法と経済学2(第14講) 優越的地位の濫用規制の経済分析 今日の講義の目的 (1)これまで学んだことを弱者保護、優越的地 位濫用規制を例にとって復習する 法と経済学 2 1 優越的地位濫用規制 交渉力が対等でない取引関係において、交渉力が強い当事 者がその交渉力を背景に不当に利用する (例) ・放送局がプロダクションに対して包括的な著作権譲渡を求 める。 ・百貨店が納入業者に契約期間中に値下げを強いる。契約 にない協力(100周年記念行事への販売補助員派遣、景 品の無償提供)を強要する。 ・組み立てメーカーが、部品メーカーに一方的に値下げ、支 払い条件変更(現金から手形に変えるなど)を強要する。 法と経済学 2 2 優越的地位濫用規制 (例の続き) ・銀行が融資引き揚げをちらつかせて、融資先にデリバ ティブの購入を強いる 当初契約における価格の高低を問題にはしていない →優越的地位にある者が多くの余剰を得ることを直 接規制するものではない~弱者の経済厚生を直接 改善するものではない cf ゼロックスに対するパテント料の規制、NTTに対 する接続規制 法と経済学 2 3 強行法規 優越的地位の濫用規制は強行法規か? 契約当事者が契約で、この取引関係においては下請法の 適用は受けないと当事者で意思を確認し、契約書に明 記すれば下請法の適用は受けない この契約が有効でこの取り引きでは下請法の適用を受け ない ⇒任意規定 下請法の適用を受ける可能性がある ⇒強行法規 下請はこんな契約にサインしたくないが、サインしないと仕 事がもらえないのでやむを得ずサインしたという場合で も、この契約条項が無効になれば、下請法は強行法規 法と経済学 2 4 伊藤・加賀見 (1998) ホールド・アップ問題~機会主義的行動 →優越的地位の濫用規制(下請法)がこの問題を改善 する可能性がある。 法と経済学 2 5 機会主義的行動の例 (1)A社向けに部品を作るつもりでB社は機械を更新し た(A社も了解していた)。 (2)部品価格を下げないと買わないとA社が突然要求 した。 →これを拒否してもこの機械では他社向けに部品を作 れないので要求を受け入れざるを得ない。 法と経済学 2 6 機会主義的行動の帰結 (1)A社向けに部品を作るつもりで機械を更新した。 (2)部品価格を下げないと買わないとA社が突然要求し た。 →これを拒否してもこの機械では他社向けに部品を作 れないので要求を受け入れざるを得ない。 ⇒これを読み込むとA社向けにしか使えない投資を躊躇 する。 ⇒結果的には双方に不利益~事前には機会主義的行 動がとれない方が双方にとって望ましい 法と経済学 2 7 関係特殊投資 ・関係特殊投資(relation specific investment) 特定の取引関係を前提としてはじめて意味のある投資 (例)トヨタ自動車のエンジンに使われる部品を作るため の設備投資(ホンダ向けのエンジンには使えない)。 法と経済学 2 8 過小投資問題 BがAに部品1単位を価格Pで供給。 Aの利益はV - P、Bの利益はP - C(K) - K Kは投資水準。CはKの減少関数。この投資はA以外 の買手には無価値。 完備契約が書けない。→Pを投資前に決められない。 (仮に決めても再交渉で簡単に変えられる。) Pは投資した後交渉によって決められる。交渉力は対 等。 法と経済学 2 9 費用削減投資 C 0 法と経済学 2 Y* K 10 最適投資水準(Question) AとBの利得の総和 V - C(K) - K これを最大にするKは? 最大化の1階条件 - C’(K) - 1 = 0 ⇔ C’(K) = - 1 C’(K) > - 1 ⇒固定費用を1増やしたとき可変費用の 減少額は1より小さい⇒(過小投資、過大投資) C’(K) < 1 ⇒ 固定費用を1増やしたとき可変費用の減 少額は1より大きい⇒(過小投資、過大投資) 法と経済学 2 11 最適投資水準(Answer) AとBの利得の総和 V - C(K) - K これを最大にするKは? 最大化の1階条件 - C’(K) – 1 = 0 ⇔ C’(K) = - 1 C’(K) > -1 ⇒固定費用を1増やしたとき可変費用の減 少額は1より小さい⇒過大投資 C’(K) < 1 ⇒ 固定費用を1増やしたとき可変費用の減 少額は1より大きい⇒過小投資 法と経済学 2 12 最適投資水準 C -1 0 法と経済学 2 K* K 13 交渉過程 威嚇点(Va,Vb) = (0, - K) AはB以外から部品を買えない。BもA以外に部品を売 れない。 Bの投資費用は埋没費用(sunk cost)となっている。 交渉の結果Ua = V - P = 1/2(V - C)⇒P = 1/2(V + C) 交渉の結果を読み込んでBは自分の利得を最大化 Ub = 1/2(V + C(K)) - C(K) - K 利得最大化の1階条件 -1/2C’(K) -1= 0 ⇔ C’(K) = - 2 法と経済学 2 14 均衡投資水準 C 過小投資 -2 0 KE 法と経済学 2 K* K 15 なぜ過小投資になるか 価格が一定なら、生産費用が減少した分だけ自分の利 潤が増える⇒効率的な費用削減努力をする誘因を持 つ ~プライスキャップ制度が効率的な努力を生むメカニズ ムと同じ 実際には交渉で費用が下がるとAから値引き交渉を迫 られる ⇒費用削減の果実が全て自分に帰属するわけではない ので費用削減の誘因が過小になる 法と経済学 2 16 過小投資問題をどう防ぐか (1)継続的取引~繰り返しゲームの世界 Aが機会主義的行動をしたら取引を継続しない。 ⇒常にうまくいくとは限らない (2)はじめから価格を固定し、事後的に変更しない(契約 の再交渉をしない)ことをコミットする。 ⇒このコミットができないからそもそも苦労している。 (3)Bに100%の交渉力を与えるように契約を工夫する。 ⇒BだけでなくAも投資主体ならこのやり方ではだめ。 (4)法規制で再交渉の機会を制限←伊藤・加賀見(1998) の発想 法と経済学 2 17 伊藤・加賀見 (1998) ホールド・アップ問題~機会主義的行動 →下請法(優越的地位の濫用規制)がこの問題を改善す る可能性がある。 (a)機会主義的な値引き要求等が法律によってできなくな る。→再交渉しないコミットメントになる。→双方にとって 利益 (b)一方で機会主義的な行動ではなく真にパレート改善を もたらす再交渉も難しくなる。 改善になる場合も改悪になる場合もあるが、(a)の効果が 強ければ下請法は経済効率性の観点から正当化される。 法と経済学 2 18 伊藤・加賀見への批判 (1)なぜ法律でできることが契約でできないのか?法律で コミットできるなら自主的な契約でもコミットできるはず (2)任意法規としての下請法、優越的地位の濫用規制し か正当化できていない ・当事者が「下請法の適用を受ける」と明記した契約を結 んだときのみ下請法の適用を受ける あるいは ・当事者が「下請法の適用を受けない」と明記した契約を 結んだら下請法の適用はない 法と経済学 2 19 強行法規 or 任意法規 伊藤・加賀見(1998)は事前のコミットメントによって効率 性が改善するケースも悪化させるケースもあると強調 任意法規なら改善するケースだけ使われる。 →強行法規としての下請法よりも任意法規としての下請 法より劣ることは原理的にない。 伊藤・加賀見の議論は、法と経済学ではイロハのイにあ たる任意法規と強行法規の区別を考えない点でそもそ も分析の出発点からincompleteな分析 法と経済学 2 20 強行法規 を正当化する論理 強行法規の正当化は通常第3者効果 (例)約款論・消費者契約法 (例)長期契約に伴う高額な解約違約金による参入制限 (例)借入契約に伴う個人保証への制限←シグナリング シグナリング~情報の不完備性(情報の非対称性、情報 の偏在)があるもとで、この弊害を取り除くための行動 ⇒これが経済厚生を更に悪化させる 法と経済学 2 21 強行法規 を正当化する論理 下請法の文脈での例:B(下請け会社)が長期的な視野を 持つ優良な業者かどうかAは知らない。 BはAからの無茶な要求をあえて受けることで長期的な視 野に立った優良な業者であることをアピールする(シグ ナルを送る)。下請法が任意法規なら(下請法の適用は 不要といってシグナルを送る。 無茶な要求~短期的にはBの不利益 これを敢えて受けるのはBが「損して得取れ」と思っている (長期的な視野に立っている、割引因子が大きい)ことのシ グナル 法と経済学 2 22 Signaling シグナリングの結果、情報の格差が解消され(AにもBのタ イプがわかり)、市場の失敗の原因が取り除かれ経済厚 生が常に改善される、と誤解している人がいる。 一般にシグナリングは、費用がかかるので、その費用に見 合う社会的な利益があるのかは先験的にはわからない。 更に、シグナリングには所得移転効果(不要なタイプから 優良なタイプへの所得移転)という第3者効果があり、一 般にはシグナリングの誘因は過大であることが多い ⇒シグナリングの抑制が経済厚生を改善することも多い 強行法規としての下請法~このシグナリングを抑える役割 法と経済学 2 23 情報の不完備性と優越的地位の濫用 規制 全ての情報の不完備性が優越的地位の濫用規制を正当 化するわけではない (1)Aが情報優位にあるケースではこのストーリーは使え ない (2)第3者効果を持たない単純なモラルハザードのような 問題では優越的地位の濫用規制は正当化されない (3)事前の契約への介入は正当化されない (例)放送局が番組プロダクションに著作権に関する包括 的な譲渡を要求するのは優越的地位の濫用である 法と経済学 2 24
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