トモシンセシスを用いて行う肩関節周囲炎の診療 - 三菱京都病院放射線

R/F
トモシンセシスを用いて行う肩関節周囲炎の診療
− SONIALVISION safireシリーズを用いた
新しい肩関節の動態評価 −
藤田 俊史 先生
三菱京都病院 整形外科
1
三菱京都病院 放射線技術科 2
京都大学 整形外科 3
藤田 俊史 1,山本 博史 1,内田 昌宏 2,入江 淳史 2,新井 隆三 3
1. はじめに
球肩,SLAP 損傷などに対しても希望した患者に
行っている。腎機能障害,造影剤アレルギー,喘息
MRI や超音波機器の進歩により肩関節,滑液包
を有する患者には原則として行っていない。
造影検査はあまり多用されなくなってきている。理
由として診断精度が比較的低く,造影剤使用による
重度の拘縮肩,DM による癒着の強い症例では関
アレルギー,放射線被ばくなどのマイナス面がある
節周囲組織の描出が困難で適応に疑問であったが,
からと考えられる。しかし同時に鎮痛処置を行いな
肩峰下から三角筋下にかけての滑液包の癒着所見,
がら動態評価が可能な点から今でも診断および治
肩鎖関節後方より頭側に造影剤が浮き上がる特徴的
療手技として有用である。SONIALVISION safire
な所見があり,一様に除痛効果が得られることから
シリーズの長所は解像度の高いトモシンセシス撮
対象疾患として考えている。肩関節不安定症,脱臼
影が可能であり,金属アーチファクトを除去する
や骨折症例に関しては造影剤の有用性が強く感じら
T-smart 機能の併用により造影剤によるアーチファ
れないため使用を控えている。
クトを軽減させこれまでの関節造影検査より良質な
病態評価が可能となり ball and socket 構造を有する
肩関節の診療において有用と思われたので当院にお
3. 体位 撮影肢位
ける使用経験とともに報告する。
肩関節を動かしながら自由な肢位で断層評価を行
えることがトモシンセシスの最大の強みであるが,
肩甲骨の位置は個人差が大きく,体幹と上腕の位置
関係に影響をうけるため,せっかく良質な断層撮影
ができても画像評価の際に解剖学的位置関係の把握
が困難になる。そのためトモシンセシス撮影時肩甲
骨の位置には注意が必要である。基本肢位は仰臥位
での coronal 画像であるが肩甲骨の scapula axis が
台と水平になるように背中と腰にマットをいれ患者
の頭が台に対して下がるようにし透視台を少し起こ
して撮影している(Fig.1)。上腕骨周囲支持組織は
Fig.1 仰臥位での基本肢位
上腕骨頭中心を回転中心として三次元的な動きをす
るため注意が必要である。軽度の角度のずれは再構
成機能で対応可能である。トモシンセシスの長所を
2. 対象疾患
引き出すため,仰臥位では正面中間位,外転内旋位,
外転外旋位より必要な肢位を選択して撮影している
主に肩関節痛を有する肩関節周囲炎(五十肩,腱
(Fig.2)。
板断裂,石灰沈着性腱板炎等)が対象であるが,投
No.76 (2014)
19
通常仰臥位での coronal 画像で棘上筋,棘下筋の
段階にわけて造影剤を注入し,それぞれで疼痛誘発
評価が可能であり,上腕二頭筋腱の評価は上腕挙上
検査,可動域測定を行なうので手袋は二重にして開
位(外転軽度内旋)にて結節間溝内の走行を追うこ
始している。
とができる(Fig.3)。肩甲下筋の評価は拘縮肩症例
など症例により難しいこともあるが,腹臥位で患肢
まず肩甲上腕関節から穿刺し肩峰下滑液包に造影
を屈曲内旋し健側に枕をあてて肩甲骨が軸位になっ
剤の流出を認めたもの(全層断裂症例)については
ていることを透視で確認して撮影している(Fig.4)。
穿刺は一回のみとしている。造影剤とキシロカイン
の割合は通常 1:1 としている。造影剤の量は GH 関
節内圧によりまちまちであるが男性 8ml,女性 6ml
4. 手技
位で SAB には男性 4ml,女性 3ml 程度にしている。
拘縮肩では GH 内の造影剤の量が必然的にやや少な
検査に先立って注射器 10ml1 本,23 Gカテラン針,
くなり,関節包の柔らかい患者においては抵抗なく
局麻剤(1%キシロカイン),造影剤(ウログラフィ
造影剤を注入できるが,多すぎるとトモシンセシス
ン)を準備する。肩甲上腕関節,肩峰下滑液包と 2
画像において断層厚さを薄くしてもオーバーシュー
(a)
(b)
(c)
(d)
(e)
(f)
Fig.2 6
6 歳男性 右上肢拳上障害
(a)
:単純 X 線。
(b)
:MRI。棘上筋腱内輝度変化を認める。放射線科所見では肩甲下筋腱損傷の
所見であった。
(c)
:トモシンセシス正面中間位。前方のスライスで腱板関節側断裂初期変化
が観察可能である。
(d):トモシンセシス外転外旋位。小結節と肩甲下筋との連続が認められず。
前方スライスでは上腕二頭筋長頭腱の断裂が観察された。
(e):トモシンセシス外転内旋位。棘下筋、小円筋の観察が可能である。
(f):トモシンセシス軸写像肩関節。前方要素の破たんが観察できる。
(g)
(g):トモシンセシス肩甲骨矢状断。同様に前方要素の破たんが観察できる。
20
No.76 (2014)
Fig.3 72 歳男性 coronal 画像で棘上筋腱の全層
断裂を確認。
上腕を外転外旋し小結節を確認してトモシ
ンセシスを施行。
LHB の代償性肥大が観察される。
全スライスで断裂がない事を確認できる。
(a)
Fig.4 7
0 歳男性 五十肩
検査台で被験者を腹臥位とし健側にマットをあてて半身の
体勢とし上肢は屈曲内旋とし透視下に肩甲骨が軸位となり
小結節が確認できたところでトモシンセシスを施行。
小結節に骨棘を認めるが肩甲骨下筋腱の断裂は認めず,前
方要素の緊張が認められる。
拘縮のため上腕骨の屈曲が制限されている。
(b)
(c)
Fig.5 74 歳男性 右肩関節痛 (a):下垂中間位,造影剤注入直後のトモシンセシス正面像
(b):同じ肢位で 検査終了直前のトモシンセシス正面像。SSP 骨頭付着部に造影剤が流入し部分断裂が示唆される。
(c)
:MRI(eSTIR longTE)。骨頭側断裂の所見に一致
ト(artifact)が目立つようになるため多くても造影
レーションを行うと造影剤が行き渡り腱板の構造が
剤は 4ml ほどしか使用していない。pumping や二重
鮮明化してくるのでトモシンセシス撮影は検査終了
造影目的の空気の注入は画質の低下,air emboli の
直前に行っている(Fig.5)。
リスクの観点から行っていない。少量の気泡の流入
でもトモシンセシス画像では鋭敏に低輝度領域と描
出されるので注意が必要である。造影剤を注入後即
5. 使用結果
座に撮影を行うと腱板の輪郭,細かい損傷部位がう
まく映し出されないことがある。疼痛評価,各運動
疼痛の強い初期の検査としてトモシンセシスを使
領域での最終可動域を評価し可動域内でマニピュ
用することが多くなってきたため肩関節の MRI を
(a)
Fig.6 4
9 歳女性 3 ヵ月続く右肩関節痛
MRI 診断(b)では骨頭側不全断裂で
あったがトモシンセシス(a)では棘
上筋滑液包側に pooling をみとめ骨
頭側の pooling は上腕二頭筋腱内に
(b)
確認された。
No.76 (2014)
21
6. まとめ
施行する割合は減少してきている。このことは患者
の通院回数,医療費の軽減につながっていると思わ
れる。しかし手術症例やリハビリ開始後 2 ヵ月以上
●利点
疼痛が改善されない症例には見落としが無いよう
MRI 検査を追加するようにしている。
1.既存の肩関節造影検査が断層画像として行える
ようになり情報量が格段に向上した。
2.T-smart 機能を併用し造影剤のアーチファクト
診断の精度について,2013 年 6 月から 10 月に当
を低減することが関節造影においても有効で
院にて肩関節造影(トモシンセシス)を行い MRI
あった。
画 像 と 比 較 可 能 な 27 人 30 肩(M20,F10), 平 均
3.超音波画像より広範囲を骨質の評価と同時に行
年齢 64.6(16 ~ 81 才)に関して MRI 診断をコント
うことが可能で MRI に比べ自由度の高い肢位
ロ ー ル と し, ま た 内 視 鏡 治 療 に 至 っ た 12 症 例 は
で評価が可能となった。既存の modality に併
鏡視所見をコントロールとし検査の精度を調べた
用することにより肩関節領域における診断精度
ところ,MRI をコントロールとする全層断裂の精
が高まるものと考えている。
度(accuracy)は 単 純 造 影 87 %( 感 度 86%, 特 異
度 89%), ト モ シ ン セ シ ス 83 %( 感 度 86%, 特 異
●課題点
度 78%)で同等であったが,部分断裂では単純造
1.肩関節の複雑な解剖と 3 次元動作のため体位と
影 61%(感度 59%,特異度 100%),トモシンセシ
肢位に注意しないと読影が困難になる。そのた
ス 78%(感度 77%,特異度 100%)と判断しにくい部
めに医師自らが検査を施行し,読影にある程度
分断裂の評価に有用であった。また内視鏡所見を
の慣れが必要である。
コントロールとする精度は単純造影 78%,トモシ
ンセシス 92%であった。またトモシンセシス画像
2.リファレンス画像,3D,VR,MPR などの技
術への応用性に乏しい。
の妥当性の評価として正常,部分断裂,全層(小,
中,大断裂)の五段階に区別し2名の検者で2度読
今後症例を積み重ね内視鏡所見との比較,各撮影
影を行い妥当性の検討を行ったところ intra-rater
肢位や解剖局所における診断精度の検証を行ってい
reliability と inter-rater reliability はそれぞれ κ =
きたい。
0.70(p<0.05),κ = 0.58(p<0.05)であった。滑膜の
不整,初期病変の判断,読影の経験の差などにより
検者間の相違が生じたものと考えている(Fig.6)。
X 線照射量について,SID12 インチフローブを
ファントム肩の表面に設置し,透視入射表面線量を
測定し照射時間より概算した。透視時間平均 98 秒
(2.3mGy),スポット撮影平均 6.2 枚(0.9mGy),ト
モシンセシス撮影 2.8 回(1.2mGy)となっており,ト
モシンセシスを用いることによって被ばく量が格段
に増えることはなく,むしろトモシンセシスを用い
て透視時間を減らすことが大切であると考えられ
た。サーバーの容量やコストのことを考えるとトモ
シンセシス撮影回数は 2 ~3回にとどめておきたい
と考えている。
22
No.76 (2014)
SONIALVISION safire は(株)島津製作所の商標です。
製造販売認証番号
220ABBZX00261000
据置型デジタル式汎用 X 線透視診断装置
[X 線テレビシステム SONIALVISION safire17]