Presidential Bandwagon

[書評]
Yuko Kasuya
Presidential Bandwagon:
Parties and Party Systems in the Philippines
中村正志
Ⅰ はじめに
の理由を、議員、大統領、有権者といったア
1970 年代半ば以降に民主化を達成した新
クターの個人レベルの動機に着目して説明す
興民主主義国では、選挙で選出された政治指
るものである。
導者が街頭デモを契機として権力の座を追わ
れるという現象が頻発した。フィリピンは、
Ⅱ 本書の概要
そのような民主主義の危機を経験した国の一
序章では、ポスト・マルコス期の政党シス
例であり、民主化には成功したが民主主義が
テムがマルコス以前の時期に比べて不安定な
定着したとはいいがたい状態にある。
のはなぜか、というリサーチ・クエスチョン
民主主義の定着をめぐる議論には、安定的
な政党システムの存在が民主主義の定着に寄
が設定されるとともに、本書のアウトライン
が提示される。
与するとの説がある。たとえば、Mainwaring
第 2 章では、まず政治制度の概要と変遷が
(1999: 23)は次のように指摘する。
「制度化さ
簡潔にまとめられ、次いでポスト・マルコス
れた政党システムをもつ民主主義と、政党シ
期に政党システムが不安定化したことがデー
ステムが流動的な民主主義の間には重大な差
タによって示される。政党システムの不安定
異がある。制度化された政党システムは、政
化とは、具体的には投票流動性の上昇、なら
治過程を高度に構造化する。
」一方、政党間
びに有効政党数の増加と選挙ごとの変動を指
の相互作用がパターン化されない流動的なシ
す。権威主義化以前の時期(1946 年∼ 1972 年)、
ステムのもとでは、市民や利益団体には各党
有効政党数は下院で 2.0 から 2.5、上院で 1.8
が何を代表するのか判断できないため政党と
から 2.7 と安定していたのに対し、ポスト・
密接な関係を構築しづらい。その結果、社会
マルコス期(1987 年∼) は増加傾向にあると
的利益の表出、集約、調整という、代表制民
ともに変動が大きく、下院では 3.0 から 8.7、
主主義において政党に期待される機能が十分
上院では 2.4 から 9.0 となっている。
果たされなくなる。
比較政治学の文献では、政党システムの安
本書は、流動的な政党システムがフィリピ
定性を左右する要因として、おもに(1)政
ンにおける民主主義の定着を阻害していると
党の数、
(2)社会的亀裂構造の安定性、の 2
の見解にもとづき、ポスト・マルコス期の
点が指摘されてきた。本書は、この 2 つの理
フィリピンにおける政党システムの不安定性
由ではポスト・マルコス期の政党システムの
書評/?????
101
不安定化を説明できないと指摘する。
Pedersen(1983)は、多党制のもとでは政党
間のイデオロギー距離が近いため、投票流動
性が高くなると主張する。それに対して本書
職候補が存在しない状況は有力候補の増加に
つながるため、再選禁止規定の導入は結果と
して政党システムの不安定化を招く。
この枠組みにおいては、上記の仮説(1)
(p. 23)は、そもそもなぜ多党化が生じるのか
と(2)は以下の 3 つの条件がそろっている
を説明せねばならないと指摘する。一方、階
場合に成立するものとされる。それは、
(a)
級や宗教、言語にもとづく社会的亀裂は、
有権者への便宜供与の多寡が選挙結果を左右
フィリピンでは政党システムの編成に反映さ
すること、
(b)大統領が議員の便宜供与能力
れていないため、亀裂の安定性が政党システ
をコントロールできること、
(c)忠実な党員
ムの安定性を左右するという議論はフィリピ
でなくとも党公認を得ることができること、
ンには当てはまらないとされる。
の 3 点である。
第 3 章では、ポスト・マルコス期における
第 4 章 か ら 第 6 章 で は、 上 記 の 3 条 件 が
政党システム不安定化を説明するためのオリ
フィリピンで成立しているか否かが検討され
ジナルな枠組みが提示される。ここで著者は、
る。まず第 4 章では、議員へのインタビュー
フィリピンにおける政党を「大統領選挙の有
調査により、上院議員、下院議員ともに当選
力候補に群がる集団」(presidential bandwagon)
するには便宜供与が重要だと認識しているこ
と捉えたうえで、民主化後に導入された大統
とが示される。第 5 章では、予算の策定、執
領の再選禁止規定が政党システムの不安定化
行の両局面で選挙区向け事業(pork) の配分
をもたらすに至る経路を提示している。
を左右する力が大統領に制度的に付与されて
本書の図 3.1(p. 32)で図式化されたこの枠
いることが示される。第 6 章では、党の公認
組みは、特定の条件下で成立し、相互に関連
が党内の経歴とはほぼ無関係に、勝算が高い
する以下の 3 つの仮説からなる。すなわち、
と目される候補に与えられる実態が描かれ
(1)議会選挙の候補者は、大統領選挙におけ
る有力候補を擁する政党との連携を望む、
る。したがって、これら 3 つの章により、仮
説が妥当する条件がフィリピンにおいて揃っ
(2)現職議員にとって、現職大統領の政党に
ていることが示されたことになる。すなわ
所属するのがもっとも望ましい選択肢にな
ち、再選を望む議員は、党籍を変更してでも
る、
(3)大統領選挙の有力候補の増加と彼ら
現職大統領ないし次期大統領選挙での有力候
が率いる政党のラベルの変化が政党システム
補を擁する政党と連携する動機をもち、それ
の不安定化を促した、という 3 つの仮説であ
は比較的容易に実行できる。
る。
続く 7 章と 8 章では、仮説の妥当性が経験
議員候補が有力大統領候補の政党にこぞっ
的に検証される。第 7 章ではまず、上下両院
て入党し、少なからぬ野党議員が現職大統領
において、現職大統領の政党に所属する議員
の政党に鞍替えするという状況にあるとき、
候補は次の議会選挙でも党内にとどまる確率
すなわち仮説(1)と(2)が妥当である場合、
が高い一方、野党候補の間では現職大統領の
大統領選挙の有力候補が増えれば政党システ
政党もしくは次期大統領選挙での有力候補を
ムは多党化し不安定化する。大統領選挙に現
擁する政党に移籍する事例が多く見られるこ
102
アジア研究 Vol. 55, No. 3, July 2009
とが示される。次いで、ある選挙から次の選
Ⅲ 評価と論点
挙までの間に、野党議員が与党に鞍替えした
近年の比較政治学では、因果メカニズム
か否か、および与党議員が野党に転籍したか
(因果関係の連鎖) に関する仮説を導出または
否かを従属変数とするプロビット回帰分析
検証する手段として、少数あるいは一国を対
(下院議員が対象) により、大統領選挙での有
象とする突っ込んだ事例研究の有効性が見直
力候補を擁する野党の議員候補は党内にとど
されている(George and Bennett, 2004; Gerring,
まる傾向があること、現職大統領の政党に属
2007)
。本書は、議会選挙の候補や大統領の
す議員候補は、党内の次期大統領選候補が弱
動機に関する仮定のうえに、大統領の再選禁
い場合に党籍を変更する傾向があることが示
止が政党システムの不安定化を引き起こすに
される。これにより、大統領選挙の動向が議
至る一連のメカニズムに関する仮説を演繹的
員の党籍選択に影響を与えてきたことが示さ
に導出し、フィリピンの事例の定性分析と定
れた。第 8 章では、近代化によって選挙区レ
量分析を通じて仮説の妥当性を示している。
ベルでの有効候補者数が増加し、その結果政
仮説検証にあたっては、まず、いかなる条
党システムの不安定化が生じたのではないか
件下で仮説が成立するかが明示され、フィリ
という対抗仮説が検証され、その妥当性が否
ピンにおいてその条件が満たされていること
定される。
が論証される。次いで、仮説が妥当であると
第 9 章では、ポスト・マルコス期に大統領
きにいかなる現象が生じるか、すなわち仮説
選挙における有効候補者数が増加したことが
のもつ観察可能な含意が示され、経験的な
示され、大統領の再選が禁じられたことがそ
データによって仮説の妥当性が示される。こ
の要因ではないかとの推論が提示される。マ
のような骨子の明解なリサーチ・デザインが
ルコス期以前の憲法では、同一人物が大統領
なされていることが、本書の特徴の 1 つであ
を 2 期務めることが認められていた。再選を
る。
目指す現職大統領は、メディアへの露出度や
一般性のある仮説を提示しただけでなく、
地方政治家とのつながりの点で他の候補より
38 カ国を対象とする計量分析によってその
有利である。したがって現職候補の存在は、
妥当性を検証している点も特筆すべき本書の
野党側の候補者調整を促進して有効候補者の
特徴である。東南アジアを対象とするこれま
数を減らす効果をもつ。ポスト・マルコス期
での研究は、理論的な含意を内包するにもか
には大統領の再選が禁じられたために、この
かわらず、それを明示化する努力が不十分
効果が失われた。
だったとの指摘がある(Kuhonta, Slater and Vu,
第 10 章では、38 の新興民主主義を対象と
2008)
。この指摘が妥当だとすれば、本書は
した計量分析によって、大統領の再選禁止と
東南アジア政治研究における新しい流れに先
政党システムの不安定性に有意な相関がある
鞭をつけたものと評価できよう。
ことが示される。結論部の第 11 章では、大
一方で、物足りなく感じた点もある。それ
統領選挙の有力候補が 2 人に絞られる状況が
は、政党システムの不安定性、すなわち高い
継続するようになれば、政党システムの安定
投票流動性や議会における有効政党数の増
性が回復するとの見通しが示される。
加、選挙ごとの変化が、なぜ民主主義定着の
書評/Yuko Kasuya,Presidential Bandwagon: Parties and Party Systems in the Philippines
103
阻害要因になるのかに関して、独自の突っ
込んだ議論がないことである。本稿の冒頭
で 引 用 し た Mainwaring(1999) や Maiwaring
and Scully(1995)は、政党システムが不安定
であることによって市民や社会団体と政党と
のつながりが弱くなり、そのことが代表制民
主主義の機能不全やポピュリズム台頭の一因
になると指摘する。一方本書(pp. 178–9) で
は、フィリピンにおける政党と市民、社会団
体の関係の希薄さは与件とされており、政党
システムの不安定性がいかなる回路を通じて
民主主義の危機を招くのかが明らかでない。
最後に、本書のもう 1 つの特徴について付
言しておきたい。それは、フィリピン政治に
関する既存研究がよく整理され、本書のオリ
ジナルな考察、分析と、既存研究の知見との
関係性が明瞭に示されていることである。本
書のリサーチ・デザインは、比較政治学の理
(引用文献)
Kuhonta, Erik Martinez, Dan Slater and Tuong Vu
(2008), “Introduction: The Contributions of Southeast
Asian Political Studies,” in Erik Martinez Kuhonta,
Dan Slater and Tuong Vu eds. Southeast Asia in
Political Science: Theory, Region, and Qualitative
Analysis, Stanford: Stanford University Press.
George, Alexander L. and Andrew Bennett (2004), Case
Studies and Theory Development in the Social
Sciences, Cambridge: MIT Press.
Gerring, John (2007), Case Study Research: Principles
and Practices, Cambridge: Cambridge University
Press.
Mainwaring, Scott P. (1999), Rethinking Party Systems
in the Third Wave Democratization: The Case of
Brazil, Stanford: Stanford University Press.
Mainwaring, Scott and Timothy R. Scully (1995),
Building Democratic Institutions: Party Systems in
Latin America, Stanford: Stanford University Press.
Pedersen, Mogens (1983), “Changing Patterns of
Electoral Volatility in European Party Systems, 1948–
1977,” in Hans Daalder and Peter Mair eds., West
European Party Systems: Continuity and Change,
Beverly Hills, CA: Sage.
論や計量分析にはあまり関心のない読み手に
(Keio University Press、2008 年、B5 版変型、
xiii + 247 ページ、8,000 円[本体]
)
とっても大いに参考になるものと思われる。
(なかむら・まさし アジア経済研究所)
104
アジア研究 Vol. 55, No. 3, July 2009