図書館情報学研究におけるネオ・プラグマティズム(リ

図書館情報学研究における
ネオ・プラグマティズム(リチャード
ローティ)の受容とその評価の試み
2008年度日本図書館情報学会春季研究集会
3月29日(土)15:45~16:15
東京大学本郷キャンパス 赤門総合研究棟
松林 正己
中部大学附属三浦記念図書館
[email protected]
目次(予定)
1 本研究の目的
1-1 リチャード・ローティ:
生涯とネオ・プラグマティズムの特徴
2 方法と対象
2-1 リチャード・ローティの引用動向調査
2-2 対象論文におけるローティ引用の意義
2-3 ローティの諸概念の具体的引用
2-4 既刊モノグラフでの評価
1)Patrick Wilson 2)John M. Budd
3 考察と結論
本研究の目的
出典: Stanford Report, June 11, 2007. Richard M. Rorty, distinguished public intellectual, dead at 75 BY JOHN
SANFORD
URL: http://news-service.stanford.edu/news/2007/june13/rorty-061307.html
リチャード ローティ(Richard Rorty, 1931年10月4日ー2007
年6月8日)のネオプラグマティズムが、LIS研究に具体的に受
容され、実践されている。動向と特徴を調査し、LISと哲学の
関係性と意義を検討
1-1 リチャード・ローティ 生涯
自伝的著書「アメリカ未完のプロジェクト――20世紀アメリカにおける左
翼思想(Achieving Our Country ,1998)」によれば、ニューヨークに生
まれ、シカゴで育つ。 “反共改革派左翼で、左翼社会活動を展開す
る反スターリ二ズムと結びついたサークル内で育ち、その中では、ア
メリカ愛国主義、再分配経済、反共とデューイ派プラグマティズムが
容易く自然に結びついていた。
1946年にシカゴ大学入学 学部でルドルフ・カルナップ、チャールズ
ハーツホルン、リチャード マッケオンから指導を受ける。1949年卒業、
1952年に修士課程を修了。修士論文はハーツホルンの下でホワイト
ヘッド論。1952年からイェール大学に移り、学位論文は「潜在性の概
念(The Concept of Potentiality)」 Paul Weissが指導。
2年の徴兵を経て、1958年からWellesley College(メリーランド)に勤務、
1961年から1982年までプリンストン大学, 1982年から1998年まで
ヴァージニア大学(英文学科所属)、以後スタンフォード大学(比較文
学)を歴任。アメリカを代表する知識人。
Richard Rorty (Stanford Encyclopedia of Philosophy) から抄訳
URL:http://plato.stanford.edu/entries/rorty/
1-1 ネオ・プラグマティズム哲学的特徴
反認識論 (Against Epistemology)
伝統的な哲学の認識論(自然科学的な)の有効性を疑問視している
1 認識論的行動主義 (Epistemological Behaviorism)=全体的認識論
2 反表象主義 (Antirepresentationalism)
3 合理性、科学と真理 (Rationality, Science, and Truth)
*会話 (conversation)
具現化された文化 (Pragmatized Culture)
1 自然主義 (Naturalism)
2 リベラリズム (Liberalism)
3 エスノセントリズム (Ethnocentrism)
*日本語の「自民族中心主義」ではない
Richard Rorty (Stanford Encyclopedia of Philosophy)から抜粋 (URL: http://plato.stanford.edu/entries/rorty/)
渡辺幹雄 リチャード・ローティ モスとモダンの魔術師
魚津郁夫 プラグマティズムの思想
ローティ哲学への批判
1 相対主義 (Relatism)
2 ポストモダニスト (Postmodernist)
ローティは、デューイの哲学、特に「哲学の改造」(東大での集中講義・岩波文庫)に
影響を受けている
2 方法と対象
2-1 リチャード・ローティの引用動向
( Web of Science )
ヒット件数 2,711件
上位(100論文以上)の領域:
哲学(688),文学(280),人文学(学際領域)
(175),法律(163),教育と教育研究(157),
倫理(129), 宗教(127), 政治学(118), 社
会学(117), 社会科学(学際領域)(110),
管理学 (102)
中位(100未満30以上)の領域:
文芸批評(74), 歴史(58), 文芸理論と文芸批
評(58), コミュニケーション(49), 地理学
(43), 言語と言語学(41), 心理学(学際領
域(38), 経済学(36), ビジネス(35), 歴史
と科学哲学(35), 環境研究(34), 文化人
類学(33),
下位(1%未満で8論文)
古典, 公衆衛生政策とサービス, 情報学と図
書館学, 英国文学, 音楽, 応用心理
情報学と図書館学分野での引用論
文
図書館情報学系の論文は3本
2-2 対象論文におけるリチャード・
ローティの引用とその意義: 論文一覧
[論文1] Zwadlo, J. 「われわれはLISの哲学など必要としていないし、以前から十二
分に困惑してきた」
We don't need a philosophy of library and information science - We're confused
enough already. In: LIBRARY QUARTERLY, 1997, 67(2) p.103-121
[論文2] Atkinson, Ross. 「偶然性と不両立: 新ミレニアムの夜明けにおける図書
館」
Contingency and contradiction: The place(s) of the library at the dawn of the new
millennium. In: JOURNAL OF THE AMERICAN SOCIETY FOR INFORMATION
SCIENCE AND TECHNOLOGY, 2001, 52(1) p.3-11
[論文3] Sundin, O. & Johannisson, J. 「プラグマティズム、ネオプラグマティズムと
社会文化理論:LISにおける見通しとしての伝達的参画」
Pragmatism, neo-pragmatism and sociocultural theory – Communicative
participation as a perspective in LIS In: JOURNAL OF DOCUMENTATION, 2005,
61(1) p.23-43
論文1 J. Zwadlo
「われわれはLISの哲学など必要としていない
し、以前から十二分に困惑してきた」
仮説: LISの哲学はそもそも存在するのか・・・我々は図書館員
とLIS学者はLISの哲学を必要としない。・・・利用者に有用で
ない限り・・・LIS哲学は不要である。問題解決よりも探索に値
する思想が重要
結論: マンが提案した「図書館調査モデル」における「最小限
の原則(原理)」で、図書館システム設計し、この枠組で、仮
説ー実験ー評価のサイクルで検証すれば、利用者に有益な
モデルを設計できるであろうと提案
反論: John M. BuddとG. P. Radfordの反論
Zwaldoが援用したローティ、ファイヒンガー、クーン、フー
コー等の解釈に対して、誤解と誤読が多数あり、議論が成立
しないと致命的な批判を受け、再反論はなかった
論文1 J. Zwadlo ローティ引用
1979
Philosophy and the
Mirror of Nature (PMN)
哲学と自然の鏡 (1993)
1
1
166f
Consequences of Pragmatism:
1
1
Essays 1972-1980
1982
哲学の脱構築―プラグマティ
60-71 211-30
ズムの帰結 (1994)
1
315ff
1
1
1
5
61 382
1
4
62 xxxix
PMNの引用では、第3部第7章認識論から解釈学を重視している ⇒ 解釈学の曖昧
さを強く意識している
論文2 Ross Atkinson.
「偶然性と不両立: 新ミレニアムの夜明けにおける図書館」
21世紀から千年の情報サービス一般がどうあるべきかを、思弁的に検討す
る試み。段階的場面設定を4つ準備、大学図書館として検討。
(1)情報、もの的情報対象が時空間的に独自に存在する。このもの的情報
は、蓄積され、検索され、移動し、命名され、売買され、所有される。これ
らもの的情報はすべてがコード化され、意味を持つ。利用者は解読、解釈
し、意味づけられる。さらに幾つかの情報は第二次コード化され、機械可
読に対応し、転送される。知は個人的な能力であり、情報は解読と解釈を
経て部分的に利用される。情報と知が混同されることが多いのは実証主
義の誤謬である。
(2)情報サービス一般のあり方、情報サービスは、図書館を中心にした共同
体(コミュニティ)内の政治的制度であり、ゆえに認識論的な道具的存在で
ある。共同体内では個人的知と特定課題を解決するためにサービスを展
開する。
論文2 Ross Atkinson.
「偶然性と不両立: 新ミレニアムの夜明けにおける図書館」
(3)情報サービス機関内での重要な差異は、経済面(それゆえイデオロ
ギー)である。図書館は公共・集合的な利益のために作られており、非営
利機関でもある。
(4)未来の図書館計画においては、図書館の第一義的な責任は予測では
なく、利用者がどんな情報技術を使いたがっているかということではない。
特定の共同体の将来ためにどのように第一義的な情報サービスを提供
し、状況に応じて迅速に対応しえるか、ということである。
結論 状況的、主題的、地理的な観点で検討、教室と図書館での学習に差異がなく
なり、大学図書館と公共図書館との区別もなくなっている。その延長上で、情報
専門職の業務がなくなっているのではないか?等。
論文2 Ross Atkinsonのローティ引用
Philosophy and the Mirror of
1979
Nature 哲学と自然の鏡 (1993)
Consequences of Pragmatism:
Essays 1972-1980
1982
哲学の脱構築―プラグマティズ
ムの帰結 (1994)
Science as solidarity
1987
連帯としての科学
1
1
2
389–390 373–9
1
1
166
1
42
1
論文3 O. Sundin & J. Johannisson.
「プラグマティズム、ネオプラグマティズムと社会文
化理論:LISにおける見通しとしての伝達的参画」
[章 立]
序論
プラグマティズムからネオプラグマティズムへ
古典的プラグマティズム: アメリカの伝統
道具として知と民主的立場
言語論的転回: ローティのネオプラグマティズム
反二元論
正当化の共同体
LISにおけるプラグマティズムの例 P. Wilson
社会文化的展望
道具と媒介
学習と要求基準
伝達的参画
情報の象徴的役割
同一性の形成
結論的覚書
論文3 O. Sundin & J. Johannisson.
「プラグマティズム、ネオプラグマティズムと社会文
化理論:LISにおける見通しとしての伝達的参画」
概要: 認知的権威(パトリック・ウィルソン)を踏まえ、“認識論
的道具”と“正当化の共同体”としてのネオプラグマティズム
の可能性を著者らの研究プログラム<情報需要、情報探索、
情報利用(information needs, seeking and the use (INSU))>への
適用可能性を検証し、情報探索行動モデルを精緻化する試
み。ネオ・プラグマティズムの理論である認識論的行動主義
で、INSU を理論的に補強し、情報リテラシー行動分析を深
化させるための文献レビューで展開。
結論: LISにおける認識論的論証の必然性があり、理論志向よ
りも中立的で実務に即した研究が求められている。研究者や
専門家以外の中立的で同じ共同体内の関係者が関わること
が望ましい。LISの教育と専門実務との関係を違った観点で
研究するのが有益である。
論文3 O. Sundin & J. Johannissonのローティ引用
19 Philosophy and the
Mirror of Nature
80 哲学と自然の鏡 (1993)
19
82
Consequences of
Pragmatism: Essays
1972-1980
哲学の脱構築―プラグ
マティズムの帰結 (1994)
19
90
Pragmatism as antirepresentationalism
反表象主義としてのプラ
グマティズム
1
48ff
1
19
99
20
Universality and truth
00
1
165
f
19 Philosophical Papers. 1,
Objectivity, Relativism
91 and Truth, Vol. 1
Philosophy and Social
Hope
リベラル・ユートピアとい
う希望 (2002)
1
1
1
1
1
5
3
1
1
3
2
1
1
1
63f.,
74
xiii
1
24, 35
1
1
14
15
1
18f
1
xxiif
1
11
1
1
6
6
1
1
xix, xxii, 24
1
1 1
4
8
2
2
1
1
1
1
1
1
50
5
3
32
69
23
5
8
0
1
6
4
2-3 論文別引用数詳細
引
用
者
非引用著作タイトル/出版年
Zwaldo Atkinson Sundin
1997
2001
2005
合計
1979
Philosophy and the Mirror of Nature
哲学と自然の鏡 (1993)
5
2
1
8
1982
Consequences of Pragmatism: Essays
1972-1980
哲学の脱構築―プラグマティズムの帰結
(1994)
4
1
1
6
1987
Science as solidarity
連帯としての科学
1990
Pragmatism as anti-representationalism
反表象主義としてのプラグマティズム
3
3
2000
Universality and truth
4
4
1
1
ローティの主要概念比較
Zwaldo
Atkinson
Sundin
1997
2001
2005
◎
会話(Conversation)
認識論的行動主義
(Epistemological
behaviorism)
◎
◎
相対主義(Relativism)
◎
ポストモダニズム
(Postmodernism)
◎
*原則的に発表者の読解による
◎
2-4 既存モノグラフでの評価 Patrick Wilson
著書”間接的知: 認知的権威の
探求
(未邦訳)(Second-hand knowledge: an
inquiry into cognitive authority ,1983) ”
『哲学と自然の鏡』第4 章第3 節
認識論的行動主義(Epistemological
behaviorism)に影響を受けたと巻末の
書誌的覚書(bibliographical note)に明
記
認知的権威(cognitive Authority)は認識
論的行動主義そのもの; あらゆる認識
を認める伝統的な哲学的認識の狭量を
克服する 対概念は管理的権威
(administrative authority)
IN MEMORIAM Patrick Wilson, 1927-2003
Professor in the School of Information
Management and Systems, Emeritus, Berkeley
URL:http://www.universityofcalifornia.edu/senate/in
memoriam/patrickwilson.htm
参考文献: Rieh, Soo Young. Cognitive
Authority.
URL:
http://www.si.umich.edu/rieh/papers/rieh_IBThe
ory.pdf
2-4 既存モノグラフでの評価 John M. Budd
著書『図書館情報学における知と知る
こと: 哲学的枠組み』(Knowledge and
Knowing in Library and Information Science:
A Philosophical Framework,2001)
LISにおける知識論の集大成。
「ローティのプラグマティズ
ム(Rorty’s Pragmatism,
p.219-221)」と題した節で、
独立して論及。認識論の否
定を評価、伝統的な知識論
に意味がない等を公正に評
価している。また認識論を
絶対確実な基礎付け主義
に故意に還元している、ア
ルビン・ゴールドマンの論考
を援用して、ローティを批判
している。
3 考察と結論
1 対象論文が少なすぎて、評価にはならないが、今
後の多様な適用可能性を2論文は予知している
2 ローティを最初に評価したウィルソンの功績は、後
の引用動向から判断すると嚆矢で、<認知的権威
(cognitive authority)>の影響が特に大きい 上述
の思弁的な応用例や北欧の研究は実用的な利用可
能性を既に折り込み実験・調査しており、ネオ・プラ
グマティズムの有効性を精確に実践しているように
見える
3 唯我独尊で独自の思想をアピールするにも有効だ
が、そのさいには客観性の問題を、正当化の共同体
から認知される必要がある Zwaldoの議論は、正当
化の共同体から脱落した典型
参考文献(予稿集未掲載)
Richard Rorty In: Stanford Encyclopedia of Philosophy.
URL: http://plato.stanford.edu/entries/rorty/ [Last access:
20080327]
Dewey, John 哲学の改造 岩波文庫 1968.
野家啓一 アブノーマル・フィロソフィーへの挑戦『理戦』
74(2003),p.14-35
魚津郁夫 プラグマティズムの思想 (ちくま学芸文庫) 2006.
渡辺幹雄 リチャード・ローティ : ポストモダンの魔術師 1999.
ジョン・デューウィ著 清水幾太郎他訳 哲学の改造 抜粋1
• 哲学の目的は、人間に可能な限り、こうした闘争を処理する器官になるこ
とである。形而上学的な区別を施す場合には非実在的と片付けられるも
のも、社会的な信仰や理想の闘争というドラマに結びつけられれば、非常
に意味深いものになる。哲学が、究極的絶対的実在を論ずるという、やや
非生産的な独占権を放棄するならば、その償いは、人類を動かす道徳的
な力を明らかにすることによって、更に健康で更に知的な幸福を得たいと
いう人間の願望に奉仕することによって得られるであろう。(邦訳 p.29-30)
• 認識は独立の自足的なものではなく、生命の維持および発展の過程に含
まれるものである。(p.79-80)
• 哲学は、観念的なものと実在的なものとの関係という問題を「解く」ことは
出来ない。・・・哲学は、社会の具体的な事象や力の観察および理解に適
用された共感的な綜合的な知性こそ、幻想でもなく単なる感情的代償でも
ない理想 ーーー を作り得るという点を明らかにすることを通じて、人類
の正しい前進を助けることが出来るのである。(p.116)
• すべて知的に考えるということは、行為における自由の増大 --- 偶
然や運命からの解放を意味する。「思想」とは、知的観察が未来を推理し
ない場合に生じるのとは異なる反応の仕方を示唆するものである。(p.127)
ジョン・デューウィ著 清水幾太郎他訳 哲学の改造 抜粋2
•
すべての認識は自分の外に目的を持つ(p.128)
•
公平無私な研究を保証する唯一のものは、自分の仲間たちの必
要および問題に対する研究者の社会的感受性である。(p.130)
•
分類は、経験における錯綜した小道を整然たる道路体系に変じて、
探求における輸送およびコミュニケーションを保証する。(p.135)
•
普遍化は社会化を意味し、一つの善に与かる人々の地域および
範囲の拡大を意味する。(p.170)
•
哲学が現実の動きと協力し、日常的な小問題の意味を明確にし整
理するようになれば、科学と感情とは相互に浸透し、実践と想像力
とは抱擁するであろう。詩と宗教的感情とは、人生に咲く自然の花
になるであろう。現実の動きの意味を明確にし明瞭にする仕事を
進めるのが、転換の時代における哲学の任務であり問題である。
(p.184 最後、巻末の文章。)