心理学各論 A – II 感覚 第3回 失認 2010年9月13日(月曜日) 第5時限目 B307教室 参考文献 脳神経心理学(朝倉心理学講座4、利島保編、朝倉書店、2006) – 第4章 認知と注意の神経心理学 バイオサイコロジー:脳-心と行動の神経科学(ピネル、西村書店、2005) – 第10章 脳の障害と可塑性 “高次脳機能”という用語について “高次脳機能”という用語について 高次脳機能、高次脳機能障害 – – – “Higher Cortical Functions in Man”(Luria)の訳に基づくものと考えられる ロシア語で書かれた原著の英訳タイトル 英語圏でこの用語が使われることは少ない 英語圏の表現 – – “cognitive dysfunction”, “cognitive disturbances” “neuropsychological symptoms” ⇒ この用語の下位カテゴリとして種々の障害がある 高次脳機能障害 失認 (出典:脳神経, p.134) 失語 健忘 注意障害 遂行機能障害 ・・・ Quiz1: 高次脳機能障害ではないものは? ① 失語 ③ 失認 ② うつ病 ④ 失行 脳障害の原因 脳腫瘍 腫瘍 (tumor)、新生物 (neoplasm) – 体の他の部位とは無関係に増殖する細胞の塊 = がん 髄膜腫 (meningioma) – – – – ヒトの脳に認められる腫瘍の約20% 髄膜 (meninx)から発生する 被包性腫瘍 (encapsulated tumor) ⇒ 自身の膜の内側で発育 CTスキャンで見つけやすい、周囲の組織の圧迫のみ ⇒ 良性腫瘍 (benign tumor) 浸潤性腫瘍 (infiltrating tumor) – – – 周囲組織にびまん性に発育する腫瘍 ⇒ 悪性腫瘍 (malignant tumor) 完全除去は困難、取り残しから再増殖 脳腫瘍の約10%は他からの転移 (metastasis) = 転移性腫瘍 (metastatic tumor) (出典:ピネル, p.183) 脳血管障害 脳卒中 (stroke) – – – – 突発性の脳血管障害で、脳障害を引き起こす 死因の第3位 梗塞巣 (infarct) = 脳卒中により死滅/死にゆく領域のこと 健忘症、失語(言語障害)、麻痺、昏睡 脳出血 (cerebral homorrhage) – – – 脳の血管が破れたときに起こる。血液が周囲組織に漏れ、組織を障害する 動脈瘤の破裂が脳出血の一般的な原因 動脈瘤 (aneurysm) = 血管壁の病的な風船様の膨らみ 脳虚血 (cerebral ischemia) – – – – 脳のある領域への血流の途絶 血栓症 (thrombosis) = 血栓 (thrombus)が血流を途絶 塞栓症 (embolism) = 大きな血管でできた血栓が流れ小さな血管で詰まる 動脈硬化症 (arteriosclerosis) = 脂肪沈着により内腔が狭く/閉塞する – 血管撮影像 (angiogram) による内頸動脈の部分的狭窄(右図) (出典:ピネル, p.184) グルタミン酸の過剰放出 (出典:ピネル, p.185) 閉鎖性頭部外傷 (closed-head injury) 脳挫傷 (contusion) – – – 脳の循環系に障害を与える閉鎖性頭部外傷 脳の内部に出血を起こし、血腫をつくる 血腫 (hematoma) = 臓器や組織の中の局所的な凝血、あざ – 対側衝撃損傷 (contre-coup injury) = ぶつかった側と反対側の頭蓋骨に内側から脳がぶつかることにより 脳挫傷を起こす場合が多い 脳震盪 (concussion) – – 頭部の衝撃後に意識障害が起こり、脳挫傷ではない場合 一時的な障害。永続的な障害を伴わない – 殴打酩酊症候群 (punch-drunk syndrome) = ボクサーや繰り返し脳震盪を受けたヒトに認められる認知症や脳瘢痕障害 – ボクサー認知症 (dementia pugilistic) (出典:ピネル, p.186) 脳の感染 (brain infection) 脳の感染 – 微生物が脳に進入した状態、結果として脳炎(encephalits)を引き起こす 細菌性 – – – 脳膿瘍 (のうよう、brain abscess) = 脳内の膿のたまり 髄膜炎 (meningitis) = 髄膜に感染して炎症を起こしたもの、 ペニシリンや他の抗生物質は感染を取り除くが、生じてしまった脳障害は戻らない 梅毒 (syphilis) = 脳の細菌感染の一種。外陰部の潰瘍(かいよう)接触で、感染者から感染 ウイルス性 – – – 狂犬病 (rabies) = 神経組織との親和性の強いウイルス感染 脳へのウイルス感染による怒り発作 ⇒ 噛み付いて感染を広げる要因 おたふくかぜ(mumps)、ヘルペス(herpes) = 脳に進入するが、主に他の臓器を侵す 進入してから数年間休眠するものが多いため、精神神経疾患に多大な影響を及ぼしている 可能性もあるが、因果関係の特定は現状では困難 神経毒 中毒性精神病 (toxic psychosis) – 水銀や鉛などの重金属は脳に蓄積され、永続的に脳を傷害する 水銀中毒 – – – 18~19世紀のイギリスでは帽子の材料のフェルトを仕上げるのに水銀が使用されていた そのため、帽子屋が気が狂ってしまうことが多かった 例、「不思議の国のアリス」のMad Hatter(気の狂った帽子屋) 鉛中毒 – – 正気でない人(crackpot) = イギリスの貧困層に認められた中毒性精神病に由来 芯に鉛を使用した、ひび割れた(cracked)陶器のポット(pot)でお茶を入れていたことが原因 神経疾患の治療薬 – – – – 1950年代に導入された抗精神病薬は重大な問題を起こした 数年後に、遅発性ジスキネジー(tardive dyskinesia)という運動異常を発症 舌なめずり、吸うような唇の動き、舌を突き出したり回転する、顎を横に動かす、頬を膨らます というような不随意運動 現在は、安全な抗精神病薬が開発されている 遺伝的要因 正常なヒトの細胞は23対の染色体を持っている – – 細胞分裂の異常、異常な染色体を持つ受精卵、異常な数の正常染色体 受精卵の細胞分裂により、この異常が全身の細胞に広がる ダウン症候群 (down syndrome) – – – – 生殖の過程で21番目の染色体が1本余分に作られ、2本ではなく3本となる 遺伝的事故により全出生の0.15%に起こる疾患 容貌の異常: 扁平な頭と鼻、瞼の内側のしわ、低身長 知能の発達の遅れ、重大な合併症 整形外科手術の前 整形外科手術の後 (出典:ピネル, p.187) 自閉症 (autism) – – – – – – 1万人に4人の割合で起こる複雑な神経発達障害 75%は男児、75%は精神発達遅滞を伴う、35%はてんかんを呈する (1) 他社の感情や意図を理解する能力の低下 (2) 社会的関係やコミュニケーション能力の低下 (3) 1つの物や行為に夢中になること サヴァン(savant) = 驚異的な特殊認知や芸術能力を示す人もいる – – – 原因はまだ不明 サリドマイド(睡眠薬)を服用した妊婦に自閉症児が生まれれる確立が高い 小さな奇形が外耳に認められる(四角い形、頭の低い位置、後ろに傾く、先がつぶれている) ⇒ 妊娠の20~24日の間に起きる異常である可能性 短い脳幹: 橋と延髄の接合部が一層欠如 ⇒ ヒトの7番染色体のHoxa 1遺伝子の関与の可能性(これだけではない) – (出典:ピネル, pp.178-79) ウィリアムズ症候群 (Williams syndrome) – – 2万人に1人の割合で起こる複雑な神経発達障害 社交的で、感情移入がうまく、おしゃべり – IQは60程度だが、言語能力に長けている 話をするとき、聴衆を引き込むように、話す速さ、声の大きさ、リズム、表現を変える 特別な認知能力を有する 楽譜は読めないが、絶対音感や、超人的なリズム感を持つものもいる 空間認知能力が極めて劣っている 後頭と頭頂皮質の発達が明らかに悪い (「どこ?」経路の障害の可能性) – – – – – – 心臓の病気にかかりやすい ⇒ エラスチン(elastin)の合成をつかさどる7番染色体の異変が関与する可能性 ウィリアムズ症候群患者の95%で、7番染色体上の一対の遺伝子の片方が欠損 魔法の小人の物語のもととなった可能性 ピクシー(小妖精)、エルフ(森に住んでいる小妖精)、 レプレコン(小さい老人姿の妖精) 背が低い、上を向いた小さな鼻、卵形の耳、大きな口と厚い唇、 はれぼったい目、小さな顎 (出典:ピネル, p.180) Quiz2: 脳障害の原因を6つ挙げなさい 脳障害の6つの原因 1 2 3 4 5 6 種々の対象認知障害 失認 (agnosia) 脳損傷に由来する対象認知の障害 特定の感覚モダリティに限局して対象認知障害が現れる場合に用いる すなわち、他の感覚モダリティを介した場合には問題を示さない 視力障害、聴力障害、痴呆、意識障害、失語により症状を説明できないことが前提 視覚失認 (visual agnosia) = 視覚呈示された対象の認知が困難 聴覚失認 (auditory agnosia) = 電話のベル音やイヌの鳴き声の同定が困難 触覚失認 (tactile agnosia) = 触覚による対象認知が困難 (出典:脳神経, p.71) 視覚失認 (visual agnosia) 統覚型視覚失認 (apperceptive visual agnosia) – – – – 形態知覚の障害が顕著なタイプの視覚失認 視力、明るさの弁別、色覚、運動視のような要素的視覚機能は残存 単純な形態が識別できない それが何かの認知、視覚対象のマッチングや異同判断、模写が阻害される (出典:脳神経, p.72) (Lissauer, 1890) 連合型視覚失認 (associative visual agnosia) – – – – – (Lissauer, 1890) 形態知覚はある程度成立 対象の模写や異同の判断が可能 視覚的に呈示された対象が何であるか分からない 対象の命名や機能の説明、意味的な属性によって複数の対象を分類することが重度に阻害される 模写はできるが、それが何か分からない(下図) (出典:脳神経, p.73) ハンフリーズらの視覚失認の分類 33 感覚情報処理班 感覚情報処理班 11 22 両側後頭葉 1 初期視覚野 右頭頂葉 3「どこ?」経路 左頭頂葉 左側頭葉 両側側頭葉 2 「何?」経路 (出典:脳神経, p.74) Quiz3: (A) (B) (C) (D) (E) (F) 視覚失認の6つのタイプを答えよ 視覚対象認知過程に関するモデル 特徴分析 過程 イメージ 33 特徴統合と 群化の過程 構造的知識 との照合過程 意味的知識 との照合過程 1 2 初期視覚野 両側後頭葉 「何?」経路 両側側頭葉 感覚情報処理班 感覚情報処理班 11 22 (出典:脳神経, p.75) 相貌失認 (prosopagnosia) 「顔」刺激に対して選択的に生じる視覚対象認知障害 – – – 親しい人物や自分の顔を見ても視覚的手がかりのみでは誰だかわからない 声を聞くとすぐに分かる 服装や髪型によって同定することは可能 – – 歯ブラシ、テレビ、などの日常品は基礎レベル(basic level)で対象認知が成立 顔は、誰々の顔という基礎レベルより下位の分類を瞬時に行う必要がある ⇒ 相貌失認患者ではこの能力が劣っている可能性 地誌的失見当 (topographical disorientation) 33 感覚情報処理班 感覚情報処理班 11 熟知した場所や新規の場所で道に迷う – – 自宅や自宅付近などの熟知した場所、病棟内のように発症後に新たに経験した場所など 痴呆、意識障害、半側空間無視などとは独立に、脳内の限局病変によってあらわれる – – 街並失認(環境失認): どんな場所でも初めて見る街に見えるため道に迷う 道順障害: 目的地までの道順を想起することの障害 – 地誌的失見当の再分類(Aguirre & D’Esposito, 1999) 22 頭頂葉 3「どこ?」経路 2 (出典:脳神経, p.78) 紡錘状回 「何?」経路 Quiz4: (A) (B) (C) (D) 地誌的失見当の4つのタイプを答えよ
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