企業法Ⅰ(商法編) 講義レジュメNo.09 交互計算に組み入れられた債権の 差し押さえの可否 交互計算不可分の原則 大判昭11・3・11民集15巻4号320頁 テキスト参照ページ:221~226p 百選:160~161p 1 事実の概要1 • YとAは、A所有の店舗において共同で洋服 業を営み、それに関して – ①Yが製造・販売した既製服売上高の1割をYか らAへ、 – ②Aが受注した注文服(Y製造)売上高の1.5割 をAからYへ交付し、 – ③前月26日以降当月10日までの間に生じた債 権・債務を相殺し、その残額を毎月15日に支払 う内容の交互計算契約を締結し、これに基づい て取引してきていた。 2 事実の概要2 • Aの債権者Xは、4月1日から同月12日までの 間にAがYから交付を受けるべき金額50万円 について差押えをなし、転付命令を受け、Y に対して支払請求を行った。 • 1審・2審ともXの請求は棄却されたため、X は上告した。 3 交互計算契約 Y 26日~翌月10までに相互に 生じる債権・債務を相殺し、残 額を15日に支払う A ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ X Aに対して50万円の債権を有す るXは、4月1日~12日までに 生じたAのYに対する債権額が 総額50万円になるため、これを 差押え、転付命令を受けた。 4 転付金請求 X 原告 AのYに対する③、⑤、⑦の債権(総額50 万円)を差押え、転付命令を受けたので、 自分に支払ってくれ。 交互計算に組み入れられた債権・債務は、独 立性を失い、個別に譲渡したり、差押えたりで きないはず。 Y 被告 交互計算の存在は、当事者しか分からない、 善意の第三者には対抗できない。 交互計算は第三者の知・不知を問わずに対抗 できる。差押え、転付命令は無効 5 本件の争点 • 交互計算に組み入れられた各個の 債権につき、善意の第三者の差押 えや、譲渡などの処分が認められる か? 交互計算の担保的機能への契約当事者の 期待と善意の第三者の保護とのバランス 6 交互計算(529条)の意義① • 交互計算とは、商人間または商人と非商人 とが継続的取引関係にあり、相互に債権・ 債務を生じる場合に、一定期間内に生じた 債権・債務の総額を相殺して、一定の時期 に残額の決済をなす契約をいう。 • 継続的に取引関係にある場合、取引の度ご とに支払をなすことは煩雑であり、送金の手 数、費用、危険など不利益が少なくない。交 互計算により決済が簡易化される (決済簡易化機能)。 7 交互計算の意義② • 交互計算に組み入れられた債権・債務は、一定期 間(交互計算期間)は支払が猶予されるので、資金 の有効利用にもつながる(信用授与的機能)。 • 契約当事者は、それぞれの債務が互いに相手方 に対して有する、または将来取得する債権につい ての担保としての機能を果たすことが期待できる (担保的機能)。 • 現代では、異なる運送会社(旅客運送:鉄道、バス など)間の相互乗り入れ乗車券(例:スルット関西、 PitaPa)などで利用されている。 8 消極的効力(交互計算不可分の原則) • 交互計算に組み入れられることにより、契約当事 者の取引により生じる個々の債権・債務は独立 性を失い、一つの不可分な全体に結合される。 ① 当事者は各個の債権について各別に履行請 求・相殺・譲渡・差押え・質入れをなすことはで きない。 ② 交互計算期間内は債権の消滅時効は進行し ない。 ③ 特定債権に対する支払は後日一括相殺がなさ れる際の一項目として取扱われるにすぎない。 9 商業証券に係る債権債務の特則 • 手形その他の商業証券から生じた債権及び債 務(手形の割引代金債務など)を交互計算に組 み入れた場合において、証券の主債務者(約束 手形の振出人)が弁済をしないとき(主債務者の 破産)は、当事者はその債務に関する項目を交 互計算から除外できる(530条) • 趣旨:割引人は、主債務者の他の債権者と平等 の割合でしか配当を受けられないのに、割引人 の交互計算の相手方に対する債務は、相殺によ り全額決済されることになり、バランスを欠くため 10 積極的効力(期間経過後の効力) 1. 支払うべき残額の確定(529条) – 当事者が計算書を承認することによってなされる更改 的効力を有する一種の契約(個々の債権・債務を消 滅させ、新たな残額債権を成立させる) 2. 承認後は、各項目について異議を述べることが できなくなる(532条) 3. 残額債権については、債権者は計算閉鎖日以後 の法定利息の請求ができる(533条1項) – 交互計算に組み入れた各項目について、組入日から 利息を付す特約をすることもできる(同2項):残額債 権の利息とは重利(民405)となるが、例外的に認め 11 られる 段階的交互計算理論 • ここまでに見てきた交互計算を古典的交互計算 と呼ぶのに対し、段階的交互計算と呼ばれるタ イプがある。 • 段階的交互計算とは、各個の債権・債務は、 発生の都度決済され、常に当事者の一方に 残額債権が発生すると考える。 • 段階的交互計算では、担保的機能は認めら れず、交互計算不可分の原則も否定される。 • 当座勘定取引が典型的な段階的交互計算 の例 12 問題の所在 • 債権は自由に譲渡できる(差押・転付が可能)の が原則である(民466条1項本文)。 • 但し、債権の性質上譲渡し得ない場合には、譲 渡できない(差押・転付も不可能) 。(同但書) • 債権者・債務者間の特約で、譲渡を禁止すること もできる(譲渡禁止特約)が、その特約は、善意 の第三者には対抗できない(同2項)。 交互計算に組み入れられた債権は、性質上譲渡し 得ないのか、当事者の特約によって譲渡性を制限 されているに過ぎないのか? 13 本件判旨 • 交互計算契約が存する以上、当事者間の取引か ら生じる債権債務は、当事者間において相殺に よってのみ決済されるべきものである。 • したがって、当事者は各個の債権を任意に除去し たり、他人に譲渡できない。この非譲渡性は、交互 計算契約の成立を第三者が知っていたか否かに 関わらない性質上譲渡が許されない場合に該当す る。 • 民466条2項但書の適用はなく、差押できず、転 付命令も無効である。 14 近時の判例:最判昭45・4・10 • 交互計算の事例ではなく、相殺予約の特約 がなされた事例であるが、民466条2項を類 推適用した旧判例を転換し、差押債権者の 善意・悪意を問わず差押・転付命令による債 権の移転を認めた。 • 根拠:私人が意思表示によって差押禁止財 産を作ることは、一般債権者にとって著しい 不利益であり、認めることはできない。 15 本件判決の評価① • 昭和45年の最判の見解が、交互計算にも 妥当すると考えると、本件でもXの請求が認 められることになる。 • しかし、それではYとAの間の交互計算契約 は担保的機能はおろか、決算簡易化機能す ら期待しえなくなり、交互計算の部分的破壊 を容認する結果となる。 • 本件でXが転付命令を得たとする債権は、X の差押時点での確定した残額債権ではない。 16 本件判決の評価② • 古典的交互計算理論はもとより、段階的交互 計算理論によっても、本件におけるXの主張 は認められない。本件判旨の結論は妥当で ある。 • Xは、自己の債権回収のために努力している が、それは報われないのか? ⇒Xは債権者代位権(民423)を行使してYA間 の交互計算契約を解除(534)し、残額債権 を確定させた上で、XのYに対する債権を差し 押さえる方法も考えられる。 17 交互計算の終了 • 交互計算契約は、委任契約同様契約当事 者間の信頼関係に基礎を置く ⇒相互解除自由(534条前段) • 交互計算を解除した場合、直ちに計算を閉 鎖して、残額の支払いを請求することができ る(同後段) • 法定原因による終了 – 当事者の一方の破産(破59Ⅰ)または会社更生手続 の開始(会社更生63→破59Ⅰ) 18
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