エステバの「開発」

エステバの「開発」
• 「低開発」の発明 P18
I. 概念としての「開発」と「低開発」
第2次世界大戦直後のトルーマン米大統領の提案
(1949年演説):“「我々」の「キャンペーン」は、他国の改
善や経済成長”
筆者:「この日、この(低開発の)レッテルを張られた
人びとは20億人にのぼる」 p19
その背景:ヨーロッパ向け援助計画「マーシャル・プラン」。
戦後日本もマーシャル・プランの影響を受けた。安保条
約の案によって米国の食料(麦、パン)を受けさせられた
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「先進国」と「低開発」の比較
1950年米国の経済状態
トルーマン大統領やローストーの時代
• 失業率 約 6.0%
• 平均家族所得=$3,300ドル
(現在 $20,000=現在¥2,400,000)
• 低所得家族の所得= $1,800
(現在 $12,000 = 現在¥1,450,000)
1950年代後半, 米国民総合貧困率 = 22%
貧困線の定義:所得は住宅、教育費、衛生水準、必要な治
療、食糧への支出より低い
開発過程が始まったからの50年間の間に、逆に「五分の一、二の
人びとが窮乏化する」(p30を参照する)
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エステバの「開発」:開発の概念のインフレーション
経済成長の計画を支えた理論~その「欠陥」は?
『経済成長の諸段階』(Walt Whitman Rostow著1960年)
によると、開発の「段階」の測定(変数)は、国の
全社会を特徴づけることが可能である。
Rostowによる5段階:
①伝統社会(自己生産~自己消費)
②過渡期(過剰生産、通商)
③工業化の初期
④製造、生産の多様性・技術に基づいているイノベーション
⑤大量消費
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エステバの「開発」:開発の概念のインフレーション
経済成長の計画を支えた理論~その「欠陥」は?
例:
Rostowの第4、第5段階に入った「豊かな国」と
第1,2段階にある「貧しい国」の中には、
豊かな国の場合貧困層もあるし、
貧しい国に富んだ人・層もいる
問題点:
「全社会」(=社会全体)が、同時に同じ段階に入ること
もしないし、同じ変数に従うこともないから、様々な
社会層や部門をこうした標準化された変数による測定
ができない。
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エステバの「開発」
開発レベルの公平的な測定範疇は何だろうか?
II.「低開発」と「先進」の対比はどのように測定されて来たか?
• 経済的な測定
– 貨幣システムの有無、普及
– 貨幣経済(資本経済)の循環、範囲
– 国家間の為替相場(レート)
• 教育施設や内容
– 近代教育施設での就学率・高学年の就学率
– 義務教育の中の読み書き、算数、英語の有無
• 工業化
– 輸出志向経済むけの生産過程、生産物・生産率
– 工業によるGNP (国民総生産)への貢献
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エステバの「開発」
III. 「低開発」の定義や測定によるどのような開発過程を
進めて良いのか?
問題点:
低開発地域の定義づけをする側は先進国である。
先進国の者は低開発というように定義付けられた地域に
派遣されたりすると、何ができたのか?
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エステバの「開発」
「低開発」の定義や測定によるどのような開発過程を進めて良いのか
(「開発」の)概念のインフレーション p26~ 第1部
・「経済成長」の目標の誕生(Lewis経済学者の理論に基づいた)
「経済成長」としての開発=ただの「有形財の一人あたり生産」
という概念に還元されてしまう。有形資産、私有、私益を重視す
る。
その問題点:経済の現状や成長率を証明する方法は、大企業や
政府組織の取引の国レベルでの記録である。
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そうした経済成長や国の経済データは、国の様々な部
門、様々な個人、地域別の現状を反映しない。
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経済成長のみを中心にする開発は少数(企業に関わる人
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等)だけが利益とる可能性があり、格差社会が生じる
エステバの「開発」
概念のインフレーション p31の上~
1980年代:貧国の経済成長をすすめるはずのStructural Adjustments
経済学による発展途上国の構造改革(経済構造調整改革)
=“Structural Adjustments”。目標は、国政府の歳出を減らす、
銀行のローンポリシーを厳しくさせる、金融的な浪費をとめるはず。
問題点:インフォーマルセクター(非公式雇用部門・契約、保証のない
雇用関係)に従事する人への悪影響。
農民、女性、少年、老人、少数民族への負担が増える
その理由:
構造改革は、国の財政配分を変える。
構造改革を指導する先進国や国際機関に従うために、途上国政
府が支えるはずの社会福祉、公立教育、公立病院、環境保全の
予算を減らす対策をとる
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エステバの「開発」
国際連合による社会や人間を含める発展開発の歴史
第一次国連開発の十年 1960年~:
社会的開発を経済的開発に統合する構想
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その問題点:
「社会開発」の定義は曖昧である
急速な成長に伴う不平等が発生する (p28上)
所得格差が広くなる
(教育、就労などへの)機会格差が広くなる
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エステバの「開発」
国際連合による社会や人間を含める発展開発の歴史
第2部 p28~
第二次国連開発の十年(1970年から):
「国際開発戦略」(IDS)における「(経済開発+社会開
発を統合集中する地球大の戦略」 p29
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その問題点:
以前からの「社会開発」の定義の曖昧さ
経済開発はある「社会」の部門に悪影響及ぼす
「地球」という規模でやる計画であるが、
普遍的な処方箋を出せない
国も地域も異なるし、歴史背景や物質的な状態も異なる。
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エステバの「開発」
「開発」の歴史 第2部 p28~
つづき
2.1975年からの「もう一つの開発」、
開発は「総合的なプロセス」 となるべきという概念。
他方、ILO(国際労働機関)における「基本的人間ニーズ」
(Basic Human Needs)アプローチを加える。
ベーシック・ヒューマン・ニーズは、「衣食住プラス」となる:
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衣料 (服装)
食料
住居(家屋)
医療へのアクセス
初等教育へのアクセス
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エステバの「開発」
1990年~
・「サステーナブル・デヴェロップメント」が目ざすこと:
・「人間開発」、「人間中心開発」
・「参加型開発」、「内発的開発」
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外部からの事業でなく、内発的な開発や意思決定
「基本的」人間ニーズ(Basic Human Needs)を充足する
地域共同体・住民による環境保全や資源管理を行う
文化遺産を保護する
これからその問題点は。。。?
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エステバの「開発」
「開発」の歴史とこれへの感想・批判 p31上~
70年代で始まったのUNESCO(国連教育科学文化機関)
による「内発的な開発」:
地域の意思決定を促進するはずの概念であった。
問題点は、開発の概念に根付いた問題はその皮肉である
疑問点・批判点:
「その衝動が真に内発的なものなら、つまり、そのイニシア
チブが本当に多様な文化や価値体系に由来するものならば、
そこから必然的に開発・・・への衝動が生じてくるとは・・・考
えられない」~という皮肉である。
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