皮膚振動の検出によるヒト触感の推定と評価 Estimation of the human

皮膚振動の検出によるヒト触感の推定と評価
Estimation of the human tactile sensation by using detection of
tiny skin vibration
キーワード:触感、皮膚振動検出、主観評価
人間生活工学研究室:高橋 謙介
■Abstract
I propose a new system which can measure the tiny skin vibration of
the finger pad and the estimation pathway model of human tactile
sensation. The PVDF film type vibration sensor pasted index finger of
subject’s dominant hand. The subject searched for the most suitable
speed to scan and recognize a sample texture attached to the
velocity-adjustable belt controlled by the subject himself. As a result,
between the scanning speed and the spectrum component related to
Meissner's corpuscle has positive correlation. In addition, I suggested
the estimation pathway model of human tactile sensation from the
relations of subjectivity assessment and skin vibration data.
■背景
ヒトは皮膚で物体に触れ、どのような素材であるかの推定を行うこと
ができる。ヒトは覚醒している限り常に触覚によって外界の情報を得て
おり、ヒトにとって触覚は非常に身近な能力の一つである。しかし、実
際に触覚がどのような物理的情報を得ているかを計測することは容易
なことではなく、またそのため、触感推定のために皮膚から得られる機
械的な情報とヒトの主観的な素材の評価について詳しい因果関係は
明らかになっていない。そのため、機械的情報と主観評価を同一の個
体から得ることのできる実験デザインが望まれる。
■目的
本研究では、指先で素材表面を走査した際に摩擦の影響によって
発生する微細な皮膚振動に着目した。機械的情報の一つである皮膚
振動を検出し、主観的な触感推定との関係性を明らかにすることを目
的とした。
■方法
・被験者
健常な男子大学生及び大学院生、計 9 名(右利き 7 名、左利き 2 名)
平均年齢 24 歳(±2.1 歳)が実験に参加した。実験内容を事前に説明
し、了承を得た。
・PVDF 振動検出センサ
振動センサとして用いられる圧電素材である PVDF フィルムを使用し
た。予備実験結果及び先行研究(多田ら, 2005)を基にし、直接被験
者の利き手示指の指腹に図 1 のようにに貼付した。アンプ回路(ゲイン
G=1000、LPF=500Hz)を介して PC にて皮膚振動情報を収集する。サ
ンプリングレートは 1000Hz とした。貼付には生体用接着剤としてコロ
ジオン絆創膏を用いた。
図 1 振動検出センサと受動的触刺激装置
・受動的触刺激装置
指先を動かす際の不確定要素を排除するため、指先ではなく実験
試料を動かすことによって素材表面を走査させる装置を作成した(図
2)。走査方向 2 通り、速度は被験者自身に制御させ、接触圧力は示
指を試料に添える程度とした。
・実験条件
実験試料:サンドペーパー4 種(粒度#120,#180,#240,#320)と上質紙
の計 5 種。サンドペーパーは数の小さいものほど表面が粗い。
走査方向:外(指先方向)、内(手首方向)、計 2 方向。
タスク条件:被験者自身によって走査速度を自由に調整させ、「最も
表面粗さを鋭敏に感じられる速度」に設定させる。
・実験手順
実験概要の説明、センサの貼付、手指の固定を行い、視覚刺激と聴
覚刺激を排除するためヘッドホンを着用し、閉眼状態で以下の手順
で実験を行った。また、本番開始前にタスクの練習を行った。
①被験者は非利き手で自由に走査速度を調節し、タスク条件を満た
す走査速度を探し、決定する
②決定した速度における速度計測、皮膚振動データ収集
③主観評価の回答
④試料の交換を行い、①へ戻る
図 2 実験プロトコル
・測定項目
・主観評価として「表面粗さ」の程度を VAS 法にて収集
・試料と指腹の相対的な走査速度
・タスク時間
・PVDF 振動センサによる皮膚振動データ
・解析方法
得られた皮膚振動データに対してタスク条件を満たした時刻から
8.192s 後の区間で FFT をかけた値を用いた。0~500Hz の範囲全体
における積分値 Psum と、特定の周波数帯域での積分値の Psum に対す
る割合とした。ヒトの主要な機械受容器の応答周波数に相当する帯域
を採用し分類した。
Pa:メルケル小体範囲 5~15Hz
Pb:マイスナー小体範囲 20~50Hz
Pc:パチニ小体範囲 100~300Hz
走査方向と試料条件を要因とした 2 元配置反復測定分散分析を行
った。有意水準は 5%とした。多重比較検定には Tukey-Kramer 法を用
いた。また、各指標間における相関関係を求めた。各指標による値は、
全て標準化した値を用いた。
■結果
・2 元配置反復測定分散分析、多重比較検定結果
主観評価に関しては、試料に関して有意な主効果(p<0.0001)がみ
られ、多重比較検定の結果も#120-#180、#240-#320 間以外では有
意差がみられた。この結果から、5 つの試料の表面粗さの程度を各被
験者は同様に評価したと言える。
走査速度、タスク時間に関しては試料の主効果
主効果に関して有意傾向
(それぞれ p=0.0779、p=0.0617)のみであった。
皮膚振動データに関しては、Psum で試料の主効果
主効果に関して有意傾
向(p=0.0562)、Pa、Pb に関しては有意性が認められず
められず、Pc では走査方
向に関して主効果の有意傾向(p=0.0755)がみられ
がみられ,試料の主効果に
関 し て 有 意 差 ( p=0.0204 ) が み ら れ た 。 ま た 、 多 重 比 較 の 結 果
#180-#240,#240-上質紙の間で有意差が認められた
められた。
・相関分析結果
相関分析を行った結果、表の色付きで示した組
組み合わせ「主観評価
-走査速度」「主観評価-タスク時間」「タスク時間
時間-Psum」「Pa-Pc」
「Pb-Pc」の指標間で有意な負の相関がみられ
がみられ 、「走査速度-Pb」
「Pa-Pb」の指標間で有意な正の相関が見られた
られた。周波数帯域別皮膚
振動データの指標間では高い相関が認められたが
められたが、これは全体の積
分値に対する特定周波数帯域の割合という本研究
本研究での指標における
仕様として現れたと考えられる。
表 1 相関分析結果
■考察
・解析結果
主観評価では、粒度の番号が近い 2 つのペア
つのペア以外全てにおいて有
意差が見られた。これは、ヒトが速度や走査方向
走査方向によらず素材表面の
粗さを触るだけで判断できる、つまりヒトの持つ触覚
触覚の能力の高さを示
している。また、主観評価に関しては走査速度、タスク
タスク時間と有意な負
の相関が見出された。走査速度に関しては、試料表面
試料表面の粗さは微細
な凹凸の連続によって構成されており、本研究
本研究の試料においては粒
度の低いものほど凹凸が大きい。そのため、走査速度
走査速度が早いと凸部分
の上部のみを捉えるような形になり、十分に凹凸
凹凸として捉えられないと
考えられる。タスク時間は、粗さがよりはっきりとしているため
さがよりはっきりとしているため表面粗さ
の評価が迅速であったと考えられる。しかし同時
同時に、表面が粗いほど
指腹への負担が大きく、負担を軽減するために
するために速度を遅く、タスクを
早く満たそうとする傾向があるとも考えられる。
マイスナー小体帯域の値 Pb と正の相関がみられた
がみられた。このことから、
指先を素材表面で滑らせる際の走査速度はマイスナー
はマイスナー小体帯域(20
~50Hz)の皮膚振動に影響を及ぼすことが示唆
示唆される。マイスナー小
体は速度受容器であるとされており(小林ら,1999
,1999)、相関分析結果を
裏付ける。また、マイスナー小体は皮膚表層に近
近い位置に分布してい
るため、皮膚表面に密着させた PVDF フィルムによってマイスナー
フィルムによってマイスナー小
体と同様の皮膚振動が得られていると考えられる
えられる。
その反面パチニ小体帯域 Pc において分散分析
分散分析の結果有意差がみ
られているが、本来パチニ小体は皮膚の深部に存在
存在しており、本研究
のような皮膚の表層における振動に反応することはない
することはない。また、指腹
における分布の割合は非常に少ないとされているため
ないとされているため、本研究にお
いては主観評価への影響はほとんどないと考えられる
えられる。
・触感評価経路モデル
本研究におけるタスク条件「最も表面粗さを鋭敏
鋭敏に感じられる速度」。
これは、一般的にヒトは触感によって素材の情報
情報を得る際に様々な走
査速度で触る。その状況に近い実験条件であり、
、被験者にとって最適
な走査速度に調節することによって、主観評価と
と物理的な計測である
皮膚振動データには何らかの関係性が生じると
じると見通しを立てて設定
した。
しかし、結果からは主観評価と皮膚振動データには
データには相関関係が見ら
れず、むしろ主観評価と皮膚振動データには乖離
乖離があるとさえ考えら
説明するに当たって、触感評価経
れる。本研究結果によるこの乖離を説明
路モデル(図 3)を提案する。
図 3 触感評価経路モデル
触感評価経路
まず、ある速度で走査したとき、皮膚
皮膚に内在する機械受容体によっ
て、機械的情報が得られる。本研究における
における振動検出センサによって
得られるデータはこの位置における情報
情報であり、末梢レベルの情報で
あるといえる。受容体によって得られた
られた情報は、大脳皮質にて解釈さ
れる。本研究ではこの時点で受容器からの
からの入力が最適であるかどうか
を判断し、速度調節としてフィードバックする
としてフィードバックする。そうして最適な入力を
設定した状態の振動データを皮膚振動
皮膚振動センサから得る。また、主観評
価を行う。フィードバックと主観評価を
を行うのは中枢レベルだといえる。
このモデルには被験者間で一定でない
でない部分が二箇所存在する。1
つは末梢レベルの受容器である。皮膚
皮膚の弾力、形状、受容器の分布
などは個人間で差があるため、同一
同一の速度と接触力であっても受容
器からの入力は被験者間で一致しない
しない。2 つ目は中枢レベルにおけ
る受容器からの情報の解釈である。これには
これには個人尺度といったものが
存在し、影響する。つまり、受容器から
から得られる情報に対する個人の
経験に基づく尺度である。
ハードである末梢レベルの情報と、ソフトにあたる
ソフトにあたる中枢レベルの解釈
の 2 箇所が変数であると捉えることができ
えることができ、その結果として導かれる主
観評価には被験者ごとに大きな開きが
きがない。このことは、ヒトの持つ触
感の優秀性と、推定の困難さを示す。
。また、Meftah ら(2000)は,指腹
で素材表面を走査する際,被験者は
は走査速度によらず表面の特徴を
捉えることができたとしており.本モデルを
モデルを裏付ける。
■まとめ
本研究では皮膚振動検出センサ、受動的触刺激装置
受動的触刺激装置を作成し、微
細な皮膚振動を検出する環境を構築
構築した。また、走査速度とマイスナ
ー小体の応答周波数に相当する周波数帯域
周波数帯域の皮膚振動データ Pb に
正の相関関係を確認し、マイスナー小体
小体における入力推定の可能性
を示唆した。
受容器からの入力と主観評価の関係
関係として、触感評価経路モデル
を提案した。
■参考文献
1) 坂本憲久, 篠田裕之 生体皮膚の
の振動計測に基づく触覚センシン
グ
2) 小林一三,前野隆司 ヒト指腹部構造
指腹部構造と触覚受容器位置の力学的
関係(第3報,凹凸を有する面と指の接触解析結果
接触解析結果) 日本機械学會論
文集 C 編 65 巻 636 号 3321-3327
3327 1999
3) R.S. Johansson adn A. B. Vallbo; Tactile sensory coding in the
glabrous skin of the human hand, TINS-January,
TINS
27-32,1983
4) El Mehdi Meftah · Lo Belingard · C. Elaine Chapman:
Chapman
“Relative
Relative effects of the spatial and temporal characteristics of
scanned surfaces on human
uman perception of tactile roughness
using passive touch”
Exp. Brain Res. 132 pp.351-361
pp.351
2000