請求項の読み方 - PatentIsland

請求項の読み方
作成: 2007年12月14日
最終更新日: 2015年6月3日
BY 久野敦司
( E-mail: [email protected] )
特許戦略論
http://www.patentisland.com/PatStrategicMemo.html
1
第1章 請求項とは
2
請求項の定義
”請求項”とは、保護を受けたい発明を記載した項をいう。明
細書の特許請求の範囲には、複数の請求項を記載するこ
とができ、それぞれの請求項に記載された発明について、
それぞれ特許権の効力がある。クレームとも呼ぶ。
出典: 知的財産用語辞典
3
請求項の例
特許第2754749号
ベッドに寝ている人が目覚めるべき所定時刻を記憶する目覚め時刻記憶手段と、
時計を計るタイマーと、
前記タイマーで計られた時刻が前記目覚め時刻記憶手段に記憶されている所定時刻に
達したときに就寝者に振動を加える目覚まし手段とを備え、
該目覚まし手段が、
ベッドのマット下部に配置された複数の圧力ユニットと、
これら各圧力ユニット内の圧力を調整して前記ベッドに振動を加える手段と、
を具備して構成したことを特徴とする
ベッド制御装置。
4
請求項の位置付け(技術の4階層モデルでの位置付け)
請求項A
特許権の技術的範囲:特70条
技術思想
後願の同一請求項
排除:特39条
基本発明と利用発明:特72条
発明の特定要件:特36条5項
一般論レベルの
設計書(普通名詞
で記述)
刊行物記載:特29条1項
原理、思想、
アイデア
実施例A
サポート要件
特36条6項
進歩性:特29条2項
先願明細書による排除:
特29条の2
特許公報、
論文など
設計書A
具体論レベルの
設計書(固有名詞
と数値で記述)
先使用権:特79条
設計書、
IPコア
特許権の効力 特68条
製品、サービスA
公然実施:特29条1項
現実の製品、
サービス
間接侵害 特101条
製品型式を
持つ製品
5
請求項のタイプ(記述形式からみたもの)
請求項のタイプ
左記タイプの請求項の構造
左記タイプの請求項の特性
要素列挙型クレー
ム
Aと、Bと、Cとを備えるX。
最も単純な形式の請求項である。
構成要件が少ないので、広い権利範囲の
請求項を記述しやすい。
ただし、理解する手がかりの記述がない
ので、慣れていない人には理解困難。
ジェプソン型ク
レーム
Aと、Bと、Cとを備えるXにおいて、
AはMa、BはMbであることを特徴とするX
。
公知技術との差異となる新規部分を明確
化した記載方法である。
前提部分プラス特
徴型クレーム
Aと、Bと、Cとを備えるXであって、
AはMa1、BはMb1であることを特徴とす
るX。
発明の外縁であるXの範囲内で、特徴部
分のある範囲を明確化したものである。
発明の外縁であるXが手がかりとなって、
発明の理解がしやすいタイプである。
要素列挙要素関係
説明型クレーム
Aと、Bと、Cを有し、
AとBの関係はRabであり、
BとCの関係はRbcであり、
CとAの関係はRcaである
X。
構成要素と、要素間関係を区別して記載
する方法である。構成要素間の関係が複
雑な場合に、体系的な記述を可能とする
タイプである。コンピュータ処理には適
するが、人間が請求項を理解するには複
雑である。
典型例提示プラス
要素列挙型クレー
ム
(今回、このよう
なタイプを考えて
みました)
典型例として、
Mx1であることを特徴とするX1を少なくと
も含むXであって、
Aと、Bと、Cとを備えるX。
典型例として下位概念であるX1を提示
しつつ、上位概念であるXの構成を明確
化するタイプのクレームである。典型例
X1を商品イメージで具体的に記述する
ことで、クレームの事業的価値が理解し
やすくなるし、権利範囲も広いまま保て
る。
6
請求項の構造
K
リンク
B
D
入力
出力
A
C
構成要素
概念展開リ
ンク
C3
C1
C2
C
階層構造
構成要素やリンクの意味を定義し
た情報
辞書
7
請求項のタイプ(独立項と従属項)
独立項
【請求項1】ベッドに寝ている人が目覚めるべき所定時刻を記憶する目覚め時刻記憶手段と、
時計を計るタイマーと、
前記タイマーで計られた時刻が前記目覚め時刻記憶手段に記憶されている所定時刻に達したとき
に就寝者に振動を加える目覚まし手段とを備え、
該目覚まし手段が、
ベッドのマット下部に配置された複数の圧力ユニットと、
これら各圧力ユニット内の圧力を調整して前記ベッドに振動を加える手段と、
を具備して構成したことを特徴とする
ベッド制御装置。
8
従属項
【請求項2】
前記各圧力ユニット内の圧力を検出する圧力検出手段と、
前記圧力検出手段が検出した各圧力ユニットの圧力を合計した値を用いて人が前記ベッ
ド上にあるかどうかを判断する判断手段と、
前記判断手段の判断結果が人がベッド上にいないことを示す場合には、
システムを省電力状態に移行させる省電力手段と、
を具備した
請求項1記載のベッド制御装置。
9
請求項のタイプ(発明のカテゴリー)
物の発明
方法の発明
生産方法の発明
10
第2章 請求項を権利範囲を示
すものとして読む考え方
(請求項の独占領域型解釈)
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請求項を読む人
審査官
競合企業
弁理士
自社
営業マン
知財部員
請求項
事業企画
マン
発明者
知財
取引業者
経理マン
投資家
銀行
12
請求項を読む目的
(1)請求項に記載された発明の内容を理解する。
(2)請求項と公知文献の比較をして、請求項記載の発明の新規性や進歩性を判定する。
(3)請求項と特定の製品の技術内容を比較して、侵害の有無を判定する。
(4)請求項の品質を評価する。
(5)請求項に記載された発明の技術的な分野を特定する。
(6)請求項に記載された発明と実施の形態に記載された発明の対応関係を把握する。
(7)請求項で表現された特許権を武器として活用する場合のパワーを把握する。
(8)請求項で表現された特許権の金銭的な価値を評価する。
(9)請求項に記載された発明をもとに、実施の形態に記載する内容を詳細に設計する。
(10)請求項に記載の発明に類似した技術を記載した文献やウェッブサイトを検索する。
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独立項と従属項に関する読み方の法則
1. 従属項の新規性を否定できるならば、その従属項の上位の請求項の新規性も
否定できる。
2. 上位の請求項の新規性を否定できるからと言って、その下位の従属項の新規性
を否定できるとは限らない。
3. 上位の請求項の方が、それに従属する下位の請求項よりも権利範囲が広い。
請求項の権利範囲の広さに関する法則
1. 請求項を構成する構成要素の個数が少ない方が権利範囲が広い。
2. 各構成要素末尾の構成要素名の概念が上位概念で記述されるほど、権利範囲が
広い。
3. 各構成要素において、構成要素名を説明する説明部分が上位概念の用語を少な
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い個数だけ使用して記述されているほど、権利範囲が広い。
侵害判断、新規性判断での原則
権利一体の原則
これは、特定の技術が請求項に記載の技術的範囲に含まれると
判断するためには、請求項に記載のすべての技術的要素を、そ
の特定技術が備えていることが必要であるという原則である。
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特定発明
Aと、Bと、Cとを備える装置
比較対象装置
① Aと、Bとを備える装置
② Aと、Cと、Dとを備える装置
③ Aと、Bと、Cと、Dとを備える装置
①と②は、特定発明を実施していないが、③は特定発明を実施していることになる。
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請求項の解釈の一般的な手順
「技術的範囲に属するか否か」の鑑定を依頼されたとき、通常とる手順は以下の通
りです。
(1)特許発明の特定→特許権設定登録時もしくは訂正審判による訂正後の「請求
の範囲」
(2)イ号物件の特定
(3)文言解釈(形式的同一性の判断)→請求項記載の構成要件とイ号の構成要件
とを対比
(4)実質的解釈(実質的同一性の判断)→各種実質的解釈論の考慮
(5)均等論適用の是非
出典サイト: http://www.ne.jp/asahi/patent/toyama/jitsumu/m_kenri.htm
参考サイト: http://www.iip.or.jp/summary/pdf/detail02j/14_07.pdf
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請求項の読み方の基本手順
請求項と、製品や公知文献の比較のためのもの
ステップ1: 請求項を複数個の構成要素と発明の名称に分割する。
請求項の構成要素を意味内容にまで踏み込まない表層的で形式的な分析で抽出
できる場合が多い。例えば、次のようなものがある。
改行によって明示的に構成要素が区分されている場合
区切り符号である「、」や「,」で構成要素が区切られている場合
「~と、」という表現で構成要素を区切っている場合
構成要素の末尾にある構成要素名が「手段」という記述で終わっている場合
空白行の挿入によって、構成要素が区分されている場合
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ステップ2: 各構成要素の末尾に記載の名称である構成要素名を抽出し、請求項を規定
するキーワードである発明の名称、各構成要素名を把握する。
このステップ2までで、請求項に記載の技術内容を理解せずとも、機械的な判断で前記の
目的を達成できる場合がある。これは、ある程度のリスクを覚悟すれば大量の特許文献
を素早く処理可能な方法論である。それを下記に説明する。
(1)比較対象の公知文献に存在しない技術を示す構成要素名が請求項にある場合、そ
の請求項はその公知文献によっては、新規性を否定されない可能性が高いと判断できる。
(2)比較対象の製品に存在しない技術を示す構成要素名が請求項にある場合、その製
品はその請求項を侵害しない可能性が高いと判断できる。
(3)抽出した構成要素名と発明の名称の全部または一部を用いて、請求項に記載の発明
に類似した技術を記載した文献やウェッブサイトを検索することができる。
(4)構成要素名と発明の名称を表示して、発明の内容を直感的に表現することができる。
(注) 構成要素名、発明の名称を類義語、上位概念語、下位概念語に広げて上記の処
理をする必要がある。
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ステップ3: 各構成要素および発明の名称に記載の技術的内容を詳細に分析して、請
求項記載の発明の技術的範囲を特定する。
請求項は大変に読みにくいが、構成要素に分割して構成要素ごとに技術内容を分析する
ことで、理解が容易になる。構成要素は、構成要素名と、構成要素名の前に記述された
説明部分からなる。この説明部分で他の構成要素名を参照していた場合には、参照され
た構成要素名を持つ構成要素との間に何らかの関係が存在することが判明する。
ここまでの分析で、構成要素間の参照関係が判明するので、1つの構成要素を1つのブ
ロックとして図示するとともに、参照関係にある構成要素をリンクを示す線で結合すること
で、請求項に対応したブロック図を作成することができる。
このようなブロック図を「クレーム対応図」と呼んでいる。クレーム対応図は請求項に記載
された発明を理解する上で、大変に重要である。
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請求項に記載の用語の解釈
1. 一般的に用いられている辞書で定義された意味のものとして、解釈するのが
原則である。(例外:その特許出願の明細書で定義されている場合など)
辞書としては: 国語辞典、JIS用語辞典がある。
そのような用語の定義が記載された辞書が無い場合、当該技術分野での当業者が
用いている意味のものとして解釈するのが原則である。(例外:その特許出願の明細
書で定義されている場合など)
2. その特許出願の明細書で定義されている場合には、その定義した内容を意味する
ものとして解釈する。
3. その特許出願の明細書で定義されていないが、その明細書で使用されていた場合
には、その使用の内容をもとに、その用語の意味を解釈する。
4. さらには、その特許出願の中間処理の過程で出願人が述べた事項が、その用語の
意味の解釈に関連する場合には、中間処理の過程で出願人が述べた事項を参照し
て、その用語の意味を解釈する。
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ステップ4: 比較対象である公知文献や対象製品の技術と請求項を構成要素ごとに比
較する。
ステップ2では、表層的な分析で処理をしていたが、ここではステップ3で行なった詳しい
分析と深い理解のもとで、技術比較の処理を行なうことになる。
比較対象の技術にあてはまらない構成要素があれば、比較対象の技術は原則として、
請求項に記載の技術的範囲に含まれない。
構成要素ごとの比較によって、請求項記載の全部の構成要素を比較対象の技術が保持
している場合には、さらに構成要素間の結合関係と同じ結合関係を比較対象の技術が保
持しているかどうかをチェックする。
クレーム対応図を用いたチェックが有効である。もし、クレーム対応図で表現された構成
要素間の結合関係の全部が比較対象の技術にあれば、その請求項は比較対象の技術
を含むことになる。
しかし、比較対象の技術には見出せない構成要素があったり、比較対象の技術には見
出せない構成要素間の結合関係があった場合には、その請求項は比較対象の技術を含
まないことになる。
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権利一体の原則の例外その1
間接侵害
”間接侵害”とは、侵害の一歩手前の行為あるいは実質上侵害と同視しうる行為であり、
特許権や商標権、著作権の侵害とみなされるものをいう(特許法第101条、商標法第37条、
著作権法第113条)。
他人が特許発明に係る物(特許製品)を、無断で生産、販売等すると、特許権侵害となる。
同様に、他人が特許発明に係る方法(特許方法)を使用すると、特許権侵害となる(直接
侵害)。
これに対し、他人が特許製品の生産にのみ用いる物(専用部品)を生産、販売すること
や、特許方法の使用にのみ用いる物を生産、販売等することは、直接侵害に該当しない。
しかし、これらの行為は、侵害に密接に結びついているので、特許権を侵害するものとみ
なされる(特許法101条1項)。また、その特許製品の本質的な部品であって、侵害に用い
られることを知りながら、当該部品を、生産、販売等することも、特許権を侵害するものと
みなされる(同101条2項)。
出典: 知的財産用語辞典
23
特定発明
Aと、Bと、Cとを備える装置X
比較対象装置
Aと、Bとを備える装置Y
もしも、YがXの製造にしか使えない専用部品であるなら 間接侵害物となる
注) 間接侵害は、専用部品に限定された概念ではなく、さらに広がりを持つので
注意を要する。請求項とは関係なくXの製造の専用製造装置も間接侵害品となる。
24
権利一体の原則の例外その2
均等論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2007/06/04 13:46 UTC 版)
均等論(きんとうろん doctrine of equivalents)は特許法において一定の要件のもと
で特許発明の技術的範囲(特許権の効力が及ぶ範囲)を拡張することを認める理論。特
許法に明文の規定はないが、判例によって認められている。
特定発明
Aと、Bと、Cとを備える装置X
比較対象装置
Aと、Bと、C‘ とを備える装置Y
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請求項の評価基準の例
a. 公知技術を含まず、公知技術から容易に考え付くものともなっていない。す
なわち、特許性があること。
b. 明瞭であること。すなわち、少なくとも用語の不明瞭性が小さいこと。
c. 理解容易であること。すなわち、少なくとも、概念設計書として用いられて、
当業者が実施の形態を作成しやすく記述されていること。
d. 侵害発見容易であること。
e. 技術的範囲に含まれると想定される市場規模が大きいこと。すなわち、市場
規模が大きくなりそうな技術をカバーするようにしたり、できるだけ広い技術
的範囲をカバーするように最小限の構成要素のみを記述するとともに、各
構成要素はできるだけ上位概念で記述することが、その条件となります。
f. 実施の形態の記載との対応関係が存在していること。
26
第3章 請求項のイノベーション
創造型解釈
27
「請求項は既存の技術要素の価値ある組合せ構造を示しており、技術要素の提供者間
の新たな提携構造とも解釈でき、新事業創造の媒介情報になり得る」というように請求
項を解釈する観点を「請求項のイノベーション創造型解釈」と名付けます。
イノベーション創造型解釈で請求項や、特許情報データベースを眺めますと、例えば次
のような事も簡単にできます。
請求項1を、「AとBとCから成る装置X」というものとします。
その場合、Aを提供できる大学のE研究室と、Bを提供できるF社と、Cを提供できるG社
が共同で装置Xの実用化開発を行なうという産学連携を構想できます。
「請求項のイノベーション創造型解釈」の立場で特許情報データベースを解釈し、請求
項の構成要素に企業の製品や大学の研究内容をリンクさせて多数の産学連携や企業
間連携の具体的な提携パターンを自動的に生成したり、そのような提携パターンを自動
的に評価して成功可能性の高い提携パターンを抽出するような「イノベーション創造型
連携インフラITシステム」と、イノベーション創造への資金供給体制を組合わせる事で、
日本経済に活力を与えることができます。
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第4章 請求項の性質
29
侵害発見容易な請求項とは
一般に侵害発見容易性は次のような順序である。
(1)最も容易なレベル:
カタログ、論文、マニュアルなどの書類だけで侵害の証拠とできるもの。
装置の分解や動作解析をしないで、外観だけから侵害の証拠を得られるもの。
(2)やや容易なレベル:
特別な技術や設備なしでの簡単な分解による解析だけで侵害の証拠を得られるもの。
(3)普通のレベル:
通常の技術者が通常の開発設備を用いて約1週間以内の分析によって侵害の証拠
を得られるもの。
(4)やや困難なレベル:
分析対象品の価格が非常に高額であって、入手が困難なもの。
分析対象品が特別注文品であって、侵害者に悟られずに入手することが困難なもの。
ソフトウエアや電子回路の発明のように、分析に特殊な設備や道具を必要とし、分析
に1カ月以上を要する もの。
(5)非常に困難なレベル:
LSIやASICのように解析に非常に高額な設備と特殊な技術者を必要とするもの。
内部論理をプロテク トされていて、解析が困難な物。
侵害発見が困難な特許権では、特許戦力にはならない。
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理解可能な請求項の条件
現象面からみた理解可能な請求項の条件:
(1)当業者が、請求項の記載をもとに、実施の形態を書けると認識できるものであること。
(2)請求項の記載からみて、その発明から技術的な効果が得られることが認識できるも
のであること。
(3)請求項記載の発明と、公知技術の包含関係が認識ができるものであること。
(4)請求項記載の発明を機能要素と、機能要素間の関係として図形表現できること。
理解可能な請求項の技術的な条件:
(1)請求項が構成要素と構成要素間関係で記述されていること。
(2)請求項の記述に用いられる用語が辞書で定義されていること。
(3)構成要素間関係が、構成要素の属性と矛盾していないこと。たとえば、画像表示手段
という構成要素が、エンジンとの間に「画像表示手段からガソリン燃料を供給する」という
入出力関係を記述されていると、それは矛盾となる。画像表示手段はガソリン燃料を外部
に供給するという属性を持たないためである。
(4)請求項の構成要素に対応する技術,製品,公知文献,CADデータモジュールのどれ
かが存在しており、請求項をもとにした詳細設計が可能であること。
(5)請求項が暗黙または明示の文法で記述されており、その文法に基づいて理解できる
こと。
31
第5章 発明の本質抽出能力の
鍛錬の方法
32
発明の本質とは
• 「既存機能の価値ある組合せ構造を導く新たな
命題」こそが、発明の本質であり、
これを「着想命題」と名付ける。
• 着想命題を把握すれば、既存機能の他の組み合
わせ構造も容易に発想できるし、その発明を応
用した事業のキーポイントも容易に認識できる。
• 着想命題を見抜く能力こそが、「目利き能力の
核心」である。
33
着想命題と、発明の関係
既存機能
A
既存機能
B
組合せ構造の仮説設定と仮説検証
(実現性と効果を検証)
既存機能
Z
アイデアの閃き
既存機能の価値ある組
合せ構造を導く新たな
命題(着想命題)
既存機能の価値
ある組合せ構造
としての、発明
「着想命題は」、発明の背景にあり既存
機能の組み合わせ構造を主導する。
34
着想命題は、既存方式の部分置換から始まる改造を主導して、
機能の新たな組合せ構造(発明)を導出できる。
既存方式A1
H1
既存機能A
既存機能B
既存機能D
H3
H2
既存機能C
置換
効果E1
問題点:P1
H4
既存機能F
新効果を生む属性:K1
既存知識
着想命題S1の別表現:
既存方式A1を変形して、
H2をH4に置換しても効果E1を維持できる。
着想命題S1:
効果E1の観点では、
35
H4はH2と等価である。
● 着想命題は、主に次の3種類から構成される。
それを前ページの図を用いて説明すると、次のようになる。
1.置換可能性の着想命題: H2の替わりにH4で効果E1を発揮できる
2.新効果発揮性の着想命題:
3.実現可能性の着想命題:
●
H4を用いると問題点P1を消せる
H4は既存機能Fで実現できる
上記3種類の着想命題が既存の構造に対する部分置換や既存機能の追
加・削除などを主導して、新たな構造と効果をもたらす発明を導く。
36
請求項を用いた、発明の本質抽出能力の鍛錬と試験の方法
知的財産業務の中で、特許業務は中心的な位置付けとなるが、その特許業務において最も
重要な能力が発明の本質抽出能力である。この能力は、出願時においては良い明細書と
図面を作成するために必須であるし、中間処理においても必須である。しかし、知的財産権
法のテキストは山ほどあるが、発明の本質抽出能力の鍛錬や試験のためのテキストは見当
たらない。
発明の本質抽出能力の方が特許実務では特許法の知識よりも格段に重要である。これは、
野球選手にとって、バットでボールを打つ能力の方が野球のルールの知識よりも重要であ
るのと同じである。
発明の本質抽出能力の鍛錬と試験に、次の(1)から(4)の方法(Hisano Method)が効果
的である。
(1)上位の請求項の1個以上の構成要素に関して、内的限定をした独立項形式の下位請
求項を示し、そこから元の上位の請求項を再現させる。
(2)上位の請求項に対して1個以上の外的付加の構成要素を追加した独立項形式の下位
請求項を示し、そこから元の上位の請求項を再現させる。
(3)請求項を示し、その請求項の発明で実現できる「発明の効果」を述べさせる。
(4)請求項と、その請求項の発明で実現できる「発明の効果」を示し、その発明の効果を達
成できる他の請求項を示させる。
37
上記の(1)から(4)において、
①公知文献、
②現在の競合製品または競合企業の将来技術戦略、
③現在の自社製品または自社の将来技術戦略、
を前提条件として、色々な組み合わせで示すということで、さらに高度な鍛錬や試験とする
こともできる。
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発明の本質抽出能力の鍛錬のための具体例
下記の下位請求項から、次ページの上位請求項および発明の効果を導出するという鍛錬
である。
下位請求項
部品が実装された実装基板を検査するための検査位置を生成する実装基板検査位
置生成装置であって、
基板に対する前記実装される部品の装着位置を指定するための部品装着情報を記
憶する第1の記憶手段と、
部品の電極の個数と電極の相対位置を用いて区分される部品の種類毎に検査対象
となり得る場所の相対位置データを含む部品情報を記憶する第2の記憶手段と、
前記第1の記憶手段に記憶される部品装着情報と前記第2の記憶手段に記憶され
る部品情報とから実装基板を検査するための検査位置を生成する検査位置生成手
段と
を備える
実装基板検査位置生成装置。
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上位請求項
部品が実装された実装基板を検査するための検査位置を生成する実装基板検査位
置生成装置であって、
基板に対する前記実装される部品の装着位置を指定するための部品装着情報を記
憶する第1の記憶手段と、
部品の種類毎に検査対象となり得る場所の相対位置データを含む部品情報を記憶
する第2の記憶手段と、
前記第1の記憶手段に記憶される部品装着情報と前記第2の記憶手段に記憶され
る部品情報とから実装基板を検査するための検査位置を生成する検査位置生成手
段と
を備えることを特徴とする
実装基板検査位置生成装置。
発明の効果: 検査の対象位置の登録作業を自動化できる
40
第6章 請求項の設計方法
請求項の設計は、多面的な観点での仮説と検証のサイクルを何度も繰り
返しながら行なうものである。仮説と検証のサイクルを繰り返しながら粘
土細工のオブジェを作り上げるようなものである。
41
ステップ1:
請求項の設計の前に、次の6つの仮説を設定する。仮説の初期内容は発明者か
らの発明説明書をもとに設定するが、次のサイクルで このステップに戻ってきたと
きには、発明者が最初に考えたものとは違った内容となってくる。発明者が自分の
発明はそんなにも凄いのかと自分で驚くことになる場合もあるし、
たいしたことがなかったと落胆することもある。
【請求項設計における仮説】
1.
2.
3.
4.
5.
6.
課題に関する仮説
構成(課題を解決するための手段)に関する仮説
作用(構成から発明の効果をもたらす因果構造)に関する仮説
発明の効果に関する仮説
技術進化と代替技術に関する仮説
事業および市場の現状と将来に関する仮説
42
ステップ2:
ステップ1で設定した6つの仮説に基づいて、請求項を設定・変更する。ここからが知財スタッフの腕の見せ
所の開始である。発明説明書がしっかりしていない場合には、最初のサイクルでのステップ1から知財ス
タッフが色々と腕をふるう場合もある。
請求項を記述するための文法(請求項記述言語:PCML)に基づいて請求項を記述する事が、良い請求項
の設計に有効である。その文法の概要は、次のとおりである。
請求項を、1個以上の構成要素+発明の名称という形式で記述する。
そして、構成要素は0個又は1個の命題+構成要素名という形式で記述する。
そして、命題は、1個以上の格成分+動詞という形式で記述する。(なお、格成分は格文法に基づいた概念
である。)そして、格成分は、命題の中の動詞部分が要求する名詞句であり、動詞部分で表現される作用
の各種の前提条件を記述する。
このような前提条件の種類としては、次のものがある。
「対象」,「条件」,「時期」,「始点」,「着点」,「媒介」,「原料」,「比較」,「用途」,「付帯状況」
請求項を記述するためには、次の事を認識しておくことが大変に重要である。
(1)発明の効果とは、何らかの良い状態の実現である。
(2)良い状態を実現するものは、状態に影響を与える能力を持ったものであり、それは技術的にはエネル
ギー,物質,力,情報である。
(3)したがって、請求項の構成要素は、良い状態をもたらすエネルギー,物質,力,情報の流れをもたらす
ように選択されて組み合わされる。
(4)請求項の構成要素間の相互作用も、請求項で示される構成と外部世界との相互作用も、エネルギー,
物質,力,情報によって実現される。
(5)発明の本質を見抜くためには、エネルギー,物質,力,情報の流れに着目すべきである。
仮説検証サイクルの初期段階では、構成要素名の列挙という簡単なものでも良いし、1つの構成要素を1
つのブロックで示したブロック図でも良い。 仮説検証サイクルが深まるにつれて、各構成要素での説明部
分である命題を詳しく具体的に記述し、他の構成要素との関係や発明の効果の出現までの因果構造(エネ
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ルギー,物質,力,情報の流れ)を格成分と動詞を用いて明確に説明できるものにしていく。
ステップ3:
次の6つの観点によって、設定された請求項を検証する。この検証段階は、知財スタッフの独創能力や予測能力や事業セ
ンスや技術力が必要とされる。
逆に言うと、独創能力や予測能力や事業センスや技術センスが不足した知財スタッフがこの検証段階を実行すると、価値
の低い請求項を見抜けず、価値の高い請求項に進化させるためのプロセス無しで検証段階を通過させてしまう。
【検証の観点】
1. 請求項にて記述された構成をもとに、発明の効果を発揮する因果構造である「作用」を説明可能であること。
2. 請求項に記述された構成に、発明の効果の発揮に無関係な限定条件や構成要素が含まれていないこと。
3. 請求項に記述された構成が、公知技術を含まない範囲で、できるだけ上位概念で記述されていること。
4. 請求項に、「あいまいな表現」,「未定義用語」,「わかりにくい表現」,「間違った記述」,「多義的表現」が含まれておら
ず、理解容易で明確なこと。
5. 権利活用の可能性の高い内容であること。具体的には、次のとおり。
(1) 同一の発明の効果を得るためには、実施回避が困難な内容であること。すなわち、考えられる多様な代替手段
や進化形態を全部、権利範囲に含むこと。
(2) 侵害立証が可能であること。
(3) 実施者を特定できること。
(4) 権利範囲内の現在又は将来の市場規模が大きく、権利活用の採算がとれる見込みがたつこと。
6. 請求項がカバーする範囲が、明細書・図面で開示されている範囲を超えていないこと。(サポート要件)
ただし、サポート要件を満足する請求項の範囲を狭く解釈しすぎて、実施例しかカバーしない請求項にまで萎縮させない事
も重要である。
すなわち、実施例において開示したもの以外も実施可能となるように明細書を作成することが必要である。
そのような明細書の作成のコツの1つが、実施の形態において、請求項の構成要素ごとに使用可能な技術的手段の選択
肢を多種類挙げながら、 各技術的手段の動作原理を中心に説明することで、それらが請求項での当該構成要素として成
り立つことを論理的に示すのである。
請求項での構成要素ごとの技術的手段について実施の形態で述べたものの中の1つの具体的な組合せを詳しく説明した
ものが、実施例である。
実施例をたくさん書くのも良いが、実施の形態での説明をうまくやることの方が、カバーする範囲の広い請求項のサポート
要件の確保には有効である。
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ステップ4:
検証の結果、請求項の表現にのみ問題があるのであれば、ステップ2に戻る。請
求項の設定の前提となる仮説のどこかに問題があるのであれば、ステップ1に戻
る。請求項にも、仮説にも問題がないのであれば、請求項は完成となる。
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まずは、気軽に発明のポイントとなる部分(ジェフソンタイプの請求項で言う特徴部
分の構成要素)を簡単な図や文章で表現してみる。
発明者からの発明説明書は、ステップ1の仮説設定の重要な資料であるが、発明
者が認識している内容が請求項として設定すべき部分とは限らない事に留意が必
要であるし、発明者から発明の本質を抽出しようとしている自分の認識した内容が
勘違いである場合もある事に留意が必要である。
発明の本質を把握するためには、ステップ3の請求項の検証の段階で、次の事を
行なう。
(1)請求項の構成要素の上位概念化と下位概念化を実行する。
(2)発明の効果を起点として、請求項で表現された因果構造を原因方向にさかの
ぼり、因果関係に寄与しない構成要素や格成分を抽出する。
(3)請求項の構成要素の間の因果関係を、原因から結果方向にたどり、発明の効
果に辿り着けるかをみる。
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