モチベーションと記憶の関連

モチベーションと記憶の関連
-目標や感情の観点から-
日本学術振興会
東京工業大学
村山 航
日本心理学会第72回大会WS
「日常認知研究の現状と今後への展望」
発表の構成

感情が記憶に与える影響:第一世代
日常認知
研究

感情が記憶に与える影響:第二世代
神経科学
研究

動機づけ(目標)が記憶に与える影響
発表の構成

感情が記憶に与える影響:第一世代
日常認知
研究

感情が記憶に与える影響:第二世代
神経科学
研究

動機づけ(目標)が記憶に与える影響
感情と記憶:第一のムーブメント



古典的な研究はいくつも存在 (e.g., Holmes, 1970)
脚光を浴び始めたのは日常認知研究の登場から
主に2つのトピックで研究が盛ん
–
–
感情が記銘に及ぼす影響:目撃証言・フラッシュバルブ
メモリ研究など
感情が記憶の検索に及ぼす影響:気分一致/不一致効
果・記憶の(感情)状態依存効果など(今回は扱わない)
感情は記憶を促進する? 抑制する?

現象としては両方ある (e.g., Clifford & Holin, 1981
-> inhibition; Yuille & Cutshall, 1986 -> facilitation)

1つの有力な仮説:(主としてネガティブ)感情に
より,中心的な情報の記銘は促進されるが,周
辺的な情報の記銘は抑制される
–
–
–
Christianson による一連の研究
Loftus et al. (1987) の “Weapon focus effect”
Safer (1998) の “Tunnel memory”
認知プロセスの検討
認知プロセスの検討
感情刺激は意味的に
処理されやすい
Heuer & Reisberg (1990, M&C)
Talmi & Moscovitch (2004, M&C)
符号化後の
認知活動
感情刺激への「注意」:Automatic vigilance
(Pratt & John, 1991)
Emotional Stroop (Algom et al., 1986, JEP-G)
Attentional Blink の抑制 (Anderson, 2005, JEP-G)
Detecting the snake in the grass (Ohman et al., 2001, JEP-G)
記憶は感情制御方略
に影響を受ける
Richards & Gross (2006)
これですべてか?



「注意」だけでは感情の記憶促進(そして抑制)
効果を捉えきれない
Christianson et al.
(1991) の先駆的研究
他のプロセス?
Christianson et al. (1991, JEP-LMC)
発表の構成

感情が記憶に与える影響:第一世代
日常認知
研究

感情が記憶に与える影響:第二世代
神経科学
研究

動機づけ(目標)が記憶に与える影響
新たな現象の発見

Retrograde enhancement
Test stimulus
(neutral)
感情刺激の覚醒度が高
いほど,テスト刺激をよく
覚える(テストは数日後)
+
Interval
(4 seconds) Modulation stimulus
(emotional arousal
Anderson et al. (2006, PNAS)
is manipulated)
1+1=
3–8=
9x8=
Distraction
Task
Retrograde enhancement のインパクト

今までの どのプロセスでも 説明できない
–
–
テスト刺激の符号化「後」に提示した刺激が記憶に影
響を与えている:注意では説明できない
そもそもテスト刺激はニュートラル語である:ますます
注意では説明できないし,精緻化や感情制御方略の
影響も考えにくい
感情刺激は記憶を「直接」固定
させるのでは?
どうしたら説明できるのか?


解決の鍵:神経科学との共同
90年代以降,認知神経科学の発展
–
–

記憶研究:Mishkin, Squire, Eichenbaum
感情研究:LeDoux, Rolls, Phelps
神経科学の面から心理学モデルの妥当化・発展
–
–
e.g., 記憶研究:Recollection vs. familiarity
e.g., 感情研究:Neuroeconomics
認知プロセスの検討
神経プロセスの検討
感情刺激は意味的に
処理されやすい
Heuer & Reisberg (1990, M&C)
Talmi & Moscovitch (2004, M&C)
赤=control
青=扁桃体損傷患者
△=ニュートラル刺激
○=感情刺激
感情刺激への「注意」:扁桃体が関与
感情刺激への「注意」:Automatic vigilance
*Attentional
Blink の抑制が,扁桃体損傷患者で
(Pratt
& John, 1991)
消失 (Anderson
& Phelps,
2001,JEP-G)
Nature)
Emotional
Stroop (Algom
et al., 1986,
*扁桃体から視覚皮質へのフィードバックで注意
Attentional
Blink の抑制 (Anderson, 2005, JEP-G)
が自動的に感情刺激に向くようになる。
Detecting
the snake in the grass (Ohman et al., 2001, JEP-G)
符号化後の
認知活動
記憶は感情制御方略
に影響を受ける
Richards & Gross (2006)
Kensinger & Corkin (2004)
認知プロセスの検討
神経プロセスの検討
感情刺激の意味処理
感情刺激は意味的に
は感情価に喚起され,
処理されやすい
前頭葉が関与
(Kensinger
Heuer & Reisberg (1990,
M&C)
Talmi
& Moscovitch
(2004, M&C)
& Corkin,
2004, PNAS)
符号化後の
認知活動
感情刺激への「注意」:扁桃体が関与
感情刺激への「注意」:Automatic vigilance
*Attentional
Blink の抑制が,扁桃体損傷患者で
(Pratt
& John, 1991)
消失 (Anderson
& Phelps,
Emotional
Stroop (Algom
et al.,2001,
1986) Nature)
*扁桃体から視覚皮質へのフィードバックで注意
Attentional
Blink の抑制 (Anderson, 2005)
が自動的に感情刺激に向くようになる。
Detecting
the snake in the grass (Ohman et al., 2001)
記憶は感情制御方略
に影響を受ける
Richards & Gross (2006)
認知プロセスの検討
神経プロセスの検討
感情刺激の意味処理
感情刺激は意味的に
は感情価に喚起され,
処理されやすい
前頭葉が関与
(Kensinger
Heuer & Reisberg (1990)
Talmi
& Moscovitch
(2004)
& Corkin,
2004, PNAS)
符号化後の
認知活動
感情刺激への「注意」:扁桃体が関与
感情刺激への「注意」:Automatic
vigilance
(Pratt
& John, 1991)
*Attentional
Blink の抑制が,扁桃体損傷患者で
消失 (Anderson
& Phelps,
2001, Nature)
Emotional
Stroop (Algom
et al., 1986)
*扁桃体から視覚皮質へのフィードバックで注意
Attentional
Blink の抑制 (Anderson, 2005)
Detecting
the snake in the grass (Ohman et al., 2001)
が自動的に感情刺激に向くようになる。
感情制御には眼窩前
記憶は感情制御方略
頭皮質
に影響を受ける
(OFC) が関与
Richards
& Gross
(2006) &
(For
a review,
Ochsner
Gross, 2004, TICS)
Retrograde Enhancement の説明

感情刺激が扁桃体への影響を介して海馬(記憶
に関する部位)の活動をモジュレートする。
–
McGaugh のモデル
感情
刺激
アドレナリン
孤束核
髄質
扁桃体
外側基底核
副腎
皮質
グルココルチコイド
阻害
PFC
海馬
など
先行,後続の
記憶が影響
支持する知見

Cahill らの一連の研究:扁桃体の関与
–
Cahill et al. (1994, Nature):扁桃体損傷患者は中性
フィルムの再生成績は悪くないが,感情的フィルムの
再生成績だけ悪い
支持する知見

Cahill らの一連の研究:扁桃体の関与
–
–
Cahill et al. (1994, Nature):扁桃体損傷患者は中性
フィルムの再生成績は悪くないが,感情的フィルムの
再生成績だけ悪い
Cahill et al. (1996, PNAS):感情的なフィルムの再
生成績が扁桃体の活性化と正の相関
注意の効果?

これらの研究だけでは,扁桃体の活性が注意を
喚起し,記憶が高まった可能性を否定できない。
注意に関与
Cahill & Alkire (2003):符号化「後」にアドレナリン
を投与すると記銘成績が向上する
まとめ



第一世代の研究:感情と記憶の関係を認知心理
学の用語で説明
第二世代の研究:認知神経科学の観点からの検
討。Retrograde enhancementといった,従来の
認知心理学の概念では説明しきれなかった現象
の説明が可能に
教訓:認知心理学の用語に還元できない,神経
系の直接的な作用による現象も存在するのでは
ないか
発表の構成

感情が記憶に与える影響:第一世代
日常認知
研究

感情が記憶に与える影響:第二世代
神経科学
研究

動機づけ(目標)が記憶に与える影響
動機づけと記憶の関係:レビュー ①


ほとんど検討されていない
古典的なものが少しあるのみ (e.g., Weiner, 1966, PB)。
–
–
–
典型的パラダイム:実験参加者に「これらの項目を記
憶するごとにお金をあげる」と教示,記憶成績を比較。
典型的な結果:符号化時に動機づけを高めると,記
憶成績が向上 (Heyer & O’Kelly, 1949)
典型的な解釈:動機づけにより刺激への注意・リハー
サル回数が増えたため (Wickens & Simpson, 1968)
動機づけと記憶の関係:レビュー ②

検索に関しては,自伝的記憶研究で動機づけと
の関係が議論される
–
–
典型的な結果:動機づけが想起する内容にバイアス
をかける (for reviews, Kunda, 1990; Wilson & Ross, 2003)。
解釈:認知的コントロール?
動機づけと記憶には,「動機づけを高めると対象とな
る刺激の記憶が高まる」といった非常にシンプルな関
係しか想定されてこなかった
動機づけ・記憶概念の発展

「動機づけがあるーない」から多元的な概念へ
–
–
内発的動機づけ-外発的動機づけ
習得目標-遂行目標 (for a review, 村山, 2003)



習得目標:自分自身の能力を伸ばすために学習をする目標
遂行目標:他の人よりもいい成績をとるために学習をする目標
「記憶がある-ない」から多次元的な概念へ
–
–
意味記憶-エピソード記憶
回想-熟知性 (for a review, 村山, 2006)


回想:詳しい文脈も含めて思い出す(主として意図的な)過程
熟知性:抽象的な記憶痕跡を評価する(主として自動的な)過程
本研究の目的

達成目標の違い(習得目標-遂行目標)が回想と
熟知性に与える影響を調べること

特にリハーサルや方略に媒介されない直接の効果
に焦点を当てる
–
–
–
理由1:先行研究ではリハーサル説がほとんど
理由2:達成目標と学習方略の関係は先行研究で明ら
か(e.g., Nolen, 1988).従ってあえて記憶を見る必要がない.
理由3:感情と記憶の研究でも直接効果が近年注目
なぜ動機づけに直接的な効果があると思うのか

–
–
実際,たとえば内発的に動機づけられた対象物をよく覚えておく
のは適応的
NAccのshell (likingをコード; Berridge, 2004) がHPCの長期増強をモ
ジュレートしているという知見 (Lopez et al., 2008).
300
海馬(記憶)
PSA (% baseline)
250
200
Core
Control
Shell
150
100
50
扁桃体
(感情 or 覚醒)
Tetanus
0
-0.3
0
0.25 0.5
0.75
1
1.25 1.5 1.75
Time (relative to tetanus)
2
Modified from Lopez et al.,
(2008)
側坐核
(動機づけ・好み)
研究1
Experiment1: Methods

実験参加者:68 人の大学生
–
–

習得目標群 (mastery goal; MG)
遂行目標群(performance goal; PG)
材料
–
–
学習リスト: 60 語 (深い処理条件30語, 浅い処理条
件30語)
テストリスト: 63 語 (旧項目42語, 新項目21語)
手続き
目標の
教示
学習
フェーズ
妨害課題
テスト
フェーズ
習得目標条件
“この課題をすることであなたの認知能力
が高まることが分かっています。あなたの
認知能力を高めるつもりでやって下さい”.
遂行目標条件
“この課題の目的は,他の大学生に比
べて,あなたの認知能力がどの程度あ
るかを比較することです”.
手続き
目標の
教示
 学習リストの呈示.
 各単語6秒間
 処理水準の操作(被験者内要因)
学習
フェーズ
妨害課題
テスト
フェーズ
浅い処理:カタカナにして画数を数える
(1) カタカナで何画ですか
はつめい
手続き
目標の
教示
 学習リストの呈示.
 各単語6秒間
 処理水準の操作(被験者内要因)
学習
フェーズ
妨害課題
テスト
フェーズ
浅い処理:カタカナにして画数を数える
深い処理:手がかりから適切な語幹を完
成させる
(6) ことばを答えてください
育つこと
セイチ__
手続き
目標の
教示
Remember-Know 手続き
(偶発記憶テスト)
“remember”
学習
フェーズ
妨害課題
テスト
フェーズ
Presentation
of stimulus
“old”
“new”
“know”
学習フェーズで「課題への解答」という形式
をとり,偶発学習パラダイムをとることで,リ
ハーサルや方略の影響をできる限り排除
結果
0.8
0.7
*
習得目標
遂行目標
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
浅い処理- 浅い処理- 深い処理- 深い処理-
Remember
Know
Remember
Know
実験1:考察

遂行目標が回想の成分を高める
習得目標が基本的に学習にはポ
ジティブな効果という先行研究
感情の直接効果は長
期的な場合に出る
実験2では達成目標の長期
的な効果もあわせて検討
研究2a

実験参加者:95 人の大学生
–
–

習得目標群 (mastery goal; MG)
遂行目標群(performance goal; PG)
変更点:遅延テスト(1週間後)を追加
–
–
–
直後再認リスト:36語(旧項目24語,新項目12語)
遅延再認リスト:36語(旧項目24語,新項目12語)
直後再認と遅延再認リストの項目は重ならない
結果:直後再認
0.8
0.7
研究1を追試
*
習得目標
遂行目標
0.6
0.5
0.4
0.3
*
0.2
0.1
0
浅い処理- 浅い処理- 深い処理- 深い処理-
Remember
Know
Remember
Know
結果:遅延再認
効果が逆転!
0.7
習得目標
遂行目標
0.6
0.5
0.4
†
0.3
0.2
*
0.1
0
浅い処理- 浅い処理- 深い処理- 深い処理-
Remember
Know
Remember
Know
結果:媒介分析
習得目標が直後再認を媒介せ
ずに遅延再認に直接の効果
習得目標 vs.
遂行目標
– 0.07*
0.08*
直後 Remember
反応(深い処理)
Consolidation
効果?
遅延 Remember
反応(深い処理)
0.26**
研究2b
Experiment1: Methods

実験参加者:57人の大学生
–
–

習得目標群 (mastery goal; MG)
遂行目標群(performance goal; PG)
変更点
–
–
–
実験参加者が日本人から北米の大学生
意味処理条件のみ
直後・遅延再生ともにテストが60語(旧項目40語,
新項目20語)
結果
0.8
0.7
研究1,2aを追試
*
方向はあっている
が有意ではない
習得目標
遂行目標
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
直後-
直後-Know
遅延-
遅延-Know
Remember
Remember
結果:媒介分析
直接効果が有意傾
向に(p=0.052)
習得目標 vs.
遂行目標
– 0.15*
0.10†
直後 Remember
反応(深い処理)
Consolidation
効果の追認
遅延 Remember
反応(深い処理)
0.18*
研究3
Experiment1: Methods

実験参加者:49人の(北米)大学生
–
–

習得目標群 (mastery goal; MG)
遂行目標群(performance goal; PG)
変更点
–
–
回想と熟知性を過程分離手続で測定
包含・除外リストはそれぞれ32語(直後用16語,遅
延用16語)
結果
方向はあっている
が有意ではない
研究2aの追試
0.8
習得目標
遂行目標
0.7
0.6
0.5
0.4
0.3
0.2
*
0.1
0
直後-
直後-
遅延-
遅延-
Recollection Familiarity Recollection Familiarity
まとめ



遂行目標は短期的な回想の成分を高める
しかし,長期的な観点からみたら,回想の成分を
高めるのは習得目標である
習得目標の長期的効果は,短期的な効果を媒
介しない直接のconsolidation効果である
–
–
習得目標は直接的な記憶増強効果を持つ?
進化的に見ても,内発的に楽しんでいること(習得目
標の特性)に対する記憶が高まるのは適応的かも
ありがとうございました
資料請求・ご質問・ご意見
[email protected]