脈波が末梢ほど高いのは何故か:

脈波はなぜ末梢で広くなるか
物理学・化学・数学でみる麻酔学
諏訪邦夫
1998年2月日本麻酔学会東海地方会
物理学・化学・数学でみる麻酔学の実例
• 脈波が末梢ほど高いのは何故か
– 物理学(と数学)
• 作用の弱い筋弛緩薬は作用が速い理由
– 化学と数学
• BIS: 脳波の新しい解析法
– 「科学」の基本問題
脈波が末梢で高くなる:
自身が気にしてきた経過
• 以前から気にしていた:心拍出量測定
– 自分の観察:橈骨動脈と足背動脈の比較
– メカニズム不明:「反射」は信じ難い.
• 脈波伝播速度の研究に遭遇(三枝氏)
• 臨床モニタ-学会(名古屋,1997春)
– 反射による説明
» データは多いが,苦し紛れの印象.本も
» "コペルニクス以前":データ沢山,基本が誤り
• 臨床生理学会(東京,1997年秋)
他の疑問:脈波とは
• 脈波が伝わるのは壁か血液か?
– 伝わるのが壁なら血液の役割は?
– 伝わるのが血液なら壁の役割は?
• 脈波伝播で血液はどう動く?
• 脈波と血流の関係:速度は同じか?
• 脈波抵抗と血管抵抗は同じか違うか?
• 脈波は横波か縦波か?
海波は岸辺で高くなる:説明
• 岸辺では波の伝播速度が低下する
• 波はエネルギーの伝播:水は流れない
• 波のエネルギーは二つの和
– 1)伝播速度のエネルギー
– 2)波高のエネルギー(ポテンシャルエネルギー)
• 伝播速度が低下すれば波高が高くなる
– エネルギー保存法則(ベルヌイの定理)
『振動』とは:振動の3要素
• デモ:ゴムと錘りの実験
• バネ:コンプライアンスC(または1/E)
– ブランコや海の波では重力(「重力波」)
• 質量:イナ-タンス,I又はLで表現
– 電気のコイル.振動数大では無視できない.
• 抵抗:お馴染み.Rで表現
– 一応抵抗のない理想状態で考える
『固有振動数』とは
• 固有振動数fo(「自然周波数」とも)
• 自然に振らせた時に揺れる振動数
• コンプライアンスが大きいと振れは遅い
– 月や火星では振子は遅い(重力の加速度小)
• 質量大なら振れは遅い
– ブランコは質量↑でバネ(重力)も↑:周期不変
• fo∽(LとCの関数)
共
振
• fo に近い振動数で強制振動させる
• 強制振動のエネルギーが,自由振動の
エネルギーに加わる
• 実例:
– ブランコを「漕ぐ」
• 共振周波数≒固有振動数
– 完全に等しくはない(系が違うから)
脈波は振動の伝播
• 脈波は「波の伝播」で,血流ではない
• 血液が壁を押し広げ
• 壁が血液を押し戻す
– これが振動の源
• 伝播速度:血液の性質は一定.変化は壁に依存
– しなやかなら遅く,硬ければ速い
– 質量大なら遅い
海の波と脈波の対比
• 波は岸辺で高くなる
• 脈波も末梢で高くなる
– 現象は似ているが,メカニズムは違う
• 極端に異なる要素:媒体の広がり方
– 海波では岸辺で幅は不変,深さは浅くなる
– 脈波では末梢で血管床は広がる
末梢血管では血管床増大
血管
直径
血管断面積
血管数 血管周
総和(比)
大動脈 20mm
1
太い動脈 3
3.5
末梢動脈 1
6
細動脈 0.02
150
(Burton による)
総和(比)
1
40
600
4千万
1
6
30
80万
大動脈の固有振動数
• データが整っている
• 大体10~50Hz:大動脈の場合
• 心拍は,大動脈の固有振動数より遥か
に遅い振動数での強制振動
末梢血管で固有振動数低下
• 血管床増大でコンプライアンス増加
– バネがやわらかくなる
• 全血管壁増加でイナ-タンス増加?
– 質量増加:錘りが重くなる
• つまり「やわらかくて重い」振動系
– 固有振動数が下がる
• 低い周波数に共振しやすくなる
• 共振点に近づくと振幅が増す
脈波が末梢で高いメカニズム
• 大動脈では心拍はfo より遥かに遅い
– 脈波=F(拍出速度,コンプライアンス)
• 末梢動脈はfo が低く,心拍はfo に
近い
• 末梢動脈は低い周波数に共振しやすい
• 共振点に近いので振幅が増す
脈波伝播と血流は異なる:2
• 速度
– 大動脈の脈波伝播速度は5~10m/秒
– 大動脈の血流速度は1m/秒以下(20cm/秒)
• 何が動くか
– 脈波では「波のエネルギー」
» 海の波は全体としては動かない
» 動くのはエネルギー
» 血流がなくても脈波はつくれる(実験的に)
– 血流では血液そのもの
証明するには?
• 計算で
– コンピュ-タプログラム
• モデル実験で?
– 電気回路
– 機械的な血管モデル
• 動物実験で?
• 人体では?
脈波に関する結論:その1
• 脈波は血液を伝わる
• 血管壁は,伝播特性に関与する
• 脈波伝播と血流は基本的に無関係
• 脈波抵抗と血管抵抗も無関係
• 脈波は縦波と横波の合成波
– 血液は脈波伝播方向にも振動する
– 完全な横波では圧変動が出ない
脈波に関する結論:その2
• 脈波が末梢で高くなるメカニズムは
– 1)海の波が岸辺で高くなるのに似る
– 2)末梢では
血管床が広がる→コンプライアンス上昇
組織が付着する→イナ-タンス上昇?
• 固有振動数が低下する
– 駆動振動数が固有振動数に近づく
作用の弱い筋弛緩薬は作用が速い
• 効きのいい筋弛緩薬は作用が遅い
– 遅い薬物:ベクロニウム,パンクロニウム
» 力価が高い,少量で有効
– 速い薬物:サクシニルコリン,ロクロニウム
» 力価が低い,大量に必要.
– SCC はモル数で Vec の20倍使用
• 吸入麻酔薬との対比
– 遅い薬物:エーテル,ペントレン,ハロセン
– 速い薬物:笑気・ゼノン・セヴォフルレン
作用の弱い薬は何故速く効くか
• 作用の弱い(効きの鈍い)筋弛緩薬
–
–
–
–
力価が低い,大量に必要
受容体との親和性が低い
大量投与が必要
受容体付近の遊離薬物濃度が上がりやすい
数式化の基本
• T=G(Ca - Cdf )
– T:移動量,Cdf:遊離体の薬物濃度
– G:コンダクタンス(血流量と拡散)
• T=V(d Cdf /dt + d Cdb /dt)
– Cdb:結合体の薬物濃度 V:体積
• Cdb/{Cdf*Crf}= K
– 質量作用法則,Crf:受容体濃度
• 連立(微分)方程式を解く
解いた例:グラフ
90
80
70
占拠率
60
50
40
30
1
0.5
0
0
3
2
06
4
09
6
0
20
時間(秒)
10
0
K1=1
東京
名古屋
K2=5
大阪
K3=10
K4=20
1月
2月
3月
4月
筋弛緩薬と吸入麻酔薬の対比
筋弛緩薬
律速因子
血流/拡散
力価決定因子 受容体親和性
作用開始を
平衡定数
決める因子
吸入麻酔薬
換気
脳組識濃度
分配係数
BIS:Bispectral Index の話
• BIA(Bispectral analysis)
– 脳波の「周波数位相解析」(としておく)
– 数値が多数出る
• BIA → BIS
– BIAで得た数値を,1~100の単一数に変換
– APACHE II の計算と似ている
– 数値化のプロセスは「判別解析」
Bispectrum とフーリエの関係
• サンプルx(k)に対するフーリエ変換
– X(f) = 2/M Σx(k) e^(ik2π∫)
»
Σ: k = 0 to M-1
• サンプルx(k)へのBispectrum B(f1,f2)
– B(f1,f2)=abs[ΣXi(f1)Xi(f2)Xi*(f1+f2)]
» Σ: i = 0 to L, i :epoch number
• Xi*(f1+f2): Xi* の* は共役複素数を
表す. 掛け算の印ではない
BIA →BIS への手順
• BIS の計算
–
–
–
–
BIA で,B(1)~B(n)のn個の点を得る
BIS =Σ[k(i)B(i)]? で数値を一つに
計算手順は論理的?
数式は非公開(重みのかけ方が重大)
判別解析と判別関数
Discriminant Analysis & Function
• 多数の指標から1個の指標を導く手順
• 実例:
– 多数の症状・検査から予後を予測
» Apache
» 周術期の予後予測( Goldman や Shah )
– BIA からBIS を導く手順もこれ
• f=ax+by: x,yは検査値,a,bは係数
BIS:科学における「秘密」
• 会社が自分の都合のいいように処理を
勝手に変えないとの保証は?
• 会社が勝手に変える薬を使うか?
• パソコンソフトの最大の問題点!
• 特許は公開である!
– 「公開」は「無料公開」とは限らない
Bispetral Index の自作?
• 脳波を取り込んでサンプル:標準手法
• Bispectral Analysis:プログラムは?
自作は可能だが厄介?厄介だが可能?
• BIA → BIS:数式は不明?自作?
– 一応の計算は簡単
– 最適化(判別解析)が一寸むずかしい
» どのパラメ-タ-を採用する?
» 商品化されたものより良いものができる!
BISは実は簡単?
• BIS の説明をしようとしない事実
• 口頭では「5万人分の脳波の解析」
「数億ドルの投資」「パラメーターは
30以上」とか述べる
• 実はそんなに大変でない証拠
– 理論的に
– 論文には変なことは書けない
もっといい“BIS”の提案
• もし周波数位相解析が真に有用なら
→脳の「健常性 Integrity 」をモニター
• 1.動物実験:脳をハイポキシアにする
– 脳血流↓,Hb↓,Pco2 ↓
• 2.人体で:ハイポキシアの可能性で
– 近赤外線モニターと相関をとる
• 「健常性+深度」が同時に!
「健常性モニター」の意義
• 脳の「健常性 Integrity 」モニター!
• 「麻酔のモニター」は「数値やレベル
のモニターではない」
• 健常性のモニターである!
– Spo2 ,EKG,Etco2 など
• 「事態が順調に進行している」ことを
確認する
結
論
• 研究や勉強に際しては,「広く」も大
切な要素
• 同時に「深く」「基本は何か」にもア
プローチすることを忘れないよう
• 簡単に解ける問題も案外見つかるかも
知れない
• 科学は公開が原則
シミュレーションモデルと電圧測定ポイント
大動脈に相当
末梢動脈に相当
橈骨動脈等に相当