漢方のメカニズムを解明し、さらに市場を広げることで健康と医療に貢献するバスクリンなどを扱う家庭用品事業を分社・譲渡し、事業領域の中心を﹁漢方﹂に特化したツムラ。倒産寸前の経営危機を乗り越え、医療用漢方製剤でのシェア％以上というトップメーカーに成長した。漢方という深遠な領域を切り開き、ツムラを成功へと導いた芳井社長にその秘訣と今後の経営戦略を聞いた。株式会社ツムラ代表取締役社長芳井順一氏 UA045_Leader`s talk001 80 福水託写真 ● 上坂伸一インタビュアー ● Interview by Shinichi Uesaka Photo by Taku Fukumizu いう商材は大変に魅力的であり、売上は伸優秀な人材も辞めていく。しかし、漢方という状況下では、社員のやる気も緩みます。芳井倒産寸前といわれました。それは余計な多角経営をやり過ぎたからです。そう上坂年前といえば、ツムラが深刻な経営危機に陥っていた頃ですね。達していました。私が年前に営業本部長に就任したときでなのですが、ツムラの強みの事業でもあり、︵漢方製剤︶は医薬品市場でも限られた領域でしたね。医師の処方による医療用医薬品論に至ったからです。双方の経営者の総意は、別々に経営するのが望ましいという結効果が低く、それぞれを発展させるために芳井家庭用品事業を分社し、株式譲渡したのは、漢方と家庭用品の事業はシナジーが、思いきった戦略を採りましたね。ォーカスしていく姿勢が鮮明になりました用品事業を分社化しました。﹁漢方﹂にフます。ところが御社は２００６年に家庭上坂私も含め、多くの読者はツムラというと入浴剤のバスクリンを連想すると思いさんに試しても同じように効く。こんなこた漢方が思いのほか評判がいい。他の患者そして実際に処方してみると、ＭＲが勧め持った医薬情報担当者︶に尋ねるわけです。を処方したいとツムラのＭＲ︵専門知識をと患者さんが不安になる。そこで、漢方薬るわけですからね。しかし、薬を出さないれる薬は、すでに他の病院で処方されていたとき、処方する薬がないのです。考えられないなどで悩んでいる患者さんが来院し医学的には病気は治っているのに症状が取れており、足が攣ったときの漢方です。私ります。これは、こむら返りにいいといわ上坂頓服︵とんぷく︶などですか。芳井そうです。たとえば﹁芍薬甘草湯﹂︵しゃくやくかんぞうとう︶という漢方薬があ違った認識やイメージの改善に努めました。速効性のあるものもあります。こういった間う誤解もありました。そうではありません。芳井ええ、漢方薬というのは、長期間服用して体質を改善しないと効果がないとい上坂まゆつばっぽく聞こえてしまう？絶反応を起こす医師もいましたからね。﹁証﹂とか、漢方医学的な用語を聞くと拒る戦略を採りました。﹁陰陽五行説﹂とか門知識のない人でも理解できる言葉で伝えの営業方法や宣伝方法は通用しません。専てもらえばいいのです。そのためには従来芳井医師はいい薬を知ると必ず使いたがります。つまり、いい薬であることを認めですね。上坂市場の意見を優先し、興味のあるユーザーを集中的に攻める。営業の鉄則うと決めました。に漢方を積極的にＰＲして認知度を高めよ方に興味があると答えた医師をターゲット思いました。そこで独自にリサーチし、漢かけをしないと、我々の将来が拓けないとです。漢方を医学として認めてもらう働き年には大学医学部および医科大学校のを呼びかけ続けました。その成果が実り、１９９７年から大学に漢方医学教育の導入ですね。それには大学でしっかりした教育漢方の問題が出題されるようになればいい芳井日本の医学として認知されることが重要だと考えています。医師国家試験に上坂さらにマーケットを拡大させるには、なにが必要ですか。が︵笑︶、いまはみんな元気で笑顔があります。を扱う変な人たちという視線もありました芳井現在のツムラの社員は誇りを持って働いてくれていると思いますよ。当初は漢方したか。乗った現在では、社内の雰囲気は変わりま第一製薬から移ってこられた当時と軌道にです。マーケットが拡大していくと社員のですね。関心を示した医師は多かったはず上坂成功体験を重ねると揺るぎない信頼が生まれます。戦略が見事に的中したわけようになりました。解が解け、漢方に対して心を開いてくれるこういったお話をしていくうちに医師の誤んどうとう︶という薬も速効性があります。ました。咳を鎮める﹁麦門冬湯﹂︵ばくもも、すでに漢方業界内のシェアは約％に続いています。ある意味で、すごい医学で漢方医学は奈良時代からずっと途切れなくですか。しました。そのトライアルは西洋医学の土じめ、まずは３種類の漢方薬からスタートなエビデンスを確立することを目指すもの周辺症状︵興奮、徘徊、不眠、妄想、幻ーニングも不可欠です。そのため我々は、が行われることが必要で、臨床的なトレ意識も変わってくると思いますが、社長がびると確信していました。社員の気持ちをとが続き、漢方に関心を持つようになった芳井同じころ、ある医学系雑誌に﹁大学の若い医師の大半が漢方に興味がある﹂とすよ。しかし、当時は漢方を使っていると芳井医薬品ですから、様々な制度や認可の問題で他の企業が新たに市場に参入する俵での戦いになります。以前にツムラは新は、すごく興味深い仕事ですね。覚など︶を和らげるという報告がありましている人を救えるのかもしれませんね。新薬はありません。は新薬メーカーの出身ですが、こういったなったのです。正直なところ、こんなに早すべてで漢方医学の講義が開かれるように上坂漢方の存在感が高まれば、大手製薬ーになっていくはずです。なく努力を継続していくことがすごいパワらに上がりますが、長くコツコツと絶え間く達成できるとは思っていませんでした。医師国家試験の出題となるとハードルはさー中に足が攣ることがありませんか？と尋ね、あると答えたら芍薬甘草湯を紹介し芳井実際に使って、効果を体験していただきました。ゴルフが趣味の医師に、プレ上坂漢方の強みを武器に、新薬との差別化を図ろうとしたわけですね。 80 しょう引き締めて前を向かせ、経費の節約やリス医師が大半でした。いう記事が掲載されていました。そこで全マニアックに見られていました。だから使ことは難しいのです。この領域に入るには、薬も開発していましたが、その解明に新薬芳井その通りです。現在は基礎研究をツムラでやり、臨床的な研究は各大学で行っ漢方薬の作用機序︵作用するメカニズム︶た。テレビでも放映されて大反響を呼んだせんよね。芳井大いに考えられます。西洋医学の最先端の医師たちも、漢方の理屈はわからなつトラを含めた経営改善に取り組めば再建は不可能ではないと信じていました。上坂それで将来性を見込んだ？国の医大や大学医学部に出向き、なぜ興味上坂漢方のマーケットが拡大するという読みはあったのですか。芳井明治年に明治政府が西洋医学を推奨して漢方医学を排斥しました。それでもを持つのか質問をしたのです。すると、答っていることを隠したがる。これではダメ西洋医学的なアプローチから、漢方を解明したいと考えています。それが実現できれば、市場はもっと伸びますよ。企業買収しか方法がありません。工場ひとに的を絞り、それに対する漢方薬の科学的つとっても、新薬とは規模も手間のかかり開発のスタッフの知識が生かされています。会社が参入してくる不安もあるのではない方も違います。原料生薬から漢方製剤をつ難しい領域といえます。ています。謎が多いだけに、新しい発見もです。大建中湯︵だいけんちゅうとう︶をはくるまでのプロセスを知っただけでも企業上坂根拠があって効くということを証明する。不可思議なところにメスを入れるの上坂だからツムラは漢方に特化したビジネスができたのですね。漢方には、なぜ効買収を尻ごみすると思いますよ。それだけ果があるのか不明な部分も多くあります。は薬理作用やエビデンス︵科学的根拠︶なので、記憶にある方も多いと思います。﹁抑肝散﹂芳井そこです。私は社長に就任して以来、多いですよ。たとえば最近では、西洋医学的なアプローチも行っています。︵よくかんさん︶という漢方薬が認知症のどが明確になっていないものが多く、なぜ上坂新薬で治療に難渋している部分を、漢方がフォローする。未知の部分が多いこ効くかを解明できれば、漢方の市場はもっと伸びますよ。とを考えれば、年先にはいま難病を患っ芳井それで３年前から﹁漢方薬の育薬﹂を始めました。これは承認されている効能・上坂大学の講義で﹁いや、この漢方はなぜか効くんだ﹂って説明するわけにいきま効果の範囲内で、新薬での治療に難渋していて、漢方が特異的に効果を発揮する疾患だと言いまい、しかし Something great す。そのため弊社の経営指針のひとつには 10 07 64 えはほぼ同じでした。どの病院でも、西洋 28 11 11 UA045_Leader`s talk002 《70 s FOLK の店》風街ろまん店主長谷川康上海雷允上薬業有限会社董事長陳保華（Chen Baohua）ギタリスト（アリゾナ在住） BILLY 市田農事組合法人ヒューマンライフ土佐代表理事片岡継雄中国に頼っている原料生薬の栽培を日本国内でも増やしたいですね。地元雇用の促進などで社会に貢献し、社員が胸を張れる企業を目指します。永易克典を与えてくれました。では、そんなツムラの将来的なビジョンを描くうえで重要な﹁次の一手﹂とは何ですか。芳井ツムラは必要な仕事を進めながら、困っている人を助けることができる企業だと思います。現在は原料生薬の割を中国から輸入していますが、今後は日本国内でこんな医療が提供できる日本は、とても恵は日本だけなのです。他国にはありません。医学のライセンスで漢方薬も処方できるのいた表現にしています︵笑︶。実は、西洋の医療が提供できる﹂なのですが、一歩引掲げました。本心は﹁我々ならば世界最高道が間違っているかもしれないことを能力ンは③です。なぜなら、自分の進んでいるる、④能力もやる気もない。最悪のパターやる気がない、③能力がなく、やる気があう。①能力もやる気もある、 ②能力があり、やる気で４つのパターンに分けてみましょが、トップに立つ人物の適正を、能力とに読んだ某経済誌の記事の受け売りです芳井私は基本的な方向性さえ正しければ、企業は必ず伸びると考えています。昔ますが、社長はいかがですか。本日はありがとうございました。上坂実に広がりを感じさせるビジネスですね。さらなる躍進を期待しています。です。そんな企業に育てていきたいですね。けば、弊社の社員も胸を張って働けるはず思います。そういう社会的な貢献をしていくさんの雇用が創出できるようになるとなるでしょう。地元の方々はもちろん、た道などは土地も広いし、大量生産が可能にがら日本産の原料生薬を栽培します。北海地には財政破綻しかかっている市町村が多の栽培も増やしていきたいですね。日本各まれているともいえますね。がないので気付かない。ただ突き進むだけくあります。そういう地域と協力し合いな上坂漢方に対する社長の思い入れが伝わります。営業を軸にしている経営トップのになってしまうからです。その雑誌には、医薬品事業が8割以上を占めており、大半が病院で処方してもらう医療用漢方製剤。現在、健康保険が適用される漢方製剤は148品目あるが、ツムラではそのうち129品目を取り扱っている。医療用漢方製剤の市場シェアは82％以上。で類のない最高の医療提供に貢献する﹂と方は、財務系の方に比べて﹁イケイケ﹂と年には全国大学のすべてにおいて教育が実施された︵現在では漢方外来も施設 01 に設置されている︶。年には、本社ビルの土地建物を売却。家庭用品事業を分社化し、ツムラライフサイエンス株式会社を設立。事業を漢方製剤や生薬製剤の製造販売に集中させる。年、本社を赤坂に移転。年 06 学校法人久留米大学常務理事／名誉教授神代正道中国医薬保健品股份有限公司総裁張本智（Zhang Benzhi）﹁漢方医学と西洋医学の融合により、世界いうイメージがあります。好調時は営業のベストは②とありました。能力があるから上坂伸一 1984年、早稲田大学卒業。99年4月より『ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー』誌編集長を務めるとともに、経営戦略をテーマとした書籍を数多く手がける。 05年6月に『本質を見抜き、マネジメントの質を高める』コンテンツを発信する出版社、株式会社ファーストプレスを設立し、代表取締役社長として経営に関わりながら、経営ジャーナリストとして企画・執筆活動を行う。 69 80 今泉英壽 8 人員を増やす発想になる傾向が強いと思いないので仕事は人に託し、その成果を冷静正しい方向へ導けるだけでなく、やる気がに判断できると解説してありました。しかし、私の見解は少し違います。能力があるでは企業が立ち行かなくなります。だから、のはもちろんですが、やる気がないトップ私自身は方針と方向を重要視して、あらゆる局面で冷静に対応しているつもりです。上坂金融ビッグバンや世界的な経済危機などの影響で、地に足のついた経営が難しい昨今だけに、自社の強みを生かした経営戦略を考えているトップも多いと思います。ツムラはその典型的なビジネススタイ大学医学部における漢方医学教育の状況ルを築き、多くのビジネスパーソンに勇気１８９３年︵明治年︶、初代の津村重舎が﹁津村順天堂﹂の称号で東京・日本橋に創業。婦人用生薬製剤﹁中将湯﹂の製造販売を開始する。１９３０年︵昭和年︶には、芳香浴剤﹁バスクリン﹂を発売。年、株式会社津村順天堂が設立される。年には、医療用漢方製剤処方が薬価基準に収載、保険薬の指定を受ける。年には、社名を現在の株式会社ツムラに変更した。 88 国際医療福祉大学副学長三田病院院長北島政樹上海医薬（集団）有限公司総裁銭䚼（Qian Jin）ツムラDATA 11年前には全80大学のうち 24大学でしか行われていなかった漢方医学教育が、05年度にはすべての大学医学部・医科大学で実施。臨床研修の場となる漢方外来を実施した大学も増えている。ただし、8コマ以上の講義がされているとはいえ、必修科目になっているのは65 大学。現在、80大学すべてで必修科目になるよう、ツムラは漢方医学普及のために漢方医学教育の充実に向けた支援活動を続けている。には、ツムラライフサイエンス株式会社の全株式を株式会社プルメリアに譲渡した。 08 36 （敬称略）本社所在地…東京都港区赤坂 2 丁目 17 番 11 号創業…1893 年 4 月 10 日設立…1936 年 4 月 25 日資本金…194.87 億円（平成 20 年 3 月 31日現在）代表者…芳井順一従業員数…2172 名（平成 20 年 3 月 31日現在）売上高…795 億 4600 万円（平成 20 年 3 月 31日現在）事業内容…医薬品（漢方製剤、生薬製剤ほか）、医薬部外品、雑貨品などの製造販売芳井順一福岡県出身。1970年、西南学院大学商学部卒。95年、取締役社長室長就任。97年、常務取締役就任。2000年、専務取締役就任。03年に代表取締役副社長を経て、04 年から現職。創業111年目で創業家と血縁がない初の社長となる。 07 5 33 04 医 90 療用漢方製剤のトップシェアを誇る年代後半から、大学医学部における漢ツムラの歴史は、明治時代に始まる。方医学教育が急速に拡大。年には、文部科学省がモデル・コア・カリキュラムを導入。 26 株式会社三菱東京 UFJ 銀行頭取 UA045_Leader`s talk004 UA045_Leader`s talk005 ツムラの医療用漢方製剤は、1976年に初めて薬価収載された。96年には「小柴胡湯」の間質性肺炎の副作用が報告されたことなどにより漢方製剤の売上は一時的に下降するが、すぐに営業戦略の見直しを図り99年から回復。現在でも順調な伸びを示している。 76 第一三共ヘルスケア株式会社代表取締役会長私がここ1カ月で握手した人基礎データ