近世養生の世界と水戸藩 瀧澤 2015/9/30 利行 茨城大学教育学部 1 養生とは何か 中国および朝鮮、台湾、日本の極東アジ アの文化的環境の下で形成された無病 長生のための思想と方法であり、すすん で精神的修養や人間形成のあり方を示 す思想 中国→養生(ようせい) 日本→養生(ようじょう) 2015/9/30 2 養生の思想的起源 『荘子』→「養生主」篇 『列子』→「楊朱」篇 『孟子』→「盡心」 『老子』→「攝生」 自由でとらわれのない生のあり方 2015/9/30 3 養生思想の背景 道家思想→老子、列子、荘子 神仙思想→不老不死信仰、錬丹 道教文化→陰陽五行、自然観、宇宙観 儒教思想→孟子 2015/9/30 4 中国の養生論 東晋 葛洪『抱朴子』 張湛『養生要集』 梁 陶弘景『養性延命録』 唐 孫眞人『備急千金要方』 宋 蒲處貫『保生要録』 明 高濂『遵生八箋』 2015/9/30 5 日本における養生論の変遷 物部廣泉『攝養要訣』 丹波康頼『醫心方』「養生」「延年方」 丹波行長『衞生秘要鈔』 曲直瀬玄朔『延壽撮要』 名古屋玄醫『養生主論』 竹中通菴『古今養性録』 貝原益軒『養生訓』 本井子承『長命衞生論』 水野澤齋『養生辨』 2015/9/30 6 養生論の内容 「養形」→身体 「養神」→心 中国養生論の基本技法 1.金丹 2.内丹 3.辟穀・服餌 4.調息 5.導引 2015/9/30 6.房中 7.護身 7 日本における養生論の内容 1.総論・原則 2.飲食 3.性欲・房中 4.導引・運動 5.排泄 6.衣服 7.視聴覚 8.沐浴 9.養神 2015/9/30 10.起居動静 11.呼吸 12.選医用薬 13.療養 14.養老育幼 15.諸芸 16.道徳 17.文化・教養 18.利財 19.家庭 20.自然 21.人体 8 日本における養生論の特徴 1.天人合一論 2.内経系医学と傷寒論系医学の混交 3.撰述→引照・例照→口述・筆録 4.道教文化から儒教文化への移行 5.「節欲慎身」 6.「気静体動」 7.修養論的性格 8.感情の抑制 9.体制的文化への適応 2015/9/30 9 近世後期における養生論の変化 1.武士階級から識字庶民階級へ 2.身体的健康から生活全般へ 3.欲望の抑制から欲望の肯定と解放へ 4.道教的文化からの離脱 5.西洋文明の部分的受容 6.規範の寛容化 7.「人間」の自覚と個別的自己形成 2015/9/30 10 水戸藩と養生論 1.穂積甫庵『救民妙薬』(元禄6年) →水戸光圀の命による撰述、民間処 方集 2.原南陽(昌克)『砦草』(文政元年) →軍陣養生論、救急処方集 2015/9/30 11 『救民妙薬』 (小曽戸洋『日本漢方典籍辞典』) 2015/9/30 12 『救民妙薬』の基本 「大君予に命ずらく、山野貧賤の地には、 醫もなく、薬もなし、下民病て臥時は、自 治するを待、不治者或死或廃人となる、 是皆非命なり、求やすき単方を集て、是 にあたへ、是をすくへ」 130項目、397方の紹介と解説 「庶幾済民の一助ならんか」→医療福祉思 想の萌芽か? 2015/9/30 13 原南陽(昌克)1752ー1820略歴 名は昌克。字は子柔。父昌術は水戸藩医。 京に遊学、山脇東門、賀川玄悦に師事。 大酒家。江戸にて落魄、按摩を業とす。 後、水戸藩主の霍乱を治療し,侍医となる。 主著に、『醫事小言』『叢桂偶記』『傷寒夜 話』『経穴彙解』『脚気編叢記』など多数。 2015/9/30 14 原南陽(昌克)肖像 (富士川游『日本医学史綱要』) 2015/9/30 15 原南陽『砦草』(文政元年) (小曽戸洋『日本漢方典籍辞典』 2015/9/30 16 『砦草』の内容 「飲食」「防禦」「水脈」「打撲」「犬喰」「蛇傷」 「気絶」「虫歯」「腫気」「備急円」「金瘡」 「眩暈」「舟車ニ酔」「食傷」「血留」「豆」 「やけど」「溺死」「凍死」「魘死」「驚死」「瘧」 「淋」「小瘡」「膝瘡」「突き目の薬」「竹中半 兵衛飢を救方」 →軍陣医学を中心とした救急法と養生法 2015/9/30 17 原南陽の思想 「俗人の醫ごゝろ有はあしきものなり、・・・ なまなか醫法を覺て却て害になること少 なからず、病は醫にまかするを良とす」 方伎へのコンプレックス、武士としてのアイ デンティティ→子の昌綏は水戸藩軍師と して出仕→南陽の強い軍事への関心 武田二十四将原美濃守虎胤の子孫? 2015/9/30 18 原南陽の思想 『砦草』→武士の基礎的教養としての保健 的知識 「さればこそいにしへのものゝふは、くすしの みちをも心がけ方書をもたくはへぞかし」 (叙言) 2015/9/30 19
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