イネもみ枯細菌病菌による稲株の腐敗消失症状の発生と防除対策 1 普及に移す技術の内容 (1)背景・目的 2005 年 6 月上旬に農業試験場内の一部の水稲栽培ほ場において、稲株の腐敗消失あるいは著し い生育不良が発生した。また、現地ほ場においても同様の症状の発生が認められ、採種ほへの発 生拡大が懸念された。発生状況から何らかの病原体の関与が疑われたが、本症状は国内で報告さ れているいずれの病害にも該当しなかった。 そこで、病原体の特定を行うとともに防除対策を確立する。 (2)技術の要約 1)イネもみ枯細菌病菌によって移植後稲株の腐敗消失症状が引き起こされる(新知見) 。 2)病原細菌は種子伝染して本症状を引き起こす。 3)稲株の腐敗消失を防ぐには、育苗期の発病(イネ幼苗腐敗症)を防ぐことが重要であり、こ れにはカスミン粒剤または同液剤を、覆土前に種籾の上から散布する方法が有効である。 2 試験成果の概要 (1)病気の症状 苗では、一見健全に見えるが、茎基部の褐変、白化、葉身基部の白化等の症状が坪状発生する (図1) 。移植後の症状としては、重症株では移植後 2 週間程度で腐敗消失し、腐敗に至らない 株では分げつが著しく抑制される(図2-1~4、表1) 。これらの症状は特定の育苗箱の苗に由 来し、本田では数株連続して発生する(図2-1、2) 。 (2)病原体 生育不良を示した稲株等から細菌を分離し、細菌接種苗を水田に移植すると、稲株の腐敗消失、 生育不良症状が再現される(表1) 。また、これらの症状の原因細菌は、イネもみ枯細菌病菌で あることを初めて明らかにした。 (3)病原細菌の伝染方法 病原細菌は種子伝染して稲株の腐敗を引き起こす(表2) 。 (4)防除対策 イネ幼苗腐敗症(育苗期のイネもみ枯細菌病)の発病苗率とイネ移植後の発病株率との間には 正の相関が認められる(図3) 。したがって、稲株の腐敗等を防ぐためには、イネ幼苗腐敗症の 発生を防ぐことが重要である。イネ幼苗腐敗症に対して、カスミン粒剤(20 g/箱)またはカス ミン液剤(4 倍、50 ml/箱)を、覆土前の種籾の上から散布することにより、高い防除効果が得 られる。一方、種子消毒(テクリード C フロアブル、温湯消毒)のみでは、十分な防除効果が得 られない(図4) 。 見かけ健全苗 図1 見かけが健全苗の地際部の褐変、白化 1 2 3 4 図2 本田における稲株の腐敗消失症状(1~4) 表1 イネもみ枯細菌病菌接種苗を用いた稲株の腐敗消失・生育抑制症状の再現(2007 年) 接種した病原細菌 T2005-B T2006-1 無接種 本田発病株率(%) 腐敗消失株 生育不良株 計 48.0 48.5 96.5 40.0 58.0 98.0 2.0 0 2.0 発病苗率(%) 7.6 4.4 0 注)・病原細菌の分離源:T2005-B(2005年に農業試験場2004年産日本晴の苗より分離). T2006-1(2006年に現地コシヒカリの生育不良株より分離). ・病原細菌の接種方法:コシヒカリ(健全)の出芽時に菌液を苗箱潅注. ・本田発病株率:2007年6月20日(移植26日後)に調査. ・生育不良株:茎数が病原細菌無接種区(16.3本/株)の半分以下の株. 表2 稲株の腐敗消失・生育不良症状を引き起こすイネもみ枯細菌病菌の種子伝染(2006 年) 発病苗率 (%) 使用種子 本田発病株率(%) 腐敗消失株 生育不良株 計 イネ株の腐敗消失・生育不良症状発生ほ場から 採取した種子(2005年農業試験場産日本晴) 2.8 8.5 8.5 17.0 健全種子(2002年農業試験場産日本晴) 0 0 2.2 2.2 注)・本田発病株率:2006年6月28日(移植36日後)に調査. ・生育不良株:茎数が健全種子区(26.2本/株)の半分以下の株. 100 本 田 発 病 株 率 ︵ % ︶ r=0.782 p<0.001 80 100 40 80 防 除 60 価 40 20 20 60 0 0 0 5 10 15 幼苗腐敗症発病苗率(%) 図3 イネ幼苗腐敗症発病苗率と本田発病株率との 関係(2006~2008 年) 試験場所:鳥取市橋本(農業試験場). 本田発病株率:腐敗消失株率と生育不良株率の 合計. テクリードC フロアブル (200倍24時間) 20 温湯消毒 (63℃5分間) カスミン粒剤 または カスミン液剤 (は種時覆土前) 図4 イネ幼苗腐敗症に対する種子消毒あるいは 薬剤のは種時覆土前処理の防除効果 (2006~2008 年) 試験場所:鳥取市橋本(農業試験場). 防除価:発病苗率から算出した 5 試験の平均値. (5)まとめ 以上の結果から、2005 年に発生した移植後稲株の腐敗消失症状は、イネもみ枯細菌病菌によ って引き起こされることを初めて明らかにした。本病は種子伝染することから、発生拡大を防止 するためには、まず、原採種ほ農家において、防除対策を講じる必要がある。防除対策としては、 育苗期の発病(イネ幼苗腐敗症)を防ぐことが重要であり、これにはカスミン粒剤または同液剤 を覆土前に種籾の上から散布する方法が有効である。 3 普及の対象および注意事項 (1)普及の対象 1)イネもみ枯細菌病は種子伝染することから、本技術は主に原採種ほ農家を対象とする。なお、 一般農家においても、本病防除の必要がある場合は、本技術の導入が有効である。 (2)注意事項 1)現時点では、イネもみ枯細菌病菌による稲株の腐敗消失あるいは生育不良症状に対する登録 農薬はない。したがって、本病の発生拡大を防止するために、カスミン粒剤あるいはカスミン 液剤のは種時覆土前処理を行ってイネ幼苗腐敗症を防除する。 2)イネ幼苗腐敗症に対するカスミン粒剤あるいはカスミン液剤の効果低下がみられた場合は、 耐性菌発生の恐れがあるので、直ちに農業試験場、病害虫防除所、農業改良普及所等へ連絡す る。 3)イネ幼苗腐敗症は、高温多湿条件下で発生が助長されることから、適切な出芽温度(30~32℃ 以下)と育苗温度での管理が重要である。 4 試験担当者 ( 環境研究室 研究員 長谷川優 )
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