物理システム工学科3年次 物性工学概論 第火曜1限0023教室 第12回 スピンエレクトロニクスと材料[2] 磁性の基礎 大学院ナノ未来科学研究拠点 量子機能工学分野 佐藤勝昭 第11回に学んだこと 磁界の定義 電流による定義 力による定義 両者をつなぐもの 磁界の発生と計測 磁気モーメントと磁化 磁性に親しもう 磁性体を特徴づけるもの:磁気ヒステリシス 磁性体は何に応用されているか 永久磁石 磁石になる元素たち 磁界の定義(1) 電流による定義 単位長さあたりnターンのソレノイドコイルに電流I [A] を流したときにコイル内部に発生する磁界*の強さH [A/m]はH=niであると定義する。 *応用磁気系用語では磁界、物理系用語では磁場という。 いずれも英語ではmagnetic fieldである。 q2 q1 r 磁界の定義(2) q1 F F -q2 r 2. 力による定義 ・距離r だけ離れた磁極q1[Wb] と磁極q2[Wb]の間に働 く力F[N]は、磁気に関するクーロンの法則 F=kq1q2/r2 で与えられる。kは定数。 磁極q1がつくる磁界H中に置かれた磁極q2 [Wb]に働く 力F[N]はF=q2Hで与えられるので、磁界の大きさは H=kq1/r2で表される。 2つの定義をつなぐ q1 q2 F H 一方、q1から磁束が放射状に放出しているとして、半径rの 球面を考える。 ガウスの定理により4r2B=q1であるからB=q1/4r2 磁束密度B [T=Wb/m2]とHを結びつける換算係数0を導入 するとB=0H となる。 するとH=q1/40r2. となり、これよりクーロンの式の係数kはk=1/40となる。 従って、クーロンの式は F=q1q2/40r2 +[T]はテスラ、[Wb]はウェーバーと読む。 cgs-Gauss系の単位[G](ガウス)との関係は、1[T]=10000[G] 真空の透磁率0は、410-7[H/m] ここに[H]はヘンリーと読む。 SI単位系とcgs-emu単位系 磁界Hの単位:SIではA/m、cgsではOe(エルステッド) 磁束密度Bの単位:SIではT(テスラ)、cgsではG(ガウス) 1[T]=1[Wb/m2]=10000[G] B=0H+M; cgsではB=H+4M 0=410-7[H/m]; 真空中でH=1[A/m]の磁束密度は 410-7[T]=1.256[T] cgsで測ったH=1[Oe]=79.7[A/m];B=100 [T]=1[G] 磁化M:単位体積[m3]あたりの磁気モーメント[Wb・m] M=1[Wb・m-2] →M=(10000/4)[emu]=796[emu] 1[A/m]=410-3[Oe]=0.0126[Oe] 1[Oe]=(4)-1103[A/m]=79.7[A/m] 磁界の発生 電磁石 空心ソレノイドコイル せいぜい10mT 空心電磁石 ソレノイド 1cmあたり100ターン 1Aの電流を流すと 10000A/m、磁束密度 は4πx107x104=12.6mT 超伝導電磁石 10cmに1000ターン、 100A流すと 106A/m;1.26T 鉄心電磁石 約B=2T程度 水冷コイル 超伝導コイル 最大10T 鉄心電磁石 磁極と磁気モーメント 磁石には、N極とS極がある。 磁界中に置かれた磁性体にも磁極が誘起される。磁極 は必ず、NSの対で現れる。(単極は見つかっていない) 磁極の大きさをq [Wb]とすると、磁界によってNSの対に 働くトルクは-qdHsin [N・m]=qdsin [Wbm] H[A/m] 必ずNとSが対で現れるならm=qrを磁性を扱う基本単位 と考えることが出来る。これを磁気モーメントという。単 位は[Wbm] 磁気モーメント rsin qH +q [Wb] r 磁気モーメント -qH m=qr [Wbm] 一様な磁界H中の磁気モーメントに働くトルクTは T=qH r sin=mH sin -q [Wb] 磁気モーメントのもつポテンシャルEは E=Td= mH sin d=1-mHcos ポテンシャルの原点はどこにとってもよいから E=-mH m//Hのときエネルギーは極小になる。 mはHに平行になろうとする。 単位:E[J]=-m[Wbm] H[A/m]; (高梨:初等磁気工学講座)より 磁界(磁場)H、磁束密度B、磁化M 磁界H中に置かれた磁化Mの磁性体が磁束密 度は、真空中の磁束密度に磁化による磁束密 度を加えたものである。すなわち、B=0H+M M B=0H 真空中での磁束密度 B=0H+M 磁性体があると磁束密度が 高くなる。 磁化 磁性体に磁界を加え たとき、その表面には 磁極が生じる。 この磁性体は一時的 に磁石のようになるが、 そのとき磁性体が磁化 されたという。 (a) (b) (高梨:初等磁気工学講座)より 磁化の定義 ミクロの磁気モーメントの単 位体積あたりの総和を磁化と いう。 K番目の原子の1原子あたり の磁気モーメントをkとする とき、磁化Mは式M= kで 定義される。 磁気モーメントの単位は Wbmであるから磁化の単位 はWb/m2となる。 (高梨:初等磁気工学講座)より 磁化曲線 磁性体を磁界中に置き、磁界を増加していくと、磁 性体の磁化は増加していき、次第に飽和する。 磁化曲線は磁力計を使って測定する。 VSM:試料振動型磁力計 試料を0.1~0.2mm程度のわずかな振幅 で80Hz程度の低周波で振動させ、試料の 磁化による磁束の時間変化を、電磁石の 磁極付近に置かれたサーチコイルに誘起 された誘導起電力として検出する。誘導起 電力は試料の磁化に比例するので、磁化 を測定することができる。 スピーカーと同じ振動機構 磁極付近に置いたサーチコイル 電磁石 Y2BiFe4GaO12の磁気ヒステリシス 0.05 面内・面直 方向の比較 面内方向 磁化(T) 0 -60000 -40000 -20000 0 面直方向 20000 40000 60000 磁場(A/m) -0.05 磁性体を特徴づけるもの(1) 磁気ヒステリシス 強磁性体においては、そ の磁化は印加磁界に比 例せず、ヒステリシスを 示す。 O→B→C:初磁化曲線 C→D: 残留磁化 D→E: 保磁力 C→D→E→F→G→C: ヒステリシスループ 縦軸:磁化 横軸:磁界 (高梨:初等磁気工学講座テキスト) 磁性体を特徴づけるもの(2) 自発磁化の温度変化 強磁性体の自発磁化の 大きさは温度上昇ととも に減少し、キュリー温度 Tcにおいて消滅する。 Tc以上では常磁性であ る。常磁性磁化率の逆数 は温度に比例し、ゼロに 外挿するとキュリー温度 が求まる。 磁気ヒステリシスと応用 保磁力のちがいで 用途が違う Hc小:軟質磁性体 磁気ヘッド、変圧器鉄心、 磁気シールド Hc中:半硬質磁性体 磁気記録媒体 Hc大:硬質磁性体 永久磁石 このループの面積がエネルギー積 磁石(永久磁石)は何で出来ている? 鉄? いいえ。鉄だけの磁石はありません アルニコ磁石(AlNiCoFe) 1930年代に開発 フェライト磁石(BaFe12O19 or SrFe12O19 ) 1936年加藤与五郎、武井武博士(東工大)が発明 サマコバ磁石SmCo5 1960年代に開発 ネオジム磁石Nd2Fe14B 1982年佐川眞人さん(当時住友特殊金属勤務)が発明 磁石のいろいろ www.26magnet.co.jp/ webshop/top_menu.htmlより フェライト磁石 ネオジム磁石 BaFe2O4 NdFe2B14 ラバー磁石 サマコバ磁石 SmCo5 キャップ磁石 アルニコ磁石 FeAlNiCo 磁石応用製品 永久磁石の最大エネルギー積(BH)max の変遷(http://www.aacg.bham.ac.uk/magnetic_materials/history.htm) どのような物質が磁性体になるのか 外部磁界をかけなくても物質が磁化をもってい るならば、その磁化を自発磁化という。 自発磁化をもつ磁性体を広義の強磁性体という が、これには、狭義の強磁性体、フェリ磁性体等 があるが、ほとんどの(広義の)強磁性体は、3d 遷移金属および4f希土類金属の合金、あるい は、化合物である。 磁石をつくる元素たち 3d 遷移金属 室温で強磁性を示す金属元素:Fe, Co, Niのみ 合金や金属間化合物を作ると強磁性になる元素: Mn (MnAs, MnSb, MnBi, MnAl, MnGa, Mn5Ge3, PtMnBi等), Cr (CrO2, Cr3Te4, CdCr2Se4) 4f希土類金属 室温で強磁性を示す希土類はない。 Gd, Dyは低温で強磁性を示す 3d遷移金属 3d遷移金属:Sc, Ti, V, Cr, Mn, Fe, Co, Ni Arの閉殻(1s22p63s23p6)+3dn4s2 3d軌道には5個の軌道があり、スピンまで入れて10個 の状態がある。 遷移金属では3d軌道を部分的にしか満たさずに、4s 軌道を占有する。(不完全内殻) このため、不対スピンが生じ原子磁気モーメントをもた らす。室温で強磁性を示すのは、Fe, Co, Niの3つの み。 3d遷移金属の磁性 Ti 常磁性 V 常磁性 Cr 反強磁性(スピン密度波) TN=308K Mn反強磁性(螺旋磁性) TN=100K 常磁性@RT Fe 強磁性 m=2.219 B/atom Tc=1043K Co 強磁性 m=1.715 B/atom Tc=1388K Ni 強磁性 m=0.604 B/atom Tc=631K Cu 反磁性 希土類金属 La, Ce, Pr, Nd, Pm, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb 不完全4f殻を有している。 遷移金属と組み合わせると磁石材料になる 例:SmCo, Nd2FeB14, 希土類遷移金属アモルファス合金はMO媒体材料 例:TbFeCo, GdFeCoなど 希土類金属の磁性 元素 すべての4f希土類金属はGdを除き室温では常磁性 キュリー温度 ネール温度 Ce 12.5 反強磁性→常磁性 Pr 25 反強磁性→常磁性 Nd 19 反強磁性→常磁性 Sm 14.8 反強磁性→常磁性 Eu 90 反強磁性→常磁性 Gd 293 Tb 222 229 強磁性→反強磁性→常磁性 Dy 85 179 強磁性→反強磁性→常磁性 Ho 20 131 強磁性→反強磁性→常磁性 Er 20 84 強磁性→反強磁性→常磁性 強磁性→常磁性 強磁性の3d金属と 合金化することに よって、磁気モーメン トが配向され、強い 強磁性を示す。 SmCo5 NdFe2B14 GdCo TbFe 磁性の起源 磁石をどんどん小さくすると 磁極は必ずペアで現れる 究極のミニ磁石→原子磁気モーメント 磁気モーメントの起源:角運動量 軌道角運動量 スピン角運動量 磁気をそろえ合う力 磁石を切るとどうなる 磁石は分割しても小さな磁 石ができるだけ。 両端に現れる磁極の大きさ (単位Wb/cm2)は小さくして も変わらない。 N極のみ、S極のみを 単独で取り出せない。 岡山大のHPより (http://www.magnet.okayamau.ac.jp/magword/domain/) 究極の磁石:原子磁気モーメント +q [Wb] さらにどんどん分割して 原子のレベルに達しても 磁極はペアで現れる この究極のペアにおける 磁極の大きさと間隔の積を 磁気モーメントとよぶ 原子においては、電子の軌 道運動による電流と電子の スピンよって磁気モーメント が生じる。 r 磁気モーメント m=qr [Wbm] -q [Wb] 原子磁石 環状電流と磁気モーメント 電子の周回運動→環状電流 -e[C]の電荷が半径a[m]の円周上を線速 度v[m/s]で周回 →1周の時間は2a/v[s] →電流はi=-ev/2πa[A]。 磁気モーメントは、電流値iに円の面積 S= a2をかけることにより求められ、 =iS=-eav/2となる。 一方、角運動量は=mav であるから、これ を使うと磁気モーメントは =-(e/2m) となる。 r -e N S 軌道角運動量の量子的扱い 量子論によると角運動量は を 単位とするとびとびの値をとり、 電子軌道の角運動量はl=Lで ある。Lは整数値をとる =-(e/2m) に代入すると次式を 得る。軌道磁気モーメント l=-(e/2m)L=- BL ボーア磁子 B=e/2m =9.2710-24[J/T] 単位:[J/T]=[Wb2/m]/[Wb/m2]=[Wbm] もう一つの角運動量:スピン 電子スピン量子数sの大きさは1/2 量子化軸方向の成分szは±1/2の2値をとる。 スピン角運動量は を単位としてs=sとなる。 スピン磁気モーメントはs=-(e/m)sと表される。 従って、s=-(e/m)s=- 2Bs 実際には上式の係数は、2より少し大きな値g(自由電 子の場合g=2.0023)をもつので、 s=- gBsと表さ れる。 スピンとは? ディラックの相対論的電磁気学から必然的に導 かれる。 スピンはどのように導入されたか Na(ナトリウム)のD線のゼーマン効果(磁界をかけ るとスペクトル線が2本に分裂する。)を説明するた めには、電子があるモーメントを持っていてそれが磁 界に対して平行と反平行とでゼーマンエネルギーが 異なると考える必要があったため、導入された量子 数である。 電子スピン、核スピン 電子の軌道占有の規則 1. 2. 3. 各軌道には最大2個の電子が入ることができる 電子はエネルギーの低い軌道から順番に入る エネルギーが等しい軌道があれば、まず電子は1個 ずつ入り、その後、2個目が入っていく n=3 M-shell n=2 L-shell n=1 K-shell 3s, 3p, 3d 軌道 最大電子数 2+6+10=18 2s, 2p 軌道 最大電子数2+6 1s 軌道 最大電子数2 主量子数と軌道角運動量量子数 主量子数 n 軌道角運動量量子数 l=n-1, .... ,0 n l m 軌道 1 0 0 1s 2 0 0 2s 2 2p 6 3s 2 3p 6 3d 10 4s 2 4p 6 4d 10 4f 14 2 1 1 0 3 1 2 1 0 -1 1 0 -1 0 -2 0 1 2 3 -1 0 2 4 0 3 1 0 -1 2 1 0 -1 -2 2 1 0 -1 -2 -3 縮重度 元素の周期表 3d遷移金属 希土類金属 軌道角運動量量子と電子分布の形 1s s, p, d, f は軌道の型を表し、それぞれが方 位量子数l=0, 1, 2, 3に対応する。sには電子 分布のくびれが0であるが、pには1つのくびれ が、dには2つのくびれが存在する。 2s 2p 3d 局在した原子(多電子系)の合成角運動量 軌道角運動量の加算 軌道角運動量(方位)量子数をlとすると、その量子化方 向成分(磁気量子数)m=lzは、 l, l-1・・・-l+1, -lの2l+1と おりの値を持ちうる。 1原子に2個のp電子があったとする。 p電子の方位量子数lは1であるから、磁気量子数は m=1, 0, -1の3つの値をもつ。原子の合成軌道角運動量 L=2、Lz=2, 1, 0, -1, -2をとる。 フントの規則 原子が基底状態にあるときのL, Sを決める規則 1. 2. 3. 4. 原子内の同一の状態(n, l, ml, msで指定される状態)には1個 の電子しか占有できない。(Pauli排他律) 基底状態では、可能な限り大きなSと、可能な限り大きなLを 作るように、sとlを配置する。(Hundの規則1) 上の条件が満たされないときは、Sの値を大きくすることを優 先する。(Hundの規則2) 基底状態の全角運動量Jは、less than halfではJ=|L-S| 、 more than halfではJ=L+Sをとる。 多重項の表現 左肩の数字 2S+1 (スピン多重度) 中心の文字 Lに相当する記号 S=0, 1/2, 1, 3/2, 2, 5/2に対応して、1, 2, 3, 4, 5, 6 読み方singlet, doublet, triplet, quartet, quintet, sextet L=0, 1, 2, 3, 4, 5, 6に対応してS, P, D, F, G, H, I・・・ 右下の数字 Jz 例:Mn2+(3d5) S=5/2 (2S+1=6), L=0 (→記号:S) 6S 5/2 遷移金属イオンの電子配置 -2 -1 0 1 2 3d1 3d2 3d6 3d7 3d3 3d4 3d5 3d9 3d10 -2 -1 0 1 2 3d8 演習コーナー 3価遷移金属イオンのL,S,Jを求め多重項の表現を 記せ イオン 電子配置 Ti3+ [Ar]3d1 V3+ [Ar]3d2 Cr3+ [Ar]3d3 Mn3+ [Ar]3d4 Fe3+ [Ar]3d5 Co3+ [Ar]3d6 Ni3+ [Ar]3d7 L S J 多重項 3価遷移金属イオンの磁気モーメント ここではスピン、軌道ともに寄与するものとせよ。(固 体中に置かれたときは、軌道の寄与は消滅する) 磁気モーメント=-(L+gS) B-(L+2S) B 軌道:l=-(e/2m)L=- BL スピン:s=- gBs J 2 S 2 L2 g J 1 total =- BL- gBs 2J 2 =-(L+gS)B-(L+2S) B=-gJ BJ ここにJは全角運動量、gJはLandeのg因子 例:Cr2+(3d4); L=2, S=2, J=0; total =0 Fe2+; L=2, S=2, J=4; gJ=3/2; total =-3 B 軌道角運動量とスピン角運動量の寄与 3d遷移イオン:磁気モーメントの実験値:スピンのみの値に一致(軌道角運 動量の消滅) 4f希土類イオン:磁気モーメントの実験値:全角運動量による値と一致
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