皮膚感覚における運動残効現象についての研究 - Tachi Lab

日本バーチャルリアリティ学会第 10 回大会論文集(2005 年 9 月)
皮膚感覚における運動残効現象についての研究
The study of tactual motion after effect
林政一郎,渡邊淳司,梶本裕之,舘暲
Seiichiro HAYASHI, Junji WATANABE, Hiroyuki KAJIMOTO and Susumu TACHI
東京大学 情報理工学系研究科
(〒113-8656 東京都文京区本郷 7-3-1)
[email protected], {junji, kaji, tachi}@star.t.u-tokyo.ac.jp
Abstract: When we sense the feel of materials, stimulus crosses the skin at a certain speed. So, we suppose
that detection of speed may influence occurrence of the feel. In these circumstances, the goal of our research is
solving the mechanism of the speed detection of tactile sensation. As the first step of the goal, we found clear
and robust Motion After Effect (MAE) in tactile sensation by using dynamic vibration as the test stimulus.
Key Words: Tactual motion after effect, Perception, Illusion.
1. はじめに
に,静止した物体(テスト刺激)が反対方向に移動してい
バーチャルリアリティの分野において,自然な皮膚感覚
るように感じられる現象である.運動残効現象が生じるこ
を提示することは,対象の認識において重要なだけではな
とについての簡単な説明は次のようになる.まず,一定方
く,対象の微妙な操作にも大いに有効であると考えられ,
向に運動する刺激を長時間提示すると,その方向に特異的
実現すれば手術シミュレーション,遠隔操作など多くの分
に反応するニューロン集合の感度が下がる.その結果,静
野への応用が期待される.
止刺激を提示したときに,反対方向に感度を持つニューロ
これまでに,振動ピンアレイを用いたもの,超音波の放
ン集合の応答が相対的に大きくなり,静止刺激が順応刺激
射圧を用いたもの,電極アレイを用い機械受容器を選択的
と反対方向に運動するように感じられるのである.様々な
に刺激するものなどさまざまな皮膚感覚提示装置が提案
種類の刺激を用いて運動残効現象の生じ方を調べること
されているが,自然な感覚の提示には未だ至っていない.
で,脳内の視覚情報処理メカニズムを非侵襲で解析する研
ところで,なぞり動作によって生じるつるつるする,あ
るいはざらざらするといった感覚は,皮膚の表面に対する
究が,1 世紀以上にわたり成されている.
2.2 皮膚感覚における運動残効現象に関する先行研究
刺激の移動を伴う.これより我々は,速度の知覚が感覚の
Lernerらは皮膚感覚において運動残効現象は生じない
生起に影響しているのではないかと考えた.仮にそうであ
と結論している[1].彼女らは2通りの実験を行っている.
れば,皮膚のある 1 点をいかに刺激するかということだけ
1つは,側面に凹凸のあるドラムを回転させ,側面に指を
ではなく,空間的に分布した複数の点をどのような時間パ
しばらく押し当てた後,回転を止めたときに運動残効が生
ターンで刺激し適切な速度分布を提示するかということ
じるかを調べたもの,もう1 つは,オプタコンを用いて移
が,先に紹介したような皮膚感覚提示ディスプレイ全てに
動感覚をしばらく提示した後に,提示を止め,運動残効が
おいて重要である.
生じるかを調べたものである.
しかし,皮膚感覚における速度知覚に関する十分な知見
彼女らの実験では,順応刺激を提示した後には何も刺激
は現在のところ得られていない.本研究では,視覚に関す
を提示していない.視覚に関する先行研究によると,一定
る先行研究に倣い,運動残効現象を利用して皮膚感覚にお
方向に運動する刺激を提示した後,運動を止めるだけで残
ける速度知覚メカニズムを解明することを目指す.本稿で
効現象を生じる場合と,何らかの動的な刺激を提示して初
は皮膚感覚における運動残効現象の存在を報告する.
めて残効現象が生じる場合の2通りがあることが知られて
いる.よって本研究では,動的なテスト刺激を用いて皮膚
2. 先行研究
感覚における運動残効現象の有無を調べることとした.
2.1 視覚における運動残効現象
視覚において一般的な運動残効現象とは,ある一定方向
3. 実験
右手人差し指指腹部の皮膚感覚について,骨格に対して
に動きつづける物体(順応刺激)を数十秒間見つづけた後
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図1
実験装置
図2
刺激セット
(a)骨格と平行な方向についての結果
図3
刺激の時間列
平行および垂直な方向の運動残効現象が存在するかを調
べるための実験を行った.
3.1 実験装置
(b)骨格と垂直な方向についての結果
皮膚表面に対して運動感覚を生じさせるために,右手人
図4
差し指指腹部の直線上に並んだ 5[mm]間隔の 3 点を,時間
実験結果
差をつけて刺激する.各点の刺激には直径 1[mm]のピアノ
線製のピンを用い,これを小型振動発生器(EMIC511-A)
応刺激を提示した場合には,-20[ms]前後,上向きの順応
と,梃子状の機構を用いて振動させた.各ピンは最大振幅
刺激を提示した場合には 20[ms]前後で上下の回答が約 50%
0.06[mm],周波数 30[Hz]で 200[ms]間振動させる.
となっている.言い換えると,下向きの順応刺激を提示し
3.2 実験方法
た後には,下向きにある速度を持って移動する刺激も静止
順応刺激の提示とテスト刺激の提示とを交互に繰り返
しているように感じ,順応刺激の向きが逆の場合も同様な
し,テスト刺激で知覚された移動方向を被験者に答えさせ
ことが言える.さらに見方を変えると,ISOI が 0[ms]のと
る.
き,順応刺激を提示しない場合には上下の回答が約 50%な
のに対して,順応刺激を提示した場合にはその方向と反対
順応期間には,図 2 のような刺激セットを各ピンの振動
方向に答える確率が増加する.
の時間間隔(ISOI: Interstimulus onset interval)を
また(b)でも右向きの順応刺激を提示した場合には左向
100[ms]として 1 秒周期で提示する.
きの運動を知覚する確率が増加し,逆方向も同様の結果と
次に,7 通りの ISOI(-60, -30, -15, 0, 15, 30, 60[ms])
からランダムに選んだテスト刺激セットを 1 回提示する.
なっている.
被験者は,テスト刺激がどちらに移動したように感じた
かを 2 択で答える.
4. 結論
実験結果より,骨格と平行・垂直の向きにかかわらず,
以上を,7 通りの ISOI がそれぞれ 20 回提示されるまで
行う.順応の効果は実験中蓄積されるので,順応刺激の繰
右手人差し指指腹部におけるテスト刺激の運動方向の判
返し回数を 1 回目の順応期間には 30 回,2 回目以降は 10
別が,順応刺激に影響され,順応刺激の方向の逆向きに偏
回とした(図 3).
ることがわかった.このことから,皮膚感覚においても運
3.3 結果
動残効現象が生じたと言える.
1 人の被験者についての結果を図 4 に示す.(a), (b)は
今後は提示する刺激の配置位置や周波数を変えて運動
それぞれ指の骨格と平行および垂直な方向についての結
残効現象の有無を調べることで,皮膚感覚の運動知覚メカ
果である.各点はそれぞれ指先側(便宜上,上とする)あ
ニズムについてさらに調べていくことを予定している.
るいは右側への運動を知覚したと答えた確率(20 回の試行
から求めた)をプロットしたもので,最小 2 乗法による累
参考文献
積正規曲線へのフィッティング結果も合わせて表示して
[1]E. A. Lerner, J. C. Craig: The prevalence of tactile
motion aftereffects, Somatosensory & Motor Research,
いる.
vol.19-1, pp.24-29, 2002.
まず(a)では順応刺激を提示しない場合,ISOI が 0[ms]
前後で上下の回答が約 50%になるのに対して,下向きの順
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