食品保存における乳酸菌の利用 - 熊本県立大学

食品保存における乳酸菌の利用
環境共生学部 助教授 松崎弘美
はじめに
食品の安全性確保には、殺菌工程が重要であり、それには加熱殺菌が中心であるが、熱
は同時に食品の質も変化させてしまう。また最近では、新鮮で自然に近く、添加物を含ま
ない食品、本来の味、香りを保った食品が消費者に好まれる。このような生鮮・高品質化
志向のニーズに応えるためには、熱殺菌条件を温和にせざるを得ず、残存する有害微生物
の個体数が増し、食中毒の原因となる。したがって、殺菌処理後の微生物の発育抑制が特
に重要となる。微生物の発育抑制としては様々あるが、より実際的には保存剤の添加であ
ろう。しかしながら、化学合成保存料の使用は避けたいとの消費者の要望は強い。そこで、
生物的保存料(バイオプリザバティブ、biopreservative)を用いる生物的保存法(バイオプ
リザベーション、biopreservation)が注目を集めている。バイオプリザバティブは、植物、
動物あるいは微生物起源の抗菌性物質で、有害作用を受けることなく人々が長年にわたり
食されてきたものと定義されている。バイオプリザベーションの最も典型的な例は、発酵
食品に見ることができ、乳酸菌はその中でも特に大きな役割を果たしている。ある種の乳
酸菌が生産するタンパク質性の抗菌物質バクテリオシンはその優れた特性から、バイオプ
リザバティブとして期待されている。
乳酸菌バクテリオシンは、一般に熱安定性に優れ、味や臭いが無く、食品の風味に影響
を与えない。また、乳酸菌が広く食されてきた微生物であることや乳酸菌バクテリオシン
がヒトの消化酵素により分解されることから、その安全性は非常に高い。したがって、乳
酸菌バクテリオシンは、食品保存料としてはもちろんのこと、雑菌汚染防止として酪農産
業におけるサイレージ等への利用、そして、病気予防のための家畜の餌などにも利用でき
る可能性がある。
目的
本研究では、これまでに分離した乳酸菌および新たに分離した乳酸菌が生産するバクテ
リオシンの構造解析、遺伝子クローニング、諸性質の調査、発酵生産条件の検討を行うこ
とを目的とし、食品産業への実用化の可能性を検討した。
方法および結果
日本学術振興会学術交流事業においてタイ産鶏腸管から分離した乳酸菌 Lactobacillus
salivarius AC21、および、南九州地方の一般家庭で長期間熟成されてきたぬか床や大麦ぬか
から分離した乳酸菌(Ha33 株、B2 株、B6 株)について検討した。
Lb. salivarius AC21 のバクテリオシンは、Bacillus 属細菌、Listeria innocua、Enterococcus
faecalis などの生育を阻害し幅広い抗菌スペクトルを示し、広い pH 領域で安定であること
から、このバクテリオシン(salivacin K21 と命名)は天然の食品保存料として利用できる。
バクテリオシン生産における最適条件は 37˚C、pH 5.5 であり 1)、今回振とう速度について
検討した結果、乳酸菌は通性嫌気性菌であるが振とう速度が速いほど抗菌活性が高くなる
傾向が見られた(図 1、表 1)。さらに、salivacin K21 の遺伝子クローニングを試みた。AC21
株の培養液上清より、疎水性相互作用、陽イオン交換クロマトグラフィー、逆相 HPLC に
より抗菌活性のある画分を精製した。次に、このペプチドの N 末端アミノ酸配列を決定し、
その配列に基づいた DNA プライマーを合成した。これと、多くのバクテリオシン生合成
に関するヒスチジンキナーゼの相同領域に基づいて設計した DNA プライマーを用いて
PCR を行った結果、約 2-kbp の DNA 断片が増幅された。これを pT7Blue(R)-T ベクターに
クローニングし、塩基配列を決定した(図 2)。その結果、salivacin K21 は最近ヒトの腸管
から分離された乳酸菌が生産するバクテリオシン ABP-1182)の類似物質であることが明ら
かとなった。以上より、salivacin K21 は食品保存料のみならず、それを生産する乳酸菌は
鶏さらにはヒトに対しプロバイオティクス(probiotics)として健康維持に関与できる可能
性があり、今後の研究が待たれる。
Activity (AU/ml)
8000
210 strokes/min
6000
180 strokes/min
150 strokes/min
4000
120 strokes/min
90 strokes/min
60 strokes/min
2000
0
0
5
10
15
Time (h)
図1 振とう速度がバクテリオシン生産に与える影響
Cultivations were run at 37ÞC in 200-ml flasks with a working volume of 50 ml MRS medium supplemented
with 1%CaCO3. The activity of the bacteriocin of Lb. salivarius AC21 was determined by bioassay with Lb.
plantarum ATCC14917Tas an indicator strain.
表1 振とう速度の違いによるsalivacin K21の生産収率
626
150
120
90
60
2612
1557
1353
1210
198
173
133
144
a) Yield of
4456
418
activity per cell mass when antibacterial activity reached to a maximum level.
Yield of activity per glucose consumed when antibacterial activity reached to a
maximum level.
b)
1.0-kb
salAα salAβ
salΙΜ
DraI
5465
AU/g-glucoseb)
salIP
DraI
BglII
180
a)
DraI
AU/g-dry cell weight
PstI
DraI
XbaI
KpnI
BglII
Shaking speed
(strokes/min)
210
salK (putative)
図2 Salivacin K21の生合成遺伝子
salAα: gene of salivacin K21 α prepeptide
salAβ: gene of salivacin K21 β prepeptide
salIM: putative immunity gene
salIP: putative induction factor (peptide pheromone) gene
salK: putative histidine kinase gene
一方、ぬか床や大麦ぬかから分離した 3 株(B7-2 株、B7-6 株、Ha33 株)について、培
養液上清の抗菌スペクトルを作成し、既知バクテリオシンと比較した(表 2)。その結果、
B7-2 株は Bacillus 属細菌、L. innocua、Lb. coryniformis subsp. coryniformis、ナイシン Z 生産
菌 Lactococcus lactis JCM7638 に抗菌活性を示した。Bacillus 属細菌は、味噌などの味覚に悪
影響を与える食品汚染菌であるので、B7-2 株が生産するバクテリオシンは、食品保存料な
どへの利用が可能である。B7-6 株は Lb. plantarum と E. faecalis にのみ抗菌活性を示し、抗
菌スペクトルは狭いものであった。一方、Ha33 株は多くのグラム陽性菌に対して高い抗菌
作用を示し、この抗菌スペクトルはナイシン Z 生産菌 Lc. lactis JCM7638 のそれと類似して
いた。さらに、ナイシンを生産しない Lc. lactis ATCC14935T 株には抗菌活性を示したが、
ナイシン Z を生産する JCM7638 株に対しては抗菌活性を示さず、cross-immunity を有して
いると考えられた。また、グラム陰性菌の E. coli には抗菌作用を示さなかった。したがっ
て、Ha33 株はナイシン生産菌と予想された。 そこで、これらの菌株の 16S rDNA を調べ
た結果、B7-2 株および B7-6 株 Pediococcus 属細菌であることが明らかとなった。また、Ha33
株については、さらに PCR および DNA 塩基配列分析によりナイシン Z 遺伝子が検出され、
ナイシン Z 生産乳酸菌 Lc. lactis Ha33 と命名した。これらの分離菌株およびそれらが生産
するバクテリオシンを抗菌性スターターカルチャーや天然の安全な食品保存料として使用
できると考えられた。
表2 B7-2, B7-6, Ha33 および Lactococcus lactis JCM7638 の培養液上清の抗菌スペクトル
Antibacterial activity (AU/ml)
B7-2
B7-6
Ha33
JCM7638
Micrococcus luteus IFO12708
0
0
400
1600
T
Bacillus subtilis JCM1465
800
0
3200
12800
B. circulans JCM2504T
200
0
3200
12800
T
B. coagulans JCM2257
400
0
1600
12800
Listeria innocua ATCC33090T
100
0
1600
1600
T
Lactobacillus sakei subsp. sakei JCM1157
0
0
3200
12800
Lb. plamtarum ATCC14917T
0
400
200
400
T
Lb. casei subsp. casei JCM1134
0
0
1600
1600
Lb. coryniformis subsp. coryniformis JCM1164T
400
0
800
1600
T
Enterococcus faecalis JCM5803
0
400
200
400
Leuconostoc mesenteroides JCM6124T
0
0
800
3200
Pediococcus pentosaceus JCM5885
0
0
400
800
Lactococcus lactis subsp. lactis ATCC19435T
0
0
400
1600
Lc. lactis subsp. lactis JCM7638
200
0
0
0
Escherichia coli JM109
0
0
0
0
The culture supernatants of strains B7-2, B7-6, Ha33 and L. lactis JCM7638 (nisin Z-producing strain) were used for
bioassay after 72 h, 48 h, 10 h and 11 h of cultivation, respectively.
Indicator strain
引用文献
1) 松崎弘美:平成 13 年度熊本県立大学地域貢献研究事業「研究成果概要」
2) Flynn S., van Sinderen D., Thornton G.M., Holo H., Nes I.F. and Collins J.K.: Characterization
of the genetic locus responsible for the production of ABP-118, a novel bacteriocin produced by
the probiotic bacterium Lactobacillus salivarius subsp. salivarius UCC118. Microbiology 148,
973-984 (2002)
研究成果の公表
1) 松崎弘美、寺尾裕美子、福永史子、善藤威史、Nitisinprasert Sunee、中山二郎、園元謙二、
「タイ産鶏腸管から分離した Lactobacillus salivarius AC21 株が生産するバクテリオシ
ン」、平成 15 年度日本農芸化学会大会(東京)、講演要旨集 p.155
2) 松崎弘美、園元謙二、「乳酸菌バクテリオシンの発酵生産」、日本生物工学会乳酸菌工
学研究部会(平成 15 年、熊本)、講演要旨集 p.19-22
3) 三室昭子、向山梓、善藤威史、Sunee Nitisinprasert、中山二郎、園元謙二、松崎弘美、「タ
イ産鶏腸管から分離した Lactobacillus salivarius AC21 が生産するバクテリオシンの構造
解析と発酵生産」、平成 15 年度日本生物工学会大会(熊本)、講演要旨集 p. 83
本研究の一部は、日本学術振興会学術交流事業によるものであり、九州大学農学研究
院の園元謙二教授、中山二郎助教授、タイ国カセサート大学の Sunee Nitsinprasert 博士
との共同研究である。