心理学各論 A – II 言語 第14回 失語症 2010年9月16日(木曜日) 第3時限目 B307教室 参考文献 脳神経心理学(朝倉心理学講座4、利島保編、朝倉書店、2006) – 第5章 言語の神経心理学 バイオサイコロジー:脳-心と行動の神経科学(ピネル、西村書店、2005) – 第10章 脳の障害と可塑性 失語症と脳の損傷部位 失語症 脳の言語野の損傷に由来する、符号としてのコトバを操作することの障害 – – 人は日常のコミュニケーション環境の中で、自然に言葉を獲得し母語を身につける ある日突然起こる脳損傷によって、正常だった言葉の使用が困難になった状態 失語症と区別されるコミュニケーション障害 – – – 末梢性の受容器や効果器の損傷による言語障害 大脳の左右両半球にわたる非限局性の脳病変に基づく認知症 種々の精神疾患や意識障害に伴う言語の異常 – 発声障害(声が出ない、声が出にくくなる、異常な声質になる)も除く (出典:脳神経, p.92) 失語症状 流暢性の問題 – – 自発話の滑らかさ。流暢/非流暢で区別。 大脳前方言語野損傷では、非流暢で発語失行(構音、韻律の問題)が現れやすい 聴覚的な理解力の障害 – – – 人から言われたコトバの理解が困難になる障害 (耳の聞こえ自体は問題ない) 語音認知の障害: 音韻の把握が困難、復唱も困難 意味理解の傷害: 言われたコトバの意味が分からない状態、復唱できるが意味は分からない 復唱の障害 – – – 復唱: 聴いたコトバをそのまま同じように繰り返す(発話する)こと 語音認知の障害、構音の障害、聴覚的な把持力の障害、音の系列化の障害 左シルビウス溝周辺領域が損傷されると復唱能力が障害される 喚語障害(呼称障害) – – – 意図したことばを適切に想起して表出することができなくなる状態 脳内にある語彙目録から目指す語彙項目を回収する能力の障害 影響: 使用頻度(高低)、具象性(具体語、抽象語)、心象性(高低)、親密度(高低)、意味カテゴリ • • 心象性: 単語の心理的イメージの想起のしやすさの程度 意味カテゴリ: 生物/無生物、動物/植物、乗り物、色、身体部位、、、 (特定のカテゴリのみの障害もある) 統語の障害 – – 文を話すために必要な統語規則を用いて、語をつなぎ合わせることが困難な状態 頭頂葉損傷が原因とする説もある 文字の障害 失語症タイプの臨床的判定過程 (出典:脳神経, p.97) Paul Broca 氏 フランスの医師 ブローカ野という名前は、19世紀の医師ポー ル・ブローカの名からつけられた。 Paul Broca (1824 - 1880) (出典: http://www.itfnoroloji.org/semi2/Broca.jpg) 「タン、タン」としか発語できない男性が若い 頃から患者としてブローカ医師の病院に来てい た。その患者は中年になり右半身マヒが出て寝 たきりになった。さらに病状が悪化して186 1年に入院した。“タン氏”は語の理解はできる が発語が困難と診断された。死亡後、解剖して 「ブローカ野」と呼ばれるようになる部位に、 脳梗塞の病変をみつけた。 (出典: ウィキペディア ) ブローカ失語 (Broca’s aphasia) 一次運動野 発話は、発語失行のため、非流暢で短く努力的 で、構音の置換や歪み、ぎこちなさがみられる。 前頭前野 喚語の障害や文の形式で話すことの障害 × 聴覚的な理解力は良好 病巣: 深部 ブローカ野とその近接領域、またその ブローカ野 「運動性失語」 名前 ね! × お名前 は? ・・・・ ・・ (出典:ヒルガード, p.58、ピネル, p.152) Carl Wernicke 氏 ドイツの医師 ウェルニッケ野という名前は、19世紀の医師 カール・ウェルニッケの名からつけられた。 Carl Wernicke (1848 - 1905) カール・ウェルニッケが違うタイプの失語症の 患者を扱い、左脳の側頭葉のある部位に病変を みつけた。1881年のことである。その患者 は、多弁によく発語するのだが、意味ある話に なっていない。言葉の意味内容の理解が阻害さ れていると考えられ、「感覚性失語」とか「受 容性失語」呼ばれる。該当する病変の個所を 「ウェルニッケ野」と呼ぶ。 (出典: http://www.iqb.es/historiamedicina/personas/bpics/wernicke.jpg) (出典: ウィキペディア ) ウェルニッケ失語 (Wernicke’s aphasia) 流暢で多弁な発話、聴覚的な理解力の著しい障 害 前頭前野 文レベルの発話がみられるものの、音韻性錯誤、 意味性錯誤、新造語、ジャルゴンが混在するた め、まとまりのない空虚な発話 病巣: 縁上回 × ウェルニッケ野を含む側頭葉、角回、 一次聴覚野 ウェルニッケ野 「感覚性失語」 ??? × お名前 は? #%& $! (出典:ヒルガード, p.58、ピネル, p.152) Quiz1&2: 映像の症例の失語症タイプを答えよ ① 全失語 ③ ウェルニッケ失語 ② ブローカ失語 ④ 伝導失語 失語症の主要タイプ ブローカ失語 (Broca’s aphasia) ウェルニッケ失語 (Wernicke’s aphasia) 失名詞(健忘)失語 (anomic (amnesic) aphasia) – – – – 相対的に軽度な失語。流暢な発話の中に名詞の喚語困難が目立つ 迂回表現を用いた説明がみられる (りんごを「赤いもので、食べるんだけど、丸くて」など) 他の失語から回復して失名詞失語になる場合、当初からこのタイプの場合がある 病巣: 一定しない 伝導失語 (conduction aphasia) – – – 流暢な発話であるが、自発話、呼称、復唱のいずれにも著しい音韻性錯誤がみられる 音韻性錯誤の修正のために、自己修正を繰り返す接近行動が現れることが多い 病巣: 縁上回を中心とするシルビウス溝深部 全失語 (global/total aphasia) – – – – 全ての言語様式が重度に障害された状態 有意味な自発話はほとんどみられない 状況に応じた適切な挨拶、系列後を言うこと(1とヒント、その後10まで数える)はできることもある 病巣: 左中大脳領域の広範囲 (失語症以外の高次脳機能障害の合併が多い) Quiz3: さい ブローカ失語の特徴と病巣を説明しな お名前 は? Quiz4: さい ウェルニッケ失語の特徴と病巣を説明しな お名前 は? 言語と脳の障害 失語症患者の脳の損傷部位の例 多くの失語症患者は、広範囲の脳損傷があるため、 患者研究から特定の皮質言語領域の正確な位置決定は難しい (出典:ピネル, p.327) 障害部位とその後の回復の症例 (出典:ピネル, p.327) ⇒ 言語機能が永続的に障害されることはない 脳の損傷部位別の言語関連能力への影響 (出典:ピネル, p.328) (出典:ピネル, p.329) 皮質刺激による発語の阻害 (出典:ピネル, p.330) 失語症検査 検査の目的 失語症に対する評価の目的は、失語症者の現在の症状を把握し適切なリハビリ テーションを行うための基礎資料とすること 基礎資料の収集 – – – – 失語症検査の実施 失語症者とコミュニケーションをとる 日常場面での様子を観察 家族から失語症者の様子を聞く 一般的な検査の順序 – – – – – 言語障害に対するスクリーニング検査 総合的失語症検査 言語機能に関する各種掘り下げ検査 コミュニケーション能力の検査 言語機能と関連した認知機能の検査 全ての検査を行うのではなく、失語症者の状態を明らかにする上で必要な検査を 選択し、失語症者に過度の負担をかけないように配慮することが大切 スクリーニング検査の一例 (出典:脳神経, p.102) (出典:脳神経, p.102) スクリーニング検査を試しに実施してみなさい 7.絵の名前を言う 8.風景画の説明 11.文章の音読 あるとき、北風と太陽が力比べをしようとする。そこで、旅 人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。 まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとす る。しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてし まい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。 次に、太陽が燦燦と照りつけた。すると旅人は暑さに耐 え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまった。 これで、勝負は太陽の勝ちとなった。 総合的失語症検査の概要 (出典:脳神経, p.103) 失語症関連の検査 スクリーニング検査 総合的な失語症検査 掘り下げ検査 (deep test) – – 失語症語彙検査 (A Test of Lexical Processing in Aphasia) 単語の理解と産出に焦点を絞ったテスト LALA失語症検査 (Sophia Analysis of Language in Aphasia) 日英の共同研究によって刊行された失語症検査 コミュニケーション能力の検査 – – 実用コミュニケーション能力検査 (Communication ADL Test) 日常のコミュニケーション活動34項目を検査室で模擬的に行って検査 談話を調べる 実際の談話や会話の分析をして、テストには表れない問題を探る 失語症診断にかかわる高次脳機能障害の検査 – 高次脳機能障害(失行、失認、記憶障害、精神機能低下、遂行機能障害など)を併せ持つため、 症状に応じて必要な検査を行い、適切な診断や援助に結びつけることが大切 失語症とリハビリテーション ICFの理念のリハビリテーションに活かす ICF (International Classification of Functioning, Disability and Health) 国際生活機能分類 「生活機能」構造モデル – キーワード: 心身機能・身体構造、活動、参加 ICFの理念のリハビリテーションに活かす(上田, 2004) – – – 心身機能のみでなく、活動と参加を重視する総合的な把握をする 個別的・個性的な目標・プログラムを実施する マイナス(障害)でなくプラス(生活機能)を重視する 失語症のリハビリテーションの3側面 – – – 心理・社会面の援助 実用的コミュニケーションの援助 言語機能回復に対する援助 リハビリテーションにおける援助 心理・社会面の援助 – – – – – – コミュニケーションや社会参加のバリアを取り除くことが重要: 環境面でのバリア (例、皆がそろって一斉に話す) 構造面でのバリア (例、会合のときには明らかに、自分の思ったことを言い表すのはかなり難しい) 態度面でのバリア (例、レストランやパブに行くと、完全に無視される) 情報面でのバリア (例、いつでも質問できるとは限らない) ⇒ 失語症者と社会とのコミュニケーションのスロープとなる会話相手の存在(その養成)が重要 実用的コミュニケーションの援助 – – – – – – PACE訓練(promoting aphasics’ communicative effectiveness)の4原則: 臨床家と失語症者とのあいだに新しい情報の交換がある 失語症者は新しい情報を伝えるために用いる伝達手段を自由に選択できる 臨床家と失語症者は、伝達内容の送信者、受信者として同等の立場で参加する 臨床家によるフィードバックは、失語症者が内容の伝達に成功したかどうかに対して与えられる 例、絵を描いたカードを裏向きに積み重ね、相手に見えないように1枚ずつとって、 その内容について様々な手段を用いて交互に伝達しあう 言語機能回復に対する援助 – – – 話す、聞く、読む、書く、の言語機能そのものにはたらきかける方法 聴覚的な弁別や把持、構音やプロソディ、単語の理解や呼称、分または長文の理解や表出、読み書 き、かな文字の操作など シュールによって集大成された刺激法が代表的 シュールによる失語症治療の6原則 (出典:脳神経, p.110) Quiz5: は? 失語症者の援助としてあなたにできること
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