A net Vol.12 No.3 2008 東京歯科大学市川総合病院麻酔科 小板橋俊哉 PROFILE ──────────────────────────────── ─ 小板橋 俊哉 東京歯科大学市川総合病院麻酔科 教授 Toshiya Koitabashi 1986年:慶應義塾大学医学部卒業 同 年: 同 麻酔科 研修医 1993年:東京歯科大学市川総合病院麻酔科 助手 1994年: 同 講師 1999年:アメリカ・エモリー大学医学部麻酔科 リサーチフェロー 2001年:東京歯科大学市川総合病院麻酔科 助教授 2006年: 同 教授 趣味:美酒・美食、読書(戦記小説) 好きなこと:野球観戦(特に阪神)、森伊蔵 ───────────── はじめに 麻酔薬の中枢抑制作用を定量する目的で処理脳波モニターが開発されている。エ ントロピーモジュール(M−Entropy)はその 1 つである。M−Entropyは国内ではBIS モニターの 5 分の 1 程度のシェアしかない。その理由は、M−EntropyはGEヘルス ケア社製の S /5 TM 生体情報モニターに組み込まれており、単体機が存在しないこと による(Fig.1)。 TM Fig.1. S/5 生体情報モニターの画面 波形表示の下から2つ目が脳波原波形。右側に RE値とSE値を表示。 ───────────── 1. エントロピーの概念と アルゴリズム エントロピーは信号の複雑性や非規則性などを定量する手段の 1 つで、エントロ ピーを利用した脳波解析方法として近似エントロピーやShannonエントロピーなど があるが、M−Entropyで算出されるエントロピーはこれらとは異なる。詳細は他1) に譲るが、エントロピーはその解析アルゴリズムが公開されている。M−Entropyで は脳波信号の周波数や振幅を基に解析するのではなく、信号の規則性を定量してい る。脳波周波数や振幅は患者毎に大きく異なることから、これらの情報に影響され ないことは重要である。例えば単純な正弦波の場合、スペクトラルピークは単一で 8 特 集 ありスペクトラルエントロピー値は 0 と定義される。一方、雑音信号ではスペクト ラルエントロピー値は最大で、この場合には 1 と定義される。揮発性麻酔薬、静脈 麻酔薬ともに濃度上昇に伴い脳波が規則的になることから、麻酔が深くなり脳波信 号の規則性が増加するとスペクトラルエントロピー値が 1 から 0 に近づく。しかし、 burst suppressionや平坦脳波が生じた場合に規則性の定量は役に立たない。この場 合にはburst suppression ratio(BSR)を利用している。 エントロピーセンサーはBISモニター製造元であるアスペクト社で製造されてお り、接触インピーダンスを低下させるためにセンサー部の小突起などBISモニター の技術が活かされている。M−Entropyで表示されるエントロピーはstate entropy (SE)とresponse entropy(RE)の 2 種類である。SEは0.8∼32Hz、REは0.8∼47Hzの 周波数帯域の脳波信号から値が算出される。すなわち、REでは脳波信号に筋電活 動が含まれるのに対し、SEではほぼ脳波信号のみを表す周波数帯域となる。RE値、 SE 値を算出するために必要な脳波信号の長さ(time window)は、それぞれ1.92∼ 15.36秒、15∼60秒であり、RE、SEともにその時点の周波数により適切なtime windowが自動的に選択されるように設定されている。 ───────────── 2. REとSEが意味する ものは? RE、SEともに全身麻酔中に推奨されている値の範囲は40∼55で、この範囲では REとSEは同等の値を表示する。しかし、鎮痛レベルを侵害刺激強度が上回ると両 者の関係は変化する。疼痛が生じると筋電活動が亢進し32Hz以上のγ領域の周波 数帯域の活動が亢進することが示されている2)。特に顔面筋は他の領域よりも筋弛 緩薬に対する感受性が低いことから3)、RE値が上昇しSE値との解離が生じる。具 体的にはRE値−SE値が 5 よりも大きい場合には不十分な鎮痛を表す可能性があり、 特に10以上の場合には要注意である。 ───────────── 3. M−EntropyとBISの動態が 異なる状況 第一に中程度から深麻酔レベルの動態が異なる。セボフルラン濃度を1.3%から 2.5%へ上昇させるとRE値とSE値は有意に低下したが、BIS値には有意な変化が見 られなかった4)。また、セボフルラン濃度とSEまたはBISとの相関を検討すると、 呼気終末セボフルラン濃度が1.5%以下の時にはBISの相関係数の方が大きかったが、 1.5%より高い時にはSEの方が勝っていた5)。 第二に亜酸化窒素併用時の動態が異なる。亜酸化窒素単独では意識消失後もRE値 とSE値は低下しない。次にセボフルラン濃度1.3%に65%の亜酸化窒素を併用する とRE値が32±7から19±4に、SE値が31±7から19±4に有意に低下し、亜酸化窒素 の併用を中止するとRE値、SE値ともに34±6、33±6とそれぞれ前値に復した。しか し、同時に測定したBIS値には有意な変化は見られなかった6)。また、プロポフォー ル 5、4、3μg/mLに67%の亜酸化窒素を併用するとRE値とSE値は有意に低下した が、BIS 値は不変であった7)。これらの現象はBISアルゴリズム上の欠点、すなわ ちsuppression ratio(SR)が40%未満の状況ではBIS値がlinearに変化しないことに 起因する8)。以上のことから、near suppressionからburst suppressionを示すレベル や亜酸化窒素併用時の鎮静度評価には、M−Entropyが優れていると考えられる5)。 M−Entropyの特長の 1 つに、電気メスの脳波信号への干渉が少ないことが挙げら れる。M−EntropyではBISと同様、脳波信号へ明らかなアーチファクトが混入する とSE値、RE値ともに表示が消える。Whiteらは、電気メス使用時に値の表示が消 える割合はM−EntropyではBISの約 5 分の 1 であることを示した9)。筆者らも口腔外 科手術中の全手術時間に対する値の表示が消失する時間の割合を検討し、BIS−XP で0.4%であったのに対し、M−Entropyでは0.04%とM−Entropyで低率であったこ とを報告した 10)。また、脳死患者における SE 値や BIS 値が 0 とは異なる割合が 9 A net Vol.12 No.3 2008 M−Entropyの方が有意に低いことから11)、アーチファクトを含む脳波信号の探知 能力がM−Entropyにおいて優れていると考えられている。 ───────────── 4. M−Entropyの課題 M−Entropyの欠点として値の変動が激しいことが挙げられる12)。SE、REともに 値が 1 秒毎に更新されるが、その度に値が大きく変動することが少なくない。トレ ンドグラフを見ると値が 5 ∼10程度の幅で頻繁に振動していることがわかる。筆者 らは、RE値、SE値、BIS値が 5 秒前とどの程度変化するのかを検討した。その結 果、RE:4.0±4.4、SE:2.3±2.7、BIS:1.1±1.8であり、BIS値と比較してRE値、 SE値ともに有意に変化が大きいことが判明した10)。このため、ある 1 点の値をもっ てRE値、SE値を評価することは困難で、トレンドグラフも含めて評価することが 重要である。さらに、同一のセボフルラン濃度やプロポフォール濃度において、 RE値、SE値ともに個体間変動が大きいことから、値の絶対値ではなく個体内のト レンドを観察することが重要である。 ───────────── 引用文献 10 1 )Viertio ¨-Oja H, Maja V, Sa ¨rkela ¨M, et al.:Description of the EntropyTM algorithm as applied in the Datex-Ohmeda S/5 Entropy Module. Acta Anaesthesiol Scand 48:154−161, 2004. 2 )Feld J, Hoffman WE, Park H: Response entropy is more reactive than bispectral index during laparoscopic gastric banding. J Clin Monit Comput 20:229−234, 2006. 3 )Gjerstad AC, Storm H, Hagen R, et al.:Comparison of skin conductance with entropy during intubation, tetanic stimulation and emergence from general anaesthesia. Acta Anaesthesiol Scand 51:8−15, 2007. 4 )Takamatsu I, Ozaki M, Kazama T:Entropy indices vs the bispectral indexTM for estimating nociception during sevoflurane anaesthesia. Br J Anaesth 96:620− 626, 2006. 5 )Rinaldi S, Consales G, De Gaudio AR:State entropy and bispectral index:correlation with end tidal sevoflurane concentrations. Minerva Anestesiol 73:39− 48, 2007. 6 )Soto RG, Smith RA, Zaccaria AL, et al.:The effect of addition of nitrous oxide to a sevoflurane anesthetic on BIS, PSI, and entropy. J Clin Monit Comput 20:145− 150, 2006. 7 )Koitabashi T, Innami Y, Ouchi T, et al.:The entropy indices can detect the EEG slowing effect caused by N2O. Anesth Analg 102:S−178, 2006. 8 )Koitabashi T:Integration of suppression ratio in the bispectral index. J Anesth 18:141−143, 2004. 9 )White PF, Tang J, Romero GF, et al.:A comparison of state and response entropy versus bispectral index values during the perioperative period. Anesth Analg 102:160−167, 2006. 10)Inagawa M, Koitabashi T, Ichinohe T, et al.:A comparison of the monitoring qualities between entropy and bispectral index values during orthognatic surgery under sevoflurane anesthesia. Anesth Analg 104:S−125, 2007. 11)Wennervirta J, Salmi T, Hynynen M, et al.:Entropy is more resistant to artifacts than bispectral index in brain-dead organ donors. Intensive Care Med 33:133− 136, 2007. 12)Enlund M, Jansson P:A comparison of auditory evoked potentials and spectral EEG in the ability to detect marked sevoflurane concentration alterations and clinical events. Ups J Med Sci 112:221−229, 2007.
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