わ めて重要 な検査法 で あ る.癌 の 口側
へ の浸潤形態 としては,(1)癌 主病巣 か ら連続 して腫
壁内転移 に よるものであ った 。4cm以 上 癌浸潤 の認 め
られ る場合 は,右 開胸 の対象 で あ る.
痛形態 を とるもの,(2)占 側 に ビラン状 に浸潤す るも
計
図 2 下 部食道噴門癌 に対す る到達経路
図 3 食 道入 田部 から癌腫先進部 までの長 さと術式
( 立位右創横位X 線標) 秩
①.腰 都正中切開.開願
a 単 純 開腹
b食 道裂孔開大
切開.開 創暑使用
②. 濁搬 , 融
◎.狙 潮騨郵初 開
④. 莉碑 , 融
開,開腹
⑤.胸鯛
2th
1 19 95 80 3∼
130(1630)
下部食道噴門癌 に対する根治手術
の,(3)粘 膜下 を 日側 に太 い敷髪様 に浸潤 す る もの,
図 5
(4)壁 内転移 を とる もの,な どがみ られ る。
この 内で, ビ ラン型 や壁 内転移型 は 肉限的 になか な
日消外会誌 17巻
8号
下部食道噴門癌 の リンパ節転移率
秩 跡 W 5 9阻」
工普 預 (α
2α
O , 迎泌e t )
か病変 を詳細 に把握 す る こ とが 困難 で あ る。
そ こで,最 近 で は色素撒布法 が用 い られ, これ ら病
変 の把握 を容易 に してい る.教 室 では色素 として,ル
ゴール を用 いてい る。 ル ゴール撒布 に よる と
,正 常粘
膜 は茶福 色 に染色 され るが,上 記病変 の部 は非染色部
としてみ られ る。
そ して,こ の様 な部位 か ら生 検 を採 取 す る こ とに
よって,組 織診 断 がつ け られ る。そ の後 は手術 中切除
標本 がall出され る と,直 ちに,標 本 を開 き肉眼的 に こ
れ を確 かめ る。疑わ しい場合 には,凍 結切片 を作製 し
検索す る。
5.リ ンパ節転移
下部食道 噴 門癌 の郭清用 リンパ節 のナ ンバ ー と,そ
の群別 は食道疾患研究会 , 胃癌研究会 に よって定 め ら
み る と,全 症 例 で は扁 平 上皮 癌 も腺 癌 もお の お の 約
80%と ,両 者 の 間 に は ほ とん ど転 移 率 に差 を認 め な
か った。
そ して,各 群別 にお け る転移率 は,図 5に 示す ご と
れ てい る。
くであ る.
先ず,比 較的早 い症例 として,深 達度 では al(ま た
は so)ま での症例 につ いて,転 移率 を調 べ た.
ここで,第 3, 4群 で扁平上皮癌 と腺癌 との間 で,
多少 の特徴的 な点 が み られ る.す なわ ち,腹 部 リンパ
症例全体 につ いて み る と,最 下段 に示す ご とく,扁
平上皮癌 で50%,腺 癌 では64.5%の 転移率 で あ り,腺
癌 の方 がや や高 い転移率 を示 した。
節転移 の No.6,8,16で は,扁 平上皮癌 には転移 を認 め
なか ったが,腺 癌 ではおのおの約 6%の 転移率 を示 し
各群別 では図 4の ご とき転移率 で あ る。ただ し, こ
れは全症 例数 に対す る割合 を示 して い る。
扁平上皮 癌,腺 癌 ともに No.1,2に 高 い転移率 を認
めた。
第 2群 リンパ 節 では,腹 腔 内 の No.lo,11に 胸腔 内
の110,111に おのおの,約 10%の 転移率 を認 めた 。 そ
して,第 3,4群 には リンパ節転移 を認め なか った 。
次 に,進 行癌 a2a3(ま たは se,sei)の症例 につ いて
図 4 下 部食道噴門癌の リンパ節転移率
千大2外1959∼
相鶴
I早 期,中期店 l-31,■
例)
た。 また,逆 に,頚 胸腔 内 の No.104,105,108で は,
腺癌 の転移 は認 め なか ったが,扁 平上皮痛 ではおのお
の約 8%の 転移率 を認 めた。
この よ うに述 べ て きた リンパ節転移率 も,文 献的 に
べ
調 てみ る と,報 告者 に よって,か な りの差 が 認め ら
れ る。
しか し,ぃ ずれ に して も,手 術 に よる郭清 では どの
程度正確 に リンパ節転移状態 が表 現 で きて い るか,は
なはだ疑 間であ る といわ ざるを えない。
そ こで,教室 で これ まで下部食道噴 門痛 で手術 を し,
直死 また は入院死 した症例 の割検 例 を調 べ てみた。
EC 4例 中 2例 に胸腔 内 リンパ節 転移 を認 め,そ の
部位 は胸腔 内で No.1lo,111,109と ,頚部 の104であ っ
た 。CE 17例 では,47%に 胸腔 内転移 を認 め,そ の転移
部位 は No.105,106,107,108,109,110,112と,頚 部 の
No.104で あ った 。この よ うに,そ の転移部位 は きわめ
て多彩 で あ った 。
残存 リンパ 節転 移部位 としては,胸 腔 内 で は,NO.
109,107が,腹 腔 内 で は No.16の 残存 率 が 高 い とい え
る。
そ して,腹 腔 内 リンパ節転移 と,胸 腔 内 リンパ節転
移 との関係 を調 べ てみ る と,腹 腔 内 リンパ節転移 が n2
131(1631)
1984年8月
群 以上① の ものには,胸 腔 内 リンパ節転移 が高 い とい
た が って, 1例 1例 個 々の 症 例 に よ る検 査 が必 要 と
える。
な って くる。
そ こで , この よ うに個 々の症例 に よって, か な リ リ
ンパ節転移部位 な らびに転移率 が異 な る とす れば,胸
現 在,患 者 に 負担 が 少 な く,手 軽 るに行 え る CT,
Echo検 査 は,こ うい った意味 か ら胸腔 内,腹 腔 内 リン
腔 内 リンパ節 を郭清す るためには,で き るだ け上方 ま
で郭清す る ことが必要 であ る といわ ざるを えな い。
パ節 を診断す るため には理 想的 であ る.た だ し, さ ら
しか し,実 際 には リンパ 節転移 が あ るであろ うとの
推 定 のみで,理 想的 な郭清 を ど こまで行 い うるか疑 問
で あ る。
そ こで,最 近,胸 腔 内 リンパ節転移 を検索す るため
の方法 が,種 々研究 されて い る。
教 室 では,現 在,単 純 CT,boluss CT,気 縦隔 CT,
超音波 内視鏡 な どを用 い,胸 腔 内 リンパ節状態 を とら
える ことを研究 してい る。また ,腹 腔 内 で も同様,CT,
Echoな どを用 いて,術 前 リンパ 節転移 状態 を把握 し
てい る。
考
察
癌 の手術 を施行す るに当 っては,ま ず,外 科医 は治
癒手術 を施行 しなければな らな い。
下部食道噴 門癌 において, この治癒手術 を施行す る
た めには, 日側切離線, リ ンパ節郭清範 囲,噴 切 か全
摘 か,合 併切除 な どの問題 は重要 で あ る。と くに, 日
側切離線 の問題 は 断端癌造残,開 胸是非 につ なが るも
ので あ り,手 術 にあた り常 に考慮 され る点であ る.
これ らに対 して, これ まで X線 ,内 視鏡,生 検 な ど
に よる検討 が行われ て きた 。 しか し今 日,開 胸す る こ
と自体 が,大変安全 に施 行 され うる よ うにな ったため,
特定 の病 変 を除 いては,昔 日の ご とく, きわ めて細 か
く論議 され る必要 はな く,む しろ,積 極的 に開胸す る
ことに よって,充 分満足 の ゆ く切除 と, リ ンパ節郭清
が行わ れれ ば 良 い とい う傾 向 に あ る。
教室 におけ る最近 5年 間 の右 開胸 ・胸腔内食道全摘
におけ る直死率 はわず か 2%に 過 ぎな い。
また , リ ンパ 節転移 に関 しては, ど こまで郭清す る
か は,一 定 の数字 で 割 り切 れ るよ うな合理的方法 はな
く,個 々の症711によって,か な りの差 がみ られ る。 し
に詳細 な診断 がで き るよ うにな る ことが望 まれ る。
これ まで の研究結果 の上 に, これ ら CT,Echo検 査
の所見 を加味 して,術 前 に リンパ 節転移 を予測す る こ
とは きわ めて重要 な ことだ と思われ る。
そ して, これ ら 日側切離 な らびに胸腔 内 リンパ節転
移郭清部位 が,あ る程度診 断 つ くと,最 も手術 が行 い
やす い方法 での到 違経路 が選択 され る。し たが って,
到達経降 として も,個 々の症例 に適 した方法 が選 ばれ
るべ きで あ る。
中 で も,横 隔膜切 開 に よる左胸腹連続切開 は,充 分
な視 野 が え られ優 れた方法 と思わ れ る。し か し,積 極
的右 開胸手術 もや ぶ さかで はない。要 は最 も手術 がや
りやす い方法 で,治 癒手術 が施行 で きれ ば,そ の予後
は満足 の ゆ くもの とな るであ ろ う。
文 献
1)食 道疾患研究会編 :食道癌取扱 い規約.金原出版,
1976
2)磯 野可一,佐 藤 博 ,植 松貞夫 ほか 1食道噴門癌
(裂孔を越 えた もの)の治療,食 道噴門癌 における
切除範囲 と遠隔成績。日消外会誌 7,236-243,
1974
噴
3)西 満 正,愛 甲 孝 ,加 治佐隆 ほか :下部食道 ・
ー
門部癌の進展様式 とアプロ チの考 え方。 日消外
会誌 5:1851-1859,1982
4)佐 藤裕俊,佐藤 博 ,磯野可一 ほか :食道胃接合部
一
癌 の検討一特 に扁平上皮痛 と腺癌を比較 して ,
外科診療 22'75-82,1980
5)藤 巻雅夫,曽 我 淳 :腹部食道 に浸潤を認 める噴
門癌.外 科 40Ⅲ 235-242,1978
6)豊 日澄男,大田博俊,大橋一郎 ほか ;食道胃境界領
域痛の外科治療― とくに胸腔内 リンパ節転移 につ
いて。 日消外会誌 131165-171,1980