陸上掘削資料による津波堆積物の 解析 ー浜名湖東岸六間川低地にみられる3400年前の津波 堆積物を例にしてー 産業技術総合研究所活断層・地震研究センター 藤原 治 九州大学大学院理学府地球惑星科学専攻 佐藤 善輝 新潟大学教育学部 小野 映介 奈良大学文学部地理学科 海津 正倫 紹介者 教育学部 総合科学専攻 鈴木 隼斗 はじめに 日本には世界で最も長期にわたり充実した地震、津波に関する歴史 記録があるが、それでも再来間隔や規模の特徴を解明するには不十 分な点もあり、より長い期間にわたる地質学的な情報が不可欠であ る。 →そこで注目されているのが津波堆積物である。 歴史上未知であった巨大地震と津波の履歴が津波堆積物の調査・研 究によって解明された例もある。 2011年の東北地方太平洋沖地震と津波を契機に津波堆積物が津波 と災害を予測するために有効であることが再認識された。 小論ではこの問題を、浜名湖沿岸の六間川低地で行った掘削調査を 例に議論する。 調査地域 六間川低地は浜名湖南東岸に分布する溺れ谷型の低地の一つで後期更新世の段丘 を開析した谷の下流部に位置する。 調査地域(2) 低地の南部では干潟から泥炭湿地へと環境が変化する境界に、淘汰のよい砂層が1 枚(砂層Aと呼ぶ)挟まっており、これが本論でとりあげる津波堆積物である。 調査方法(1)(2)(3)(4) 対象とする砂層Aが、洪水ではなく谷を遡上する流れで運ばれたことを明 らかにするため、低地のほぼ中軸に設定した下流-上流方向の測線に沿っ て深度2~3m前後のコア試料の解析を行った。…(1) 砂層Aが低地内で平面的に広く分布することを確認するため、低地を横切 る測線についても掘削調査を行った。…(2) 津波による海水の浸入などを確認するため、珪藻化石の分析をコア04231の脇でコアラ―により採取した連続試料を対象に行った。…(3) 堆積物を形成した流れの方向を堆積構造から読み取るため、定方位コアか ら親水性グラウト剤による剥ぎ取り資料を作成した。…(4) 結果(1)(2) 砂層Aの堆積学的特徴 コア試料で見られる完新統は砂層Aを挟んで層相が急激に変化し、下位にはシル ト層、上位には泥炭層が分布する。砂層Aが見られない低地の中・北部でも同じ ように変化する。 低地の縦断面(左下図)でみると、砂層Aはほぼ水平に分布している。 一方、低地の横断面(右下図)では、砂層Aは低地の中央部から東西両端へ向 かって層厚と粒度が減少する傾向がある。 結果(3) 珪藻化石の分析結果 砂層Aは上下の地層と異なり、淡水~汽水棲種の産 出頻度が高いことが第一の特徴である。 砂層Aの下位の砂質シルト層は汽水~海水棲種が主 体で、淡水棲種は少ない。 一方、砂層Aの上位の泥炭層では、汽水~海水棲種 は急減し、淡水性浮遊性種や淡水生付着性種が優占 するようになる。 砂層Aの堆積イベントを契機として、六間川低地 は海から隔離され、淡水湿地になったと考えられる。 結果(4) 砂層Aは上下の地層に比べて淘汰がよく、平行葉理や斜交層理、リップル葉理が 発達する。また全体として上方細粒化を示すので一連の堆積物である。 砂層Aの最大の特徴は、全体として陸側へ薄く細粒になることである。陸側へ向 かうカレントリップル(水流などの常に一方向の流れによって形成される形状) を持つことからも砂層Aは洪水による堆積物ではない。 砂層Aが下位に見られる潮汐(ちょうせき)堆積物と異なる点はまず顕著に厚く、 基底の侵食面や逆級化構造など、通常の潮汐とは格段に強い流れからの堆積を示 すことである。また結果(3)からも潮汐による堆積は考え難い。 砂層Aは、間にマッドドレイプを挟んでUnit1とUnit2に分かれていることも大きな 特徴である。このような堆積構造は波風では説明できない。 以上のことから、砂層Aの形成要因として 洪水、潮汐、風波のいずれも考えにくい。 一方、風波に比べて格段に長い波長をもつ 津波であれば上記の特徴を全て矛盾なく説 明できる。 まとめ 砂層の形態と水平分布が海側から陸側へ長距離の遡 上を示すこと。 風波よりも格段に長い周期で遡上と戻り流れが繰り 返したこと。 海水の浸入を示す珪藻化石を多量に含むこと。 砂層の形成に伴って汽水の入り江から淡水の泥炭湿 地へと環境が急変したこと。 上記の特徴の理由から津波堆積物であると認定された。 課題 こうした津波堆積物の識別についてはいまだ試行錯 誤的なところがある。 今回の事例で示した津波堆積物の特徴や検出方法は コア試料から津波堆積物を認定する手助けになると 考えられる。 また小論で示したような視点を導入すれば、千年・ 万年にわたる地震や津波の再来間隔や規模をとらえ、 防災に生かすための重要なデータになるであろう。
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