呼吸リハビリテーションにおける運動療法

呼吸リハビリテーションマニュアル
について
大垣市民病院呼吸器科
安藤守秀
呼吸リハにおける運動療法の
位置づけ
ACCP/AACVPRのガイドライン
提言
Grade
下肢のトレーニング
下肢トレーニングは運動耐容能を改善し,呼吸リハビリテーションの一
つの要素として推奨される
A
上肢のトレーニング
筋力と持久力のトレーニングは腕の機能を改善する.腕の運動は呼吸
リハビリテーションに含められるべきである.
B
呼吸筋のトレーニング
科学的証拠はVMTをルチンに呼吸リハビリテーションに用いることを
支持しない.呼吸筋力が減少し呼吸困難を有する一部の患者につい
ては実施が考慮される.
B
心理社会的,教育的な
要素とその転帰
単一の治療手段としての短期間の心理社会的介入の有用性は証明さ
れない.より長い期間の介入は有用かも知れない.専門家の意見では
リハビリテーションの要素として教育と心理社会的介入を含めることを
推奨している.
C
呼吸困難
呼吸リハビリテーションは呼吸困難の症状を改善する.
A
QOL
呼吸リハビリテーションは健康関連QOLを改善する.
B
病院の利用
呼吸リハビリテーションは入院回数と入院日数を減少させる
B
生命予後
呼吸リハビリテーションは生命予後を改善するかも知れない.
C
要素/転帰
運動療法の位置づけ
• Exercise training is the foundation of pulmonary rehabilitation. (ATS
official statement)
運動療法は呼吸リハビリテーションの土台をなすものである.
• Physical exercise training is a universal component of pulmonary
rehabilitation programmes. (BTS statement)
身体的運動療法は呼吸リハビリテーションプログラムの普遍的
要素である.
• The components of pulmonary rehabilitation vary widely from
program to program but a comprehensive program includes exercise
training, nutrition counseling, and education. (WHO guideline,
GOLD)
呼吸リハビリテーションの内容はプログラム毎に大きく異なる
が,包括的プログラムは運動療法と栄養指導と教育とを含む.
呼吸リハビリテーションマニュアル
について
マニュアルの概要
マニュアル作成までの経緯
平成14年8月
呼吸リハビリテーションに関する学会ステートメントの
発表
平成14年10月
学会ステートメントを基にマニュアルのアウトラインを
検討
平成14年12月
決定されたアウトラインを基に各ワーキンググループ
メンバーによって原稿執筆開始(1月中旬まで)
平成15年3月
整理された原稿の第一回の読み合わせと訂正作業開
始(4月上旬まで)
平成15年6月
第二次原稿の完成と読み合わせ,細部の訂正作業
(7月まで)
マニュアル完成
平成15年8月
マニュアルの構成
呼吸リハビリテーションにおける運動療法−委員会サマリー−
I 運動療法の考え方
1.運動療法における一般的な考え方
2.慢性呼吸器疾患への応用
II 運動療法の実際
1.適応,開始前の評価
2.効率的な運動療法のためのコンディショニング
3.運動処方
4.トレーニング中の注意事項,対処法,パニックコントロール
5.再評価の位置づけ
6.維持のための運動療法,継続へのアプローチ
7.緊急時の対応
III 自立を促すためのADLトレーニング
IV 重症度,施設規模別の運動療法の実際
V 効率的な運動療法を展開するための包括的アプローチ
資料編
このマニュアルの特徴
• 本邦で初めての学会主導の実践的マニュアルであること
• 運動療法に中心的視点をおき,さらに他の治療法との相互関係を
意味づけていること
• 運動療法の意義に関する基礎的な考え方がまとめられていること
• 幾つかの新しい考え方が示されていること
• シャトルウォーキングテストについて初めて公式に位置づけが示され
ていること
• MRC scaleの使用が推奨されていること
• 腹式呼吸の意味,腹部重錘負荷による呼吸筋鍛錬などについて問題提
起されていること
• 実践的マニュアルとして必要十分な手技が網羅されていること
• 重要文献リスト,関連資料入手先の案内などが充実していること
• 実践的色彩の強い,実際に使えるマニュアルであること
マニュアルの内容
1. 運動療法とコンディショニングの
位置づけ
運動療法とコンディショニング
−トレーニング開始時−
*コンディショニングには,呼吸法訓練,リラクセーション,胸郭可動域訓
練が含まれる
運動療法とコンディショニング
−リハビリテーションの流れの中で−
*コンディショニングは経時的流れの中でもその位置づけを変え
ていく
2. 呼吸器関連疾患における適応
呼吸器関連疾患における適応
3. 運動療法についての基礎的考え方
運動処方の構成と原則
• 運動処方の流れ
• 構成要素としてのFITT
(頻度、強度、時間、種類)
• 過負荷、特異性、可逆性の原
則
• ウォームアップ、主運動、
クールダウンの流れ
• トレーニングの種類−全身持久
力、筋力、柔軟性
COPD における骨格筋の機能異常
• COPD患者の骨格筋は筋量の低下に加え,筋力,筋
持久力の低下,易疲労性などの機能異常を示す.
• この骨格筋機能異常には,廃用に伴うdeconditioningが主に関与している.そのほか栄養の障
害,COPDに伴うミオパシー(低酸素血症,高炭酸
ガス血症,全身性の炎症,酸化ストレスなどの影
響による)の存在や,ステロイド剤の投与などの
影響も指摘されている.
骨格筋の機能異常と息切れ
機能の低下した骨格筋内では,より低い運動強度で容易に乳酸産生
が亢進する.過剰に産生された乳酸は血液pHを低下させ,換気ドラ
イブを亢進させる.
Deconditioningの悪循環
デコンディショニングはそれ自体自律的に呼吸困難を増大させ
ていく
運動療法の奏功機序
R. Casaburi et al. Am Rev Respir Dis 1991; 143: 9-18
1. 持久的トレーニングは,主として好気的代謝能や筋の持久力の改善を介し
てCOPD患者などにおいて運動耐容能を改善する.
2. 持久運動によって耐えられる最大負荷量は増大し,同じ負荷での換気量は
減少する.これは乳酸産生の減少,それに伴うCO2産生の減少による換気ド
ライブの減少と関連している.
運動療法の効果の特徴
運動療法の効果は運動耐容能の改善について多くの症例で確実に
現れる.
6分間歩行試験で50m前後の改善が期待される.
慢性期の運動耐容能改善効果を十分にもつ治療は他にLVRSのみである.
労作時呼吸困難の改善に伴い,患者のHRQLも有意に改善させる.
運動療法の効果は薬物療法,酸素療法に対して相加的に現れる.
既に十分な薬物療法,酸素療法が行われている症例でもさらなる改善効
果を期待できる.
運動療法による症状・運動耐容能の改善効果は基本的に肺機能,
血液ガスの推移と関連しない.
肺機能,血液ガス値が不変な状態のままで効果が得られる.
高強度負荷と低強度負荷
負荷の強さ
高強度負荷(high intensity)
低強度負荷(low intensity)
・患者個々のVO2peakに対して60? 80%の負 荷
・患者個々のVO2peakに対して40? 60%の負 荷
・同一運動刺激に対して高い運動能力の改善 がみられ、生理学的効果は高い
・在宅で継続しやすい
・抑鬱や不安感の改善効果は大きい
・リスクが少ない
・コンプライアンスが維持されやすい
欠点
・すべての患者に施行は困難(特に重症例)
・リスクが高いため、付き添い、監視が必要
・患者のコンプライアンスの低下
・運動能力の改善が少ない
・運動効果の発現に長期間を要する
適応
・モチベーションの高い症例
・肺性心、重症不整脈、器質的心疾患などが ないこと
・運動時にSpO2が90%以上であること
・高度な呼吸困難症例
・肺性心合併例
・後期高齢者(85歳以上)
定義
利点
運動処方の方法
患者評価
評価項目:肺機能,血液ガス,心機能,運動耐容能,ADLなど
評価時期:トレーニング前,トレーニング後,以後半年程度毎に再評価
運動処方の方法
下肢の持久運動
運動の種類:平地歩行,トレッドミル,自転車エルゴメーターなど
運動強度:peakVO2の40〜80%,または6分間歩行速度の70〜90%
継続時間:15〜30分(状況に応じてインターバルトレーニングも)
実施頻度・期間:週3〜5回,少なくとも6週間
上肢の持久運動
上肢エルゴメーター、重錘挙上など
筋力トレーニング
下肢(大腿四頭筋)を中心にバランスよく
運動時のリスク管理
酸素飽和度モニタリング,心拍,呼吸困難度の評価
4. 幾つかの新しい考え方
シャトルウォーキングテストの
重要性
(運動評価に必須の検査として)
シャトルウォーキングテストとは
10 m
・ ・
9m
•
シャトルウォーキングテスト(SWT)では、9m離しておいたコー
ンの間を一定時間で歩かせ,その時間間隔を次第に狭めること
によって歩行速度をコントロールする.
•
特別な道具を必要とせず、負荷強度も低いためほとんどの患者
で安全に実施可能である.
•
シャトルウォーキングテストのプロトコールは完全に標準化さ
れている.
SWTの特徴
•
検査では歩行距離,呼吸困難度,および酸素飽和度の変化を記
録する.歩行距離よりpeakVO2は以下の式で算出できる.
peakVO2=4.19+0.025×歩行距離
•
運動処方の際にはVO2の値を参照して負荷強度を決定する.
• 6分間歩行試験と比べて定量性・再現性に優れており,種々の
タイプの運動処方に応用しやすい.
•
peakVO2の概算値を日常ADL当てはめて解釈でき便利である.
•
各段階の酸素飽和度を記録することによってdesaturationの評
価にも一定の定量性を持たせることが可能である.
•
必要なスペースが10mですむことから,我が国の施設の状況に
も適している.
Hugh-Jonesのグレードではなく
MRC scaleを
MRC scale
Grade 0
息切れを感じない
Grade 1
強い動作で息切れを感じる
Grade 2
平地を急ぎ足で移動する,または緩やかな坂を歩いての
ぼる時に息切れを感じる
Grade 3
平地歩行でも同年齢のひとより歩くのが遅い,または自分
のペースで平地歩行していても息継ぎのため休む
Grade 4
約100ヤード(91.4m)歩行した後息継ぎのため休む,また
は数分間,平地歩行した後息継ぎのため休む
Grade 5
息切れがひどくて外出ができない,または衣服の着脱でも
息切れがする
腹式呼吸の意義は
腹式呼吸の位置づけ
• 横隔膜呼吸の有用性に関しては十分な証拠が
ない
• 残気量が増大しているCOPD患者では横隔膜呼
吸によって換気効率がかえって悪化する場合
がある
• このため有効例を慎重に見極める必要がある
• 呼吸法は日常動作の訓練と組み合わせること
によって応用が広がる
吸気筋鍛錬の方法
吸気筋トレーニングの方法
• 呼吸筋力が低下しており、自覚症状や運動耐容能に影響を及ぼ
していると考えられる症例を適切に選択する必要がある
• 一般に用いられている吸気筋トレーニング方法は持久力と筋力
の両者を鍛錬する形の物である。
• 圧閾値弁を用いた抵抗負荷法が最も安定した効果を期待できる
• 小空気孔などを用いた抵抗負荷装置は、使用法を十分に教育し
て用いる必要がある
• 腹部重錘負荷は我が国は吸気筋鍛錬の方法として理解されてい
るが、元来はFRCを減少させることを目的とした呼吸法訓練の
一手技である
5. 具体的な手技の数々
重症度・施設規模別の運動療法
78歳、男性、中等症のCOPD
症例1: プログラムの種類:入院
施設の背景:呼吸理学療法を行う上で、スタッフ、種々の整備が整った病院
71歳、女性、最重症のCOPD
症例2: プログラムの種類:入院
施設の背景:呼吸理学療法を行う上で、スタッフ、設備の整った療養型病院
67歳、男性、重症COPD
症例3: プログラムの種類:外来
施設の背景:呼吸理学療法を行う上で、スタッフ、設備の整った病院
64歳、男性、中等症COPD
症例4: プログラムの種類:外来
施設の背景:診療所・在宅
80歳、男性、最重症COPD
症例5: プログラムの種類:訪問
施設の背景:診療所、訪問看護ステーションの訪問理学療法士と連携(介護保険適応)
様々な運動療法の手技
マニュアルの活用の仕方
このマニュアルをどのように使うか
• 示されているのはあくまで指針であり、現場を縛るものでは
ない
• しかし示された内容は多くの根拠と確かな経験に基づくもの
であり、十分尊重すべきである(我流の手技は改められるべ
きである)
• 患者選択から実施後評価までの基本的な流れを理解し,基礎
的な知識を整理するとともに,各手技や評価法などに関して
は辞書的に活用していくとよいであろう
• 数年後には改訂が行われる予定なので,内容をよりよくして
いくために積極的な提言を
• まだ科学的根拠の十分確立していない領域が多く含まれてお
り,それらの検証にも積極的にとりくんていってほしい