企業法Ⅰ 商法・会社法序論 商法と会社法の基本概念 1 1 商法の意義 I. 大まかに言えば、企業に関する法の一つの部 門・分野 II. 具体的には: ① ② 形式的 意義の商法 → 「商法」(明治32年3月9日法律第48号)という 名の法律 実質的 意義の商法 →企業を対象とし、企業に特有な生活関係を規制す る法規整の総体(通説:企業法説) III.企業とは:計画的・継続的に営利活動を行う独 立の経済単位(個人企業及び法人企業=会社) IV. 会社法が商法から独立(H17改正) – – 改正後商法(総則)⇒企業のうち個人商人を対象 会社法⇒企業のうち会社を対象 2 2 商法・会社法と民法の関係 • 共通点: 「私人間の生活関係を規律する私法」 • 商法・会社法は企業に特有な生活関係を 対象とするが、民法はこれに限らず一般 の市民の生活関係を規律の対象とする。 それ故、民法は「私法の一般法」と呼ば れ、これに対して、商法・会社法は民法 の「特別法」という関係にある。 3 「特別法は一般法を破る」(優先関係) • 商法は、民法の個々の規定を補充・変更 (例:商事法定利率、商事債権の消滅時効 ) • 商法・会社法は、民法の一般制度の特殊 化された形態を規定 (例:商業使用人、代理商) • 商法・会社法は、民法にはない特殊な制 度を創設 (例:商業登記、商号、商業帳簿 ) 4 3.企業の活動に関する特色 ① 営利性:全ての企業活動は営利の目的に向け られている ② 契約自由(方式自由)の原則 ③ 簡易迅速性 ④ 個性の喪失:取引相手や目的物の個性があま り重視されない ⑤ 定型化:集団的な法律関係を(画一的)に処 理する必要 ⑥ 取引の安全(公示主義・外観主義) ⑦ 安全保障主義・責任加重主義 5 ①営利性 ※営利とは「収支の差額を利得すること」 ・活動主体は「営利人」(営利を目的とし て活動する主体)として規定される (商人:4条1項) ・商人の行為の「有償性」の原則(512条・ 513条など) ・「商事法定利率」の引き上げ(514条) 6 ②契約自由の原則 • 個人の契約関係は、契約当事者の自由な意思によって決 定されるのであって、国家(法律)は干渉してはならないと いう原則:契約を締結するかどうかについての自由(締約 の自由)、どのような相手方と契約をするかについての自 由(相手方選択の自由)、どのような内容の契約をするか についての自由(内容の自由)、どのような方式による契 約をするかの自由(方式の自由)がその内容⇒私的自治 の原則 • 明文で任意法規性を明らかにする規定が多い (521条・544条など) • 「流質契約」の禁止(民349条)の解禁(515条) :商行為によって生じた債権の担保のためであれば認 められる 7 流質契約とは?(民349条) • 質権設定者が、質権設定行為または債務の弁済期前の 契約によって、質権者に弁済として質物の所有権を取得さ せたり、法律の定めた方法(競売)によらずに質物を処分 させる約束をすること。 10万円の借金の 返済として100万円のダイヤ の指輪の所有権を渡す契約 借主 (質権設定者) 100万円のダイヤの指輪を質入 貸主 (質権者) 10万円の消費貸借契約 8 考えてみよう! ※流質契約が民法で禁止されている趣旨は? →債務者の困窮につけ込んだ「暴利行為」を防止 するため(お金を借りる時点では債務者の立場 が弱い) ※では、商行為によって生じた債権の担保のため であれば流質契約が許されるのはなぜか? ・商人は合理的判断ができる ・資金調達の方法は豊富な方がよい(企業金融の 円滑化) ※質権者のためにのみ商行為となる場合はどうか 9 ③簡易迅速性 ※趣旨:企業が営利の目的を実現する ためには、その活動(契約等)が 「集団的」かつ「反覆継続的」に行 われるため、その簡易かつ迅速な締 結および履行が要請される。 具体的には? 10 簡易迅速性の具体的現われ • 商行為の代理(504条):「非顕名主義」 • 契約の申込の効力(507・508条) • 売主の「供託権」・「自助売却権」(524 条) • 「定期売買」の解除(525条) – 参照:契約の解除と定期行為の解除(民法540条、 541条、542条) • 各種債権に関する「短期消滅時効」 – (522条・566条など) 11 ④個性の喪失 • 商取引においては、取引相手の個性 よりも取引の内容が実現されること が重要(誰が取引相手かはあまり問 題にならない) • 問屋の「介入義務」(549条) • 代理人の「履行義務」(504条但書) 12 ⑤定型化 • 本来、契約の方式は自由であるのが原則 であるが、大量の取引を効率的に処理す る要請から取引が定型化・要式化される • 「定型書面」の利用 (株式申込書:会社203Ⅱなど):近時、 電子化、ペーパレス化も進みつつある • 「普通取引約款」の利用 • 取引の「要式化」(法律上は、諾成・不 要式であるが実務上は契約書が交わされ るのが通常) 13 ⑥公示主義 ※趣旨:諸種の事項を公示(情報を 誰もが触れることができる状態に すること)して、取引の相手方で ある第三者を保護し、集団取引の 円滑・安全を保障する キーワード ⇒取引の安全 14 公示主義の具体的現われ • 「商業登記制度」(5、6、8条以下、 会社907条以下) • 会社における「公告制度」(会社939 条以下)→定款の絶対的記載事項で はなくなった(電子公告制度の導 入) • 計算書類・定款・議事録その他の書 類の備置および公示 (会社31、318、440、442条など) 15 ⑥外観主義(表見主義) ※趣旨:外観(見た目)と真実が一 致しない場合に、外観に優位を認 めてそれを標準として問題を解決 する要請⇒見た目を信頼した者が 思わぬ不利益を被ることがないよ うにするため ⇒権利外観法理:民法上は表見代 理などの根拠となる法理 16 外観主義の具体的現われ • 「不実の登記」による責任(9Ⅱ、会908Ⅱ) • 「名板貸人の責任」(14、会社9) • 包括的代理権の制度 (例:「商業使用人」など) • 「表見支配人」(24、会社13)、「表見代表取 締役」(会社354)、「表見代表執行役」(会 社421) • 「善意取得」制度の強化 (参考:民192と小切手法21、商法519Ⅱなど) 17 民法の即時取得との違い ・真の所有者の占有喪失の理由を 問わない、善意・軽過失でよい (悪意・重過失がない限り成立す る) ※参照:民法上の即時取得(民192条)との 比較(取引行為によって、平穏に、かつ、公 然と、善意・無過失) 18 ⑦安全保障主義・責任加重主義 ※趣旨:円滑な企業活動を保障す るため、当事者の期待している 経済上の効果の実現が確保され るような手当が必要 19 具体的現われ • 特別の履行担保責任:(504但書・549・553な ど) • 「無過失責任」:(会社120Ⅳ括弧書、428Ⅰ) • 無過失立証責任(705・560など、会社120Ⅳ、 423Ⅲ) • 注意義務の加重:(591・594など) • 免責約款の効力の制限:(594Ⅲ・739) • 多数当事者の「連帯責任主義」(511など) • 商法上の特別の担保制度「広義の商事留置権」 (31・521など) 20 4.企業の組織に関する特色 ① 資本の糾合:企業の物的基礎となる多額の資本 を集める手段が民法以上に充実 ② 労力の補充:企業に必要な人的基礎となる労 働力を充実させる特殊な制度 ③ 危険(リスク)の分散:損失の危険を多人数 で分担して負担するシステム ④ 「有限責任」制度:当事者の責任を一定額ま たは特定の財産に限定するための制度 ⑤ 企業の維持:企業の社会経済的価値の尊重 21 ①資本の糾合 • 「匿名組合」:当事者の一方が相手方のために出 資をなし、利益の分配を受ける契約(535以下) • 各種会社(会社2条1号):株式(特例有限会社)・合 名・合資・合同 (出資を行い会社の社員になり会社の経営に関 与するとともに、利益の分配を受ける) 22 ②労力の補充 • 民法上の制度:雇傭・委任・請負な どの契約、代理 • 商法上の制度: 商業使用人(支配人 など)、いわゆる補助商(代理商、 仲立人、問屋、運送人など他の商人 の営業を補助する独立の商人) 23 ③危険(リスク)の分散 • 損害保険など • 匿名組合、各種の会社などはこの 効果も有している 24 ④有限責任制度 ※趣旨:大規模企業の成立または大規模企業 への参加を促進する • 人的有限責任(合資会社の有限責任社員、 合同会社・株式会社の社員): 会社債権者に対する責任を一定額に制限 • 物的有限責任(607条:預証券の所持 人など):責任を一定の財産に限定 25 ⑤企業の維持 • 企業の独立性を確保するための 諸制度 –「商号」・会社の「法人格」など • 営業(事業)譲渡、合併、会社 分割、組織変更、持分会社間の 種類の変更(定款変更)など 26 5.商法の適用対象 これを明らかにするために商人と商行為という 二つの概念が用いられるが、その概念の定め方 については、3つの立法主義がある。 i. 客観主義:まず商行為の概念を定め、それを営業 とする者を商人とする立場 ii. 主観主義:まず商人の概念を定め、その営業上の 行為を商行為とする立場(会社法) iii.折衷主義:両者の方法を併用する立場(商法) 27 6.日本の商法の定め方 ア.一定の行為を絶対的商行為および営業的 商行為と定める→これらを併せて基本的 商行為と呼ぶ イ.基本的商行為を営業とする者を商人と定 める:固有の商人と呼ぶ ウ.それ以外の一定の者をも商人とみなす: 擬制商人と呼ぶ エ.固有の商人と擬制商人が営業のためにす る行為をも商行為(附属的商行為)とす る 28 個人商人に限る 絶対的商行為 501条 為 商 営業的商行為 502条 基本的商行為 営業とする 固 有 の 商 人 四 人商 条 一 項 行 附属的商行為 503条 営業のためにする 店舗物販人 (準商行為) 旧523条削除 営業とする行為 鉱業を営む者 民事会社(削 除) 擬 制 商 人 四 条 二 項 商行為を 営業とは しないが、 経営形式 や企業的 設備に着 目して商 人とみな 29 される者 会社の場合 株式会社 会社を右の ように定義する 合名会社 合資会社 (会社2①) 合同会社 (会社2②) 外国会社 事業としてする 事業のためにする 商 行 為 ( 会 社 5 ) つまり、会社は商法501条または502条の商行為 を行うか否かにかかわらず、すべて「自己の名をもっ て(会社3)、商行為をなすことを業とする者」であると いえる=固有の商人(商4Ⅰ) 30 会社法5条と商法503条2項 • 会社には事業としてする行為か、事業のためにす る行為しかありえないので、附属的商行為性の推 定規定(商503Ⅱ)の適用はない(会社法立法担 当者、学説の多数説) • 会社の行為には、事業としてする行為、事業のた めにする行為、そのいずれにも当たらない行為、 が存在するが、会社は商人(4Ⅰ)であり、商 503Ⅱの推定が働くため、商行為性を否定する者 が、事業のためにする行為でないことの主張・立 証責任を負う(判例:最判H20.2.22) 31 7.商人(個人商人に限る)の意義 固有の商人と擬制商人: (営業とする行為)による分類 ア.固有の商人:自己の名をもって商行為をすること を業とする者(4条1項) イ.擬制商人:固有の商人ではないが、商人と「みな される」者(4条2項) a.店舗その他類似の設備によって物品の販売を することを業とする者「店舗物販人」 b.「鉱業」を営む者 32 7.商人の意義 • 小商人(定義は商法施行規則3): – 営業の用に供する財産につき貸借対照表に計上し た額が50万円を超えない商人(会社には適用されな い) • 以下の規定は、小商人には適用されない(7条) – 商業登記に関する規定(5,6,8~10:第3章) – 商業帳簿に関する規定(19:第5章) – 商号の登記に関する規定(11Ⅱ・15Ⅱ・17Ⅱ前) – 店舗使用人に関する規定(26条) 33 8.絶対的商行為と営業的商行為 I 絶対的商行為(501条): ・行為の客観的性質から強度の営利 性があるものとして、営業としてな されるか否かにかかわらず、商行為 とされる ・商人でない者の間で行われた場合で も、民法ではなく商法の規定が優先 して適用される。 34 Ⅱ 営業的商行為 • 商人が営業として行う場合にはじめて商 行為とされる行為(502) • 但し、もっぱら賃金を得る目的で物の製 造や労務に服する者の行為は、商行為で はない(同条柱書き但書) →例:小規模な賃金労働や手内職など • 同条の規定は限定列挙と解されている: 商法の適用の有無を判断する基準となる ため、明確さが重要(38事件参照) 35 9 附属的商行為(503) • 附属的商行為とは:商人が「営業のため に」する行為で、基本的商行為と同様の 規制をうける =本来の営業目的の行為を助ける手段的な行 為(1項) • 例:店舗の借り入れ・購入、従業員の雇用、 営業資金の借り入れ、商品の配送委託等 36 ・附属的商行為の推定(2項) • 趣旨:個人商人の場合、個人の私生活上 の行為か、営業のための行為か明らかで ない場合があり得るので、取引相手の保 護のために商人の行為は営業のためにす るものと推定した =商人と取引する者は、通常商法の適用を念頭に 行為すればよく、商行為ではないと主張する側 が営業のためになされたのではないことを証明 する責任を負う。 37 10 一方的商行為(3) • 当事者のどちらか一方にとって商行為となる行為 については、原則としてその双方に商法が適用さ れる(Ⅰ) • 当事者の一方が複数人の場合で、そのうちの一人 にとって商行為となる行為については、その全員 に対して商法が適用される(Ⅱ) • ただし、当事者双方が商人である場合(商人間の) や、当事者の特定の一方が商人である場合(商人 が)にのみ適用される規定もあるので、個々の規 定について適用範囲を注意する必要がある 38
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