東北蚕糸・昆虫利用研究報告 - 応用分子昆虫学講座ホームページ

ISSN 1346-986X
Tohoku Sanshi・Kontyu Riyo Kenkyu Hokoku
ISSN 1346-986X
東北蚕糸・昆虫利用研究報告
第 37 号
平成 24 年 12 月
日本蚕糸学会東北支部
No.37 目
次
公開シンポジウム特別寄稿
鈴 木 幸
一
昆虫機能利用のための学術研究と応用開発-ヤママリン、アンチエイジング因子、海馬
修復因子を基軸として-
1
Cry39Aa トキシンのドメイン II ループ 1 領域のハマダラカ殺虫活性における重要性
4
石 垣 俊一郎
小 松 優
太
伴 戸 久
徳
浅 野 眞一郎
川 上 広
太
Kurnia Yudistira Wahyu
伊 澤 晴
彦
Ngo Dinh Binh
浅 野 眞一郎
伴 戸 久
徳
Aedes 類蚊幼虫より分離した新規植物様ウイルスの解析
6
東北蚕糸・昆虫利用研究報告
No. 37
2012
昆虫機能利用のための学術研究と応用開発
―ヤママリン、アンチエイジング因子、海馬修復因子を基軸としてー
鈴木幸一
岩手大学・研究交流部スズキラボ
『昆虫機能利用学』
(朝倉書店、鈴木・竹田・伴戸他
体にイミダゾール化合物を処理し休眠打破へと発
5 名、1997)が出版されて 15 年経たが、学術分野と
育転換した個体に注射することで、孵化を遅延さ
応用開発分野で果たして待望の研究成果が発表され
せることができる。そこで、このバイオアッセイ
てきたろうか?その中でも、ミツバチローヤルゼリ
系、免疫組織化学、LC/MSMS などを駆使しながら、
ーの女王誘導本体が 57k のロイヤラクチンであると
ヤママリンが昆虫生理学上、特に休眠のメカニズ
いう画期的な発見(Kamakura, 2011)は、学術のみ
ム解明でいかに貢献するかについては、現在解析
ならず今後予防医学の分野での活用(不妊治療、脳
中である(図 1)。
機能向上など)が期待される。
ここでは、前述のようなインパクトのある学術成
果ではないけれど、学術と応用開発の両面から取り
組んでいるテーマ、1)天蚕由来のペンタペプチド(ヤ
ママリン)
、2)桑由来のアンチエイジング因子、3)
カイコ冬虫夏草起源の海馬修復因子についてのこれ
までの成果と、今後の展望を紹介する。
1. 天蚕由来のヤママリンの学術的な意義と応用開
発
1985 年~1989 年に、イミダゾール化合物で休眠
打破に成功したことが、前幼虫体休眠のメカニズ
ムに着手するための大きな糸口となった。卵殻内
一方、ヤママリンが休眠維持本体であれば、哺
で幼虫体が形成されたまま 1 年の内8ヵ月も休眠
乳動物のがん細胞の増殖を抑えることができるの
状態を続ける様式については、この人工孵化法と
ではないかというアイデアで、ラット肝がん培養
実験形態学的な手法(結紮、神経節摘出)を組み
細胞で添加または除去を繰り返したところ、細胞
合わせた結果、胸部から合成分泌される「抑制因
増殖の抑制→増殖→抑制→増殖の可逆的な反応が
子、または休眠維持因子」を提案することができ
確認された。また、この増殖抑制では gDNA の分解
た( Suzuki et al., 1990)。その後、この因子を
を伴うアポトーシス/ネクローシスは認められず、
単離精製するのに 14 年間を要した。有機溶媒によ
G0/G1 期の増大を示した。さらに、ヤママリンの細
る抽出法、HPLC、そしてプロティンシークエンサ
胞膜透過性を高めるためにパルミチン酸結合型の
ー解析により、新規のペンタペプチド DILRG-NH2
C16-ヤママリンを合成したところ、20 倍活性の高
であると決定した(Yang et al., 2004)。このペ
い細胞増殖抑制の可逆的な反応がみられ、がん細
プチド(ヤママリンと命名)は、休眠中の前幼虫
胞に限らずショウジョウバエ S2 細胞でも確認され
1
た(Sato et al., 2010)。その結果、ヤママリン
も報告されている(Kaewkaen et al., 2012)
(図 3)。
とこの誘導体から、次のような応用開発の展開が
期待できる。
ヒトの白血病遺伝子(Bcr/abl)を組み込んだマ
ウス白血病細胞の増殖を抑制すること(Sato et
al., 2010)、またポーランドの生物有機化学グル
ープによる成果として、ヒトのヘルペスウイルス
の増殖抑制(Kuczer et al., 2008)と昆虫(Tenebrio
molitor ) の 背 脈 管 に 対 し て 強 い 心 筋 抑 制
(Szymanowska-Dziubasik et al., 2008)を示す
ことから、医薬品候補物質または IGR のリード化
合物としての可能性が考えられる(図 2)
。
地域のニーズが学術研究の刺激になる例もある。
岩手大学グループはこれまで、桑根からの新規の
フラボノイドがラット肝がん細胞に対して殺傷性
があること(Kofujita et al., 2004)
、桑枝状皮
からの糖タンパク質複合体には in vitro 試験で免
疫賦活機能があること(Sillapakong et al.,
2011a)
、桑葉抽出物には C. エレガンス実験系で
17%の寿命延長効果があること(Sillapakong et
al., 2011b)を報告してきた。これらの研究成果
は、地域における桑食品産業起こしに貢献してい
るものと考えられる(http://wwww.saraki-kuwa.
2. 桑由来のアンチエイジング因子の学術的な意義
co.jp/netshop/)
。
と応用開発
それでは、桑研究の期待できる学術的な意義は
乳液中の糖吸収阻害性の糖類似配糖体には、昆
何であろうか。桑葉抽出物は C. エレガンスを用い
虫への摂食阻害作用があることが明らかにされて
た寿命実験で 17%延長し、これは抗酸化物質の
いるが(Konno et al., 2006)
、このような桑の成
Resveratrol に匹敵する活性であり、近い将来単離
分⇔昆虫の摂食行動に関する方向とは異なり、桑
精製物による 30%を超える寿命延長効果が期待で
の成分⇔ヒトの健康を結びつける研究は、1990 年
きる。桑の有する多機能性と岩手大学グループが
代より機能性食品分野から積極的に展開されてき
進めているアンチエイジング機能から、毎年 1 兆
た。これまで明らかにされている桑由来の機能性
円以上増え続ける国民医療費を抑制する新しい社
成分として、1-デオキシノジリマイシン (糖吸収
会的な使命が考えられる。桑成分⇔昆虫の摂食行
阻害)、ケルセチン 3-グルコシドおよびケルセン3
動と共に、桑成分⇔ヒトの健康増進という新しい
-(6-マロニルグルコシド)(動脈硬化抑制作用)
研究の意義を提案したい。
など多くの桑成分が同定されており(鈴木ら、
2006)、さらに桑および桑実の抽出物をマウスに投
3. カイコ冬虫夏草起源の海馬修復因子の学術的な
与し、アルツハイマー病や脳血管性認知症の改善
意義と応用開発
2
昆虫(ツクツクボウシ)に寄生する冬虫夏草(ツ
文
献
Kaewkaen et al. (2012): Evid. Based Complement.
クツクボウシタケ)から、免疫抑止物質(マイオ
Alternat. Med., 1-9.
リシン)が同定・構造変換が進められ、20 年の歳
月を経て、多発性硬化症治療薬(FTY720)として
Kamakura, M. (2011): Nature 473, 478-483.
FDA(米国食品医薬品局)と EMEA(欧州医薬品庁)
Kofujita, H. et al. (2004): J. Insect Biotech.Sericol.,
73, 113-116.
に承認申請され、昆虫起源で日本発の創薬が誕生
Konno, K. et al. (2006): Proc. Natl. Acad. Sci. USA
しようとしている(谷田、2010)。わが国における
103, 1337-1341.
地域のカイコ関連生産物のひとつとして、カイコ
蛹で培養した冬虫夏草商品がある(福島県東白農
Kuczer, M. et al. (2008): Pestycydy (1-2), 5-11.
産企業組合、島根県にちはら総合研究所)
。本研究
Sato, Y. et al. (2010): Peptides 31, 827-833.
テーマもまた地域社会からのニーズで生み出され
Sillapang, P. et al. (2011a): J. Insect Biotech.
Sericol., 80, 89-92.
た。
Sillapakong, P. et al. (2011b): J. Insect Biotech.
岩手大学研究グループは、老化マウスの海馬 CA3
Sericol., 80, 1-7.
領域で発生したグリオーシス(神経膠症)がカイ
Suzuki, K. et al. (1990): J. Insect Physiol., 36,
コ 冬 虫 夏 草 ( ハ ナ サ ナ ギ タ ケ 、 Paecilomyces
855-860.
tenuipes)の抽出物の投与により、消失するだけ
鈴木幸一ら (2006): 蚕糸・昆虫バイオテック 75,
ではなく、行動実験により記憶が回復することを
明らかにしている(Tsushima et al., 2010)
。
97-102.
従
Szmanowska-Dziubasik, K. et al. (2008): J.
って、カイコ冬虫夏草には海馬修復因子が含まれ
Peptide Sci. 14, 708-713.
ており、わが国における昆虫生産物を起源とした
谷 田 清 一 (2010): 産 学 官 連 携 ジ ャ ー ナ ル 6 (6),
脳機能改善のための機能性物質ならびに医薬品候
46-49.
補物質の探索が可能性となり、現在ヒト試験も並
Tsushima, M. et al. (2010): J. Insect Biotech.
行して展開中である(図 4)
。
Sericol., 79, 45-51.
Yang, P. et al. (2004): J. Insect Biotech. Sericol. ,
73, 7-13.
Yang, P. et al. (2007): J. Insect Biotech. Sericol.,
76, 63-69.
謝
辞
本研究の一部は、生物系産業創出のための異分野
融合研究支援事業、経済産業省地域資源活用型研究
開発事業、JSPS 科研費 Grant No. 23228001 の研究
助成の下で行われた。
3
東北蚕糸・昆虫利用研究報告
No. 37
2012
Cry39Aa トキシンのドメイン II ループ 1 領域の
ハマダラカ殺虫活性における重要性
石垣俊一郎・小松優太・伴戸久徳・浅野眞一郎
北海道大学大学院農学院
Bacillus thuringiensis aizawai Bun1-14 株の産
プラスミドを KOD - Plus-Mutagenesis Kit (TOYOBO)
生する Cry タンパク質である Cry39Aa、ならびに B.
を用いて作製した。発現プラスミドを結晶非産生株
thuringiensis entomocidus INA288 株が産生する
Bt51 株 (Yamamoto et al., 1988) にトランスフェ
Cry44Aa はカ類幼虫に強い殺虫活性を有する。とり
クションして、各変異 Cry タンパク質を発現させた。
わけ Cry39Aa は、伝染病媒介カ類に対する微生物防
各変異 Cry タンパク質の可溶化およびトキシン化プ
除 資 材 と し て 利 用 さ れ て い る B. thuringiensis
ロセシング様式を SDS-PAGE により確かめた。国立感
israelensis (Bti) 由来の Cry11Aa よりも、マラリ
染症研究所より分与していただいたハマダラカを継
ア原虫を媒介するハマダラカの幼虫に対して強い殺
代飼育し、2齢幼虫を用いて殺虫活性試験を行った。
虫活性を示す(Ito et al., 2006)。Cry39Aa トキシ
24 ウェルタイタープレートの各ウェルに滅菌水お
ンはカ類に殺虫活性のある他の Cry トキシンと同様、
よびハマダラカの 2 齢幼虫を 5 匹ずつ入れ、段階希
3 つのドメイン (I~III) から構成される 3 ドメイ
釈した結晶タンパク質を加えて 1 ml とし、室温で緩
ン構造を有する。3 つのドメイン構造を有する Cry
やかに振盪した。24 時間後に死虫数を計測した。各
トキシンは、それぞれのドメインが特異的殺虫活性
濃度あたりの幼虫数は 20 匹ずつとし、試験は 3 回繰
に関与し、とりわけドメイン II を介した標的昆虫の
り 返 し 行 い 、 プロ ビ ッ ト法 に よ り 半 数 致死 濃度
中腸上皮細胞に存在する受容体との結合に大きく関
(LC50) を算出した。
与するといわれている。ドメイン II のトキシン分子
表面に露出するループ領域 (ループ 1, 2, 3) が受
表1
各変異 Cry タンパク質のドメイン II ループ 1
容体結合部位であると考えられている。本研究では、
領域のアミノ酸配列
Cry39Aa が強いハマダラカ殺虫活性を示す要因を解
明することを目的とし、Cry39Aa トキシンのドメイ
ン II ループ 1 領域に変異を導入することでハマダラ
カ殺虫活性に与える影響を調査した。
材 料 と 方 法
既に立体構造が解析されている Cry4Ba トキシン
の立体構造 (Boonserm et al., 2005) をもとに、
Cry39Aa
349
354
Cry39Aa[Y350A]
349
354
Cry39Aa[Y352A]
349
354
Cry39Aa[Y350A/Y352A]
349
354
Cry39Aa[Mm1]
349
Cry44Aa
369
Cry44Aa[39AL1]
369
KYAYWR
KAAYWR
KYAAWR
KAAAWR
354
AAAAAA
QYGQQS
KYAYWR
374
374
ClustalW ならびに SWISS MODEL を用いて Cry39Aa ト
キシンの立体構造予測を行い、ホモロジーモデルを
得た。
結 果 と 考 察
Cry39Aa、
Cry44Aa のドメイン II ループ 1 領域に、
立体構造予測により得られた Cry39Aa トキシンの
表 1 で示したような変異を導入した各変異体の発現
ホモロジーモデルからドメイン II ループ 1 (β2 –
4
β3) のアミノ酸配列として
349
KYAYWR354 が予測され
Cry39Aa[Y350A/Y352A]は Cry39Aa と比較して LC50 が
た。
約 24 倍と殺虫活性が有意に低かった。ループ 1 のア
作出した各変異 Cry39Aa において可溶化およびト
ミノ酸すべてをアラニンに置換した Cry39Aa[Mm1]
キシン化プロセシング様式の調査を行った結果、い
では、Cry39Aa の LC50 の 100 倍の濃度でも殺虫活性
ずれの変異体においても Cry39Aa と同様の約 72 kDa
を示さなかった。また Cry44Aa のドメイン II ループ
のプロトキシンの発現が確認された。可溶化した各
1領域に Cry39Aa トキシンのループ 1 のアミノ酸配
変異 Cry39Aa プロトキシンをハマダラカ消化液で処
列を導入した Cry44Aa[39AL1]は、Cry44Aa よりもハ
理したところ、Cry39Aa と同様の約 60 kDa のトキシ
マダラカ殺虫活性が約 2 倍ほど高くなった。以上の
ンの生成が確認された。Cry44Aa[39AL1]においても
結果から、ループ 1 を構成するこの構造が Cry39Aa
可溶化およびトキシン化プロセシング様式について
トキシンのハマダラカ殺虫活性に重要な役割を果た
は Cry44Aa と同様の結果が得られた。よって導入し
しており、とりわけ側鎖に水酸基とベンゼン環を持
た変異は、結晶タンパク質としての安定性およびト
つ芳香族アミノ酸である Y350 と Y352 がその活性に重
キシン化プロセシングに影響を与えないと考えられ
要であることが明らかになった。
た。
Y350 と Y352 のいずれか一方をアラニン (A) に置換
文
献
した Cry39Aa[Y350A], [Y352A]は Cry39Aa と比較し
Boonserm et al. (2005): J. Mol. Biol. 348. 363-382.
てハマダラカ殺虫活性に有意な差はなかった。Y350
Ito et al. (2006): J. Invertebr. Pathol. 93, 29-35.
と Y
3 5 2
Yamamoto et al. (1988): Curr. Microbiol. 17. 5-12.
の 両 方 を ア ラ ニ ン に 置 換 した
5
東北蚕糸・昆虫利用研究報告
No. 37
2012
Aedes 類蚊幼虫より分離した新規植物様ウイルスの解析
川上広太 1・Kurnia Yudistira Wahyu1・伊澤晴彦 2・Ngo Dinh Binh3・浅野眞一郎 1
・伴戸久徳 1
1
北海道大学大学院農学院・2 感染症研究所・3VAST
蚊はマラリアやウエストナイル、日本脳炎を始
材 料 と 方 法
めとする病原体の媒介昆虫として極めて重要な
蚊幼虫の採集:2010 年、北海道奥尻町にて幼虫
衛生害虫である。WHO の 2011 年の試算によれば、
を野外にて採集した。蚊幼虫の種は外部形態から
マラリアによる死者数は少なくとも年間 65 万人
同定した。
にも上るとされている(WHO, 2011)
。現在は化学
ウイルスの分離:蚊幼虫を破砕しフィルトレー
殺虫剤が蚊に対する主流な駆除法として用いら
ト し て 得 た 抽 出 液 を ヒ ト ス ジ シ マ カ ( Aedes
れている。しかし今後も持続的に蚊を防除し続け
albopictus)由来培養細胞 C6/36 細胞に接種し、接
るためには、環境に対して負荷をかける化学殺虫
種後 4~5 日間細胞病変を顕微鏡で観察した。顕
剤に代わる、環境への負荷がより少ない防除法の
著な細胞変性効果 (CPE)が見られた培養上清を
確立は必要不可欠である。低環境負荷型の代替防
回収した。ショ糖密度勾配遠心法を用いて、培養
除資材の候補として注目されているのが生物学
上清からウイルス様粒子の精製を行った。
的防除法であり、その一つに蚊に対して病原性を
電子顕微鏡観察:ウイルス様粒子を陰染色し、
示すウイルスが挙げられる。現在までに、蚊幼虫
透過型電子顕微鏡(Hitachi H-800)を用いて観察
に対して感染性・病原性を示すウイルスはいくつ
を行った。
か報告されている。しかし、多くのウイルスは蚊
核酸の性状解析:培養上清および精製ウイルス
に対する病原性が低く、また増殖機構の解析に用
様粒子から抽出した核酸を、アガロースゲルを用
いることのできる培養細胞系が確立されていな
いた変性電気泳動にて解析した。また、抽出した
いことから、詳しい解析が進んでいないのが現状
核酸の RNase A および DNase I に対する感受性試
である。例外的に、蚊病原性デンソウイルスは、
験を行うと共に、ウイルス様粒子のアクリジンオ
培養細胞系も確立されており、試験的ではあるが
レンジ染色試験を行った。
製剤化され野外における殺虫試験が行われてい
シークエンス解析:精製したウイルス様粒子が
る(Carlson et al., 2006)
。しかし、多様なニーズに
含む RNA から、ランダムプライマーを用いて逆
デンソウイルスのみで対応することは困難であ
転写、および RACE 法を含む PCR によって cDNA
る。
ライブラリーを構築しシークエンス解析を行っ
そこで我々は、蚊幼虫に対する強い病原性を保
た。シークエンス解析の結果に基づき、ゲノム構
持し、且つ培養細胞での解析が容易な新規ウイル
造を推定した。
スの探索を目的として、野外にて採集した蚊幼虫
系統解析:Blast を用いて、コードされると考え
からのウイルスの分離および性状解析を行った。
られるアミノ酸配列の相同性検索および保存ド
ここでは、北海道奥尻町にて採集した Aedes 類蚊
メインを特定した。また保存アミノ酸配列を用い
幼虫より分離したウイルスについて報告する。
た他のウイルスとの系統解析を行った。
6
結 果 と 考 察
示唆された。これらドメインのアミノ酸配列を比
北海道奥尻町にて採集した蚊幼虫(ヤブカ類、
較解析したところ、これらのドメイン配列は一般
Aedes)より得た抽出液が、C6/36 細胞に対して顕
的にアルファウイルス様スーパーファミリーに
著な CPE を示した。電子顕微鏡観察から、CPE
分類されるウイルスのものと相同性が高かった。
の認められた細胞(感染細胞)の培養上清中には
更に RdRp および Hel の保存アミノ酸配列を用い
直径約 50-70 nm の楕円形のウイルス様粒子が確
てアルファウイルス様スーパーファミリーに分
認された。また、このウイルス様粒子は感染細胞
類される主なウイルス間の系統解析を行った結
培養上清からショ糖密度勾配遠心により一本の
果、本ウイルスは既知の蚊感染性アルファウイル
バンド(ウイルス画分)として精製可能であった。
スや昆虫感染性ウイルス、哺乳類感染性ウイルス
更に、精製粒子を C6/36 細胞に接種したところ、
よりも、植物感染性のウイルスに系統的に近い関
同様の CPE が観察された。
係にあることが示唆された。特に未分類の 4 種の
このウイルス画分を用いてアクリジンのレン
植物ウイルスとの強い系統関係が示唆された。
ジ染色を行った結果、オレンジ色を呈したことか
以上の結果より、本研究にて分離したウイルス
ら、粒子中には一本鎖の核酸が含まれることが推
様粒子はアルファウイルス様スーパーファミリ
定された。次に、精製粒子から核酸を抽出し、変
ーに属し、蚊由来培養細胞に感染性を保持し、植
性アガロースゲル電気泳動法で解析したところ、
物ウイルスと近い系統関係にある新規ウイルス
約 10 kb の主要バンドが観察された。さらに、抽
であることが明らかとなった。現在、蚊幼虫に対
出した核酸に対して RNase A および DNase I に対
する病原性試験を進めている。一方、蚊由来培養
する感受性試験を行ったところ、RNaseA にのみ
細胞に強い細胞変性効果を示すにも関わらず、ゲ
感受性を示した。以上のことから、精製粒子中に
ノムのアミノ酸配列が植物ウイルスとの強い系
は少なくとも約 10kb の一本鎖 RNA が含まれるこ
統関係を示したという点で、本ウイルスは防除資
とが推定された。
材の候補ウイルスであるだけではなく、ウイルス
この RNA の塩基配列を解析したところ、3 つの
の基礎研究においても興味深い存在であると言
異なるオープンリーディングフレーム (ORF1-3)
える。今後、本ウイルスの実体を明らかにして行
を含むことが分かった。ORF2, 3 がコードすると
きたい。
考えられるタンパク質のアミノ酸配列からは機
能的なドメインは見つからず、Blast によって相同
文 献
性の高いタンパク質も検出されなかった。一方、
ORF1 は複製に必須な酵素を含むポリプロテイン
World Health Organization (2011): World malaria
であり、5’末端から順にメチルトランスフェラ
report 2011
ーゼ、ヘリカーゼ (Hel)および RNA 依存性 RNA
Carlson et al. (2006): Adv. Virus Res. 68, 361-92
ポリメラーゼ (RdRp)のドメインを含むことが
7
印
刷
平成 24 年 12 月 12 日
発
行
平成 24 年 12 月 13 日
編集者
浅
野
眞
一
郎
発行者
日本蚕糸学会東北支部
〒020-8550
盛岡市上田 3-18-8
岩手大学農学部応用昆虫学研究室
Tel 019-621-6147
ISSN 1346-986X