スライド 1

低出生人口構造と概念上の拠出建
て年金制度(年金理論研究会)
2004年12月13日
社会保険診療報酬支払基金 審議役
畑
満
1
公的年金改革を巡る議論
 公的年金改革を巡り百家争鳴の状況
→国民の不安感・不信感は極大化
 低出生社会では賦課方式は「負のねずみ講」だ
との主張がある。
→払い込んだ保険料に見合った年金がもらえる
ようにすることが公的年金制度維持の要諦だと
の主張がある。
2
払い込んだ保険料に見合った年金がもらえることと老後
生活を基本的に保障する公的年金とは低出生社会で両
立するか?
 公的年金のすべて積立方式に委ねることは、資本市
場のボラティリティーの大きさから不適当。
→3年連続のマイナス運用(▲36.9%)
→Gary Burtless (Brookings Institute)は株式
と長期国債のリターンに関する歴史的データでは、米
国よりも日本の方が変動率が高いことを示している。
 人口変動の方が変動スピードは緩慢であり、制度変
更の時間的余裕が得られ、社会として対応しやすい。
 経済変動リスクを避けて両立する方式はあるのか?
3
 現在の年金制度の行き詰まりの打開策として
スウェーデンのNDCが有力視されている。
 スウェーデンのNDCは個人が積み立てた額
が給付額に連動する仕組みであることから、
積立方式論者は反論しにくい構造。
 スウェーデンのNDCにおける財政運営は賦
課方式であり、資本市場の変動よりリスクの
小さい賃金変動をみなし運用利回りとしており、
賦課方式論者からも反論しにくい構造。
4
 低出生社会では賦課方式は維持不可能との
主張がある一方で、払い込んだ保険料に見
合った年金がもらえるスウェーデンのNDCは
賦課方式で財政運営ができ、日本の少子高
齢社会における年金問題の解決策だとの主
張がある。
 それぞれの主張のどこに問題があるかを定量
的に明確化することが必要。
5
低出生社会で賦課方式は
成り立つのか?
 低出生社会のシンプルなモデルとして、ロトカの安定
人口理論を援用。
 ロトカの理論によれば、出生率(TFR)が人口置換水
準(純再生産率1)を下回っても、出生率(TFR)と死
亡率が長期に一定であれば、年齢構造は不変である。
 従って、TFRが2を下回る低出生社会でも、賦課方式
の年金制度は成り立ちうる。
→世代間の公平性は同時点での生活水準バランス
(Musgrave的基準)で測られるべき。
6
安定人口
 人口の出入りがない封鎖人口のもとで、女性の年齢別出生率と、
男女年齢別死亡率が時間によらず一定で持続すれば、初めの年
齢分布の歪みが消えて安定した年齢分布となるに至る。そのとき、
普通出生率と普通死亡率はともに安定し、従って自然増加率も安
定する。これを、安定人口(stable population)という。安定人口
では、自然増加率が安定するのであるから、静止人口とは異なり、
一定の増加率(もしくは減少率)で人口が増加(もしくは減少)する。
 男女それぞれについて、x歳における安定人口の年齢構造係数を
c(x),
 女性の年齢x歳における出生率をf(x),
 安定人口出生率をb,
 人口増加率をλ (人口増加力として)、
 x歳における生存関数をl(x)とする。但し、l(0)=1とする。
7
ある年 t に x 歳である人口 N(t,x)の年齢構造係数 c(t,x)は、
当該年 t の総人口 N(t)に対して、
c(t,x)=N(t,x)/ N(t)
この年 t に x 歳である人口 N(t,x)は、
(t-x)年に出生した人口 B(t-x)の x 歳ま
での生存数だから、N(t,x)=B(t-x)*l(x)
よって、c(t,x)=B(t-x)*l(x)/ N(t)
安定人口の定義から、毎年の出生率 b、人口増加率 λ は一定だから、t 年から x
年前の出生数 B(t-x)は、x 年前の人口に出生率を乗じたものであり、
B(t-x)=bN(t-x)
また、毎年の人口増加率 λ は一定であるから、x 年前の人口 N(t-x)は、
N(t-x)=N(t)exp(―λx)
従って、B(t-x)=bN(t)exp(―λx)
8
以上から、c(t,x)=bl(x)exp(―λx) ・・・①
これは、時刻 t によらない値となっており、安定人口においては、年齢構造は時間
によらないことが分かる。
① の両辺を x について x=0 から ω まで積分すれば、

1=b
ω

c(t,x)dx=
0

ω
bl(x)exp(-λx)dx
0
ω
l(x)exp(-λx)dx
0
1
これより、b=
・・・②

ω
l(x)exp(-λx)dx
0
9
ω

B(t)= bN(t)、N(t,x)=bN(t)l(x)exp(-λx)より、
∫
1=
 l(x)f(x)exp(-λx) dx ・・・③
また、B(t)=
N(t,x)f(x)dx
0
ω
0
③を解くために、ダブリン-ロトカに従って、純再生産関数 l(x)f(x)を、同じ R0、
平均値、分散を持ったガウス分布で近似することにより、
λ2*β/2+λ*α―ln R0=0
10
ロトカの安定人口理論


ある年tにx歳である人口N(t,x)の年齢構造係数c(t,x)は、
c(t,x)=bl(x)exp(―λx) ・・・①
→安定人口においては、年齢構造は時間によらない
ダブリン-ロトカの公式
安定人口増加率λは、
λ=(-α+(α2+2β*ln R0)1/2)/β
ここに、R0=ΣnLx*f(x) (純再生産率)、
nLx≒(l(x)+ l(x+1))/2
R1=Σx*nLx*f(x)
R2=Σx2*nLx*f(x)
α=R1/ R0
β=α2―R2/ R0
11
(参考)平成14年1月日本の将来人口推計に
おけるコーホートの年齢別出生率関数f(x)
4
f ( x)  Cn  n ( x; un , bn , n )   n ( x  un ) / bn 
n1
ここに
n
1

1
2 n 2
 n ( x; un , bn , n ) 
(1/ n ) exp  ( x  un ) / bn  2 expn ( x  un ) / bn 
2
bn(1/ n )
n
 n

出典:国立社会保障・人口問題研究所「平成14年1月日本の将来推計人口」より
12
低出生社会での人口減少率
 λを実際に計算
→TFR=1.39の安定人口では、
人口は年率1.3%減少
TFR=1.10の安定人口では、
人口は年率2.0%減少
13
スウェーデンのNDCの基本構造
 個人の仮想勘定を設け、個人が拠出した保
険料に、みなし運用利回りとして賃金上昇率
を用いていること。
 年金制度の財政運営自体は、賦課方式を基
本として行っていること。
 年金額は、賃金スライドされること。
14
スウェーデンの概念上の拠出建年金制度(NDC)を上記の低出生安定人口に適用した
ときの保険料率 P(δ)を、時刻 t のときに出生したコーホートについて計算すると、
みなし運用利回りを δ(利力)として、

P(δ)
=

r
bN(t)l(x)w(x)a(x)exp(μ(t+x))exp(δ(r-x))dx
e
ω
K(t+r)exp(ν(x-r)) bN(t)l(x)exp(-δ(x-r))dx
・・・④
r
ここに、w(x)は時刻 0 における年齢 x 歳の賃金、
μ は賃金上昇率(賃金上昇力)、
a(x)は年齢 x 歳の人口に対する被保険者数の割合、
K(t+r) は時刻 t+r における裁定時の一人当たり年金額で、
ν は裁定後の年金スライド率(スライド力)とする。
スウェーデンでは、ν=μ-φ
(φ=ln1.016)
としている。
15
スウェーデンの概念上の拠出建年金制度(NDC)では、みなし運用利回りは賃金上
昇率を用いているから、δ=μ であるので、
K(t+r)

ω
l(x)exp(-φ(x-r))dx
r
P(μ)=
exp(μ(t+r))

r
l(x)w(x)a(x)dx
e
16
低出生安定人口における賦課方式の保険料率 PAY は、時刻 t+s で、
r

PAY
bN(t)exp(λs)l(x)exp(-λx)w(x)a(x)exp(μ(t+s))dx
e
ω
=

K(t+s-(x-r)) exp(ν(x-r))bN(t)exp(λs)l(x)exp(-λx)dx
r
となる。K(t+s-(x-r))= K(t+r) exp(μ(s-x))
K(t+r)

であるから、
ω
l(x)exp(-λx) exp(-φ(x-r))dx
r
PAY=
・・・⑤
exp(μ(t+r))

r
l(x)exp(-λx) w(x)a(x)dx
e
17
低出生安定人口においては、λ≨0 であるから、P(μ)≨ PAY となる。
また、④及び⑤より、みなし運用利回り δ を、δ=μ+λ とすると、
P(μ+λ)=PAY
即ち、みなし運用利回りを μ+λ とすると、構造的に NDC が構成できる。
○ 裁定時の年金額が現役被保険者時の賃金をそれぞれ裁定時に賃金再評価して平
均するという給付設計(厚生年金の報酬比例部分と本質的には同じ)の場合、
K(t+r)= k

r
w(x)a(x)exp(μ(t+r))dx (k は給付乗率であり定数)
e
これより、上記モデルにおける NDC の保険料率や、賦課保険料率が計算できる。
18
安定人口の各歳人口数の時間的推移
t=tのとき
0歳 bN(t)*l(0)
1歳 bN(t)*l(1)*e-λ
:
:
r歳 bN(t)*l(r)*e-rλ
:
:
ω歳 bN(t)*l(ω)*e-ωλ
t=t+1のとき
・・・・・
t=t+rのとき
・・・・・
λ
rλ
bN(t)e *l(0)
bN(t)e *l(0)
λ
-λ
bN(t)e *l(1)*e
bN(t)erλ*l(1)*e-λ
:
:
λ
-rλ
rλ
bN(t)e *l(r)*e
bN(t)e *l(r)*e-rλ
:
:
λ
-ωλ
rλ
bN(t)e *l(ω)*e
bN(t)e *l(ω)*e-ωλ
t=t+ωのとき
・・・・・
t=t+sのとき
ωλ
bN(t)e *l(0)
bN(t)esλ*l(0)
bN(t)eωλ*l(1)*e-λ
bN(t)esλ*l(1)*e-λ
:
:
ωλ
-rλ
sλ
bN(t)e *l(r)*e
bN(t)e *l(r)*e-rλ
:
:
ωλ
-ωλ
sλ
bN(t)e *l(ω)*e
bN(t)e *l(ω)*e-ωλ
(参考)r歳裁定時の人口1人当たり年金額
t=tのとき
0歳
1歳
:
r歳 K(t)
:
:
ω歳 K(t-(ω-r))
t=t+1のとき
・・・・・
t=t+rのとき
・・・・・
t=t+ωのとき
・・・・・
t=t+sのとき
K(t+r)
K(t+ω)
K(t+s)
:
K(t+r-(ω-r))
:
K(t+ω-(ω-r))
:
K(t+s-(ω-r))
19
低出生社会でスウェーデンのNDCは成り
立つのか?
 スウェーデンのNDCは、純再生産率が1である定常人口のもとでは、
財政構造上安定的な年金制度である。
 純再生産率が1を下回る低出生社会では、スウェーデンのNDCのよ
うにみなし運用利回りが賃金上昇率だと財政構造上安定的でない。
財政構造上安定的な年金制度にするためには、NDCにおけるみなし
運用利回りを、賃金上昇率+人口増加率として構成すればよい。
→TFRが長期的に1.39ならばみなし運用利回りは、賃金上昇率よりも
1.3%も少ない率になってしまう。
→(自らの選択した低出生がもたらす帰結に納得して上記みなし運用利
回りで制度構築が出来ればよいが、)払い込んだ保険料に見合った
年金がもらえるべきだとの観念が強い若年世代が受容するか疑問。
20
低出生社会でスウェーデンのNDCが無理
なら積立方式しかないのか?
 稼得能力を喪失した長い高齢期に、現役世代の生活水準と均衡
の取れた生活水準を維持出来るような年金を支給するのが公的
年金の基本的役割である。
 公的年金のマクロ的規模はGDPの10%前後の大きな規模に将
来なる。
 大規模な費用を賄うための積立方式はリスクが大きい(即ち、給
付水準を安定的に確保できない)
→日本の運用利回りはボラティリティーが高い&賃金上昇を上回る
運用利回りは確保できるのか?もし確保できなければ、保険料率
が賦課方式の保険料率より低いというのは画餅になってしまう。
→積立方式は限定的に行うのが妥当
21
低出生人口構造を取り扱う簡素なモデルと
してのロトカモデル
 公的年金制度を大きく規定する人口構造に関
して、年金制度の議論においては、従来、定
常人口もしくは将来人口推計に基づくシミュ
レーションに依拠して議論がなされてきた
 低出生社会での年金制度を端的に論じる手
段としてロトカの安定人口理論は有用である
 ロトカの安定人口理論を活用して、低出生人
口構造でのNDCの保険料率と賦課方式の保
険料率はどのくらいギャップがあるのか試算
22
ロトカの安定人口理論を活用した低出生人
口構造での年金保険料率試算の前提
1.給付体系は、所得比例給付とする。
2.給付水準としてのグロス所得代替率は40年加入の者について40%とする。
即ち、支給乗率は10/1000とする。
3.年金額のスライドは、裁定時は賃金スライドとし、
裁定後は物価スライド+8割保障とする。
4.出生率は、人口研平成14年将来人口推計の高位推計、中位推計、
または低位推計ベースにおける2050年の女性年齢別出生率。
5.死亡率は、人口研平成14年将来人口推計の2005年生命表
もしくは2050年生命表。
6.厚生年金加入率は、平成16年再計算の男女別年齢別加入率。
7.厚生年金の給与指数は、平成16年再計算の男女別年齢別給与指数。
8.厚生年金のボーナス割合は、平成16年再計算の男女別年齢別ボーナス割合。
9.老齢給付のみ計算する。
23
ロトカの安定人口理論を活用した低出生人
口構造での年金保険料率試算結果
保険料率 倍率
2005年生命表
定常人口(TFR=2.07)
高位推計(TFR=1.63)
中位推計(TFR=1.39)
低位推計(TFR=1.10)
15.3%
19.8%
23.5%
30.1%
1.0
1.3
1.5
2.0
2050年生命表
定常人口(TFR=2.07)
高位推計(TFR=1.63)
中位推計(TFR=1.39)
低位推計(TFR=1.10)
17.4%
22.7%
27.0%
35.0%
1.0
1.3
1.5
2.0
24
試算結果のまとめ
 グロス所得代替率を40%と仮定してNDCを日本に
導入すると、老齢給付だけで15.3%の保険料率が
必要。
 高位推計の場合でも安定人口下での賦課保険料率
は、NDCの保険料率の1.3倍であるから、低出生人
口構造が持続する社会においては、賃金上昇率をみ
なし運用利回りとするNDCは恒久的制度としては成
立しない。
(注1) このほかに障害年金や遺族年金のための保険料が更に必要。
(注2) 2050年出生コーホートの所要保険料率は、17.4%であるから、
保険料率を15.3%として固定するNDC制度においては、この
コーホートのグロス所得代替率は35%程度に低下する。
25
日本の年金制度にスウェーデンのNDCを
導入する際にさらに検討すべきこと
 日本の年金制度がスウェーデンのNDCタイプ
の年金制度に移行するためには、
現在の積立金残高をベースに、TFRの低下は
どの程度まで許容されるのかについて、
①運用利回りと賃金上昇率の差
・・・16年再計算では1.1%
② 国際人口移動入超の規模
を織り込んで計量評価して、NDCの限界につい
ても適確な情報を国民に提供する必要。
26
 その際、将来の経済や人口には変動があるが、その
変動が年金制度に与えるリスクについては十分な認
識がされているとは言い難い。
→将来の財政状況、給付水準、ネット所得代替率な
どについては、確率分布で示すことにより、年金制度
の持つリスクへの認識が深まるようにする必要。
 今回の試算結果は簡素なモデルによるものであり、
現実の日本人口は安定人口へ概ね収斂するまで相
当の時間的長さがあることから、その期間内における
制度として、NDCが構築できるか、更に要検討。
27
スウェーデン型NDCの支払持続期間に関
する一つの仮定試算
 次の微分方程式よりF(t)=0となる時刻t0を求
める。
dF ( t )
 C (t )  B (t )   F (t )
dt
ここに、
C (t ) 
r
x
t
bN
(
t
)
l
(
x
)
e
w
(
x
)
a
(
x
)
e
p (  ) dx

e

B(t )   K (t  r  x)e ( xr )bN(t )l ( x)ex dx
r
28
TFR=1.63、運用利回りが賃金上昇率を
年率1.1%上回るケース
 時刻0の積立金を145兆円とし、
人口を1億2500万人として、
直ちに、TFR=1.63の安定人口の年齢構成になると仮定して計算する
と、スウェーデン型NDCの支払持続期間は、
所得代替率40%の場合・・・26.8年
所得代替率50%の場合・・・22.6年
(注1)この結果は、実際の日本の将来推計人口の年齢構成にもとづいて
得られる結果とは異なることに注意しなければならない。
(注2)支払持続期間は、以下の式に基づき計算される。
t0 
1
   
loge {1  (     )
F(0)
}
bN(0){p(  )  p()}l(x)ex w(x)a(x)dx
r
e
29