終助詞「ね」の本質的意味に関する覚え書き

終助詞「ね」の本質的意味に
関する覚え書き
冨樫純一(大東文化大学)
問題の所在
終助詞「ね」の分析の観点その1
 対人コミュニケーションとの関わり
ex. 伊豆原(1992:171)
「「ね」の機能の他の形態の機能との大きな違いは
「ね」が聞き手との間で話題や気持ちへの一体
化・共有化が可能であるという話し手の気持ちを
表すものであるということである」

ex. 日本語記述文法研究会(2003:256)
「「ね」は付加された文が表す内容を、心内で確認
しながら、話し手の認識として聞き手に示すとい
う伝達機能をもっている。「ね」の用法は、話し手
の認識を聞き手に示す用法、話し手の認識を聞
き手に示すことによって聞き手に確認を求める
用法、話し手が聞き手を意識していることを示す
にとどまる用法の3つに大別される」
終助詞「ね」の分析の観点その2
 心内処理との関わり
ex. 金水・田窪(1998:262)
「「ね(え)」の機能を、記憶領域内において命題を
断定に導くために行う論理計算の過程にあるこ
との表明、と考えることにしよう。このような「ね
(え)」の意味を、「計算中」と呼ぶことにする」

問題点
これらの分析は“命題”との関係性が中心
 終助詞「ね」にはさまざまな用法が存在するが、
それらの働きを全て説明可能というわけではな
い
ex. 複合終助詞「よね」
間投助詞・感動詞の「ね」
……

もちろん、複合終助詞や間投助詞・感動詞にお
ける分析がないわけではない
ex. 中田(2009)
→発話行為論の観点から、「ね」を「発話行為の誠
実性条件を焦点化する」標識と捉える
ex. 篠田(2005)
→あいづちとの類似性から、間投助詞・感動詞の
「ね」とあいづちとの関係性を分析



しかし、それらは個別的、あるいは特定の観点
からのみの分析でしかない
「ね」の統一的(本質的)な説明には到達してい
ないと見ることができる
本当にあるの
???
本質的な意味
対人的機能
(確認要求etc)
心内処理的機能
(計算中etc)
間投用法・感動詞
等の機能
本発表の目的

先行研究の検討はひとまず置いておいて……
終助詞「ね」にどんな用法があるのか、使用の可
不可、自然さ不自然さ、ニュアンスの異なり……
を“愚直”に網羅していく

要は、用例の検討

発表者のスタンス



「ね」の品詞論的な区別はしない
一つの本質的な意味を持つ形式として「ね」を位
置付ける
したがって、出現位置や接続の異なりは“用法の
異なり”として扱う
「ね」の用法の分類



文末用法タイプ:
文の最後(モダリティのところ)に現れるもの
間投用法タイプ:
語末・句末・文節末のようなところに現れるもの
単独用法タイプ:
「ね」単独で用いられるもの
用例の検討1 文末用法

機能的差異はあるものの大抵の表現に付く
(1) いい天気ですね。
(2) そうですね。
(3) これ、面白いね。
(4)A 今何時?
B 7時ですね。

「ね」が付かないのは命令と意志
(5) *やめろね。/*帰れね。
(6) *さて、もう寝ようね。(話し手の行動)
(7) 一緒に行こうね。
(話し手と聞き手の行動)
→勧誘(7)の場合は「ね」接続可能


ポイントは、命令(聞き手への行動の強制)、意
志(話し手の行動表明)というところか
ただし、依頼には「ね」が付くので、命令と依頼の
差異を考える必要がある
(8) ちゃんと勉強してね。
用例の検討2 間投用法

その1 命題要素(文節末)に付く「ね」
(9) 今日はね、東京でね、発表がね、ある
よ。
(10) 今日はですね、東京でですね、発表が
ですね、ありますよ。
(11) 今日はだね、東京でだね、発表がだね、
あるんだよ。


文節末の「ね」は冨樫(2000)等で分析
基本的にはほぼ自由に挿入可能?
(12) 昨日、東京、行ってきたんだ。
(13) 昨日ね、東京にね/*ね、行ってきた
んだ。
→文節末とはいえ、助詞の省略と相性が悪い?
「ですね」と「だね」の対立
 「ですね」はごく普通の丁寧な発話と解釈できる
が、「だね」は単なる普通体というよりも、特定の
発話者属性に偏っている
→中年男性属性?(上司キャラ?)
 「ね」と絡めて分析すべきか、「です」と「だ」、ある
いは文体論的観点として取り扱いを区別すべき
か



その2 典型的感動詞に付く「ね」
獲得タイプ(いわゆる“驚き”)には接続不可
(14) *あっね/*わっね/*おっね/*げっね
(15) *ぎゃっね/*きゃっね/*ひっね
(16) *おっとね
→特に問題なし

検索タイプには接続可
(17) ええとね
(18) あのね
→ただし、「あのね」には批判的ニュアンスが読み
取りやすいか?
(19) あのねー、そんなことしちゃダメだよ。
→この場合、“検索”という心内処理を示している
のではなくなる?
→長音化が必須?

関連付けタイプには接続不可
(20) *ふーんね/*へえね/*ほうね
(21) *はいね/*うんね
(22) *いいえね/??いやね/??いえね
→ただし、「いや」「いえ」については微妙
(23)A
B
(24)A
B
あなたが田中さん?
*いやね/*いえね、違います。
どうしましたか?
いやね/いえね、困ったことが…。
→(24)のような否定応答詞の“非否定用法”(冨樫
(2006))では「ね」の接続が可能になる
→何故?

その他の典型的感動詞
(25)A よくやったな。
B まあね。
→心内処理過程の曖昧性を示す「まあ」(冨樫
(2002))には、「ね」接続可
→ただし、“自慢気”なニュアンスが表出する
(26) *ほらね、やってごらん。
(27)(バッターが三振するのを見て)
ほらね、やっぱり。
→“共有知識の活性化”(大島(2001))を示す感動
詞「ほら」
→(27)は共有知識がまだ構築されていない状況で
あるが、この場合に限り「ね」が接続可となる
(28) さあね、そんなこと知りませんよ。
(29) *さあね、やってごらん。
→“検討中”(定延(2013)等)を示す「さあ」に「ね」は
接続可
→“動作発動”(森山・張(2002))を示す「さあ」には
「ね」接続不可
→「ほらね」と同様、聞き手の行動だとダメ?
(30) *おいね、そこのお前!
(31) *こらね、そこのお前!
→“呼び掛け(呼び止め)”の「おい」や、“叱責”の
「こら」には、「ね」接続不可
→命令と同様に、強制のニュアンスが強いため?

典型的感動詞と「ね」まとめ
獲得
検索
関連付け
×
○
×/△
「まあ」
「ほら」
「さあ」
「おい」等
△
△
○/×
×
△は特定状況の場合のみ可能、もしくは特定のニュ
アンスが生じることを表す



その3 発話行為的感動詞に付く「ね」
発話行為の表現と「ね」については中田(2009)が
先駆的な分析を試みている
しかし、用例の判定等に疑問も残るので、やはり
ここでも用例を網羅することに主眼を置く

感謝・謝罪タイプ
(32) ありがと(う)ね。
/*ありがとうございますね。
(33) ごめんね。/ごめんなさいね。
(34) すまんね。/すみませんね。
→中田(2009)は、誠実性条件「行為への感謝・悔
い」が焦点化されるため、としている
→しかし、それでは同じ条件を満たしている「あり
がとうございます」に「ね」が接続しないことが説
明不可能
→一方で謝罪タイプでは丁寧かそうでないかによ
る差はない

祝福・労いタイプ
(35) ?おめでと(う)ね。
/*おめでとうございますね。
(36) ?お疲れ様ね。
(37) ?ご苦労様ね。
→内省が微妙
→(35)は中田(2009)では許容しているが…

定期挨拶タイプ
(38) *おはようね。/*おはようございますね。
(39) *こんにちはね。
(40) *こんばんはね。
(41)??おやすみね。/??おやすみなさいね。
→ほぼ許容されないが、(41)は微妙?
(42)
(43)
(44)
(45)
(46)
?いってきますね。
*ただいまね。
*さよ(う)ならね。/じゃあね。
?いただきますね。
*ごちそうさまね。
→(42)と(45)は微妙か? 慣用句ではない字義通
りの解釈だと可能ということか?
(47) *もしもしね。
(48) ?いってらっしゃいね。

補足しておくが、確認要求用法の解釈ならばほ
とんどの例が許容される
(49) 「おはよう」ね/でしょ。
→が、これは直接接続しているとは言えないので
別扱い

発話行為的感動詞と「ね」まとめ
感謝・謝罪
祝福・労い
△
?
普通体の感謝のみ可
内省が壊滅
挨拶
△
ほぼ許容されないが
微妙にokそうなのもある
……まったく、わけがわからないよ。


その4 周辺的感動詞に付く「ね」
感動詞なのか定義が難しいもの
(50) *よっこいしょね/*よいしょね/*えいね
(51) *しまったね/*くそっね/*ちくしょうね
(52) ?はてね、そんなこと言いましたかね。
→「はて」は微妙か? それ以外はたぶんダメ

周辺的感動詞と「ね」まとめ
動作発動
否定評価
×
×
「ほら」や「さあ」等の動作発動系と
同じく許容されない
ただし、こちらは話し手自身の動作発動
「はて」
△
「わっ」や「げっ」と同じ
獲得タイプだからか?
用例の検討その3 単独用法

単独の感動詞的用法なので用例は単純
(53) ねえ、あれ見て。
(54) ねえねえ、ちょっと聞いて。
→“もちかけ”(伊豆原(1992))、聞き手に対する“促
し”(篠田(2005))
→聞き手への働きかけというより、“注目表示”とす
べきか
→長音化しやすい傾向はあるが必須ではない
→繰り返し形が可能なのも大きな特徴
繰り返し可能な感動詞「はい」や「ええと」等との
比較もできそうである
用例の検討その4 話者属性

女性属性との関わり
(55) 今日はいい天気ね。
(56) 今日はいい天気だね。
→益岡・田窪(1992)等では断定の「だ」の有無が女
性属性と男性属性を区別する要因であると指摘
している
→しかし、それで説明が十分か?
→「ね」がある程度女性属性に偏りやすい点を、本
質的意味と絡めて考えることはできないか?

間投用法の「だね」が中年男性属性に偏ることも
含めて、話者属性とのつながりを考慮する必要
があるだろう
用例の検討その5 複合終助詞


「ね」が構成要素となる複合終助詞
やはり最大最強の問題は「よね」である
(57) ちゃんと発表してよね。
(58) あの頃はよく遊んだよね。
→押さえなければならないポイントはおそらく一つ

「よ」+「ね」という合成的観点で分析可能か
→合成的観点に立つならば、先に「ね」の本質
を暴かなければならない
→非合成的観点に立つならば、「よね」独自の
意味記述を試みなければならない

「わね」「かね」「(?)さね」
(59) あら、綺麗なお召し物ですわね。
(60) そろそろ帰るかね。
(61) わしはもう行くさね。
→「よね」以外の複合終助詞はこの3つぐらい
→いずれも役割語のニオイがプンプンする
今後の課題
可能な限りの現象の観察
→一応、今回はそれなりに網羅したつもり
 心内処理と対人機能の融合をはかる
→本質的意味の導出
→感動詞との関係性を考慮すると、やはり心内処
理との対応という形で分析していくのが妥当か

引用文献
伊豆原英子(1992)「「ね」のコミュニケーション機能」, カッケンブッシュ寛子他(編)『日本語研究
と日本語教育』, 名古屋大学出版会.
大島弘子(2001)「「ほら」の機能について」『日本語教育』108, 日本語教育学会.
神尾昭雄(1990)『情報のなわ張り理論』大修館書店.
金水敏・田窪行則(1998)「談話管理理論に基づく「よ」「ね」「よね」の研究」, 堂下他(編)『音声
による人間と機械の対話』, オーム社.
定延利之(2013)「フィラーは「名脇役」か?」『日本語学 臨時増刊号(特集 ことばの名脇役た
ち)』vol.32, no.5, 明治書院.
篠田裕(2005)「日本語の助詞「ね」の対人的機能とあいづち ―その日本的コミュニケーションス
タイルに果たす役割―」『比較文化研究所年報』21, 徳島文理大学比較文化研究所.
冨樫純一(2000)「非文末「ですね」の談話語用論的機能 ―心内の情報処理の観点から―」『筑
波日本語研究』5, 筑波大学文芸・言語研究科.
冨樫純一(2002)「談話標識「まあ」について」『筑波日本語研究』7, 筑波大学文芸・言語研究科.
引用文献
冨樫純一(2006)「否定応答表現「いえ」「いいえ」「いや」」, 矢澤・橋本(編)『現代日本語文法
現象と理論のインタラクション』, ひつじ書房.
中田一志(2009)「発話行為論から見た終助詞ヨとネ」『日本語文法』Vol.9, No.2, 日本語文法学
会.
日本語記述文法研究会(編)(2003)『現代日本語文法4 第8部 モダリティ』くろしお出版.
益岡隆志・田窪行則(1992)『基礎日本語文法 ―改訂版―』くろしお出版.
森山卓郎・張敬茹(2002)「動作発動の感動詞「さあ」「それ」をめぐって ―日中対照的観点も含
めて―」『日本語文法』Vol.2, No.2, 日本語文法学会.