北海道大学法学部 2015年度夏学期専門科目 法と経済学Ⅰ 第12回 2015/07/16 北海道大学大学院法学研究科・法学部 教授・会沢 恒 [email protected] 2 資料の配付について – レジュメやその他の資料は http://lex.juris.hokudai.ac.jp/~aizawa/educ/15Compara tiveLaw/15ComparativeLaw.htm – にて電子的に配付する – 原則として、授業の12時間前=水曜22:30までにアップロード 予定 – 一部のデータについては一定期間経過後に削除することがあ るので注意すること 今後の予定 第12回 第13回 第14回 第15回 7月16日(木) (今日) 7月23日(木) 7月28日(火) 5講目 於W203 7月30日(木) 2講目 於5番教室 4 契約救済法 林田清明『法と経済学』(第2版、信山社、2002年)12 シャベル/田中・飯田訳『法と経済学』(日本経済新聞出 版社、2010年)第13章6、7、第15章2、3 クーター&ユーレン/太田訳『法と経済学』(新版、商事法 務、1997年)第4章4、7 樋口範雄『アメリカ契約法』(第2版、弘文堂、2008年)第3 章、第4章、第13章 5 本当に$50000で妥結する のか? ($45000) S B ($55000) $50000 $59000 C ($63000) – 留保価格/BATNA – 「Bは$55000以下であれ ば買うつもり」と知っている S – 「Sは$45000以上であれ ば売るつもり」と知ってい るB – ZOPAとその分割 • 公正さ? 6 契約救済法①損害賠償か履行の強制か? 契約で約定されている履行がなされなかった場合の救済 としては、①契約内容の実現と②損害賠償(のみ)との いずれが望ましいか? →コースの定理の成立する状況ではいずれでも違いはな い – 財の配分に違いはない – 社会全体の余剰に違いはない – 但し余剰の分配に違いは出てき得る →いずれが望ましいかは、取引費用をどう見積もるか次 第 7 損害賠償ル-ルのほうが取引費用が小さい(かも) – 1回の移転で済む – 無理やり S に履行させるより、B は代替品を調達して費用の みを償還するほうが簡便 – 再交渉がうまく成立するとは限らない • C は必ずしも B を探し出すとは限らない • ホールドアップ問題 8 特定履行ル-ルのほうが取引費用が小さい(かも) – S が代替品を調達して引き渡せばよい – 紛争解決費用 • 特に、裁判所の過誤 error cost • 中でも idiosyncratic value の評価の問題 – (→英米法においても特定履行が認められる場合) • “Specific performance may be decreed where the goods are unique or in other proper circumstances.” U.C.C. §2-716(1). 9 契約救済法②損害賠償の算定基準 履行利益(期待利益) – 契約が履行されたとすれば債権者が得たであろう利益 信頼利益 – 契約の履行を信頼した(あてにした)ことによって失った利益 – 通常、履行利益より小さい • 契約を通じて得られるだろうものより多くを出捐する者はいない (参考)原状回復利益 – 債権者が債務者に給付していた物・価値を戻す 10 機械の供給契約の数値例 買主にとっての価値=100 売主による製造費用は変動し得る – 30%で低コスト=20 – 50%で中コスト=60 – 20%で高コスト=200 ※社会全体から見て、高コスト時に履行されるのは非効 率 ←「完全な契約」の下では、費用が履行の価値を下回る場 合にのみ履行がなされ、上回る場合にはなされない 11 可能な契約案① – – – – 絶対に履行がなされるものとする 代金80 買主にとってのこの契約の価値=-80+100=20 売主にとってのこの契約の価値 • =(-20+80)×30%+(-60+80)×50%+(-200+80)×20% • =4 →高コスト時には履行しない代わりに、代金を65に減額 – 売主にとっての新契約の価値 • =(-20+65)×30%+(-60+65)×50%+0×20% • =16 – 買主にとっての新契約の価値 • =(-65+100)×(30%+50%)+0×20% • =28 12 可能な契約案② – 低コスト時にのみ履行がなされるものとする – 代金50 – 買主にとってのこの契約の価値 • =(-50+100)×30%+0×(50%+20%) • =15 – 売主にとってのこの契約の価値 • =(-20+50)×30%+0×(50%+20%) • =9 →中コスト時にも履行する代わりに、代金70に増額 – 売主にとっての新契約の価値 • =(-20+70)×30%+(-60+70)×50%+0×20% • =20 – 買主にとっての新契約の価値 • =(-70+100)×(30%+50%)+0×20% • =15 13 不履行時に履行利益を賠償するものとする場合 代金75 →買主の履行利益は25(=-75+100) 低コスト時→売主は履行する – ∵25の損害賠償を払うより履行した方が低コスト 中コスト時→売主は履行する 高コスト時→売主は履行しない – ∵代金75のために200の費用を払う(-125)より、損害賠償25 を払った方がまし – 「効率的契約違反」 14 不履行時の損害賠償が履行利益を超える場合 例えば150の損害賠償を命じられるものとする →売主は高コスト時にも履行する(してしまう) – ∵150を払うより、200のコストを掛けて履行して代金75を受け 取る方がまし(-125) 15 不履行時の損害賠償が履行利益を下回る場合 – (信頼利益基準を含む) 代金50 損害賠償5 売主は – 低コスト時には履行する – 中コスト・高コスト時には履行しない 売主にとってのこの契約の価値 – =(-20+50)×30%+(-5)×(50%+20%) – =5.5 買主にとってのこの契約の価値 – =(-50+100)×30%+5×(50%+20%) – =18.5 16 →損害賠償額を履行利益基準にする代わりに、代金を75 に増額 →不履行時の売主からの賠償額は25に →売主は – 低コスト・中コスト時には履行する – 高コスト時には履行しない 売主にとってのこの契約の価値 – =(-20+75)×30%+(-60+75)×50%+(-25)×20%) – =19 買主にとってのこの契約の価値 – =(-75+100)×(30%+50%)+25×20% – =22.5 17 一般に – 履行利益の定義→現実の履行を受けようが、履行利益の賠 償を受けようが、買主の経済状態は変わらない – 履行利益を上回る損害賠償・履行強制 • →売主は費用を上回る場合でも履行しなければならない • →この事態を回避することとする代わりに代金を減額することで、契約 の価値を上げることができる – 履行利益を下回る損害賠償 • →代金を増額する代わりに履行利益の賠償を認めることで、契約の価 値を上げることができる 18 契約救済法③債権者の行動と損害賠償の水準 ここまでの焦点=債務者による「履行するかしないか」の 判断 – 英米契約法の特殊性に依存した議論 • ∵損害賠償第一主義=損害賠償の要件は契約違反がありさえすれば 必要十分 日本法では損害賠償に際して要件が加重 – 帰責事由 – 履行請求もできることでバランスが取れている? 契約に関する他の行動については? 19 債権者の信頼投資と履行の価値 履行を信頼して(あてにして)、債権者(買主)はどの程度 の投資を行うか? – 投資により、履行の価値は(より)高まる • 投資0 →履行の価値50 • 投資5 →履行の価値100 • 投資50 →履行の価値150 – 30%で低コスト=20;50%で中コスト=60;20%で高コスト= 200 20 – 投資0 • →履行の価値50 • →低コスト時のみ履行が望ましい • ∴契約の価値=(-20+50)×30%+0=9 – 投資5 • →履行の価値100 • →低・中コスト時のみ履行が望ましい • ∴契約の価値=-5+(-20+100)×30%+(-60+100)×50%+0=39 21 – 投資50 • →履行の価値150 • →低・中コスト時のみ履行が望ましい • ∴契約の価値=-50+(-20+150)×30%+(-60+150)×50%+0=34 ∴買主が5の信頼投資を行うことが最適 – 投資を5→50(+45)とすることで履行の価値は100→150(+ 50)と高まるが、これは確実に実現するとは限らない 22 債権者の信頼投資と履行利益の賠償 – 代金70 履行利益を賠償する制度の下での買主の投資 • 投資0 – →履行の価値50 – =代金より低いので、そもそも0しか投資しないということはしない – 投資5 • →履行の価値100 • 買主にとっての履行時の契約の価値=-5-70+100=25 • 買主にとっての違反時の契約の価値=-5+(100-70)=25 – 投資50 • →履行の価値150 • 買主にとっての履行時の契約の価値=-50-70+150=30 • 買主にとっての違反時の契約の価値=-50+(150-70)=30 23 一般に、履行利益を賠償する制度の下では債権者の信頼 投資は過剰になる – ∵履行時に得られるであろう利益は補償=保証されるので、不 履行時に信頼投資が無駄になるであろうことを考慮せずに投 資を行う – 履行を強制する制度の下においても同様 一般に、信頼利益を賠償する制度の下でも債権者の信頼 投資は過剰になる – ∵信頼投資は補償=保証される & – ∵信頼投資の増加により不履行時の損害賠償額が大きくなる ので、債務者が不履行する場面が減る(=履行確率が上がる ) 24 履行へのインセンティブと信頼投資とを同時に最適化する ような損害賠償の水準は設定できるか? – 前者の最適化のために履行利益の賠償の水準は維持したい – が、信頼投資の増加に伴う履行の価値の増加によって自動 的に賠償額が増加するものとすると、信頼投資が過剰に – →債権者が(不履行の可能性も踏まえた)最適な信頼投資の 水準を採用した場合に実現するであろう、履行の価値の賠償 • Cf. 民法416条2項の機能? • 裁判所はそれを認定/算定するだけの情報を収集・処理できるか? • 当事者ならできるかも… – →そのような額を、損害賠償額の予定条項として入れておく • 賠償額が固定されていれば、債権者が信頼投資を(無駄に)増加させ たとしても賠償される額は変わらない 25 救済法によって影響を受ける、契約関係行動の多様性 – – – – – – – 潜在的な取引相手の探索 交渉 契約内容をどれだけ明確にするか 債務者が、確実に履行できるようどれだけ準備するか 債権者が、履行されることを前提にどれだけ投資するか 債務者が、履行するかしないか 履行がなかったときに、損害の拡大の防止にどれだけ努力す るか etc. →一般に、ある行動を最適化する損害賠償の水準は、他 の行動を最適化しない 26 不法行為法の経済分析 特に事故法について 林田清明『法と経済学』(第2版、信山社、2002年)13、16 、(14) シャベル/田中・飯田訳『法と経済学』(日本経済新聞出 版社、2010年)第8章、第10章 クーター&ユーレン/太田訳『法と経済学』(新版、商事法 務、1997年)第5章 27 モデル型思考の例 – 演繹型思考 (←→帰納的思考) – シンプルな(=多くの仮定を置いた≒非現実的な)モデル – →より複雑な(=いくつかの仮定を緩めた≒より現実に近い) モデルへ – モデルでどこまで分析できるか? 事前の(ex anteな)考慮 「抑止」のための不法行為法 – 「最適」抑止のための – ←→損害填補のための不法行為法 社会全体のコストの最小化 28 比較対象となるルール(の候補) 民法709条 – 過失責任主義 • 過失あり→賠償責任を負う • 過失なし→賠償責任を負わない 〈別ルール①〉常に、加害者は責任を負う – – – – 厳格責任;無過失責任 民法717条1項(土地の工作物等の所有者の責任) 製造物責任法3条 大気汚染防止法25条1項 29 〈別ルール②〉常に、加害者は責任を負わない – 生じた損害は、被害者がかぶって、そのまま – 失火責任法 • 民法第七百九条 ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ 重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス 30 基本モデル:事故の社会的費用 登場アクター – Xの行為により、Yは損害を被(り得)る 考慮要素 – Yに生じた損害(生じ得る、潜在的損害) – 事故の抑止のために、Xが費やすコスト • 事故防止をしたいだけならXは… – (紛争解決にかかるコスト) – →社会全体の観点から (事故が発生すると100の損害が発生するとする) Xの 注意レベル Xの 注意のコスト 事故発生 確率 損害の 期待値 社会的費用 の合計 なし 0 15% 15 15 中 3 10% 10 13 高 6 8% 8 14 31 32 費用①予防費用:1単位あたり w の費用がかかる予防措 置を x 単位行う → w・x 費用②期待損害:確率 p(x) で L だけの損害が発生する → L・p(x) → この合計が社会的費用 – SC(x) = w・x + L・p(x) 33 34 より高いレベルの予防をすればするほど、事故の発生確 率は下がっていくだろう – p(x)はxの減少関数 – p’(x) < 0 どんなに高度の予防措置を講じても、事故の発生確率は 0にはならないだろう – p”(x)は原点に対し凸 – p”(x) > 0 ※予防のレベルに応じて損害の大きさLが変化するとして も同様 35 36 37 各ルールの比較 予防のレベルxを選択するのはX ←各ルールの下で、Xの私的(private)に直面する費用関 数は? – Xは、自らの費用関数を最小化するように x を選択する →このようにして x が選択されると、その結果は社会的に 見て望ましいか 38 〈②責任なしルール〉の帰結 事故により生じるであろう費 用(L・p(x))について、Xは 負担しない – =w・xについてのみ、Xは 負担する Xは、これを最小化しようと する 〈①無過失責任ルール〉の帰結 Xは、事故により生じた損 害を賠償する(ことになる) – どんなに注意を払ってい ても! – =L・p(x)はXが負担す る 予防の費用w・xも(もちろ ん)Xが負担する →この合計がXの私的費 用関数 39 40 Xの私的費用関数は社会 的費用関数に一致する! →厳格責任ルールの下で は、Xは社会的に最適な x の水準(x*)を選択する 41 過失責任ルールの特徴 過失とは?過失の判定基準は? – 主観的過失論 vs 客観的過失論 • ←予見可能性+結果回避可能性 – 「注意義務duty of care」と「注意義務違反」 – 一定レベルの予防 • 以上の予防 x が講じられている → 過失なし • を下回る予防 x しか講じられていない → 過失あり 42 どこで線を引くか? – どこでもいいけど… – 例えば、x*で引いてみる • SC’(x) = w + L・p’(x*) = 0 なる x* – → x ≧ x* → 過失なし → 賠償責任なし – → x < x* → 過失あり → 賠償責任あり 43 44 45 x が x* より大きいか小さいかにより、Xの私的費用関数 が断絶 Xは x = x* となるレベルの予防を選択する 46 (暫定的)結論 過失の判断基準として、社会的費用を最小化するような 予防の水準が設定されるならば、 過失責任ルールと 厳格責任ルールとに違いはない – 「無過失責任の導入により、製品の安全性が増す」? 47 紛争解決コストを考慮に入れてみると? – 判断に辺り、裁判所はどのような情報を入手しなければなら ないか? どのような情報が入手しやすいか? 厳格責任ルール – 損害Lの大きささえ分かればOK 過失責任ルール – 判断のために必要な情報は多い • x*の設定 – ←w、L、p(x) • xの水準 • Lについて – 他のソースから、x*の水準が分かる場合 • e.g., 法令、慣行
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