動機づけの心理学と脳科学 日本学術振興会・東京工業大学 村山 航 イントロ:「動機づけ≒価値のモジュレーション」? 動機づけ理論による「価値」概念の拡張 動機づけ理論による「価値」とは異なる視点の示唆 まとめと補足 イントロ:「動機づけ≒価値のモジュレーション」? 動機づけ理論による「価値」概念の拡張 動機づけ理論による「価値」とは異なる視点の示唆 まとめと補足 動機づけ研究(心理学)の系譜 脳科学における動機づけ研究 そもそも絶対数が少ない 歴史的に一時隆盛したことはある:視床下部の刺激 (Stellar, 1954; Valenstein et al., 1970),脳内報酬刺激(Olds & Milner, 1954) など 脳科学における動機づけ研究 そもそも絶対数が少ない 歴史的に一時隆盛したことはある:視床下部の刺激 (Stellar, 1954; Valenstein et al., 1970),脳内報酬刺激(Olds & Milner, 1954) など 近年,少しずつ増えてはいるが,,, 近年の脳科学における動機づけ研究 ・Homeostasis ・Drive theory ・Incentive motivation ・Liking & Wanting 動機づけ研究(心理学)の系譜 ここしかカバー されていない! 行動主義の概念の方が定式化しやすい 80年代以降の動機づけ研究には,曖昧で 似た概念が多い(概念のインフレーション) 本発表のストラテジー 行動主義心理学の動機づけ概念(≒脳科学におけ る動機づけ概念)を足がかりに,近年の動機づけ研 究がそこにどういう示唆を持っているのかを検討 行動主義の動機づけ概念 契機:動機づけ概念なしでは説明できない現象 動機づけを取り入れた理論が登場 Drive theory (Hull) Incentive motivation (Bolles, Bindra) 空腹 学習・行動の促進 Running speed 餌(特定の報酬) の魅力が高まる Adopted from Dickinson & Balleine (2002) 一言で言うと「価値のモジュレーション」 対象に対する価値が動機づけ状態で変わる 近年の(数少ない)動機づけの脳科学研究も, 同じようなスタンスで動機づけを捉える 特に意思決定(価値に基づく行動選択)研究 動機づけ option A → 報酬X 期待○% 報酬Y option B → 期待△% 報酬Z option C → 期待□% option D → 罰Pの回避 期待×% 一次元の 「価値」表象 (common currency) Striatum, OFC? 行動選択 価値のモジュレーション 発表者(村山)もこの視点には基本的に同意 機能的であるが,簡潔な定義 実は意外に説明範囲が広い(e.g. 内発的動機づけ) では,近年の動機づけ概念は意味がないのか? もちろん,「そうは思わない」 「価値のモジュレーション」の視点を拡張できる 「価値のモジュレーション」とは異なる視点を示唆する 残りの時間では,この 2つの可能性を検討 イントロ:「動機づけ≒価値のモジュレーション」? 動機づけ理論による「価値」概念の拡張 動機づけ理論による「価値」とは異なる視点の示唆 まとめと補足 1.価値の多元性 脳科学における動機づけ研究 主として “eating”, “drinking” に焦点 • Berridge (2004) のレビュー 1.価値の多元性 脳科学における動機づけ研究 主として “eating”, “drinking” に焦点 • Berridge (2004) のレビュー 人間が重視する他の価値もあるのではないか 栄誉(自尊動機; for a review, Sedikides & Strube, 1997) 他者との関係性 (e.g., Eisenberger et al., 2003, Science) Inclusion Cyberball Paradigm Ostracism Cyberball Paradigm 1.価値の多元性 脳科学における動機づけ研究 主として “eating”, “drinking” に焦点 • Berridge (2004) のレビュー 人間が重視する他の価値もあるのではないか 栄誉(自尊動機; for a review, Sedikides & Strube, 1997) 他者との関係性 (e.g., Eisenberger et al., 2003, Science) 端的な例が「内発的動機づけ」 (intrinsic motivation) 外的な報酬に拠らない,課題そのものに対する動機づけ 内発的動機づけ 実はさまざまな要素に支えられている Effectance 動機づけ (White, 1959) 生物は外界との相互作用 を求める動機を持っている (感覚遮断実験,Harlowの パズル実験) 知的好奇心 (Berlyne, 1966; Hunt, 1963) 拡散的-収束的な好奇心 ズレの最適水準 自己決定感 (DeCharm, 1968) 有能感 (White, 1959) フロー (Csikszentmihalyi, 1988) 「没入」体験 内発的動 機づけ ※ 特に近年は「自 己決定感」に重点 (Ryan & Deci, 2000) 「内発的動機づけ」によくある誤解・質問 内発的動機づけは「報酬」にまったく拠らない 「報酬」の定義にも拠るが,「内的な報酬」 (自己決定感など)には支えられている. 内発的-外発的に二分できないものもある 近年では,内発的-外発的動機づけは連続 的に変化するものだと考えられている 内発的動機づけはどのように測定されるのか? 外的報酬を与えないときの課題従事時間, 自己報告質問紙,課題中のsmiling回数など 内発的動機づけ概念の示唆 人は「自己決定」「自己の成長」「探索」といった ものにも価値を感じ,意思決定を行っている 探索行動は,近年 Daw et al. (2006, Nature) に よるベイズモデルによるモデル化 内発的動機づけ概念の示唆 「自己決定」「自己の成長」「探索」といったものに も人は価値を感じ,意思決定を行っている 探索行動は,近年 Daw et al. (2006, Nature) に よるベイズモデルによるモデル化 アンダーマイニング効果 内発的に興味を持っている課題に,外部からお 金などの報酬が与えられると,その課題に対する 内発的な動機づけ(自発的な課題従事)が低下 2.価値の重層性 潜在 (implicit) 動機/顕在 (explicit) 動機 人は潜在的な欲求・価値観と顕在的な欲求・価 値観を持つ (e.g., 潜在的達成動機・顕在的達成動機) 伝統的な研究 (for a review, McClleland et al., 1989, PR) 潜在動機 TAT, PSEといった絵を 使った投影法を使用 2.価値の重層性 潜在 (implicit) 動機/顕在 (explicit) 動機 人は潜在的な欲求・価値観と顕在的な欲求・価 値観を持つ (e.g., 潜在的達成動機・顕在的達成動機) 伝統的な研究 (for a review, McClleland et al., 1989, PR) 潜在動機 TAT, PSEといった絵を 使った投影法を使用 (フリー)オペラント的な行 動・長期的な行動を予測 e.g. 日記法などによる行動測定 顕在動機 質問紙で測定 レスポンデント的な行動・ 短期的な行動を予測 e.g. 限定された状況での行動 より近年の潜在/顕在の測定 顕在測度(質問紙) 潜在測度 意図的な歪曲を 受けやすい 意図的な歪曲に強い, 自動的な反応を測定 潜在連合テスト (implicit association test; IAT, Greenwald & Banaji, 1995, PR) 左 右 やせた人 太った人 Phase 1 写真を左もしくは右の キーで分類 左 右 良い 悪い Phase 2 単語を左もしくは右の キーで分類 左 右 やせた人 良い 太った人 悪い Phase 3 写真・単語を左もしく は右のキーで分類 左 右 太った人 良い やせた人 悪い Phase 4 写真・単語を左もしく は右のキーで分類 以上 https://implicit.harvard.edu/implicit/japan/ より 3 と Phase 4 の反応時間を比較し,「太った人」や 「やせた人」が「ポジティブ語」もしくは「ネガティブ語」とどの程 度連合しているかを調べる Phase Yamaguchi et al. (2007). Psych. Sci. より近年の潜在/顕在の測定 顕在測度(質問紙) 潜在動機 意図的な歪曲を 受けやすい 意図的な歪曲に強い, 自動的な反応を測定 潜在連合テスト (implicit association test; IAT, Greenwald & Banaji, 1995, PR) 感情誤帰属手続き (affect misattribution procedure, Payne et al., 2006, JPSP) Prime Target p (“like”| target prime) – p (“like” | no prime) Judgment of the “target” Primeに対する 潜在的態度 Like -> Left key Dislike -> Right key Murayama (in prep) のモデル化 プライムの影響に 気づいた場合 閾値の修正 (向きが逆) プライムの影響に 気づかない場合 ネガティブプライムへの反応をbaseline としたときの,それぞれのd’(潜在態度) no prime 条件では意 図的な修正はなし より近年の潜在/顕在の測定 顕在測度(質問紙) 潜在動機 意図的な歪曲を 受けやすい 意図的な歪曲に強い, 自動的な反応を測定 潜在連合テスト (implicit association test; IAT, Greenwald & Banaji, 1995, PR) 感情誤帰属手続き (affect misattribution procedure, Payne et al., 2006, JPSP) 「価値」といっても「潜在」と「顕在」の 両方のレベルを考える必要性 イントロ:「動機づけ≒価値のモジュレーション」? 動機づけ理論による「価値」概念の拡張 動機づけ理論による「価値」とは異なる視点の示唆 まとめと補足 1.動機づけの活性化の自動性 よくある誤解 意図・目的や欲求は,意識的に持つものである 自動動機理論 (auto-motive theory) 人の意図や目的は外界の手がかりによって,自動的・無 意識的に活性化するものである (Bargh & Gollwitzer, 1994) 環境刺激 動機・目標の 自動的活性化 (プライミング効果) 行動 乱文構成課題:片方の群の 「達成」動機をプライミング(閾 下プライミングの場合もあり) パズル課題:パフォー マンス指標 * 固執率 0.6 0.4 0.2 Murayama (未発表) 0 達成プライム群 12 * Bargh et al. (2001, JPSP) 正答数 10 8 6 4 達成プライム群 統制群 統制群 2.動機づけによる学習のモジュレーション 動機づけが高まると学習は促進される プロセスは? 先行研究の定説 動機づけ の向上 努力量の上昇 学習への注意 学習の 促進 効果的な 方略の使用 学習の可塑性を直接変化させるのでは? 新たな仮説 仮説の根拠 動機づけが学習に「直接」影響を与えるという 証拠は見当たらない しかし,感情が神経の可塑性を直接高めて記 憶を促進しているという証拠はいくつもある 感情による記憶のモジュレーション Retrograde enhancement Test stimulus (neutral) 感情刺激の覚醒度が高 いほど,テスト刺激をよく 覚える(テストは数日後) + Interval (4 seconds) Modulation stimulus (emotional arousal Anderson et al. (2006, PNAS) is manipulated) 1+1= 3–8= 9x8= Distraction Task Retrograde enhancement のインパクト 「注意」や「符号化」のプロセスでは説明できない テスト刺激の符号化「後」に提示した刺激が記憶に影響 を与えている:注意では説明できない そもそもテスト刺激はニュートラル語である:ますます注 意では説明できないし,精緻化や感情制御方略の影響 も考えにくい 感情刺激が記憶を「直接」固定 している証拠 Neural mechanism 長期増強の促進? (直後効果) (遅延効果) 感情 刺激 McGaugh & Roozendaal (2002; Curr Opin Neurobiol) 仮説の根拠 動機づけが学習に「直接」影響を与えるという 証拠は見当たらない しかし,感情が神経の可塑性を直接高めて記 憶を促進しているという証拠はいくつもある 動機づけも学習の可塑性に直 接影響を与えているのでは? 実際,たとえば内発的に動機づけられた対象物 をよく覚えておくのは適応的のように思われる Neural mechanism (仮説) Neural mechanism (仮説) 感情 扁桃体 (外側基底部) 海馬 動機づけ? 側坐核 (外殻) NAcc shell が オピオイド系を媒介して “liking” (「好きだ」といった主観的経験) に関わっている (Berridge, 2003) 傍証:Murayama (in prep) 達成目標が記憶に及ぼす影響 目標の 教示 学習 フェーズ 妨害課題 テスト フェーズ 習得目標条件(≒内発的動機状態) “この課題をすることであなたの認知能力 が高まることが分かっています。あなたの 認知能力を高めるつもりでやって下さい”. 遂行目標条件 “この課題の目的は,他の大学生に比 べて,あなたの認知能力がどの程度あ るかを比較することです”. 傍証:Murayama (in prep) 達成目標が記憶に及ぼす影響 目標の 教示 学習リストの呈示. 各単語6秒間 処理水準の操作(被験者内要因) 学習 フェーズ 妨害課題 テスト フェーズ 浅い処理:カタカナにして画数を数える (1) カタカナで何画ですか はつめい 傍証:Murayama (in prep) 達成目標が記憶に及ぼす影響 目標の 教示 学習リストの呈示. 各単語6秒間 処理水準の操作(被験者内要因) 学習 フェーズ 妨害課題 テスト フェーズ 浅い処理:カタカナにして画数を数える 深い処理:手がかりから適切な語幹を完 成させる (6) ことばを答えてください 育つこと セイチ__ 傍証:Murayama (in prep) 達成目標が記憶に及ぼす影響 目標の 教示 学習 フェーズ Remember-Know 手続き (偶発記憶テスト) “remember” Presentation of stimulus “old” “new” “know” 直後(10分後)と遅延(1週間後)を測定 妨害課題 テスト フェーズ 学習フェーズで「課題への解答」という形式 をとり,偶発学習パラダイムをとることで,リ ハーサルや方略の影響をできる限り排除 結果(実験2):直後再認 0.8 0.7 * 習得目標 遂行目標 0.6 0.5 0.4 0.3 * 0.2 0.1 0 浅い処理- 浅い処理- 深い処理- 深い処理- Remember Know Remember Know 結果(実験2):遅延再認 効果が逆転! 0.7 習得目標 遂行目標 0.6 0.5 0.4 0.3 † 0.2 0.1 0 浅い処理- 浅い処理- 深い処理- 深い処理- Remember Know Remember Know 結果(実験2):媒介分析 習得目標が直後再認を媒介せ ずに遅延再認に直接の効果 習得目標 vs. 遂行目標 – 0.07* 0.08* 直後 Remember 反応(深い処理) Consolidation 効果? 遅延 Remember 反応(深い処理) 0.26** 習得目標(内発的動機状態)は記憶を直接モ ジュレーションしている? イントロ:「動機づけ≒価値のモジュレーション」? 動機づけ理論による「価値」概念の拡張 動機づけ理論による「価値」とは異なる視点の示唆 まとめと補足 まとめ 古典的な「動機づけ」 概念の機能 「価値」の モジュレーション + 価値の多元性 自尊・内発的価値 価値の重層性 潜在・顕在動機の区別 処理の自動性 記憶・学習の可塑 性を高める 近年の動機づけ概念 による示唆 補足(1):脳科学から心理学への示唆 脳科学の知見による近年の動機づけ概念 の「妥当化と整理」 人は,現象につい (おそらく生得的に) 「動機」を見てしまう Gergely et al. (1995, Cognition) Csibra et al. (1999, Cognition) 馴化 9-12ヶ月児 脱馴化 注視時間 > 9-12ヶ月児でも,ただの物体 に「意図」を帰属している 補足(1):脳科学から心理学への示唆 脳科学の知見による近年の動機づけ概念 の「妥当化と整理」 人は,現象につい (おそらく生得的に) 「動機」を見てしまう 脳科学 「動機づけ」概念の インフレーション ・ 妥当ではないカテゴリの整理 ・ 新たなカテゴリの創出 e.g. Berridge の“liking”と “wanting”の区別 補足(2):「動機づけ」概念を定義すること そもそも「動機づけ」という概念自体が現象に対す る素朴なラベルづけ Danziger (1997): 「知情意」という区分が世界共通にあ るわけではない 人間の複雑な情報処理プロセスのなかで,たまた ま相関を持ったものを取り出して「動機づけ」と呼 んでいるだけで,そこに実体があるわけではない Traditional (naïve) view Russell (2003, PR) の感情に関する議論 alternative view 補足(2):「動機づけ」概念を定義すること ではどうすればいいのか? 案1:機能の観点から定義する 「価値をモジュレーションするもの」など 問題:学習への影響など,看過される側面が出てくる 案2:「緩い」(素朴な)定義で放っておく 定義の「ノイズ」が新たな発見を生むかもしれない そもそも私たちの目的は「動機づけ」のシステムを知るこ とではなく,「生物」(人間)のシステムを知ることなのだか ら,「今この研究で扱っているのは動機づけか」なんて考 える必要はない(はず) 問題:研究間の比較のとき,研究者の慎重な態度が必要 ご清聴ありがとうございました 資料請求・質問は [email protected]
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