養液土耕栽培法の利点と今後の展開方向 (PDF ファイル)

養液土耕栽培法の利点と今後の展開方向
化学部
研究員
玉井
光秀
はじめに
施設園芸の栽培面積は平成7年度には全国で約5万haあり、そのうち養液栽培は約
763haである。一般的に野菜栽培は多肥傾向であり、窒素施用量では作物体吸収量の
1.5∼2倍程度の施肥が行われている。そのため、塩類集積が生じ、それに伴う湛水
除塩による地下水中の硝酸態窒素との因果関係が指摘されるようになってきている。
通常の土耕栽培では、作付け前に基肥を施用し、生育に伴って追肥を行っていくが、
経験や勘による部分が多いため、不要不急な施肥を行うことがあり、生育不良や減収
を招くことがある。
これらの諸問題に対し、施肥効率を向上させ環境負荷を低減し、なおかつ低コスト
で省力化を図れる栽培技術として「養液土耕栽培法」が、九州でも大分県をはじめ、
熊本県、鹿児島県、宮崎県等において様々な作物で研究されており、地域基幹農業技
術体系化促進研究(H11∼15年)においても、養液土耕栽培法の体系化に向けた研究
がなされている。
大分県では平成8年度から養液土耕栽培法について、場内及び現地試験を行ってお
り、その成果の一部を紹介するとともに、養液土耕栽培法の利点と今後の技術の展開
方向について整理してみた。
(注:「養液土耕栽培法」という呼称が普及してるが、「かん水施肥栽培」ないしは
「かん水施肥法」という表現も平行して使用されているため、文章中の「図表」には
養液土耕栽培以外の呼称で記されていることがある。)
研究成果の内容
1
養液土耕栽培の概要
(1)養液土耕栽培の特徴
養液土耕栽培はイスラエルで発達しているドリップ・ファーティゲーション
{(fertilizer:肥料)+(irrigation:潅漑)による造語}技術であり、主な特徴
は以下のとおりである。
①
基肥不要
・初期生育を抑えることが出来、過繁茂にならない。
②
かん水と液肥を同時施用
・生育を安定させながら、収量を上げることが出来る。
③
ドリップチューブを利用
・養液の散布が均一になる。
・土壌物理性を悪化させない。
④
培地は土壌そのもの
・土壌の持つ緩衝能力が期待できるため、不意のトラブルにも対応しやすい。
・養液栽培ほど水質を気にしなくても栽培が可能。
・余計なコストがかからない。
(2)必要な装置(写真1、写真2)
①フィルター:原水中の砂等を濾過し、チューブの目詰まりを防ぐ。
②減圧弁:チューブの耐圧能力以内に抑えるとともに、ポンプの波動を吸収する。
③養液混入装置:濃厚原液をここで混入する。
写真1
養液土耕栽培装置
写真2
(3)
チューブの設置状況
水分の供給
点滴かん水によって施用された水分は、重力及
び毛細管現象によって土壌中を拡散し、図1のよ
うに円錐状の湿潤帯を形成する。このとき、礫質
土壌等では水分は重力によって下方に移動しや
すくなる。
図1
ドリップからの養液・水の分布
(Gadi.Gを修正、愛知農総試・加藤)
また、かん水方式による土壌水分の変化に
ついては、従来の散水方式では過湿と過乾燥
を交互に繰り返しているのに対し、点滴かん
水では適正な土壌水分状態を保つことが出
来る。
図2
かん水方式と土壌水分の変化(愛知総農試・加藤)
2
養液土耕栽培の試験成績
(1)場内試験における養液土耕栽培キュウリの収量について
図3
抑制栽培の施肥量及び収量の推移
図4
半促成栽培の施肥量及び収量の推移
抑制作型では、養液土耕栽培は慣行施肥栽培に比べて収量を減ずることなく窒素施
肥量を40%削減できた(図3)。
半促成作型では、窒素施肥量は40%減にした結果、収量が5%程度減収したため、
窒素施肥量は30%減が適当と思われた(図4)。
促成栽培では、窒素施肥量を20%減にした結果5%程度減収した(図5)。
図5
促成栽培の施肥量及び収量の推移
(2)リアルタイム分析を取り入れた肥培管理技術
①リアルタイム診断とは
植物体の栄養状態は、道管液の溶質濃度が培地からの養分吸収と密接な関係にあ
ることから、葉柄汁中の養分濃度を測定することによってほぼ正確に把握できる
(米山ら、1995)。
このことを果菜類に応用し、葉柄汁中の硝酸イオン濃度と土壌溶液のEC・硝酸
イオン濃度を調査し、生育中の植物の施肥管理を行うことで、一層的確な給液管理
が出来るようになり、収量品質の向上と併せて、低コスト・環境負荷低減栽培が可
能になる。
②キュウリ(促成栽培、上岡統)現地試験の結果
平成10年11月から栽培をした促成栽培キュウリの葉柄汁中の硝酸イオン濃度を
経時的に調査した結果、養液土耕区と慣行区はほぼ同様の傾向を示した。このこと
から促成栽培キュウリでは収穫開始時期は6,000ppm、その後は3,500∼5,000ppm、
収穫末期には2,000ppm程度を指標としてよいと思われる(図6)。さらに、葉柄汁
中の硝酸イオン濃度は、土壌溶液中の硝酸イオン濃度とパラレルな変化を示してい
た(図7)。
図6
葉柄汁中の硝酸イオン濃度の推移
図7
土壌溶液中の硝酸イオン濃度の推移
この試験では窒素施肥量を30%減の予
定で開始し、リアルタイム診断を取り入れ
た施肥管理を行った結果、32%減となった
が、定植直後のシステムのトラブルの影響
により、収穫量は7%程度減少した(図8)。
図8
現地試験の施肥量及び収量の推移
③大玉トマト(夏秋栽培、来迎寺統)現地試験結果
図9
葉柄汁中の硝酸イオン濃度の推移
図10
土壌溶液中の硝酸イオン濃度の推移
平成11年度に行った大玉トマトの現地
試験では、窒素施肥量を30%削減する計
画だったが、リアルタイム診断を取り入
れた施肥管理を行った結果、57%の減肥
となり、収量は28%増加した。
図11
現地試験の施肥量及び収量の推移
(2)養液土耕栽培における地下部の状態
慣行区
かん水施肥区
写真3
抑制栽培での根量比較
写真4
現地試験での根量比較
養液土耕栽培では根域の発達がよく、下層部まで根域が広がっていた。また、細根
の量も多く、生育収量に関して、プラスに作用していると思われる(写真3、写真4)。
(3)三相分布の変化
平成10年度促成キュウリ場内試験跡地土壌の三相分布調査の結果では、養液土耕区
は慣行栽培区に比べ、深さ25cmにおける固相率に差が見られ、養液土耕区では栽培期
間中も下層部まで土壌が柔らかく保たれており、連続不耕起栽培も可能であると思わ
れる。
表1 跡地土壌の三相分布
深さ15cm
区名
養液土耕
慣行栽培
深さ25cm
距離※
固相(%)
液相(%)
気相(%)
固相(%)
液相(%)
気相(%)
5cm
39.6
32.1
28.4
40.4
27.2
32.4
15cm
40.1
25.3
34.7
40.3
24.4
35.3
30cm
40.9
22.9
36.2
39.5
21.7
38.8
5cm
43.5
28.7
27.9
47.8
27.3
24.9
15cm
40.7
25.4
33.9
47.7
25.9
26.4
30cm
41.0
23.6
35.4
46.3
24.9
28.9
※ ドリップチューブの穴からの距離
(4)養液土耕栽培の経済性(試算)
養液土耕栽培ではかん水及び追肥の作業を省力化することが出来るため、平成7年
度農業経営管理指標を参照し、その経済効果を労賃で金額に置き換えると表2のよう
になり、最低でも年間で30千円/10aの低コスト化が出来る。装置が8年間使用可能な
場合は、240千円/10a以下の装置であれば経済性があると思われる。また、肥料につ
いては窒素施肥量を3割削減できるが、専用肥料を使用するため減肥による経済効果
はほとんどない(表3)が、単肥配合を使えば、肥料代の1/2∼1/3の低コスト化も可
能である。
表2
養液土耕栽培の経済効果
(単位:時間)
慣行栽培
養液土耕栽培
かん水時間
追肥時間
かん水施肥時間
経済効果
促成キュウリ
18
13
4
30千円
夏秋大玉トマト
55
26
3
86千円
促成ナス
24
12
5
34千円
雨よけピーマン
36
3
43千円
6
※時間あたり労賃を1,100円とする。
表3
養液土耕栽培における肥料代
促成キュウリ
夏秋大玉トマト
(単位:円)
慣行肥料
専用肥料
130,500
122,500
72,000
70,000
研究成果の利活用
この栽培方式は、果菜類に適しており、砂質土壌でも保水性等の改善を施せば導入
が可能である。また、肥効率の向上に伴い施肥量を減量できるため、環境負荷が少な
い技術であり、かん水及び施肥にかかる労力を軽減できる。
残された問題点と今後の課題
1
リアルタイム診断技術の確立
リアルタイム診断では、生産者自らが分析及び診断を行う必要があるため、低コス
トかつ操作性が簡易で精度の高い分析機器・分析手法の検討が必要である。
簡易分析機としての「RQフレックス」と高性能分析機の「イオンクロマトグラフ」
では分析値に高い相関があり、現地圃場において葉柄汁や土壌溶液の分析を行うには、
この「RQフレックス」が適していると思われる。
なお、土壌溶液中の硝酸イオン濃度とEC値の相関を調べたところ、かなり高い相
関が認められた(図12)が、圃場によって近似曲線の式が違うことや硝酸イオン濃
度が1,000ppmを越える付近からはやや誤差が大きくなるなどの問題もあった。
図12
2
EC値と硝酸イオン濃度の相関
かん水施肥のマニュアル化
肥培管理のアウトラインとおおよその施肥倍率及びかん水量を記したマニュアル
があれば養液土耕栽培技術の導入によって平均的な収量を目指した栽培が可能であ
る。
さらに、高収量や高品質を目指すには、圃場にあわせたリアルタイム診断をによる
的確な肥培管理や、栽培ステージや天候不良時の対応等を含めた一層緻密な管理技術
の体系化が必要である。
3
装置及び肥料コストの低減
栽培装置の導入コストが高いことも普及の阻害要因となっている。経済性から10a
あたり20万円程度のコストで導入後も機械的トラブルが無く、かつ、操作が容易であ
る栽培装置の開発が求められている。
さらに、将来的にはより一層のコスト低減や、高収量・高品質をあげるための単肥
配合による肥培管理が求められており、それらを支援する指導体制も必要である。
4
さらなる省力化
省力化を図るための連続不耕起栽培(畦連続利用)については、実現できる可能性
が高く、連続不耕起栽培技術を導入するために土壌が備えるべき保水性や膨軟程度、
うねの形状による影響を解明するため、来年度以降課題化して取り組むこととしてい
る。
引用文献
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農業及び園芸.70,909-912
米山忠克ら.1995.植物生体液溶出濃度,汁液栄養診断の基礎.農業及び園芸
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追録第23号・1998年.第1巻.基377-381
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俊博.1999.灌水施肥システム・養液土耕栽培.農業技術体系.
追録第1号・1999年.第2巻.331-334の6
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英男.1996.施設栽培における環境問題.特別研究会
「環境保全に配慮した施設生産方式の現状と展望」.77-83
尾和
尚人.1995.肥料成分の動態解析と制御技術の将来展望.
作物の品質形成に及ぼす養分・水分管理技術に関する研究会並びに平成5・6年度九州
試験研究推進会議土壌肥料検討会資料.5-(1)-5-(5)
農業