数学科教育論(4) 現代化の数学教育 1970年代の数学教育 現代化のきっかけ 科学技術の革新、それに伴う社会構造の変化 に対応できるように、学校教育を改革しなけ ればならないという気運が1960年代のア メリカやヨーロッパ各国で高まっていた。 それに、1957年10月のソビエトの人口 衛星スプートニク打ち上げ成功が、アメリカ の数学教育改革に一層拍車をかける結果に なった。」 報告書 「学校数学における新しい考え」 数学教育については、1959年にフランス のロワイモンで開催されたOEEC(欧州経 済協力機構、1961年にOECDと改称) のセミナーと、その報告書「学校数学におけ る新しい考え」New Thinking in School Mathematics(1961年)に、その現代化 運動の発端を見ることができる。」 学校数学の改革についての提案 ストーン(アメリカ、Stone,M.)は、「今はカリ キュラムの転換期であり、現代数学の非常な発展と 科学が数学に著しく依存しているので、中等数学教 育の現代化の精神と新しい内容を注入する絶好の機 会である」といい、 また、デュドネ(フランス、Dieudonne,J.)は、 「特に中等数学教育からユ−クリッド幾何を追放 (Euclid must go!)して、ベクトル幾何を行なうべ きである」と訴えて、その後に大きな議論を巻き起 こした。」 この会議の結論の主な要点 a.中等学校段階で、思考の明確さ、簡潔さや統合的な見方を 育成するために、集合と論理に関する新しい記号(∈、 ⊆、∪、 ∩、〜等)を導入する必要がある。 b.算術、代数の展開は、幾何の演えき的なパターンを用い、 代数的構造の公理的な扱いに集約する必要がある。 c.公理的構造としてのユークリット幾何の内容を大幅に修 正・削除する必要がある。 d.関数としての三角関数、不確定事象を科学する確率・統計 e.微積分については、その概念、考え方を重視する必要があ る。」 日本数学教育学会の動き 日本数学教育学会は、1963(昭和38)年「数 学教育課程委員会」を設置し、「小・中・高・大を 通じての数学教育の現代化を目指して、数学教育の 革新運動を推進するために、数学教育の世界的動向 を調査・研究した。 また、数学教育の基礎的・科学的研究を進め、小・ 中・高・大を通じて一貫した算数・数学科教育課程 を作成する」ことを目的にして活動を続けた。 その成果は、「数学教育の現代化」(日本数学教育 会編、1970年)にまとめられた。」 SMSG(学校数学研究グル−プ)セミ ナー 1964(昭和39)年には東京・京都でSMSG (学校数学研究グル−プ)のセミナーが開催され、ア メリカでの先進的な数学教育現代化の波が我が国に 押し寄せてきた。 SMSGは、高等学校段階までの教科書を現代化数学 の内容で構成しようとして、多くの数学者や研究者 で構成された大規摸なプロジェクトであった。」 現代化の学習指導要領 一方、文部省では、教育課程審議会の 答申(1968年)に基づき、 世界の数学教育現代化を考慮した中学 校学習指導要領を、 1969(昭和44)年4月に告示し、 1972(昭和47)年から全面実施 された。」 中学校の数学科の総括目標 「事象を数理的にとらえ、論理的に考え、統 合的、発展的に考察し、処理する能力と態度 を育成する。」 内容構成(5つの領域) A 数・式 B 関数 C 図形 D 確率・統計 E 集合・論理 中学校数学科の特徴 a.関数領域の新設と計量領域の削除 b.確率・統計領域の新設 c.集合・論理の領域の新設 d.集合の基本的な概念や用語・記号が導入 e.数のもつ集合の構造の概念、剰余系の導入 f.関数を対応で定義 g.図形の変換の考え、位相的な見方などの新しい 概念を導入 h.不等式の追加 i.関数概念の明確化」 数学教育現代化の考えや内容が 積極的に導入 小学校算数科では、集合の考え、文字の使用、 確からしさなどを導入したり、関数概念の強 化を図ったりした。 高等学校では,「数学一般」を新設した。 「数学I」(6単位)に、ベクトル、集合・論 理、確率等を加えた。「数学IIA」に行列、 電子計算機と流れ図を新しく加え、「数学II B」には、行列、一次変換などの新しい内容 が導入された。」 新しい数学教育 数学教育現代化講座/文部省 文部省は中学校「新しい数学教育」指導資料(19 6ページ)を作成し、各地区で講習会を実施。 目次: 第1章 数学教育現代化の考え方 第2章 集合 第3章 数概念と代数系 第4章 条件と真理集合 第5章 関数 第6章 確率・統計」 中学校の数学科の総括目標 事象を数理的にとらえ、論理的に考え、統合的、発展的に考察し、 処理する能力と態度を育成する。 このため、 1 数量や図形などに関する基礎的な概念や原理・法則の理解を深め、 より進んだ数学的な考え方や処理のしかたを生み出す能力と態度 を養う。 2 数量、図形に関する基礎的な知識の習得と基礎的な技能の習熟を 図り、それらを的確かつ能率的に活用する能力を伸ばす。 3 数学的な用語や記号を用いることの意義について理解させ、それら によって数量、図形などについての性質や関係を簡潔、明確に表現 し、思考を進める能力と態度を養う。 4 事象の考察に際して、適切な見通しをんもち、論理的に思考する能 力を伸ばすとともに、目的に応じて結果を検討し、処理する態度を養 う。」 現代化:中学校の数学科の総括目標 「事象を数理的にとらえ、論理的に考え、統合的、 発展的に考察し、処理する能力と態度を育成す る。」 事象を数理的にとらえること 論理的に考え 統合的、発展的に考察し、処理すること 内容構成(5つの領域) A 数・式 B 関数 C 図形 D 確率・統計 E 集合・論理」 中学校数学科の特徴 a.関数領域の新設と計量領域の削除 b.確率・統計領域の新設 c.集合・論理の領域の新設 d.集合の基本的な概念や用語・記号が導入 e.数のもつ集合の構造の概念、剰余系の導入 f.関数を対応で定義 g.図形の変換の考え、位相的な見方などの新しい 念を導入 h.不等式の追加 i.関数概念の明確化」 概 内容領域の変化 (1)「計量」の領域が削減されたこと 尺貫法が1959.1.1以降廃止された。 (2)「集合・論理」の領域がもうけられたこと (3)「確率・統計」の領域がもうけられたこと 現代化で新しく加わった内容:不等式、数のもつ集合の構造、 図形の位相的な見方、合同変換、相似変換、二進法、 五進法、関数概念の明確化 内容構成(5つの領域) A 数・式 B 関数 C 図形 D 確率・統計 E 集合・論理」 中学校数学科の特徴:現代化 a.関数領域の新設と計量領域の削除 b.確率・統計領域の新設 c.集合・論理の領域の新設 d.集合の基本的な概念や用語・記号が導入 e.数のもつ集合の構造の概念、剰余系の導入 f.関数を対応で定義 g.図形の変換の考え、位相的な見方などの新しい 概念を導入 h.不等式の追加 i.関数概念の明確化」 現代化時代の内容 1年(4時間) 2年(4時間) 3年(4時間) A 数・式 正数の位取り記数法、正数の 質、正の数・負の数、近似値、 字を用いて関係や法則を式に す、文字式の簡単な計算、方 式や不等式の文字と解、一元 次方程式の解 数の集合のもつ構造、数量関 係を文字に表現する、文字式 の四則計算、一元一次不等式 の解法、方程式や不等式の連 立 平方根の意味、式の展開と因数 分解、二次方程式の解法、二元 一次不等式 B 関数 二つの集合の要素の間の対応 関係、関数のあらわし方 関数の理解、一次関数の特徴 簡単な二次関数の特徴、逆関数 の意味 C 図形 図形の考察、図形の移動と性 図形の作図、図形の計量 変数の考え、三角形の相似条 件、縮図や立体図形の相似 三平方の定理とその応用、円の 性質、点・線・面のつながりと 平面及び空間の広がり D 確率・ 統計 資料の整理 確率 散布度や相関の見方、標本調査 の考え E 集合・ 論理 論理的な用語・命題、演繹的 論を用いることの意義や方法 論理的な用語・命題、演繹的 論を用いることの意義や方法 推論の方法や考え方 高校数学科の改訂 高校数学科の改訂の要点 必修科目として,「数学Ⅰ」と「数学一般」 「数学Ⅰ」(6単位):ベクトル,確率,集 合と論理を加えた。 「数学ⅡA」:行列,電子計算機と流れ図を 加えた。 「数学ⅡB」:行列,平面幾何の公理的構成 を加えた。 高校数学の目標:現代化 (目標)事象を数量的にとらえ、論理的に考え、統合的、発展的に考察し、処理す る能力と態度を育成し、また、社会において数学の果たす役割について認識さ せる。 このため、 1.数学における基本的な概念、原理、法則などを理解させ、より進んだ数学的な考 え方や処理の仕方を生み出す能力と 態度を養う。 2.数学における基本的な知識の習得と基本的な技能の習熟を図り、それらを的確か つ能率的に活用する能力を伸ばす。 3.数学的な用号や記号を用いることの意義について理解を深め、それらによって、 数学的な性質や関係を簡潔、明確に 表現し、思考を進める能力と態度を養う。 4.事象の考察に際して、適切な見通しを持ち、抽象化し、論理的に思考する能力を 伸ばすとともに、目的に応じて結果 を検討し、処理する態度を養う。 5.体系的に組み立てていく数学の考え方を理解させ、その意義と方法について知ら せる。 高校数学科の内容:数学Ⅰ(1) 数学Ⅰ(6単位) A 代数・幾何 (1)数と式:実数とその演算・大小関係,整式・有理式とそれらの演 算(二次式,三次式a3±b3の因数分解) (2)方程式と不等式:方程式(実係数の二次方程式,複素数,方程式 と因数定理),不等式(簡単な絶対不等式,数係数の二次不等式) (3)ベクトル:ベクトルの意味と相等,ベクトルの加法,減法及び実 数との乗法,ベクトルの有効線分上への射影,ベクトルの成分表示 (4)平面図形と式:平面上の座標,直線と一次方程式,円の方程式, 簡単な二次方程式の表す曲線,不等式と領域 高校数学科の内容:数学Ⅰ(2) 数学Ⅰ(6単位) B 解析 (1) 写像:写像の意味,写像の合成,逆写像,写像としての関数 (2) 簡単な関数:二次関数,指数関数,対数関数の意味 (3) 三角関数:正弦,余弦および正接の意味,三角形の辺と角との 間の基本的な関係,三角関数とその周期性 C 確率 (1)確率とその基本的な法則:確率の意味とその基本的な法則,条件付 の確率,事象の独立 D 集合・論理 (1)集合と論理:条件pとそれを満たすxの集合,命題の合成,相等 関係,「すべてのxについてpである」,「あるxについてpであ る」の意味とそれらの否定 高校数学科の内容:数学ⅡB 数学ⅡB(5単位) A 代数.幾何 (1)平面幾何の公理的構成:公理,定義及び定理の意味,平面幾何の構 成 (2)空間における座標とベクトル:空間座標,空間におけるベクトル, おけるベクトルの加法,減法および実数との乗法,ベクトル の内積,直線,平面及び球の方程式 (3)行列:行列の意味,行列の演算,連立一次方程式,一次変換 (4)二項定理,有限数列:二項定理,簡単な数列(等差・等比数列), 帰納法,帰納的定義 B 解析 (1)微分法と積分法:微分係数の意味,導関数とその計算,導関数の 応用。積分の意味,積分の応用 高校数学科の内容:数学Ⅲ 数学Ⅲ(5単位) A 解析 (1) 数列の極限:数列の極限 (2) 微分法とその応用:関数とその導関数(関数値の極限,関数の 商の微分法,合成関数・逆関数の微分法,三角関数の導関数,指数関 数・対数関数とそれらの導関数,第二次導関数),導関数の応用(接 数値の増減,曲線のおうとつ,速度,加速度など,近似値) (3)積分法とその応用:関数の積分法(簡単な部分積分法,置換積 分法,いろいろな関数の積分),積分の応用(面積,体積,道のりな 分方程式の意味) B 確率・統計 (1)確率分布:母集団と標本,確率分布,二項分布,正規分布 (2)統計的な推測:統計的な推測 4)基礎・基本の重視 もともと数学教育の現代化のねらいは、現代 数学の内容を生徒に指導するのではなく、 現代数学の基礎にある考え方を導入すること によって、 生徒にとって数学の学習が単純化、明確化、 統合化された見通しの良いものにすることで あった。 「ゆとりと充実のカリキュラム」への移行」 しかし、現実には集合論や関数論、はたまた 位相数学などを直接教材に使用し、行き過ぎ た指導をしてしまったきらいがある。 これが、マスコミを賑わす結果となり、小学 校では算数についての父母の不信を招き、中 学・高等学校では、学力低下や落ちこぼれの 問題が攻撃の的になった。」 現代化カリキュラムについては、学力低下に 関する問題など、種々の批判が内外から起 こってきた。海外での批判は、後の節で詳し く述べることにしよう。 このような行き過ぎの反省から、1977 (昭和52)年の改定では、「ゆとりと充実 の教育」を求めて、 基礎・基本を重視した教育課程の改定が行な われた。」 1976年12月教育課程審議会 の答申 (1) 人間性豊かな児童生徒を育てること。 (2)ゆとりのあるしかも充実した学生生活がおくれ るようにすること。 (3)国民として必要とされる基礎的・基本的な内容 を 重視すると共に、児童生徒の個性や能力に応じた教 育が行なわれるようにすること。 このねらいに沿った、中学校の学習指導要領が19 77(昭和52)年7月に告示され、1981(昭 和56)年度から実施に移された。」 この中学校数学科カリキュラムの特徴とする ところは、「基礎的な知識の習得や基礎的な 技能の習熟を重視すること」であった。 ゆとりと充実ということから、従来よりも時 間数が減少したこと、教材の精選という名目 で前回の現代化で取り上げた新教材の大部分 は削除されたことなどが、今後の数学教育に 問題を残すことになった。」 中学校数学科の目標 数量、図形などに関する基礎的な概念 や原理・法則の理解を深め、数学的な 表現や処理の仕方についての能力を高 めるととも、それらを活用する態度を 育てる。 高等学校数学科の目標 数学における基本的概念や原理・法則 の理解を深め、体系的に組み立ててい く数学の考え方を通して、事象を数学 的に考察し処理する能力を高めるとと もに、それらを活用する態度を育てる。 次回:現代化からゆとり教育 へ
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